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審決分類 審判 査定不服 1項3号刊行物記載 取り消して特許、登録 H01B
審判 査定不服 2項進歩性 取り消して特許、登録 H01B
管理番号 1376474
審判番号 不服2020-11812  
総通号数 261 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2021-09-24 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2020-08-25 
確定日 2021-08-17 
事件の表示 特願2017-547844「絶縁電線、絶縁電線の製造方法、コイル、回転電機および電気・電子機器」拒絶査定不服審判事件〔平成29年 5月 4日国際公開、WO2017/073643、請求項の数(14)〕について、次のとおり審決する。 
結論 原査定を取り消す。 本願の発明は、特許すべきものとする。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、2016年10月27日(優先権主張2015年10月28日、日本国)を国際出願日とする出願であって、その手続の経緯は以下のとおりである。
平成29年12月 4日 :国内書面の提出
令和 2年 1月24日付け :拒絶理由通知書
令和 2年 4月 3日 :意見書、手続補正書の提出
令和 2年 5月18日付け :拒絶査定
令和 2年 8月25日 :審判請求書、手続補正書の提出
令和 3年 3月25日付け :当審拒絶理由通知書
令和 3年 5月24日 :意見書、手続補正書の提出

第2 原査定の概要
原査定(令和5月18日付け拒絶査定)の概要は次のとおりである。
本願請求項1?14に係る発明は、以下の引用文献A?Cに基づいて、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明できたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

引用文献等一覧
A.特開2014-022290号公報
B.国際公開第2015/098638号
C.特開2009-123418号公報

第3 当審拒絶理由の概要
当審拒絶理由の概要は次のとおりである。
本願請求項1、2、6、7、9、10、12?14に係る発明は、引用文献1に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができない。
本願請求項1?14に係る発明は、以下の引用文献1-3に基づいて、当業者が容易に発明できたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

引用文献等一覧
1.国際公開第2014/123123号(当審において新たに引用した文献)
2.国際公開第2015/098638号(拒絶査定時の引用文献B)
3.特開2009-123418号公報(拒絶査定時の引用文献C)

第4 本願発明
本願請求項1?14に係る発明(以下、それぞれ「本願発明1」?「本願発明14」という。)は、令和3年5月24日の手続補正で補正された特許請求の範囲の請求項1?14に記載された事項により特定される発明であり、本願発明1?14は以下のとおりの発明である。

「【請求項1】
導体の外周に、熱硬化性樹脂層を含む、少なくとも1層の電線皮膜を有する絶縁電線であって、
前記熱硬化性樹脂層が、熱硬化性樹脂ワニスを塗布・焼付けて形成された積層構造の熱硬化樹脂層であり、該積層構造において、導体に接する最も内側の層が、イミド結合を有する熱硬化性樹脂を含み、かつ平均厚さが6μm以上10μm以下の層であり、
前記の導体に接する最も内側の層が、熱硬化性樹脂ワニスの1回の塗布・焼付けで形成される層であることを特徴とする絶縁電線(但し、前記の導体に接する最も内側の層が気泡層である形態を除く)。
【請求項2】
前記の導体と接する最も内側の層の平均厚さが7μm以上10μm以下の層であることを特徴とする請求項1に記載の絶縁電線。
【請求項3】
前記熱硬化性樹脂層全体の厚さに対する、前記導体と接する最も内側の層の平均厚さの割合が、5?10%であることを特徴とする請求項1又は2に記載の絶縁電線。
【請求項4】
長手方向と直交する前記導体の断面形状が矩形の平角導体であり、該導体の断面形状の矩形を構成する4つの辺上の前記導体と接する最も内側の層の厚さにおいて、該導体のコーナー部を除く、少なくとも1つの辺の両端部上の厚さが、該辺の中央部上の厚さより厚いことを特徴とする請求項1?3のいずれか1項に記載の絶縁電線。
【請求項5】
長手方向と直交する前記導体の断面形状が矩形の平角導体であり、該導体の断面形状の矩形を構成する4つのコーナーの少なくとも1つのコーナー部上の前記導体と接する最も内側の層の厚さが、辺部上の平均厚さより薄いことを特徴とする請求項1?4のいずれか1項に記載の絶縁電線。
【請求項6】
前記熱硬化性樹脂層の積層構造において、前記導体と接する最も内側の層の外周に、5μm以下の厚さの層が少なくとも2層積層した層を有することを特徴とする請求項1?5のいずれか1項に記載の絶縁電線。
【請求項7】
前記熱硬化性樹脂層の全体の厚さが、30?130μmであることを特徴とする請求項1?6のいずれか1項に記載の絶縁電線。
【請求項8】
前記熱硬化性樹脂層上に、厚さが30?130μmの熱可塑性樹脂層を少なくとも1層有することを特徴とする請求項1?7のいずれか1項に記載の絶縁電線。
【請求項9】
導体の外周に、熱硬化性樹脂層を含む、少なくとも1層の電線皮膜を有する絶縁電線の製造方法であって、
前記導体の外周に、同一もしくは異なる熱硬化性樹脂ワニスを塗布して焼付ける操作を2回以上繰り返す塗布・焼付け工程において、該熱硬化性樹脂ワニスを塗布して焼付ける最初の操作で、イミド結合を有する熱硬化性樹脂ワニスを使用して平均厚さが6μm以上10μm以下の層を形成した後、該熱硬化性樹脂と同一もしくは異なる熱硬化性樹脂のワニスを塗布して焼付ける操作を行い、2層以上の積層構造の熱硬化性樹脂層を形成すことを特徴とする絶縁電線の製造方法(但し、前記の熱硬化性樹脂ワニスを塗布して焼付ける最初の操作で気泡層を形成する形態を除く)。
【請求項10】
前記の熱硬化性樹脂ワニスを塗布して焼付ける最初の操作で、イミド結合を有する熱硬化性樹脂ワニスを使用して平均厚さが7μm以上10μm以下の層を形成することを特徴とする請求項9に記載の絶縁電線の製造方法。
【請求項11】
前記積層構造の熱硬化性樹脂層上に、さらに熱可塑性樹脂を含む組成物を、押出成形して、熱可塑性樹脂層を形成することを特徴とする請求項9又は10に記載の絶縁電線の製造方法。
【請求項12】
請求項1?8のいずれか1項に記載の絶縁電線、または、請求項9?11のいずれか1項に記載の製造方法で製造された絶縁電線のうちの1つの絶縁電線からなるコイル。
【請求項13】
請求項12に記載のコイルを用いてなる回転電機。
【請求項14】
請求項12に記載のコイルを用いてなる電気・電子機器。」

第5 引用文献、引用発明等
1.引用文献1について
(1)令和3年3月25日付けの当審拒絶理由通知に引用された引用文献1には、図面とともに次の事項が記載されている。(下線は当審で付加した。以下同じ。)
「[請求項1]
気泡を含む発泡領域と、該発泡領域の少なくとも一方の表面に気泡を含まない無発泡領域を有し、平板状又は筒状に成形されたエナメル樹脂絶縁積層体であって、
前記発泡領域は、気泡を含まない無気泡層が、該無気泡層の両表面側に独立気泡からなる気泡層を有して構成され、
前記無気泡層の厚さが、前記独立気泡間の隔壁の厚さより大きく、かつ前記発泡領域の厚さの5?60%であり、
前記発泡領域の少なくとも前記気泡層が、熱硬化性樹脂で形成されているエナメル樹脂絶縁積層体。」

「[請求項10]
導体と、該導体又は該導体上に形成された被覆の外周に絶縁被覆としての請求項1?9のいずれか1項に記載のエナメル樹脂絶縁積層体とを有する耐インバータサージ絶縁ワイヤ。」

「[技術分野]
[0001]
本発明は、エナメル樹脂絶縁積層体並びにそれを用いた絶縁ワイヤ及び電気・電子機器に関するものである。
[背景技術]
[0002]
近年の電気・電子機器、具体的には、高周波プリント基板や、インバータ関連機器、例えば高速スイッチング素子、インバータモーター、変圧器等の電気機器コイル等では、各種性能、例えば、耐熱性、機械的特性、化学的特性、電気的特性、信頼性等を従来のものより一段と向上させることが要求されるようになってきている。このような電気・電子機器にはマグネットワイヤとして主にエナメル線である絶縁ワイヤが用いられている。絶縁ワイヤに用いる高分子絶縁材料には、高い絶縁性と共に、低誘電率と高耐熱性が求められる。
特に、宇宙用電気・電子機器、航空機用電気・電子機器、原子力用電気・電子機器、エネルギー用電気・電子機器、自動車用電気・電子機器用のマグネットワイヤとして用いられるエナメル線等の絶縁ワイヤには、絶縁性に関する要求特性として高い部分放電開始電圧に加えて高温下における優れた絶縁性能と、耐熱性に関する要求特性の1つとして高温下における優れた耐熱老化特性とが要求されている。」

「[0008]
また、エナメル層を厚くするためには、製造工程において焼き付け炉を通す回数が多くなり、導体である銅表面の酸化銅からなる被膜の厚さが成長し、それに起因して導体とエナメル層との接着力が低下する。例えば、厚さ100μmのエナメル層を得る場合、焼き付け炉を通す回数は20回を超える。このような回数で焼き付け炉を通すと、導体とエナメル層との接着力が極端に低下することがわかってきた。
一方、焼き付け炉を通す回数を増やさないために1回の焼き付けで塗布できる厚さを厚くする方法もあるが、この方法では、ワニスの溶媒が蒸発しきれずにエナメル層の中に気泡として残るという欠点があった。」

「[0013]
本発明者等は、上記の課題を解決するため鋭意検討した結果、絶縁層として気泡を含ませたエナメル樹脂絶縁積層体を設けた絶縁ワイヤにおいて、エナメル樹脂絶縁積層体を、熱硬化性樹脂で形成された気泡層を有する発泡領域の少なくとも一表面に無発泡領域を積層すると共に、発泡領域に含まれる無気泡層の厚さを特定の範囲に設定することによって、エナメル樹脂絶縁積層体を低誘電率化して部分放電開始電圧、絶縁破壊電圧及び耐熱老化性のいずれをも改善できることを見出した。本発明は、この知見に基づきなされたものである。」

「[0024]
図2(a)に断面図を示した本発明のエナメル樹脂絶縁積層体のまた別の実施態様であるエナメル樹脂絶縁積層体3Cは、断面形状が円形の筒状に成形されており、発泡領域1と、発泡領域1の外表面(外周面ともいう)に同軸に積層された無発泡領域2とを有してなる。
図2(b)に断面図を示した本発明のエナメル樹脂絶縁積層体のさらにまた別の実施態様であるエナメル樹脂絶縁積層体3Eは、発泡領域1の内表面にも無発泡領域2を有し、発泡領域1の外表面に積層された無発泡領域2の外周面に表層8を有していること以外は図2(a)に示されるエナメル樹脂絶縁積層体3Cと同様である。
図2(c)に断面図を示した本発明のエナメル樹脂絶縁積層体のまた別の実施態様であるエナメル樹脂絶縁積層体3Dは、断面形状が矩形の筒状に成形されていること以外は図2(a)に示されるエナメル樹脂絶縁積層体3Cと同様である。なお、エナメル樹脂絶縁積層体の「角」は面取りを設けてある。
図2(d)に断面図を示した本発明のエナメル樹脂絶縁積層体のまた別の実施態様であるエナメル樹脂絶縁積層体3Fは、発泡領域1の内表面にも無発泡領域2を有し、発泡領域1の外表面に積層された無発泡領域2の外周面に表層8を有していること以外は図2(c)に示されるエナメル樹脂絶縁積層体3Dと同様である。」

「[0027]
本発明において、図3に示されるように、発泡領域1は、平板状又は筒状の両表面側に、気泡を含まない無気泡層7が、該無気泡層7の両表面側に独立気泡からなる気泡層6を有して構成されている。発泡領域1は、その両表面側に位置する2つの最も外方の気泡層からなる領域である。気泡層6と、この気泡層6に挟まれた無気泡層7とを有することもある。
本発明において、発泡領域1は、発泡領域1の両表面側に独立気泡4を有する気泡層6を有し、この気泡層6に挟まれた無気泡層7を有している。このように、発泡領域1は、2つの気泡層6と1つの無気泡層7とが積層された3層構造を有していれば、それ以外の構成は特に限定されない。例えば、気泡層6は、発泡領域1の両表面側に配置される2つの気泡層(表面側気泡層ともいう)6に加えて、これらの間に配置される少なくとも1層の気泡層(内部気泡層ともいう)を有していてもよい。また、無気泡層7は、積層方向に隣接する2つの気泡層6の間に介装されるものであれば、複数有していてもよい。すなわち、本発明の発泡領域は、2つの表面気泡層の間に無気泡層が配置された3層構造であってもよく、また、2つの表面気泡層の間に、無気泡層と内部気泡層とが交互に積層されたn層構造(nは、奇数を表し、好ましくは5?21である。)であってもよい。例えば、図3(a)及び図3(b)には、5層構造の発泡領域が示されている。
なお、発明において、無気泡層に着目すると、発泡領域1は、気泡を含まない無気泡層が該無気泡層の両表面側に気泡層を有して構成されているということもできる。」

「[0039]
このような構成を有する発泡領域1は、少なくとも気泡層6、好ましくは気泡層6及び無気泡層7が熱硬化性樹脂で形成される。熱硬化性樹脂で形成されると、機械的強度が優れるから気泡がつぶれ難いという効果が得られる。この熱硬化性樹脂はガラス転移点が150℃以上であるのが好ましい。熱硬化性樹脂はガラス転移点が150℃以上であると、耐熱性が高く、高温下で発泡領域1が軟化しにくく、気泡が潰れずに比誘電率が上昇しにくくなる。熱硬化性樹脂のガラス転移点は、比誘電率の点で、200℃以上が好ましく、230℃以上がより好ましく、250℃以上が特に好ましい。なお、熱硬化性樹脂が複数のガラス転移点を有する場合は最も低温のものをガラス転移点とする。
熱硬化性樹脂としては、特に限定されず、例えば、ポリアミドイミド又はポリイミドが好適に挙げられる。比誘電率及び耐熱性の点で、ポリイミドが特に好ましい。市販の熱硬化性樹脂として、例えば、ポリアミドイミド樹脂(PAI)ワニス(日立化成製、商品名:HI-406)、ポリイミド樹脂(PI)ワニス(ユニチカ製、商品名:Uイミド)等が使用できる。熱硬化性樹脂は、これらを1種独で使用してもよく、また2種以上を併用してもよい。」

「[0074]
以下、本発明の絶縁ワイヤについて、図面を参照して説明する。本発明の絶縁ワイヤの好適な実施態様の例が図4に示されているが、本発明の絶縁ワイヤはこれらの実施態様に限定されない。
具体的には、図4(a)に断面図を示した本発明の絶縁ワイヤの一実施態様である絶縁ワイヤは、軸線に垂直な断面形状が円形の導体9と絶縁被膜としてエナメル樹脂絶縁積層体3Cとを有してなる。
図4(b)に断面図を示した本発明の絶縁ワイヤの別の実施態様である絶縁ワイヤは、表面層8を有していること以外は図4(a)に示される絶縁ワイヤと同様である。
図4(c)に断面図を示した本発明の絶縁ワイヤのまた別の実施態様である絶縁ワイヤは、軸線に垂直な断面形状が矩形の導体9と絶縁被膜としてエナメル樹脂絶縁積層体3Dとを有してなる。
図4(d)に断面図を示した本発明の絶縁ワイヤのさらにまた別の実施態様である絶縁ワイヤは、表面層8をを有していること以外は図4(c)に示される絶縁ワイヤと同様である。
以上の各図において同符号は同じものを意味し、説明を繰り返さない。」

「[0080]
(実施例1)
実施例1では、2層の気泡層6と1層の無気泡層7とを有する図3(d)に示される発泡領域1と無発泡領域2とからなるエナメル樹脂絶縁積層体を有する図4(a)に示される絶縁ワイヤを製造した。
具体的には、気泡形成用PAIワニス(A)を直径1mmの銅線(導体)9の外周に塗布し、炉温520℃、20秒で1回焼付けを行い、導体上に気泡層6を形成した。形成された気泡層6の外周にPAIワニス(HI-406(商品名)、日立化成社製、樹脂成分33質量%溶液)を塗布し、20秒で2回焼付けをして無気泡層7を形成し、無気泡層7の外周に気泡形成用PAIワニス(A)を塗布し、20秒で1回焼付けて、発泡領域1を形成した。さらに、発泡領域1の外周にPAIワニス(E)を塗布し、20秒で1回焼付けをして外周の無発泡領域2を形成して、銅線9の外周面にエナメル樹脂成形体物を形成し、実施例1の絶縁ワイヤを得た。」

「[0082]
(実施例3)
気泡形成用PAIワニス(A)の焼付け回数を3回、及び、PAIワニス(E)の焼付け回数を2回実施して図3(b)に示される発泡領域1と無発泡領域2とからなるエナメル樹脂絶縁積層体を形成したこと以外は実施例1と同様にして図4(a)に示される絶縁ワイヤを製造した。
[0083]
(実施例4)
気泡形成用PAIワニス(A)を炉温530℃、20秒で1回焼き付けた後、その外周にPAIワニス(E)を20秒で4回焼き付けて1層の無気泡層7を形成した。これを3回繰り返すことによって3層の気泡層を有するエナメル樹脂絶縁積層体を形成したこと以外は実施例1と同様にして図4(a)に示される絶縁ワイヤを製造した。」

「[0099]
[表2]



表2から、実施例1において、発泡領域に気泡層6は2層形成され、合計厚みは20μmであり、それぞれの厚さは10μmであることがわかる。

「[図2]



「[図3]



「[図4]



(2)上記記載から、引用文献1には、実施例1として、次の発明(以下「引用発明」という。)が記載されていると認められる。
「銅線(導体)9と、該銅線(導体)9の外周に絶縁被覆として気泡を含む発泡領域1と、該発泡領域1の少なくとも一方の表面に気泡を含まない無発泡領域2を有し、平板状又は筒状に成形されたエナメル樹脂絶縁積層体、
とを有する耐インバータサージ絶縁ワイヤであって、
発泡領域1は、発泡領域1の両表面側に独立気泡4を有する気泡層6を有し、この気泡層6に挟まれた無気泡層7を有しており、
発泡領域1は、少なくとも気泡層6、好ましくは気泡層6及び無気泡層7が熱硬化性樹脂で形成され、
熱硬化性樹脂としては、特に限定されず、例えば、ポリアミドイミド又はポリイミドが好適に挙げられ、
気泡形成用PAIワニス(A)を直径1mmの銅線(導体)9の外周に塗布し、炉温520℃、20秒で1回焼付けを行い、銅線(導体)9上に気泡層6を形成し、
形成された気泡層6の外周にPAIワニス(HI-406(商品名)、日立化成社製、樹脂成分33質量%溶液)を塗布し、20秒で2回焼付けをして無気泡層7を形成し、無気泡層7の外周に気泡形成用PAIワニス(A)を塗布し、20秒で1回焼付けて、発泡領域1を形成し、
さらに、発泡領域1の外周にPAIワニス(E)を塗布し、20秒で1回焼付けをして外周の無発泡領域2を形成して、銅線(導体)9の外周面にエナメル樹脂成形体物を形成し、
発泡領域1に気泡層6は2層形成され、合計厚みは20μmであり、それぞれの厚さは10μmである、
耐インバータサージ絶縁ワイヤ。」

(3)上記記載から、引用文献1(【0008】)には、「焼き付け炉を通す回数を増やさないために1回の焼き付けで塗布できる厚さを厚くする方法もあるが、この方法では、ワニスの溶媒が蒸発しきれずにエナメル層の中に気泡として残るという欠点があった」、という技術的事項が記載されていると認められる。
また、上記記載から、引用文献1(【0013】)には、「発泡領域に含まれる無気泡層の厚さを特定の範囲に設定することによって、エナメル樹脂絶縁積層体を低誘電率化して部分放電開始電圧、絶縁破壊電圧及び耐熱老化性のいずれをも改善できることを見出した」、という技術的事項が記載されていると認められる。

2.引用文献2について
(1)令和3年3月25日付けの当審拒絶理由通知に引用された引用文献2には、図面とともに次の事項が記載されている。

「技術分野
[0001]
本発明は、絶縁ワイヤ、コイルおよび電気・電子機器ならびに皮膜剥離防止絶縁ワイヤの製造方法に関する。
背景技術
[0002]
インバータは、効率的な可変速制御装置として、多くの電気機器に取り付けられるようになってきている。しかし、数kHz?数十kHzでスイッチングが行われ、それらのパルス毎にサージ電圧が発生する。このようなインバータサージは、伝搬系内におけるインピーダンスの不連続点、例えば接続する配線の始端または終端等において反射が発生し、その結果、最大でインバータ出力電圧の2倍の電圧が印加される現象である。特に、IGBT(InsulatedGateBipolarTransistor)等の高速スイッチング素子により発生する出力パルスは、電圧峻度が高く、それにより接続ケーブルが短くてもサージ電圧が高く、さらにその接続ケーブルによる電圧減衰も小さく、その結果、インバータ出力電圧の2倍近い電圧が発生する。
[0003]
インバータ関連機器、例えば高速スイッチング素子、インバータモーター、変圧器等の電気機器コイルには、マグネットワイヤとして主にエナメル線である絶縁電線が用いられている。従って、前述したように、インバータ関連機器では、インバータ出力電圧の2倍近い電圧がかかる。そこでインバータサージに起因する部分放電劣化を最小限にすることが、絶縁電線(絶縁ワイヤ)に要求されるようになってきている。
[0004]
一般に、部分放電劣化は電気絶縁材料がその部分放電で発生した荷電粒子の衝突による分子鎖切断劣化、スパッタリング劣化、局部温度上昇による熱溶融あるいは熱分解劣化、放電で発生したオゾンによる化学的劣化等が複雑に起こる現象である。これによって、実際の部分放電で劣化した電気絶縁材料では厚さが減少したりする。
[0005]
絶縁ワイヤのインバータサージ劣化も一般の部分放電劣化と同様なメカニズムで進行するものと考えられている。すなわち、インバータで発生した波高値の高いサージ電圧により、絶縁ワイヤに部分放電が起こり、その部分放電により絶縁ワイヤの塗膜が部分放電劣化を引き起こす、つまり高周波部分放電劣化を引き起こす。
[0006]
このような部分放電による絶縁電線の劣化を防ぐため、部分放電の発生電圧が高い絶縁電線の検討が行われている。この絶縁電線を得るためには、絶縁電線の絶縁層の厚さを厚くする方法が考えられる。
[0007]
また、エナメル線の外側に被覆樹脂層を設けることで、部分放電の発生電圧を高める以外に、新たに設けられた被覆樹脂層によって付加価値の高い特性を追及する試みが行われている。エナメル焼付け層上に押出被覆樹脂層を設けることは、例えば、特許文献1、2等で提案されている。
一方、モーターのような回転電機において、絶縁ワイヤを巻線加工したコイルを収納する際、収納されるスロットの体積空間に対するコイルの導体の占める割合(占有率)の向上のために、樹脂ワニスの流動性と表面張力を考慮して、矩形の導体上に各辺が外側に湾曲した形状の熱可塑性被覆樹脂を最外層として設けることが、特許文献3で提案されている。
先行技術文献
特許文献
[0008]
特許文献1:特開昭59-040409号公報
特許文献2:特開昭63-195913号公報
特許文献3:特開2012-90441号公報
発明の概要
発明が解決しようとする課題
[0009]
しかし、これらに記載の従来の技術では、部分放電発生電圧の向上と、導体とエナメル焼付け層の密着性との両立が困難であった。これに加えて、特に絶縁ワイヤからコイルへの加工時には高速でワイヤ同士が何度も擦れあうことがあり、磨耗性、密着性の低い絶縁ワイヤでは、この加工時に導体上の皮膜が剥離することがあるという問題があった。
本発明は、コイルへの加工時の皮膜剥離を防止でき加工適正に優れ、しかも部分放電発生電圧を上げ得る適切な厚さの絶縁層の皮膜を、絶縁ワイヤの導体とエナメル焼付け層との接着強度を低下させることなく実現した耐インバータサージの絶縁ワイヤを提供することを目的とする。
さらに、本発明は、絶縁ワイヤの導体からの押出被覆樹脂層の剥離の発生を防止する皮膜剥離防止絶縁ワイヤの製造方法、前記絶縁ワイヤを用いたコイルおよび該コイルを用いた電気・電子機器を提供することを目的とする。」

「[0015]
<<絶縁ワイヤ>>
本発明の絶縁ワイヤは、断面における4つのコーナーが、後述の曲率半径rを有する平角の導体上に、直接または絶縁層(D)を介して熱硬化性樹脂層(A)(エナメル焼付け層とも称す)を有し、該熱硬化性樹脂層(A)の外周に、少なくとも熱可塑性樹脂層(B)(押出被覆樹脂層とも称す)を有する積層樹脂被覆絶縁電線からなる。
本発明では、図1?5に示すように、積層樹脂被覆の断面形状において、熱硬化性樹脂層(A)の導体を取り囲む厚みが、図6に示すように、従来のような均一な厚みでなく、長辺や短辺に厚みの厚い凸部を設け、しかも凸部の最大厚みを特定の範囲とするものである。
[0016]
なお、図1?9は、導体1上に、熱硬化性樹脂層2(A)(エナメル焼付け層)を設け、その外周に熱可塑性樹脂層3(B)(押出被覆樹脂層)を設けた2層の積層樹脂被覆層として、模式的に示しているが、導体と熱硬化性樹脂層2(A)の間に、絶縁層(D)を設けてもよく、また、熱硬化性樹脂層2(A)と熱可塑性樹脂層3(B)との間に、中間層、例えば、接着層としての非結晶性樹脂からなる絶縁層(C)(以下、「非結晶性樹脂層(C)」とも称す。)を設けてもよい。
なお、絶縁層(D)および中間層を有する場合、図1?5において、これらの層は省略されているものとする。
また、図6?9においても同様である。 また、これらの各層は、1層であっても2層以上の複数層からなっていてもよい。
以下、導体から順に説明する。」

「[0019]
<熱硬化性樹脂層(A)>
本発明では、エナメル焼付け層として、熱硬化性の樹脂からなる熱硬化性樹脂層(A)を少なくとも1層有する。 なお、本発明において、1層とは、層を構成する樹脂および含有する添加物が全く同じ層を積層した場合は同一層とするものであり、同一樹脂で構成されていても添加物の種類や配合量が異なる等、層を構成する組成物が異なる場合を層の数としてカウントする。これは、エナメル焼付け層以外の他の層においても同様である。」

「[0024]
熱硬化性樹脂ワニスの熱硬化性樹脂は、通常のエナメル線に用いられている材料を使用することができ、例えば、ポリアミドイミド(PAI)、ポリイミド(PI)、ポリエステルイミド、ポリエーテルイミド、ポリイミドヒダントイン変性ポリエステル、ポリアミド、ホルマール、ポリウレタン、熱硬化性ポリエステル(PEst)、H種ポリエステル(HPE)、ポリビニルホルマール、エポキシ樹脂、ポリヒダントインが挙げられる。
好ましくは耐熱性において優れる、ポリイミド(PI)、ポリアミドイミド(PAI)、ポリエステルイミド、ポリエーテルイミド、ポリイミドヒダントイン変性ポリエステル等のポリイミド系樹脂である。紫外線硬化樹脂などを用いてもよい。
また、これらの熱硬化性樹脂は、1種のみを単独で使用してもよく、また、2種以上を混合して使用してもよい。また、複数層の熱硬化性樹脂層(A)からなる積層エナメル焼付け層の場合、各層で互いに異なった熱硬化性樹脂を用いても、異なった混合比率の熱硬化性樹脂を使用してもよい。」

「[0029]
焼き付け炉を通す回数を減らし、導体とエナメル焼付け層との接着力が極端に低下すること防ぐため、エナメル焼付け層の厚さは、60μm以下が好ましく、50μm以下がさらに好ましい。また、絶縁ワイヤとしてのエナメル線に必要な特性である、耐電圧特性や、耐熱特性を損なわないためには、エナメル焼付け層がある程度の厚さである方が好ましい。エナメル焼付け層の下限の厚さはピンホールが生じない程度の厚さであれば特に制限するものではなく、好ましくは3μm以上、更に好ましくは6μm以上である。なお、ここでの厚さは、凸部を設けない場合の厚さであり、平均厚みであっても構わない。
エナメル焼付け層は1層であっても複数層であってもよい。」

「[0070]
実施例1
導体には断面平角(長辺3.2mm×短辺2.4mmで、四隅の面取りの曲率半径r=0.3mm)の平角導体(酸素含有量15ppmの銅)を用いた。
熱硬化性樹脂層(A)〔エナメル焼付け層〕の形成に際しては、導体上に形成される熱硬化性樹脂層(A)の形状と相似形のダイスを使用して、ポリイミド樹脂(PI)ワニス(ユニチカ社製、商品名:Uイミド)を導体へコーティングし、450℃に設定した炉長8mの焼付炉内を、焼き付け時間15秒となる速度で通過させ、これを数回繰り返すことで、熱硬化性樹脂層(A)を形成し、エナメル線を得た。
形成された熱硬化性樹脂層(A)は、図1に示すように、4辺がいずれも、辺の中央に1つの極大凸部を有し、いずれの辺においても、極大凸部の最大膜厚は50μm、最小膜厚は35μmで、いずれの辺においても最小膜厚/極大凸部の最大膜厚の比は0.70であった。」

「[0074]
実施例3
実施例1において、熱硬化性樹脂層(A)の樹脂ワニスを、ポリアミドイミド樹脂(PAI)ワニス(日立化成(株)製、商品名:HI406)置き換え、実施例1と同様にして、図5に示す形状の熱硬化性樹脂層(A)を形成し、エナメル線を得た。
形成された熱硬化性樹脂層(A)は、図5に示すように、4辺がいずれも、辺の両端付近に2つの凸部を有し、いずれの辺においても、2つの凸部の最大膜厚の平均は42μm、最小膜厚は30μmで、いずれの辺においても最小膜厚/(凸部の最大膜厚の平均)の比は約0.71であった。」

「[0077]
実施例4および5
実施例3において、熱硬化性樹脂層(A)の樹脂ワニスは、実施例1と同じPIを使用し、実施例3と同様にして、図5に示す形状で、下記表1に示す厚みの熱硬化性樹脂層(A)を形成し、エナメル線を得た。」

「[図5]



(2)上記記載から、引用文献2には、「導体上に、熱硬化性樹脂層(エナメル焼付け層)と、当該熱硬化性樹脂層の外周に熱可塑性樹脂層(押出被覆樹脂層)を有する積層樹脂被覆絶縁電線において、熱硬化性樹脂層(エナメル焼付け層)の形成に際しては、ポリイミド樹脂(PI)ワニスの導体への焼き付けを数回繰り返し、熱硬化性樹脂層(エナメル焼付け層)の下限の厚さについては好ましくは3μm以上、上限の厚さについては60μm以下が好ましい」、という技術的事項が記載されていると認められる。

3.引用文献3について
(1)令和3年3月25日付けの当審拒絶理由通知に引用された引用文献3には、図面とともに次の事項が記載されている。

「【請求項1】
断面形状が矩形の導体と、該導体の外周に被覆された外周面形状が矩形の絶縁皮膜とからなる平角電線において、
前記絶縁皮膜は、コーナー部の厚みが平坦部の厚み以上に大きくされていると共に、前記コーナー部の誘電率が前記平坦部の誘電率よりも小さくされていることを特徴とする平角電線。」

「【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば電気車両やハイブリッド車両において採用されるモータコイルの作製に用いられる平角電線に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、モータコイルは、所定の断面形状を有する線状の導体とこの導体の表面を覆う絶縁皮膜とからなる絶縁電線を、必要回数だけ同心状や1層以上の螺旋状に巻回することによって構成されている。このような絶縁電線の一種として、例えば特許文献1に開示された真四角絶縁電線が知られている。この真四角絶縁電線は、断面形状が略正方形である導体と、該導体の外周に電着塗装法によって形成された第一絶縁層と、該第一絶縁層の外周にディッピング法によって形成された第二絶縁層とを有するものである。
【0003】
この真四角絶縁電線は、第一絶縁層の表面に相対的に生じた凹凸がディッピングの膜形成特性に従って形成された第二絶縁層によって平坦化されることにより、コーナー部での絶縁層の厚みが薄くならず、導体占積率を低下させたり、導体占積率を確保するためには平坦部の耐電圧特性を極端に低くする必要がある。
【0004】
ところで、車両に装備されるモータにおいては、インバータのスイッチングが行われた際に瞬間的に高い電圧が掛かると、図5に示すように、モータコイルを構成する電線の隣接した絶縁皮膜2、2間のギャップ部11に電位差が発生し、そのギャップ部11においてある条件を満たすと部分放電が発生する。図6の曲線13は、一例として、絶縁皮膜2のコーナー部及び平坦部の厚みを110μm、絶縁皮膜2のコーナー部及び平坦部の比誘電率を3.5として、モータコイルにある電圧を印加した際のギャップ部11における絶縁皮膜2、2間のギャップ距離と電位差との関係を計算した結果を示すものである。
【0005】
部分放電は、絶縁皮膜2、2間のギャップ距離と電位差との関係(曲線13)がパッシェン曲線(放電の起こる電圧に関するパッシェンの法則に基づいて算出されたギャップ距離と電位差の関係を示す曲線)12よりも高電圧にあるときに発生することが知られており、この曲線13がパッシェン曲線12と接するときの印加電圧が部分放電開始電圧(以下、「PDIV」という。)となる。そのため、PDIV以上の電圧をモータコイルに印加すると、部分放電の発生により絶縁皮膜2が侵食され、やがては絶縁破壊に至るため、絶縁を確保するためには部分放電の発生を無くす(絶縁皮膜間のギャップ距離と電位差との関係(曲線13)がパッシェン曲線12と交わらない)ことが重要である。このように平角電線の平坦部においてはPDIV以上となる最適な皮膜厚を確保しなければならない。
【0006】
また、平角電線を用いて作製したコイルにおいては、隣接した平角電線間のコーナー部に導電異物が付着したときに導体1、5間に高電圧が加わると、導体異物3自体の電位が接触している平角電線側の導体5の電位に近くなるため、導体異物3と他方の導体1との間に通常時(導体異物3が付着していないとき)に対してより高い電圧が加わることになる。そのため、絶縁皮膜2の絶縁性能に影響を与えるPDIVが低下し、部分放電が発生し易くなる。よって、平角電線のコーナー部においても絶縁性能の向上が求められる。
【特許文献1】特開2006-252942号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、上記実状に鑑みてなされたものであり、平角電線におけるコーナー部の絶縁性能を向上させ得るようにすることを解決すべき課題とするものである。」

「【0013】
本発明における絶縁皮膜は、導体の絶縁性を確保できるものであれば特に限定されることはなく、従来より公知の材料や製造方法を採用して形成することができる。絶縁被膜としては、例えば、エナメル等を塗装する方法や熱可塑性を押し出し成形する方法が挙げられる。この絶縁被膜は、単層構造に形成されていても、二層以上の複層構造に形成されていてもよい。絶縁皮膜が複層構造の場合には、コーナー部及び平坦部の厚みは、全部の層の厚みを総合した厚みである。一方、コーナー部及び平坦部の誘電率は、絶縁被膜の各層を形成する材料の誘電率に依存するため、その部位での各層の厚みとの関係を考慮して適宜設定することができる。」

「【0023】
第一乃至第三の発明に係る平角電線は、絶縁被膜のコーナー部の絶縁性能を大幅に高めることができるため、コーナー部の絶縁性能を向上することができる。そのため、本発明の平角電線を巻回して作製したコイルにおいては、隣接した平角電線間のコーナー部に導電異物が付着した際に、良好な絶縁性能を発揮してPDIVの低下を抑制することができ、部分放電による絶縁皮膜の破壊を効果的に回避することができる。また、平坦部の厚みに対するコーナー部の厚みの比率を大きくすることにより、PDIVを通常時(導体異物が付着していない時)と同等にすることができるので、コーナー部の絶縁性能を通常時の絶縁性能と同等レベル以上にすることができる。」

「【0025】
〔実施形態1〕
図1は実施形態1に係る平角電線の断面図である。本実施形態の平角電線は、図1に示すように、断面形状が矩形の銅線よりなる導体1と、導体1の外周に被覆された第1絶縁層2aと該第1絶縁層2aの外周に被覆された第2絶縁層2bとからなる絶縁皮膜2とにより構成されている。導体1の4箇所の各コーナー部は、所定の曲率半径(R1)で形成された曲面とされている。
【0026】
絶縁被膜2の第1絶縁層2aは、絶縁材料としてのエナメル(比誘電率ε:3.5)を塗装することにより形成されている。第1絶縁層2aの4箇所の各コーナー部の外周面は、導体1の各コーナー部の角R1よりも大きい曲率半径(R2)で形成された曲面とされている。これにより、第1絶縁層2aの各コーナー部の厚みt1が4箇所の各平坦部の厚みt3よりも小さくなるようにされている(t1<t3)。
【0027】
第2絶縁層2bは、絶縁材料としてエナメルよりも比誘電率が低い熱可塑性樹脂を押し出し成形することにより形成されている。第2絶縁層2bの4箇所の各コーナー部の外周面(絶縁皮膜2の各コーナー部外周面に相当する)は、導体1の各コーナー部の角R1よりも小さい曲率半径(R3)で形成された曲面とされている。これにより、第2絶縁層2bの各コーナー部の厚みt2が4箇所の各平坦部の厚みt4よりも大きくなるようにされている(t2>t4)。
【0028】
即ち、本実施形態の平角電線においては、二層構造にされている絶縁皮膜2のコーナー部全体の厚みT1(t1+t2)が、絶縁皮膜2の平坦部全体の厚みT2(t3+t4)以上に大きくなるようにされている(T1≧T2(t1+t2≧t3+t4))。具体的には、コーナー部全体の厚みT1(t1+t2)は、絶縁皮膜2の平坦部全体の厚みT2(t3+t4)の約2倍の大きさにされている。また、t2/t1>t4/t3となる条件も満たしている。そして、絶縁皮膜2のコーナー部全体の誘電率ε1は、絶縁皮膜2の平坦部全体の誘電率ε2よりも小さくなるようにされている。
【0029】
以上のように構成された本実施形態の平角電線は、電気車両等において採用されるモータコイルの作製に好適に用いられる。本実施形態の平角電線により作製されたコイルにおいては、図2に示すように、或る二つの平角電線の平坦部どうし及びコーナー部どうしが近接して対向した状態に配置されている。このコイルにおいて、一方の導体5側のコーナー部に導体異物3が付着したときに導体1、5間に高電圧が加わると、導体異物3自体の電位が接触している平角電線側の導体5の電位に近くなるため、導体異物3と他方の導体1との間に通常時(導体異物3が付着していないとき)に対してより高い電圧が加わることになる。
【0030】
図3の曲線14は、絶縁皮膜2のコーナー部の厚みと平坦部の厚みが略同じ場合において、導体異物3と他方の導体1の絶縁皮膜2との間のギャップ距離と電位差との関係を計算した結果を示すものである。図3に示されるように、このときの曲線14はパッシェン曲線12と大きく交わるため、PDIVに換算するとPDIVは約34%低下する。
【0031】
これに対して、絶縁皮膜2の平坦部の厚みに対するコーナー部の厚みを1.4倍及び2.0倍に厚くしたときの絶縁皮膜2、2間のギャップ距離と電位差との関係を図3の曲線15及び曲線16に示す。図3に示すように、コーナー部の厚み比率を増加する程、ギャップ部11の電位差は低下し、2.0倍にしたときは曲線16がパッシェン曲線12と接し、PDIVを通常時(導体異物3が付着していない時)と同等にすることが可能となる。
【0032】
本実施形態の平角電線の場合には、絶縁皮膜2の平坦部の厚みT2に対するコーナー部の厚みT1が約2.0倍に大きくされ、且つ絶縁皮膜2のコーナー部全体の誘電率ε1が平坦部全体の誘電率ε2よりも小さくされていることから、絶縁皮膜2、2間のギャップ距離と電位差との関係を示す曲線は曲線16に相当している。よって、PDIVを通常時と同等にできることが解る。
【0033】
なお、絶縁被膜をエナメル層(比誘電率ε:3.5)だけの単層構造とした場合には、導体異物3が付着した時の絶縁皮膜間のギャップ距離と電位差との関係を示す曲線は、図3において曲線14よりも上方になる。
【0034】
以上のように、本実施形態の平角電線は、絶縁皮膜2のコーナー部の厚みT1が平坦部の厚みT2以上に大きくされていると共に、絶縁皮膜2のコーナー部全体の誘電率ε1が平坦部全体の誘電率ε2よりも小さくされていることにより、コーナー部の絶縁性能が大幅に高められている。そのため、隣接した平角電線間のコーナー部に導電異物3が付着した際に、良好な絶縁性能を発揮してPDIVの低下を抑制することができ、部分放電による絶縁皮膜2の破壊を効果的に回避することができる。」

「【図1】



(2)上記記載から、引用文献3には、断面形状が矩形の導体と、導体の外周に被覆された外周面形状が矩形の絶縁皮膜とからなる平角電線において、コーナー部の厚みが平坦部の厚み以上に大きくされていると共に、コーナー部の誘電率が平坦部の誘電率よりも小さくされていることにより、コーナー部の絶縁性能が大幅に高められる、という技術的事項が記載されていると認められる。

4.引用文献Aについて
(1)令和2年5月18日付けの拒絶査定に引用された引用文献Aには、図面とともに次の事項が記載されている。

「【請求項1】
導体上に、密着性向上剤を含む第1のポリアミドイミドからなる第1の層と、この第1の層上に設けられた、2、4’-ジフェニルメタンジイソシアネートとダイマー酸ジイソシアネートを合計10?70モル%含むイソシアネート成分と酸成分を反応させて得られる第2のポリアミドイミドからなる第2の層と、この第2の層上に設けられたポリイミドからなる第3の層とからなる絶縁皮膜を具備することを特徴とする絶縁電線。
【請求項2】
前記第1?第3の層の厚みの前記絶縁皮膜全体の厚みに対する比率が、前記第1の層が10?20%、前記第2の層が10?75%、前記第3の層が10?75%であることを特徴とする請求項1記載の絶縁電線。
【請求項5】
前記絶縁皮膜全体の厚みが60?200μmであることを特徴とする請求項1乃至4いずれか1項記載の絶縁電線。」

「【技術分野】
【0001】
本発明は、モータのコイル等の形成に使用される絶縁電線に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、電子機器、電気機器の小型化が進められ、それに伴いこれらの機器内に装着するコイルも、従来の断面円形状のエナメル線(丸形エナメル線)を用いたものから、断面矩形状のエナメル線(平角エナメル線)を用いたものが主流になりつつある。この平角エナメル線は断面矩形状の導体(平角導体)上に絶縁塗料を塗布焼き付けて絶縁皮膜を設けたものであり、平角エナメル線を用いることによって、コイルに巻き付けた際のエナメル線同士の隙間を小さくでき、(つまり、エナメル線の占積率を高めることができ)、コイルの小型化を図ることができる。そして、最近では、コイルのさらなる小型化を図るべく、エナメル線の細径化が進んでいる。
【0003】
ところで、このようなモータのコイルに使用されるエナメル線の絶縁皮膜には、従来、可とう性が良好で、耐熱性にも比較的優れるポリエステルイミド、ポリアミドイミド等の樹脂が広く用いられてきた。しかし、ポリエステルイミド、ポリアミドイミド等の樹脂は、耐熱性に優れるとは言え、これらの樹脂を絶縁皮膜材料として用いたエナメル線の耐熱温度は200℃程度であり、必ずしも十分ではなかった。しかも耐熱劣化性も低いため、コイル巻きのような過酷な加工ストレスを加えた後に加熱劣化させたり、あるいは加熱劣化させた後に加工ストレスを加えたりすると、絶縁皮膜に割れ、亀裂、導体からの剥離等が生ずることがあった。
【0004】
このような問題に対し、密着向上剤を添加した絶縁塗料(高密着性ポリエステルイミド、高密着性ポリアミドイミド等)を導体に密着させて塗布焼付けするとともに、その外周に芳香族ポリイミド皮膜を形成したものが提案されている(例えば、特許文献1参照。)。この絶縁電線は、絶縁皮膜の導体に対する密着性が向上するとともに、耐熱性、耐熱劣化性も改善される。
【0005】
しかし、この絶縁電線の絶縁皮膜は、芳香族ポリイミド皮膜を形成したことによって可とう性が低下し、コイル巻きの際に絶縁皮膜に割れや亀裂が入りやすくなるという問題があった。特に、上記したような細径化された平角エナメル線では、コイル巻きの際に受ける加工ストレスは一段と過酷であり、そのような加工に耐えることが困難であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2011-9015号公報」

「【0018】
図1は、本発明の絶縁電線の一実施形態に係る平角エナメル線を示す横断面図である。
【0019】
図1に示すように、この平角エナメル線は、伸線加工によって形成された断面矩形状の平角導体10と、この平角導体10上に順に形成された3層構造の絶縁皮膜20、すなわち、第1の層21、第2の層22、および第3の層23からなる皮膜を備えている。
【0020】
平角導体10は、例えば、幅(W)が2.0?7.0mm、厚さ(H)が0.7?3.0mmの矩形状断面を有する、銅線、銅合金線、アルミニウム線、アルミニウム合金線等の金属線から構成される。矩形状断面における4ヶ所の角部には丸みが付されていても付されていなくてもよいが、コイルに巻き付けた際の占積率を高める観点からは、丸みが付されていない(つまり、断面が矩形である)か、丸みが付されている場合であっても、その丸みの半径が0.4mm以下であることが好ましい。平角導体10の材料としては、銅、銅合金、アルミニウム、アルミニウム合金の他、鉄、銀、これらの合金等も挙げられるが、機械的強度、導電率等の観点からは、銅または銅合金が好ましい。
【0021】
第1の層21は、密着性向上剤を含むポリアミドイミド(高密着ポリアミドイミド、または第1のポリアミドイミドともいう。)からなる層であり、密着性向上剤を添加したポリアミドイミド樹脂ワニス(高密着ポリアミドイミド樹脂ワニス)を平角導体10上に塗布し焼き付けることによって形成される。」

「【0036】
上記のように、第1の層21、第2の層22および第3の層23は、それぞれ高密着ポリアミド樹脂ワニス、高可とう性ポリアミドイミド樹脂ワニス、およびポリイミド樹脂ワニスを、平角導体10上に順に塗布し焼き付けることにより形成される。各樹脂ワニスを塗布し焼き付ける方法は、特に限定されるものではなく、従来より一般に知られる方法、例えば、樹脂ワニスを収容した槽に平角導体10、あるいは第1の層21または第2の層22を形成した平角導体10を通過させた後、焼き付け炉で焼き付ける方法等を用いることができる。
【0037】
また、第1の層21、第2の層22および第3の層23の各層厚(t1、t2およびt3)は、それらを合計した厚み、つまり絶縁皮膜20の厚み(T)が、60?200μmであって、絶縁皮膜20の厚みに対する各層の比率が、第1の層21が10?20%、第2の層22が10?75%、第3の層23が10?75%となるようにすることが好ましい。第1の層21の厚みが前記範囲未満では、平角導体10に対する密着性が低下して、平角導体10からの剥離が生じてしまい、第2の層22の厚みが前記範囲未満では、耐加工性を十分に向上させることができない。また、第3の層23の厚みが前記範囲未満では、耐熱性、耐熱劣化性が低下する。また、絶縁皮膜20の厚み(T)が、60μm未満では、部分放電特性が不十分となり、200μmを超えると、絶縁皮膜20が厚くなりすぎてコイルの小型化が困難になる。絶縁皮膜20の厚み(T)は、60?160μmであることがより好ましく、また、絶縁皮膜20の厚みに対する各層の比率は、第1の層21が15?20%、第2の層22が55?70%、第3の層23が15?30%であることがより好ましい。」

(2)上記記載から、引用文献Aには、「平角導体10と、この平角導体10上に順に形成された3層構造(第1の層21、第2の層22、および第3の層23)の絶縁皮膜20を備えた絶縁電線において、密着性向上剤を添加したポリアミドイミド樹脂ワニス(高密着ポリアミドイミド樹脂ワニス)を平角導体10上に塗布し焼き付けて第1の層21を形成し、絶縁皮膜20の厚み60?200μmに対して、第1の層21の膜厚をその10?20%とすること、すなわち、第1の層20の膜厚を6μm?40μmとする」、という技術的事項が記載されていると認められる。

第6 対比・判断
1.本願発明1について
(1)対比
本願発明1と引用発明とを対比する。
ア 本願発明1における「導体の外周に、熱硬化性樹脂層を含む、少なくとも1層の電線皮膜を有する絶縁電線」と、引用発明の「銅線(導体)9」、「発泡領域1」、「気泡層6」、及び、「耐インバータサージ絶縁ワイヤ」を含む構成とを対比する。
引用発明における「銅線(導体)9」は、本願発明1の「導体」に相当する。
引用発明における「発泡領域1」は、「該銅線(導体)9の外周に絶縁被覆として」形成されるものであり、「発泡領域1は、少なくとも気泡層6、好ましくは気泡層6及び無気泡層7が熱硬化性樹脂で形成され」るものであるから、引用発明の「発泡領域1」は、本願発明1における「熱硬化性樹脂層」に相当し、本願発明1と引用発明とは「導体の外周に、熱硬化性樹脂層を含む、少なくとも1層の電線皮膜」を有する点で一致する。
また、引用発明の「耐インバータサージ絶縁ワイヤ」は、本願発明1における「絶縁電線」に相当する。
したがって、本願発明1と引用発明とは、「導体の外周に、熱硬化性樹脂層を含む、少なくとも1層の電線皮膜を有する絶縁電線」である点で一致する。

イ 本願発明1の「前記熱硬化性樹脂層が、熱硬化性樹脂ワニスを塗布・焼付けて形成された積層構造の熱硬化樹脂層であり、該積層構造において、導体に接する最も内側の層が、イミド結合を有する熱硬化性樹脂を含み、かつ平均厚さが6μm以上10μm以下の層であり、前記の導体に接する最も内側の層が、熱硬化性樹脂ワニスの1回の塗布・焼付けで形成される層である」構成と、引用発明の「発泡領域1」及び「気泡層6」を含む構成とを対比する。
引用発明の「発泡領域1」は、「気泡形成用PAIワニス(A)を直径1mmの銅線(導体)9の外周に塗布し、炉温520℃、20秒で1回焼付けを行い、銅線(導体)9上に気泡層6を形成し、形成された気泡層6の外周にPAIワニス(HI-406(商品名)、日立化成社製、樹脂成分33質量%溶液)を塗布し、20秒で2回焼付けをして無気泡層7を形成し、無気泡層7の外周に気泡形成用PAIワニス(A)を塗布し、20秒で1回焼付けて」形成されるものであるから、本願発明1と引用発明とは、「前記熱硬化性樹脂層が、熱硬化性樹脂ワニスを塗布・焼付けて形成された積層構造の熱硬化樹脂層であ」る点で一致する。
また、引用発明の「気泡形成用PAIワニス(A)を直径1mmの銅線(導体)9の外周に塗布し、炉温520℃、20秒で1回焼付けを行」うことで形成された「銅線(導体)9上」の「気泡層6」は、「銅線(導体)9」に接する最も内側の層であり、PAIを含む、すなわち、イミド結合を有する熱硬化樹脂を含み、1回の塗布焼付けで形成される層であるから、本願発明1と引用発明とは、「該積層構造において、導体に接する最も内側の層が、イミド結合を有する熱硬化性樹脂を含み、前記の導体に接する最も内側の層が、熱硬化性樹脂ワニスの1回の塗布・焼付けで形成される層である」点で一致する。
さらに、引用発明の「発泡領域1に気泡層6は2層形成され、合計厚みは20μmであり、それぞれの厚さは10μmである」ことから、「気泡形成用PAIワニス(A)を直径1mmの銅線(導体)9の外周に塗布し、炉温520℃、20秒で1回焼付けを行」うことで形成された「銅線(導体)9上」の「気泡層6」の「厚さは10μmである」ので、本願発明1と引用発明とは「導体に接する最も内側の層が」「平均厚さが6μm以上10μm以下の層であ」る点で一致する。
したがって、本願発明1と引用発明とは、「前記熱硬化性樹脂層が、熱硬化性樹脂ワニスを塗布・焼付けて形成された積層構造の熱硬化樹脂層であり、該積層構造において、導体に接する最も内側の層が、イミド結合を有する熱硬化性樹脂を含み、かつ平均厚さが6μm以上10μm以下の層であり、前記の導体に接する最も内側の層が、熱硬化性樹脂ワニスの1回の塗布・焼付けで形成される層である」点で一致する。

ウ 以上のことから、本願発明1と引用発明との間には、以下の一致点、相違点があるといえる。

(一致点)
「導体の外周に、熱硬化性樹脂層を含む、少なくとも1層の電線皮膜を有する絶縁電線であって、
前記熱硬化性樹脂層が、熱硬化性樹脂ワニスを塗布・焼付けて形成された積層構造の熱硬化樹脂層であり、該積層構造において、導体に接する最も内側の層が、イミド結合を有する熱硬化性樹脂を含み、かつ平均厚さが6μm以上10μm以下の層であり、
前記の導体に接する最も内側の層が、熱硬化性樹脂ワニスの1回の塗布・焼付けで形成される層であることを特徴とする絶縁電線。」

(相違点)
本願発明1は、「絶縁電線」における「導体に接する最も内側の層が気泡層である形態を除く」ものであるのに対し、引用発明はそのようなものではない点で相違する。

(2)相違点についての判断
上記第5の1(3)に示したとおり、引用文献1には、「発泡領域に含まれる無気泡層の厚さを特定の範囲に設定することによって、エナメル樹脂絶縁積層体を低誘電率化して部分放電開始電圧、絶縁破壊電圧及び耐熱老化性のいずれをも改善できることを見出した」という技術的事項が示されており、すなわち、引用発明は、その技術的課題からみて、銅線(導体)上に気泡層(及び、無気泡層)を形成することを前提としたものであるといえる。そうすると、引用発明においては、本願発明1のように「導体に接する最も内側の層が気泡層である形態を除く」ものとする動機がない。
また、上記第5の1(3)に示したとおり、引用文献1には「焼き付け炉を通す回数を増やさないために1回の焼き付けで塗布できる厚さを厚くする方法もあるが、この方法では、ワニスの溶媒が蒸発しきれずにエナメル層の中に気泡として残る」ことが「欠点」であると記載されている。本願発明1は、「導体に接する最も内側の層」を「気泡層」とせずに、「熱硬化性樹脂ワニスの1回の塗布・焼付け」で「6μm以上10μm以下」の厚さとしたものであるから、引用発明と比較して有利な構造であると認められる。そして、引用文献2?3においても、「導体に接する最も内側の層」を「気泡層」とせずに「熱硬化性樹脂ワニスの1回の塗布・焼付け」で「6μm以上10μm以下」の厚さとすることは記載されていないことから、この構造は当業者が予測可能なものでもないと認められる。
したがって、本願発明1は、当業者であっても、引用発明、引用文献2?3に記載された技術的事項に基づいて容易に発明できたものであるとはいえない。

2.本願発明2?8、12?14について
本願発明2?8、12?14も、本願発明1の、「絶縁電線」における「導体に接する最も内側の層が気泡層である形態を除く」という同一の構成を備えるものであるから、本願発明1と同じ理由により、当業者であっても、引用発明、引用文献2?3に記載された技術的事項に基づいて容易に発明できたものであるとはいえない。

3.本願発明9について
(1)対比
本願発明9と引用発明を対比する。
本願発明9は本願発明1とカテゴリが異なる、「絶縁電線」の製造方法の発明であり、上記第6の1(1)の検討を踏まえれば、本願発明9と引用発明との間には、以下の一致点、相違点があるといえる。

(一致点)
「導体の外周に、熱硬化性樹脂層を含む、少なくとも1層の電線皮膜を有する絶縁電線の製造方法であって、
前記導体の外周に、同一もしくは異なる熱硬化性樹脂ワニスを塗布して焼付ける操作を2回以上繰り返す塗布・焼付け工程において、該熱硬化性樹脂ワニスを塗布して焼付ける最初の操作で、イミド結合を有する熱硬化性樹脂ワニスを使用して平均厚さが6μm以上10μm以下の層を形成した後、該熱硬化性樹脂と同一もしくは異なる熱硬化性樹脂のワニスを塗布して焼付ける操作を行い、2層以上の積層構造の熱硬化性樹脂層を形成すことを特徴とする絶縁電線の製造方法。」

(相違点)
本願発明9においては、「絶縁電線」の製造方法において、「熱硬化性樹脂ワニスを塗布して焼付ける最初の操作で気泡層を形成する形態を除く」ものであるのに対して、引用発明はそのようなものではない点。

(2)相違点についての判断
上記第6の1(2)の検討のとおり、引用発明において、「導体の外周」に、「熱硬化性樹脂ワニスを塗布して焼付ける最初の操作で気泡層を形成」しないことは、当業者が容易になし得ることではない。
したがって、本願発明9は、当業者であっても、引用発明、引用文献2?3に記載された技術的事項に基づいて容易に発明できたものであるとはいえない。

4.本願発明10?11
本願発明10?11も、本願発明9の「熱硬化性樹脂ワニスを塗布して焼付ける最初の操作で気泡層を形成する形態を除く」という同一の構成を備えるものであるから、本願発明9と同じ理由により、当業者であっても、引用発明、引用文献2?3に記載された技術的事項に基づいて容易に発明できたものであるとはいえない。

第7 原査定についての判断
令和3年5月24日の手続補正により、補正後の請求項1?8、12?14は、「導体に接する最も内側の層が気泡層である形態を除く」という技術的事項を有し、補正後の請求項9?11は、「熱硬化性樹脂ワニスを塗布して焼付ける最初の操作で気泡層を形成する形態を除く」という技術的事項を有するものとなった。
上記第5の4(2)のとおり、引用文献Aには、平角導体10上に、密着性向上剤を添加したポリアミドイミド樹脂ワニス(高密着ポリアミドイミド樹脂ワニス)を塗布し焼き付けた、膜厚が6μm?40μmの第1の層21を形成することは記載されているが、第1の層21が気泡層でないことは記載されていない。
また、上記第5の2(2)のとおり、引用文献B(当審拒絶理由における引用文献2)には、導体上に熱硬化性樹脂層(エナメル焼付け層)を形成することは記載されているが、当該熱硬化性樹脂層(エナメル焼付け層)が気泡層でないことは記載されていない。
また、上記第5の3(2)のとおり、引用文献C(当審拒絶理由の引用文献3)には、導体の外周に絶縁皮膜を被覆することは記載されているが、当該絶縁被膜が気泡層でないことは記載されていない。
また、「導体に接する最も内側の層」を「気泡層」ではないものとすることは、本願優先日前における周知技術でもない。
よって、本願発明1?14は、当業者であっても、原査定における引用文献A?Cに基づいて容易に発明できたものではない。したがって、原査定を維持することはできない。

第8 むすび
以上のとおり、原査定の理由によっては、本願を拒絶することはできない。
また、他に本願を拒絶すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり審決する。

 
審決日 2021-07-28 
出願番号 特願2017-547844(P2017-547844)
審決分類 P 1 8・ 113- WY (H01B)
P 1 8・ 121- WY (H01B)
最終処分 成立  
前審関与審査官 和田 財太  
特許庁審判長 辻本 泰隆
特許庁審判官 渡部 博樹
▲吉▼澤 雅博
発明の名称 絶縁電線、絶縁電線の製造方法、コイル、回転電機および電気・電子機器  
代理人 特許業務法人イイダアンドパートナーズ  

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