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審決分類 審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  C09J
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C09J
審判 全部申し立て 2項進歩性  C09J
管理番号 1372732
異議申立番号 異議2020-700764  
総通号数 257 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2021-05-28 
種別 異議の決定 
異議申立日 2020-10-07 
確定日 2021-03-25 
異議申立件数
事件の表示 特許第6676139号発明「接着剤」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6676139号の請求項1ないし3に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6676139号の請求項1?3に係る特許についての出願は、2014年12月3日(優先権主張 平成25年12月4日 日本国、平成26年5月21日 日本国)を国際出願日とする特願2015-535901号の一部を、平成27年8月25日に新たな特許出願として出願された特願2015-165322号の一部を、平成30年12月25日に新たな特許出願としたものであって、令和2年3月13日にその特許権の設定登録がされ、同年4月8日に特許掲載公報が発行された。その後、請求項1?3に係る特許に対し、同年10月7日に特許異議申立人嶋崎孝明(以下、「申立人」という。)が、特許異議の申立てを行った。当審は、同年12月15日付けで取消理由通知を通知し、特許権者は令和3年2月12日に意見書を提出した。

第2 本件発明
1 特許第6676139号の請求項1?3の特許に係る発明(以下、「本件発明1」?「本件発明3」などといい、まとめて「本件発明」という。)は、その特許請求の範囲の請求項1?3に記載された事項により特定される次のとおりのものである。
「【請求項1】
積層体を製造するための接着剤であって、
ポリオレフィン樹脂と水性媒体とを含有するポリオレフィン樹脂水性分散体を含有し、
ポリオレフィン樹脂が、オレフィン成分と不飽和カルボン酸成分とを共重合体成分として含有し、
オレフィン成分が、プロピレン(A)と、プロピレン以外のオレフィン(B)とからなり、
プロピレン以外のオレフィン(B)がブテンを含み、エチレンを含まず、
プロピレン(A)と、プロピレン以外のオレフィン(B)との質量比(A/B)が、60/40?95/5であり、
プロピレン(A)と、プロピレン以外のオレフィン(B)との合計100質量部に対し、共重合体成分としての不飽和カルボン酸成分の含有量が、1質量部以上であり、かつ、
水性分散体の乾燥残渣における、不飽和カルボン酸モノマー量が5,000ppm以下であることを特徴とする接着剤。
【請求項2】
ポリオレフィン樹脂水性分散体が、さらに、架橋剤および/またはポリウレタン樹脂を含有することを特徴とする請求項1記載の接着剤。
【請求項3】
請求項1または2に記載の接着剤から得られる塗膜。」

第3 取消理由の概要
当審において、請求項1?3に係る特許に対して通知した取消理由の要旨は、次のとおりである。
「本件明細書に接した当業者は、重量平均粒子径について、どのように測定されるものであるか理解することができず、その結果、本件請求項1に係る発明の発明特定事項である『水性分散体の乾燥残渣における、不飽和カルボン酸モノマー量が5,000ppm以下であること』について、その技術上の意義を理解することができない。本件請求項1を直接的又は間接的に引用する請求項2、3に係る発明についても同様である。
よって、本件明細書の記載は、特許法第36条第4項第1号(委任省令要件)に違反しており、特許を受けることができない。」

第4 取消理由通知に記載した取消理由についての当審の判断
重量平均粒子径の測定方法について、本件特許明細書には以下のように記載されている。
「【0079】
2.水性分散体
(1)ポリオレフィン樹脂粒子の数平均粒子径、重量平均粒子径、および分散度
日機装社製、Nanotrac Wave-UZ152粒度分布測定装置を用いて、数平均粒子径(mn)、重量平均粒子径(mw)を測定した。なお、樹脂の屈折率は1.5とした。」
また、上記「日機装社製、Nanotrac Wave-UZ152粒度分布測定装置」について、マイクロトラック・ベル株式会社の動的光散乱式 粒子径分布・ゼータ電位測定装置「NANOTRAC WAVE II SERIES」のカタログ(甲第9号証)の第11頁には、機器構成一覧として型式「UZ152」が記載されており、前記カタログは、本件明細書に記載された「Nanotrac Wave-UZ152粒度分布測定装置」に関するものであるといえる。
そこで、前記カタログを参照すると、同第11頁には、データ例として、「3 要約データ」として、粒子径に関するものとして、「10%・50%・90%:累積パーセント径(任意設定可)、MI:光強度平均径、MV:体積平均径、MN:個数平均径、MA:面積平均径」が挙げられている。
そうすると、上記「日機装社製、Nanotrac Wave-UZ152粒度分布測定装置」によって、「MV:体積平均径」は求めることができるといえる。
一方、重量は、体積と密度の積であるから、本件発明における「ポリオレフィン樹脂粒子」のような、粒子によって密度が大きく変化しないものについては、「ポリオレフィン樹脂粒子」の密度が一定とみなせるので、「粒子重量平均粒子径(mw)」の値と「MV:体積平均径」の値とは同じものであるといえる。
したがって、本件明細書において、重量平均粒子径について、どのように測定されるものであるかについては理解することができ、その結果、本件請求項1に係る発明の発明特定事項である「水性分散体の乾燥残渣における、不飽和カルボン酸モノマー量が5,000ppm以下であること」について、その技術上の意義を理解することができる。
よって、本件明細書の記載は、特許法第36条第4項第1号(委任省令要件)に規定する要件を満たしている。

第5 特許異議申立理由について
申立人は、下記4の甲第1?9号証を提出し、次の1?3について主張している(以下、甲号証は、単に「甲1」などと記載する。)。
1 特許法第29条第1項第3号について(同法第113条第2号)
本件発明1?3は、甲1に記載された発明と同一であるから、本件発明1?3は、同法第29条第1項第3号の規定により特許を受けることができないものであり、同法第113条第2号に該当し、本件発明1?3に係る特許は、取り消されるべきものである。
2 同法第29条第2項について(同法第113条第2号)
(1)本件発明1?3は、甲1の記載に基づいて、出願時の技術常識(甲3?甲5等)を参酌することにより、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、同法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、同法第113条第2号に該当し、本件発明1?3に係る特許は、取り消されるべきものである。
(2)本件発明1?3は、甲6(及び必要に応じ甲7)の記載に基づいて、出願時の技術常識(甲3?甲5等)を参酌することにより、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、同法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、同法第113条第2号に該当し、本件発明1?3に係る特許は、取り消されるべきものである。
(3)本件発明1?3は、甲8の記載に基づいて、出願時の技術常識(甲3?甲5等)を参酌することにより、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、同法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、同法第113条第2号に該当し、本件発明1?3に係る特許は、取り消されるべきものである。
3 特許法第36条第4項第1号について(同法第113条第4号)
「重量平均粒子径」について、本件明細書は、当業者が実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されているとはいえない。
4 証拠方法
甲1:特開2007-270122号公報
甲2:特開2014-133411号公報
甲3:特開昭61-266411号公報
甲4:特公昭44-15422号公報
甲5:国際公開第2004/104090号公報
甲6:特開2012-172099号公報
甲7:国際公開第2012/176677号公報
甲8:特開2008-137273号公報
甲9:マイクロトラック・ベル株式会社の動的光散乱式 粒子径分布・ゼータ電位測定装置「NANOTRAC WAVE II SERIES」のカタログ及び当該カタログ(pdf)の文書プロパティ(作成日2020年5月17日、更新日2020年6月10日)

第6 取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由についての当審の判断
特許異議申立理由のうち、上記第5 3の特許法第36条第4項第1号についての特許異議申立理由は、取消理由通知で通知した理由と実質的に同一であるので、以下、第5 1(特許法第29条第1項第3号)及び2(同法第29条第2項)について検討する。
1 甲1、甲6及び甲8の記載
(1)甲1について
甲1には、次の記載がある。
ア 「【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、分散粒子径が細かく安定であり、かつ界面活性剤によるブリードアウトが抑制され、耐薬品性・耐水性に優れ、結晶性を有するオレフィン系重合体に対する密着性に優れた表面処理剤、接着剤あるいは塗料等として有用な、樹脂の水分散体を提供するものである。またこれを含有してなる塗料、積層体及びその製造方法を提供するものである。」
イ 「【0208】
[実施例2]
(溶融変性工程)
プロピレン-ブテン共重合体(三井化学社製、タフマーXM7070;共重合体1)200kgと無水マレイン酸5kgをスーパーミキサーでドライブレンドした後、2軸押出機(日本製鋼所社製TEX54αII)を用い、プロピレン-ブテン共重合体100重量部に対し1重量部となるようにパーブチルIを液添ポンプで途中フィードしながら、ニーディング部のシリンダー温度200℃、スクリュー回転数125rpm、吐出量80kg/時間の条件下で混練し、ペレット状の製品を得た。
このようにして得られた無水マレイン酸変性プロピレン-ブテン共重合体の無水マレイン酸基の含量(グラフト率)は0.8重量%(無水マレイン酸基として0.08mmol/g、カルボン酸基として0.16mmol/g)であった。また重量平均分子量は156,000、数平均分子量は84,000(ともにポリスチレン換算)であった。」
ウ 「【0215】
[実施例6]
実施例2と同様に溶融変性工程を行い、無水マレイン酸基含量0.8重量%、重量平均分子量156,000の無水マレイン酸変性プロピレン-ブテン共重合体を得た。
次に、1Lガラスフラスコに還流冷却管、温度計、窒素ガス吹込み管、攪拌機を設置した後、上記無水マレイン酸変性プロピレン-ブテン共重合体200gとトルエン200gを仕込み、窒素ガスを吹き込みながら110℃になるまで加温、撹拌した。
昇温後、無水マレイン酸10gとパーブチルI 3.0gを加え、その後30分ごとにこの操作を3回繰り返した(計4回)のち、7時間同温度で攪拌を続けて反応を行った。
【0216】
反応終了後、反応液温度(内温)を50℃まで冷却し、アセトン600gを約1時間かけて滴下すると、薄赤色の懸濁液が得られた。吸引ろ過器で液体を除去した後、残った白色固体をアセトン500gに懸濁させ30分撹拌した。再度吸引ろ過器で液体を除去した後、テフロン(登録商標)コーティングしたバットに入れ、60℃の減圧乾燥器中で乾燥し変性ポリマーを得た。
この変性ポリマーの無水マレイン酸基の含量(グラフト率)は5.8重量%(無水マレイン酸基として0.58mmol/g、カルボン酸基として1.16mmol/g)であり、重量平均分子量は89,000、数平均分子量は44,000(ともにポリスチレン換算)であった。
【0217】
この無水マレイン酸変性プロピレン-ブテン共重合体150gとTHF 500gを還流冷却管、温度計、攪拌機を設置した2Lガラスフラスコに仕込み、昇温し、65℃にて完全に溶解させた。得られた溶液にモルホリン33g(0.37mol)を加え、同温度で30分撹拌した。次に水500gを2時間かけて加え、淡黄色の溶液を得た。
ジャケット温度(外温)60℃で、得られた液体を減圧してTHFと一部の水を減圧留去し、ポリマー濃度が30重量%の水分散体を得た。」

(2)甲6について
甲6には、次の記載がある。
ア 「【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は上記問題点に鑑みてなされたものであり、本発明の目的は分散安定性に優れると共に、乾燥被膜の耐水性に優れるポリオレフィン系樹脂水性分散体を提供することにある。」
イ 「【0053】
<実施例1>
二軸混練機のKRCニーダーに、プロピレン80モル%、1-ブテン20モル%を構成単位とするポリオレフィン(Mn=70,000)100部を窒素雰囲気下で導入し、気相部分に窒素を通気しながら加熱溶融し、混練しながら360℃で5分間熱減成を行い熱減成物を得た。この熱減成物の炭素1,000個当たりの二重結合数は2個、Mnは1,1000であった。別の反応容器に上記熱減成物55部、無水マレイン酸45部及びキシレン100部を仕込み、窒素置換後、窒素通気下に130℃まで加熱昇温して均一に溶解した。ここにジクミルパーオキサイド0.5部をキシレン10部に溶解した溶液を滴下した後、キシレン還流温度まで昇温し、3時間撹拌を続けた。その後、減圧下(1.5kPa)でキシレン及び未反応の無水マレイン酸を留去して、1分子当たりに18個の酸無水物基を有し、Mnが12,500の酸無水物変性ポリオレフィンを得た。この酸無水物変性ポリオレフィン系樹脂100部を300℃に熱した加圧プレス機で圧延し、角形ペレタイザー[(株)ホーライ製]にて裁断した後、温度制御可能な耐圧容器にイオン交換水221部及びトリエチルアミン17部と共に仕込み、TKホモミキサー[プライミクス(株)製]を用いて180℃で40分間分散処理することにより本発明のポリオレフィン水性分散体を得た。」
ウ 「【0061】
本発明のポリオレフィン系樹脂水性分散体は、耐水性に優れた被膜を与えることが可能であるため、自動車、電気・電子製品、建築及び包装材料等のさまざまな分野で使用される塗料・インキ用のバインダー、プライマー、コーティング剤及び接着剤として、またガラス繊維の集束剤として好適に使用できる。」

(3)甲8について
甲8には、次の記載がある。
ア 「【0005】
即ち本発明は、外観、密着性及び耐湿性、耐薬品性に優れたポリオレフィン系樹脂積層体を製造しうる、優れた水性塗料及び積層体の製造方法を提供することを目的とする。」
イ 「【0013】
本発明の水性塗料は、ポリオレフィン系樹脂成形体を含む積層体の最表面層を形成するための水性塗料であって、この水性塗料が非塩素変性ポリオレフィンの水性分散体を含み、かつ該非塩素変性ポリオレフィン水性分散体の乾燥塗膜を40℃の水で抽出した際の抽出物が、該乾燥塗膜の重量の10重量%以下であることを特徴とする。
このような塗料を用いて形成した層は、ポリオレフィン系樹脂成形体との接着性に優れ、かつ優れた外観を呈するので、外観、密着性、耐環境性の全てに優れたポリオレフィン系樹脂積層体を提供しうる。しかも、本発明の塗料は水性であり、塩素を実質的に含まないため安全衛生及び環境汚染低減の両面に優れる。
[1]変性ポリオレフィン水性分散体
本発明の変性ポリオレフィン水性分散体は、その乾燥塗膜の40℃の水への抽出物の量が乾燥塗膜の重量の10重量%以下である。
【0014】
40℃の水への抽出物の量は以下のようにして測定することができる。
まず、変性ポリオレフィン水性分散体を、離型紙で作成した5cm×5cmの箱に入れ、常圧、90℃で3時間以上乾燥させ、厚さ約400μmのフィルム状の変性ポリオレフィン乾燥塗膜を得る。これを約5mm×5mmに切断した後、1gぶんを取ってガラス瓶に入れ、19gの蒸留水を加えてサンプルとする。
【0015】
次いでガラス瓶の蓋を閉め、40℃の恒温装置内に10日間放置する。その後、取り出したサンプルを400メッシュの金網で濾過し、固体と水とに分け、濾別後の水を100℃で3時間以上乾燥させ、残った固形分の重量[Wグラム]を測定する。これを次式(1)に代入する。【0016】
[40℃の水への抽出量(重量%)]=[抽出後の水を乾燥し残った固形重量(Wグラム)]/[使用した変性ポリオレフィン乾燥塗膜の重量(1グラム)]×100 ・・・(1)
この抽出量が10重量%より多い場合は、耐湿性、耐水性、耐薬品性が悪く、またべたつきが起こりやすい。水溶性や親水性の低分子量成分が多いため、湿度や水分等と親和性が高く、またこれら成分がブリードアウトを起こしやすいものと推定される。従って、抽出量は10重量%以下とする。好ましくは5重量%以下とし、更に好ましくは3重量%以下、なかでも好ましくは2重量%以下、最も好ましくは1重量%以下とする。抽出量は低いほど好ましいが、0%とするのは困難であり、通常、0.01重量%以上である。」
ウ 「【0193】
[製造例2]
(溶融変性工程)
プロピレン-ブテン共重合体(三井化学社製、タフマーXM7070、重量平均分子量240,000(ポリプロピレン換算)、Mw/Mn=2.2、プロピレン含有量74モル%)200kgと無水マレイン酸5kgをスーパーミキサーでドライブレンドした後、2軸押出機(日本製鋼所社製TEX54αII)を用い、プロピレン-ブテン共重合体100重量部に対し1重量部となるようにパーブチルIを液添ポンプで途中フィードしながら、ニーディング部のシリンダー温度200℃、スクリュー回転数125rpm、吐出量80kg/時間の条件下で混練し、ペレット状の製品を得た。
【0194】
このようにして得られた無水マレイン酸変性プロピレン-ブテン共重合体の無水マレイン酸基の含量(グラフト率)は0.8重量%(無水マレイン酸基として0.08mmol/g、カルボン酸基として0.16mmol/g)であった。また重量平均分子量は156,000、数平均分子量は84,000(ともにポリスチレン換算)であった。」
エ 「【0199】
[製造例3]
製造例2と同様に溶融変性を行い、無水マレイン酸基の含量0.8重量%、重量平均分子量156,000の無水マレイン酸変性プロピレン-ブテン共重合体を得た。
次に、1Lガラスフラスコに還流冷却管、温度計、窒素ガス吹込み管、攪拌機を設置した後、上記無水マレイン酸変性プロピレン-ブテン共重合体200gとトルエン200gを仕込み、窒素ガスを吹き込みながら110℃になるまで加温、撹拌した。
昇温後、無水マレイン酸10gとパーブチルI 3.0gを加え、その後30分ごとにこの操作を3回繰り返した(計4回)のち、7時間同温度で攪拌を続けて反応を行った。
【0200】
反応終了後、内温を50℃まで冷却し、アセトン600gを約1時間かけて滴下すると、薄赤色の懸濁液が得られた。吸引ろ過器で液体を除去した後、残った白色固体をアセトン500gに懸濁させ30分撹拌した。再度吸引ろ過器で液体を除去した後、テフロン(登録商標)コーティングしたバットに入れ、60℃の減圧乾燥器中で乾燥し変性ポリマーを得た。
この変性ポリマーの無水マレイン酸基の含量(グラフト率)は5.8重量%(無水マレイン酸基として0.58mmol/g、カルボン酸基として1.16mmol/g)であり、重量平均分子量は89,000、数平均分子量は44,000(ともにポリスチレン換算)であった。
【0201】
この無水マレイン酸変性プロピレン-ブテン共重合体150gとTHF 500gを還流冷却管、温度計、攪拌機を設置した2Lガラスフラスコに仕込み、昇温し、65℃にて完全に溶解させた。得られた溶液にモルホリン33g(0.37mol)を加え、同温度で30分撹拌した。次に水500gを2時間かけて加え、淡黄色の溶液を得た。
ジャケット温度(外温)60℃で、得られた液体を減圧してTHFと一部の水を減圧留去し、固形分が30重量%の水性分散体を得た。分散粒子径を測定した結果、50%粒子径は41nm、90%粒子径は63nmであった。」

2 甲1、6及び8に記載された発明
(1)甲1に記載された発明(甲1発明)
甲1の実施例6は、実施例2と同様な溶融変性工程を行ったものであるから、甲1には、実施例6として、次の発明(以下、「甲1発明」という。)が記載されていると認められる。
「プロピレン-ブテン共重合体(三井化学社製、タフマーXM7070;共重合体1)200kgと無水マレイン酸5kgをスーパーミキサーでドライブレンドした後、2軸押出機(日本製鋼所社製TEX54αII)を用い、プロピレン-ブテン共重合体100重量部に対し1重量部となるようにパーブチルIを液添ポンプで途中フィードしながら、ニーディング部のシリンダー温度200℃、スクリュー回転数125rpm、吐出量80kg/時間の条件下で混練し、ペレット状の無水マレイン酸変性プロピレン-ブテン共重合体(無水マレイン酸変性プロピレン-ブテン共重合体の無水マレイン酸基の含量(グラフト率)は0.8重量%(無水マレイン酸基として0.08mmol/g、カルボン酸基として0.16mmol/g)。また重量平均分子量は156,000、数平均分子量は84,000(ともにポリスチレン換算))を得て、
次に、1Lガラスフラスコに還流冷却管、温度計、窒素ガス吹込み管、攪拌機を設置した後、上記無水マレイン酸変性プロピレン-ブテン共重合体200gとトルエン200gを仕込み、窒素ガスを吹き込みながら110℃になるまで加温、撹拌し、
昇温後、無水マレイン酸10gとパーブチルI 3.0gを加え、その後30分ごとにこの操作を3回繰り返した(計4回)のち、7時間同温度で攪拌を続けて反応を行い、
反応終了後、反応液温度(内温)を50℃まで冷却し、アセトン600gを約1時間かけて滴下して得られた薄赤色の懸濁液について、吸引ろ過器で液体を除去した後、残った白色固体をアセトン500gに懸濁させ30分撹拌し、再度吸引ろ過器で液体を除去した後、テフロン(登録商標)コーティングしたバットに入れ、60℃の減圧乾燥器中で乾燥し変性ポリマー(無水マレイン酸基の含量(グラフト率)は5.8重量%(無水マレイン酸基として0.58mmol/g、カルボン酸基として1.16mmol/g)であり、重量平均分子量は89,000、数平均分子量は44,000(ともにポリスチレン換算))を得て、
この無水マレイン酸変性プロピレン-ブテン共重合体150gとTHF 500gを還流冷却管、温度計、攪拌機を設置した2Lガラスフラスコに仕込み、昇温し、65℃にて完全に溶解させ、得られた溶液にモルホリン33g(0.37mol)を加え、同温度で30分撹拌し、次に水500gを2時間かけて加え、淡黄色の溶液を得て、
ジャケット温度(外温)60℃で、得られた液体を減圧してTHFと一部の水を減圧留去して得られた、ポリマー濃度が30重量%の水分散体。」

(2)甲6に記載された発明(甲6発明)
甲6の実施例1には、次の発明(以下、「甲6発明」という。)が記載されていると認められる。
「二軸混練機のKRCニーダーに、プロピレン80モル%、1-ブテン20モル%を構成単位とするポリオレフィン(Mn=70,000)100部を窒素雰囲気下で導入し、気相部分に窒素を通気しながら加熱溶融し、混練しながら360℃で5分間熱減成を行い熱減成物(この熱減成物は、炭素1,000個当たりの二重結合数は2個、Mnは1,1000)を得て、別の反応容器に上記熱減成物55部、無水マレイン酸45部及びキシレン100部を仕込み、窒素置換後、窒素通気下に130℃まで加熱昇温して均一に溶解し、ここにジクミルパーオキサイド0.5部をキシレン10部に溶解した溶液を滴下した後、キシレン還流温度まで昇温し、3時間撹拌を続け、その後、減圧下(1.5kPa)でキシレン及び未反応の無水マレイン酸を留去して、1分子当たりに18個の酸無水物基を有し、Mnが12,500の酸無水物変性ポリオレフィンを得て、この酸無水物変性ポリオレフィン系樹脂100部を300℃に熱した加圧プレス機で圧延し、角形ペレタイザー[(株)ホーライ製]にて裁断した後、温度制御可能な耐圧容器にイオン交換水221部及びトリエチルアミン17部と共に仕込み、TKホモミキサー[プライミクス(株)製]を用いて180℃で40分間分散処理することにより得られたポリオレフィン水性分散体。」

(3)甲8に記載された発明(甲8発明)
甲8の製造例3は、製造例2の溶融変性工程を用いたものであるから、甲8の製造例3として、次の発明(以下、「甲8発明」という。)が記載されていると認められる。
「プロピレン-ブテン共重合体(三井化学社製、タフマーXM7070、重量平均分子量240,000(ポリプロピレン換算)、Mw/Mn=2.2、プロピレン含有量74モル%)200kgと無水マレイン酸5kgをスーパーミキサーでドライブレンドした後、2軸押出機(日本製鋼所社製TEX54αII)を用い、プロピレン-ブテン共重合体100重量部に対し1重量部となるようにパーブチルIを液添ポンプで途中フィードしながら、ニーディング部のシリンダー温度200℃、スクリュー回転数125rpm、吐出量80kg/時間の条件下で混練し、ペレット状の無水マレイン酸変性プロピレン-ブテン共重合体(無水マレイン酸基の含量(グラフト率)は0.8重量%(無水マレイン酸基として0.08mmol/g、カルボン酸基として0.16mmol/g)、重量平均分子量は156,000、数平均分子量は84,000(ともにポリスチレン換算))を得て、
次に、1Lガラスフラスコに還流冷却管、温度計、窒素ガス吹込み管、攪拌機を設置した後、上記無水マレイン酸変性プロピレン-ブテン共重合体200gとトルエン200gを仕込み、窒素ガスを吹き込みながら110℃になるまで加温、撹拌し、
昇温後、無水マレイン酸10gとパーブチルI 3.0gを加え、その後30分ごとにこの操作を3回繰り返した(計4回)のち、7時間同温度で攪拌を続けて反応を行い、
反応終了後、内温を50℃まで冷却し、アセトン600gを約1時間かけて滴下すると、薄赤色の懸濁液が得られ、吸引ろ過器で液体を除去した後、残った白色固体をアセトン500gに懸濁させ30分撹拌し、再度吸引ろ過器で液体を除去した後、テフロン(登録商標)コーティングしたバットに入れ、60℃の減圧乾燥器中で乾燥し変性ポリマー(無水マレイン酸基の含量(グラフト率)は5.8重量%(無水マレイン酸基として0.58mmol/g、カルボン酸基として1.16mmol/g)、重量平均分子量は89,000、数平均分子量は44,000(ともにポリスチレン換算))を得て、
この無水マレイン酸変性プロピレン-ブテン共重合体150gとTHF 500gを還流冷却管、温度計、攪拌機を設置した2Lガラスフラスコに仕込み、昇温し、65℃にて完全に溶解させ、得られた溶液にモルホリン33g(0.37mol)を加え、同温度で30分撹拌し、次に水500gを2時間かけて加え、淡黄色の溶液を得て、
ジャケット温度(外温)60℃で、得られた液体を減圧してTHFと一部の水を減圧留去して得られた、固形分が30重量%の水性分散体。」

3 本件発明1?3と甲1、6及び8発明との対比・判断
(1)本件発明1について
ア 本件発明1と甲1発明とを対比する。
甲1発明の「水分散体」に含まれる「無水マレイン酸変性プロピレン-ブテン共重合体」及び「水」は、本件発明1の「ポリオレフィン樹脂」及び「水性媒体」とにそれぞれ相当し、甲1発明の「水分散体」は、本件発明1の「ポリオレフィン樹脂と水性媒体とを含有するポリオレフィン樹脂水性分散体」に相当する。
また、甲1発明の上記「無水マレイン酸変性プロピレン-ブテン共重合体」は、オレフィン成分として、プロピレンと、プロピレン以外のオレフィンとしてブテンとを含み、不飽和カルボン酸成分として無水マレイン酸成分を含むことから、本件発明1の「ポリオレフィン樹脂が、オレフィン成分と不飽和カルボン酸成分とを共重合体成分として含有し、オレフィン成分が、プロピレン(A)と、プロピレン以外のオレフィン(B)とからなり、プロピレン以外のオレフィン(B)がブテンを含み、エチレンを含まず」という構成に相当する。
そして、甲1発明における無水マレイン酸成分の含有量は5.8重量%であり、本件発明1における「不飽和カルボン酸含有量がオレフィン成分100質量部に対し、1質量部以上」に含まれる。

以上のことから、本件発明1と甲1発明とは、
「ポリオレフィン樹脂と水性媒体とを含有するポリオレフィン樹脂水性分散体を含有し、
ポリオレフィン樹脂が、オレフィン成分と不飽和カルボン酸成分とを共重合体成分として含有し、
オレフィン成分が、プロピレン(A)と、プロピレン以外のオレフィン(B)とからなり、
プロピレン以外のオレフィン(B)がブテンを含み、エチレンを含まず、
プロピレン(A)と、プロピレン以外のオレフィン(B)との合計100質量部に対し、共重合体成分としての不飽和カルボン酸成分の含有量が、1質量部以上であるポリオレフィン樹脂水性分散体」である点で一致し、次の点において相違が認められる。
(相違点1-1)
本件発明1は、「水性分散体の乾燥残渣における、不飽和カルボン酸モノマー量が5,000ppm以下であること」が特定されているのに対し、甲1発明は、このようなものであるかどうか不明な点。
(相違点2-1)
本件発明1は、「プロピレン(A)と、プロピレン以外のオレフィン(B)との質量比(A/B)が、60/40?95/5であ」ることが特定されているのに対し、甲1発明は、プロピレン/ブテンの質量比は規定されていない点。
(相違点3-1)
本件発明1は「積層体を製造するための接着剤」であるのに対し、甲1発明は「水分散体」である点。

ここで、事案に鑑み、相違点1-1について検討する。
甲1には、「水性分散体の乾燥残渣における、不飽和カルボン酸モノマー量」についての記載はない。
また、甲1発明の「水分散体」の製造においては、「無水マレイン酸」(不飽和カルボン酸モノマー)が用いられており、その製造工程には、「無水マレイン酸」を完全に除去する工程があるとはいえないことから、甲1発明の「水分散体」は「無水マレイン酸」を含むものであるといえる。
また、甲1発明において、「反応液温度(内温)を50℃まで冷却し、アセトン600gを約1時間かけて滴下して得られた薄赤色の懸濁液について、吸引ろ過器で液体を除去した後、残った白色固体をアセトン500gに懸濁させ30分撹拌し、再度吸引ろ過器で液体を除去」する工程において、「アセトン」を加えて液体を除去することが「無水マレイン酸」を除去する工程であるといえるとしても(甲3?6参照)、「無水マレイン酸」がどの程度除去されるかどうかは明らかではなく、「水性分散体の乾燥残渣における、不飽和カルボン酸モノマー量が5,000ppm以下」となっているかどうかは不明としかいうほかない。
そうすると、上記相違点1-1は、実質的な相違点であり、本件発明1は、甲1発明であるということはできない。

また、当業者の技術常識に照らしても、甲1発明において、「水性分散体の乾燥残渣における、不飽和カルボン酸モノマー量」の値によって、甲1発明の「水分散体」がどのような特性になるのかは明らかではなく、甲1発明について、「水性分散体の乾燥残渣における、不飽和カルボン酸モノマー量が5,000ppm以下」とする動機付けは見いだせない。

これに対し、本件発明1は、上記相違点1-1に係る発明特定事項を備えることで、本件明細書の【0013】に「本発明の水性分散体が含有するポリオレフィン樹脂は、・・・水性分散体の乾燥残渣における、不飽和カルボン酸モノマー量が特定量以下であることにより、ポリオレフィン樹脂は、水性媒体中において非常に微細化された分散状態を呈することができる。そして水性分散体は、低温造膜性に優れ、製膜時に従来と比べ、より低温、短時間で乾燥しても、ポリオレフィン基材との密着性に優れる塗膜が得られ、得られた塗膜は、不揮発性水性化助剤を含有していないので、ポリオレフィン樹脂本来の特性が損なわれることがなく、基材との密着性、耐水性、耐薬品性、耐湿熱性に優れたものとなる。・・・また、本発明の水性分散体はポリプロピレン樹脂押出ラミネート用の優れた接着剤として利用することができる。」と記載され、同【0139】に、「表2に示すように、不飽和カルボン酸モノマー量が本発明で規定する範囲にあるポリオレフィン樹脂を使用した実施例1?18においては、ポリオレフィン樹脂の重量平均粒子径の増大が抑制され、また水性分散体の粘度上昇が抑制され、水性分散体を連続して製造することが可能となった。中でも、不飽和カルボン酸モノマー量を本発明で規定する範囲内で少なくするにつれて、ポリオレフィン樹脂の重量平均粒子径の増大および水性分散体の粘度上昇の抑制効果が顕著となり、5,000ppm以下とすることで特に顕著な効果が見られた。」と記載されるように、本件発明1は、格別顕著な作用効果を奏するものであり、その作用効果は実施例において確認されているといえる。

(まとめ)
以上のことから、相違点2-1、3-1について検討するまでもなく、本件発明1は、甲1発明であるとはいえないし、甲1発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである、ということもできない。

イ 本件発明1と甲6発明とを対比する。
甲6発明の「ポリオレフィン水性分散体」に含まれる「酸無水物変性ポリオレフィン系樹脂」及び「水」は、本件発明1の「ポリオレフィン樹脂」及び「水性媒体」とにそれぞれ相当し、甲6発明の「ポリオレフィン水性分散体」は、本件発明1の「ポリオレフィン樹脂と水性媒体とを含有するポリオレフィン樹脂水性分散体」に相当する。
また、甲6発明の上記「酸無水物変性ポリオレフィン系樹脂」は、オレフィン成分として、プロピレンと、プロピレン以外のオレフィンとして1-ブテンとを含み、不飽和カルボン酸成分として無水マレイン酸成分を含むことから、本件発明1の「ポリオレフィン樹脂が、オレフィン成分と不飽和カルボン酸成分とを共重合体成分として含有し、オレフィン成分が、プロピレン(A)と、プロピレン以外のオレフィン(B)とからなり、プロピレン以外のオレフィン(B)がブテンを含み、エチレンを含まず」という構成に相当する。

以上のことから、本件発明1と甲6発明とは、
「ポリオレフィン樹脂と水性媒体とを含有するポリオレフィン樹脂水性分散体を含有し、
ポリオレフィン樹脂が、オレフィン成分と不飽和カルボン酸成分とを共重合体成分として含有し、
オレフィン成分が、プロピレン(A)と、プロピレン以外のオレフィン(B)とからなり、
プロピレン以外のオレフィン(B)がブテンを含み、エチレンを含まない、
ポリオレフィン樹脂水性分散体」である点で一致し、次の点において相違が認められる。
(相違点1-2)
本件発明1は、「水性分散体の乾燥残渣における、不飽和カルボン酸モノマー量が5,000ppm以下であること」が特定されているのに対し、甲6発明は、このようなものであるかどうか不明な点。
(相違点2-2)
本件発明1は、「プロピレン(A)と、プロピレン以外のオレフィン(B)との質量比(A/B)が、60/40?95/5であ」ることが特定されているのに対し、甲6発明は、プロピレン/1-ブテンの質量比は規定されていない点。
(相違点3-2)
本件発明1は「積層体を製造するための接着剤」であるのに対し、甲6発明は「水性分散体」である点。
(相違点4-2)
本件発明1では、「プロピレン(A)と、プロピレン以外のオレフィン(B)との合計100質量部に対し、共重合体成分としての不飽和カルボン酸成分の含有量が、1質量部以上である」点が特定されているのに対し、甲6発明は、そのような規定はされていない点。

ここで、事案に鑑み、相違点1-2について検討する。
甲6には、「水性分散体の乾燥残渣における、不飽和カルボン酸モノマー量」についての記載はない。
また、甲6発明の「ポリオレフィン水性分散体」の製造においては、「無水マレイン酸」(不飽和カルボン酸モノマー)が用いられており、その製造工程には、未反応の無水マレイン酸を留去する工程があるものの、減圧下(1.5kPa)で留去するものであって、「無水マレイン酸」がどの程度除去されるかどうかは明らかではなく、しかも、そのような留去は「酸無水物変性ポリオレフィン」に含まれる「無水マレイン酸」を完全に除去する工程とはいえないことから、甲6発明の「ポリオレフィン水性分散体」は「無水マレイン酸」を含むものであるといえる。
そうすると、甲6発明について、「水性分散体の乾燥残渣における、不飽和カルボン酸モノマー量が5,000ppm以下」となっているかどうかは不明としかいうほかない。
また、当業者の技術常識に照らしても、甲6発明において、「水性分散体の乾燥残渣における、不飽和カルボン酸モノマー量」の値によって、甲6発明の「ポリオレフィン水性分散体」がどのような特性になるのかは明らかではなく、甲6発明について、「水性分散体の乾燥残渣における、不飽和カルボン酸モノマー量が5,000ppm以下」とする動機付けは見いだせない。

これに対し、上記相違点1-2は、上記アの相違点1-1と同様な相違点であるところ、本件発明1は、上記相違点1-2に係る発明特定事項を備えることで、本件発明1は、格別顕著な作用効果を奏するものであり、その作用効果は実施例において確認されているといえる。

(まとめ)
以上のことから、相違点2-2?4-2について検討するまでもなく、本件発明1は、甲6発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである、ということはできない。

ウ 本件発明1と甲8発明とを対比する。
甲8発明の「水性分散体」に含まれる「無水マレイン酸変性プロピレン-ブテン共重合体」及び「水」は、本件発明1の「ポリオレフィン樹脂」及び「水性媒体」とにそれぞれ相当し、甲8発明の「水性分散体」は、本件発明1の「ポリオレフィン樹脂と水性媒体とを含有するポリオレフィン樹脂水性分散体」に相当する。
また、甲8発明の上記「無水マレイン酸変性プロピレン-ブテン共重合体」は、オレフィン成分として、プロピレンと、プロピレン以外のオレフィンとしてブテンとを含み、不飽和カルボン酸成分として無水マレイン酸成分を含むことから、本件発明1の「ポリオレフィン樹脂が、オレフィン成分と不飽和カルボン酸成分とを共重合体成分として含有し、オレフィン成分が、プロピレン(A)と、プロピレン以外のオレフィン(B)とからなり、プロピレン以外のオレフィン(B)がブテンを含み、エチレンを含まず」という構成に相当する。
そして、甲8発明における無水マレイン酸成分の含有量は5.8重量%であり、本件発明1における「不飽和カルボン酸含有量がオレフィン成分100質量部に対し、1質量部以上」に含まれる。

以上のことから、本件発明1と甲8発明とは、
「ポリオレフィン樹脂と水性媒体とを含有するポリオレフィン樹脂水性分散体を含有し、
ポリオレフィン樹脂が、オレフィン成分と不飽和カルボン酸成分とを共重合体成分として含有し、
オレフィン成分が、プロピレン(A)と、プロピレン以外のオレフィン(B)とからなり、
プロピレン以外のオレフィン(B)がブテンを含み、エチレンを含まず、
G.プロピレン(A)と、プロピレン以外のオレフィン(B)との合計100質量部に対し、共重合体成分としての不飽和カルボン酸成分の含有量が、1質量部以上であるポリオレフィン樹脂水性分散体」である点で一致し、次の点において相違が認められる。
(相違点1-3)
本件発明1は、「水性分散体の乾燥残渣における、不飽和カルボン酸モノマー量が5,000ppm以下であること」が特定されているのに対し、甲8発明は、このようなものであるかどうか不明な点。
(相違点2-3)
本件発明1は、「プロピレン(A)と、プロピレン以外のオレフィン(B)との質量比(A/B)が、60/40?95/5であ」ることが特定されているのに対し、甲8発明は、プロピレン/ブテンの質量比は規定されていない点。
(相違点3-3)
本件発明1は「積層体を製造するための接着剤」であるのに対し、甲8発明は「水性分散体」である点。

ここで、事案に鑑み、相違点1-3について検討する。
甲8には、「水性分散体の乾燥残渣における、不飽和カルボン酸モノマー量」についての記載はない。
また、甲8発明の「水性分散体」の製造においては、「無水マレイン酸」(不飽和カルボン酸モノマー)が用いられており、その製造工程には、「無水マレイン酸」を完全に除去する工程があるとはいえないことから、甲8発明の「水性分散体」は「無水マレイン酸」を含むものであるといえる。
また、甲8発明において、「内温を50℃まで冷却し、アセトン600gを約1時間かけて滴下すると、薄赤色の懸濁液が得られ、吸引ろ過器で液体を除去した後、残った白色固体をアセトン500gに懸濁させ30分撹拌し、再度吸引ろ過器で液体を除去」する工程において、「アセトン」を加えて液体を除去することが「無水マレイン酸」を除去する工程であるといえるとしても(甲3?6参照)、「無水マレイン酸」がどの程度除去されるかどうかは明らかではなく、「水性分散体の乾燥残渣における、不飽和カルボン酸モノマー量が5,000ppm以下」となっているかどうかは不明としかいうほかない。

なお、甲8には、非塩素変性ポリオレフィン水性分散体の乾燥塗膜を40℃の水で抽出した際の抽出物が、該乾燥塗膜の重量の10重量%以下であること、及び、抽出量は、好ましくは5重量%以下とし、更に好ましくは3重量%以下、なかでも好ましくは2重量%以下、最も好ましくは1重量%以下であり、抽出量は低いほど好ましいが、0%とするのは困難であり、通常、0.01重量%以上であることとが記載されている(上記1(3)イ)。
しかしながら、上記「非塩素変性ポリオレフィン水性分散体の乾燥塗膜を40℃の水で抽出した際の抽出物」は、乾燥塗膜の抽出物であって、甲8発明の「水性分散体」に含まれる「不飽和カルボン酸モノマー」のみを指すものとは直ちにはいえないことから、甲8の上記記載から、甲8発明について、「水性分散体の乾燥残渣における、不飽和カルボン酸モノマー量が5,000ppm以下」とする動機付けがあるとはいえない。

したがって、当業者の技術常識に照らしても、甲8発明において、「水性分散体の乾燥残渣における、不飽和カルボン酸モノマー量」の値によって、甲8発明の「水性分散体」がどのような特性になるのかは明らかではなく、甲8発明について、「水性分散体の乾燥残渣における、不飽和カルボン酸モノマー量が5,000ppm以下」とする動機付けは見いだせない。

これに対し、上記相違点1-3は、上記アの相違点1-1と同様な相違点であるところ、本件発明1は、上記相違点1-3に係る発明特定事項を備えることで、格別顕著な作用効果を奏するものであり、その作用効果は実施例において確認されているといえる。

(まとめ)
以上のことから、相違点2-3、3-3について検討するまでもなく、本件発明1は、甲8発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである、ということはできない。

(2)本件発明2及び3について
本件発明2及び3は、本件発明1を直接的又は間接的に引用してさらに限定するものであり、本件発明1と同様な理由から、甲1発明であるとはいえないし、甲1発明、甲6発明及び甲8発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである、ということもできない。

第6 むすび
以上のとおり、特許異議の申立ての理由及び証拠によっては、本件発明1?3に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件発明1?3に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2021-03-17 
出願番号 特願2018-240495(P2018-240495)
審決分類 P 1 651・ 121- Y (C09J)
P 1 651・ 537- Y (C09J)
P 1 651・ 113- Y (C09J)
最終処分 維持  
前審関与審査官 櫛引 智子上坊寺 宏枝  
特許庁審判長 蔵野 雅昭
特許庁審判官 川端 修
木村 敏康
登録日 2020-03-13 
登録番号 特許第6676139号(P6676139)
権利者 ユニチカ株式会社
発明の名称 接着剤  
代理人 特許業務法人森本国際特許事務所  

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