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この審決には、下記の判例・審決が関連していると思われます。
審判番号(事件番号) データベース 権利
不服20189244 審決 特許
異議2021700519 審決 特許
異議2017700219 審決 特許
異議2019700446 審決 特許
異議2019700917 審決 特許

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審決分類 審判 査定不服 特36条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない。 C12N
審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 特許、登録しない。 C12N
管理番号 1376114
審判番号 不服2019-13877  
総通号数 261 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2021-09-24 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2019-10-18 
確定日 2021-07-16 
事件の表示 特願2017-238442「細胞において多能性を誘導する方法」拒絶査定不服審判事件〔平成30年 4月26日出願公開、特開2018- 64578〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、2009年10月9日(パリ条約による優先権主張、2008年10月9日、米国(US))を国際出願日とする特願2011-531235の一部を平成26年12月19日に新たな特許出願(特願2014-257353)とし、その一部を平成28年7月15日に新たな特許出願(特願2016-140326)とし、さらにその一部を平成29年12月13日に新たな特許出願としたものであって、平成30年10月31日付けの拒絶理由通知に対して、平成31年1月24日に意見書が提出され、令和1年6月11日付けで拒絶査定がなされ、同年10月18日に拒絶査定不服審判の請求がなされたものである。

第2 本願発明
本願の請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は、出願時の特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定される以下のとおりのものと認める。
「【請求項1】
体細胞において多能性を誘導する方法であって、前記細胞を、MUC1*の二量体化を増加させることによりMUC1*活性を増大させる二価抗MUC1*抗体又はNM23と接触させることを含むものであり、MUC1*は細胞外ドメインがPSMGFR(配列番号5)を含むようにN末端が切断されたMUC1タンパク質である、方法。」

第3 原査定の理由
令和1年6月11日付けでなされた拒絶査定の理由は、本願の発明の詳細な説明の記載は、本願発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されていないから、本願は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件(実施可能要件)を満たしておらず、また、出願時の技術常識に照らしても、発明の詳細な説明に開示された内容を本願発明の範囲まで拡張ないし一般化できるとはいえないので、本願は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件(サポート要件)を満たしていない、というものである。

第4 当審の判断
1 本願の発明の詳細な説明及び図面の記載事項
本願の発明の詳細な説明及び図面には、次のとおりの事項が記載されている。

(1)背景技術
「【0003】
転写因子の異所性発現によって体細胞をリプログラムし、多能性にすることができることがマウス及びヒトにおいて実証されている(非特許文献1、非特許文献2、非特許文献3、非特許文献4、非特許文献5、非特許文献6、非特許文献7、非特許文献8、非特許文献9)。疾患又は老化によって引き起こされる損傷を修復するために、患者自身の皮膚細胞に由来する幹細胞を使用して細胞及び組織を生成することができるため、人工多能性幹(iPS)細胞の生成は、完全に個人化された再生医療の実現に大いに有望である(非特許文献10、非特許文献11)。転写因子Oct4、Sox2、Klf4及びc-Mycの組み合わせ、又はOct4、Sox2、Nanog及びLin28の組み合わせの強制発現が成熟細胞を多能性状態へと戻すことが示されている。
【0004】
以前の研究では、これらの転写因子は複数のウイルスベクターを用いて発現させていた(非特許文献7、非特許文献4、非特許文献2、非特許文献8、非特許文献6、非特許文献9、非特許文献5)。この複数のベクターの使用は、複数の組込みイベントのために問題を生じ、これは発癌性リスクの増大につながるおそれがある(非特許文献7、非特許文献12)。研究者らは、単一のベクター系(非特許文献13)、摘出可能なベクター(非特許文献14、非特許文献15、非特許文献16)、非組込み型(non-integrating)ベクター(非特許文献17、非特許文献18)及び一時的トランスフェクション(非特許文献19)を用いることによってこの問題を克服しようと試みてきた。しかしながら、これらの方法はエピジェネティックリプログラミングを達成する上で極めて非効率的である。
【0005】
多能性を誘導する方法には、癌遺伝子c-Mycのトランスフェクションが含まれるが、これは癌を引き起こす可能性があるため望ましくない。iPS細胞は、c-Mycをトランスフェクトすることなく生成することができる(非特許文献3、非特許文献20)。しかしながら、そのリプログラミングの効率は大幅に低下している。同様に、Klf4は異形成を誘導するおそれがある(非特許文献21)。
【0006】
複数のウイルスベクターの組込み、及び多能性を誘導する遺伝子の一部の望ましくない副作用に関連する問題から、多能性誘導遺伝子の一部又は全ての使用を、その発現を調節するか、若しくは多能性誘導遺伝子によって発現が調節されるタンパク質遺伝子産物及びタンパク質、又は多能性を誘導する遺伝子若しくはタンパク質の発現を調節する小分子の使用に置き換える必要がある。この目的で、遺伝子ではなく、遺伝子産物の導入によっても多能性が誘導されたことが報告されている(非特許文献22)。細胞への侵入を容易にするためにポリアルギニンでタグ付けされた組み換えOct4、Sox2、Klf4及びc-Mycによって、マウス体細胞がリプログラムされた。小分子を用いて中核となる(core set)遺伝子のうち1つの必要性をなくした例もある。Nanogを上方調節する小分子によって、同様にNanogを上方調節するKlf4遺伝子が不要となっている(非特許文献23)。別の研究では、小分子HDAC阻害剤によってKlf4及びc-Mycの両方が不要とされている(非特許文献24)。これらの研究から以下のことが示される:1)タンパク質遺伝子産物によって上記遺伝子の必要性をなくすことができる;2)遺伝子を上方調節する小分子によって上記遺伝子の必要性をなくすことができる;及び3)同じ調節経路の遺伝子(又は遺伝子産物)は相互に代用することができる。」

(2)発明が解決しようとする課題
「【0008】
これらの成果にもかかわらず、これらの方法にはリプログラミングの効率が低いとの欠点があるという大きな問題が残っている。現在の体細胞における多能性の誘導率は低過ぎるため、iPS細胞の治療的使用は非実用的である。したがって、単独で、又は既に同定されたものに加えて、細胞において多能性を誘導するか、又は多能性誘導の効率を向上させるタンパク質及び小分子を同定する必要がある。」

(3)発明を実施するための形態
「【0016】
本明細書中で使用される場合、「MUC1^(*)活性を増大させる」とは、MUC1^(*)シグナル伝達を直接的又は間接的に増大させることを指し、MUC1^(*)受容体の二量化、さらにMUC1受容体の切断によるMUC1^(*)の産生の増大を含むが、これらに限定されない。MUC1^(*)活性は、MUC1受容体(さらに切断され、二量化される)の転写発現の増加によっても増大し得る。したがって、一態様では、MUC1^(*)活性はMUC1^(*)を二量化するエフェクター分子の活性の増大、又はMUC1を切断してMUC1^(*)を形成する切断分子の活性の増大、又はMUC1の発現の増加によって増大し得る。したがって、MUC1^(*)を二量化するリガンドの活性を増大させることが可能な任意の化学種又は生物種、MUC1^(*)を形成するMUC1切断酵素、又はMUC1の発現を増進する任意の転写活性化因子が、「MUC1^(*)活性を増大させる」種として包含される。」
「【0019】
本明細書中で使用される場合、「MUC1^(*)」とは、細胞外ドメインが本質的にPSMGFR(配列番号5)を含むようにN末端が切断されたMUC1タンパク質を指す。」
「【0027】
多能性の誘導
体細胞をリプログラムして、多能性状態へと戻すことができることが最近発見された。転写因子OCT4、SOX2、KLF4、NANOG、c-MYC及びLIN28をコードする遺伝子、又はタンパク質自体を体細胞に導入し、多能性状態へと戻すことができる。これらの多能性因子の多くは、以前は癌遺伝子であると考えられていた。c-Mycはよく知られた癌遺伝子であり、同様にKlf4は異形成を誘導することが示されている(非特許文献21)。OCT4は多能性幹細胞を同定する上で最も基準となるものとして同定されている。核内のOCT4の存在は細胞が多能性であることを示唆し、その欠如は細胞が分化過程に入っており、もはや任意の細胞型に分化可能でないことを示唆する。最近では、OCT4も同様に多くの癌細胞の核内に存在するが、正常な成熟細胞には存在しないことが知られるようになっている。本発明者らは、MUC1膜貫通タンパク質(配列番号1)の切断形態であるMUC1^(*)が、固形腫瘍癌のおよそ75%で発現される強力な成長因子受容体であり(Raina et al., 2009)、多能性幹細胞上でもこの「腫瘍形成」形態で発現される(Hikita et al., 2008)ことを最近発見した。本発明は、MUC1^(*)及びMUC1^(*)関連因子、並びにそれらを多能性の誘導若しくは維持のため、又は多能性誘導の効率を増進するために利用する方法に関する。
【0028】
本発明は、iPS細胞の生成を誘導するか、又はその効率を向上させるために、タンパク質因子、それらをコードする遺伝子、又はそれらの発現に影響を及ぼす小分子を含むMUC1^(*)関連因子を使用することを包含する。本発明者らは、MUC1膜貫通タンパク質の切断形態であるMUC1^(*)が、癌細胞及び多能性幹細胞の両方の成長を媒介する主要な成長因子受容体であることを示した。MUC1^(*)細胞外ドメインと、その活性化リガンドNM23との間の相互作用が中断されることは、多能性幹細胞にとって致死的であり(Hikita et al., 2008)、この経路が多能性にとって重要であることを示唆している。NM23はMUC1^(*)を活性化するリガンドである(Mahanta et al., 2008)(配列番号12?配列番号17及び配列番号22?配列番号23)。NM23は、分化を阻害する一方で多能性幹細胞の成長を刺激するその能力に加えて、c-Mycの転写を誘導することが示されている(Dexheimer atal., 2009)。したがって、NM23を多能性状態への変換が起きている細胞に添加することによって、c-Myc癌遺伝子をトランスフェクトし、関連する健康上のリスクを緩和するという利益がもたらされる。加えて、NM23又は二価抗MUC1^(*)抗体によってMUC1^(*)を刺激することで、MAPキナーゼ増殖経路が活性化され、それにより細胞生存が増大する(Mahanta et al., 2008)。NANOG発現は多能性を誘導し、腫瘍抑制遺伝子p53はNanog発現を抑制する(Lin et al., 2007)。したがって、p53を抑制することによって、多能性の誘導に対するNANOGの必要性が低減又は排除される。MUC1細胞質尾部(MUC10-CT)の異所的に発現される72アミノ酸の断片は、癌細胞の核内に存在し、そこでp53プロモーターに結合することが示されている(Wei et al., 2007)。配列番号11に示されるようなMUC1-CDのおよそ72アミノ酸の断片は、iPS細胞生成を誘導又は増進するために他の多能性誘導因子と組み合わせて使用することができる。しかしながら、このペプチドは天然のMUC1種とは一致せず、したがって望ましくない影響をもたらすおそれがある。本発明者らは、MUC1^(*)が核に移行し(実施例1及び実施例9、並びに図6)、したがってiPS細胞生成を誘導若しくは増進するために、単独で、又は他の多能性誘導因子と組み合わせて使用されることを開示する。このアプローチの裏付けとして、中核となる多能性遺伝子からの幾つかの遺伝子が、MUC1、その切断酵素及び/又はその活性化リガンドNM23の転写を調節することが報告されている(Boyer et al., 2005)。OCT4及びSOX2はMUC1プロモーターに結合し、その切断酵素MMP-14のプロモーターにも結合する。SOX2及びNANOGはNM23プロモーターに結合する。MUC1^(*)がhESCの維持にとって重要であり、重要な多能性遺伝子の標的であると仮定して、本発明者らはMUC1^(*)、又はMUC1のMUC1^(*)形態への切断を増大させる作用物質を、その活性化リガンドNM23と共に導入することを用いて、iPS細胞の生成を誘導又は増進するために以前に同定された多能性誘導因子の一部又は全てを置き換えることができることを開示する。」
「【0030】
本発明は、成熟細胞、又は幾らか分化した細胞に、MUC1^(*)及びその関連因子の発現に影響を及ぼす遺伝子又は遺伝子産物を導入することによって、分化を元に戻すか、又は幹様特性を維持することを含む。MUC1^(*)は膜貫通タンパク質MUC1の切断形態である。MUC1^(*)関連因子としては、完全長MUC1、MUC1を切断する酵素、MUC1^(*)活性化リガンド、さらにはMUC1又はMUC1^(*)の発現に影響を及ぼす転写因子が挙げられるが、これらに限定されない。本発明は、MUC1^(*)又はMUC1^(*)関連因子の遺伝子又は遺伝子産物の成熟細胞又は幾らか分化した細胞への導入が、これらの細胞又はそれらの子孫において多能性又は幹細胞性を誘導することにも関する(drawn to)。本願は、幹細胞において多能性を維持するためのそれらの使用を説明する。MUC1^(*)又はMUC1^(*)関連因子の発現に影響を及ぼす作用物質は、OCT4、SOX2、KLF4、NANOG、c-myc及びLIN28等の多能性を誘導することが既に知られている1つ又は複数の遺伝子若しくは遺伝子産物と組み合わせて、又は置き換えて添加することができる。」
「【0032】
胚性幹細胞(MUC1の切断形態であるMUC1^(*)のみを発現する)を用いた本発明者らの以前の研究では、その細胞外ドメインの二量化によって、成長が刺激され、分化が阻害されることが示された(Hikita et al., 2008)。これらの効果は、MUC1^(*)細胞外ドメインを、二価抗MUC1^(*)抗体、組み換えNM23、又は優先的に二量体を形成する突然変異体NM23(S120G)のいずれかを用いて二量化することによって達成された(Kim et al., 2003)。一価抗MUC1^(*) Fabを用いたMUC1^(*)細胞外ドメインの阻害は、数時間以内に死をもたらした。これらの発見から、MUC1^(*)が重要な「幹細胞性」因子であることが示唆される。また、OCT4及びSOX2は、MUC1遺伝子プロモーター、さらにはその切断酵素のプロモーターに結合する。SOX2及びNANOGは、NM23(NME7)プロモーターに結合する。MUC1^(*)の細胞外ドメインを遮断することはhESCにとって致死的であるため、多能性遺伝子OCT4、SOX2及びNANOGは、MUC1、その切断酵素及びその活性化リガンドの発現を誘導するということになる。既に多能性を誘導することが示されている遺伝子又は遺伝子産物の1つ又は複数は、単独で、又はその切断酵素及び/又は活性化リガンドNME7、NME-H1、NME-H2、又はMUC1若しくはMUC1^(*)のPSMGFRエピトープを二量化する抗体に加えて、MUC1*の遺伝子をトランスフェクトするか、又はその遺伝子産物を導入することによって置き換えることができる。」
「【0034】
MUC1、MUC1^(*)又は上記で挙げたものを含む関連因子によって、多能性を誘導し、多能性を誘導するため又は多能性を維持するために使用される1つ又は複数の遺伝子又は遺伝子産物を置き換えることができる。
【0035】
線維芽細胞及び皮膚線維芽細胞等の体細胞に、幹細胞様特徴の誘導(場合によっては子孫が多能性幹細胞になるよう誘導する)を助けるMUC1タンパク質をコードする遺伝子をトランスフェクトする場合がある。本発明の別の態様では、MUC1^(*)の遺伝子を細胞にトランスフェクトして、幹細胞様状態への復帰を誘導する(場合によっては実際の多能性幹細胞を誘導する)。MUC1遺伝子又はMUC1^(*)遺伝子の各々を、細胞に単独で、又は多能性若しくは幹細胞様特性の誘導を助ける他の遺伝子と組み合わせて導入してもよい。例えば、MUC1、又は優先的にはMUC1^(*)をコードするDNAを、細胞にOCT4、SOX2、NANOG、LIN28、KLF4及び/又はc-Mycをコードする1つ又は複数の遺伝子と共に導入する。MUC1の短縮形態、優先的にはMUC1^(*)をコードするDNAを線維芽細胞に、OCT4、SOX2、NANOG及びLIN28をコードする遺伝子と共にトランスフェクトする(Yu et al., 2007)。別の実施形態では、MUC1の短縮形態、優先的にはMUC1^(*)をコードするDNAを体細胞、線維芽細胞又は他の細胞に、OCT4、SOX2、KLF4及びc-Mycをコードする遺伝子と共にトランスフェクトする(Takahashi et al., 2007)。同様に、MUC1^(*)及び/又はその活性化リガンドであるNM23、又はNM23のS120G突然変異体をコードするDNAを細胞にトランスフェクトして多能性を誘導する。MUC1^(*)及び/又はNM23は、OCT4、SOX2、NANOG、LIN28、KLF4及び/又はc-Myc等の他の遺伝子と共にトランスフェクトして、多能性又は幹細胞様特性を誘導してもよい。MUC1^(*)又はMUC1を認識する抗体をコードするDNAを細胞に単独で、又は他の遺伝子と共にトランスフェクトして、細胞又はその子孫において幹細胞特性を誘導することもできる。抗MUC1^(*)抗体は分泌されると二量化し、それによりMUC1^(*)受容体、及び幹様特性を促進又は維持するその機能を活性化する。」
「【0038】
別の例では、MUC1又はMUC1^(*)と相互作用するリガンドを体細胞、皮膚線維芽細胞、線維芽細胞又は幾らか分化した細胞に、単独で、又は多能性を誘導若しくは維持する他の遺伝子と組み合わせて添加して多能性を誘導する。例えば、OCT4、SOX2、NANOG、LIN28、KLF4及び/又はc-Mycをコードする遺伝子の1つ又は複数を、線維芽細胞又は他の細胞にトランスフェクトした後、MUC1又はMUC1^(*)を活性化するリガンドの存在下で培養する。MUC1^(*)の二量体タンパク質リガンドが好ましい。好ましい実施形態では、二価抗MUC1^(*)抗体を、細胞又はその子孫が多能性幹細胞となるようにする遺伝子をトランスフェクトした細胞に添加する。」

(4)実施例
「【0047】
実施例1.MUC1^(*)は成長及び細胞死抵抗性を促進する。
MUC1^(*)は、線維芽細胞のクローン性成長(コロニー拡大)を促進する。完全長MUC1(配列番号1)、MUC1^(*)_(1110)(配列番号5)又は空ベクターをトランスフェクトした3Y1細胞の単一細胞クローンを、10%ウシ胎仔血清、ペニシリン/ストレプトマイシン及びG418(600μg/ml)を含有するDMEM培地中に、60mm皿当たり1000個の細胞でプレーティングした。細胞を9日間増殖させた後、4%パラホルムアルデヒドで室温で15分間固定した。皿を水で洗浄した後、70%メタノール中1%クリスタルバイオレットで室温で20分間染色した。皿を水で3回洗浄し、室温で一晩乾燥させて、写真に撮った。図1Aから、吸収されるクリスタルバイオレットの量(細胞数の指標)は、MUC1^(*)単一細胞クローン#3及び#44を増殖させる場合にはるかに高いことが示される。対照的に、完全長MUC1をトランスフェクトした細胞(単一細胞クローン#8及び#17)は、空ベクターをトランスフェクトした細胞に対して成長速度の増大を示さなかった。このことから、切断形態のMUC1^(*)は成長及び/又は生存の利点を有するが、完全長タンパク質は有しないことが示される。」
「【0048】
実施例2.抗MUC1^(*) Fabは、トラスツズマブ(HERCEPTIN(登録商標))抵抗性細胞(1ug/mlのHERCEPTIN(登録商標)中での培養によって抵抗性にされた)において、TAXOL(登録商標)による細胞死に対する抵抗性を遮断する。
Fessler et al., 2009は、HERCEPTIN(登録商標)抵抗性細胞がTAXOL(登録商標)、ドキソルビシン及びシクロホスファミドに対しても抵抗性であることを報告している。報告されているように、これらの薬物抵抗性癌細胞はMUC1^(*)を過剰発現することによって抵抗性を得る。以下の実験から、MUC1^(*)細胞外ドメインのPSMGFR部分を遮断することによって、癌細胞において獲得された薬物抵抗性が取り消されることが示された。親細胞(BT474)又は抵抗性細胞(BTRes1)を、96ウェルプレート(4ウェル/条件)において、10000細胞/ウェルの密度でプレーティングした。翌日、TAXOL(登録商標)(パクリタキセル、Sigma、T7191)の存在下又は非存在下で、細胞に抗MUC1* Fab、対照Fabを添加したか、又はFabを添加しなかった。2日後、細胞を50μlのトリプシン中に再懸濁し、トリパンブルーの存在下で計数した。細胞死率をトリパンブルー取り込み率として算出した。BT474細胞は、各々の条件下でTAXOL(登録商標)に応答して細胞死を起こし、BTRes1細胞はMUC1^(*)抗体の存在下でのみ細胞死を起こした(図1B)。」
「【0049】
実施例3.MUC1^(*)は成長因子受容体として働き、人工抗体(抗MUC1*抗体)又はその天然リガンドであるNM23(NME)を用いたその細胞外ドメインの二量化によって活性化される。
MUC1^(*)陽性ZR-75-30細胞(6000個/ウェル)、又は対照(MUC1陰性)HEK293細胞(4000個/ウェル)を、96ウェルプレートにプレーティングした。翌日、0時間の細胞数を数え、24時間又は48時間毎に種々の濃度の抗MUC1^(*)抗体又はFabを低(0.1%)血清培地に添加した。数日間のインキュベーションの後、細胞をトリプシン中に再懸濁し、計数して、正規化成長率を算出した。ZR-75-30細胞の刺激は、リガンド誘導性成長刺激について実証されているように、釣鐘型曲線を示したが、HEK293細胞は示さなかった(図1C)。MUC1を標的とするsiRNA、又は対照siRNAを安定にトランスフェクトしたMUC1^(*)陽性T47D乳癌細胞を用いた同様の実験では、成長の刺激は対照をトランスフェクトした細胞でしか起こらず、抗体の特異性がさらに実証される(図1D)。同一の結果が、MUC1*の天然リガンドであるNM23についても実証されている(図1E)。」
「【0050】
実施例4.NM23は、基本的にMUC1^(*)の細胞外ドメインから構成されるPSMGFRペプチドに特異的に結合する。
結合を、Biacore3000装置及びBiaEvaluationソフトウェアを用いて、表面プラズモン共鳴によって測定した。ヒスチジンタグ付きMUC1^(*)_(1110)-ecd(配列番号5)又は無関係のペプチド(HHHHHH-SSSSGSSSSGSSSSGGRGDSGRGDS(配列番号34))を、Mahantaet al. 2008に記載されるように、本発明者らの研究室で作製した5.7%NTA-Ni^(++) SAMでコートしたSPRチップの別個のフローチャネルに固定化した。精製したウシ又は組み換えヒトNM23の35μLのプラグを5uL/分という一定流量(flow stream)で注入し、センサーグラム(sensograms)を記録した。ウシ肝臓から精製したNM23(Sigma、N-2635)を、PBS単独で希釈した。親和性を、1:1ラングミュアモデルを用いて広範囲の濃度にわたって測定した。一次速度式ではこの系を適切に表すことができないため、実際の親和性は変わることがある(図1F)。」
「【0051】
実施例5.MUC1^(*)成長因子受容体及びそのリガンドNM23は、未分化hESC上に存在するが、分化hESC上には存在しない。
未分化(多能性)状態又は分化したばかりの状態のヒト胚性幹細胞を、免疫細胞化学(ICC)によって分析した。ヒト胚性幹細胞(hESC)を手で解離させ(dissected)、マトリゲルでプレコートした8ウェルチャンバースライド(Nunc)にプレーティングした。未分化細胞については、細胞をプレーティングの5日後?7日後に固定した。分化細胞については、プレーティングの5日後?7日後にbFGFを培養培地から除去して、細胞を14日間分化させた後、固定した。細胞はPBSで洗浄してから、0.1Mカコジル酸緩衝液中4%パラホルムアルデヒドで、4℃で15分間固定した。細胞を、PBS中1%BSA及び1%ロバ又はヤギ血清で1時間ブロッキングした。0.1%NP-40を細胞内抗原に対する抗体として使用した。一次抗体をブロッキングバッファー(block)で希釈し、細胞と共に4℃で1時間インキュベートした。以下のタンパク質に対する一次抗体を使用した:OCT4(Santa Cruz、Clone Clones H-134及びC-10、100倍希釈)、完全長MUC1(VU4H5、Santa Cruz Biotechnology、50倍希釈)、MUC1^(*)(Minerva、250倍希釈)又はNM23(Santa Cruz、Clone NM301、100倍希釈))。細胞をPBSで5分間、3回洗浄した後、以下の二次抗体と共に30分間インキュベートした:AlexaFluor 488ヤギ抗ウサギIgG、AlexaFluor 555ヤギ抗マウスIgG、AlexaFluor 350ヤギ抗ウサギIgG(Invitrogen、200倍);ヤギ抗マウスIgM-TR(Santa Cruz、100倍)。細胞をPBSで5分間、3回洗浄した後、退色防止封入剤(anti-fade mounting medium)(Biomeda)を用いてカバースリップを載せた。5分間のDAPI染色(1μg/ml)によって核を可視化した。免疫染色した細胞を、OlympusのBX-51落射蛍光顕微鏡上で可視化した。これらの実験の結果から、MUC1^(*)は未分化細胞(多能性幹細胞)の表面上に存在するが(図2A、図3B、図3C)、分化hESC上には存在しない(図2D)ことが示される。図3から、MUC1^(*)のリガンドであるNM23はMUC1^(*)と共局在化することが示される(図3A?図3C)。MUC1^(*)及びそのリガンドであるNM23は、多能性幹細胞(OCT4陽性細胞)上でしか発現されず、分化した細胞上では発現されない(図3C及び図3F)(DAPIによってOCT4陰性細胞の核が染色される)。」
「【0052】
実施例6.MUC1^(*)は多能性幹細胞の成長を媒介する。
二価抗MUC1^(*)を用いたMUC1^(*)の刺激の多能性幹細胞に対する効果を決定するために、以下の実験を行った。結果から、MUC1^(*)を二量化するリガンドの添加によって、多能性(OCT4陽性)幹細胞の成長が刺激され、フィーダー細胞、その抽出物又はbFGFの非存在下でのその成長も可能となることが示される。
【0053】
多能性(OCT4陽性)hESCの長期的成長は、MUC1^(*)の刺激によって媒介される。hESCをトリプシン解離して、マトリゲルでプレコートした8ウェルチャンバースライドに4×10^(4)細胞/ウェルで播種した。培地を交換し、個々のコロニーが見えるようになるまで、抗体を二価抗MUC1^(*)に対する最終濃度1μg/mlで一日おきに添加した。培養条件には、bFGFを添加した及びbFGFを添加していない、「最小幹細胞培地」(フィーダー馴化培地を含まないhESC培地)及びHs27馴化培地が含まれる。各々の条件について細胞を4連で(in quadruplicate)増殖させた。細胞をPBSで洗浄し、固定して、上記のようにOCT4免疫染色を行った。図4のパネルA?パネルDは、線維芽細胞フィーダー細胞からの馴化培地を添加したマトリゲル上で増殖させた細胞の写真である。パネルE?パネルHは、線維芽細胞フィーダー細胞からの馴化培地を添加しなかったマトリゲル上で増殖させた細胞の写真である。抗MUC1^(*)抗体の細胞培養物への添加(図4C、図4D)は、bFGFを添加したものの成長(図4A、図4B)と比べて、より多くの多能性幹細胞を生じた。線維芽細胞フィーダー細胞からの馴化培地の非存在下で培養した細胞への抗MUC1^(*)抗体の添加(図4G、図4H)は、多能性細胞を生じなかった(OCT4の非存在)bFGFを添加して増殖させた細胞(図4E、図4F)とは全く対照的に、豊富な多能性幹細胞を生じた。」
「【0054】
実施例7.MUC1^(*)刺激の多能性幹細胞の成長を増進する効果を、定量的カルセインアッセイにおいて直接測定した。
ヒト胚性幹細胞(hESC)を手で解離させ、96ウェルプレートのマトリゲルコートウェル上で1.9×10^(4)細胞/ウェルの密度で増殖させた。培養培地は、30%Hs27馴化培地を添加したhESC培地及び4ng/mlのbFGFを含有していた。抗体を、二価抗MUC1^(*)については1μg/ml、一価抗MUC1^(*)については100μg/mlの最終濃度で添加した。実験は3連で(in triplicate)行った。抗体処理の41時間後、LIVE/DEAD生存率/細胞毒性キット(Molecular Probes)を用いて、製造業者の使用説明書に従って、生細胞及び死細胞を定量化した。Victor3Vプレートリーダー(Perkin Elmer)を用いて蛍光を測定した。図5の棒グラフから、二量化リガンド(抗MUC1^(*))を用いたMUC1^(*)の刺激は、幹細胞成長を増進し、一方で抗MUC1^(*) FabによりMUC1^(*)の細胞外ドメインを遮断し、全幹細胞死をもたらすことが示される。」
「【0055】
実施例8.二価抗MUC1^(*)抗体、NM23、NM23突然変異体又はbFGFを用いた幹細胞成長の刺激の効果を比較するために、長期的幹細胞成長実験を行った。
hESCをトリプシンで解離させ、マトリゲルでプレコートした8ウェルチャンバースライドに、8.2×10^(4)細胞/ウェルの細胞密度で播種した。培地を交換し、抗体又は野生型若しくは突然変異体NM23タンパク質を、抗MUC1^(*)抗体については80ng/ml、野生型組み換えNM23若しくは突然変異体(S120G)NM23については1nMの最終濃度で、又は組み換えbFGFを「最小幹細胞培地」(フィーダー馴化培地を含まないhESC培地)中4ng/mlの最終濃度で一日おきに添加した。対照として、Hs27線維芽細胞からの30%馴化培地及び4ng/mlの組み換えbFGF(Peprotech、#100-18B)を含む最小幹細胞培地において、細胞を同様に増殖させた。この実験の結果から、MUC1*リガンドが、マトリゲル上のこれらの細胞の「正常」増殖培地である馴化培地+bFGFと比べて、最小培地における多能性コロニーの成長をより良く刺激することが示される。表1に結果を詳述する。
【0056】

説明A:2つのウェルの一方において2つの大きな未分化のコロニー;3週目にコロニーの中心が分化し始めるように見える;4週目の終わりには、各コロニーの大部分が未分化のままである
説明B:2つのウェルの一方において7つの大きな未分化のコロニー;3週目にコロニーの中心が分化し始めるように見える;4週目の終わりには、各コロニーの大部分が未分化のままである
説明C:2つのウェルの一方において5つの大きな未分化のコロニー;3週目にコロニーの中心が分化し始めるように見える;4週目の終わりには、各コロニーの大部分が未分化のままである
説明D:コロニーなし
説明E:2つの非常に小さな分化したコロニー
説明F:5つのほとんど分化したコロニー」
「【0057】
実施例9.MUC1^(*)は細胞の核に移行する。
抗MUC1*モノクローナルAbを、Alexa 555色素によってin vitroで標識し、MUC1^(*)をトランスフェクトしたHCT-116細胞(MUC1陰性)(冷PBSで4℃で洗浄した)に4℃で結合させた。20分後、細胞を冷PBSで2回洗浄し、細胞を4%パラホルムアルデヒドで固定するか、又は予熱した(pre-warmed)増殖培地を用いてインキュベートした。40分後、細胞を洗浄し、4%パラホルムアルデヒドで5分間固定した後、ブロッキングし、PBS中2.5%BSA、2.5%FBS及び0.1%NP-40で透過化処理した。抗EEA1抗体(Cell Signaling Technologies、2411S)及びAlexa 488(Invitrogen、200倍)を用いてエンドソームを染色した(図6)。」
「【0058】
実施例10.MUC1^(*)は核に移行し、そこで転写因子又は補因子として機能する。
MUC1の細胞質ドメイン(MUC1-CD)に相当する、人工的に発現させたペプチドが核に移行することが科学文献において以前に報告されている(Huang, et al. 2005)。別の研究では、MUC1-CDがp53のプロモーター部位に結合することが報告されている(Wei, et al. 2007)。しかしながら、Wei, et al., 2007の報告では、この能力に関して、MUC1-CDがp53の転写を上方調節するか、又は下方制御するかは決定されていない。幹細胞性又は多能性を誘導又は維持するためには、p53を抑制するのが望ましい(Maimets, et al., 2008)。さらに、MUC1の細胞質ドメイン単独の強制発現は、MUC1のいかなる天然状態又は切断状態にも一致しない。したがって、本発明者らは、これが実際に核に移行する多能性のマーカーであるMUC1^(*)であるか否かを決定しようとした。
【0059】
MUC1^(*)上のPSMGFRエピトープを認識するが、MUC1が完全長である場合には同じエピトープを認識しない(Mahanta et al 2008)ポリクローナル抗体である抗MUC1^(*)を使用して、ヒト胚性幹細胞をHikita et al (2008)の方法に従って染色した。胚性幹細胞は、MUC1^(*)を排他的に発現し、完全長MUC1を発現しない。免疫細胞化学によって、MUC1^(*)が胚性幹細胞の核内で検出されることが多いことが示された。蛍光標識した(tagged)抗MUC1^(*) Fabフラグメントを、MUC1^(*)又は空ベクターをトランスフェクトした細胞と共にインキュベートした。過剰のFabを除去し、細胞をPBSで4℃で洗浄してパラホルムアルデヒドで固定するか、又は受容体内在化を促すために予熱した培地を用いて37℃で10分間、25分間若しくは40分間インキュベートした後、パラホルムアルデヒド固定した。様々な時点で細胞を4℃にし、受容体内在化を停止させた。FabはMUC1^(*)をトランスフェクトした細胞に特異的に結合したが、ベクターをトランスフェクトした細胞には結合しなかった(データは示さない)。図6では、40分後にMUC1^(*)が細胞の核に移行したことが示される。」
「【0060】
実施例11.MUC1関連因子を用いて、p53並びにそのアポトーシス促進効果及び成長阻害効果を阻害し、iPS(人工多能性幹)細胞を生成する効率を増大させる。
小分子Nutlinは、p53とその天然阻害剤hDM2との間の相互作用を妨げることによってp53の活性を増大させる(Vassilev et al., 2004)。Nutlinによるp53活性の誘導は、ヒト胚性幹細胞の分化を推進する(Maimets, et al., 2008)。同様に、胚性幹細胞におけるp53の過剰発現は、おそらくはアポトーシスの誘導によってhESCの成長を阻害する(Maimets, et al., 2008)。p53欠損マウスでは、原発腫瘍の形成(establishment)が増進された(Zhou et al., 2000)。このため、p53活性を妨げることによって、iPS細胞株を樹立する効率が増大する。
【0061】
「中核となる」多能性遺伝子OCT4、SOX2及びKLF4を用いた新規のiPS株の樹立において、多能性の誘導は、初めにp53を小分子Nutlinによって阻害し、次いでMUC1^(*)を導入することで増進される。MUC1^(*)は、1)MUC1^(*)をコードするDNAをトランスフェクトすること、及びb)効率的に細胞に侵入するようポリアルギニントラクトによって修飾された組み換えMUC1^(*)タンパク質を添加することによって、多能性の誘導が起きている細胞に導入する。
【0062】
中核となる多能性遺伝子を皮膚線維芽細胞にトランスフェクトした。しかしながら、皮膚線維芽細胞又は他の成熟細胞への直接的又は間接的な遺伝子産物の外因性発現も予想される。本発明では、MUC1、MUC1^(*)又は関連因子の添加によって、中核となる多能性因子の一部又は全部が除外され得ることも予想される。
【0063】
多能性の誘導は、MUC1の細胞質尾部に相当するペプチドを、多能性への変換が起きている細胞に外部から添加した場合にも増進される。任意で、MUC1-CDを、ペプチドが細胞に侵入することを可能にするポリアルギニントラクト等のリーダー配列で修飾する。」
「【0064】
実施例12.MUC1関連タンパク質の導入は、c-mycの転写を誘導すること及びMUC1*を活性化することによって多能性を増進する。
c-Mycは多能性の誘導を増進することが示されている。NM23はc-mycの転写を誘導し(Dexheimer et al., 2009)、c-mycの必要性をなくす。NM23を、それをコードする核酸のトランスフェクションによって、又はタンパク質自体(細胞侵入を助けるポリアルギニントラクト等の配列で修飾してもよい)を外部から添加することによって、iPSへの変換が起きている細胞に導入する。NM23の野生型又は突然変異体(S120G)(二量体形態が好ましい)を、OCT4、SOX2及びKLF4をトランスフェクトした皮膚線維芽細胞に添加する。iPS細胞生成の効率が増進される。
【0065】
NM23(NME-H1、NME-H2又はNME-7)は、多能性の誘導又は維持を増進する。NM23は、以前に同定された多能性因子(OCT4、SOX2、KLF4を含むが、これらに限定されない)、及び本明細書中で開示される他の因子と共に導入される。」
「【0066】
実施例13.MUC1^(*)関連因子を含む、新たな中核となる多能性因子の同定
多能性を誘導若しくは維持するか、又はiPSc形成の効率を向上させるか、又はOCT4、SOX2、KLF4から構成される多能性遺伝子セットの1つ又は複数を置き換えるために、MUC1^(*)を細胞に導入する。MUC1^(*)をコードする核酸を含有するDNA構築物を、上述の多能性遺伝子セット(又はそれらの遺伝子産物)の組み合わせと共に皮膚線維芽細胞にトランスフェクトする。iPSコロニー形成の効率を、生成された幹細胞の数を計数することによって決定する。さらに、細胞をOCT4、SSEA1、SSEA3、SSEA4、TRA 1-60、TRA 1-81、TRA 2-49/6E(アルカリホスファターゼ)及びNANOG等の多能性マーカーの免疫蛍光検出によって分析する。得られた細胞を核型安定性、及び3つの異なる生殖細胞系列(中胚葉、内胚葉及び外胚葉)に沿って分化する能力について評価する。これは、中胚葉検出についてはCD34又は平滑筋アクチン、内胚葉検出についてはGATA-4又はサイトケラチン19、外胚葉検出についてはネスチン又はβIIIチューブリン等といった生殖細胞系列特異的マーカーに対する抗体を用いた免疫蛍光検出によって決定する。MUC1^(*)活性化リガンド、好ましくは抗MUC1^(*)抗体又はNM23(NME)を任意で添加して、多能性の誘導又は維持をさらに増進する。」

2 判断
上記(2)のとおり、発明の詳細な説明の記載によれば、本願発明が解決しようとする課題は、単独で、又は既に同定されたものに加えて、細胞において多能性を誘導するか、又は多能性誘導の効率を向上させるタンパク質及び小分子を同定することにあると認められ(段落【0008】)、そして、請求項1には、「体細胞において多能性を誘導する方法」として、体細胞を、「MUC1*の二量体化を増加させることによりMUC1*活性を増大させる二価抗MUC1*抗体又はNM23」と接触させることを「含む」ことが記載されており、請求項1には、上記「MUC1*の二量体化を増加させることによりMUC1*活性を増大させる二価抗MUC1*抗体又はNM23」を、単独で用いる場合と既に同定されたものに加えて用いる場合との2つの場合が含まれているといえる。
したがって、本願がサポート要件を満たすには、発明の詳細な説明において、請求項1に記載の上記「MUC1*の二量体化を増加させることによりMUC1*活性を増大させる二価抗MUC1*抗体又はNM23」が、既に同定されたものに加えて用いる場合のみならず、単独で体細胞に接触させた場合にも、体細胞において多能性を誘導するものとして同定されたこと、すなわち、上記「二価抗MUC1*抗体又はNM23」が、MUC1*の二量体化を増加させることによりMUC1*活性を増大させるというそれらが有する機能によって、単独で用いる場合に、体細胞において多能性を誘導するものであることが、当業者が認識できるように記載されている必要がある。
ここで、「多能性」について、本願明細書中で明確な定義はされていないが、上記(3)のとおり、「多能性の誘導」の見出しが付された本願明細書の段落【0027】には、OCT4、SOX2、KLF4、NANOG、c-MYC、LIN28といった、それらを組み合わせて導入することで体細胞を多能性状態へと戻すことができる多能性因子が挙げられ、OCT4の欠如は細胞が分化過程に入っており、もはや任意の細胞型に分化可能でないことを示唆することが記載されており、段落【0028】には、iPS細胞の生成誘導について記載されていることをふまえるに、本願発明の「多能性を誘導する」は、iPS細胞のように任意の細胞型に分化可能な細胞、すなわち、外胚葉、中胚葉、内胚葉の三胚葉の複数系統へと分化する能力を有する細胞へと誘導されることを意味すると解釈される。そして、本願明細書の実施例13において、多能性因子の同定の際、得られた細胞を3つの異なる生殖細胞系列(中胚葉、内胚葉及び外胚葉)に沿って分化する能力について評価すると記載されていることは、上記事項と整合するものである。

そして、発明の詳細な説明をみると、上記(1)、(3)のとおり、上記「二価抗MUC1*抗体又はNM23」が、腫瘍や多能性幹細胞でその発現が認められているMUC1膜貫通タンパク質の切断形態であるMUC1*を活性化するリガンドであること、NM23は多能性幹細胞の成長を刺激する能力に加え、体細胞をリプログラムして多能性状態へと戻すのに用いられる遺伝子の1つであるc-Mycの転写を誘導する機能を有するといったことは記載されているが、既に同定されたものを加えることなく、上記二価抗MUC1*抗体又はNM23のようなMUC1*の二量体化を増加させることによりMUC1*活性を増大させる機能を有するものを単独で体細胞に接触させることのみで、体細胞において多能性を誘導できることの根拠(作用機序等)についての記載はない。また、上記(1)のとおり発明の詳細な説明にも記載されているように、本願出願時、体細胞において多能性を誘導する多能性因子として、OCT4、SOX2、KLF4、NANOG、c-MYC及びLIN28といったいくつかのものが既に知られているが、それらにしても単独では多能性を誘導することはできないため、複数のものを適切に組み合わせて体細胞に導入する必要があると当業者は認識していたと認められるところ(必要ならば、「日本内科学会雑誌」(2008年)Vol.97,No.6,pp.1341-1347における「2.体細胞の初期化」、「3.iPS細胞株の樹立」の項、「ファルマシア」(2008年)Vol.44,No.11,pp.1047-1051における「4 iPS細胞(人工多能性幹細胞)の開発」の項を参照。)、MUC1*の二量体化を増加させることによりMUC1*活性を増大させる機能を有するものを単独で体細胞に作用させるだけで、多能性を有するように体細胞の性質を変化させることが可能であることが技術常識であったとはいえない。そして、明細書のその他の箇所にも、MUC1*の二量体化を増加させることによりMUC1*活性を増大させる機能を有するものを単独で体細胞に作用させることのみで、体細胞において多能性を誘導できることが合理的に推認できるような技術常識の説明もされていない。
以上に鑑みると、上記「二価抗MUC1*抗体又はNM23」のようなMUC1*の二量体化を増加させることによりMUC1*活性を増大させる機能を有するものが単独で、体細胞において多能性を誘導できるか否か、すなわち、ES細胞やiPS細胞といったごく限られた種類の細胞のみが有する極めて特異な性質である三胚葉性の分化能を有する状態へと戻すことができるか否かは、実験的に確認をしてみなくてはわからないというべきである。すなわち、発明の詳細な説明において、実験的な確認がなされていなければ、MUC1*の二量体化を増加させることによりMUC1*活性を増大させる機能を有するものが単独で体細胞において多能性を誘導できることを、当業者が認識することはできないというべきである。

そこで、明細書の実施例の記載をみると、上記(4)で摘記したとおり、MUC*は繊維芽細胞のクローン成長を促進すること(実施例1)、抗MUC1* Fabはトラスツマブ抵抗性細胞においてTAXOLによる細胞死に対する抵抗性を遮断すること(実施例2)、MUC1*は成長因子受容体として働き、抗MUC1*抗体又はNM23を用いたその細胞外ドメインの二量化によって活性化されること(実施例3)、NM23はMUC1*の細胞外ドメインから構成されるPSMGFRペプチドに特異的に結合すること(実施例4)、MUC1*成長因子受容体及びNM23は未分化ヒト胚性幹細胞(hESC)上に存在するが、分化hESC上には存在しないこと(実施例5)、MUC1*は多能性(OCT4陽性)幹細胞の成長を媒介すること(実施例6)、二量化リガンド(抗MUC1*)を用いたMUC1*の刺激は幹細胞成長を増進する一方、抗MUC1* FabによるMUC1*の細胞外ドメインの遮断は全幹細胞死をもたらすこと(実施例7)、MUC1*リガンド(二価抗MUC1*抗体、NM23、NM23変異体)は、正常増殖培地(馴化培地+bFGF)と比べて、最少培地における多能性コロニーの成長をより良く刺激すること(実施例8)、MUC1*をトランスフェクトしたHCT-116細胞においてMUC1*は細胞の核に移行すること(実施例9)、及び、ヒト胚性幹細胞においてMUC1*は核に移行すること(実施例10)について、実際に実験を行ったことやそれらの具体的な実験結果(図1?6、段落【0056】の表1)が示されているが、そのいずれも、既に同定されたものを加えることなく、上記「二価抗MUC1*抗体又はNM23」のようなMUC1*の二量体化を増加させることによりMUC1*活性を増大させる機能を有するものを単独で体細胞に対して作用させることのみで、多能性を誘導できることを示すものではない。
また、実施例11には、「中核となる」多能性遺伝子OCT4、SOX2及びKLF4を用いた新規のiPS株の樹立において、多能性の誘導は、初めにp53を小分子Nutlinによって阻害し、次いでMUC1*を導入することで増進されること(段落【0061】)、中核となる多能性遺伝子を皮膚線維芽細胞にトランスフェクトしたこと(段落【0062】)、MUC1、MUC1*又は関連因子の添加によって、中核となる多能性因子の一部又は全部が除外され得ることも予想されること(段落【0062】)が記載されているが、皮膚線維芽細胞のような体細胞において多能性を誘導する際に、上記「二価抗MUC1*抗体又はNM23」の添加によって、中核となる多能性遺伝子OCT4、SOX2及びKLF4の全部が除外されること、すなわち、上記「二価抗MUC1*抗体又はNM23」のようなMUC1*の二量体化を増加させることによりMUC1*活性を増大させる機能を有するものが、中核となる多能性遺伝子を要することなく単独で、体細胞において多能性を誘導することを具体的に裏付ける実験結果は何ら示されていない。
さらに、実施例12には、c-Mycは多能性の誘導を増進すること、NM23はc-Mycの転写を誘導することが既に報告されていることをふまえて、NM23の野生型又は突然変異体(S120G)を、OCT4、SOX2及びKLF4をトランスフェクトした皮膚線維芽細胞に添加すること、iPS細胞生成の効率が増進されること(段落【0065】)が記載されているが、そもそも、NM23の野生型又は突然変異体が単独で、すなわち、既に同定された多能性因子であるOCT4、SOX2及びKLF4のトランスフェクトを要することなく、体細胞において多能性を誘導することを記載するものではないし、また、その具体的な実験結果も何ら示されていない。
そして、実施例13は、単に、皮膚繊維芽細胞を用いた、MUC1*関連因子を含む、新たな中核となる多能性因子を同定する手法について記載するものにすぎない。
以上のとおり、発明の詳細な説明には、上記「MUC1*の二量体化を増加させることによりMUC1*活性を増大させる二価抗MUC1*抗体又はNM23」を単独で体細胞に接触させることのみで、体細胞において多能性を誘導することを実験的に確認したことついて、何ら具体的に記載されていない。したがって、本願明細書に上記本願発明の課題が解決できたことが具体的に記載されているとは認められない。

したがって、発明の詳細な説明には、請求項1に記載の上記「MUC1*の二量体化を増加させることによりMUC1*活性を増大させる二価抗MUC1*抗体又はNM23」が、上記課題が解決できることを当業者が認識できるように記載されているとは認めることができないから、本願は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。
また、多能性、すなわち、三胚葉性の分化能は、ES細胞やiPS細胞といったごく限られた種類の細胞のみが有する極めて特異な性質であるから、具体的なデータによる実証がなくては当業者が発明を理解できる程度に開示されているということはできないため、発明の詳細な説明は、請求項1に記載の上記「MUC1*の二量体化を増加させることによりMUC1*活性を増大させる二価抗MUC1*抗体又はNM23」を単独で用いる場合について、本願発明に係る方法を実施することができる程度に明確かつ十分に記載したものとは認められないから、本願は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。

3 請求人の主張に対して
令和1年10月18日付け審判請求書において、請求人は、概略、以下の点を主張する。

「以下の(a)?(d)の事項をふまえれば、本願発明の詳細な説明には、Oct4、Sox2、Klf4またはc-Mycの、量、発現若しくは活性における増加を起こす核酸でトランスフェクトされていない線維芽細胞等の出発細胞から、MUC1*活性を増大させる生物種又は化学種によって多能性幹細胞を誘導することが記載されているといえる。
(a)本願発明の詳細な説明には、実際の実験結果を伴う実施例の記載として、胚性幹細胞の培養に二価抗MUC1*抗体を添加して無添加のOct4染色細胞と二価抗MUC1*抗体添加での抗MUC1*抗体染色細胞を比較したこと、胚性幹細胞の培養にNM23を添加したコロニーの結果があり、上記実験結果により、二価抗MUC1*抗体又はNM23を胚性幹細胞と接触させることにより、胚性幹細胞において多能性を維持することが本願発明の詳細な説明において開示されている。
(b)本願発明の詳細な説明の実施例11および12には、MUC1*、NM23がiPS細胞を生成する効率を増大させることが記載されており、特に、実施例12には、NM23の野生型又は突然変異体を、OCT4、SOX2及びKLF4をトランスフェクトした皮膚線維芽細胞に添加すると、iPS細胞生成の効率が増進されたことが記載されている。
(c)本願発明の詳細な説明には、NM23等MUC1*活性を増大させる生物種又は化学種が、iPS細胞生成を誘導するために、単独で使用されること、及び、以前に同定された多能性誘導因子、すなわち、Oct4、Sox2、Klf4またはc-Mycを置き換えることができることが明記されている([0008]、[0028]、[0030]、[0032]、[0034]、[0035]、[0038])。
(d)「本願発明の詳細な説明には、Oct4、Sox2、Klf4またはc-Mycの、量、発現若しくは活性における増加を起こす核酸でトランスフェクトされていない線維芽細胞等の出発細胞から、MUC1*活性を増大させる生物種又は化学種によって多能性幹細胞を誘導することが記載されている」ことを支持するデータとしては、ヒト線維芽細胞に二量体形態のNM23-S120Gを接触させることにより、ヒト線維芽細胞から幹様形態のコロニーを生産・誘導されることについて記載されている特表特表2016-502399(特に、明細書段落0178)が挙げられる。当該実験データは本願出願後に開示されたものであるものの、当該実験データを導き出す実験手法自体は本願明細書に記載の方法および/または本願出願時の技術常識により当業者が容易に採用することが可能なものであり、出願時に行われた実験結果自体が変わるものではない。」

まず、発明の詳細な説明における上記(a)?(c)の事項はいずれも、上記「二価抗MUC1*抗体又はNM23」のようなMUC1*の二量体化を増加させることによりMUC1*活性を増大させる機能を有するものが単独で、体細胞において多能性を誘導できることの根拠(作用機序等)について記載するものではなく、また、MUC1*の二量体化を増加させることによりMUC1*活性を増大させる機能を有するものを単独で体細胞に作用させて、多能性を有するように体細胞の性質を変化させることが可能であることが技術常識であることを記載するものではなく、さらに、MUC1*の二量体化を増加させることによりMUC1*活性を増大させる機能を有するものを単独で体細胞に作用させることのみで、体細胞において多能性を誘導できることが合理的に推認できるような技術常識を説明するものでもない。そして、上記2に記載したとおり、MUC1*の二量体化を増加させることによりMUC1*活性を増大させる機能を有するものが単独で体細胞において多能性を誘導できることを当業者が認識することができるためには、発明の詳細な説明において実験的な確認がなされていることについての記載を要するが、上記(a)?(c)の事項はいずれも、MUC1*の二量体化を増加させることによりMUC1*活性を増大させる機能を有するものが単独で体細胞において多能性を誘導することについての実験的な確認には当たらない。
また、上記(d)の事項について、特許法第36条第6項第1号は、特許請求の範囲の記載が適合するものでなければならない要件として、「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること。」(サポート要件)を規定しており、そして、特許請求の範囲の記載が、同要件に適合するか否かは、特許請求の範囲と明細書の発明の詳細な説明とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、を検討して判断すべきものであるところ、上記特表2016-502399に記載される本願出願後に開示された実験データに基づかなければ当業者が把握することができない技術的事項は、本願の発明の詳細な説明に記載されたものではなく、また、当該技術的事項は本願出願時の技術常識にも当たらない。

よって、「本願発明の詳細な説明には、Oct4、Sox2、Klf4またはc-Mycの、量、発現若しくは活性における増加を起こす核酸でトランスフェクトされていない線維芽細胞等の出発細胞から、MUC1*活性を増大させる生物種又は化学種によって多能性幹細胞を誘導することが記載されている」という、請求人の上記主張は採用できない。

第5 むすび
以上のとおり、本願は、特許法第36条第6項第1号及び同条第4項第1項に規定する要件を満たしていないから、拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
別掲
 
審理終結日 2021-02-10 
結審通知日 2021-02-16 
審決日 2021-03-03 
出願番号 特願2017-238442(P2017-238442)
審決分類 P 1 8・ 536- Z (C12N)
P 1 8・ 537- Z (C12N)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 千葉 直紀  
特許庁審判長 長井 啓子
特許庁審判官 一宮 里枝
森井 隆信
発明の名称 細胞において多能性を誘導する方法  
代理人 庄司 隆  
代理人 庄司 隆  

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