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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) A61K
審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) A61K
管理番号 1378688
審判番号 不服2019-12898  
総通号数 263 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2021-11-26 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2019-09-27 
確定日 2021-10-08 
事件の表示 特願2017-173062「非アルコール性脂肪肝疾患の予防または治療のための医薬組成物」拒絶査定不服審判事件〔平成30年 1月18日出願公開、特開2018- 9022〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯

本願は、2013年3月8日(パリ条約による優先権主張 2012年3月9日 (KR)大韓民国)を国際出願日とする特願2014-560859号の一部を平成29年9月8日に新たな特許出願(特願2017-173062号)としたものであり、その主な手続の経緯は、次のとおりである。

平成30年 6月22日付け 拒絶理由通知書
(特許法第50条の2の通知を伴うもの)
同年12月27日 手続補正書及び意見書の提出
令和 1年 5月15日付け 補正の却下の決定及び拒絶査定
同年 9月27日 手続補正書及び審判請求書の提出
同年11月18日 手続補正書(方式)の提出
(「請求の理由」の内容を補正するもの)
同年12月24日付け 前置報告書
令和 2年 6月 3日 上申書の提出
(前置報告に対する反論を記載するもの)
同年10月29日付け 拒絶理由通知書(当審)
(最後の拒絶理由を通知するもの)
令和 3年 3月 2日 手続補正書及び意見書の提出

なお、令和2年10月29日付け拒絶理由通知書(最後)は、平成30年6月22日付け拒絶理由通知書に記載した理由2(特許法第29条第2項)に基づく令和1年5月15日付け拒絶査定に対して、令和1年9月27日に提出された手続補正書による手続補正によって通知することが必要になった拒絶理由のみを、通知するものである。

第2 令和3年3月2日提出の手続補正書による補正についての補正の却下の決定

[補正の却下の決定の結論]
令和3年3月2日提出の手続補正書による手続補正(以下、「本件補正」ともいう。)を却下する。

[理由]
1 本件補正による特許請求の範囲の請求項1の補正について

(1)本件補正後の請求項1
本件補正により、特許請求の範囲の請求項1の記載は、次のとおり補正された。なお、下線部は補正箇所である。
「【請求項1】
インスリン分泌ペプチドが免疫グロブリンFc領域と非ペプチジル重合体により共有的に連結されるインスリン分泌ペプチド薬物結合体を有効成分として含み、
前記インスリン分泌ペプチドが、エキセンジン-4、エキセンジン-4のN末端アミノ基が除去されたエキセンジン-4誘導体、エキセンジン-4のN末端アミノ基がヒドロキシル基に置換されたエキセンジン-4誘導体、エキセンジン-4のN末端アミノ基がジメチル基で修飾されたエキセンジン-4誘導体、並びにエキセンジン-4のN末端ヒスチジン残基のα炭素およびα炭素に結合されたN末端アミノ基を除去したエキセンジン-4誘導体からなる群から選択され、
前記非ペプチジル重合体が、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール、エチレングリコール-プロピレングリコール共重合体、ポリオキシエチル化ポリオール、ポリビニルアルコール、ポリサッカライド、デキストラン、ポリビニルエチルエーテル、生分解性高分子、脂質重合体、キチン類、ヒアルロン酸およびそれらの組み合わせからなる群から選択され、
前記非ペプチジル重合体がインスリン分泌ペプチドの27位のリシン残基に連結され、
前記インスリン分泌ペプチド薬物結合体が、(i)脂肪分解(Lipolysis)に関与する酵素の活性を調節するPKC-ζ(Protein kinase C-ζ)の活性、及び、(ii)脂肪分解に関与するGlut2(グルコース輸送タンパク質2)の発現を増加させる、糖尿を伴わない肥満患者における非アルコール性脂肪肝疾患の予防または治療のための医薬組成物。」

(2)本件補正前の請求項1
本件補正前の、令和1年9月27日提出の手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1の記載は次のとおりである。
「【請求項1】
インスリン分泌ペプチドが免疫グロブリンFc領域と非ペプチジル重合体により共有的に連結されるインスリン分泌ペプチド薬物結合体を有効成分として含み、
前記インスリン分泌ペプチドが、エキセンジン-4、エキセンジン-4のN末端アミノ基が除去されたエキセンジン-4誘導体、エキセンジン-4のN末端アミノ基がヒドロキシル基に置換されたエキセンジン-4誘導体、エキセンジン-4のN末端アミノ基がジメチル基で修飾されたエキセンジン-4誘導体、並びにエキセンジン-4のN末端ヒスチジン残基のα炭素およびα炭素に結合されたN末端アミノ基を除去したエキセンジン-4誘導体からなる群から選択され、
前記非ペプチジル重合体が、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール、エチレングリコール-プロピレングリコール共重合体、ポリオキシエチル化ポリオール、ポリビニルアルコール、ポリサッカライド、デキストラン、ポリビニルエチルエーテル、生分解性高分子、脂質重合体、キチン類、ヒアルロン酸およびそれらの組み合わせからなる群から選択され、
前記非ペプチジル重合体がインスリン分泌ペプチドの27位のリシン残基に連結される、糖尿を伴わない肥満患者における非アルコール性脂肪肝疾患の予防または治療のための医薬組成物。」

2 本件補正の適否についての検討

上記1の補正は、本件補正前の請求項1における「前記非ペプチジル重合体がインスリン分泌ペプチドの27位のリシン残基に連結される、」との記載を「前記非ペプチジル重合体がインスリン分泌ペプチドの27位のリシン残基に連結され、」と補正し、かつ本件補正前の請求項1に「前記インスリン分泌ペプチド薬物結合体が、(i)脂肪分解(Lipolysis)に関与する酵素の活性を調節するPKC-ζ(Protein kinase C-ζ)の活性、及び、(ii)脂肪分解に関与するGlut2(グルコース輸送タンパク質2)の発現を増加させる、」という発明特定事項を追加するものである。
そして、追加された発明特定事項は、本件補正前の請求項13における「前記インスリン分泌ペプチド薬物結合体が、脂肪分解(Lipolysis)に関与する酵素の活性を調節するPKC-ζ(Protein kinase C-ζ)の活性を増加させる、請求項1に記載の医薬組成物。」及び本件補正前の請求項14における「前記インスリン分泌ペプチド薬物結合体が、脂肪分解に関与するGlut2(グルコース輸送タンパク質2)の発現を増加させる、請求項1に記載の医薬組成物。」という記載に基づくものである。
そうすると、本件補正前の請求項1に記載された発明と本件補正後の請求項1に記載された発明とは、産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一であり、上記1の補正は、特許法17条の2第5項第2号の特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当するといえる。
そこで、本件補正後の請求項1に記載される発明(以下「本件補正発明」という。)が同条第6項において準用する同法第126条第7項の規定に適合するか(特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか)について、以下、検討する。

(1)本件補正発明
本件補正発明は、上記1(1)に記載したとおりのものである。

(2)引用文献に記載された事項及び引用発明

ア 引用文献1に記載された事項及び引用発明
(ア)本願優先日前に頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった文献であり、令和2年10月29日付けの拒絶理由通知書で引用された「引用文献1:特表2011-505355号公報」には、以下の記載がある。なお、下線は当審合議体が付した。

(摘記1a)
「【請求項1】
インスリン分泌ペプチド及び兔疫グロブリンFc領域がSMCC(succinimidyl4-(N-maleimido-methyl)cyclohexane-1-carboxylate)、SFB(succinimidyl4-formylbenzoate)、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール、ポリビニルピロリドン、エチレングリコールとプロピレングリコールの共重合体、ポリオキシエチル化ポリオール、ポリビニルアルコール、ポリサッカリド、デキストラン、ポリビニルエチルエーテル、PLA(ポリ乳酸、polylacticacid)及びPLGA(ポリ乳酸-グリコール酸、polylactic-glycolicacid)などの生分解性高分子、脂質重合体、キチン類、ヒアルロン酸及びこれらの組合せよりなる群から選ばれる非ペプチド性リンカーを通じて連結されてなることを特徴とする、インスリン分泌ペプチド結合体を含む肥満関連疾患治療用組成物。
【請求項2】
前記インスリン分泌ペプチドは、GLP-1、エキセンジン-3、エキセンジン-4またはこれらのアゴニスト(agonist)、誘導体(derivative)、断片(fragment)、変異体(variant)及びこれらの組合せよりなる群から選択されるものであることを特徴とする、請求項1に記載の肥満関連疾患治療用組成物。
【請求項3】
前記誘導体は、天然型インスリン分泌ペプチドのN-末端アミン基の置換(substitution)、欠損(deletion)、及び変性(modification)から選択されたいずれか1方法によって製造され、インスリン分泌ペプチド、これらの断片及びこれらの変異体よりなる群から選択されるものであることを特徴とする、請求項2に記載の肥満関連疾患治療用組成物。
【請求項4】
前記誘導体はエキセンジン-4の誘導体であり、エキセンジン-4のN-末端アミン基が除去されたエキセンジン-4誘導体、エキセンジン-4のN-末端アミン基がヒドロキシル基で置換されたエキセンジン-4誘導体、エキセンジン-4のN-末端アミン基がジメチル基で変性されたエキセンジン-4誘導体、エキセンジン-4の一番目アミノ酸(ヒスチジン)のアルファ炭素を除去(deletion)したエキセンジン-4誘導体、エキセンジン-4の12番目アミノ酸(lysine)がセリンで置換されたエキセンジン-4誘導体、及びエキセンジン-4の12番目アミノ酸(lysine)がアルギニンで置換されたエキセンジン-4誘導体よりなる群から選ばれるものであることを特徴とする、請求項3に記載の肥満関連疾患治療用組成物。」(【請求項1】?【請求項4】)

(摘記1b)
「【発明が解決しようとする課題】
【0004】
したがって、本発明者はインスリン分泌ペプチドの血中半減期の増加及び生体内活性の維持を同時に極大化することができる方法で兔疫グロブリンFc領域、非ペプチド性リンカー及びインスリン分泌ペプチドを共有結合で相互に連結させる製造方法を使用して、結合体の飲食物摂取抑制効力及びその持続性を画期的に増加させることを確認し、特にインスリン分泌ペプチドの中でエキセンジン-4及びエキセンジン-4のN-末端のアミン基を除去したデス-アミノ-ヒスチジルエキセンジン-4、エキセンジン-4のN-末端アミン基をヒドロキシル基で置換したベータ-ヒドロキシ-イミダゾ-プロピオニルエキセンジン-4、エキセンジン-4のN-末端アミン基を二つのメチル基で修飾したジメチル-ヒスチジルエキセンジン-4、及びエキセンジン-4の一番目アミノ酸であるヒスチジンのアルファ炭素を除去したイミダゾ-アセチル-エキセンジン-4などの結合体の飲食物摂取抑制効力及び持続性が画期的に増加することを確認して本発明を完成した。
【0005】
本発明の目的は、インスリン分泌ペプチドを非ペプチド性リンカーを介してキャリア物質と相互に共有結合させてなる結合体(Conjugate)を含む、肥満関連疾患治療用、飲食物摂取抑制用及び体脂肪減少用組成物を提供することである。
【0006】
本発明の他の目的は、前記結合体を含む組成物を利用して肥満関連疾患を治療し、飲食物摂取を抑制するとともに体脂肪を減少させる方法を提供することである。
【発明の効果】
【0007】
本発明が提供するインスリン分泌ペプチド結合体を含む組成物は、天然型インスリン分泌ペプチドに比べて優れた飲食物摂取抑制及びこれによる体脂肪減少及び肥満関連疾患治療活性を現すので、肥満関連疾患の治療効果を極大化させるのに有用である。」(【0004】の1行上の行?【0007】)

(摘記1c)
「【0010】
本発明で使用される用語"肥満関連疾患"は食べ過ぎ、飲みすぎ及び過食症、高血圧、糖尿、増加した血漿インスリン濃度、インスリン耐性、脂質異常症、代謝症侯群、インスリン耐性症侯群、肥満関胃食道逆流、動脈硬化症、高コレステロール血症、高尿酸血症、腰痛、心臓肥大及び左心室肥大、リポジストロフィ、非アルコール性脂肪性肝炎、心血管疾患、多嚢胞性卵巣症候群よりなる群から選ばれることができ、このような肥満関連疾患の治療対象は体重を減らそうとする欲求がある対象も含まれる。」(【0010】)

(摘記1d)
「【0016】
本発明に使用可能なキャリア物質は非ペプチド性リンカーによってインスリン分泌ペプチドに結合されて前記ペプチドの血中持続性を増大させる物質で、・・・好ましくは兔疫グロブリンFc領域である。・・・。
【0017】
また、本発明の兔疫グロブリンFc領域は天然型と実質的に同等以上の効果を持つ限り、免疫グロブリンンの重鎖と軽鎖可変領域のみを除き、一部または全体重鎖不変領域1(C_(H)1)及び/または軽鎖不変領域1(C_(L)1)を含む拡張したFc領域であることができる。・・・ここで、Fcから糖鎖が除去された兔疫グロブリンFc領域は補体(c1q)の結合力が著しく低下し、抗体-依存性細胞毒性または補体-依存性細胞毒性が減少または除去されるので、生体内で不必要な免疫反応を誘発しない。・・・人間来由のFc領域は人間生体で抗原として作用してこれに対する新しい抗体を生成するなどの好ましくない免疫反応を引き起こすことができる非人間来由のFc領域に比べて好ましい。」(【0016】?【0017】)

(摘記1e)
「【0018】
本発明の組成物に含まれる結合体においては、インスリン分泌ペプチドがキャリア物質と非ペプチド性リンカーを介して連結される。・・・。
【0019】
このように、インスリン分泌ペプチドとキャリア物質が非ペプチド性リンカーによって相互に共有結合されて製造される本発明による肥満関連疾患治療用組成物に含まれる結合体の好適な例は国際公開番号第WO08/082274号に開示されており、これは下記化学式1のように表現される。
【0020】
<化学式1>
R_(1)-X-R_(2)-L-F
ここで、R_(1)はデス-アミノ-ヒスチジル、ジメチル-ヒスチジル、ベータ-ヒドロキシイミダゾプロピオニル、4-イミダゾアセチル及びベータ-カルボキシイミダゾプロピオニルよりなる群から選ばれ、
R_(2)は-NH_(2)、-OH及び-Lysよりなる群から選ばれ、
XはGly-Glu-Gly-Thr-Phe-Thr-Ser-Asp-Leu-Ser-Y-Gln-Met-Glu-Glu-Glu-Ala-Val-Arg-Leu-Phe-Ile-Glu-Trp-Leu-Z-Asn-Gly-Gly-Pro-Ser-Ser-Gly-Ala-Pro-Pro-Pro-Ser、・・・よりなる群から選ばれ、
YはLys、Ser及びArgよりなる群から選ばれ、
ZはLys、Ser及びArgよりなる群から選ばれ、
Lは非ペプチドリンカーであり、
Fは兔疫グロブリンFcである。」(【0018】?【0020】)

(摘記1f)
「【0028】
[実施例1]インスリン分泌ペプチド結合体(CA-Exendin)の製造
3.4KPropionALD(2)PEG(プロピオンアルデヒド基を2個持っているPEG、IDBInc.,大韓民国)をイミダゾアセチルエキセンジン-4(Imidazo-acetylExendin-4)(Bachem,スイス)のリシン残基にペギル化(pegylation)させるために、ペプチドとPEGのモル比1:15、ペプチドの濃度を5mg/mlにして、4℃で夜通し反応させた。・・・。
【0029】
・・・前記分離したモノペギル化されたCA-Exendin-4を免疫グロブリンFcとカップリングさせた。・・・。」(【0028】?【0029】)

(摘記1g)
「【0031】
[実施例2]ob/obネズミでのインスリン分泌ペプチド結合体の体重減少効果
代表的な肥満モデル動物の一つであるob/obネズミ(C57BL/6JHamSlc-ob/bo、雌8-9週齢)を4群(群当たり5匹ずつ)に分けた後、ビークルとByetta(Amylin-Lily、exendin-4、45μg/kg、毎日皮下投与)及び前記実施例1で製造したインスリン分泌ペプチド結合体(45μgまたは100μg/kg、週当り1回皮下投与)などを投与した後、28日間体重の変化を観察し、投与が終わった後、コレステロール、遊離脂肪酸など、脂肪代謝に係わる物質の血中濃度を測定し、試験が完了した後、動物を解剖し、肝と脂肪組職の重量を測定した。このようなob/obネズミにおいてインスリン分泌ペプチド結合体の体重減少効果を表1に示した。
【0032】
【表1】

【0033】
表1と図1及び図2から分かるように、Byettaに比べてインスリン分泌ペプチド結合体は1/7容量で体重減少効果及びコレステロール含量減少効果が優れ、その効果は容量依存的であることが分かる。そして、その効力の持続性も毎日投与したエキセンジン-4に比べ、一週に1回投与したインスリン分泌ペプチド結合体の効力がより優れることが分かる。」(【0031】?【0033】)

(摘記1h)
「【0034】
[実施例3]DIOネズミでのインスリン分泌ペプチド結合体の体重減少効果
代表的な肥満モデル動物の一つであるDIO(diet induced obesity)ネズミ(C57BL/6NCrjBgi、雄25週齢)を5群(群当たり5匹)に分けた後、ビークルとByetta(100μg/kg、毎日皮下投与)及び前記実施例1で製造したインスリン分泌ペプチド結合体(20、50、100μg/kg、1週当り1回皮下投与)などを投与した後、2週間体重の変化を観察した。この際、DIOネズミでのインスリン分泌ペプチド結合体の体重減少効果を表2に示した。
【0035】
【表2】

【0036】
表2及び図3から分かるように、Byettaに比べ、インスリン分泌ペプチド結合体は1/17.5容量で体重減少効果が優れ、その効果は容量依存的であることが分かる。そして、その効力の持続性においても、毎日投与したエキセンジン-4に比べて一週に1回投与したインスリン分泌ペプチド結合体の効力がもっと優れることが分かる。」(【0034】?【0036】)

なお、引用文献1における「兔疫」という記載は誤記であり、例えば摘記(1d)に「免疫グロブリン」及び「免疫反応」という記載があるように、正しくは「免疫」と記載されるべきものであったといえる。
そこで、下記(イ)の認定、(3)の対比及び(4)以降の判断は、引用文献1における「兔疫」は「免疫」を意味する記載であるという前提で行った。

(イ)引用文献1に記載された発明(引用発明)

引用文献1には、請求項1を引用する請求項2を引用する請求項3を引用する請求項4の記載(摘記1a)から、以下の発明が記載されていると認められる。
「インスリン分泌ペプチド及び免疫グロブリンFc領域が、SMCC(succinimidyl 4-(N-maleimido-methyl)cyclohexane-1-carboxylate)、SFB(succinimidyl 4-formylbenzoate)、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール、ポリビニルピロリドン、エチレングリコールとプロピレングリコールの共重合体、ポリオキシエチル化ポリオール、ポリビニルアルコール、ポリサッカリド、デキストラン、ポリビニルエチルエーテル、PLA(ポリ乳酸、polylactic acid)及びPLGA(ポリ乳酸-グリコール酸、polylactic-glycolic acid)などの生分解性高分子、脂質重合体、キチン類、ヒアルロン酸及びこれらの組合せよりなる群から選ばれる非ペプチド性リンカーを通じて連結されてなるインスリン分泌ペプチド結合体を含む、肥満関連疾患治療用組成物であって、
上記インスリン分泌ペプチドが、エキセンジン-4、エキセンジン-4のN-末端アミン基が除去されたエキセンジン-4誘導体、エキセンジン-4のN-末端アミン基がヒドロキシル基で置換されたエキセンジン-4誘導体、エキセンジン-4のN-末端アミン基がジメチル基で変性されたエキセンジン-4誘導体、エキセンジン-4の一番目アミノ酸(ヒスチジン)のアルファ炭素を除去(deletion)したエキセンジン-4誘導体、エキセンジン-4の12番目アミノ酸(lysine)がセリンで置換されたエキセンジン-4誘導体、及びエキセンジン-4の12番目アミノ酸(lysine)がアルギニンで置換されたエキセンジン-4誘導体よりなる群から選ばれるものである、
上記肥満関連疾患治療用組成物。」の発明(以下、「引用発明」という。)。

イ 引用文献2に記載された事項
本願優先日前に頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった文献であり、令和2年10月29日付けの拒絶理由通知書で引用された「引用文献2:特表2010-515677号公報」には、以下の記載がある。なお、下線は当審合議体が付した。

(摘記2a)

(引用文献2が「国際公開番号第WO08/082274号」のパテントファミリー文献であることを確認できる書誌事項。)

(摘記2b)
「【請求項1】
インスリン分泌ペプチドと免疫グロブリンFc領域とが、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール、エチレングリコール-プロピレングリコールの共重合体、ポリオキシエチル化ポリオール、ポリビニルアルコール、ポリサッカリド、デキストラン、ポリビニルエチルエーテル、生分解性高分子、脂質重合体、キチン類、ヒアルロン酸およびこれらの組み合わせよりなる群から選ばれる非ペプチド性重合体によって互いに連結され、前記インスリン分泌ペプチドのN末端以外のアミノ酸残基に前記非ペプチド性重合体が結合されたことを特徴とする、インスリン分泌ペプチド結合体。
【請求項2】
前記インスリン分泌ペプチドは、GLP-1、エキセンディン-3、エキセンディン-4、これらのアゴニスト(agonist)、これらの誘導体(derivative)、これらの断片(fragment)、これらの変異体(variant)、およびこれらの組み合わせからよりなる群から選ばれることを特徴とする、請求項1に記載のインスリン分泌ペプチド結合体。
【請求項3】
前記誘導体は、天然型インスリン分泌ペプチドのN末端アミン基の置換、除去および変更の中から選ばれたいずれか一つの方法によって製造され、インスリン分泌機能を保有するペプチド、これらの断片およびこれらの変異体よりなる群から選ばれることを特徴とする、請求項2に記載のインスリン分泌ペプチド結合体。
【請求項4】
前記誘導体は、天然型インスリン分泌ペプチドのアルファカーボンおよびN末端アミン基が除去されたペプチド、これらの断片およびこれらの変異体よりなる群から選ばれることを特徴とする、請求項2に記載のインスリン分泌ペプチド結合体。」(【請求項1】?【請求項4】)

(摘記2c)
「【0035】
・・・
実施例1.エキセンディン-4のPEG化(peglylation)と位置異性体の分離
3.4KPropionALD(2)PEG(プロピオンアルデヒド基を2つ持っているPEG、IDBInc.,韓国)をエキセンディン-4(AP、米国)のN末端にPEG化させるために、ペプチドとPEGのモル比を1:15、ペプチドの濃度を3mg/mLにして、4℃で90分間反応させた・・・3.4KPropionLAD(2)PEGをエキセンディン-4のリシン(Lys)残基にPEG化させるために、ペプチドとPEGのモル比を1:30、ペプチドの濃度を3mg/mLにして、4℃で3時間反応させた。・・・N末端がPEG化されたピークが最も前に、その後に順次2つのリシンがPEG化されたピークが出ることが分かった。ペプチドマッピング方法で溶出されたピークのPEG化位置を確認することができた。Lys12PEG化結合体がまず溶出され、Lys27PEG化結合体は最も後方に溶出され、N-末端位置異性体およびLys12位置異性体を完璧に分離することができた。
・・・
【0037】
実施例2:エキセンディン-4(N)-PEG-免疫グロブリンFc結合体の製造
実施例1の方法を用いて3.4KPropionALD(2)PEGをエキセンディン-4のN末端と反応させた後、N末端の異性体のみを精製して免疫グロブリンFcとカップリングさせた。
・・・
【0039】
実施例3.エキセンディン-4(Lys27)-免疫グロブリンFc結合体の製造
実施例1の方法を用いて3.4KPropionALD(2)PEGをエキセンディン-4のLysと反応させた後、Lys異性体のみを精製して免疫グロブリンFcとカップリングさせた。2つのLys異性体ピークのうち、反応が多くN末端の異性体とは確然に区分される最も後方の異性体ピーク(Lys-27位置異性体)を用いてカップリングを行った。
・・・
【0040】
実施例4.デス-アミノ-ヒスチジル(des-amino-histidyl)エキセンディン-4(Lys27)-免疫グロブリンFc結合体の製造
・・・異性体の精製過程で、2つのLys異性体ピークのうち、反応が多くN末端の異性体とは確然に区分される最も後方の異性体ピーク(Lys-27位置異性体)を用いてカップリングを行った。
・・・
【0042】
実施例5.ベータ-ヒドロキシ-イミダゾ-プロピオニル(Hydroxy-imidazo-propionyl)エキセンディ-4(Lys27)-免疫グロブリンFc結合体の製造
ベータ-ヒドロキシ-イミダゾ-プロピオニルエキセンディン-4(HYエキセンディン-4、AP、米国)を用いて、実施例4と同様の方法で、3.4KPropionALD(2)PEGをHYエキセンディン-4のLysと反応させた後、2つのLys異性体ピークのうち、反応が多くN末端の異性体とは確然に区分される最も後方の異性体ピーク(Lys-27位置異性体)を用いてカップリングを行った。
・・・
【0043】
実施例6.イミダゾ-アセチルエキセンディン-4(Lys27)-免疫グロブリンFc結合体の製造
イミダゾ-アセチルエキセンディン-4(CAエキセンディン-4、AP、米国)を用いて、実施例4と同一の方法で、3.4KPropionALD(2)PEGをCAエキセンディン-4のLysと反応させた後、2つのLys異性体ピークのうち、反応が多くN末端の異性体とは完全に区分される最も後方の異性体ピーク(Lys27位置異性体)を用いてカップリングを行った。
・・・
【0044】
実施例7.Ser12変異されたDAエキセンディン-4(Lys27)-免疫グロブリンFc結合体の製造
3.4KPropionALD(2)PEGをSer12変異されたDAエキセンディン-4(AP、米国)のLysとPEG化させるために、ペプチドと3.4KPropionALD(2)のモル比を1:30、ペプチドの濃度を3mg/mLにして、25℃で3時間反応させた。
・・・
【0045】
実施例8.Arg12変異されたDAエキセンディン-4(Lys27)-免疫グロブリンFc結合体の製造
Arg12変異されたDAエキセンディン-4(AP、米国)を用いて、実施例7と同様の方法で、3.4KPropionALD(2)PEGをArg12変異されたDAエキセンディン-4のLysと反応させ、精製した後、カップリングを行った。
【0046】
実施例9.デス-アミノ-ヒスチジル(des-amino-histidyl)エキセンディン-4(Lys27)-アルブミン結合体の製造
実施例4と同一の方法で、3.4KPropionALD(2)PEGをデス-アミノ-ヒスチジル-エキセンディン-4(DA-エキセンディ-4、AP、米国)のLys残基と反応させ、精製した。
【0047】
実施例10:ジメチル-ヒスチジル-エキセンデン-4(Lys27)-免疫グロブリンFc結合体の製造
ジメチル-ヒスチジル-エキセンディン-4(DMエキセンディン-4、AP、米国)を用いて、実施例4と同様の方法で、ジメチル-ヒスチジル-エキセンジン-4(Lsy27)-免疫グロブリンFc結合体を製造した。・・・。」(【0035】?【0047】)

(摘記2d)
「【0051】
実施例14.持続型エキセンディン-4のインビトロ活性の測定
エキセンディン-4持続型製剤の効力を測定する方法として、インビトロ細胞の活性を測定する方法を用いた。通常、GLP-1のインビトロ活性は、インスリノーマ細胞またはランゲルハンス島(islet of Langerhans)を分離してGLP-1処理による細胞内のcAMP増加有無を確認することにより測定される。
本発明で使用されたインビトロ活性測定方法は、RIN-m5F(ATCC.)であり、この細胞はラットのインスリノーマ細胞として知られており、GLP-1受容体を持っているため、GLP-1系統のインビトロ活性を測定する方法として多く用いられている。RIN-m5FにGLP-1、エキセンディン-4および試験物質を濃度別に処理して、試験物質による細胞内の信号伝達物質であるcAMPの発生度合いによるEC50値を測定し、比較する試験で行った。その結果は表1にまとめた。
【0052】
【表1】

」(【0051】?【0052】)

(摘記2e)
「【0055】
本発明のインスリン分泌ペプチド結合体は、比較的高く維持される生体内活性、および著しく増加した血中半減期を有するため、様々なペプチド薬物の持続型剤形の開発に有用に利用できる。」(【0055】)

なお、引用文献2における「結合」は、引用文献1における「連結」と同義であるという前提で、下記(4)以降の判断を行った。

ウ 引用文献Aに記載された事項

本願優先日前に頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった文献であり、令和2年10月29日付けの拒絶理由通知書で引用された、本願優先日当時の技術常識を示す「引用文献A:日本臨床,2011年,Vol.69,No.5,p.853-858」には、以下の記載がある。なお、下線は当審合議体が付した。

(摘記A1)
「 はじめに
脂肪肝を基盤とした慢性の肝疾患である非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD)と,その進行性の病態である非アルコール性脂肪肝炎(NASH)は,肥満,糖尿病,インスリン抵抗性,脂質異常症などのいわゆるメタボリックシンドロームを背景病態として発症することが明らかとなっているため,メタボリックシンドロームの肝臓での表現系とも表現される.このため,NAFLDやNASHの治療においては,糖尿病やインスリン抵抗性,脂質異常症,そして何よりも肥満の改善が重要である.」(p.853左欄1行?同頁右欄1行)

(摘記A2)
「1.GLP-1受容体作動薬によるNAFLDに対する治療効果
インクレチンとして上部小腸K細胞からglucose-dependent insulinotropic polypeptide(GIP),下部小腸L細胞からglucagon-like peptide-1(GLP-1)が分泌されることはよく知られている.・・・NAFLDやNASHの治療効果においてはGLP-1による作用が主に検討されている.
・・・
一方,NAFLD患者に対しGLP-1受容体作動薬exenatide(合成exendin-4製剤)を投与してNAFLDの改善効果が認められたとする報告もある^(2)).・・・体重減少や血糖効果作用の割には肝の脂肪化改善効果が強いことから,exenatideによるNAFLD改善効果は,体重減少による影響以外の作用が存在することが示唆されると結論づけている.しかし,exenatideによる直接効果である可能性はあるものの,4kg程度の体重減少により肝の脂肪化が改善することは日常臨床でも決して珍しくないため,exenatideによる食欲抑制などを介した体重減少が,少なからずNAFLD改善に寄与したものと考えられる.」(p.854左欄7行?同頁右欄29行)

(摘記A3)
「2.肝臓への直接作用による機序
2010年になって,肝細胞表面にGLP-1Rが存在することと,それに引き続く肝細胞内シグナル伝達経路の存在が明らかとなった^(3)).それによると,GLP-1Rはヒト肝細胞表面に局在しており,他のG protein-coupled受容体(GPCR)同様,GLP-1やexendin-4による刺激で細胞内移行(インターナリゼーション)を起こし,細胞表面から減少することが示された.更に,パルミチン酸,オレイン酸添加での培養にて脂肪化をきたしたHuh7肝癌細胞に対し,インスリン無添加の状態でexendin-4により処理をしたところ,細胞内で増加していたトリグリセリドの量が減少し,脂肪肝が改善した.更に,細胞内のインスリン受容体からのシグナル伝達に重要なAKTおよびPDK-1,PKC-ζのリン酸化を促進する作用が認められた.このことから,肝細胞内においてGLP-1Rのシグナルはインスリンシグナルと共通のシグナル伝達系を刺激,もしくはインスリンシグナルの活性化を促進する作用があることが示唆された(図1).GLP-1やGLP-1受容体作動薬による,肝細胞への直接作用によるインスリンシグナルへの関与と肝脂肪化の抑制効果が明らかになった.・・・またこれまで,GLP-1刺激による肝臓でのグリコーゲン合成促進,グルコース取り込み増加,グルコース産生抑制作用が報告されており,この作用も少なくとも一部は肝臓への直接作用によっている可能性が高いと考えられる^(5,6)).このため,今後,GLP-1およびGLP-1受容体作動薬による肝細胞への直接作用による肝細胞内での効果について,糖尿病治療の側面だけでなく,脂質代謝を含めたNAFLD,NASH治療に対する詳細な研究結果が期待される.」(p.854右欄下から2行?p.856左欄4行)

(摘記A4)


」(p.855の図1。図1中の四角枠囲いは当審合議体が付した。)

なお、引用文献Aにおける「exendin-4」という記載は、エキセンジン-4と同義である。

エ 引用文献Cに記載された事項
本願優先日前に頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった文献であり、令和2年10月29日付けの拒絶理由通知書で引用された、本願優先日当時の技術水準を示す「引用文献C:PLoS ONE, February 2012, Vol.7, Issue 2, e31394, p.1-10」には、以下の記載がある。当審合議体による訳文で記載する。なお、下線は当審合議体が付した。

(摘記C1)
「エキセンジン-4は、高脂肪食誘発性肥満C57BL/6JマウスのSirt1発現を増加させることにより脂肪性肝炎を改善する

概要
脂肪肝を減少させるメカニズムとしてのSirt1発現に対するエキセンジン-4の効果はこれまで報告されていない。したがって、脂肪肝に対するエキセンジン-4治療の有益な効果が、高脂肪(HF)食餌誘発性肥満C57BL / 6Jマウス及び関連する細胞培養モデルにおいてSirt1を介して媒介されるかどうかを調査した。エキセンジン-4治療は、HF誘発性肥満C57BL / 6Jマウスの体重、血清中の遊離脂肪酸(FA)、及びトリグリセリドレベルを低下させた。組織学的分析は、エキセンジン-4がHFによって誘発された脂質の肝臓蓄積及び炎症を逆転させたことを示した。エキセンジン-4処理は、in vivoでSirt1とその下流因子であるAMPKのmRNAとタンパク質の発現を増加させ、FA酸化とグルコース代謝に関連する遺伝子も誘導した。さらに、Lkb1及びNampt mRNAの肝臓での発現の有意な増加が、エキセンジン-4投与群で観察された。また、肝臓のグルコース代謝に関与するホスホ-Foxo1とGLUT2の発現の増加も観察された。HepG2及びHuh7細胞では、GLP-1RのmRNA及びタンパク質の発現は、用量依存的にエキセンジン-4処理によって増加した。エキセンジン-4は、0.4mMパルミチン酸で処理されたHepG2細胞におけるSirt1及びホスホ-AMPKαのタンパク質発現を増強した。また、Sirt1が肝細胞におけるAMPKの上流調節因子であることもわかった。この研究による新しい発見は、GLP-1Rの発現がエキセンジン-4濃度に比例し、エキセンジン-4がSirt1の活性化を通じて脂肪肝を弱める可能性があるという見解であった。」(p.1のタイトル及び要約)

(摘記C2)
「GLP-1受容体(GLP-1R)アゴニストであるエクセナチド(エ
キセンジン-4、Ex-4)は、ネイティブGLP-1と53%の配列相同性を共有する。エキセンジン-4はDPP-IVを介した分解に耐性があるため、GLP-1よりも半減期が長くなる[6,7]。最近の研究では、GLP-1Rがヒト肝細胞に存在し[8]、エキセンジン-4の投与がob / obマウスのインスリン抵抗性を改善し、肝臓の脂質貯蔵を減少させることが示されている[9]。さらに、エクセナチド療法は、2型糖尿病患者の空腹時血糖値、体重、及び肝臓脂肪を減少させる[10]。・・・ただし、脂肪肝モデルにおけるSirt1発現に対するエキセンジン-4治療の効果はこれまで報告されていない。したがって、脂肪肝に対するエキセンジン-4治療の有益な効果が、高脂肪(HF)食餌誘発性肥満C57BL / 6Jマウス及び関連する細胞培養モデルにおいてSirt1を介して媒介されるかどうかを調査した。」(p.1右欄3行?p.2左欄9行)

(摘記C3)
「要約すると、この研究は、肝臓のGLP-1Rの発現はマウスのHF投与により減少するのに対し、ヒト肝細胞におけるエキセンジン-4濃度に正比例することを明らかにしている。HF治療マウスでは、エキセンジン-4治療により炎症と脂肪症が改善され、エキセンジン-4によるsirt1の増加により、AMPKとその下流の標的遺伝子が活性化され、脂肪酸の酸化が起こる。したがって、本研究は、エキセンジン-4治療がSirt1シグナル伝達カスケードの活性化を通じて脂肪蓄積を減衰させ、肝臓組織のグルコース代謝を改善する可能性があること、さらにエキセンジン-4治療が肥満や2型糖尿病などの代謝性疾患に関連する脂肪肝疾患の治療薬として役立つ可能性があることを示唆している。」(p.9右欄下から18行?7行)

(3)本件補正発明と引用発明との対比

ア 引用発明における「エキセンジン-4、エキセンジン-4のN-末端アミン基が除去されたエキセンジン-4誘導体、エキセンジン-4のN-末端アミン基がヒドロキシル基で置換されたエキセンジン-4誘導体、エキセンジン-4のN-末端アミン基がジメチル基で変性されたエキセンジン-4誘導体、エキセンジン-4の一番目アミノ酸(ヒスチジン)のアルファ炭素を除去(deletion)したエキセンジン-4誘導体、エキセンジン-4の12番目アミノ酸(lysine)がセリンで置換されたエキセンジン-4誘導体、及びエキセンジン-4の12番目アミノ酸(lysine)がアルギニンで置換されたエキセンジン-4誘導体よりなる群から選ばれる」「インスリン分泌ペプチド」は、本件補正発明における「エキセンジン-4、エキセンジン-4のN末端アミノ基が除去されたエキセンジン-4誘導体、エキセンジン-4のN末端アミノ基がヒドロキシル基に置換されたエキセンジン-4誘導体、エキセンジン-4のN末端アミノ基がジメチル基で修飾されたエキセンジン-4誘導体、並びにエキセンジン-4のN末端ヒスチジン残基のα炭素およびα炭素に結合されたN末端アミノ基を除去したエキセンジン-4誘導体からなる群から選択され」る「インスリン分泌ペプチド」に相当する。

イ また、引用発明における「免疫グロブリンFc領域」、「SMCC(succinimidyl 4-(N-maleimido-methyl)cyclohexane-1-carboxylate)、SFB(succinimidyl 4-formylbenzoate)、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール、ポリビニルピロリドン、エチレングリコールとプロピレングリコールの共重合体、ポリオキシエチル化ポリオール、ポリビニルアルコール、ポリサッカリド、デキストラン、ポリビニルエチルエーテル、PLA(ポリ乳酸、polylactic acid)及びPLGA(ポリ乳酸-グリコール酸、polylactic-glycolic acid)などの生分解性高分子、脂質重合体、キチン類、ヒアルロン酸及びこれらの組合せよりなる群から選ばれる非ペプチド性リンカー」、及び「治療用組成物」は、それぞれ、本件補正発明における「免疫グロブリンFc領域」、「ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール、エチレングリコール-プロピレングリコール共重合体、ポリオキシエチル化ポリオール、ポリビニルアルコール、ポリサッカライド、デキストラン、ポリビニルエチルエーテル、生分解性高分子、脂質重合体、キチン類、ヒアルロン酸およびそれらの組み合わせからなる群から選択され」る「非ペプチジル重合体」、及び「医薬組成物」に相当する。

ウ そして、引用文献1には、引用発明における「免疫グロブリンFc領域」はキャリア物質であり、引用発明における「インスリン分泌ペプチド結合体」は、インスリン分泌ペプチドとキャリア物質が非ペプチド性リンカーによって相互に共有結合により連結されることが記載されているので(摘記1d及び1e)、引用発明における「インスリンペプチド結合体」は、本件補正発明における「インスリン分泌ペプチドが免疫グロブリンFc領域と非ペプチジル重合体により共有的に連結されるインスリン分泌ペプチド薬物結合体」に相当するといえる。

エ 上記ア?ウから、本件補正発明と引用発明とは、
「インスリン分泌ペプチドが免疫グロブリンFc領域と非ペプチジル重合体により共有的に連結されるインスリン分泌ペプチド薬物結合体を有効成分として含み、
前記インスリン分泌ペプチドが、エキセンジン-4、エキセンジン-4のN末端アミノ基が除去されたエキセンジン-4誘導体、エキセンジン-4のN末端アミノ基がヒドロキシル基に置換されたエキセンジン-4誘導体、エキセンジン-4のN末端アミノ基がジメチル基で修飾されたエキセンジン-4誘導体、並びにエキセンジン-4のN末端ヒスチジン残基のα炭素およびα炭素に結合されたN末端アミノ基を除去したエキセンジン-4誘導体からなる群から選択され、
前記非ペプチジル重合体が、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール、エチレングリコール-プロピレングリコール共重合体、ポリオキシエチル化ポリオール、ポリビニルアルコール、ポリサッカライド、デキストラン、ポリビニルエチルエーテル、生分解性高分子、脂質重合体、キチン類、ヒアルロン酸およびそれらの組み合わせからなる群から選択される、医薬組成物。」の発明である点で一致し、以下の点で相違する。

(相違点1)「インスリン分泌ペプチド薬物結合体」について、本件補正発明では「非ペプチジル重合体」が「インスリン分泌ペプチドの27位のリシン残基に連結される」ものであることが特定されているのに対し、引用発明ではこのような特定がされていない点。

(相違点2)「医薬組成物」について、本件補正発明では「糖尿を伴わない肥満患者における非アルコール性脂肪肝疾患の予防または治療のための医薬組成物」であるのに対し、引用発明では「肥満関連疾患治療用組成物」である点。

(相違点3)「インスリン分泌ペプチド薬物結合体」について、本件補正発明では「(i)脂肪分解(Lipolysis)に関与する酵素の活性を調節するPKC-ζ(Protein kinase C-ζ)の活性、及び、(ii)脂肪分解に関与するGlut2(グルコース輸送タンパク2)の発現を増加させる」ことが特定されているのに対し、引用発明ではこのような特定がされていない点。

(4)判断

ア 相違点1について
引用文献1の実施例1には、引用発明における「インスリン分泌ペプチド結合体」として、イミダゾアセチルエキセンジン-4のリシン残基に非ペプチド性リンカーであるPEGを連結させたモノペギル化イミダゾアセチルエキセンジン-4を、さらに免疫グロブリンFcとカップリングさせた結合体を製造したことが記載されている(摘記1f)。
そして、引用発明のインスリン分泌ペプチド結合体は、インスリン分泌ペプチドの血中半減期の増加及び生体内活性の維持を同時に極大化するために製造されたものであり(摘記1b)、引用文献1には、引用発明における「インスリン分泌ペプチド結合体」の好適な例が「国際公開番号第WO08/082274号に開示されて」いることが記載されている(摘記1e)。
ここで、上記「国際公開番号第WO08/082274号」のパテントファミリー文献(摘記2a)である引用文献2には、非ペプチド性重合体がインスリン分泌ペプチドのN末端以外のアミノ酸残基に結合され、さらに免疫グロブリンFc領域が結合されるインスリン分泌ペプチド結合体が記載されており(摘記2b)、インスリン分泌ペプチドであるエキセンディン-4又はエキセンデン-4(当審注:いずれも引用発明のエキセンジン-4と同義である。)若しくはその誘導体と、非ペプチド性重合体であるポリエチレングリコール(PEG)及び免疫グロブリンFc領域を用いてインスリン分泌ペプチド結合体を製造した、以下の実施例が記載されている(摘記2c)。

・実施例3:PEGがインスリン分泌ペプチドの27位のリシン残基に連結される「エキセンディン-4(Lys27)-免疫グロブリンFc結合体」

・実施例4:PEGがインスリン分泌ペプチドの27位のリシン残基に連結される「デス-アミノ-ヒスチジル(des-amino-histidyl)エキセンディン-4(Lys27)-免疫グロブリンFc結合体」

・実施例5:PEGがインスリン分泌ペプチドの27位のリシン残基に連結される「ベータ-ヒドロキシ-イミダゾ-プロピオニル(Hydroxy-imidazo-propionyl)エキセンディ-4(Lys27)-免疫グロブリンFc結合体」

・実施例6:PEGがインスリン分泌ペプチドの27位のリシン残基に連結される「イミダゾ-アセチルエキセンディン-4(Lys27)-免疫グロブリンFc結合体」
(当審注:引用文献2の実施例6で用いられた「イミダゾ-アセチルエキセンディン-4」は、引用文献1の実施例1で用いられた「イミダゾアセチルエキセンジン-4」に相当する。)

・実施例7:PEGがインスリン分泌ペプチドの27位のリシン残基に連結される「Ser12変異されたDAエキセンディン-4(Lys27)-免疫グロブリンFc結合体」

・実施例8:PEGがインスリン分泌ペプチドの27位のリシン残基に連結される「Arg12変異されたDAエキセンディン-4(Lys27)-免疫グロブリンFc結合体」

・実施例10:PEGがインスリン分泌ペプチドの27位のリシン残基に連結される「ジメチル-ヒスチジル-エキセンデン-4(Lys27)-免疫グロブリンFc結合体」
なお、引用文献2における「非ペプチド性重合体」は、引用発明における「非ペプチド性リンカー」と同義である。

また、引用文献2には、エキセンジン-4又はその誘導体の27位のリシン残基にPEGが結合されるインスリン分泌ペプチド結合体の血中半減期は、エキセンジン-4単体の血中半減期よりも著しく増加したこと、及びエキセンジン-4又はその誘導体の27位のリシン残基にPEGが結合されるインスリン分泌ペプチド結合体の生体内活性を示すインビトロ力価は、エキセンジン-4のN末端にPEGが結合される「エキセンディン-4(N)-PEG-免疫グロブリンFc結合体」(摘記2cの実施例2で製造された結合体)のインビトロ力価よりも高い値であったことが記載され(摘記2d)、さらに上記「27位のリシン残基にPEGが結合されるインスリン分泌ペプチド結合体」は、生体内活性が比較的高く維持され、かつ血中半減期が著しく増加するので、様々なペプチド薬物の持続型剤形の開発に有用に利用できることが示唆されている(摘記2e)。
そうすると、引用文献1の実施例1でイミダゾアセチルエキセンジン-4のリシン残基にPEGを連結させていること(摘記1f)に加えて、引用文献2の記載を参酌した当業者は、引用発明のインスリン分泌ペプチド結合体として、生体内活性が比較的高く維持され、かつ血中半減期が著しく増加するので、様々なペプチド薬物の持続型剤形の開発に有用に利用できることを期待して、非ペプチジル重合体がインスリン分泌ペプチドの27位のリシン残基に連結されるインスリン分泌ペプチド結合体を用いることを、容易に想到しえたといえる。

イ 相違点2について
引用文献1には、引用発明の治療用組成物は「肥満関連疾患治療活性」を有すること(摘記1b)、及び上記「肥満関連疾患」は、食べ過ぎ、飲みすぎ及び過食症、高血圧、糖尿、増加した血漿インスリン濃度、インスリン耐性、脂質異常症、代謝症侯群、インスリン耐性症侯群、肥満関胃食道逆流、動脈硬化症、高コレステロール血症、高尿酸血症、腰痛、心臓肥大及び左心室肥大、リポジストロフィ、非アルコール性脂肪性肝炎、心血管疾患、多嚢胞性卵巣症候群よりなる群から選ばれることが記載されている(摘記1c)。
ここで、引用文献Aに記載されているように、引用発明における「肥満関連疾患」の一つである「非アルコール性脂肪性肝炎」(当審注:NASHとも称される疾患である。)は、非アルコール性脂肪性肝疾患(当審注:NAFLDとも称される疾患であり「非アルコール性脂肪肝疾患」と同義である。)が進行した病態であること、NAFLD及びNASHは肥満、糖尿病、インスリン抵抗性、脂質異常症等のいわゆるメタボリックシンドロームを背景病態とする肝臓での表現系であり、これらの治療においては、糖尿病やインスリン抵抗性、脂質異常症そして何よりも肥満の改善が重要であること(摘記A1)は、本願優先日当時の技術常識である。
そして、引用文献Aには、NAFLD患者に対しexenatide(合成exendin-4製剤)を投与してNAFLDの改善効果が認められたとする報告があることが記載されているので(摘記A2)、当業者は、引用発明における、エキセンジン-4又はその誘導体を用いて製造されたインスリン分泌ペプチド結合体をNAFLD患者に投与した場合にもNAFLDの改善効果が奏されることを当然に期待するといえる。
加えて、引用文献1には、一般に代表的な肥満又は糖尿病モデル動物であると解されているob/obネズミ(実施例2)、及び一般に代表的な肥満モデル動物であるが代表的な糖尿病モデル動物であるとは解されていないDIOネズミ(実施例3)のいずれにおいても、インスリン分泌ペプチド結合体の投与による体重減少効果が示されたことが記載されているのであるから(摘記1g及び1h)、引用発明におけるインスリン分泌ペプチド結合体は、糖尿を伴う肥満患者及び糖尿を伴わない肥満患者のいずれに投与されても「肥満関連疾患治療活性」を示すものであるといえる。
そうすると、引用発明における「肥満関連疾患」を「糖尿を伴わない肥満患者における非アルコール性脂肪肝疾患」に特定することは、引用発明、並びに引用文献1、2及びAに記載された事項から、当業者が適宜選択し得た事項にすぎない。

ウ 相違点3について
引用文献Aには、GLP-1受容体作動薬であるエキセンジン-4(exendin-4)による肝臓への直接作用について、細胞内のインスリン受容体からのシグナル伝達に重要なAKT及びPDK-1、PKC-ζのリン酸化を促進する作用を有することが記載されており(摘記A3)、上記「PKC-ζのリン酸化を促進する」ことは、本件補正発明における「脂肪分解(Lipolysis)に関与する酵素の活性を調節するPKC-ζ(Protein kinase C-ζ)の活性」を増加させることに相当する。
また、引用文献Aの「肝細胞内GLP-1受容体シグナルの想定図」(摘記A4の「図1」)における「GLUT2合成亢進」という記載は、エキセンジン-4は、肝細胞のGLP-1受容体に結合した後のシグナル伝達によりGLUT2合成を亢進してGLUT2の発現を増加させる作用を有することを意味するものであり、上記「GLUT2の発現を増加させる」ことは、本件補正発明における「脂肪分解に関与するGlut2(グルコース輸送タンパク質2)の発現を増加させる」ことに相当する。
加えて、引用文献Cには、エキセンジン-4を投与した高脂肪食誘発性肥満C57BL / 6JマウスでGLUT2の発現増加が観察されたことが記載されており(摘記C1)、上記「GLUT2の発現増加」が観察されたことは、本件補正発明における「脂肪分解に関与するGlut2(グルコース輸送タンパク質2)の発現」の増加が観察されたことに相当する。
以上のように、エキセンジン-4が、脂肪分解(Lipolysis)に関与する酵素の活性を調節するPKC-ζ(Protein kinase C-ζ)の活性を増加させる作用を有すること及び脂肪分解に関与するGlut2(グルコース輸送タンパク質2)の発現を増加させる作用を有することは、いずれも本願優先日当時の技術常識である。
そうすると、本件補正発明における「インスリン分泌ペプチド薬物結合体が、(i)脂肪分解(Lipolysis)に関与する酵素の活性を調節するPKC-ζ(Protein kinase C-ζ)の活性、及び、(ii)脂肪分解に関与するGlut2(グルコース輸送タンパク質2)の発現を増加させる」という発明特定事項は、上記結合体の製造に用いられた「インスリン分泌ペプチド」であるエキセンジン-4又はエキセンジン-4誘導体が本来有している性質を記載したものにすぎず、上記発明特定事項を付加することにより、本件補正発明における「インスリン分泌ペプチド薬物結合体」の構成がさらに特定されるとはいえないのであるから、上記相違点3は実質的な相違点ではない。

エ 本件補正発明の効果について

(ア)本願明細書の「実施例1:持続型エキセンジン-4のインビトロ活性の測定」(【0069】?【0072】)には、エキセンジン-4(Lys27)-PEG-Fc(エキセンジン-4の27位のリシン残基とFc領域がPEGで連結された結合体)の血中半減期(時間)がエキセンジン-4よりも画期的に延長され、インビトロ力価がエキセンジン-4(N)-PEG-Fc(エキセンジン-4のN末端とFc領域がPEGで連結された結合体)よりも高い値に維持されたことが記載されている(特に下記の【0071】の【表1】を参照。)。
【表1】

しかし、上記【表1】に示された結果は、引用文献2の「実施例14.持続型エキセンディン-4のインビトロ活性の測定」の実験で示された下記【表1】(摘記2d)の結果からみて、格別顕著な効果であるとはいえない。
引用文献2の【表1】


(イ)また、本願明細書の「実施例3:高脂肪食餌で誘発された肥満マウスの肝組織の中性脂肪の蓄積に及ぼす影響 」(【0082】?【0088】、【図2】)では、高脂肪食餌で誘発された肥満マウス(当審注:糖尿を伴わない肥満モデル動物に相当する。)に本件補正発明の持続型エキセンジン-4誘導体(当審注:本願明細書の【0078】に記載の「エキセンジン-4の1位のアミノ酸であるヒスチジンのα炭素を除去したイミダゾアセチル-エキセンジン-4とFc領域がPEGで連結されたCAエキセンジン-4-PEG-Fc結合体」)を投与した群は、投与しなかった群よりも肝組織の中性脂肪濃度が減少したことが示されている。
これに対し、引用文献Aには、GLP-1受容体作動薬exenatide(合成exendin-4製剤)による食欲抑制などを介した体重減少は、少なからずNAFLD改善に寄与したものと考えられるが、体重減少による影響以外の作用が存在することが示唆されている(摘記A2)。加えて、引用文献Aには、脂肪化をきたしたHuh7肝癌細胞に対しインスリン無添加の状態でexendin-4により処理したところ細胞内で増加していたトリグリセリドの量が減少し脂肪肝が改善したこと、及びGLP-1及びGLP-1受容体作動薬による肝細胞への直接作用による肝細胞内での効果について、糖尿病治療の側面だけでなく、脂質代謝を含めたNAFLD,NASH治療に対する詳細な研究結果が期待されることが記載されている(摘記A3)。
そして、引用文献Cに、従来例としてエキセンジン-4の投与によりob/ obマウス(当審注:一般に代表的な肥満又は糖尿病モデルであると解されている動物)のインスリン抵抗性が改善され、肝臓の脂質貯蔵が減少することが知られていたこと(摘記C2)に加えて、高脂肪(HF)食餌誘発性肥満C57BL/6Jマウス(当審注:一般に代表的な肥満モデルであるが代表的な糖尿病モデルであるとは解されていない動物)に対するエキセンジン-4の投与により、HF(高脂肪)によって誘発された脂質の肝臓蓄積及び炎症が改善されたことが記載されている(摘記C1及びC3)ように、エキセンジン-4投与により、糖尿を伴う患者及び糖尿を伴わない患者のいずれに対しても治療効果が奏されることが期待されることは、本願優先日当時に知られていたといえる。
そうすると、エキセンジン-4又はその誘導体を用いて製造されたインスリン分泌ペプチド薬物結合体を有効成分とする本件補正発明の医薬組成物の投与による、本願明細書の実施例3で示された効果は、引用発明、並びに引用文献1、2、A及びCに記載された事項から当業者が予測し得た程度の効果であり、格別顕著な効果であるとはいえない。

オ 請求人の主張について

請求人は、令和1年11月18日提出の手続補正書(方式)及び令和3年3月2日提出の意見書において、以下の(i)?(iii) を根拠として、「糖尿病を伴う患者」と「糖尿病を伴わない患者」への薬による反応は異なり、上記の2つの患者群を区別することは当技術分野における技術常識であったことは明らかであり、引用文献1及び2から予測し得ない、糖尿病を伴わないNASH患者に対するNASH治療効果を有する、本件補正発明の構成に想到することは困難であるという趣旨の主張をしている。

(i)令和1年11月18日提出の手続補正書(方式)に添付して提出された参考文献1(Lancet,2016; 387: 679-690)には、肥満患者(糖尿病患者を含む)には、リラグルチド(すなわちGLP-1類似体)のNASHに対する臨床的エビデンスを示す臨床第2相試験において、リラグルチド投与群がプラセボ群に比べて、肥満の糖尿病患者の主要エンドポイントを満たす一方で、小葉炎症、Kleiner線維症ステージなどの指標では、プラセボ群と同等またはネガティブであったこと(p.683の表2参照。)等が記載されている。

(ii)令和1年11月18日提出の手続補正書(方式)に添付して提出された参考文献2(Current Opinion in Clinical Nutrition and Metabolic Care.,2012 November,15:641-648)には、ビタミンEは糖尿病を患わないNASH患者のみの治療に効果的であり、糖尿病を患うNASH患者の治療には推奨されないことが教示されていること(p.641の「Summary」等参照。)等が記載されている。

(iii)令和3年3月2日提出の意見書に添付して提出された参考文献X(The New England Journal of Medicine,2010; 362:1675-85)には、「Abstract」の項目で、非アルコール性脂肪性肝炎であり糖尿病を伴わない成人247人をランダムに割り当て、ピオグリタゾンを1日30 mgの用量で投与した臨床試験において、糖尿病の成人は、糖尿病を伴わない成人と同じ治療反応を示すかどうかが不明であり、抗糖尿病治療の変更により、糖尿病の被験者と糖尿病を伴わない被験者の両方のデータの分析が混乱する可能性があるため、除外されたこと(p.1676右欄の「STUDY DESIGN」)等が記載されている。

請求人の上記主張について検討する。
そもそも、上記(i)及び(ii)の参考文献1及び参考文献2はいずれも本願優先日(2012年3月9日)よりも後に頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった文献であるから、これらの文献に記載された事項を根拠として本願優先日当時の技術常識を主張することはできない。
また、上記(iii)の参考文献Xには、ピオグリタゾンを糖尿病の成人に投与した場合に、糖尿病を伴わない成人に投与した場合と同じ治療反応を示すかどうかが不明であるという趣旨の記載がある。
しかし、上記参考文献Xには、一般に、非アルコール性脂肪性肝炎又は非アルコール性脂肪肝疾患を治療するために用いられる、ピオグリタゾン以外の薬物についても、糖尿病の成人に投与した場合に、糖尿病を伴わない成人に投与した場合と同じ治療反応を示すかどうかが不明であるといえることが本願優先日当時の技術常識であったという趣旨の記載はない。
そして、一般に、非アルコール性脂肪性肝炎又は非アルコール性脂肪肝疾患を治療するために用いられる薬物は、糖尿病の成人に対する治療効果は奏するが、糖尿病を伴わない成人に対する治療効果は奏さないことが本願優先日当時の技術常識であったともいえない。
加えて、エキセンジン-4又はその誘導体を用いて製造されたインスリン分泌ペプチド薬物結合体を有効成分とする本件補正発明の医薬組成物の投与により本願明細書の実施例3で示された効果が、引用発明、並びに引用文献1、2、A及びCに記載された事項から当業者が予測しえた程度のものであり格別顕著な効果であるとはいえないことは、上記エで説示したとおりである。
よって、請求人の上記主張を参酌しても、上記ア?エで説示した判断に誤りはない。

カ 以上のように、相違点1?3を総合的に勘案しても、本件補正発明の効果は、引用発明、並びに引用文献1、2、A及びCに記載された事項から当業者が予測しえた程度のものであり、格別顕著なものであるとはいえない。

キ したがって、本件補正発明は、引用発明、並びに引用文献1、2、A及びCに記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるので、特許法29条2項の規定により、特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。

3 本件補正についてのむすび

よって、本件補正は、特許法17条の2第6項において準用する同法126条7項の規定に違反するので、同法159条1項の規定において読み替えて準用する同法53条1項の規定により却下すべきものである。
よって、上記補正の却下の決定の結論のとおり決定する。

第3 本願発明について

1 本願発明
令和3年3月2日に提出された手続補正書による補正は、上記「第2」のとおり却下されたので、本願の請求項に係る発明は、令和1年9月27日提出の手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1?17に記載された事項により特定されるものであるところ、その請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は、その請求項1に記載された事項により特定される、上記「第2[理由]1(2)」に記載のとおりのものである。

2 令和2年10月19日付け拒絶理由通知書(最後)
当審から通知した令和2年10月19日付け拒絶理由通知書(最後)における理由1(特許法第29条第2項)の概略は、以下のとおりである。

本願請求項1?17に係る発明は、引用文献1に記載された発明、並びに引用文献1、2及びA?Cに記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
<引用文献一覧>
引用文献1:特表2011-505355号公報
引用文献2:特表2010-515677号公報
引用文献A:日本臨床,2011年,Vol.69,No.5,p.853-858
引用文献B:日本内科学会雑誌,2003年,Vol.92,No.6,p.1104-1109
引用文献C:PLoS ONE, February 2012, Vol.7, Issue 2, e31394, p.1-10

3 引用文献に記載された事項及び引用発明
令和2年10月19日付け拒絶理由通知書(最後)で引用された引用文献1に記載された事項及び引用文献1に記載された発明(引用発明)、並びに引用文献2、引用文献A及び引用文献Cに記載された事項は、上記「第2の[理由]2(2)」に記載したとおりである。

4 対比・判断

本願発明は、前記第2の[理由]2で検討した本件補正発明から「前記インスリン分泌ペプチド薬物結合体が、(i)脂肪分解(Lipolysis)に関与する酵素の活性を調節するPKC-ζ(Protein kinase C-ζ)の活性、及び、(ii)脂肪分解に関与するGlut2(グルコース輸送タンパク質2)の発現を増加させる」という発明特定事項を削除したものである。
そうすると、本願発明の発明特定事項を全て含み、さらに他の発明特定事項を付加したものに相当する本件補正発明が、前記第2の[理由]2(3)及び(4)に記載したとおり、引用発明、並びに引用文献1、2、A及びCに記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本願発明も、引用発明、並びに引用文献1、2、A及びCに記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものである。

第4 むすび
以上のとおり、本願発明は、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないから、他の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶されるべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
別掲
 
審理終結日 2021-04-28 
結審通知日 2021-05-10 
審決日 2021-05-25 
出願番号 特願2017-173062(P2017-173062)
審決分類 P 1 8・ 121- WZ (A61K)
P 1 8・ 575- WZ (A61K)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 小森 潔  
特許庁審判長 滝口 尚良
特許庁審判官 前田 佳与子
鳥居 福代
発明の名称 非アルコール性脂肪肝疾患の予防または治療のための医薬組成物  
代理人 田中 伸一郎  
代理人 山崎 一夫  
代理人 服部 博信  
代理人 小林 真知  
代理人 須田 洋之  
代理人 市川 さつき  
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