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審決分類 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C08J
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  C08J
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  C08J
審判 全部申し立て 2項進歩性  C08J
管理番号 1377838
異議申立番号 異議2021-700593  
総通号数 262 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2021-10-29 
種別 異議の決定 
異議申立日 2021-06-22 
確定日 2021-09-13 
異議申立件数
事件の表示 特許第6804673号発明「液晶高分子膜およびこれを含む積層板」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6804673号の請求項1ないし9に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6804673号(以下、「本件特許」という。)の請求項1ないし9に係る特許についての出願は、令和2年2月12日(パリ条約の例による優先権主張 2019年12月23日 台湾)を出願日とする出願であって、令和2年12月4日にその特許権の設定登録(請求項の数9)がされ、同年12月23日に特許掲載公報が発行され、その後、その特許に対し、令和3年6月22日に特許異議申立人 掛樋 美佐保(以下、「特許異議申立人」という。)により特許異議の申立て(対象請求項:請求項1ないし9)がされたものである。

第2 本件特許発明
本件特許の請求項1ないし9に係る発明(以下、順に「本件特許発明1」のようにいい、総称して「本件特許発明」という場合がある。)は、それぞれ、設定登録時の特許請求の範囲の請求項1ないし9に記載された事項により特定される次のとおりのものである。

「【請求項1】
相対する第1表面および第2表面を有し、
該第1表面における最大高さに対する十点平均粗さの比率は0.30から0.62であり、該第1表面の算術平均粗さは0.09マイクロメートル以下であることを特徴とする、
液晶高分子膜。
【請求項2】
該第1表面の算術平均粗さは0.02マイクロメートルから0.08マイクロメートルであることを特徴とする、請求項1に記載の液晶高分子膜。
【請求項3】
該第1表面の十点平均粗さは2マイクロメートル以下であることを特徴とする、請求項1又は2に記載の液晶高分子膜。
【請求項4】
該第1表面の十点平均粗さは1.5マイクロメートル以下であることを特徴とする、請求項3に記載の液晶高分子膜。
【請求項5】
該第1表面における最大高さに対する十点平均粗さの比率は0.36から0.61であることを特徴とする、請求項1?4のいずれか1項に記載の液晶高分子膜。
【請求項6】
該第2表面における最大高さに対する十点平均粗さの比率は0.30から0.62であることを特徴とする、請求項1?5のいずれか1項に記載の液晶高分子膜。
【請求項7】
該第2表面の算術平均粗さは0.09マイクロメートル以下であることを特徴とする、請求項1?6のいずれか1項に記載の液晶高分子膜。
【請求項8】
第1金属箔および請求項1?7のいずれか1項に記載の液晶高分子膜を含み、
該第1金属箔は該液晶高分子膜の該第1表面上に設けられることを特徴とする、
積層板。
【請求項9】
該積層板は第2金属箔を有し、該第2金属箔は該液晶高分子膜の該第2表面上に設けられることを特徴とする、請求項8に記載の積層板。」

第3 特許異議申立書に記載した申立ての理由の概要
令和3年6月22日に特許異議申立人が提出した特許異議申立書(以下、「特許異議申立書」という。)に記載した申立ての理由の概要は次のとおりである。

1 申立理由1(甲第1号証に基づく新規性進歩性)
本件特許の請求項1ないし7に係る発明は、本件特許の優先日前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第1号証に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができないものであり、本件特許の請求項1ないし9に係る発明は、上記発明に基づいて、本件特許の優先日前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであり、同法同条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、本件特許の請求項1ないし9に係る特許は、同法第113条第2号に該当し取り消すべきものである。

2 申立理由2(甲第2号証に基づく進歩性)
本件特許の請求項1ないし9に係る発明は、本件特許の優先日前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第2号証に記載された発明に基づいて、本件特許の優先日前に当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、本件特許の請求項1ないし9に係る特許は、同法第113条第2号に該当し取り消すべきものである。

3 申立理由3(甲第3号証に基づく進歩性)
本件特許の請求項1ないし9に係る発明は、本件特許の優先日前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第3号証に記載された発明に基づいて、本件特許の優先日前に当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、本件特許の請求項1ないし9に係る特許は、同法第113条第2号に該当し取り消すべきものである。

4 申立理由4(サポート要件)
本件特許の請求項1ないし9に係る特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し取り消すべきものである。
なお、理由の概略は以下のとおりである。
(1)実施例10および実施例13が示すRz/Ry(最大高さに対する十点平均粗さの比率):0.566-0.567、Ra(算術平均粗さ):0.033-0.037、Rz(十点平均粗さ):0.591-0.602では、いずれも、いずれも比較例1と同程度の引き剥がし強さにすぎず、引き剥がし強さを向上するという本件明細書に記載されている効果が達成されないため、本件特許発明には、発明の課題を解決するための手段が反映されていない。

(2)Raが0マイクロメートルのような極めて平滑な表面を有するフィルムは、引き剥がし強さが不良であることは技術常識であるから、Raが0マイクロメートルを含む本件特許発明には、発明の詳細な説明に記載された課題解決するための手段が反映されていない。

5 申立理由5(明確性要件)
本件特許の請求項1ないし9に係る特許は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し取り消すべきものである。
なお、理由の概略は以下のとおりである。
(1)甲第3号証の表1を参酌すると、Rz/Ry、Ra、Rzは、同一のサンプルであっても、反復測定した際に、反復の中で測定値が大きく異なることから、本件特許発明を充足する場合と充足しない場合が存在しうるため、発明の範囲が不明確である。

(2)本件特許発明の「第1表面の算術平均粗さは0.09マイクロメートル以下」との特定は、上限値だけを示すものであるから、発明の範囲が不明確である。

6 申立理由6(委任省令要件)
本件特許の請求項1ないし9に係る特許は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し取り消すべきものである。
なお、理由の概略は以下のとおりである。
・本件特許発明では、「第1表面の算術平均粗さは0.09マイクロメートル以下」と特定されているが、実施例1-13においては、Raは、0.026マイクロメートルを下限値とするのみであり、当該評価結果のみでは、0.00マイクロメートルを含む0.09マイクロメートル以下と規定することについて説明することができないから、発明の詳細な説明は、経済産業省令で定めるところにより記載されたものでない。

7 申立理由7(実施可能要件)
本件特許の請求項1ないし9に係る特許は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し取り消すべきものである。
なお、理由の概略は以下のとおりである。
(1)どのような技術手段を用いれば、Rz/Ryを制御しつつRaを低下させることができるのか、発明の詳細な説明の記載からは明らかでない。

(2)本件特許発明6及び7に関し、どのようにすれば、第1表面および第2表面のRa、Ry、Rzを別個に制御することが可能であるのか、発明の詳細な説明の記載からは明らかでない。

8 証拠方法
甲第1号証:特開平7-251438号公報
甲第2号証:特開2007-92036号公報
甲第3号証:国際公開2016/136537号
甲第4号証:特開2007-126578号公報
甲第5号証:特開平5-214253号公報
甲第6号証:製品の幾何特性仕様(GPS)一表面性状:輪郭曲線方式(JIS B 0601:2013抜粋を含む)https://jp.misumi-ec.com/tech-info/categories/technical_data/td01/g0103.htm1 2021年5月31日(出力日)
なお、証拠の表記は、おおむね特許異議申立書の記載に従った。
以下、順に「甲1」のようにいう。

第4 当審の判断
1 申立理由1(甲1に基づく新規性進歩性)について
(1)甲1発明
甲1の【請求項1】、段落【0001】、【0008】、【0017】、【0023】、【0027】ないし【0038】、【表2】、【図1】の記載を、特に実施例5のうち、耐熱性合成樹脂フィルムとしてポリイミドフィルムを用いて作成された延伸されていない液晶ポリマーフィルムに関して整理すると、甲1には次の発明(以下、「甲1発明」という。)が記載されていると認める。
<甲1発明>
「表面粗さRaが0.06マイクロメートルである、
液晶ポリマーフィルム。」

(2)対比・判断
ア 本件特許発明1について
本件特許発明1と甲1発明を対比する。
甲1発明は、「フィルム」であるから、当然、「相対する第1表面および第2表面」を有している。
甲1発明の「表面粗さRa」は、本件特許発明1の「第1表面の算術平均粗さ」に相当し、その第1表面の表面粗さRa「0.06マイクロメートル」という数値は、本件特許発明1の「0.09マイクロメートル以下」を満たす。
甲1発明の「液晶ポリマーフィルム」は、本件特許発明1の「液晶高分子膜」に相当する。

したがって、両者は次の点で一致する。
<一致点>
「相対する第1表面および第2表面を有し、
該第1表面の算術平均粗さは0.09マイクロメートル以下である、
液晶高分子膜。」

そして、両者は次の点で相違する。
<相違点1>
「第1表面における最大高さに対する十点平均粗さの比率」に関して、本件特許発明1は、「0.30から0.62」であるのに対し、甲1発明は、その特定がない点。

上記相違点1について検討する。
<相違点1について>
甲1には、「第1表面における最大高さに対する十点平均粗さの比率」に着目しこれを調整するという技術的思想は開示されておらず、甲1発明の液晶ポリマーフィルムにおいて、その比率を「0.30から0.62」とする動機付けがそもそもみあたらない。
そして、本件特許発明1は、上記比率を「0.30から0.62」とすることで、本件特許の発明の詳細な説明の段落【0051】ないし【0054】に記載されているように、液晶高分子膜および金属箔の間の引き剥がし強さを高め、液晶高分子膜を含む積層板の信号損失を低下させるという、当業者が予測し得ない格別顕著な効果を奏するものである。
したがって、甲1発明の液晶ポリマーフィルムにおいて、相違点1に係る構成を想到することは、当業者が容易になし得たものではない。

特許異議申立人は、特許異議申立書において、甲1の実施例5においては、樹脂として「ベクトラA950」を使用しているから、甲1発明は、本件特許発明1の最大高さに対する十点平均粗さの比率を満たす蓋然性が高い旨主張している。
しかし、甲1の実施例5においては、Tダイからキャスティングドラムのドラム面までの距離、フィード速度、押出機温度が不明であるし、同一の樹脂を用いていても前記比率を満たすものと満たさないものとがあることは、本件明細書の発明の詳細な説明の表1に記載されたとおりであって、甲1の実施例5が「ベクトラA950」を使用しているからといって、甲1発明が直ちに前記比率を満たすということはできないから、特許異議申立人の上記主張には根拠がなく採用できない。
さらに、特許異議申立人は、特許異議申立書において、甲1発明の液晶ポリマーフィルムにおいて、第1表面における最大高さに対する十点平均粗さの比率を0.30から0.62とすることは、設計事項である旨主張している。
しかし、甲1には、「第1表面における最大高さに対する十点平均粗さの比率」を調整するという技術的思想は開示されていないことは前述のとおりであるから、甲1発明の液晶ポリマーフィルムにおいて、前記比率を調整することが設計事項であるとはいえない。
したがって、特許異議申立人の前記各主張は採用できない。

よって、本件特許発明1は甲1発明ではないし、本件特許発明1は、甲1発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

イ 本件特許発明2ないし7について
本件特許発明2ないし7は、いずれも、請求項1を直接又は間接的に引用するものであって、請求項1に記載された発明特定事項を全て備えるものであるから、本件特許発明1と同様に、甲1発明ではないし、甲1発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

ウ 本件特許発明8及び9について
本件特許発明8及び9は、甲1に記載された発明と、少なくとも上記相違点1と同じ点で相違することが認められる。そして、上記相違点1が想到容易でないといえるのは上記アで検討のとおりであるから、本件特許発明8及び9についても同様に、甲1に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

(3)申立理由1についてのまとめ
以上のとおりであるから、申立理由1によっては、本件特許の請求項1ないし9に係る特許を取り消すことはできない。

2 申立理由2(甲2に基づく進歩性)について
(1)甲2発明
甲2の【請求項1】ないし【請求項3】、段落【0001】、【0011】ないし【0013】、【0023】ないし【0026】、【0039】ないし【0055】、【表1】及び【表2】の記載を、特に実施例1のうち、ブラスト条件29でサンドブラスト処理したジャパンゴアテックス社製の液晶ポリマーフィルムに関して整理すると、甲2には次の発明(以下、「甲2発明」という。)が記載されていると認める。
<甲2発明>
「表面における最大高さに対する十点平均粗さの比率は0.54であり、該表面の算術平均粗さは0.39マイクロメートルである、
液晶ポリマーフィルム。」

(2)対比・判断
ア 本件特許発明1について
本件特許発明1と甲2発明を対比する。
甲2発明は、「フィルム」であるから、当然、「相対する第1表面および第2表面」を有している。
甲2発明の「最大高さ」、「十点平均粗さ」、「算術平均粗さ」を測定した「表面」は、本件特許発明1の「第1表面」に相当する。
甲2発明の「最大高さに対する十点平均粗さの比率」は、「0.54」であるから、本件特許発明1の「0.30から0.62」を満たす。
甲2発明の「液晶ポリマーフィルム」は、本件特許発明1の「液晶高分子膜」に相当する。

したがって、両者は次の点で一致する。
<一致点>
「相対する第1表面および第2表面を有し、
該第1表面における最大高さに対する十点平均粗さの比率は0.30から0.62である、
液晶高分子膜。」

そして、両者は次の点で相違する
<相違点2>
「第1表面の算術平均粗さ」に関して、本件特許発明1は、「0.09マイクロメートル以下」であるのに対し、甲2発明は、「0.39マイクロメートル」である点。

上記相違点2について検討する。
<相違点2について>
甲2に記載されている液晶ポリマーフィルムは、その表面の粗さモチーフの平均深さRを0.4μm?3.0μmとし、X=粗さモチーフの平均深さ(μm)/粗さモチーフの平均長さ(mm)としたとき、Xの範囲が13?60とすることで導電性金属膜との密着性を向上させているものであるが、算術平均粗さを調整することで、導電性金属膜との密着性を向上させることに関する記載はないから、甲2発明において、「第1表面の算術平均粗さ」を、「0.09マイクロメートル以下」とする動機付けがない。
そして、本件特許発明1は、本件特許の発明の詳細な説明の段落【0051】ないし【0054】に記載されているように、液晶高分子膜および金属箔の間の引き剥がし強さを高め、液晶高分子膜を含む積層板の信号損失を低下させるという、当業者が予測し得ない格別顕著な効果を奏するものである。

特許異議申立人は、特許異議申立書において、甲2発明の液晶ポリマーフィルムの第1表面の算術平均粗さを調整することは設計事項である旨主張している。しかし、甲2には、算術平均粗さを調整するという技術的思想は開示されていないことは前述のとおりであるから、甲2発明の算術平均粗さを調整することが設計事項であるとはいえない。
したがって、特許異議申立人の前記主張は採用できない。

よって、本件特許発明1は、甲2発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

イ 本件特許発明2ないし7について
本件特許発明2ないし7は、いずれも、請求項1を直接又は間接的に引用するものであって、請求項1に記載された発明特定事項を全て備えるものであるから、本件特許発明1と同様に、甲2発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

ウ 本件特許発明8及び9について
本件特許発明8及び9は、甲2に記載された発明と、少なくとも上記相違点2と同じ点で相違することが認められる。そして、上記相違点2が想到容易でないといえるのは上記アで検討のとおりであるから、本件特許発明8及び9についても同様に、甲2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

(3)申立理由2についてのまとめ
以上のとおりであるから、申立理由2によっては、本件特許の請求項1ないし9に係る特許を取り消すことはできない。

3 申立理由3(甲3に基づく進歩性)について
(1)甲3発明
甲3の[請求項1]ないし[請求項3]、[0001]、[0011]、[0028]、[0035]ないし[0060]、[表1]の記載を、特に、[表1]の上から5番目のサンプル(決定注:甲3の[表1]のRa、Rz、Rz_(JIS)に関して、何を測定した値であるのかについて判然としないが、その値の違いに鑑み、別サンプルを測定した値であるとして解することとする。)に関して整理すると、甲3には次の発明(以下、「甲3発明」という。)が記載されていると認める。
<甲3発明>
「表面における最大高さに対する十点平均粗さの比率は0.52であり、該表面の算術平均粗さは0.12マイクロメートルである、液晶ポリマーからなる樹脂含有材料の成形製造物から得られる樹脂系基材。」

(2)対比・判断
ア 本件特許発明1について
本件特許発明1と甲3発明を対比する。
甲3発明は、「樹脂系基材」であるから、当然、「相対する第1表面および第2表面」を有している。
甲3発明の「最大高さ」、「十点平均粗さ」、「算術平均粗さ」を測定した「表面」は、本件特許発明1の「第1表面」に相当する。
甲3発明の「最大高さに対する十点平均粗さの比率」は、「0.52」であるから、本件特許発明1の「0.30から0.62」を満たす。
甲3発明の「樹脂系基材」は、「液晶ポリマーからなる樹脂含有材料の成形製造物から得られる」ものであるから、本件特許発明1の「液晶高分子膜」に相当する。

したがって、両者は次の点で一致する。
<一致点>
「相対する第1表面および第2表面を有し、
該第1表面における最大高さに対する十点平均粗さの比率は0.30から0.62である、
液晶高分子膜。」

そして、両者は次の点で相違する
<相違点3>
「第1表面の算術平均粗さ」に関して、本件特許発明1は、「0.09マイクロメートル以下」であるのに対し、甲3発明は、「0.12マイクロメートル」である点。

上記相違点3について検討する。
<相違点3について>
甲3には、算術平均粗さを調整するという技術的思想は開示されていないから、甲3発明の「樹脂系基材」の「表面の算術平均粗さ」を「0.09マイクロメートル以下」とする動機付けがない。また、甲3発明は、スキン層を除去した作成途中の基材であって、完成した基材ではないから、その作成途中の基材についてその算術平均粗さを調整しようとすることをそもそも当業者は採用しない。
そして、本件特許発明1は、本件特許の発明の詳細な説明の段落【0051】ないし【0054】に記載されているように、液晶高分子膜および金属箔の間の引き剥がし強さを高め、液晶高分子膜を含む積層板の信号損失を低下させるという、当業者が予測し得ない格別顕著な効果を奏するものである。

特許異議申立人は、特許異議申立書において、甲3発明の樹脂系基材の表面の算術平均粗さを調整することは設計事項である旨主張している。しかし、甲3には、算術平均粗さを調整するという技術的思想が開示されていないことは前述のとおりであるから、甲3発明の算術平均粗さを調整することが設計事項であるとはいえない。
したがって、特許異議申立人の前記主張は採用できない。

よって、本件特許発明1は、甲3発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

イ 本件特許発明2ないし7について
本件特許発明2ないし7は、いずれも、請求項1を直接又は間接的に引用するものであって、請求項1に記載された発明特定事項を全て備えるものであるから、本件特許発明1と同様に、甲3発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

ウ 本件特許発明8及び9について
本件特許発明8及び9は、甲3に記載された発明と、少なくとも上記相違点3と同じ点で相違することが認められる。そして、上記相違点3が想到容易でないといえるのは上記アで検討のとおりであるから、本件特許発明8及び9についても同様に甲3に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

(3)申立理由3についてのまとめ
以上のとおりであるから、申立理由3によっては、本件特許の請求項1ないし9に係る特許を取り消すことはできない。

4 申立理由4(サポート要件)について
(1)サポート要件の判断基準
特許請求の範囲の記載が、サポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。

(2)発明の課題
発明の詳細な説明の段落【0006】によると、本件特許発明が解決しようとする課題(以下、「発明の課題」という。)は、液晶高分子膜および金属箔の間の引き剥がし強さを高めることである。

(3)サポート要件についての判断
発明の詳細な説明の、「前記目的を達成するため、本発明は液晶高分子膜を提供する。これは相対する第1表面および第2表面を有し、該第1表面における最大高さ(maximum height、Ry)に対する十点平均粗さ(ten-point mean roughness、Rz)の比率(略称Rz/Ry)は0.30から0.62である。」(【0007】)、「液晶高分子膜の1つの表面(第1表面)におけるRz/Ryの特性を制御することにより、液晶高分子膜を金属箔上に重ね合わせる付着性を高めることができ、液晶高分子膜および金属箔の間の引き剥がし強さを高める。」(【0008】)、「さらに表2に示す結果を検討し、銅箔1を含む積層板の実験結果を比較する。比較例1から4の液晶高分子膜と比較すると、実施例1から4の液晶高分子膜はいずれも比較的高い引き剥がし強さを示す。同様に、銅箔2を含む積層板の実験結果を比較する。比較例5の液晶高分子膜と比較すると、実施例5から7の液晶高分子膜はいずれも比較的高い引き剥がし強さを示す。明らかに、本発明の液晶高分子膜を用いて積層板を調製すると、引き剥がし強さを高める効果を確実に有するため、加工が有利であり、後続で回路が脱落するような問題が発生するのを効果的に防止できる。」(【0052】)との記載、並びに実施例1ないし7及び比較例1ないし5(【表2】)から、液晶高分子膜の1つの表面における最大高さに対する十点平均粗さの比率が0.30から0.62であれば、上記発明の課題を解決できると当業者は認識する。
そして、本件特許発明は、「液晶高分子膜」であって、「相対する第1表面および第2表面を有し、該第1表面における最大高さに対する十点平均粗さの比率は0.30から0.62」との特定事項を有するものであるから、上記発明の課題を解決する手段が反映されているといえる。

特許異議申立人は、特許異議申立書において、上記第3 4(1)のように主張している。
しかし、実施例10、13と比較例1とは液晶高分子膜に積層された銅箔が異なるから、比較例1とは単純比較できないものである。比較すべきは、液晶高分子膜に積層された銅箔が同じである実施例1ないし4と比較例1ないし4であり、実施例1ないし4のほうが比較例1ないし4よりも引き剥がし強さが向上している。また、液晶高分子膜に積層された銅箔が同じである実施例5ないし7と比較例5とを比較すると、実施例5ないし7のほうが比較例5よりも引き剥がし強さが向上している。
さらに、特許異議申立人は、上記第3 4(2)のように主張しているが、「算術平均粗さを0.09マイクロメートル以下」とすることは、上記発明の課題を解決する手段とは関係がない。
したがって、特許異議申立人の前記各主張は採用できない。

よって、本件特許発明は、発明の詳細な説明に記載された発明であって、発明の詳細な説明の記載により当業者が発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるから、サポート要件を充足する。

(4)申立理由4についてのまとめ
以上のとおりであるから、申立理由4によっては、本件特許の請求項1ないし9に係る特許を取り消すことはできない。

5 申立理由5(明確性要件)について
(1)明確性要件の判断基準
特許を受けようとする発明が明確であるかは、特許請求の範囲の記載だけではなく、発明の詳細な説明の記載及び図面を考慮し、また、当業者の出願時における技術常識を基礎として、特許請求の範囲の記載が、第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるか否かという観点から判断されるべきである。

(2)明確性要件についての判断
本件特許の請求項1及び6には「最大高さに対する十点平均粗さの比率は0.30から0.62」、「算術平均粗さは0.09マイクロメートル以下」、請求項2には「算術平均粗さは0.02マイクロメートルから0.08マイクロメートル」、請求項3には「十点平均粗さは2マイクロメートル以下」、請求項4には「十点平均粗さは1.5マイクロメートル以下」、請求項5には「最大高さに対する十点平均粗さの比率は0.36から0.61」、請求項7には「算術平均粗さは0.09マイクロメートル以下」と記載されている。
そして、発明の詳細な説明の段落【0026】には、「十点平均粗さ」、「最大高さ」、「算術平均粗さ」が、いずれもJIS B 0601:1994の方法、定義に基づくとの説明がなされている。
そうすると、上記各請求項に記載の「十点平均粗さ」、「最大高さ」、「算術平均粗さ」は明確である。
また、その他に、本件特許の請求項1ないし9に不明確な記載はない。

特許異議申立人は、特許異議申立書において、上記第3 5(1)のように主張している。しかし、甲3の表1のRa、Rz、Rz_(JIS)に関して、甲3には、何の値であるかについて明記がなく、前記Ra、Rz、Rz_(JIS)は、同一サンプルの同一箇所を複数回測定したものであるのか、同一サンプルの複数箇所を測定したものであるのか、別のサンプルを測定したものであるのか、その他のものであるのか不明である。そうすると、このような内容が明らかでない証拠の記載に基づく主張は、根拠がないものであって、そもそも採用できない。
さらに、特許異議申立人は、特許異議申立書において、上記第3 5(2)のように主張している。しかし、算術平均粗さが負となることはないから、0マイクロメートルまで含むことを示していることが、明確に示されているといえる。
したがって、特許異議申立人の前記各主張は採用できない。

よって、本件特許発明に関して、特許請求の範囲の記載は、第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるとはいえないから、明確性要件を充足する。

(3)申立理由5についてのまとめ
以上のとおりであるから、申立理由5によっては、本件特許の請求項1ないし9に係る特許を取り消すことはできない。

6 申立理由6(委任省令要件)について
(1)委任省令要件の判断基準
特許法第36条第4項第1号に規定する経済産業省令(特許法施行規則第24条の2)に適合するか否かは、出願時の技術水準に照らして発明がどのような技術上の意義を有するかを理解できるように、発明の詳細な説明が記載されているか否かという観点から判断されるべきである。

(2)委任省令要件の判断
発明の詳細な説明の段落【0012】には、「本発明の液晶高分子膜における第1表面の算術平均粗さ(arithmetic average roughness、Ra)は0.09μm以下でよい。これにより、前記液晶高分子膜は積層板に応用されて、その信号損失の低下に有利であり、ハイレベルの5G製品により適する。」と記載されている。さらに、段落【0053】には、「実施例1Aから7Aの積層板の測定結果から、液晶高分子膜の1つの表面のRz/Ryを0.30から0.62の範囲に制御し、Raも0.09μm以下に制御するとき、この種の液晶高分子膜を用いて銅箔と圧接すると、積層板(実施例1Aから3Aおよび5Aから7A)の引き剥がし強さを高める前提で、積層板の信号損失が-2.9dB以下に制御され、高い引き剥がし強さおよび低い信号損失を同時に示す積層板を提供できることがわかる。」と記載され、表3からは、液晶高分子膜の1つの表面の「最大高さに対する十点平均粗さの比率が0.30から0.62」であり、かつ、「算術平均粗さが0.09μm以下」であれば、積層板の信号損失が-2.9dB以下となることが確認できる。
そうすると、液晶高分子膜の1つの表面の「最大高さに対する十点平均粗さの比率が0.30から0.62」であり、かつ、「算術平均粗さが0.09μm以下」のもの、すなわち、本件特許発明が、高い引き剥がし強さおよび低い信号損失を同時に示す積層板を提供できるという技術上の意義を有していることが理解できるように、発明の詳細な説明が記載されているといえる。

特許異議申立人は、特許異議申立書において、上記第3 6のように主張している。しかし、前述したとおり、発明の詳細な説明には、算術平均粗さを、0.00マイクロメートルを含む0.09マイクロメートル以下とすることの技術上の意義が理解できるように記載されている、
したがって、特許異議申立人の前記主張は採用できない。

よって、発明の詳細な説明は、出願時の技術水準に照らして本件特許発明の技術上の意義を理解できるように記載されているから、委任省令要件を充足する。

(3)申立理由6についてのまとめ
以上のとおりであるから、申立理由6によっては、本件特許の請求項1ないし9に係る特許を取り消すことはできない。

7 申立理由7(実施可能要件)について
(1)実施可能要件の判断基準
物の発明の実施とは、その物の生産、使用等をする行為であるから、物の発明について実施可能要件を充足するためには、発明の詳細な説明において、当業者が、発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識に基づき、過度の試行錯誤を要することなく、その物を生産し、かつ、使用することができる程度の記載があることを要する。

(2)実施可能要件の判断
「第1表面における最大高さに対する十点平均粗さの比率」が「0.30から0.62」であり、「第1表面の算術平均粗さ」が「0.09マイクロメートル以下」であることを満たす液晶高分子膜は、発明の詳細な説明の段落【0032】及び【0033】の記載、表1に記載の実施例並びに段落【0038】の記載を参酌すれば、当業者は、「液晶高分子樹脂の種類」、「Tダイからキャスティングドラムのドラム面までの距離」、「フィード速度」、「押出機温度」の製造条件に加え、研磨などの後処理によって、「最大高さ」、「十点平均粗さ」、「算術平均粗さ」を調整することで、上記液晶高分子膜が生産でき、使用できると理解する。

特許異議申立人は、特許異議申立書において、上記第3 7(1)のように主張している。しかし、本件特許発明は、物の発明であるところ、「第1表面における最大高さに対する十点平均粗さの比率は0.30から0.62であり、該第1表面の算術平均粗さは0.09マイクロメートル以下」である「液晶高分子膜」を生産できるように、発明の詳細な説明の記載があれば足り、「最大高さ」、「十点平均粗さ」、「算術平均粗さ」を個別に調整することができるまでの記載を要するものではない。
また、特許異議申立人は、特許異議申立書において、上記第3 7(2)のように主張している。しかし、本件発明特許発明6及び7は、第1表面および第2表面の「最大高さ」、「十点平均粗さ」、「算術平均粗さ」を個別に調整することを特定していない。さらに、段落【0038】の記載を参酌すれば、第1表面および第2表面に対し、個別に研磨などの後処理を施すことで、第1表面および第2表面の「最大高さ」、「十点平均粗さ」、「算術平均粗さ」を個別に調整することができきることも、当業者にとって明らかである。
したがって、特許異議申立人の前記各主張は採用できない。

よって、発明の詳細な説明は、本件特許発明の液晶高分子膜を生産し、かつ、使用できるように記載されているから、実施可能要件を充足する。

(3)申立理由7についてのまとめ
以上のとおりであるから、申立理由7によっては、本件特許の請求項1ないし9に係る特許を取り消すことはできない。

第5 むすび
上記第4のとおり、本件特許の請求項1ないし9に係る特許は、特許異議申立書に記載した申立ての理由によっては、取り消すことはできない。
また、他に本件特許の請求項1ないし9に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2021-09-03 
出願番号 特願2020-21487(P2020-21487)
審決分類 P 1 651・ 113- Y (C08J)
P 1 651・ 121- Y (C08J)
P 1 651・ 536- Y (C08J)
P 1 651・ 537- Y (C08J)
最終処分 維持  
前審関与審査官 石塚 寛和  
特許庁審判長 須藤 康洋
特許庁審判官 加藤 友也
岩田 健一
登録日 2020-12-04 
登録番号 特許第6804673号(P6804673)
権利者 長春人造樹脂廠股▲分▼有限公司
発明の名称 液晶高分子膜およびこれを含む積層板  
代理人 大島 信之  
代理人 山口 真二郎  
代理人 山口 朔生  

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