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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 C07K
管理番号 1377056
審判番号 不服2020-8792  
総通号数 262 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2021-10-29 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2020-06-24 
確定日 2021-08-12 
事件の表示 特願2015-214827「エボラウイルスに対する抗体および抗体の製造方法」拒絶査定不服審判事件〔平成28年 5月23日出願公開、特開2016- 88937〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、平成27年10月30日(優先権主張 平成26年10月31日 日本)の出願であって、令和1年9月19日付けの拒絶理由通知に対して、令和2年1月31日に意見書が提出され、令和2年3月19日付けで拒絶査定がなされ、令和2年6月24日に拒絶査定不服審判の請求がなされると同時に手続補正がなされたものである。


第2 令和2年6月24日付け手続補正についての補正却下の決定
[結論]
令和2年6月24日付け手続補正(以下、「本件補正」という。)を却下する。

[理由]
1.本件補正
本件補正は、願書に最初に添付された特許請求の範囲の請求項1に
(補正前)「【請求項1】
エボラウイルスのリコンビナント蛋白質を抗原として雌性鳥類に免疫する工程と、前記雌性鳥類が産卵した卵の卵黄から抗体を得る工程を含むことを特徴とする抗エボラウイルス抗体の製造方法。」とあったものを、
(補正後)「【請求項1】
エボラウイルスのリコンビナント蛋白質を抗原として雌性鳥類に免疫する工程と、前記雌性鳥類が産卵した卵の卵黄から抗体を得る工程を含み、前記雌性鳥類がダチョウであることを特徴とするエボラウイルスマスキング用抗エボラウイルス抗体の製造方法。」とする補正事項を含むものである。なお、下線は補正された事項である。

2.目的要件について
上記補正事項によって、補正前の請求項1に記載の「雌性鳥類」が「ダチョウ」に特定され(補正事項1)、また、補正後の請求項1には「エボラウイルスマスキング用抗エボラウイルス抗体」と記載され、製造される抗体が「エボラウイルスマスキング用」であることが特定された(補正事項2)。
そして、補正事項1において、免疫される「雌性鳥類」が「ダチョウ」に限定されており、補正前の請求項1に記載された発明と補正後の請求項1に記載される発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一であるから、本件補正は補正前の請求項1の限定的減縮を目的としているものに該当するといえる。
そこで、補正後の請求項1に係る発明(以下、「補正発明」という)が、特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第7項の規定を満たすものであるか(特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか)について検討する。

3.独立特許要件について
(1)引用文献の記載事項
ア 文献1
拒絶査定で文献1として引用された、本願優先日前の公知文献である国際公開第2007/026689号には、次の記載がある。なお、下線は当審が付したものである。
ア-1 「[1] ダチョウを用いて作製された抗体。
・・・・
[6] ウイルス蛋白を抗原として作製された、請求項1記載の抗体。
・・・・
[11] 蛋白質又はそのペプチド断片などを抗原としてダチョウを免疫し、ポリクローナル抗体又はモノクローナル抗体を作製することを特徴とする、抗体の作製方法。
・・・・
[13] 雌ダチョウに対して免疫し、その産卵した卵の卵黄から作製することを特徴とする、請求項11記載の抗体の作製方法。」(特許請求の範囲)

ア-2 「[0009] 本明細書において、「ダチョウ」とは、ダチョウ目(Struthioniformes)に属する鳥類を意味する。その中、ダチョウ科(Struthionidae)に属するダチョウ(Struthio camelus)を用いることは好ましい。雌雄いずれを用いてもよい。「ダチョウを用いる」とは、抗体作製のため、抗原を投与される動物としてダチョウを使用することを意味する。抗原として投与される物質は特に制限されるものではなく蛋白質、ペプチド (天然由来、合成ペプチド、組換えペプチドを含む)のほか、多糖類などの生体物質であってもよい。抗原の調製方法、投与方法についても特に制限されないが、好ましい態様については後述する。」

ア-3 「[0018] 本発明の抗体の用途は特に限定されるものではなくこれまでに述べた医療用抗体のほか、現在種々の分野に利用されている各種抗体に本発明の抗体を用いることができる。特に、本発明の抗体はダチョウを用いて大量生産できることから、がんの検査キットやウイルス感染の検査キットなどに使用する検査用抗体の作製に本発明を適用することによって、健康診断や感染症・食中毒の検査など多数の検体を検査しなければならない場合に、検査に必要な大量の検査キットを1羽のダチョウから短期間で簡易に作製することができる。
[0019] 例えば、前記 IBV (鶏伝染性気管支炎ウイルス)は、SARSウイルスと近縁のコロナウイルスであることより、ダチョウを用いて SARSウイルスに対する抗体の大量作製も可能であり、その他、鳥インフルエンザウイルスなどの病原性ウイルス検出用抗体の大量作製も可能である。また、 BSE (牛海綿状脳症)などのプリオン病やその他の疾患の検査用抗体の大量作製も可能である。さらに、本発明の抗体は、工業用抗体としても応用可能であり、すなわち、エアコンフィルターやマスク、水道の濾過フィルターなど各種工業製品において、病原体、アレルゲンその他抗原となる物質の除去用の抗体として応用できる。
[0020] このように、本発明は、ウイルス検出用 ・疾患検査用抗体としてだけではなくエアコンフィルターやマスクなどに適応することによって、ウイルス除去用の工業用抗体としても応用可能である。勿論、ウイルス以外の病原体 (伝染病や食中毒菌など)や食品中のアレルゲン (ソバや卵白アルブミンなど)、飲料水中の病原体などの検出・除去用の抗体としても応用可能である。
[0021] 本発明の抗体は、ポリクローナル抗体であってもよいし、モノクローナル抗体であってもよい。」

イ 文献2
拒絶査定で文献2として引用された、本願優先日前の公知文献である特開2010-13361号公報には、次の記載がある。
「【請求項1】
昆虫細胞によって産生させたノロウイルスVLPをメスのダチョウに免疫し、前記メスのダチョウの血液または卵黄から精製した抗体。」(特許請求の範囲)

ウ 文献3
拒絶査定で文献3として引用された、本願優先日前の公知文献である特開2009-23985号公報には、次の記載がある。
「【請求項1】
H1型、H3型およびB型の各型1種以上を含むインフルエンザウイルス由来のHAを同時に雌性鳥類に免疫する工程、および該鳥類が産卵した卵の卵黄からIgYを回収する工程を含む、抗インフルエンザウイルス抗体を製造する方法。
・・・・
【請求項3】
該鳥類がダチョウである、請求項1または2に記載の方法。」(特許請求の範囲)

エ 文献4
拒絶査定で文献4として引用された、本願優先日前の公知文献である米国特許出願公開第2012/0164153号明細書には、次の記載がある。なお、英文であるから翻訳文を記載する。
「要約
本発明者らは、エボラ・スーダンBonifaceウイルスGPモノクローナル抗体、これらのモノクローナル抗体によって認識されるエピトープ、およびこれらのいくつかの抗体の可変領域の配列を開示する。また、本発明の抗体の混合物、ならびにin vitroおよびin vivoでのエボラ・スーダンBonifaceウイルス感染の検出、予防、および/または治療的処置のための個々の抗体又はこれらの混合物を用いる方法が提供される。」

オ 文献5
拒絶査定で文献5として引用された、本願優先日前の公知文献である米国特許第6630144号明細書には、次の記載がある。なお、英文であるから翻訳文を記載する。
「要約
この出願では、これらのモノクローナル抗体により認識されるエボラGPモノクローナル抗体およびエピトープが記載されている。また、本発明の抗体の混合物、ならびにin vitroおよびin vivoでのエボラウイルス感染の検出、予防、および/または治療的処置のための個々の抗体又はこれらの混合物を用いる方法が提供される。」

カ 文献6
拒絶査定で文献6として引用された、本願優先日前の公知文献である国際公開第2012/050193号には、次の記載がある。
「背景技術
[0002] エボラウイルスは、フィロウイルス科のマイナス鎖RNAウイルスである。エボラウイルスはヒトを含む霊長類に重篤なエボラ出血熱を引き起こす。その致死率は極めて高く、時に90%を超える。従って、研究を行う場合には、BSL4の厳重な封じ込めが必要である。コウモリがエボラウイルスの自然宿主である可能性が報告されているが、不明な点も多い。エボラ出血熱は、1976年にスーダン及びザイールで大流行し、その後、中央・西アフリカで散発的に流行している。当初はアフリカにおける地域病と考えられていたが、1989年に米国のサル検疫室にて流行したことから、先進国におけるエボラウイルスの脅威が改めて認識されるに至った。近年においては、ペットのサルの輸入や、旅行者によるエボラウイルスの拡散、あるいはエボラウイルスを用いたバイオテロのリスクの増大が指摘されており、エボラ出血熱の効果的な予防又は治療法の開発が希求されているが、未だ効果的な予防又は治療法及びワクチンはない。」

(2)引用発明
上記(1)ア-1より、文献1には次の発明(以下、「引用発明」という。)が記載されていると認められる。
「ウイルス蛋白を抗原として用いて雌ダチョウを免疫し、その産卵した卵の卵黄からポリクローナル抗体を作製する、抗ウイルス抗体の作製方法。」

(3)対比
補正後の請求項1に係る発明(以下、「補正発明」という。)と引用発明を対比する。
引用発明の「ウイルス蛋白」である抗原は、補正発明の「エボラウイルスのリコンビナント蛋白質」である抗原と、ウイルス蛋白質である点で共通する。
したがって、両者は、
「ウイルス蛋白質を抗原として雌性鳥類に免疫する工程と、
前記雌性鳥類が産卵した卵の卵黄から抗体を得る工程を含み、前記雌性鳥類がダチョウであることを特徴とする抗ウイルス抗体の製造方法。」
である点で一致し、以下の点で相違すると認められる。

(相違点1)
抗原について、補正発明では「エボラウイルスのリコンビナント蛋白質」と記載され、ウイルスの種類がエボラウイルスであり、蛋白質がリコンビナントであることが特定されているのに対して、引用発明は「ウイルス蛋白」であって、これらについて特定されていない点。
(相違点2)
補正発明では「エボラウイルスマスキング用抗エボラウイルス抗体」と記載されており、抗体が「エボラウイルスマスキング用」であることが特定されているのに対して、引用発明では特定されていない点。

(4)判断
(相違点1)について
文献6に記載されるように、ヒトに感染して重篤な症状を引き起こすエボラウイルスが感染防御の対象となるウイルスであることは周知であり、エボラウイルスの感染防御のためにエボラウイルスに対する抗体を作成することも周知である(必要であれば、文献4、5を参照。)。また、抗原としてリコンビナント蛋白質を用いることも周知技術である(必要であれば、文献1(上記ア-2)、文献2を参照)。そして、文献3にも記載されるとおり、ダチョウをウイルス蛋白で免疫することで抗ウイルス抗体が得られることは明らかである。
そうすると、抗エボラウイルス抗体を作成すること、その際に、ウイルス蛋白抗原としてエボラウイルスのリコンビナント蛋白質を用いることは、当業者が容易になし得ることである。

(相違点2)について
補正発明にいう「エボラウイルスマスキング用」とは、抗エボラウイルス抗体についてどのような事項を特定するものであるか明確であるとはいえない。この記載が抗エボラウイルス抗体の何らかの用途を特定するものであるとしても、この特定によってこの特定がされいていない抗エボラウイルス抗体と具体的にどのように異なるかが不明であり、また、「エボラウイルスマスキング用」の記載が用途を示すものではなく、「エボラウイルスマスキング性」のような、抗エボラウイルス抗体について何らかの機能を特定するものであるとしても、この特定によってこの特定を有さない抗エボラウイルス抗体と具体的にどのように異なるかが明らかでない。
そこで、「エボラウイルスマスキング用」の記載について、本願明細書の記載を参酌すると、本願明細書には実施例3として、ELISAプレートに固定された抗エボラマウス抗体からなる一次抗体、エボラ蛋白質抗原、HRP標識された抗エボラウサギ抗体を用いたサンドイッチELISA法を用い、測定サンプルとして抗エボラダチョウ抗体を反応させ、反応時間の経過に伴う吸光度の減少として測定サンプルの抗原への結合を測定することが記載されており、測定結果について「反応時間0minとは、ダチョウ抗体を入れない状態の吸光度である。これは、1次抗体に固定された各抗原量を示している。ダチョウ抗体と各抗原との反応時間を長くしていくと、1次抗体に固定されている各抗原にダチョウ抗体が結合する。すると、2次抗体は結合する抗原をダチョウ抗体にマスキングされるため、結合場所が少なくなる。したがって、吸光度が減少すれば、ダチョウ抗体に結合していない抗原量は減少する。(【0055】段落)」、「以上のことより、ダチョウで作製した抗スーダンエボラダチョウ抗体および、抗ザイールエボラダチョウ抗体により、エボラウイルスのマスキングが可能となる。これによって、各抗体は、ウイルスの細胞への感染が抑制できることがわかった。(【0057】段落)」と記載されている。
したがって、本願明細書の実施例3の記載を参酌すると、抗原の「マスキング」とは多数のダチョウ抗体が抗原上に結合することであり、これによって抗原上の一次抗体及や二次抗体の結合場所が減少して吸光度が減少することが理解でき、この結合場所の減少に関する記載及び本願明細書の「単一のエピトープに結合するモノクロナール抗体よりも、さまざまな部位に結合することの出来るポリクロナール抗体がマスキングには有効である。(段落【0058】)」の記載から、実施例3に記載されるダチョウ抗体がポリクローナル抗体であることが理解される。
つまり、抗エボラウイルスのポリクローナル抗体は、補正発明にいう「エボラウイルスマスキング用」として好適なものであると解される。
これに対して、引用発明もポリクローナル抗体であるから、抗原上の異なるエピトープに結合する多種類の抗体が含まれており、これらの抗体が抗原であるウイルス蛋白質のさまざまな部位に結合するものであり、すなわち、引用発明の抗体もウイルスを「マスキング」するものと認められる。
そして、相違点1で検討したとおり、引用発明において、エボラウイルスのリコンビナント蛋白質を用い抗エボラウイルス抗体を作成することは、当業者が容易になし得ることであり、そうして作成された抗エボラウイルス抗体はポリクローナル抗体であるから、エボラウイルスを「マスキング」するもの、すなわち「エボラウイルスマスキング用」のものといえる。
そうすると、相違点2も当業者が容易になし得ることである。
そして、補正発明において、文献1の記載及び周知の事項から予測できない効果が奏されたとも認められない。
したがって、補正発明は文献1に記載された発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。
よって、本件補正により補正された特許請求の範囲の請求項1に記載された発明は、特許出願の際独立して特許を受けることができるものではない。

(5)小括
以上のとおり、本件補正は、特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第7項の規定に適合しないから、同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下されるべきものである。


第3 本願発明について
1.本願に係る発明
本件補正は上記のとおり却下されたので、本願の請求項1?9に係る発明は、願書に添付された特許請求の範囲の請求項1?9に記載の事項により特定される発明であると認める。

2.原査定の理由
令和2年3月19日付け拒絶査定は、この出願の請求項1に係る発明は、その優先日前に日本国内又は外国において頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった文献1?6に記載された発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない、との理由を含むものである。

3.当審の判断
本願の請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は、上記第2の1.に(補正前)として記載したものであり、補正後の請求項1に係る発明が備える雌性鳥類が「ダチョウである」及び抗エボラウイルス抗体が「エボラウイルスマスキング用」であるという構成を有さないものであるが、本願発明は補正発明に特定される上記の構成を含む態様を包含していると認められる。
そうすると、本願発明は、補正発明と同様の理由から、文献1に記載された発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。


第4 むすび
以上のとおり、本願の請求項1に係る発明は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるであるから、他の請求項に係る発明について言及するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。


 
審理終結日 2021-06-02 
結審通知日 2021-06-08 
審決日 2021-06-23 
出願番号 特願2015-214827(P2015-214827)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (C07K)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 池上 京子  
特許庁審判長 田村 聖子
特許庁審判官 松野 広一
中島 庸子
発明の名称 エボラウイルスに対する抗体および抗体の製造方法  
代理人 廣幸 正樹  

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