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この審決には、下記の判例・審決が関連していると思われます。
審判番号(事件番号) データベース 権利
不服20198088 審決 特許
令和2行ケ10038 審決取消請求事件 判例 特許
不服20208797 審決 特許
令和2行ケ10004 審決取消請求事件 判例 特許
令和2行ケ10056 審決取消請求事件 判例 特許

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審決分類 審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  A01N
審判 全部申し立て 2項進歩性  A01N
管理番号 1379888
異議申立番号 異議2021-700843  
総通号数 264 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2021-12-24 
種別 異議の決定 
異議申立日 2021-09-01 
確定日 2021-11-22 
異議申立件数
事件の表示 特許第6838186号発明「抗ウィルス性基体、抗ウィルス性組成物、抗ウィルス性基体の製造方法、抗微生物基体、抗微生物組成物及び抗微生物基体の製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6838186号の請求項1ないし6に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
本件特許第6838186号は、2018年10月12日(優先権主張 2017年10月12日(日本)、2018年3月28日(日本)及び2018年9月5日(日本))を国際出願日とする特願2019-519361号の一部を、令和1年7月23日に新たな特許出願とした特願2019-135462号の一部を、令和2年4月24日に新たな特許出願としたものであって、令和3年2月15日に特許権の設定登録がなされ、同年3月3日にその特許公報が発行され、その後、請求項1?6に係る特許に対して、同年9月1日に特許異議申立人 岩部英臣(以下、「申立人」という。)から、特許異議の申立てがなされたものである。

第2 本件請求項1?6に係る発明
本件請求項1?6に係る発明(以下、「本件発明1」等といい、まとめて「本件発明」という。)は、その特許請求の範囲の請求項1?6に記載された以下の事項によって特定されるとおりのものである。
「【請求項1】
銅化合物を含む電磁波硬化型樹脂の硬化物であって、
前記銅化合物の少なくとも一部は、前記電磁波硬化型樹脂の硬化物の表面から露出してなり、
前記銅化合物を含む電磁波硬化型樹脂のエネルギー分散型X線分析装置で求めた表面組成比は、樹脂成分の主構成元素である炭素元素と銅元素の特性X線のピーク強度に基づいて算出され、その重量比はCu:C=1.0:28.0?200.0であり、
前記硬化物は脂肪酸で被覆された一価の銅化合物粒子を含まず、かつ、光触媒を含まないことを特徴とする抗ウィルス性の硬化物。
【請求項2】
前記電磁波硬化型樹脂の硬化物は、光重合開始剤を含む請求項1に記載の抗ウィルス性の硬化物。
【請求項3】
前記電磁波硬化型樹脂の硬化物は、水に不溶性の重合開始剤を含む請求項1又は2に記載の抗ウィルス性の硬化物。
【請求項4】
前記光重合開始剤は、アルキルフェノン系の重合開始剤、ベンゾフェノン及びその誘導体からなる群から選ばれる少なくとも1種以上である請求項2に記載の抗ウィルス性の硬化物。
【請求項5】
前記電磁波硬化型樹脂は、アクリル樹脂、ウレタンアクリレート樹脂、ポリエーテル樹脂、ポリエステル樹脂、エポキシ樹脂、及び、アルキッド樹脂からなる群から選択される少なくとも1種である請求項1?4のいずれか1項に記載の抗ウィルス性の硬化物。
【請求項6】
前記銅化合物は、X線光電子分光分析法により、925?955eVの範囲にあるCu(I)とCu(II)に相当する結合エネルギーを5分間測定することで算出される、前記銅化合物中に含まれるCu(I)とCu(II)とのイオンの個数の比率(Cu(I)/Cu(II))が0.4?50である請求項1?5のいずれか1項に記載の抗ウィルス性の硬化物。」

第3 異議申立ての理由についての検討
1 申立人の異議申立ての理由について
申立人の異議申立ての理由は、概要以下のとおりである。
甲第1号証:特許第5723097号公報
甲第2号証:特表2003-528975号公報
甲第3号証:再公表特許第2005/083171号
甲第4号証:特開2002-241208号公報
甲第5号証:特表2011-500216号公報
甲第6号証:特開2013-105947号公報
甲第7号証:Chemical materials database, Irgacure(登録商標) 500 https://mychem.ir/en/material/irgacure-500/、及び抄訳
甲第8号証:特表2009-509023号公報
甲第9号証:国際公開第2017/170593号
甲第10号証:「水系UV硬化性樹脂、水溶性樹脂、UV粉体塗料用樹脂」、ダイセル・オルネクス株式会社
http://www.daicel-allnex.com/products/product06.html
(以下、甲第1?10号証を「甲1」?「甲10」という。)

・申立ての理由1-1
本件発明1、2、3、5は、甲2に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、請求項1、2、3、5に係る特許は、同法同条第1項の規定に違反してされたものである。
よって、本件発明1、2、3、5に係る特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。

・申立ての理由1-2
本件発明1、2、3、5は、甲3に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、請求項1、2、3、5に係る特許は、同法同条第1項の規定に違反してされたものである。
よって、本件発明1、2、3、5に係る特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。

・申立ての理由2-1
本件発明1?6は、甲2に記載された発明から当業者が容易に発明することができたものであるか、甲2に記載された発明及び甲5、7、8に記載された事項から当業者が容易に発明することができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。
よって、本件発明1?6に係る特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。

・申立ての理由2-2
本件発明1?6は、甲3に記載された発明から当業者が容易に発明することができたものであるか、甲3に記載された発明及び甲7、8に記載された事項から当業者が容易に発明することができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。
よって、本件発明1?6に係る特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。

・申立ての理由2-3
本件発明1?6は、甲1に記載された発明から当業者が容易に発明することができたものであるか、甲1に記載された発明及び甲5、7、8に記載された事項から当業者が容易に発明することができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。
よって、本件発明1?6に係る特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。

2 申立ての理由1-1及び理由2-1について
(1)甲2の記載事項
ア 「【請求項1】 抗菌性および抗ウィルス性のポリマー材料であって、イオンの銅の微視的粒子を有しており、該粒子が該ポリマー材料に封入され、かつその表面から突出している、ポリマー材料。
【請求項2】 上記ポリマー材料がフィルムである、請求項1記載の抗菌性および抗ウィルス性のポリマー材料。
【請求項3】 上記ポリマー材料が繊維である、請求項1記載の抗菌性および抗ウィルス性のポリマー材料。
【請求項4】 上記ポリマー材料が糸である、請求項1記載の抗菌性および抗ウィルス性のポリマー材料。
【請求項5】 上記粒子が1ミクロンと10ミクロンとの間の大きさである、請求項1記載の抗菌性および抗ウィルス性のポリマー材料。
【請求項6】 上記粒子がポリマー重量の0.25%と10%との間の量で存在する、請求項1記載の抗菌性および抗ウィルス性のポリマー材料。
【請求項7】 請求項1記載の抗菌性のポリマー材料を含む包装材料。
【請求項8】 抗ウィルス性のポリマー材料を含むコンドームであって、該ポリマー材料が微視的粒子を有しており、該粒子が該ポリマー材料に封入され、かつその表面から突出している、コンドーム。
【請求項9】 抗菌性および抗ウィルス性のポリマー材料の製造方法であって、ポリマーのスラリーを製造し、該スラリーにイオンの銅の粉末を導入して該スラリー中に該粉末を分散し、次いで、該スラリーを押出成形して、該イオンの銅の粒子が封入され、かつその表面から突出しているポリマー材料を形成することを含む、製造方法。」

イ 「【0001】
本発明は抗菌性および抗ウィルス性のポリマー材料並びにその製造方法に関する。より詳しくは、本発明は農産物用包装材料として有用な抗菌性ポリマー材料、ならびにコンドームシース、外科用チューブおよび外科用手袋を形成するのに有用な抗ウィルス性ポリマー材料に関する。」

ウ 「【0004】
本発明に従えば、少ないパーセンテージの粉末形態のCu++を、包装材料に形成されるポリマーのスラリーに添加することで、そのパッケージには抗菌性が付与されることが今や見出された。」

エ 「【0017】
このような技術の実情に鑑み、今や、本発明に従って、抗菌性および抗ウィルス性のポリマー材料であって、イオンの銅の微視的粒子を有しており、該粒子が該ポリマー材料に封入され、かつその表面から突出している、ポリマー材料が提供される。
【0018】
本発明の別の側面においては、抗菌性および抗ウィルス性のポリマー材料の製造方法であって、ポリマーのスラリーを製造し、該スラリーにイオンの銅の粉末を導入して該スラリー中に該粉末を分散し、次いで、該スラリーを押出成形して、該イオンの銅の粒子が封入され、かつその表面から突出しているポリマー材料を形成することを含む、製造方法が提供される。
【0019】
本発明のポリマー材料はフィルム、繊維または糸の形態であってもよく、フィルムはそれ自身で使用され、並びに繊維および糸は農産物用包装材料に成形することができる。
【0020】
当該材料は、ほとんど全ての合成ポリマーから作ることができ、該ポリマーは、その液状スラリー状態の中に、アニオンの銅の粉(dust)の添加を許すであろう。幾つかの材料には、ポリアミド(ナイロン)、ポリエステル、アクリル、ポリプロピレン、サイラスティックラバーおよびラテックスが例示される。銅の粉が微粉末(例えば、1ミクロンと10ミクロンとの間の大きさ)に粉砕され、少量(例えば、ポリマー重量の0.25%と10%との間の量)でスラリーに導入されると、そのスラリーから引き続いて製造される製品は抗菌性および抗ウィルス性の両方を示すことが分かった。」

オ 「【0022】
一般的に、本発明の製品は以下のように製造される:
1.任意のポリマーからスラリーを製造する。主たる原料は、好ましくは、ポリアミド、ポリエチレン、ポリウレタンおよびポリエステルから選択される。該材料の二以上の組合わせは、それらが相溶するかまたは相溶するように調整されるのであれば、用いることができる。ポリマーの原料は、通常、ビーズの形態であり、本来的に単一成分、二成分または多成分であってもよい。ビーズを、好ましくは約120?180℃の温度に加熱して融解させる。
2.熱混合段階(押出成形前)で、イオンの銅の粉末をスラリーに添加して、加熱されたスラリー中に自由に拡散させる。粒子の大きさは好ましくは1ミクロンと10ミクロンとの間であるが、フィルムまたは繊維の厚さがより大きな粒子に適応することができる場合には、粒子はより大きくすることができる。
3.次いで、液状のスラリーを圧力をかけて、紡糸口金と呼ばれる円形に形成された金属プレートの一連の穴へ押し通す。スラリーは、互いに近接した微小な穴へ押し通されるので、それらは単一の繊維、あるいは互いに接触できるなら、フィルムまたはシースを形成する。高温の液状繊維またはフィルムは冷たい空気とともに上方へ押されて、連続した一連の繊維または円形のシートを形成する。繊維またはシートの厚さは、穴の大きさと、スラリーが穴に押し通され、冷却空気流によって上方へ押される際の速度とによって制御される。
4.イオンの銅の粉が10重量%までの混合物においては、ポリアミドのスラリーにおいて、最終製品の物性の劣化は認められなかった。試験のときには、1%のように低い混合物ですら抗菌特性を示すとともに、驚くべきことにHIV-1活性の阻害も示した。」

カ 「【0030】
実施例1-繊維の調製
2つのビーズ状の薬品を各160℃の別個の浴中で加熱することによって全500グラムのポリアミド2成分化合物を調製した。
次いで、2つの別個の成分を共に混合し、混合物をその色が均一に見えるまで15分間攪拌した。
該混合した化学品(chemistry)を再度2つの別個のポット中に分割した。一方のポットにはCuOとCu_(2)O粉末の混合物25グラムを添加し、1%混合物を得た。第二のポットにはCuOとCu_(2)Oの混合物6.25グラムを添加し、0.25%混合物を得た。両方の場合において、160℃の温度を維持した。化合物をその色が均一に見えるまで攪拌した。
2つの混合物を孔を有する紡糸口金を通過させた。紡糸口金は、直径が50と70ミクロンとの間の繊維を与えた(hield)。Cu++放出粉末を20ミクロン未満の粒子に粉砕したので紡糸口金の孔に障害物は観察されなかった。押し出された繊維を空冷し、円錐形に紡績した。
繊維を生物学的な活性について試験した。
任意の合成繊維を製造する通常の製造方法と該製造方法との間の差異は、原料へのCu++放出粉末の添加である。
【0031】
実施例2
高濃縮HIV-1ウイルスの100μlアリコートを37℃で30分間、繊維上でインキュベートした。次いで、各10μlの前処理したウイルスを1mlの培地で培養したMT-2細胞(リンパ球 ヒト 細胞株)に添加した。次いで、細胞を37℃のモイストインキュベーター中で5日間インキュベートし、ウイルスの感染性および増殖を市販のELISA(Enzyme Based Immuno-absorbtion Assay)キットを用いて上清中のp24(特異的HIV-1タンパク質)の量を測定することによって決定した。結果は2回の実験の平均である。細胞へのCuOまたはCu_(2)Oの可能性のある細胞毒性のコントロールとして、上記と同様の実験を行ったが、HIV-1を含まない100μlの天然媒地と共に繊維をインキュベートした。細胞毒性は観察されなかった。すなわち、上述した実験条件において死滅した宿主細胞は観察されなかった。
CuOおよびCu_(2)Oを含ませた幾つかの繊維の、組織培養におけるHIV-1増殖を阻害する能力の評価を以下にまとめる。
陰性コントロール(CuOおよびCu_(2)Oを含まないポリマー繊維):阻害なし
陽性コントロール(CuOおよびCu_(2)O粉末): 70%阻害
1%CuOおよびCu_(2)O繊維: 26%阻害」

(2)甲2に記載された発明
上記(1)アの記載からみて、甲2には以下の発明(以下、「甲2発明」という。)が記載されている。
「抗菌性および抗ウィルス性のポリマー材料であって、イオンの銅の微視的粒子を有しており、該粒子が該ポリマー材料に封入され、かつその表面から突出している、ポリマー材料。」

(3)本件発明1
ア 本件発明1と甲2発明の対比
(ア)本件発明1の「電磁波硬化型樹脂の硬化物」
本件明細書には、以下のとおり記載されている。
「【0037】
第1の本発明の抗ウィルス性組成物は、銅化合物と未硬化の電磁波硬化型樹脂と分散媒と重合開始剤とを含むことを特徴とする。
なお、本明細書において、未硬化の電磁波硬化型樹脂とは、樹脂硬化物の原料であるモノマーやオリゴマーをいう。
【0038】
第1の本発明の抗ウィルス性組成物が銅化合物と未硬化の電磁波硬化型樹脂と分散媒と重合開始剤とを含んでいると、上記抗ウィルス性組成物を基材表面に散布することにより、任意の形状、例えば島状や、基材表面の一部を露出させるように組成物を付着形成することができ、上記した組成物に紫外線等の電磁波を照射することにより未硬化の電磁波硬化型樹脂であるモノマーやオリゴマーの重合反応や架橋反応等が容易に進行し、基材に対する透明性、基材表面の意匠の視認性及び基材との密着性に優れた島状又は基材表面の一部を露出させるように付着形成された樹脂硬化物を形成することができる。」
「【0050】
第1の本発明の抗ウィルス性組成物において、上記重合開始剤が、アルキルフェノン系、ベンゾフェノン系、アシルフォスフィンオキサイド系、分子内水素引き抜き型、及び、オキシムエステル系からなる群から選択される少なくとも1種であると、基材表面に組成物を形成した後、該組成物を乾燥し、紫外線等の電磁波を照射することにより重合反応が容易に進行し、電磁波硬化型樹脂を容易に硬化させることができ、樹脂硬化物を形成することができる。」
そうすると、本件発明1の「電磁波硬化型樹脂の硬化物」とは、未硬化の電磁波硬化型樹脂に、紫外線等の電磁波を照射することにより、重合反応が進行し、硬化して形成された硬化物であると認められる。

(イ)本件発明1の「電磁波硬化型樹脂のエネルギー分散型X線分析装置で求めた表面組成比」
本件明細書には、以下のとおり記載されている。
「【0289】
また、得られた抗ウィルス性基体の樹脂硬化物が存在する部分の表面およびガラス板に垂直に切断した樹脂硬化物の断面のSEM写真を撮影するとともに、走査型電子顕微鏡(HITACHI S-4800)に装着されたエネルギー分散型X線分析装置(HORIBA ENERGY EMAX EX-350)により樹脂硬化物中の銅化合物の濃度分析を行った。
銅化合物の濃度分析条件は加速電圧10kV、ワーキングディスタンス(WD)15mmにて測定した。なお、サンプル表面には事前に帯電防止のための膜厚6nmのPt蒸着被膜を付着させた後に測定を実施した。
エネルギー分散型X線分析装置で求めた樹脂硬化物の表面組成比は、樹脂成分の主構成元素である炭素元素と銅元素の特性X線のピーク強度から算出し、実施例1の場合では、重量比がCu:C=1:7.5であり、実施例3の場合では、Cu:C=1:46.2であった。」
本件発明1は、文言上「電磁波硬化型樹脂のエネルギー分散型X線分析装置で求めた表面組成比」を特定するが、上記記載によれば、エネルギー分散型X線分析は、樹脂硬化物の銅化合物の濃度を分析したものと認められるから、本件発明1は、「電磁波硬化型樹脂のエネルギー分散型X線分析装置で求めた表面組成比」ではなく、「電磁波硬化型樹脂の硬化物のエネルギー分散型X線分析装置で求めた表面組成比」を特定すると解するのが自然である。

(ウ)本件発明1と甲2発明の対比
甲2発明の「イオンの銅の微視的粒子」は、本件発明1の「銅化合物」に相当すると認められる。
甲2発明の「ポリマー材料」は、本件発明1の「電磁波硬化型樹脂の硬化物」と、樹脂からなる物である限りにおいて共通する。
また、甲2発明の「該粒子が封入され、かつその表面から突出している」は、本件発明1の「前記銅化合物の少なくとも一部は、」「表面から露出してなり」に相当すると認められる。
そうすると、本件発明1と甲2発明とは、「銅化合物を含む樹脂からなる物であって、前記銅化合物の少なくとも一部は、前記樹脂からなる物の表面から露出してな」る「抗ウィルス性の樹脂からなる物」で一致し、以下の点で相違する。

相違点1:使用される樹脂が、本件発明1は、「電磁波硬化型樹脂の硬化物」であるのに対し、甲2発明は、「ポリマー材料」である点。

相違点2:本件発明1の電磁波硬化型樹脂の硬化物は、「エネルギー分散型X線分析装置で求めた表面組成比は、樹脂成分の主構成元素である炭素元素と銅元素の特性X線のピーク強度に基づいて算出され、その重量比はCu:C=1.0:28.0?200.0であ」るのに対し、甲2発明のポリマー材料は、エネルギー分散型X線分析装置で求めた表面組成比であって、樹脂成分の主構成元素である炭素元素と銅元素の特性X線のピーク強度に基づいて算出された重量比Cu:C(以下、「炭素元素と銅元素の表面組成比」という。)が明らかでない点。

相違点3:本件発明1の電磁波硬化型樹脂の硬化物は、「脂肪酸で被覆された一価の銅化合物粒子を含ま」ないが、甲2発明のポリマー材料は、脂肪酸で被覆された一価の銅化合物粒子を含まないか明らかでない点。

相違点4:本件発明1の電磁波硬化型樹脂の硬化物は、「光触媒を含まないことを特徴とする」が、甲2発明のポリマー材料は、光触媒を含まないことを特徴とするか明らかでない点。

イ 判断
(ア)相違点についての検討
a 上記相違点1について検討する。
甲2には、ポリマー材料はほとんど全ての合成ポリマーから作ることができ、幾つかの材料には、ポリアミド(ナイロン)、ポリエステル、アクリル、ポリプロピレンなどが例示されること(上記(1)エ)、ポリマーのスラリーにイオンの銅の粉末を導入して該スラリー内に該粉末を分散し、次いで該スラリーを押出成形することにより、該イオンの銅の粒子が封入され、かつその表面から突出しているポリマー材料を形成すること(上記(1)エ)、任意のポリマーからスラリーを製造すること(上記(1)オ)など、原料である任意の合成ポリマーを成形することにより、ポリマー材料を形成することは記載されているが、未硬化の電磁波硬化型樹脂に、紫外線等の電磁波を照射することにより、重合反応が進行し、硬化して形成された硬化物、すなわち電磁波硬化型樹脂の硬化物を用いることは記載されておらず、また、電磁波硬化型樹脂を選択することが有為であるとの示唆も存在しない。
そうすると、本件発明1は、甲2発明と少なくとも相違点1において相違するから、甲2に記載された発明ではない。
また、甲2発明において、甲2に何ら記載も示唆もない電磁波硬化型樹脂の硬化物を用いることを当業者が容易に想到し得たとはいえず、その余の甲号証に記載された事項を組み合わせたとしても、当業者が適宜なし得るということもできない。

b 上記相違点2について検討する。
相違点1で検討したとおり、甲2には、電磁波硬化型樹脂の硬化物を用いることが記載も示唆もされていないから、甲2発明において、電磁波硬化型樹脂の硬化物を採用し、さらに電磁波硬化型樹脂の硬化物の炭素元素と銅元素の表面組成比を調整することを当業者が動機付けられるとはいえない。
そして、本件発明1は、電磁波硬化型樹脂の硬化物の炭素元素と銅元素の表面組成比を特定することにより、眼刺激性が低く、人体への安全性が確保される一方、抗ウィルス機能が不充分となるおそれがないという格別の効果を奏する。

c よって、相違点3、4について検討するまでもなく、本件発明1は甲2に記載された発明及びその余の甲号証に記載された事項から当業者が容易に発明することができたものとはいえない。

(イ)申立人は、申立ての理由1-1において、以下のとおり主張する。
「甲第2号証には、銅の微粉末がポリマー重量の0.25%と10%との間の量であることが記載されており(段落【0020】)、この量の範囲(0.25%?10%)には、本件特許明細書の実施例3における酢酸銅水溶液の重量(3.3wt%×0.4/0.65=2.03wt%)が含まれる。ここで、本件特許明細書の実施例3に記載の光ラジカル重合型アクリレート樹脂(ダイセル・オルネクス社製 UCECOAT7200)は、甲第10号証に示すとおり、固形分が65%である。
してみれば、甲第2号証に記載のポリマー材料については、「Cu:C」が「1.0:28.0?200.0」の範囲内に含まれている蓋然性が極めて高い。よって、上記相違点は、甲第2号証に実質的に開示されているに等しい事項である。
したがって、本件特許発明1は甲第2号証に記載された発明である。」

本件発明1は、甲2発明と少なくとも上記相違点1において相違するから、甲2に記載された発明ではない。
また、本件発明1の「Cu:C=1.0:28.0?200.0」は、電磁波硬化型樹脂の硬化物の炭素元素と銅元素の表面組成比であり、電磁波硬化型樹脂の硬化物全体における炭素元素と銅元素の重量比ではない。
そして、全体における重量比と表面組成比とは必ずしも一致するとはいえないから、甲2発明のポリマー材料全体における銅の微粉末の重量比を、炭素元素と銅元素の表面組成比として、本件発明1の炭素元素と銅元素の表面組成比と対比することはできない。
よって、申立人の主張は採用できない。

(ウ)申立人は、申立ての理由2-1において、以下のとおり主張する。
「次に、抗ウィルス性は、人間の安全性にかかわるものであるため、他の安全性(ここでは、目の刺激性)についても検討しようとすることは容易に想到できる。例えば、甲第4号証には、眼刺激性を考慮することが記載されている(段落【0003】)。
一方、本件明細書の図5には、目刺激性スコアとC/Cuの関係が示されている。ここで、C/Cuが0に近づくほど、Cuの重量%が相対的に高くなることになるが、金属であるCuの重量%が高くなれば、目の刺激性に悪影響を与えること(言い換えれば、目刺激性スコアが高くなること)は当然のことである。したがって、本件特許明細書の図5に示す目刺激性スコアとC/Cuとの関係は、当然の事実を示しているに過ぎない。
…ここで、安全性スコアの上限を20とすることは、安全性を考慮して適宜決めただけのことであるため、「Cu:C」の下限を「1.0:28.0」とすることは、単なる設計的事項に過ぎない。

また、C/Cuが高くなるほど、表面に存在するCの重量%が相対的に高くなるとともに、表面に存在するCuの重量%が相対的に低くなるが、表面に存在するCuの重量%が相対的に低下すれば、Cu及びウィルスの接触頻度が低下することにより、抗ウィルス機能が発揮されなくなることは自明の事実である。
よって、「Cu:C」の上限を「1:200.0」とすることは、単なる設計的事項に過ぎない。
したがって、本件特許発明1は、甲第2号証に記載された発明から当業者が容易に発明することができたものである。」

甲2発明において、甲2に何ら記載も示唆もない電磁波硬化型樹脂の硬化物を用いることを当業者が容易に想到し得たとはいえず、さらに、甲2、甲4やその余の甲号証の記載を参酌しても、眼刺激性で評価される人体への安全性を満足させるために、特に炭素元素と銅元素の表面組成比に着目し、それを調整する動機付けを見出すことはできない。
また、本件発明1によって奏される上記の効果を予測することはできない。
よって、申立人の主張は採用できない。

(エ)申立人は、さらに以下のとおり主張する。
「次に、甲第5号証には、高分子表面に対して、付加的な材料である金属化合物(Cu)を結合させることが記載されている(請求項7,10,11)。…甲第5号証の図15A,図15Bには、EDX分析によるC及びCuの分析結果が示されており、CはCuの3倍程度であることが見てとれ、Cu:C(重量比)は約「1:3」となる。
ここで、甲第5号証において、金属化合物(Cu)は付加的な材料であるため(段落【0019】)、甲第5号証の図15A及び図15Bに示す分析結果が得られたときのCuの重量よりも少なくすることができる。Cuの重量を少なくするほど、Cuの重量に対するCの重量の比は高くなり、Cu:C(重量比)が「1:28以上」となりうる。してみれば、上記相違点5(当審注:相違点の誤記と認める)は、甲第5号証から容易に想到できる事項である。
また、甲第5号証には、抗菌性を持たせる目的で付加的な材料(金属化合物(Cu))を用いることが記載されているため(段落【0019】)、甲2発明に対して甲第5号証の記載事項を適用することは、容易に想到できる。
したがって、本件特許発明1は、甲第2号証に記載された発明と、甲第5号証の記載事項とから当業者が容易に発明することができたものである。」

甲5には、酸化型接着層を介して高分子基板に結合した付加的な材料を含んでいてもよく、無機材料は抗菌性被覆などの製造に利用され得ること(段落【0019】)、ポリイミド膜上に金属性の銅のパターンが形成されることが記載されているが(段落【0085】)、甲5の銅は抗菌性被覆にも利用され得ることが示唆されるに留まるものであり、甲2発明の抗ウイルス効果と機能が共通するとはいえないから、甲5の記載事項を甲2発明に適用し、炭素元素と銅元素の表面組成比を、甲5に具体的に記載されていない「1:28?200.0」という特定の値とすることは当業者が容易に想到し得たものでない。
また、本件発明1によって奏される上記の効果を予測することはできない。
よって、申立人の主張は採用できない。

ウ まとめ
したがって、本件発明1は、甲2に記載された発明であるとも、甲2に記載された発明あるいは甲2に記載された発明及びその余の甲号証に記載された事項から当業者が容易に発明することができたものであるともいえない。

(4)本件発明2?6
本件発明2?6は、本件発明1をさらに限定するものである。
したがって、本件発明1が甲2に記載された発明であるといえないことに鑑みると、本件発明2、3、5に係る発明も甲2に記載された発明であるとはいえない。
また、本件発明1が甲2に記載された発明及びその余の甲号証に記載された事項から当業者が容易に発明することができたものであるともいえないことに鑑みると、本件発明2?6も甲2に記載された発明及びその余の甲号証に記載された事項から当業者が容易に発明することができたものであるとはいえない。

(5)まとめ
よって、申立ての理由1-1及び理由2-1には、理由がない。

3 申立ての理由1-2及び理由2-2について
(1)甲3の記載事項(当審注:異議申立書においては、証拠方法に国際公開公報を記載しているが、実際に証拠として提出された、証拠方法に記載された国際公開公報と同様に本件出願日前に公開され、同じ内容を記載した再公表特許に基づいて検討した。)
ア 「【請求項1】
架橋構造を有し、且つ分子中にカルボキシル基を有する繊維中に、ウイルスに対して不活化効果を有し、且つ水に難溶性の金属および/または金属化合物の微粒子が分散していることを特徴とする抗ウイルス性繊維。
【請求項2】
前記カルボキシル基の少なくとも一部はカルボキシル基の塩として存在している請求項1に記載の抗ウイルス性繊維。
【請求項3】
前記金属および/または金属化合物が、Ag,Cu,Zn,Al,Mg,Caよりなる群から選択される金属、および該金属の金属化合物の少なくとも1種である請求項1または2に記載の抗ウイルス性繊維。
【請求項4】
前記金属および/または金属化合物が、繊維成分中に金属として0.2質量%以上含まれている請求項1?3のいずれかに記載の抗ウイルス性繊維。
【請求項5】
請求項1?4のいずれかに記載の抗ウイルス性繊維を含む綿状、不織布状、織物状、紙状もしくは編物状の抗ウイルス性繊維製品。
【請求項6】
前記金属および/または金属化合物が、全繊維成分中に金属として0.2質量%以上含まれている請求項5に記載の抗ウイルス性繊維製品。
【請求項7】
架橋構造を有し、分子中にカルボキシル基を有する繊維の該カルボシキル基の少なくとも一部に、ウイルスに対して不活化効果を有し、且つ水に難溶性の金属の金属イオンを結合させた後、還元および/または置換反応により該金属および/または金属化合物の微粒子を該繊維中に析出させることを特徴とする抗ウイルス性繊維の製造方法。
【請求項8】
前記架橋構造を有し、分子中にカルボキシル基を有する繊維として、架橋アクリル系繊維を基本骨格とし、該架橋アクリル系繊維分子内の官能基の少なくとも一部を加水分解した繊維を用い、前記カルボキシル基の少なくとも一部に、前記金属の金属イオンを結合させ、次いで還元および/または置換反応により該金属および/または金属化合物の微粒子を該繊維中に析出させる請求項7に記載の抗ウイルス性繊維の製造方法。」

イ 「【技術分野】
本発明はウイルスの増殖抑制乃至撲滅効果を有する繊維材料に関し、ウイルス全般に対する不活化効果を発揮する繊維材料に関するものである。」(第2頁第34行?第36行)

ウ 「本発明に係る抗ウイルス性繊維は、上記の如く架橋構造を有し、且つ分子中にカルボキシル基を有する繊維中に、水に難溶性の金属および/または金属化合物の微粒子が分散しているところに特徴を有している。
該抗ウイルス性繊維によってウイルスが不活化される機構については、現在のところ必ずしも明確にされたわけではないが、繊維中に分散している上記難溶性の金属および/または金属化合物の微粒子とウイルスが接触することによって、ウイルスの核酸を取り囲む酵素蛋白(エンベロープ)やS蛋白(スパイク)をはじめとする蛋白の働きが停止乃至破壊されるのではないかと考えられる。いずれにしても、本発明の抗ウイルス性繊維は優れたウイルス不活化効果を発揮する。
尚、本発明の繊維は、上記の様にウイルスのタンパク質を破壊してウイルス不活化効果を発現するため、同様にウイルス以外のタンパク質も破壊すると考えられる。例えば本発明の繊維を用いれば、花粉症を引き起こす原因物質とされるアレルゲンタンパク質を破壊し、アレルギーの発生も抑制できると考えられる。
本発明に係る抗ウイルス性繊維の基本骨格となる繊維としては、架橋構造を有すると共に繊維分子中にカルボキシル基を有するものであれば制限なく使用できるが、生産性や骨格繊維としての強度特性、量産性、コストなどを考慮して最も好ましいのは、任意の方法で架橋構造を与えたアクリル系繊維、中でも、アクリロニトリル系繊維やアクリル酸エステル系繊維を部分加水分解することによってカルボキシル基を導入した繊維である。」(第3頁第31行?第48行)

エ 「カルボキシル基を有する該繊維に含有させる金属および/または金属化合物としては、ウイルスに対して不活化効果を有し、且つ水に難溶性であるものが全て使用可能である。
水に難溶性とは、常温下で水に対して実質的に不溶性であることをいい、通常の使用条件(常温、常圧)で、水と共存させても繊維から金属および/または金属化合物が実質的に溶解することがないことをいう。実質的に溶解しないとは、該金属および金属化合物の溶解度積定数が室温で概ね10^(-5)以下、あるいは溶解度が10^(-3)g/g以下であることをいう。
より優れたウイルス不活化効果を得る上で好ましいものとしては、銀、銅、亜鉛、マンガン、鉄、ニッケル、アルミニウム、錫、モリブデン、マグネシウム、カルシウムなどの金属、或いはこれらの酸化物、水酸化物、塩化物、臭化物、ヨウ化物、炭酸塩、硫酸塩、リン酸塩、塩素酸塩、臭素酸塩、ヨウ素酸塩、亜硫酸塩、チオ硫酸塩、チオシアン酸塩、ピロリン酸塩、ポリリン酸塩、珪酸塩、アルミン酸塩、タングステン酸塩、バナジン酸塩、モリブデン酸塩、アンチモン酸塩、安息香酸塩、ジカルボン酸塩などが例示され、これらは単独で使用し得る他、必要により2種以上を適宜組合せて使用できる。これらの中でも特に優れたウイルス不活化効果を示すものとして、Ag、Cu、Zn、Al、Mg、Caよりなる群から選択される金属および/または金属化合物の少なくとも1種がより好ましく、その中でも銀、銀化合物、銅、銅化合物が特に好ましい。」(第4頁第42行?第5頁第8行)

オ 「水に難溶性の金属や金属化合物の含有量(金属としての含有量、以下同じ)は特に限定されないが、水に難溶性の金属や金属化合物が抗ウイルス性繊維の質量に対して金属として0.2質量%以上含まれていることが十分なウイルス不活化効果を得る上で望ましい。より好ましくは0.4質量%以上である。含有量が多い程、高いウイルス不活化効果を発揮するので望ましいが、含有量が高くなるとコストも高くなり、また繊維物性が悪くなる恐れもあることから、好ましくは15質量%以下、より好ましくは8質量%以下であることが望ましい。」(第5頁第18行?第24行)

カ 「本発明の抗ウイルス性繊維は、前述した如く、架橋構造を有する繊維に水に難溶性の金属および/または金属化合物を含有せしめたもので、その製法としては、
(I)繊維を構成する重合体に金属および/または金属化合物を混合し紡糸して繊維状に加工する方法、
(II)繊維分子内のカルボキシル基に前記金属の金属イオンを結合させた後、化学反応によって該金属イオンをカルボキシル基から離脱させると共に、当該金属および/または金属化合物を生成させて繊維に析出させる方法、
等を採用できる。」(第5頁第40行?第47行)

キ 「具体的な繊維製品としてはウイルスによる感染防止の観点からマスク、着衣、布製身回り品、環境用品、メディカル材料が例示されるが、これらに限らず、あらゆる繊維製品に本発明の抗ウイルス性繊維を構成素材として繊維製品を提供することが可能である。」(第7頁第23行?第25行)

ク 「試料No.1
アクリロニトリル90質量%と酢酸ビニル10質量%とからなるアクリロニトリル系共重合体(30℃のジメチルホルムアミド中での極限粘度[η]=1.2)10質量部を、48質量%ロダンソーダ水溶液90質量部に溶解した紡糸原液を使用し、常法に従って紡糸、延伸(全延伸倍率:10倍)した後、乾球/湿球=120℃/60℃の雰囲気下で乾燥及び湿熱処理を施して原料繊維(単繊維繊度0.9dtex、繊維長51mm)を得た。
この原料繊維をヒドラジン一水和物20質量%水溶液中で、架橋導入処理(98℃、5時間)してから純水で洗浄した。洗浄後、乾燥させてから硝酸3質量%水溶液中で酸処理(90℃、2時間)し、引き続き苛性ソーダ3質量%水溶液中で加水分解処理(90℃、2時間)してから純水で洗浄した。得られた繊維には、繊維分子中にNa型カルボキシル基が5.5mmol/g導入されていた。この繊維を硝酸5質量%水溶液中で、酸処理(60℃、30分間)した後、純水で洗浄してから、油剤を付与し、更に脱水処理、乾燥処理を施し、架橋アクリル系繊維を得た。該架橋アクリル系繊維を、硝酸水溶液でpHを1.5に調整した0.1質量%硝酸銀水溶液中に浸漬させてイオン交換反応(70℃、30分間)を行い、次いで、脱水処理、純水による洗浄処理、乾燥処理を施して、銀イオン交換処理繊維を得た。更に該繊維を苛性ソーダ水溶液でpH12.5に調整したアルカリ溶液に浸漬処理(80℃、30分間)した。この処理によって、1.0質量%のAg系微粒子が析出している繊維状の抗ウイルス性繊維(繊維1)が得られた。
尚、繊維中のAg含有量は、該繊維を混合溶液(硝酸、硫酸、過塩素酸)で湿式分解した後、原子吸光法によって測定した。
この繊維1を使用して目付100g/m^(2)(20℃×65%RH環境下)のニードルパンチ加工不織布(試料No.1)を作成し、この不織布のインフルエンザウイルスに対する不活化効果を、50%感染価法を用いて調べた。結果を表1に示す。
試料No.2?No.4
上記繊維1と、ポリエチレンテレフタレート短繊維(繊維長38mm、繊度0.9dtex)を、80:20の割合で混繊し、目付量100g/m^(2)(20℃×65%RH環境下)のニードルパンチ加工不織布(試料No.2)を作成した。また試料No.3は上記繊維1とポリエチレンテレフタレート短繊維の割合を40:60とし、試料No.4は20:80とした以外は、試料No.2と同様にして不織布を作成した。これら不織布のインフルエンザウイルスに対する不活化効果を、50%感染価法を用いて調べた。結果を表1に示す。
試料No.5(ブランク)
ポリエチレンテレフタレート短繊維(繊維長38mm、繊度0.9dtex)を用いて目付量100g/m^(2)(20℃×65%RH環境下)のニードルパンチ加工不織布(試料No.5)を作成し、不織布のインフルエンザウイルスに対する不活化効果を、50%感染価法を用いて調べた。結果を表1に示す。
【表1】

」(第9頁第12行?第10頁表1)

(2)甲3に記載された発明
上記(1)クの記載からみて、甲3には以下の発明(以下、「甲3発明」という。)が記載されている。
「アクリロニトリル系共重合体を紡糸、延伸して得られた原料繊維を、ヒドラジン一水和物水溶液中で架橋導入処理し、硝酸水溶液中で酸処理し、引き続き苛性ソーダ水溶液中で加水分解処理し、硝酸水溶液中で酸処理することにより架橋アクリル系繊維を得た後、硝酸銀水溶液中でイオン交換反応を行うことにより銀イオン交換処理繊維を得て、更に苛性ソーダ水溶液で浸漬処理することにより得られた、1.0質量%のAg系微粒子が析出している抗ウイルス性の架橋アクリル繊維。」

(3)本件発明1
ア 本件発明1と甲3発明の対比
上記(1)クによれば、甲3発明の「Ag系微粒子」は、本件発明1の「銅化合物」と「金属化合物」である限りにおいて共通する。
甲3発明の「抗ウイルス性の架橋アクリル繊維」は、本件発明1の「電磁波硬化型樹脂の硬化物であって、」「抗ウィルス性の硬化物」と、樹脂からなる物であって、抗ウィルス性の樹脂からなる物である限りにおいて共通する。
また、甲3発明のAg系微粒子が「析出している」は、本件発明1の銅化合物の「少なくとも一部は、」「表面から露出してなり」に相当すると認められる。
そうすると、本件発明1と甲3発明とは、「金属化合物を含む樹脂からなる物であって、前記金属化合物の少なくとも一部は、樹脂からなる物の表面から露出してな」る「抗ウィルス性の樹脂からなる物」である点で一致し、以下の点で相違する。

相違点1:本件発明1は、「銅化合物」を含むのに対し、甲3発明は、Ag系微粒子を含む点。

相違点2:使用される樹脂が、本件発明1は、「電磁波硬化型樹脂の硬化物」であるのに対し、甲3発明は、架橋アクリル繊維である点。

相違点3:本件発明1の電磁波硬化型樹脂の硬化物は、「エネルギー分散型X線分析装置で求めた表面組成比は、樹脂成分の主構成元素である炭素元素と銅元素の特性X線のピーク強度に基づいて算出され、その重量比はCu:C=1.0:28.0?200.0であ」るのに対し、甲3発明の架橋アクリル繊維は、炭素元素と銅元素の表面組成比が明らかでない点。

相違点4:本件発明1の電磁波硬化型樹脂の硬化物は、「脂肪酸で被覆された一価の銅化合物粒子を含ま」ないが、甲3発明の架橋アクリル繊維は、脂肪酸で被覆された一価の銅化合物粒子を含まないか明らかでない点。

相違点5:本件発明1の電磁波硬化型樹脂の硬化物は、「光触媒を含まないことを特徴とする」が、甲3発明の架橋アクリル繊維は、光触媒を含まないことを特徴とするか明らかでない点。

イ 判断
(ア)相違点についての検討
事案に鑑み、上記相違点2及び3について検討する。
a 上記相違点2について検討する。
本件発明1の「電磁波硬化型樹脂の硬化物」は、上記2(3)ア(ア)で検討したとおりのものであるから、甲3発明の「架橋アクリル樹脂」は、本件発明1の「電磁波硬化型樹脂の硬化物」には該当しない。
さらに、甲3には、抗ウイルス性繊維の基本骨格となる繊維としては、架橋構造を有すると共に繊維分子中にカルボキシル基を有するものであれば制限なく使用できること(上記(1)ウ)、繊維を構成する重合体に金属および/または金属化合物を混合し紡糸して繊維状に加工し、繊維分子内のカルボキシル基に前記金属の金属イオンを結合させた後、化学反応によって該金属イオンをカルボキシル基から離脱させると共に、当該金属および/または金属化合物を生成させて繊維に析出させること(上記(1)カ)など、繊維を構成する重合体を加工することは記載されているが、未硬化の電磁波硬化型樹脂に、紫外線等の電磁波を照射することにより、重合反応が進行し、硬化して形成された硬化物、すなわち電磁波硬化型樹脂の硬化物を用いることは記載されておらず、また、電磁波硬化型樹脂を選択することが有為であるとの示唆も存在しない。
そうすると、本件発明1は、甲3発明と少なくとも上記相違点2において相違するから、甲3に記載された発明ではない。
また、甲3発明において、甲3に何ら記載も示唆もない電磁波硬化型樹脂の硬化物を用いることを当業者が容易に想到し得たとはいえず、その余の甲号証に記載された事項を組み合わせたとしても、当業者が適宜なし得るということもできない。

b 上記相違点3について検討する。
相違点2で検討したとおり、甲3には、電磁波硬化型樹脂の硬化物を用いることが記載も示唆もされていないから、甲3発明において、電磁波硬化型樹脂の硬化物を採用し、さらに電磁波硬化型樹脂の硬化物の炭素元素と銅元素の表面組成比を調整することを当業者が動機付けられるとはいえない。
そして、本件発明1は、電磁波硬化型樹脂の硬化物の炭素元素と銅元素の表面組成比を特定することにより、眼刺激性が低く、人体への安全性が確保される一方、抗ウィルス機能が不充分となるおそれがないという格別の効果を奏する。

c よって、相違点1、4、5について検討するまでもなく、本件発明1は甲3に記載された発明及びその余の甲号証に記載された事項から当業者が容易に発明することができたものとはいえない。

(イ)申立人は、申立ての理由1-2において、以下のとおり主張する。
「ここで、甲第3号証の試料No.1では、Ag系微粒子を用いているが、甲第3号証には、微粒子として、銅を用いてもよいことが記載されているため(第4頁第49行?第5頁第8行目)、Ag系微粒子の代わりにCu微粒子を用いた場合を考える。
…また、下記表において、アクリロニトリル系共重合対のC含有率は、アクリロニトリルのC含有率及びポリマー組成比と、酢酸ビニルのC含有率及びポリマー組成比とから求めることができる。以下に計算式を示す。
66.7=67.9×90/100+55.8×10/100

甲第3号証では、金属の含有量を0.2質量%以上としているため(第5頁第19,20行目)、Cu微粒子を0.2質量%とする。ここで、本件特許明細書によれば、水酸化銅(Cu(OH)_(2))が生成されるため、水酸化銅の含有率としては、0.31%となる。以下に計算式を示す。
0.31=0.2(Cuの質量%)×97.5(水酸化銅の分子量)/63.5(Cu原子量)
一方、アクリロニトリル系共重合体の含有率は99.69%(=100%-0.31%)となるため、アクリロニトリル系共重合体のC重量含有率は66.5%(=99.69%×66.7/100)となる。
したがって、Cu:Cは「0.2:66.5」、すなわち「1:332.5」となる。
…銅を1.0質量%とした場合には、上記と同様の算出方法によって、Cu:Cが「1:65.7」となる。
この比(Cu:C=1:65.7)は、本件特許発明1における「Cu:C=1.0:28.0?200.0」に含まれる。このため、「Cu:C=1.0:28.0?200.0」に含まれる比率は、甲第3号証に記載されているといえる。
したがって、本件特許発明1は、甲第3号証に記載された発明である。」

本件発明1は、甲3発明と少なくとも上記相違点2において相違するから、甲3に記載された発明ではない。
また、本件発明1の「Cu:C=1.0:28.0?200.0」は、電磁波硬化型樹脂の硬化物の炭素元素と銅元素の表面組成比であり、電磁波硬化型樹脂の硬化物全体における炭素元素と銅元素の重量比ではない。
そして、全体における重量比と表面組成比とは必ずしも一致するとはいえないから、甲3発明のAg系微粒子の重量比を銅の重量比に置き換えることができたとしても、それを甲3発明の炭素元素と銅元素の表面組成比として、本件発明1の炭素元素と銅元素の表面組成比と対比することはできない。
よって、申立人の主張は採用できない。

(ウ)申立人は、申立ての理由2-2において、上記2(3)イ(ウ)の申立ての理由2-1と同様の主張をする。

甲3発明において、甲3に何ら記載も示唆もない電磁波硬化型樹脂の硬化物を用いることを当業者が容易に想到し得たとはいえず、さらに、甲3、甲4やその余の甲号証の記載を参酌しても、眼刺激性で評価される人体への安全性を満足させるために、特に炭素元素と銅元素の表面組成比に着目し、それを調整する動機付けを見出すことはできない。
また、本件発明1によって奏される上記の効果を予測することはできない。
よって、申立人の主張は採用できない。

ウ まとめ
したがって、本件発明1は、甲3に記載された発明であるとも、甲3に記載された発明あるいは甲3に記載された発明及びその余の甲号証に記載された事項から当業者が容易に発明することができたものであるともいえない。

(4)本件発明2?6
本件発明2?6は、本件発明1をさらに限定するものである。
したがって、本件発明1が甲3に記載された発明であるといえないことに鑑みると、本件発明2、3、5に係る発明も甲3に記載された発明であるとはいえない。
また、本件発明1が甲3に記載された発明及びその余の甲号証に記載された事項から当業者が容易に発明することができたものであるともいえないことに鑑みると、本件発明2?6も甲3に記載された発明及びその余の甲号証に記載された事項から当業者が容易に発明することができたものであるとはいえない。

(5)まとめ
よって、申立ての理由1-2及び理由2-2には、理由がない。

4 申立ての理由2-3について
(1)甲1の記載事項
ア 「【特許請求の範囲】
【請求項1】
CuCl、Cu(CH_(3)COO)、CuI、CuBr、Cu_(2)S、CuCN、およびCuSCNからなる群から少なくとも1種類選択される一価の銅化合物の粒子を、ウイルスを不活化する有効成分として含み、
塗膜が形成されたときにその表面から露出している前記一価の銅化合物の粒子によりウイルスが不活化される抗ウイルス性塗料。
【請求項2】
塗料中の不揮発成分の全量に対する前記一価の銅化合物の粒子の含有量が0.1質量%から60質量%である請求項1に記載の抗ウイルス性塗料。
【請求項3】
請求項1または2に記載の抗ウイルス性塗料を塗布乾燥してなることを特徴とする繊維構造体。」

イ 「【背景技術】
【0002】
従来、病院、養護施設等の建物、備品、医療機器等に、菌やウイルスの感染防止のため、抗菌剤、消毒剤、抗ウイルス剤が使用されている。さらに近年、SARS(重症急性呼吸器症候群)やノロウイルス、鳥インフルエンザなどウイルス感染による死者が報告されている。現在、交通の発達やウイルスの突然変異によって、世界中にウイルス感染が広がる「パンデミック(感染爆発)」の危機に直面している。そのため、一般の公共施設のみならず様々な部材に抗ウイルス性能を付与することが望まれている。
【0003】
ここでウイルスは、脂質を含むエンベロープと呼ばれている膜で包まれているウイルスと、エンベロープを持たないウイルスに分類できる。エンベロープはその大部分が脂質からなるため、エタノール、有機溶媒、石けんなどで処理すると容易に破壊することができる。このため、インフルエンザウイルスのようにエンベロープを持つウイルスは不活化(ウイルスの感染力低下または失活)が容易であるのに対し、ノロウイルスなどのエンベロープをもたないウイルスは上記の処理剤への抵抗性が強いと言われている。
【0004】
これらの問題を解決するものとして、有機系抗ウイルス剤は、特定のウイルスに対してしか効果がなく、さらに効果の持続性についても問題があることから、無機系抗ウイルス剤を用いた塗料が報告されている。例えば、カルシウムやマグネシウムの酸化物または水酸化物を含む抗ウイルス成分を含有する塗料(特許文献1)や、無機酸化物に金属イオンを担持した微粒子を含有する塗料(特許文献2)が報告されている。…
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、カルシウムやマグネシウムの酸化物または水酸化物を用いる方法では、抗ウイルス成分の含有量が塗料樹脂成分に対して50質量%以上と多量でないと抗ウイルス性の発現が困難である。このように多量カルシウムやマグネシウムの酸化物または水酸化物に含有させた場合、塗料の塗布乾燥によって形成される塗膜は硬くなり、使用用途が限られる。また、無機酸化物に金属イオンを担持した微粒子を含有する塗料の場合、金属イオンを他の物質と混合することによって安定化させることが必要であるため、その組成物に含まれる銅イオンの割合が制限されてしまう。つまり、金属イオンの安定剤を含むことが必須となるため、組成物設計の自由度が小さい。また、どちらの方法の塗料にしても、エンベロープを持つインフルエンザのみしかその有効性が示されていない。
【0006】
そこで本発明は、上記課題を解決するために、従来よりも短時間で、かつエンベロープの有無にかかわらずウイルスを不活化することができる抗ウイルス性を有する塗料、および、当該塗料が塗布乾燥された部材を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
すなわち、第1の発明は、一価の銅化合物を、ウイルスを不活化する有効成分として含むことを特徴とする抗ウイルス性塗料である。」

ウ 「【0014】
有効成分である一価の銅化合物の種類については特に限定されないが、塩化物、酢酸物、硫化物、ヨウ化物、臭化物、過酸化物、酸化物、水酸化物、シアン化物、チオシアン酸塩、またはそれらの混合物からなることが好ましい。このうち、一価の銅化合物が、CuCl、Cu(CH_(3)COO)、CuI、CuBr、Cu_(2)O、Cu_(2)S、CuOH、CuCN、およびCuSCNからなる群から少なくとも1種類選択されることが一層好適である。」

エ 「【0017】
また、本実施形態の塗料は塗膜形成剤としてバインダー成分を含有するようにしてもよい。バインダー成分とは塗料が固まる基になる成分であり、ビヒクルとも呼ばれる。本実施形態において、特に限定されないが、例えば合成樹脂では、ポリエステル樹脂、アミノ樹脂、エポキシ樹脂、ポリウレタン樹脂、アクリル樹脂、水溶性樹脂、ビニル系樹脂、フッ素樹脂、シリコン樹脂、繊維素系樹脂、フェノール樹脂、キシレン樹脂、トルエン樹脂、天然樹脂としては、ひまし油、亜麻仁油、桐油などの乾性油などを用いることができる。」

オ 「【0019】
また、本発明に用いられる抗ウイルス性塗料には、抗ウイルス性成分およびバインダー成分の他に、必要に応じて溶剤、添加剤、顔料を含んでも良い。」

カ 「【0021】
また、添加剤としては、可塑剤、乾燥剤、硬化剤、皮張り防止剤、平坦化剤、たれ防止剤、防カビ剤、抗菌剤、紫外線吸収剤、熱線吸収剤、潤滑剤、界面活性剤、分散剤、増粘剤、粘性調整剤、安定剤、乾燥調整剤、などがあげられる。さらに、他の抗ウイルス組成物、抗菌組成物、防黴組成物、抗アレルゲン組成物、触媒、反射防止材料、遮熱特性を持つ材料などと混合して使用してもよい。」

キ 「【0023】
本実施形態の抗ウイルス性を有する塗料は、塗布乾燥されることにより、繊維構造体、フィルムやシートのほか、成形体などの様々な形態の表面に一価の銅化合物を含む塗膜が形成された態様とすることができる。本発明の塗料は、公知の方法、例えば、浸漬法、スプレー法、ロールコーター法、バーコーター法、スピンコート法、グラビア印刷法、オフセット印刷法、スクリーン印刷法、インクジェット印刷法などの方法で無機基材や有機基材へコーティングすることにより、基材上に塗膜を形成することができる。また、必要に応じて、加熱乾燥などによる溶剤除去や、再加熱、赤外線、紫外線、電子線、γ線などの照射により塗膜を固化させてもよい。なお、本明細書において、乾燥とは、熱を加えて積極的に乾燥させる場合や、自然乾燥させる場合が含まれる。」

ク 「【0027】
これらの抗ウイルス性を有する一価の銅化合物を含む塗膜が形成されたシートやフィルムは壁紙や窓、天井、車両用シート、ドア、ブラインド、椅子、ソファー、床材、ウイルスを扱う設備や電車や車などの内装材、病院内などのビル用内装材など、様々な分野に利用できる。
【0028】
さらにまた、本実施形態の抗ウイルス性を有する塗料が塗布乾燥される部材としては、パネルや、建装材、内装材といった成形体とすることもできる。例えば、ABSやポリカーボネート、ナイロン、ポリプロピレン、ポリスチレン、ポリアセタール、ポリエステルなどの高分子からなる成形体が挙げられる。金属の場合では、アルミニウム、亜鉛、マグネシウム、真鍮、ステンレス、チタニウムなどが挙げられる。金属表面には予め電気めっきや無電解めっきなどにより金属の薄膜や塗装、印刷などが施されてあっても良い。筆記具や手すり、吊革、電話機、玩具、ドアノブなどに、本発明の一価の銅化合物を含む塗膜を形成すると、ウイルス感染者が使用した後のそれらの製品や部材に触れても健常者が感染する、といった状況を防ぐことができる。」

ケ 「【0038】
(実施例1)
ポリビニルアルコール(純正化学(株)製、化学用、重合度1500)を加熱しながらイオン交換水に溶解させた。その後、不揮発成分(ポリビニルアルコール+塩化銅(I)粉末)5.0gの量に対して10質量%(0.5g)となるように塩化銅(I)粉末(和光純薬工業株式会社製 和光一級)を加え、更にポリビニルアルコールと塩化銅(I)粉末の加算量が全重量の5.0質量%となるようにイオン交換水を添加した。次に、ビーズミルを用いて塩化銅(I)を平均粒径379nmに粉砕し、実施例1の抗ウイルス性塗料とした。なおここでいう平均粒径とは、体積平均粒子径のことをいう。さらにこの実施例1の抗ウイルス性塗料を、コロナ処理で親水化した厚さ125μmのポリエステルフィルム(東レ(株)製、ルミラー)にバーコーターを用いて塗工し、室温で一晩乾燥させた。」

コ 「【0043】
(実施例6)
1液型アクリル樹脂塗料(大橋化学工業(株)製、ネオポリナールNo.500)は重量比1:1になるように常温にてシンナーに溶解させた。その後、不揮発成分(アクリル樹脂塗料+塩化銅(I)粉末)5.0gに対して70質量%(3.5g)となるように、ジェットミルで平均粒子径5μmに粉砕した塩化銅(I)粉末を加えた。次に、ホモジナイザーを用いて分散し、実施例6の抗ウイルス性塗料とした。さらにこの実施例6の抗ウイルス性塗料を、厚さ1mmの塩化ビニル板(住友ベークライト(株)社製)にバーコーターを用いて塗工し、70℃で30分乾燥させた。」

サ 「【0045】
(実施例8)
塗料を特殊ポリエステル樹脂塗料(大橋化学工業(株)製、ファスタイトNo.140(N))とし、塩化銅(I)粉末を不揮発成分(特殊ポリエステル樹脂塗料+塩化銅(I)粉末)5.0gに対して60質量%(3.0g)とした以外には、実施例6と同様の条件で実施例8の抗ウイルス性塗料を調製し、当該実施例8の塗料を実施例6の場合と同様の方法で塗布乾燥した塩化ビニル板を作成した。」

シ 「【0060】
(インフルエンザウイルスに対する抗ウイルス性評価)
次に、インフルエンザウイルス(A/北九州/159/93(H3N2)株)に対する抗ウイルス性を評価した。まず各サンプル(5cm×5cm)をプラスチックシャーレにいれ、作用ウイルス0.1 mlを添加し、室温で60分間作用させた。このとき試験品の上面をPPフィルム(4cm×4cm)で覆うことで、ウイルス液と試験品の接触面積を一定にし、試験を行った。60分間作用させたのち、20mg/mlのブイヨン蛋白液1.9mlを添加し、全体量を2.0mlとした後、ピペッティングによりウイルスを洗い出した。さらに、MEM培地を使って10倍段階希釈を行い、コンフルエントMDCK細胞に0.1ml接種した。90分間のウイルス吸着後、0.7%寒天培地を重層し、48時間、34℃、5%CO_(2)インキュベータにて培養後、ホルマリン固定、メチレンブルー染色を行い形成されたプラック数をカウントして、ウイルスの感染価(PFU/0.1ml,Log10);(PFU:plaque-forming units)を算出し、コントロールにおけるウイルス感染価と比較し、ウイルス活性を比較した。」

ス 「【0064】
【表3】

【0065】
以上の結果より、本発明の抗ウイルス塗料及び部材は、エンベロープを持たないネコカリシウイルスに対して、5分という短時間で10質量%で99.9999%以下、0.1質量%でも99.9%以下という高い抗ウイルス効果が認められた。さらにエンベロープを持つインフルエンザウイルスに対しては、60分後には、40質量%で99.995%以下、20質量%で99.98%以下という高い抗ウイルス効果が認められた。また本発明の抗ウイルス性塗料の塗膜を形成させたサンプルは、いずれも膜がはがれたものはなく、膜強度についても充分な結果となった。」

(2)甲1に記載された発明
甲1には抗ウイルス性塗料を塗布乾燥してなることを特徴とする繊維構造体が記載されており(上記(1)ア)、上記(1)キによれば、抗ウイルス性を有する塗料は、塗布乾燥されることにより、繊維構造体の表面に一価の銅化合物を含む塗膜が形成された態様とすることができるから、繊維構造体の表面には、抗ウイルス性塗料を塗布乾燥することにより、一価の銅化合物を含む塗膜が形成されていると認められる。
そうすると、甲1には、以下の発明(以下、「甲1発明」という。)が記載されている。
「CuCl、Cu(CH_(3)COO)、CuI、CuBr、Cu_(2)S、CuCN、およびCuSCNからなる群から少なくとも1種類選択される一価の銅化合物の粒子を、ウイルスを不活化する有効成分として含み、
塗膜が形成されたときにその表面から露出している前記一価の銅化合物の粒子によりウイルスが不活化される抗ウイルス性塗料を塗布乾燥してなることを特徴とする塗膜。」

(3)本件発明1
ア 本件発明1と甲1発明の対比
甲1発明の「CuCl、Cu(CH_(3)COO)、CuI、CuBr、Cu_(2)S、CuCN、およびCuSCNからなる群から少なくとも1種類選択される一価の銅化合物の粒子」は、本件発明1の「銅化合物」に相当すると認められる。
甲1発明の「抗ウイルス性塗料を塗布乾燥してなることを特徴とする塗膜」は、本件発明1の「電磁波硬化型樹脂の硬化物であって、」「抗ウィルス性の硬化物」と、「抗ウィルス性の物」である限りにおいて共通する。
また、甲1発明の「塗膜が形成されたときにその表面から露出している前記一価の銅化合物の粒子」は、本件発明1の「銅化合物の少なくとも一部は、」「表面から露出してなり」に相当すると認められる。

そうすると、本件発明1と甲1発明とは、「銅化合物を含む物であって、前記銅化合物の少なくとも一部は、前記物の表面から露出している、抗ウィルス性の物」で一致し、以下の点で相違する。

相違点1:本件発明1は、「電磁波硬化型樹脂の硬化物」であるのに対し、甲1発明は、「抗ウイルス性塗料を塗布乾燥してなることを特徴とする塗膜」である点。

相違点2:本件発明1の電磁波硬化型樹脂の硬化物は、「エネルギー分散型X線分析装置で求めた表面組成比は、樹脂成分の主構成元素である炭素元素と銅元素の特性X線のピーク強度に基づいて算出され、その重量比はCu:C=1.0:28.0?200.0であ」るのに対し、甲1発明の塗膜は、炭素元素と銅元素の表面組成比が明らかでない点。

相違点3:本件発明1の電磁波硬化型樹脂の硬化物は、「脂肪酸で被覆された一価の銅化合物粒子を含ま」ないが、甲1発明の塗膜は、脂肪酸で被覆された一価の銅化合物粒子を含まないか明らかでない点。

相違点4:本件発明1の電磁波硬化型樹脂の硬化物は、「光触媒を含まないことを特徴とする」が、甲1発明の塗膜は、光触媒を含まないことを特徴とするか明らかでない点。

イ 判断
(ア)相違点についての検討
a 上記相違点1について検討する。
甲1には、抗ウイルス性塗料は塗膜形成剤としてバインダー成分を含有するようにしてもよいこと、特に限定されないが、合成樹脂では、ポリエステル樹脂、アクリル樹脂、天然樹脂としてはひまし油、亜麻仁油等などの乾性油を用いることができること(上記(1)エ)、紫外線などの照射により塗膜を固化させてもよいこと(上記(1)キ)が記載されており、実施例の抗ウイルス性塗料は、ポリビニルアルコールを含む塗料(上記(1)ケ)、1液型アクリル樹脂塗料(上記(1)コ)、ポリエステル樹脂塗料(上記(1)サ)であり、甲1発明の塗膜には樹脂成分が存在するものと理解できる。
しかし、甲1には、未硬化の電磁波硬化型樹脂に、紫外線等の電磁波を照射することにより、重合反応が進行し、硬化して形成された硬化物、すなわち電磁波硬化型樹脂の硬化物を用いることは記載されておらず、また、電磁波硬化型樹脂を選択することが有為であるとの示唆も存在しない。
そうすると、甲1において、何ら記載も示唆もされない電磁波硬化型樹脂の硬化物を用いることを当業者が容易に想到し得たとはいえず、その余の甲号証に記載された事項を組み合わせたとしても、当業者が適宜なし得るということもできない。

b 上記相違点2について検討する。
相違点1で検討したとおり、甲1には、電磁波硬化型樹脂の硬化物を用いることが記載も示唆もされていないから、甲1発明において、電磁波硬化型樹脂の硬化物を採用し、さらに電磁波硬化型樹脂の硬化物の炭素元素と銅元素の表面組成比を調整することを当業者が動機付けられるとはいえない。
そして、本件発明1は、電磁波硬化型樹脂の硬化物の炭素元素と銅元素の表面組成比を特定することにより、眼刺激性が低く、人体への安全性が確保される一方、抗ウィルス機能が不充分となるおそれがないという格別の効果を奏する。

c よって、相違点3、4について検討するまでもなく、本件発明1は甲1に記載された発明及びその余の甲号証に記載された事項から当業者が容易に発明することができたものとはいえない。

(イ)申立人は申立ての理由2-3において、上記2(3)イ(ウ)の申立ての理由2-1と同様の主張をする。

甲1発明において、甲1に何ら記載も示唆もない電磁波硬化型樹脂の硬化物を用いることを当業者が容易に想到し得たとはいえず、さらに、甲1、甲4やその余の甲号証の記載を参酌しても、眼刺激性で評価される人体への安全性を満足させるために、特に炭素元素と銅元素の表面組成比に着目し、それを調整する動機付けを見出すことはできない。
また、本件発明1によって奏される上記の効果を予測することはできない。
よって、申立人の主張は採用できない。

(ウ)申立人は、さらに、上記2(3)イ(エ)の申立ての理由2-1と同様の主張をする。

甲5には、酸化型接着層を介して高分子基板に結合した付加的な材料を含んでいてもよく、無機材料は抗菌性被覆などの製造に利用され得ること(段落【0019】)、ポリイミド膜上に金属性の銅のパターンが形成されることが記載されているが(段落【0085】)、甲5の銅は抗菌性被覆にも利用され得ることが示唆されるに留まるものであり、甲1発明の抗ウイルス効果と機能が共通するとはいえないから、甲5の記載事項を甲1発明に適用し、炭素元素と銅元素の表面組成比を、甲5に具体的に記載されていない「1:28?200.0」という特定の値とすることは当業者が容易に想到し得たものでない。
また、本件発明1によって奏される上記の効果を予測することはできない。
よって、申立人の主張は採用できない。

(4)本件発明2?6
本件発明2?6は、本件発明1をさらに限定するものである。
したがって、本件発明1が甲1に記載された発明及びその余の甲号証に記載された事項から当業者が容易に発明することができたものとはいえないことに鑑みると、本件発明2?6も甲1に記載された発明及びその余の甲各号証に記載された事項から当業者が容易に発明することができたものとはいえない。

(5)まとめ
よって、申立ての理由2-3には、理由がない。

5 まとめ
以上のことから、申立人が主張する申立ての理由にはいずれも理由がなく、これらの申立ての理由によっては本件発明に係る特許を取り消すことはできない。

第4 むすび
以上のとおりであるから、異議申立ての理由によっては、本件請求項1?6に係る発明の特許を取り消すことはできない。
また、他に当該特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。

 
異議決定日 2021-11-08 
出願番号 特願2020-77709(P2020-77709)
審決分類 P 1 651・ 121- Y (A01N)
P 1 651・ 113- Y (A01N)
最終処分 維持  
特許庁審判長 大熊 幸治
特許庁審判官 小堀 麻子
関 美祝
登録日 2021-02-15 
登録番号 特許第6838186号(P6838186)
権利者 イビデン株式会社
発明の名称 抗ウィルス性基体、抗ウィルス性組成物、抗ウィルス性基体の製造方法、抗微生物基体、抗微生物組成物及び抗微生物基体の製造方法  
代理人 特許業務法人 安富国際特許事務所  

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