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審決分類 |
審判 全部申し立て 2項進歩性 C01B 審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備 C01B 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 C01B |
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管理番号 | 1379870 |
異議申立番号 | 異議2021-700754 |
総通号数 | 264 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許決定公報 |
発行日 | 2021-12-24 |
種別 | 異議の決定 |
異議申立日 | 2021-08-03 |
確定日 | 2021-11-09 |
異議申立件数 | 1 |
事件の表示 | 特許第6826049号発明「塩化水素混合物の製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 |
結論 | 特許第6826049号の請求項1?3に係る特許を維持する。 |
理由 |
1 手続の経緯 本件特許第6826049号(以下、「本件特許」という。)は、2016年(平成28年)12月1日(優先権主張 平成27年12月22日(JP)日本国)を国際出願日とする出願であって、令和3年1月18日にその特許権の設定登録がされ、同年2月3日に特許掲載公報が発行された。 その後、令和3年8月3日に特許異議申立人 小早川 安子(以下「申立人」という。)は、請求項1?3に係る特許に対して特許異議の申立てを行った。 2 本件発明 本件特許の請求項1?3に係る発明(以下、それぞれ「本件発明1」?「本件発明3」といい、まとめて「本件発明」という。)は、その特許請求の範囲の請求項1?3に記載された事項により特定される次のとおりのものである。 「【請求項1】 塩化水素と水とを含有する塩化水素混合物を製造する方法であって、 水分濃度が1モルppm以上である塩化水素混合物を冷却し、該塩化水素混合物中の水分を凝縮させて分離する第一脱水工程と、 前記第一脱水工程で得られた塩化水素混合物を水分吸着剤に接触させ、水分濃度を0.5モルppm未満とする第二脱水工程と、 前記第二脱水工程で得られた塩化水素混合物を、その少なくとも一部が液体となり且つ充填完了時の液相の水分濃度が0.01モルppm以上0.95モルppm以下となるように充填容器に充填する充填工程と、 を備える塩化水素混合物の製造方法。 【請求項2】 前記充填容器の少なくとも一部分がステンレス鋼で構成されている請求項1に記載の塩化水素混合物の製造方法。 【請求項3】 前記充填工程における前記塩化水素混合物の前記充填容器への充填量G_(1)(単位:kg)に対する前記充填容器の内容積V(単位:L)の比V/G_(1)が1.67以上11.8以下である請求項1又は請求項2に記載の塩化水素混合物の製造方法。」 3 申立理由の概要 申立人が主張する申立理由は、概略、以下のとおりである。 (1)申立理由1(明確性) 本件特許に係る明細書(以下、「本件明細書」という。)の段落【0030】には、本件発明1の水分吸着剤として活性炭が例示されているが、活性炭は水分のような極性の大きな物質に対する吸着性は低く、本件明細書に記載される水分吸着剤は、水分以外のものを吸着するための物質まで含まれることになる。 したがって、水分吸着剤が文言上意味する「水分を吸着するための物質」と、本件明細書に水分吸着剤として例示されている「活性炭」とが異なっているため、水分吸着剤の意味が明確でない。 また、水分吸着剤が、水分以外のものを吸着するための物質、例えば活性炭である場合には、塩化水素混合物を水分吸着剤に接触させることによって、水分濃度を0.5モルppm未満に制御することができないことは明らかであるから、このような発明特定事項の技術的意味を当業者が理解できず、さらに、発明特定事項が不足していることが明らかである。 よって、本件発明1?3は明確でないから、本件発明1?3に係る特許は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない出願に対してされたものであり、同法第113条第4号に該当するため取り消されるべきものである(特許異議申立書第8頁第2行?第9頁第4行)。 (2)申立理由2(実施可能要件) ア 申立理由2-1 本件明細書の発明の詳細な説明には、水分吸着剤として、ゼオライトの一種であるユニオン昭和株式会社製の製品名「モレキュラーシーブ3A」を用いた実施例5が記載されているが、「モレキュラーシーブ3A」以外の水分吸着剤を用いた実施の形態が実施できるように記載されていない。 特に、その細孔によって水を吸着する「モレキュラーシーブ3A」に対して、水分のような極性の大きな物質に対する吸着性が低い活性炭が水分濃度を0.5モルppm未満に制御することができないことは明らかであり、水に対してその化学構造が大きく変わるような反応を生じる五酸化二リンが「モレキュラーシーブ3A」と同様に水分濃度を0.5モルppm未満に制御することができるかは当業者であっても理解できない。 さらに、本願発明の課題は「金属を腐食させにくい塩化水素混合物及びその製造方法を提供すること」であるところ、五酸化二リンは水と反応することによってリン酸を生じ、リン酸はステンレスを腐食することが知られているから、リン酸が金属を腐食させることによって、本件発明の目的を損なうことが強く疑われる。 したがって、本件明細書の発明の詳細な説明には、水分吸着剤に含まれる「モレキュラーシーブ3A」についてのみが実施できるように記載されているのであって、「モレキュラーシーブ3A」以外について実施できるように記載されていない。 イ 申立理由2-2 本件明細書の発明の詳細な説明には、「充填工程」に関し、どのように充填容器に充填すれば、「その少なくとも一部が液体となり且つ充填完了時の液相の水分濃度が0.01モルppm以上0.95モルppm以下となる」ようにできるのかが具体的に記載されていない。 ウ 申立理由2-3 本件明細書の発明の詳細な説明には、第二脱水工程で得られた塩化水素混合物の水分濃度よりも、液相の水分濃度が低くなるように充填する実施の形態ができるものとして記載されているものの、第二脱水工程で得られた塩化水素混合物の水分濃度よりも、液相の水分濃度が低くなるように充填する実施の形態が実施できることの裏付けがない。 エ よって、発明の詳細な説明には、本件発明1?3を当業者が実施することができる程度に明確かつ十分に記載されていないから、本件発明1?3に係る特許は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない出願に対してされたものであり、同法第113条第4号に該当するため取り消されるべきものである(特許異議申立書第9頁第6行?第10頁最終行)。 (3)申立理由3(サポート要件) 本件明細書の発明の詳細な説明には、水分吸着剤に含まれる「モレキュラーシーブ3A」についての実施の形態のみが具体的に記載されているため、水分吸着剤として「モレキュラーシーブ3A」以外も含む本件発明1の範囲まで、発明の詳細な説明に記載された内容を拡張ないし一般化できない。 また、本件明細書の発明の詳細な説明には、第二脱水工程で得られた塩化水素混合物の水分濃度よりも、液相の水分濃度が低くなるように充填する実施の形態が具体的に記載されているのみであって、第二脱水工程で得られた塩化水素混合物の水分濃度よりも、液相の水分濃度が低くなることを含む本件発明1の範囲まで、発明の詳細な説明に記載された内容を拡張ないし一般化できない。 よって、本件発明1?3は、発明の詳細な説明に記載されたものではないから、本件発明1?3に係る特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない出願に対してされたものであり、同法第113条第4号に該当するため取り消されるべきものである(特許異議申立書第11頁第1行?第14行)。 (4)申立理由4(進歩性) 本件発明1?3は、甲第1号証に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件発明1?3に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであり、同法第113条第2号に該当するため取り消されるべきものである(特許異議申立書第11頁第15行?第20頁第31行)。 <甲号証一覧> 甲第1号証:特開2010-138002号公報 甲第2号証:特表2009-536913号公報 甲第3号証:佐治孝、“リン酸と金属の反応について”、金属表面技術、昭和52年、第28巻、第1号、p.2?11 4 甲号証の記載内容について (1)甲第1号証の記載内容及び引用発明 ア 甲第1号証の記載内容 甲第1号証には、下記の事項が記載されている(当審注:下線は当審による。「…」は当審による省略を意味する。以下も同様。)。 (ア)「【請求項1】 塩化水素および不純物を含む原料ガス中の塩化水素を酸素で酸化して塩素を製造する方法であって、 原料ガス中の塩化水素を酸素で酸化することにより塩素を含むガスを得る酸化工程と、 前記酸化工程で得られた塩素を含むガスを水または塩酸水と接触させ塩化水素および水を主成分とする溶液として未反応塩化水素を回収するとともに、塩素および酸素を主成分とするガスを得る吸収工程とを含み、 前記原料ガスは、第1放散工程および第2放散工程の少なくともいずれかの工程で得られるガスを含み、 前記第1放散工程は、原料ガスを水または塩酸に吸収させて、塩化水素および水を主成分とする溶液と、不純物を主成分とするガスとに分離する原料ガス吸収工程で得られた溶液を放散させて塩化水素を主成分とするガスを得る工程であり、 前記第2放散工程は、前記吸収工程で得られた溶液を放散させて塩化水素を主成分とするガスを得る工程であり、 前記原料ガスは、前記第1放散工程および前記第2放散工程の少なくともいずれかの工程の後であって、前記酸化工程に供される前に、水分を除去する工程と、圧縮する工程とを経ることを特徴とする、塩素の製造方法。」 (イ)「【0060】 〔5〕水分を除去する工程 本発明においては、原料ガスは、第1放散工程および上記第2放散工程の少なくともいずれかの工程の後であって、上記酸化工程に供される前に、水分を除去する工程(水分除去工程)を経る。すなわち、本発明の塩素の製造方法に第1放散工程を含む場合は、該放散工程の後、第2放散工程を含む場合は、第2放散工程の後、また、第1放散工程と第2放散工程とを含む場合は、これらの放散工程の後に水分除去工程を備える。 【0061】 一般に、塩素の製造方法において、上記酸化工程に供する原料ガスは高圧で供給されることが好ましいが、このような高圧において原料ガスを供給するためには、放散工程における放散圧力を高める必要がある。しかしながら、原料ガスの放散圧力を高めるためには、放散塔内が高温条件となるため、装置材料としてタンタルなどの高価な材料を適用しなければならない。本発明はこの点において、放散工程における放散圧力はできるだけ低圧として、別途後述する圧縮する工程を含むことによって酸化工程に供給するガスの圧力を高めることで、上述のように放散工程における装置材料の選択幅を広げることを可能となる。しかしながら、上記放散工程において得られる放散ガスには水分が含まれるので、圧縮する工程における装置の腐食を防ぐためには、高価な材料を用いる必要があり、放散工程における装置材料の効果を十分に発揮することができない虞がある。当該課題に鑑み、本発明においては、上記第1放散工程および上記第2放散工程の少なくともいずれかの工程の後に、水分除去工程を含む。 【0062】 上記水分除去工程は、上記第1放散工程または上記第2放散工程で得られたガスに含まれる水分の除去を行なう工程である。水分除去工程としては、たとえば、上記第1放散工程または上記第2放散工程で得られたガスを例えば-70℃?40℃に冷却し、ガス中の水および塩化水素の一部を凝縮させてガス中の水の濃度を低減させる深冷凝縮方法や、第1放散工程または第2放散工程で得られたガス、または当該ガスを冷却した未凝縮ガスをさらに、硫酸(または濃硫酸)、塩化カルシウム、過塩素酸マグネシウム、ゼオライトなどの化合物と接触させて水分を除去させる方法により乾燥ガスを得ることができる。このような水分除去工程は、0.03MPa?1MPaの圧力下で行なえばよい。上記乾燥ガスにおける水分は、好ましくは0.5mg/l以下であり、より好ましくは、0.1mg/l以下である。 … 【0065】 〔6〕圧縮する工程 本発明において、上記〔5〕水分を除去する工程の後であって、酸化工程の前に、上記第1放散工程または上記第2放散工程で得られたガスは圧縮する工程(圧縮工程)を経る。圧縮工程は、上記第1放散工程または上記第2放散工程で得られたガスを放散圧力よりも高圧にする工程である。 【0066】 ここで、圧縮工程に供するガスとして、放散工程で得られたガスをそのまま適用する場合、放散工程で得られたガスは水分を含む塩化水素ガスであり、その露点以下では塩酸水を形成するために腐食性が大きいものであるため、このような水分を含む塩化水素ガスを圧縮するには、圧縮機としてタンタルなどの高価な材料が必要となる。しかしながら、機械的強度を要し、かつ複雑な装置構造である圧縮機を高価な材料で製作することは現実的ではない。 【0067】 本発明においては、上記水分除去工程で水分を除去した上記第1放散工程または第2放散工程で得られたガスを圧縮工程に用いることによって、圧縮工程に用いる圧縮機として、カーボンスチール、ステンレススチールなどの一般的な金属材料を適用することができる。本発明においては、このような安価な装置構成で、酸化工程に供する際のガス圧を高圧に設定することができ、結果として製造方法全体の効率を向上させることができる。 【0068】 上記圧縮工程においては、たとえば、水分除去工程を経た乾燥ガスを常温(25℃)における圧力が放散圧力よりも高い圧力、例えば0.35MPa?5MPaとなるように昇圧する。このような昇圧は、公知の圧縮機(コンプレッサ)を用いて行なうことができ、たとえば、遠心圧縮機などのターボ圧縮機や、往復圧縮機、ロータリー圧縮機などの容積圧縮機などを例示することができる。このような圧縮工程を設けることで、上記第1放散工程および第2放散工程における放散圧力を0.35MPa以下に設定することが可能となる。 【0069】 本発明の塩素の製造方法における〔5〕水分を除去する工程と〔6〕圧縮する工程とは、図1に示すように第1放散工程を含む場合は、図1中のDに示すような位置において、第1放散工程で得られたガスに対して行なうこことができる。…」 (ウ)「【図1】 」 イ 甲第1号証に記載された発明 上記アの記載を、塩素を製造する方法における「水分を除去する工程」及び「圧縮する工程」に注目して整理すると、甲第1号証には、以下の発明が記載されている。 「塩素を製造する方法における、塩化水素及び不純物を含む原料ガスを水に吸収させて得られた塩化水素及び水を主成分とする溶液を放散させて得られる塩化水素を主成分とするガスを酸化工程前に処理する方法であり、 塩化水素を主成分とするガスを冷却し、ガス中の水及び塩化水素の一部を凝縮させてガス中の水の濃度を低減させる深冷凝縮方法、又は、塩化水素を主成分とするガス若しくはこれを冷却した未凝縮ガスをゼオライト等の化合物と接触させる方法により、水分が0.1mg/l以下である乾燥ガスを得る水分除去工程と、 水分除去工程を経た乾燥ガスを昇圧する圧縮する工程と、 を備える方法。」(以下、「甲1発明」という。) (2)甲第2号証の記載内容 甲第2号証には、下記の事項が記載されている。 「【0027】 図2はまた、中間沸点の汚染物質を除去するための、蒸留塔からの抜き出し(draw-off)サイドストリーム(または側流)Iを示す。このストリームは、有機物を除去するために活性炭床8に供給され得、その結果、処分されるストリームI’が生じる。」 (3)甲第3号証の記載内容 甲第3号証には、下記の事項が記載されている。 「2. 金属とリン酸との反応 2-1 溶解能と温度,濃度 A. Swandby^(31)) はリン酸とステンレスとの腐食反応とリン酸濃度,温度との関係を求めており,これを図6に示す。リン酸では濃度の増加とともに腐食性は単調に増加する。… 高濃度リン酸の軟鋼に対する腐食性は図7にみられるように温度の上昇とともに著しく増大するが,ステンレスのような耐食性金属も同様である。 Alizlovs^(34)) によると304ステンレスでは100℃付近をさかいとして,腐食量が飛躍的に増し,これは不働態皮膜の破壊によるという。このような合金の挙動は,高濃度リン酸中の使用限界の温度を示す意味で重要である。」(第4頁右欄第10行?第5頁左欄第9行) 「 」(第5頁) 5 技術常識を示すために当審で新たに引用する引用文献の記載内容 (1)引用文献1(国際公開第2013/172135号)の記載内容 引用文献1には、下記の事項が記載されている。 「[0059] このような本装置においては、まず、外部から受け入れた処理対象ガスが吸湿部に導入され吸湿剤と接触することにより、当該処理対象ガスの水蒸気量及び相対湿度が低減される。吸湿剤は、処理対象ガスの水蒸気量及び相対湿度を低減するものであれば特に限られず、例えば、活性炭、モレキュラーシーブ、シリカゲル、アルミナ、塩化カルシウム、塩化マグネシウム、五酸化リン及び塩化リチウムからなる群より選択される1種以上であることとしてもよい。」 (2)引用文献2(実公昭47-31257号公報)の記載内容 引用文献2には、下記の事項が記載されている。 「…五酸化鱗が吸水力…が強く、他の乾燥剤例えば塩素酸マグネシウム…、塩化カルシウム…などに比べて乾燥能力が大きいことによるものであるが、五酸化鱗は吸水するとメタ燐酸となり、表面がガラス状の固化皮膜で覆われ、吸水作用をしなくなる性質がある。…」(第2欄第3行?第10行) (3)引用文献3(特表2006-505651号公報)の記載内容 引用文献3には、下記の事項が記載されている。 「【0056】 リン酸は、五酸化リン(P_(2)O_(5))が水和して生じる一連の酸mP_(2)O_(5)・nH_(2)Oの総称である。 リン酸には、メタリン酸、ピロリン酸、オルトリン酸、トリリン酸、テトラリン酸などがある。 その他には、メタリン酸の重合によって生じるポリメタリン酸系のものもある。 リン酸の性質は、無色・無臭の粘性度が大きな液体であり、融点が42.35℃、比重が1.834で潮解性がある。 100gの水に20℃で542gのリン酸が溶ける。 リン酸は、非揮発性である。 加熱するとピロリン酸やポリリン酸となり、更に加熱するとメタリン酸となる。 アルコールにも溶解し、金属及びその酸化物を激しく浸食する。 実験室では、リン酸は、リンを酸素又は空気中で燃焼させたときに生じる五酸化リンを水と反応させて製造する。 工業的なリン酸の製法には、元素状態のリンの燃焼と水和によって作る乾式法と、燐鉱石の硫酸分解によって作る湿式法とに区分される。」 6 当審の判断 (1)申立理由1(明確性)について 引用文献1(上記5(1))に記載されるように、活性炭はモレキュラーシーブや五酸化リン等と同様に処理対象ガスの水蒸気量を低減する物質であることが本件特許に係る出願時の技術常識である。 そうすると、甲第2号証(上記4(2))に記載されるように、活性炭が水分以外のものを吸着する作用を有するとしても、水分吸着剤が文言上意味する「水分を吸着するための物質」であることに変わりなく、活性炭が例示されることが水分吸着剤の意味を不明確とすることはない。 また、申立人が主張する、塩化水素混合物を活性炭に接触させることによって、水分濃度を0.5モルppm未満に制御することができないということを示す証拠はなく、上記のとおり、活性炭は水分を吸着する作用を有するのであり、活性炭により水分濃度を0.5モルppm未満に制御することができないことが明らかであるとはいえないのであるから、本件発明において発明特定事項の技術的意味を当業者が理解できないとか、何らかの発明特定事項が不足しているといった事情も存在しない。 したがって、本件発明1?3は明確であり、申立理由1に理由はない。 (2)申立理由2(実施可能要件)について ア 申立理由2-1について 引用文献1(上記5(1))に記載されるように、活性炭や五酸化リンはモレキュラーシーブと同様に処理対象ガスの水蒸気量を低減する物質であることが本件特許に係る出願時の技術常識である。 そして、申立人が主張する、塩化水素混合物を活性炭や五酸化二リンに接触させることによって、水分濃度を0.5モルppm未満に制御することができない、もしくは、制御できるか不明であることを示す証拠はなく、上記のとおり、活性炭や五酸化二リンは水分を吸着する作用を有するのであり、活性炭や五酸化二リンにより水分濃度を0.5モルppm未満に制御することができないことが明らかであるとはいえない。 また、引用文献2(上記5(2))に記載されるように、五酸化鱗は吸水するとメタ鱗酸となり、表面がガラス上の固化皮膜になること、また、引用文献3(上記5(3))に記載されるように、リン酸は不揮発性の液体であることは本件特許に係る出願時の技術常識であることから、五酸化二リンが水と反応することで生じたリン酸は、そのまま五酸化二リンと共にその場に留まる可能性が高く、塩化水素混合物にリン酸が混入し、金属の腐食を生じさせるとはいえない。 さらに、申立人は甲第3号証(上記4(3))の記載を根拠にリン酸はステンレスを腐食すると主張するものの、五酸化二リンが水と反応することで生じたリン酸がどのように塩化水素混合物に混入するのかについて具体的な主張はしていないから、甲第3号証の記載を考慮しても、五酸化二リンが、本件発明の「水分吸着剤」として利用できないとはいえない。 よって、本件明細書の発明の詳細な説明には、水分吸着剤に含まれる「モレキュラーシーブ3A」について実施できるように記載されているものの、当業者であれば、水分を吸着する作用を有する水分吸着剤全般についても、「モレキュラーシーブ3A」と同様に実施できることを理解できるから、申立理由2-1に理由はない。 イ 申立理由2-2について 本件明細書の発明の詳細な説明の段落【0031】?【0035】、【0050】?【0053】には「充填工程」について具体的に記載されている。 特に、段落【0034】に「さらに、充填容器内に水分が残存していると、充填した塩化水素混合物の水分濃度が上昇してしまうので、充填容器内の残存水分量が0.1モルppm以下となるように、予め加熱減圧処理を施していてもよい。」と記載されていることからすれば、本件発明1で特定されるように、第一工程及び第二脱水工程によって得られた「水分濃度を0.5モルppm未満」の塩化水素混合物を充填することに加えて、充填工程に起因する水分濃度の増加を抑制する処理、例えば、充填容器の「加熱減圧処理」等の処理を施すことで「その少なくとも一部が液体となり且つ充填完了時の液相の水分濃度が0.01モルppm以上0.95モルppm以下となる」とすることができるものと当業者は理解できる。 したがって、申立理由2-2に理由はない。 ウ 申立理由2-3について 本件発明1は、 「前記第一脱水工程で得られた塩化水素混合物を水分吸着剤に接触させ、水分濃度を0.5モルppm未満とする第二脱水工程と、 前記第二脱水工程で得られた塩化水素混合物を、その少なくとも一部が液体となり且つ充填完了時の液相の水分濃度が0.01モルppm以上0.95モルppm以下となるように充填容器に充填する充填工程と、 を備える」 ものであって、第二脱水工程で得られた塩化水素混合物の水分濃度よりも、液相の水分濃度が低くなるように充填するものではないから、第二脱水工程で得られた塩化水素混合物の水分濃度よりも、液相の水分濃度が低くなるように充填する実施の形態が実施できることの裏付けが必要であるとはいえない。 したがって、申立理由2-3に理由はない。 エ 小活 以上のとおりであるから、申立理由2に理由はない。 (3)申立理由3(サポート要件)について 本件発明の課題は、本件明細書の発明の詳細な説明の段落【0011】等の記載から「金属を腐食させにくい塩化水素混合物」の「製造方法を提供すること」であると認められる。 そして、発明の詳細な説明の段落【0050】?【0051】には、実施例5の塩化水素混合物の製造方法として、水分濃度が1000モルppmである粗塩化水素混合物ガスを冷却して、粗塩化水素混合ガス中の水分の一部を除去し、当該水分が一部除去された粗塩化水素混合物ガスを水分吸着剤(モレキュラシーブ3A)に接触させて、水分濃度が0.34モルppmの塩化水素混合物ガスを得て、この水分濃度が0.34モルppmの塩化水素混合物ガスを充填容器に圧縮充填することで、充填容器内の液化塩化水素混合物の水分濃度が0.41モルppmとなる方法が具体的に記載されている。また、段落【0040】?【0049】には、充填完了時の液相の水分濃度が0.01?0.80モルppmである実施例1?4の塩化水素混合物が、同1.0?2.0モルppmの比較例1及び2の塩化水素混合物と比較して、腐食速度が抑制されることが具体的に記載されていることを踏まえると、上記実施例5の塩化水素混合物の製造方法は、本件発明の上記課題を解決できると認識できる。 加えて、発明の詳細な説明の段落【0019】には「そこで、本発明者らは、塩化水素中の微量の水分による金属の腐食について鋭意検討した結果、驚くべきことに、水分濃度がppmレベルで十分に低い場合には金属の腐食が著しく抑制されることを見出し、本発明を完成するに至った。」と記載されており、段落【0025】には「液相の水分濃度が1モルppm未満であれば、充填容器からの塩化水素混合物ガスの放出に伴って水分が液相側に濃縮されていったとしても、充填容器から放出される塩化水素混合物ガスの水分濃度が、放出終期まで金属の腐食が抑制されるレベル(例えば4.5モルppm未満)に保たれる。」と記載され、また、段落【0029】?【0031】には、水分濃度が1モルppm以上である塩化水素混合物ガスを冷却して、水分濃度を0.5モルppm以上1モルppm未満とする第一脱水工程と、第一脱水工程で得られた塩化水素混合物ガスを水分吸着剤に接触させて、水分濃度を0.5モルppm未満とする第二脱水工程と、第一脱水工程及び第二脱水工程によって、水分濃度を0.5モルppm未満とされた塩化水素混合物ガスを充填容器に圧縮充填することで、液相の水分濃度が0.01モルppm以上1モルppm未満となることも記載されている。 したがって、これら記載を併せ考えれば、本件発明1は、第一脱水工程及び第二脱水工程によって、塩化水素混合ガスの水分量を0.5モルppm未満とすると共に、「前記第二脱水工程で得られた塩化水素混合物を、その少なくとも一部が液体となり且つ充填完了時の液相の水分濃度が0.01モルppm以上0.95モルppm以下となるように充填容器に充填する充填工程」を備えることによって、実施例5の塩化水素混合物の製造方法と同様に、上記課題を解決できることを当業者が認識できる。 なお、このように、本件発明1は上記課題を解決できることを当業者が認識できるものであるところ、上記(2)ア及びウで検討したとおり、当業者において、実施例5で使用されている「モレキュラーシーブ3A」以外の水分吸着剤を使用できることや、本件発明1の充填工程は、第二脱水工程で得られた塩化水素混合物の水分濃度よりも、液相の水分濃度が低くなるように充填するものではないことを理解できるから、水分吸着剤が「モレキュラーシーブ3A」であること、及び、第二脱水工程で得られた塩化水素混合物の水分濃度よりも、液相の水分濃度が低くならないことがサポート要件を満たすために特定される必要はない。 よって、本件発明1?3は、発明の詳細な説明に記載されたものであり、申立理由3に理由はない。 (4)申立理由4(進歩性)について ア 本件発明1について 本件発明1と甲1発明を対比する。 甲1発明の「塩化水素および不純物を含む原料ガスを水に吸収させて得られた塩化水素及び水を主成分とする溶液を放散させて得られる塩化水素を主成分とするガスを酸化工程前に処理する方法」は、「塩化水素を主成分とするガス」が「塩化水素及び水を主成分とする溶液を放散させて得られる」ものであり、水を含有していることは明らかであるから、本件発明1の「塩化水素と水とを含有する塩化水素混合物を製造する方法」に相当する。 そうすると、両者は、「塩化水素と水とを含有する塩化水素混合物を製造する方法」である点で一致し、以下の点で相違する。 <相違点1> 本件発明1は、 「水分濃度が1モルppm以上である塩化水素混合物を冷却し、該塩化水素混合物中の水分を凝縮させて分離する第一脱水工程と、 前記第一脱水工程で得られた塩化水素混合物を水分吸着剤に接触させ、水分濃度を0.5モルppm未満とする第二脱水工程」 を備えるのに対し、甲1発明は、塩化水素を主成分とするガスを冷却し、ガス中の水及び塩化水素の一部を凝縮させてガス中の水の濃度を低減させる深冷凝縮方法、又は、塩化水素を主成分とするガス若しくはこれを冷却した未凝縮ガスをゼオライト等の化合物と接触させる方法により、水分が0.1mg/l以下である乾燥ガスを得る水分除去工程を備える点。 <相違点2> 本件発明1は、 「前記第二脱水工程で得られた塩化水素混合物を、その少なくとも一部が液体となり且つ充填完了時の液相の水分濃度が0.01モルppm以上0.95モルppm以下となるように充填容器に充填する充填工程」 を備えるのに対し、甲1発明は、水分除去工程を経た乾燥ガスを昇圧する圧縮する工程を備える点。 事案に鑑み、相違点2について検討する。 まず、甲1発明の圧縮する工程は乾燥ガスを昇圧するものであるが、充填容器に充填するものではないので、相違点2は実質的なものである。 次に、上記相違点2に係る本件発明1の特定事項の容易想到性について検討すると、甲第1号証の段落【0061】(上記4(1)ア(イ))に記載されるように、甲1発明の乾燥ガスを昇圧する圧縮する工程は、塩素を製造する方法における一連の工程である酸化工程に供給するガスを圧縮して昇圧するための工程であるから、当該一連の工程である酸化工程に供給する前に充填容器に充填しようとする動機付けはない。 したがって、甲1発明において、充填容器に充填する充填工程を備えるようにすることは当業者が容易に想到し得たこととはいえない。 よって、本件発明1は、甲第1号証に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。 イ 本件発明2、3について 請求項2、3は請求項1を直接又は間接に引用するものであるから、本件発明2、3は本件発明1と事情は同じである。 よって、本件発明2、3は、甲第1号証に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。 ウ 小活 以上のとおりであるから、申立理由4に理由はない。 7 むすび 以上のとおり、請求項1?3に係る特許は、特許異議申立書に記載された申立理由によっては、取り消すことができない。 また、他に請求項1?3に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。 よって、結論のとおり決定する。 |
異議決定日 | 2021-10-27 |
出願番号 | 特願2017-557831(P2017-557831) |
審決分類 |
P
1
651・
121-
Y
(C01B)
P 1 651・ 537- Y (C01B) P 1 651・ 536- Y (C01B) |
最終処分 | 維持 |
前審関与審査官 | 神野 将志 |
特許庁審判長 |
宮澤 尚之 |
特許庁審判官 |
金 公彦 伊藤 真明 |
登録日 | 2021-01-18 |
登録番号 | 特許第6826049号(P6826049) |
権利者 | 昭和電工株式会社 |
発明の名称 | 塩化水素混合物の製造方法 |
代理人 | 田中 秀▲てつ▼ |
代理人 | 森 哲也 |