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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  A23D
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  A23D
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  A23D
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  A23D
管理番号 1372752
異議申立番号 異議2021-700005  
総通号数 257 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2021-05-28 
種別 異議の決定 
異議申立日 2021-01-05 
確定日 2021-04-07 
異議申立件数
事件の表示 特許第6719938号発明「可塑性油脂組成物及び可塑性油脂組成物が添加された食品」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6719938号の請求項1ないし7に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6719938号の請求項1?7に係る特許(以下、「本件特許」という)についての出願は、平成28年3月24日に出願され、令和2年6月19日にその特許権の設定登録がされ、同年7月8日にその特許掲載公報が発行された。
その後、本件特許に対して、当該発行日から6月以内にあたる、令和3年1月5日に不二製油株式会社(以下、「異議申立人」という)により特許異議の申立てがされたものである。

第2 本件発明
特許第6719938号の請求項1?7に係る発明(以下、「本件発明1」などともいい、まとめて、「本件発明」ともいう)は、本件特許の特許請求の範囲の請求項1?7に記載された事項により特定される以下のとおりのものである。

「【請求項1】
可塑性油脂組成物であって、
該可塑性油脂組成物に含まれるトリグリセリドの2位に結合したオレイン酸の合計質量が、前記可塑性油脂組成物に含まれるトリグリセリドの2位に結合した脂肪酸全体の質量に対して45?57質量%であり、飽和脂肪酸である構成脂肪酸の含有量が、油脂全体の構成脂肪酸の質量に対して、27?55質量%である、可塑性油脂組成物。
【請求項2】
2飽和-1不飽和型トリグリセリドと1飽和-2不飽和型トリグリセリドとの合計含有量に対するSSU型トリグリセリドとUSU型トリグリセリドとの合計含有量が、質量比で、0.30?0.60である、請求項1に記載の可塑性油脂組成物。
【請求項3】
ポリグリセリン縮合リシノレイン酸エステルを更に含み、
前記可塑性油脂組成物に含まれる全ての前記ポリグリセリン縮合リシノレイン酸エステルのうち、グリセリンの重合度が4?6であるポリグリセリン縮合リシノレイン酸エステルの質量が最も多い、請求項1又は2に記載の可塑性油脂組成物。
【請求項4】
増粘多糖類を更に含有する、請求項1から3のいずれかに記載の可塑性油脂組成物。
【請求項5】
グリセリン有機酸脂肪酸エステルを更に含有する、請求項1から4のいずれかに記載の可塑性油脂組成物。
【請求項6】
製菓製パン用である、請求項1から5のいずれかに記載の可塑性油脂組成物。
【請求項7】
請求項1から6のいずれかに記載の可塑性油脂組成物が添加された食品。」

第3 異議申立理由の概要
異議申立人は、令和3年1月5日差出の特許異議申立書において、全請求項に係る特許を取り消すべきものである旨主張し、その理由として、以下の理由を主張し、証拠方法として甲第1?9号証を提出している。

1 甲第1号証を主引例とする新規性欠如について
本件特許の特許請求の範囲の請求項1に係る発明は、甲第1号証に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、本件特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。

2 甲第1号証を主引例とする進歩性欠如について
本件特許の特許請求の範囲の請求項1,3?7に係る発明は、甲第1号証に記載された発明及び甲第2?9号証に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、本件特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。

3 実施可能要件について
本件特許の発明の詳細な説明は、当業者が本件特許の請求項1,2に係る発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるとはいえないから、発明の詳細な説明の記載が特許法第36条第4項第1号に適合していないため、当該発明に係る特許は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、同法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。

4 サポート要件について
本件特許の特許請求の範囲の請求項1,2に係る発明は、発明の詳細な説明に記載したものでないから、その特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に適合していないため、当該発明に係る特許は、特許法第36条第6項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、同法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。

5 証拠方法
甲第1号証:特開2013-66431号公報
甲第2号証:特開2009-45033号公報
甲第3号証:ScienceDirectのウェブサイトの写し、https://www.science
direct.com/topics/neuroscience/coconut-oil、検索日20
20年12月11日
甲第4号証:カネダ株式会社のウェブサイトの写し、https://www.kaneda
.co.jp/jigyou/oils_composition.html、検索日2020年
12月14日
甲第5号証:公益社団法人 日本油化学会編、油脂・脂質・界面活性剤デ
ータブック、丸善出版株式会社、平成24年12月30日、
第52頁
甲第6号証:特開2009-34089号公報
甲第7号証:特開平8-187051号公報
甲第8号証:特開2013-138642号公報
甲第9号証:特開2002-38190号公報

以下、異議申立人が提出した甲第1?9号証を、その番号に対応してそれぞれ、「甲1」?「甲9」ともいう。

第4 当審の判断
1 各証拠の記載事項
(1)甲1の記載事項
甲1には以下の事項が記載されている。

(甲1a)「【請求項1】
下記の条件(1)?(5)をすべて満たす可塑性油脂組成物。
(1)パーム系油脂を含有
(2)ラウリン系油脂を含有
(3)SUSで表されるトリグリセリドを油相基準で10?20質量%含有
(4)構成脂肪酸組成においてラウリン酸を2?12質量%含有
(5)融点が50℃以上の油脂を油相基準で0.3?3質量%含有
(ただしSは炭素数16以上の飽和脂肪酸残基、Uは炭素数16以上の不飽和脂肪酸残基である。)
【請求項2】
さらに下記の条件(6)を満たす請求項1記載の可塑性油脂組成物。
(6)液状油脂を油相基準で40質量%以下含有
【請求項3】
部分水素添加油脂及びエステル交換油脂を含有しない請求項1又は2記載の可塑性油脂組成物。
【請求項4】
上記のSUSで表されるトリグリセリドの含有量(油相基準)と上記の構成脂肪酸組成におけるラウリン酸の含有量との質量比率は、該トリグリセリドの含有量を1としたときに、該ラウリン酸の含有量が0.1?1.2である、請求項1?3の何れか一項に記載の可塑性油脂組成物。
【請求項5】
上記(1)の条件におけるパーム系油脂として、パーム油を用いる、請求項1?4の何れか一項に記載の可塑性油脂組成物。
【請求項6】
上記(2)の条件におけるラウリン系油脂として、ヤシ油及び/又はパーム核油を用いる、請求項1?5の何れか一項に記載の可塑性油脂組成物。
【請求項7】
上記(5)の条件における融点が50℃以上の油脂として、ハイエルシン酸ナタネ極度硬化油、パーム極度硬化油、パームステアリンの中から選ばれた1種又は2種以上を用いる、請求項1?6の何れか一項に記載の可塑性油脂組成物。
【請求項8】
請求項1?7の何れか一項に記載の可塑性油脂組成物を用いた食品。
【請求項9】
請求項1?7の何れか一項に記載の可塑性油脂組成物を用いたベーカリー製品。」

(甲1b)「【発明が解決しようとする課題】
【0007】
従って、本発明は、結晶が粗大化しやすいパーム油を使用しても、貯蔵中に粗大結晶が生じにくい可塑性油脂組成物を提供することを課題とし、さらにベーカリー製品に用いた場合において、該ベーカリー製品のソフトでしっとり感のある食感が焼き上げ直後だけではなく、経日的に持続する可塑性油脂組成物を提供することを課題とする。」

(甲1c)「【0041】
(実施例1)
配合油80質量%(配合油の組成はパーム油60質量%、ヤシ油10.3質量%、ナタネ油29質量%、ナタネ極度硬化油0.7質量%)を60℃前後に加温し、乳化剤としてグリセリン脂肪酸エステル0.5質量%、レシチン0.5重量%、トコフェロール0.01重量%を混合溶解した油相と、水18.89質量%に香料0.1重量%を混合した水相を混合、攪拌し油中水型の乳化物とし、殺菌し、急冷可塑化工程(冷却速度-20℃/分以上)にかけ、急冷可塑化することで実施例1の可塑性油脂組成物を得た。得られた実施例1の可塑性油脂組成物は経日的にブツやザラの発生はなかった。
また、表1に得られた可塑性油脂組成物のSUSの含有量(油相基準)、構成脂肪酸組成におけるラウリン酸の含有量、トランス酸の含有量及び該ラウリン酸の含有量/該SUSの含有量(油相基準)を示した。」

(2)甲2の記載事項
甲2には以下の事項が記載されている。

(甲2a)「【請求項1】
融点が50℃以下の油脂(A)を作製する工程(1)と、含有飽和脂肪酸量の40重量%以上が2位に結合しているトリグリセリドからなる油脂(B)及び油脂(A)、又は、含有不飽和脂肪酸量の40重量%以上が2位に結合しているトリグリセリドからなる油脂(C)及び油脂(A)を用いて1、3位特異的に酵素エステル交換する工程(2)を有する油脂の製造方法であって、工程(1)は、融点が50℃以上の油脂(a)を出発原料として含むことを特徴とする油脂の製造方法。」

(甲2b)「【0043】
【表1】

・・・
【0045】
(実施例2)
それぞれ脱酸、脱色処理を行った完全水素添加低エルシン酸ナタネ油(融点:67℃)25重量部と完全水素添加パーム核油(融点:40℃)75重量部を65℃に加熱し、そこへリパーゼPL(名糖産業社製)を1重量部添加し、羽根突き撹拌棒を用いて500rpmで5時間攪拌し反応させた。反応後濾過により酵素を除去したエステル交換油脂(融点:40℃)64重量部に脱酸、脱色処理を行ったパーム油36重量部を混合し、固定化酵素(リパーゼ)Lipozyme TL-IM(ノボザイムズジャパン社製)を詰めたカラムに混合油脂を通して反応させた。酵素反応は50℃で行い、固定化酵素1gあたり、油脂3g/時間の流量で流して反応させた。反応後の油脂を減圧下240℃で1時間脱臭し、最終製品油脂を得た。反応に使用したパーム油の脂肪酸組成及び2位の脂肪酸組成を表1に、最終製品油脂の脂肪酸組成及び特性を表2に示す。」

(3)甲3の記載事項
甲3には以下の事項が記載されている(訳文にて示す)。

(甲3a)「高ラウリン酸及びミリスチン酸種子油
位置特異的分析により、ココナツオイルでは、ラウリン酸とリノール酸が主にsn-2位置でエステル化され、オレイン酸と飽和酸がsn-1(3)位置でエステル化されることが示されている(表2)。同様の傾向は、パーム核油中のラウリン酸とオレイン酸の分布にも見られる。また、リノール酸は、sn-2位置に対してわずかな優先度を示す。ミリスチン酸はsn-2とsn-1(3)の位置に均等に分布しているが、残りの飽和脂肪酸は主に1位でエステル化される。

表2.高ラウリン酸及びミリスチン酸種子油トリアシルグリセロールにおけるsn-1(3)及びsn-2の脂肪酸分布
パーセンテージ パーセンテージ
脂肪酸 合計(mol%)sn-1(3) sn-2 合計(mol%) sn-1(3) sn-2
ココナツオイル^(a) パーム核油^(a)
6:0 0.6 50.0 0.0 0.4 50.0 0.0
8:0 9.4 49.5 1.1 5.7 42.1 15.8
10:0 7.0 42.9 14.3 4.7 41.1 17.7
12:0 50.0 23.2 53.6 52.8 30.2 39.6
14:0 17.4 41.8 16.5 16.2 33.7 32.5
16:0 7.6 46.5 7.0 7.6 43.6 12.7
18:0 2.0 45.0 10.0 2.2 47.7 4.5
18:1 4.7 37.6 24.8 9.2 28.6 42.8
18:2 1.2 29.2 41.7 1.2 31.9 36.1
^(a)膵臓リパーゼを使った位置特異的分析。Mattson及びVolpenheim(1963)により採用されたもの。」(TRIGLYCERIDES|Structures and Propertiesの項)

(4)甲4の記載事項
甲4には以下の事項が記載されている。

(甲4a)「

・・・

」(主な植物油脂の主要脂肪酸組成の項)

(5)甲5の記載事項
甲5には以下の事項が記載されている。

(甲5a)「

」(第52頁下)

(6)甲6の記載事項
甲6には以下の事項が記載されている。

(甲6a)「【0023】 以下、本発明のロールイン用可塑性油脂組成物について詳しく説明する。
本発明のロールイン用可塑性油脂組成物は、油相中に、油脂A、油脂B及び油脂Cを含有するものである。」

(甲6b)「【0041】 本発明においては、上記油脂Cとして液状油を用いる。ここで、液状油とは、常温(25℃)で流動性を有する油脂をいう。液状油としては、液状植物油や構成脂肪酸として中鎖脂肪酸を有するトリグリセリド含有油脂等が挙げられる。かかる液状油は、5℃においても液状であって、透明性を有するものがより好ましい。
【0042】 液状植物油とは、上述のように、常温(25℃)で流動性を有する植物性油脂をいい、好ましくは5℃において流動性及び透明性を有する植物性油脂をいう。
液状植物油としては、大豆油、菜種油、コーン油、ひまわり油、紅花油、ごま油、綿実油、米油、オリーブ油、落花生油、亜麻仁油、並びにそれら単独の油又は複数混合油の水素添加油、それら単独の油又は複数混合油のエステル交換油、及びそれら単独の油又は複数混合油の分別油等の加工油等が挙げられる。これらの中でも、入手の容易性及び価格の観点から、大豆油、菜種油、コーン油を用いることが好ましい。」

(7)甲7の記載事項
甲7には以下の事項が記載されている。

(甲7a)「【請求項1】 油相15?50重量部と水相85?50重量部とより成る油中水型乳化油脂組成物において、該組成物あたり乳化剤としてポリグリセリン縮合リシノレイン酸エステル0.3?1.5重量%、レシチン0.05?0.2重量%と酢酸グリセリン脂肪酸エステル0.1?5.0重量%を含む油相と水相を均質乳化して得られる油中水型乳化油脂組成物。」

(甲7b)「【0008】本発明で使用する乳化剤として、ポリグリセリン縮合リシノレイン酸エステル(以下、PGREという)には、グリセリンの重合度が2?15のポリグリセリンと、縮合リシノレイン酸とのエステルが用いられるが、縮合リシノレイン酸の縮合度は、2?7が好ましい。グリセリンの重合度は4?8であるのがより好ましく、リシノレイン酸の縮合度は3?5であるのがより好ましい。その添加量は乳化油脂組成物全量中に、0.3?1.5重量%を含むのが好ましく、0.5?1.0重量%であるのがより好ましい。添加量が0.3重量%未満であると、急冷可塑化中に転相や水の吐き出しが起こり好ましくなく、また1.5重量%を越えると、かえって低温保存時の離水が多くなり好ましくない。」

(8)甲8の記載事項
甲8には以下の事項が記載されている。

(甲8a)「【0002】
通常、ロールイン用マーガリンは、水に乳製品、澱粉類、増粘多糖類等を溶解した水相と、油脂とを混合して予備乳化し、これを均一攪拌しながら、パーフェクター、コンビネーター、ボテーターなどを用いて急冷捏和した後、ノズルから押し出してシート状に成形される。」

(9)甲9の記載事項
甲9には以下の事項が記載されている。

(甲9a)「【請求項1】 直接β型結晶である油脂を含有する可塑性油脂組成物。
【請求項2】 上記直接β型結晶が、実質的に微細結晶として存在する請求項1記載の可塑性油脂組成物。
【請求項3】 上記微細結晶の最大部位の長さが、20μm以下である請求項2記載の可塑性油脂組成物。
【請求項4】 上記直接β型結晶である油脂を、全油脂分中、5重量%以上含有する請求項1、2又は3記載の可塑性油脂組成物。
【請求項5】 マーガリンタイプである請求項1、2、3又は4記載の可塑性油脂組成物。
【請求項6】 ショートニングタイプである請求項1、2、3又は4記載の可塑性油脂組成物。
【請求項7】 直接β型結晶である油脂を含有する油相を、冷却、可塑化することを特徴とする可塑性油脂組成物の製造方法。
【請求項8】 請求項1?6の何れかに記載の可塑性油脂組成物を用いたベーカリー類。」

(甲9b)「【0023】上記乳化剤としては、グリセリン脂肪酸エステル、ショ糖脂肪酸エステル、ソルビタン脂肪酸エステル、プロピレングリコール脂肪酸エステル、グリセリン有機酸脂肪酸エステル、ポリグリセリン脂肪酸エステル、ポリグルセリン縮合リシノレイン酸エステル、ステアロイル乳酸カルシウム、ステアロイル乳酸ナトリウム、ポリオキシエチレン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル、レシチン、サポニン類等が挙げられ、この中から選ばれた1種又は2種以上を用いることができる。上記乳化剤の配合量は、特に制限はないが、本発明の可塑性油脂組成物中、好ましくは0.05?3重量%、さらに好ましくは0.1?1重量%である。また、本発明の可塑性油脂組成物において、上記乳化剤が必要でなければ、乳化剤を用いなくてもよい。」

2 甲1を主引例とする新規性欠如について
(1)甲1に記載された発明
摘示(甲1a)及び(甲1c)から、甲1の請求項1に係る発明の具体例として、実施例1には「配合油80質量%(配合油の組成はパーム油60質量%、ヤシ油10.3質量%、ナタネ油29質量%、ナタネ極度硬化油0.7質量%)を60℃前後に加温し、乳化剤としてグリセリン脂肪酸エステル0.5質量%、レシチン0.5重量%、トコフェロール0.01重量%を混合溶解した油相と、水18.89質量%に香料0.1重量%を混合した水相を混合、攪拌し油中水型の乳化物とし、殺菌し、急冷可塑化工程(冷却速度-20℃/分以上)にかけ、急冷可塑化して得られた可塑性油脂組成物」の発明(以下、「甲1発明」という。)が記載されている。

(2)本件発明1について
ア 対比
本件発明1と甲1発明とを対比する。
本件発明1と甲1発明とを対比すると、両者は「可塑性油脂組成物」である点で一致し、以下の点で相違する。

相違点1-1:本件発明1は「前記可塑性油脂組成物に含まれるトリグリセリドの2位に結合したオレイン酸の合計質量が、前記可塑性油脂組成物に含まれるトリグリセリドの2位に結合した脂肪酸全体の質量に対して45?57質量%」であるのに対し、甲1発明はこの割合が明らかでない点
相違点1-2:本件発明1は「飽和脂肪酸である構成脂肪酸の含有量が、油脂全体の構成脂肪酸の質量に対して、27?55質量%」であるのに対し、甲1発明はこの割合が明らかでない点

イ 相違点についての判断
植物油の脂肪酸組成は油の生産地、製造ロット、生産・精製方法等によって一定ではないことが知られているところ、甲1には摘示(甲1c)において用いたパーム油、ヤシ油、ナタネ油のそれぞれに含まれるトリグリセリドの2位に結合した脂肪酸全体に対するオレイン酸の合計質量の割合、油脂全体の構成脂肪酸に対する飽和脂肪酸の含有量の割合が記載されていないから、これらの割合は明らかでなく、甲1発明において「前記可塑性油脂組成物に含まれるトリグリセリドの2位に結合したオレイン酸の合計質量が、前記可塑性油脂組成物に含まれるトリグリセリドの2位に結合した脂肪酸全体の質量に対して45?57質量%」であること及び「飽和脂肪酸である構成脂肪酸の含有量が、油脂全体の構成脂肪酸の質量に対して、27?55質量%」であることが明らかとはいえない。
したがって、本件発明1は甲1に記載された発明とはいえない。

ウ 異議申立人の主張について
異議申立人は、特許異議申立書において、摘示(甲2b)の表1に、甲2の実施例2において使用されたパーム油の脂肪酸組成と2位のオレイン酸組成が記載されていること、摘示(甲3a)にはココナツオイルとパーム核油の脂肪酸組成と2位のオレイン酸組成が記載されていること、本件明細書の表1の比較例5に菜種油の脂肪酸組成及び2位のオレイン酸組成が記載されていること、したがって、甲1発明のパーム油に摘示(甲2b)のパーム油の脂肪酸組成及び2位の脂肪酸組成、甲1発明のヤシ油に摘示(甲3a)のココナツオイルの脂肪酸組成及び2位の脂肪酸組成、甲1発明のナタネ油に本件明細書の表1の比較例5に記載された菜種油の脂肪酸組成及び2位のオレイン酸組成を適用して計算すると、甲1発明の「前記可塑性油脂組成物に含まれるトリグリセリドの2位に結合したオレイン酸の合計質量が、前記可塑性油脂組成物に含まれるトリグリセリドの2位に結合した脂肪酸全体の質量に対して45?57質量%」であり、「飽和脂肪酸である構成脂肪酸の含有量が、油脂全体の構成脂肪酸の質量に対して、27?55質量%」である旨主張している。

しかしながら、植物油の脂肪酸組成は油の生産地、製造ロット、生産・精製方法等によって一定ではないことが知られているところ、甲1発明のパーム油、ヤシ油、ナタネ油がそれぞれ摘示(甲2b)のパーム油、摘示(甲3a)のココナツオイル、本件明細書の表1の比較例5に記載された菜種油と同じ脂肪酸組成を有するものであることが明らかとはいえず、また、甲2、甲3、本件明細書の記載をみても、甲2、甲3、本件明細書のそれぞれに記載されたパーム油、ヤシ油、ナタネ油の脂肪酸組成及び2位のオレイン酸組成がきわめて一般的なパーム油、ヤシ油、ナタネ油の脂肪酸組成及び2位のオレイン酸組成を代表するものであって、甲1発明のパーム油、ヤシ油、ナタネ油に、甲2、甲3、本件明細書のそれぞれに記載されたパーム油、ヤシ油、菜種油の脂肪酸組成及び2位のオレイン酸組成を適用して計算できることが明らかともいえない。
よって、上記異議申立人の主張は採用できない。

エ 小括
以上のとおり、本件発明1は甲1に記載された発明であるとはいえないから、特許法第29条第1項第3号に該当するものとはいえない。

3 甲1を主引例とする進歩性欠如について
(1)甲1に記載された発明
甲1に記載された発明は、上記2(1)に記載したとおりである。

(2)本件発明1について
ア 対比
本件発明1と甲1発明とを対比すると、両者は「可塑性油脂組成物」である点で一致し、上記2(2)アに記載した相違点1-1及び相違点1-2において相違する。

イ 相違点についての判断
甲1発明は、摘示(甲1b)に記載されたとおり、「結晶が粗大化しやすいパーム油を使用しても、貯蔵中に粗大結晶が生じにくい可塑性油脂組成物を提供すること」、「さらにベーカリー製品に用いた場合において、該ベーカリー製品のソフトでしっとり感のある食感が焼き上げ直後だけではなく、経日的に持続する可塑性油脂組成物を提供すること」を課題とし、この課題を解決するために摘示(甲1a)の請求項1に記載された構成を採用した発明の具体例として摘示(甲1c)に開示されたものであるが、甲1には「トリグリセリドの2位に結合したオレイン酸の合計質量が、前記可塑性油脂組成物に含まれるトリグリセリドの2位に結合した脂肪酸全体の質量に対して45?57質量%」とすること及び「飽和脂肪酸である構成脂肪酸の含有量が、油脂全体の構成脂肪酸の質量に対して、27?55質量%」とすることについては記載も示唆もされていない。

また、甲2には特定の二種類の油脂の混合物を1、3位特異的に酵素エステル交換する油脂の製造方法が記載され(摘示(甲2a))、その実施例において原料に用いたパーム油の脂肪酸組成が記載され(摘示(甲2b))、甲3にはココナツオイル及びパーム核油の脂肪酸組成が記載され(摘示(甲3a))、甲4には大豆油等の主な植物油脂の主要脂肪酸組成が記載され(摘示(甲4a))、甲5にはなたね油、大豆油等の植物油脂のトリアシルグリセロールのsn-1,2,3-位脂肪酸組成が記載され(摘示(甲5a))、甲6にはロールイン用可塑性油脂組成物に用いる液状油として種々のものが使用できることが記載され(摘示(甲6a)、(甲6b))、甲7には油中水型乳化油脂組成物の乳化剤として使用されるポリグリセリン縮合リシノレイン酸エステルについて記載され(摘示(甲7a)、(甲7b))、甲8にはロールイン用マーガリンに増粘多糖類等を添加できることが記載され(摘示(甲8a))、甲9には可塑性油脂組成物の乳化剤としてグリセリン有機酸脂肪酸エステル等を添加できることが記載されているものの(摘示(甲9a)、(甲9b))、「前記可塑性油脂組成物に含まれるトリグリセリドの2位に結合したオレイン酸の合計質量が、前記可塑性油脂組成物に含まれるトリグリセリドの2位に結合した脂肪酸全体の質量に対して45?57質量%」とすること及び「飽和脂肪酸である構成脂肪酸の含有量が、油脂全体の構成脂肪酸の質量に対して、27?55質量%」とすることについては記載も示唆もされていないから、甲2?9の記載をみても、甲1発明において「前記可塑性油脂組成物に含まれるトリグリセリドの2位に結合したオレイン酸の合計質量が、前記可塑性油脂組成物に含まれるトリグリセリドの2位に結合した脂肪酸全体の質量に対して45?57質量%」とすること及び「飽和脂肪酸である構成脂肪酸の含有量が、油脂全体の構成脂肪酸の質量に対して、27?55質量%」とすることは動機付けられない。

そうすると、相違点1-1及び相違点1-2は、甲2?9の記載をみても当業者が容易に想到し得るものということはできないから、本件発明1は甲1発明及び甲2?9に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

ウ 異議申立人の主張について
異議申立人は、特許異議申立書において、摘示(甲6b)の【0042】にはロールイン用可塑性油脂組成物に含まれる液状油として種々の植物油を使用でき、その中で入手の容易性及び価格の観点から大豆油、菜種油を用いることが好ましいことが記載されており、摘示(甲4a)には大豆油の脂肪酸組成が記載され、摘示(甲5a)には大豆油の2位の脂肪酸組成が記載されているから、甲1発明において、入手の容易性及び価格を考慮して、ナタネ油に代えて、大豆油を用いることは容易であり、大豆油に置換した場合には、甲1発明のパーム油、ヤシ油にそれぞれ摘示(甲2b)のパーム油、摘示(甲3a)のココナツオイルの脂肪酸組成を適用し、甲1発明のナタネ油に代えて用いた大豆油に、摘示(甲4a)及び摘示(甲5a)の大豆油の脂肪酸組成を適用して計算すると、「前記可塑性油脂組成物に含まれるトリグリセリドの2位に結合したオレイン酸の合計質量が、前記可塑性油脂組成物に含まれるトリグリセリドの2位に結合した脂肪酸全体の質量に対して45?57質量%」であり、「飽和脂肪酸である構成脂肪酸の含有量が、油脂全体の構成脂肪酸の質量に対して、27?55質量%」となるから、本件発明は甲1発明及び甲2?6に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものである旨主張している。

しかしながら、植物油の脂肪酸組成は油の生産地、製造ロット、生産・精製方法等によって一定ではないことが知られているところ、甲1発明のパーム油、ヤシ油がそれぞれ摘示(甲2b)のパーム油、摘示(甲3a)のココナツオイルと同じ脂肪酸組成を有するものであることが明らかとはいえず、また、甲1発明のナタネ油に代えて用いる大豆油が摘示(甲4a)に記載された大豆油脂肪酸組成と摘示(甲5a)の大豆油の脂肪酸組成を同時に満足するものであることが明らかとはいえない。
また、甲2?甲5の記載をみても、甲2?5のそれぞれに記載されたパーム油、ヤシ油、大豆油の脂肪酸組成及び2位のオレイン酸組成がきわめて一般的なパーム油、ヤシ油、大豆油の脂肪酸組成及び2位のオレイン酸組成を代表するものであって、甲1発明のパーム油、ヤシ油に、甲2、甲3のそれぞれに記載されたパーム油、ヤシ油、ナタネ油の脂肪酸組成及び2位のオレイン酸組成を適用して計算できること、甲1発明のナタネ油に代えて用いる大豆油に、摘示(甲4a)に記載された大豆油脂肪酸組成と摘示(甲5a)の大豆油の脂肪酸組成を適用して計算できることが明らかともいえない。
よって、上記異議申立人の主張は採用できない。

エ 小括
以上のとおり、本件発明1は甲1に記載された発明及び甲2?9に記載された技術的事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえないから、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであるともいえない。

(3)本件発明3?7について
本件発明3?6は、本件発明1を直接的又は間接的に引用し、本件発明1をさらに限定したものであり、また、本件発明7は、本件発明1?6の可塑性油脂組成物を含有する食品に関するものであるから、本件発明3?7のそれぞれと甲1発明とを対比すると、上記(2)アにおいて検討したのと同様に、両者は少なくとも上記(2)アにおいて検討した相違点1-1及び相違点1-2において相違する。
そして、相違点1-1及び相違点1-2については、上記(2)イ、ウにおいて検討したとおり、甲1発明及び甲2?9に記載された技術的事項に基いて当業者が容易に想到し得た事項であるともいえない。
したがって、本件発明3?7も、甲1に記載された発明及び甲2?9に記載された技術的事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえないから、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであるとはいえない。

4 実施可能要件及びサポート要件について
(1)本件特許の発明の詳細な説明の記載事項
本件特許の発明の詳細な説明には以下の事項が記載されている。

ア「【背景技術】
【0002】
従来より、焼成品等の食品に添加される様々な可塑性油脂組成物が開発されており、可塑性油脂組成物には、パン類や菓子類等の焼成品の生地に添加することで、パン類や菓子等の焼成品のシトリ、弾力性、ダマになりにくさ、歯切れの良さ等の様々な特性を焼成品に付与することが求められる。
・・・
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1の可塑性油脂組成物は、パン類に一定の弾力性、ダマになりにくさを付与することはできるものの、その弾力性には改善の余地があり、また、シトリを付与するという点においては、十分なものではない。
【0007】
また、特許文献2の可塑性油脂組成物は、パン類や菓子類に、シトリを与える点では、改善の余地があり、また、弾力性、歯切れの良さを付与するという点においては、十分なものではない。
【0008】
他方、パン類、菓子類等の焼成品はソフトな食感が求められる一方で、焼成品がソフトであると流通上潰れやすいため、この観点からも弾力性が求められている。
【0009】
本発明は以上の実情に鑑みてなされたものであり、パン類や菓子類等の焼成品に、優れたシトリ、弾力性、ダマになりにくさ、歯切れの良さを付与することができる可塑性油脂組成物及びこのような可塑性油脂組成物が添加された食品を提供することを目的とする。」

イ「【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、可塑性油脂組成物中の、トリグリセリドの2位に結合したオレイン酸の合計質量と、飽和脂肪酸との量を所定量に調整することで、パン類や菓子類等の焼成品に、優れたシトリ、弾力性、ダマになりにくさ、歯切れの良さを付与することができることを見出し、本発明を完成するに至った。より具体的には、本発明は以下のようなものを提供する。
【0011】
(1) 可塑性油脂組成物であって、
該可塑性油脂組成物に含まれるトリグリセリドの2位に結合したオレイン酸の合計質量が、前記可塑性油脂組成物に含まれるトリグリセリドの2位に結合した脂肪酸全体の質量に対して27?57質量%であり、飽和脂肪酸である構成脂肪酸の含有量が、油脂全体の構成脂肪酸の質量に対して、27?55質量%である、可塑性油脂組成物。
【0012】
(2) 2飽和-1不飽和型トリグリセリドと1飽和-2不飽和型トリグリセリドとの合計含有量に対するSSU型トリグリセリドとUSU型トリグリセリドとの合計含有量が、質量比で、0.30?0.60である、(1)に記載の可塑性油脂組成物。
【0013】
(3) ポリグリセリン縮合リシノレイン酸エステルを更に含み、
前記可塑性油脂組成物に含まれる全ての前記ポリグリセリン縮合リシノレイン酸エステルのうち、グリセリンの重合度が4?6であるポリグリセリン縮合リシノレイン酸エステルの質量が最も多い、(1)又は(2)に記載の可塑性油脂組成物。
【0014】
(4) 増粘多糖類を更に含有する、(1)から(3)のいずれかに記載の可塑性油脂組成物。
【0015】
(5) グリセリン有機酸脂肪酸エステルを更に含有する、(1)から(4)のいずれかに記載の可塑性油脂組成物。
【0016】
(6) 製菓製パン用である、(1)から(5)のいずれかに記載の可塑性油脂組成物。
【0017】
(7) (1)から(6)のいずれかに記載の可塑性油脂組成物が添加された食品。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、パン類や菓子類等の焼成品に、優れたシトリ、弾力性、ダマになりにくさ、歯切れの良さを付与することができる可塑性油脂組成物及びこのような可塑性油脂組成物が添加された食品を提供することができる。」

ウ「【0020】
<可塑性油脂組成物>
本発明の可塑性油脂組成物は、該可塑性油脂組成物に含まれるトリグリセリドの2位に結合したオレイン酸の合計質量が、可塑性油脂組成物に含まれるトリグリセリドの2位に結合した脂肪酸全体の質量に対して27?57質量%であり、飽和脂肪酸である構成脂肪酸の含有量が、油脂全体の構成脂肪酸の質量に対して、27?55質量%である。本発明の可塑性油脂組成物は、これにより、焼成品に、優れたシトリ、弾力性、ダマになりにくさ、歯切れの良さを付与することができる。なお、本明細書において、「ダマ」とは、可塑性油脂組成物が添加された焼成品を喫食した場合に焼成品が口中で団子のように結着することをいう。
【0021】
トリグリセリドの2位に結合したオレイン酸は、分子構造上歪を形成しており、回転運動する際に、分子構造の障害となりやすい。そのため、油脂中の各トリグリセリドの分子同士が近付きにくくなるため、結晶化しにくい状態となる。その結果徐冷時において結晶化部分(固)と非結晶部分(液)とが混在(固液分離)した状態となりやすい。本発明の可塑性油脂組成物は、これにより、パン類、菓子類等の焼成品のシトリを向上させるものと推測される。他方、トリグリセリドの2位に結合したオレイン酸の質量が多すぎると、上述したように、分子構造による結晶化が阻害されることと、相対的に油脂中のオレイン酸量が多くなることに起因し、非結晶部分が多くなり、パン類、菓子類等の焼成品の弾力性が低下し、ダマになりやすくなり、歯切れが悪くなる。一方トリグリセリドの2位に結合したオレイン酸の質量が少なすぎると、分子構造による結晶化の阻害による影響が少ないこと、相対的に油脂中のオレイン酸量が少なくなることに起因し、結晶化部分が多くなり、パン類、菓子類等の焼成品のシトリが低下する。また、可塑性油脂組成物中の油脂の、飽和脂肪酸である構成脂肪酸の含有量が、多すぎたり、あるいは少なすぎると、パン類や菓子類等の焼成品のシトリ、弾力性、ダマになりにくさ、歯切れの良さが低下してしまう。本発明の可塑性油脂組成物が、パン類や菓子類等の焼成品に、優れたシトリ、弾力性、ダマになりにくさ、歯切れの良さを付与することができるのは、上記で述べた性質を有する、トリグリセリドの2位に結合したオレイン酸と飽和脂肪酸の量のバランスが良いためであると推測される。
【0022】
(油脂)
本発明の可塑性油脂組成物において、可塑性油脂組成物に含まれるトリグリセリドの2位に結合したオレイン酸の合計質量は、可塑性油脂組成物に含まれるトリグリセリドの2位に結合した脂肪酸全体の質量に対して27?57質量%であれば、特に限定されないが、パン類や菓子類等の焼成品は、焼成時に油脂が融解状態となり、その後、室温におかれた際に油脂は、結晶化し、その結晶状態に焼成品の食感は大きく左右される。つまり全体が結晶化した状態の油脂は、焼成品にシトリを付与することができない。他方、融解後、油脂が固液分離の状態であれば焼成品にシトリを付与可能である。そして、上述のとおり、2位にオレイン酸が結合されたトリグリセリドは、結晶化がしにくいため、固液分離状態となり焼成品にシトリを付与可能である。このように、トリグリセリドの2位に結合したオレイン酸の量が多いと、それを含有した可塑性油脂組成が添加された焼成品のシトリが向上することから、可塑性油脂組成物に含まれるトリグリセリドの2位に結合したオレイン酸の合計質量は、可塑性油脂組成物に含まれるトリグリセリドの2位に結合した脂肪酸全体の質量に対して、30質量%以上であることが好ましく、35質量%以上であることがより好ましく、40質量%以上であることが更に好ましく、45質量%以上であることがより一層好ましく、50質量%以上であることが最も好ましい。他方、トリグリセリドの2位に結合したオレイン酸の量が多すぎると、非結晶状態の油脂が多くなりすぎ、得られる焼成品の弾力性、歯切れが低下し、ダマになりやすくなる。このように、可塑性油脂組成が添加された焼成品の弾力性、ダマになりやすさ、歯切れがより向上することから、可塑性油脂組成物に含まれるトリグリセリドの2位に結合したオレイン酸の合計質量は、可塑性油脂組成物に含まれるトリグリセリドの2位に結合した脂肪酸全体の質量に対して、55質量%以下であることが好ましく、50質量%以下であることがより好ましく、43質量%以下であることが更に好ましく、38質量%以下であることがより一層好ましく、32質量%以下であることが最も好ましい。
・・・
【0027】
本発明の可塑性油脂組成物において、飽和脂肪酸である構成脂肪酸の含有量は、油脂全体の構成脂肪酸の質量に対して、27?55質量%であれば特に限定されないが、上記のとおり、2位にオレイン酸が結合されたトリグリセリドは、結晶になりにくいが、この2位にオレイン酸が結合されたトリグリセリドの量とのバランスで、飽和脂肪酸である構成脂肪酸の含有量を調整することで、油脂結晶をコントロールすることができ、可塑性油脂組成物が添加された焼成品のシトリ、弾力性、ダマになりにくさ、歯切れの良さを向上させることができる。この観点から、飽和脂肪酸である構成脂肪酸の含有量は、油脂全体の構成脂肪酸の質量に対して、30?52質量%であることが好ましく、33?50質量%であることがより好ましく、37?48質量%であることが更に好ましく、40?46質量%であることが最も好ましい。」

エ「【0028】
本発明の可塑性油脂組成物において、油脂全体における、2飽和-1不飽和型トリグリセリドと1飽和-2不飽和型トリグリセリドとの合計含有量に対するSSU型トリグリセリドとUSU型トリグリセリドとの合計含有量は、特に限定されないが、より一層、得られる焼成品のシトリと弾力が向上することから、質量比で、0.30?0.60であることが好ましく、0.35?0.55であることがより好ましく、0.40?0.50であることが更に好ましく、0.42?0.48であることが最も好ましい。」

オ「【0053】
<可塑性油脂組成物の製造方法>
本発明の可塑性油脂組成物は、公知の方法により製造することができる。例えば、水相を含有する形態のもの(マーガリン類等)は、本発明の油脂組成物を含む油相と水相とを、適宜に加熱し混合して乳化した後、コンビネーター、パーフェクター、ボテーター、ネクサス等の冷却混合機により急冷捏和し得ることができる。水相を含有しない形態のもの(ショートニング)は、本発明の油脂組成物を含む油相を加熱した後、コンビネーター、パーフェクター、ボテーター、ネクサス等の冷却混合機により急冷捏和し、必要に応じて熟成(テンパリング)して、得ることができる。
・・・
【0056】
本発明の可塑性油脂組成物の製造に用いられる油脂としては、特に限定されないが、パーム系油脂、ラウリン系油脂、豚脂(ラード)、牛脂、菜種油、大豆油、綿実油、ヒマワリ油、米油、サフラワー油、オリーブ油、ゴマ油、乳脂、それらの分別油又はそれらの加工油(硬化及びエステル交換反応のうち1つ以上の処理がなされたもの)等が挙げられる。油脂中の2位にオレイン酸が結合されたトリグリセリドの合計含有量と飽和脂肪酸である構成脂肪酸の含有量を適宜調整するために、これらの油脂としては、1種あるいは2種以上を選択して含有させることが好ましい。
【0057】
以下に、本発明の可塑性油脂組成物の製造に用いる油脂について、より具体的な例示を示す。本発明の油脂は、例えば、以下のA油脂、B油脂及びC油脂を組み合わせることで調製することができる。
【0058】
(A油脂)
本明細書において、「A油脂」とは、3飽和量が20?65質量%(例えば、20?50)でありヨウ素価が20?40である油脂のことを指す。このようなA油脂としては、特に限定されないが、例えば、上記で述べたパーム系油脂、パーム系油脂のエステル交換油脂等を挙げることができ、1種以上組合せて使用することもできる。中でも、パーム分別硬質油、パーム系油脂とラウリン系油脂とのエステル交換油脂を用いることで結晶核となり、その結果、他油脂の結晶を誘発し結晶量が確保され、焼成品に弾力性を付与できる。なお、本明細書において、油脂の「3飽和量」とは、その油脂全体の質量に対する、その油脂に含まれる3飽和型トリグリセリドの質量を指し、例えば、上記A油脂の「3飽和量」は、A油脂全体の質量に対する、A油脂に含まれる3飽和型トリグリセリドの質量を意味する。
【0059】
(B油脂)
本明細書において、「B油脂」とは、3飽和量が2?20質量%未満である油脂のことを指す。(但し「B油脂」としては、前述の「A油脂」及び後述の「C油脂」は包含しない。)このようなB油脂としては、特に限定されないが、例えば、A油脂、C油脂以外の植物油脂、動物油脂(豚脂(ラード)、牛脂等)、これらの分別油、硬化油、エステル交換油脂が挙げられる。中でも、A油脂との相溶性を考慮すると、パーム系油脂であるパーム油、パーム分別軟質部、パーム分別軟質部のエステル交換油脂、豚脂等を組わせて用いることが好ましい。
【0060】
(C油脂)
本明細書において、「C油脂」とは、3飽和量が2%未満である油脂、又は3飽和量が50質量%超である油脂(但し「C油脂」としては、前述の「A油脂」及び「B油脂」は包含しない。)のことを指す。
【0061】
3飽和量が2%未満である油脂としては、特に限定されないが、例えば、菜種油、大豆油、コーン油、米油、綿実油、ヒマワリ油、ゴマ油、オリーブ油等が挙げられる。これらは1種単独で使用してもよく、2種以上を併用してもよい。
【0062】
3飽和量が50質量%超である油脂としては、特に限定されないが、植物油脂又は動物油脂の硬化油(部分水素添加油又は極度硬化油)や分別油の硬質油、これらを含む油脂を原料とするエステル交換油脂等が挙げられる。これらの中でも、植物油脂又は動物油脂の極度硬化油、あるいはこれを含む油脂を原料とするエステル交換油脂を用いることが好ましい。植物油脂の極度硬化油としては、例えば、ヤシ極度硬化油、パーム極度硬化油、パーム核極度硬化油、菜種極度硬化油等が挙げられる。動物油脂の極度硬化油としては、例えば、豚脂極度硬化油、牛脂極度硬化油等が挙げられる。焼成品の口溶けが良好となる観点からは、融点が50℃以上の極度硬化油を用いる場合は、油脂全量に対し、5質量%以下とすることが好ましい。
【0063】
以上で述べたA油脂、B油脂の配合割合は、A油脂は、全油脂に対して3?30質量%で配合することが好ましく、B油脂は、全油脂に対して45?95質量%で配合することが好ましく、C油脂は、全油脂に対して0?52質量%で配合することが好ましい。」

カ「【実施例】
【0066】
<可塑性油脂組成物及び食パンの製造>
(エステル交換油脂の製造)(A油脂)
[エステル交換油脂A1]
パーム核極度硬化油24質量%、パーム油49質量%、パーム極度硬化油27質量%を混合し、触媒としてナトリウムメチラートを添加し、減圧下で、エステル交換反応した。エステル交換反応後、水洗、脱水、脱色しエステル交換油脂A1を得た。エステル交換油脂A1のヨウ素価は27、3飽和量は43.3質量%であった。
【0067】
[エステル交換油脂A2]
パーム核極度硬化油12.5質量%、パーム油67.5質量%、パーム極度硬化油5質量%、パーム核油15質量%を混合し、触媒としてナトリウムメチラートを添加し、減圧下で、エステル交換反応した。エステル交換反応後、水洗、脱水、脱色しエステル交換油脂A2を得た。エステル交換油脂A2のヨウ素価は39、3飽和量は63.3質量%であった。
【0068】
(エステル交換油脂の製造)(B油脂)
[パーム分別軟質エステル交換油脂B1]
パーム分別軟質油(パームオレイン)(ヨウ素価56)に触媒としてナトリウムメチラートを添加し、減圧下でエステル交換反応を行った。エステル交換反応後、水洗、脱水、脱色、脱臭しエステル交換油脂を得た。パーム分別軟質部エステル交換油脂のヨウ素価は56、3飽和量は9.1質量%であった。
【0069】
[パームエステル交換油脂B2]
パーム油(ヨウ素価53)に触媒としてナトリウムメチラートを添加し、減圧下でエステル交換反応を行った。エステル交換反応後、水洗、脱水、脱色、脱臭しエステル交換油脂B2を得た。パーム油交換油脂B2のヨウ素価は53、3飽和量は13.7質量%であった。
【0070】
(マーガリンの製造)
後述する表1に示す油脂配合で75℃の調温し、表1に示す乳化剤を添加し、溶解後、表1に示す増粘多糖類を分散させ、油相を作製した。一方、水16部に対して脱脂粉乳1.5部を添加し、85℃で加熱殺菌して水相を得た。次に、上記で得た油相82.5部に水相17.5部を添加し、プロペラ攪拌機で攪拌して、油中水型に乳化した後、コンビネーターによって急冷捏和して、可塑性油脂組成物である、実施例1?19、比較例1?5に係るマーガリンを製造した。
尚、パーム分別硬質油は、ヨウ素価32であり、3飽和トリグリセリド含量が25.8質量%の油脂を用い、パーム分別軟質油はヨウ素価56の油脂を用いた。
・・・
【0073】
(食パンの製造)
上記で得たそれぞれのマーガリンを用いて、下記配合で食パンを製造した。まず、イーストを分散させた水、イーストフード、及び強力粉をミキサーボールに投入し、フックを使用し、低速4分、中低速1分でミキシングを行った。捏上げ温度は24℃であった。その後、27℃、湿度75%の条件で4時間発酵を行った。発酵の終点温度は29℃であり、発酵後、中種生地を得た。その後、上記で製造したマーガリン以外の材料及び中種生地を、低速3分、中高速3分でミキシングした後、上記で製造したマーガリンをそれぞれ投入し、さらに低速3分、中低速4分でミキシングし、パン生地を得た。この際の捏上温度は28℃であった。その後、室温で20分フロアタイムをとった後、パン生地を成型して、38℃、湿度80%のホイロで45分発酵させた後、200℃で40分間焼成して、実施例1?19、比較例1?5に係る食パンを製造した。焼成した食パンは、室温で放冷させた後、20℃の恒温槽に保存した。以上で述べた食パンの配合を下記に示す。
【0074】
[食パン配合]
・中種配合
強力粉 70質量部
イースト 2.5質量部
イーストフード 0.1質量部
水 40質量部
・本捏配合
強力粉 30質量部
上白糖 6質量部
食塩 1.8質量部
脱脂粉乳 2質量部
マーガリン 5質量部
水 25質量部
【0075】
<評価>
製造したマーガリン及びそれぞれ添加された食パンに関して、それぞれ、パンの弾力性、パンのシトリ(1日又は3日保存後)、口中でのダマ(喫食した場合にパンが団子のように結着すること)、歯切れについて、評価を行った。
【0076】
(弾力性の評価)
20℃で2日保存した食パンを30mmの厚さにスライスし、その後、食パンの中央部が中心となるように25mm×20mmにカットした小片を測定サンプルとした。株式会社山電製クリープメーターを用いて、スライス面が上部となるように配置して80%凝集性(圧縮率:80% プランジャー直径4cm円柱状、進入速度1mm/秒)により以下の基準で弾力性を評価した。なお、「凝集性」は、サンプルの高さの80%まで圧縮後、元の高さに戻る回復率を示すものである。
◎:60%超
○:55超?60%
△:50超?55%
×:50%以下
【0077】
(パンのシトリの評価)
20℃で1日、又は3日保存した後、パネルによりパンのシトリの官能評価を以下の基準で評価した。なお、評価を行ったパネルに関して、五味(甘、酸、塩、苦、うま味)の識別テスト、味の濃度差識別テスト、食品の味の識別テスト、基準臭覚テストを実施し、その各々のテストで適合と判定された20?40代の男性5名、女性7名をパネルとして選抜した。なお、表1中の「パンのシトリ」の欄の「D+1」は、20℃で1日保存した後についての評価であり、「D+3」は、20℃で3日保存した後についての評価を示す。
◎+:12名中10?12人が良好であると評価した。
◎:12名中8?9人が良好であると評価した。
○:12名中6?7人が良好であると評価した。
△:12名中4?5人が良好であると評価した。
×:12名中3人以下が良好であると評価した。
【0078】
(口中でのダマの評価)
20℃で1日保存した後の食パンを喫食し、口中でダマの有無を上記と同様のパネルにて以下の基準で評価した。
◎+:12名中10?12人がダマ無く良好であると評価した。
◎:12名中8?9人がダマ無く良好であると評価した。
○:12名中6?7人がダマ無く良好であると評価した。
△:12名中4?5人がダマ無く良好であると評価した。
×:12名中3人以下がダマ無く良好であると評価した。
【0079】
(パンの歯切れの評価)
20℃で1日保存した後の食パンを喫食し、歯切れの有無を上記と同様のパネルにて以下の基準で評価した。
◎:12名中8人以上が良好であると評価した。
○:12名中6?7人が良好であると評価した。
△:12名中4?5人が良好であると評価した。
×:12名中3人以下が良好であると評価した。
【0080】
<評価結果>
実施例1?19及び比較例1?5に係るマーガリンの組成並びに実施例1?19及び比較例1?5に係る食パンについての評価結果を、下記の表1に示す。なお、表1中の「PGPR」は、ポリグリセリン縮合リシノレイン酸エステルを意味し、「クエン酸MG」は、クエン酸モノグリセリン脂肪酸エステルを意味し、「コハク酸MG」は、コハク酸モノグリセリン脂肪酸エステルを意味する。表1中、「油脂配合」のそれぞれの欄の数値は、それぞれの配合された油脂の、油脂全体の質量に対する配合量(質量%)を意味する。表1中、「飽和脂肪酸」の欄の数値は、油脂全体の構成脂肪酸の質量に対する、飽和脂肪酸である構成脂肪酸の含有量(質量%)を意味する。表1中、「2位オレイン」の欄の数値は、可塑性油脂組成物に含まれるトリグリセリドの2位に結合した脂肪酸全体の質量に対する、可塑性油脂組成物に含まれるトリグリセリドの2位に結合したオレイン酸の合計質量(質量%)を意味する。表1中、「SSU+USU/2飽和+2不飽和」は、2飽和-1不飽和型トリグリセリドと1飽和-2不飽和型トリグリセリドとの合計含有量に対する、SSU型トリグリセリドとUSU型トリグリセリドとの合計含有量の質量比を意味する。表1中の「PGPR」、「乳化剤」、及び「増粘多糖類」の欄のそれぞれの数値は、それぞれの成分の、油脂組成物全体の質量に対する含有量(質量%)を意味する。
【0081】

【0082】
表1に示すように、実施例1?19に係るマーガリンが添加された食パンは、パンの弾力性、パンのシトリ、口中でのダマ、歯切れの全ての評価が高かった。これに対し、比較例1?5に係るマーガリンが添加された食パンには、パンの弾力性、パンのシトリ、口中でのダマ、歯切れの全ての評価が高かったものはなかった。実施例1?19に係るマーガリンは、全て、可塑性油脂組成物に含まれるトリグリセリドの2位に結合したオレイン酸の合計質量が、可塑性油脂組成物に含まれるトリグリセリドの2位に結合した脂肪酸全体の質量に対して27?57質量%であり、飽和脂肪酸である構成脂肪酸の含有量が、油脂全体の構成脂肪酸の質量に対して、27?55質量%である。これに対し、比較例1?5に係るマーガリンは、油脂全体の質量に対して27?57質量%であり、かつ、飽和脂肪酸である構成脂肪酸の含有量が、油脂全体の構成脂肪酸の質量に対して、27?55質量%である条件を満たすものでない。この結果より、可塑性油脂組成物は、可塑性油脂組成物に含まれるトリグリセリドの2位に結合したオレイン酸の合計質量が、可塑性油脂組成物に含まれるトリグリセリドの2位に結合した脂肪酸全体の質量に対して27?57質量%であり、飽和脂肪酸である構成脂肪酸の含有量が、油脂全体の構成脂肪酸の質量に対して、27?55質量%であることにより、パン類に、優れた弾力性、シトリ、ダマになりにくさ、歯切れの良さを付与できることが示された。」

(2)本件発明の課題
本件発明の課題は、上記(1)摘示アから、「パン類や菓子類等の焼成品に、優れたシトリ、弾力性、ダマになりにくさ、歯切れの良さを付与することができる可塑性油脂組成物及びこのような可塑性油脂組成物が添加された食品を提供すること」であるといえる。

(3)本件発明1について
ア 異議申立人の主張する具体的な異議申立理由
本件発明1では2位のオレイン酸及び飽和脂肪酸の含有量のみが規定されているが、「可塑性油脂組成物」の定義は明確でなく、2位のオレイン酸及び飽和脂肪酸の含有量のみの規定では、可塑性油脂組成物となる配合を当業者が見出すために過度の試行錯誤が必要である。
また、本件明細書の実施例で用いられている油脂の種類は10種類のみであり、液状油としては菜種油のみであるが、液状油の種類によっては2位に結合したオレイン酸の量が異なり本件発明1で規定した範囲を逸脱する場合があるから、他の液状油を使用した場合に、当業者が本件発明の発明特定事項を充足するか、本件発明の課題を解決できるかは示されていない。
さらに、本件明細書の実施例9は2位オレイン酸の量が本件発明1で規定されている範囲を逸脱しているものであるが、本件発明の課題が解決できている。
これらのことから、本件明細書は本件発明1を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されておらず、また、本件発明1は本件明細書に記載したものでない。

実施可能要件についての判断
上記(1)摘示オには本件発明の可塑性油脂組成物の製造方法が記載されており、原料として種々の油脂を使用できること、特に【0057】?【0063】には種々の油脂を原料として得た、3飽和量が20?65質量%でありヨウ素価が20?40であるA油脂、3飽和量が2?20質量%未満であるB油脂、3飽和量が2%未満であるか、又は3飽和量が50質量%超であるC油脂を、A油脂は、全油脂に対して3?30質量%、B油脂は、全油脂に対して45?95質量%、C油脂は、全油脂に対して0?52質量%で配合することによって製造できることが記載されている。
そして、摘示カには実際に本件発明の可塑性油脂組成物を製造した例、これを用いて製造した食パンの弾力性、保存1日後及び3日後のシトリ、口中でのダマ、歯切れについて評価を行った結果が開示され、【0082】には本件発明の可塑性油脂組成物を用いた場合に、優れた弾力性、シトリ、ダマになりにくさ、歯切れの良さを付与できたことが記載されている。
そうすると、本件特許の発明の詳細な説明は、当業者が本件発明1の可塑性油脂組成物を製造し、使用できる程度に明確かつ十分記載されたものであるといえるから、本件特許の発明の詳細な説明の記載は特許法第36条第4項第1号に適合したものである。

ウ サポート要件についての判断
本件発明の課題は、上記(2)に示したとおり、パン類や菓子類等の焼成品に、優れたシトリ、弾力性、ダマになりにくさ、歯切れの良さを付与することができる可塑性油脂組成物及びこのような可塑性油脂組成物が添加された食品を提供することであると認められる。
そして、本件特許の発明の詳細な説明をみると、上記(1)摘示イにはトリグリセリドの2位に結合したオレイン酸の合計質量と、飽和脂肪酸との量を所定量に調整することで、パン類や菓子類等の焼成品に、優れたシトリ、弾力性、ダマになりにくさ、歯切れの良さを付与することができることが記載され、上記(1)摘示ウにはトリグリセリドの2位に結合したオレイン酸は、分子構造上歪を形成しており、回転運動する際に、分子構造の障害となりやすく、油脂中の各トリグリセリドの分子同士が近付きにくくなるため、結晶化しにくい状態となること、その結果徐冷時において結晶化部分(固)と非結晶部分(液)とが混在(固液分離)した状態となりやすく、これにより、パン類、菓子類等の焼成品のシトリを向上させること、2位にオレイン酸が結合されたトリグリセリドの量とのバランスで、飽和脂肪酸である構成脂肪酸の含有量を調整することで、油脂結晶をコントロールすることができ、可塑性油脂組成物が添加された焼成品のシトリ、弾力性、ダマになりにくさ、歯切れの良さを向上させることができることが記載されている。
さらに、上記(1)摘示カの表1の実施例及び比較例において、トリグリセリドの2位に結合した脂肪酸全体の質量に対するオレイン酸の合計質量の割合と、油脂全体の構成脂肪酸の質量に対する飽和脂肪酸の質量の含有割合を所定量に調整することによって、上記課題を解決できることが裏付けられ、【0082】にも、実施例及び比較例について考察した結果として、そのことが説明されている。
そうすると、本件発明1は、当業者が本件発明の課題を解決できると認識できるものであり、本件特許の発明の詳細な説明に記載されたものであるといえるから、本件発明1の特許請求の範囲の記載は特許法第36条第6項第1号に適合したものである。

エ 異議申立人の主張について
(ア)実施可能要件について
可塑性油脂組成物とは、その文言からみて、可塑性(固体に力を加えて弾性限界を越える変形を与えたとき、力を取り去っても歪(ひず)みがそのまま残る性質)を有する油脂組成物であると理解でき、食品分野では例えば摘示(甲1a)、摘示(甲6a)、摘示(甲9a)に記載されているように、可塑性を有するマーガリンやショートニング等の総称として一般的に用いられている技術用語でもある(さらにいえば、例えば特開2009-50213号公報、特開2008-5786号公報、特開2007-177100号公報等に記載されているように、異議申立人自身も同じ文言を用いて特許出願している。)から、当業者であれば可塑性油脂組成物がどのようなものであり、どのように製造し、使用できるかは理解できるといえる。
しかも、上記(1)摘示オには本件発明の可塑性油脂組成物を製造する方法について、原料として種々の油脂を使用できること、特に【0057】?【0063】には種々の油脂を原料として得たA油脂、B油脂、C油脂の混合割合を調節して製造できること、C油脂としては菜種油に限られず、大豆油、コーン油、米油、綿実油、ヒマワリ油、ゴマ油、オリーブ油等の液状油を使用できることが記載され、摘示カにも、実際に製造した例が具体的に記載されている。
そして、油脂に含まれるトリグリセリドの2位に結合したオレイン酸の含有割合は、原料に用いる油脂の組成に基いて、又は油脂をエステル交換することにより調節できること、油脂に含まれるトリグリセリドの構成脂肪酸に対する飽和脂肪酸の含有割合は、原料に用いる油脂の組成や、水素添加によって調節できることは技術常識であるし、可塑性油脂組成物を調節することは、配合する油脂の融点及び組成により調節できることも技術常識であるから、上記(1)摘示カには液状油として菜種油を用いた例しか記載されていなくとも、本件特許の発明の詳細な説明の記載及び技術常識に基いて本件発明1の可塑性油脂組成物を製造し、使用することはできるといえる。
したがって、異議申立人の上記主張は採用できない。

(イ)サポート要件について
上記(1)摘示ウには2位にオレイン酸が結合したトリグリセリドは分子構造の歪みにより結晶化しにくいこと、トリグリセリドの2位のオレイン酸の割合を調節すると結晶化部分と非結晶部分とを混在させられること、トリグリセリドの2位のオレイン酸の割合及びトリグリセリドの飽和脂肪酸のバランスをとることで、上記課題が解決できることが記載されており、この記載は菜種油を使用することを必須とするものでもなく、油脂の種類について何らかの限定を付すものでもない。
そして、上記(1)摘示オには本件発明の可塑性油脂組成物を製造する方法について、原料として種々の油脂を使用できること、特に【0057】?【0063】には種々の油脂を原料として得たA油脂、B油脂、C油脂の混合割合を調節して製造できること、C油脂としては菜種油に限られず、大豆油、コーン油、米油、綿実油、ヒマワリ油、ゴマ油、オリーブ油等の液状油を使用できることが記載されている。
さらに、上記(1)摘示カには上記記載を裏付ける例が具体的に示されている。
そうすると、上記(1)摘示カにおいて液状油として菜種油を用いた例しか開示されていなくても、トリグリセリドの2位に結合したオレイン酸の合計質量が、前記可塑性油脂組成物に含まれるトリグリセリドの2位に結合した脂肪酸全体の質量に対して45?57質量%であり、飽和脂肪酸である構成脂肪酸の含有量が、油脂全体の構成脂肪酸の質量に対して、27?55質量%である、可塑性油脂組成物とすることにより、上記(2)の本件発明の課題は解決できるものといえる。
また、摘示カの実施例9は、本件発明の範囲外のものであっても、上記課題を解決できる場合もあるということを示してはいるが、本件発明のものであれば上記課題を解決できることは実施例9の開示に左右されるものでない。
したがって、異議申立人の上記主張は採用できない。

(4)異議申立人の本件発明2に関する主張について
ア 異議申立人の主張する具体的な異議申立理由
本件発明2で規定されている「2飽和-1不飽和型トリグリセリドと1飽和-2不飽和型トリグリセリドとの合計含有量に対するSSU型トリグリセリドとUSU型トリグリセリドとの合計含有量」は、当業者が慣用するものでなく、その示す内容も一義的に理解することができない特殊パラメータである。
本件明細書の比較例1,2,5、実施例18は上記特定事項を充足しないものであるが、比較例1,2,5は(本件発明1の)他の特定事項も充足しないものであるから、評価が悪いことの原因が上記特定事項によるものであるかは不明であるし、実施例18は上記特定事項を充足しなくても評価が優れているから、上記特定事項の意味を理解することができない。
したがって、本件明細書は本件発明2を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されておらず、また、本件発明2は本件明細書に記載したものでない。

実施可能要件についての判断
本件発明2は、「2飽和-1不飽和型トリグリセリドと1飽和-2不飽和型トリグリセリドとの合計含有量に対するSSU型トリグリセリドとUSU型トリグリセリドとの合計含有量が、質量比で、0.30?0.60である」ことを発明特定事項とする可塑性油脂組成物の発明であるところ、上記(1)摘示カのとおり、発明の詳細な説明には、「2飽和-1不飽和型トリグリセリドと1飽和-2不飽和型トリグリセリドとの合計含有量に対するSSU型トリグリセリドとUSU型トリグリセリドとの合計含有量が、質量比で、0.30?0.60である」本件発明2の可塑性油脂組成物を具体的に製造した実施例が記載されているから、この実施例の記載に基づいて、当業者は、本件発明2の可塑性油脂組成物を製造し使用することができるといえる。
さらに、油脂に含まれるトリグリセリドの構成脂肪酸の組成、2位に結合した脂肪酸組成は、原料に用いる油脂の組成に基いて、又は油脂をエステル交換することにより調節できることが技術常識であるから、当業者であれば、原料に用いる油脂の組成に基いて、又は油脂をエステル交換することにより油脂に含まれるトリグリセリドの構成脂肪酸の組成、2位に結合した脂肪酸組成を調節して、「2飽和-1不飽和型トリグリセリドと1飽和-2不飽和型トリグリセリドとの合計含有量に対するSSU型トリグリセリドとUSU型トリグリセリドとの合計含有量が、質量比で、0.30?0.60である」本件発明2の可塑性油脂組成物を製造することができるといえる。
そうすると、本件特許の発明の詳細な説明の記載及び技術常識に基いて、当業者は、本件発明2の可塑性油脂組成物を製造し、使用することができるといえるから、本件特許の発明の詳細な説明の記載は特許法第36条第4項第1号に適合したものである。

ウ サポート要件についての判断
本件発明の課題は、上記(2)に示したとおり、パン類や菓子類等の焼成品に、優れたシトリ、弾力性、ダマになりにくさ、歯切れの良さを付与することができる可塑性油脂組成物及びこのような可塑性油脂組成物が添加された食品を提供することであると認められる。
上記(1)摘示ウの記載から、上記課題は、主に、トリグリセリドの2位に結合した脂肪酸全体に対するオレイン酸の合計質量の割合及びトリグリセリドの構成脂肪酸に対する飽和脂肪酸の含有量の割合のバランスをとることで解決できることが理解できる。
そして、上記(1)摘示エには、「2飽和-1不飽和型トリグリセリドと1飽和-2不飽和型トリグリセリドとの合計含有量に対するSSU型トリグリセリドとUSU型トリグリセリドとの合計含有量」の質量比を特定の範囲とすれば、より一層、焼成品のシトリと弾力が向上すると記載されている。
さらに、上記(1)摘示カには、トリグリセリドの2位に結合した脂肪酸全体に対するオレイン酸の合計質量の割合及びトリグリセリドの構成脂肪酸に対する飽和脂肪酸の含有量の割合が本件発明1の範囲内であり、「2飽和-1不飽和型トリグリセリドと1飽和-2不飽和型トリグリセリドとの合計含有量に対するSSU型トリグリセリドとUSU型トリグリセリドとの合計含有量」の質量比が本件発明2の範囲内である実施例1?8、10?12、15?17、19が上記課題を解決できることが示されている。

本件発明2は、本件発明1を引用するものであるから、トリグリセリドの2位に結合した脂肪酸全体に対するオレイン酸の合計質量の割合及びトリグリセリドの構成脂肪酸に対する飽和脂肪酸の含有量の割合が本件発明1の範囲内であることを前提として、さらに、「2飽和-1不飽和型トリグリセリドと1飽和-2不飽和型トリグリセリドとの合計含有量に対するSSU型トリグリセリドとUSU型トリグリセリドとの合計含有量」の質量比が特定の範囲内である可塑性油脂組成物に関するものであるところ、上記の本件特許の発明の詳細な説明の記載から、本件発明2は、トリグリセリドの2位に結合した脂肪酸全体に対するオレイン酸の合計質量の割合及びトリグリセリドの構成脂肪酸に対する飽和脂肪酸の含有量の割合が本件発明1の範囲内であることによって、本件発明の課題を解決できるものであるといえる。

そうすると、本件発明2は、当業者が本件発明の課題を解決できると認識できるものであり、本件特許の発明の詳細な説明に記載されたものであるといえるから、本件発明2の特許請求の範囲の記載は特許法第36条第6項第1号に適合したものである。

エ 異議申立人の主張について
(ア)実施可能要件について
異議申立人は、「2飽和-1不飽和型トリグリセリドと1飽和-2不飽和型トリグリセリドとの合計含有量に対するSSU型トリグリセリドとUSU型トリグリセリドとの合計含有量」は、当業者が慣用するものではなく、その意味を理解することができないと主張するが、上記(1)摘示ウには、「2飽和-1不飽和型トリグリセリドと1飽和-2不飽和型トリグリセリドとの合計含有量に対するSSU型トリグリセリドとUSU型トリグリセリドとの合計含有量が、質量比で、0.30?0.60である」ことによって、より一層、得られる焼成品のシトリと弾力が向上すると記載されているから、発明の詳細な説明には、その意味を理解することができるように記載されており、上記異議申立人の主張は採用することができない。

(イ)サポート要件について
上記(1)摘示カの比較例1、2、5については、「2飽和-1不飽和型トリグリセリドと1飽和-2不飽和型トリグリセリドとの合計含有量に対するSSU型トリグリセリドとUSU型トリグリセリドとの合計含有量」の質量比が特定の範囲内であること以前に、トリグリセリドの2位に結合した脂肪酸全体に対するオレイン酸の合計質量の割合及びトリグリセリドの構成脂肪酸に対する飽和脂肪酸の含有量の割合が本件発明1の範囲外であれば、上記課題を解決できないことを示しているものにすぎないから、比較例1、2、5によって、本件発明2が、本件発明の課題を解決することができないものということにはならない。
また、実施例18が、本件発明2の特定事項を充足しなくても評価が優れているからといって、本件発明2が、本件発明の課題を解決できないものであるということにはならない。
したがって、異議申立人の上記主張は採用できない。

(5)まとめ
上記(3),(4)において検討したとおり、本件特許の発明の詳細な説明は、本件発明1,2を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されているといえるから、発明の詳細な説明の記載が特許法第36条第4項第1号に適合していないとはいえず、当該発明に係る特許は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものでなく、また、本件発明1,2は、本件特許の発明の詳細な説明に記載されたものであるから、その特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に適合していないとはいえず、当該発明に係る特許は、特許法第36条第6項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものでない。

第5 むすび
上記のとおりであるから、特許異議の申立ての理由及び証拠によっては、請求項1?7に係る発明の特許を取り消すことはできない。
また、他に請求項1?7に係る発明の特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2021-03-26 
出願番号 特願2016-60706(P2016-60706)
審決分類 P 1 651・ 113- Y (A23D)
P 1 651・ 536- Y (A23D)
P 1 651・ 121- Y (A23D)
P 1 651・ 537- Y (A23D)
最終処分 維持  
前審関与審査官 戸来 幸男  
特許庁審判長 大熊 幸治
特許庁審判官 井上 千弥子
安孫子 由美
登録日 2020-06-19 
登録番号 特許第6719938号(P6719938)
権利者 ミヨシ油脂株式会社
発明の名称 可塑性油脂組成物及び可塑性油脂組成物が添加された食品  
代理人 正林 真之  
代理人 林 一好  

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