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審決分類 審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  C01G
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  C01G
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C01G
審判 全部申し立て 2項進歩性  C01G
管理番号 1376758
異議申立番号 異議2020-700663  
総通号数 261 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2021-09-24 
種別 異議の決定 
異議申立日 2020-09-04 
確定日 2021-07-27 
異議申立件数
事件の表示 特許第6659895号発明「リチウム金属複合酸化物粉末及びリチウム二次電池用正極活物質」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6659895号の請求項1?7に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯

特許第6659895号(以下、「本件特許」という。)の請求項1?7に係る特許についての出願は、平成31年4月12日に出願され、令和2年2月10日にその特許権の設定登録がされ、同年3月4日に特許掲載公報が発行された。その後、本件特許の請求項1?7に係る特許について、同年9月4日に特許異議申立人 金澤毅(以下、「申立人」という。)により特許異議の申立てがされ、当審は、同年12月9日付けで取消理由を通知した。それに対し、特許権者は、令和3年2月8日付けで意見書を提出した。


第2 本件発明

本件特許の請求項1?7の特許に係る発明(以下、それぞれ「本件発明1」?「本件発明7」といい、まとめて「本件発明」という。)は、その特許請求の範囲の請求項1?7に記載された事項により特定される次のとおりのものである。
「【請求項1】
層状構造を有するリチウム金属複合酸化物粉末であって、
少なくともLiとNiと元素Xと元素Mとを含有し、
前記元素Xは、Co、Mn、Fe、Cu、Ti、Mg、Al、W、Mo、Nb、Zn、Sn、Zr、Ga及びVからなる群より選択される1種以上の元素であり、
前記元素Mは、B、Si、S及びPからなる群より選択される1種以上の元素であり、
リチウム金属複合酸化物粉末に含まれるNiと元素Xの合計量に対する前記元素Mの含有量(M/(Ni+X))は、モル比で、0.01モル%以上5モル%以下であり、
リチウム金属複合酸化物粉に含まれるリチウムを除く金属に対するニッケル含有割合(Ni/(Ni+X))は、モル比で0.40以上を満たし、
少なくともLiとNiと元素Xを含有するコア粒子と、前記コア粒子の表面を被覆する被覆物とを備え、
前記被覆物が前記元素Mを含み、
下記測定条件で測定した、前記元素MのN-メチル-2-ピロリドンへの溶出割合が、0.09以下である、リチウム金属複合酸化物粉末。
(測定条件)
リチウム金属複合酸化物粉末を1g精秤し、3.5g精秤したN-メチル-2-ピロリドンに浸漬し、測定試料を調製する。この測定試料を密閉容器に入れ、室温25℃で96時間静置する。
その後、測定試料を3000rpmで10分間遠心分離する。
遠心分離後、上清を100μL採取し、100μLの上清に含まれる元素Mの含有割合を測定する。
元素MのN-メチル-2-ピロリドンへの溶出割合を下記式により算出する。
元素MのN-メチル-2-ピロリドンへの溶出割合=(元素MのNーメチル-2-ピロリドンへの溶出量)/(N-メチル-2-ピロリドンに浸漬する前のリチウム金属複合酸化物粉末中の元素Mの量)
【請求項2】
前記元素Mがホウ素である、請求項1に記載のリチウム金属複合酸化物粉末。
【請求項3】
BET比表面積が、0.30m^(2)/gを超え、0.80m^(2)/g未満である、請求項1又は2に記載のリチウム金属複合酸化物粉末。
【請求項4】
粒度分布測定値から求めた50%累積径(D_(50))が4.1μm以上10.0μm以下である、請求項1?3のいずれか1項に記載のリチウム金属複合酸化物粉末。
【請求項5】
CuKα線を使用した粉末X線回折測定において、2θ=18.7±1°の範囲内のピークにおける結晶子サイズが840Åを超える、請求項1?4のいずれか1項に記載のリチウム金属複合酸化物粉末。
【請求項6】
前記元素MのN-メチル-2-ピロリドンへの溶出割合が0.001を超え、0.04以下である、請求項1?5のいずれか1項に記載のリチウム金属複合酸化物粉末。
【請求項7】
請求項1?6のいずれか1項に記載のリチウム金属複合酸化物粉末を含有するリチウム二次電池用正極活物質。」


第3 特許異議の申立ての理由及び証拠方法について

申立人は、以下のとおり、証拠方法として甲第1号証及び甲第2号証(以下、「甲1」及び「甲2」という。)を提出し、本件特許は、申立理由1?4により取り消すべきものである旨主張している。

1 申立ての理由
(1)申立理由1(新規性進歩性欠如)
本件発明1?7は、甲1又は甲2に記載された発明であって、特許法第29条第1項第3号に該当するか、または、甲1又は甲2に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、その特許は、特許法第29条第1項又は特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。

(2)申立理由2(サポート要件違反)
本件発明1?7に係る特許は、特許請求の範囲の記載が不備のため、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。

(3)申立理由3(明確性要件違反)
本件発明1?7に係る特許は、特許請求の範囲の記載が不備のため、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。

(4)申立理由4(実施可能要件違反)
本件発明1?7に係る特許は、発明の詳細な説明の記載が不備のため、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。

2 証拠方法
甲1:特開2016-216340号公報
甲2:特開2018-45802号公報


第4 取消理由通知に記載した取消理由について

当審において通知した令和2年12月9日付けの取消理由通知における取消理由の概要は、以下のとおりである

1 (サポート要件違反)本件特許は、特許請求の範囲の記載が(i)コア粒子の表面を被覆する被覆物の存在、(ii)正極活物質の構成元素、(iii)金属の溶出抑制に関する不備のため、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。
具体的には、本件発明の課題は、「金属溶出が抑制されたリチウム金属複合酸化物粉末、及びこれを用いたリチウム二次電池用正極活物質を提供する」ことであるところ、本件明細書の実施例に、当該課題が解決できることにつき具体的に記載されているのは、LiとNi、Co、Mn及びZrとを含有する複合酸化物の粉末に対してホウ酸を混合した溶液で処理して正極活物質とした例のみであるが、当該実施例においては、被覆物の存在は不明であり、正極活物質の構成元素についても特定のものにすぎず、上記課題に係る金属溶出の抑制という点についても直接検証されていないことを指摘したものである。

2 (実施可能要件違反)本件特許は、発明の詳細な説明の記載が溶出割合の制御に関する不備のため、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願についてされたものである。
具体的には、本件明細書に記載された比較例1は、N-メチル-2-ピロリドンへの溶出割合を除いて、本件発明の発明特定事項を充足するものであり、また、当該比較例1の製造方法は、ニッケルコバルトマンガンジルコニウム複合水酸化物と水酸化リチウム粉末を混合する際に、硫酸カリウム粉末を混合する点で実施例と異なるが、本件明細書において、本件発明に係るリチウム金属複合酸化物粉末の製造方法として説明されているものであるから、【実施例】の欄を参照しても、当該溶出割合をどのような手段により制御しているのかは明らかであるとはいえないことを指摘したものである。


第5 当審の判断

1 取消理由についての判断
(1)取消理由1(サポート要件違反)について
ア コア粒子の表面を被覆する被覆物の存在について
本件明細書の段落【0126】?【0129】には、本件発明に係るリチウム金属複合酸化物粉末を正極活物質として製造した正極について、XPSにより測定することで、正極活物質由来のピークA(54eV)と被覆物を構成する成分に由来するピークB(55eV)が観察されることが記載されている。この記載に照らして実施例をみると、段落【0191】の【表1】のLi_(54eV)及びLi_(55eV)の数値からみて、例えば、実施例2、3において、Bを含有する被覆物の存在を認めることができる。

イ 正極活物質の構成元素について
本件明細書の段落【0021】によると、本件発明のリチウム金属複合酸化物粉末は、元素Mを含む被覆物を備えることにより、コア粒子は被覆物により保護され、電解液と接触した際に、電解液中のフッ酸等によりコア粒子を構成する金属成分の溶出を抑制できるものであることが理解できる。
そして、段落【0028】、【0029】には、N-メチル-2-ピロリドンは電極作製時のスラリー化に広く使用される有機溶媒であるところ、元素Mの溶出割合が本件発明で特定する上限値以下である場合は、電極作製時のスラリー混錬時に、スラリー化溶媒への元素Mの溶出が抑制され被覆物の欠損が生じにくいことから、被覆物により金属成分の溶出を抑制できる旨説明されている。
そうすると、これらの記載によって、本件発明は、元素Xを含有するコア粒子と元素Mを含む被覆物とからなる特定の構造を具備することにより、本件発明の課題が解決できることを当業者において認識することができる。
このような機序に照らすと、実施例における構成元素を本件発明の範囲にまで拡張ないし一般化しても、上記の特定の構造を具備していれば、その程度にこそ差はあれ、当該実施例と同様の効用を発現し、もって上記課題が解決できると解するのが相当である。

ウ 金属の溶出抑制について
コア粒子を構成する遷移金属が電解液中に溶出することは技術常識であること、及び、本件発明はコア粒子を構成する遷移金属中のニッケルの含有割合が高いことに照らせば、実施例において、ニッケルの溶出が抑制されるという結果は、コア粒子を構成する他の金属元素の溶出も同様に抑制されていることを示すものであると解するのが合理的である。

エ まとめ
以上の点に照らすと、本件発明と実施例との整合性に特段問題となるところはなく、また、実施例における効用を本件発明の範囲にまで拡張ないし一般化して考えることも可能であると解されることから、取消理由1において指摘したサポート要件に関する不備は認められない。
したがって、取消理由1は、理由がない。

(2)取消理由2(実施可能要件違反)について
本件発明に係るリチウム金属複合酸化物粉末の製造方法は、本件明細書の段落【0053】?【0105】に記載されている。
ここで、N-メチル-2-ピロリドンへの溶出割合を制御する手段の一つとして、本件明細書の段落【0081】には、リチウム化合物と、ニッケルを含む前駆体との混合物を焼成する工程について、「被覆物がリチウム金属複合酸化物粉末の表面に均一に形成しやすくする観点から、焼成温度は950℃以上1015℃以下が好ましい。このような焼成条件とすることにより、元素MのN-メチル-2-ピロリドンへの溶出割合を本実施形態の範囲内に制御できる。」と記載されている。
そして、実施例1?4は、ニッケルコバルトマンガンジルコニウム複合水酸化物粒子と水酸化リチウム粉末との混合物を、仮焼成して解砕した後、950℃以上1015℃の範囲で二次焼成しているが、比較例1は、二次焼成の温度は940℃であるから、上記焼成温度950℃以上1015℃以下の範囲外である。
そうすると、比較例1は、上記焼成温度の違いによって、元素MのN-メチル-2-ピロリドンの溶出割合が高くなっていることが明らかであるから、当業者であれば、上記段落【0053】?【0105】及び実施例の記載により、本件発明に係るリチウム金属複合酸化物粉末の製造方法を理解することができるというべきである。
したがって、本件明細書の発明の詳細な説明の記載に実施可能要件に係る不備は認められないから、取消理由2は、理由がない。

2 取消理由において採用しなかった申立理由についての判断
(1)申立理由1(新規性進歩性欠如)について
ア 甲1の記載事項及び甲1に記載された発明
甲1には、下記の事項が記載されている。
・「【請求項5】
層状岩塩構造の一般式:Li_(a)Ni_(b)Co_(c)Mn_(d)D_(e)O_(f)(0.2≦a≦2、b+c+d+e=1、0≦e<1、DはFe、Cr、Cu、Zn、Ca、Mg、Zr、S、Si、Na、K、Al、Ti、P、Ga、Ge、V、Mo、Nb、W、La、Hf、Rfから選ばれる少なくとも1の元素、1.7≦f≦3)で表されるリチウム複合金属酸化物部と、
前記リチウム複合金属酸化物部の表面に形成されたホウ素含有部と、を有し、
表面の元素比Co/Mn値が前記リチウム複合金属酸化物部のc/d値よりも高いことを特徴とする材料。」
・「【0042】
d)工程を経て得られた本発明の材料は、粉砕にて粉末とされるのが好ましく、さらに、篩などを用い適切な範囲の粒径に分級されるのがより好ましい。・・・」
これらの記載事項によると、甲1には、次の発明(以下、「甲1発明」という。)が記載されているといえる。
「層状岩塩構造の一般式:Li_(a)Ni_(b)Co_(c)Mn_(d)D_(e)O_(f)(0.2≦a≦2、b+c+d+e=1、0≦e<1、DはFe、Cr、Cu、Zn、Ca、Mg、Zr、S、Si、Na、K、Al、Ti、P、Ga、Ge、V、Mo、Nb、W、La、Hf、Rfから選ばれる少なくとも1の元素、1.7≦f≦3)で表されるリチウム複合金属酸化物部と、
前記リチウム複合金属酸化物部の表面に形成されたホウ素含有部と、を有する、リチウム複合金属酸化物粉末」

イ 甲2の記載事項及び甲2に記載された発明
甲2の請求項1、2には次の記載がある。
・「【請求項1】
一般式(1):Li_(1+s)Ni_(x)Co_(y)Mn_(z)B_(t)O_(2)(前記式(1)中、-0.05≦s≦0.20、0.1≦x≦0.5、0.1≦y≦0.5、0.1≦z≦0.5、x+y+z=1、及び、0.02≦t≦0.04を満たす。)で表され、六方晶系の層状結晶構造を有するリチウムニッケルコバルトマンガン複合酸化物を含む非水系電解質二次電池用正極活物質であって、
前記リチウムニッケルコバルトマンガン複合酸化物は、複数の一次粒子が凝集した二次粒子と、前記一次粒子表面の少なくとも一部に存在するリチウムを含むホウ素化合物と、を含み、前記一次粒子表面に存在する水溶性Li量が、前記正極活物質全量に対して、0.1質量%以下である、非水系電解質二次電池用正極活物質。
【請求項2】
前記正極活物質の平均粒径が3μm以上20μm以下である請求項1に記載の非水系電解質二次電池用正極活物質。」
上記記載事項から、甲2に記載された非水系電解質二次電池用正極活物質は、リチウムニッケルコバルトマンガン複合酸化物の粉末を含むといえるから、甲2には、次の発明(以下、「甲2発明」という。)が記載されているといえる。
「一般式(1):Li_(1+s)Ni_(x)Co_(y)Mn_(z)B_(t)O_(2)(前記式(1)中、-0.05≦s≦0.20、0.1≦x≦0.5、0.1≦y≦0.5、0.1≦z≦0.5、x+y+z=1、及び、0.02≦t≦0.04を満たす。)で表され、六方晶系の層状結晶構造を有するリチウムニッケルコバルトマンガン複合酸化物粉末であって、
前記リチウムニッケルコバルトマンガン複合酸化物は、複数の一次粒子が凝集した二次粒子と、前記一次粒子表面の少なくとも一部に存在するリチウムを含むホウ素化合物と、を含む、リチウムニッケルコバルトマンガン複合酸化物粉末」

ウ 本件発明1について
本件発明1と甲1発明及び甲2発明とをそれぞれ対比すると、甲1発明及び甲2発明は、コア粒子と、コア粒子の表面を被覆する元素MとしてBを含む被覆物とを備える点で、本件発明1と共通しているといえるが、本件発明1において特定する「元素MのN-メチル-2-ピロリドンへの溶出割合が、0.09以下である」点については明らかでない点で、本件発明1と少なくとも相違しているといえる。
この相違点について検討すると、甲1及び甲2の記載を検討しても、甲1発明及び甲2発明が、上記「元素MのN-メチル-2-ピロリドンへの溶出割合が、0.09以下である」という特性を有しているといえないし、また、このような溶出割合に制御することを当業者が容易になし得るということもできない。
上記相違点について、申立人は、特許異議申立書において、本件明細書の段落【0053】?【0085】に開示された本件発明に係るリチウム金属複合酸化物粉末の製造方法は、甲1及び甲2に記載された甲1発明及び甲2発明の製造方法と同様であるから、元素MのN-メチル-2-ピロリドンへの溶出割合に関する、本件発明1と甲1発明及び甲2発明との相違点は、実質的な相違点でないか、または、当業者であれば容易に発明をすることができたものである旨主張している。
しかし、上記段落【0053】?【0085】に開示された製造条件の範囲であれば必ず元素MのN-メチル-ピロリドンへの溶出割合の特定事項を充足するリチウム金属複合酸化物粉末を得られるというものではなく、例えば、原料化合物の組成等に応じた焼成温度、焼成時間等を設定しなければならないことは、当業者であれば明らかである。
加えて、本件明細書に記載された実施例では、段落【0081】に記載されている950℃以上の焼成を含むものであり、甲1発明及び甲2発明はこのような焼成工程を行うものとはいえないから、この観点からも、甲1発明及び甲2発明は、本件発明1が規定する元素MのN-メチル-ピロリドンへの溶出割合に関する特定事項を充足するとはいえない。
したがって、本件発明1は、甲1又は甲2に記載された発明であるとはいえず、また、甲1又は甲2に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

エ 本件発明2?7について
本件発明2?7は、本件発明1を直接又は間接的に引用するものであるから、本件発明1と同様に、甲1又は甲2に記載された発明であるとはいえず、また、甲1又は甲2に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

オ まとめ
以上のとおりであるから、申立理由1、2は、理由がない。

(2)申立理由3(明確性要件違反)について
申立人は、比較例1で得られたリチウム金属複合酸化物粉末は、本件発明1で規定する要件のうち、元素MのN-メチル-2-ピロリドンへの溶出割合に関する要件以外の要件については充足しているところ、先の要件は、本件発明の効果を記載したものであるため、本件発明1に係る「リチウム金属複合酸化物粉末」が具体的にどのようなものであるのかを当業者は理解することができないから、本件発明1及びこれに従属する本件発明2?7は、不明確であると主張している。
しかし、本件発明1で特定する「元素MのN-メチル-2-ピロリドンへの溶出割合」は、本件発明1に係るリチウム金属複合酸化物粉末の有する物性を特定したものであることは明らかであり、当該物性により特定されるリチウム金属複合酸化物自体を明確に把握することができるから、本件発明1及びこれに従属する本件発明2?7は明確であるといえる。
よって、申立理由3は、理由がない。

(3)申立理由4(実施可能要件違反)について
申立人は、取消理由2で採用した理由の他に、本件明細書の段落【0178】の実施例1の「反応槽内の溶液のpHが11.9になるよう水酸化ナトリウム水溶液を適時滴下した。pHは、11.4±0.3となるように制御した」とするpHの制御は、どのような制御を行っているのかが明らかではないため、本件明細書はリチウム金属複合酸化物粉末についてその物を製造できるように記載されているとはいえないから、本件発明1及びこれに従属する本件発明2?7の実施可能要件を充足しないと主張している。
しかし、上記実施例の記載は、ニッケルを含む金属複合水酸化物を共沈殿法により製造する工程の水溶液のpH調整に関するものあって、本件明細書の段落【0061】、【0062】には、
「【0061】
バッチ共沈殿法又は連続共沈殿法に際しては、水溶液のpH値を調整するため、必要ならばアルカリ金属水酸化物(例えば水酸化ナトリウム、水酸化カリウム)を添加する。・・・
【0062】
反応槽内のpH値は例えば水溶液の温度が40℃の時にpH9以上pH13以下、好ましくはpH11以上pH13以下の範囲内で制御される。」
と記載されている。
そうすると、上記実施例の記載はpH値が「11.9」及び「11.4±0.3」と記載され一致していないものの、他にpH制御手段の記載はなく、当該実施例の記載及び上記明細書の記載によれば、実施例は、水酸化ナトリウム水溶液の滴下によりpH値を制御していることは当業者であれば明らかであるといえる。
よって、申立理由4は、理由がない。


第6 むすび

以上の検討のとおり、本件特許の請求項1?7に係る特許は、取消理由通知書に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した申立理由によっては、取り消すことができない。
また、他に本件特許の請求項1?7に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2021-07-13 
出願番号 特願2019-76527(P2019-76527)
審決分類 P 1 651・ 537- Y (C01G)
P 1 651・ 536- Y (C01G)
P 1 651・ 113- Y (C01G)
P 1 651・ 121- Y (C01G)
最終処分 維持  
前審関与審査官 佐藤 慶明  
特許庁審判長 日比野 隆治
特許庁審判官 後藤 政博
金 公彦
登録日 2020-02-10 
登録番号 特許第6659895号(P6659895)
権利者 住友化学株式会社
発明の名称 リチウム金属複合酸化物粉末及びリチウム二次電池用正極活物質  
代理人 棚井 澄雄  
代理人 鈴木 慎吾  
代理人 加藤 広之  
代理人 佐藤 彰雄  

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