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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 取り消して特許、登録 H01M
管理番号 1378350
審判番号 不服2020-16991  
総通号数 263 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2021-11-26 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2020-12-10 
確定日 2021-10-12 
事件の表示 特願2016-189899「硫化物固体電池」拒絶査定不服審判事件〔平成30年 4月 5日出願公開、特開2018- 55926、請求項の数(1)〕について、次のとおり審決する。 
結論 原査定を取り消す。 本願の発明は、特許すべきものとする。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、平成28年9月28日の出願であって、令和1年7月25日付けで拒絶理由が通知され、同年9月27日付けで意見書及び手続補正書が提出され(以下、同年9月27日付けで提出された手続補正書による補正を「本件補正」という。)、令和2年2月17日付けで拒絶理由が通知され、同年4月16日付けで意見書が提出され、同年9月9日付けで拒絶査定(原査定)がされ、これに対し、同年12月10日に拒絶査定不服審判が請求されたものである。

第2 原査定の概要
原査定(令和2年9月9日付け拒絶査定)の概要は以下のとおりである。
本件補正によって補正された特許請求の範囲の請求項1に係る発明は、引用文献1?3に記載された発明に基いて、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができない。
引用文献1:特開2016-170942号公報
引用文献2:国際公開第2012/073874号
引用文献3:特開2013-232403号公報

第3 本願発明
本願の請求項1に係る発明(以下、「本願発明1」という。)は、本件補正によって補正された特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定される以下のとおりのものである。

「【請求項1】
正極合材を含有する正極層と、負極層と、前記正極層と前記負極層との間に存在する硫化物固体電解質層とを備える硫化物固体電池において、
前記正極合材は、酸化物により表面が被覆された高電位正極活物質と、カーボン導電材と、硫化物固体電解質とを含有し、
前記カーボン導電材が、その表面にNb_(2)O_(5)又はAl_(2)O_(3)を含むコート層を備え、
前記高電位正極活物質は、酸化還元電位が4.5V(vs.Li/Li^(+))以上の正極活物質であることを特徴とする、硫化物固体電池。」

第4 引用文献の記載事項、及び引用発明
1 引用文献1の記載事項、及び引用発明
(1)原査定の拒絶の理由で引用された引用文献1(特開2016-170942号公報)には、以下の記載がある。なお、「・・・」は記載の省略を表す(以下同様)。

「【0001】
本発明は、抵抗を低減することができる固体電池用正極活物質の製造方法に関する。」

「【0015】
以下、本発明の固体電池用正極活物質の製造方法について、詳細に説明する。
本発明の固体電池用正極活物質の製造方法は、Ni元素を含み、酸化物である正極活物質の表面に、Li_(x)PO_(y)(2≦x≦4、3≦y≦5)で表わされる被覆材をスパッタリング法を用いて被覆する被覆工程と、上記被覆材が被覆された正極活物質を400℃?650℃の範囲内で熱処理をして、上記被覆材中に上記Ni元素を拡散させ、被覆部を形成する熱処理工程と、を有することを特徴とする。」

「【0021】
本発明においては、正極活物質由来のNi元素を含むものであるため、高い安定性を有する被覆部とすることができる。したがって、正極活物質と固体電解質層との反応または正極活物質と接触する固体電解質層の分解を抑制して抵抗を低減することができる。さらに、本発明の固体電池用正極活物質を、正極活物質層および固体電解質層の少なくともいずれか一方が硫化物固体電解質材料を含むリチウム電池に用いた場合には、酸化物である正極活物質と硫化物固体電解質材料との接触を抑制することができるため、抵抗を低減することができるという本発明の効果は顕著となる。さらにまた、正極活物質が高電圧正極活物質である場合、固体電池とした際に、被覆部および硫化物固体電解質が反応して高抵抗層が生成されることを抑制することができる。・・・」

「【0023】
(1)正極活物質
本発明における正極活物質としては、Ni元素を含み、酸化物であり、さらに固体電池用の正極活物質として機能するものであれば特に限定されない。また、正極活物質は、Mn元素およびCo元素の少なくともいずれか一方をさらに含んでいてもよい。具体的には、LiNi_(1/3)Co_(1/3)Mn_(1/3)O_(2)、LiNi_(1/2)Mn_(1/2)O_(2)等の岩塩層状型活物質、LiNi_(0.5)Mn_(1.5)O_(4)等のスピネル型活物質等が挙げられる。中でも、LiNi_(1/3)Co_(1/3)Mn_(1/3)O_(2)またはLiNi_(0.5)Mn_(1.5)O_(4)が好ましい。
【0024】
本発明における正極活物質は、高電圧正極活物質であることが好ましい。抵抗を低減することができるという本発明の効果が顕著になるからである。本発明における正極活物質の充電電位としては、Li金属電位に対して4.5V以上であることが好ましく、中でも、4.55V以上であることが好ましく、特に、4.6V以上であることが好ましい。」

「【0052】
本発明における固体電解質層は、正極活物質層および負極活物質層の間に形成される層であり、少なくとも固体電解質材料を含有する層である。固体電解質材料は上述した内容と同様である。本発明においては、中でも固体電解質層が硫化物固体電解質材料を含有していることが好ましい。・・・」

「【0053】
固体電池は、通常、正極活物質層の集電を行う正極集電体、および負極活物質層の集電を行う負極集電体を有する。さらに、電池ケースを有する。
固体電池は、一次電池であっても良く、二次電池であっても良いが、中でも、二次電池であることが好ましい。繰り返し充放電でき、例えば、車載用電池として有用だからである。
【0054】
なお、本発明は、上記実施形態に限定されるものではない。上記実施形態は、例示であり、本発明の特許請求の範囲に記載された技術的思想と実質的に同一な構成を有し、同様な作用効果を奏するものは、いかなるものであっても本発明の技術的範囲に包含される。」

「【0056】
[実施例1]
(固体電池用正極活物質の作製)
粉末状の正極活物質(LiNi_(0.5)Mn_(1.5)O_(4)、日亜化学工業)を準備し、被覆材(Li_(3)PO_(4)ターゲット(豊島製作所))を用いて、粉末バレルスパッタリング法により、正極活物質の表面に、平均厚み10nmとなるように被覆材を被覆した。
被覆材が被覆された正極活物質を大気雰囲気で、400℃、5時間熱処理をして被覆部を形成し固体電池用正極活物質を得た。
その後、十分に排気した雰囲気下で、上述で得られた固体電池用正極活物質を10時間乾燥させた。なお、このときの温度は120℃であった。
【0057】
(正極合材の作製)
上述した固体電池用正極活物質の作製により得られたLiNi_(0.5)Mn_(1.5)O_(4)とLiI-Li_(2)S-P_(2)S_(5)(固体電解質)とカーボンナノチューブ(VGCF-H、導電化材、昭和電工)とを、LiNi_(0.5)Mn_(1.5)O_(4):LiI-Li_(2)S-P_(2)S_(5):カーボンナノチューブ=50:50:5(体積比)の割合で混合し、粉末の正極合材を得た。
【0058】
(負極合材の作製)
黒鉛(負極活物質、三菱化学)およびLiI-Li_(2)S-P_(2)S_(5)(固体電解質)を、黒鉛:LiI-Li_(2)S-P_(2)S_(5)=50:50(体積比)の割合で混合し、負極合材を得た。
【0059】
(固体電解質層の作製)
LiI-Li_(2)S-P_(2)S_(5)から構成された固体電解質層を作製した。
【0060】
(集電体の作製)
ステンレススチールを用いて、集電体を作製した。
【0061】
(評価電池の作製)
下記の手順により、セル方式として圧粉方式プレスセル(φ11.28mmの評価電池を作製した。マコール製のシリンダに電解質粉末65.0mgを入れて1ton/cm^(2)でプレスし、その上に正極合材粉末19.4mgを入れて1ton/cm^(2)でプレスし、反対側に負極合材粉末11.9mgを入れて4.3ton/cm^(2)でプレスした後、ボルト3本でトルク6N・mで締結し、密閉容器に入れて電池を作製し、充放電評価を行った。」

(2)前記(1)の記載によれば、引用文献1には、以下の事項が記載されている。
ア 引用文献1に記載された発明は、抵抗を低減することができる固体電池用正極活物質の製造方法に関するものである(【0001】)。

イ 前記アの目的を達成するため、引用文献1に記載された発明に係る固体電池用正極活物質の製造方法は、Ni元素を含み、酸化物である正極活物質の表面に、LixPOy(2≦x≦4、3≦y≦5)で表わされる被覆材をスパッタリング法を用いて被覆する被覆工程と、上記被覆材が被覆された正極活物質を400℃?650℃の範囲内で熱処理をして、上記被覆材中に上記Ni元素を拡散させ、被覆部を形成する熱処理工程と、を有することを特徴とする(【0015】)。

ウ 前記イの本発明の固体電池用正極活物質を、正極活物質層および固体電解質層の少なくともいずれか一方が硫化物固体電解質材料を含むリチウム電池に用いた場合には、酸化物である正極活物質と硫化物固体電解質材料との接触を抑制することができるため、抵抗を低減することができるという本発明の効果は顕著となる(【0021】)。

エ また、引用文献1に記載された発明に係る固体電池用正極活物質の製造方法は、正極活物質としては、Ni元素を含み、酸化物であり、さらに固体電池用の正極活物質として機能するものであれば特に限定されず、中でも、LiNi_(0.5)Mn_(1.5)O_(4)等が好ましく(【0023】)、正極活物質は、高電圧正極活物質であることが好ましく、本発明における正極活物質の充電電位としては、Li金属電位に対して4.5V以上であることが好ましく、中でも、4.55V以上であることが好ましく、特に、4.6V以上であることが好ましい(【0024】)。

オ 実施例1において、正極合材粉末は、被覆材としてLi_(3)PO_(4)が被覆されたLiNi_(0.5)Mn_(1.5)O_(4)と、LiI-Li_(2)S-P_(2)S_(5)(固体電解質)と、カーボンナノチューブ(VGCF-H、導電化材、昭和電工)とを、LiNi_(0.5)Mn_(1.5)O_(4):LiI-Li_(2)S-P_(2)S_(5):カーボンナノチューブ=50:50:5(体積比)の割合で混合して得たものである(【0056】?【0057】)

カ 実施例1において、負極合材粉末は、黒鉛(負極活物質、三菱化学)およびLiI-Li_(2)S-P_(2)S_(5)(固体電解質)を、黒鉛:LiI-Li_(2)S-P_(2)S_(5)=50:50(体積比)の割合で混合して得たものである(【0058】)。

キ 実施例1において、固体電解質層は、LiI-Li_(2)S-P_(2)S_(5)から構成されたものである(【0059】)。

ク 実施例1における評価用の電池は、シリンダに電解質粉末を入れてプレスし、その上に正極合材粉末を入れてプレスし、反対側に負極合材粉末を入れてプレスした後、ボルトで締結し、密閉容器に入れて作製したものである(【0061】)。そして、当該電池における固体電解質層は、前記電解質粉末がプレスされることにより形成されたものである。

(3)以上の記載事項を総合勘案し、特に「実施例1」に着目すると、引用文献1には、以下の「引用発明1」が記載されているものと認められる。

(引用発明1)
シリンダに電解質粉末を入れてプレスし、その上に正極合材粉末を入れてプレスし、反対側に負極合材粉末を入れてプレスした後、ボルトで締結し、密閉容器に入れて作製した電池であって、
前記電解質粉末がプレスされることにより形成された固体電解質層は、LiI-Li_(2)S-P_(2)S_(5)から構成され、
前記正極合材は、被覆材としてLi_(3)PO_(4)が被覆されたLiNi_(0.5)Mn_(1.5)O_(4)と、LiI-Li_(2)S-P_(2)S_(5)(固体電解質)と、カーボンナノチューブ(VGCF-H、導電化材、昭和電工)とをLiNi_(0.5)Mn_(1.5)O_(4):LiI-Li_(2)S-P_(2)S_(5):カーボンナノチューブ=50:50:5(体積比)の割合で混合して得たものである
電池。

2 引用文献2の記載事項
引用文献2(国際公開第2012/073874号)には、以下の記載がある。

「[0001]
本発明は、非水電解質二次電池に用いる導電剤及び当該導電剤を用いた正極、電池に関する。」
「[0008]
本発明は、炭素から成る導電剤本体と、この導電剤本体の表面に付着された化合物とから成り、上記導電剤本体の一次粒子又は二次粒子の平均粒径は、上記化合物の平均粒径より大きくなるように構成され、且つ、上記化合物には、アルミニウム、ジルコニウム、マグネシウム、及び希土類元素から成る群から選択される少なくとも1つの金属元素が含まれていることを特徴とする。」
「[0012]
従来より、正極活物質の表面に金属化合物等を被覆して、電解液の酸化分解反応を抑制する技術は存在した。しかしながら、正極活物質表面における電解液の酸化分解反応を抑制するだけでは、高温、高電圧でのサイクル特性等を十分に向上させることはできない。なぜなら、非水電解質二次電池の正極活物質には、コバルト、ニッケル等の遷移金属が主として含まれており、これら金属は触媒として作用するため、その正極活物質に付着している導電剤の表面においても電解液が酸化分解し易くなるからである。
[0013]
そこで、上記構成の如く、導電剤本体の表面に、希土類元素等の金属元素が含まれた化合物を付着させると、電解液と導電剤本体との接触面積は小さくなる。したがって、正極活物質に付着していることに起因する導電剤本体の触媒性が低下して、導電剤本体表面における電解液の酸化分解反応が抑制される。この結果、電解液の分解物で導電剤表面等が覆われることに起因して、電極内における導電性が低下するといった問題が低減する。この結果、高温、高電圧でのサイクル特性が飛躍的に改善する。」
「[0021]
上記正極活物質の表面には、アルミニウム、ジルコニウム、マグネシウム、及び希土類元素から成る群から選択される少なくとも1つの金属元素が含まれた化合物が付着していることが望ましい。
正極活物質の表面にも、上記の化合物が存在していれば、正極活物質と電解液との接触面積が低下するので、電池内における電解液の酸化分解反応を一層抑制することができる。」
「[0032]
〔第1実施例〕
(実施例1)
[正極の作製]
先ず、導電剤本体としてのアセチレンブラック(一次粒子の平均粒径:約50nm、二次粒子の平均粒径:約200nm)30gを3リットルの純水に投入し攪拌した後、この溶液に硝酸エルビウム5水和物が2.16g溶解した水溶液を加えた。次に、導電剤を分散した溶液に、10質量%の硝酸と10質量%の水酸化ナトリウム水溶液とを適宜加えて、分散溶液のpHを9に保った。次いで、上記水溶液を吸引濾過し、更に水洗することにより粉末を得た後、この粉末を120℃にて、2時間乾燥することにより、導電剤本体の表面にエルビウム化合物(平均粒径:約20nm、主として水酸化エルビウム)が付着したものを得た。その後、これを、空気中で300℃の温度で5時間熱処理することにより、導電剤を作製した(上記エルビウム化合物は、主としてオキシ水酸化エルビウムから成る)。・・・」
「[0034]
その後、上記導電剤と、正極活物質としてのコバルト酸リチウムと、結着剤としてのPVdF(ポリフッ化ビニリデン)とを、2.5:95:2.5の質量比となるように秤量した後、NMP(N-メチル-2-ピロリドン)溶液中で混練して正極スラリーを調製した。最後に、この正極スラリーを、正極集電体としてのアルミニウム箔の両面に塗布し、乾燥後、充填密度3.7g/ccとなるように圧延して正極を作製した。」
「[0039]
(実施例2)
導電剤本体の表面に付着させる化合物を、エルビウムを含む化合物からアルミニウムを含む化合物(平均粒径:約20nm、主として水酸化アルミニウム又は酸化アルミニウムから成る)としたこと以外は、上記実施例1と同様にして電池を作製した。・・・」

3 引用文献3の記載事項
引用文献3(特開2013-232403号公報)には、以下の記載がある。

「【0001】
本発明は、蓄電装置用負極、その製造方法及び蓄電装置に関する。」
「【0012】
・・・本発明の一態様は、リチウムイオン電池又はリチウムイオンキャパシタの初期容量の低下を引き起こす不可逆容量の発生を低減し、負極における電解液などの電気化学的な分解を抑制することを課題とするものである。」
「【0018】
電解液の分解は電気化学的に起こっていると考えられる。負極活物質として用いられる材料は一般に黒鉛やシリコンであるが、これらの材料は比較的電気伝導度が高い。半導体であるシリコンであっても、リチウムが挿入された状態では電気伝導度が高くなる。このため、負極活物質の表面において電解液の分解反応が進行してしまう。」
「【0020】
そこで、負極活物質表面を絶縁性の金属酸化物で被覆することで、電極の多くの面積を占める負極活物質表面での電解液分解が起こらなくすることができる。
【0021】
このため、本発明の一態様は、負極集電体と、負極集電体上の、複数の粒状の負極活物質を有する負極活物質層と、粒状の負極活物質の一部を被覆する被膜と、を有し、被膜は、絶縁性とリチウムイオン伝導性とを有する膜である蓄電装置用負極である。」
「【0034】
このような粒状の負極活物質を被覆する被膜には、ニオブ、チタン、バナジウム、タンタル、タングステン、ジルコニウム、モリブデン、ハフニウム、クロム、アルミニウム若しくはシリコンのいずれか一の酸化膜、又はこれら元素のいずれか一とリチウムとを含む酸化膜を用いることができる。このような被膜は、従来の電解液の分解生成物により負極表面に形成される被膜に比べ、十分緻密な膜である。
【0035】
例えば、酸化ニオブ(Nb_(2)O_(5))は、電子伝導度が10^(-9)S/cm^(2)と低く、高い絶縁性を示す。このため、酸化ニオブ膜は負極活物質と電解液との電気化学的な分解反応を阻害する。一方で、酸化ニオブのリチウム拡散係数は10^(-9)cm^(2)/secであり、高いリチウムイオン伝導性を有する。このため、リチウムイオンを透過させることが可能である。
【0036】
従って、負極活物質の被膜がキャリアイオン伝導性を有することで、キャリアイオンはこの被膜を透過することができ、負極活物質が電池反応を行うことができる。一方で、被膜が絶縁性を有することで、電解液と負極活物質との反応を抑制することができる。よって金属酸化膜は、キャリアイオンの拡散係数の高い材料が好ましく、またできるだけ薄い絶縁性被膜であることが好ましい。被膜の膜厚は、5nm以上50nm以下であることが好ましい。」
「【0199】(被膜を有する粒状の黒鉛の作製)次に、被膜として酸化ニオブ膜を有する負極活物質を作製した。負極活物質には、JFEケミカル株式会社製の黒鉛を用いた。・・・」

第5 当審の判断
1 本願発明1について
(1)本願発明1と引用発明1の一致点・相違点
ア 本願発明1と引用発明1とを対比すると、引用発明1の「LiI-Li_(2)S-P_(2)S_(5)」は、硫化物固体電解質であるから、引用発明1の、「シリンダに電解質粉末を入れてプレスし、その上に正極合材粉末を入れてプレスし、反対側に負極合材粉末を入れてプレスした後、ボルトで締結し、密閉容器に入れて作製した電池」であって、「前記電解質粉末がプレスされることにより形成された固体電解質層は、LiI-Li_(2)S-P_(2)S_(5)から構成され」た「電池」は、本願発明1の「正極合材を含有する正極層と、負極層と、前記正極層と前記負極層との間に存在する硫化物固体電解質層とを備える硫化物固体電池」に相当する。

イ 本願明細書には、以下の記載がある。
「【0005】
・・・例えば、LiNi_(0.5)Mn_(1.5)O_(4)(酸化還元電位:4.8V(vs.Li/Li^(+)))を正極活物質11として用いた場合には、高電位で不安定となり、酸素成分を放出しやすい。」

ウ そうすると、引用発明1の「LiNi_(0.5)Mn_(1.5)O_(4)」も、酸化還元電位:4.8V(vs.Li/Li^(+))の正極活物質であり、本願発明1の「酸化還元電位が4.5V(vs.Li/Li+)以上の正極活物質である」「高電位正極活物質」に相当する。

エ 引用発明1の「Li_(3)PO_(4)」は、酸素を含む化合物であって一種の「酸化物」であるといえるから、引用発明1の「被覆材としてLi_(3)PO_(4)が被覆された」は、本願発明1の「酸化物により表面が被覆された」に相当する。

オ 引用発明1の「カーボンナノチューブ」は、カーボンからなり、導電性を備えたものであるから、引用発明1の「カーボンナノチューブ(VGCF-H、導電化材、昭和電工)」は、本願発明1の「カーボン導電材」に相当する。

カ 以上によれば、本願発明1と引用発明1の一致点及び相違点は、以下のとおりである。

(一致点)
正極合材を含有する正極層と、負極層と、前記正極層と前記負極層との間に存在する硫化物固体電解質層とを備える硫化物固体電池において、
前記正極合材は、酸化物により表面が被覆された高電位正極活物質と、カーボン導電材と、硫化物固体電解質とを含有し、
前記高電位正極活物質は、酸化還元電位が4.5V(vs.Li/Li^(+))以上の正極活物質である、硫化物固体電池。

(相違点1)
本願発明1では、「前記カーボン導電材が、その表面にNb_(2)O_(5)又はAl_(2)O_(3)を含むコート層を備え」るのに対して、
引用発明1では、「カーボンナノチューブ(VGCF-H、導電化材、昭和電工)」にコート層を設けることについて何ら規定されていない点。

(2)相違点についての判断
ア 引用文献1には、「前記カーボン導電材が、その表面にNb_(2)O_(5)又はAl_(2)O_(3)を含むコート層を備え」ることについては、記載も示唆もされておらず、「カーボンナノチューブ(VGCF-H、導電化材、昭和電工)」にNb_(2)O_(5)又はAl_(2)O_(3)を含むコート層を設けることの動機付けとなる記載も存在しない。

イ また、引用文献2には、炭素から成る導電剤本体の表面に、アルミニウム、ジルコニウム、マグネシウム、及び希土類元素から成る群から選択される少なくとも1つの金属元素が含まれた化合物を付着させると(このことは、本願明細書【0016】の「カーボン導電材表面の一部を覆う粒状コート」との記載を踏まえると、本願発明1における「前記カーボン導電材が、その表面に」「コート層を備え」ることに相当する。)、電解液と導電剤本体との接触面積は小さくなり、正極活物質に付着していることに起因する導電剤本体の触媒性が低下して、導電剤本体表面における電解液の酸化分解反応が抑制されることが記載されている(前記「第4の2」の[0008]、[0013]参照)。
さらに、引用文献2には、実施例2として、上記の金属元素が含まれた化合物として、酸化アルミニウム(本願発明1におけるコート層を構成する「Al_(2)O_(3)」に相当する。)を用いた具体例が記載されている(前記「第4の2」の[0039]参照)。
しかしながら、引用文献2には、引用発明1のように、正極層と負極層との間に存在する電解質がLiI-Li_(2)S-P_(2)S_(5)から構成される固体電解質層の場合においても、電解液の場合と同様に導電剤本体表面における酸化分解反応が起きることは記載も示唆もされておらず、また、そのようなことが本願出願時の技術常識であるともいえない。
そうすると、引用発明1において、カーボンナノチューブ表面における上記固体電解質層の酸化分解反応を抑制するとの課題が存在するとはいえない。また、そうである以上、そのような課題を解決するために、引用発明1において、上記固体電解質層とカーボンナノチューブとの接触面積を小さくしようとして、カーボンナノチューブの表面に酸化アルミニウムを付着させること、すなわち、引用発明1において、「カーボンナノチューブ(VGCF-H、導電化材、昭和電工)」の表面にNb_(2)O_(5)又はAl_(2)O_(3)を含むコート層を設けることの動機付けを見いだすことはできない。

ウ 同様に、引用文献3には、粒状の負極活物質の一部を、例えば、酸化ニオブ(Nb_(2)O_(5))などの絶縁性とリチウムイオン伝導性とを有する被膜で被覆することによって、負極活物質表面での電解液分解を起こらなくすることが記載されるのみであり(前記「第4の3」の[0020]、[0021]、[0034]、[0035]、[0199]参照)、このような引用文献3の記載、及び本願出願時の技術常識を考慮しても、引用発明1において、「カーボンナノチューブ(VGCF-H、導電化材、昭和電工)」の表面にNb_(2)O_(5)又はAl_(2)O_(3)を含むコート層を設けることの動機付けを見いだすことはできない。

エ したがって、上記相違点1に係る本願発明1の特定事項は、引用文献1?3に記載の技術手段から当業者が容易に想到し得たものであるとはいえない。

オ 以上のとおりであるから、本願発明1は、引用文献1?3に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

第6 むすび
以上のとおりであるから、本願については、原査定の拒絶理由によって拒絶すべきものとすることはできない。
また、他に本願を拒絶すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり審決する。

 
審決日 2021-09-27 
出願番号 特願2016-189899(P2016-189899)
審決分類 P 1 8・ 121- WY (H01M)
最終処分 成立  
前審関与審査官 立木 林吉川 潤  
特許庁審判長 池渕 立
特許庁審判官 井上 猛
粟野 正明
発明の名称 硫化物固体電池  
代理人 岸本 達人  

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