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審決分類 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  A23D
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  A23D
審判 全部申し立て 発明同一  A23D
審判 全部申し立て 2項進歩性  A23D
管理番号 1374902
異議申立番号 異議2020-700566  
総通号数 259 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2021-07-30 
種別 異議の決定 
異議申立日 2020-08-07 
確定日 2021-04-09 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第6644451号発明「ケーキ用油脂組成物および該ケーキ用油脂組成物が配合されたケーキ」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6644451号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1-4〕について訂正することを認める。 特許第6644451号の請求項1?4に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6644451号は、平成25年9月30日に出願された特願2013-204740号の一部を、平成30年11月26日に新たな特許出願としたものであって、その請求項1?4に係る発明について、令和2年1月10日に特許権の設定登録がされ、同年2月12日にその特許公報が発行されたものである。本件特許異議申立の経緯は次のとおりである。

令和2年 8月 7日 :川端 慶子(以下「異議申立人」という。)
による特許異議の申立て
同年10月30日付け:取消理由通知
同年12月25日 :特許権者による意見書及び訂正請求書の提出
令和3年 2月22日 :異議申立人による意見書の提出

第2 訂正の適否
1 訂正請求の趣旨及び訂正の内容
特許権者が令和2年12月25日付け訂正請求書により請求する訂正(以下、「本件訂正」という。)は、本件特許の特許請求の範囲を訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1?4について訂正することを求めるものである。
その請求の内容は、以下の訂正事項1-1及び訂正事項1-2のとおりのものである。

(1)訂正事項1-1
訂正前の請求項1に「グリセリンモノ脂肪酸エステルを0.4?7質量%」と記載されていたのを、「グリセリンモノ脂肪酸エステルを0.4?5.0質量%(ただし、5質量%を除く)」に訂正する。

(2)訂正事項1-2
訂正前の請求項1に「プロピレングリコール脂肪酸エステルを3?15質量%」と記載されていたのを、「プロピレングリコール脂肪酸エステルを5?15質量%(ただし、5質量%を除く)」に訂正する。

2 訂正目的の適否、新規事項の有無、及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否
(1)訂正事項1-1について
ア 訂正目的の適否について
訂正前の請求項1ではグリセリンモノ脂肪酸エステルの含有量の範囲を「0.4?7質量%」とするものであったのに対して、訂正事項1-1は当該範囲の上限を5.0質量%と限定し、さらに「5質量%を除く」ものであるから、当該訂正は、特許請求の範囲の減縮を目的としたものといえる。請求項1を引用する請求項2?4の訂正についても同様である。

イ 新規事項の有無について
本件特許の発明の詳細な説明【0019】には「本発明に使用するグリセリンモノ脂肪酸エステルは、本発明のケーキ用油脂組成物中に、0.4?7質量%含有し、好ましくは0.4?6.5質量%、より好ましくは0.5?6.0質量%、最も好ましくは0.5?5.5質量%含有する。」と記載され、同【0033】の表1の製造例4にはグリセリンモノ脂肪酸エステルを5.0質量%配合した油脂組成物の具体例が記載されていたところ、訂正事項1-1は当該記載に基いて含有量の上限を5.0質量%とし、さらに「ただし、5質量%を除く」として、含有量の範囲を限定し、減縮するものであるから、訂正事項1-1は、願書に添付した明細書又は特許請求の範囲のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において新たな技術的事項を導入したものではなく、願書に添付した明細書又は特許請求の範囲に記載した事項の範囲内においてするものである。請求項1を引用する請求項2?4の訂正についても同様である。

ウ 実質上特許請求の範囲の拡張・変更の存否について
上記アにおいて検討したとおり、訂正事項1-1はグリセリンモノ脂肪酸エステルの含有量の範囲を減縮するものであって、発明のカテゴリーや対象、目的を変更するものではないから、特許請求の範囲を実質上拡張し、又は変更するものではない。請求項1を引用する請求項2?4の訂正についても同様である。

エ まとめ
したがって、訂正事項1-1に係る訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。

(2)訂正事項1-2について
ア 訂正目的の適否について
訂正前の請求項1ではプロピレングリコール脂肪酸エステルの含有量の範囲を「3?15質量%」とするものであったのに対して、訂正事項1-2は当該範囲の下限を5質量%と限定し、さらに「5質量%を除く」ものであるから、当該訂正は、特許請求の範囲の減縮を目的としたものといえる。請求項1を引用する請求項2?4の訂正についても同様である。

イ 新規事項の有無について
本件特許の発明の詳細な説明【0021】には「本発明に使用するプロピレングリコール脂肪酸エステルは、本発明のケーキ用油脂組成物中に、3?15質量%含有し、好ましくは4?14質量%、より好ましくは4.5?13質量%、最も好ましくは5?12質量%含有する。」と記載されていたところ、訂正事項1-2は当該記載に基いて含有量の下限を5質量%とし、さらに「ただし、5質量%を除く」として、含有量の範囲を限定し、減縮するものであるから、訂正事項1-2は、願書に添付した明細書又は特許請求の範囲のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において新たな技術的事項を導入したものではなく、願書に添付した明細書又は特許請求の範囲に記載した事項の範囲内においてするものである。請求項1を引用する請求項2?4の訂正についても同様である。

ウ 実質上特許請求の範囲の拡張・変更の存否について
上記アにおいて検討したとおり、訂正事項1-2はプロピレングリコール脂肪酸エステルの含有量の範囲を減縮するものであって、発明のカテゴリーや対象、目的を変更するものではないから、特許請求の範囲を実質上拡張し、又は変更するものではない。請求項1を引用する請求項2?4の訂正についても同様である。

エ まとめ
したがって、訂正事項1-2に係る訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。

3 一群の請求項について
訂正事項1-1及び訂正事項1-2に係る訂正前の請求項1?4について、請求項2?4は請求項1を直接的に又は間接的に引用しているものであって、訂正事項1-1及び訂正事項1-2によって記載が訂正される請求項1に連動して訂正されるものであるから、訂正事項1-1及び訂正事項1-2は、一群の請求項[1-4]に対して請求されたものである。

4 小括
以上のとおりであるから、訂正事項1-1及び訂正事項1-2に係る本件訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ同条第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。
したがって、特許請求の範囲を、訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項[1-4]について訂正することを認める。

第3 本件発明
上述の第2のとおり、本件訂正は認められるので、本件訂正により訂正された請求項1?4に係る発明は、訂正特許請求の範囲の請求項1?4に記載された事項により特定される次のとおりのものである(以下、請求項1?4に係る発明をそれぞれ、「本件発明1」?「本件発明4」といい、まとめて「本件発明」ともいう。)。

「【請求項1】
液状油脂を75?95質量%、レシチンを0.01?1質量%、構成脂肪酸の68?87質量%がステアリン酸、及び11?30質量%がパルミチン酸であるグリセリンモノ脂肪酸エステルを0.4?5.0質量%(ただし、5質量%を除く)、並びにプロピレングリコール脂肪酸エステルを5?15質量%(ただし、5質量%を除く)含有するバウムクーヘン用油脂組成物(ただし、油中水型乳化組成物を除く)。
【請求項2】
前記プロピレングリコール脂肪酸エステルの構成脂肪酸がステアリン酸を含有する、請求項1に記載のバウムクーヘン用油脂組成物。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のバウムクーヘン用油脂組成物を含有するバウムクーヘン生地。
【請求項4】
請求項3に記載のバウムクーヘン生地が焼成された状態にあるバウムクーヘン。」

第4 異議申立人が申立てた理由の概要及び証拠
1 異議申立人の申立理由
異議申立人は、令和2年8月7日付け異議申立書において、甲第1号証?甲第13号証を提出して以下の理由(1)?(4)を主張している。また、異議申立人は、令和3年2月22日付け意見書において、特許権者による令和2年12月25日付け訂正請求に付随して生じた理由として、以下の理由(5)を主張している。

(1)甲第1号証に基く拡大先願について
訂正前の請求項1,2に係る発明は、本件特許出願の日前の特許出願であって、本件特許出願後に出願公開がされた甲第1号証に係る特許出願の願書に最初に添付された明細書又は特許請求の範囲に記載された発明と同一であり、しかも、本件特許出願の発明者がその出願前の特許出願に係る上記の発明をした者と同一ではなく、また本件特許出願の時において、その出願人が上記特許出願の出願人と同一でもないので、特許法第29条の2の規定により、特許を受けることができないものであるから、本件特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。

(2)甲第2号証に基く新規性欠如について
訂正前の請求項1?4に係る発明は、本件特許出願前に日本国内又は外国において頒布された甲第2号証に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができないものであるから、本件特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。

(3)甲第3号証を主引例とする進歩性欠如について
訂正前の請求項1?4に係る発明は、本件特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された甲第3号証に記載された発明並びに甲第4?8号証、甲11号証及び電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった甲9号証に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができないものであるから、本件特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。

(4)甲第12号証を主引例とする進歩性欠如について
訂正前の請求項1?4に係る発明は、本件特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された甲第12号証に記載された発明及び甲第13号証に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができないものであるから、本件特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。

(5)明確性について
訂正後の請求項1に係る発明は明確でなく、特許法第36条第6項第2号の規定により、特許を受けることができないものであるから、本件特許は、同法113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。

2 異議申立人の提出した証拠
甲第1号証 :特開2014-42457号公報
甲第2号証 :特開2007-236345号公報
甲第3号証 :特開2005-48号公報
甲第4号証 :特開昭54-139612号公報
甲第5号証 :特開昭61-78344号公報
甲第6号証 :特開昭59-98651号公報
甲第7号証 :特開2006-20610号公報
甲第8号証 :特開昭55-64755号公報
甲第9号証 :第2回関西スイーツ勉強会「バウムクーヘン編」II-2
(https://www.kansaisweets.com/archives/853)
公開日2011年9月15日
甲第10号証:特開平1-218537号公報
甲第11号証:特開2011-72271号公報
甲第12号証:特開2006-230224号公報
甲第13号証:日高徹、食品用乳化剤、株式会社幸書房、
1991年3月1日、第2版第1刷、
第104?107、176?181、184?185頁

第5 取消理由通知に記載した取消理由(上記第4(1)(4))について
1 取消理由通知の概要
当審が令和2年10月30日付けで特許権者に通知した取消理由の要旨は、以下のとおりである。

(1)理由1(拡大先願)
訂正前の請求項1?2に係る発明は、本件特許出願の日前の特許出願であって、本件特許出願後に出願公開がされた下記の特許出願の願書に最初に添付された明細書、特許請求の範囲又は図面に記載された発明と同一であり、しかも、本件特許出願の発明者がその出願前の特許出願に係る上記の発明をした者と同一ではなく、また本件特許出願の時において、その出願人が上記特許出願の出願人と同一でもないので、訂正前の請求項1?2に係る発明の特許は、特許法第29条の2の規定に違反してされたものである。
(2)理由2(進歩性)
訂正前の請求項1?4に係る発明は、本件特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された下記刊行物2に記載された発明及び下記刊行物3に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができないものであるから、訂正前の請求項1?4に係る発明の特許は、同法第29条第2項の規定に違反してされたものである。



先願1 :特願2012-184795号
(特開2014-42457号公報)
(異議申立人が提出した甲第1号証)
刊行物2:特開2006-230224号公報
(異議申立人が提出した甲第12号証)
刊行物3:日高徹、食品用乳化剤、株式会社幸書房、
1991年3月1日、第2版第1刷、
第104?107、176?181、184?185頁
(異議申立人が提出した甲第13号証)
刊行物4:特開平1-218537号公報
(異議申立人が提出した甲第10号証)
刊行物5:特開2007-236345号公報
(異議申立人が提出した甲第2号証)

2 理由1についての当審の判断
(1)刊行物等の記載事項
ア 先願1の願書に最初に添付した明細書又は特許請求の範囲の記載事項
先願1は平成24年8月24日を出願日とする出願であり、先願1の出願日は本件特許出願の原出願である特願2013-204740号の出願日(平成25年9月30日)より前であり、また、先願1の公開日(平成26年3月13日)は、本件特許出願の原出願の出願日よりも後である。

先願1の願書に最初に添付した明細書又は特許請求の範囲(以下「先願明細書等」という。)には、以下の事項が記載されている。

(先1a)「【請求項1】
(a)常温で液状の油脂と(b)ステアロイル乳酸ナトリウムと(c)ステアロイル乳酸ナトリウム以外のHLB8以下の乳化剤とを含有することを特徴とするケーキ用品質改良剤。
【請求項2】
(a)常温で液状の油脂を65?96質量%、(b)ステアロイル乳酸ナトリウムを2?15質量%、(c)ステアロイル乳酸ナトリウム以外のHLB8以下の乳化剤を2?20質量%含有することを特徴とするケーキ用品質改良剤。」

(先1b)「【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の課題は、ケーキ類の生地の起泡性を損なうことなく、水分量が30質量%以上のケーキ類の食感をソフトで口どけの良いものにしつつ、その保存中の老化を抑制可能なケーキ用品質改良剤を提供することである。」

(先1c)「【0023】
本発明のケーキ用品質改良剤は、スポンジケーキ、ロールケーキ、ブッセ、シフォンケーキ、バタースポンジケーキ、パウンドケーキ、マドレーヌ、フィナンシェ、バウムクーヘン、カステラ、蒸しケーキなどのケーキ類を製造する際の品質改良剤として、またケーキ類に配合される油脂の一部または全部の代替として生地に添加して用いられる。生地への添加量は、その生地配合、使用する機械などにより異なるが、例えば、一般的なオールインミツクス法によるスポンジケーキの製造においては、小麦粉100質量部に対して約0.5?10質量部が好ましい。また、これらケーキ類の生地には、起泡性の付与などの目的で、本発明のケーキ用品質改良剤とは別に製菓用起泡性乳化油脂を添加することができ、例えば、特開2006-075137号公報に開示されたケーキ用乳化油脂組成物を製菓用起泡性乳化油脂として添加することができる。」

(先1d)「【実施例】
【0027】
[ケーキ用品質改良剤の製造]
(1)原材料
1)菜種油(製品名:なたねサラダ油;融点-10℃;ボーソー油脂社製)
2)パーム油(製品名:食用パーム油;融点38℃;ミヨシ油脂社製)
3)ステアロイル乳酸ナトリウム(製品名:ポエムSSL-100;理研ビタミン社製)
4)プロピレングリコール脂肪酸エステル(製品名:リケマールPS-100;HLB3.7;理研ビタミン社製)
5)グリセリンと脂肪酸のエステル(製品名:エマルジーMS;HLB4.3;理研ビタミン社製)
6)ソルビタン脂肪酸エステル(製品名:ポエムS-60V;HLB5.1;理研ビタミン社製)
7)ポリグリセリン縮合リシノール酸エステル(製品名:ポエムPR-100;HLB8以下;理研ビタミン社製)
8)レシチン(製品名:SLP-ペースト;HLB8以下;辻製油社製)
【0028】
(2)ケーキ用品質改良剤の配合
上記原材料を用いて調製したケーキ用品質改良剤1?11の配合組成を表1に示した。この内、ケーキ用品質改良剤1?7は本発明に係る実施例であり、ケーキ用品質改良剤8?11はそれらに対する比較例である。
【0029】
【表1】




イ 刊行物4の記載事項
刊行物4には以下の事項が記載されている。

(刊4a)「実施例2
実施例1において、「ポエムH-100」の代わりに「エマルジーMS」(理研ビタミン(株)製、モノステアリン含量約70%、モノパルミチン含量約30%、残存脂肪酸塩0.03%)を使用した以外は実施例1と同様の操作を行った。」(第4頁右上欄第9?14行)

ウ 刊行物5の記載事項
刊行物5には以下の事項が記載されている。

(刊5a)「【0031】
・・・
9)グリセリンモノステアリン酸エステル(商品名:エマルジーMS;理研ビタミン社製,モノエステル体含有量約90質量%以上)
10)プロピレングリコールモノステアリン酸エステル(商品名:リケマールPS-100;理研ビタミン社製)〈比較例に配合〉」

(2)先願明細書等に記載された発明
摘示(先1d)の特に表1のケーキ用品質改良剤10の配合として、先願明細書等には「菜種油(融点-10℃)89.5質量%、プロピレングリコール脂肪酸エステル(HLB3.7)5質量%、グリセリンと脂肪酸のエステル(HLB4.3)5質量%、レシチン(HLB8以下)0.5質量%を含有するケーキ用品質改良剤」の発明(以下、「先願発明」という。)が記載されているといえる。

(3)対比・判断
ア 本件発明1について
(ア)対比
本件発明1と先願発明とを対比する。
先願発明の「菜種油(融点-10℃)」は本件発明1の「液状油脂」に相当し、先願発明の「レシチン(HLB8以下)」は本件発明1の「レシチン」に相当し、先願発明の「プロピレングリコール脂肪酸エステル(HLB3.7)」は本件発明1の「プロピレングリコール脂肪酸エステル」に相当する。
また、先願発明の「グリセリンと脂肪酸のエステル(HLB4.3)」は、摘示(先1d)の【0027】の記載から、理研ビタミン社製エマルジーMSであるが、摘示(刊4a)の記載から、理研ビタミン社製エマルジーMSは、グリセリンのモノステアリン酸エステルを約70%、グリセリンのモノパルミチン酸エステルを約30%含有するものであると理解できるから、本件発明1の「構成脂肪酸の70質量%がステアリン酸、及び30質量%がパルミチン酸であるグリセリンモノ脂肪酸エステル」に相当する。
また、摘示(先1d)の表1の配合組成からみて、先願発明のケーキ用品質改良剤には油脂が含まれているから、本件発明1の「油脂組成物」に相当し、また、摘示(先1d)の表1の配合組成からみて、先願発明のケーキ用品質改良剤には水性の成分が含有されていないから、油中水型乳化組成物ではないので、本件発明1の「(ただし、油中水型乳化組成物を除く)」によって除外されるものではない。
したがって、本件発明1と先願発明とを対比すると、両者は「液状油脂を89.5質量%、レシチンを0.5質量%、構成脂肪酸の70質量%がステアリン酸、及び30質量%がパルミチン酸であるグリセリンモノ脂肪酸エステル、並びにプロピレングリコール脂肪酸エステルを含有する油脂組成物(ただし、油中水型乳化組成物を除く)。」である点で一致し、以下の点で相違する。

相違点1-1:本件発明1はグリセリンモノ脂肪酸エステルの含有量が「0.4?5.0質量%(ただし、5質量%を除く)」であるのに対し、先願発明は「5質量%」である点
相違点1-2:本件発明1はプロピレングリコール脂肪酸エステルの含有量が「5?15質量%(ただし、5質量%を除く)」であるのに対し、先願発明は「5質量%」である点
相違点1-3:本件発明1は「バウムクーヘン用」であるのに対し、先願発明は「ケーキ用品質改良剤」である点

(イ)相違点についての判断
事案に鑑み、まず相違点1-1及び相違点1-2について検討する。
本件発明1ではグリセリンモノ脂肪酸エステルの含有量が5質量%、プロピレングリコール脂肪酸エステルの含有量が5質量%である場合は除外されているから、これらの点は実質的な相違点である。

(ウ)異議申立人の主張について
異議申立人は令和3年2月22日提出の意見書において、「本件発明1における上記の「5質量%を除く」点は、何ら新たな効果を奏するものではなく、課題解決の具体化手段における微差であるから、先願発明と訂正後の本件発明1とは実質同一である。」と主張している。
しかしながら、相違点1-1及び相違点1-2は上記(イ)で検討したとおり、実質的な相違点である。
その上、先願1に係る発明の解決しようとする課題は摘示(先1b)の記載から、「ケーキ類の生地の起泡性を損なうことなく、水分量が30質量%以上のケーキ類の食感をソフトで口どけの良いものにしつつ、その保存中の老化を抑制可能なケーキ用品質改良剤を提供すること」であり、そのために先願1に係る発明は、摘示(先1a)に記載された請求項1,2の組成を満足するケーキ用品質改良剤とするものであるところ、先願発明は先願1の摘示(先1d)において、先願1の比較例として提示されたケーキ用品質改良剤10の配合であるから、先願1に係る発明の課題を解決するために、先願発明におけるグリセリンモノ脂肪酸エステル及びプロピレングリコール脂肪酸エステルの含有量を調節することが周知・慣用技術とはいえず、また、周知・慣用技術であったとしても、これを付加、削除、転換等を行う理由がないから、相違点1-1及び相違点1-2は課題解決のための具体化手段における微差とはいえない。
したがって、異議申立人の上記主張は採用できない。

(エ)小括
以上のとおりであるから、相違点1-3については検討するまでもなく、本件発明1は先願発明と同一ではない。

イ 本件発明2について
本件発明2は、本件発明1において「プロピレングリコール脂肪酸エステルの構成脂肪酸がステアリン酸を含有する」ことを限定したものである。
本件発明2と先願発明とを対比すると、少なくとも上記(ア)の相違点1-1?1-3において相違し、相違点1-1及び相違点1-2については上記(イ)のとおりであるから、本件発明2は先願発明と同一ではない。

(4)結論
以上のとおり、本件発明1?2は、本件特許出願の日前の他の特許出願であって、本件特許出願後に出願公開がされた先願1の願書に最初に添付された明細書、特許請求の範囲又は図面に記載された発明と同一でないから、本件発明1?2は、特許法第29条の2の規定により、特許を受けることができないものとすることはできない。

3 理由2についての当審の判断
(1)刊行物の記載
ア 刊行物2の記載事項
刊行物2には以下の記載がある。

(刊2a)「【請求項1】
油脂と食品用乳化剤を含有するショートニングであって、前記ショートニング100質量%中、食品用乳化剤が以下の(a)?(d);
(a)ジグリセリン飽和脂肪酸エステル1?25質量%、
(b)グリセリン有機酸飽和脂肪酸エステル0.1?5質量%、
(c)レシチン0.05?5質量%、並びに
(d)グリセリンモノ飽和脂肪酸エステルおよび/またはソルビタン飽和脂肪酸エステル0.05?5質量%
からなり、且つ(a)、(b)、(c)および(d)の合計量が5?30質量%であることを特徴とするケーキ用流動状ショートニング。
【請求項2】
ジグリセリン飽和脂肪酸エステルがジグリセリンモノ飽和脂肪酸エステルであり、該ジグリセリンモノ飽和脂肪酸エステル中のモノエステル体含有量が70質量%以上であることを特徴とする請求項1に記載のケーキ用流動状ショートニング。」

(刊2b)「【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、特にバタースポンジケーキ、パウンドケーキなど油脂を多量に配合したケーキ類生地をオールインミックス法で製造する際に用いられ、ケーキの生地の起泡性を向上させ、ソフトな食感のケーキを作ることができる、ケーキ用流動状ショートニングを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記課題に対して鋭意・検討を行った結果、油脂と食品用乳化剤からなる油脂組成物において、食品用乳化剤としてジグリセリン飽和脂肪酸エステル、グリセリン有機酸飽和脂肪酸エステル、レシチン、並びにグリセリンモノ飽和脂肪酸エステルおよび/またはソルビタン飽和脂肪酸エステルを組み合わせることにより、上記課題が解決されることを見いだし、この知見に基づいて本発明をなすに至った。」

(刊2c)「【0014】
・・・(a)ジグリセリン飽和脂肪酸エステルは、ケーキ生地の起泡性を向上させる機能と共に、ケーキ生地中の気泡を安定化させる機能を併せ持つ。・・・
・・・
【0018】
・・・グリセリン有機酸飽和脂肪酸エステルは、ジグリセリン飽和脂肪酸エステルのケーキ生地の起泡性を向上させる機能を保護し、結果としてソフトな食感のケーキを作る作用を有する。・・・
【0020】
・・・レシチンは、ショートニング中の乳化剤の結晶の粗大化を抑制し、結晶の分離や沈殿を抑制する機能を有する。
・・・
【0024】
本発明の油脂組成物100質量%中の(d)グリセリンモノ飽和脂肪酸エステルおよび/またはソルビタン飽和脂肪酸エステルの含有量は約0.05?5質量%が好ましく、より好ましくは約0.3?3質量%である。グリセリンモノ飽和脂肪酸エステルおよび/またはソルビタン飽和脂肪酸エステルは本発明のショートニング中に微細結晶の形で配合され、油脂組成物中の(a)ジグリセリン飽和脂肪酸エステルおよび(b)グリセリン有機酸飽和脂肪酸エステルの結晶の分離や沈殿を抑制する機能を有する。」

(刊2d)「【0033】
本発明になる流動状ショートニングは、スポンジケーキ、ロールケーキ、バタースポンジケーキ、パウンドケーキ、マドレーヌ、バウムクーヘン、カステラ、蒸しケーキなどのケーキ類を製造する際の起泡剤として、またケーキに配合される油脂の一部または全部の代替として生地に添加して用いられる。生地へのショートニング添加量は、製造するケーキの種類、使用する機械などにより異なるが、例えば、一般的なオールインミックス法によるスポンジケーキの製造においては、小麦粉100質量部に対してショートニング約10?60質量部が好ましい。」

(刊2e)「【0035】
流動状ショートニングの作製
(1)流動状ショートニング作製用原材料
〔実施例1?5〕
1)油脂として、菜種油(吉原製油社)を用いた。
2)ジグリセリン飽和脂肪酸エステルとして、ジグリセリンモノパルミチン酸エステル(製品名:ポエムDP-100,モノエステル体含量約85質量%,構成脂肪酸中のパルミチン酸含量約90質量%以上;理研ビタミン社)またはジグリセリンモノステアリン酸エステル(製品名:ポエムDS-100A,モノエステル体含量約80質量%,構成脂肪酸中のC16?18脂肪酸含量約90質量%以上;理研ビタミン社)を用いた。
3)グリセリン有機酸飽和脂肪酸エステルとして、グリセリンコハク酸ステアリン酸エステル(製品名:ポエムB-10;理研ビタミン社)またはグリセリンジアセチル酒石酸ステアリン酸エステル(製品名:ポエムW-10;理研ビタミン社)を用いた。
4)レシチンは、レシチンDX(製品名;日清オイリオ社)を用いた。
5)グリセリン飽和脂肪酸エステルとして、グリセリンモノステアリン酸エステル(製品名:エマルジーMS,モノエステル体含量約90質量%以上;理研ビタミン社)を用いた。
6)ソルビタン飽和脂肪酸エステルとして、ソルビタントリステアリン酸エステル(製品名:ポエムS-65V;理研ビタミン社)を用いた。
・・・
【0037】
(2)流動状ショートニングの配合
上記原材料を配合して流動状ショートニング(製剤1?10)を作製した。配合組成を表1および表2に示した。この内、製剤1?5は本発明に係る実施例1?5である。製剤6?10は比較例1?5である。
【0038】
【表1】




イ 刊行物3の記載事項
刊行物3には以下の記載がある。

(刊3a)「4.4.2 食品の起泡
アイスクリーム,シャーベット,ムースなどのデザート類,スポンジケーキやこれを飾る生クリームやバタークリーム,ビスケット,マシュマロなどの菓子類から,水産練り製品のハンペンまで,起泡させた食品は多い.気泡を入れることで,食品の組織をソフト化し,口どけの良いものを作ることができる.
さて食品で安定な泡を作ることは,成分が複雑であるだけに,セッケンを泡立てるように簡単ではない.食品用起泡剤として用いられるのは,飽和脂肪酸系乳化剤,特に蒸留飽和モノグリセリドが主体であるので,これについて説明する.
モノグリセリドは,溶融して冷却固化した直後はα結晶であるが,短時間に安定なβ結晶になることは前述した.α結晶の方が水に分散しやすく性能も良いが,その差が最も端的に現れるのが起泡力である.・・・いかにしてモノグリセリドのα結晶を安定化するかは,起泡性乳化剤の大きな課題である.・・・彼はモノグリセリドにプロピレングリコールエステル(PGエステル)を配合することで,α結晶が安定に保つことを見出した.図4.14のようにステアリン酸モノグリセリドに,30モル%以下のステアリン酸PGエステルを混融したときは,放置すると結晶の転移が起こり,融点が上昇する.ところが,30モル%以上添加すると融点変化がなく,α結晶が安定に保たれていることがわかる.・・・
一般に近似した構成脂肪酸のモノエステル含量の高いモノグリセリドとPGエステルを,ほぼ等モル混融するときにα結晶が最も安定化されると考えられる.PGエステル自体はα結晶性乳化剤で,安定なα結晶となり,これがモノグリセリド分子間にはさまって共晶となり,モノグリセリドのβ結晶への転移を防ぐと思われる.」(第104頁下から4行目?第107頁第12行)

ウ 刊行物4,5の記載事項
刊行物4,5にはそれぞれ前記2(1)イウに記載した摘示(刊4a)、(刊5a)が記載されている。

(2)刊行物2に記載された発明
摘示(刊2a)及び摘示(刊2e)の請求項1及び実施例1から、刊行物2の請求項1に係る発明として、「油脂として菜種油92.7質量%、食品用乳化剤としてジグリセリンモノパルミチン酸エステル6.0質量%、グリセリンコハク酸ステアリン酸エステル0.5質量%、レシチン0.3質量%、グリセリンモノステアリン酸エステル0.5質量%を含有するケーキ用流動状ショートニング」(以下「引用発明2-1」という。)、摘示(刊2a)及び摘示(刊2e)の請求項1及び実施例2から、刊行物2の請求項1に係る発明として、「油脂として菜種油91.0質量%、食品用乳化剤としてジグリセリンモノパルミチン酸エステル5.0質量%、ジグリセリンモノステアリン酸エステル2.0質量%、グリセリンジアセチル酒石酸ステアリン酸エステル0.2質量%、レシチン0.8質量%、グリセリンモノステアリン酸エステル1.0質量%を含有するケーキ用流動状ショートニング」(以下「引用発明2-2」という。)の発明が記載されているといえる。

(3)引用発明2-1に基く対比・判断
ア 本件発明1について
(ア)対比
本件発明1と引用発明2-1とを対比すると、引用発明2-1の「菜種油」は本件発明1の「液状油脂」に相当する。
また、引用発明2-1の「グリセリンモノステアリン酸エステル」は、摘示(刊2e)の【0035】に「エマルジーMS,モノエステル体含量 約90質量%以上;理研ビタミン社」であることが記載されており、摘示(刊4a)から、理研ビタミン社製エマルジーMSは、グリセリンのモノステアリン酸エステルを約70%、グリセリンのモノパルミチン酸エステルを約30%含有するものであると理解されるから、本件発明1の「構成脂肪酸の70質量%がステアリン酸、及び30質量%がパルミチン酸であるグリセリンモノ脂肪酸エステル」に相当する。
そして、摘示(刊2e)の表1の組成からみて、引用発明2-1のケーキ用流動状ショートニングには油脂が含まれているから、本件発明1の「油脂組成物」に相当し、また、摘示(刊2e)の表1の組成からみて、引用発明2-1のケーキ用流動状ショートニングには水性の成分が含有されていないから、油中水型乳化組成物ではないので、本件発明1の「(ただし、油中水型乳化組成物を除く)」によって除外されるものではない。
したがって、本件発明1と引用発明2-1とを対比すると、両者は「液状油脂を92.7質量%、レシチンを0.3質量%、構成脂肪酸の70質量%がステアリン酸、及び30質量%がパルミチン酸であるグリセリンモノ脂肪酸エステルを0.5質量%含有する油脂組成物(ただし、油中水型乳化組成物を除く)。」である点で一致し、以下の点で相違する。

相違点2-1:本件発明1は「プロピレングリコール脂肪酸エステルを5?15質量%(ただし、5質量%を除く)含有する」のに対し、引用発明2-1はこれを含有しない点
相違点2-2:本件発明1の油脂組成物は「バウムクーヘン用油脂組成物」であるのに対し、引用発明2-1の油脂組成物は「ケーキ用流動状ショートニング」である点

(イ)相違点についての判断
相違点2-1について判断する。
摘示(刊2a)及び(刊2b)から、引用発明2-1の(a)ジグリセリン飽和脂肪酸エステル、(b)グリセリン有機酸飽和脂肪酸エステル、(c)レシチン、(d)グリセリンモノ飽和脂肪酸エステルおよび/またはソルビタン飽和脂肪酸エステルを含有する食品用乳化剤は、全体として油脂を多量に配合したケーキ類生地をオールインミックス法で製造する場合でも、生地の起泡性を向上させ、ソフトな食感のケーキを作るという課題を解決することを目的としたものであると理解できるが、摘示(刊2c)から、(a)が起泡性及び気泡安定性に寄与し、(b)は(a)の機能を保護し、(c)及び(d)は(a)及び(b)の結晶の分離や沈殿を抑制する成分であることが理解できる。

一方、摘示(刊3a)から、食品用起泡剤として用いられる、ステアリン酸モノグリセリド、すなわちグリセリンモノステアリン酸エステル等のモノグリセリドは、α結晶の方が起泡力が高いが、短時間のうちに起泡力の低いβ型結晶になること、モノグリセリドにステアリン酸プロピレングリコールエステルを30モル%以上配合すると起泡力の高いα結晶が安定化されること、一般に近似した構成脂肪酸のモノエステル含量の高いモノグリセリドとPGエステルをほぼ等モル混融するときにα結晶が最も安定化されることが理解できる。

そうすると、引用発明2-1において、主に起泡力及び気泡安定性に寄与しているのはグリセリンモノステアリン酸エステルではなく、ジグリセリンモノパルミチン酸エステルであると当業者は理解するから、食品起泡剤として用いられるグリセリンモノステアリン酸エステルの起泡力を高めるためにステアリン酸プロピレングリコールエステルを添加することを教示する摘示(刊3a)をみても、引用発明2-1においてステアリン酸プロピレングリコールエステル、すなわちプロピレングリコールステアリン酸エステルを添加することは動機付けられない。
仮に、引用発明2-1においてプロピレングリコールステアリン酸エステルを添加することは動機付けられるとしても、グリセリンモノステリン酸エステルの分子量は358.56、プロピレングリコールステアリン酸エステルの分子量は342.56であって、ほぼ同程度であり、グリセリンモノステアリン酸エステルに対してプロピレングリコールステアリン酸エステルを30モル%以上、最も好ましくは等モル程度配合する場合、その配合量は0.15質量%以上、最も好ましくは0.5質量%程度に過ぎないから、プロピレングリコール脂肪酸エステルの含有割合を5?15質量%(ただし、5質量%を除く)とすることは動機付けられない。

そして、本件発明1は、明細書の発明の詳細な説明の記載からみて、プロピレングリコールステアリン酸エステルの含有量を含めて、所定の組成を有するバウムクーヘン用油脂組成物とすることにより、食した時にしとり感が良好であり、焼成前の生地に優れた起泡性を与えて、ミキシング時間を短縮させ、バウムクーヘンの生産性を向上させるという効果を奏するものと認められる。

したがって、本件発明1は、引用発明2-1及び刊行物3の記載事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

(ウ)異議申立人の主張について
異議申立人は、令和3年2月22日提出の意見書において、摘示(刊2a)にはグリセリンモノ飽和脂肪酸エステルの含有量は0.05?5質量%であることが記載されているから、引用発明2-1において、グリセリンモノ飽和脂肪酸エステルを5質量%を除く上限付近で調整し、さらに刊行物3の記載に基づいてプロピレングリコールエステルを本件発明1の範囲内で調整することは当業者が容易に想到し得ることである旨、本件発明1は、グリセリンモノ脂肪酸エステル及びプロピレングリコール脂肪酸エステルの含有量から5質量%を除く点について技術的意義が存在せず、何ら格別な効果を奏するものでない旨主張している。

しかしながら、摘示(刊2a)の記載は、プロピレングリコール脂肪酸エステルを含有することを要しない、刊行物2の請求項1に係る発明全体におけるグリセリンモノ飽和脂肪酸エステルの含有量の範囲について規定している記載にすぎないし、刊行物2の請求項1に係る発明の具体例として開示された引用発明2-1において、グリセリンモノステアリン酸エステルの含有量を0.5質量%から5質量%付近に変更した上で、さらに、プロピレングリコール脂肪酸エステルを5?15質量%(ただし、5質量%を除く)の範囲で含有させることは、動機付けられない。

なお、異議申立人は、令和3年2月22日提出の意見書(第5頁(1-3))において、さらに、甲第3号証にはグリセリン脂肪酸エステルとプロピレングリコール脂肪酸モノエステルの比率や配合量が記載されていること、甲第4号証?甲第6号証に記載されているプロピレングリコール脂肪酸エステルの配合量は本件発明1の配合量と同程度であることを挙げて、バウムクーヘンなどに用いられる油脂組成物において、グリセリン脂肪酸エステルとプロピレングリコール脂肪酸モノエステルの含有量は、バウムクーヘンなどに求められる起泡性やしとり感などの観点から適宜調整し得るものであるから、引用発明2-1において、刊行物3の記載に基づいてプロピレングリコール脂肪酸エステルを配合し、甲第3号証?甲第6号証に基いて、その配合量を本件発明1と同程度とすることは当業者が容易に想到し得ることである旨も主張している。

しかしながら、刊行物3の記載に基いてプロピレングリコール脂肪酸エステルを配合することについては、上記(イ)において検討したとおりであるし、甲第3号証?甲第6号証に記載されているグリセリン脂肪酸エステルとプロピレングリコール脂肪酸モノエステルの比率や配合量は、それぞれの文献に開示された発明における好適な比率や配合量であって、引用発明2-1においてこれらの比率や配合量を採用することは動機付けられない。

したがって、上記異議申立人の主張は採用できない。

(エ)小括
以上のとおりであるから、相違点2-2について検討するまでもなく、本件発明1は引用発明2-1及び刊行物3に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものでない。

イ 本件発明2?4について
本件発明2は、本件発明1において「プロピレングリコール脂肪酸エステルの構成脂肪酸がステアリン酸を含有する」ことを限定したものである。
また、本件発明3,4は、本件発明1のバウムクーヘン用油脂組成物を含有するバウムクーヘン生地、該バウムクーヘン生地が焼成された状態にあるバウムクーヘンに関するものである。
本件発明2?4のそれぞれと引用発明2-1とを対比すると、少なくとも上記ア(ア)の相違点2-1において相違し、相違点2-1については上記ア(イ)のとおりであるから、本件発明2?4は引用発明2-1及び刊行物3に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものでない。

ウ 結論
よって、本件発明1?4は、引用発明2-1及び刊行物3に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

(4)引用発明2-2に基く対比・判断
引用発明2-2は、引用発明2-1と同様に、プロピレングリコール脂肪酸エステルを含有せず、グリセリンモノステアリン酸エステルの含有量が1.0質量%であるから、上記(3)において引用発明2-1について検討したのと同様に、本件発明1?4は、引用発明2-2及び刊行物3に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものでない。

(5)結論
以上のとおり、本件発明1?4は、刊行物2に記載された発明及び刊行物3に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではないから、本件発明1?4は、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができないものとすることはできない。

第6 取消理由通知において採用しなかった申立理由(上記第4(2)(3)(5))について
1 甲第2号証に基く新規性欠如について
(1)刊行物等の記載事項
ア 甲第2号証の記載事項
甲第2号証には以下の記載がある。

(甲2a)「【請求項1】
油脂と食品用乳化剤を含有するショートニングであって、前記ショートニング100質量%中、食品用乳化剤が以下の(a)?(d);
(a)グリセリン乳酸飽和脂肪酸エステルおよび/またはグリセリン酢酸飽和脂肪酸エステル5?12質量%、
(b)ソルビタン飽和脂肪酸エステル1?5質量%、
(c)ポリグリセリン縮合リシノール酸エステル0.1?3質量%、
(d)レシチン0.1?3質量%、
を含有し、且つ(a)、(b)、(c)および(d)の合計量が7?15質量%であることを特徴とするケーキ用流動状ショートニング。
【請求項2】
油脂と食品用乳化剤を含有するショートニングであって、前記ショートニング100質量%中、食品用乳化剤が以下の(a)?(e);
(a)グリセリン乳酸飽和脂肪酸エステルおよび/またはグリセリン酢酸飽和脂肪酸エステル5?12質量%、
(b)ソルビタン飽和脂肪酸エステル1?5質量%、
(c)ポリグリセリン縮合リシノール酸エステル0.1?3質量%、
(d)レシチン0.1?3質量%、
(e)グリセリンモノ飽和脂肪酸エステル0.1?3質量%
からなり、且つ(a)、(b)、(c)、(d)および(e)の合計量が7?15質量%であることを特徴とするケーキ用流動状ショートニング。」

(甲2b)「【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、特にバターやコンパウンドマーガリンなどの固形油脂を多量に配合したバターケーキ類生地を製造する際に用いられ、焼成したケーキの芯や色むらの発生を抑制し、風味と食感に優れたケーキを作ることができる、ケーキ用流動状ショートニングを提供することを目的とする。」

(甲2c)「【0027】
本発明の流動状ショートニングは、バタースポンジケーキ、パウンドケーキ、ロールケーキ、マドレーヌ、バウムクーヘンなどのバターケーキ類を製造する際の起泡剤として、ケーキ生地に添加して用いられる。生地へのショートニングの添加量は、製造するケーキの種類、使用する機械などにより異なるが、例えば、一般的なオールインミックス法によるバタースポンジケーキの製造においては、小麦粉100質量部に対して約20?60質量部が好ましい。」

(甲2d)「【実施例1】
・・・
【0031】
[流動状ショートニングの作製]
(1)流動状ショートニング作製のための原材料
1)なたね油(吉原製油社製)
2)グリセリン乳酸パルミチン酸エステル(試作品1)
3)グリセリン乳酸オレイン酸エステル(試作品2)〈比較例に配合〉
4)グリセリン酢酸ステアリン酸エステル(商品名:ポエムG-508;理研ビタミン社製)
5)グリセリンコハク酸ステアリン酸エステル(商品名:ポエムB-10;理研ビタミン社製)〈比較例に配合〉
6)ソルビタンステアリン酸エステル(商品名:ポエムS-60V;理研ビタミン社製)
7)テトラグリセリン縮合リシノール酸エステル(商品名:ポエムPR-100;理研ビタミン社製)
8)レシチン(商品名:レシチンDX;日清オイリオ社製)
9)グリセリンモノステアリン酸エステル(商品名:エマルジーMS;理研ビタミン社製,モノエステル体含有量約90質量%以上)
10)プロピレングリコールモノステアリン酸エステル(商品名:リケマールPS-100;理研ビタミン社製)〈比較例に配合〉
【0032】
(2)流動状ショートニングの配合
上記原材料を用いて作製した流動状ショートニング(製剤1?8)の配合組成を表1に示した。この内、製剤1?5は本発明に係る実施例であり、製剤6?8はそれらに対する比較例である。
【0033】
【表1】

【0034】
(3)流動状ショートニングの作製
1)総仕込量を600gとして、1L容ステンレス製ビーカーに、表1に示した配合に従いなたね油および各種乳化剤を入れ、約80℃に加熱し、溶解した。
2)得られた溶液をビーカーごと約10℃の恒温水槽に漬け、ビーカーの内壁をゴムへらで掻きとりながら約25℃まで冷却し、全体が均一で流動性のあるペースト状の流動状ショートニング(製剤1?8)を得た。」

(甲2e)「【0035】
[バタースポンジケーキの作製と評価]
(1)ケーキ生地の配合
ケーキ生地の配合組成を表2に示した。
【表2】

・・・
【0041】
・・・また、製剤8については、該製剤を添加したケーキ生地の比重は十分低いにもかかわらず、それを焼成したケーキの内相には芯が発生し、風味、食感共に悪かった。
【0042】
[パウンドケーキの作製と評価]
(1)ケーキ生地の配合
ケーキ生地の配合組成を表6に示した。
【表6】

・・・
【0047】
・・・また、製剤8については、該製剤を添加したケーキ生地の比重は十分低いにもかかわらず、それを焼成したケーキの内相には部分的に色むらが発生し、風味、食感共に悪かった。
【0048】
[マドレーヌの作製と評価]
(1)ケーキ生地の配合
ケーキ生地の配合組成を表9に示した。
【表9】

・・・
【0053】
・・・また、製剤8については、該製剤を添加したケーキ生地の比重は十分低いにもかかわらず、それを焼成したケーキの内相には部分的に色むらが発生し、風味、食感共に悪かった。」

イ 甲第10号証の記載事項
甲第10号証には前記第5の2(1)イに記載した摘示(刊4a)が記載されている。

(2)甲第2号証に記載された発明
摘示(甲2d)の表1の製剤8には、摘示(甲2a)に記載された発明の比較例として「なたね油88.5質量%、レシチン0.5質量%、グリセリンモノステアリン酸エステル0.5質量%、プロピレングリコールモノステアリン酸エステル0.5質量%を含有するケーキ用流動状ショートニング」の発明(以下、「甲2発明」という。)が記載されているといえる。

(3)対比・判断
ア 本件発明1について
(ア)対比
甲2発明の「なたね油」は本件発明1の「液状油脂」に相当し、甲2発明の「グリセリンモノステアリン酸エステル」は、摘示(甲2d)及び摘示(刊4a)から、本件発明1の「構成脂肪酸の70質量%がステアリン酸、及び30質量%がパルミチン酸であるグリセリンモノ脂肪酸エステル」に相当し、甲2発明の「プロピレングリコールモノステアリン酸エステル」は本件発明1の「プロピレングリコール脂肪酸エステル」に相当する。
また、摘示(甲2d)の表1の組成からみて、甲第2号証記載の流動状ショートニングには油脂が含まれているから、本件発明1の「油脂組成物」に相当し、また、摘示(甲2d)の表1の組成からみて、甲第2号証記載のケーキ用流動状ショートニングには水性の成分が含有されていないから、油中水型乳化組成物ではないので、本件発明1の「(ただし、油中水型乳化組成物を除く)」によって除外されるものではない。
したがって、本件発明1と甲2発明とを対比すると、両者は「液状油脂を88.5質量%、レシチンを0.5質量%、構成脂肪酸の70質量%がステアリン酸、及び30質量%がパルミチン酸であるグリセリンモノ脂肪酸エステルを0.5質量%、並びにプロピレングリコール脂肪酸エステルを8.0質量%含有する油脂組成物(ただし、油中水型乳化組成物を除く)。」である点で一致し、以下の点で相違する。

相違点3-1:本件発明1は「バウムクーヘン用油脂組成物」であるのに対し、甲2発明は「ケーキ用流動状ショートニング」である点

(イ)相違点についての判断
摘示(甲2c)には、甲第2号証の特許請求の範囲に記載されたケーキ用流動状ショートニングは、バウムクーヘン等のバターケーキ類を製造する際の起泡剤としてケーキ生地に添加して用いられるものであることが記載されている。
しかしながら、甲2発明は、摘示(甲2d)の表1において、摘示(甲2e)に記載されているバタースポンジケーキやマドレーヌに用いられるケーキ用流動状ショートニングの実施例(製剤1?5)に対する比較例(製剤8)として記載されているものにすぎず、甲第2号証の特許請求の範囲に記載された発明に該当しないから、摘示(甲2c)の記載があるからといって、甲2発明をバウムクーヘンに用いることが記載されているとはいえない。

(ウ)異議申立人の主張について
異議申立人は、異議申立ての理由において、摘示(甲2c)の記載をもって、製剤8のケーキ用流動状ショートニングをバウムクーヘンに用いることが記載されている旨主張している。
しかしながら、摘示(甲2c)の記載は、摘示(甲2a)に記載された発明のケーキ用流動状ショートニングの適用範囲について記載したものであり、比較例である製剤8のケーキ用流動状ショートニングの適用範囲についてまで記載したものとはいえない。
したがって、異議申立人の主張は採用できない。

(エ)小括
したがって、本件発明1は甲第2号証に記載された発明ではない。

イ 本件発明2?4について
本件発明2は、本件発明1を限定するものであり、本件発明3?4は本件発明1の油脂組成物を含有するものであるから、本件発明2?4と甲2発明とを対比すると、少なくとも上記相違点3-1を有するものである。
そして、相違点3-1については上記アにおいて検討したとおりであるから、本件発明2?4は、甲2に記載された発明であるとはいえない。

(4)結論
したがって、本件発明1?4は、甲第2号証に記載された発明ではないから、本件発明1?4は、特許法第29条第1項第3号に該当するものとはいえない。

2 甲第3号証を主引例とする進歩性欠如について
(1)刊行物等の記載事項
ア 甲第3号証の記載事項
甲第3号証には以下の事項が記載されている。

(甲3a)「【請求項1】
食用油脂(A)50?85重量部、乳化剤(B)10?30重量部、保湿剤(C)0.1?10重量部を含有する油脂組成物であり、かつ下記であるベーカリー製品用油脂組成物。
1)食用油脂(A)を構成する全脂肪酸残基に対して不飽和脂肪酸残基が75%以上であること。
2)(A)/(B)の比率が6.5以下であること。
【請求項2】
(B)を構成する乳化剤の内80重量%以上がグリセリン脂肪酸モノエステル及びプロピレングリコール脂肪酸モノエステルである請求項1記載のベーカリー製品用油脂組成物。
【請求項3】
ベーカリー製品用油脂組成物の20℃における針入度が200以下である請求項1?2の何れか1項記載のベーカリー製品用油脂組成物。
【請求項4】
保湿剤(C)が増粘多糖類である請求項1?3の何れか1項記載のベーカリー製品用油脂組成物」

(甲3b)「【0007】
【発明が解決しようとする課題】
本発明はパンを中心とするベーカリー製品にあって、製品保存中の老化防止効果を向上させるとともに、従来の老化防止技術に見られる食感の低下、特に、ねとつき等の発現に伴う口どけ感の低下を抑制し得るベーカリー製品用油脂組成物を提供することを目的とする。」

(甲3c)「【0009】
【発明の実施の形態】
本発明で使用する食用油脂(A)は、構成する全脂肪酸残基に対して不飽和脂肪酸残基が75%以上を占めるものである。好ましくは不飽和脂肪酸残基が80%以上の液状油が好ましく、中でもナタネ油、コーン油及び大豆油が好ましい。不飽和脂肪酸残基を構成する脂肪酸としては炭素数12?22、より好ましくは、炭素数16?22の脂肪酸が挙げられ、具体的にはパルミトレイン酸、オレイン酸、リノール酸、リノレン酸、ガドレイン酸、エイコサジン酸、エルカ酸、ドコサジエン酸等が挙げられる。上記食用油脂として、ショートニング等の飽和脂肪酸残基が多い油脂をそのまま用いたり、食用油脂中不飽和脂肪酸残基が75%未満となるよう配合されると最終ベーカリー製品の食感において口どけ感が低下してしまう。更に、液状油としてはジアシルグリセロール及び中鎖脂肪酸を含有したトリグリセライド及びジグリセライドも上記脂肪酸構成条件を満たすものであれば使用できる。食用油脂(A)の最適な配合量としては50?85重量部であり、好ましくは70?80重量部である。
【0010】
本発明で使用する乳化剤(B)としては、グリセリン脂肪酸エステル、ショ糖脂肪酸エステル、ソルビタン脂肪酸エステル、ポリソルベート類、プロピレングリコール脂肪酸エステル、レシチン、レシチン誘導体等が挙げられ、2種以上の混合系で用いられる。(B)の最適な配合量としては、(A)/(B)の比率が6.5以下を満たした上で、10?30重量部、好ましくは14?26重量部である。
【0011】
本発明において、乳化剤を配合する目的としては、(1)粉体状態にある保湿剤を大部分が液状油からなる食用油脂中に固定分散化させること、(2)乳化剤自身により老化を抑制すること、が挙げられる。
【0012】
上記目的(1)には、グリセリン脂肪酸エステルとプロピレングリコール脂肪酸エステルが有効である。本発明のグリセリン脂肪酸エステルとは、グリセリンと脂肪酸のエステル又はその誘導体であり、グリセリン脂肪酸モノエステル(通常モノグリセリド)、グリセリン脂肪酸ジエステル、グリセリン有機酸脂肪酸モノエステル、ポリグリセリン脂肪酸モノエステル、ポリグリセリン縮合リシノレイン酸エステル等を示す。また、本発明のプロピレングリコール脂肪酸エステルとは、プロピレングリコールと脂肪酸のエステルであり、モノエステル型、ジエステル型のものが用いられる。上記乳化剤配合の目的(1)からはグリセリン脂肪酸モノエステル、プロピレングリコール脂肪酸モノエステルが好ましく、特に、これらを併用することがが好ましい。即ち、グリセリン脂肪酸モノエステルとプロピレングリコール脂肪酸モノエステルの合計が乳化剤中80重量%以上あり、かつ、グリセリン脂肪酸エステル:プロピレングリコール脂肪酸モノエステル=1:0.5?2.0の比率で、好ましくはほぼ1:1の比率で、かつ食用油脂(A)と乳化剤(B)の比率が6.5以下(食用油脂配合量を乳化剤配合量で割った値)、好ましくは、1.7?6.5、更に好ましくは、2.0?6.5、特に好ましくは、3.0?6.5が、(C)成分の分散性の観点から好ましい。すなわち、主に液状油からなる食用油脂を流動性が無い状態まで硬化することが可能となり、かつ、同じ食用油脂中に分散されている粉体状態の保湿剤を均一に、かつ、沈澱すること無く固定分散化できる。」

(甲3d)「【0016】
(C)成分の分散促進効果を発現するためには、プロピレングリコール脂肪酸モノエステルの配合量は、5?20重量部、好ましくは7?15重量部必要である。プロピレングリコール脂肪酸モノエステルが5重量部未満では充分な(C)成分の分散促進効果が得られず、20重量部を越えるとベーカリー製品の食感が低下する。
【0017】
本発明におけるグリセリン脂肪酸エステル、プロピレングリコール脂肪酸エステルの構成成分としての脂肪酸としては、ラウリン酸、ミリスチン酸、パルミチン酸、ステアリン酸、オレイン酸、ベヘン酸等の炭素数12?22の飽和脂肪酸もしくは不飽和脂肪酸が挙げられ、特に飽和脂肪酸が好ましく、炭素数14?22の飽和脂肪酸が最も好ましい。これら脂肪酸は単一で構成されていても良いが、2種以上の混合系で構成されていてもよい。」

(甲3e)「【0031】
本発明のベーカリー製品用油脂組成物を使用して製造するパン類としては、フィリングなどの詰め物をしたパンも含まれ、食パン、特殊パン、調理パン、菓子パンなどが挙げられる。具体的には、食パンとしては白パン、黒パン、フランスパン、バラエティーブレッド、ロール(テーブルロール、バンズ、バターロールなど)が挙げられる。特殊パンとしてはマフィンなど、調理パンとしてはホットドッグ、ハンバーガーなど、菓子パンとしてはジャムパン、あんパン、クリームパン、レーズンパン、メロンパン、スイートロール、リッチグッズ(クロワッサン、ブリオッシュ、デニッシュペストリー)などが挙げられる。ケーキ類としてはスポンジケーキ、バターケーキ、シフォンケーキ、ロールケーキ、スイスロール、ブッセ、バウムクーヘン、パウンドケーキ、チーズケーキ、スナックケーキ、蒸しケーキ等が挙げられる。更に焼き菓子としてはビスケット、クッキー等が挙げられる。」

(甲3f)「【0033】
【実施例】
実施例1?5、比較例1?5
本発明における実施例1?5及び比較例1?4の油脂組成物の組成を表1及び表2に示した。
【0034】
実施例1?5及び比較例1?3における油脂組成物の調製方法は下記の通りである。
1)容量2リットルのステンレス製ビーカーに成分(A)及び(B)を秤量する。
2)上記1)を85℃水浴中にて均一溶解し、30分間放置する。
【0035】
この際、アンカー型フックを用い、スリーワンモータ(HIDON社製TYPE60G)を用いて撹拌を行った。
3)上記2)に予め秤量しておいた成分(C)を撹拌しながら添加し、均一になったことを確認後、30分放置する。
4)上記3)において、水浴中に大量の氷を入れて、30℃まで冷却し、30℃に温度を維持したまま、撹拌を行い、所定の容器に移す。
5)上記4)を15℃恒温槽にて1晩(約12時間)放置し、針入度測定及び製パン評価を行った。
・・・
【0038】
【表1】



イ 甲第4号証の記載事項
甲第4号証には以下の事項が記載されている。

(甲4a)「2.特許請求の範囲
植物性油脂に、該油脂に対してプロピレングリコールモノステアレート6.0?12.0%(対植物性油脂,重量%,以下同じ),グリセリンモノステアレート1.0?3.0%及び大豆レシチン0.1?1.0%からなる乳化剤混合物を加え、完全に溶融するまで加熱した後、急冷捏和を行ない該乳化剤混合物のα型結晶を析出せしめ、次いで、該乳化剤混合物のβ型結晶融解温度以上で且つインターメデイエイト型結晶融解温度を越えない温度まで再び加熱し、該温度領域に1時間以上100時間以内保持して該乳化剤混合物のインターメデイエイト型結晶を析出せしめ、さらに室温まで放冷して該乳化剤混合物のβ’型結晶を析出せしめることを特徴とするケーキ用流動状油脂の製造法。」(第1頁左下欄第4?19行)

(甲4b)「グリセリンモノステアレートは、純分として50%以上のグリセリンモノステアレートを含み、ステアレート以外のグリセリンモノエステル及びジエステルからなる混合物であり、食品業界において、通常グリセリンモノステアレートと呼ばれているものであれば本発明において使用に供せられる。」(第2頁右下欄第4?10行)

(甲4c)「実施例1.
プロピレングリコールモノステアレート(以下PGMSと略す)60Kg、グリセリンモノステアレート(以下MGSと略す)10Kg及び大豆レシチン(以下SLEと略す)IKgからなる乳化剤混合物を、米油929Kgに加え、これを、60℃に加温し、溶解、混合した。その後これを急冷捏和装置、ボテーターにて、20℃まで冷却捏和し、然る後、35℃にて48時間保持し、次いで、22℃の室温中で放冷した。
上記乳化剤混合物のα型結晶は、30℃で析出し、β型、インターメデイエイト型結晶の融解温度はそれぞれ32℃,40℃である。
・・・
実施例2.
PGMS120Kg,MGS30Kg及びSLE10Kgからなる乳化剤混合物を大豆油850Kgに加え、これを、60℃に加温し、溶解,混合した。その後これを、ボテーターにて22℃まで冷却捏和し、然る後、39℃にて80時間保持し、次いで20℃の室温中で放冷した。
上記乳化剤混合物のα型結晶は33℃で析出し、β’型,インターメデイエイト型結晶の融解温度は、それぞれ37℃と43℃である。
実施例3.
PGMS90Kg,MGS20Kg及びSLE5Kgからなる乳化剤混合物を、コーン油885Kgに加え、これを60℃に加温し、溶解,混合した。その後これを、ボテーターにて21℃まで冷却捏和し、然る後、39℃にて2時間保持し、次いで20℃の室温中で放冷した。
上記乳化剤混合物のα型結晶は32℃で析出し、β’型,インターメデイエイト型結晶の融解温度は34℃と42℃である。」(第3頁左下欄第1行?第4頁左上欄第8行)

ウ 甲第5号証の記載事項
甲第5号証には以下の事項が記載されている。

(甲5a)「液体ショートニングを製造するに際し、プロピレングリコールモノ脂肪酸エステルを5%以上配合し、その脂肪酸組成がステアリン酸:パルミチン酸=80:20?40:60になるように配合することを特徴とする長期安定性に優れた液体ショートニング組成物。」(第1頁左下欄 特許請求の範囲)

(甲5b)「実施例1
大豆白絞油880Kg、プロピレングリコールモノステアレート60Kg、プロピレングリコールモノパルミテート20Kg、グリセリンモノステアレート35Kg、大豆リン脂質5Kgをタンクに入れ70℃にて完全溶解させた。その後Votatorを用い35℃に急冷した。さらにタンクのジャケットに温水を通し徐々に40℃まで昇温し、15分間テンパリングした。このものを20℃までVotatorで急冷し缶詰めにして製品Aを得た。」(第2頁右下欄第7?16行)

エ 甲第6号証の記載事項
甲第6号証には以下の事項が記載されている。

(甲6a)「常温で液状の油脂100重量部に対して、プロピレングリコール脂肪酸エステル4?16重量部、レシチン0.01?2重量部、ショ糖脂肪酸エステル0.01?2重量部およびグリセリン脂肪酸エステル0.01?6重量部を配合してなり、かつ上記乳化剤の総量が8?18重量部である製菓用流動状ショートニング。」(第1頁左下欄 特許請求の範囲)

(甲6b)「本発明においてグリセリン脂肪酸エステルとしては、グリセリンの脂肪酸モノおよびジエステル、重合度2?10のポリグリセリンの脂肪酸モノおよびジエステル、さらに乳酸、クエン酸、酒石酸、コハク酸などの有機酸とグリセリンと脂肪酸(モノおよびジ)とのエステルなどがすべて使用可能であり、これらを混合して使用することもできる。」(第2頁左下欄第6?12行)

(甲6c)「実施例2
65℃に加熱した大豆油50Kgにプロピレングリコールモノステアレート5.0Kg、グリセリンモノステアレート0.25Kgを溶解した。これにレシチン0.5Kg、ショ糖ステアレート(HLB2)0.2Kg、グリセリンクエン酸モノステアレート1.0Kgの三者を65℃で混合溶融後添加した。その後コンビネータ-を用いて20℃まで急冷捏和して製品を得た。」(第3頁左上欄第3?10行)

オ 甲第7号証の記載事項
甲第7号証には以下の事項が記載されている。

(甲7a)「【請求項1】
生地にイカ墨が混入されていることを特徴とする、バウムクーヘン。」

(甲7b)「【実施例】
【0023】
以下、本発明の実施例を説明するが、本発明がかかる実施例に限定されないことはいうまでもない。
<実施例1>
〈1〉原材料:バター・卵・砂糖・生クリーム・小麦粉・米粉・でん粉・アーモンド粉末(アーモンドプードル)・ゴマ・イカ墨・ショートニング・洋酒
〈2〉配合(1本分)
・・・
【0024】
生地 :卵 2850g
生クリーム(乳脂肪6%) 550g
マジパン 600g
無塩バター 350g
加塩バター 350g
ラム酒 50g
ショートニング 750g(日本油脂製サンショート使用)
加工油脂 80g(日本油脂製アルエット使用)
上白糖 1600g
トレハロース 150g(林原商事製使用)
薄力粉 450g
ライススターチ 500g
でん粉加工品 100g(松谷化学工業製パインベーク使用)
ベーキングパウダー 35g
〈3〉使用ミキサー (株)愛工舎製作所製マイティ
【0025】
〈4〉マジパン調製
・・・
【0026】
〈5〉準備的イカ墨ペースト調製
・・・
【0027】
〈6〉最終的なイカ墨ペースト調製
・・・
【0028】
〈7〉生地調製
1.粉類は全4種類のものを合わせて3回ふるった。卵は湯煎で30℃にした。バターは湯煎で60℃にした。
2.ミキサーボールにショートニング、加工油脂、上白糖、トレハロースを入れ、中速で混合し、ついで最高速に変えて、攪拌時間を7分に設定し、30秒経過後卵1200gを入れ、1分経過後約600g入れ、2分経過後約300g入れ、その後高速に変えて残量を入れた。その後低速に変えて1.の粉類を入れ、粉類が生地に混ざった後、中速に変えて混合した。
3.2.の生地に、〈6〉のイカ墨ペーストを入れ、手で混合した。
【0029】
〈8〉煤焼、成型
1.オーブンの皿に〈7〉の生地を流し入れ、生地を40℃まで温め、煤焼を行った(オーブンは348℃でスタートさせた)。
2.麺棒に、賠償した生地を20?23回巻いて、バウムクーヘンとした。」

カ 甲第8号証の記載事項
甲第8号証には以下の事項が記載されている。

(甲8a)「炭素数22の飽和脂肪酸のモノグリセライド0.5?3%、プロピレングリコールモノステアレート6?10%、及び液状油87?93.5%からなバームクーヘン用シヨートニング。」(第1頁左下欄 特許請求の範囲)

キ 甲第9号証の記載事項
甲第9号証には以下の事項が記載されている。

(甲9a)「クラブハリエ
「バームクーヘン」
・・・
【原材料の表示】
卵、砂糖、コーンスターチ、ショートニング、バター、小麦粉、生クリーム、食塩、リキュール、寒天、乳化剤、ベーキングパウダー、香料」

ク 甲第11号証の記載事項
甲第11号証には以下の事項が記載されている。

(甲11a)「*10:エキセルT-95(花王(株)) MAG含量95重量%、構成脂肪酸組成:C14 1.8%、C16 28%、C18 66.5%、C20 1.9%、その他 1.8%」(【0036】表2欄外)

(2)甲第3号証に記載された発明
摘示(甲3a)及び摘示(甲3f)の表1の実施例5から、甲第3号証の請求項2に係る発明の具体例である実施例5として、甲第3号証には「ナタネ白絞油83.0重量%、グリセリン脂肪酸モノエステル(エキセルT-95:花王(株)製)7.0重量%、プロピレングリコールモノベヘン酸エステル(PGMB:花王(株)製)7.0重量%、大豆レシチン(日清レシチンDx:日清オイリオ(株)製)0.5重量%を含有するベーカリー製品用油脂組成物」の発明(以下、「甲3発明」という。)が記載されているといえる。

(3)対比・判断
ア 本件発明1について
(ア)対比
本件発明1と甲3発明とを対比すると、甲3発明の「ナタネ白絞油」は本件発明1の「液状油脂」に相当し、甲3発明の「大豆レシチン(日清レシチンDx:日清オイリオ(株)製)」は本件発明1の「レシチン」に相当し、甲3発明の「グリセリン脂肪酸モノエステル(エキセルT-95:花王(株)製)」は、本件発明1の「グリセリンモノ脂肪酸エステル」に相当し、甲3発明の「プロピレングリコールモノベヘン酸エステル(PGMB:花王(株)製)」は、本件発明1の「プロピレングリコール脂肪酸エステル」に相当する。
また、甲3発明の「ベーカリー製品用油脂組成物」は、本件発明1の「油脂組成物」に相当し、また、摘示(甲3f)の表1の組成からみて、甲3発明には水性の成分が含有されていないから、甲3発明は油中水型乳化組成物ではないので、本件発明1の「(ただし、油中水型乳化組成物を除く)」によって除外されるものではない。
したがって、本件発明1と甲3発明とを対比すると、両者は「液状油脂を83.0質量%、レシチンを0.5質量%、グリセリンモノ脂肪酸エステル、並びにプロピレングリコール脂肪酸エステルを7.0質量%含有する油脂組成物(ただし、油中水型乳化組成物を除く)。」である点で一致し、以下の点で相違する。

相違点4-1:本件発明1のグリセリンモノ脂肪酸エステルは「構成脂肪酸の68?87質量%がステアリン酸、及び11?30質量%がパルミチン酸である」であるのに対し、甲3発明のグリセリンモノ脂肪酸エステルは、構成脂肪酸の組成が明らかでない点
相違点4-2:本件発明1のグリセリンモノ脂肪酸エステルの含有量は「0.4?5.0質量%(ただし、5質量%を除く)」であるのに対し、甲3発明のグリセリンモノ脂肪酸エステルの含有量は「7.0質量%」である点
相違点4-3:本件発明1は「バウムクーヘン用油脂組成物」であるのに対し、甲3発明は「ベーカリー製品用油脂組成物」である点

(イ)判断
相違点4-1について検討する。
摘示(甲3c)【0010】には乳化剤(B)としてグリセリン脂肪酸エステルを使用できることが記載され、【0011】には「本発明において、乳化剤を配合する目的としては、(1)粉体状態にある保湿剤を大部分が液状油からなる食用油脂中に固定分散化させること、(2)乳化剤自身により老化を抑制すること、が挙げられる。」と記載されているが、これらの目的のために、あるいはこれら以外の目的のために甲3発明のグリセリンモノ脂肪酸エステルについて「構成脂肪酸の68?87質量%がステアリン酸、及び11?30質量%がパルミチン酸である」とすることは記載も示唆もされていない。

また、摘示(甲4b)にはグリセリンモノステアレートとして、純分として50%以上のグリセリンモノステアレートを含み、ステアレート以外のグリセリンモノエステル及びジエステルからなる混合物を使用できること、摘示(甲4c)にはグリセリンモノステアレートを含有するケーキ用流動状油脂の具体例が記載され、摘示(甲5b)にはグリセリンモノステアレートを含有する液体ショートニング組成物の具体例が記載され、摘示(甲6b)にはグリセリン脂肪酸エステルとして種々のエステルを使用できること、摘示(甲6c)にはグリセリンモノステアレートを含有する製菓用流動状ショートニングの具体例が記載されているものの、グリセリンモノ脂肪酸エステルについて「構成脂肪酸の68?87質量%がステアリン酸、及び11?30質量%がパルミチン酸である」とすることは記載も示唆もされていない。
さらに、摘示(甲7a)?(甲9a)にはバウムクーヘンにショートニングを添加することが記載されているにとどまり、グリセリンモノ脂肪酸エステルについて「構成脂肪酸の68?87質量%がステアリン酸、及び11?30質量%がパルミチン酸である」とすることは記載も示唆もされていない。
そして、摘示(甲11a)にもグリセリンモノ脂肪酸エステルについて「構成脂肪酸の68?87質量%がステアリン酸、及び11?30質量%がパルミチン酸である」とすることは記載も示唆もされていない。

したがって、甲3?9、11をみても、甲3発明のグリセリン脂肪酸モノエステルについて「構成脂肪酸の68?87質量%がステアリン酸、及び11?30質量%がパルミチン酸である」とすることは動機付けられない。

そして、本件発明1は、明細書の発明の詳細な説明の記載からみて、グリセリンモノ脂肪酸エステルの構成脂肪酸のステアリン酸及びパルミチン酸の割合を調節することにより、食した時にしとり感が良好なケーキを提供することができ、また、焼成前の生地に優れた起泡性を与えて、ミキシング時間を短縮させ、ケーキの生産性を向上させるという効果を奏するものと認められる。

したがって、相違点4-1に係る本件発明1の技術的事項を採用することは、当業者が容易に想到し得たものでない。

(ウ)異議申立人の主張について
異議申立人は、甲3発明の「グリセリン脂肪酸モノエステル(エキセルT-95:花王(株)製)」は、摘示(甲11a)に「エキセルT-95(花王(株)) MAG含量95%、構成脂肪酸組成:C14 1.8%、C16 28%、C18 66.5%、C20 1.9%、その他1.8%」と記載され、パルミチン酸はC16の脂肪酸、ステアリン酸はC18の脂肪酸であるところからみて、「構成脂肪酸の66.5質量%がステアリン酸、及び28質量%がパルミチン酸であるグリセリンモノ脂肪酸エステル」である旨主張する。
しかしながら、甲第3号証にも甲第11号証にも花王株式会社製エキセルT-95の構成脂肪酸のC16及びC18が直鎖の飽和脂肪酸であることが記載されているわけではないから、構成脂肪酸組成のうちC16が全てパルミチン酸、C18が全てステアリン酸であるかどうかは明らかでない。

仮に、花王株式会社製エキセルT-95の構成脂肪酸のC16及びC18が直鎖の飽和脂肪酸であるとしても、甲3発明の「グリセリン脂肪酸モノエステル(エキセルT-95:花王(株)製)」が「構成脂肪酸の66.5質量%がステアリン酸、及び28質量%がパルミチン酸であるグリセリンモノ脂肪酸エステル」であるから、本件発明1の「構成脂肪酸の28質量%がパルミチン酸であるグリセリンモノ脂肪酸エステル」に相当するとはいえるものの、本件発明1のグリセリンモノ脂肪酸エステルの構成脂肪酸の「68?87質量%がステアリン酸」であるのに対し、甲3発明のグリセリン脂肪酸モノエステルの構成脂肪酸の「66.5質量%がステアリン酸」である点で相違する。
異議申立人は甲4?甲6に記載されているように起泡性や食感を向上させるために、液状油脂、レシチン、プロピレングリコール脂肪酸エステルを含有する製菓用油脂組成物に、グリセリンモノステアリン酸エステルを配合することは本願出願前から知られていること、したがって、ステアリン酸の含有量に着目する動機があったことは明らかであるから、甲3発明のグリセリン脂肪酸モノエステルとしてステアリン酸をより多く含むものを選択することは容易である旨主張する。
しかしながら、摘示(甲4b)、摘示(甲6b)の記載からは、エステルを構成する酸としては種々のものを使用してもよいことが理解できるものの、甲4?6にはグリセリンモノ脂肪酸エステルの構成脂肪酸としてステアリン酸とパルミチン酸に着目することも、ステアリン酸の割合を増減させることによって、どのような技術的意義があるのかについても何らの記載もないから、甲3発明の「構成脂肪酸の28質量%がパルミチン酸であるグリセリンモノ脂肪酸エステル」について、構成脂肪酸がステアリン酸であるグリセリンモノ脂肪酸エステルの割合を増加させて本件発明1の範囲とすることは、動機づけられない。
また、その他の文献をみても、甲3発明の「構成脂肪酸の28質量%がパルミチン酸であるグリセリンモノ脂肪酸エステル」について、ステアリン酸を構成脂肪酸とするものの割合を本件発明程度に増加させることは動機づけられない。

そして、本件発明1は、「液状油脂を75?95質量%、レシチンを0.01?1質量%、構成脂肪酸の68?87質量%がステアリン酸、及び11?30質量%がパルミチン酸であるグリセリンモノ脂肪酸エステルを0.4?7質量%、並びにプロピレングリコール脂肪酸エステルを3?15質量%含有する油脂組成物」を用いることによって、食した時にしとり感が良好であり、焼成前の生地に優れた起泡性を与えて、ミキシング時間を短縮させ、バウムクーヘンの生産性を向上させるという効果を奏するものである。

したがって、上記異議申立人の主張は採用できない。

(エ)小括
以上のとおりであるから、相違点4-2、相違点4-3について検討するまでもなく、本件発明1は、甲3発明及び甲4?9、11に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものでない。

イ 本件発明2?4について
本件発明2?4は、本件発明1を直接的又は間接的に引用するものであって、いずれも相違点4-1を有するものである。
そして相違点4-1は、上記アにおいて検討したとおり当業者が容易に想到しえたものでないから、本件発明2?4も、甲3発明及び甲4?9、11に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものでない。

(4)結論
以上のとおり、本件発明1?4は甲3発明及び甲4?9,11に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではないから、本件発明1?4は、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができないものとすることはできない。

3 明確性について
(1)申立理由の具体的な内容
訂正後の請求項1には「0.4?5.0質量%(ただし、5質量%を除く)」及び「5?15質量%(ただし、5質量%を除く)」と記載されているが、「5.0質量%」と「5質量%」は有効数字が一致しておらず、「5質量%」が「5.0質量%」のことなのか、四捨五入して「5質量%」になる範囲も含むのかが不明であり、具体的にどの範囲を除くのか明確ではないから、訂正後の請求項1に係る発明に含まれる範囲は明確でなく、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない。

(2)判断
質量割合を整数のみの表記、小数点1位までの表記を用いて記載することは、いずれも本件発明の技術分野において一般的であり、「5質量%を除く」との記載により除かれる範囲を当業者は把握することができ、グリセリモノ脂肪酸エステルの含有割合の上限値及びプロピレングリコール脂肪酸エステルの含有割合の下限値を当業者は把握できるといえる。
したがって、異議申立人の主張は採用できず、上記発明特定事項により本件発明1が不明確であるとはいえないから、特許法第36条第6項第2号に適合しないものとはいえない。

4 当審の判断のまとめ
以上のとおりであるから、本件発明1?4に係る特許につき、上記異議申立人の申立理由には理由がないから、当該理由によって本件発明1?4に係る特許は取り消すことはできない。

第7 むすび
以上のとおり、訂正後の本件の請求項1?4に係る特許は、特許異議申立の理由及び当審が通知した取消理由によっては取り消すことはできない。
また、他に本件の請求項1?4に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
液状油脂を75?95質量%、レシチンを0.01?1質量%、構成脂肪酸の68?87質量%がステアリン酸、及び11?30質量%がパルミチン酸であるグリセリンモノ脂肪酸エステルを0.4?5.0質量%(ただし、5質量%を除く)、並びにプロピレングリコール脂肪酸エステルを5?15質量%(ただし、5質量%を除く)含有するバウムクーヘン用油脂組成物(ただし、油中水型乳化組成物を除く)。
【請求項2】
前記プロピレングリコール脂肪酸エステルの構成脂肪酸がステアリン酸を含有する、請求項1に記載のバウムクーヘン用油脂組成物。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のバウムクーヘン用油脂組成物を含有するバウムクーヘン生地。
【請求項4】
請求項3に記載のバウムクーヘン生地が焼成された状態にあるバウムクーヘン。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2021-03-26 
出願番号 特願2018-219940(P2018-219940)
審決分類 P 1 651・ 121- YAA (A23D)
P 1 651・ 537- YAA (A23D)
P 1 651・ 161- YAA (A23D)
P 1 651・ 113- YAA (A23D)
最終処分 維持  
前審関与審査官 田中 晴絵  
特許庁審判長 村上 騎見高
特許庁審判官 安孫子 由美
冨永 保
登録日 2020-01-10 
登録番号 特許第6644451号(P6644451)
権利者 日清オイリオグループ株式会社
発明の名称 ケーキ用油脂組成物および該ケーキ用油脂組成物が配合されたケーキ  
代理人 引地 進  
代理人 引地 進  

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