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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 H01L
審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 H01L
審判 査定不服 1項3号刊行物記載 特許、登録しない。 H01L
管理番号 1380289
総通号数
発行国 JP 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2022-01-28 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2020-03-26 
確定日 2021-12-15 
事件の表示 特願2016−554622「太陽電池の製造方法」拒絶査定不服審判事件〔平成27年10月 1日国際公開、WO2015/148568、平成29年 3月30日国内公表、特表2017−509153〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続きの経緯
本願は、2015年3月24日(パリ条約による優先権主張外国庁受理2014年3月26日 米国)を国際出願日とする出願であって、その後の主な手続きの経緯は、以下のとおりである。

平成28年 8月30日 :国際出願翻訳文提出書の提出
同年10月26日 :手続補正書(自発補正)の提出
平成30年 3月 9日 :出願審査請求書の提出
同年11月15日 :上申書・手続補正書(自発補正)の提出
平成31年 2月25日付け:拒絶理由通知
同年 6月 4日 :意見書・手続補正書の提出
令和元年11月18日付け:拒絶査定
令和2年 3月26日 :審判請求書・手続補正書の提出
同年11月18日付け:審尋
令和3年 1月25日 :回答書の提出

第2 令和2年3月26日付け手続補正についての補正の却下の決定
[補正の却下の決定の結論]
令和2年3月26日付け手続補正(以下「本件補正」という。)を却下する。
[理由]
1 補正内容
本件補正は、本件補正前の特許請求の範囲の請求項10(平成31年6月4日付け手続補正後のもの)に、
「【請求項10】
シリコン基板の受光面をウェットエッチングによりテクスチャ化する段階と、
前記シリコン基板のテクスチャ化された前記受光面上にトンネル誘電体層を形成する段階と、
プラズマ増強化学気相成長(PECVD)技術を用いて、前記トンネル誘電体層上に真性アモルファスシリコン層を形成する段階と、
前記真性アモルファスシリコン層上にN型アモルファスシリコン層を形成する段階と、
前記N型アモルファスシリコン層上に反射防止コーティング(ARC)層を形成する段階と、を備える、太陽電池の製造方法。」とあったものを、
本件補正後に、項番を一つ繰り上げて、
「【請求項9】
シリコン基板の受光面をウェットエッチングによりテクスチャ化する段階と、
前記シリコン基板のテクスチャ化された前記受光面上に堆積されたリン拡散エピタキシャル層上にトンネル誘電体層を形成する段階と、
プラズマ増強化学気相成長(PECVD)技術を用いて、前記トンネル誘電体層上に真性アモルファスシリコン層を形成する段階と、
前記真性アモルファスシリコン層上にN型アモルファスシリコン層を形成する段階と、
前記N型アモルファスシリコン層上に反射防止コーティング(ARC)層を形成する段階と、を備える、太陽電池の製造方法。」と補正する内容を含むものである(なお、下線は、当審で付したものである。以下同じ。)。
なお、本願の願書に添付された明細書(本件補正後のもの)を、図面を含めて「本願明細書」といい、本件補正前のものを「本件補正前明細書」という。

2 補正目的
(1)ア 本件補正は、本件補正前の請求項10に記載した発明を特定するのに必要な「前記シリコン基板のテクスチャ化された前記受光面上にトンネル誘電体層を形成する段階」を、「前記シリコン基板のテクスチャ化された前記受光面上に堆積されたリン拡散エピタキシャル層上にトンネル誘電体層を形成する段階」に変更するとの補正事項(以下「本件補正事項」という。)を含むものである。
イ 本件補正事項により、実質的には、本件補正前の請求項10に記載された発明において、「トンネル誘電体層」と「前記受光面」との間に、「前記受光面上に堆積されたリン拡散エピタキシャル層」が存在することが特定されたことになるところ、当該「前記受光面上に堆積されたリン拡散エピタキシャル層」は、本件補正前の請求項10「に記載した発明を特定するために必要な事項を限定」したもの(特許法17条の2第5項第2号)には該当しない。
ウ また、本件補正前の請求項10に記載された発明は、N型水素化アモルファスシリコン及び結晶シリコンの界面は、不安定性及び容易な劣化をもたらす、不十分なパッシベーションを提供する(本件補正前明細書の【0022】)という課題を解決するものと解される一方、本件補正後の請求項10に追加された「(前記受光面上に)堆積されたリン拡散エピタキシャル層」は、少数キャリアをc−Si/a−Si界面から離れる方向に排斥するためのものであるから(本願明細書の【0033】)、本件補正の前後において、解決しようとする課題が同一ともいえない。
エ よって、本件補正事項を含む本件補正は、特許法17条の2第5項第2号に規定の「特許請求の範囲の限定的減縮」を目的とするものとはいえない。そして、本件補正事項を含む本件補正が、特許法17条の2第5項に掲げる「請求項の削除」(1号)、「誤記の訂正」(3号)及び「明りようでない記載の釈明」(4号)の何れの目的にも該当しないことは明らかである。
したがって、本件補正事項を含む本件補正は、特許法第17条の2第5項の規定に違反するので、同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。

(2)仮に、本件補正が特許法第17条の2第5項第2号に掲げる「特許請求の範囲の限定的減縮」を目的とするものであるとしても、本件補正後の請求項9に係る発明(以下「本願補正発明」という。)は、次のとおり、特許出願の際独立して特許を受けることができるもの(特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第7項の規定に適合するもの)とはいえない。
以下、項を改めて、検討する。

3 独立特許要件
(1)本願補正発明
本願補正発明は、上記「1」に、本件補正後の請求項9として記載したとおりのものである。

(2)引用文献
ア 原査定の拒絶の理由において、引用文献1として引用された特開2012−49156号公報(平成24年3月8日公開 以下、「引用文献」という。)には、図面とともに、以下の記載がある。

(ア)a 「【請求項2】
単結晶又は多結晶のシリコン基板の表面上に形成される化学的酸化膜である酸化シリコン薄膜と、
前記酸化シリコン薄膜上に形成されるi型アモルファスシリコン層と、
前記i型アモルファスシリコン層上に形成されるn型又はp型のアモルファスシリコン層とを備える、
太陽電池。」

b 「【請求項9】
単結晶又は多結晶のシリコン基板の表面を硝酸溶液に浸漬し、及び/又は前記単結晶又は前記多結晶のシリコン基板の表面を硝酸蒸気に曝露する、硝酸接触工程と、
前記硝酸接触工程の後、前記シリコン基板の表面上に形成された酸化シリコン薄膜上にi型アモルファスシリコン層を形成する工程と、
前記i型アモルファスシリコン層上にn型又はp型のアモルファスシリコン層を形成する工程と含む、
太陽電池の製造方法。」

c 「【請求項12】
前記シリコン基板の表面に凹凸を形成する凹凸形成工程の後に、前記硝酸接触工程を行う、
請求項8乃至請求項11のいずれか1項に記載の太陽電池の製造方法。

d 「【請求項14】
前記酸化シリコン薄膜の膜厚が、0.15nm以上2nm以下である、
請求項8乃至請求項11のいずれか1項に記載の太陽電池の製造方法。」

(イ)「【発明を実施するための形態】
【0032】
本発明の実施形態を、添付する図面に基づいて詳細に述べる。なお、この説明に際し、全図にわたり、特に言及がない限り、共通する部分には共通する参照符号が付されている。また、図中、本実施形態の要素は必ずしも互いの縮尺を保って記載されるものではない。さらに、各図面を見やすくするために、一部の符号は省略され得る。
【0033】
<第1の実施形態>
……
【0034】
本実施形態の太陽電池100の構成は、図1に示すように、n型単結晶シリコン基板10上に、極薄(約0.15〜約1.4nm)の酸化シリコン薄膜20、数十nmのi型a−Si層30、及び数十nmのp+型a−Si層40がこの順序で積層されている。さらに、p+型a−Si層40上には、電極層60が形成されている。なお、本実施形態の電極層60は、透明導電膜である酸化インジウムスズ(ITO)膜である。
【0035】
……
【0036】
これまでの本願発明者の実験よれば、n型単結晶シリコン基板10の温度は、その基板の熱容量や、室温から高温蒸気内を経由する操作時間等によって影響を受ける傾向はあるが、一旦数℃低下し、その後、容器93の大きさに依存するが、数秒から数分以内に高濃度硝酸の液体温度に到達することが判明している。この硝酸溶液の温度は、最大でも濃度68wt%の硝酸における共沸点温度120.7℃であるが、沸騰時の硝酸の突沸による硝酸の分解を防止するため、沸点より若干低い温度の115℃〜120℃という、沸騰状態に至る直前の温度による酸化であれば、膜質として充分な特性を得ることが出来る。
【0037】
その後、図3に示すように、公知の成膜技術(例えば、プラズマ気相成長法(PCVD)法)を利用して、上述の酸化シリコン薄膜20上に、i型a−Si層30が形成され、さらにその上に、p+型a−Si層40が形成される。その後、本実施形態では、透明導電膜であるITO膜が、電極層60として、例えば公知のスパッタリング法によりp+型a−Si層40上に形成される。また、n型単結晶シリコン10の反対面上には、裏面電極層70であるn+型a−Si層が公知の成膜技術(例えば、プラズマ気相成長法(PCVD)法)により形成される。
【0038】
上述の製造方法によって形成された太陽電池100によれば、従来であれば、i型a−Si層30とn型単結晶シリコン基板10との界面において発生する微結晶化や欠陥あるいは界面準位の発生が低減される。しかも、本実施形態の硝酸溶液95による酸化シリコン薄膜20は、極めて薄い酸化膜であるため、太陽電池100としての機能を実質的に損なうことはない。すなわち、アモルファス層とn型単結晶シリコン基板10との間においてトンネル接合が形成されることになる点も本実施形態の特徴の一つである。従って、良好な界面構造及び前述のトンネル接合とが相俟って、大幅に変換効率を高めた太陽電池が得られる。」

(ウ)「【0053】
<第6の実施形態>
図8は、本実施形態の太陽電池600の構成を示す断面図である。本実施形態の太陽電池600は、第1の実施形態の太陽電池100のn型単結晶シリコン基板10の表面、及びそれに伴うその上層の各層が凹凸を備えている点を除き、第2の実施形態の太陽電池200及びその製造方法と同様である。従って、第1及び第2の実施形態と重複する説明は省略され得る。
【0054】
本実施形態では、第1の実施形態における第1浸漬工程に先立って、n型単結晶シリコン基板10の表面が凹凸を備えるように、公知の手法を用いた凹凸形成工程が行われる。具体的には、例えば、n型単結晶シリコン基板10の表面を洗浄した後、水酸化ナトリウム水溶液を用いた異方性エッチングにより、ピッチ及び高さが数μm程度の凹凸を備えたシリコン表面が形成される。なお、公知のドライエッチング技術を用いて、より細かい凹凸を形成することも他の好ましい一態様である。
【0055】
その後、n型単結晶シリコン基板10上に厚さ約0.15〜約1.4nmの酸化シリコン薄膜20が形成される。ここで、酸化シリコン薄膜20は、第1の実施形態の第1浸漬工程と同じ条件で形成される。さらにその後、例えば、プラズマ気相成長法(PCVD)法を利用して、上述の酸化シリコン薄膜20上に、i型a−Si層30が形成され、さらにその上に、p+型a−Si層40が形成される。その後、第2の実施形態と同様にp+型a−Si層40上に反射防止膜50が形成される。最後に、第1の実施形態と同様に、パターニングされた電極層60が形成される。
【0056】
……
【0057】
<上述の各実施形態の変形例>
上述の各実施形態において、単結晶シリコン基板とアモルファスシリコン層との間や、アモルファスシリコン層と反射防止膜との間に酸化シリコン薄膜20が形成されている例を示したが、その他にも、有益ないし有効な酸化シリコン薄膜20の適用例が存在する。
【0058】
例えば、図9に示す太陽電池700は、第6の実施形態の太陽電池600におけるn型単結晶シリコン基板10の一方の面に形成されている凹凸構造及び積層構造を、その両面が備えている例である。このような構造を備えることにより、太陽電池700は、第3の実施形態の太陽電池300と第6の実施形態の太陽電池600の双方の効果を発揮し得る。なお、本実施形態においても、図9に示す太陽電池700が、p+型a−Si層40の上に第1の実施形態の反射防止膜50を備えることは、光電流の増加、ひいては太陽電池の変換効率の更なる向上の観点から好ましい一態様である。」

(エ)図8(第6の実施形態)は、以下のものである。


10 n型単結晶シリコン基板
20 酸化シリコン薄膜
30 i型a−Si層
40 p+型a−Si層
50 反射防止膜
60 電極層
70 裏面電極層
600 太陽電池

(オ)図9(変形例)は、以下のものである。

10 n型単結晶シリコン基板
20 酸化シリコン薄膜
30 i型a−Si層
40 p+型a−Si層
50 反射防止膜
60 電極層
80 n+型a−Si層
700 太陽電池

イ 引用文献に記載された発明
(ア)上記ア(ア)の記載からして、引用文献には、
「単結晶又は多結晶のシリコン基板の表面に凹凸を形成する凹凸形成工程と(【請求項12】、【請求項2】)、
前記シリコン基板の表面を硝酸溶液に浸漬し、及び/又は前記シリコン基板の表面を硝酸蒸気に曝露する、硝酸接触工程と、(【請求項9】)
前記硝酸接触工程の後、前記シリコン基板の表面上に形成された膜厚0.15nm以上2nm以下の酸化シリコン薄膜上にi型アモルファスシリコン層を形成する工程と(【請求項9】、【請求項14】)、
前記i型アモルファスシリコン層上にn型又はp型のアモルファスシリコン層を形成する工程とを含む、(【請求項9】)
太陽電池の製造方法。」(【請求項9】)が記載されているものと認められる。なお、参考のために、括弧内に段落番号を付した。

(イ)上記ア(ア)及び同(イ)の記載から、上記(ア)の技術的事項について、以下のことが理解できる。
a 上記(ア)の「単結晶又は多結晶のシリコン基板」は、n型単結晶シリコン基板であってもよく、その「n型単結晶シリコン基板」は、「i型アモルファスシリコン層」との間においてトンネル接合が形成されること(【0034】・【0038】)。
b 上記(ア)の「i型アモルファスシリコン層」、「n型」「アモルファスシリコン層」及び「p型アモルファスシリコン層」は、いずれも、プラズマ気相成長法(PCVD法)を利用して形成してもよいこと(【0037】)。
c 上記(ア)の「膜厚0.15nm以上2nm以下の酸化シリコン薄膜」は、トンネル接合を形成する化学的酸化膜であること(【請求項2】・【0036】・【0038】)。

(ウ)上記ア(ウ)の記載を踏まえて、図8及び図9を見ると、上記(ア)及び図9に係る技術的事項について、以下のことが理解できる。
a 上記(ア)の「単結晶又は多結晶のシリコン基板の表面に凹凸を形成する凹凸形成工程」は、水酸化ナトリウム水溶液を用いた異方性エッチングにより凹凸を形成する工程であること(【0054】)。
b 図9の太陽電池700は、両面が受光面となること。
図9のn型単結晶シリコン基板10の上面(図面上では上側)に、酸化シリコン薄膜20、i型a−Si層30、p+型a−Si層40、反射防止膜50が形成されること。
図9のn型単結晶シリコン基板10の下面(図面上では下側)に、酸化シリコン薄膜20、i型a−Si層30、n+型a−Si層80、反射防止膜50が形成されること。

(エ)上記(ア)ないし(ウ)の検討からして、引用文献には、上記(ア)の太陽電池の製造方法を、図9の太陽電池に適用した製造方法に関する次の発明(以下「引用発明」という。)が記載されていると認められる。

「n型単結晶シリコン基板の下面に水酸化ナトリウム水溶液を用いた異方性エッチングにより凹凸を形成する凹凸形成工程と、
前記シリコン基板の下面を硝酸溶液に浸漬して、膜厚0.15nm以上2nm以下のトンネル接合を形成する化学的酸化膜である酸化シリコン薄膜を形成する硝酸接触工程と、
前記硝酸接触工程の後、前記シリコン基板の下面に形成された前記酸化シリコン薄膜上に、プラズマ気相成長法(PCVD法)を利用してi型アモルファスシリコン層及びn型アモルファスシリコン層を順に形成する工程と、
前記n型アモルファスシリコン層上に反射防止膜を形成する工程と、含む、太陽電池の製造方法。」

(3)対比
ア 本願補正発明と引用発明とを対比すると、以下のことがいえる。
(ア)引用発明の「n型単結晶シリコン基板」は、本願補正発明の「シリコン基板」に相当する。
以下、同様に、
「n型単結晶シリコン基板の下面」は、反射防止膜50が形成されていることから、「受光面」に、
「水酸化ナトリウム水溶液を用いた異方性エッチング」は、「ウェットエッチング」に、
「凹凸を形成する」は、「テクスチャ化する」に、それぞれ、相当する。
よって、本願補正発明と引用発明とは、「シリコン基板の受光面をウェットエッチングによりテクスチャ化する段階と、を備える」点で一致する。

(イ)引用発明の「膜厚0.15nm以上2nm以下のトンネル接合を形成する化学的酸化膜である酸化シリコン薄膜」は、「トンネル誘電体層」であるといえる。
よって、本願補正発明と引用発明とは、「シリコン基板のテクスチャ化された受光面上に」「トンネル誘電体層を形成する段階と、を備える」点で一致する。

(ウ)引用発明の「プラズマ気相成長法(PCVD法)」、「i型アモルファスシリコン層」及び「n型アモルファスシリコン層」は、それぞれ、本願補正発明の「プラズマ増強化学気相成長(PECVD)技術」、「真性アモルファスシリコン層」及び「N型アモルファスシリコン層」に、相当する。
よって、本願補正発明と引用発明とは、「プラズマ増強化学気相成長(PECVD)技術を用いて、前記トンネル誘電体層上に真性アモルファスシリコン層を形成する段階と、
前記真性アモルファスシリコン層上にN型アモルファスシリコン層を形成する段階と、を備える」点で一致する。

(エ)引用発明の「反射防止膜」は、本願補正発明の「反射防止コーティング(ARC)層」に相当する。

(オ)引用発明の「太陽電池の製造方法」は、本願補正発明の「太陽電池の製造方法」に相当する。

イ 上記アの検討から、本願補正発明と引用発明とは、以下の点で一致する。
〈一致点〉
「シリコン基板の受光面をウェットエッチングによりテクスチャ化する段階と、
前記シリコン基板のテクスチャ化された前記受光面上にトンネル誘電体層を形成する段階と、
プラズマ増強化学気相成長(PECVD)技術を用いて、前記トンネル誘電体層上に真性アモルファスシリコン層を形成する段階と、
前記真性アモルファスシリコン層上にN型アモルファスシリコン層を形成する段階と、
前記N型アモルファスシリコン層上に反射防止コーティング(ARC)層を形成する段階と、を備える、太陽電池の製造方法。」

一方、両者は、以下の点で相違する。
〈相違点〉
トンネル誘電体層を形成する位置が、
本願補正発明は、「受光面上に堆積されたリン拡散エピタキシャル層上」であるのに対して、
引用発明は、「n型単結晶シリコン基板の下面」上である点。

(4)判断
ア 上記〈相違点〉について検討する。
(ア)太陽電池において、表面障壁及び/又は裏面障壁(FSF、BSF)を設け、空乏層から離れた領域で発生した少数キャリアが、電極にまで達しないようにすることは、周知技術であり、表面障壁及び/又は裏面障壁(FSF、BSF)の形成手段として、エピタキシャル成長により形成することも周知な手法である(例えば、後記<周知技術を示す文献>の「周知文献1〜3」参照。)。

(イ)ここで、引用発明が、空乏層から離れた領域で発生した少数キャリアが光電流に寄与せず、光電変換効率が低下するとの課題を内包していることは、当業者には明らかであるから、引用発明に上記周知技術を適用する動機はあるといえる。

(ウ)そして、引用発明に表面障壁及び/又は裏面障壁(FSF、BSF)を適用するとしても、当該表面障壁及び/又は裏面障壁(FSF、BSF)を形成する工程の順番についても検討が必要であるから、以下に検討する。
a 凹凸形成工程との関係について
表面障壁及び/又は裏面障壁(FSF、BSF)を形成した後に、例えばエッチング等の層を除去する工程を行えば、形成した表面障壁及び/又は裏面障壁を削ることとなり、表面障壁及び/又は裏面障壁を形成するという本来の目的を損ねることになる。
b 硝酸接触工程(酸化シリコン薄膜形成工程)との関係について
表面障壁及び/又は裏面障壁(FSF、BSF)の機能は、高密度にドープしたp+層或いはn+層を設けてp−p+間或いはn−n+間に障壁をつくり、少数キャリアである電子或いは正孔を跳ね返すことにあるから、当該機能を踏まえると、引用発明の「n型単結晶シリコン基板」に接して、表面障壁及び/又は裏面障壁(FSF、BSF)を形成することが、自然な構成といえる。
c 上記a〜bより、引用発明の「n型単結晶シリコン基板の下面に水酸化ナトリウム水溶液を用いた異方性エッチングにより凹凸を形成する凹凸形成工程」の後であって、「酸化シリコン薄膜を形成する硝酸接触工程」の前に、n型単結晶シリコン基板と同一の導電型であって、当該基板より高い不純物濃度のシリコン層(以下「n+シリコン層」という。)をエピタキシャル成長させることは、当業者であれば容易になし得たことといえる。
また、n型ドーパントとして、「リン」は、通常に用いられる不純物である。

(エ)上記(ウ)のようにした引用発明においては、「膜厚0.15nm以上2nm以下の酸化シリコン薄」は、「n+シリコン層」上に形成されることになり、該「n+シリコン層」は、エピタキシャル成長させた層であるから、本願発明の「堆積されたリン拡散エピタキシャル層」に相当するといえる。

(オ)以上の検討からして、引用発明において、上記相違点に係る本願補正発明の構成を採用することは、当業者が上記周知技術に基づいて容易になし得たことである。

<周知技術を示す文献>
周知文献1:特表2010−533969号公報
「【0040】
第2エミッタ領域12または少なくとも1つの第2エミッタ層を含む第2エミッタスタックは、例えば、CVD、電子ビーム(e-beam)蒸着、またはスパッタ技術のような、適した半導体材料堆積技術の手段により形成される。CVDを用いる長所は、高い材料品質が得られることである。…(後略)…。」
「【0067】
図6は、完全なエミッタスタックがテクスチュアされる、即ち、第2エミッタ領域12の形成後にテクスチュアされるプロセス(上述のように、この直接的なプロセスはうまくいかない)と、本発明の具体例にかかる、第1エミッタ領域11がテクスチュアされ、第2エミッタ領域12がテクスチュア後に形成されるプロセスとの間の違いを示す。
【0068】
テクスチュアされた表面との組み合わせで良好なFSFを有するように、高ドープ第2エミッタ領域12の成長は、第1エミッタ領域11のテクスチュア後に行われる。…(後略)…」
「図1


「図6



周知文献2:特開平3−131070号公報
「(ロ)従来の技術
従来の単結晶または多結晶シリコン等を基体とする背面電界(BSF)型光電変換素子の製造方法につき簡単に説明する。…(中略)…。
続いて、裏面側のp+層として、Al蒸着し、処処理を行いAlをp−層の裏面側より拡散させ、p+層を形成するかまたはイオン注入によりp型ドーパントを注入後、前述と同様の工程を行なってp+層を形成するか、あるいは、液相成長法により形成する。液相成長法は、あらかじめ、p型ドーパントを高濃度に含んだシリコン材料を溶解した金属融液中よりp+シリコン層を基体p−層裏面にエピタキシャル成長させる。このような手法によってn+p−p+構造のBSF型光電変換素子が形成されていた。」(第1頁左下欄第18行〜第2頁左上欄第4行)

周知文献3:特表2012−531048号公報
「【0002】
従来技術の説明
…(中略)…。デバイスの性能を向上させるために、例えば、「裏面電界(back surface field)」として知られる異なる量のドーピングから成る裏面(非露出面)におけるP/P接合、前面電界を発生させるための露出面における傾斜ドーピング・プロファイル、及びARコーティングに加えて光をほとんど反射しないように露出面を粗くするための露出面の「テクスチャリング」などの他の装飾が用いられることが多い。」
「【0004】
図1は、従来技術において実施される方法によって作製される太陽電池構造体100を示す。基板105は、界面125、ドーピング・レベル115及び表面140から成る成長領域110が上に生成されている。基板105と成長領域110との間に遷移領域130が形成され、そこでは成長領域110からのドーパント115の一部が界面125の下に移動することがある。」
【0007】
…(前略)…。前面接合及び/又は裏面電界を生成するのに用いられる拡散ステップには、例えば、摂氏900度に近い温度又はこれを上回る温度が用いられる。前面接合は、照明に曝される基板105の前面上のP/N接合であり、裏面電界は、光に曝されない基板105の後面上の、前述したP/P接合のような接合である。
「【0011】
第3のドーパント・プロファイル150のタイプは、例えばエピタキシャル成長によって得ることができる一定不変のプロファイルである。ドーパント濃度は、気体組成によって制御され、ドーパントの深さは、エピタキシャル層の厚さである。…(後略)…。」
「図1


イ 効果
(ア)上記相違点に係る効果は、本願明細書の【0033】の「・・・c−Si/a−Si界面から離れる方向に少数キャリアを排斥することによって、安定性を改善することを助けるために、テクスチャ化表面上に、リン拡散エピタキシャル層を堆積させること・・・」との記載に照らせば、「少数キャリアを排斥すること」をもって「安定性を改善することを助ける」ことであると解されるところ、引用発明において、上記周知技術を採用した構成においても、結晶基板との間に電界をつくり、この電界によって少数キャリアを「n型単結晶シリコン基板」の表面から遠ざけているのであるから、「c−Si/a−Si界面から離れる方向に少数キャリアを排斥する」ことを実現しており、よって、「安定性を改善することを助け」ているといえる。
そうすると、本願補正発明の効果は、引用発明及び上記周知技術に比べて、格別顕著なものということはできない。

(イ)これに対し、請求人は、令和3年1月25日提出の回答書において以下の主張をするが、いずれも採用できない。

a 請求人は、「2.暫定的見解への回答(2)」において、「リン拡散エピタキシャル層をテクスチャ化表面上に堆積させた場合、リン拡散エピタキシャル層は、その層全体にSi−H共有結合を含む(段落0043)。」と説明している。
しかしながら、本願明細書の【0043】には、「…一実施形態では、N型アモルファスシリコン層は、プラズマ増強化学気相成長法(PECVD)を使用して形成され、リンドープa−Si:Hによって表され、その層全体にSi−H共有結合を含む。一実施形態では、N型シリコン層112は、リンドーパントなどの不純物を含む。」と記載されているだけで、「リン拡散エピタキシャル層」については記載されていない。
また、本願明細書の他の記載を見ても、「リン拡散エピタキシャル層は、その層全体にSi−H共有結合を含む」ことは記載されていない。
よって、請求人の説明は、本願明細書の記載に基づかないものであって、失当である。

b 請求人は、「2.暫定的見解への回答(2)」において、「電池前面がUV(紫外線)に長期間晒された場合、結晶シリコン/熱酸化物(c‐Si/TOX)界面を横切ってホットエレクトロンが注入されるので、リン拡散エピタキシャル層におけるSi−H共有結合が破壊されやすい。このため、電池前面がUV(紫外線)に長期間晒された場合、結晶シリコン/熱酸化物(c‐Si/TOX)界面が劣化しやすい。」と説明している。
しかしながら、本願明細書の【0033】には、「リン拡散エピタキシャル層」は、安定性を改善することを助けるために設けられた旨記載されているのであり、他方で、上記説明では、「リン拡散エピタキシャル層」は、その形成が原因となって、結晶シリコン/熱酸化物(c‐Si/TOX)界面が劣化しやすいとされている。
このような請求人の説明は、本願明細書の記載に沿ったものとはいえないから、失当である。

c 請求人は、「2.暫定的見解への回答(2)」において、「『UV劣化に対する安定性を改善することを助ける』ことにより、『c−Si/a−Si界面から離れる方向に少数キャリアを排斥すること』ができる。」と説明している。
しかしながら、本願明細書の【0033】には「(3)c−Si/a−Si界面から離れる方向に少数キャリアを排斥することによって、安定性を改善することを助けるために、テクスチャ化表面上に、リン拡散エピタキシャル層を堆積させることと、」と記載されており、このような請求人の説明は、本願明細書の記載に沿ったものとはいえないから、失当である。

d 請求人は、「2.暫定的見解への回答(4)」において、「テクスチャ化表面上に堆積されたリン拡散エピタキシャル層は、基板100のエピタキシャル成長中に、成長雰囲気中にリンを拡散することにより形成される。基板100の表面は、基板100のエピタキシャル成長後にテクスチャ化される。」と説明している。
しかしながら、本願明細書には、「(3)c−Si/a−Si界面から離れる方向に少数キャリアを排斥することによって、安定性を改善することを助けるために、テクスチャ化表面上に、リン拡散エピタキシャル層を堆積させることと」(【0033】)と記載されているにとどまり、このような請求人の説明は、本願明細書の記載に沿ったものとはいえないから、失当である。

e 請求人は、「2.本願発明が特許されるべき理由(c)」において、引用発明は、テクスチャ化表面上に、リン拡散エピタキシャル層を堆積させていないので、紫外線安定性を改善することが困難である旨主張する。 しかしながら、本願発明の効果が、引用発明及び上記周知技術に比べて、格別顕著なものということはできないことは、上記イ(ア)で説示したとおりである。
また、本願補正発明は、「太陽電池の製造方法」であって、請求人の主張する効果は、本願補正発明の奏する効果とも言い難い。
よって、請求人の主張は、採用できない。

ウ まとめ
本願補正発明は、当業者が引用発明及び上記周知技術に基づいて容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により、特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。

4 本件補正についてのむすび
本件補正は、特許法第17条の2第5項の規定に違反するので、同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。
また、本件補正は、特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第7項の規定に違反するので、同法第159条第1項の規定において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。
よって、上記補正の却下の決定の結論のとおり決定する。

第3 本願発明
1 本願発明
本件補正は上記のとおり却下されたため、本願の請求項10に係る発明(以下「本願発明」という。)は、前記「第2 1」にて、本件補正前の請求項10に係る発明として記載したとおりのものである。
本願発明を再掲すると、以下のとおりのものである。

「【請求項10】
シリコン基板の受光面をウェットエッチングによりテクスチャ化する段階と、
前記シリコン基板のテクスチャ化された前記受光面上にトンネル誘電体層を形成する段階と、
プラズマ増強化学気相成長(PECVD)技術を用いて、前記トンネル誘電体層上に真性アモルファスシリコン層を形成する段階と、
前記真性アモルファスシリコン層上にN型アモルファスシリコン層を形成する段階と、
前記N型アモルファスシリコン層上に反射防止コーティング(ARC)層を形成する段階と、を備える、太陽電池の製造方法。」

2 原査定の拒絶の理由
原査定の拒絶の理由は、以下の理由を含むものである。
1.(新規性)この出願の請求項10に係る発明は、その優先日前に日本国内又は外国において、頒布された刊行物である又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった文献である引用文献1に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができない。
2.(進歩性)この出願の請求項10に係る発明は、その優先日前に日本国内又は外国において、頒布された刊行物でる又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった文献である引用文献1に記載された発明に基いて、その優先日前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

3 引用文献
原査定の拒絶の理由で引用された引用文献1及びその記載事項は、前記第2の[理由]3(2)に記載したとおりである。

4 対比・判断
本願発明は、前記「第2 2 補正目的」の検討によれば、本願補正発明から「トンネル誘電体層」を形成する位置について、「受光面上に堆積されたリン拡散エピタキシャル層上に」との限定を省いたものに相当する。
そうすると、本願発明と引用発明との相違点はなくなることとなり、本願発明は引用発明となる。仮に、本願発明と引用発明との間に相違点があるとしても、本願発明の構成要件を全て含み、さらに限定を付加したものに相当する本願補正発明が前記「第2 3 独立特許要件」で検討したとおり、当業者が引用発明及び上記周知技術に基づいて容易に発明をすることができたものあるから、本願発明も、同様の理由により、当業者が引用発明及び上記周知技術に基づいて容易に発明をすることができたものである。

5 まとめ
したがって、本願発明は、引用発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができない。また、本願発明は、当業者が引用発明及び上記周知技術に基づいて容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

第4 むすび
以上のとおり、本願発明は、特許を受けることができないから、他の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
別掲 (行政事件訴訟法第46条に基づく教示) この審決に対する訴えは、この審決の謄本の送達があった日から30日(附加期間がある場合は、その日数を附加します。)以内に、特許庁長官を被告として、提起することができます。

審判長 山村 浩
出訴期間として在外者に対し90日を附加する。
 
審理終結日 2021-07-02 
結審通知日 2021-07-06 
審決日 2021-07-30 
出願番号 P2016-554622
審決分類 P 1 8・ 121- Z (H01L)
P 1 8・ 113- Z (H01L)
P 1 8・ 575- Z (H01L)
最終処分 02   不成立
特許庁審判長 山村 浩
特許庁審判官 吉野 三寛
松川 直樹
発明の名称 太陽電池の製造方法  
代理人 龍華国際特許業務法人  
代理人 龍華国際特許業務法人  

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