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審決分類 |
審判 判定 同一 属さない(申立て成立) A61B |
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管理番号 | 1378791 |
判定請求番号 | 判定2021-600012 |
総通号数 | 263 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許判定公報 |
発行日 | 2021-11-26 |
種別 | 判定 |
判定請求日 | 2021-04-01 |
確定日 | 2021-09-28 |
事件の表示 | 上記当事者間の特許第4736091号の判定請求事件について、次のとおり判定する。 |
結論 | イ号図面及びその説明書に示す「骨切術用開大器」は、特許第4736091号発明の技術的範囲に属しない。 |
理由 |
第1 請求の趣旨と手続の経緯 本件判定請求の趣旨は、イ号図面及び説明書に示す開大器(以下「イ号物件」という。)が、特許第4736091号発明の技術的範囲に属しない、との判定を求めるものである。 本件に係る手続の主な経緯は、以下のとおりである。 出願日 平成18年 6月30日(特願2006-180893号) 登録日 平成23年 5月13日(特許第4736091号) 判定請求 令和 3年 4月 1日 手続補正 令和 3年 6月 3日 答弁書 令和 3年 6月25日 第2 本件特許発明 1 本件特許発明 本件特許第4736091号の特許請求の範囲の請求項1に係る発明(以下「本件特許発明」という。)は、本件特許請求の範囲、明細書及び図面(以下「本件特許明細書等」という。)の記載からみて、本件特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定されるとおりのものであり、これを符号を付して構成要件に分説すると、次のとおりである。 A 変形性膝関節症患者の変形した大腿骨または脛骨に形成された切込みに挿入され、該切込みを拡大して移植物を挿入可能なスペースを形成する骨切術用開大器であって、 B 先端に配置されたヒンジ部により相対的に揺動可能に連結された2対の揺動部材と、 C これら2対の揺動部材をそれぞれヒンジ部の軸線回りに開閉させる2つの開閉機構とを備え、 D 前記2対の揺動部材が、前記ヒンジ部の軸線方向に着脱可能に組み合わせられており、 E 前記2対の揺動部材の一方に、他方の揺動部材と組み合わせられたときに、該他方の揺動部材に係合する係合部が設けられている骨切術用開大器。 2 本件特許明細書等の記載 本件特許明細書等の発明の詳細な説明には、本件特許発明の課題、解決手段、作用効果及び実施形態について、次の記載がある。 (1)「【背景技術】 【0002】 従来、変形性膝関節症患者の変形した大腿骨または脛骨の角度を矯正するために高位脛骨骨切術が行われている(例えば、特許文献1および特許文献2参照。)。この高位脛骨骨切術は、変形性膝関節症患者の膝関節の一方を構成する脛骨の上部から楔形状の骨片を切除し、その切除面どうしを接合するものである。一方、高位脛骨骨切術として、膝関節を構成する大腿骨または脛骨に骨鋸を用いて切込みを形成し、該切込みを矯正角度まで拡大する方法もある。 【特許文献1】特開2002-65682号公報 【特許文献2】特開2004-298259号公報」 (2)「【発明が解決しようとする課題】 【0003】 大腿骨または脛骨に設けた切込みを拡大する方法の場合には、拡大されて形成されたスペースに移植骨や人工骨を挿入するために、挿入の際に切込みを拡大された状態に維持しておく必要がある。 しかしながら、拡大器を用いて切込みを拡大した場合には、拡大器が移植骨や人工骨等の移植物の挿入の妨げとなる。また、挿入時に拡大器を切込みから取り外した場合には、切込みが拡大された状態に維持されず、閉じてしまって移植物の挿入が困難になるという不都合がある。 【0004】 本発明は上述した事情に鑑みてなされたものであって、切込みを拡大した状態に維持しつつ、移植物の挿入を容易にすることができる骨切術用開大器を提供することを目的としている。」 (3)「【課題を解決するための手段】 【0005】 上記目的を達成するために、本発明は以下の手段を提供する。 本発明は、変形性膝関節症患者の変形した大腿骨または脛骨に形成された切込みに挿入され、該切込みを拡大して移植物を挿入可能なスペースを形成する骨切術用開大器であって、先端に配置されたヒンジ部により相対的に揺動可能に連結された2対の揺動部材と、これら2対の揺動部材をそれぞれヒンジ部の軸線回りに開閉させる2つの開閉機構とを備え、前記2対の揺動部材が、前記ヒンジ部の軸線方向に着脱可能に組み合わせられており、前記2対の揺動部材の一方に、他方の揺動部材と組み合わせられたときに、該他方の揺動部材に係合する係合部が設けられている骨切術用開大器を提供する。 【0006】 本発明によれば、変形性膝関節症患者の変形した大腿骨または脛骨に形成された切込みに、組み合わせた状態の2対の揺動部材を先端のヒンジ部側から挿入し、開閉機構を作動させて揺動部材を相対的に開く方向にヒンジ部の軸線回りに揺動させることにより、切込みの切断面を揺動部材により押圧して切込みを拡大することができる。このとき、組み合わせられた2対の揺動部材により広い面積で切込みの切断面を押圧するので、切断面に対する接触圧力を分散して低減し、切断面を損傷させることなく拡大することができる。 【0007】 また、切込みが拡大された後には、一方の開閉機構を作動させて、いずれか一対の揺動部材を閉じる方向にヒンジ部の軸線回りに揺動させる。これにより、残りの一対の揺動部材により切込みを拡大した状態に維持しつつ、閉じられた一対の揺動部材を取り外して、切込みに移植物を挿入可能なスペースを確保することができる。そして、移植物を挿入した後には、残りの一対の揺動部材を閉じる方向にヒンジ部の軸線回りに揺動させることにより、挿入された移植物により、切込みを拡大した状態に維持しつつ、閉じられた揺動部材を取り外して、移植物を挿入可能なスペースを確保する。これにより、拡大された切込みの全体に移植物を容易に挿入することが可能となる。 また、係合部が設けられている側の一対の揺動部材に備えられた開閉機構を作動させて、当該一対の揺動部材を相互に開いていくと、係合部が他方の揺動部材に係合して押圧するようになる。したがって、一方の開閉機構のみを操作することにより、2対の揺動部材を同時に開いていくことが可能となり、切込みの拡大作業を容易にすることができる。」 (4)「【発明の効果】 【0012】 本発明によれば、切込みを拡大した状態に維持しつつ、移植物の挿入を容易にすることができるという効果を奏する。」 (5)「【発明を実施するための最良の形態】 【0013】 本発明の一実施形態に係る骨切術用開大器1について、図1?図6を参照して以下に説明する。 本実施形態に係る骨切術用開大器1は、図1および図2に示されるように、第1,第2の2対の揺動部材2a,2b,3a,3bと、該揺動部材2a,2b,3a,3bを開閉させる第1,第2の開閉機構4,5とを備えている。」 (6)「【0017】 第1対の揺動部材2a,2bに設けられている第1の開閉機構4は、図1に示されるように、一方の揺動部材2aに形成されたネジ孔11と、これに締結される押しネジ12とにより構成されている。押しネジ12の先端は半球形に形成され、2つの揺動部材2a,2bの相対角度が変化しても、揺動部材2bに安定して接触することができるようになっている。」 (7)「【0019】 第2対の揺動部材3a,3bに設けられている第2の開閉機構5は、図4に示されるように、各揺動部材3a,3bに、開閉方向に沿って貫通形成された貫通孔15と、該貫通孔15の長手方向の途中位置に配置され、前記ヒンジ部7の軸線に平行な軸線回りに回転自在に支持されたコマ部材16と、該コマ部材16に設けられたネジ孔16aを貫通して締結されるボルト部材17とを備えている。ボルト部材17の雄ネジは、長手方向の中央において方向が逆転している。ボルト部材17の逆ネジの関係にある各雄ネジが、各揺動部材3a,3bに設けられた前記コマ部材16のネジ孔16aに締結されている。」 (8)「【0025】 楔形部8が十分に切込み内に挿入された状態で、打撃ブロック19を取り外し、図5に示されるように、第2の開閉機構5を構成しているボルト部材17を長手軸回りに一方向(例えば、右回り)に回転させる。ボルト部材17には逆ネジの関係の雄ネジが設けられ、各雄ネジは2つのコマ部材16のネジ孔16aにそれぞれ締結されているので、ボルト部材17を長手軸回りに一方向に回転させることで、コマ部材16をボルト部材17の長手軸方向に沿って相対的に離れる方向に移動させることができる。 【0026】 これにより、コマ部材16が取り付けられている第2対の揺動部材3a,3bのヒンジ部7の軸線回りの相対角度が拡大されていく。このとき、第2対の揺動部材3a,3bとボルト部材17との相対角度も変化するが、コマ部材16は、各揺動部材3a,3bにヒンジ部7の軸線と平行な軸線回りに回転自在に設けられているので、各コマ部材16の回転により、2つのコマ部材16のネジ孔16aにボルト部材17の雄ネジが締結された状態に維持される。 【0027】 この場合において、本実施形態に係る骨切術用開大器1によれば、第2対の揺動部材3a,3bに設けられた突起9が第1対の揺動部材2a,2bに設けられた凹部10の内側面10a接触するように嵌合されているので、第2対の揺動部材3a,3bの第2の開閉機構5を操作して当該第2対の揺動部材3a,3bを開いていくだけで、突起9および凹部10を介して第1対の揺動部材2a,2bも一体的に開かれていくことになる。したがって、切込みの拡大作業が容易である。」 (9)「【0029】 次に、移植物を挿入するための十分なスペースが確保されるまで、切込みが拡大された状態で、第1の開閉機構4を構成する押しネジ12を長手軸回りに回転させて、図6に示されるように、押しネジ12の先端を他方の揺動部材2bに接触させる。これにより、当該第1の開閉機構4が設けられている第1対の揺動部材2a,2bもそれ自体で開いた状態に維持されるようになる。 【0030】 この状態で、前記第2の開閉機構5のボルト部材17を、前記とは逆方向に回転させる。これにより、第2対の揺動部材3a,3bが閉じる方向に変位させられる。このとき、凹部10とその内側面10aに接触していた突起9との係合が解除され、第2対の揺動部材3a,3bのみが閉じられる。第1対の揺動部材2a,2bは第1の開閉機構4の作動により開いた状態に維持されているので、第2対の揺動部材3a,3bが閉じられても、切込みは第1対の揺動部材2a,2bによって開かれた状態に支持される。」 第3 イ号物件 1 請求人による特定 請求人は、イ号図面及びその説明書として、特許第6616039号公報(甲第2号証。以下「甲2」という。)を提出し、イ号物件を、判定請求書にて本件特許発明の分説に合わせ、次のように特定している。なお、イ号物件の構成の符号は、当審により付与したものである。 a 変形性膝関節症患者の変形した大腿骨または脛骨に形成された切込みに挿入され、該切込みを拡大して移植物を挿入可能なスペースを形成する骨切術用開大器であって、 b 先端に配置されたヒンジ部により相対的に揺動可能に連結された2対の揺動部材と、 c これら2対の揺動部材の一方をヒンジ部の軸線回りに開閉させる1つの開閉機構とを備え、 d 前記2対の揺動部材が、前記ヒンジ部の軸線方向に着脱可能に組み合わせられており、 e 前記2対の揺動部材の一方に、他方の揺動部材と組み合わせられたときに、該他方の揺動部材に係合する係合部が最基端部に設けられている骨切術用開大器。(判定請求書3頁24行?4頁7行) 前記構成cに関して、判定請求書には、次の記載がある。 「C.の説明 イ号物件は、甲第2号証の図1に示されている通り、『第1のブレード2A』のみに、本件特許発明における『開閉機構』に相当する『角度調整部材4A』が設けられており、『第2のブレード2B』には、本件特許発明における『開閉機構』に相当する部材が設けられていない。そのため、『第1のブレード2A』と『第2のブレード2B』は同時に同じ動きをすることによってしか開閉できない。従って、イ号物件において、本件特許発明における『開閉機構』に相当するものは1個しかなく、また、第1のブレード2Aと第2のブレード2Bは、ヒンジ部の軸線回りに『それぞれ』開閉可能ではない。」(判定請求書4頁8?16行) 前記構成eに関して、判定請求書には、次の記載がある。 「E.の説明 イ号物件は、係合部が最基端(本件特許発明における『後端』)に設けられていることにより、他にさらなる操作を要することなく第2のブレードを基端側に抜去することが可能となっている。」(判定請求書4頁17?20行) また、イ号物件に関して、請求人が引用する甲2の段落【0027】及び図1の記載は、次のとおりである。(判定請求書4頁9行、8頁6行) 「【0027】 第2のブレードを閉じる動作を行えないか又は殆ど行うことができないような矯正角度の小さい症例においては、第2のブレードが回動角度を調整する機構を備えていなくても、第2のブレードの取り外し時に第2のブレードが意図せず急激に閉じてしまうリスクは小さいと考えられる。従って、そのような症例において本発明の開骨器具を用いることは、第1のブレード又は第2のブレードのいずれかを開閉するといった余分な操作手順を減らすというメリットを享受しながら、第2のブレードが意図せず閉じるというリスクがあるというデメリットを回避することができるため、本発明の特に好ましい実施形態であるといえる。」 2 被請求人によるイ号物件の特定 被請求人は、請求人によるイ号物件の特定(前記1)に関して、構成a、構成b、構成d及び構成eについては認めるが、構成cについては一部正確でないから争うとしている(答弁書2頁18?19行)。この点、答弁書には、次の記載がある。 「しかし、イ号物件においては、2対の揺動部材は、いずれも(2つとも)ヒンジ部の軸線回りに開閉するようになっているから、この点に関する請求人の対比は不正確である。本件特許発明に対応させるイ号物件の構成は、『C これら2対の揺動部材の一方はヒンジ部の軸線回りに開閉させる開閉機構とを備え、他方はヒンジ部の軸線回りに開閉可能となっており』とすべきである。」(答弁書3頁12?17行) 第4 当事者の主張 1 請求人の主張 (1)構成要件A、B、D及びEについて イ号物件の構成a、構成b、及び構成dについては、それぞれ、本件特許発明の構成要件A、B、及びDと一致する。また、イ号物件の構成eについては、係合部が最基端(後端)に設けられていることにおいて、本件特許発明の好ましい実施形態とは相違するが、本件特許発明の構成要件Eとの関係では下位概念である。したがって、イ号物件の構成eは、本件特許発明の構成要件Eと一致する。(判定請求書4頁21行?5頁最下行) (2)構成要件Cについて イ号物件の構成cは、開閉機構の数が1個のみである点、及び、2対の揺動部材が「それぞれ」開閉できない点において、本件特許発明の構成要件Cを充足しない。(判定請求書5頁下から12?8行) (3)イ号物件が本件特許発明と均等なものではないこと イ号物件は、次のとおり、本件特許発明の均等の範囲にも属しない。(判定請求書6頁1?4行) ア 第1要件 本件特許発明の開大器では、2つの開閉機構により、2対の揺動部材を「それぞれが独立して」開閉させることができる。2対の揺動部材が独立して開閉させられることにより、第2の開閉機構を閉じて「第2対の揺動部材」が閉じられた後にも、第2の開閉機構とは独立した第1の開閉機構により、「第1対の揺動部材」が開かれた状態を維持し、「第1対の揺動部材」と「第2対の揺動部材」とを分離できることとなる(本件特許明細書等【0029】【0030】)。 したがって、本件特許発明において、「2つの開閉機構」は、このような骨の切込みの拡大と維持において意味のある構成であり、貢献しているといえるので、本件特許発明の本質的部分である。(判定請求書6頁5?17行) イ 第2要件 (ア)本件特許発明の作用効果 本件特許発明の作用効果は、明細書の課題や効果の欄等によれば、変形性膝関節症患者の変形した脛骨等の角度を矯正するための高位脛骨骨切術において、切込みに移植物を挿入するために、切込みを拡大し、切込みを拡大した状態に維持しつつ、移植物の挿入を容易にすることである。そして、2個の開閉機構がない場合には、かかる作用効果を奏することができない。 すなわち、第2の開閉機構5は、連結された状態の2対の揺動部材を同時に開く機能と、2対の揺動部材の一方を閉じることにより、2対の揺動部材の連結状態を解除する機能を有する。また、第1の開閉機構4は、2対の揺動部材の連結状態が解除された後に、2対の揺動部材の他方を開いた状態に維持する機能を有する(本件特許明細書等【0013】【0017】【0019】【0025】?【0027】【0029】?【0030】)。 仮に、第1の開閉機構4又は第2の開閉機構5のいずれかをなくしてしまえば、2対の揺動部材の一方のみを閉じることが不可能となり、したがって、一方のみを閉じることによって2対の揺動部材の連結状態を解除するという操作が不可能になる。 そのような操作が不可能となれば、本件特許発明としてもはや機能し得ないから、本件特許発明の請求項1に「2つの開閉機構とを備え」るという要件を記載したのである。本件特許発明による作用効果を奏するためには、2個の開閉機構が必須であると考えられる。(判定請求書6頁19行?8頁5行) (イ)イ号物件の作用効果との対比 イ号物件は、最初に抜去される第2のブレードは開かれた状態を維持することができないため、意図せず急激に閉じてしまう可能性があることから、矯正角度が小さい比較的軽症の患者であれば問題なく使用できるとしても、矯正角度が大きい重症の患者にはリスクが生じる(甲2・【0027】)。つまり、イ号物件は、2対の揺動部材を独立して開閉できないことに起因して、好適に適用できる患者の範囲が異なる。好適に適用できる患者の範囲が異なるから、イ号物件の作用効果と本件特許発明の作用効果が同一であると評価することはできない。(判定請求書8頁6?13行) ウ 第3要件 イ号物件は、第2の連結部材を第2のブレードの最基端に位置させることにより、他の操作を行うことなく、後端側(基端側)に第2ブレードをスライドさせて分離できる構造とした上で、1個の角度調整部材を、留置され、後で抜去される第1のブレードに設ける構成により、角度調整部材が1個しかなくても開大器として機能し得る構成となっている。 しかし、本件特許明細書等には、そのような構成が開示されておらず、「開閉機構」が1個でも本件特許発明の開大器が機能し得る構成について、何ら開示も示唆もされていない。また、甲2の出願時に、そのようなことが記載ないし示唆された文献等も存在しない。 また、2個の開閉機構が必須であるとする本件特許発明の開大器に触れた当業者は、その作用効果(最初に抜去される第2のブレードが開かれた状態を維持できること、より広い範囲の患者に適用できること)を失ってまで、1個のみの開閉機構を有するように、本件特許発明の開大器を改変するように動機付けられることはない。 したがって、本件特許発明とイ号物件の相違点は、イ号に関する特許出願の出願時に当業者が容易に想到できたものではない。(判定請求書8頁15行?9頁5行) エ 第4要件 構成要件Cと構成cの点に相違点を有するイ号物件は、本件特許発明の出願時に公知文献等から当業者が容易に推考できたものではない。(判定請求書9頁5?7行) オ 第5要件 本件特許発明の審査の手続において、開閉機構の数が1個のみであるものを意識的に除外するような別段の手続自体は行われていない。しかし、常識的に考えれば、本件特許発明の発明者らは、本件特許発明の開発を行った際に「開閉機構」の数について検討を行い、0個でも1個でも装置として十分に機能し得ないという結論を出し、出願時の請求項1に「2個の開閉機構」が必須であると記載としたと考えられる。そのような経緯で2個の開閉機構が必要と記載したにもかかわらず、1個の開閉機構しか有しないものについてまで均等の範囲に含まれるとするのは、均等論の趣旨から許されない。 また、本件特許明細書等は、「開閉機構」が1個でも本件特許発明の開大器が機能し得るような構成が何ら開示も示唆もされておらず、特許法の趣旨を考えれば、かかる開大器について特許権による保護が与えられるとするのは許されない。(判定請求書9頁8行?最下行) 2 被請求人の主張 (1)構成要件A、B、D及びEについて イ号物件が、本件特許発明の構成要件A、B、D及びEを充足することについては、請求人自身が認めているので、その主張を援用する。(答弁書2頁下から3?1行) (2)構成要件Cについて 本件特許発明の構成要件Cについて、イ号物件の開閉機構が「1つ」であって、本件特許発明の「2つの開閉機構」を充足しないことは認める。(答弁書3頁1?2行) (3)イ号物件は本件特許発明と均等なものであること イ号物件は、「2つの開閉機構」を備えない点において、本件特許発明の構成要件Cを文言上充足しないが、本件特許発明とイ号物件の相違点に係る構成は、(1)本件特許発明の本質的部分ではなく、(2)置換可能であり、(3)置換が容易であって、(4)公知技術から容易に推考できたものではなく、また、(5)意識的除外等の特段の事情はないから、本件特許発明と均等なものとして、本件特許発明の技術的範囲に属する。(答弁書4頁5?10行) 具体的には、次のとおりである。 ア 本件特許発明 本件特許明細書における、本件特許発明の属する技術分野、背景技術及び課題等についての記載(【0001】?【0007】【0012】)によれば、本件特許発明は、請求人自身が言及している東京地裁平成29年(ワ)第18184号事件判決(乙第1号証。以下「乙1判決」という。)が認定しているとおり、 「(1)変形性膝関節症患者の変形した大腿骨又は脛骨に形成された切込みに挿入され、当該切込みを拡大して移植物を挿入可能なスペースを形成する骨切術用開大器を技術分野とするものであり、(2)拡大器を用いて切込みを拡大した場合、拡大器が移植物の挿入の妨げとなり、また、挿入時に拡大器を取り外した場合、切込みが拡大された状態が維持されず、移植物の挿入が困難となるという課題を解決するため、(3)請求項1及び2にかかる構成を採ることにより、2対の揺動部材で切込みを拡大した後、一対の揺動部材を閉じ、一対の揺動部材により切込みを拡大した状態に維持しつつ、閉じられた一対の揺動部材を取り外して、切込みに移植物を挿入可能なスペースを確保することを可能にし、(4)これにより、切込みを拡大した状態を維持しつつ、移植物の挿入を容易にすることができるという効果を奏する」(乙1判決30頁「本件発明の意義」からの引用。当審による注釈:乙1判決中の丸囲みの数字の「1」ないし「4」は、当審により「(1)」ないし「(4)」に置換した。) ものである。(答弁書4頁11行?7頁1行) イ 本件特許発明の技術的特徴部分 乙1判決は、「本件発明において従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分は、開閉可能な2対の揺動部材を着脱可能に組み合わせるとともに、揺動部材が組み合わされた状態で一方の部材が他方の部材に係合するための係合部を設け、これにより、2対の揺動部材が同時に開くことを可能にするとともに、2対の揺動部材で切込みを拡大した後には、一方の揺動部材によりその拡大状態を維持しつつ、閉じられた他方の揺動部材を取り外して、移植物の挿入可能なスペースを確保して移植物の挿入を容易にする点にあるというべきである」と判示している(乙1判決36、37頁。下線は被請求人による。) すなわち、本件特許発明は、次の3つの機能を実現した構成を特徴とするものである。 (1) 着脱自在に組み合わされる2対の揺動部材に係合部を設けた構成により、2対の揺動部材が同時に開くようになっていること(同時に開く機能) (2) 切込みを拡大した後は、一方の揺動部材の拡大状態を維持すること(拡大状態維持機能) (3) 切込みの拡大状態を維持したままで、他方の一対の揺動部材を取り外せること(これにより取り外したところに挿入スペースを確保できる)(一方の取り外し可能機能) このうち、(1)の機能は、「係合部」構成によって実現され、(2)の機能は、一方の対の揺動部材に設けた開閉機構で実現され、(3)の機能は、取り外しの際に、他方の一対の揺動部材の開き幅を狭めることが可能なように「揺動部材の一方をヒンジ部の軸線回りに開閉」できる機構(揺動機構)によって実現される。 (3)の機能に関しては、一方の揺動部材に設けた開閉機構で拡大状態を維持したままで、他方の一対の揺動部材の開き幅を小さくすることができれば足り、これは、他方の一対の揺動部材がヒンジ部の軸線回りに開閉自在な構成になっていれば足りるのであって、他方の一対の揺動部材の開き幅を小さくすることを独立した「開閉機構」(押しネジやボルト部材)によって行うか、それ以外の方法で行うかは、本件特許発明の特有の技術思想を構成する特徴的部分ではない。 この点については、前記のとおり、乙1判決も、閉じられる側の揺動部材を閉じる開閉機構を本件特許発明の本質的部分に含めていない。(答弁書7頁2行?8頁6行) ウ イ号物件は均等の要件を充足すること (ア)本件特許発明とイ号物件の相違点 本件特許発明とイ号物件の相違点は、いずれもがヒンジ部の軸線回りに開閉可能(揺動可能)な2対の揺動部材において、「開閉機構が2つか1つか」(両方の揺動部材のそれぞれに開閉機構が設けられているか、片方のみに設けられているか)という点のみである(以下「本件相違点」という。)。(答弁書3頁下から3行?4頁2行、8頁8行?9頁11行) (イ)第1要件 a 本件相違点は発明の本質的特徴部分ではないこと 本件特許発明の本質的特徴部分は、乙1判決の前記イの説示のとおりであり、ヒンジ部の軸線回りに開閉可能(揺動可能)な揺動部材の「開閉機構が2つか1つか」という点(本件相違点)は、本件特許発明の本質的特徴部分ではない。 そして、イ号物件は、構成a?eを備えることにより、(1)係合部により2対の揺動部材が係合した状態において2対の揺動部材が同時に開くことを可能にし、(2)2対の揺動部材で切込みを拡大した後には、一方の揺動部材により切込みを拡大した状態に維持しつつ、(3)閉じられた他方の揺動部材を取り外して、移植物の挿入可能なスペースを確保して移植物の挿入を容易にするものである。 以上のとおり、イ号物件は、本件特許発明とその特徴的な技術的思想を共有し、同様の効果を奏するものである。したがって、イ号物件は、均等の第1要件を充足する。(答弁書9頁13行?10頁2行) b 請求人の主張に対して 「2つの開閉機構」は、骨の切込みの拡大と維持のための必要条件ではない。すなわち、(1)同時に開く機能と(2)拡大状態維持機能は、(1)の機能が終了した後に、(2)の機能が働くのであるから、これらを1つの開閉機構に担わせることも可能である。また、(2)の機能が働いた状態で、(3)一方の取り外し可能機能を実現するためには、当該一方の揺動部材を閉じることが必要であるが、当該閉じる動作は骨の切込みからの力に対抗する必要はないので、開閉機構を用いなくとも可能である。このように、(1)?(3)の機能の実現に「2つの開閉機構」は必須ではない。(答弁書10頁3?23行) (ウ)第2要件 a イ号物件は置換可能性の要件を満たすこと 前記(イ)aのとおり、本件特許発明の「2つの開閉機構」の構成を、イ号物件の「開閉機構」の構成に置き換えても、本件特許発明と同様の作用効果を奏し、本件特許発明の目的を達成することができる。 このことは、甲2の記載自体からも明らかである。すなわち、甲2の【0080】及び【0082】には、(1)の機能に関して、角度調整部材4A(開閉機構)の操作により、第1のブレード2A(一方の揺動部材)を開くと、第1のブレード2Aに連結された第2のブレード2B(他方の揺動部材)も連動して開くことが、同【0083】及び【0084】には、(3)の機能に関して、第1の連結部材5(係合部)の離脱操作により、第1のブレード2Aと第2のブレード2Bの係合状態が解除されて、第2のブレード2Bの開きを小さくでき、第2のブレード2Bを容易に抜き出すことができることが、同【0087】には、(2)の機能に関して、第2のブレード2Bが除去された後も、第1のブレード2Aが挿入されたままであることにより、切込みを拡大した状態を維持できることが、同【0088】から【0090】には、人工骨を挿入した後に、角度調整部材4A(開閉機構)を操作して、第1のブレード2Aを閉じ、挿入された人工骨により骨の切込みの拡大状態は維持されることが、それぞれ記載されている。 なお、甲2の段落【0026】の記載(第2の長尺体同士の回動角度を調整する機構を備えていないという構成要件は必須ではない)は、本件特許発明とイ号物件の作用効果の同等性を裏付けるものである。 よって、イ号物件は、均等の第2要件を充足する。(答弁書10頁下から3行?13頁下から3行) b 請求人の主張に対して 請求人の主張は、揺動部材を閉じる際に、一方の揺動部材を閉じていくと、他方の揺動部材との係合が自動的に解除されるとの点も本件特許発明の作用効果に含まれるという独自の解釈を前提にするものであるところ、この点については、乙1判決の認定(39頁)にも反する主張である。イ号物件に関する請求人の主張については、イ号物件と本件特許発明とで共通する作用効果は、前記aのとおりであるから、適用対象とする症状の範囲は、これに全く関係がないことは明らかである。(答弁書13頁下から2行?15頁5行) (エ)第3要件 a 置換容易であること 2対の揺動部材で切込みを拡大した後に、一方の揺動部材によりその拡大状態を維持するための開閉機構に、2対の揺動部材が同時に開くために使用する開閉機構を用いるか、これとは別の開閉機構を設けるかは、当業者が適宜選択し得る設計的事項である。以上のとおり、イ号物件は、当業者が適宜選択できる程度の変更にすぎず、当業者が容易に想到できたものであって、均等の第3要件を充足する。(答弁書15頁7?19行) b 請求人の主張に対して 本件特許発明の「2つの開閉機構」の構成を、請求人のいうイ号物件の構成(構成(1):第2の連結部材を第2のブレードの最基端に位置させる構成、構成(2):1個しか存在しない角度調整部材を、留置された後で抜去される第1のブレードに設ける構成)に置き換えることについて、本件特許明細書等に開示又は示唆がないとしても、そのことから直ちにイ号物件の製造時において当業者が容易に想到し得ないということはできない(乙1判決40頁参照)。 なお、構成(1)は、請求人自ら本件特許発明の構成要件Eと一致すると認めている構成であり、置換容易性の判断対象ではない。また、構成(2)については、切込みの維持という目的に照らせば、当業者にとっては自明である。さらに、本件特許発明の作用効果に含まれない、創作された作用効果(広い範囲の患者に適用できること)がイ号物件に欠けているか否かは、置換容易性の判断とは無関係の事柄である。(答弁書15頁20行?17頁3行) (オ)第4要件 イ号物件は、本件特許発明の構成とはわずかに相違し、本件特許発明と同じ顕著な作用効果を奏するものであるから、本件特許発明と同様に、本件特許出願時に公知文献等から当業者が容易に想到できたものではない。したがって、イ号物件は、均等の第4要件を充足する。 なお、イ号物件が均等の第4要件を充足することは、請求人も認めており、本要件の充足性について請求人と被請求人との間に争いはない。(答弁書17頁4?13行) (カ)第5要件 請求人も認めているとおり、本件特許の審査手続において、開閉機構の数が一つのみであるものを意識的に除外するような別段の手続は行われていない。また、本件特許明細書においても、開閉機構の数が1つのみであるものを除外する記載はない。したがって、イ号物件の開閉機構が1つのみの構成は、被請求人が意識的に除外したものではない。(答弁書17頁14行?18頁下から3行) 第5 当審の判断 1 当審によるイ号物件の特定 当事者の主張を踏まえ、当審は、イ号物件を次のように特定する。 [イ号物件] a 変形性膝関節症患者の変形した大腿骨または脛骨に形成された切込みに挿入され、該切込みを拡大して移植物を挿入可能なスペースを形成する骨切術用開大器であって、 b 先端に配置されたヒンジ部により相対的に揺動可能に連結された2対の揺動部材を備え、 c これら2対の揺動部材の一方にのみヒンジ部の軸線回りに開閉させる1つの開閉機構を備え、前記2対の揺動部材の他方はヒンジ部の軸線回りに開閉可能となっており、 d 前記2対の揺動部材が、前記ヒンジ部の軸線方向に着脱可能に組み合わせられており、 e 前記2対の揺動部材の一方に、他方の揺動部材と組み合わせられたときに、該他方の揺動部材に係合する係合部が最基端部に設けられている骨切術用開大器。 2 本件特許発明との対比・判断 (1)構成要件の充足性について ア 構成要件A、B、D及びEの充足性 イ号物件の構成a、b及びdは、それぞれ、本件特許発明の構成要件A、B及びDを充足する。 また、イ号物件の構成eは、係合部が最基端に設けられている点において、本件特許発明の構成要件Eとの関係では下位概念となるから、本件特許発明の構成要件Eを充足する。 イ 構成要件Cの充足性 イ号物件の構成cは、他方の揺動部材に開閉機構を備えておらず、開閉機構は「1つ」のみであるから、本件特許発明の構成要件Cの「2対の揺動部材をそれぞれ」「開閉させる2つの開閉機構」を充足しない。 ウ 構成要件の充足性についてのまとめ 以上のとおりであるから、イ号物件は、本件特許発明の構成要件Cを充足しない。 (2)均等論について 当事者の主張を踏まえ、本件特許発明とイ号物件とが構成上異なる部分につき、最高裁判決(最高裁平成10年2月24日第三小法廷判決(最高裁平成6年(オ)第1083号))や知財高裁大合議判決(知財高裁平成28年3月25日判決(知財高裁平成27年(ネ)第10014号))が判示する次の5つの要件にしたがって、均等論適用の可否について検討する。 (第1要件)特許請求の範囲に記載された構成中のイ号と異なる部分が特許発明の本質的な部分ではない(発明の本質的な部分)。 (第2要件)前記異なる部分をイ号のものと置き換えても特許発明の目的を達成することができ、同一の作用効果を奏する(置換可能性)。 (第3要件)前記異なる部分をイ号のものと置き換えることが、イ号の実施の時点において当業者が容易に想到することができたものである(置換容易性)。 (第4要件)イ号が特許発明の出願時における公知技術と同一又は当業者が公知技術から出願時に容易に推考できたものではない(自由技術の除外)。 (第5要件)イ号が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外される等の特段の事情がない(禁反言:出願等の経緯の参酌)。 ア 本件特許発明とイ号物件の相違点 本件特許発明とイ号物件との相違点は、本件特許発明では、2対の揺動部材をそれぞれ開閉させる2つの開閉機構を備えるのに対し、イ号物件では、揺動部材を開閉させる開閉機構が2対の揺動部材の一方のみに設けられている点にある(答弁書9頁参照)。 イ 第1要件について (ア)基本的な考え方 a 知財高裁大合議判決(知財高裁平成28年3月25日判決)の判示事項 第1要件(本質的部分)の意義については、同判決において、次のとおり判示されている。 (a)「特許法が保護しようとする発明の実質的価値は、従来技術では達成し得なかった技術的課題の解決を実現するための、従来技術に見られない特有の技術的思想に基づく解決手段を、具体的な構成をもって社会に開示した点にある。したがって、特許発明における本質的部分とは、当該特許発明の特許請求の範囲の記載のうち、従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分であると解すべきである。」 (b)「そして、上記本質的部分は、特許請求の範囲及び明細書の記載に基づいて、特許発明の課題及び解決手段…とその効果(目的及び構成とその効果。…)を把握した上で、特許発明の特許請求の範囲の記載のうち、従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分が何であるかを確定することによって認定されるべきである。…特許発明の本質的部分は、特許請求の範囲及び明細書の記載、特に明細書記載の従来技術との比較から認定されるべきであ…る。」 (c)「ただし、明細書に従来技術が解決できなかった課題として記載されているところが、出願時(又は優先権主張日。…)の従来技術に照らして客観的に見て不十分な場合には、明細書に記載されていない従来技術も参酌して、当該特許発明の従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分が認定されるべきである。」 (d)「また、第1要件の判断、すなわち対象製品等との相違部分が非本質的部分であるかどうかを判断する際には、特許請求の範囲に記載された各構成要件を本質的部分と非本質的部分に分けた上で、本質的部分に当たる構成要件については一切均等を認めないと解するのではなく、上記のとおり確定される特許発明の本質的部分を対象製品等が共通に備えているかどうかを判断し、これを備えていると認められる場合には、相違部分は本質的部分ではないと判断すべきであり、対象製品等に、従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分以外で相違する部分があるとしても,そのことは第1要件の充足を否定する理由とはならない。」 b 前記aを踏まえた本件における検討の考え方 前記aの第1要件の意義を前提とすれば、(1)特許発明における課題の解決原理と(2)特許発明の構成と対象製品等の構成との相違点を認定し、(3)当該相違点が当該解決原理と抵触するか否かを判断し、抵触しなければ第1要件を充足し、抵触すれば第1要件を充足しないと判断することになると考えられる。 ここで、本件特許発明については、既に、乙1判決において同発明の本質的部分が判示されているところではあるが、同判決においては、本件特許発明と被告製品との相違点とはならなかった開閉機構については、本件発明の本質的部分であるか否かは明らかにされていないため、本件においては、乙1判決の判示を踏まえつつ、更に検討を進めることとする。具体的には、前記アのとおり、本件特許発明とイ号物件の相違点は、開閉機構の数に係るものであるところ、本件特許発明における課題の解決原理において、開閉機構が必須であるのか否か、更に、開閉機構が2つ必須であるのか否かという観点から、本件特許発明の本質的部分についての検討を行うこととする。なお、後者の観点についての検討にあたっては、2つの開閉機構が必須であるのか否かの結論を導く必要上、係合部の係合の解除態様との関係にも留意しながら検討を行った。 (イ)従来技術と課題(前記第2・2(1)(2)参照) a 従来技術 本件特許明細書等の段落【0002】には、従来、変形性膝関節症患者の変形した脛骨等の角度を矯正するために、高位脛骨骨切術が行われている旨記載され、従来例として、2つの特許文献が示されている。 [特許文献1](骨切術用プレート) [特許文献2](カッタ案内治具) 前記2つの特許文献に係る高位脛骨骨切術は、変形性膝関節症患者の膝関節の一方を構成する脛骨の上部から楔形状の骨片を切除し、その切除面どうしを接合するものであり(【0002】)、かかる施術は、一般的には、クローズドウェッジ法と呼ばれる。 一方で、高位脛骨骨切術としては、膝関節を構成する脛骨等に骨鋸を用いて切込みを形成し、該切込みを矯正角度まで拡大する方法もある(【0002】)。かかる施術は、一般的には、オープンウェッジ法と呼ばれるもので(甲2・【0002】参照)、当該方法に使用され得る従来例としては、本件特許明細書では示されていないが、本件特許に係る出願における、平成22年12月15日付け拒絶理由通知書で引用された特表2004-524098号公報の例があり、乙1判決でも言及されている(乙1判決2?3頁参照。以下「引用文献1」という。)。 [引用文献1](開創器アセンブリ) b 本件特許発明の課題 本件特許明細書等の段落【0003】によれば、脛骨等に設けた切込みを拡大する方法(いわゆるオープンウェッジ法)の場合、拡大されて形成されたスペースに移植物を挿入するために、切込みを拡大状態に維持しておく必要があるが、拡大器が移植物の挿入の妨げとなり、また、挿入時に拡大器を切込みから取り外した場合には、切込みが拡大された状態に維持されず、移植物の挿入が困難になる不都合がある旨記載されている。 そして、かかる問題点を生じ得る拡大器の例として、引用文献1の開創器アセンブリの構成(1対の揺動部材を備える拡大器)が挙げられる。引用文献1の開創器アセンブリは、互いに離間された2つのアーム110を有する上ジョー104、及び、互いに離間された2つのアーム108を有する下ジョー106を備え、下ジョー106の両アーム108の前方端部同士が、ピン112によって、上ジョー104の両アーム110の対応端部に対して連結された構成を有している。 そうすると、本件特許発明が解決しようとする課題は、切込みを拡大する方法に用いる骨切術用開大器において、1対の揺動部材を備える拡大器(一対の拡大器)を用いて切込みを拡大した場合には、拡大器が移植物の挿入の妨げとなり、また、挿入時に拡大器を切込みから取り外した場合には、切込みが拡大された状態に維持されず、移植物の挿入が困難になるという問題点を解決することにあると認められる(【0003】【0004】、乙1判決36頁参照)。 (ウ)本件特許発明における課題の解決原理 a 本件特許明細書等の記載 課題を解決するための手段及び作用効果に関する記載は、前記第2・2(3)(4)のとおりであり、本件特許発明の実施形態に関する記載は、前記第2・2(5)?(9)のとおりである。なお、後述するとおり、特に、開閉機構が必須であり、その数は2つであることについて、関連する記載がある(後記(エ)c)。 b 検討の前提となる解決原理について 前記(イ)の課題の解決原理については、まず、本件特許明細書等の段落【0005】?【0007】、【0012】(前記第2・2(3)(4))を踏まえ、次のとおり認定できる。 開閉可能な2対の揺動部材を着脱可能に組み合わせるとともに、揺動部材が組み合わされた状態で一方の部材が他方の部材に係合するための係合部を設け、これにより、2対の揺動部材が同時に開くことを可能にするとともに、2対の揺動部材で切込みを拡大した後には、一方の揺動部材によりその拡大状態を維持しつつ、閉じられた他方の揺動部材を取り外して、移植物の挿入可能なスペースを確保して移植物の挿入を容易にする点(乙1判決36?37頁参照)(以下「本件解決原理」という。) (エ)本件解決原理における開閉機構に係る検討 a 切込みを拡大し、切込みの拡大状態を維持するために、開閉機構が必須であること 本件解決原理を踏まえると、2対の揺動部材が同時に開くことを可能とし、2対の揺動部材で切込みを拡大した後には、一方の揺動部材により切込みの拡大状態を維持する手段として、開閉機構が必須である。 すなわち、本件解決原理において、揺動部材を開き、開いた揺動部材の状態を維持する機能を担うのは、開閉機構であるから、切込みを拡大するために、2対の揺動部材のいずれかを開閉させる開閉機構が必須であり、また、切込みの拡大状態を維持するために、1対の揺動部材の抜去後に残った1対の揺動部材を開閉させる開閉機構が必須である。 b 一方の揺動部材で切込みの拡大状態を維持しつつ、他方の揺動部材を閉じるために、2つの開閉機構が必須であること (a)本件解決原理における係合部の態様について 本件解決原理によれば、係合部を揺動部材の一部として設けるか別部材にするかの相違がこれに抵触することはない(乙1判決37頁)。 そうすると、本件解決原理の「一方の部材が他方の部材に係合するための係合部」には、揺動部材の一部として設けられた係合部と、揺動部材とは別部材の係合部の両方の態様が含まれることとなる。 前者の態様は、一方の揺動部材に設けられ、他方の揺動部材に係合する係合部が該当し、その具体例としては、本件特許発明の実施形態に係る係合部9(第2対の揺動部材3a、3bに設けられ、第1対の揺動部材2a、2bに設けられた凹部10の内側面10aに嵌合する態様)が挙げられる(本件特許明細書等・段落【0027】)。 また、後者の態様は、一方の揺動部材と他方の揺動部材の両方に係合する、別体の係合部が該当し、その具体例としては、乙1判決の被告製品の角度調整器のピン及び留め金の突起部が挙げられる(乙1判決37、45、49、50頁)。なお、このような別体の係合部が、揺動部材と一体の係合部と対となる場合もある(甲2・図1参照)。 (b)他方の揺動部材を閉じるに当たり、係合部の係合を解除すること 本件解決原理によれば、切込みの拡大後、一方の揺動部材により切込みの拡大状態を維持しつつ、閉じられた他方の揺動部材を取り外すことになる。ここで、一方の揺動部材の拡大状態を維持しつつ、他方の揺動部材を閉じるためには、揺動部材を組み合わせた状態で係合する係合部の解除が必要である。 係合部の解除には、2つの態様がある。1つの態様は、他方の揺動部材を閉じながら、係合を解除するものであり(以下「解除態様A」という。)、その具体例としては、前記(a)の前者の態様である、本件特許発明の実施形態に係る係合部9の係合解除(第2対の揺動部材3a、3bを閉じながら、係合部9と凹部10の内側面10aとの嵌合を解除する態様)が挙げられる(下図は、本件特許明細書等の図6であり、係合解除前の状態を図示)。 もう1つの態様は、他方の揺動部材を閉じる前に、係合を解除するものであり(以下「解除態様B」という。)、その具体例としては、前記(a)の後者の態様である、乙1判決の被告製品の角度調整器のピン又は留め金の突起部の係合解除が挙げられる。かかる態様は、甲2の段落【0009】に記載の特開2018-175828号公報(特許文献2)に開示されている(下図参照。第2の連結部材6(角度調整器)を取り外して、第1及び第2のブレード2A、2B(揺動部材)の係合を解除した後に、第1のブレード2Aを閉じる過程が図示されている。)。 (c)係合部を解除すると、他方の揺動部材が急激に閉じるリスクがあり、そもそも係合部が解除できないリスクもあること まず、解除態様Bについては、係合部を解除すると、他方の揺動部材が急激に閉じるリスクがある。 すなわち、一方の揺動部材で切込みの拡大状態を維持している状態では、両方の揺動部材は、拡大方向の力の反作用として、切込みから反対方向(縮小方向)に荷重を受けている。かかる反作用の荷重の大きさは、作用反作用の法則によれば、開閉機構によって生じる拡大方向の力に等しい。そして、前記(b)のとおり、係合部を解除すると、他方の揺動部材については、一方の揺動部材及び同部材に配置された開閉機構による拡大方向の力の支えがなくなるために、かかる反作用の荷重によって、急激に閉じるリスクがある。解除態様Bにあっては、前記(b)の具体例の場合、角度調整器のピン等を取り外した時点で、他の揺動部材には、かかる反作用の荷重(開閉機構によって生じる拡大方向の力に等しい荷重)がかかることとなる。 また、解除態様Aにあっては、本件特許発明の実施形態の場合、第2の開閉機構5を作動させて第2対の揺動部材3a、3bを閉じても、第1の開閉機構4がなければ、第1対の揺動部材2a、2bの拡大状態を維持することができず、第1対の揺動部材2a、2bが反作用の荷重により同時に閉じてしまうため、そもそも係合部9と凹部10との嵌合を解除できないリスクがある。一方、第1の開閉機構4があっても、第2の開閉機構5がなければ、そもそも第2対の揺動部材3a、3bを同時に開くことができない。 (d)他方の揺動部材を開閉する開閉機構が必須であること 前記(c)の解除態様Aにおけるリスクを回避し、揺動部材を確実に開くために、他方の揺動部材を開閉する開閉機構が必須である。換言すれば、他方の揺動部材に開閉機構を設けることで、係合部の解除に当たり、開閉機構を作動させて、切込みからの反作用の荷重に対抗する力を発生して他方の揺動部材を支え、その拡大状態を維持することができる。 また、前記(c)の解除態様Bにおけるリスクを回避し、揺動部材が意図せず急激に閉じてしまわないようにするためにも、他方の揺動部材を開閉する開閉機構が必須である。 なお、甲2の段落【0027】には、揺動部材(第2のブレード)を閉じる動作を行えないか又はほとんど行うことができないような矯正角度の小さい症例においては、揺動部材が開閉機構を備えていなくても、揺動部材の取り外し時に揺動部材が意図せず急激に閉じてしまうリスクは小さい、との記載がある。しかしながら、本件特許発明の適用範囲は、矯正角度の大小に関わらないので、当該記載は、前記(c)の解除態様Bにおけるリスクを回避するために、他方の揺動部材を開閉する開閉機構が必須であるとの結論を左右するものではない。 (e)小括(2つの開閉機構が必須であること) 前記(a)?(d)より、本件解決原理において、一方の揺動部材で切込みの拡大状態を維持しつつ、他方の揺動部材を閉じるためには、一方の揺動部材を開閉させる開閉機構と、他方の揺動部材を開閉させる開閉機構の2つが必須である。 c 前記a及びbは本件特許明細書の記載の裏付けがあること 前記a及びb(開閉機構が必須であり、その数は2つであること)については、本件特許明細書等の記載の裏付けがある。 すなわち、本件特許明細書等の段落【0005】には、「前記目的を達成するために、本発明は以下の手段を提供する。本発明は、…これら2対の揺動部材をそれぞれヒンジ部の軸線回りに開閉させる2つの開閉機構とを備え…」と、同段落【0006】には、「本発明によれば、…開閉機構を作動させて揺動部材を相対的に開く方向にヒンジ部の軸線回りに揺動させることにより、切込みの切断面を揺動部材により押圧して切込みを拡大することができる…」と、同段落【0007】には、「…切込みが拡大された後には、一方の開閉機構を作動させて、いずれか一対の揺動部材を閉じる方向にヒンジ部の軸線回りに揺動させる。これにより、残りの一対の揺動部材により切込みを拡大した状態に維持しつつ、閉じられた一対の揺動部材を取り外して、切込みに移植物を挿入可能なスペースを確保することができる…」とそれぞれ記載されており、同記載から、本件特許発明の課題解決原理において、2つの開閉機構が必須であることが裏付けられる。 (オ)本質的部分 前記(ア)?(エ)を踏まえると、本件特許発明において、従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分たる本質的部分は、次のとおりである。 開閉可能な2対の揺動部材を着脱可能に組み合わせるとともに、揺動部材が組み合わされた状態で一方の部材が他方の部材に係合するための係合部と、2対の揺動部材の各々に備えられた開閉機構とを設け、これにより、係合部を係合した状態でいずれか一方の開閉機構を作動することにより、2対の揺動部材が同時に開くことを可能にするとともに、2対の揺動部材で切込みを拡大した後には、いずれか他方の開閉機構を作動することにより、2対の揺動部材の拡大状態を各々の開閉機構により維持し、係合部の係合を解除した状態で、いずれか一方の揺動部材の拡大状態を開閉機構により維持しつつ、いずれか他方の揺動部材の開閉機構の作動で揺動部材を閉じ、閉じられた揺動部材を取り外して、移植物の挿入可能なスペースを確保して移植物の挿入を容易にする点。 (カ)第1要件の充足性について 前記アの相違点は、開閉機構の数に係るものであるところ、本件特許発明の本質的部分には、前記(オ)に「2対の揺動部材の各々に備えられた開閉機構とを設け」とあるとおり、2つの開閉機構を設けることが含まれている。そうすると、前記アの相違点は、前記(オ)の本質的部分に抵触するので、イ号物件は、第1要件を充足しない。 ウ 第2要件の充足性について 本件特許発明の作用効果については、前記イ(イ)?(オ)で検討したとおりであり、2つの開閉機構によって奏することができるものである(本件特許明細書等・段落【0006】【0007】)。 これに対して、イ号物件は、開閉機構を2対の揺動部材の一方のみに設けることによって、2対の揺動部材で切込みを拡大した後には、開閉機構の作動で一方の揺動部材の拡大状態を維持しつつ、開閉機構を用いることなく他方の揺動部材を閉じ、閉じられた他方の揺動部材を取り外すものである。 そして、イ号物件は、他方の揺動部材(第2のブレード)を閉じる動作を行えないか又はほとんど行うことができないような矯正角度の小さい症例において、一方の揺動部材(第1のブレード)又は他方の揺動部材(第2のブレード)のいずれかを開閉するといった余分な操作手順を減らすメリットを享受するという効果を奏する(甲2・【0027】) そうすると、本件特許発明の作用効果(前記イ(イ)?(オ))とイ号物件の作用効果が同一であるとはいえず、イ号物件は、第2要件を充足しない。 エ 均等論についてのまとめ 前記イ及びウのとおり、イ号物件は、均等の第1要件及び第2要件を充足しないから、第3要件ないし第5要件について検討するまでもなく、イ号物件は本件特許発明の均等なものとして、本件特許発明の技術的範囲に属するとはいえない。 (3)まとめ 以上のとおり、イ号物件は、本件特許発明の構成要件Cを充足しておらず、また、均等なものともいえないから、本件特許発明の技術的範囲に属するものとはいえない。 第6 むすび 以上のとおりであるから、イ号物件は、本件特許発明の技術的範囲に属しない。 よって、結論のとおり判定する。 |
判定日 | 2021-09-15 |
出願番号 | 特願2006-180893(P2006-180893) |
審決分類 |
P
1
2・
1-
ZA
(A61B)
|
最終処分 | 成立 |
特許庁審判長 |
内藤 真徳 |
特許庁審判官 |
木村 立人 平瀬 知明 |
登録日 | 2011-05-13 |
登録番号 | 特許第4736091号(P4736091) |
発明の名称 | 骨切術用開大器 |
代理人 | 堀籠 佳典 |
代理人 | 古城 春実 |
代理人 | 岡田 健太郎 |
代理人 | 木内 圭 |