• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  A01H
審判 全部申し立て 2項進歩性  A01H
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  A01H
管理番号 1379865
異議申立番号 異議2021-700736  
総通号数 264 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2021-12-24 
種別 異議の決定 
異議申立日 2021-07-27 
確定日 2021-11-10 
異議申立件数
事件の表示 特許第6822599号発明「ヒマワリ種子」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6822599号の請求項1ないし10に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6822599号の請求項1-10に係る発明についての出願は、令和 2年 7月28日に特許出願され、令和 3年 1月12日にその特許権の設定登録がされ、同年同月27日に特許掲載公報が発行され、その後、その特許に対し、令和 3年 7月27日に特許異議申立人古塚瑞月(以下、「特許異議申立人」という。)により特許異議の申立てがなされたものである。

第2 本件特許発明
特許第6822599号の請求項1-10に係る発明は、それぞれ、その特許請求の範囲の請求項1-10に記載された事項により特定される以下のとおりのものである(以下、それぞれ「本件特許発明1」、「本件特許発明2」等という。)。

【請求項1】
stearoyl-acyl carrier protein desaturase 17(SAD17)遺伝子の配列番号2で示される塩基配列中のTATAボックスより3’側且つ開始コドンより5’側において配列挿入変異を有し、
前記配列が400?800塩基長であり、且つ
配列挿入変異を有しないヒマワリ種子に比較してステアリン酸含有率が高い、
ヒマワリ種子。
【請求項2】
挿入されている前記配列が、下記(a)又は(b):
(a)配列番号1で示される塩基配列、又は
(b)配列番号1で示される塩基配列に対して80%以上の同一性を有する塩基配列
を含む配列である、請求項1に記載のヒマワリ種子。
【請求項3】
前記同一性が90%以上である、請求項2に記載のヒマワリ種子。
【請求項4】
ハイオレイン酸系統ヒマワリに前記配列挿入変異が導入されてなる、請求項1?3のいずれかに記載のヒマワリ種子。
【請求項5】
脂肪酸組成におけるステアリン酸含有率が11%以上である、請求項1?4のいずれかに記載のヒマワリ種子。
【請求項6】
前記配列挿入変異を対の染色体の両方において有する、請求項1?5のいずれかに記載のヒマワリ種子。
【請求項7】
FO-HS43系統種子(特許生物寄託センター受領番号:IPOD FERM P-22390)又はその派生系統種子である、請求項1?6のいずれかに記載のヒマワリ種子。
【請求項8】
請求項1?7のいずれかに記載のヒマワリ種子を含む又は結実させる、ヒマワリ植物。
【請求項9】
請求項1?7のいずれかに記載のヒマワリ種子が発芽及び成長してなる、ヒマワリ植物。
【請求項10】
請求項1?7のいずれかに記載のヒマワリ種子から油脂を回収することを含む、油脂の製造方法。

第3 申立理由の概要
特許異議申立人が申し立てた理由の概要及び証拠方法は、次のとおりである。

1 特許法第29条第2項
(1)請求項1-3に係る特許は、甲第1号証記載の発明及び甲第2、7-9号証の記載に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであり、取り消されるべきものである。
(2)請求項4に係る特許は、甲第1号証記載の発明及び甲第2、5、7-9号証の記載に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであり、取り消されるべきものである。
(3)請求項5-10に係る特許は、甲第1号証記載の発明及び甲第2-9号証の記載に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであり、取り消されるべきものである。
(なお、甲第10号証は、本件特許発明7と甲第1号証記載の発明との対比において、異議申立理由を支持するものとして提出されたAndres Zambelli博士の宣誓書であり、甲第11、12号証は、甲第10号証の付属書類である。)

[証拠方法]
甲第1号証:Plant Physiology and Biochemistry, 2008年, Vol.46, pp.109-116
甲第2号証:Theor Appl Genet, 2002, Vol.104, pp.338-349
甲第3号証:Crop Sci., 2000, Vol.40, pp.990-995
甲第4号証:Plant Physiol. Biochem., 2000, Vol.38, No.5, pp.377-382
甲第5号証:Crop Sci., 1995, Vol.35, pp.739-742
甲第6号証:国際公開第1995/020313号
甲第7号証:米国特許第7141267号明細書
甲第8号証:Journal of Virology, 1995, pp.3042-3048
甲第9号証:Journal of Virology, 1995, pp.5568-5575
甲第10号証:Andres Zambelli博士の宣誓書
甲第11号証:野生型ヒマワリとCAS3変異体のSAD17遺伝子のプロモーター領域の塩基配列
甲第12号証:Andres Zambelli博士の履歴書

2 特許法第36条第4項第1号、第6項第1号
請求項1、4-6に係る特許に関して、発明の詳細な説明の記載が特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしておらず、また、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていないため、請求項1、4-6に係る特許は取り消されるべきものである。

第4 当審の判断
1 特許法第29条第2項について
(1)甲第1-9号証の記載
ア 甲第1号証には、以下の事項が記載されている(なお、原文は英語のため、当審の翻訳で記載する。他の英語で記載された証拠についても同様である。)。

(ア)「この研究では、高ステアリン酸ヒマワリ(Helianthus annuus L.)変異体CAS-14を生化学的に特性評価しました。この突然変異体は、高温で成長すると、種子の長さに沿って異常な脂肪酸組成を示します。したがって、オレイン酸およびリノール酸を消費して、CAS-14種子は、胚から種子の最先端部までのステアリン酸の軸方向での勾配の増加を示します。この変異体における油の蓄積は、当初、脂肪酸合成前駆体である放射性標識酢酸塩の、in vivoでの発達中の種子組織への取り込みを分析することによって特徴づけられました。これらの実験は、後に成長しているヒマワリの穀粒からの無細胞抽出物でこの活性を評価したときに確認されたように、変異表現型が可溶性stearoyl-acyl carrier protein desaturase(SAD)活性の低下と関連していることを示しました。さらに、SAD酵素遺伝子の転写もこの組織で調べられ、sadl7およびsad6遺伝子の転写の協調的な減少が酵素活性の減少の根底にあることを確認しました。これらの結果とCAS-14形質の継承に関して以前に得られた結果に基づいて、植物可溶性デサチュラーゼに作用する可能性のある調節メカニズムについて議論します。」(p.109要約)

(イ)「他の高ステアリン酸ヒマワリ変異体に記載されている変異とは対照的に、CAS-14表現型はES3遺伝子の変異によって引き起こされ、SAD酵素に関連する境界グループとは一致しませんでした[20]。」(p.110左欄第34-38行)

(ウ)「89%の相同性を示し、ヒマワリでの油合成中に同様のレベルで発現するsad6とsadl7 [11]である、SAD酵素をコードする2つの遺伝子は、ヒマワリの穀粒において高レベルで発現します。これらのSAD遺伝子の発現レベルは、CAS-14および異なる温度で成長した対照種子におけるRT-PCRによって種子の異なる部位において調べられました。SADの両方の形態の発現の勾配が40℃で成長したCAS-14で観察され、これは両方の形態がこの変異体で下方制御されたことを示しました。種子中の可溶性デサチュラーゼの調節の可能なメカニズムに対するこれらの結果の意味が議論されています。」(p.110左欄第57行-右欄第11行)

(エ)「ES3の同定と配列決定は、油糧種子のプラスチド内不飽和化の調節を理解するために重要です。プラスチド内デサチュラーゼのレベルと特異性は、油糧種子の最終的な油の組成に即座に影響を与えることが示されています。したがって、SADのいくつかの形態の発現を協調的に制御することは、油糧種子のバイオテクノロジーにとって非常に興味深い可能性があります。この点で、因子ES3の特定は、商業用油糧作物から特殊油を生産するための新しい戦略を提供する可能性があります。」(p.115右欄第3-12行)

イ 甲第2号証には、ヒマワリ種子の油中のステアリン酸(C18:0)およびオレイン酸(C18:1)の合成の遺伝子制御を、候補遺伝子およびQTL分析を介して研究した。2つのF_(2)マッピング集団を、HA-89(標準的なリノール脂肪酸プロファイル)またはHAOL-9(HA-89の高C18:1バージョン)のいずれかと交雑させた、高C18:0変異体CAS-3を使用して開発した。stearoyl-ACP desaturase locus (SAD17A)およびoleoyl-PC desaturase locus (OLD7)は、高C18:0および高C18:1特徴を夫々制御する、以前に記載されたEs1およびO1遺伝子と同時分離することが見出されたことが記載されている。

ウ 甲第3号証には、ステアリン酸含有率が高いヒマワリ変異体CAS-3の種子が記載されている。

エ 甲第4号証には、ステアリン酸含有率が高いヒマワリ変異体CAS-3、CAS-4、CAS-8の種子が記載されている。

オ 甲第5号証には、ステアリン酸含有率が高いヒマワリ変異体CAS-3、CAS-4、CAS-8の種子が記載されている。

カ 甲第6号証には、ステアリン酸含有率が高いヒマワリ変異体CAS-3、CAS-4の種子が記載されている。

キ 甲第7号証には、植物において有効な転写開始領域(またはプロモーター)は、構成的プロモーターまたは事情により必要となる場合、誘導性もしくは発達的に調節されるプロモーターであり得る。例えば、植物の発達の特定の段階においてタンパク質活性を改変することが所望され得る。構成的プロモーターの使用は、植物の全ての部分においてタンパク質レベルおよび機能に影響する傾向があるが、組織特異的プロモーターの使用は、遺伝子発現および影響される機能のより選択的な制御を可能とすることが記載されている。

ク 甲第8号証には、ヘルペス単純ウイルスの制御タンパク質であるICP4(infected cell protein no.4)による転写の阻害は、結合部位のTATAボックスからの配向および距離の両方によって影響されることが記載されている。

ケ 甲第9号証には、ヘルペス単純ウイルスの制御タンパク質であるICP4結合部位とTATAボックスとの間の間隔の増加により、ICP4の転写を抑制する能力の減少、および、3粒子複合体に関与するICP4の能力の比例的な減少を生じることが記載されている。

(2)判断
ア 甲1発明の認定
上記(1)の(ア)、(ウ)から、甲第1号証には、高温で成長させるとステアリン酸を増加させる高ステアリン酸ヒマワリ変異体CAS-14種子では、sad17遺伝子とsad6遺伝子の転写の協調的な減少によるSAD酵素活性の減少がみられ、それによりステアリン酸を増加させるという変異表現型を有しているが、同(イ)から、この変異表現型はES3遺伝子の変異によって引き起こされ、それらのことから同(エ)では、ES3遺伝子が油糧植物の種子の複数種類のSADを協調的に制御して油の組成に即座に影響を与える重要な因子であることが記載されていると認められる。
そうすると、甲第1号証には以下の発明(以下、甲1発明という。)が記載されていると認められる。
「ES3遺伝子の変異によって引き起こされ、高温に曝して成長させた場合に、sad6遺伝子およびsad17遺伝子の転写の協調的な減少がもたらされてSAD活性が低下し、ステアリン酸が増加した、高ステアリン酸ヒマワリ変異体CAS-14種子。」

イ 本件特許発明1と甲1発明との対比
甲1発明の、ES3遺伝子の変異によって引き起こされた、「ステアリン酸が増加した、高ステアリン酸ヒマワリ変異体CAS-14種子」は、変異を有しないヒマワリ種子よりステアリン酸が増加したものであるから、本件特許発明1の「変異を有しないヒマワリ種子に比較してステアリン酸含有率が高い、ヒマワリ種子」に相当する。
そうすると、両者は「遺伝子に変異を有し、且つ、変異を有しないヒマワリ種子に比較してステアリン酸含有率が高い、ヒマワリ種子。」である点で一致し、以下の点で相違する。

(相違点)
遺伝子の変異が、本件特許発明1では、「stearoyl-acyl carrier protein desaturase 17(SAD17)遺伝子の配列番号2で示される塩基配列中のTATAボックスより3’側且つ開始コドンより5’側において配列挿入変異を有し、前記配列が400?800塩基長であ」るのに対し、甲1発明では、「ES3遺伝子の変異」である点。

ウ 相違点についての検討
甲第1号証においては、甲1発明として認定したように、ES3遺伝子の変異とヒマワリ種子を高い温度に曝して成長させることが記載されているのみであって、SAD活性を低下させるために、SAD17遺伝子のプロモーター領域に変異を挿入するといったことは記載も示唆もされていない。
そして上記のとおり、甲第1号証では、ES3遺伝子が複数種類のSADを協調的に制御することにより油の組成に即座に影響を与える重要な因子であることが総括されており、また、甲1発明においては、ヒマワリ種子においてステアリン酸を増加させるためにはES3遺伝子の変異のみならず、高温に曝して成長させることも必要な工程であることが認められるから、それらのES3遺伝子の変異と高温処理に代えて、SADの中の一つであるSAD17遺伝子を対象に何らかの変異を導入することでSAD17活性を低下させてステアリン酸含有率の高いヒマワリ種子を得ることの動機づけを見出すことができない。
また、甲1発明は、同様のレベルで発現するSAD6遺伝子とSAD17遺伝子の転写をES3遺伝子の変異により協調的に制御するものであるから、甲1発明において、SAD17遺伝子のみについてそのTATAボックスより3’側且つ開始コドンの5’側の領域に変異を挿入してステアリン酸含有率の高いヒマワリ種子を得ることの動機づけも見出すことはできない。
そして、甲第2-12号証にも上記事項についての記載や示唆がなされているとはいえない。
したがって、甲1発明において、ES3遺伝子の変異とヒマワリ種子を高い温度に曝して成長させることに代えて、SAD17遺伝子のTATAボックスより3’側且つ開始コドンの5’側において400-800塩基長の配列を挿入することは、甲第2-12号証の記載を考慮しても、当業者が容易に想到し得たものではない。

(3)特許異議申立人の主張について
特許異議申立人は、甲第1号証に加え、甲第2、7-9号証を挙げ、SAD17遺伝子のTATAボックスと開始コドンとの間に適切な塩基長の配列を挿入して遺伝子発現を変更する程度のことは当業者が普通に行い得たと主張している。
しかしながら、(2)判断で記載したように、甲1発明から、ES3遺伝子の変異とヒマワリ種子を高い温度に曝して成長させることに代えて、SAD17等のSAD関連遺伝子を対象に何らかの変異を導入することでSAD活性を低下させてステアリン酸含有率の高いヒマワリ種子を得ることの動機づけを見出すことができないし、甲1発明は、ES3遺伝子の変異によりSAD6遺伝子とSAD17遺伝子の転写を協調的に制御するものであるから、SAD17遺伝子のみについてそのTATAボックスより3’側且つ開始コドンの5’側の領域に変異を挿入してステアリン酸含有率の高いヒマワリ種子を得ることの動機づけも見出すことはできない。加えて、甲第2、7-9号証を含め、甲第2-12号証にはその点についての記載や示唆があるとは認められない。
したがって、本件特許発明1は、甲第1号証から、甲第2-12号証の記載を考慮したとしても、当業者が容易に想到し得たものとは認められない。
よって、特許異議申立人のかかる主張は理由がない。

(4)小括
以上のとおりであるから、本件特許発明1は、甲第1-12号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。
また、本件特許発明2-10は、いずれも本件特許発明1を直接又は間接に引用しており、本件特許発明1の発明特定事項をすべて有するものであるから、同様の理由により、本件特許発明2-10についても、甲第1-12号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

2 特許法第36条第4項第1号、第6項1号について
(1)特許異議申立人の主張の具体的内容
特許異議申立人は、本件特許発明1、4-6に係るヒマワリ種子について、所定の塩基長の挿入配列を有する高ステアリン酸ヒマワリ種子は複数得られておらず、発明の詳細な説明において、発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えている、と主張しているところ、特許異議申立人の主張内容は概ね次の2点に要約されるものと認められる。

ア 挿入する配列の位置や塩基長に関して、実施例で本願の課題を解決するものとして開示されているのは、図3で示される位置、塩基長(586塩基)のもののみであって、本件特許発明1は、その他の課題を解決できないような位置、塩基長のものを含み得るため、本願の課題を解決しないものを含むものであり、また、本件特許発明1に関して、発明の詳細な説明の記載は、図3で示される位置、塩基長以外のものについて、当業者といえども実施できるように明確かつ十分に記載されたものでない。本件特許発明1を引用する本件特許発明4-6についても同様である。

イ 突然変異誘発剤や放射線照射等の従来方法では、所定の配列変異を有する高ステアリン酸ヒマワリ系統を提供できるとは限らないため、本件特許発明1に関して、発明の詳細な説明の記載は、当業者といえども実施できるように明確かつ十分に記載されたものでない。本件特許発明1を引用する本件特許発明4-6についても同様である。

(2)判断
(1)アについて検討する。
本件特許発明1のヒマワリ種子は、SAD17遺伝子産物の機能(【0029】)及び発明の詳細な説明の記載(【0049】、実施例)に照らすと、SAD17遺伝子のTATAボックスより3’側且つ開始コドンより5’側に配列挿入変異が起きて、当該遺伝子の転写産物の量が低下、ひいては発現産物であるSAD17酵素の活性が抑制されたことに起因して、「配列挿入変異を有しないヒマワリ種子に比較してステアリン酸含有率が高い」という性質を呈するものと認められる。
そして、具体的な配列挿入変異として、実施例においては、SAD17遺伝子のTATAボックスより3’側且つ開始コドンより5’側に586塩基長の配列(配列番号1)が挿入されているSAD17遺伝子の配列が開示されている。
また、発明の詳細な説明には、挿入される配列の塩基長に関して、「挿入される配列の塩基長は、好ましくは100?1200塩基長、より好ましくは200?1000塩基長、さらに好ましくは400?800塩基長、よりさらに好ましくは500?700塩基長、特に好ましくは550?650塩基長である。」(【0036】)とも記載されている。
一方、挿入される配列の位置に関して、発明の詳細な説明には、「挿入配列の挿入位置は、SAD17遺伝子のTATAボックスより3’側且つ開始コドンより5’側である限り、特に制限されない。ここで、TATAボックスは、例えばSAD17遺伝子の一部を示す配列番号2で示される塩基配列においては、5’から1番目の塩基から9番目の塩基までの配列(TATATAAAA)である。TATAボックスより3’側とは、TATAボックスの3’末端の塩基よりも3’側であることを示す。開始コドンは、例えばSAD17遺伝子の一部を示す配列番号2で示される塩基配列においては、5’から122番目の塩基から124番目の塩基までの配列である。開始コドンより5’側とは、開始コドンの5’末端の塩基よりも5’側であることを示す。挿入位置の好ましい一例としては、例えばSAD17遺伝子の一部を示す配列番号2で示される塩基配列においては、好ましくは5’から15番目の塩基から102番目の塩基までの配列内の位置、より好ましくは5’から25番目の塩基から82番目の塩基までの配列内の位置、さらに好ましくは5’から30番目の塩基から62番目の塩基までの配列内の位置、よりさらに好ましくは5’から35番目の塩基から52番目の塩基までの配列内の位置である。挿入配列の周辺には、挿入に伴う各種変異(例えば、1?30(好ましくは1?20、より好ましくは1?10)塩基長の置換、欠失、付加、挿入等)が含まれていてもよい。このような変異の好ましい一例としては、GCTACTCTからなる配列の挿入が挙げられる。」(【0039】)と記載されている。
ここで、上述のとおり、本件特許発明1は、ただ、SAD遺伝子の上流領域に一定程度の長さの配列を挿入することで、その転写が低下し、その発現産物の酵素活性が抑制されるというだけのものであるから、本件特許明細書中において、TATAボックスより3’側且つ開始コドンより5’側の間に一定の長さの配列の挿入により、その酵素活性が抑制された実施例があれば、同じ領域に酵素活性を抑制する程度の長さの配列を挿入して所望のものを得ることは当業者が本件特許明細書の記載に基づき何ら困難性無く行えたと認められる。
してみると、本件特許発明1に関して、当業者であれば発明の詳細な説明に基づいて所定の配列変異を有する高ステアリン酸ヒマワリ系統を提供できるものと認められ、また、本件特許発明1は、TATAボックスより3’側且つ開始コドンより5’側の間という配列挿入位置、及び、400?800という一定の長さの塩基長が特定したものであるから、本願の課題を解決すると理解できる範囲のもののみを含むものであると認められる。
よって、(1)アに関して、本件特許発明1に関する発明の詳細な説明は当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されたものであり、また、本件特許発明1は発明の詳細な説明に記載されたものと認められるため、特許異議申立人の主張は理由がない。
次に(1)イについて検討する。
本件特許の発明の詳細な説明では、「ハイオレイン酸ヒマワリ系統FO-HO38の種子14000個に対し、炭素イオンビーム(12C6+、エネルギー320MeV、線量5Gy)を照射して、変異第1世代(M1)の種子を得た。M1種子を栽培し、自家受粉させて、3000系統以上のM2種子を得た。各系統のM2種子について、個々の種子の脂肪酸組成分析をガスクロマトグラフィーを用いて行い、ステアリン酸含有率が高い種子が含まれる系統を1つ選択した。・・・この高ステアリン酸含有率の種子を選択し、子孫を5世代にわたって栽培したところ、ステアリン酸含有率は安定に固定された。本系統をFO-HS43系統と名づけ、独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許生物寄託センター(IPOD)に寄託した(IPOD FERM P-22390)。」(【0056】)と記載されており、変異第1世代については炭素イオンビームを用いることが記載されている。
また、発明の詳細な説明には、「突然変異誘発処理としてはアジ化ナトリウム及びアルキル化剤等の突然変異誘発剤やX線及びγ線等の放射線照射のような突然変異誘発処理が例示されるが、これらの誘発剤と同様又は類似の効果をもたらすその他の突然変異誘発処理を使用しても良い。」(【0054】)とも記載されている。
確かに炭素イオンビームや突然変異誘発剤、あるいは、放射線照射等による変異では図3で示されるような本願の課題を解決するような配列挿入変異のものが得られる頻度はそれほど高くないかもしれない。しかしながら、発明の詳細な説明には「本発明のヒマワリ種子及び本発明のヒマワリ植物は、公知の方法に従って又は準じて得ることができる。例えば、アグロバクテリウム法、パーティクルガン法、プロトプラスト法、ゲノム編集技術等を利用して、得ることができる。或いは、FO-HS43系統又はその派生系統を利用して、交配により作出することもできる。」(【0047】)、すなわち、ゲノム編集技術等の本願出願時において相当程度正確な変異を導入できる周知の技術を用いてもよいことが記載されており、このような方法によれば、高い確度で本願の課題を解決すると合理的に理解できるステアリン酸含有率の高い種子を得ることが期待されると認められる。また、一度得たステアリン酸含有率の高い種子の交配も高い確度でステアリン酸含有率の高い種子を得ることが期待できると認められる。
してみると、本件特許発明1に関して、当業者であれば発明の詳細な説明に基づいて所定の配列変異を有する高ステアリン酸ヒマワリ系統を提供できるものと認められる。
よって、(1)イに関して、本件特許発明1に関する発明の詳細な説明は当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されたものと認められるため、特許異議申立人の主張は理由がない。
以上のことから、本件特許発明1に関する特許法第36条第4項第1号、第6項1号についての特許異議申立人の主張は理由がない。

(3)小括
以上のとおりであるから、本件特許発明1に関して、発明の詳細な説明の記載は特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていないとはいえず、また、特許請求の範囲の記載は同法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていないともいえない。
そして、同様の理由により、本件特許発明1を引用する本件特許発明4-6に関しても、発明の詳細な説明の記載は特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていないとはいえず、特許請求の範囲の記載は同法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていないともいえない。

第5 むすび
したがって、特許異議の申立ての理由及び証拠によっては、本件請求項1-10に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件請求項1-10に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。

 
異議決定日 2021-10-28 
出願番号 特願2020-127157(P2020-127157)
審決分類 P 1 651・ 537- Y (A01H)
P 1 651・ 536- Y (A01H)
P 1 651・ 121- Y (A01H)
最終処分 維持  
前審関与審査官 北村 悠美子  
特許庁審判長 長井 啓子
特許庁審判官 松野 広一
田村 聖子
登録日 2021-01-12 
登録番号 特許第6822599号(P6822599)
権利者 不二製油グループ本社株式会社
発明の名称 ヒマワリ種子  
代理人 特許業務法人三枝国際特許事務所  

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ