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審決分類 |
審判 全部申し立て 2項進歩性 C22C 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 C22C 審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載 C22C 審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備 C22C |
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管理番号 | 1377802 |
異議申立番号 | 異議2020-700596 |
総通号数 | 262 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許決定公報 |
発行日 | 2021-10-29 |
種別 | 異議の決定 |
異議申立日 | 2020-08-13 |
確定日 | 2021-07-30 |
異議申立件数 | 1 |
訂正明細書 | 有 |
事件の表示 | 特許第6688828号発明「自動車構造部材用アルミニウム合金板,自動車構造部材および自動車構造部材用アルミニウム合金板の製造方法」の特許異議申立事件について,次のとおり決定する。 |
結論 | 特許第6688828号の明細書及び特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正明細書及び特許請求の範囲のとおり,訂正後の請求項〔1?5〕,〔6,7〕について訂正することを認める。 特許第6688828号の請求項1?7に係る特許を維持する。 |
理由 |
第1 手続の経緯 特許第6688828号(請求項の数7。以下,「本件特許」という。)は,平成30年3月30日を出願日とする特許出願(特願2018-70252号)に係るものであって,令和2年4月8日に設定登録されたものである(特許掲載公報の発行日は,令和2年4月28日である。)。 その後,令和2年8月13日に,本件特許の請求項1?7に係る特許に対して,特許異議申立人である黒田泰(以下,「申立人」という。)により,特許異議の申立てがされた。 本件特許異議の申立てにおける手続の経緯は,以下のとおりである。 令和2年 8月13日 特許異議申立書 12月25日付け 取消理由通知書 令和3年 3月 8日 意見書,訂正請求書 4月19日付け 通知書(訂正請求があった旨の通知) 5月18日 意見書(申立人) 第2 訂正の請求について 1 訂正の内容 令和3年3月8日提出の訂正請求書による訂正(以下,「本件訂正」という。)の請求は,本件特許の明細書及び特許請求の範囲を上記訂正請求書に添付された訂正明細書及び特許請求の範囲のとおり,訂正後の請求項1?7について訂正することを求めるものであり,その内容は,以下のとおりである。下線は,訂正箇所を示す。 (1)訂正事項1 明細書の【0023】,【0034】,【0053】,【0056】にそれぞれ「2%以上の予ひずみを付加するとともに,」と記載されているのを,「2%の予ひずみを付加するとともに,」に訂正する。 (2)訂正事項2 明細書の【0031】に「板状試験片1の圧延方向と板状のポンチ3の延在方向とが,互いに直交する方向となるように,」と記載されているのを,「板状試験片1の圧延方向と板状のポンチ3の延在方向とが,互いに平行または直交する方向となるように,」に訂正する。 (3)訂正事項3 特許請求の範囲の請求項1及び6に「180℃の温度で20分間の人工時効処理を実施した後に,」と記載されているのを,「2%の予ひずみを付加するとともに,180℃の温度で20分間の人工時効処理を実施した後に,」に訂正する。 (4)訂正事項4 特許請求の範囲の請求項1及び6に「VDA曲げ試験にて93°以上の曲げ角度となる圧壊性」と記載されているのを,「曲げ線が圧延方向と平行となるVDA曲げ試験にて93°以上の曲げ角度となる圧壊性」に訂正する。 (5)一群の請求項について 訂正前の請求項1?5について,請求項2?5は,請求項1を直接又は間接的に引用するものであり,上記の訂正事項3及び4によって記載が訂正される請求項1に連動して訂正されるものである。したがって,訂正前の請求項1?5は,一群の請求項である。そして,本件訂正は,その一群の請求項ごとに請求がされたものである。 訂正前の請求項6及び7について,請求項7は,請求項6を直接引用するものであり,上記の訂正事項3及び4によって記載が訂正される請求項6に連動して訂正されるものである。したがって,訂正前の請求項6及び7は,一群の請求項である。そして,本件訂正は,その一群の請求項ごとに請求がされたものである。 また,上記訂正事項1及び2に係る訂正は,願書に添付した明細書を訂正するものであるが,いずれも一群の請求項である訂正前の請求項1?5並びに請求項6及び7に関係する訂正である。そして,本件訂正は,明細書の訂正に係る請求項を含む一群の請求項の全てについて行われている。 2 訂正の適否についての当審の判断 (1)訂正事項1について ア 訂正の目的 特許権者は,訂正事項1に係る訂正は,誤記の訂正を目的とするものであると主張するので,以下,検討する。 (ア)特許法120条の5第2項ただし書2号は,「誤記の訂正」を目的とする場合には,願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面を訂正することを認めているが,ここで「誤記」というためには,訂正前の記載が誤りで訂正後の記載が正しいことが,当該明細書,特許請求の範囲若しくは図面の記載又は当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)の技術常識などから明らかで,当業者であればそのことに気付いて訂正後の趣旨に理解するのが当然であるという場合でなければならないものと解される。 (イ)a 訂正前の明細書,特許請求の範囲又は図面(以下,「訂正前の明細書等」という。)の【0023】には,アルミニウム合金板の強度に関し,以下の記載がある。 「なお,本明細書において「アルミニウム合金板の強度」とは,溶体化処理および焼入れ処理されたアルミニウム合金板(人工時効前)の0.2%耐力の測定値(MPa)によって評価することができる。 また,このアルミニウム合金板に対して,2%以上の予ひずみを付加するとともに,180℃の温度で20分間の人工時効処理した後のアルミニウム合金板(人工時効後)の0.2%耐力の測定値によって評価することができる。 そして,これら0.2%耐力が高いほど強度が高く,高いベークハード性(BH性)を有することを意味する。」 上記記載によれば,アルミニウム合金板の強度(ベークハード性)は,溶体化処理及び焼入れ処理されたアルミニウム合金板に対して,2%以上の予ひずみを付加するとともに,180℃の温度で20分間の人工時効処理した後のアルミニウム合金板について,0.2%耐力を測定することによって評価されるものである。 なお,同【0034】,【0053】にも,2%以上の予ひずみを付加するとともに,180℃の温度で20分間の人工時効処理した後,0.2%耐力を測定する旨の記載がある。 b また,訂正前の明細書等の【0056】には,アルミニウム合金板の圧壊性に関し,以下の記載がある。 「<圧壊性の評価:VDA曲げ角度の測定> 上記予備処理後の供試板に,2%以上の予ひずみを付加するとともに,180℃の温度で20分間の人工時処理を行ったものから,板厚が2.0mm,幅bが60mm,長さlが60mmである正方形の試験片を採取し,VDA曲げ試験による圧壊性を評価した。」 上記記載によれば,アルミニウム合金板の圧壊性は,溶体化処理,焼入れ処理及び予備時効処理されたアルミニウム合金板(同【0051】。なお,予備時効処理は,必要により適宜行われるものと解される(同【0047】)。)に対して,2%以上の予ひずみを付加するとともに,180℃の温度で20分間の人工時効処理を行ったアルミニウム合金板について,VDA曲げ試験における曲げ角度を測定することによって評価されるものである。 c しかしながら,上記a,bで指摘した訂正前の明細書等の記載においては,付加する予ひずみが「2%以上」と範囲を有しており,その程度が一定の数値に特定されていないところ,技術常識に照らして,予ひずみの程度によって0.2%耐力やVDA曲げ試験における曲げ角度が変化すると解されるから,これらの数値が一義的に定まらないことになる。 そうすると,付加する予ひずみが「2%以上」と範囲を有していることは,それ自体で誤りであることが明らかである。 (ウ)訂正前の明細書等には,背景技術の欄に,先行技術文献として特許文献2(特開2017-88906号公報。本件における甲1と同じである。)が挙げられている(【0007】)。 特許文献2には,自動車構造部材用アルミニウム合金板について記載されているところ(【0001】),上記アルミニウム合金板の特性に関し,「2%のストレッチ後に180℃20分の人工時効処理した後の特性として,0.2%耐力が220MPa以上,およびVDA曲げ試験での曲げ角度が60°以上である圧壊性を有する」(請求項1),「板のプレス成形を模擬した2%の予歪を引張試験機により与えた後に,180℃20分の熱処理の条件にて人工時効させたもの(AB材)の耐力を測定した」(【0060】),「2%の予歪を引張試験機により与えた後に,180℃20分の熱処理の条件にて人工時効させたものを,前記VDA曲げ試験の測定対象とした」(【0062】)との記載がある。 上記記載によれば,特許文献2には,アルミニウム合金板に対して,2%の予ひずみを与えた後,180℃20分の人工時効処理したものについて,0.2%耐力及びVDA曲げ試験における曲げ角度を測定することが記載されていると認められる。 そして,当該特許文献2は,上記のとおり,訂正前の明細書等において先行技術文献として挙げられたものであるから,そこに記載された事項は,本件特許の出願時の技術常識であるとともに,訂正前の明細書等に記載された発明の前提として理解されるものといえる。なお,特許文献2に係る特許出願の出願人は,株式会社神戸製鋼所であり(甲1),本件特許の特許権者と同じである。 また,特許権者が提出した乙1?5(後記第4の3(1)参照)には,アルミニウム合金板に対して,2%の予ひずみを付加するとともに,所定の人工時効処理を実施した後に,0.2%耐力等の特性を測定することが記載されており(乙1の表7,乙2の表(3頁),乙3の図6,乙4の図4-21,乙5の請求項1),「2%」の予ひずみを付加することは,通常の条件であると認められる。 以上によれば,訂正前の明細書等に記載された発明においては,訂正前の明細書等の記載又は当業者の技術常識から,付加する予ひずみが「2%」であるとの正しい記載が自明な事項として定まるといえる。 (エ)以上のとおりであるから,訂正前の明細書等の【0023】,【0034】,【0053】,【0056】における「2%以上の予ひずみ」との記載が誤りで訂正後の「2%の予ひずみ」との記載が正しいことが,訂正前の明細書等の記載又は当業者の技術常識から明らかで,当業者であればそのことに気づいて訂正後の趣旨に理解するのが当然であるといえる。 したがって,訂正事項1に係る訂正は,誤記の訂正を目的とするものに該当する。 (オ)申立人は,参考資料1?4(後記第4の2参照)を提出し,参考資料1には,0.5%の予ひずみを付与したもの,3%の予ひずみを付与したもの,予ひずみを付与しないものが記載され,参考資料2には,予ひずみを付与しないもの,5%の予ひずみを付与したものが記載され,参考資料3には,10%の予ひずみを付与したものが記載され,参考資料4には,15%の予ひずみを付与したものが記載されており,このように,一般に0.2%耐力の測定やVDA曲げ試験等の強度試験を実施するに際し,試験片に加える予ひずみの有無や予ひずみの程度は当業者が任意に規定し得るものであるため,0.2%耐力やVDA曲げ試験における曲げ角度の測定に際して,試験片に予ひずみが加えられること,係る予ひずみとして2%の予ひずみが加えられることが,当業者の技術常識であるとまではいえないから,訂正事項1に係る訂正が,本件明細書の記載及び当業者の技術常識から自明な事項であるとまではいえず,誤記の訂正に該当しないと主張する。(意見書2頁) 確かに,参考資料1,2には,0.2%耐力の測定やVDA曲げ試験等の強度試験を実施する際に,試験片に予ひずみを付加しないで実施することが記載されている。また,訂正前の明細書等の請求項1,【0012】には,「180℃の温度で20分間の人工時効処理を実施した後に,0.2%耐力が215MPa以上となるベークハード性を有するとともに,VDA曲げ試験にて93°以上の曲げ角度となる圧壊性を有している」との記載があり,予ひずみの付加について言及することなく,「180℃の温度で20分間の人工時効処理を実施した後に」,0.2%耐力及びVDA曲げ試験における曲げ角度を測定する旨の記載がある。また,訂正前の明細書等の請求項6,【0015】にも,同様の記載がある。 しかしながら,訂正前の明細書等には,上記(イ)で指摘したとおり,アルミニウム合金板の強度及び圧壊性に関する具体的な説明として,2%以上の予ひずみを付加するとともに,180℃の温度で20分間の人工時効処理した後のアルミニウム合金板について,0.2%耐力及びVDA曲げ試験における曲げ角度を測定することが記載されているから(【0023】,【0034】,【0053】,【0056】),訂正前の明細書等おいては,0.2%耐力及びVDA曲げ試験における曲げ角度の測定は,所定の予ひずみを付加することを前提として行われるものと解される。 また,上記(エ)で述べたとおり,訂正前の明細書等における「2%以上の予ひずみ」との記載が誤りで,訂正後の「2%の予ひずみ」との記載が正しいことが,訂正前の明細書等の記載又は当業者の技術常識から明らかである。 そして,これらのことは,申立人が提出した参考資料1?4に,予ひずみを付与しないものや,様々な程度の予ひずみを付与したものが記載されているとしても,変わるものではない。 よって,申立人の主張は採用できない。 イ 新規事項の追加,実質上特許請求の範囲の拡張又は変更 本件特許の願書に最初に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面(以下,「出願当初明細書等」という。)には,上記ア(イ),(ウ)で示した訂正前の明細書等の【0007】,【0023】,【0034】,【0047】,【0051】,【0053】,【0056】の記載と同じ記載がある。 そして,出願当初明細書等の記載についても,上記アで述べたのと同様の理由により,「2%以上の予ひずみ」との記載が誤りで,「2%の予ひずみ」との記載が正しいことが,出願当初明細書等の記載又は当業者の技術常識から明らかである。 以上によれば,訂正事項1に係る訂正は,出願当初明細書等に記載した事項の範囲内においてするものであり,また,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものではない。 (2)訂正事項2について ア 訂正の目的 特許権者は,訂正事項2に係る訂正は,誤記の訂正を目的とするものであると主張するので,以下,上記(1)の訂正事項1の場合と同様に,検討する。 (ア)訂正前の明細書等の【0031】,【0032】には,VDA曲げ試験について記載されているが,この記載は,VDA曲げ試験が具体的にどのようなものであるのか,その内容を一般的に説明するものと解される。 具体的には,同【0031】には,「具体的には,ポンチ3の先端の辺がロールギャップLの中央に位置するように載置するとともに,板状試験片1の圧延方向と板状のポンチ3の延在方向とが,互いに直交する方向となるように,ロール2,試験片1,およびポンチ3を載置する。」との記載があり,「板状試験片1の圧延方向」と「板状のポンチ3の延在方向」とが,互いに「直交」する方向となることが記載されている。 しかしながら,特許権者が提出した乙6(後記第4の3(1)参照)は,VDA曲げ試験の具体的な内容を説明するものであるところ,乙6の表2によれば,「板状試験片1の圧延方向」と「板状のポンチ3の延在方向」とが,互いに「直交」する方向となる場合のみならず,互いに「平行」となる場合もあることが理解できる。 そうすると,訂正前の明細書等の【0031】において,「板状試験片1の圧延方向」と「板状のポンチ3の延在方向」とが,互いに「直交」する方向となる場合のみ記載されていることは,VDA曲げ試験の具体的内容を一般的に説明する記載としては,それ自体で誤りであることが明らかである。 (イ)また,上記(ア)で訂正前の明細書等の記載について検討したところによれば,「板状試験片1の圧延方向」と「板状のポンチ3の延在方向」との関係については,訂正前の明細書等の記載又は当業者の技術常識から,「互いに平行または直交する方向となる」との正しい記載が自明な事項として定まるといえる。 (ウ)以上のとおりであるから,訂正前の明細書等の【0031】における「互いに直交する方向となる」との記載が誤りで訂正後の「互いに平行または直交する方向となる」との記載が正しいことが,訂正前の明細書等の記載又は当業者の技術常識から明らかで,当業者であればそのことに気づいて訂正後の趣旨に理解するのが当然であるといえる。 したがって,訂正事項2に係る訂正は,誤記の訂正を目的とするものに該当する。 (エ)申立人は,訂正後の明細書の【0031】の記載内容では,板状試験片を,その圧延方向が,ポンチの延在方向に対して,平行な方向に配置してもよいし,直交する方向に配置してもよいことになってしまい,ロール及びポンチに対する板状試験片の配置方向によって,測定結果(曲げ角度)が変動すると主張する。(意見書3?4頁) しかしながら,上記(ア)で検討したとおり,訂正前の明細書等の【0031】の記載は,VDA曲げ試験の具体的内容を一般的に説明するものにすぎず,実際には,実施例において,「VDA曲げ試験は,VDA238-100に準拠し,曲げ線が圧延方向と平行となる」(すなわち,「板状試験片1の圧延方向」と「板状のポンチ3の延在方向」とが,互いに「平行」となる)ように行われたことが記載されているから(【0056】),申立人が主張するような,測定結果(曲げ角度)の変動が生じるとはいえない。 よって,申立人の主張は採用できない。 イ 新規事項の追加,実質上特許請求の範囲の拡張又は変更 本件特許の出願当初明細書等には,上記ア(ア)で示した訂正前の明細書等の【0031】,【0032】と同じ記載がある。 そして,出願当初明細書等の記載についても,上記アで述べたのと同様の理由により,「互いに直交する方向となる」との記載が誤りで,「互いに平行または直交する方向となる」との記載が正しいことが,出願当初明細書等の記載又は当業者の技術常識から明らかである。 以上によれば,訂正事項2に係る訂正は,出願当初明細書等に記載した事項の範囲内においてするものであり,また,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものではない。 (3)訂正事項3について 訂正事項3に係る訂正は,訂正前の請求項1及び6に対して,「2%の予ひずみを付加するとともに,」との記載を追加するものである。 この訂正は,訂正前の請求項1及び6における「0.2%耐力」及び「VDA曲げ試験」における「曲げ角度」について,「180℃の温度で20分間の人工時効処理を実施した後に」測定されるとしていたものを,「2%の予ひずみを付加するとともに,180℃の温度で20分間の人工時効処理を実施した後に」測定されるものに限定するものであるから,特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。 また,本件特許の願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面(訂正前の明細書等)には,上記(1)ア(イ)で指摘したとおり,2%以上の予ひずみを付加するとともに,180℃の温度で20分間の人工時効処理した後のアルミニウム合金板について,0.2%耐力及びVDA曲げ試験における曲げ角度を測定することが記載され(【0023】,【0034】,【0053】,【0056】),さらに,上記(1)ア(エ)で述べたとおり,上記「2%以上の予ひずみ」との記載が誤りで,訂正後の「2%の予ひずみ」との記載が正しいことが,本件特許の願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面(訂正前の明細書等)の記載又は当業者の技術常識から明らかであるから,この訂正は,本件特許の願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてするものであり,また,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものではない。 (4)訂正事項4について 訂正事項4に係る訂正は,訂正前の請求項1及び6に対して,「曲げ線が圧延方向と平行となる」との記載を追加するものである。 この訂正は,訂正前の請求項1及び6における「VDA曲げ試験」について,「曲げ線が圧延方向と平行となる」ように行われるものに限定するものであるから,特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。 また,本件特許の願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面には,「VDA曲げ試験は,VDA238-100に準拠し,曲げ線が圧延方向と平行となる3点曲げ試験とした」(【0056】)との記載があるから,この訂正は,本件特許の願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてするものであり,また,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものではない。 (5)独立特許要件について 本件においては,訂正前の全ての請求項1?7について特許異議の申立てがされているので,特許法120条の5第9項において読み替えて準用する同法126条7項の独立特許要件は課されない。 3 まとめ 上記2のとおり,各訂正事項に係る訂正は,特許法120条の5第2項ただし書1号及び2号に掲げる事項を目的とするものに該当し,同条9項において準用する同法126条5項及び6項に適合するものであるから,結論のとおり,本件訂正を認める。 第3 本件発明 前記第2で述べたとおり,本件訂正は認められるので,本件特許の請求項1?7に係る発明は,本件訂正後の特許請求の範囲の請求項1?7に記載された事項により特定される以下のとおりのものである(以下,それぞれ「本件発明1」等という。また,本件訂正後の明細書を「本件明細書」という。)。 【請求項1】 質量%で,Mg:0.4%以上1.0%以下,Si:0.6%以上1.2%以下,Cu:0.5%以下を含有し,残部がAlおよび不可避的不純物からなり,板厚が1.5mm以上であるAl-Mg-Si系アルミニウム合金板であって, 耳率が-10.0%?-3.0%であり, 2%の予ひずみを付加するとともに,180℃の温度で20分間の人工時効処理を実施した後に,0.2%耐力が215MPa以上となるベークハード性を有するとともに, 曲げ線が圧延方向と平行となるVDA曲げ試験にて93°以上の曲げ角度となる圧壊性を有していることを特徴とする自動車構造部材用アルミニウム合金板。 【請求項2】 更に,質量%で,Mn:1.0%以下,Fe:0.5%以下,Cr:0.3%以下,Zr:0.2%以下,V:0.2%以下,Ti:0.1%以下,Zn:0.5%以下,Ag:0.1%以下,及びSn:0.15%以下から選択された少なくとも1種を含有することを特徴とする請求項1に記載の自動車構造部材用アルミニウム合金板。 【請求項3】 前記Mgの含有量が,質量%で0.4%以上0.6%以下であることを特徴とする請求項1又は2に記載の自動車構造部材用アルミニウム合金板。 【請求項4】 前記Siの含有量が,質量%で0.6%以上0.8%以下であることを特徴とする請求 項1?3のいずれか1項に記載の自動車構造部材用アルミニウム合金板。 【請求項5】 請求項1?4のいずれか1項に記載の自動車構造部材用アルミニウム合金板を用いた自動車構造部材。 【請求項6】 質量%で,Mg:0.4%以上1.0%以下,Si:0.6%以上1.2%以下,Cu:0.5%以下を含有し,残部がAlおよび不可避的不純物からなるアルミニウム合金を鋳造する工程と,均質化熱処理する工程と,熱間圧延する工程と,最終板厚が1.5mm以上となるように冷間圧延する工程と,焼鈍する工程と,溶体化処理する工程と,焼入れする工程とを有するAl-Mg-Si系アルミニウム合金板の製造方法であって, 前記冷間圧延する工程における圧延率を40%以上に制御し, 前記焼鈍する工程における熱処理温度を275℃以上に設定し, 前記アルミニウム合金板の耳率が-10.0%?-3.0%であり, 2%の予ひずみを付加するとともに,180℃の温度で20分間の人工時効処理を実施した後に,0.2%耐力が215MPa以上となるベークハード性を得るとともに, 曲げ線が圧延方向と平行となるVDA曲げ試験にて93°以上の曲げ角度となる圧壊性を得ることを特徴とする自動車構造部材用アルミニウム合金板の製造方法。 【請求項7】 前記アルミニウム合金は,更に,質量%で,Mn:1.0%以下,Fe:0.5%以下,Cr:0.3%以下,Zr:0.2%以下,V:0.2%以下,Ti:0.1%以下,Zn:0.5%以下,Ag:0.1%以下,及びSn:0.15%以下から選択された少なくとも1種を含有することを特徴とする請求項6に記載の自動車構造部材用アルミニウム合金板の製造方法。 第4 特許異議の申立ての理由及び取消理由の概要 1 特許異議申立書に記載した特許異議の申立ての理由 本件特許の請求項1?7に係る特許は,下記(1)?(5)のとおり,特許法113条2号及び4号に該当する。証拠方法は,下記(6)の甲第1号証?甲第7号証(以下,単に「甲1」等という。)である。 (1)申立理由1(新規性) 本件訂正前の請求項1?5に係る発明は,甲1に記載された発明であり,特許法29条1項3号に該当し,特許を受けることができないものであるから,本件特許の請求項1?5に係る特許は,同法113条2号に該当する。 (2)申立理由2(進歩性) 本件訂正前の請求項1?5に係る発明は,甲1に記載された発明及び甲2に記載された事項に基いて,又は,甲1に記載された発明及び甲2?5に記載された事項に基いて,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下,「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであるから,本件特許の請求項1?5に係る特許は,同法113条2号に該当する。 本件訂正前の請求項6及び7に係る発明は,甲1に記載された発明並びに甲2及び6に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであるから,本件特許の請求項6及び7に係る特許は,同法113条2号に該当する。 (3)申立理由3(明確性要件) 本件訂正前の請求項1?7に係る発明については,特許請求の範囲の記載が特許法36条6項2号に適合するものではないから,本件特許の請求項1?7に係る特許は,同法113条4号に該当する。 (4)申立理由4(サポート要件) 本件訂正前の請求項1?7に係る発明については,特許請求の範囲の記載が特許法36条6項1号に適合するものではないから,本件特許の請求項1?7に係る特許は,同法113条4号に該当する。 (5)申立理由5(実施可能要件) 本件訂正前の請求項1?7に係る発明については,発明の詳細な説明の記載が特許法36条4項1号に適合するものではないから,本件特許の請求項1?7に係る特許は,同法113条4号に該当する。 (6)証拠方法 ・甲1 特開2017-88906号公報 ・甲2 特開2007-254825号公報 ・甲3 特開2000-96175号公報 ・甲4 特開2003-268475号公報 ・甲5 特開2009-256722号公報 ・甲6 米国特許第10538834号明細書 ・甲7 「Al-Mg-Si系合金板の伸びと曲げ加工性に及ぼすけい素量の影響」,軽金属,2008年,第58巻,第7号,p.285-289 2 意見書(申立人)とともに提出された証拠方法 ・参考資料1 「Al-0.6%Mg-1.0%Si合金のベークハード挙動に及ぼす予ひずみ付与および予備時効処理の複合効果」,軽金属,2010年,第60巻,第4号,p.183-189 ・参考資料2 「Al-Mg-Si系合金板の伸びと曲げ加工性に及ぼすけい素量の影響」,軽金属,2008年,第58巻,第7号,p.285-289 ・参考資料3 「引張予変形したAl-Mg-Si系合金板材の曲げ加工性に及ぼす合金組成の影響」,軽金属,2008年,第58巻,第9号,p.443-448 ・参考資料4 「Al-Mg-Si系合金の曲げ加工性に及ぼすミクロ組織の影響」,軽金属,2003年,第53巻,第11号,p.534-541 3 取消理由通知書に記載した取消理由 (1)取消理由1(明確性要件) 上記1の申立理由3(明確性要件)(うち,予ひずみの有無及び程度に関するもの,VDA曲げ試験の内容に関するもの)と同旨 なお,特許権者は,取消理由通知書に対して,訂正請求書とともに以下の乙第1号証?乙第6号証(以下,単に「乙1」等という。)を提出した。 ・乙1 「アルミニウムの製品と製造技術」,社団法人軽金属学会,2001年10月31日,p.226-229 ・乙2 'AUTOMOTIVE ALUMINIUM SUPERLITE AND ECOLITE', Aleris Switzerland GmbH, 2013 ・乙3 「自動車用アルミニウムボディシートの特徴と成形性」,Furukawa-Sky Review, 2007, No.3, p.1-6 ・乙4 「 ![]() 」, ![]() ,2011年,p.234 ・乙5 特開2013-185198号公報 ・乙6 VDA Recommendation 238-100, 2017,june 第5 当審の判断 以下に述べるように,取消理由通知書に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した特許異議の申立ての理由によっては,本件特許の請求項1?7に係る特許を取り消すことはできない。 1 取消理由1(明確性要件),申立理由3(明確性要件) (1)令和2年12月25日付けの取消理由通知書では,本件訂正前の請求項1には,「180℃の温度で20分間の人工時効処理を実施した後に,0.2%耐力が215MPa以上となるベークハード性を有するとともに,VDA曲げ試験にて93°以上の曲げ角度となる圧壊性を有している」との記載があるが,本件訂正前の明細書には,ベークハード性に関連する0.2%耐力とVDA曲げ試験における曲げ角度の測定は,アルミニウム合金板に対して,2%以上の予ひずみを付加するとともに,180℃の温度で20分間の人工時効処理を実施した後に行われるものであることが記載されているから(【0023】,【0034】,【0053】,【0056】),本件訂正前の請求項1における0.2%耐力とVDA曲げ試験における曲げ角度の測定が,同請求項1に記載されるとおり,単に,「180℃の温度で20分間の人工時効処理を実施した後に」行われるものであるのか,あるいは,「2%以上の予ひずみを付加するとともに,180℃の温度で20分間の人工時効処理を実施した後に」行われるものであるのか,明らかではなく,また,本件訂正前の請求項6にも同請求項1と同様の記載があるから,本件訂正前の請求項1?7に係る発明は明確ではない旨,指摘した。 また,上記取消理由通知書では,仮に,本件訂正前の請求項1及び6における0.2%耐力とVDA曲げ試験における曲げ角度の測定が,後者のように行われるとしても,付加する予ひずみが「2%以上」と範囲を有しており,その程度が一定の数値に特定されていないところ,仮に,予ひずみの有無やその程度によって,0.2%耐力やVDA曲げ試験における曲げ角度が変化してしまうとすれば,本件訂正前の請求項1及び6におけるこれらの数値が一義的に定まらないことになるから,本件訂正前の請求項1?7に係る発明は明確ではない旨,指摘した。 これに対して,前記第2のとおり,本件訂正により,明細書の【0023】,【0034】,【0053】,【0056】における「2%以上の予ひずみを付加するとともに,」との記載が,「2%の予ひずみを付加するとともに,」とされるとともに,請求項1及び6における「0.2%耐力」及び「VDA曲げ試験」における「曲げ角度」について,「2%の予ひずみを付加するとともに,180℃の温度で20分間の人工時効処理を実施した後に」測定されるものであることが特定された結果,その意味が明確にされたから,本件発明1?7について,上記の点に関する明確性要件違反は解消した。 (2)上記取消理由通知書では,本件訂正前の明細書【0031】,図1には,板状試験片1の圧延方向と板状のポンチ3の延在方向とは,互いに「直交する」方向となるように載置されることが記載されているが,同明細書【0056】には,板状試験片1の圧延方向と曲げ線の方向(すなわち,板状のポンチ3の延在方向)とが,互いに「平行」となることが記載され,上記記載と矛盾するため,本件訂正前の請求項1及び6における「VDA曲げ試験」の内容が明確でないから,本件訂正前の請求項1?7に係る発明は明確ではない旨,指摘した。 これに対して,前記第2のとおり,本件訂正により,明細書の【0031】における「板状試験片1の圧延方向と板状のポンチ3の延在方向とが,互いに直交する方向となるように,」との記載が,「板状試験片1の圧延方向と板状のポンチ3の延在方向とが,互いに平行または直交する方向となるように,」とされるとともに,請求項1及び6における「VDA曲げ試験」について,「曲げ線が圧延方向と平行となる」ように行われるものであることが特定された結果,その意味が明確にされたから,本件発明1?7について,上記の点に関する明確性要件違反は解消した。 (3)申立人は,本件発明は,自動車構造部材用アルミニウム合金板として,「強度,成形性,圧壊性および耐食性がバランスよく優れている」(本件明細書【0010】)ものを提供することを課題とするものであるところ,成形性と圧壊性,強度と圧壊性は,いずれもトレードオフの関係にあるが,請求項1には,0.2%耐力及びVDA曲げ試験による曲げ角度の各上限値が規定されていないため,本件発明1は,VDA曲げ試験による曲げ角度が極端に大きな場合も含まれ,上記曲げ角度が大きくなりすぎると,0.2%耐力が不足してバランスが悪くなるから,請求項1には,上記課題を解決するための技術的手段が特定されておらず,その記載が不明確であると主張する。また,請求項2?7についても同様に主張する。(申立書17?19頁) しかしながら,申立人が主張するような意味で,請求項1?7に上記課題を解決するための技術的手段が特定されているか否かにかかわらず,請求項1?7に記載される事項に不明確なところはなく,その意味は明確であるから,本件発明1?7は明確である。 よって,申立人の主張は採用できない。 なお,0.2%耐力及びVDA曲げ試験における曲げ角度の上限値については,請求項1及び6において,トレードオフの関係にあるこれらの下限値が特定されるとともに,アルミニウム合金板の化学組成及び製造方法が特定されていることから,技術常識に照らして自ずと定まるものと解される。 また,「強度,成形性,圧壊性および耐食性がバランスよく優れている」といっても程度問題であり,VDA曲げ試験における曲げ角度がある程度大きくなったとしても,一定程度の0.2%耐力が確保されていれば,それなりに「バランスよく優れている」といえ,仮に,VDA曲げ試験における曲げ角度が極端に大きくなって,0.2%耐力が下限値を下回るようなことがあれば,そのような場合については,単に,本件発明1?7の範囲外と理解されるだけである。 さらに,本件明細書の記載(【0011】,【0012】,【0016】,【0020】?【0026】,【0028】?【0035】,【0050】?【0069】,表1?3,図1?2B)によれば,上記課題は,請求項1及び6に記載のとおり,それぞれ所定量のMg,Si,Cuを含有し,残部がAl及び不可避的不純物からなる自動車構造部材用アルミニウム合金板において,耳率を-10.0%?-3.0%とすることによって,解決できることが理解できる。 (4)申立人は,本件明細書【0029】には,アルミニウム合金板の耳率の測定方法に関し,外径66mmの円板状の試験片に直径40mmのポンチでカッピング加工を施し,絞りカップを形成することが記載され,上記以外の加工条件については記載されていないが,カッピング加工して得られる絞りカップの形状は,加工時のクリアランス,BHF(しわ押さえ力),潤滑条件等に大きく依存することが知られているため,絞りカップの形状によって耳率の測定値も変動することから,請求項1に規定される「耳率が-10.0%?-3.0%であ」るとの規定内容は不明確であると主張する。また,請求項2?7についても同様に主張する。(申立書20頁) しかしながら,アルミニウム合金板の耳率は,当業者に広く知られた特性であり(甲3?5の特許請求の範囲等),その測定に用いられる絞りカップを形成するための加工条件は,通常の条件を採用することができる。そして,当業者は,それにより得られた絞りカップを用いて耳率を測定することができる。 また,絞りカップを形成するための加工条件によって,実際に耳率の測定値がどの程度変動するのかは明らかではなく,上記加工条件が本件明細書に明記されていないからといって,請求項1及び6における耳率の規定内容が不明確であるとはいえない。 よって,申立人の主張は採用できない。 (5)申立人は,本件発明は,自動車構造部材用アルミニウム合金板として,「強度,成形性,圧壊性および耐食性がバランスよく優れている」(本件明細書【0010】)ものを提供することを課題とするものであるところ,甲1には,アルミニウム合金板の強度を表す指標として0.2%耐力が用いられ,アルミニウム合金板の圧壊性を示す指標としてVDA曲げ試験による曲げ角度が用いられることが記載され,また,甲3?5には,アルミニウム合金板の耳率が成形性の指標となることが記載されていることから,本件発明1は,上記課題を単に言い換えたものにすぎず,課題解決手段を具体的に規定するものではないため,請求項1には,上記課題を解決するための技術的手段が特定されておらず,その記載が不明確であると主張する。また,請求項2?7についても同様に主張する。(申立書20?21頁) しかしながら,申立人が主張するような意味で,請求項1?7に上記課題を解決するための技術的手段が特定されているか否かにかかわらず,請求項1?7に記載される事項に不明確なところはなく,その意味は明確であるから,本件発明1?7は明確である。 よって,申立人の主張は採用できない。 なお,上記(3)で述べたとおり,本件明細書の記載によれば,上記課題は,請求項1及び6に記載のとおり,それぞれ所定量のMg,Si,Cuを含有し,残部がAl及び不可避的不純物からなる自動車構造部材用アルミニウム合金板において,耳率を-10.0%?-3.0%とすることによって,解決できることが理解できる。 (6)したがって,取消理由1(明確性要件),申立理由3(明確性要件)によっては,本件特許の請求項1?7に係る特許を取り消すことはできない。 2 申立理由4(サポート要件) (1)申立人は,本件発明は,自動車構造部材用アルミニウム合金板として,「強度,成形性,圧壊性および耐食性がバランスよく優れている」(本件明細書【0010】)ものを提供することを課題とするものであるところ,本件明細書の実施例には,上記課題を解決し得る自動車構造部材用アルミニウム合金板として,0.2%耐力又はVDA曲げ試験による曲げ角度が大幅に高い値を有するものが記載されていないから,本件発明1は,本件明細書の発明の詳細な説明に記載されたものではないと主張する。また,請求項2?7についても同様に主張する。(申立書17?19頁) しかしながら,上記1(3)で述べたとおり,0.2%耐力及びVDA曲げ試験における曲げ角度の上限値については,請求項1及び6において,トレードオフの関係にあるこれらの下限値が特定されるとともに,アルミニウム合金板の化学組成及び製造方法が特定されていることから,技術常識に照らして自ずと定まるものと解される。 そして,そのようなアルミニウム合金板であれば,上記課題が解決できることが理解できることは,上記1(3)で述べたとおりである。 また,仮に,VDA曲げ試験における曲げ角度が大幅に高い値となって,0.2%耐力が下限値を下回るようなことがあれば,そのような場合については,単に,本件発明1?7の範囲外と理解されるだけであり,そのような場合について,本件明細書の実施例に記載されていないからといって,本件発明1?7について,特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合しないとはいえない。 (2)したがって,申立理由4(サポート要件)によっては,本件特許の請求項1?7に係る特許を取り消すことはできない。 3 申立理由5(実施可能要件) (1)申立人は,本件明細書の発明の詳細な説明には,上記課題を解決し得る自動車構造部材用アルミニウム合金板として,0.2%耐力又はVDA曲げ試験による曲げ角度が,実施例に比較して,大幅に高い値を有するものをいかにして作製するか記載されていないから,当業者が本件発明1を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものではないと主張する。また,請求項2?7についても同様に主張する。(申立書17?19頁) しかしながら,上記1(3)で述べたとおり,0.2%耐力及びVDA曲げ試験における曲げ角度の上限値については,請求項1及び6において,トレードオフの関係にあるこれらの下限値が特定されるとともに,アルミニウム合金板の化学組成及び製造方法が特定されていることから,技術常識に照らして自ずと定まるものと解される。 そして,そのようなアルミニウム合金板については,本件明細書の発明の詳細な説明に,その製造方法(【0036】?【0047】)と用途(【0048】)が記載され,実施例(【0050】?【0069】,表1?3)において,実際に上記アルミニウム合金板を製造したことが記載されているから,本件発明1?7について,当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されているといえる。 また,仮に,VDA曲げ試験における曲げ角度が大幅に高い値となって,0.2%耐力が下限値を下回るようなことがあれば,そのような場合については,単に,本件発明1?7の範囲外と理解されるだけであり,そのような場合の製造方法について,本件明細書の発明の詳細な説明に記載されていないからといって,本件発明1?7について,発明の詳細な説明の記載が実施可能要件に適合しないとはいえない。 (2)したがって,申立理由5(実施可能要件)によっては,本件特許の請求項1?7に係る特許を取り消すことはできない。 4 申立理由1(新規性),申立理由2(進歩性) (1)甲1に記載された発明 甲1には,自動車構造部材用アルミニウム合金板及びその製造方法について記載されているところ(請求項1,4),圧壊性を評価するためのVDA曲げ試験について,試験片の「曲げ線が圧延方向と平行となる」ように行われることが記載されている(【0062】,【0063】)。 甲1の上記記載によれば,甲1には,以下の発明が記載されていると認められる。 「質量%で,Mg:0.3?1.0%,Si:0.5?1.2%,Cu:0.08?0.20%を各々含み,かつ,前記Mgの含有量[Mg]と,前記Siの含有量[Si]とが, [Si]/[Mg] ≧0.7と,1.4%≦1.3[Mg]+[Si]≦1.9%との関係を各々満足し,残部がAl及び不可避不純物からなり,板厚が2.0mm以上であるAl-Mg-Si系アルミニウム合金板であって, この板の表面から前記板厚の10%の深さまでの表面領域におけるCube方位の平均面積率が22%以上,およびこの板の降伏比が0.63以下であるとともに, 前記アルミニウム合金板を2%のストレッチ後に180℃20分の人工時効処理した後の特性として,0.2%耐力が220MPa以上,および曲げ線が圧延方向と平行となるVDA曲げ試験での曲げ角度が60°以上である圧壊性を有する,自動車構造部材用アルミニウム合金板。」(以下,「甲1発明1」という。) 「質量%で,Mg:0.3?1.0%,Si:0.5?1.2%,Cu:0.08?0.20%を各々含み,かつ,前記Mgの含有量[Mg]と,前記Siの含有量[Si]とが, [Si]/[Mg] ≧0.7と,1.4%≦1.3[Mg]+[Si]≦1.9%との関係を各々満足し,残部がAl及び不可避不純物からなるAl-Mg-Si系アルミニウム合金鋳塊を,均質化熱処理後に圧延して,板厚が2.0mm以上の圧延板とし,この圧延板に対して,540?570℃の範囲で0.1?30秒間保持する溶体化処理と焼入れ処理とを連続的に行い,前記焼入れ処理の終了後10分以内に,再加熱処理を行って素材温度が60?90℃の範囲に3?20時間保持して,自動車構造部材用アルミニウム合金板となし,この板の組織および特性として,この板の表面から前記板厚の10%の深さまでの表面領域におけるCube方位の平均面積率を22%以上,およびこの板の降伏比を0.63以下とするとともにし,この板を2%のストレッチした後に180℃20分の人工時効処理した後の特性として,0.2%耐力を220MPa以上,および曲げ線が圧延方向と平行となるVDA曲げ試験での曲げ角度を60°以上とした圧壊性を有するようにした,自動車構造部材用アルミニウム合金板の製造方法。」(以下,「甲1発明2」という。) (2)本件発明1について ア 対比 本件発明1と甲1発明1とを対比する。 (ア)本件発明1におけるアルミニウム合金板の化学組成と,甲1発明1におけるアルミニウム合金板の化学組成とは,いずれも,Mg,Si,Cuを含有し,残部がAl及び不可避的不純物からなる点で共通する。 また,甲1発明1における「板厚が2.0mm以上であるAl-Mg-Si系アルミニウム合金板」である「自動車構造部材用アルミニウム合金板」は,本件発明1における「板厚が1.5mm以上であるAl-Mg-Si系アルミニウム合金板」である「自動車構造部材用アルミニウム合金板」に相当する。 (イ)甲1発明1において,「前記アルミニウム合金板を2%のストレッチ後に180℃20分の人工時効処理した後の特性として,0.2%耐力が220MPa以上」であることは,本件発明1において,「2%の予ひずみを付加するとともに,180℃の温度で20分間の人工時効処理を実施した後に,0.2%耐力が215MPa以上となるベークハード性を有する」ことに相当する。 また,甲1発明1において,「前記アルミニウム合金板を2%のストレッチ後に180℃20分の人工時効処理した後の特性として」,「曲げ線が圧延方向と平行となるVDA曲げ試験での曲げ角度」が所定値以上である「圧壊性を有する」ことは,本件発明1において,「2%の予ひずみを付加するとともに,180℃の温度で20分間の人工時効処理を実施した後に」,「曲げ線が圧延方向と平行となるVDA曲げ試験にて」所定値以上の「曲げ角度となる圧壊性を有している」ことに相当する。 (ウ)以上によれば,本件発明1と甲1発明1とは, 「質量%で,Mg,Si,Cuを含有し,残部がAlおよび不可避的不純物からなり,板厚が1.5mm以上であるAl-Mg-Si系アルミニウム合金板であって, 2%の予ひずみを付加するとともに,180℃の温度で20分間の人工時効処理を実施した後に,0.2%耐力が215MPa以上となるベークハード性を有するとともに, 曲げ線が圧延方向と平行となるVDA曲げ試験にて所定値以上の曲げ角度となる圧壊性を有している自動車構造部材用アルミニウム合金板。」 の点で一致し,以下の点で相違する。 ・相違点1 本件発明1では,「耳率」が「-10.0%?-3.0%」であるのに対して,甲1発明1では,「耳率」が不明である点。 ・相違点2 本件発明1では,VDA曲げ試験における曲げ角度が「93°以上」であるのに対して,甲1発明1では,VDA曲げ試験における曲げ角度が「60°以上」である点。 ・相違点3 本件発明1では,Mg,Si,Cuの含有量が,それぞれ,「0.4%以上1.0%以下」,「0.6%以上1.2%以下」,「0.5%以下」であるのに対して,甲1発明1では,Mg,Si,Cuの含有量が,それぞれ,「0.3?1.0%」,「0.5?1.2%」,「0.08?0.20%」であり,「前記Mgの含有量[Mg]と,前記Siの含有量[Si]とが, [Si]/[Mg] ≧0.7と,1.4%≦1.3[Mg]+[Si]≦1.9%との関係を各々満足」する点。 イ 相違点1の検討 (ア)まず,相違点1が実質的な相違点であるか否かについて検討する。 a 甲1には,アルミニウム合金板の「耳率」については,記載されていない。 また,甲1発明1に係るアルミニウム合金板は,「板の表面から前記板厚の10%の深さまでの表面領域におけるCube方位の平均面積率が22%以上」であるが,このようなアルミニウム合金板であれば,必ず,「耳率」が「-10.0%?-3.0%」となるかどうかは不明である。 さらに,本件発明1に係るアルミニウム合金板の製造方法(本件明細書【0036】?【0047】,【0051】,表1,表2)と,甲1発明1に係るアルミニウム合金板の製造方法(甲1【0044】?【0054】,【0057】,表1,表2)とを対比すると,前者では,冷間圧延後,275℃以上で焼鈍処理を行い,その後,溶体化処理し,焼入れ処理するのに対して,後者では,冷間圧延後,焼鈍処理を行うことなく,溶体化処理し,焼入れ処理する点で少なくとも相違する。 本件明細書には,「これらの製造工程中で,冷間圧延の圧延率および焼鈍処理の温度を上記数値範囲で適切に調整することにより,本実施形態で規定する耳率を得ることができる。」(【0037】)との記載があること,また,合金は,一般に,その組成や製造方法が異なれば,得られる合金の組織や特性等が異なることが通常であることを踏まえると,甲1発明1に係るアルミニウム合金板についても,本件発明1に係るアルミニウム合金板と同様に,「耳率」が「-10.0%?-3.0%」となるかどうかは不明である。 b(a)申立人は,甲1の実施例においては,冷延板に対し,100℃/分以上の加熱速度で550?560℃まで加熱して溶体化処理し,焼入れ処理したことが記載されており(【0057】,表2),冷延板に対し,100℃/分以上の加熱速度で550?560℃まで加熱する過程で,275℃以上の熱処理温度での焼鈍処理も行われていると主張する(申立書11頁)。 しかしながら,上記aのとおり,本件発明1に係るアルミニウム合金板の製造方法においては,275℃以上で行われる焼鈍処理は,その後に行われる溶体化処理とは区別されている。実際,実施例において,「この冷延板に対し,空気炉にて30℃/hで昇温し,表2に示す各焼鈍温度で4時間保持した後,40℃/hで降温させる焼鈍処理を行った。」(【0051】),「この後,以下の共通の条件にて,熱処理設備で調質処理(T4処理)した。具体的には,溶体化処理温度までの平均加熱速度を5℃/秒として上記焼鈍後の板を加熱し,525℃の温度で28秒間保持することにより溶体化処理を行った後,平均冷却速度を20℃/秒としたファン空冷を行うことで室温まで冷却した。」(【0051】)との記載があり,焼鈍処理と溶体化処理とは,別工程として行われている。 以上によれば,甲1発明1に係るアルミニウム合金板の製造方法においても,本件発明1に係るアルミニウム合金板の製造方法と同様に,275℃以上で焼鈍処理が行われているとはいえない。 よって,申立人の主張は採用できない。 (b)また,申立人は,甲2には,アルミニウム合金板のCube方位の面積率と耳率とが相関することが記載されており(図1),甲2の記載によれば,甲1発明1に係る「Cube方位の平均面積率が22%以上」のアルミニウム合金板は,「耳率」が「-10.0%?-3.0%」を満たすと考えられると主張する(申立書12頁)。 しかしながら,合金は,一般に,その組成や製造方法によって,得られる合金の組織や特性等が定まるものであり,その組成や製造方法が異なれば,得られる合金の組織や特性等が異なることが通常であることを踏まえると,甲2におけるCube方位の面積率と耳率との関係は,甲2に記載されるアルミニウム合金板の製造方法(請求項1,【0051】?【0073】,表1,表2)を前提としたものと解される。 甲1発明1に係るアルミニウム合金板の製造方法(甲1【0044】?【0054】,【0057】,表1,表2)と,甲2に記載されるアルミニウム合金板の製造方法とを対比すると,前者では,均質化処理後,そのまま引き続いて終了温度が260?350℃で熱間圧延を行うのに対して,後者では,均質化熱処理後,300?400℃の温度範囲まで50℃/hr以上100℃/hr以下の冷却速度で冷却して熱間圧延を開始し,この熱間圧延を280℃以下の温度範囲で終了する点で少なくとも相違する。 すなわち,甲2に記載されるアルミニウム合金板の製造方法では,均質化熱処理後の鋳塊を冷却して,より低温で熱間圧延を開始するとともに,再結晶温度以下のより低温で熱間圧延を終了させ,熱間圧延板を再結晶しない加工組織主体の組織とするものであり(【0056】),この点で,甲1発明1に係るアルミニウム合金板の製造方法と異なるものである。 そうすると,甲2に記載されるアルミニウム合金板の製造方法とは異なる製造方法により得られた甲1発明1に係るアルミニウム合金板についても,甲2におけるCube方位の面積率と耳率との関係が,そのまま当てはまるとはいえず,「耳率」が「-10.0%?-3.0%」となるかどうかは不明である。 よって,申立人の主張は採用できない。 c 以上によれば,相違点1は実質的な相違点である。 (イ)次に,相違点1の容易想到性について検討する。 上記(ア)aで述べたとおり,甲1には,アルミニウム合金板の「耳率」については,記載されておらず,また,「板の表面から前記板厚の10%の深さまでの表面領域におけるCube方位の平均面積率が22%以上」である甲1発明1に係るアルミニウム合金板であれば,必ず,「耳率」が「-10.0%?-3.0%」となるかどうかは不明である。 また,甲2?5には,自動車のパネルやボディシート等に用いられるアルミニウム合金板において,耳率を所定値とすることについて記載されているものの(甲2の請求項1,4,甲3の請求項1,4,甲4の請求項1,【0001】,甲5の請求項1,【0001】等を参照),自動車のパネルやボディシート等とは異なる,メンバ,フレーム,ピラー等の自動車構造部材に用いられるアルミニウム合金板において,「耳率」を「-10.0%?-3.0%」とすることを動機付ける記載は見当たらない。 そうすると,自動車構造部材用アルミニウム合金板に関する甲1発明1において,「耳率」を「-10.0%?-3.0%」とすることは,当業者が容易に想到することができたとはいえない。 ウ 相違点2の検討 (ア)まず,相違点2が実質的な相違点であるか否かについて検討する。 甲1発明1に係るアルミニウム合金板は,「前記アルミニウム合金板を2%のストレッチ後に180℃20分の人工時効処理した後の特性として」,「曲げ線が圧延方向と平行となるVDA曲げ試験での曲げ角度が60°以上である圧壊性を有する」ものであるが,VDA曲げ試験における曲げ角度が,実際に,「93°以上」であるかどうかは不明である。 甲1には,VDA曲げ試験における曲げ角度が90°以上であることが記載され(請求項3,【0040】),実施例において,90°以上のものが記載されているが(【0062】,【0063】,表2,発明例1,2,比較例26),やはり,実際に,「93°以上」であるかどうかは不明である。 また,上記イ(ア)aで述べたとおり,本件発明1に係るアルミニウム合金板の製造方法と,甲1発明1に係るアルミニウム合金板の製造方法とは,275℃以上で行われる焼鈍処理の有無の点で少なくとも相違するところ,合金は,一般に,その組成や製造方法が異なれば,得られる合金の組織や特性等が異なることが通常であることを踏まえると,甲1発明1に係るアルミニウム合金板についても,本件発明1に係るアルミニウム合金板と同様に,VDA曲げ試験における曲げ角度が「93°以上」となるかどうかは不明である。 以上によれば,相違点2は実質的な相違点である。 (イ)次に,相違点2の容易想到性について検討する。 上記(ア)で述べたとおり,甲1には,VDA曲げ試験における曲げ角度が90°以上であることが記載されているものの,実際に,「93°以上」であるかどうかは不明であり,また,そもそも,「93°以上」が達成できるかどうかも不明である。 また,甲2?5にも,甲1発明1において,VDA曲げ試験における曲げ角度を「93°以上」とすることを動機付ける記載は見当たらない。 そうすると,甲1発明1において,VDA曲げ試験における曲げ角度を「93°以上」とすることは,当業者が容易に想到することができたとはいえない。 エ 小括 以上のとおりであるから,相違点3について検討するまでもなく,本件発明1は,甲1に記載された発明であるとはいえず,また,甲1に記載された発明及び甲2に記載された事項に基いて,又は,甲1に記載された発明及び甲2?5に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。 (3)本件発明2?5について 本件発明2?5は,本件発明1を直接又は間接的に引用するものであるが,上記(2)で述べたとおり,本件発明1が,甲1に記載された発明であるとはいえず,また,甲1に記載された発明及び甲2に記載された事項に基いて,又は,甲1に記載された発明及び甲2?5に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない以上,本件発明2?5についても同様に,甲1に記載された発明であるとはいえず,また,甲1に記載された発明及び甲2に記載された事項に基いて,又は,甲1に記載された発明及び甲2?5に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。 (4)本件発明6について 本件発明6と甲1発明2とを対比すると,上記(2)アと同様に,両者は,少なくとも,相違点1?3と同様の点で相違するところ,これらの相違点のうち,相違点1,2と同様の相違点については,上記(2)イ,ウで述べたのと同様の理由により,実質的な相違点であり,また,冷間圧延率について記載された甲6の記載を考慮したとしても,当業者が容易に想到することができたとはいえない。 したがって,本件発明6は,甲1に記載された発明並びに甲2及び6に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。 (5)本件発明7について 本件発明7は,本件発明6を直接引用するものであるが,上記(4)で述べたとおり,本件発明6が,甲1に記載された発明並びに甲2及び6に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない以上,本件発明7についても同様に,甲1に記載された発明並びに甲2及び6に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。 (6)まとめ したがって,申立理由1(新規性),申立理由2(進歩性)によっては,本件特許の請求項1?7に係る特許を取り消すことはできない。 第6 むすび 以上のとおり,取消理由通知書に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した特許異議の申立ての理由によっては,本件特許の請求項1?7に係る特許を取り消すことはできない。 また,他に本件特許の請求項1?7に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。 よって,結論のとおり決定する。 |
発明の名称 |
(54)【発明の名称】 自動車構造部材用アルミニウム合金板、自動車構造部材および自動車構造部材用アルミニウム合金板の製造方法 【技術分野】 【0001】 本発明は、通常の圧延によって製造されるAl-Mg-Si系(6000系)アルミニウム合金板であって、特に圧壊性に優れた自動車構造部材用アルミニウム合金板に関する。 本発明で言うアルミニウム合金板とは、熱間圧延や冷間圧延を実施した圧延板であり、溶体化処理および焼入れ処理などの調質が施された後であって、使用される自動車構造部材に成形され、塗装焼付硬化処理などの人工時効硬化処理される前の、素材アルミニウム合金板を言う。また、以下の記載ではアルミニウムを「アルミ」や「Al」とも言う。 【背景技術】 【0002】 近年、地球環境などへの配慮から、自動車車体の軽量化の社会的要求はますます高まってきている。かかる要求に答えるべく、自動車車体のうち、パネル(フード、ドア、ルーフなどのアウタパネル、インナパネル)や、バンパリーンフォース(バンパーR/F)やドアビームなどの補強材などの部分に、それまでの鋼板等の鉄鋼材料に代えて、アルミニウム合金材料が適用されている。 【0003】 また、自動車車体の更なる軽量化のためには、自動車部材のうちでも特に軽量化に寄与する、サイドメンバー等のメンバ、フレーム類や、ピラーなどの自動車構造部材にも、アルミニウム合金材を適用することが求められている。これらの自動車構造部材には、上記自動車パネル材と同様の素材板の強度や成形性を保ちつつ、乗員の安全性を目的として、車体衝突時の衝撃吸収性や、圧壊性(耐圧壊性または圧壊特性)が優れたアルミニウム合金材を使用することが必要である。 【0004】 上記圧壊性を測定する試験としては、例えば、ドイツ自動車工業会(VDA)で規格化されている「VDA238-100 Plate bending test for metallic materials」(以後、「VDA曲げ試験」と言う)がある。近年、ヨーロッパなどでは、自動車の衝突安全基準のレベルアップ(厳格化)に対応するため、VDA曲げ試験による評価が実施されており、より優れた圧壊特性を有するフレーム、ピラーなどの自動車構造部材が求められている。 【0005】 自動車構造部材用6000系アルミニウム合金の圧壊性を向上させる手段として、従来、結晶粒のサイズや形態、Cube方位の面積率を制御する方法が公知であり、例えば、結晶粒の板厚方向の粒径を規定するとともに、板厚方向の粒径と圧延方向の粒径との比を制御した6000系アルミニウム合金板が開示されている(特許文献1を参照)。 【0006】 また、Mg、SiおよびCuの添加量を調整し、板断面のCube方位の平均面積率を22%以上とした6000系アルミニウム合金板も提案されている(特許文献2を参照)。なお、圧壊性向上を目的とした上記特許文献2には、板の圧壊性の評価試験としての前記VDA曲げ試験が、自動車衝突時の圧壊性と相関性があることが記載されている。VDA曲げ試験により得られる曲げ角度は、圧壊性の優劣を定量的に評価することができる。 【先行技術文献】 【特許文献】 【0007】 【特許文献1】特開2001-294965号公報 【特許文献2】特開2017-88906号公報 【発明の概要】 【発明が解決しようとする課題】 【0008】 しかしながら、アルミニウム合金板の成形性と圧壊性、および強度と圧壊性とは、いずれもトレードオフの関係にあり、例えば、製造方法の調整により、成形性を向上させようとすると、圧壊性が低下する。また、アルミニウム合金中の金属含有量の調整により、強度を高くすると圧壊性が低下するという問題点が生じる。上述のごとく、自動車等の安全性の基準は年々厳格化しており、より安全性が高くなるような特性を有するアルミニウム合金板が求められている。従って、強度および成形性を低下させることなく、より優れた圧壊性を有するアルミニウム合金板の開発が期待されている。 【0009】 また、自動車構造部材においては、強度、成形性および圧壊性に加え、構造部材としての信頼性の観点より、塩水などの腐食環境に対応する耐食性も必要となる。すなわち、アルミニウム合金を用いた構造部材においては、長期にわたり粒界腐食などが発生しないような優れた耐食性が求められる。 【0010】 このような状況に鑑み、本発明の目的は、通常の圧延によって製造される6000系アルミニウム合金板であって、素材板の強度、成形性、圧壊性および耐食性がバランスよく優れている、自動車構造部材用アルミニウム合金板、自動車構造部材および自動車構造部材用アルミニウム合金板の製造方法を得ることである。 【課題を解決するための手段】 【0011】 本発明者等が上記課題を解決するために検討を重ねた結果、アルミニウム合金の化学組成を適切に調整すると共に、アルミニウム合金の集合組織の異方性を耳率で規定し、この値を所定範囲に限定することにより、強度、成形性、圧壊性および耐食性がバランスよく優れたアルミニウム合金板を得ることができることを見出した。 【0012】 すなわち、本発明に係る自動車構造部材用アルミニウム合金板は、質量%で、Mg:0.4%以上1.0%以下、Si:0.6%以上1.2%以下、Cu:0.5%以下を含有し、残部がAlおよび不可避的不純物からなり、板厚が1.5mm以上であるAl-Mg-Si系アルミニウム合金板であって、耳率が-10.0%?-3.0%であり、180℃の温度で20分間の人工時効処理を実施した後に、0.2%耐力が215MPa以上となるベークハード性を有するとともに、VDA曲げ試験にて93°以上の曲げ角度となる圧壊性を有していることを特徴とする。 【0013】 本発明の好ましい実施形態に係る自動車構造部材用アルミニウム合金板は、前記Mgの含有量が、質量%で0.4%以上0.6%以下である。 本発明の好ましい実施形態に係る自動車構造部材用アルミニウム合金板は、前記Siの含有量が、質量%で0.6%以上0.8%以下である。 本発明の好ましい実施形態に係る自動車構造部材用アルミニウム合金板は、180℃の温度で20分間の人工時効処理を実施した後に、0.2%耐力が215MPa以上となるベークハード性を有する。 【0014】 また、本発明に係る自動車構造部材は、上記いずれかの自動車構造部材用アルミニウム合金板を用いることを特徴とする。 【0015】 また、本発明に係る自動車構造部材用アルミニウム合金板の製造方法は、質量%で、Mg:0.4%以上1.0%以下、Si:0.6%以上1.2%以下、Cu:0.5%以下を含有し、残部がAlおよび不可避的不純物からなるアルミニウム合金を鋳造する工程と、均質化熱処理する工程と、熱間圧延する工程と、最終板厚が1.5mm以上となるように冷間圧延する工程と、焼鈍する工程と、溶体化処理する工程と、焼入れする工程とを有するAl-Mg-Si系アルミニウム合金板の製造方法であって、前記冷間圧延する工程における圧延率を40%以上に制御し、前記焼鈍する工程における熱処理温度を275℃以上に設定し、前記アルミニウム合金板の耳率が-10.0%?-3.0%であり、180℃の温度で20分間の人工時効処理を実施した後に、0.2%耐力が215MPa以上となるベークハード性を得るとともに、VDA曲げ試験にて93°以上の曲げ角度となる圧壊性を得ることを特徴とする。 【発明の効果】 【0016】 本発明によれば、アルミニウム合金の化学組成を適切に調整すると共に、アルミニウム合金の集合組織の異方性を持たせることにより、強度、成形性、圧壊性および耐食性がバランスよく優れた自動車構造部材用アルミニウム合金板を提供することができる。 また、アルミニウム合金の化学組成を調整すると共に、その製造工程における冷間圧延率および焼鈍時の熱処理温度を調整することにより、強度、成形性、圧壊性および耐食性が優れた自動車構造部材用アルミニウム合金板および該アルミニウム合金板を用いた自動車構造部材を製造することができる。 【図面の簡単な説明】 【0017】 【図1】圧壊性を評価するVDA曲げ試験の態様を示す斜視図である。 【図2A】図1におけるポンチの正面図である。 【図2B】図1におけるポンチの側面図である。 【発明を実施するための形態】 【0018】 以下に、本発明の実施形態(本実施形態)に係る自動車構造部材用アルミニウム合金板の化学組成および耳率の限定理由、並びに自動車構造部材用アルミニウム合金板の製造方法における数値限定理由について詳細に説明する。 その前提として、本発明のAl-Mg-Si系(以下、「6000系」とも言う)アルミニウム合金板は、その用途が、従来の自動車パネル材ではなく、上述の自動車構造部材である。 このため、この自動車構造部材(以下、「構造部材」とも言う)は、上記の従来の自動車パネル材と同様の成形性に加え、自動車構造部材用途に特有の特性である優れた圧壊性、および人工時効後においても高い耐力を有することが要求される。これらの特性のどれが欠けても、本実施形態が目的とする構造部材としては不十分となる。 【0019】 したがって、以下の本実施形態の要件の説明は、これら構造部材用とし、具体的な要求特性を満足および両立させるために意義づけられているものである。 なお、本実施形態において「?」とは、その下限の値以上、その上限の値以下であることを意味する。 【0020】 (アルミニウム合金板の化学組成) 上記構造部材の要求特性を化学組成の面から満たすようにするため、本実施形態に係るAl-Mg-Si系のアルミニウム合金板は、質量%で、Mg:0.4%以上1.0%以下、Si:0.6%以上1.2%以下、Cu:0.7%未満を含有し、残部がAlおよび不純物からなる。 【0021】 上記Al-Mg-Si系アルミニウム合金における各元素の含有量の範囲と意義、あるいは許容量について以下に説明する。なお、各元素の含有量の%表示は、全て質量%の意味である。 【0022】 <Mg:0.4%以上1.0%以下> MgはSiとともに、焼付け塗装処理などの人工時効処理時に、Mg_(2)Siなどの化合物相を形成して析出するため、Mgの含有量を適切に調整することにより、アルミニウム合金板の強度を高めることができる。 Mgの含有量が0.4%未満であると、構造部材としての十分な強度を得ることが困難になる。 一方、Mgの含有量が1.0%を超えると、鋳造時および溶体化焼入れ処理時に、Mg_(2)Si等の化合物相が粗大な粒子として晶出又は析出し、これらが微小な破壊の起点として働くため、圧壊性が低下する。上記Mgの含有量は、好ましくは0.8%以下、より好ましくは0.6%以下である。 【0023】 なお、本明細書において「アルミニウム合金板の強度」とは、溶体化処理および焼入れ処理されたアルミニウム合金板(人工時効前)の0.2%耐力の測定値(MPa)によって評価することができる。 また、このアルミニウム合金板に対して、2%の予ひずみを付加するとともに、180℃の温度で20分間の人工時効処理した後のアルミニウム合金板(人工時効後)の0.2%耐力の測定値によって評価することができる。 そして、これら0.2%耐力が高いほど強度が高く、高いベークハード性(BH性)を有することを意味する。 【0024】 <Si:0.6%以上1.2%以下> SiもMgとともに、焼付け塗装処理などの人工時効処理時に、Mg_(2)Siなどの化合物相を形成して析出するため、Siの含有量を適切に調整することにより、アルミニウム合金板の強度を高めることができる。 Siの含有量が0.6%未満であると、構造部材としての十分な強度を得ることが困難になる。上記Siの含有量は、好ましくは0.7%以上、より好ましくは0.8%以上である。 一方、Siの含有量が1.2%を超えると、鋳造時および溶体化焼入れ処理時に、Mg_(2)Si等の化合物相が粗大な粒子として晶出又は析出し、これらが微小な破壊の起点として働くため、圧壊性が低下する。上記Siの含有量は、好ましくは1.1%以下、より好ましくは1.0%以下、更に好ましくは0.8%以下である。 【0025】 <Cu:0.7%未満> Cuは0.7%以上に過剰に含有させると、時効析出とともに粒界近傍にCuの溶質欠乏層(precipitation free zoneまたはPFZとも言う)が形成され、腐食環境にて、粒内より電位的に卑なその層が選択的に溶解し、耐粒界腐食性(耐食性)が劣化する。 従って、Cuの含有量は0.7%未満とする。上記Cuの含有量は、好ましくは0.5%以下であり、より好ましくは0.3%以下である。なお、Cuの含有量の下限はなく、0%の場合を含む。 【0026】 <その他の元素> 上記以外のその他の元素(以下に示す元素など)は、本実施形態では基本的に不純物である。スクラップなど、鋳塊の溶解原料などから含有される場合の許容量として、それぞれ以下の含有量を上限とする。なお、各含有量の下限はなく、0%の場合を含む。 Mn:1.0%以下、Fe:0.5%以下、Cr:0.3%以下、Zr:0.2%以下、V:0.2%以下、Ti:0.1%以下、Zn:0.5%以下、Ag:0.1%以下、Sn:0.15%以下 そして、この範囲内であれば、不可避的不純物として含有される場合だけでなく、積極的に添加された場合であっても本発明の効果を妨げない。 【0027】 (アルミニウム合金板の板厚:1.5mm以上) 本実施形態のAl-Mg-Si系アルミニウム合金板の板厚の下限については特に限定されないが、自動車構造部材としての必要な強度、剛性を有するためには、板厚は、例えば1.5mm以上である。また、板厚の上限についても特に限定されないが、プレス成形などの成形加工の限界や、比較材としての鋼板からの軽量化効果を損ねない重量増加の範囲を考慮すると、例えば4.0mm以下である。この板厚の範囲から熱延板とするか、冷延板とするかが適宜選択される。 【0028】 (耳率:-10.0%?-3.0%) アルミニウム合金板の耳率は集合組織の異方性を示し、特にCube方位の集積度と強い相関を持つ。耳率が-3.0%を超える場合、Al合金板のCube方位の集積度が弱く、圧壊中の曲げ変形におけるせん断帯の抑制がされないため、圧壊性が低下する。 一方、耳率が-10.0%未満の場合、Al合金板のCube方位の集積度が強過ぎ、Cube方位へひずみが集中する結果、破断伸びが低下、すなわち成形性が低下する。 【0029】 <耳率の測定方法> 供試板から、外径66mmの円板状の試験片(ブランク)を打ち抜き、この試験片に対して直径40mmのポンチを用いてカッピングを施して、カップ径40mmの絞りカップを作製する。この絞りカップの耳高さを測定することにより、下記式(1)に基づき、耳率(%)を算出することができる。 下記式(1)において、hXは絞りカップの耳高さを表す。そして、hの添数字Xはカップ高さの測定位置を示し、Al合金板の圧延方向に対してX°の角度をなす位置を意味する。 耳率(%)=[{(h45+h135+h225+h315)-(h0+h90+h180+h270)}/{1/2(h0+h90+h180+h270+h45+h135+h225+h315)}]×100・・・(1) なお、上記式(1)の意義を説明するものとして、以下の式(2)のように示すこともできる。 耳率(%)={(円筒容器の底面(圧延方向)を基準とした、45°方向4箇所の高さの平均値-円筒容器の底面を基準とした、0°、90°方向4箇所の高さの平均値)/(円筒容器の底面を基準とした0°、45°、90°方向8箇所の高さの平均値)}×100・・・(2) 【0030】 (圧壊性) 圧壊性とは、自動車の衝突等の衝撃的な荷重が加わったときに、変形初期や途上で構造部材に割れや圧壊が発生せずに(あるいは発生しても)、最後まで変形する特性であり、圧壊性が良好な部材は、割れや圧壊が生じることなく(あるいは発生しても)、蛇腹状に曲げ変形する。 上述の通り、アルミニウム合金中のMg含有量およびSi含有量が本実施形態の範囲の上限を超えると、圧壊性が低下する。圧壊性は以下に示すVDA曲げ試験にて評価することができ、93°以上の曲げ角度となることが好ましく、100°以上であることがより好ましく、105°以上が更に好ましく、110°以上がより更に好ましい。 本実施形態においては、93°以上の曲げ角度となる圧壊性を有しているものを自動車構造部材用として合格と評価する。一方、この曲げ角度が93°未満の圧壊性では、自動車構造部材用として不十分である。 【0031】 この圧壊性を評価する曲げ試験は、ドイツ自動車工業会(VDA)の規格であるVDA曲げ試験に従って実施する。 この試験方法を、図1において斜視図で示し、図2Aおよび図2Bにおいて、板状の押し曲げ治具であるポンチ3の正面図および側面図をそれぞれ示す。 まず、ロールギャップLが設けられ、互いに平行に配置された2個のロール2上に、図1に点線で示すように、ロール2に対して左右均等となる位置に板状試験片1を水平に載置する。 次に、板状試験片1の上方に、試験片1に対して垂直に立てるように板状の押し曲げ治具であるポンチ3を載置する。具体的には、ポンチ3の先端の辺がロールギャップLの中央に位置するように載置するとともに、板状試験片1の圧延方向と板状のポンチ3の延在方向とが、互いに平行または直交する方向となるように、ロール2、試験片1、およびポンチ3を載置する。 そして、上方からポンチ3を板状試験片1の中央部に押し当てて荷重Fを印加し、この板状試験片1を前記狭いロールギャップLに向けて押し曲げ(突き曲げ)て、曲げ変形した板状試験片中央部を前記狭いロールギャップ内に押し込む。 【0032】 この際に、上方からのポンチ3からの荷重Fが最大となる時の板状試験片1の中央部の曲げ外側の角度を曲げ角度(°)として測定して、その曲げ角度の大きさで圧壊性を評価する。すなわち、曲げ角度が大きいほど、板状試験片は途中で圧壊せずに曲げ変形が持続しており、圧壊性が高いと判断することができる。 【0033】 このVDA曲げ試験の試験条件としては、板状試験片1は、板厚が2.0mmであって、一辺の長さb:60mm×他片の長さl:60mmの正方形形状とし、2個のロール2の直径Dは各々30mm、ロールギャップLは板状試験片1の板厚の2.0倍の4.0mmとした。Sは荷重Fが最大となる時の板状試験片中央部のロールギャップ内への押し込み深さである。 なお、図2Bに示すように、ポンチ3は、試験片1に接触する辺の長さが90mmであり、板状試験片1の中央部に接触する下端側(尖部)は、その正面図で示すように、半径rが0.2mmφとなるように尖ったテーパ状となっている。 ポンチ3の尖部と反対側には、幅が9mm、深さが12mmである凹部が2か所に形成されており、この凹部が過重負荷装置(図示せず)に嵌合されることにより、ポンチ3が試験片1に荷重を印加するように構成されている。 【0034】 (強度) 本実施形態に係るアルミニウム合金板は、溶体化処理および焼入れ処理されたアルミニウム合金板に対して、2%の予ひずみを付加するとともに、180℃の温度で20分間の人工時効処理した後に、0.2%耐力(ベークハード性またはBH性)が215MPa以上であることが好ましい。 上記0.2%耐力が215MPa以上であると、自動車構造部材用途の合金板として必要な強度を確保することができる。なお、0.2%耐力は、上記したアルミニウム合金の含有量で制御するとともに、後記する製造方法の工程の中でも、特に各工程の熱履歴および圧下率によって制御することができる。 【0035】 (成形性) 後述するように、本実施形態に係るアルミニウム合金板の製造方法における冷間圧延の圧延率が本実施形態の範囲の下限を下回ると、成形性が低下する。成形性は、後述する実施例において示される破断伸びによって評価することができ、25%以上の破断伸びとなることが好ましい。 本実施形態においては、25%以上の破断伸びとなる成形性を有しているものを自動車構造部材用として合格と評価する。一方、この破断伸びが25%未満の成形性では、自動車構造部材用として不十分である。 【0036】 (自動車構造部材用アルミニウム合金板の製造方法) 次に、本実施形態のアルミニウム合金板の製造方法について以下に説明する。 本実施形態に係る自動車構造部材用アルミニウム合金板の製造方法は、上記化学組成を有するアルミニウム合金を鋳造する工程と、均質化熱処理する工程と、熱間圧延する工程と、冷間圧延する工程と、焼鈍する工程と、溶体化処理する工程と、焼入れする工程とを有するAl-Mg-Si系アルミニウム合金板の製造方法であって、冷間圧延する工程における圧延率を40%以上に制御し、焼鈍する工程における熱処理温度を275℃以上に設定する。 【0037】 これらの製造工程中で、冷間圧延の圧延率および焼鈍処理の温度を上記数値範囲で適切に調整することにより、本実施形態で規定する耳率を得ることができる。以下、各工程について更に詳細に説明する。 【0038】 <溶解、鋳造> まず、溶解、鋳造工程では、上記6000系の化学組成の範囲内に溶解調整されたアルミニウム合金溶湯を、連続鋳造法、半連続鋳造法(DC鋳造法)等の通常の溶解鋳造法を適宜選択して鋳造する。 【0039】 <均質化熱処理> 次いで、上記鋳造されたアルミニウム合金鋳塊に、熱間圧延に先立って、均質化熱処理を施す。この均質化熱処理(均熱処理)は、通常の目的である、組織の均質化(鋳塊組織中の結晶粒内の偏析をなくす)の他に、SiやMgを充分に固溶させるために重要である。この目的を達成する条件であれば、特に限定されるものではなく、通常の1回または1段の処理でも良い。 【0040】 均質化熱処理温度は、500℃以上で、560℃以下、均質(保持)時間は1時間以上の範囲から適宜選択することが好ましい。この均質化温度が低いと、結晶粒内の偏析を十分に無くすことができず、これが破壊の起点として作用するために、圧壊性が低下することがある。 【0041】 <熱間圧延> 均質化熱処理を行った鋳塊の熱間圧延は、圧延する板厚に応じて、鋳塊(スラブ)の粗圧延工程と、仕上げ圧延工程とから構成される。これら粗圧延工程や仕上げ圧延工程では、リバース式あるいはタンデム式などの圧延機が適宜用いられる。 【0042】 ≪粗圧延工程≫ 熱間粗圧延工程において、熱延開始温度が固相線温度を超える圧延温度では、バーニングが起こるため熱延自体が困難となるおそれがある。また、熱延開始温度が350℃未満ではいずれの均熱工程材でも熱延時の荷重が高くなりすぎ、熱延自体が困難となるおそれがある。したがって、熱延開始温度は350℃?固相線温度の範囲から選択して熱間圧延し、2?8mm程度の板厚の熱延板とする。この熱延板の冷間圧延前の焼鈍(荒鈍)は必ずしも必要ではないが実施しても良い。 【0043】 ≪熱間仕上圧延≫ 上記熱間粗圧延後に、好ましくは、終了温度を250?350℃の範囲とした熱間仕上圧延を行う。この熱間仕上圧延の終了温度が250℃未満と低すぎる場合には、圧延荷重が高くなって生産性が低下するおそれがある。一方、加工組織を多く残さず再結晶組織とするために、熱間仕上圧延の終了温度を高くした場合、この温度が350℃を超えると、Mg_(2)Siが粗大に析出し、圧壊性が低下する可能性が高くなるおそれがある。 この熱延板の冷間圧延前の焼鈍(荒鈍)は必要ではないが、実施しても良い。 【0044】 <冷間圧延> 上記熱延板を冷間圧延して所望の板厚とする工程において、冷間圧延率を高くすると、板厚方向で均一な歪が導入でき、溶体化熱処理時に均一微細で等軸結晶粒が得られる。すなわち、冷間圧延率を40%以上とすることにより、圧壊性と成形性を両立できる集合組織の異方性を持たせることができる。これにより、耳率が-10.0%以上となるアルミニウム合金板を得ることができる。 一方、冷間圧延の圧延率を40%未満とすると、冷間圧延によってほとんど歪が導入されず、熱間圧延の加工組織を残留させ、耳率が-10.0%未満となる。その結果、得られたアルミニウム合金板の圧壊性は向上するが、成形性が著しく劣化する。従って、冷間圧延の圧延率は40%以上とする。 なお、冷間圧延の圧延率は、好ましくは60%以上である。 【0045】 <焼鈍処理> 275℃以上の温度の焼鈍処理を行うことによって、冷間圧延後に残存したCube方位の核を粗大化させることなく優先成長させることができ、耳率が-3.0%以下となるアルミニウム合金板を得ることができる。その結果、従来同等の優れた成形性に加え、高い圧壊性を得ることができる。焼鈍温度が275℃より低いと、再結晶温度以下であるため焼鈍時に再結晶が生じず、耳率が-3.0%超となり、成形性は良好であるが、圧壊性が著しく低下する。 なお、焼鈍温度は、好ましくは300℃以上である。 焼鈍処理の昇温速度は、1?500℃/hが好ましい。昇温速度が1℃/hより小さいと、結晶粒径が粗大化し、圧壊性が低下しやすい。昇温速度が500℃/hより大きいと、Cubeの核が少なく、溶体化処理後にCube方位の面積率が低くなり、圧壊性が低下しやすい。 【0046】 <溶体化処理および焼入れ処理> 冷間圧延後、溶体化処理と、これに続く、室温までの焼入れ処理を行う。この溶体化焼入れ処理については、通常の連続熱処理ラインを用いてよい。ただ、Mg、Siなどの各元素の十分な固溶量を得るためには、500℃以上、溶融温度以下の温度で溶体化処理した後、室温までの平均冷却速度を20℃/秒以上とすることが好ましい。500℃より低い温度では、溶体化処理前に生成していたMg-Si系などの化合物の再固溶が不十分になって、固溶Mg量と固溶Si量が低下する。 【0047】 また、平均冷却速度が20℃/秒未満の場合、冷却中に主にMg-Si系の析出物が生成して固溶Mg量と固溶Si量が低下し、やはりSiやMgの固溶量が確保できない可能性が高くなる。この冷却速度を確保するために、焼入れ処理は、ファンなどの空冷、ミスト、スプレー、浸漬等の水冷手段や条件を各々選択して用いる。このような溶体化処理後に、予備時効処理を適宜行ってもよい。 【0048】 (自動車構造部材) 本実施形態は、上述したアルミニウム合金板を用いた自動車構造部材にも関する。本実施形態よるアルミニウム合金板は、素材板の強度、成形性および圧壊性がバランスよく優れているため、自動車構造部材として用いたときにより優れた安全性を有するものとなる。 【0049】 以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に含まれる。 【実施例】 【0050】 表1に示す各化学組成の6000系アルミニウム合金鋳塊を準備し、表2に示す種々の製造条件で自動車構造部材用アルミニウム合金板を製造し、耳率を測定した。 また、得られたアルミニウム合金板に対して、人工時効処理前後の0.2%耐力(MPa)、破断伸び(%)、人工時効後のVDA曲げ角度(°)を測定することにより、それぞれ、アルミニウム合金板の強度、成形性および圧壊性を評価した。これらの結果についても表2に示す。 【0051】 <アルミニウム合金板の作製> まず、製造条件について詳細に説明する。表1に示す化学組成を有するアルミニウム合金を溶解鋳造し、得られた鋳塊を540℃の温度で4時間保持する条件で均質化処理した。続いて、終了温度が250℃?350℃となるように熱間圧延を行った。更に、最終板厚が2.0mmとなるように、表2に示す各圧延率で冷間圧延を行い、冷延板とした。 この冷延板に対し、空気炉にて30℃/hで昇温し、表2に示す各焼鈍温度で4時間保持した後、40℃/hで降温させる焼鈍処理を行った。ただし、比較例1については、焼鈍処理を行わなかった。 この後、以下の共通の条件にて、熱処理設備で調質処理(T4処理)した。具体的には、溶体化処理温度までの平均加熱速度を5℃/秒として上記焼鈍後の板を加熱し、525℃の温度で28秒間保持することにより溶体化処理を行った後、平均冷却速度を20℃/秒としたファン空冷を行うことで室温まで冷却した。また、この冷却直後に、直ちに80℃で5時間保持する条件で予備時効処理を行い、予備時効処理後は徐冷(放冷)しアルミニウム合金板(T4材)を得た。 【0052】 <耳率の測定> 得られたアルミニウム合金板から供試板を採取し、以下に示す方法で耳率を測定した。供試板から、外径66mmの円板状の試験片を打ち抜き、この試験片に対して直径40mmのポンチを用いてカッピングを施して、カップ径40mmの絞りカップを作製した。この絞りカップの耳高さを測定し、上記式(1)により耳率(%)を算出した。 【0053】 <強度の評価:0.2%耐力の測定> 上記各供試板からJIS13Aの引張試験片(20mm×80mmGL×2.0mm)を採取し、下記条件で室温にて引張試験を行うことにより。0.2%耐力を測定した。まず、予備時効処理後の供試材を2組準備し、一方は追加熱処理を行わないものを0.2%耐力の測定に供した。また、他方は2%の予ひずみを付加すると共に、180℃の温度で20分間の人工時効処理を行った後、0.2%耐力を測定した。 【0054】 引張試験は、試験片の引張方向を圧延方向に対して直交する方向とした。引張速度は、0.2%耐力までは5mm/分、耐力以降は20mm/分とした。また、測定回数は5回とし、各々平均値を算出した。なお、人工時効処理後の0.2%耐力の測定結果が215MPa以上であれば、自動車構造部材用として十分な強度があるものと判断し、合格と評価した。 【0055】 <成形性の評価:破断伸びの測定> 上記各供試板からJIS13Aの引張試験片(20mm×80mmGL×2.0mm)を採取し、下記条件で室温にて引張試験を行った。引張試験は、引張試験機を用いて速度5mm/分の速さで試験片を引っ張り、試験片が切断(破断)したときの伸びを測定した。 試験片の引張方向は圧延方向に対して0°方向,45°方向,90°方向の3方向とし、測定回数は5回として、以下の式(3)によって算出した値の平均値を破断伸びとした。なお、下記式(3)において、Loは引張試験前の標点間の距離であり、Lは破断時の標点間の距離である。 破断伸び(%)=100×(L-Lo)/Lo・・・(3) なお、破断伸びは25%以上であれば、自動車構造部材用として十分な成形性を有するものであると判断し、合格と評価した。 【0056】 <圧壊性の評価:VDA曲げ角度の測定> 上記予備処理後の供試板に、2%の予ひずみを付加するとともに、180℃の温度で20分間の人工時処理を行ったものから、板厚が2.0mm、幅bが60mm、長さlが60mmである正方形の試験片を採取し、VDA曲げ試験による圧壊性を評価した。 VDA曲げ試験は、VDA238-100に準拠し、曲げ線が圧延方向と平行となる3点曲げ試験とした。荷重が30Nに達するまでの試験速度を10mm/分とし、それ以降の試験速度を20mm/分とした。クラック発生、もしくは、板厚減少により、最大荷重から60N減少したとき、曲げ加工がストップする設定とした。 上記曲げ試験は3枚の試験片について測定し、これらの平均値を曲げ角度(°)として採用した。 なお、曲げ角度は93°以上であれば、自動車構造部材用として十分な圧壊性を有するものであると判断し、合格と評価した。 【0057】 強度、成形性および圧壊性の各評価結果を表2に示す。なお、表2中、各成分の含有量、アルミニウム合金板の製造条件および材料組織において、本発明の範囲を満たさないものには、数値に下線を引いて示している。 また同様に、強度、成形性および圧壊性の評価結果において、自動車構造部材用として合格と評価できなかったものには、数値に下線を引いて示している。 【0058】 【表1】 ![]() 【0059】 【表2】 ![]() 【0060】 表2から明らかなように、実施例1?9は、アルミニウム合金の化学組成が本発明の範囲内であると共に、本発明に規定する条件で製造されたものである。 すなわち、実施例1?9は、アルミニウム合金の化学組成が質量%で、Mg:0.4%以上1.0%以下、Si:0.6%以上1.2%以下および耳率が-10.0%?-3.0%であるので、強度、成形性、および圧壊性がバランスよく優れたアルミニウム合金板を得ることができた。 【0061】 なお、Mgの含有量以外の条件が共通する、実施例2(Mg:0.4%)、実施例8(Mg:0.6%)および実施例9(Mg:1.0%)で比較した場合、Mgの含有量が0.4%以上0.6%の場合に、特に圧壊性に優れることが読み取れる。 また、Siの含有量以外の条件が共通する、実施例5(Si:0.6%)、実施例6(Si:0.8%)、実施例2(Si:1.0%)および実施例7(Si:1.2%)で比較した場合、Siの含有量が0.6%以上0.8%の場合に、特に圧壊性に優れることが読み取れる。 【0062】 これに対して、比較例1?10は、アルミニウム合金の化学組成が本発明範囲から外れるか、化学組成は本発明の範囲内であるものの、冷間圧延の圧延率又は焼鈍温度が本発明の範囲から外れている。その結果、人工時効処理後の0.2%耐力および圧壊性のいずれかが劣ったものとなった。 【0063】 詳述すると、比較例1は焼鈍処理を行わなかったため、耳率が本発明の範囲から外れ、圧壊性が低下した。また、比較例2および3は、焼鈍温度が本発明で規定する範囲未満であるため、耳率が本発明の範囲から外れ、圧壊性が低下した。 比較例4?6は冷間圧延時の圧延率が本発明で規定する範囲未満であるため、耳率が本発明の範囲から外れ、成形性が低下した。 比較例7は、アルミニウム合金中のSi含有量が、本発明で規定する範囲未満であるため、強度が低いものとなった。 比較例8は、アルミニウム合金中のSi含有量が、本発明で規定する範囲を超えているため、圧壊性が低いものとなった。 比較例9は、アルミニウム合金中のMg含有量が、本発明で規定する範囲未満であるため、強度が低いものとなった。 比較例10は、アルミニウム合金中のMg含有量が、本発明で規定する範囲を超えているため、圧壊性が低いものとなった。 【0064】 続いて、表1に示す合金番号1および11のアルミニウム合金鋳塊をそれぞれ準備し、冷間圧延率の圧延率および焼鈍温度については表3に示す製造条件により、また、その他製造条件については上記<アルミニウム合金板の作製>に記載の条件により、自動車構造部材用アルミニウム合金板を製造し、耐粒界腐食性(耐食性)の評価を行った。 【0065】 <耐粒界腐食性の評価> 耐粒界腐食性の評価試験は、ISO11846 Method Bに準拠した。供試材は、溶体化後の各供試材板とし、表面皮膜を除去するため、5%NaOH(60℃)に1分浸漬後、水洗を行い、70%HNO_(3)に1分浸漬後、再び水洗し、室温乾燥を行った。 腐食液として、HClおよびNaClを含む水溶液(NaClを30g/Lおよび36%の濃塩酸を10±1mL/L含有する)を準備し、25℃で24時間、材料の表面積1cm^(2)あたり5mlの腐食液に上記供試材を浸漬させた。次いで、70%HNO_(3)への浸漬およびプラスチックブラシを用いたブラッシングにより腐食生成物を除去し、水洗後、室温乾燥させた。 続いて、焦点深度法により、上記供試材における腐食が深いと判断される部位を任意で3箇所(各々30mm×50mm)選択し、それぞれの部位を断面埋め込みし、光学顕微鏡にて各断面で最も深い粒界腐食の深さを測定した。本試験例では、最大の粒界腐食深さが300μm以下であるものを合格と評価した。 【0066】 耐粒界腐食性の評価結果を表3に示す。なお、表3中、各成分の含有量において、本発明の範囲を満たさないものには、数値に下線を引いて示している。 また同様に、耐粒界腐食性の評価結果において、合格と評価できなかったものには、数値に下線を引いて示している。 【0067】 【表3】 ![]() 【0068】 表3に示すように、実施例1は、アルミニウム合金中のCu含有量が、本発明で規定する範囲内であるため、耐粒界腐食性において優れていた。 一方、比較例11は、アルミニウム合金中のCu含有量が、本発明で規定する範囲を超えているため、耐粒界腐食性に劣っていた。 【0069】 以上の実施例および比較例の結果から、本発明で規定する化学組成や組織を全て満たすアルミニウム合金板は、自動車構造部材用として好適であることがわかる。 【産業上の利用可能性】 【0070】 本発明によれば、通常の圧延によって製造される6000系アルミニウム合金板に、自動車構造部材用途に特有の特性である優れた圧壊性および強度に加え、成形性および耐食性も兼備させることができる。このため、自動車構造部材として、6000系アルミニウム合金板の適用を拡大することができる。 【符号の説明】 【0071】 1 板状試験片 2 ロール 3 ポンチ (57)【特許請求の範囲】 【請求項1】 質量%で、Mg:0.4%以上1.0%以下、Si:0.6%以上1.2%以下、Cu:0.5%以下を含有し、残部がAlおよび不可避的不純物からなり、板厚が1.5mm以上であるAl-Mg-Si系アルミニウム合金板であって、 耳率が-10.0%?-3.0%であり、 2%の予ひずみを付加するとともに、180℃の温度で20分間の人工時効処理を実施した後に、0.2%耐力が215MPa以上となるベークハード性を有するとともに、 曲げ線が圧延方向と平行となるVDA曲げ試験にて93°以上の曲げ角度となる圧壊性を有していることを特徴とする自動車構造部材用アルミニウム合金板。 【請求項2】 更に、質量%で、Mn:1.0%以下、Fe:0.5%以下、Cr:0.3%以下、Zr:0.2%以下、V:0.2%以下、Ti:0.1%以下、Zn:0.5%以下、Ag:0.1%以下、及びSn:0.15%以下から選択された少なくとも1種を含有することを特徴とする請求項1に記載の自動車構造部材用アルミニウム合金板。 【請求項3】 前記Mgの含有量が、質量%で0.4%以上0.6%以下であることを特徴とする請求項1又は2に記載の自動車構造部材用アルミニウム合金板。 【請求項4】 前記Siの含有量が、質量%で0.6%以上0.8%以下であることを特徴とする請求項1?3のいずれか1項に記載の自動車構造部材用アルミニウム合金板。 【請求項5】 請求項1?4のいずれか1項に記載の自動車構造部材用アルミニウム合金板を用いた自動車構造部材。 【請求項6】 質量%で、Mg:0.4%以上1.0%以下、Si:0.6%以上1.2%以下、Cu:0.5%以下を含有し、残部がAlおよび不可避的不純物からなるアルミニウム合金を鋳造する工程と、均質化熱処理する工程と、熱間圧延する工程と、最終板厚が1.5mm以上となるように冷間圧延する工程と、焼鈍する工程と、溶体化処理する工程と、焼入れする工程とを有するAl-Mg-Si系アルミニウム合金板の製造方法であって、 前記冷間圧延する工程における圧延率を40%以上に制御し、 前記焼鈍する工程における熱処理温度を275℃以上に設定し、 前記アルミニウム合金板の耳率が-10.0%?-3.0%であり、 2%の予ひずみを付加するとともに、180℃の温度で20分間の人工時効処理を実施した後に、0.2%耐力が215MPa以上となるベークハード性を得るとともに、 曲げ線が圧延方向と平行となるVDA曲げ試験にて93°以上の曲げ角度となる圧壊性を得ることを特徴とする自動車構造部材用アルミニウム合金板の製造方法。 【請求項7】 前記アルミニウム合金は、更に、質量%で、Mn:1.0%以下、Fe:0.5%以下、Cr:0.3%以下、Zr:0.2%以下、V:0.2%以下、Ti:0.1%以下、Zn:0.5%以下、Ag:0.1%以下、及びSn:0.15%以下から選択された少なくとも1種を含有することを特徴とする請求項6に記載の自動車構造部材用アルミニウム合金板の製造方法。 |
訂正の要旨 |
審決(決定)の【理由】欄参照。 |
異議決定日 | 2021-07-14 |
出願番号 | 特願2018-70252(P2018-70252) |
審決分類 |
P
1
651・
536-
YAA
(C22C)
P 1 651・ 113- YAA (C22C) P 1 651・ 537- YAA (C22C) P 1 651・ 121- YAA (C22C) |
最終処分 | 維持 |
前審関与審査官 | 相澤 啓祐 |
特許庁審判長 |
平塚 政宏 |
特許庁審判官 |
亀ヶ谷 明久 井上 猛 |
登録日 | 2020-04-08 |
登録番号 | 特許第6688828号(P6688828) |
権利者 | 株式会社神戸製鋼所 |
発明の名称 | 自動車構造部材用アルミニウム合金板、自動車構造部材および自動車構造部材用アルミニウム合金板の製造方法 |
代理人 | 特許業務法人栄光特許事務所 |
代理人 | 特許業務法人栄光特許事務所 |