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審決分類 審判 全部申し立て 特29条の2  F02M
審判 全部申し立て 2項進歩性  F02M
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  F02M
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  F02M
管理番号 1377768
異議申立番号 異議2020-700141  
総通号数 262 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2021-10-29 
種別 異議の決定 
異議申立日 2020-03-02 
確定日 2021-07-20 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第6580757号発明「フューエルレール用ステンレス鋼」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6580757号の明細書及び特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正明細書、特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1ないし7〕について訂正することを認める。 特許第6580757号の請求項1、4ないし7に係る特許を維持する。 特許第6580757号の請求項2及び3に係る特許についての特許異議申立てを却下する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6580757号の請求項1ないし7に係る特許(以下、「請求項1に係る特許」ないし「請求項7に係る特許」という。)についての出願は、平成30年6月27日に出願され、令和元年9月6日にその特許権の設定登録がされ、令和元年9月25日に特許掲載公報が発行された。
その後、その特許に対し、令和2年3月2日に特許異議申立人 コベルコ鋼管株式会社(令和2年11月13日に丸一ステンレス鋼管株式会社に社名変更。以下「申立人」という。)により特許異議の申立てがされ、当審は、令和2年6月30日付け(発送日:令和2年7月7日)で取消理由を通知した。特許権者は、その指定期間内である令和2年9月3日に意見書の提出及び訂正の請求を行い、当審は、令和2年10月12日付け(発送日:令和2年10月16日)で申立人に通知書(訂正請求があった旨の通知)を送付し、申立人は令和2年11月13日に意見書を提出し、当審は、令和2年12月21日付け(発送日:令和3年1月5日)で取消理由(決定の予告)を通知し、特許権者は、令和3年3月8日に意見書の提出及び訂正の請求を行い、当審は、令和3年4月22日付け(発送日:令和3年4月28日)で申立人に通知書(訂正請求があった旨の通知)を送付し、申立人は令和3年5月26日に意見書を提出し、特許権者は令和3年6月24日に上申書を提出した。

第2 訂正の適否についての判断
1 訂正の内容
令和3年3月8日の訂正の請求(以下「本件訂正請求」という。)による訂正の内容は、以下のとおりである(下線は特許権者が付した。)。
(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1に
「 インジェクタカップがステンレス鋼製パイプに銅ろう付けされてなる、直噴内燃機関用フューエルレールであって、
前記ステンレス鋼製パイプが、
式I (Si%)≦3.75(C%)+0.37(ただし、(C%)≦0.08(式中、原子記号と%の組み合わせは、鋼中の各原子の質量%濃度を意味する)
を満たすSi濃度(Si%)とC濃度(C%)を有するオーステナイト系ステンレス鋼製であり、
式III 0.2%耐力(MPa)=133+481(C%)+24.6(Si%)-1.7(Mn%)-3.8(Ni%)+4.1(Cr%)+17.3(Mo%)-7.7(Cu%)+931(N%)(式中、原子記号と%の組み合わせは、鋼中の各原子の質量%濃度を意味する)
で表される、前記オーステナイト系ステンレス鋼の0.2%耐力が、400MPa以上であることを特徴とする、直噴内燃機関用フューエルレール。」とあるのを、
「 インジェクタカップがステンレス鋼製パイプに銅ろう付けされてなる、直噴内燃機関用フューエルレールであって、
前記ステンレス鋼製パイプが、
式I (Si%)≦3.75(C%)+0.37(ただし、(C%)≦0.03)(式中、原子記号と%の組み合わせは、鋼中の各原子の質量%濃度を意味する)
を満たすSi濃度(Si%)とC濃度(C%)を有するオーステナイト系ステンレス鋼製であり、
式III 0.2%耐力(MPa)=133+481(C%)+24.6(Si%)-1.7(Mn%)-3.8(Ni%)+4.1(Cr%)+17.3(Mo%)-7.7(Cu%)+931(N%)(式中、原子記号と%の組み合わせは、鋼中の各原子の質量%濃度を意味する)
で表される、前記オーステナイト系ステンレス鋼の0.2%耐力が、400MPa以上であることを特徴とする、直噴内燃機関用フューエルレール。」
に訂正する。
請求項1を引用する請求項4乃至7も同様に訂正する。

(2)訂正事項2
特許請求の範囲の請求項2及び3を削除する。

(3)訂正事項3
特許請求の範囲の請求項4に
「 Ni濃度(%)が7.0?9.5%の範囲、Cr濃度(%)が18.00?22.00%の範囲、C濃度(%)が0.08%以下、Si濃度(%)が1.0%以下、である、請求項1?3のいずれか一項に記載の直噴内燃機関用フューエルレール。」とあるのを、
「 Ni濃度(%)が7.0?9.5%の範囲、Cr濃度(%)が18.00?22.00%の範囲、C濃度(%)が0.03%以下、Si濃度(%)が0.45%以下、である、請求項1に記載の直噴内燃機関用フューエルレール。」
に訂正する。

(4)訂正事項4
特許請求の範囲の請求項5の
「請求項1?4のいずれか一項に記載の直噴内燃機関用フューエルレールの製造方法であって、
前記インジェクタカップを前記ステンレス鋼製パイプに銅ろう付けすることを特徴とする、上記直噴内燃機関用フューエルレールの製造方法。」を、
「請求項1又は4に記載の直噴内燃機関用フューエルレールの製造方法であって、
前記インジェクタカップを前記ステンレス鋼製パイプに銅ろう付けすることを特徴とする、上記直噴内燃機関用フューエルレールの製造方法。」
に訂正する。

(5)訂正事項5
願書に添付した明細書の段落0049の下記記載
「(引張試験)
機械的特性値は、引張試験によって求めた。試験方法はJIS Z 2241に準じ、試験片は13B号試験片を用いて、引張速度 5mm/minで試験した。」
を削除する。

(6)訂正事項6
願書に添付した明細書の段落0056の記載を
「表2(続き)


に訂正する。

(7)訂正事項7
願書に添付した明細書の段落0057の記載を
「 表2から明らかなように、No.1?No.3は、銅ろう付け性が劣る。これは、図2に示すようにSi/C比率が高いことによるものと考えられる。
No.4?No.7では、Si/C比率が低いことから銅ろう付け性が改善された。
しかし、これらのステンレス鋼では0.2%耐力が十分ではないためさらに組成の改良を試みた。
すなわち、No.8は窒素含有量を0.225(%)に上昇させ、0.2%耐力を400MPa以上まで上昇することができたが、Si/Cが高くなり、銅ろう付け性が不良になってしまった。さらに、溶接凝固割れも生じてしまった。
No.9は、窒素含有量を0.250(%)に上昇させ、0.2%耐力を400MPa以上まで上昇することができた。さらに、Si/Cが低く、銅ろう付けが良好であり、また、溶接凝固割れが生じなかった。」
に訂正する。
すなわち、「Creq/Nieqが1.58と小さく」及び「Creq/Nieqが1.74と高く」を削除する。

(8)一群の請求項について
訂正前の請求項1ないし7について、請求項2及び4ないし7は、請求項1を引用しているものであって、訂正事項1によって記載が訂正される請求項1に連動して訂正されるものであり、請求項4ないし7は請求項3を引用しているものであって訂正事項2によって記載が訂正される請求項3に連動して訂正されるものである。
したがって、本件訂正請求は、一群の請求項〔1ないし7〕に対して請求されたものである。

2 訂正の目的の適否、新規事項の有無、及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否
(1)訂正事項1について
訂正事項1は、訂正前の請求項1のステンレス鋼製パイプのC濃度「(C%)≦0.08)」について、願書に添付した明細書の段落0031の記載に基づいて、「(C%)≦0.03)」に減縮するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。そして、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり、また、カテゴリーや対象、目的を変更するものには該当しないから、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第5項及び第6項に適合するものである。

(2)訂正事項2について
訂正事項2は、訂正前の請求項2及び3を削除するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。そして、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり、また、カテゴリーや対象、目的を変更するものには該当しないから、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第5項及び第6項に適合するものである。

(3)訂正事項3
訂正事項3は、訂正前の請求項4のステンレス鋼製パイプのC濃度「0.08%以下」を願書に添付した明細書の段落0031の記載に基づいて「0.03%以下」に、またSi濃度「1.0%以下」を願書に添付した明細書の段落0032の記載に基づいて「0.45%以下」に減縮するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。そして、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり、また、カテゴリーや対象、目的を変更するものには該当しないから、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第5項及び第6項に適合するものである。

(4)訂正事項4
訂正事項4は、訂正前の請求項5の記載が訂正前の請求項1?4のいずれかの記載を引用する記載であるところ、上記訂正事項2(請求項2及び3を削除)に伴って、請求項2及び3の記載を引用しないものとするための訂正であって、特許法第120条の5第2項ただし書第4号に規定する「他の請求項の記載を引用する請求項の記載を当該他の請求項の記載を引用しないものとすること」を目的とするものである。そして、訂正事項4は、何ら実質的な内容の変更を伴うものではないから、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第5項及び第6項に適合するものである。

(5)訂正事項5
訂正事項5は、願書に添付した明細書の段落0049には「引張試験」の試験方法が記載されていたところ、これに対応する試験結果は当該明細書に記載されておらず不明瞭な記載が生じていたので、これを削除する訂正をするものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第3号に規定する明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。そして、訂正事項5は明細書に記載した事項の範囲内であり、また特許請求の範囲のカテゴリーや対象、目的を変更するものでもない。よって、訂正事項5は、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第5項及び第6項に適合するものである。

(6)訂正事項6
訂正事項6は、訂正前の明細書の段落0055?0056の「表2」のNo.9のステンレス鋼の組成から計算される「Cr/Ni当量」及び「0.2%耐力」と、「表2(続き)」に示されるNo.9のステンレス鋼の「Cr/Ni当量」及び「0.2%耐力」の値が整合しておらず不明瞭な記載が生じていたので、これらを削除する訂正を行うものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第3号に規定する明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。そして、訂正事項6は、明細書に記載した事項の範囲内であり、また特許請求の範囲のカテゴリーや対象、目的を変更するものでもないから、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第5項及び第6項に適合するものである。

(7)訂正事項7
訂正事項7は、訂正前の明細書の段落0057に
「 すなわち、No.8は窒素含有量を0.225(%)に上昇させ、0.2%耐力を400MPa以上まで上昇することができたが、Si/Cが高くなり、銅ろう付け性が不良になってしまった。さらにCreq/Nieqが1.58と小さく、溶接凝固割れも生じてしまった。
No.9は、窒素含有量を0.250(%)に上昇させ、0.2%耐力を400MPa以上まで上昇することができた。さらに、Si/Cが低く、銅ろう付けが良好であり、またCreq/Nieqが1.74と高く、溶接凝固割れが生じなかった。」
と記載されていたところ、訂正事項6において「表2(続き)」から「Cr/Ni当量」を削除したので、これに整合するように、「Creq/Nieq」(Cr/Ni当量)に関する記載を削除するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第3号に規定する明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。そして、訂正前の明細書の段落0057の記載から「Cr/Ni当量」に関する記載を削除することは明細書に記載した事項の範囲内であり、また関連する特許請求の範囲の請求項2及び3も削除した(訂正事項2)のであるから、特許請求の範囲のカテゴリーや対象、目的を変更するものでもない。よって、訂正事項7は、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第5項及び第6項に適合するものである。

3 小括
以上のとおりであるから、本件訂正請求による訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号及び第4号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第9項において準用する同法126条第5項及び第6項の規定に適合する。
したがって、明細書及び特許請求の範囲を、訂正請求書に添付された訂正明細書、特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1ないし7〕について訂正することを認める。

第3 訂正後の本件発明
本件訂正請求により訂正された請求項1ないし7に係る発明(以下、「本件訂正発明1」ないし「本件訂正発明7」という。)は、訂正特許請求の範囲の請求項1ないし7に記載された事項により特定される次のとおりのものである。

「【請求項1】
インジェクタカップがステンレス鋼製パイプに銅ろう付けされてなる、直噴内燃機関用フューエルレールであって、
前記ステンレス鋼製パイプが、
式I (Si%)≦3.75(C%)+0.37(ただし、(C%)≦0.03)(式中、原子記号と%の組み合わせは、鋼中の各原子の質量%濃度を意味する)
を満たすSi濃度(Si%)とC濃度(C%)を有するオーステナイト系ステンレス鋼製であり、
式III 0.2%耐力(MPa)=133+481(C%)+24.6(Si%)-1.7(Mn%)-3.8(Ni%)+4.1(Cr%)+17.3(Mo%)-7.7(Cu%)+931(N%)(式中、原子記号と%の組み合わせは、鋼中の各原子の質量%濃度を意味する)
で表される、前記オーステナイト系ステンレス鋼の0.2%耐力が、400MPa以上であることを特徴とする、直噴内燃機関用フューエルレール。
【請求項2】削除
【請求項3】削除
【請求項4】
Ni濃度(%)が7.0?9.5%の範囲、Cr濃度(%)が18.00?22.00%の範囲、C濃度(%)が0.03%以下、Si濃度(%)が0.45%以下、である、請求項1に記載の直噴内燃機関用フューエルレール。
【請求項5】
請求項1又は4のいずれか一項に記載の直噴内燃機関用フューエルレールの製造方法であって、
前記インジェクタカップを前記ステンレス鋼製パイプに銅ろう付けすることを特徴とする、上記直噴内燃機関用フューエルレールの製造方法。
【請求項6】
前記インジェクタカップを前記ステンレス鋼製パイプに銅ろう付けする前に、溶接によりインジェクタカップを仮止めすることを特徴とする、請求項5記載の上記直噴内燃機関用フューエルレールの製造方法。
【請求項7】
仮止めのための前記溶接が、アーク溶接、TIG溶接、YAGレーザー溶接、及び電子ビーム溶接からなる群より選択される溶接方法により行われる、請求項6記載の上記直噴内燃機関用フューエルレールの製造方法。」

第4 取消理由通知に記載した取消理由について
1 取消理由の概要
訂正前の請求項1ないし7に係る特許に対して、当審が令和2年12月21日付けで特許権者に通知した取消理由(決定の予告)の概要は、次のとおりである。

取消理由1(拡大先願)本件特許の請求項1及び4ないし7(請求項2及び3を引用するものを除く。)に係る発明は、その出願の日前の特許出願であって、その出願後に特許掲載公報の発行又は出願公開がされた下記の特許出願の願書に最初に添付された明細書、特許請求の範囲又は図面に記載された発明と同一であり、しかも、この出願の発明者がその出願前の特許出願に係る上記の発明をした者と同一ではなく、またこの出願の時において、その出願人が上記特許出願の出願人と同一でもないので、特許法第29条の2の規定により、特許を受けることができないから、その発明に係る特許は取り消すべきものである。

取消理由2(実施可能要件)本件特許は、発明の詳細な説明の記載が下記の点で不備のため、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。

取消理由3(サポート要件)本件特許の請求項1ないし7に係る発明は、下記の点で発明の詳細な説明に記載したものではないから、特許法第36条第6項2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。



●取消理由1(拡大先願)について
引用特許出願
特願2017-175651号(国際公開第2019/054390号(甲第8号証))

●取消理由2(実施可能要件)について
本件特許の発明の詳細な説明の記載(特に、段落【0055】の表2及び段落【0056】の表2(続き))は、不備があるから、当業者が、請求項1ないし7に係る発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものでない。

●取消理由3(サポート要件)について
本件特許の発明の詳細な説明には、請求項1ないし7に係る発明の具体的な実施例が適切に開示されていないから、請求項1ないし7に係る発明は、発明の詳細な説明に記載したものではない。

第5 当審の判断
1 取消理由1(拡大先願)について
(1)引用特許出願の明細書に記載の事項、引用発明等
特願2017-175651号(国際公開第2019/054390号(甲第8号証))には、次の事項が記載されている(下線は当審で付与した。)。
なお、国際公開第2019/054390号に対応する国際特許出願PCT/JP2018/033714の国際出願日は2018年9月11日であり、本件特許の出願日よりも後であるから、当該国際特許出願の優先権主張の基礎となっている特願2017-175651号(出願日:平成29年9月13日)を、引用特許出願とした。
また、以下、特願2017-175651号の願書に最初に添付された明細書を「明細書」といい、国際公開第2019/054390号を「国際公開」という。

ア 「本発明は、オーステナイト系ステンレス鋼及びその製造方法に関する。」(明細書段落【0001】、国際公開段落[0001])

イ 「当該オーステナイト系ステンレス鋼は、強度が優れるため、自動車エンジンの直噴高圧化にも十分対応可能であり、自動車燃料噴射管に好適に用いられる。また、当該オーステナイト系ステンレス鋼は、熱処理後の形状保持性が良好であることからも、ろう付け熱処理がなされる自動車燃料噴射管に好適に用いられる。」(明細書段落【0013】、国際公開段落[0013])

ウ 「当該オーステナイト系ステンレス鋼は、強度が高く、各種用途に適用することができるが、中でも、自動車燃料噴射管に好適に用いることができる。特に、上述のように、当該オーステナイト系ステンレス鋼は、ろう付け熱処理後の変形を抑制でき、また、組成の調整などによって、熱処理後も強度の高い結晶組織を保つようにすることができる。このため、当該オーステナイト系ステンレス鋼は、ろう付け熱処理を行う自動車燃料噴射管の材料として好適である。」(明細書【0050】、国際公開段落[0050])

エ 「[実施例1?7、比較例1?3]鋼板(板材)の作製
真空誘導溶解炉(VIF)を用いて、表1に記載の成分組成(残部はFe及び不可避的不純物)の20kgの円柱状インゴットを作製した。インゴットを1,250℃以上で24hr熱処理し、1,200℃?1,000℃の温度域で熱間鍛造を行い、W60mm×L250mm×t17mmの板材を作製した。この板材に対して、表1に記載の冷間加工前熱処理温度(Tc)で熱処理を行った。次いで、この板材に対して、加工率30%で冷間圧延加工を行った。その後、最終熱処理として、光輝焼鈍炉を用いて表1に記載の冷間加工後熱処理温度(Tf)で熱処理を行い、実施例1?7、及び比較例1?3の供試材を得た。なお、実施例1?7及び比較例1?2は、オーステナイト系ステンレス鋼であり、比較例3は、二相ステンレス鋼である。」(明細書段落【0061】、国際公開段落[0061])

オ 明細書段落【0069】【表1】(国際公開段落[0070][表1])から、実施例6のオーステナイト系ステンレス鋼の成分組成は、Cが0.057質量%、Siが0.52質量%、Mnが2.20質量%、Pが0.019質量%、Sが0.001質量%、Crが18.09質量%、Niが9.15質量%、Cuが0.30質量%、Moが0.25質量%、Alが0.012質量%、Nbが0.08質量%、Nが0.21質量%、であることが読み取れる。

上記から、引用特許出願の明細書には、次の発明(以下「引用発明」という。)が記載されているものと認められる。

〔引用発明〕
「ステンレス鋼の、ろう付け熱処理を行う自動車燃料噴射管であって、
前記ステンレス鋼が、
Cが0.057質量%、Siが0.52質量%、Mnが2.20質量%、Crが18.09質量%、Niが9.15質量%、Cuが0.30質量%、Moが0.25質量%、Nが0.21質量%、の組成成分を有するオーステナイト系ステンレス鋼である、自動車燃料噴射管。」

(2)対比・判断
ア 本件訂正発明1について
本件訂正発明1と引用発明とを対比すると、引用発明における「ステンレス鋼の、ろう付け熱処理を行う自動車燃料噴射管」と本件訂正発明1における「インジェクタカップがステンレス鋼製パイプに銅ろう付けされてなる、直噴内燃機関用フューエルレール」とは、「ろう付けを行うステンレス鋼製パイプ」という限りにおいて一致している。
そして、引用発明における「前記ステンレス鋼が、Cが0.057質量%、Siが0.52質量%、Mnが2.20質量%、Crが18.09質量%、Niが9.15質量%、Cuが0.30質量%、Moが0.25質量%、Nが0.21質量%、の組成成分を有するオーステナイト系ステンレス鋼である」と本件訂正発明1における「前記ステンレス鋼製パイプが、式I (Si%)≦3.75(C%)+0.37(ただし、(C%)≦0.03)(式中、原子記号と%の組み合わせは、鋼中の各原子の質量%濃度を意味する)を満たすSi濃度(Si%)とC濃度(C%)を有するオーステナイト系ステンレス鋼製であり、式III 0.2%耐力(MPa)=133+481(C%)+24.6(Si%)-1.7(Mn%)-3.8(Ni%)+4.1(Cr%)+17.3(Mo%)-7.7(Cu%)+931(N%)(式中、原子記号と%の組み合わせは、鋼中の各原子の質量%濃度を意味する)で表される、前記オーステナイト系ステンレス鋼の0.2%耐力が、400MPa以上である」とは、「前記ステンレス鋼製パイプが、組成成分として、C、Si、Mn、Ni、Cr、Mo、Cu及びNを含むオーステナイト系ステンレス鋼製である」という限りにおいて一致している。
そうすると、本件訂正発明1と引用発明には、以下の一致点、相違点がある。

〔一致点〕
「ろう付けを行うステンレス鋼製パイプであって、
前記ステンレス鋼製パイプが、組成成分として、C、Si、Mn、Ni、Cr、Mo、Cu及びNを含むオーステナイト系ステンレス鋼製である、ろう付けを行うステンレス鋼製パイプ。」

〔相違点1〕
「ろう付けを行うステンレス鋼製パイプ」に関して、本件訂正発明1においては「インジェクタカップ」がステンレス鋼製パイプに「銅」ろう付けされてなる、「直噴内燃機関用フューエルレール」であるのに対して、引用発明においては、ステンレス鋼の、ろう付け熱処理を行う自動車燃料噴射管である点。

〔相違点2〕
「前記ステンレス鋼製パイプが、組成成分として、C、Si、Mn、Ni、Cr、Mo、Cu及びNを含むオーステナイト系ステンレス鋼製である」に関して、本件訂正発明1においては、ステンレス鋼製パイプが、「式I (Si%)≦3.75(C%)+0.37(ただし、(C%)≦0.03)(式中、原子記号と%の組み合わせは、鋼中の各原子の質量%濃度を意味する)を満たすSi濃度(Si%)とC濃度(C%)を有するオーステナイト系ステンレス鋼製であり、式III 0.2%耐力(MPa)=133+481(C%)+24.6(Si%)-1.7(Mn%)-3.8(Ni%)+4.1(Cr%)+17.3(Mo%)-7.7(Cu%)+931(N%)(式中、原子記号と%の組み合わせは、鋼中の各原子の質量%濃度を意味する)で表される、前記オーステナイト系ステンレス鋼の0.2%耐力が、400MPa以上である」のに対して、引用発明においては、ステンレス鋼が、Cが0.057質量%、Siが0.52質量%、Mnが2.20質量%、Crが18.09質量%、Niが9.15質量%、Cuが0.30質量%、Moが0.25質量%、Nが0.21質量%、の組成成分を有するオーステナイト系ステンレス鋼である点。

事案に鑑み、上記相違点2について検討する。
上記相違点2においては、Cの質量%が、本件訂正発明1は「(C%)≦0.03」であるのに対して、引用発明は「Cが0.057質量%」という点で異なっている。
そして、引用特許出願の明細書には、Cの質量%を0.03%以下とする点について開示も示唆もない。
また、上記相違点2に係る本件訂正発明1の発明特定事項は、課題解決のための具体化手段における微差ではない。
そうすると、上記相違点2は、実質的な相違点である。

したがって、上記相違点1について検討するまでもなく、本件訂正発明1は引用発明と同一ではない。

2 取消理由2(実施可能要件)及び取消理由3(サポート要件)について
取消理由2(実施可能要件)及び取消理由3(サポート要件)で指摘した事項は、概略次のようなものである。

請求項1ないし7に係る発明(以下、「本件特許発明1」ないし「本件特許発明7」という。)の実施例として、本件特許の発明の詳細な説明の段落【0055】に表2が、段落【0056】に表2(続き)が記載されているところ、本件特許発明1ないし7の発明特定事項を見かけ上満たすものは、「No.9」だけである。
しかしながら、段落【0056】の表2(続き)の「No.9」の「Cr/Ni当量」の値は「1.74」であるが、当該値は、段落【0055】の表2の「No.9」の成分元素割合から、本件特許発明2及び3の式IIの左辺により計算した値「1.61」と整合していない。
仮に前者が正しいのだとすると、後者の成分元素割合に誤りがある可能性があり、本件特許発明1ないし7の発明特定事項を満たす成分元素割合が正確に開示されていないことになり、仮に後者が正しいのだとすると、「No.9」の「Cr/Ni当量」の値は、本件特許発明2及び3の式IIを満たさないから、本件特許発明2及び3の発明特定事項を満たす成分元素割合が開示されていないことになる。
よって、本件特許の発明の詳細な説明には、本件特許発明1ないし本件特許発明7の具体的な実施例が適切に開示されていないから、本件特許発明1ないし本件特許発明7を、当業者が実施できる程度に記載されているとはいえない。
また、本件特許発明1ないし本件特許発明7が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により、当業者が、当該発明の課題を解決できるものとして認識できる範囲のものであるとは認められず、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるとも認められないので、本件特許発明1ないし7は、発明の詳細な説明に記載されたものではない。

今般、本件訂正請求により、特許請求の範囲の請求項2及び3は削除され(訂正事項2)、
願書に添付した明細書の段落0049の
「(引張試験)
機械的特性値は、引張試験によって求めた。試験方法はJIS Z 2241に準じ、試験片は13B号試験片を用いて、引張速度 5mm/minで試験した。」
との記載は削除され(訂正事項5)、
願書に添付した明細書の段落0056の表2において、「Cr/Ni当量」及び「0.2%耐力(MPa)」の欄は削除され(訂正事項6)
願書に添付した明細書の段落0057の記載から、「Creq/Nieqが1.58と小さく」及び「Creq/Nieqが1.74と高く」との記載が削除された(訂正事項7)。

これらの訂正事項により、段落【0056】の表2(続き)の「No.9」の「Cr/Ni当量」の値は「1.74」であるが、当該値は、段落【0055】の表2の「No.9」の成分元素割合から、本件特許発明2及び3の式IIの左辺により計算した値「1.61」と整合していないから、本件特許発明2及び3の実施例が適切に開示されていないという点は解消した。

次に、本件訂正請求により訂正された明細書(以下「訂正明細書」という。)の発明の詳細な説明が、本件訂正発明1及び4ないし7を、当業者が実施をすることができる程度にされたものであるか、及び、本件訂正発明1及び4ないし7が、訂正明細書の発明の詳細な説明に記載されたものであるかについて検討する。

訂正明細書段落【0004】には、発明が解決しようとする課題について、「特に、素材と銅ろうとのぬれ性を向上させることにより、銅ろう付け性を向上させ、それにより、高い燃料圧力に耐え得る、インジェクタカップがステンレス鋼製パイプに取り付けられてなるオーステナイト系ステンレス鋼製の直噴内燃機関用フューエルレールを提供することを目的とする。」との記載がある。

そして、銅ろう付け性に関して、訂正明細書段落【0017】ないし【0023】、表1及び図2において、本件訂正発明1の発明特定事項である式Iを満たすSi濃度(Si%)とC濃度(C%)を有するオーステナイト系ステンレス鋼製の銅ろう付け性が優れていることが説明されている。
また、高い燃料圧力に耐え得るという点に関して、訂正明細書段落【0028】及び【0029】には、オーステナイト系ステンレス鋼の「0.2%耐力」に及ぼす成分濃度の依存性について、本件訂正発明1の発明特定事項である式IIIで表されることが、参考文献(「大嶋貴之、羽原康裕、黒田光太郎:鉄と鋼、93(2007)、544)とともに記載されている。
また、オーステナイト系ステンレス鋼が含有する各元素の濃度について、訂正明細書段落【0031】ないし【0044】及び訂正明細書段落【0055】の表2として記載されており、ろう付け性及び凝固割れ性の試験結果が訂正明細書段落【0056】の表2(続き)として記載されており、訂正明細書段落【0057】に「No.9は、窒素含有量を0.250(%)に上昇させ、0.2%耐力を400MPa以上まで上昇することができた。さらに、Si/Cが低く、銅ろう付けが良好であり、また、溶接凝固割れが生じなかった。」と記載されている。
これらのことから、本件訂正発明1の発明特定事項である式I及び式IIIと、発明が解決しようとする課題との関係について、当業者であれば理解できるし、その実施例も一応示されているといえる。
ところで、本件訂正請求による訂正によっても、訂正明細書段落【0055】の表2(願書に添付した段落【0055】の表2と同じ)のNo.9の成分元素割合に誤りがあるという疑義は残る。しかしながら、訂正明細書の発明の詳細な説明には、式I及び式IIIの技術上の意義について記載されており、各元素の濃度範囲について訂正明細書の段落【0031】ないし【0044】に記載されているのであるから、当業者は、「No.9」の成分元素割合の記載を参照して、式I及び式IIIを満たすオーステナイト系ステンレス鋼を、過度の試行錯誤を要することなく製造し、使用することができるといえる。

そうすると、訂正明細書の発明の詳細な説明は、当業者が発明(本件訂正発明1及び本件訂正発明1を引用する本件訂正発明4ないし7)の技術上の意義を理解し、その実施ができる程度に明確かつ十分に記載されているといえるし、本件訂正発明1及び4ないし7は、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により、当業者が、当該発明の課題を解決できるものとして認識できる範囲のものであるといえる。

以上のとおりであるから、本件特許の発明の詳細な説明は、当業者が、本件訂正発明1及び4ないし7を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものである。
また、本件訂正発明1及び4ないし7は、発明の詳細な説明に記載したものである。

第6 取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由について
1 取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由の概要

理由1 本件の請求項1、4ないし6に係る発明(以下、「本件発明1」、「本件発明4」・・・のようにいう。)は、甲第1ないし3号証に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

理由2 本件発明2及び3は、甲第1ないし3号証に記載された発明に基いて、又は、甲第1ないし3号証に記載された発明及び周知技術(甲第4及び5号証)に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

理由3 本件発明7は、甲第1ないし3号証に記載された発明及び周知技術(甲第6及び7号証)に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

証拠一覧
甲第1号証:特開2010-7651号公報
甲第2号証:特表2007-508942号公報
甲第3号証:大嶋貴之、羽原康裕、黒田光太郎、Cr-Mn-Niオーステナイト系ステンレル鋼の機械的性質と加工誘起マルテンサイト変態に及ぼす合金の影響、鉄と鋼、日本鉄鋼協会、2007年、第93巻、第8号、p.544?551
甲第4号証:才田一幸、溶接接合教室-基礎を学ぶ-2-8 ステンレス鋼の溶接性、溶接学会誌、溶接学会、2010年、第29巻、第6号、p.582?592
甲第5号証:J.C.Lippold, Solidification Behavior and Cracking Susceptibility of Pulsed-Laser Welds in Austenitic Stainless Steels, Welding Journal, American Welding Society, 1994年、第73巻、第6号、p.129s?139s
甲第6号証:特開2011-144768号公報
甲第7号証:特開2011-226425号公報

2 当審の判断
(1)甲号証に記載された事項等
ア 甲第1号証
甲第1号証(以下「甲1」という。)には、次の事項が記載されている。

(ア)「【請求項1】
直噴内燃機関用燃料レールの構成部品が鋼製もしくはステンレス製であり、かつ前記構成部品が相互にろう付けされた高圧直噴内燃機関用燃料レールであって、前記ろう付け接合された構成部品が、前記ろう付け後に切削及び/又はバニッシング加工されて仕上げられていることを特徴とする高圧直噴内燃機関用燃料レール。
【請求項2】
前記鋼製もしくはステンレス製の直噴内燃機関用燃料レールのインジェクターホルダー及び固定用ブラケットがそれぞれ対をなして本管レールにろう付け接合された構成となしたことを特徴とする請求項1に記載の高圧直噴内燃機関用燃料レール。」

(イ)【0011】
図1に示す高圧直噴内燃機関用燃料レールの本管レール1は、管径φ15?φ30mm程度、肉厚1.5?2.5mm程度の鋼製もしくはステンレス製の鋼管であって、周壁部に前記インジェクター7を接続可能とする鋼製もしくはステンレス製のインジェクターホルダー2が複数設けられている。例えば4気筒エンジンの場合には4個のインジェクターホルダー2が、直列6気筒エンジンの場合には6個のインジェクターホルダー2が、それぞれ所望の間隔で設けられている。なお、各インジェクターホルダー2には当該ホルダーを堅固に固定するため同じく鋼製もしくはステンレス製の固定用ブラケット3が該ホルダーと対をなして本管レール1に設けられている。
【0012】
図1に示す火花点火方式の高圧直噴内燃機関用燃料レールは、内部を流通路1-1となした円筒状の内周壁面1-1aを有する本管レール1の軸方向にわたる周壁部に穿設した貫孔1-2に4個のインジェクターホルダー2を相互にろう付け接合した構造となしたもので、各インジェクターホルダー2には固定用ブラケット3が対をなして本管レール1にろう付け接合され、更に、本管レール1には圧力センサー用ボス4が壁面に、プラグ5とインレットコネクター6が管端部にろう付け接合により取付けられている。そして、この図1に示す直噴内燃機関用燃料レールは、その構成部品である本管レール1、インジェクターホルダー2、固定用ブラケット3及び圧力センサー用ボス4はすべて、前記ろう付け後に切削加工されて仕上げられている。
なお、この高圧直噴内燃機関用燃料レールの前記構成部品がすべて鋼製である場合は、前記構成部品及びそのろう付け接合部の少なくとも燃料との接触部をめっき被膜で被覆することが好ましい。その場合、前記めっき被膜としては、化学ニッケルめっき被膜が好ましい。又、前記構成部品の少なくとも燃料との接触部分に、先ず化学ニッケルめっきを施し、続いて前記構成部品の外表面にクロメート層を有する亜鉛めっき被膜もしくは同じくクロメート層を有する亜鉛-ニッケルめっきを施すことができる。」

上記記載事項から、甲1には、次の発明(以下「甲1発明」という。)が記載されている。

〔甲1発明〕
「インジェクターホルダーがステンレス製の本管レールに銅ろう付けされてなる、高圧直噴内燃機関用燃料レール。」

イ 甲第2号証
甲第2号証(以下「甲2」という。)には、次の事項が記載されている。

(ア)「【請求項1】
鋳造工程の間に移動する壁により縦方向サイドを形成する鋳造用間隙(4)中において、溶鋼を連続的操作で鋳造して鋼ストリップ(B)を形成し、そして、溶融プール(6)内の鋳造用間隙(4)上に存在する溶鋼を、窒素及び水素を含有する雰囲気(A)下に保つ、鋳鋼ストリップ(B)の製造方法であって、前記雰囲気(A)の水素含有量が0モル%より大きく10モル%までであり、そして、鋼ストリップ(B)の特性を調節するためにそれぞれの場合に選択的に存在する鋳造された溶鋼のCr、Mo、Nb、Si、Ti、Ni、Mn、C又はN含有量が、Cr当量であるCreqと、Ni当量であるNieqとから形成されるCreq/Nieq比について下記式:
Creq/Nieq≧1.7
(上記式中、
Creq=%Cr+1.37%Mo+2%Nb+1.5%Si+3%Ti、
Nieq=%Ni+0.31%Mn+22%C+14%N+%Cu、
%Cr=それぞれのCr含有量、
%Mo=それぞれのMo含有量、
%Nb=それぞれのNb含有量、
%Si=それぞれのSi含有量、
%Ti=それぞれのTi含有量、
%Ni=それぞれのNi含有量、
%Mn=それぞれのMn含有量、
%C=それぞれのC含有量、
%N=それぞれのN含有量)
が当てはまるように、それぞれの場合に選択されることを特徴とする、前記製造方法。」

(イ)「【0009】
従って、本発明の目的は、従来技術と比較して著しく改良された表面組成を有する高品質な鋼ストリップを製造することができる方法を明確にすることである。」

(ウ)「【0026】
鋳造用溶鋼E11?E23及びV11?13のそれぞれの組成を表1に示す。比較のために加工した溶融体V11?13の場合は、Creq/Nieq比が1.7未満であるのに対して、鋼E11?E13のCreq/Nieq比は、1.7?1.8であり、そして鋼E21?E23のCreq/Nieq比は、1.8を越える。」

(エ)「【表1】



ウ 甲第3号証
甲第3号証(以下「甲3」という。)には、次の事項が記載されている。

(ア)「オーステナイト組成が得られた鋼において、成分と0.2%耐力とを回帰分析した。その結果、式(5)の関係式が得られ、Fig.6の計算耐力と実測された耐力との関係に示すように、両者にはよい相関が認められた。
0.2%P.S.(MPa)=133+481[%C]+24.6[%Si]-1.7[%Mn]-3.8[%Ni]+4.1[%Cr]+17.3[%Mo]-7.7[%Cu]+931[%N]・・・・・(5)」(549ページ右欄1ないし9行)

(イ)図6として、計算耐力と実測された耐力との関係が示されている。(549ページ右欄)

(3)対比・判断
ア 本件発明1について
本件発明1と甲1発明とを対比すると、甲1発明における「インジェクターホルダー」は、その機能、構成又は技術的意義からみて本件発明1の「インジェクタカップ」に相当し、以下同様に、「ステンレス製の本管レール」は「ステンレス鋼製パイプ」に、「高圧直噴内燃機関用燃料レール」は「直噴内燃機関用フューエルレール」に、それぞれ相当する。
そうすると、本件発明1と甲1発明との間には、次の一致点、相違点がある。

〔一致点〕
「インジェクタカップがステンレス鋼製パイプに銅ろう付けされてなる、直噴内燃機関用フューエルレール。」

〔相違点3〕
「ステンレス鋼製パイプ」が、本件発明1においては「式I (Si%)≦3.75(C%)+0.37(ただし、(C%)≦0.08)(式中、原子記号と%の組み合わせは、鋼中の各原子の質量%濃度を意味する)を満たすSi濃度(Si%)とC濃度(C%)を有するオーステナイト系ステンレス鋼製であり、式III 0.2%耐力(MPa)=133+481(C%)+24.6(Si%)-1.7(Mn%)-3.8(Ni%)+4.1(Cr%)+17.3(Mo%)-7.7(Cu%)+931(N%)(式中、原子記号と%の組み合わせは、鋼中の各原子の質量%濃度を意味する)で表される、前記オーステナイト系ステンレス鋼の0.2%耐力が、400MPa以上である」のに対して、甲1発明においては、かかる事項を備えていない点。

上記相違点3について検討する。
甲2の【表1】に記載された鋳造用溶接鋼E11ないしE13、E21ないしE23(以下「溶接鋼E11」のようにいう。)は、SiとCの成分割合が、本件発明1で特定する式I (Si%)≦3.75(C%)+0.37(ただし、(C%)≦0.08)(以下「式I」という。)を満たしている。
甲3には、上記のとおり、オーステナイト組成が得られた鋼において、次の式(本件発明1で特定する式IIIと同じ。以下「式III」という。)から計算した計算耐力と実測された耐力との間に、よい相関関係があることが示されている。
0.2%P.S.(MPa)=133+481[%C]+24.6[%Si]-1.7[%Mn]-3.8[%Ni]+4.1[%Cr]+17.3[%Mo]-7.7[%Cu]+931[%N]
しかしながら、甲2の溶接鋼E11ないしE13、E21ないしE23は、式IIIを満たさない。また、甲2の溶接鋼E11ないしE13、E21ないしE23は式Iを満たしているものの、式Iを満たすようにSiとCとの成分割合を定めたという旨の記載は、甲2には存在しない。さらに、甲2は、「本発明の目的は、従来技術と比較して著しく改良された表面組成を有する高品質な鋼ストリップを製造することができる方法を明確にすること」(上記(2)イ (イ))を課題として、「鋼ストリップの特性を調節するためにそれぞれの場合に選択的に存在する鋳造溶鋼のCr、Mo、Nb、Si、Ti、Ni、Mn、C又はN含有量である%Cr、%Mo、%Nb、%Si、%Ti、%Ni、%Mn、%C又は%Nが、Cr当量であるCreqとNi当量であるNieqとから形成されるCreq/Nieq比について下記式:
Creq/Nieq≧1.7
(上記式中、
Creq=%Cr+1.37%Mo+2%Nb+1.5%Si+3%Ti、
Nieq=%Ni+0.31%Mn+22%C+14%N+%Cu)
が当てはまるように、それぞれの場合に選択される」(上記(2)イ (ア))というものであって、鋳造用溶接鋼E11ないしE13、E21ないしE23の成分を、式I及び上記の式Creq/Nieq≧1.7を満たしたまま、式IIIを満たすように変更して、甲1発明に適用する動機付けは存在しない。

してみると、上記相違点3に係る本件発明1の発明特定事項は、甲1発明に、甲2及び3に記載された事項を参照しても、当業者が容易になし得たものではない。
したがって、本件発明1は、甲1発明並びに甲2及び3に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。

なお、甲第4及び5号証(以下「甲4」及び「甲5」という。)は、
Creq/Nieq≧1.7(ただし、Cr当量(Creq)=(Cr%)+1.37(Mo%)+1.5(Si%)+2(Nb%)+3(Ti%)、及び、Ni当量(Nieq)=(Ni%)+0.31(Mn%)+22(C%)+14.2(N%)+(Cu%))
(本件発明2及び3の特定事項である式IIと同じ。)
を満たすと、溶接部の凝固割れ感受性を小さくすることができることを示すものであって、上記相違点3に係る本件発明1の発明特定事項を開示ないし示唆するものではない。
甲第6及び7号証(以下「甲6」及び「甲7」という。)は、仮止めのための溶接が、アーク溶接、TIG溶接、YAGレーザー溶接、及び電子ビーム溶接からなる群より選択される溶接方法により行われることを示すものであって、上記相違点3に係る本件発明1の発明特定事項を開示ないし示唆するものではない。
したがって、本件発明1は、甲1発明並びに甲2及び3に記載された事項に加えて、甲4ないし7に記載された事項を参照したとしても、当業者が容易に発明をすることができたものではない。

イ 本件発明2及び3について
本件発明2及び3は、訂正により削除されたため、異議申立理由がなくなった。

ウ 本件発明4ないし7について
本件発明4ないし7は、本件発明1の発明特定事項を全て含むから、上記と同様に、甲1発明及び甲2ないし7に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。

(4)まとめ
したがって、上記理由1ないし3は、いずれも採用できない。

第6 令和3年5月26日付け申立人からの意見書について
令和3年5月26日付け申立人からの意見書(以下「意見書」という。)の主張は、要するに、式IIIで表される計算値と実測された0.2%耐力との相関関係は、400MPa以上という高強度の範囲において成り立つとはいえない、というものである。
しかしながら、式IIIは、訂正前の(特許異議申立時の)請求項1及び3に記載されていたものであるから、申立人の上記主張は、実質的に新たな理由を提示しているものである。
なお、本件訂正請求において、特許権者は願書に添付した明細書段落【0049】の引張試験に係る記載、及び、段落【0050】表2(続き)から、「0.2%耐力(MPa)」の欄を削除しているから、0.2%耐力が400MPa以上という事項について、試験結果による裏付けがなくなり、式IIIのみになったことにより生じた理由といえなくもない。
しかしながら、申立人は特許異議申立時から、「本件特許発明明細書の段落[0056]の表に記載の0.2%耐力の値は、本件特許明細書の段落[0049]に記載された測定値では無く、式IIIに基づく計算値であると判断した方が妥当であるとも考えられる。」(特許異議申立書29ページ)と述べており、実際の測定値による裏付けがない可能性も認識している。
さらに、特許権者が、令和2年9月3日の訂正請求書で「(2)上記表の「Cr/Ni当量」と「0.2%耐力」は以下を意味する・・・「0.2%耐力」:133+481(C%)+24.6(Si%)-1.7(Mn%)-3.8(Ni%)+4.1(Cr%)+17.3(Mo%)-7.7(Cu%)+931(N%)上記式中、原子記号と%の組み合わせは、鋼中の各原子の質量%濃度を意味する。」(8ないし9ページ)と述べていることから、表2(続き)の「0.2%耐力」が計算値であることが認識できるから、遅くとも、申立人は令和2年11月13日の意見書で、当該主張ができたはずである。
したがって、申立人の上記主張は時期に遅れた新たな主張であるから採用できない。
予備的に申立人の上記主張について検討すると、0.2%耐力が400MPa以上というのは、要求される材料強度の目安であって(明細書段落【0002】)、本件発明が、0.2%耐力の実測値を400MPa以上とすることを課題としているとまではいえないし、式IIIが、0.2%耐力が400MPa以上においては全く成り立たないとまではいえないので、式IIIによる0.2%耐力が400MPa以上であれば、相応の強度を有しているであろうことは推測できるから、申立人の上記主張は採用できない。

第7 むすび
以上のとおりであるから、取消理由通知に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した特許異議申立理由によっては、本件請求項1及び4ないし7に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件請求項1及び4ないし7に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
なお、本件請求項2及び3に係る特許は、本件訂正請求による訂正により削除された。これにより、本件請求項2及び3に係る特許に対して、申立人がした特許異議の申立てについては、対象となる請求項が存在しないものとなったため、特許法第120条の8第1項で準用する同法第135条の規定により却下する。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】
フューエルレール用ステンレス鋼
【技術分野】
【0001】
本発明は、エンジンの燃焼室内に高圧の燃料を供給するフューエルインジェクタ(燃料噴射装置)へ燃料を分配するためのフューエルレール、特に直噴内燃機関用フューエルレールに用いるステンレス鋼に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来のガソリン直噴システムの燃料圧力は30MPa以下であり、フューエルレールの耐圧強度は、材料板厚により確保されていた。このような燃料圧力の領域では、とくに高強度材を用いる必要はなく、一般的なオーステナイト系ステンレス鋼、例えばSUS304、またはそれら低炭素鋼などのシームレスパイプが使用されてきた。
しかしながら、近年の燃費改善要求や排出ガス規制強化などにより、特許文献1、2の様にガソリン直噴システムの燃料圧力は、さらに上昇する傾向にあり、現在では、30MPaを超える直噴システムが要求されるようになった。
このため、材料板厚を上げることによって耐圧強度を確保する方法も選択肢としてはあるが、板厚を上げることによるフューエルレールのコスト増、重量増および大型化などの課題が生じる。
そこで、上記のように材料板厚を上げて耐圧強度を確保する以外の方法として、材料自体を強度化する検討も進められてきた(例えば特許文献3)。
現在、各自動車メーカーから要求される高強度材の材料強度の目安としては、0.2%耐力が400MPa以上である。
高強度材の候補として二相ステンレス鋼のシームレスパイプの使用も種々検討されてきた(例えば特許文献4)。
ただし、二相ステンレス鋼は高強度材として優れ、選択鋼種も多いものの、製造コストが高く、また、熱処理時のオーステナイト/フェライト相比率の安定性に劣る問題がある。例えば、フューエルレールの製造には図1に示すようにインジェクタカップの取り付けを銅ろう付けで行うことが多く、銅ろう熱処理時に局部的な僅かな熱履歴の違いによって、オーステナイト/フェライト相比率が変化し、形状が安定しないなどの問題が生じる。
また、二相ステンレス鋼のシームレス管の製造コストを抑える目的で、板材を用いた溶接管や溶接引抜き管への変更も検討されたが、上記のように溶接部/母材間の局部的熱履歴の違いが、オーステナイト/フェライト相比率を変化させ、形状が安定しない問題が依然として残っている。
上記のように、フューエルレールの製造にはインジェクタカップの取り付けを銅ろう付けで行うことが一般的であるため、インジェクタカップとの接合強度を得るための銅ろうとのぬれ性が重要となり、上記のように材料自体の強度化に加え、銅ろうとのぬれ性向上が材料特性として必要になる。
さらに、銅ろう付け前のインジェクタカップの仮止め用として、電子ビーム溶接やYAGレーザー溶接などが使用される場合があり、これらの溶接では、冷却速度が大きいため、凝固割れが懸念される。
このため、材料強度が高く、銅ろうのぬれ性が良く、さらに溶接性、とくに凝固割れを低減させた材料特性が必要となる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2007-16668号公報
【特許文献2】特開2010-7651号公報
【特許文献3】特開2016-133100号公報
【特許文献4】特開2014-202209号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は上記の課題を解決しようとするものである。すなわち、直噴内燃機関(ガソリン直噴エンジンシステム)の燃料圧力の上昇化への対応、すなわち比較的薄肉に成形しても、高い燃料圧力に耐え得る高強度の直噴内燃機関用フューエルレールを提供することを課題とする。
特に、素材と銅ろうとのぬれ性を向上させることにより、銅ろう付け性を向上させ、それにより、高い燃料圧力に耐え得る、インジェクタカップがステンレス鋼製パイプに取り付けられてなるオーステナイト系ステンレス鋼製の直噴内燃機関用フューエルレールを提供することを目的とする。
さらに本発明の目的は、上記銅ろう付け性が向上した直噴内燃機関用フューエルレールにおいて、インジェクタカップの仮止めのための溶接時において、溶接凝固割れ感受性が低下し、それにより高い燃料圧力に耐え得るオーステナイト系ステンレス鋼製の直噴内燃機関用フューエルレールを提供することを課題とする。
本発明の他の目的は、上述の課題を解決し、さらに高強度化が達成されたオーステナイト系ステンレス鋼製直噴内燃機関用フューエルレールを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、特に銅ろうとのぬれ性に優れるオーステナイト系ステンレス鋼を得るべく鋭意検討を行った。
その結果、従来のオーステナイト系ステンレス鋼において、下記式Iを満たすSi濃度(Si%)とC濃度(C%)を有するオーステナイト系ステンレス鋼の銅ろう付け性が特に良好であることを見いだした。なお、下記式において「3.75(C%)」は「3.75」という係数にC質量%濃度(C%)を掛けたものを意味する。式II及び式IIIにおいても同様の表現を用いる。
式I (Si%)≦3.75(C%)+0.37(ただし(C%)≦0.08)
【0006】
式Iを満たすSi濃度とC濃度を有するオーステナイト系ステンレス鋼の銅ろう付け性が特に良好であり、一方、式Iを満たさないSi濃度とC濃度を有するオーステナイト系ステンレス鋼のろう付け性が劣っていた。顕微鏡で式Iを満たさないSi濃度とC濃度を有するオーステナイト系ステンレス鋼の材料の表面を観察したところ、材料表面に析出物が多数見られた(図3)。これは、鋼中の酸化性の高いSiと炉内酸素によって材料表面にSiO_(2)が析出したものである。このSiO_(2)の表面析出が、ろうの融点(BCu-1B:1083℃)までの温度域で生じるため、材料と銅ろうとの界面で拡散障壁となり、ろうのぬれ性を阻害し、その結果ろう付け性が低下すると考えられる。一方、上記式Iを満たすSi濃度とC濃度を有するオーステナイト系ステンレス鋼では、SiO_(2)の表面析出がほとんど見られなかった(図4)。ろうのぬれ性を阻害するものがなく、ろう付け性が良好となったものと考えられる。
また、鋼中のC濃度が高いほど、Siの拡散速度が低下するため、SiO_(2)の表面析出が阻害され、ろう付け性が改善されることが考えられる。
【0007】
さらに、式II Cr_(eq)/Ni_(eq)≧1.7(ただし、Cr当量(Cr_(eq))=(Cr%)+1.37(Mo%)+1.5(Si%)+2(Nb%)+3(Ti%)、及び、Ni当量(Ni_(eq))=(Ni%)+0.31(Mn%)+22(C%)+14.2(N%)+(Cu%))、
(式中、原子記号と%の組み合わせは、鋼中の各原子の質量%濃度を意味する)
で表されるCr当量(Cr_(eq))及びNi当量(Ni_(eq))の比率Cr_(eq)/Ni_(eq)を有する場合には、溶接部の凝固割れ感受性を小さくすることができるため好ましい。
アーク溶接、TIG溶接など溶融金属の冷却速度が小さい溶接方法では、Cr_(eq)/Ni_(eq)が小さくても比較的凝固割れは生じにくいが、YAGレーザー溶接、電子ビーム溶接などでは、冷却速度が大きいため凝固割れが発生しやすい。上記Cr当量(Cr_(eq))及びNi当量(Ni_(eq))の比率Cr_(eq)/Ni_(eq)が1.7以上である場合には、YAGレーザー溶接、電子ビーム溶接などの冷却速度が大きい方法によっても、溶接部の凝固割れ感受性を小さくすることができた。よって、溶接方法によらず、銅ろうとのぬれ性が向上し、かつ溶接時の凝固割れ感受性が低下したオーステナイト系ステンレス鋼を得ることができる。
【0008】
さらに、下記式IIIで表される0.2%耐力が400MPa以上であるオーステナイト系ステンレス鋼は、さらに高強度化が図られるため好ましい。
式III 0.2%耐力(MPa)=133+481(C%)+24.6(Si%)-1.7(Mn%)-3.8(Ni%)+4.1(Cr%)+17.3(Mo%)-7.7(Cu%)+931(N%)(式中、原子記号と%の組み合わせは、鋼中の各原子の質量%濃度を意味する)
【0009】
本発明は以下を提供する。
<1> インジェクタカップがステンレス鋼製パイプに銅ろう付けされてなる、直噴内燃機関用フューエルレールであって、
前記ステンレス鋼製パイプが、
式I (Si%)≦3.75(C%)+0.37(ただし、(C%)≦0.08)(式中、原子記号と%の組み合わせは、鋼中の各原子の質量%濃度を意味する)
を満たすSi濃度(Si%)とC濃度(C%)を有するオーステナイト系ステンレス鋼製であることを特徴とする、直噴内燃機関用フューエルレール。
<2> 式II Cr_(eq)/Ni_(eq)≧1.7(ただし、Cr当量(Cr_(eq))=(Cr%)+1.37(Mo%)+1.5(Si%)+2(Nb%)+3(Ti%)、及び、Ni当量(Ni_(eq))=(Ni%)+0.31(Mn%)+22(C%)+14.2(N%)+(Cu%))、
(式中、原子記号と%の組み合わせは、鋼中の各原子の質量%濃度を意味する)
で表されるCr当量(Cr_(eq))及びNi当量(Ni_(eq))の比率Cr_(eq)/Ni_(eq)を有する、<1>記載の直噴内燃機関用フューエルレール。
<3> 式III 0.2%耐力(MPa)=133+481(C%)+24.6(Si%)-1.7(Mn%)-3.8(Ni%)+4.1(Cr%)+17.3(Mo%)-7.7(Cu%)+931(N%)(式中、原子記号と%の組み合わせは、鋼中の各原子の質量%濃度を意味する)
で表される、前記オーステナイト系ステンレス鋼の0.2%耐力が、400MPa以上であることを特徴とする、<1>または<2>記載の直噴内燃機関用フューエルレール。
<4> インジェクタカップがステンレス鋼製パイプに銅ろう付けされてなる、直噴内燃機関用フューエルレールであって、
前記ステンレス鋼製パイプが、Cr、Ni、Si及びCを含み、さらに、Mo、Cu、N、Mn、及びNbをさらに含んでいてもよく、前記各原子の質量%濃度が以下の式I?III:
式I (Si%)≦3.75(C%)+0.37(ただし、(C%)≦0.08)、
式II Cr_(eq)/Ni_(eq)≧1.7(ただし、Cr当量(Cr_(eq))=(Cr%)+1.37(Mo%)+1.5(Si%)+2(Nb%)+3(Ti%)、及び、Ni当量(Ni_(eq))=(Ni%)+0.31(Mn%)+22(C%)+14.2(N%)+(Cu%))、
式III 0.2%耐力(MPa)=133+481(C%)+24.6(Si%)-1.7(Mn%)-3.8(Ni%)+4.1(Cr%)+17.3(Mo%)-7.7(Cu%)+931(N%)、
(式中、原子記号と%の組み合わせは、鋼中の各原子の質量%濃度を意味する)
を全て満たすことを特徴とする、直噴内燃機関用フューエルレール。
<5> Ni濃度(%)が7.0?9.5%の範囲であり、Cr濃度(%)が18.00?22.00%の範囲であり、C濃度(%)が0.08%以下であり、さらにSi濃度(%)が1.0%以下である、<1>?<4>のいずれか一に記載の直噴内燃機関用フューエルレール。
<6> <1>?<5>のいずれか一に記載の直噴内燃機関用フューエルレールの製造方法であって、
前記インジェクタカップを前記ステンレス鋼製パイプに銅ろう付けすることを特徴とする、上記直噴内燃機関用フューエルレールの製造方法。
<7> 前記インジェクタカップを前記ステンレス鋼製パイプに銅ろう付けする前に、溶接によりインジェクタカップを仮止めすることを特徴とする、<6>記載の上記直噴内燃機関用フューエルレールの製造方法。
<8> 仮止めのための前記溶接が、アーク溶接、TIG溶接、YAGレーザー溶接、及び電子ビーム溶接からなる群より選択される溶接方法により行われる、<7>記載の上記直噴内燃機関用フューエルレールの製造方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明により、高い燃料圧力に耐え得る高強度の直噴内燃機関用フューエルレールを提供できる。
また、本発明により、銅ろう付け性が向上し、それにより、高い燃料圧力に耐え得る、銅ろう付けによりインジェクタカップがステンレス鋼製パイプに取り付けられてなる直噴内燃機関用フューエルレールを提供することができる。
さらに、本発明により、上記銅ろう付け性が向上した直噴内燃機関用フューエルレールであって、さらに、インジェクタカップの仮止めのための溶接時において、溶接凝固割れ感受性が低下した直噴内燃機関用フューエルレールを提供することができる。
本発明は、さらに高強度化が達成された直噴内燃機関用フューエルレールを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】本発明のフューエルレールの模式的断面図である。
【図2】Si濃度(%)とC濃度(%)と銅ろう付け性との関係を示す図である。
【図3】比較例のオーステナイト系ステンレス鋼(実験No.2)組織の走査型電子顕微鏡写真(SEM組成像10000倍)である。
【図4】実施例のオーステナイト系ステンレス鋼(実験No.9)組織の走査型電子顕微鏡写真(SEM組成像10000倍)である。
【図5】比較例のオーステナイト系ステンレス鋼(実験No.2)組織に析出したSiO_(2)のEDXスペクトルである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の直噴内燃機関用フューエルレールは、インジェクタカップがステンレス鋼製パイプに銅ろう付けされてなるものである(図1参照)。なお、図1は模式的な図であり、インジェクタカップ、ステンレス鋼製パイプのサイズや形状は、図1に限定されるものではなく、従来公知の様々なサイズや形状を採りえるものである。
本発明において「直噴内燃機関用フューエルレール」とは、ガソリン等の燃料を自動車エンジン等の内燃機関へ直接噴射する装置である。これらの形状には様々なものが知られており限定されるものではない。
【0013】
本発明において、上記内燃機関の燃料圧力は特に限定されるものではないが、燃料圧力は30MPa以上であっても良く、さらに30MPaから80MPaであっても良い。30MPa以上の燃料圧力であっても、本発明のフューエルレールは銅ろう付による強度低下が見られないため、係る高圧での使用が可能である。
本発明において「銅ろう付け」は、公知の方法を用いることができるが、1080℃?1150℃程度で行う銅ろう付けが好ましい。
【0014】
本発明において、「インジェクタカップ」は、ステンレス鋼製パイプから燃料をインジェクタへ分配するための、インジェクタとの接続部品である。形状等は従来公知のものを使用することができ、特に限定されない。少なくともステンレス鋼製パイプへ銅ろう付けにより接合されている。
「ステンレス鋼製パイプ」は、インジェクタカップを通してインジェクタへ燃料を分配するための部品である。ステンレス鋼製パイプは従来公知のものを使用することができ、形状等は特に限定されない。
【0015】
「オーステナイト系ステンレス鋼」は、オーステナイトを主要な組織として有するクロム・ニッケル系ステンレス鋼の一種である。本発明のオーステナイト系ステンレス鋼は、構成元素としてFeの他、少なくともCr及びNiを含み、さらに、Si及びCを含む。さらに、Mo、Cu、N、Mn、Ti、Nbを含んでいてもよい。さらに不純物としてS、P、Bが含まれていてもよいが合計濃度は出来うる限り低減することが好ましい。各元素の好ましい濃度については後述する。
【0016】
前記ステンレス鋼製パイプは、
式I (Si%)≦3.75(C%)+0.37(ただし、(C%)≦0.08)(式中、原子記号と%の組み合わせは、鋼中の各原子の質量%濃度を意味する)
を満たすSi濃度(Si%)とC濃度(C%)を有するオーステナイト系ステンレス鋼製であることを特徴とする。
【0017】
本発明者は、材料強度に及ぼすオーステナイト系ステンレス鋼の成分の影響を調査し、上述の式Iの関係を満たすSi濃度(Si%)とC濃度(C%)を有するオーステナイト系ステンレス鋼製の銅ろう付け性が特に優れていることを見いだした。
【0018】
材料強度に及ぼすオーステナイト系ステンレス鋼の成分の影響として、本発明者らはまず、銅ろうのぬれ性に及ぼすオーステナイト系ステンレス鋼の成分の影響を以下のように調査した。
【0019】
厚さ1.6mmの各種ステンレス鋼を30mm×30mm、50mm×50mmに切断し、#600の耐水エメリー研磨紙を用いて全面を湿式研磨処理したものを供試材とした。
供試材50mm×50mmに、JISZ3262:1998で規定する銅ろう、BCu-1 Bを0.3g配設し、その上に30mm×30mmの供試材を重ねた。
ろう付けは、水素雰囲気、材料温度1100℃、雰囲気の露点-40℃に制御した水素炉を用いた。温度コントロールは、昇温3分、1100℃で1分保持、降温1分とした。評価は、ろう付けされた供試材の断面を、#1000の耐水エメリー研磨紙を用いて湿式研磨した後、金属顕微鏡(100倍観察)により観察し、すき間部にろうが完全に充填されていた場合は、ろう付け性良好(ぬれ良好)、すき間部に空隙が認められた場合には、ろう付け性不良(ぬれ不良:はじき)と評価した。
【0020】
表1に各材料のSi%とC%の素データとろう付け性を示し、各データをプロットしたものを図2に示す。

【0021】
その結果、オーステナイト系ステンレス鋼の銅ろう付け性は、図2に示すように、SiとC濃度に依存し、鋼中のSi濃度(Si%)が高く、C濃度(C%)が低いほど、ろう付け性が劣ることが明らかとなった。すなわち、下記式Iを満たすSi濃度とC濃度を有するオーステナイト系ステンレス鋼の銅ろう付け性が良好であることを見いだした。
式I (Si%)≦3.75(C%)+0.37(ただし、(C%)≦0.08)(式中、原子記号と%の組み合わせは、鋼中の各原子の質量%濃度を意味する)
【0022】
顕微鏡でこれらの材料の表面を観察したところ、上記式Iを満たさないSi濃度とC濃度を有するオーステナイト系ステンレス鋼材料の表面には析出物が多数見られた(図3)。これは、鋼中の酸化性の高いSiと炉内酸素によって材料表面にSiO_(2)が析出したものである。このSiO_(2)の表面析出が、ろうの融点(BCu-1B:1083℃)までの温度域で生じるため、材料と銅ろうとの界面で拡散障壁となり、ろうのぬれ性を阻害し、その結果ろう付け性が低下すると考えられる。一方、上記式Iを満たすSi濃度とC濃度を有するオーステナイト系ステンレス鋼では、SiO_(2)の表面析出がほとんど見られず(図4)、ろう付け性が良好となったものと考えられる。
また、鋼中のC濃度が高いほど、Siの拡散速度が低下することになるから、SiO_(2)の表面析出が阻害され、それによってもろう付け性が改善されたものと推定している。
【0023】
なお、炉内の露点をさらに低下させ、還元性を向上させることによって、材料表面へのSiO_(2)の析出を防止できるが、材料表面に付着している水分(結合水、吸着水)、付着有機物などを考慮すると、工業用ろう付け炉を想定した実験では、雰囲気の露点は本実験の-40℃レベルが妥当と考える。
【0024】
つぎに、本発明者らはオーステナイト系ステンレス鋼の溶接部の凝固割れについても調査を行った。
オーステナイト系ステンレス鋼の溶接部の凝固割れに及ぼす成分と溶接方法についてはすでに報告があり、参考文献を以下に示す。
<参考文献>J.C.Lippold:Welding Journal,73-6(1994),p.129s
【0025】
上記参考文献によれば、溶接部の凝固割れ感受性は、成分から得られるCr当量(Cr_(eq))、Ni当量(Ni_(eq))の比率Cr_(eq)/Ni_(eq)および溶接方法(溶融金属の冷却速度)との関係で整理される。
Cr当量(Cr_(eq))=(Cr%)+1.37(Mo%)+1.5(Si%)+2(Nb%)+3(Ti)
Ni当量(Ni_(eq))=(Ni%)+0.31(Mn%)+22(C%)+14.2(N%)+(Cu%)
【0026】
Cr_(eq)/Ni_(eq)が大きく、かつ溶融金属の冷却速度が小さいほど、溶接部の凝固割れ感受性が小さくなると考えられる。
つまり、ある一定のCr_(eq)/Ni_(eq)を有する成分鋼種では、溶接部の凝固割れ感受性は、冷却速度に依存することになる。
アーク溶接、TIG溶接など溶融金属の冷却速度が小さい溶接方法では、Cr_(eq)/Ni_(eq)が小さくても凝固割れは生じにくいが、YAGレーザー溶接、電子ビーム溶接などでは、冷却速度が大きいため、凝固割れが発生しやすくなる。
【0027】
本発明者らは、溶接凝固割れに悪影響を及ぼす不純物元素(S、P、B)の合計濃度を0.03?0.04%に抑えた上で、各成分濃度が異なるオーステナイト系ステンレス鋼について、溶接時の溶融金属の凝固割れ防止を種々検討した。その結果、Cr_(eq)/Ni_(eq)が1.7以上であれば、YAGレーザー溶接、電子ビーム溶接など冷却速度が大きい条件でも、溶接凝固割れは生じないことが明らかになった。
よってCr_(eq)/Ni_(eq)が1.7以上であれば、冷却速度、すなわち溶接方法の違いによる影響を排除できる。
【0028】
さらに、本発明の直噴内燃機関用フューエルレールのオーステナイト系ステンレス鋼の0.2%耐力は400MPa以上であることが好ましい。
オーステナイト系ステンレス鋼の「0.2%耐力」に及ぼす成分濃度の依存性については下記式IIIで表される。
式III 0.2%耐力(MPa)=133+481(%C)+24.6(%Si)-1.7(%Mn)-3.8(%Ni)+4.1(%Cr)+17.3(%Mo)-7.7(%Cu)+931(%N)
(参考文献 大嶋貴之、羽原康裕、黒田光太郎:鉄と鋼、93(2007)、544)
【0029】
式IIIはMn、Ni、およびCuの増加が耐力を低下させ、C、N、Cr、MoおよびSiの増加が耐力を増加させることを表わしている。とくに耐力には、Nの寄与が大きく、窒素含有のステンレス鋼で材料強化が図れることがわかる。
【0030】
つぎに、本発明のオーステナイト系ステンレス鋼が含有する各元素の単独濃度での限定理由について説明する。
【0031】
C(炭素)濃度(%)について述べる。Cは、耐粒界腐食性(鋭敏化)、加工性を低下させるため、その含有量を低減させることが望ましい。ただし、C含有量を過度に低減させることは、精錬コストを悪化させるため、0.08%以下とする。さらに、0.06%以下であることが好ましい。JIS規格範囲内の低炭素鋼種であるSUS304L、SUS316Lと同等の0.03%以下とすることがより好ましく、0.02%以下とすることがよりさらに好ましい。
C濃度(%)の下限値は、好ましくは0.002%以上である。
【0032】
Si濃度(%)の上昇は、上述したように、銅ろうとのぬれ性を劣化させるため、低減させることが望ましい。しかし、Si含有量を過度に低減させることは、精錬(脱酸)コストを悪化させるという問題もある。このため、図2に示すように、銅ろう付け性に及ぼすC濃度との関係(式I)と、上述のC濃度の範囲あるいは好ましい範囲から求めて、Si濃度(%)は1.00%以下であり、好ましくは0.60%以下、さらに好ましくは0.48%以下、よりさらに好ましくは0.45%以下である。
Si濃度(%)の下限値は、好ましくは0.05%以上である。
【0033】
Ni含有量の増加は、式IIIに示すように、材料強度(0.2%耐力)の低下、およびNi当量(Ni_(eq))の上昇によるCr_(eq)/Ni_(eq)の低下につながり、溶接凝固割れ感受性を上げる要因となる。そのため、Niの含有量を7.0?9.5%の範囲が好ましく、7.0?8.0%の範囲とすることがより好ましい。
【0034】
Crはステンレス鋼の耐食性を確保する上で最も重要な元素である。また、式IIIに示すように材料強度およびCr当量(Cr_(eq))の上昇によるCr_(eq)/Ni_(eq)の上昇が、溶接凝固割れ感受性を下げる要因となる。このため、Crの含有量を18.00?22.00%の範囲とすることが好ましく、19.00?20.00%の範囲とすることがより好ましい。
【0035】
Cuの含有量の増加は、式IIIに示すように、材料強度(0.2%耐力)を低下させ、またNi当量(Ni_(eq))の上昇によるCr_(eq)/Ni_(eq)の低下につながり、溶接凝固割れ感受性を上げる要因となる。そのため0.4%以下であることが好ましく、0.2%以下とすることがより好ましく、0.01%以上とすることが好ましい。
【0036】
Alは脱酸元素として重要であり、また非金属介在物の組成を制御し、組織を微細化する。しかし、過剰のAlは非金属介在物の粗大化を招き、表面キズ発生の起点になる恐れがある。さらにAlの過剰添加は、ステンレス鋼の表面にAl_(2)O_(3)などの酸化物が析出しやすくなり、その結果として、SiO_(2)と同様に銅のろう付け性を低下させるため、できるだけ抑える必要があり、0.010%以下とすることが好ましく、0.001%以上であることが好ましい。
【0037】
Mo含有量の増加は、不働態皮膜の補修作用により、耐食性の向上に効果がある。また、Cr当量(Cr_(eq))の上昇によるCr_(eq)/Ni_(eq)の上昇が、溶接凝固割れ感受性を下げる要因となる。ただし、過剰の添加は、加工性を低下させコストの上昇を招くため3.0%以下とすることが好ましく、0.02%以上とすることが好ましい。
【0038】
Nb含有量の増加は、Cr当量(Cr_(eq))の上昇によるCr_(eq)/Ni_(eq)の上昇につながり、溶接凝固割れ感受性を低下させる。さらに、その添加によって、炭窒化物が生成し、ろう付け熱処理での冷却時で生じる鋭敏化に対しても効果があり、また高温強度を増加させる効果があるため、必要に応じて添加することができる。ただし、過剰な添加は、コスト上昇を招くため、0.15%以下とすることが好ましく、0.1%未満がより好ましく、0.005%以上含むことが好ましい。
【0039】
Tiは、Nbと同様の効果を有するが、過剰な添加は、窒化物を形成し、表面キズ増加を招く。したがって、0.01%以下とすることが好ましい。
【0040】
Bは、溶接凝固割れに悪影響を及ぼす元素となるため、可能な限り低減させる必要がある。そのため、B含有量は0.003%を上限とすることが好ましい。
【0041】
N含有量の増加は、耐食性の向上に繋がり、さらに、式IIIに示したように、材料強度の向上が図れる。ただし過度に増加させることは、精錬コストを悪化させ、さらに、Ni当量(Ni_(eq))の上昇によるCr_(eq)/Ni_(eq)の低下につながり、溶接凝固割れ感受性を上げる要因となる。
上記構成成分の規定濃度を鑑み、材料強度(0.2%耐力:400MPa以上)を必要特性とする観点から、N含有量を0.15?0.30%が好ましく、0.18?0.30%の範囲がさらに好ましい。
【0042】
Mn含有量の増加は、式IIIに示すように材料強度(0.2%耐力)の低下につながり、またNi当量(Ni_(eq))の上昇によるCr_(eq)/Ni_(eq)の低下が、溶接凝固割れ感受性を上げる要因となる。また、腐食の起点となる水溶性介在物であるMnSが生成しやすくなるため、2.0%以下とすることが好ましく、1.0%以下とすることがより好ましい。
【0043】
P含有量の増加は、凝固割れが発生しやすくなるなど、溶接性を低下させるだけでなく、粒界腐食を生じやすくするため、可能な限り低く抑える必要がある。このためPの含有量を、0.045%以下とすることがより好ましい。
【0044】
S含有量の増加は、上述したMnSを生成させ、さらに溶接凝固割れに悪影響を及ぼす元素のため、可能な限り低減させる必要がある。そのため、S含有量を0.03%以下とすることが好ましく、0.01%以下とすることがより好ましい。
【0045】
本発明の直噴内燃機関用フューエルレールは、比較的薄肉でも、十分な材料強度を有している。例えば、0.5?4.0mm程度の厚みあるいは1.0?3.0mmとすることができる。
【0046】
上述した直噴内燃機関用フューエルレールは、上述のオーステナイト系ステンレス鋼製のパイプ及びインジェクタカップを用意し、前記インジェクタカップを前記ステンレス鋼製パイプに銅ろう付けすることにより製造してもよい。
本発明において銅ろう付けは公知の方法を用いることができるが、1080℃?1150℃程度で行う銅ろう付けが好ましい。銅ろう付けは水素雰囲気下で行われることが好ましく、材料温度1090?1120℃で行うことがより好ましい。さらにより好ましくは雰囲気の露点-40℃以下に制御した水素炉を用いることが好ましい。
【0047】
前記インジェクタカップを前記ステンレス鋼製パイプに銅ろう付けする工程の前に、溶接によりインジェクタカップを仮止めすることが位置精度の観点からより好ましい。溶接による仮止めは、従来公知の方法により行うことができるが、YAGレーザー、電子ビーム溶接により行うことが好ましい。
仮止めのための前記溶接は、いずれの溶接方法であってもよいが、アーク溶接、TIG溶接、YAGレーザー溶接及び電子ビーム溶接からなる群より選択される溶接方法により行われることが好ましい。冷却速度が速いYAGレーザー、電子ビーム溶接であっても、本発明のステンレス鋼を用いることにより、凝固割れが生じず好ましい。
【実施例】
【0048】
次に、本発明を実施例で説明する。
表2に示す化学組成を有するオーステナイト系ステンレス鋼を冷間圧延により1.6mm厚にし、これを各々再結晶挙動に基づき1050?1150℃×1分の条件で焼鈍した。その後、硝ふっ酸水溶液中でスケールが完全に除去されるまで浸漬処理し、水洗、乾燥後に、以下の3つの試験に用いた。
【0049】(削除)
【0050】
(ろう付け試験)
厚さ1.6mmの各種ステンレス鋼を30mm×30mm、50mm×50mmに切断し、#600の耐水エメリー研磨紙を用いて全面を湿式研磨処理したものを供試材として、銅ろうを用いたろう付け試験に供した。
【0051】
供試材50mm×50mmに、JISZ3262:1998で規定するろう、BCu-1 Bを0.3gを配設し、その上に30mm×30mmの供試材を重ねた。ろう付け接合は、水素雰囲気、材料温度1100℃、雰囲気の露点-40℃に制御した水素炉を用いた。温度コントロールは、昇温3分、1100℃で1分保持、降温1分とした。評価は、ろう付けされた供試材の断面を、#1000の耐水エメリー研磨紙を用いて湿式研磨した後、金属顕微鏡(100倍観察)観察により、すき間部にろうが完全に充填されていた場合はろう付け性良好(ぬれ性良好:○)、すき間部に空隙が残っていた場合はろう付け性不良(ぬれ性不良:×)とした。
【0052】
(溶接凝固割れ試験)
厚さ1.6mmの各種ステンレス鋼を30mm×30mmに切断し、#600の耐水エメリー研磨紙を用いて全面を湿式研磨処理したものを供試材として、溶接凝固割れ試験に供した。
【0053】
溶接条件は、YAGレーザー装置(最大パワーP_(M)=4kW、焦点距離f=65.5mm)を用いて、レーザーパワー:3kW、焦点はずし距離:0mm、溶接速度20mm/s、及びガス流量:5×10^(-4)m^(3)/sとした。
シールドガスは高純度N_(2)を用いた。溶接後、溶接ビード断面を研磨し、走査型電子顕微鏡(SEM)で観察し、凝固割れの有無を観察した。
【0054】
これらの試験結果を表2に併記した。
【0055】

【0056】

【0057】
表2から明らかなように、No.1?No.3は、銅ろう付け性が劣る。これは、図2に示すようにSi/C比率が高いことによるものと考えられる。
No.4?No.7では、Si/C比率が低いことから銅ろう付け性が改善された。
しかし、これらのステンレス鋼では0.2%耐力が十分ではないためさらに組成の改良を試みた。
すなわち、No.8は窒素含有量を0.225(%)に上昇させ、0.2%耐力を400MPa以上まで上昇することができたが、Si/Cが高くなり、銅ろう付け性が不良になってしまった。さらに、溶接凝固割れも生じてしまった。
No.9は、窒素含有量を0.250(%)に上昇させ、0.2%耐力を400MPa以上まで上昇することができた。さらに、Si/Cが低く、銅ろう付けが良好であり、また、溶接凝固割れが生じなかった。
【0058】
以上より、本発明のオーステナイト系ステンレス鋼は、ガソリン直噴システムの燃料圧力の上昇化への対応、すなわち比較的薄肉に成形しても、高い燃料圧力に耐え得る高強度素材であって、さらに、鋼中成分を制御することによって、銅ろうとのぬれ性と溶接凝固割れ感受性を改善したフューエルレール用素材として優れていることを確認できた。
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
インジェクタカップがステンレス鋼製パイプに銅ろう付けされてなる、直噴内燃機関用フューエルレールであって、
前記ステンレス鋼製パイプが、
式I (Si%)≦3.75(C%)+0.37(ただし、(C%)≦0.03)(式中、原子記号と%の組み合わせは、鋼中の各原子の質量%濃度を意味する)
を満たすSi濃度(Si%)とC濃度(C%)を有するオーステナイト系ステンレス鋼製であり、
式III 0.2%耐力(MPa)=133+481(C%)+24.6(Si%)-1.7(Mn%)-3.8(Ni%)+4.1(Cr%)+17.3(Mo%)-7.7(Cu%)+931(N%)(式中、原子記号と%の組み合わせは、鋼中の各原子の質量%濃度を意味する)
で表される、前記オーステナイト系ステンレス鋼の0.2%耐力が、400MPa以上であることを特徴とする、直噴内燃機関用フューエルレール。
【請求項2】(削除)
【請求項3】(削除)
【請求項4】
Ni濃度(%)が7.0?9.5%の範囲、Cr濃度(%)が18.00?22.00%の範囲、C濃度(%)が0.03%以下、Si濃度(%)が0.45%以下、である、請求項1に記載の直噴内燃機関用フューエルレール。
【請求項5】
請求項1又は4のいずれか一項に記載の直噴内燃機関用フューエルレールの製造方法であって、
前記インジェクタカップを前記ステンレス鋼製パイプに銅ろう付けすることを特徴とする、上記直噴内燃機関用フューエルレールの製造方法。
【請求項6】
前記インジェクタカップを前記ステンレス鋼製パイプに銅ろう付けする前に、溶接によりインジェクタカップを仮止めすることを特徴とする、請求項5記載の上記直噴内燃機関用フューエルレールの製造方法。
【請求項7】
仮止めのための前記溶接が、アーク溶接、TIG溶接、YAGレーザー溶接、及び電子ビーム溶接からなる群より選択される溶接方法により行われる、請求項6記載の上記直噴内燃機関用フューエルレールの製造方法。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2021-07-08 
出願番号 特願2018-121843(P2018-121843)
審決分類 P 1 651・ 121- YAA (F02M)
P 1 651・ 536- YAA (F02M)
P 1 651・ 16- YAA (F02M)
P 1 651・ 537- YAA (F02M)
最終処分 維持  
前審関与審査官 首藤 崇聡  
特許庁審判長 金澤 俊郎
特許庁審判官 高島 壮基
鈴木 充
登録日 2019-09-06 
登録番号 特許第6580757号(P6580757)
権利者 日本金属株式会社
発明の名称 フューエルレール用ステンレス鋼  
代理人 山崎 一夫  
代理人 須田 洋之  
代理人 天野 一規  
代理人 熊倉 禎男  
代理人 須田 洋之  
代理人 熊倉 禎男  
代理人 市川 さつき  
代理人 服部 博信  
代理人 市川 さつき  
代理人 服部 博信  
代理人 山崎 一夫  

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