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審決分類 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  A41G
審判 全部申し立て 2項進歩性  A41G
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  A41G
管理番号 1379770
異議申立番号 異議2021-700081  
総通号数 264 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2021-12-24 
種別 異議の決定 
異議申立日 2021-01-22 
確定日 2021-09-07 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第6732451号発明「形状記憶及び形状復元機能を持つ人工毛髪用繊維、耐燃焼性に優れた人工毛髪用繊維、低光沢な外観を有する人工毛髪用繊維」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6732451号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1-7〕について訂正することを認める。 特許第6732451号の請求項1、4、5、7に係る特許を維持する。 特許第6732451号の請求項2、3、6に係る特許についての特許異議の申立てを却下する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6732451号の請求項1ないし7に係る特許(以下、「本件特許」という。)についての出願は、2014年(平成26年)10月9日(優先権主張 平成25年10月17日、平成25年10月17日、平成25年10月17日)を国際出願日とするに出願であって、令和2年7月10日にその特許権の設定登録がされ、令和2年7月29日に特許掲載公報が発行された。その後、その特許について、令和3年1月22日に特許異議申立人 野田 澄子(以下、「申立人」という。)により特許異議の申立てがされ、当審は、同年4月14日付(同月27日発送)で取消理由を特許権者に通知し、これに対し、特許権者は、その指定期間内である同年6月9日に意見書の提出及び訂正の請求(以下、「本件訂正請求」という。)を行った。当審は、同月16日付(同月22日発送)で訂正があった旨の通知(特許法第120条の5第5項)を申立人に通知し、期間を指定して意見書を提出する機会を与えたが、申立人からは何らの応答もなかった。

第2 訂正の適否についての判断
1 訂正の内容
本件訂正請求による訂正(以下、「本件訂正」という。)の内容は、以下の(1)ないし(4)のとおりである。なお、訂正請求書に記載された訂正事項1と訂正事項2は、いずれも特許請求の範囲の請求項1に「少なくとも1種のポリアミドを含む樹脂組成物からなり、」と記載されているものを訂正する事項であるから、訂正事項1及び2としてまとめた。

(1)訂正事項1及び2
特許請求の範囲の請求項1に「少なくとも1種のポリアミドを含む樹脂組成物からなり、」と記載されているのを、「少なくとも1種のポリアミドを含む樹脂組成物からなり、前記樹脂組成物は、脂肪族ポリアミドを含み、前記脂肪族ポリアミドは、ナイロン6及びナイロン66より選択される少なくとも1種を含み、前記樹脂組成物は、有機架橋微粒子の含有量が、前記ポリアミド100質量部に対し0?25質量部であり、前記有機架橋微粒子は、架橋ニトリルゴム、架橋シリコーン樹脂、架橋アクリル樹脂のいずれかの微粒子であり、」に訂正する。
請求項1の記載を引用する請求項4、5、7も同様に訂正する。

(2)訂正事項3
特許請求の範囲の請求項2を削除する。

(3)訂正事項4
特許請求の範囲の請求項3を削除する。

(4)訂正事項5
特許請求の範囲の請求項6を削除する。

2 訂正の目的の適否、新規事項の有無、及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否について
(1)訂正事項1及び2について
訂正事項1及び2による訂正は、本件訂正前の請求項1に「少なくとも1種のポリアミドを含む樹脂組成物」とあったものを、この樹脂組成物が、「脂肪族ポリアミドを含み、前記脂肪族ポリアミドは、ナイロン6及びナイロン66より選択される少なくとも1種を含」むことを限定すると共に、さらに、「有機架橋微粒子の含有量が、前記ポリアミド100質量部に対し0?25質量部であり、前記有機架橋微粒子は、架橋ニトリルゴム、架橋シリコーン樹脂、架橋アクリル樹脂のいずれかの微粒子であ」る点で限定するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
次に、願書に添付した明細書(以下、「本件明細書」という。なお、本件訂正請求により明細書は訂正請求されていない。)の発明の詳細な説明には、「1種のポリアミドを含む樹脂組成物」の具体例として「脂肪族ポリアミド」が記載(【0026】)され、さらに、「脂肪族ポリアミドは、・・・好ましくは、ナイロン6及びナイロン66より選択される少なくとも1種であり」(【0027】)と記載されている。また、本件明細書の発明の詳細な説明には、有機架橋微粒子に関し、「有機架橋微粒子の種類は、特に限定されないが、ポリアミドに対して少なくとも部分的に相溶しないものであるのが好ましく、架橋ニトリルゴム、架橋アクリル樹脂、・・・架橋シリコーン樹脂、・・・の中から選択された少なくとも1種であることが好まし」(【0030】)いことが記載されている。また、本件明細書の発明の詳細な説明の【表1-1】及び【表1-2】(【0047】及び【0048】)には、ポリアミドとしてナイロン66を含むものにおいて、ナイロン66の100質量部に対し、架橋ニトリルゴム、架橋シリコーン樹脂、架橋アクリル樹脂を含まないもの(すなわち、0質量部であるもの)が、実施例1-1ないし1-3、1-11ないし1-13、1-17ないし1-19として示されている。また、ナイロン66の100質量部に対し、架橋ニトリルゴムを含むものが、実施例1-4ないし1-8、1-14、1-20として示され、架橋シリコーン樹脂を含むものが、実施例1-9、1-15、1-21として示され、架橋アクリル樹脂を含むものが、実施例1-10、1-16、1-22として示されている。また、実施例1-8には、架橋ニトリルゴムの微粒子をナイロン66の100質量部に対し、25質量部含むことも記載されている。
さらに、本件明細書の発明の詳細な説明の【表1-2】及び【表1-3】(【0048】及び【0049】)には、ポリアミドとしてナイロン6を含むものにおいて、ナイロン6の100質量部に対し、架橋ニトリルゴム、架橋シリコーン樹脂、架橋アクリル樹脂を含まないもの(すなわち、0質量部であるもの)が、実施例1-23ないし1-25として示され、有機架橋微粒子として架橋ニトリルゴムを含むものが実施例1-26に示され、架橋シリコーン樹脂を含むものが実施例1-27に示され、架橋アクリル樹脂を含むものが実施例1-28として示されている。また、比較例としてではあるが、【表3-4】(【0077】)には、ナイロン66の100質量部に対し、有機架橋微粒子として架橋シリコーン樹脂を25質量部含むものが比較例3-6、3-11として示されている。
これらのことから、「樹脂組成物は、脂肪族ポリアミドを含み、前記脂肪族ポリアミドは、ナイロン6及びナイロン66より選択される少なくとも1種を含み、前記樹脂組成物は、有機架橋微粒子の含有量が、前記ポリアミド100質量部に対し0?25質量部であり、前記有機架橋微粒子は、架橋ニトリルゴム、架橋シリコーン樹脂、架橋アクリル樹脂のいずれかの微粒子であ」ることは、本件明細書に記載した事項である。
また、上記のように訂正事項1及び2による訂正は、「少なくとも1種のポリアミドを含む樹脂組成物」が「脂肪族ポリアミドを含み、前記脂肪族ポリアミドは、ナイロン6及びナイロン66より選択される少なくとも1種を含み、前記樹脂組成物は、有機架橋微粒子の含有量が、前記ポリアミド100質量部に対し0?25質量部であり、前記有機架橋微粒子は、架橋ニトリルゴム、架橋シリコーン樹脂、架橋アクリル樹脂のいずれかの微粒子であ」る点で減縮するものであるから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
よって、訂正事項1及び2による訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。

(2)訂正事項3ないし5について
訂正事項3ないし5による訂正は、本件訂正前の特許請求の範囲の請求項2、3、6を削除するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。

3 一群の請求項について
本件訂正前の請求項2ないし7は、請求項1を直接又は間接的に引用するものであり、請求項1ないし7は、一群の請求項である。そして、本件訂正は、請求項1ないし7について訂正を請求するものであるから、一群の請求項ごとに訂正を請求するものである。

4 訂正についてのまとめ
以上のとおりであるから、本件訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第4項の規定及び同条第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。
したがって、特許請求の範囲を、訂正請求書に添付された特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1-7〕について訂正することを認める。

第3 訂正後の本件発明
本件訂正請求により、請求項2及び3、6は、削除され、訂正された請求項1及び4、5、7に係る発明(以下、それぞれ「本件発明1」、「本件発明4」、「本件発明5」、「本件発明7」といい、これらをまとめて「本件発明」という。)は、訂正請求書に添付された特許請求の範囲の請求項1及び4、5、7に記載された次の事項により特定されるとおりのものである。

「【請求項1】
少なくとも1種のポリアミドを含む樹脂組成物からなり、
前記樹脂組成物は、脂肪族ポリアミドを含み、前記脂肪族ポリアミドは、ナイロン6及びナイロン66より選択される少なくとも1種を含み、
前記樹脂組成物は、有機架橋微粒子の含有量が、前記ポリアミド100質量部に対し0?25質量部であり、前記有機架橋微粒子は、架橋ニトリルゴム、架橋シリコーン樹脂、架橋アクリル樹脂のいずれかの微粒子であり、
以下の(1)の構成を有する人工毛髪用繊維。
(1)繊維の弾性率が2600?2800N/mm^(2)である。」

「【請求項4】
前記ポリアミドは、重量平均分子量Mwが6.5万?15万である、請求項1に記載の人工毛髪用繊維。」

「【請求項5】
前記ポリアミドは、重量平均分子量Mwが7万?12万である、請求項1に記載の人工毛髪用繊維。」

「【請求項7】
前記繊維の繊度が10?150dtexである、請求項1に記載の人工毛髪用繊維。」

第4 取消理由通知に記載した取消理由について
1 取消理由の概要
本件訂正前の請求項1ないし7に係る特許に対して、当審が令和3年4月14日付けで特許権者に通知した取消理由の要旨は、「請求項1ないし7に係る発明は、発明の詳細な説明に記載したものでないから、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしておらず、同法第113条第4号の規定に該当し、取り消されるべきものである」というものである。

2 当審の判断
特許法第36条第6項第1号に規定する要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものと解される。
そこで、この点について検討すると、まず、本件明細書の発明の詳細な説明には、「人工毛髪用繊維を用いたかつら等は、通常、かつらメーカーが、人口毛髪用繊維メ-カ-から納入された繊維に対し、カール等を付して特定のヘアスタイルをつけた状態で販売されるが、最近では、ユーザーがこのヘアスタイルを一時的に自分の好みのスタイルに変更したいという要望が強くなってきている。また、変更したヘアスタイルを簡単に初期形状に戻したいという要望も同様に強くなってきている」(【0006】)ことから、「人工毛髪用繊維においても、かつらメ-カ-があらかじめ加工したスタイルを、ユ-ザ-が再度、自分の好みに合わせてスタイル変更でき、また、容易な方法でかつらメ-カ-があらかじめ加工した元のスタイルに近い状態までを形状回復できる繊維の開発が望まれていた」(【0006】)という事情に鑑みて、「形状変形特性及び形状回復特性に優れた人工毛髪用繊維を提供する」(【0007】)ことを解決しようとする課題としてなされた発明として、【表1-1】ないし【表1-3】(【0047】ないし【0049】)にポリアミドとして、ナイロン6,6(M_(W)90000 M_(W)は、重量平均分子量を表す。)、ナイロン6,6(M_(W)70000)、ナイロン6,6(M_(W)50000)、ナイロン6(M_(W)90000)、半芳香族ポリアミド(M_(W)90000)のいずれかを用い、架橋ニトリルゴム、架橋シリコーン樹脂、架橋アクリル樹脂のいずれかを微粒子として加えたものと、これらの微粒子を加えてないものからなる人工毛髪用繊維が、それぞれの弾性率と形状変形/回復特性の評価結果と共に記載されている。また、比較例として、【表1-4】(【0050】)にポリアミドとして、ナイロン6,6(M_(W)90000)、ナイロン6,6(M_(W)70000)、ナイロン6,6(M_(W)50000)、ナイロン6(M_(W)90000)、半芳香族ポリアミド(M_(W)90000)のいずれかを用いたものが、それぞれの弾性率と形状変形/回復特性の評価結果と共に記載されている。
以下に、【表1-1】ないし【表1-4】を示す。
【表1-1】


【表1-2】


【表1-3】


【表1-4】


この【表1-1】ないし【表1-3】に示される人工毛髪用繊維のうち、「形状変形特性及び形状回復特性に優れた人工毛髪用繊維を提供する」(【0007】)という課題が解決されているといえる「形状変形特性及び形状回復特性に優れた人工毛髪用繊維」は、表中の「評価」の「形状変形/回復特性」の項目が「◎」又は「○」である実施例1-1ないし1-28、実施例1-30及び実施例1-32ないし1-34であり、「形状変形/回復特性」の項目が「△」である実施例1-29及び1-31は、形状変形特性が十分でなく(【0056】ないし【0059】参照。)、上記課題を解決する人工毛髪用繊維とはいえないと解される。
そして、これらの表の中から、ポリアミドとして、ナイロン6,6(M_(W)90000)、ナイロン6,6(M_(W)70000)又はナイロン6,6(M_(W)50000)のいずれかを含む実施例1-1ないし1-24についてみると、これらの弾性率は、2400ないし3000N/mm^(2)で、評価の形状変形/回復特性は、◎か○のいずれかである。これに対し、同じくポリアミドとしてナイロン6,6(M_(W)90000)、ナイロン6,6(M_(W)70000)又はナイロン6,6(M_(W)50000)のいずれかを含む比較例1-1、1-3及び1-5をみると、弾性率が2350N/mm^(2)で、評価の形状変形/回復特性は、△であり、また、比較例1-2、1-4及び1-6をみると、弾性率が3050N/mm^(2)で、評価の形状変形/回復特性は、△である。また、微粒子として、架橋ニトリルゴム、架橋シリコーン樹脂、架橋アクリル樹脂のいずれかを、ナイロン6,6の100質量部に対し最大25質量部の割合で加えた場合(実施例1-4ないし1-10、1-14ないし1-16、1-20ないし1-22)であっても、評価の形状変形/回復特性は変わらず◎である。
これらのことから、ポリアミドとして、ナイロン6,6(M_(W)90000)、ナイロン6,6(M_(W)70000)又はナイロン6,6(M_(W)50000)のいずれかを含むもの(実施例1-1ないし1-24)においては、弾性率が2400ないし3000N/mm^(2)の範囲にあるものについては、評価の形状変形/回復特性が◎か○のいずれかであり、また、微粒子として、架橋ニトリルゴム、架橋シリコーン樹脂、架橋アクリル樹脂のいずれかの含有量が、ナイロン6,6の100質量部に対し最大25質量部(実施例1-4ないし1-10、1-14ないし1-16、1-20ないし1-22)であっても、評価の形状変形/回復特性は変わらず◎であることがわかる。
次に、ポリアミドとしてナイロン6(M_(W)90000)を含むもの(実施例1-23ないし1-28)についてみると、これらの弾性率は、2400ないし3000N/mm^(2)で、評価の形状変形/回復特性は、◎か○のいずれかである。これに対し、同じくポリアミドとしてナイロン6(M_(W)90000)を含む比較例1-7をみると、弾性率が2350N/mm^(2)で、評価の形状変形/回復特性は、△であり、また、比較例1-8をみると、弾性率が3050N/mm^(2)で、評価の形状変形/回復特性は、△である。また、微粒子として、架橋ニトリルゴム、架橋シリコーン樹脂、架橋アクリル樹脂のいずれかを、ナイロン6の100質量部に対し10質量部の割合で加えた場合(実施例1-26ないし1-28)であっても、評価の形状変形/回復特性は変わらず◎である。
以上のことからみて、ポリアミドとしてナイロン6,6又はナイロン6を含み、微粒子である架橋ニトリルゴム、架橋シリコーン樹脂、架橋アクリル樹脂を含まないか、あるいは、いずれかの含有量が、ポリアミド100質量部に対し最大25質量部までであって、繊維の弾性率が2600?2800N/mm^(2)である人工毛髪用繊維は、「形状変形特性及び形状回復特性に優れた人工毛髪用繊維」(【0007】)であることが、本件明細書の発明の詳細な説明に示されているといえる。このことは、本件明細書の発明の詳細な説明に示された他の実施例及び比較例(実施例2-1ないし2-40、3-1ないし3-37、比較例2-1ないし2-11、3-1ないし3-27)をみても変わらない。
そうすると、「樹脂組成物は、脂肪族ポリアミドを含み、前記脂肪族ポリアミドは、ナイロン6及びナイロン66より選択される少なくとも1種を含み」、「樹脂組成物は、有機架橋微粒子の含有量が、前記ポリアミド100質量部に対し0?25質量部であり、前記有機架橋微粒子は、架橋ニトリルゴム、架橋シリコーン樹脂、架橋アクリル樹脂のいずれかの微粒子であり」、「繊維の弾性率が2600?2800N/mm^(2)である」人工毛髪用繊維であることが特定されている本件発明1は、本件明細書の発明の詳細な説明に記載された発明であって、「形状変形特性及び形状回復特性に優れた人工毛髪用繊維を提供する」(【0007】)という本件発明の課題を解決できると、本件明細書の発明の詳細な説明の記載により当業者が認識できる範囲のものであるから、本件発明1は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件に適合する。
また、同様に、本件発明4、5、7も特許法第36条第6項第1号に規定する要件に適合する。
よって、本件発明は、本件明細書の発明の詳細な説明に記載されたものであって、前記取消理由によって、取り消すことができない。

申立人は、「本件明細書には、本件発明1に包含される人工毛髪用繊維の具体例に関し、弾性率が2700N/mm^(2)のポリアミドを使用した実験データしか示されておらず、2600N/mm^(2)のポリアミド及び2800N/mm^(2)のポリアミドを使用した実験データは一切示されていない。・・・弾性率が2700N/mm^(2)のポリアミドを使用した実験データに基づいて、弾性率を100N/mm^(2)変化させた2600N/mm^(2)のポリアミド及び2800N/mm^(2)のポリアミドでも、弾性率が2700N/mm^(2)のポリアミドと同様に、形状変形/回復特性の結果が「◎」又は「○」になり、前記課題を解決できるとは認められない。」(特許異議申立書15ページ末行ないし16ページ9行)と主張する。しかし、ナイロン6及びナイロン66より選択される少なくとも1種を含む樹脂組成物を用い、繊維の弾性率が2600?2800N/mm^(2)である場合に、「形状変形特性及び形状回復特性に優れた人工毛髪用繊維を提供する」(【0007】)ことを解決しようとする課題が解決されていることは、上記のとおりであるから、申立人の主張は採用することができない。

第5 取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由について
1 申立人の主張する特許異議申立理由の概要
申立人は、特許異議申立書において、本件訂正前の特許請求の範囲に関し、請求項1ないし3に係る発明は、甲第1号証(以下、「甲1」という。)に記載された発明であると主張(申立ての理由1)し、また、請求項1ないし3に係る発明は、甲1に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、請求項4ないし7に係る発明は、甲1に記載された発明及び甲第2号証(以下、「甲2」という。)に記載された事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであると主張(申立ての理由2)する。

甲1:特開2004-162195号公報
甲2:特開2011-246843号公報

2 甲1及び甲1発明、並びに甲2に記載された事項
(1)甲1に記載された事項
申立人が申立ての理由1の証拠とする甲1には、次の事項が記載されている(下線は、当審で付与した。)。

ア 「【請求項1】
PTT(ポリトリメチレンテレフタレート)フィラメントを材料とすることを特徴とする人工毛髪。」

イ 「【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、染色後の外観、質ともに、天然人毛と近似の風合いを有し時間が経過してもカール性を維持する人工毛髪およびその艶消し方法に関する。
【0002】
【従来の技術】
従来より、かつらやヘアーウィッグ等に用いる人工毛髪として種々の合成繊維のフィラメントが用いられている。そして、このような人工毛髪用の合成繊維フィラメントの材料としては、塩化ビニール、モダアクリル、ポリエステル、ナイロン等が広く用いられている。
【0003】
ところで、人工毛髪を使ったかつらを着用して日常生活をしていると、人工毛髪に用いられている材料によっては、人工毛髪の主として毛先等に縮れが発生する。このように縮れが発生すると、人工毛髪の自然観が著しく損なわれ、一見してかつらであることが判明してしまうという不具合が生じる。したがって、従来は、かつらの着用者は定期的に縮れた人工毛髪の修正を行っていた。
【0004】
ところが、一旦縮れた人工毛髪を修正する作業は種々の困難が伴うものである。例えば、従来より容易には着脱できないかつらがあり、特に近年、そのような着脱できないかつらの着用者が増加している。このようなかつらは、かつらのベースネットの縁に自毛を結び付け、更にその結び目を医療用接着剤で固めることによって、かつらを自毛に、つまり頭部に、固定している。したがって、このように強固に固定されているかつらであるから、着用者は自分自身でかつらを外すことが出来ない。
【0005】
一方、通常では、自毛が伸びてきて、自毛とかつらとの全体的な釣り合いが不自然になった頃には、人工毛髪には上述したような縮れが発生している。したがって、この縮れを修正する必要がある。かつらが着脱式であれば、予備のかつらを装着し、交換して外したかつらの縮れを折りを見て修復すればよいが、近年主流の着脱の出来ないかつらでは、専門のヘアサロンを訪れてかつらを外してもらい、縮れた人工毛髪のかつらを修復した上で、頭部全体の整髪をしてもらうという手順が必要となる。
【0006】
もっとも、中には例えばナイロンフィラメントのように、人工毛髪にしたとき縮れが発生しにくい材料もあるにはある。しかし、ナイロンフィラメントの人工毛髪は、ナイロンの持つ特質により、工場出荷時に熱処理によって所望の形に一旦整えると、後から例えばカールを掛けたいなどと思っても、一旦形成された形を変更することはできない。」

ウ 「【0013】
いずれにしても、一旦発生した縮れ修復のためには、特に容易に着脱できない固定型のかつらでは、着用者は、その都度、専門のヘアサロンを訪れてかつらの装着のし直しを単にしてもらうだけでなく、縮れを修復する間、待って居る必要があり、この待ち時間が無視できないという不満の残るものであった。
【0014】
なお、本発明の出願人は、上記従来の人工毛髪における不具合を解決できる新たな人工毛髪として、ポリブチレン・テレフタレートとポリエチレン・テレフタレートの混合物を材料として成る人工毛髪について出願中である(特許文献1参照。)。
【0015】
本発明の課題は、上記従来の実情に鑑み、染色後の外観、質、時間経過後の縮れ難さともに、ポリブチレン・テレフタレートとポリエチレン・テレフタレートの混合物を材料として成る人工毛髪よりも更に良く天然人毛と近似の風合いを有する人工毛髪およびその艶消し方法を提供することである。」

エ 「【0019】
【発明の実施の形態】
以下、本発明の実施の形態を図面を参照しながら説明する。
近年、PET(ポリエチレンテレフタレート)の形態安定性とナイロンの柔らかさを兼ね備えた繊維性があるとして、PTT(ポリトリメチレンテレフタレート)が注目されている。このPTTは、プロパンジオールを主たる原料として、このプロパンジオールとテレフタル酸とから生成されるが、プロパンジオールは化学合成法によって製造できるほかに、トウモロコシからバイオ技術(発酵法)によって製造することができ、これによって環境に優しい繊維としても注目されている。」

オ 「【0021】
本願発明の発明者は、このPTTに着目し、このPTTと、人工毛髪として従来の人工毛髪よりも優れた性質があるものとして本出願人から既に出願済みの技術(特許文献1参照)に見られる人工毛髪の材料であるPBT(ポリブチレンテレフタレート)とPET、及び従来から人工毛髪として主に使用されてきたナイロン6とについて、各種の試験を行って、これらの物性を比較してみた。なお、ナイロン66については、ナイロン6とほぼ同様の物性をもつものであるので、ここでは説明と図示を省略している。
【0022】
図1は、上記のPET、PTT、PBT、及びナイロン6のフィラメントについての各種の試験結果を示す図表である。同図に示す各種試験に対する合成樹脂フィラメント特性図表1は、左端に試験項目を示し、続いてその右方へ、PET、PTT、PBT、及びナイロン6の順に、上記の各試験項目についての試験結果を示している。」

カ 「【0026】
また、試験項目の融点、密度、強度については、いずれも目だつほどの大差はなく、したがって、これらの試験結果からは優劣をつけることはできない。
また、試験項目の弾性率及び弾性回復率は、これらの合成樹脂フィラメントを人工毛髪にした場合のスタイリング性に関係する特性である。スタイリング性は、植設された人工毛が上に立ちやすく、なかなか横に寝にくい、つまり猫毛になりにくい性質を示し、弾性率及び弾性回復率が大きいと、スタイリング性が良いということができる。
【0027】
したがって、このスタイリング性の点からだけをみると、PETは弾性率が1000-1400Kg/mm^2と極めて大きいが、他方の弾性回復率が一番低く、したがって、これら4種類のなかでは除外されるべきものであることがわかる。そして、先に除外すべきものとしたPBTも含めて、残る3種類のなかで、他と比較して弾性率及び弾性回復率が共に良いのはPTTであることがわかる。特に20%弾性回復率が特段に良く、スタイリング性の点からみると、PTTが格別に良いことが判明する。
【0028】
また、ナイロン6は、弾性回復率がPTTに比較して低いだけでなく、弾性率が一番小さい。これは、従来より、ナイロン6で形成した人工毛髪が猫毛になりやすいということを裏書している。したがって、ナイロン6もPETと同様にスタイリング性の点からみると除外されるべきものであることがわかる。」

キ 「【0030】
以上、総合すると、カール維持性、スタイリング性、染色の難易性のいずれの点でも、PTTフィラメントの物性は、人工毛髪の材料として優れていることが判明する。
【0031】
次に、上記のように人工毛髪として優れた特性を有するPTTフィラメントにおいて、更に次の段階として、その外観を自然の人毛に見せかけるために適宜の艶消しを施す必要がある。
【0032】
通常、上記のような合成樹脂フィラメントは、人工毛髪として表面を艶消しする際には、アルカリ水溶液によるエッチングを行う。しかし、一般に、合成樹脂フィラメントは、アルカリ水溶液によるエッチングに抵抗が強いという特性を有している。そしてPTT樹脂フィラメントも、その例外ではない。
【0033】
図2は、PTT100%の100d×24フィラメントの繊維をアルカリ処理した場合の物性変化を示す図表である。同図に示すアルカリ処理特性変化図表2は、左から右へ、アルカリ処理時間、減量率、減量後の収縮率、強伸度(強度、伸度)を示している。また、上から下へ、原糸のときの状態、アルカリ処理時間が1時間のときの状態、アルカリ処理時間が2時間のときの状態、アルカリ処理時間が3時間のときの状態、及びアルカリ処理時間が4時間のときの状態をそれぞれ示している。
【0034】
アルカリ処理時間が1時間から4時間へと順次長くなるに応じて、減量率が7%、16%、26%、34%と順次大きくなっていくが、減量後の収縮率はいずれも6.7%であって差が無い。
【0035】
また、強度は、原糸のときの強度246.1gからアルカリ処理時間が4時間のときの強度158.8gまで、アルカリ処理時間の長さに応じて、つまり減量率が大きくなるに応じて、低下しているが、人工毛髪としての強度は十分備えている。」

ク 甲1には、【図1】及び【図2】として、次の図が示されている。


ケ 前記オから、甲1には、人工毛髪としてナイロン6を使用することが記載されている。このナイロン6は、ポリアミドを含む樹脂組成物であることは、明らかである。

コ 甲1の図1(前記ク参照)には、ナイロン6のフィラメントについての各種の試験結果が示されており、この結果によれば、フィラメントの状態でのナイロン6の弾性率は、250-300Kg/mm^(2)である。

(2)甲1に記載された発明
前記(1)アないしコによれば、甲1には、次の発明(以下、「甲1発明」という。)が記載されている。

[甲1発明]
ポリアミドを含む樹脂組成物からなり、
前記樹脂組成物は、ナイロン6を含み、
以下の(1)の構成を有する人工毛髪。
(1)フィラメントの状態での前記ナイロン6の弾性率が250-300Kg/mm^(2)である。

(3)甲2に記載された事項
申立人が申立ての理由2の証拠とする甲2には、次の事項が記載されている。
ア 「【請求項1】
ポリアミドとリン含有難燃剤を含有する樹脂組成物を繊維化した人工毛髪用繊維であって、
前記樹脂組成物が、ポリアミド100質量部と、リン含有難燃剤3?30質量部を含有する人工毛髪用繊維。
【請求項2】
前記ポリアミドが、ナイロン6、ナイロン6,6、ナイロン4,6、ナイロン12、ナイロン6,10、及びナイロン6,12からなる群から選ばれた少なくとも1種の化合物である請求項1に記載の人工毛髪用繊維。」

イ 「【請求項4】
前記樹脂組成物が、ポリアミド100質量部と、リン含有難燃剤3?30質量部と、微粒子1?10質量部を含有する請求項1乃至3の何れか1項に記載の人工毛髪用繊維。」

ウ 「【0001】
本発明は、頭部に装脱着可能なかつら、ヘアウィッグ、つけ毛等の人工毛髪に用いられる繊維(以下、単に「人工毛髪用繊維」という。)に関するものである。」

エ 「【0006】
しかしながら、ポリエステルを素材とする人工毛髪用繊維は、耐熱性能の面では、塩化ビニルの使用に比して幾らか改善されるものの、触感が滑らかで人の毛髪と大きく異なるとともに、カールセットに要する時間が長いという問題があり、更に、難燃性能が不十分であった。」

オ 「【発明の効果】
【0011】
本発明は、人の毛髪の触感に近い触感を有し、カールセットに要する時間を短くし、更に難燃性能に優れた人工毛髪用繊維である。」

カ 「【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、本発明の人工毛髪用繊維の実施形態について説明する。
本発明の一実施形態にかかる人工毛髪用繊維は、ポリアミドとリン含有難燃剤を含有する樹脂組成物を繊維化した人工毛髪用繊維であって、前記樹脂組成物が、ポリアミド100質量部と、リン含有難燃剤3?30質量部を含有する人工毛髪用繊維である。
【0013】
本実施形態で用いられる樹脂組成物は、ポリアミド100質量部と、リン含有難燃剤3?30質量部を含有するものである。この樹脂組成物は、ポリアミドとリン含有難燃剤のみを含有するものであってもよく、別の種類の樹脂や微粒子といった他の素材を本発明の効果を阻害しない範囲でさらに含有してもよい。
【0014】
ポリアミドは、例えばナイロン6、ナイロン6,6、ナイロン4,6、ナイロン12、ナイロン6,10、及びナイロン6,12からなる群から選ばれた少なくとも1種の化合物であるのが好ましく、特に好ましくはナイロン6,6である。ナイロン6,6を用いた場合、触感が特に良好になる。ポリアミドの重量平均分子量(Mw)は、例えば1万?20万の範囲内のいずれかの値であり、具体的には、1万、2万、4万、6万、8万、10万、15万、20万がある。」

キ 「【0020】
本実施形態で用いられる樹脂組成物は、微粒子をさらに含有することが好ましい。微粒子の含有量は、ポリアミド100質量部に対して、例えば、1?10質量部である。この微粒子は、人工毛髪用繊維の表面への凹凸形成や、繊維表面の光沢や艶の調節のために採用するのが好ましく、さらに、微粒子によって繊維表面の表面積を増大させて繊維の吸湿性を向上させために採用したものである。微粒子は、あまりに少ないとこれら効果が発揮されず、あまりに多いとこれら効果の調整が困難になるため、1?5質量部が好ましく、1?3質量部がさらに好ましい。
・・・
【0022】
微粒子としては、有機微粒子、無機微粒子の単体又は混合体があり、有機微粒子は、ポリアミドに対して少なくとも部分的に相溶しないものであるのが好ましく、例えば架橋アクリル樹脂微粒子、架橋ポリエステル樹脂微粒子がある。」

ク 「【実施例】
【0031】
次に、本発明による人工毛髪用繊維の実施例を、比較例と対比しつつ表を用いて、詳細に説明する。
【0032】
【表1】



ケ 「【0039】
<カールセット性>
カールセット性は、実施例・比較例の人工毛髪用繊維を長さ50cm、総重量2.0グラムに調整して繊維束を形成し、この繊維束に180℃の鉄製の焼き鏝(鏝の直径1.4cm)に巻いてカールをかけた後、焼き鏝から離して、一方端を固定して吊り下げた時にカールがあるか否かで確認した。カールがなされた状態の定義として、吊り下げた際の人工毛髪用繊維の基端と先端の間隔が、カール前の全長50cmの0.85倍未満(42.5cm未満)になった場合とした。評価前の試料は、評価のばらつきを無くすために、温度23℃、湿度50%で24時間保管した試料を採用した。評価にあっては、焼き鏝での加熱時間を数種類設け、次の基準で判断した。
優:焼き鏝での加熱時間が5秒未満でカールセットされた
良:焼き鏝での加熱時間が5秒以上10秒未満でカールセットされた
不可:焼き鏝での加熱時間が10秒以上でカールセットされた」

3 対比、及び一致点と相違点
本件発明1と甲1発明とを対比する。
甲1発明の「ポリアミドを含む樹脂組成物」は、本件発明1の「少なくとも1種のポリアミドを含む樹脂組成物」に相当する。
甲1発明の「ナイロン6」は、脂肪族ポリアミドであるから、甲1発明の「樹脂組成物は、ナイロン6を含」むことは、本件発明1の「樹脂組成物は、脂肪族ポリアミドを含み、前記脂肪族ポリアミドは、ナイロン6及びナイロン66より選択される少なくとも1種を含」むことに相当する。
甲1発明の「人工毛髪」は、本件発明1の「人工毛髪用繊維」に相当する。
したがって、本件発明1と甲1発明とは、次の一致点で一致し、相違点1及び相違点2の点で相違する。

一致点
少なくとも1種のポリアミドを含む樹脂組成物からなり、
前記樹脂組成物は、脂肪族ポリアミドを含み、前記脂肪族ポリアミドは、ナイロン6及びナイロン66より選択される少なくとも1種を含む人工毛髪用繊維。

相違点1
本件発明1の人工毛髪用繊維は、「繊維の弾性率が2600?2800N/mm^(2)である」のに対し、甲1発明は、人工毛髪に含まれるナイロン6の弾性率がフィラメントの状態で250-300Kg/mm^(2)である点。

相違点2
本件発明1は、「樹脂組成物は、有機架橋微粒子の含有量が、前記ポリアミド100質量部に対し0?25質量部であり、前記有機架橋微粒子は、架橋ニトリルゴム、架橋シリコーン樹脂、架橋アクリル樹脂のいずれかの微粒子であ」るのに対し、甲1には、有機架橋微粒子を含有させることについて記載されておらず、甲1発明において、有機架橋微粒子を含有させるか否か不明である点。

4 相違点についての判断
(1)相違点1について
甲1発明は、ナイロン6の弾性率がフィラメントの状態で250-300Kg/mm^(2)であるというものであり、これは、「ナイロン6のフィラメントについての各種の試験結果」(【0022】)として示されたものである。また、甲1には、「試験項目の弾性率及び弾性回復率は、これらの合成樹脂フィラメントを人工毛髪にした場合のスタイリング性に関係する特性である」(【0026】)と記載され、フィラメントの状態の弾性率は、人工毛髪とした場合のスタイリング性に関係することは示されているが、人工毛髪にした場合にもフィラメントの状態と同じ弾性率であることまでは示されていない。
そして、ナイロン6を含む樹脂組成物からなる人工毛髪用繊維の弾性率を2600?2800N/mm^(2)とすることは、甲1及び甲2に示されておらず、また周知技術であるともいえない。甲2には、ポリアミドとしてナイロン6又はナイロン6,6を使用した人工毛髪用繊維について記載(【0014】、【0032】)され、さらに、この人工毛髪用繊維のカールセット性についても記載(【0032】、【0039】)されているが、人工毛髪用繊維の弾性率については記載されていない。そして、本件発明1は、相違点1に係る本件発明1の発明特定事項を備えることによって、形状変形/回復特性を向上させることができるという効果を奏するものである(本件明細書の発明の詳細な説明【0079】参照。)。
以上のことから、相違点1は、実質的な相違点であり、また、人工毛髪用繊維の弾性率を2600?2800N/mm^(2)とすることは甲1及び甲2に示されておらず、周知技術でもないから、相違点1に係る本件発明1の発明特定事項を得ることは、当業者が容易にできたものともいえない。
申立人の主張は、ナイロン6のフィラメントの状態の弾性率と人工毛髪繊維としたときの弾性率が同じであることを前提とするものであるが、これらが一致していることは、甲1及び甲2に示されておらず、また、技術常識や周知技術であるともいえないから、申立人の主張は採用できない。
さらにこの点について検討すると、甲1において、人工毛髪の材料として優れているとされたPTTフィラメント(【0030】参照。)は、「その外観を自然の人毛に見せかけるために適宜の艶消しを施す必要がある」(【0031】)とされ、アルカリ水溶液によるエッチングが行われ(【0032】ないし【0036】参照。)、強度及び伸度が変化している(図2の記載より、アルカリ処理時間の増加と共に、強度が減少し、伸度が増加している(処理時間が4時間の場合を除く)ことから、弾性率も変化していると考えられる。)。また、甲1には、艶消しのためのエッチングを助成するために無機フィラーを添加することも記載(【0038】ないし【0048】参照。)されている。
甲1において、PTTフィラメントよりも人工毛髪用繊維の材料として優れているとはされず、「スタイリング性の点からみると除外されるべきものである」(【0028】)とされたナイロン6のフィラメントを人工毛髪用繊維とする場合にも、艶消しのためのアルカリ水溶液によるエッチング処理(【0032】参照。)やそれ以外の人工毛髪用繊維とするための処理が行われるといえ、その結果、人工毛髪用繊維の弾性率は、フィラメントの状態の弾性率とは異なると理解できる。そして、甲1には、ナイロン6のフィラメントに必要な処理を行い人工毛髪用繊維とした後の弾性率が示されていないから、相違点1の点で本件発明1と甲1発明とは相違し、本件発明1は、甲1に記載された発明とはいえず、また、相違点1に係る本件発明1の発明特定事項は、甲1発明、甲2に記載された事項から容易になしえたものともいえない。

(2)相違点についての判断のまとめ
以上のことから、相違点2について検討するまでもなく、本件発明1は、甲1に記載された発明とはいえず、また甲1発明から容易になしえたものともいえない。
また、上記のように、甲2にもポリアミドとしてナイロン6又はナイロン6,6を用いた人工毛髪用繊維の弾性率について示されていないから、本件発明1をさらに限定した本件発明4、5、7についても甲1発明及び甲2に記載された事項から、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

5 取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由についてのまとめ
以上のことから、本件発明1は、甲1に記載された発明とはいえず、また、当業者が甲1発明に基いて容易に発明をすることができたものともいえず、さらに、本件発明4、5、7は、当業者が甲1発明及び甲2に記載された事項から容易に発明をすることができたものとはいえないから、申立人の主張する申立ての理由1及び2によって、本件発明1、4、5、7に係る特許を取り消すことはできない。

第6 むすび
以上のとおりであるから、取消理由通知に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した特許異議申立理由によっては、本件発明1、4、5、7に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件発明1、4、5、7に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
請求項2、3、6に係る特許は、上記のとおり、訂正により削除された。これにより、申立人による特許異議の申立てについて、請求項2及び3、6に係る申立ては、申立ての対象が存在しないものとなったため、特許法第120条の8第1項で準用する同法第135条の規定により却下する。
よって、結論のとおり決定する。

 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも1種のポリアミドを含む樹脂組成物からなり、
前記樹脂組成物は、脂肪族ポリアミドを含み、前記脂肪族ポリアミドは、ナイロン6及びナイロン66より選択される少なくとも1種を含み、
前記樹脂組成物は、有機架橋微粒子の含有量が、前記ポリアミド100質量部に対し0?25質量部であり、前記有機架橋微粒子は、架橋ニトリルゴム、架橋シリコーン樹脂、架橋アクリル樹脂のいずれかの微粒子であり、
以下の(1)の構成を有する人工毛髪用繊維。
(1)繊維の弾性率が2600?2800N/mm^(2)である。
【請求項2】
(削除)
【請求項3】
(削除)
【請求項4】
前記ポリアミドは、重量平均分子量Mwが6.5万?15万である、請求項1に記載の人工毛髪用繊維。
【請求項5】
前記ポリアミドは、重量平均分子量Mwが7万?12万である、請求項1に記載の人工毛髪用繊維。
【請求項6】
(削除)
【請求項7】
前記繊維の繊度が10?150dtexである、請求項1に記載の人工毛髪用繊維。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2021-08-25 
出願番号 特願2015-542591(P2015-542591)
審決分類 P 1 651・ 121- YAA (A41G)
P 1 651・ 537- YAA (A41G)
P 1 651・ 113- YAA (A41G)
最終処分 維持  
前審関与審査官 片岡 弘之  
特許庁審判長 窪田 治彦
特許庁審判官 長馬 望
田合 弘幸
登録日 2020-07-10 
登録番号 特許第6732451号(P6732451)
権利者 デンカ株式会社
発明の名称 形状記憶及び形状復元機能を持つ人工毛髪用繊維、耐燃焼性に優れた人工毛髪用繊維、低光沢な外観を有する人工毛髪用繊維  
代理人 奥野 彰彦  
代理人 SK特許業務法人  
代理人 SK特許業務法人  
代理人 奥野 彰彦  
代理人 伊藤 寛之  
代理人 伊藤 寛之  
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