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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  C25D
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C25D
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  C25D
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  C25D
管理番号 1381663
総通号数
発行国 JP 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2022-02-25 
種別 異議の決定 
異議申立日 2020-12-25 
確定日 2021-11-11 
異議申立件数
訂正明細書 true 
事件の表示 特許第6718301号発明「ジルコニウム化成皮膜処理を施した被塗物にカチオン電着塗料組成物を塗装するための方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6718301号の明細書及び特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正明細書及び訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1〜4〕について訂正することを認める。 特許第6718301号の請求項1〜4に係る特許を維持する。  
理由 第1 手続の経緯
特許第6718301号(以下、「本件特許」という。また、本件特許の願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面を総称して「本件明細書等」といい、本件特許の願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面のみをそれぞれ指す時には、「本件明細書」、「本件図面」又は「本件特許請求の範囲」という。)の請求項1〜4に係る特許についての出願は、平成28年5月11日に出願され、令和2年6月16日にその特許権の設定登録がされ、同年7月8日に特許掲載公報が発行されたものである。
その後、同年12月25日に、請求項1〜4に係る特許に対し、特許異議申立人 関西ペイント株式会社(以下、「申立人」という。)により、甲第1号証〜甲第4号証を証拠方法とする特許異議の申立てがされ、当審は、令和3年5月24日付けで取消理由を通知し、特許権者からは、その指定期間内である同年6月19日差出の意見書及び訂正請求書が提出され、また、申立人からは、同年8月13日付けで意見書(以下、「申立人意見書」という。)及び甲第5号証が提出された。

第2 本件訂正請求について
令和3年6月19日差出の訂正請求書による訂正請求(以下、「本件訂正請求」という。)の適否について検討する。

1 訂正請求の趣旨
本件訂正請求の趣旨は本件特許の明細書及び特許請求の範囲を、上記訂正請求書に添付した訂正明細書及び訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1〜4について訂正することを求めるものである。

2 訂正の内容
本件訂正請求による訂正(以下、「本件訂正」という。)の内容は、以下のとおりである。(なお、訂正箇所に下線を付した。)

(1)訂正事項1
本件特許請求の範囲の請求項1に
「ジルコニウム化成皮膜処理を施した被塗物にカチオン電着塗料組成物を塗装する方法において、アミン変性エポキシ樹脂(A)及びブロックイソシアネート硬化剤樹脂(B)を構成成分として含み、かつ被塗物に対して均一に塗装して得られる塗膜の焼付後の膜厚が3μmに達したときの塗膜抵抗(R3)が10〜200kΩ・cm2であり、かつ、6μmに達したときの塗膜抵抗(R6)が40〜400kΩ・cm2であることを満たすカチオン電着塗料組成物を使用して塗装することを特徴とする方法。」
と記載されているのを、
「ジルコニウム化成皮膜処理を施した被塗物にカチオン電着塗料組成物を塗装する方法において、アミン変性エポキシ樹脂(A)及びブロックイソシアネート硬化剤樹脂(B)を構成成分として含み、かつ被塗物に対して均一に塗装して得られる塗膜の焼付後の膜厚が3μmに達したときの塗膜抵抗(R3)が10〜111kΩ・cm2であり、かつ、6μmに達したときの塗膜抵抗(R6)が40〜400kΩ・cm2であることを満たすカチオン電着塗料組成物を使用して塗装することを特徴とする方法。」
に訂正する(請求項1の記載を引用する請求項2〜4も同様に訂正する)。

(2)訂正事項2
本件明細書の段落【0064】に
「実施例1〜9及び比較例1〜4
ジルコニウム化成皮膜処理を施された被塗物に、カチオン電着塗料組成物として、表9に示すものを使用し、カチオン電着塗装を行ない、膜厚が3μm及び6μmに達した時の塗膜抵抗を測定し、その結果を表10に示した。なお、塗膜抵抗の具体的な測定手順は、以下の通りである。」
と記載されているのを、
「実施例1、参考例2、実施例3〜9及び比較例1〜4
ジルコニウム化成皮膜処理を施された被塗物に、カチオン電着塗料組成物として、表9に示すものを使用し、カチオン電着塗装を行ない、膜厚が3μm及び6μmに達した時の塗膜抵抗を測定し、その結果を表10に示した。なお、塗膜抵抗の具体的な測定手順は、以下の通りである。」
に訂正する。

(3)訂正事項3
本件明細書の段落【0066】の【表10】に「実施例1〜9、比較例1〜4」及び「実施例2」と記載されているのを、「実施例1、参考例2、実施例3〜9、比較例1〜4」及び「参考例2」に訂正する。

(4)訂正事項4
本件明細書の段落【0067】に
「表10から明らかな通り、実施例1〜9はいずれも、膜厚3μmでの塗膜抵抗が18〜182kΩ・cm2の範囲であり、膜厚6μmでの塗膜抵抗が52〜395kΩ・cm2の範囲であり、いずれも本発明の範囲内である。これに対して、比較例1〜4はいずれも、膜厚3μm及び6μmでの塗膜抵抗の少なくとも一方が本発明の範囲外である。」
と記載されているのを、
「表10から明らかな通り、実施例1、実施例3〜9はいずれも、膜厚3μmでの塗膜抵抗が18〜111kΩ・cm2の範囲であり、膜厚6μmでの塗膜抵抗が52〜395kΩ・cm2の範囲であり、いずれも本発明の範囲内である。これに対して、比較例1〜4はいずれも、膜厚3μm及び6μmでの塗膜抵抗の少なくとも一方が本発明の範囲外である。」
に訂正する。

(5)訂正事項5
本件明細書の段落【0068】に
「次に、実施例1〜9及び比較例1〜4のカチオン電着塗料組成物を使用して、以下の手順でつきまわり性、塗膜の平滑性、膜厚保持性、及び耐ガスピンホール性(亜鉛系金属基材のみ)を評価し、その結果を表11に示した。」
と記載されているのを、
「次に、実施例1、参考例2、実施例3〜9及び比較例1〜4のカチオン電着塗料組成物を使用して、以下の手順でつきまわり性、塗膜の平滑性、膜厚保持性、及び耐ガスピンホール性(亜鉛系金属基材のみ)を評価し、その結果を表11に示した。」
に訂正する。

(6)訂正事項6
本件明細書の段落【0073】の【表11】に「実施例1〜9、比較例1〜4」及び「実施例2」と記載されているのを、「実施例1、参考例2、実施例3〜9、比較例1〜4」及び「参考例2」に訂正する。

(7)訂正事項7
本件明細書の段落【0074】に
「表11から明らかな通り、膜厚3μm及び6μmでの塗膜抵抗がいずれも本発明の範囲内である実施例1〜9は、つきまわり性、塗膜の平滑性、膜厚保持性、及び耐ガスピンホール性の全ての性能に優れていた。これに対して、膜厚3μm及び6μmでの塗膜抵抗の少なくとも一方が本発明の範囲外である比較例1〜4は、つきまわり性、塗膜の平滑性、膜厚保持性、及び耐ガスピンホール性のうちの少なくとも一つの性能に劣っていた。」
と記載されているのを、
「表11から明らかな通り、膜厚3μm及び6μmでの塗膜抵抗がいずれも本発明の範囲内である実施例1、実施例3〜9は、つきまわり性、塗膜の平滑性、膜厚保持性、及び耐ガスピンホール性の全ての性能に優れていた。これに対して、膜厚3μm及び6μmでの塗膜抵抗の少なくとも一方が本発明の範囲外である比較例1〜4は、つきまわり性、塗膜の平滑性、膜厚保持性、及び耐ガスピンホール性のうちの少なくとも一つの性能に劣っていた。」
に訂正する。

(8)一群の請求項について
訂正前の請求項1〜4について、請求項2〜4はそれぞれ直接または間接的に請求項1を引用しているものであり、訂正事項1によって記載が訂正される請求項1に連動して訂正されるものであるから、訂正前の請求項1〜4に対応する訂正後の請求項1〜4は、特許法第120条の5第4項に規定する一群の請求項である。
また、訂正事項2〜7に係る訂正は、本件明細書を訂正するものであるが、いずれも一群の請求項である訂正前の請求項1〜4に関係する訂正である。

3 訂正事項の検討
(1)訂正事項1について
ア 訂正の目的の存否、特許請求の範囲の拡張・変更の存否
訂正事項1による訂正は、請求項1の発明特定事項である塗膜の焼付後の膜厚が3μmに達したときの塗膜抵抗(R3)範囲について、本件訂正前は「10〜200kΩ・cm2」としていたのを、上限値を小さくすることにより「10〜111kΩ・cm2」と限定するものである。
よって、訂正事項1による訂正は、特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正であり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものには該当しない。

イ 新規事項の有無
本件訂正請求前の本件明細書には、以下の記載がある。
「【0059】
(被塗物の準備)
被塗物として、冷間圧延鋼板(SPC−SD)、亜鉛系めっき鋼板(GA)、及び6000系アルミニウム(Al)を準備した。これらの被塗物はいずれも、日本テストパネル社製であり、その大きさは、70mm×150mm×0.8mmであった。」
「【0064】
実施例1〜9及び比較例1〜4
ジルコニウム化成皮膜処理を施された被塗物に、カチオン電着塗料組成物として、表9に示すものを使用し、カチオン電着塗装を行ない、膜厚が3μm及び6μmに達した時の塗膜抵抗を測定し、その結果を表10に示した。なお、塗膜抵抗の具体的な測定手順は、以下の通りである。」
「【0066】
【表10】


上記のとおり、訂正事項1による訂正で、請求項1の発明特定事項である塗膜の焼付後の膜厚が3μmに達したときの塗膜抵抗(R3)範囲の上限値とされる「111kΩ・cm2」は、本件訂正請求がなされる前の本件明細書【0066】の表10の実施例7及び9において、被塗物が6000系アルミニウム(Al)である場合の塗膜の焼付後の膜厚が3μmに達したときの塗膜抵抗(R3)として、それぞれ記載されているから、訂正事項1は、本件明細書等に記載した事項の範囲内の訂正である。

(2)訂正事項2、3、5及び6について
訂正事項2、3、5及び6による訂正は、訂正事項1による訂正で、請求項1の発明特定事項である塗膜の焼付後の膜厚が3μmに達したときの塗膜抵抗(R3)範囲がさらに限定されることに伴い、その範囲から外れる本件明細書【0064】、【0066】、【0068】及び【0073】にそれぞれ記載の「実施例2」を、いずれも「参考例2」とすることで、かかる例が請求項1の発明特定事項に対応しないことを明瞭にするものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書き第3号に掲げる明瞭でない記載の釈明を目的としたものである。
また、訂正事項2、3、5及び6が、いずれも実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものに該当しないことは明らかであるし、本件明細書等に記載した事項の範囲内の訂正であることも明らかである。

(3)訂正事項4について
訂正事項4による訂正は、訂正事項1による訂正で、請求項1の発明特定事項である塗膜の焼付後の膜厚が3μmに達したときの塗膜抵抗(R3)範囲がさらに限定されることに伴い、本件明細書【0067】において、その範囲を外れる「実施例2」を実施例から除くとともに、塗膜の焼付後の膜厚が3μmに達したときの塗膜抵抗(R3)の上限値を請求項1と同じとし、請求項1の発明特定事項に対応するもののみ実施例とすることを明瞭にするものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書き第3号に掲げる明瞭でない記載の釈明を目的としたものである。
また、訂正事項4が、いずれも実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものに該当しないことは明らかであるし、本件明細書等に記載した事項の範囲内の訂正であることも明らかである。

(4)訂正事項7について
訂正事項7による訂正は、訂正事項1による訂正で、請求項1の発明特定事項である塗膜の焼付後の膜厚が3μmに達したときの塗膜抵抗(R3)範囲がさらに限定されることに伴い、本件明細書【0074】において、その範囲を外れる「実施例2」を実施例から除き、請求項1の発明特定事項に対応するもののみが実施例となることを明瞭にするものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書き第3号に掲げる明瞭でない記載の釈明を目的としたものである。
また、訂正事項7が、いずれも実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものに該当しないことは明らかであるし、本件明細書等に記載した事項の範囲内の訂正であることも明らかである。

(5)独立特許要件について
申立人による特許異議の申立ては、訂正前の請求項1〜4の全てに対してなされているので、特許法第120条の5第9項で読み替えて準用する特許法第126条第7項の独立特許要件は課されない。

4 本件訂正請求の適否についての結論
以上のとおり、各訂正事項に係る訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号及び第3号に掲げる事項を目的とするものに該当し、同条第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合するものであるから、結論のとおり、本件訂正を認める。
したがって、訂正請求書に添付された訂正明細書及び訂正特許請求の範囲のとおり、本件明細書及び本件特許請求の範囲を、訂正後の請求項〔1〜4〕について訂正することを認める。

第3 本件発明
上記第2で述べたとおり、本件特許の請求項1〜4に係る発明は、本件訂正が認められるので、訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲の請求項1〜4に記載された事項により特定される、次のとおりのものである。
なお、以下では、特に「訂正前の」という断り書きがない限り、訂正特許請求の範囲に記載の請求項1〜4に係る発明を「本件発明1」等といい、総称して「本件発明」ということもある。また、本件訂正請求前の令和2年6月16日に本件特許の特許権が設定登録された時点における特許請求の範囲の請求項1〜4に係る発明を「訂正前の本件発明1」等といい、総称して「訂正前の本件発明」ということもある。

「【請求項1】
ジルコニウム化成皮膜処理を施した被塗物にカチオン電着塗料組成物を塗装する方法において、アミン変性エポキシ樹脂(A)及びブロックイソシアネート硬化剤樹脂(B)を構成成分として含み、かつ被塗物に対して均一に塗装して得られる塗膜の焼付後の膜厚が3μmに達したときの塗膜抵抗(R3)が10〜111kΩ・cm2であり、かつ、6μmに達したときの塗膜抵抗(R6)が40〜400kΩ・cm2であることを満たすカチオン電着塗料組成物を使用して塗装することを特徴とする方法。
【請求項2】
以下の式によって算出される、カチオン電着塗料組成物を被塗物に対して均一に塗装して得られる塗膜の焼付後の膜厚が3μmに達したときの塗膜抵抗(R3)から6μmに達したときの塗膜抵抗(R6)の増加率が50〜700%/μmであることを特徴とする請求項1に記載の方法。
増加率(%/μm)=((R6)/(R3))×100/3
【請求項3】
カチオン電着塗料組成物が、顔料ペーストをさらに含むことを特徴とする、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
被塗物が、鉄系金属基材、アルミニウム系金属基材、又は亜鉛系金属基材であることを特徴とする、請求項1〜3のいずれかに記載の方法。」

第4 特許異議の申立ての理由及び当審から通知した取消理由の概要
1 特許異議の申立ての理由の概要
特許異議申立書に記載された特許異議の申立ての理由は、次のとおりである。また、証拠方法は、下記(6)の甲第1号証〜甲第5号証(以下、「甲1」等という。)である。

(1)申立理由1(新規性進歩性:取消理由として採用)
※特許異議申立書第59〜63頁(4(4)エ)、及び第73〜75頁(4(4)キのうち甲1に基づく理由)
本件発明1〜4は、甲4で確認された塗膜抵抗(R3)及び塗膜抵抗(R6)の測定結果から、甲1に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができないものである。また、本件発明1〜4は、甲1に記載された発明に基いて、その発明の属する技術分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。
したがって、請求項1〜4に係る特許は、特許法第113条第2号に該当し取り消されるべきものである。

(2)申立理由2(新規性進歩性:取消理由として不採用)
※特許異議申立書第64〜67頁(4(4)オ)、及び第73〜75頁(4(4)キのうち甲2に基づく理由)
本件発明1〜4は、甲2に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができないものである。また、本件発明1〜4は、甲2に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。
したがって、請求項1〜4に係る特許は、特許法第113条第2号に該当し取り消されるべきものである。

(3)申立理由3(新規性進歩性:取消理由として不採用)
※特許異議申立書第68〜75頁(4(4)カ、及びキのうち甲3に基づく理由)
本件発明1〜4は、甲3に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができないものである。また、本件発明1〜4は、甲3に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。
したがって、請求項1〜4に係る特許は、特許法第113条第2号に該当し取り消されるべきものである。

(4)申立理由4(実施可能要件:取消理由として不採用)
※特許異議申立書第76〜79頁(4(4)ク)
発明の詳細な説明には、カチオン電着塗料の組成及び電着塗装に際しての要件をどのように調整することにより、本件発明1における塗膜抵抗(R3)及び塗膜抵抗(R6)の範囲、及び本件発明2における塗膜抵抗(R3)から塗膜抵抗(R6)の増加率の範囲となるよう制御するのかについては抽象的な記載がなされているだけで、具体的な手段等について記載されておらず、当業者に期待しうる程度を超える試行錯誤や複雑高度な実験等が必要であるから、発明の詳細な説明は、本件発明1〜4を当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載したものではない。
したがって、本件発明1〜4について、発明の詳細な説明の記載は特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしておらず、請求項1〜4に係る特許は、特許法第113条第4号に該当し取り消されるべきものである。

(5)申立理由5(サポート要件:取消理由として不採用)
※特許異議申立書第80〜81頁(4(4)ケ)
カチオン電着塗料組成物の成分について「アミン変性エポキシ樹脂(A)及びブロックイソシアネート硬化剤樹脂(B)を構成成分として含」むことしか規定していない本件発明1〜4の範囲まで、発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できるとはいえないから、本件発明1〜4は、発明の詳細な説明に記載したものでない。
したがって、本件発明1〜4について、特許請求の範囲の記載は特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしておらず、請求項1〜4に係る特許は、特許法第113条第4号に該当し取り消されるべきものである。

(6)証拠方法
○甲第1号証(甲1):特開2015−57508号公報
○甲第2号証(甲2):特開2015−218355号公報
○甲第3号証(甲3):特開2009−149974号公報
○甲第4号証(甲4):関西ペイント株式会社自動車塗料本部防錆技術部 久保田健太郎 作成 実験成績証明書 令和2年12月7日
○甲第5号証(甲5):関西ペイント株式会社自動車塗料本部防錆技術部 久保田健太郎 作成 実験成績証明書 令和3年8月10日

2 当審から通知した取消理由の概要
当審は、上記1の特許異議の申立ての理由及その他の理由を検討した結果、以下の取消理由1、2(新規性進歩性)を通知した。

(1)取消理由1、2(新規性進歩性):申立理由1を採用
訂正前の本件発明1〜4は、甲4で確認された塗膜抵抗(R3)及び塗膜抵抗(R6)の測定結果から、甲1に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができないものである。また、訂正前の本件発明1〜4は、甲1に記載された発明に基いて、その発明の属する技術分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。
したがって、請求項1〜4に係る特許は、特許法第113条第2号に該当し取り消されるべきものである。

第5 本件明細書及び各甲号証に記載された事項
1 本件明細書及び本件図面に記載された事項
(1)本件明細書に対しては、上記第2のとおり本件訂正が認められるから、本件明細書の内容は、訂正請求書に添付された訂正明細書に記載された事項により特定されるものであり、以下の事項が記載されている。(なお、下線は当審が付した。)

ア 「【技術分野】
【0001】
本発明は、ジルコニウム化成皮膜処理を施した被塗物に対してカチオン電着塗料組成物を塗装する方法において、特定の条件のカチオン電着塗料組成物を使用することによって、つきまわり性、塗膜の平滑性、膜厚保持性、及び耐ガスピンホール性の全てを高いレベルで維持する方法に関する。」

イ 「【背景技術】
【0002】
カチオン電着塗装は、カチオン電着塗料組成物中に自動車の車体等の被塗物を陰極として浸漬させ、電圧を印加することによって行なわれる。この方法は、大型で複雑な形状を有する自動車の車体等の被塗物の下塗りに最も適した方法として広く採用されている。」

ウ 「【0004】
一方、同じ被塗物の耐食性向上を目的として、ジルコニウム化合物による化成皮膜処理が使用されている。ジルコニウム化合物による化成皮膜処理は、上述のリン酸亜鉛による化成皮膜処理のような問題は生じないが、かかる処理を施された被塗物は、電着塗料との密着性が悪く、しかも化成処理皮膜厚が薄いため、つきまわり性能(被塗物の隅々まで塗膜が形成される性能)が低下する問題があった。」

エ 「【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、かかる従来技術の現状に鑑み創案されたものであり、その目的は、ジルコニウム化成皮膜処理を施した被塗物に対してカチオン電着塗料組成物を塗装する方法において、つきまわり性、塗膜の平滑性、膜厚保持性、及び耐ガスピンホール性の全てを高いレベルで達成することができる方法を提供することにある。
【0008】
本発明者らは、上述の目的を達成するためにジルコニウム化成皮膜処理を施した被塗物に対する塗装に使用するために好適なカチオン電着塗料組成物の条件について鋭意検討した結果、アミン変性エポキシ樹脂及びブロックイソシアネート硬化剤樹脂を必須構成成分としたカチオン電着塗料組成物の中で、電着塗膜の膜厚が薄い電着工程の極めて初期における塗膜抵抗が、従来より比較的低い特定の範囲にあり、かつ電着工程の極めて初期における塗膜抵抗の増加が特定の範囲にあることを満たすカチオン電着塗料組成物を選択して使用することによって、つきまわり性、塗膜の平滑性、膜厚保持性、及び耐ガスピンホール性の全てを高いレベルで維持することができることを見出し、本発明の完成に至った。」

オ 「【発明の効果】
【0010】
本発明の塗装方法によれば、特定の必須構成成分を有し、かつカチオン電着工程の極めて初期における塗料の塗膜抵抗及びその増加を特定の範囲に制御したカチオン電着塗料組成物を選択して使用しているので、ジルコニウム化成処理を施した被塗物にカチオン電着塗料組成物を塗装した場合につきまわり性だけでなく、塗膜の平滑性、膜厚保持性、及び耐ガスピンホール性も高いレベルで維持することができる。」

カ 「【0013】
[被塗物の基材]
本発明の塗装方法の塗装対象である被塗物は、カチオン電着可能な金属基材であれば特に限定されないが、例えば鉄系金属基材、アルミニウム系金属基材、又は亜鉛系金属基材を使用することができる。本発明の塗装方法によれば、被塗物が鉄系金属基材及びアルミニウム系金属基材である場合に生じる、つきまわり性、塗膜の平滑性、及び膜厚保持性の問題を解消し、被塗物が亜鉛系金属基材である場合に特有のこれらの問題と、耐ガスピンホール性の問題を解消することができる。」

キ 「【0014】
[ジルコニウム化成皮膜処理]
本発明の塗装方法では、被塗物には、ジルコニウム化成皮膜処理を予め施しておき、かかるジルコニウム化成皮膜処理が施された被塗物に対してカチオン電着塗装を行なう。ジルコニウム化成皮膜処理は、ジルコニウム化成処理剤を被塗物と接触させて、被塗物の表面に化成処理皮膜を形成させる処理であり、被塗物の耐食性や塗膜密着性を向上させるために施される。
【0015】
ジルコニウム化成皮膜処理は、リン酸亜鉛化成皮膜処理と比べて環境に対する負荷が少ない点で、今日多く採用されている。ジルコニウム化成処理剤としては、従来から様々なものが提案されているが、一般的には、フッ化ジルコン酸などのジルコニウム含有化合物、フッ化水素酸などの、処理液の安定化のためのフッ素化合物、及びその他の任意の添加成分を水に溶解したものである。また、最近、廃水中のフッ素含有量の規制強化の傾向を受けて、フッ素含有化合物を含まないタイプのジルコニウム化成処理剤も提案されている。本発明においては、これらのジルコニウム化成処理剤に限らず、従来公知のいずれのジルコニウム化成処理剤も使用することができる。
【0016】
このようなジルコニウム化成処理剤を被塗物と接触させることによって、被塗物の表面に化成処理皮膜が形成される。ジルコニウム化成処理剤を被塗物に接触させる方法は、特に限定されず、一般的に浸漬法、スプレー法、ロールコート法、流しかけ法等を挙げることができる。処理温度及び処理時間も、特に限定されず、一般的に20〜80℃及び2〜1000秒である。形成された化成処理皮膜中のジルコニウムの含有量は、一般的に10mg/m2〜1g/m2である。
【0017】
ジルコニウム化成処理は、リン酸亜鉛化成処理に比べて、化成処理膜の膜厚が薄いため、化成処理膜自体の抵抗値が低い。そのため、ジルコニウム化成処理では、電着初期段階における塗膜抵抗値の絶対値及び増加が電着塗膜のつきまわり性と塗膜外観により大きい影響を持つ。本発明は、かかる知見に基づいてジルコニウム化成処理を施した被塗物に対して使用するカチオン電着塗料組成物として好適な電着初期段階における塗膜抵抗値の範囲を提案するものである。
【0018】
本発明の塗装方法で使用されるカチオン電着塗料組成物は、アミン変性エポキシ樹脂(A)及びブロックイソシアネート硬化剤樹脂(B)を必須構成成分として含み、カチオン電着工程の極めて初期における塗料の塗膜抵抗及びその増加が特定の範囲のものから選択されるものである。【0019】
[アミン変性エポキシ樹脂(A)]
アミン変性エポキシ樹脂(A)は、アミンで変性されたエポキシ樹脂であり、そのエポキシ骨格は平均して1分子当り2個のエポキシ基を有し、数平均分子量は400〜2400、特に1000〜1600であることが好ましい。具体的には、1分子中に2個のフェノール性水酸基を有するポリフェノールのグリシジルエーテル、あるいはその重縮合物が挙げられ、好ましいポリフェノールとしては、レゾルシン、ハイドロキノン、2,2−ビス−(4−ヒドロキシフェニル)−プロパン、4,4’−ジヒドロキシベンゾフェノン、1,1−ビス−(4−ヒドロキシフェニル)−メタン、1,1−ビス−(4−ヒドロキシフェニル)−エタン、4,4’−ジヒドロキシビフェニール等が挙げられるが、特に好ましくは2,2−ビス−(4−ヒドロキシフェニル)−プロパン、いわゆるビスフェノールAである。さらに、1分子中に2個のアルコール性水酸基を有するジオールのグリシジルエーテル、あるいはその重縮合物が挙げられ、好ましいジオールとしては、エチレングリコール、プロピレングリコール、1,4−ブタンジオール、1,6−ヘキサンジオール、ネオペンチルグリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、1,4−シクロヘキサンジオール等の低分子ジオール、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール、ポリテトラメチレングリコール等のオリゴマージオールが挙げられるが、これらに限定されるものではない。」

ク 「【0022】
[ブロックイソシアネート硬化剤樹脂(B)]
ブロックイソシアネート硬化剤樹脂(B)は、ポリイソシアネートと、それをブロックするブロック剤とから構成される。ポリイソシアネートとしては、2,4−あるいは2,6−トルエンジイソシアネートおよびこれらの混合物、p−フェニレンジイソシアネート、ジフェニルメタン−4,4’−ジイソシアネート、ポリメチレンポリフェニルジイソシアネート、テトラメチレンジイソシアネート、ヘキサメチレンジイソシアネート、イソホロンジイソシアネート、1,3−あるいは1,4−ビス−(イソシアネートメチル)−シクロヘキサン、ジシクロヘキシルメタン−4,4’−ジイソシアネート、ビス−(イソシアネートメチル)−ノルボルナン、3−あるいは4−イソシアネートメチル−1−メチルシクロヘキシルイソシアネート、m−あるいはp−キシレンジイソシアネート、m−あるいはp−テトラメチルキシレンジイソシアネート、さらには上記イソシアネートのビュレット変性体あるいはイソシアヌレート変性体が挙げられるが、これらに限定されるものではない。これらは単独でも混合物でも使用可能である。
【0023】
ポリイソシアネートは、一部をポリオールと反応させることができる。かかる例としては、エチレングリコール、プロピレングリコール、1,6−ヘキサンジオール、ネオペンチルグリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、1,4−シクロヘキサンジオール、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール、ポリテトラメチレングリコール、ポリラクトンジオール、トリメチロールエタン、トリメチロールプロパン、ペンタエリスリトール、あるいはこれらの混合物が挙げられる。
【0024】
ブロック剤としては、メタノール、エタノール、n−ブタノール、2−エチルヘキサノール等の脂肪族アルコール化合物、エチレングリコールモノブチルエーテル、エチレングリコールモノヘキシルエーテル等のセロソルブ化合物、ジエチレングリコールモノエチルエーテル、ジエチレングリコールモノブチルエーテル等のカルビトール化合物、アセトンオキシム、メチルエチルケトンオキシム、シクロヘキサノンオキシム等のオキシム化合物、ε−カプロラクタム等のラクタム化合物、フェノール、クレゾール、キシレノール等のフェノール化合物、アセト酢酸エチルエステル、マロン酸ジエチルエステル等の活性メチレン基含有化合物が挙げられる。」

ケ 「【0028】
顔料ペーストは、顔料分散樹脂を水溶化し、必要に応じて消泡剤や界面活性剤、はじき防止剤等の添加剤を配合したビヒクルに体質顔料、着色顔料、防錆顔料、硬化触媒顔料等を混合し、分散機を通して顔料分散したものである。
【0029】
顔料分散樹脂としては、アミン変性エポキシ樹脂(A)をギ酸や酢酸、乳酸、スルファミン酸、メタンスルホン酸等で中和した3級アミン型やエポキシ末端を4級化した4級アンモニウム塩型が使用できる。体質顔料としては、カオリン、タルク、珪酸アルミニウム、炭酸カルシウム、マイカ、クレー、シリカ等が使用でき、着色顔料としては、カーボンブラック、チタンホワイト、ベンガラ等が使用でき、防錆顔料としては、リン酸亜鉛、リン酸鉄、リン酸アルミニウム、リン酸カルシウム、トリポリリン酸アルミニウム、モリブデン酸亜鉛、モリブデン酸アルミニウム、モリブデン酸カルシウム、ビスマス化合物等が使用でき、硬化触媒顔料としては、スズ化合物、ビスマス化合物等が使用できる。」

コ 「【0033】
[塗膜抵抗]
本発明の塗装方法では、ジルコニウム化成皮膜処理を施した被塗物に対して、上述の構成成分を有するカチオン電着塗料組成物を塗装するが、カチオン電着塗料組成物として、かかる被塗物に対して均一に塗装して得られる塗膜の焼付後の膜厚が3μmに達したときの塗膜抵抗(R3)が10〜200kΩ・cm2であり、かつ、6μmに達したときの塗膜抵抗(R6)が40〜400kΩ・cm2であることを満たすものを選択して使用する。さらに、本発明の塗装方法では、かかる被塗物に対して均一に塗装して得られる塗膜の焼付後の膜厚が3μmに達したときの塗膜抵抗(R3)から6μmに達したときの塗膜抵抗(R6)の増加率(即ち、増加率(%/μm)=((R6)/(R3))×100/3)が50〜700%/μmであることを満たすものを選択して使用することが好ましい。膜厚3μm及び6μmでの塗膜抵抗は、カチオン電着工程の極めて初期における塗膜抵抗に相当する。本発明者は、この極めて初期の塗膜抵抗が、比較的低い特定の範囲にあり、さらにこの極めて初期での塗膜抵抗の増加が特定の範囲にあるカチオン電着塗料組成物を使用することによって、ジルコニウム化成皮膜処理を施した被塗物に対する塗装において、つきまわり性、塗膜の平滑性、膜厚保持性、及び耐ガスピンホール性の全てを高いレベルで達成できることを見出した。
【0034】
本発明では、使用するカチオン電着塗料組成物が、上述のように塗膜の焼付後の膜厚が3μmに達したときの塗膜抵抗(R3)が10〜200kΩ・cm2、好ましくは15〜190kΩ・cm2、より好ましくは15〜180kΩ・cm2であることを満たすことが必要である。膜厚が3μmに達したときの塗膜抵抗(R3)が上記下限未満の場合、最終的に形成される塗膜は、一般につきまわり性に劣る傾向を示す。一方、膜厚が3μmに達したときの塗膜抵抗(R3)が上記上限を超える場合、最終的に形成される塗膜は、塗膜の平滑性に劣る。
【0035】
また、本発明では、使用するカチオン電着塗料組成物が、上述のように塗膜の焼付後の膜厚が6μmに達したときの塗膜抵抗(R6)が40〜400kΩ・cm2、好ましくは45〜390kΩ・cm2、より好ましくは50〜380kΩ・cm2であることを満たすことが必要である。膜厚が6μmに達したときの塗膜抵抗(R6)が上記下限未満の場合、最終的に形成される塗膜は、つきまわり性に劣る。一方、膜厚が6μmに達したときの塗膜抵抗(R6)が上記上限を超える場合、最終的に形成される塗膜は、塗膜の平滑性、膜厚保持性、及び(被塗物が亜鉛系金属基材である場合は)耐ガスピンホール性に劣る。
【0036】
さらに、本発明では、使用するカチオン電着塗料組成物が、上述のように以下の式によって算出される、塗膜の焼付後の膜厚が3μmに達したときの塗膜抵抗(R3)から6μmに達したときの塗膜抵抗(R6)の増加率が50〜700%/μmであることが好ましく、より好ましくは55〜600%/μm、さらに好ましくは60〜500%/μmであることを満たすことが好ましい。
増加率(%/μm)=((R6)/(R3))×100/3
上記増加率を上記下限未満に制限することは、膜厚が上述のように薄い電着工程の初期段階においては極めて難しく、一方、上記増加率が上記上限を超える場合、塗膜の平滑性、膜厚保持性、及び耐ガスピンホール性に劣る傾向を示す。
【0037】
膜厚が3μm及び6μmに達したときの塗膜抵抗が上述の範囲にあるカチオン電着塗料組成物を実際に使用するためには、析出した未硬化状態の塗膜の物性値を調整することにより塗膜抵抗の条件を満たすことを確認したカチオン電着塗料組成物を予め用意しておき、それを選択して使用することが好ましい。具体的には、析出塗膜の硬さ、析出塗膜の樹脂成分の粘弾性、塩基性度、析出塗膜に含まれる溶剤の種類、量、析出塗膜の顔料濃度などの析出した未硬化状態の塗膜の物性値を調整すると、塗膜抵抗が上下に変動するので、これらを実験的に調整して確認することにより塗膜抵抗の条件を満たしたカチオン電着塗料を得ることができる。
【0038】
これらの調整では、一般的に、析出塗膜を柔らかい方向に調整すると、析出塗膜中でイオン性物質が移動しやすくなり、塗膜抵抗が低くなり、逆に析出塗膜を硬い方向に調整すると、析出塗膜中でイオン性物質が移動しにくくなり、塗膜抵抗が高くなる傾向を有し、また樹脂の粘弾性を低い方向に、塩基性度を高い方向に、溶剤量を多い方向に、顔料濃度を低い方向に調整すると、塗膜抵抗が低くなり、逆に樹脂の粘弾性を高い方向に、塩基性度を低い方向に、溶剤量を少ない方向に、顔料濃度を高い方向に調整すると、塗膜抵抗が高くなる傾向を示すので、これらの傾向を考慮してカチオン電着塗料組成物の構成成分の種類や量を調整する。析出塗膜の硬さは、一般に、浴液温度(26〜32℃)、樹脂成分のガラス転移点、溶剤量、顔料濃度によって調整することができる。また、樹脂の粘弾性は、一般に浴液温度(26〜32℃)、樹脂成分のガラス転移点、分子量によって調整することができる。さらに、樹脂の塩基性度は、一般にアミン変性樹脂のアミン種・量によって調整することができる。なお、膜厚3μmから6μmへの増加による塗膜抵抗の増加の割合は、一般に析出塗膜の硬さによって調整することができる。ただし、これらの傾向は、全てこのような一般的な傾向通りになるわけではなく、また多元多次関数で変化することがあるので、実際に成分の種類や量の変化に対する塗膜抵抗の変動傾向を個別具体的に把握してから調整することが好ましい。」

サ 「【0039】
[カチオン電着塗装]
本発明の方法では、カチオン電着塗装は、従来通り、カチオン電着塗料組成物中に被塗物を陰極として浸漬させ、電圧を印加することによって行なえばよい。電着塗装の条件は、特に限定されないが、一般的に、印加電圧は50〜500V程度であり、通電時間は、30秒〜10分程度である。また、使用するカチオン電着塗料組成物の浴液温度は、26〜32℃程度であることが好ましい。電着塗装後、被塗物を水洗して、表面に残留する余分な塗料組成物を洗い落とす。その後、焼付けを行なって、被塗物の表面に形成された塗膜を硬化させる。カチオン電着塗装で得られる最終的な塗膜の焼付後の膜厚は、一般的に5〜100μmである。」

シ 「【0064】
実施例1、参考例2、実施例3〜9及び比較例1〜4
ジルコニウム化成皮膜処理を施された被塗物に、カチオン電着塗料組成物として、表9に示すものを使用し、カチオン電着塗装を行ない、膜厚が3μm及び6μmに達した時の塗膜抵抗を測定し、その結果を表10に示した。なお、塗膜抵抗の具体的な測定手順は、以下の通りである。
【0065】
[塗膜抵抗]
ジルコニウム化成皮膜処理を施した被塗物の裏面をガムテープなどでマスキングする。極板/被塗物比を1/4、極間距離を150mmとして、カチオン電着塗料組成物に被塗物を全没させる。撹拌下に荷電圧30Vで1秒単位の塗装を行ない、式(1)から、塗膜が所定の厚さ(3μm及び6μm)に達した時の塗膜抵抗[kΩ・cm2]を求める。
R=V×S×(1/Af−1/Ai)・・・式(1)
式中、R:塗膜抵抗(kΩ・cm2)
V :極間電圧(V)
Ai:初期電流値(A)
Af:最終電流値(A)
S :被塗面積(cm2)
【0066】
【表10】

【0067】
表10から明らかな通り、実施例1、実施例3〜9はいずれも、膜厚3μmでの塗膜抵抗が18〜182kΩ・cm2の範囲であり、膜厚6μmでの塗膜抵抗が52〜395kΩ・cm2の範囲であり、いずれも本発明の範囲内である。これに対して、比較例1〜4はいずれも、膜厚3μm及び6μmでの塗膜抵抗の少なくとも一方が本発明の範囲外である。
【0068】
次に、実施例1、参考例2、実施例3〜9及び比較例1〜4のカチオン電着塗料組成物を使用して、以下の手順でつきまわり性、塗膜の平滑性、膜厚保持性、及び耐ガスピンホール性(亜鉛系金属基材のみ)を評価し、その結果を表11に示した。
【0069】
[つきまわり性]
つきまわり性は、4枚ボックス法により評価した。即ち、図1に示すように、パネル底部から50mm、両側から35mmの位置に8mm径の貫通穴が設けてあるパネル(a)と、穴のないパネル(b)に、ジルコニウム化成皮膜処理を施した被塗物を用いて、図2、図3に示すように、組み合わせ(対極面側から順に、A面、B面、C面・・・非対極面側をH面と称する)、4枚を立てた状態で間隔20mmの平行に配置し、両側面及び底部を粘着テープ等の絶縁体で密閉したボックスを用いる。このボックスを図4に示すように各実施例または比較例のカチオン電着塗料組成物を入れたカチオン電着塗装容器に浸漬し、各貫通穴からのみカチオン電着塗料組成物がボックス内に侵入するようにする。次に各被塗物を電気的に接続し、最も対極に近い被塗物(A面)と対極との距離が150mmになるように配置する。このボックスを陰極とし、対極を陽極として電圧を印加し、カチオン電着塗装を行なった。通電方法は5〜30秒で所定の電圧まで昇圧する方法(ソフトスタート)でも、通常の通電でも良いが、今回はドカン通電を採用した。塗装後、ボックスを分解して各被塗物を水洗し、170℃で20分間焼付けし、A面からH面までの膜厚を測定する。A面膜厚(単位μm)に対するG面膜厚(単位μm)の割合(G/A)により、つきまわり性を評価し、この値が大きいほどつきまわり性が良いと評価できる。
浸漬深さ:9cm、負荷電圧:200V
評価基準
○:G/Aが55%以上
△:G/Aが35%以上55%未満
×:G/Aが35%未満
【0070】
[塗膜の平滑性]
焼付後の硬化塗膜の膜厚が20μmとなる塗装電圧で、ジルコニウム化成皮膜処理を施した被塗物をカチオン電着塗装する。水洗した後、170℃で20分間焼付し、硬化塗膜を得る。得られた塗膜について、株式会社ミツトヨ製の表面粗度計SJ−301を用いて、塗膜の平滑性(Ra)を測定する。
測定条件
カットオフ:2.5mm
送り速さ:0.5mm/秒
評価基準
○:Raが0.25以下
△:Raが0.25超0.31未満
×:Raが0.31以上
【0071】
[膜厚保持性]
ジルコニウム化成皮膜処理を施した被塗物を用いて、負荷電圧200V、通電時間3分(30秒スロー昇圧)の条件でカチオン電着塗装させるときに、30℃でエージングさせたカチオン電着塗料組成物について、建浴後1日目の膜厚に対する経時7日目の膜厚保持率を評価する。
評価基準
○:膜厚保持率85%以上
△:膜厚保持率70%超85%未満
×:膜厚保持率70%以下
【0072】
[耐ガスピンホール性]
負荷電圧230V、通電時間3分(30秒スロー昇圧)で、ジルコニウム化成皮膜処理を施した亜鉛系めっき鋼板(GA)をカチオン電着塗装し、水洗した後、170℃で20分間焼付し、硬化塗膜を得る。得られた塗膜について、発生するガスピンホール数を評価する。なお、耐ガスピンホール性は、亜鉛系金属基材に特有の現象であるため、鉄系、アルミ系金属基材に対しては評価を行なわなかった。
評価基準
○:塗膜にガスピンホールが発生しない
△:塗膜のガスピンホール数が1〜20個
×:塗膜のガスピンホール数が21個以上
【0073】
【表11】

【0074】
表11から明らかな通り、膜厚3μm及び6μmでの塗膜抵抗がいずれも本発明の範囲内である実施例1、実施例3〜9は、つきまわり性、塗膜の平滑性、膜厚保持性、及び耐ガスピンホール性の全ての性能に優れていた。これに対して、膜厚3μm及び6μmでの塗膜抵抗の少なくとも一方が本発明の範囲外である比較例1〜4は、つきまわり性、塗膜の平滑性、膜厚保持性、及び耐ガスピンホール性のうちの少なくとも一つの性能に劣っていた。」

(2)また、本件図面には、以下の事項が記載されている。
「【図1】

【図2】

【図3】

【図4】



2 各甲号証に記載された事項
申立人が令和2年12月25日に特許異議の申立てを行った際に提示をした証拠方法の甲1〜甲4、及び、申立人が令和3年8月13日付けで申立人意見書とともに提出した甲5には、以下の事項が記載されている。

(1)甲1に記載された事項
本件特許についての出願前に日本国内において頒布された甲1には、以下の事項が記載されている。(なお、下線については、甲1の原文に記載のとおりの下線と、当審が付した下線とがあるが、両者を区別するため、原文に記載のとおりの下線部は、文字を横倍角表示で表す。また、「…(略)…」は記載の省略(以下同じ)を表す。)
ア 「【請求項1】
金属被塗物に化成処理皮膜と電着塗装皮膜を形成する以下の工程、
工程1:金属被塗物を化成処理液に浸漬して化成処理皮膜を形成する工程、
工程2:カチオン電着塗料を用いて上記金属被塗物を電着塗装して電着塗装皮膜を形成する工程
を含む複層皮膜形成方法において、
上記化成処理液におけるナトリウムイオン含有量が、質量基準で500ppm未満であることを特徴とする複層皮膜形成方法。」

イ 「【請求項4】
化成処理液が、ジルコニウム、チタン、コバルト、アルミニウム、バナジウム、タングステン、モリブデン、銅、亜鉛、インジウム、ビスマス、イットリウム、鉄、ニッケル、マンガン、ガリウム、銀及びランタノイド金属から選ばれる少なくとも1種の金属化合物からなる少なくとも1種の金属化合物成分(M)を合計金属量(質量換算)で30〜20,000ppm含有することを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の複層皮膜形成方法。」

ウ 「【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の課題は、省工程化・省スペース化が可能となる複層皮膜形成方法を提供することであって、化成処理後に水洗工程の一部又は全部を省略したとしても、電着塗装性に影響を及ぼさず、仕上がり性と防食性に優れる塗装物品を提供することである。」

エ 「【発明の効果】
【0011】
本発明の複層皮膜形成方法は、化成処理後に水洗工程の一部又は全部を省略したとしても、電着塗装性に影響を及ぼさず、仕上がり性や防食性に優れた塗装物品が得られる方法である。本発明の複層皮膜形成方法は、特定の化成処理液を用いることで水洗工程の一部又は全部を省略することができる為、省工程化・省スペース化が可能となり、また、排水処理の各種設備や廃棄物を削減することができる。
【0012】
本発明において、水洗工程の省略(一部又は全部を省略して省工程化・省スペース化)と仕上がり性及び防食性とを両立できる理由としては、確かなことはわかっていないが、以下の理由が考えられる。まず、主な理由として、水洗工程の一部又は全部を省略した場合、化成処理液に含まれるナトリウムイオン、さらにカリウムイオンなどの陽イオンが金属被塗物の表面に付着した状態でカチオン電着塗料を用いて電着塗装すると、電着塗料の塗着、成膜化を阻害することになり、仕上がり性及び/又は防食性が劣る結果になると考えられる。」

オ 「【0016】
--
本発明の複層皮膜形成方法で用いる金属被塗物としては、電着塗装が可能な金属被塗物によるものであれば特に制限はなく、冷延鋼板、合金化溶融亜鉛めっき鋼板、電気亜鉛めっき鋼板、電気亜鉛−鉄二層めっき鋼板、有機複合めっき鋼板、Al素材、Mg素材などの金属被塗物が挙げられ、これらは1種を単独で、若しくは2種以上の金属の合金又は2種以上の金属が組み合わさった被塗物でも好適に用いることができる。また、上記金属被塗物は任意選択で脱脂、表面調整、水洗等を施したものであっても良い。」

カ 「【0043】
本発明で用いられる金属化合物成分(M)としては、少なくとも1種のジルコニウム化合物及び硝酸アルミニウムを含有することが好ましく、少なくとも1種のジルコニウム化合物を含有することがさらに好ましい。」

キ 「【0063】
--
上記アミノ基含有エポキシ樹脂(A)は、エポキシ樹脂(a1)と、アミン化合物(a2)と、さらに任意選択で変性剤とを反応せしめて得ることができ、例えば、(1)エポキシ樹脂と第1級アミン化合物、第2級アミン化合物又は第1、2級混合アミン化合物との付加物(例えば、米国特許第3,984,299号明細書参照);(2)エポキシ樹脂とケチミン化されたアミン化合物との付加物(例えば、米国特許第4,017,438号 明細書参照);(3)エポキシ樹脂とケチミン化された第1級アミノ基を有するヒドロキシ化合物とのエーテル化により得られる反応物(例えば、特開昭59−43013号公報参照)等のアミノ基含有エポキシ樹脂を挙げることがでる。
【0064】
--
上記アミノ基含有エポキシ樹脂(A)の製造に使用されるエポキシ樹脂(a1)は、1分子中にエポキシ基を少なくとも1個、好ましくは2個以上有する化合物であり、その分子量は一般に少なくとも300、好ましくは400〜4,000、さらに好ましくは800〜2,500の範囲内の数平均分子量及び少なくとも160、好ましくは180〜2,500、さらに好ましくは400〜1,500の範囲内のエポキシ当量を有するものが適しており、特に、ポリフェノール化合物とエピハロヒドリンとの反応によって得られるエポキシ樹脂が好ましい。
【0065】
該エポキシ樹脂(a1)の形成のために用いられるポリフェノール化合物としては、例えば、ビス(4−ヒドロキシフェニル)−2,2−プロパン[ビスフェノールA]、ビス(4−ヒドロキシフェニル)メタン[ビスフェノールF]、ビス(4−ヒドロキシシクロヘキシル)メタン[水添ビスフェノールF]、2,2−ビス(4−ヒドロキシシクロヘキシル)プロパン[水添ビスフェノールA]、4,4’−ジヒドロキシベンゾフェノン、ビス(4−ヒドロキシフェニル)−1,1−エタン、ビス(4−ヒドロキシフェニル)−1,1−イソブタン、ビス(4−ヒドロキシ−3−tert−ブチル−フェニル)−2,2−プロパン、ビス(2−ヒドロキシナフチル)メタン、テトラ(4−ヒドロキシフェニル)−1,1,2,2−エタン、4,4’−ジヒドロキシジフェニルスルホン、フェノールノボラック、クレゾールノボラックなどを挙げることができ、これらは1種を単独で、又は2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0066】
また、ポリフェノール化合物とエピクロルヒドリンとの反応によって得られるエポキシ樹脂(a1)としては、中でも、ビスフェノールAから誘導される下記式の樹脂が好適である。
【0067】
【化1】

【0068】
ここで、n=0〜8で示されるものが好適である。
【0069】
かかるエポキシ樹脂(a1)の市販品としては、例えば、三菱化学(株)から、jER828EL、jER1002、jER1004、jER1007なる商品名で販売されているものが挙げられる。」

ク 「【0072】
--
上記アミノ基含有エポキシ樹脂(A)の原料であるアミン化合物(a2)としては、上記エポキシ樹脂(a1)との反応性を有するアミン化合物であれば特に限定されず、例えば、モノメチルアミン、ジメチルアミン、モノエチルアミン、ジエチルアミン、ジプロピルアミン、ジブチルアミン、ジヘキシルアミン、ジオクチルアミン、モノイソプロピルアミン、ジイソプロピルアミン、モノブチルアミン、モノオクチルアミン、メチルブチルアミン、ジブチルアミンなどのモノ−アルキルアミン又はジ−アルキルアミン;モノエタノールアミン、N−メチルエタノールアミン、N−エチルエタノールアミン、ジエタノールアミン、モノ(2−ヒドロキシプロピル)アミン、ジ(2−ヒドロキシプロピル)アミン、N−ブチルエタノールアミン、ジプロパノールアミン、モノメチルアミノエタノール、N−(2−ヒドロキシプロピル)エチレンジアミン、3−メチルアミン−1,2−プロパンジオール、3−tert−ブチルアミノ−1,2−プロパンジオール、N−メチルグルカミン、N−オクチルグルカミンなどのアルカノールアミン;ポリメチレンジアミン、ポリエーテルジアミン、エチレンジアミン、プロピレンジアミン、ブチレンジアミン、ヘキサメチレンジアミン、トリメチルヘキサメチレンジアミン、ジメチルアミノプロピルアミン、ジエチレントリアミン、ジエチルアミノプロピルアミン、ジプロピレントリアミン、ジブチレントリアミン、ビス(ヘキサメチレン)トリアミン、ビス(4−アミノブチル)アミン、トリエチレンテトラミン、テトラエチレンペンタミン、ペンタエチレンヘキサアミンなどのアルキレンポリアミン;メンセンジアミン、イソホロンジアミン、ビス(4−アミノ−3−メチルシクロヘキシル)メタン、メタキシリレンジアミン、メタフェニレンジアミン、ナフチレンジアミン、ジメチルアミノメチルベンゼンなどの芳香族又は脂環族ポリアミン;ピペラジン、1−メチルピペラジン、3−ピロリジノール、3−ピぺリジノール、4−ピロリジノールなどの複素環を有するポリアミン;上記ポリアミン1モルに対しエポキシ基含有化合物を1〜30モル付加させることによって得られるエポキシ付加ポリアミン;上記ポリアミンと芳香族酸無水物、環状脂肪族酸無水物、脂肪族酸無水物、ハロゲン化酸無水物及び/又はダイマー酸との縮合によって生成するポリアミド樹脂の分子中に1個以上の1級又は2級アミンを含有するポリアミドポリアミン;上記ポリアミン中の1個以上の1級又は2級アミンとケトン化合物とを反応せしめたケチミン化アミン;などを挙げることができ、これらは1種を単独で又は2種以上を組み合わせて用いることができる。」

ケ 「【実施例】
【0094】
以下、製造例、実施例及び比較例により、本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。各例中の「部」は質量部、「%」は質量%、「ppm」は質量ppmを示す。
【0095】
--
製造例1
脱イオン水をディスパーで強撹拌しながら、ヘキサフルオロジルコニウム酸、並びにあらかじめ脱イオン水で希釈した硝酸アルミニウム、硝酸カルシウム及び硝酸カリウムを配合した。
更に上水及び/又は脱イオン水を用いて希釈を行い、硝酸、硝酸ナトリウム、硝酸アンモニウム、フッ化水素酸、アンモニア及び/又は水酸化ナトリウムを配合し、最終的に、pHが3.8、金属元素としてジルコニウムイオンが500ppm、アルミニウムイオンが100ppm、ナトリウムイオンが80ppm、カリウムイオンが80ppm、カルシウムイオンが80ppmとなるように調整して、化成処理液X−1を得た。
【0096】
製造例2〜27
下記表1で示す組成とする以外は、製造例1と同様に配合を行い、化成処理液X−2〜27を得た。また、マグネシウムイオン量の調整は硝酸マグネシウムを用いた。
【0097】
【表1】



コ 「【0101】
--
製造例30
攪拌機、温度計、窒素導入管および還流冷却器を取りつけたフラスコに、jER828EL(商品名、ジャパンエポキシレジン社製エポキシ樹脂、エポキシ当量190、数平均分子量350)1200部に、ビスフェノールA 500部及びジメチルベンジルアミン0.2部を加え、130℃でエポキシ当量850になるまで反応させた。
【0102】
次に、ジエタノールアミン160部及びジエチレントリアミンとメチルイソブチルケトンとのケチミン化物65部を加え、120℃で4時間反応させた後、エチレングリコールモノブチルエーテル480gを加え、固形分80%のアミノ基含有エポキシ樹脂A−1を得た。アミノ基含有エポキシ樹脂A−1はアミン価59mgKOH/g、数平均分子量2,100であった。
【0103】
--
製造例31
反応容器中に、コスモネートM−200(商品名、三井化学社製、クルードMDI、NCO基含有率 31.3%)270部、及びメチルイソブチルケトン127部を加え70℃に昇温した。この中にエチレングリコールモノブチルエーテル236部を1時間かけて滴下して加え、その後100℃に昇温し、この温度を保ちながら経時でサンプリングし、赤外線吸収スペクトル測定にて未反応のイソシアネート基の吸収がなくなったことを確認し、樹脂固形分80%のブロック化ポリイソシアネートB−1を得た。
【0104】
--
製造例32
撹拌機、温度計、滴下ロートおよび還流冷却器を取り付けたフラスコに、ノニルフェノール450部、CNE195LB(商品名、長春ジャパン株式会社製、クレゾール型ノボラックエポキシ樹脂、ノボラック型フェノール樹脂のグリシジルエーテル)960部を仕込み、混合撹拌しながら徐々に加熱し、160℃で反応させる。その後、ε−カプロラクトン430部を仕込み、170℃に昇温し、反応させた。さらに、ジエタノールアミン105部、ジメチルエタノールアミン147部及び濃度90%乳酸水溶液164部を反応させ、エポキシ基がほぼ消失したことを確認し、エチレングリコールモノブチルエーテルを加えて固形分60%の顔料分散樹脂を得た。この顔料分散樹脂のアミン価は70mgKOH/g、数平均分子量は約2,200であった。
【0105】
--
製造例33
製造例32で得た固形分60%の顔料分散用樹脂8.3部(固形分5部)、酸化チタン14.5部、精製クレー7.0部、カーボンブラック0.3部、ジオクチル錫オキサイド1部、水酸化ビスマス1部及び脱イオン水20.3部を加え、ボールミルにて20時間分散し、固形分55%の顔料分散ペーストを得た。
【0106】
--
製造例34
製造例30で得られたアミノ基含有エポキシ樹脂A−1 87.5部(固形分70部)、製造例31で得られたブロック化ポリイソシアネートB−1 37.5部(固形分30部)を混合し、さらに10%酢酸13部を配合して均一に攪拌した後、脱イオン水を強く攪拌しながら約15分間を要して滴下して固形分34%のエマルションを得た。
次に、上記エマルション294部(固形分100部)、製造例33で得た55%の顔料分散ペースト52.4部(固形分28.8部)、脱イオン水350部を加え、固形分20%のカチオン電着塗料Y−1を製造した。
【0107】
--
実施例1
以下の工程1−1〜工程2−3によって、試験板Z−1を作製した。
【0108】
--(脱脂〜表面調整〜化成処理)
工程1−1:2.0質量%の「ファインクリーナーL4460」(日本パーカライジング株式会社製、アルカリ脱脂剤)を43℃の温度に調整し、冷延鋼板(70mm×150mm×0.8mm)を120秒間浸漬して脱脂処理を行った。
工程1−2:常温の「プレパレン4040N」(日本パーカライジング(株)製、表面調
整剤)の0.15%水溶液に、上記鋼板を30秒間浸漬して表面調整を行い、次いで、純水を用いて30秒間スプレー水洗した。
工程1−3:製造例1で得られた化成処理液X−1を43℃の温度に調整し、上記鋼板を120秒間浸漬して化成処理を行った。
【0109】
--(水洗〜電着塗装〜焼き付け乾燥)
工程2−1:工程1で得られた化成処理皮膜を形成した鋼板を、純水に120秒間浸漬して水洗を行った。(後述する水洗工程IIに相当)
工程2−2:製造例34で得られたカチオン電着塗料Y−1を28℃の温度に調整し、上記鋼板を該カチオン電着塗料の浴に浸漬し、250V、180秒間(30秒にて昇電圧)の条件で電着塗装を行った。
工程2−3:上記鋼板を、上水を用いて1回、純水を用いて1回、それぞれ120秒間浸漬して水洗を行い、次いで、電気乾燥機によって170℃で20分間焼き付け乾燥をして、乾燥膜厚20μmの複層皮膜を形成した試験板Z−1を得た。
【0110】
実施例2〜31、比較例1〜8
下記表2で示す化成処理液及び/又は水洗工程とする以外は、実施例1と同様にして、試験板Z−2〜39を得た。また、得られた試験板に対して、仕上がり性として外観ムラ性、及び防食性の評価試験を行ったので、その評価結果もあわせて下記表2に記載する。尚、実施例及び比較例で用いた水洗工程並びに外観ムラ性及び防食性の評価方法を以下に示す。」

サ 「【0112】
<外観ムラ性>
得られた試験板の外観を観察し、複層皮膜の仕上がり性として外観ムラ性を評価した。
評価については、A(非常に良好)からE(不良)までの以下の基準で評価した。
A:極めて均一な外観を有している。
B:均一な外観を有している。
C:ややムラがあると視認される部分があるものの、ほぼ均一な外観を有している。
D:ムラが視認され、やや不良である。
E:外観が明らかに不均一であり、不良である。」

シ 「【0114】
【表2】



(2)甲2に記載された事項
本件特許についての出願前に日本国内において電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった甲2には、以下の事項が記載されている。(なお、下線は当審が付した。)
ア 「【請求項1】
アミン変性エポキシ樹脂(A)、ブロックイソシアネート硬化剤樹脂(B)、可塑剤(C)、及び顔料ペースト(D)が構成成分であり、被塗物に均一に塗装した塗膜の焼付後の膜厚が1μmに達したときの塗膜抵抗が15〜50kΩ・cm2であるカチオン電着塗料を用いて塗装することを特徴とするカチオン電着塗料の塗装方法。
【請求項2】
アミン変性エポキシ樹脂(A)の数平均分子量が1000〜1600の範囲であることを特徴とする請求項1に記載の塗装方法。
【請求項3】
カチオン電着塗料において、アミン変性エポキシ樹脂(A)とブロックイソシアネート硬化剤樹脂(B)の合計固形分重量に対する可塑剤(C)の重量が0.5〜5.0%の範囲であることを特徴とする請求項1または2に記載の塗装方法。」

イ 「【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、かかる従来技術の現状に鑑みなされたものであり、その目的は、リン酸亜鉛やジルコニウム化合物による金属素材への化成皮膜処理工程で発生した電気抵抗ムラに対して、塗装膜厚差や仕上り外観差を軽減するために必要な析出特性を限定したカチオン電着塗料の塗装方法を提供することにある。」

ウ 「【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上述の目的を達成するために鋭意検討した結果、化成皮膜のない被塗物金属と化成皮膜のある被塗物金属の電気抵抗差を測定し、その差を電着塗装の初期段階で埋めることができれば、膜厚差や仕上がり外観差を軽減することができることを見出し、本発明の完成に至った。」

エ 「【0012】
本発明の塗装方法で使用するカチオン電着塗料は、アミン変性エポキシ樹脂(A)、ブロックイソシアネート硬化剤樹脂(B)、可塑剤(C)、及び顔料ペースト(D)が構成成分であり、被塗物に均一に塗装した塗膜の焼付後の膜厚が1μmに達したときの塗膜抵抗が15〜50kΩ・cm2であることを特徴とする。」

オ 「【0020】
[可塑剤(C)]
可塑剤(C)は従来公知のものを使用することができ、具体的には、三洋化成工業(株)製のニューポールBPE−40、BPE−60、BPE−100、BPE−180(いずれもビスフェノールAのアルキレンオキシド付加物)を挙げることができるが、これらに限定されるものではなく、混合して使用することも可能である。
【0021】
可塑剤(C)の使用量は、アミン変性エポキシ樹脂(A)とブロックイソシアネート硬化剤樹脂(B)の合計固形分重量に対して、0.5〜5.0重量%の範囲であることが好ましい。0.5重量%未満では本発明の効果が十分に発揮され難くなり、5.0重量%を超えるとつきまわり性や塗膜の耐食性が低下するおそれがある。なお、可塑剤(C)の配合方法は特に限定されないが、アミン変性エポキシ樹脂(A)とブロックイソシアネート硬化剤樹脂(B)にブレンドする方法が好ましい。」

カ 「【実施例】
【0028】
以下、本発明について、実施例を挙げて具体的に説明するが、本発明は、これらの実施例のみに限定されるものではない。
【0029】
(アミン変性エポキシ樹脂A1の製造)
表1に記載の原料配合に従ってアミン変性エポキシ樹脂A1を製造した。具体的には、撹拌機、温度計、冷却管を備えた2リットルのフラスコに、原料(1)、(2)、(3)、(4)を投入し、撹拌を開始し、150℃で3時間保温した後、原料(5)を徐々に投入しながら80℃まで冷却した。次いで原料(6)、(7)を順次投入し、100℃で4時間保温して、固形分70重量%のアミン変性エポキシ樹脂A1を得た。アミン変性エポキシ樹脂A1の数平均分子量は、1400であった。
【0030】
【表1】

【0031】
(アミン変性エポキシ樹脂A2の製造)
表2に記載の原料配合に従ってアミン変性エポキシ樹脂A2を製造した。具体的には、撹拌機、温度計、冷却管を備えた2リットルのフラスコに、原料(1)、(2)、(3)、(4)を投入し、撹拌を開始し、150℃で4時間保温した後、原料(5)を徐々に投入しながら80℃まで冷却した。次いで原料(6)、(7)を順次投入し、100℃で4時間保温して、固形分70重量%のアミン変性エポキシ樹脂A2を得た。アミン変性エポキシ樹脂A2の数平均分子量は、1300であった。
【0032】
【表2】

【0033】
(アミン変性エポキシ樹脂A3の製造)
表3に記載の原料配合に従ってアミン変性エポキシ樹脂A3を製造した。具体的には、撹拌機、温度計、冷却管を備えた2リットルのフラスコに、原料(1)、(2)、(3)、(4)を投入し、撹拌を開始し、150℃で5時間保温した後、原料(5)を徐々に投入しながら80℃まで冷却した。次いで原料(6)、(7)を順次投入し、100℃で4時間保温して、固形分70重量%のアミン変性エポキシ樹脂A3を得た。アミン変性エポキシ樹脂A3の数平均分子量は、1450であった。
【0034】
【表3】

【0035】
(ブロックイソシアネート硬化剤樹脂B1の製造)
表4に記載の原料配合に従ってブロックイソシアネート硬化剤樹脂B1を製造した。具体的には、撹拌機、温度計、冷却管を備えた2リットルのフラスコに、原料(1)、(2)を投入し、撹拌を開始し、50〜100℃保温下で原料(3)、(4)の混合液を滴下した。滴下終了後は100℃で3時間保温して、固形分80重量%のブロックイソシアネート硬化剤樹脂B1を得た。
【0036】
【表4】

【0037】
(顔料分散樹脂Pの製造)
表5に記載の原料配合に従って顔料分散樹脂を製造した。具体的には、撹拌機、温度計、冷却管を備えた2リットルのフラスコに、原料(1)、(2)、(3)、(4)を投入し、撹拌を開始した。150℃で4時間保温した後、原料(5)を徐々に投入しながら70℃まで冷却した。次いで原料(6)、(7)を順次投入し、80℃で2時間保温して、固形分60重量%の顔料分散樹脂Pを得た。
【0038】
【表5】

【0039】
(エマルションの製造)
表6に記載の原料配合に従ってエマルションE1〜E6を製造した。具体的には、撹拌機、温度計、冷却管および減圧装置を備えた3リットルのフラスコに、原料(1)、(2)、(3)、(4)、(5)を投入し、撹拌を開始した。次いで原料(6)、(7)を順次投入し、300〜600mmHg(ゲージ圧)の減圧下で60〜80℃を保持しながら、溶剤留出がなくなるまで脱溶剤を行なった。その後、抜き取った溶剤と同重量の脱イオン水を加えながら55℃以下に冷却し、さらに原料(8)を投入して、固形分30重量%のエマルションE1〜E6を得た。
【0040】
【表6】

※表中の数値は重量[g]を表わす
【0041】
(顔料ペーストDの製造)
表7に記載の原料配合に従って顔料ペーストDを製造した。具体的には、容器に原料(1)を投入し、撹拌を開始した。原料(2)をゆっくりと投入して溶解させた。次いで原料(3)、(4)、(5)、(6)を投入し、常温で1時間均一混合したものを横型サンドミルで粒度10μm以下になるまで分散した。あらかじめ別の容器で原料(7)、(8)を均一混合しておき、分散が終了したものにこれを添加し、常温で約1時間均一混合して、固形分50重量%の顔料ペーストDを得た。
【0042】
【表7】

【0043】
実施例1〜4および比較例1〜2
表8に記載の配合に従って実施例1〜4及び比較例1〜2の電着塗料を製造した。具体的には、容器に各エマルション1975gをはかりとり、撹拌下で脱イオン水1610gを投入し、次いで顔料ペースト415gを投入して、固形分20重量%の各電着塗料を得た。実施例1〜4及び比較例1〜2の電着塗料の塗膜抵抗、膜厚、化成処理ムラ、敏感性の試験結果を表8に示す。また、これらの試験方法も以下に記載する。
【0044】
【表8】

【0045】
[塗膜抵抗]
70mm×150mmサイズの冷延鋼板を化成処理したパネルを用意する。実施例1〜4、比較例1〜2のいずれも、非リン酸塩系処理皮膜としてジルコニウム系金属酸化膜処理、リン酸亜鉛処理をそれぞれ施したパネル(SPCC−SD)を用いて、裏面をガムテープなどでマスキングする。極板/被塗物比を1/4、極間距離を150mmとして、30℃に調整した塗料にパネルを全没させる。撹拌下に荷電圧30Vで1秒単位の塗装を行ない、式(1)から、塗膜が1μmに達した時の塗膜抵抗[kΩ・cm2]を求める。
R=V×S×(1/Af−1/Ai)・・・式(1)
式中、R:塗膜抵抗(kΩ・cm2)
V :極間電圧(V)
Ai:初期電流値(A)
Af:最終電流値(A)
S :被塗面積(cm2)」

(3)甲3に記載された事項
本件特許についての出願前に日本国内において頒布された甲3には、以下の事項が記載されている。(なお、下線については、甲3の原文に記載のとおりの下線と、当審が付した下線とがあるが、両者を区別するため、原文に記載のとおりの下線部は、文字を横倍角表示で表す。)
ア 「【請求項1】
以下の工程を含む、金属基材に化成処理皮膜(F1)と電着塗装皮膜(F2)を含む複層皮膜を形成する方法
工程1:金属基材を皮膜形成剤(1)である化成処理液に浸漬して化成処理皮膜(F1)を形成する工程、
工程2:水洗を施すことなく、カチオン電着塗料(I)である皮膜形成剤(2)を用いて金属基材を電着塗装して電着塗装皮膜(F2)を形成する工程
を含む複層皮膜の形成方法。
【請求項2】
前記皮膜形成剤(1)が、ジルコニウム、チタン、コバルト、バナジウム、タングステン、モリブデン、銅、亜鉛、インジウム、ビスマス、イットリウム、鉄、ニッケル、マンガン、ガリウム、銀、ランタノイド金属から選ばれる少なくとも1種の金属(m)の化合物からなる少なくとも1種の金属化合物成分(M)を合計金属量(質量換算)で30〜20,000ppm、並びに水分散性又は水溶性の樹脂組成物(B)0.1〜40質量%とを含む、請求項1に記載の複層皮膜の形成方法。
【請求項3】
皮膜形成剤(2)が、アミノ基含有変性エポキシ樹脂(A)とブロック化ポリイソシアネートを含み、カチオン性樹脂組成物とブロック化ポリイソシアネートの合計固形分質量を基準にして、アミノ基含有変性エポキシ樹脂(A)40〜90質量%、好ましくは50〜90質量%とブロック化ポリイソシアネート10〜60質量%、好ましくは10〜50質量%を含む、請求項1に記載の複層皮膜の形成方法。
【請求項4】
カチオン電着塗料(I)が、カチオン電着塗料を構成する樹脂成分の固形分合計を基準にして、アミノ基含有変性エポキシ樹脂(A)を40〜80質量%含み、かつアミノ基含有変性エポキシ樹脂(A)が、該樹脂(A)の樹脂固形分に基づいて、式(1)
【化1】

(式(1)中、b個の繰り返し単位中の各Rは同一又は相異なってもよくRは水素原子又は炭素数1〜6のアルキル基、aは1〜8、bは1〜50の整数を表す)
で表されるポリオキシアルキレン鎖を3〜50質量%含有する、請求項1に記載の複層皮膜の形成方法。
【請求項5】
アミノ基含有変性エポキシ樹脂(A)が、下記式(2)で表されるポリオキシアルキレン類(a11)を反応成分の一部として、反応させて得られる樹脂である請求項4に記載の複層皮膜形成方法。
【化2】

(式(2)中、b個の繰り返し単位中の各Rは同一又は相異なってもよくRは水素原子又は炭素数1〜6のアルキル基、aは1〜8、bは1〜50の整数を表す)
【請求項6】
アミノ基含有変性エポキシ樹脂(A)が、下記式(3)で表されるビスフェノールAのポリオキシアルキレン付加物(a12)を反応成分の一部として、反応させて得られる樹脂である請求項4に記載の複層皮膜形成方法。
【化3】

(式(3)中、b個及びb1個の繰り返し単位中の各R1、R2は同一又は相異なってもよくR1、R2は水素原子又は炭素数1〜6のアルキル基、a、a1は同一又は相異なってもよい1〜8の整数、b、b1は同一又は相異なってもよい1〜50の整数を表す)
【請求項7】
アミノ基含有変性エポキシ樹脂(A)が、下記式(4)で表されるポリオキシアルキレンジグリシジルエーテル類(a13)を反応成分の一部として、反応させて得られる樹脂である請求項4に記載の複層皮膜形成方法。
【化4】

(式(4)中、b個の繰り返し単位中の各Rは同一又は相異なってもよくRは水素原子又は炭素数1〜6のアルキル基、aは1〜8の整数、bは1〜50の整数を表す)
【請求項8】
アミノ含有変性エポキシ樹脂(A)が、下記式(5)で表されるポリオキシアルキレンジアミン類(a14)を反応成分の一部として、反応させて得られる樹脂である請求項4に記載の複層皮膜形成方法。
【化5】

(式(5)中、b個の繰り返し単位中の各Rは同一又は相異なってもよくRは水素原子又は炭素数1〜6のアルキル基、aは1〜8の整数、bは1〜50の整数を表す)
【請求項9】
アミノ含有変性エポキシ樹脂(A)が、下記式(6)で表されるイソシアネート類(a15)を反応成分の一部として、反応させて得られる樹脂である請求項4に記載の複層皮膜形成方法。
【化6】

(式(6)中、b個の繰り返し単位中の各Rは同一又は相異なってもよくRは水素原子又は炭素数1〜6のアルキル基、Aはアルキレン基またはフェニレン基を表し、aは1〜8、bは1〜50の整数を表す)
【請求項10】
カチオン電着塗料(I)が、カチオン電着塗料を構成する樹脂成分の固形分合計を基準にして、アミノ基含有変性エポキシ樹脂(A)を40〜80質量%含み、かつアミノ基含有変性エポキシ樹脂(A)が、該樹脂(A)の樹脂固形分に基づいて、式(7)
【化7】

(式(7)中、cは1〜50の整数を表す)
で表されるポリグリセリン鎖(a16)を3〜50質量%含有する、請求項1に記載の複層皮膜の形成方法。
【請求項11】
カチオン電着塗料(I)が、カチオン電着塗料を構成する樹脂成分の固形分合計を基準にして、アミノ基含有変性エポキシ樹脂(A)を40〜80質量%含み、かつアミノ基含有変性エポキシ樹脂(A)が、該樹脂(A)の樹脂固形分に基づいて、式(8)
【化8】

(式(8)中、Rは水素原子又は炭素数1〜6のアルキル基、dは1〜50の整数を表す)
で表されるポリエチレンイミン鎖(a17)を3〜50質量%含有する、請求項1に記載の複層皮膜の形成方法。
【請求項12】
アミノ基含有変性エポキシ樹脂(A)が、ポリオキシアルキレン類(a11)とビスフェノールAのポリオキシアルキレン付加物(a12)とポリオキシアルキレンジグリシジルエーテル(a13)とポリオキシアルキレンジアミン類(a14)とイソシアネート類(a15)とから選ばれる少なくとも1種の化合物(a1)と、エポキシ当量170〜500のエポキシ樹脂(a2)とビスフェノール類(a3)を、
化合物(a1)とエポキシ樹脂(a2)とビスフェノール類(a3)の固形分合計質量を基準にして、化合物(a1)が3〜70質量%、エポキシ樹脂(a2)が10〜80質量%、ビスフェノール類(a3)が10〜70質量%の割合で反応させて変性エポキシ樹脂(a4)を得た後、該変性エポキシ樹脂(a4)にアミン化合物(a5)を反応させてなる樹脂である請求項4に記載の複層皮膜形成方法。
【請求項13】
皮膜形成剤槽(1)と皮膜形成剤槽(2)とを連続して具備する皮膜形成設備において、皮膜形成剤(1)を満たした第1段目の皮膜形成剤槽(1)に金属基材を浸漬して通電により金属基材上に皮膜(F1)を形成し、
次いで、水洗を施さないまま、該皮膜(F1)を形成した金属基材を、皮膜形成剤(2)を満たした第2段目の皮膜形成剤槽(2)に浸漬して皮膜形成剤槽(2)を電着塗装することを特徴とする請求項1に記載の複層皮膜形成方法;
皮膜形成剤(1):ジルコニウム、チタン、コバルト、バナジウム、タングステン、モリブデン、銅、亜鉛、インジウム、ビスマス、イットリウム、ランタノイド金属から選ばれる少なくとも1種の金属(m)の化合物からなる金属化合物成分(M)を合計金属量(質量換算)で30〜20,000ppm、並びにアミノ基含有エポキシ樹脂、ポリビニルピロリドンおよびポリビニルアルコールからなる群から選ばれる水分散性又は水溶性の樹脂組成物(B)0.1〜40質量%とを含む皮膜形成剤;
皮膜形成剤(2):カチオン性樹脂組成物とブロック化ポリイソシアネートの合計固形分質量を基準にして、カチオン性樹脂組成物50〜90質量%とブロック化ポリイソシアネート10〜50質量%を含む。
【請求項14】
カチオン電着塗料(I)が、アミノ基含有変性エポキシ樹脂(A)とブロック化ポリイソシアネートの合計固形分質量を基準にして、アミノ基含有変性エポキシ樹脂(A)40〜80質量%とブロック化ポリイソシアネート20〜60質量%を含む請求項1に記載の複層皮膜形成方法。
【請求項15】
皮膜形成剤(1)における金属化合物成分(M)が、ジルコニウム化合物を必須成分として含有するものである請求項13に記載の複層皮膜形成方法。
【請求項16】
皮膜形成剤槽(1)のpHが4.5〜8.0の範囲とすることを特徴とする請求項13に記載の複層皮膜形成方法。
【請求項17】
皮膜形成剤槽(1)と皮膜形成剤槽(2)とを連続して具備する皮膜形成設備において、皮膜形成剤(1)を満たした第1段目の皮膜形成剤槽(1)に金属基材を浸漬して、通電を行わずに又は通電を行って、金属基材上に皮膜(F1)を形成し、
次いで、水洗を施さないままセッティングを施し、該皮膜(F1)を形成した金属基材を、皮膜形成剤(2)を満たした第2段目の皮膜形成剤槽(2)に浸漬して電着塗装することを特徴とする請求項1に記載の複層皮膜形成方法。
【請求項18】
金属基材を、第1段目の皮膜形成剤槽(1)に浸漬して1〜50Vの電圧(V1)で10〜360秒間通電した後、第2段目の皮膜形成剤槽(2)の電着塗装を50〜400Vの電圧(V2)で60〜600秒間の条件で行うことを特徴とする請求項17に記載の複層皮膜形成方法。
【請求項19】
金属基材において、第1段目の皮膜形成剤槽(1)に10〜360秒間通電せずに浸漬した後、次いで、第2段目の皮膜形成剤槽(2)に浸漬して50〜400Vの電圧(V2)で60〜600秒間電着塗装することを特徴とする請求項17に記載の複層皮膜形成方法。
【請求項20】
請求項1〜19のいずれか1項に記載の複層皮膜形成方法を用いた塗装物品。」

イ 「【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明の課題は、省工程化や省スペースが可能となる塗膜形成方法を見出すことであって、化成処理後の水洗を省略し、夾雑物として化成処理液が次工程である電着塗料中に持ち込まれても化成処理液の混入による電着塗装性や塗膜特性に影響を及ぼさず、仕上り性と防食性に優れる塗装物品を提供することである。
【0013】
本発明の他の課題は、省工程化や省スペースが可能となる工程を見出し、皮膜形成剤の仕上り性と皮膜の防食性に優れる塗膜形成方法を見出し、防食性に優れる塗装物品を提供することである。」

ウ 「【発明の効果】
【0040】
本発明の複層皮膜形成方法は、化成処理後の水洗を省略し、化成処理液が夾雑物として電着塗料中に持ち込まれたとしても、仕上り性や防食性に優れた塗装物品が得られる方法である。本発明の塗膜形成方法は、図2で示されるように水洗工程を省略できる為、省工程化や省スペースが可能となる。
これらの効果が得られる1つの理由としては、化成処理液の混入性に優れる特定のアミノ基含有変性エポキシ樹脂(A)を一定量含有したカチオン電着塗料(I)を用いることによって達成できるためである。
【0041】
本発明の効果が得られる他の理由は、以下の1〜3の効果が複合することによって成り立つためと考えられる。
1.皮膜形成剤(1)における金属化合物成分(M)の含有量は、合計金属量(質量換算)で30〜20,000ppmの比較的低含有量にて、防食性に優れる皮膜(F1)を形成できる。よって、次の槽への持込まれる金属化合物成分(M)も比較的少ない量である。
【0042】
2.皮膜形成剤(1)のpHが比較的高く酸化力が穏やかであることと、さらに、樹脂組成物(B)を含む皮膜形成剤(1)である為、被塗物が第1槽から第2槽目までの移送間において被塗物上の発錆を抑制できる。
3.皮膜形成剤(2)は、金属化合物成分(M)の混入性に優れる。
また、従来では図1に示されるライン工程(脱脂−表面調整及び化成処理−水洗−電着塗装−UF水洗−純水水洗−焼付乾燥)が一般的であったが、図2に示されるライン工程(脱脂−皮膜形成剤槽(1槽目)による皮膜形成剤(1)−皮膜形成剤槽(2槽目)による皮膜形成剤(2)−UF水洗−純水水洗−焼付乾燥工程)のように、工程短縮、省スペース化(例えば、水洗設備や排水処理を省略できる)が可能となることも挙げることができる。」

エ 「【0045】
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本発明の複層皮膜形成方法に用いる被塗物としては、冷延鋼板、合金化溶融亜鉛めっき鋼板、電気亜鉛めっき鋼板、電気亜鉛−鉄二層めっき鋼板、有機複合めっき鋼板、Al素材、Mg素材などの金属基材が挙げられる。
[第1段目の皮膜形成について]
--
上記の方法(1)に用いる皮膜形成剤(1)は、ジルコニウム化合物、チタン、コバルト、バナジウム、タングステン、モリブデン、銅、亜鉛、インジウム、ビスマス、イットリウム、鉄、ニッケル、マンガン、ガリウム、銀、ランタノイド金属(ランタン、セリウム、プラセオジム、ネオジウム、サマリウム、ユウロピウム、ガドリニウム、テルビウム、ジスプロシウム、ホルミウム、エルビウム、ツリウム、イッテルビウム、ルテチウム)から選ばれる少なくとも1種の金属(m)の化合物とからなる金属化合物成分(M)を合計金属量(質量換算)で30〜20,000ppm、並びに水分散性又は水溶性の樹脂組成物(B)0.1〜40質量%を含む。
【0046】
金属化合物成分(M)において使用されるジルコニウム化合物は、ジルコニウムイオン、オキシジルコニウムイオン、フルオロジルコニウムイオンなどのジルコニウム含有イオンを生じる化合物であり、ジルコニウムイオンを生じる化合物として、例えば、オキシジルコニウムイオンを生じる化合物としては、硝酸ジルコニル、酢酸ジルコニル、硫酸ジルコニルなど;フルオロジルコニウムイオンを生じる化合物としては、ジルコニウムフッ化水素酸、フッ化ジルコニウムナトリウム、フッ化ジルコニウムカリウム、フッ化ジルコニウムリチウム、フッ化ジルコニウムアンモニウムなどが挙げられる。これらのうち、特に、硝酸ジルコニル、フッ化ジルコニウムアンモニウムが好適である。」

オ 「【0130】
本方法によって、夾雑物として化成処理液が電着塗料に持ち込まれても、その電着塗料は、化成処理液の影響を受けずに仕上り性や防食性が十分な塗装物品を提供できる。
なお、化成処理後の水洗は、工業用水洗と上水水洗及び純水工程からなる少なくとも1種の水洗を施さずに電着塗装を行うこともでき、例えば、化成処理後、純水水洗のみを施し、電着塗装工程に搬送することもできる。
【0131】
前記カチオン電着塗料(I)は、該塗料を構成する樹脂固形分に対して、アミノ基含有変性エポキシ樹脂(A)を40〜90質量%、好ましくは55〜85質量%、さらに好ましくは60〜80質量%含有することが、化成処理液が夾雑物としてカチオン電着塗料(I)に持ち込まれたとしても、仕上り性や防食性に優れた塗装物品が得ることができる。
【0132】
なお本発明に従う金属基材の塗装は、カチオン電着塗料(I)を満たした電着塗料槽に浸漬して、50〜400V、好ましくは100〜370V、さらに好ましくは150〜350Vで、60〜600秒間、好ましくは120〜480秒間、さらに好ましくは150〜360秒間通電し、化成処理上に電着塗膜を形成することができる。
【0133】
カチオン電着塗料(I)における通電塗装は、通常0.1〜5m、好ましくは0.2〜3m、さらに好ましくは0.3〜1mの極間距離、及び1/8〜2/1、好ましくは1/5〜1/2の極比(陽極/陰極)で行うことができる。
【0134】
なお、カチオン電着塗料(I)の浴温としては、通常5〜45℃、好ましくは10〜40℃、さらに好ましくは20〜35℃の範囲内が適している。析出した皮膜は焼付け硬化させることができる。皮膜の焼き付け温度は、被塗物表面で100〜200℃、好ましくは120〜180℃の範囲内の温度が適しており、焼き付け時間は5〜90分間、好ましくは10〜50分間程度とすることができる。」

カ 「【実施例】
【0140】
以下、実施例を挙げて本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれら実施例のみに限定されるものではない。なお、「部」及び「%」は「質量部」及び「質量%」である。
【0141】
--
製造例1A アミノ基含有エポキシ樹脂溶液No.1A
温度計、還流冷却器、及び攪拌機を備えた内容積2リットルのセパラブルフラスコに、jER828EL(ジャパンエポキシレジン株式会社製、商品名、エポキシ樹脂)602部に、ビスフェノールA 178部、PEG−400(注1A)107部とジメチルベンジルアミン0.2部とを加え、170℃でエポキシ当量が800になるまで反応させた。
【0142】
次に、エチレングリコールモノブチルエーテル250部とジエタノールアミン113部を加え、120℃で4時間反応させ、樹脂固形分80質量%のアミノ基含有エポキシ樹脂樹脂溶液No.1Aを得た。得られたアミノ基含有エポキシ樹脂は、アミン価60mgKOH/g、数平均分子量1,900、ポリオキシアルキレン鎖の割合(%)は10質量%であった。
【0143】
製造例2A〜3A アミノ基含有エポキシ樹脂溶液No.2A〜No.3A
表1Aの配合内容とする以外は、製造例1Aと同様にしてアミノ基含有エポキシ樹脂溶液No.2A〜No.3Aを得た。
【0144】
【表1A】

(注1A)PEG−400:三洋化成工業株式会社製、商品名、ポリエチレングリコール、分子量400
--
製造例4A アミノ基含有エポキシ樹脂溶液No.4A
温度計、還流冷却器、及び攪拌機を備えた内容積2リットルのフラスコに、jER828EL 536部、ビスフェノールA 85部、ニューポールBPE−60(注2A)279部及びテトラブチルアンモニウムブロマイド0.8部を加え、180℃でエポキシ当量が870になるまで反応させた。
【0145】
次に、エチレングリコールモノブチルエーテル250部とジエタノールアミンを100部を加えて120℃で4時間反応させ、樹脂固形分80%のアミノ基含有エポキシ樹脂溶液No.4Aを得た。
【0146】
得られたアミノ基含有エポキシ樹脂No.4Aは、アミン価54mgKOH/g、数平均分子量2,000、ポリオキシアルキレン鎖の割合(%)は15質量%であった。
【0147】
製造例5A〜6A アミノ基含有エポキシ樹脂溶液No.5A〜No.6A
表2Aの配合内容とする以外は、製造例4Aと同様にしてアミノ基含有エポキシ樹脂溶液No.5A〜No.6Aを得た。
【0148】
【表2A】

(注2A)
ニューポールBPE−60:三洋化成工業社製、商品名、ビスフェノールAエチレンオキサイド付加物、水酸基価228mgKOH/g
(注3A)ニューポールBPE−180:三洋化成工業社製、商品名、ビスフェノールAエチレンオキサイド付加物、水酸基価109mgKOH/g
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製造例7A アミノ基含有エポキシ樹脂樹脂溶液No.7A
温度計、還流冷却器、及び攪拌機を備えた内容積2リットルのセパラブルフラスコに、jER828EL 423部に、デナコールEX821(注4A)209部、ビスフェノールA 250部とジメチルベンジルアミン0.2部とを加え、130℃でエポキシ当量900になるまで反応させた。
【0149】
次に、エチレングリコールモノブチルエーテル250部とジエタノールアミン118部を加え、120℃で4時間反応させ、樹脂固形分80質量%のアミノ基含有エポキシ樹脂樹脂溶液No.7Aを得た。アミノ基含有エポキシ樹脂溶液No.7Aの樹脂固形分は、アミン価63mgKOH/g、数平均分子量1,800、ポリオキシアルキレン鎖の割合(%)は10質量%であった。
【0150】
製造例8A〜9A アミノ基含有エポキシ樹脂溶液No.8A〜No.9A
表3Aの配合内容とする以外は、製造例7Aと同様にしてアミノ基含有エポキシ樹脂溶液No.8A〜No.9Aを得た。
【0151】
【表3A】

(注4A)デナコールEX−821:ナガセケムテックス株式会社製、商品名、ポリエチレングリコールジグリシジルエーテル、エポキシ当量185
(注5A)デナコールEX−841:ナガセケムテックス株式会社製、商品名、ポリエチレングリコールジグリシジルエーテル、エポキシ当量372
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製造例10A アミノ基含有エポキシ樹脂樹脂溶液No.10A
温度計、還流冷却器、及び攪拌機を備えた内容積2リットルのセパラブルフラスコに、jER828EL 527部にビスフェノールA 169部とジメチルベンジルアミン0.2部とを加え、130℃で1時間反応させた後、ジェファーミンED−600(注6A)152を加えて同温度を保持し、エポキシ当量900になるまで反応させた。
【0152】
次に、エチレングリコールモノブチルエーテル250部とジエタノールアミン107部を加え、120℃で4時間反応させ、樹脂固形分80質量%のアミノ基含有エポキシ樹脂樹脂溶液No.10Aを得た。アミノ基含有エポキシ樹脂No.10Aは、アミン価57mgKOH/g、数平均分子量2,000、ポリオキシアルキレン鎖の割合(%)は10質量%であった。
【0153】
製造例11A〜12A アミノ基含有エポキシ樹脂溶液No.11A〜No.12A
表4Aの配合内容とする以外は、製造例10Aと同様にしてアミノ基含有エポキシ樹脂溶液No.11A〜No.12Aを得た。
【0154】
【表4A】

(注6A)ジェファーミンED−600:ハンストマン株式会社製、商品名、ポリエチレングリコールポリプロピレングリコールジアミン、分子量600
(注7A)ジェファーミンED−900:ハンツマン株式会社製、商品名、ポリエチレングリコールポリプロピレングリコールジアミン、分子量900
--
製造例13A TDIプレポリマーの製造
温度計、還流冷却器、及び攪拌機を備えた内容積2リットルのセパラブルフラスコに、コスモネートT−80(注8A)800部にMPG−081(注9A)200.0部とを加え、80℃でNCO当量870mg/eqになるまで反応させて、TDIプレポリマーを得た。
(注8A)コスモネートT−80:三井化学ポリウレタン株式会社製、商品名、トレリンジイソシアネート
(注9A)MPG−081:日本乳化剤株式会社、商品名、ポリエチレングリコールモノメチルエーテル、水酸基価81mgKOH/g
製造例14A
温度計、還流冷却器、及び攪拌機を備えた内容積2リットルのセパラブルフラスコに、jER828EL 549部にビスフェノールA 217部とジメチルベンジルアミン0.2部とを加え、130℃でエポキシ当量780になるまで反応させた。
【0155】
次に、製造例13Aで得られたTDIプレポリマーを131部を加え、120℃でNCO価が1mgNCO/g以下になるまで反応させた。
【0156】
次に、エチレングリコールモノブチルエーテル250部とジエタノールアミン103部を加え、120℃で4時間反応、樹脂固形分80質量%のアミノ基含有エポキシ樹脂樹脂溶液No.13Aを得た。アミノ基含有エポキシ樹脂溶液No.13Aの樹脂固形分は、アミン価55mgKOH/g、数平均分子量2,000、ポリオキシアルキレン鎖の割合(%)は10質量%であった。
【0157】
製造例15A〜16A アミノ基含有エポキシ樹脂溶液No.14A〜No.15A
表5Aの配合内容とする以外は、製造例14Aと同様にしてアミノ基含有エポキシ樹脂溶液No.14A〜No.15Aを得た。
【0158】
【表5A】

--
製造例17A 硬化剤No.1Aの製造
イソホロンジイソシアネート222部にメチルイソブチルケトン44部を加え、70℃に昇温した。その後、メチルエチルケトキシム174部を2時間かけて滴下して、この温度を保ちながら経時でサンプリングして赤外吸収スペクトル測定にて未反応のイソシアネートの吸収がなくなったことを確認し、樹脂固形分90%のブロック化ポリイソシアネート化合物の硬化剤No.1Aを得た。
【0159】
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製造例18A エマルションNo.1Aの製造
上記製造例1Aにて得た樹脂固形分80%のアミノ基含有エポキシ樹脂No.1Aを87.5部(固形分70.0部)、製造例17Aにて得た硬化剤No.1Aを33.3部(固形分30.0部)及び10%蟻酸10.7部を混合し、均一に攪拌した後、脱イオン水181部を強く攪拌しながら約15分かけて滴下し、固形分32.0%のエマルションNo.1Aを得た。
【0160】
製造例19A〜32A エマルションNo.2A〜No.15Aの製造
表6A及び表7Aの配合内容とする以外は、製造例18Aと同様にして、固形分32.0%のエマルションNo.2A〜No.15Aを得た。
【0161】
【表6A】

【0162】
【表7A】

製造例33A 顔料分散用樹脂の製造例
jER828EL(ジャパンエポキシレジン株式会社製、商品名、エポキシ樹脂)1010部に、ビスフェノールAを390部、プラクセル212(ポリカプロラクトンジオール、ダイセル化学工業株式会社、商品名、重量平均分子量約1,250)240部及びジメチルベンジルアミン0.2部を加え、130℃でエポキシ当量が約1090になるまで反応させた。
【0163】
次に、ジメチルエタノールアミン134部及び濃度90%の乳酸水溶液150部を加え、120℃で4時間反応させた。次いで、メチルイソブチルケトンを加えて固形分を調整し、固形分60%のアンモニウム塩型樹脂系の顔料分散用樹脂を得た。
【0164】
製造例34A 顔料分散ペーストNo.1Aの製造
製造例33Aで得た固形分60%の顔料分散用樹脂8.3部(固形分5.0部)、JR−600E(注10A)14.0部(固形分14.0部)、カーボンMA−7(注11A)0.3部(固形分0.3部)、ハイドライトPXN(注12A)9.7部(固形分9.7部)、ジオクチル錫オキサイド1.0部(固形分1.0部)及び脱イオン水23.3部を混合分散し、固形分55質量%の顔料分散ペーストNo.1Aを得た。
(注10A)JR−600E:テイカ株式会社製、商品名、チタン白
(注11A)カーボンMA−7:三菱化成株式会社製、商品名、カーボンブラック
(注12A)ハイドライトPXN:ジョージアカオリン株式会社製、商品名、カオリン
製造例35A 化成処理剤A(リン酸亜鉛系化成処理液)の製造
下記組成の化成液Aを調整し、実施例及び比較例の試験に供した。
【0165】
「化成処理剤Aの組成」
Zn2+ 1.5g/l
Ni2+ 0.5g/l
PO43− 13.5g/l
F− 0.5g/l
NO3− 6.0g/l
NO2− 0.1g/l
Na+ 1.5g/l
製造例36A 化成処理剤B(ジルコニウム系化成処理液)の製造
下記組成の化成液Bを調整し、実施例及び比較例の試験に供した。
【0166】
「化成処理剤Bの組成」
ヘキサフルオロジルコニウム酸、硝酸アルミニウム及び硝酸カルシウムを用いて、金属元素としてジルコニウムが2000ppm、アルミニウムが100ppm、カルシウムが100ppmになるように配合し、フッ化水素酸とアンモニアを用いてpHが4となるように調整した。
製造例37A
製造例18Aで得た固形分32%のエマルションNo.1Aを312.5部(固形分100.0部)、製造例34Aで得た55%顔料分散ペーストNo.1Aを54.5部(固形分30.0部)及び脱イオン水283.0部を混合して固形分20%の電着塗料No.1Aとした。
製造例38A〜46A
下記表8Aに示す配合とする以外は、製造例37Aと同様にして電着塗料No.2A〜No.10Aを得た。
【0167】
【表8A】

製造例47A
固形分32%のエマルションNo.3Aを312.5部(固形分100.0部)、製造例34Aで得た55%顔料分散ペーストを54.5部(固形分30.0部)及び脱イオン水283.0部を混合して固形分20%の電着塗料No.11Aとした。
製造例48A〜51A
下記表9Aに示す配合とする以外は、製造例47Aと同様にして電着塗料No.12A〜No.15Aを得た。
【0168】
【表9A】

(注13A)夾雑イオン混入性:製造例35Aで得た化成処理液を亜鉛金属濃度が0.03g/lとなるように各々の電着塗料へ添加した。
【0169】
上記の電着塗料の浴を28℃に調整し、リン酸亜鉛処理を施した冷延鋼板(パルボンド3020L−SPC)を陰極として浸漬して、乾燥膜厚20μmとなるように電着塗装し、電気乾燥機によって170℃で20分間焼付けして塗面の仕上り性を評価した。
【0170】
○は、塗面良好であった。
【0171】
△は、ツヤムラ、ピンホール、ユズ肌のいづれかの塗膜欠陥が認められる。
【0172】
×は、ツヤムラ、ピンホール、ユズ肌のいづれかの塗膜欠陥が著しい。
[化成処理後の「水洗なし」で電着塗装を施す工程]
実施例1A
以下の「工程1〜工程3」によって、試験板No.1Aを得た。
【0173】
工程1(前処理):冷延鋼板(70mm×150mm×0.8mm)を2質量%「ファインクリーナーL4460」(日本パーカライジング株式会社製、アルカリ脱脂剤)を43℃に調整し、120秒間浸漬処理した。
【0174】
プレパレン4040N(日本パーカライジング(株)製表面調整剤)の0.15%水溶液に、常温で30秒間浸漬処理することによって表面調整した。
【0175】
水道水によって30秒間スプレー水洗した。製造例35Aで得られた「化成処理剤A」を用いて43℃に調整して120秒間浸漬して処理した。その後、水洗(工業用水水洗と上水水洗及び純水水洗の全てを行わない)を施すことなく、電着塗装工程に搬送した。
【0176】
工程2(電着塗装):28℃に調整した電着塗料No.1Aの浴に浸漬して、250Vで180秒間(30秒にて昇電圧)にて電着塗装を行った。工程1と工程2の操作を繰り返し、電着塗料中のZn2+の濃度をICP分析法(注14A)によって測定して約0.03g/lとなった時点で、工程3へ移行した。
【0177】
工程3(焼付け乾燥):電気乾燥機によって170℃で20分間焼付けし、乾燥膜厚20μmを得た。
【0178】
(注14A)ICP分析法:島津製作所製、型式「ICPS−8000」を用いてICP分析法(誘導プラズマ発光分光分析法)により電着塗料中の金属元素濃度を求めた。
【0179】
実施例2A〜10A
表10Aに示す電着塗料及び塗装条件とする以外は、実施例1Aと同様にして、試験板No.2A〜No.10Aを得た。
【0180】
実施例11A
以下の「工程1〜工程3」によって、試験板No.11Aを得た。
【0181】
工程1(前処理):冷延鋼板(70mm×150mm×0.8mm)を2質量%「ファインクリーナーL4460」(日本パーカライジング株式会社製、アルカリ脱脂剤)を43℃に調整し、120秒間浸漬処理した。
【0182】
プレパレン4040N(日本パーカライジング(株)製表面調整剤)の0.15%水溶液に、常温で30秒間浸漬処理することによって表面調整した。次いで、水道水によって30秒間スプレー水洗した。
【0183】
製造例36Aで得られた「化成処理剤B」を40℃に調整して120秒間浸漬して処理した。その後、水洗(工業用水水洗と上水水洗及び純水水洗の全てを行わない)を施すことなく、電着塗装工程に搬送した。
【0184】
工程2(電着塗装):28℃に調整した電着塗料No.1Aの浴に浸漬して、250Vで180秒間(30秒にて昇電圧)にて電着塗装を行った。工程1と工程2の操作を繰り返し、電着塗料中のジルコニウム金属濃度をICP分析法(注14A参照)によって測定して約0.03g/lとなった時点で、工程3へ移行した。
工程3(焼付け乾燥):電気乾燥機によって170℃で20分間焼付けし、乾燥膜厚20μmを得た。
【0185】
実施例12A
表10Aに示す電着塗料及び塗装条件とする以外は、実施例11Aと同様にして、試験板No.12Aを得た。
【0186】
【表10A】



キ 「【0225】

製造例1B アミノ基含有エポキシ樹脂溶液No.1B
温度計、還流冷却器、及び攪拌機を備えた内容積2リットルのセパラブルフラスコに、jER1001(ジャパンエポキシレジン株式会社製、商品名、エポキシ樹脂)708部にエチレングリコールモノブチルエーテル250部を加え、ジエタノールアミン83部及びジエチレントリアミンのメチルイソブチルケトンのケチミン化物209部を加え、110℃で4時間反応させ、樹脂固形分80質量%のアミノ基含有エポキシ樹脂溶液No.1Bを得た。該アミノ基含有エポキシ樹脂溶液No.1Bの樹脂固形分は、アミン価130mgKOH/g、数平均分子量1,300であった。
【0226】
製造例2B エマルションNo.1Bの製造
上記製造例1Bにて得た80%のアミノ基含有エポキシ樹脂溶液No.1Bを125部(固形分100部)、10%蟻酸16.4部を混合し、均一に攪拌した後、脱イオン水860部を強く攪拌しながら約15分かけて滴下し、固形分10%のエマルションNo.1Bを得た。
【0227】
製造例3B 皮膜形成剤No.1Bの製造
フッ化ジルコニウムアンモニウム2.7部に脱イオン水1000部を加えて、次いで固形分10%のエマルションNo.1Bを1000部(固形分100部)を加え、皮膜形成剤No.1Bを得た。皮膜形成剤No.1BのpHは、6.5であった。
【0228】
製造例4B〜15B 皮膜形成剤No.2B〜No.13Bの製造
表1Bの配合内容及び皮膜形成剤のpHとする以外は、製造例3Bと同様に操作によって、皮膜形成剤No.2B〜No.13Bを得た。
【0229】
【表1B】

(注1B)K−90W:固形分20%のポリビニルピロリドン溶液、商品名、日本触媒株式会社製
(注2B)K−17C:固形分20%のポリビニルアルコール溶液、商品名、電気化学工業株式会社製
製造例16B アミノ基含有エポキシ樹脂溶液No.2B
jER1002(ジャパンエポキシレジン株式会社製、商品名、エポキシ樹脂)845部に、エチレングリコールモノブチルエーテル250部、ジエタノールアミンを103部及びジエチレントリアミンのメチルイソブチルケトンのケチミン化物52部を加え120℃で4時間反応させ、樹脂固形分80%のアミノ基含有エポキシ樹脂溶液No.2Bを得た。該アミノ基含有エポキシ樹脂溶液No.2Bの樹脂固形分は、樹脂アミン価が77mgKOH/g、数平均分子量が1,600であった。
【0230】
製造例17B アミノ基含有エポキシ樹脂溶液No.3B
PP−400(三洋化成株式会社製、商品名、ポリプロピレングリコール 分子量400)400部にε−カプロラクトン300部を加えて、130℃まで昇温した。その後、テトラブトキシチタン0.01部を加え、170℃に昇温した。この温度を保ちながら経時でサンプリングし、赤外吸収スペクトル測定にて未反応のε−カプロラクトン量を追跡し、未反応のε−カプロラクトンが実質的になくなったことを確認した時点で冷却し、変性剤を得た。
【0231】
別に、jER828EL(ジャパンエポキシレジン株式会社製、商品名、エポキシ樹脂)1000部にビスフェノールA 400部及びジメチルベンジルアミン0.2部を加え、130℃でエポキシ当量が750になるまで反応させた。
【0232】
その中にノニルフェノール120部を加え、130℃でエポキシ当量が1000になるまで反応させた。次いで変性剤を200部、ジエタノールアミンを95部及びジエチレントリアミンのケチミン化物を65部加え、120℃で4時間反応させた後、エチレングリコールモノブチルエーテルで希釈し、樹脂固形分80%のノニルフェノールが付加されたポリオール変性のアミノ基含有エポキシ樹脂溶液No.3Bを得た。該アミノ基含有エポキシ樹脂溶液No.3Bの樹脂固形分は、樹脂アミン価が40mgKOH/g、数平均分子量が2,000であった。
【0233】
製造例18B 硬化剤No.1Bの製造
イソホロンジイソシアネート222部にメチルイソブチルケトン44部を加え、70℃に昇温した。その後、メチルエチルケトキシム174部を2時間かけて滴下して、この温度を保ちながら経時でサンプリングして赤外吸収スペクトル測定にて未反応のイソシアネートの吸収がなくなったことを確認し、樹脂固形分90%のブロック化ポリイソシアネート化合物の硬化剤No.1Bを得た。
【0234】
製造例19B エマルションNo.2Bの製造
上記製造例14Bにて得た樹脂固形分80%のアミノ基含有エポキシ樹脂No.2Bを87.5部(固形分70.0部)、製造例16Bにて得た硬化剤No.1Bを33.3部(固形分30.0部)及び10%蟻酸10.7部を混合し、均一に攪拌した後、脱イオン水181部を強く攪拌しながら約15分かけて滴下し、固形分32.0%のエマルションNo.2Bを得た。
【0235】
製造例20B エマルションNo.3Bの製造
上記製造例15Bにて得た樹脂固形分80%のアミノ基含有エポキシ樹脂No.3Bを用い、上記製造例17Bと同様にして、固形分32.0%のエマルションNo.3Bを得た。
【0236】
製造例21B 顔料分散用樹脂の製造例
jER828EL(ジャパンエポキシレジン株式会社製、商品名、エポキシ樹脂)1010部に、ビスフェノールAを390部、プラクセル212(ポリカプロラクトンジオール、ダイセル化学工業株式会社、商品名、重量平均分子量約1,250)240部及びジメチルベンジルアミン0.2部を加え、130℃でエポキシ当量が約1090になるまで反応させた。
次に、ジメチルエタノールアミン134部及び濃度90%の乳酸水溶液150部を加え、120℃で4時間反応させた。次いで、メチルイソブチルケトンを加えて固形分を調整し、固形分60%のアンモニウム塩型樹脂系の顔料分散用樹脂を得た。
【0237】
製造例22B 顔料分散ペーストNo.1Bの製造
製造例21Bで得た固形分60%の顔料分散用樹脂8.3部(固形分5.0部)、JR−600E(注3B)14.0部(固形分14.0部)、カーボンMA−7(注4B)0.3部(固形分0.3部)、ハイドライトPXN(注5B)9.7部(固形分9.7部)、ジオクチル錫オキサイド1.0部(固形分1.0部)及び脱イオン水23.3部を混合分散し、固形分55質量%の顔料分散ペーストNo.1Bを得た。
【0238】
製造例23B 顔料分散ペーストNo.2Bの製造
表2Bの配合内容とする以外は、製造例22Bと同様にして、顔料分散ペーストNo.2Bを得た。
【0239】
【表2B】

(注3B)JR−600E:テイカ株式会社製、商品名、チタン白
(注4B)カーボンMA−7:三菱化成株式会社製、商品名、カーボンブラック
(注5B)ハイドライトPXN:ジョージアカオリン株式会社製、商品名、カオリン
製造例24B
固形分32%のエマルションNo.2Bを312.5部(固形分100.0部)、製造例21Bで得た55%顔料分散ペーストNo.1Bを54.5部(固形分30.0部)及び脱イオン水283.0部を混合して固形分20%の浴とし、皮膜形成剤No.14Bを得た。
【0240】
製造例25B〜26B
下記表3Bに示す配合とする以外は、製造例22Bと同様にして皮膜形成剤No.15B〜No.16Bを得た。
【0241】
【表3B】

--
実施例1B
以下の「工程1〜工程3」によって、試験板No.1Bを得た。
【0242】
工程1:冷延鋼板(70mm×150mm×0.8mm)を2質量%「ファインクリーナーL4460」(日本パーカライジング株式会社製)で40℃、2分間浸漬処理した後、水道水で30秒間水洗して試験板とした。皮膜形成剤No.1Bの浴を40℃に調整し、試験板を陰極(極間距離15cm)として浸漬し、5Vで60秒間通電した。
【0243】
工程2:工程1によって得られた試験板を引き上げ、水洗を施すことなく、28℃に調整した皮膜形成剤No.14Bの浴に浸漬して、30秒にて昇圧し260Vで120秒間通電した。
【0244】
工程3:得られた皮膜を水洗し、電気乾燥機によって170℃で20分間焼付けした。
【0245】
実施例2B〜18B
表4B及び表5Bに示す皮膜形成剤及び塗装条件を使用する以外は、実施例1Bと同様にして、試験板No.2B〜No.18Bを得た。
実施例19B
以下の「工程1〜工程3」によって、試験板No.19Bを得た。
【0246】
工程1:冷延鋼板(70mm×150mm×0.8mm)を2質量%「ファインクリーナーL4460」(日本パーカライジング株式会社製)で40℃、2分間浸漬処理した後、水道水で30秒間水洗して試験板とした。皮膜形成剤No.1Bの浴を40℃に調整し、試験板を陰極(極間距離15cm)として浸漬し、5Vで60秒間通電した。得られた試験板を引き上げて水洗を施すことなく、35℃で10分間のエアブローを施した。
【0247】
工程2:次いで28℃に調整した皮膜形成剤No.14Bの浴に浸漬して、30秒にて昇圧し260Vで120秒間通電した。
【0248】
工程3:得られた皮膜を水洗し、電気乾燥機によって170℃で20分間焼付けした。
【0249】
【表4B】

【0250】
【表5B】

--
実施例20B
以下の「工程1〜工程3」によって、試験板No.20Bを得た。
【0251】
工程1:冷延鋼板(70mm×150mm×0.8mm)を2質量%の「ファインクリーナーL4460」(日本パーカライジング株式会社製)で40℃、2分間浸漬処理した後、水道水で30秒間水洗し、さらに40℃に調整した皮膜形成剤No.1Bの浴に120秒間浸漬した。
【0252】
工程2:工程1によって得られた試験板を引き上げて水洗を施すことなく、28℃に調整した皮膜形成剤No.14Bの浴に浸漬して、260V(30秒にて昇圧)で150秒間通電した。
【0253】
工程3:得られた皮膜を水洗し、電気乾燥機によって170℃で20分間焼付けた。
【0254】
実施例21B〜26B
表6Bに示す皮膜形成剤及び塗装条件を使用する以外は、実施例20Bと同様にして、試験板No.21B〜No.26Bを得た。
【0255】
【表6B】



ク 「【0275】
…(略)…
(注6B) 防食性: 試験板の素地に達するように電着塗膜にナイフでクロスカット傷を入れ、JISZ−2371に準じて480時間耐塩水噴霧試験を行った。評価はナイフ傷からの錆、フクレ幅によって以下の基準で評価した。
【0276】
◎:錆、フクレの最大幅がカット部より2mm未満(片側)。
【0277】
○:錆、フクレの最大幅がカット部より2mm以上で且つ3mm未満(片側)。
【0278】
△:錆、フクレの最大幅がカット部より3mm以上で且つ4mm未満(片側)。
【0279】
×:錆、フクレの最大幅がカット部より4mm以上(片側)。
(注7B) 耐ばくろ性:
試験板に、スプレー塗装方法で、WP−300(関西ペイント株式会社製、商品名、水性中塗り塗料)を硬化膜厚が25μmとなるように塗装した後、電気熱風乾燥器で140℃×30分焼き付けを行なった。さらに、その中塗塗膜上に、スプレー塗装方法で、ネオアミラック6000(関西ペイント株式会社製、商品名、上塗り塗料)を硬化膜厚が35μmとなるように塗装した後、電気熱風乾燥器で140℃×30分焼き付けを行ない、暴露試験板を作製した。
【0280】
得られた暴露試験板上の塗膜に、素地に達するようにナイフでクロスカットキズを入れ、千葉県千倉町で、水平にて1年間暴露した後、ナイフ傷からの錆、フクレ幅によって以下の基準で評価した。
【0281】
◎:錆またはフクレの最大幅がカット部より2mm未満(片側)。
【0282】
○:錆またはフクレの最大幅がカット部より2mm以上で且つ3mm未満(片側)。
【0283】
△:錆またはフクレの最大幅がカット部より3mm以上で且つ4mm未満(片側)。
【0284】
×:錆またはフクレの最大幅がカット部より4mm以上(片側)。
(注8B) 仕上り性:
試験板の塗面をサーフテスト301(株式会社ミツトヨ製、商品名、表面粗度計)を用いて、表面粗度値(Ra)をカットオフ0.8mmにて測定し、以下の基準で評価した。
【0285】
◎:表面粗度値(Ra)が0.2未満。
【0286】
〇:表面粗度値(Ra)が0.2以上でかつ0.25未満。
【0287】
△:表面粗度値(Ra)が0.25以上でかつ0.3未満。
【0288】
×:表面粗度値(Ra)が0.3以上。
【0289】
実施例1C
以下の「工程1〜工程3」によって、試験板No.1Cを得た。
【0290】
工程1:冷延鋼板(70mm×150mm×0.8mm)を2質量%「ファインクリーナーL4460」(日本パーカライジング株式会社製)で40℃、2分間浸漬処理した後、水道水で30秒間水洗して試験板とした。皮膜形成剤No.1Bの浴を40℃に調整し、試験板を陰極(極間距離15cm)として浸漬し、5Vで60秒間通電した。
【0291】
工程2(電着塗装):28℃に調整したカチオン電着塗料No.1Aの浴に浸漬して、250Vで180秒間(30秒にて昇電圧)にてカチオン電着塗装を行った。工程1と工程2の操作を繰り返し、電着塗料中のZn2+の濃度をICP分析法(注14A)によって測定して約0.03g/lとなった時点で、工程3へ移行した。
【0292】
工程3(焼付け乾燥):電気乾燥機によって170℃で20分間焼付けし、乾燥膜厚20μmを得た。
【0293】
実施例2C〜10C
表1Cに示す電着塗料及び塗装条件とする以外は、実施例1Cと同様にして、試験板No.2C〜No.10Cを得た。
【0294】
【表1C】



ケ 「【図1】



コ 「【図2】



(4)甲4に記載された事項
甲4は、申立人従業者久保田健太郎により令和2年12月7日付けで作成されたものであって、以下の内容が記載されている。
すなわち、甲4は、甲1の実施例1に記載された試験板Z−1の作製途中において、化成処理液X−1を用いて化成処理皮膜を形成した鋼板を水洗までした段階のものを被塗物とし、本件特許明細書【0065】記載の技術手段により、被塗物に対して均一に、甲1の実施例1に記載されたカチオン電着塗料Y−1を塗装して得られる塗膜の焼付後の膜厚が3μmに達したときの塗膜抵抗(R3)の測定値が「179kΩ・cm2」であって訂正前の本件発明1で特定される「10〜200kΩ・cm2」の範囲にあり、かつ、該膜厚が6μmに達したときの塗膜抵抗(R6)の測定値が「290kΩ・cm2」であって訂正前の本件発明1で特定される「40〜400kΩ・cm2」の範囲にあり、また、塗膜の焼付後の膜厚が3μmに達したときの塗膜抵抗(R3)から6μmに達したときの塗膜抵抗(R6)の増加率の計算値が「54.0%/μm」であって訂正前の本件発明2で特定される「50〜700%/μm」の範囲にあり、いずれも訂正前の本件発明の特定事項を満たすものであることを立証しようとするものとなっている。

ア 「5:実験の内容
(1)化成処理液X−1の製造
脱イオン水をディスパーで強撹拌しながら、ヘキサフルオロジルコニウム酸、並びにあらかじめ脱イオン水で希釈した硝酸アルミニウム、硝酸カルシウム及び硝酸カリウムを配合した。
更に脱イオン水を用いて希釈を行い、硝酸、硝酸ナトリウム、硝酸アンモニウム、フッ化水素酸、水酸化ナトリウムを配合し、最終的に、pHが3.8、金属元素としてジルコニウムイオンが500ppm、アルミニウムイオンが100ppm、ナトリウムイオンが80ppm、カリウムイオンが80ppm、カルシウムイオンが80ppmとなるように調整して、化成処理液X−1を得た。
具体的には、脱イオン水1000g、ヘキサフルオロジルコニウム酸1137mg、硝酸アルミニウム789mg、硝酸カルシウム328mg、硝酸カリウム207mg、水酸化ナトリウム139mgを混合した溶液を作成し、硝酸を用いてpHを3.8に調整した。」

イ 「(2)アミノ基含有エポキシ樹脂A−1の製造
攪拌機、温度計、窒素導入管および還流冷却器を取りつけたフラスコに、jER828EL(商品名、ジャパンエポキシレジン社製エポキシ樹脂、エポキシ当量190、数平均分子量350)1200部に、ビスフェノールA 500部及びジメチルベンジルアミン0.2部を加え、130℃でエポキシ当量850になるまで反応させた。
次に、ジエタノールアミン160部及びジエチレントリアミンとメチルイソブチルケトンとのケチミン化物65部を加え、120℃で4時間反応させた後、エチレングリコールモノブチルエーテル480gを加え、固形分80%のアミノ基含有エポキシ樹脂A−1を得た。アミノ基含有エポキシ樹脂A−1はアミン価59mgKOH/g、数平均分子量2,100であった。」

ウ 「(3)ブロック化ポリイソシアネートB−1の製造
反応容器中に、コスモネートM−200(商品名、三井化学社製、グルードMDI、NCO基含有率 31.3%)270部、及びメチルイソブチルケトン127部を加え70℃に昇温した。この中にエチレングリコールモノブチルエーテル236部を1時間かけて滴下して加え、その後100℃に昇温し、この温度を保ちながら経時でサンプリングし、赤外線吸収スペクトル測定にて未反応のイソシアネート基の吸収がなくなったことを確認し、樹脂固形分80%のブロック化ポリイソシアネートB−1を得た。」

エ 「(4)顔料分散用樹脂の製造
撹拌機、温度計、滴下ロートおよび還流冷却器を取り付けたフラスコに、ノニルフェノール450部、CNE195LB(商品名、長春ジャパン株式会社製、クレゾール型ノボラックエポキシ樹脂、ノポラック型フェノール樹脂のグリシジルエーテル)960部を仕込み、混合撹拌しながら徐々に加熱し、160℃で反応させる。その後、E−カプロラクトン430部を仕込み、170℃に昇温し、反応させた。さらに、ジエタノールアミン105部、ジメチルエタノールアミン147部及び濃度90%乳酸水溶液164部を反応させ、エポキシ基がほぼ消失したことを確認し、エチレングリコールモノブチルエーテルを加えて固形分60%の顔料分散樹脂を得た。この顔料分散樹脂のアミン価は70mgKOH/g、数平均分子量は約2,200であった。」

オ 「(5)顔料分散ペーストの製造
上記顔料分散用樹脂8.3部(固形分5部)、酸化チタン14.5部、精製クレー7.0部、カーボンブラック0.3部、ジオクチル錫オキサイド1部、水酸化ビスマス1部及び脱イオン水20.3部を加え、ボールミルにて20時間分散し、固形分55%の顔料分散ペーストを得た。」

カ 「(6)カチオン電着塗料Y−1の製造
上記アミノ基含有エポキシ樹脂A−1 87.5部(固形分70部)、上記ブロック化ポリイソシアネートB−1 37.5部(固形分30部)を混合し、さらに10%酢酸13部を配合して均ーに攪拌した後、脱イオン水を強く攪拌しながら約15分間を要して滴下して固形分34%のエマルションを得た。
次に、上記エマルション294部(固形分100部)、上記顔料分散ペースト52.4部(固形分28.8部)、脱イオン水350部を加え、固形分20%のカチオン電着塗料Y−1を製造した。」

キ 「(7)被塗物の作製
以下の工程1−1〜工程2−1によって、試験板Z−1を作製した。

工程1(脱脂〜表面調整〜化成処理)
工程1−1:2.0質量%の「ファインクリーナーL4460」(日本パーカライジング株式会社製、アルカリ脱脂剤)を43℃の温度に調整し、冷延鋼板(70mm×150mm×0.8mm)を120秒間浸漬して脱脂処理を行った。
工程1−2:常温の「プレパレン4040N」(日本パーカライジング(株)製、表面調整剤)の0.15%水溶液に、上記鋼板を30秒間浸漬して表面調整を行い、次いで、純水を用いて30秒間スプレー水洗した。
工程1−3:上記化成処理液X−1を43℃の温度に調整し、上記鋼板を120秒間浸漬して化成処理を行った。
工程2(水洗)
工程2−1:工程1で得られた化成処理皮膜を形成した鋼板を、純水に120秒間浸漬して水洗を行った。」

ク 「(8)塗膜抵抗の測定
上記のカチオン電着塗料Y−1及びジルコニウム化成皮膜処理を施した被塗物を用い、本件特許(特許6718301号)の段落【0065】に記載の下記「塗膜抵抗」の手順に従って塗膜抵抗を測定し、増加率を算出した。」

ケ 「塗膜抵抗(特許6718301号の段落【0065】)
ジルコニウム化成皮膜処理を施した被塗物の裏面をガムテープでマスキングする。
極板/被塗物比を1/4、極間距離を150mmとして、カチオン電着塗料Y−1に被塗物を全没させる。カチオン電着塗料Y−1の浴液温度を30℃とし、撹拌下に荷電圧30Vで1秒単位の塗装を行ない、式(1)から、塗膜の焼付後の膜厚が所定の厚さ(3μm及び6μm)に達した時の塗膜抵抗[kΩ・cm2]を求めた。結果を表1に示す。
R=V×S×(1/Af−1/Ai)・・・式(1)
式中、
R :塗膜抵抗(KΩ・cm2)
V :極間電圧(V)
Ai:初期電流値(A)
Af:最終電流値(A)
S :被塗面積(cm2)

(表1)



コ 「(9)塗膜抵抗の増加率の算出
上記(8)の結果から、塗膜の焼付後の膜厚が3μmに達したときの塗膜抵抗(R3)から6μmに達したときの塗膜抵抗(R6)の増加率を、以下の式
増加率(%/μm)=((R6))/(R3))×100/3
によって算出した。
増加率(%/μm)は、54.0%/μmであった。」

(5)甲5に記載された事項
甲5は、申立人従業者久保田健太郎により令和3年8月10日付けで作成されたものであって、以下の内容が記載されている。
すなわち、甲5は、甲3の実施例11Aに記載された試験板11Aの製造過程において、工程2で用いられる電着塗料のジルコニウム金属濃度がIPC分析法によって測定して約0.03g/lとなった時点の電着塗料1Aを用い、ジルコニウム化成皮膜処理を施した被塗物をかかる電着塗料1Aに全没させて得られる塗膜の焼付後の膜厚が3μmに達したときの塗膜抵抗(R3)の測定値が「41kΩ・cm2」であって本件発明1で特定される「10〜111kΩ・cm2」の範囲にあり、かつ、該膜厚が6μmに達したときの塗膜抵抗(R6)の測定値が「65kΩ・cm2」であって本件発明1で特定される「40〜400kΩ・cm2」の範囲にあり、また、塗膜の焼付後の膜厚が3μmに達したときの塗膜抵抗(R3)から6μmに達したときの塗膜抵抗(R6)の増加率の計算値が「52.8%/μm」であって本件発明2で特定される「50〜700%/μm」の範囲にあり、いずれも本件発明の特定事項を満たすものであることを立証しようとするものとなっている。

ア 「5.実験の内容
以下において、「部」及び「%」は「質量部」及び「質量%」である。
(1)化成処理剤Bの製造(甲第3号証の製造例36A)
ヘキサフルオロジルコニウム酸、硝酸アルミニウム及び硝酸カルシウムを用いて、金属元素としてジルコニウムが2000ppm、アルミニウムが100ppm、カルシウムが100ppmになるように配合し、フッ化水素酸とアンモニアを用いてpHが4となるように調整した。
具体的には、脱イオン水1000g、ヘキサフルオロジルコニウム酸4544mg、硝酸アルミニウム789mg、及び硝酸カルシウム410mgを含有した溶液を作成し、次いでフッ化水素酸とアンモニアを用いてpHを4に調整した。」

イ 「(2)アミノ基含有エポキシ樹脂No.1Aの製造(甲第3号証の製造例1A)
温度計、環流冷却器、及び攪拌機を備えた内容積2リットルのセパラブルフラスコに、jER828EL(ジャパンエポキシレジン株式会社製、商品名、エポキシ樹脂)602部に、ビスフェノールA 178部、PEG−400(三洋化成工業株式会社製、商品名、ポリエチレングリコール、分子量400)107部とジメチルベンジルアミン0.2部とを加え、170℃でエポキシ当量が800になるまで反応させた。
次に、エチレングリコールモノブチルエーテル250部とジエタノールアミン113部を加え、120℃で4時間反応させ、樹脂固形分80質量%のアミノ基含有エポキシ樹脂溶液No.1Aを得た。得られたアミノ基含有エポキシ樹脂は、アミン価60mgKOH/g、数平均分子量1,900、ポリオキシアルキレン鎖の割合(%)は10質量%であった。」

ウ 「(3)硬化剤No.1Aの製造(甲第3号証の製造例17A)
イソホロンジイソシアネート222部にメチルイソブチルケトン44部を加え、70℃に昇温した。その後、メチルエチルケトキシム174部を2時間かけて滴下して、この温度を保ちながら経時でサンプリングして赤外吸収スペクトル測定にて未反応のイソシアネートの吸収がなくなったことを確認し、樹脂固形分90%のブロック化ポリイソシアネート化合物の硬化剤No.1Aを得た。」

エ 「(4)エマルションNo.1Aの製造(甲第3号証の製造例18A)
上記(2)にて得た樹脂固形分80%のアミノ基含有エポキシ樹脂No.1Aを87.5部(固形分70.0部)、上記硬化剤No.1Aを33.3部(固形分30.0)及び10%蟻酸10.7部を混合し、均一に撹拌した後、脱イオン水181部を強く撹拌しながら約15分かけて滴下し、固形分32.0%のエマルションNo.1Aを得た。」

オ 「(5)顔料分散用樹脂の製造(甲第3号証の製造例33A)
jER828EL(ジャパンエポキシレジン株式会社製、商品名、エポキシ樹脂)1010部に、ビスフェノールAを390部、プラクセル212(ポリカプロラクトンジオール、ダイセル化学工業株式会社、商品名、重量平均分子量約1,250)240部及びジメチルベンジルアミン0.2部を加え、130℃でエポキシ当量が約1090になるまで反応させた。
次に、ジメチルエタノールアミン134部及び濃度90%の乳酸水溶液150部を加え、120℃で4時間反応させた。次いで、メチルイソブチルケトンを加えて固形分を調整し、固形分60%のアンモニウム塩型樹脂系の顔料分散用樹脂を得た。」

カ 「(6)顔料分散ペーストNo.1Aの製造(甲第3号証の製造例34A)
上記(5)で得た固形分60%の顔料分散用樹脂8.3部(固形分5.0部)、JR−600E(テイカ株式会社製、商品名、チタン白)14.0部(固形分14.0部)、カーボンMA−7(三菱化成株式会社製、商品名、カーボンブラック)0.3部(固形分0.3部)、ハイドライトPXN(ジョージアカオリン株式会社製、商品名、カオリン)9.7部(固形分9.7部)、ジオクチル錫オキサイド1.0部(固形分1.0部)及び脱イオン水23.3部を混合分散し、固形分55質量%の顔料分散ペーストNo.1Aを得た。」

キ 「(7)電着塗料No.1Aの製造(甲第3号証の製造例37A)
上記(4)で得た固形部32%のエマルションNo.1Aを312.5部(固形分100.0部)、上記(6)で得た55%顔料分散ペーストNo.1Aを54.5部(固形分30.0部)及び脱イオン水283.0部を混合して固形分20%の電着塗料No.1Aを得た。」

ク 「(8)試験板No.11Aの製造(甲第3号証の実施例11A)
以下の「工程1〜工程3」によって、試験板No.11Aを得た。
工程1(前処理):冷延鋼板(70mm×150mm×0.8mm)を2質量%「ファインクリーナーL4460」(日本パーカライジング株式会社製、アルカリ脱脂剤)を43℃に調整し、120秒間浸漬処理した。
プレパレン4040N(日本パーカライジング(株)製表面調整剤)の0.15%水溶液に、常温で30秒間浸漬処理することによって表面調整した。次いで、水道水によって30秒間スプレー水洗した。
上記(1)で得られた「化成処理剤B」を40℃に調整して120秒間浸漬して処理した。その後、水洗(工業用水洗と上水水洗及び純水水洗の全てを行わない)を施すことなく、電着塗装工程に搬送した。
工程2(電着工程):28度に調整した電着塗料No.1Aの浴に浸漬して、250Vで180秒間(30秒にて昇電圧)にて電着塗装を行った。工程1と工程2の操作を繰り返し、電着塗料中のジルコニウム金属濃度をICP分析法(注1)によって測定して約0.03g/lとなった時点で、工程3へ移行した。
工程3(焼付け乾燥):電気乾燥機によって170℃で20分間焼付けし、乾燥膜厚20μmを得た。
(注1)ICP分析法:島津製作所製、型式「ICPS−8000」を用いてICP分析法(誘導プラズマ発光分析法)により電着塗料中の金属元素濃度を求めた。」

ケ 「(9)塗膜抵抗の測定(甲第3号証の実施例11A)
上記のジルコニウム金属濃度が約0.03g/lとなった電着塗料No.1A及びジルコニウム化成皮膜処理を施した被塗物を用い、本件特許(特許第6718301号)の段落【0065】に記載の下記[塗膜抵抗]の手順に従って塗膜抵抗を測定した。
[塗膜抵抗]
ジルコニウム化成処理を施した被塗物の裏面をガムテープでマスキングする。極板/被塗物比を1/4、極間距離を150mmとして、ジルコニウム金属濃度が約0.03g/lとなった電着塗料No.1A(カチオン電着塗料組成物)に被塗物を全没させる。撹拌下に荷電圧30Vの1秒単位の塗装を行ない、式(1)から、塗膜の焼付後の膜厚が所定の厚さ(3μm及び6μm)に達した時の塗膜抵抗[kΩ・cm2]を求めた。結果を表1に示す。
R=V×S×(1/Af−1/Ai)・・・式(1)
式中、
R :塗膜抵抗(kΩ・cm2)
V :極間電圧(V)
Ai:初期電流値(A)
Af:最終電流値(A)
S :被塗面積(cm2)
(表1)



コ 「(10)塗膜抵抗の増加率の算出
上記(9)の塗膜抵抗の結果から、塗膜の焼付後の膜厚が3μmに達したときの塗膜抵抗(R3)から6μmに達したときの塗膜抵抗(R6)の増加率を、以下の式
増加率(%/μm)=((R6)/(R3))×100/3によって算出した。
増加率(%/μm)は、52.8%/μmであった。」

第6 当審の判断
当審は、特許権者が提出した令和3年6月19日差出の意見書及び訂正請求書、並びに申立人が提出した令和3年8月13日付け申立人意見書を踏まえて本件発明の内容を検討した結果、以下のとおり、当審から令和3年5月24日付けで通知をした取消理由は解消するとともに、特許異議申立書に記載した特許異議申立ての理由によっても、本件特許の請求項1〜4に係る特許を取り消すことはできないと判断した。
なお、以下において申立理由1(新規性進歩性)は、それを採用した上で通知をした取消理由1、2(新規性進歩性)とまとめて検討を行っている。

1 取消理由1、2(申立理由1)(新規性進歩性)について
(1)本件発明1について
ア 甲1に記載された発明
(ア)甲1に記載された発明が解決しようとする課題及び課題を解決するための手段
甲1に記載された発明が解決しようとする課題は、【0008】(上記第5の2(1)ウ)に記載されるとおり、「省工程化・省スペース化が可能となる複層皮膜形成方法を提供することであって、化成処理後に水洗工程の一部又は全部を省略したとしても、電着塗装性に影響を及ぼさず、仕上がり性と防食性に優れる塗装物品を提供すること」と把握される。
また、甲1に記載された発明の上記課題を解決する手段は、【0012】(上記第5の2(1)エ)記載の「水洗工程の一部又は全部を省略した場合、化成処理液に含まれるナトリウムイオン、さらにカリウムイオンなどの陽イオンが金属被塗物の表面に付着した状態でカチオン電着塗料を用いて電着塗装すると、電着塗料の塗着、成膜化を阻害することになり、仕上がり性及び/又は防食性が劣る結果になると考えられる。」との説明を踏まえると、請求項1(上記第5の2(1)ア)に
「金属被塗物に化成処理皮膜と電着塗装皮膜を形成する以下の工程、
工程1:金属被塗物を化成処理液に浸漬して化成処理皮膜を形成する工程、
工程2:カチオン電着塗料を用いて上記金属被塗物を電着塗装して電着塗装皮膜を形成する工程
を含む複層皮膜形成方法において、
上記化成処理液におけるナトリウムイオン含有量が、質量基準で500ppm未満であることを特徴とする複層皮膜形成方法。」
と記載されるとおりのものと理解することができる。

(イ)甲1に記載された発明の認定
a 特許請求の範囲における請求項1,4の記載(上記第5の2(1)ア及びイ)を総合すると、特許請求の範囲には、
「金属被塗物に化成処理皮膜と電着塗装皮膜を形成する以下の工程、
工程1:金属被塗物を化成処理液に浸漬して化成処理皮膜を形成する工程、
工程2:カチオン電着塗料を用いて上記金属被塗物を電着塗装して電着塗装皮膜を形成する工程
を含む複層皮膜形成方法において、
上記化成処理液におけるナトリウムイオン含有量が、質量基準で500ppm未満であり、
上記化成処理液が、ジルコニウム、チタン、コバルト、アルミニウム、バナジウム、タングステン、モリブデン、銅、亜鉛、インジウム、ビスマス、イットリウム、鉄、ニッケル、マンガン、ガリウム、銀及びランタノイド金属から選ばれる少なくとも1種の金属化合物からなる少なくとも1種の金属化合物成分(M)を合計金属量(質量換算)で30〜20,000ppm含有する複層皮膜形成方法。」
が示されている。

b また、【0095】、【0097】、【0101】〜【0109】、【0097】、及び【0114】の記載(上記第5の2(1)ケ、コ及びシ)から把握される実施例1の試験板の作製方法は、上記aの特許請求の範囲に示された複層皮膜形成方法の具体例となっており、このうち、
(a)特に【0095】(上記第5の2(1)ケ)の記載から、化成処理液X−1は、pHが3.8、金属元素としてジルコニウムイオンが500ppm、アルミニウムイオンが100ppm、ナトリウムイオンが80ppm、カリウムイオンが80ppm、カルシウムイオンが80ppmであることが理解でき、
(b)また、特に【0101】〜【0106】(上記第5の2(1)コ)の記載から、カチオン電着塗料Y−1は、アミノ基含有エポキシ樹脂A−1 87.5部(固形分70部)、ブロック化ポリイソシアネートB−1 37.5部(固形分30部)、顔料分散ペースト52.4部(固形分28.8部)、10%酢酸13部、及び脱イオン水を混合してなる固形分20%のものであることが理解できる。

c そうすると、甲1には、実施例1に開示された技術手段から把握される以下の発明(以下「甲1発明」という。)が記載されているものと、認められる。
<甲1発明>
以下の工程1−1〜工程2−3により試験板Z−1を作製する複層皮膜形成方法。
工程1(脱脂〜表面調整〜化成処理)
工程1−1:2.0質量%の「ファインクリーナーL4460」(日本パーカライジング株式会社製、アルカリ脱脂剤)を43℃の温度に調整し、冷延鋼板(70mm×150mm×0.8mm)を120秒間浸漬して脱脂処理を行った。
工程1−2:常温の「プレパレン4040N」(日本パーカライジング(株)製、表面調整剤)の0.15%水溶液に、上記鋼板を30秒間浸漬して表面調整を行い、次いで、純水を用いて30秒間スプレー水洗した。
工程1−3:pHが3.8、金属元素としてジルコニウムイオンが500ppm、アルミニウムイオンが100ppm、ナトリウムイオンが80ppm、カリウムイオンが80ppm、カルシウムイオンが80ppmとなる化成処理液X−1を43℃の温度に調整し、上記鋼板を120秒間浸漬して化成処理を行った。
工程2(水洗〜電着塗装〜焼き付け乾燥)
工程2−1:工程1で得られた化成処理皮膜を形成した鋼板を、純水に120秒間浸漬して水洗を行った。
工程2−2:アミノ基含有エポキシ樹脂A−1 87.5部(固形分70部)、ブロック化ポリイソシアネートB−1 37.5部(固形分30部)、顔料分散ペースト52.4部(固形分28.8部)、10%酢酸13部、及び脱イオン水を混合してなる固形分20%のカチオン電着塗料Y−1を28℃の温度に調整し、上記鋼板を該カチオン電着塗料の浴に浸漬し、250V、180秒間(30秒にて昇電圧)の条件で電着塗装を行った。
工程2−3:上記鋼板を、上水を用いて1回、純水を用いて1回、それぞれ120秒間浸漬して水洗を行い、次いで、電気乾燥機によって170℃で20分間焼き付け乾燥をして、乾燥膜厚20μmの複層皮膜を形成した試験板Z−1を得た。

イ 本件発明1と甲1発明との一致点・相違点
本件発明1と甲1発明とを対比する。
(ア)甲1発明の「工程1」(=工程1−1〜1−3)により、ジルコニウムイオンを含む化成処理液X−1(工程1−3)を用いて化成処理された冷延鋼板は、本件発明1の「ジルコニウム化成皮膜処理を施した被塗物」に相当する。

(イ)甲1発明の「アミノ基含有エポキシ樹脂A―1」(工程2−2に記載)及び「ブロック化ポリイソシアネートB−1」(工程2−2に記載)は、それぞれ本件発明1の「アミン変性エポキシ樹脂(A)」及び「ブロックイソシアネート硬化剤樹脂(B)」に相当する。

(ウ)そして、甲1発明の「カチオン電着塗料Y−1」(工程2−2に記載)は「アミノ基含有エポキシ樹脂A―1」及び「ブロック化ポリイソシアネートB−1」を含むものであるから、本件発明1の「アミン変性エポキシ樹脂(A)及びブロックイソシアネート硬化剤樹脂(B)を構成成分として含」む「カチオン電着塗料組成物」に相当する。

(エ)さらに、甲1発明の「工程2」(=工程2−1〜2−3)が最後に実施されて達成する「試験板Z−1を作製する複層皮膜形成方法」は、本件発明1の「ジルコニウム化成皮膜処理を施した被塗物にカチオン電着塗料組成物を塗装する方法」及び「カチオン電着塗料組成物を使用して塗装する」方法に相当する。

(オ)そうすると、上記(ア)〜(エ)より、本件発明1と甲1発明とは、以下の一致点、及び相違点を有する。
[一致点1]
ジルコニウム化成皮膜処理を施した被塗物にカチオン電着塗料組成物を塗装する方法において、アミン変性エポキシ樹脂(A)及びブロックイソシアネート硬化剤樹脂(B)を構成成分として含むカチオン電着塗料組成物を使用して塗装する方法。

[相違点1]
「カチオン電着塗料組成物」に関し、本件発明1には、「被塗物に対して均一に塗装して得られる塗膜の焼付後の膜厚が3μmに達したときの塗膜抵抗(R3)が10〜111kΩ・cm2であり、かつ、6μmに達したときの塗膜抵抗(R6)が40〜400kΩ・cm2であることを満たす」との特性に関する特定がなされているのに対し、甲1発明には、これに相当する「カチオン電着塗料Y−1」の特性に関する特定はなされておらず、本件発明1の上記のような特性を満たすか否かが不明な点。

ウ 相違点1に関する判断
(ア)相違点1が実質的な相違点であること
相違点1について検討すると、上記第5の2(4)に示すとおり、甲4は、甲1の実施例1において、塗膜の焼付後の膜厚が3μmに達したときの塗膜抵抗(R3)の測定値が「179kΩ・cm2」であって訂正前の本件発明1で特定される「10〜200kΩ・cm2」の範囲にあることを立証しようとする内容のものであるが、逆にいえば、訂正後の本件発明1で特定されるR3に関する「10〜111kΩ・cm2」の範囲が実現されないことを、当該測定値により立証するに等しい内容となっている。
よって、少なくとも塗膜の焼付後の膜厚が3μmに達したときの塗膜抵抗(R3)に関し、相違点1は実質的な相違点と判断される。

(イ)相違点1の特定事項が甲1発明から当業者が容易に想到しえたといえないものであること
a 本件明細書の記載によれば、本件発明1は、
(a)【0017】に「ジルコニウム化成処理は、リン酸亜鉛化成処理に比べて、化成処理膜の膜厚が薄いため、化成処理膜自体の抵抗値が低い。そのため、ジルコニウム化成処理では、電着初期段階における塗膜抵抗値の絶対値及び増加が電着塗膜のつきまわり性と塗膜外観により大きい影響を持つ。本発明は、かかる知見に基づいてジルコニウム化成処理を施した被塗物に対して使用するカチオン電着塗料組成物として好適な電着初期段階における塗膜抵抗値の範囲を提案するものである。」と記載され、(b)また、【0033】に「膜厚3μm及び6μmでの塗膜抵抗は、カチオン電着工程の極めて初期における塗膜抵抗に相当する。本発明者は、この極めて初期の塗膜抵抗が、比較的低い特定の範囲にあり、さらにこの極めて初期での塗膜抵抗の増加が特定の範囲にあるカチオン電着塗料組成物を使用することによって、ジルコニウム化成皮膜処理を施した被塗物に対する塗装において、つきまわり性、塗膜の平滑性、膜厚保持性、及び耐ガスピンホール性の全てを高いレベルで達成できることを見出した。」と記載される
技術思想により、【0007】記載の「ジルコニウム化成皮膜処理を施した被塗物に対してカチオン電着塗料組成物を塗装する方法において、つきまわり性、塗膜の平滑性、膜厚保持性、及び耐ガスピンホール性の全てを高いレベルで達成することができる方法を提供する」との課題を解決した発明と理解できる。

b そして、本件明細書の【0066】の表10及び【0073】の表11には、相違点1の特定事項、すなわち、「被塗物に対して均一に塗装して得られる塗膜の焼付後の膜厚が3μmに達したときの塗膜抵抗(R3)が10〜111kΩ・cm2であり、かつ、6μmに達したときの塗膜抵抗(R6)が40〜400kΩ・cm2であることを満たす」実施例1、3〜9においては、課題に係る性能全てにおいて優れた結果が得られる一方、上記相違点1の特定事項を満たさない比較例1〜4においては、課題に係る性能の少なくとも一つが劣る結果(【0074】参照)が得られていることから、相違点1の特定事項が課題解決に対応した効果を奏することも、裏付けされているといえる。

c また、相違点1に係る塗膜抵抗は、本件明細書【0037】に「具体的には、析出塗膜の硬さ、析出塗膜の樹脂成分の粘弾性、塩基性度、析出塗膜に含まれる溶剤の種類、量、析出塗膜の顔料濃度などの析出した未硬化状態の塗膜の物性値を調整すると、塗膜抵抗が上下に変動するので、これらを実験的に調整して確認することにより塗膜抵抗の条件を満たしたカチオン電着塗料を得ることができる。」と説明される点を考慮の上、必要に応じ、【0038】に記載された、これら要因による塗膜抵抗のおおよその変動傾向や、実施例1、3〜9にどのようなカチオン電着塗料組成物が具体的に用いられているかも参考に調整することで、実現できることが理解される。

d これに対し、甲1発明が解決しようとする課題は、上記第5の2(1)ウの【0008】記載のように、「省工程化・省スペース化が可能となる複層皮膜形成方法を提供することであって、化成処理後に水洗工程の一部又は全部を省略したとしても、電着塗装性に影響を及ぼさず、仕上がり性と防食性に優れる塗装物品を提供すること」と認められるが、本件発明の課題のように、「つきまわり性、塗膜の平滑性、膜厚保持性、及び耐ガスピンホール性の全てを高いレベルで達成することができる」という性能の同時向上を図るものではないし、また、甲1発明は、課題解決手段として、電着初期段階における塗膜抵抗値に着目する技術思想を有するものでもないから、甲1発明及び甲1に記載された事項に基づいて、相違点1の特定事項を実現する動機がなく、すなわち、当業者といえども、相違点1の特定事項を容易になしえたものとはいえない。

エ 取消理由1、2(新規性進歩性)が維持できないことについて
(ア)当審は、令和3年5月24日付け取消理由通知書(当審注:取消理由通知書記載の「本件特許発明1」は、以下、「本件発明1」と読替を行っている。)において、申立理由1を採用し、取消理由1、2(新規性進歩性)を通知した。

(イ)しかしながら、本件訂正により、上記ウ(ア)で判断したとおり、本件発明1と甲1発明とは、実質的な相違点1を有するものとなったため、取消理由1(新規性)は維持できない。

(ウ)また、取消理由2(進歩性)に関しては、上記取消理由通知書の第4の1(2)イ(カ)(第30頁)において、
a 「甲1発明の「カチオン電着塗料Y−1」の成分条件をもとに、電着塗装性及び仕上がり性の両立が図れる範囲で設計変更を行うことは、当業者が適宜なし得たことであって、その結果として、相違点1に係る本件発明1の被塗物に対して均一に塗装して得られる塗膜の焼付後の膜厚が3μmに達したときの塗膜抵抗(R3)の範囲及び6μmに達したときの塗膜抵抗(R6)の範囲を満たす甲1発明以外の「カチオン電着塗料組成物」が得られる蓋然性も高いといえる。」とも、
b 「甲1発明が奏する効果は、…(略)…甲1の【0011】に「本発明の複層皮膜形成方法は、化成処理後に水洗工程の一部又は全部を省略したとしても、電着塗装性に影響を及ぼさず、仕上がり性や防食性に優れた塗装物品が得られる方法である。本発明の複層皮膜形成方法は、特定の化成処理液を用いることで水洗工程の一部又は全部を省略することができる為、省工程化・省スペース化が可能となり、また、排水処理の各種設備や廃棄物を削減することができる。」と記載されるとおりのものであり、このうちの「防食性」なる観点は、本件発明1が奏する効果と明らかに共通しており、かつ、「電着塗装性」及び「仕上がり性」なる観点も、それぞれ本件発明1が奏する効果における「つきまわり性」及び「塗膜の平滑性」なる観点と実質共通するといえるから、本件発明1が奏する効果は、甲1発明が奏する効果に比べて異質なものとはいえない。」
とも判断した上で、進歩性に関する取消理由を通知した。

(エ)しかしながら、本件訂正により本件発明1と甲1発明とは、上記ウ(ア)のように実質的な相違点を有するものとなった上に、両者には、上記ウ(イ)dのような課題や技術思想の差異も存在するから、甲1発明を、甲1に記載された事項に基づき「電着塗装性及び仕上がり性の両立が図れる範囲で設計変更」しようとしたところで、もはや当業者といえども、相違点1の特定事項を容易になしえたとはいえず、取消理由2(進歩性)も維持できない。

(オ)よって、本件発明1に対し、令和3年5月24日付け取消拒絶理由通知書における、取消理由1、2(新規性進歩性)は維持できない。

オ 甲1発明と他の甲号証記載の発明との組み合わせの可能性に関する検討
(ア)甲1発明と他の甲号証記載の発明との組み合わせの可能性について
また、進歩性の観点から、相違点1の特定事項について、甲1発明と他の甲号証に記載された発明とを組み合わせることによって実現できる可能性についても確認しておくと、以下のように判断できる。
a 甲2及び甲3に記載された発明は、後記するように本件発明1と対比した際、それぞれ少なくとも相違点1と同様の実質的な相違点を有するものであるから、当業者といえども、甲1発明との組み合わせにより、相違点1の特定事項を実現できる余地はない。
b また、甲4及び甲5は、それぞれ甲1及び甲3に記載された発明に関する本件特許についての出願後に作成された実験成績証明書であるから、内容について検討するまでもなく、本件発明1の進歩性を否定する証拠方法足り得ない。

(イ)小括
以上のとおり、相違点1に係る特定事項は、甲1発明と他の甲号証に記載された事項とを組み合わせることによっても、当業者が容易になしえたものとはいえない。

カ 甲1発明以外の発明を甲1に記載された発明として抽出した場合についての検討
さらに、甲1に記載された発明として、仮に実施例1以外の他の実施例をもとにして把握される発明などの甲1発明以外の発明内容を抽出するとした場合でも、少なくとも本件発明1との対比において相違点1と同様の塗膜抵抗に関する相違点が存在し、かつ、そのような塗膜抵抗に関する相違点が実質的な相違点でないといえるような特段の裏付け(たとえば、本件明細書記載の実施例と全く同じ組成の塗膜を同じ条件で電着させているなど、甲1に記載された発明の塗膜抵抗が相違点1の特定事項を実質満たすといえる証拠。)も見出せないこと、また、甲1には、上記ウ(イ)dのような本件発明1と同じ課題や技術思想が記載も示唆もされていないことからして、甲1発明を抽出した場合と同様に、本件発明1の新規性進歩性を否定することはできないものと結論される。

キ 申立人の主張について
申立人は、本件発明1について、特許異議申立書において上記第4の1(1)の申立理由1(新規性進歩性)を主張し、また、申立人意見書において、令和3年5月24日付けで通知をした取消理由1(新規性)及び取消理由2(進歩性)が依然として解消していないと主張するので、以下に検討する。

(ア)申立人意見書における申立人の主張について
a 取消理由1(新規性)が解消していないとの主張について
(a)申立人は、申立人意見書4.(3)アにおいて、
「甲第1号証の段落0063〜0069、0072、0073、0082には、カチオン電着塗料を構成する樹脂成分に相当するアミノ基含有エポキシ樹脂(A)及びブロック化ポリイソシアネート(B)として、種々のものを用いることができることが記載されています。これらは、技術常識を踏まえると、樹脂成分のガラス転移点、分子量、アミン変性樹脂のアミン種・量を調整することに実質相当します。
また、甲1号証の段落0091には、カチオン電着塗料の固形分濃度を調整すること、浴温を調整することについても記載されており、これらは、技術常識を踏まえると、顔料濃度の調整に実質的に相当し、浴液温度を調整することによる樹脂の粘弾性の調整に相当します。例えば、浴液温度を高くすることで、塗膜が柔らかくなり、樹脂の粘弾性が低くなることが明らかです。」
とした上で、甲1には、「カチオン電着塗料組成物の塗膜の焼付後の膜厚が3μmに達したときの塗膜抵抗(R3)の値を下に変動することが実質的に記載」されており、「10〜111kΩ・cm2の範囲内とすることも実質的に記載されている」として、本件発明1は、甲1に記載された発明であり、依然として取消理由通知書に記載した取消理由1(新規性)を解消していない旨を主張する。

(b)しかしながら、申立人の上記(a)の主張は、甲1に記載された発明の複層皮膜形成方法が、カチオン電着塗料組成物を使用した塗装方法として、塗膜抵抗に関する相違点1の特定事項を実現しているかを実測した上での主張でもなく、また、たとえば、本件発明1に対応して本件明細書に示される実施例と同じカチオン電着塗料組成物が甲1においても使われているなど、甲1に記載された発明の複層皮膜形成方法が、カチオン電着塗料組成物を使用した塗装方法として、塗膜抵抗に関する相違点1の特定事項を実現していることを、間接的に明らかにする主張でもないから、本件発明1が甲1に記載された発明であるといえるかどうかは、不明というほかなく、かかる主張は採用できない。

b 取消理由2(進歩性)が解消していないとの主張について
(a)申立人は、申立人意見書4.(3)イにおいて、それぞれ以下のような点を主張した上で、本件発明1は、依然として取消理由通知書に記載した取消理由2(進歩性)を解消していない旨を主張する。
i 本件発明1の甲1に基づく容易想到性について、
「仮に、甲第1号証には、カチオン電着塗料組成物の塗膜の焼付後の膜厚が3μmに達したときの塗膜抵抗(R3)の値を10〜111kΩ・cm2の範囲内とすることが記載されているということが困難であったとしても、甲第1号証に記載されているカチオン電着塗料において、析出塗膜の硬さ、析出塗膜の樹脂成分の粘弾性、塩基性度、析出塗膜に含まれる溶剤の種類、量、析出塗膜の顔料濃度等の析出した未硬化状態の塗膜の物性値を調整することで、結果としてR3の値の範囲を調整し、10〜111kΩ・cm2の範囲内とすることは、当業者が適宜なし得ることにすぎません」と主張している点。
ii 本件発明1の効果について、
「本件特許明細書の表11に示されるように、実施例1、3〜9と、参考例2とを対比しても、電着塗膜のつきまわり性、塗膜の平滑性、膜厚保持性及び耐ガスピンホール性の点」
で、格別顕著なものであるということはできないと主張している点。
iii 本件発明1の効果について、
「甲第3号証の実施例11Aについて、実験成績証明書(甲第3号証の筆頭発明者である久保田健太郎作成:甲第5号証として提出)に記載されているように、被塗物に対して均一に塗装して得られる塗膜の焼付後の膜厚が3μmに達したときの塗膜抵抗(R3)が41kΩ・cm2であり、かつ、6μmに達したときの塗膜抵抗(R6)が65kΩ・cm2となります。これらR3及びR6の値は、いずれも、本件特許発明1で規定されるR3の範囲内であり、かつ、R6の範囲内にあることが明らかです。
また、上記甲第3号証の実施例11Aは、化成処理後に水洗を行わないで電着塗装を行うものでありますが、甲第3号証には、化成処理後に水洗を行う以外は実施例11Aと同じ工程(及び塗料)により電着塗装を行う比較例18Aも開示されています。そうすると、甲第3号証の比較例18AにおけるR3及びR6の値は、甲第3号証の実施例11Aと同様に、本件特許発明1で規定されるR3の範囲内であり、かつ、R6の範囲内にあることが明らかです。」
と述べた上で、R3の数値範囲を「10〜111kΩ・cm2」としたところで、顕著な効果が得られるものでもないとも主張している点。

(b)しかしながら、甲1発明及び甲1に記載された事項に基づいて、相違点1の特定事項を実現する動機がなく、すなわち、当業者といえども、相違点1の特定事項を容易になしえたものとはいえないことは、上記ウ(イ)dで判断したとおりであり、これに反する申立人の上記(a)iの主張は採用できない。また、そのように相違点1の特定事項を実現する動機がない以上、申立人による本件発明1の効果に関する上記(a)ii及びiiiの主張も、上記ウ(イ)dの判断を何ら左右するものでなく、採用できない。

c 申立人意見書における申立人の主張についての検討のまとめ
以上のとおりであるから、申立人意見書における、取消理由1(新規性)及び取消理由2(進歩性)が依然として解消していないとの申立人の主張は、いずれも採用できない。

(イ)特許異議申立書に記載された申立理由1(新規性進歩性)について
上記(ア)の申立人意見書における申立人の主張は、本件訂正請求の内容にも対応しながら、特許異議申立書に記載された申立理由1(新規性進歩性)の主張を踏まえた上でなされたものであり、本件発明1について、特許異議申立書に記載された申立理由1(新規性進歩性)を直接検討するにあたり、上記(ア)で検討したこと以外に新たに検討すべき点は、特に見当たらない。
よって、本件発明1に関して、特許異議申立書に記載された申立理由1(新規性進歩性)の申立人の主張も、採用できない。

ク 本件発明1についての検討のまとめ
よって、本件発明1は、甲1に記載された発明であるとも、甲1に記載された発明と甲1〜3に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものともいえない。

(2)本件発明2〜4について
本件発明2〜4は、いずれも本件発明1を直接または間接的に引用し、減縮する内容のものである。そして、本件発明2〜4と甲1発明とを対比すると、それぞれの相違点には、相違点1と同じ相違点が含まれるから、上記アと同様の検討を行うことにより、本件発明2〜4は、甲1に記載された発明であるとも、甲1に記載された発明と甲1〜3に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものともいえない。
また、申立人意見書における、取消理由1(新規性)及び取消理由2(進歩性)に関する意見、及び特許異議申立書に記載された申立理由1(新規性進歩性)も、上記(1)キのとおり本件発明1について採用できないのと同様、本件発明2〜4についても採用できない。

(3)取消理由1、2(申立理由1)(新規性進歩性)についてのまとめ
したがって、本件発明1〜4に係る特許は、取消理由通知に記載した取消理由1(新規性)及び取消理由2(進歩性)によっては取り消すことができないから、当該取消理由は解消した。

2 取消理由通知において採用しなかった特許異議の申立ての理由について
2−1 申立理由2(新規性進歩性)について
(1)本件発明1について
ア 甲2に記載された発明
(ア)甲2に記載された発明が解決しようとする課題及び課題を解決するための手段
a 甲2に記載された発明が解決しようとする課題は、【0007】(上記第5の2(2)イ)に記載されるとおり、「リン酸亜鉛やジルコニウム化合物による金属素材への化成皮膜処理工程で発生した電気抵抗ムラに対して、塗装膜厚差や仕上り外観差を軽減するために必要な析出特性を限定したカチオン電着塗料の塗装方法を提供すること」と把握される。

b また、甲2に記載された上記課題を解決する手段は、【0008】(上記第5の2(2)ウ)記載の「化成皮膜のない被塗物金属と化成皮膜のある被塗物金属の電気抵抗差を測定し、その差を電着塗装の初期段階で埋めることができれば、膜厚差や仕上がり外観差を軽減することができることを見出し、本発明の完成に至った。」と、【0012】(上記第5の2(2)エ)記載の「本発明の塗装方法で使用するカチオン電着塗料は、アミン変性エポキシ樹脂(A)、ブロックイソシアネート硬化剤樹脂(B)、可塑剤(C)、及び顔料ペースト(D)が構成成分であり、被塗物に均一に塗装した塗膜の焼付後の膜厚が1μmに達したときの塗膜抵抗が15〜50kΩ・cm2であることを特徴とする。」との説明を踏まえると、請求項1(上記第5の2(2)ア)に
「アミン変性エポキシ樹脂(A)、ブロックイソシアネート硬化剤樹脂(B)、可塑剤(C)、及び顔料ペースト(D)が構成成分であり、被塗物に均一に塗装した塗膜の焼付後の膜厚が1μmに達したときの塗膜抵抗が15〜50kΩ・cm2であるカチオン電着塗料を用いて塗装することを特徴とするカチオン電着塗料の塗装方法。」
と記載されるとおりのものと理解することができる。

c そして、上記bの請求項1記載の「カチオン電着塗料の塗装方法」は、上記aの【0007】に記載されるような「ジルコニウム化合物による金属素材への化成皮膜処理」を施した「被塗物」にカチオン電着塗料を塗装する方法である場合を含む。

d そうすると、甲2には、【0007】、【0008】及び請求項1の記載から把握される以下の発明(以下「甲2発明」という。)が記載されているものと、認められる。
<甲2発明>
ジルコニウム化合物による金属素材への化成皮膜処理を施した被塗物にカチオン電着塗料を塗装する方法において、アミン変性エポキシ樹脂(A)、ブロックイソシアネート硬化剤樹脂(B)、可塑剤(C)、及び顔料ペースト(D)が構成成分であり、ジルコニウム化合物による金属素材への化成皮膜処理が施された被塗物に均一に塗装した塗膜の焼付後の膜厚が1μmに達したときの塗膜抵抗が15〜50kΩ・cm2であるカチオン電着塗料を用いて塗装するカチオン電着塗料の塗装方法。

イ 本件発明1と甲2発明との一致点・相違点
本件発明1と甲2発明とを対比する。
(ア)甲2発明の「ジルコニウム化合物による金属素材への化成皮膜処理を施した被塗物」、「カチオン電着塗料を塗装する方法」、「アミン変性エポキシ樹脂(A)、ブロックイソシアネート硬化剤樹脂(B)、可塑剤(C)、及び顔料ペースト(D)が構成成分」である「カチオン電着塗料を用いて塗装すること」は、それぞれ本件発明1の「ジルコニウム化成皮膜処理を施した被塗物」、「カチオン電着塗料組成物を塗装する方法」、「アミン変性エポキシ樹脂(A)及びブロックイソシアネート硬化剤樹脂(B)を構成成分として含」む「カチオン電着塗料組成物を使用して塗装すること」に相当する。

(イ)そうすると、上記(ア)より、本件発明1と甲2発明とは、以下の一致点、及び相違点を有する。
[一致点2]
ジルコニウム化成皮膜処理を施した被塗物にカチオン電着塗料組成物を塗装する方法において、アミン変性エポキシ樹脂(A)及びブロックイソシアネート硬化剤樹脂(B)を構成成分として含むカチオン電着塗料組成物を使用して塗装する方法。

[相違点2]
本件発明1には、「カチオン電着塗料組成物」に関し、「被塗物に対して均一に塗装して得られる塗膜の焼付後の膜厚が3μmに達したときの塗膜抵抗(R3)が10〜111kΩ・cm2であり、かつ、6μmに達したときの塗膜抵抗(R6)が40〜400kΩ・cm2であることを満たす」との特性に関する特定がなされているのに対し、甲2発明には、「カチオン電着塗料」に関し、「被塗物に均一に塗装した塗膜の焼付後の膜厚が1μmに達したときの塗膜抵抗が15〜50kΩ・cm2である」との特定こそなされているものの、本件発明1の上記特性を満たすか否かがは不明である点。

ウ 相違点2に関する判断
(ア)相違点2が実質的な相違点であること
相違点2について検討すると、甲2発明のように「被塗物に均一に塗装した塗膜の焼付後の膜厚が1μmに達したときの塗膜抵抗が15〜50kΩ・cm2である」「カチオン電着塗料」が、本願発明1の「被塗物に対して均一に塗装して得られる塗膜の焼付後の膜厚が3μmに達したときの塗膜抵抗(R3)が10〜111kΩ・cm2であり、かつ、6μmに達したときの塗膜抵抗(R6)が40〜400kΩ・cm2である」との関係を必然的に満たすといえるかどうかは、実験的に証明されているものでもない。
よって、相違点2は実質的な相違点である。

(イ)相違点2の特定事項が甲2発明から当業者が容易に想到しえたといえないものであること
a 上記1(1)ウ(イ)a〜cで、本件発明1に関わる本願明細書の記載内容を検討したように、相違点2の特定事項は、「電着初期段階における塗膜抵抗値の絶対値及び増加が電着塗膜のつきまわり性と塗膜外観により大きい影響を持つ。」(【0017】)との着眼点に基づく技術思想により、「ジルコニウム化成皮膜処理を施した被塗物に対してカチオン電着塗料組成物を塗装する方法において、つきまわり性、塗膜の平滑性、膜厚保持性、及び耐ガスピンホール性の全てを高いレベルで達成することができる方法を提供する」(【0007】)との課題を解決するものである。

b これに対し、甲2発明が解決しようとする課題は、上記ア(ア)aに示したように、「リン酸亜鉛やジルコニウム化合物による金属素材への化成皮膜処理工程で発生した電気抵抗ムラに対して、塗装膜厚差や仕上り外観差を軽減するために必要な析出特性を限定したカチオン電着塗料の塗装方法を提供すること」(【0007】)と認められるが、本件発明の課題のように、「つきまわり性、塗膜の平滑性、膜厚保持性、及び耐ガスピンホール性の全てを高いレベルで達成することができる」という性能の同時向上を図るものではないし、また、甲2発明は、「電着初期段階における塗膜抵抗値の絶対値及び増加が電着塗膜のつきまわり性と塗膜外観により大きい影響を持つ。」との着眼点に基づき、本件発明1のように「塗膜の焼付後の膜厚が3μmに達したときの塗膜抵抗(R3)」と「塗膜の焼付後の膜厚が6μmに達したときの塗膜抵抗(R6)」との適切な範囲をそれぞれ特定しようとする技術思想を持つものでもないから、甲2発明及び甲2に記載された事項に基づいて、相違点2の特定事項を実現する動機がなく、すなわち、当業者といえども、相違点2の特定事項を実現することは、容易になしえたものとはいえない。

エ 甲2発明と他の甲号証記載の発明との組み合わせの可能性に関する検討
(ア)甲2発明と他の甲号証記載の発明との組み合わせの可能性について
また、進歩性の観点から、相違点2の特定事項について、甲2発明と他の甲号証に記載された発明とを組み合わせることによって実現できる可能性についても確認しておくと、以下のように判断できる。
a 甲1及び3に記載された発明は、本件発明1と対比した際、それぞれ少なくとも相違点2と同様の実質的な相違点を有するものである(このうち甲3については後記のとおり)から、当業者といえども、甲2発明との組み合わせにより、相違点2の特定事項を実現できる余地はない。
b また、甲4及び甲5は、それぞれ甲1及び甲3に記載された発明に関する本件特許についての出願後に作成された実験成績証明書であるから、内容について検討するまでもなく、甲2発明と組み合わせて本件発明1の進歩性を否定する証拠方法足り得ない。

(イ)小括
以上のとおり、相違点2に係る特定事項は、甲2発明と他の甲号証に記載された事項とを組み合わせることによっても、当業者が容易になしえたものとはいえない。

カ 甲2発明以外の発明を甲2に記載された発明として抽出した場合についての検討
さらに、甲2に記載された発明として、仮に甲2発明以外の発明内容を抽出するとした場合でも、少なくとも本件発明1との対比において相違点2と同様の塗膜抵抗に関する相違点が存在し、かつ、そのような塗膜抵抗に関する相違点が実質的な相違点でないといえるような特段の裏付け(たとえば、本件明細書記載の実施例と全く同じ組成の塗膜を同じ条件で電着させているなど、甲2に記載された発明の塗膜抵抗が相違点2の特定事項を必然的に満たすといえる証拠。)も見出せないこと、また、甲2には、上記ウ(イ)bのような本件発明1と同じ課題や技術思想が記載も示唆もされていないことからして、甲2発明を抽出した場合と同様に、本件発明1の新規性進歩性を否定することはできないものと結論される。

キ 申立人の主張について
申立人は、本件発明1について、特許異議申立書において上記第4の1(2)の申立理由2(新規性進歩性)を主張するので、以下に検討する。

(ア)甲2による新規性欠如の主張について
a 申立人は、本件発明1と甲2に記載された発明とを対比し、甲2に記載された発明は、被塗物に対して均一に塗装して得られる焼付後の膜厚が3μmに達したときの塗膜抵抗(R3)及び6μmに達したときの塗膜抵抗(R6)が、それぞれ本件発明1のように明らかでない点のみを相違点(以下、「相違点2(申立人)」という。)として挙げた上で、両者は、カチオン電着塗料組成物を構成するアミン変成エポキシ樹脂、ブロックイソシアネート硬化剤樹脂、及び顔料分散樹脂が同様の材料から得られるものである点で軌を一にしており、カチオン電着塗料組成物の構成成分の大部分が共通するものであって、甲2に記載された発明における、ジルコニウム化成被膜処理を施した被塗物塗装に用いるカチオン電着塗料組成物は、相違点2(申立人)に係る特定事項を満たすといえるから、本件発明1は甲2に記載された発明である旨を主張する。

b 上記aの主張は、両者でカチオン電着塗料組成物の構成成分として選択できる物質が種々共通しうることのみを根拠に、甲2に記載された発明においても相違点2(申立人)に係る特定事項が実質実現されるとするに等しい主張内容とも解されるが、相違点2(申立人)に係る塗膜抵抗にかかる条件は、上記1(1)ウ(イ)cで述べたのと同様、本件明細書【0037】に「具体的には、析出塗膜の硬さ、析出塗膜の樹脂成分の粘弾性、塩基性度、析出塗膜に含まれる溶剤の種類、量、析出塗膜の顔料濃度などの析出した未硬化状態の塗膜の物性値を調整すると、塗膜抵抗が上下に変動するので、これらを実験的に調整して確認することにより塗膜抵抗の条件を満たしたカチオン電着塗料を得ることができる。」と説明される点を考慮の上、必要に応じ、【0038】に記載された、これら要因による塗膜抵抗のおおよその変動傾向や、実施例1、3〜9にどのようなカチオン電着塗料組成物が具体的に用いられているかも参考に調整することによって実現できるものとされており、上記aで主張される程度の両者の共通点を以て、相違点2(申立人)に係る特定事項が必然的に実現されるとまで推定することはできない。

(イ)甲2による進歩性欠如の主張について
a 申立人は、
(a)上記(ア)aの新規性欠如の主張が採用される前提において、甲2に記載された発明の塗膜抵抗は相違点2(申立人)に係る特定事項を満たすとした上で、相違点2(申立人)に係る特定事項の塗膜抵抗の範囲とすることは、甲2に記載された発明の塗膜抵抗の範囲の好適化により当業者が適宜なし得る旨と、
(b)甲2における電着塗料の塗膜は、塗装膜厚差や仕上がり外観差が軽減され均一な外観の塗装物を得ることができ、本件発明1同様に塗膜の平滑性及び膜厚保持性に優れるものであるから、本件発明1の効果は格別顕著な効果とはいえない旨とを主張する。

b しかしながら、上記(ア)aの新規性欠如の主張が採用できないことは、上記(ア)bにおいて検討したとおりであるから、申立人の上記a(a)の主張は、その前提を欠くものであり、採用できない。
また、申立人による本件発明1の効果に関する上記a(b)の主張も、上記ウ(イ)bのように、そもそも本件発明1の特定事項を実現する動機を欠くとの判断を何ら左右するものではなく、採用できない。

(ウ)申立理由2(新規性進歩性)についての検討のまとめ
以上のとおり、本件発明1に関して、特許異議申立書に記載された申立理由2(新規性進歩性)に関わる申立人の主張も、採用できない。

ク 本件発明1についての検討のまとめ
よって、本件発明1は、甲2に記載された発明であるとも、甲2に記載された発明と甲1〜3に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものともいえない。

(2)本件発明2〜4について
本件発明2〜4は、いずれも本件発明1を直接または間接的に引用し、減縮する内容のものである。そして、本件発明2〜4と甲2に記載された発明とを対比すると、それぞれの相違点には、相違点2と同じ相違点が含まれるから、上記(ア)と同様の検討を行うことにより、本件発明2〜4は、甲2に記載された発明であるとも、甲2に記載された発明と甲1〜3に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものともいえない。
また、申立理由2(新規性進歩性)は、上記(1)キのとおり本件発明1について採用できないのと同様、本件発明2〜4についても採用できない。

(3)申立理由2(新規性進歩性)に関する検討のまとめ
したがって、申立理由2(新規性進歩性)によっては、本件特許の請求項1〜4に係る特許を取り消すことはできない。

2−2 申立理由3(新規性進歩性)について
(1)本件発明1について
ア 甲3に記載された発明
(ア)甲3に記載された発明が解決しようとする課題及び課題を解決するための手段
a 甲3に記載された発明が解決しようとする課題は、【0012】(上記第5の2(3)イ)に記載されるとおり、「省工程化や省スペースが可能となる塗膜形成方法を見出すことであって、化成処理後の水洗を省略し、夾雑物として化成処理液が次工程である電着塗料中に持ち込まれても化成処理液の混入による電着塗装性や塗膜特性に影響を及ぼさず、仕上り性と防食性に優れる塗装物品を提供すること」、または、【0013】(上記第5の2(3)イ)に記載されるとおり、「省工程化や省スペースが可能となる工程を見出し、皮膜形成剤の仕上り性と皮膜の防食性に優れる塗膜形成方法を見出し、防食性に優れる塗装物品を提供すること」と把握される。

b また、甲3に記載された上記課題を解決する手段は、【0040】(上記第5の2(3)ウ)記載の「本発明の複層皮膜形成方法は、化成処理後の水洗を省略し、化成処理液が夾雑物として電着塗料中に持ち込まれたとしても、仕上り性や防食性に優れた塗装物品が得られる方法である。本発明の塗膜形成方法は、図2で示されるように水洗工程を省略できる為、省工程化や省スペースが可能となる。これらの効果が得られる1つの理由としては、化成処理液の混入性に優れる特定のアミノ基含有変性エポキシ樹脂(A)を一定量含有したカチオン電着塗料(I)を用いることによって達成できるためである。」と、【0040】で言及される【図2】(上記第5の2(3)コ)記載のライン工程と、【0041】(上記第5の2(3)ウ)記載の「皮膜形成剤(1)における金属化合物成分(M)の含有量は、合計金属量(質量換算)で30〜20,000ppmの比較的低含有量にて、防食性に優れる皮膜(F1)を形成できる。よって、次の槽への持込まれる金属化合物成分(M)も比較的少ない量である。」と、【0131】(上記第5の2(3)オ)記載の「前記カチオン電着塗料(I)は、該塗料を構成する樹脂固形分に対して、アミノ基含有変性エポキシ樹脂(A)を40〜90質量%、好ましくは55〜85質量%、さらに好ましくは60〜80質量%含有することが、化成処理液が夾雑物としてカチオン電着塗料(I)に持ち込まれたとしても、仕上り性や防食性に優れた塗装物品が得ることができる。」との説明を踏まえると、請求項1(上記第5の2(3)ア)に
「以下の工程を含む、金属基材に化成処理皮膜(F1)と電着塗装皮膜(F2)を含む複層皮膜を形成する方法
工程1:金属基材を皮膜形成剤(1)である化成処理液に浸漬して化成処理皮膜(F1)を形成する工程、
工程2:水洗を施すことなく、カチオン電着塗料(I)である皮膜形成剤(2)を用いて金属基材を電着塗装して電着塗装皮膜(F2)を形成する工程
を含む複層皮膜の形成方法。」
と記載される特定事項に加え、請求項2(上記第5の2(3)ア)に、
「前記皮膜形成剤(1)が、ジルコニウム、チタン、コバルト、バナジウム、タングステン、モリブデン、銅、亜鉛、インジウム、ビスマス、イットリウム、鉄、ニッケル、マンガン、ガリウム、銀、ランタノイド金属から選ばれる少なくとも1種の金属(m)の化合物からなる少なくとも1種の金属化合物成分(M)を合計金属量(質量換算)で30〜20,000ppm」
と記載される特定事項と、請求項3(上記第5の2(3)ア)に、
「皮膜形成剤(2)が、アミノ基含有変性エポキシ樹脂(A)とブロック化ポリイソシアネートを含み、カチオン性樹脂組成物とブロック化ポリイソシアネートの合計固形分質量を基準にして、アミノ基含有変性エポキシ樹脂(A)40〜90質量%」
と記載される特定事項とを備えた発明であれば、十分に反映されていると考えられる。

c また、上記bの請求項2記載の「皮膜形成剤(1)」に含まれる金属化合物の選択肢の一つとして提示される「ジルコニウム化合物」は、【0046】(上記第5の2(3)エ)の記載から、具体的に適用可能な物質についても把握ができるものである。

d そうすると、甲3には、請求項1〜3、【0045】、【0046】の記載から把握される以下の発明(以下「甲3発明」という。)が記載されているものと、認められる。
<甲3発明>
以下の工程を含む、金属基材に化成処理皮膜(F1)と電着塗装皮膜(F2)を含む複層皮膜を形成する方法であって、
皮膜形成剤(1)がジルコニウム化合物を金属量(質量換算)で30〜20,000ppm含み、
皮膜形成剤(2)が、アミノ基含有変性エポキシ樹脂(A)とブロック化ポリイソシアネートを含み、カチオン性樹脂組成物とブロック化ポリイソシアネートの合計固形分質量を基準にして、アミノ基含有変性エポキシ樹脂(A)40〜90質量%を含む、方法。
工程1:金属基材を皮膜形成剤(1)である化成処理液に浸漬して化成処理皮膜(F1)を形成する工程、
工程2:水洗を施すことなく、カチオン電着塗料(I)である皮膜形成剤(2)を用いて金属基材を電着塗装して電着塗装皮膜(F2)を形成する工程

イ 本件発明1と甲3発明との一致点・相違点
本件発明1と甲3発明とを対比する。
(ア)甲3発明の「ジルコニウム化合物」を金属量(質量換算)で30〜20,000ppm含む皮膜形成剤(1)を用いる工程1において、「金属基材」に「化成処理皮膜(F1)」を形成したものは、本件発明1の「ジルコニウム化成皮膜処理を施した被塗物」に相当する。

(イ)甲3発明の「アミノ基含有変性エポキシ樹脂」及び「ブロック化ポリイソシアネート」は、それぞれ本件発明1の「アミン変性エポキシ樹脂(A)」及び「ブロックイソシアネート硬化剤樹脂(B)」に相当する。

(ウ)そして、甲3発明の工程2で用いられる「アミノ基含有変性エポキシ樹脂(A)とブロック化ポリイソシアネートを含」む「カチオン電着塗料」は、本件発明1の「アミン変性エポキシ樹脂(A)及びブロックイソシアネート硬化剤樹脂(B)を構成成分として含」む「カチオン電着塗料組成物」に相当する。

(エ)さらに、甲3発明の「金属基材に化成処理皮膜(F1)と電着塗装皮膜(F2)を含む複層皮膜を形成する方法」は、工程1及び工程2を経るものであって、本件発明1の「ジルコニウム化成皮膜処理を施した被塗物にカチオン電着塗料組成物を塗装する方法」及び「カチオン電着塗料組成物を使用して塗装する」方法に相当する。

(オ)そうすると、上記(ア)〜(エ)より、本件発明1と甲3発明とは、以下の一致点、及び相違点を有する。
[一致点3]
ジルコニウム化成皮膜処理を施した被塗物にカチオン電着塗料組成物を塗装する方法において、アミン変性エポキシ樹脂(A)及びブロックイソシアネート硬化剤樹脂(B)を構成成分として含むカチオン電着塗料組成物を使用して塗装する方法。

[相違点3]
「カチオン電着塗料組成物」に関し、本件発明1には、「被塗物に対して均一に塗装して得られる塗膜の焼付後の膜厚が3μmに達したときの塗膜抵抗(R3)が10〜111kΩ・cm2であり、かつ、6μmに達したときの塗膜抵抗(R6)が40〜400kΩ・cm2であることを満たす」との特性に関する特定がなされているのに対し、甲3発明には、これに相当する「カチオン電着塗料」の特性に関する特定はなされておらず、本件発明1の上記のような特性を満たすか否かが不明な点。

ウ 相違点3に関する判断
(ア)相違点3が実質的な相違点であること
相違点3について検討すると、甲3発明の「カチオン電着塗料」が、本願発明1の「被塗物に対して均一に塗装して得られる塗膜の焼付後の膜厚が3μmに達したときの塗膜抵抗(R3)が10〜111kΩ・cm2であり、かつ、6μmに達したときの塗膜抵抗(R6)が40〜400kΩ・cm2である」との関係を必然的に満たすといえるかどうかは、実験的に証明されているものでもない。
よって、相違点3は実質的な相違点である。

(イ)相違点3の特定事項が甲3発明から当業者が容易に想到しえたといえないものであること
a 上記1(1)ウ(イ)a〜cで、本件発明1に関わる本願明細書の記載内容を検討したように、相違点3の特定事項は、「電着初期段階における塗膜抵抗値の絶対値及び増加が電着塗膜のつきまわり性と塗膜外観により大きい影響を持つ。」(【0017】)との着眼点に基づく技術思想により、「ジルコニウム化成皮膜処理を施した被塗物に対してカチオン電着塗料組成物を塗装する方法において、つきまわり性、塗膜の平滑性、膜厚保持性、及び耐ガスピンホール性の全てを高いレベルで達成することができる方法を提供する」(【0007】)との課題を解決するものである。

b これに対し、甲3発明が解決しようとする課題は、上記ア(ア)aに示したように、「省工程化や省スペースが可能となる塗膜形成方法を見出すことであって、化成処理後の水洗を省略し、夾雑物として化成処理液が次工程である電着塗料中に持ち込まれても化成処理液の混入による電着塗装性や塗膜特性に影響を及ぼさず、仕上り性と防食性に優れる塗装物品を提供すること」(【0012】)、または、「省工程化や省スペースが可能となる工程を見出し、皮膜形成剤の仕上り性と皮膜の防食性に優れる塗膜形成方法を見出し、防食性に優れる塗装物品を提供すること」(【0013】)と認められるが、本件発明の課題のように、「つきまわり性、塗膜の平滑性、膜厚保持性、及び耐ガスピンホール性の全てを高いレベルで達成することができる」という性能の同時向上を図るものではないし、また、甲3発明は、「電着初期段階における塗膜抵抗値の絶対値及び増加が電着塗膜のつきまわり性と塗膜外観により大きい影響を持つ。」との着眼点に基づき、本件発明1のように「塗膜の焼付後の膜厚が3μmに達したときの塗膜抵抗(R3)」と「塗膜の焼付後の膜厚が6μmに達したときの塗膜抵抗(R6)」との適切な範囲をそれぞれ特定しようとする技術思想を持つものでもないから、甲3発明及び甲3に記載された事項に基づいて、相違点3の特定事項を実現する動機がなく、すなわち、当業者といえども、相違点3の特定事項を実現することは、容易になしえたものとはいえない。

エ 甲3発明と他の甲号証記載の発明との組み合わせの可能性に関する検討
(ア)甲3発明と他の甲号証記載の発明との組み合わせの可能性について
また、進歩性の観点から、相違点3の特定事項について、甲3発明と他の甲号証に記載された発明とを組み合わせることによって実現できる可能性についても確認しておくと、以下のように判断できる。
a 甲1及び2に記載された発明は、本件発明1と対比した際、それぞれ少なくとも相違点3と同様の実質的な相違点を有するものであるから、当業者といえども、甲3発明との組み合わせにより、相違点3の特定事項を実現できる余地はない。
b また、甲4及び甲5は、それぞれ甲1及び甲3に記載された発明に関する本件特許についての出願後に作成された実験成績証明書であるから、内容について検討するまでもなく、甲3発明と組み合わせて本件発明1の進歩性を否定する証拠方法足り得ない。

(イ)小括
以上のとおり、相違点3に係る特定事項は、甲3発明と他の甲号証に記載された事項とを組み合わせることによっても、当業者が容易になしえたものとはいえない。

カ 甲3発明以外の発明を甲3に記載された発明として抽出した場合についての検討
(ア)さらに、甲3に記載された発明として、仮に甲3発明以外の発明内容を抽出するとした場合でも、少なくとも本件発明1との対比において相違点3と同様の塗膜抵抗に関する相違点が存在し、かつ、そのような塗膜抵抗に関する相違点が実質的な相違点でないといえるような特段の裏付け(たとえば、本件明細書記載の実施例と全く同じ組成の塗膜を同じ条件で電着させているなど、甲3に記載された発明の塗膜抵抗が相違点3の特定事項を必然的に満たすといえる証拠。)も見出せないこと、また、甲3には、上記ウ(イ)bのような本件発明1と同じ課題や技術思想が記載も示唆もされていないことからして、甲3発明を抽出した場合と同様に、本件発明1の新規性進歩性を否定することはできないものと結論される。

(イ)なお、申立人は、申立人意見書において、甲5として、甲3に記載された実施例11Aに関する実験成績証明書を提出し、被塗物に対して均一に塗装して得られる塗膜の焼付後の膜厚が3μmに達したときの塗膜抵抗(R3)が41kΩ・cm2であり、かつ、6μmに達したときの塗膜抵抗(R6)が65kΩ・cm2となるかのような主張をしているが、甲5を用いた新規性欠如の主張は、特許異議の申立ての理由として提示されていないから、そもそも甲5の内容を考慮の上で、本件発明の新規性が欠如しているか否かを検討する必要はない。
また、甲3における、実施例11Aの実施に関する【0184】の説明には、試験板No.11Aを得るために最後に行う「工程3(焼付け乾燥)」の前に、「工程1(前処理)」と「工程2(電着塗装)」の操作を繰り返し行う旨が記載されるように、実施例11Aに関して開示されている試験板No.11Aの製造方法は、あくまでも電着塗装された膜の特性を調べるための試料の製造方法であって、産業上の利用可能性のある発明として把握できる本件発明1の「ジルコニウム化成皮膜処理を施した被塗物にカチオン電着塗料組成物を塗装する方法」とは、本質的に異なるものである。

キ 申立人の主張について
申立人は、本件発明1について、特許異議申立書において上記第4の1(3)の申立理由3(新規性進歩性)を主張するので、以下に検討する。

(ア)甲3による新規性欠如の主張について
a 申立人は、本件発明1と甲3に記載された発明とを対比し、甲3に記載された発明は、被塗物に対して均一に塗装して得られる焼付後の膜厚が3μmに達したときの塗膜抵抗(R3)及び6μmに達したときの塗膜抵抗(R6)が、それぞれ本件発明1のように明らかでない点のみを相違点(以下、「相違点3(申立人)」という。)として挙げた上で、
(a)「甲3中の実施例に係るジルコニウム化成皮膜処理を施した被塗物をカチオン電着組成物で塗装する方法は、甲1の実施例と同様の組成のカチオン塗料組成物を用いて同様の塗装条件で塗装するもの」であり、甲1中の実施例1が相違点3(申立人)の要件を満たすものであるから、甲3中の実施例におけるカチオン電着塗料組成物についても、相違点3(申立人)の要件を満たすものと推認され、相違点3(申立人)は実質的な相違点ではない旨と、
(b)甲3発明は、ジルコニウム化成皮膜処理を施した被塗物にカチオン電着塗料を使用して塗装した際に、試験板の塗り面の仕上がり性評価としての表面粗度値の評価により裏付けられる均一な外観の塗装物を得ることができるものであって、甲3発明における電着塗料の塗膜は、相違点3の要件によってもたらされる塗膜同様、つきまわり性、塗膜の平滑性及び膜厚保持性に優れたものであるから、甲3発明における、ジルコニウム化成皮膜処理を施した被塗物の塗装に用いるカチオン電着塗料組成物は、相違点3(申立人)の要件を満たし、相違点3は実質的な相違点ではない旨とを、主張する。

b しかしながら、本件訂正により、本件発明1と甲1に記載された発明とは、明らかに相違するものとなったことは、上記1で検討したとおりであるし、相違点3(申立人)に係る塗膜抵抗の条件は、上記1(1)ウ(イ)cで述べたのと同様、本件明細書【0037】に「具体的には、析出塗膜の硬さ、析出塗膜の樹脂成分の粘弾性、塩基性度、析出塗膜に含まれる溶剤の種類、量、析出塗膜の顔料濃度などの析出した未硬化状態の塗膜の物性値を調整すると、塗膜抵抗が上下に変動するので、これらを実験的に調整して確認することにより塗膜抵抗の条件を満たしたカチオン電着塗料を得ることができる。」と説明される点を考慮の上、必要に応じ、【0038】に記載された、これら要因による塗膜抵抗のおおよその変動傾向や、実施例1、3〜9にどのようなカチオン電着塗料組成物が具体的に用いられているかも参考に調整することによって実現できるものとされており、上記a(a)及び(b)で主張される程度の両者の共通点を以て、相違点3(申立人)に係る特定事項が必然的に実現されるとまで推定することもできない。

(イ)甲3による進歩性欠如の主張について
a 申立人は、
(a)上記(ア)aの新規性欠如の主張が採用される前提において、甲3に記載された発明の塗膜抵抗は相違点3(申立人)に係る特定事項を満たすとした上で、相違点3(申立人)に係る特定事項の塗膜抵抗の範囲とすることは、甲3に記載された発明の塗膜抵抗の範囲の好適化により当業者が適宜なし得る旨と、
(b)甲3における電着塗料の塗膜は、塗装膜厚差や仕上がり外観差が軽減され均一な外観の塗装物を得ることができ、本件発明1同様に塗膜の平滑性及び膜厚保持性に優れるものであるから、本件発明1の効果は格別顕著な効果とはいえない旨とを主張する。

b しかしながら、上記(ア)aの新規性欠如の主張が採用できないことは、上記(ア)bにおいて検討したとおりであるから、申立人の上記a(a)の主張は、その前提を欠くものであり、採用できない。
また、申立人による本件発明1の効果に関する上記a(b)の主張も、上記ウ(イ)bのように、そもそも本件発明1の特定事項を実現する動機を欠くとの判断を何ら左右するものではなく、採用できない。

ク 本件発明1についての検討のまとめ
よって、本件発明1は、甲3に記載された発明であるとも、甲3に記載された発明と甲1〜3に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものともいえない。

(ウ)申立理由3(新規性進歩性)についての検討のまとめ
以上のとおり、本件発明1に関して、特許異議申立書に記載された申立理由3(新規性進歩性)に関わる申立人の主張も、採用できない。

(2)本件発明2〜4について
本件発明2〜4は、いずれも本件発明1を直接または間接的に引用し、減縮する内容のものである。そして、本件発明2〜4と甲3に記載された発明とを対比すると、それぞれの相違点には、相違点3と同じ相違点が含まれるから、上記(1)と同様の検討を行うことにより、本件発明2〜4は、甲3に記載された発明であるとも、甲3に記載された発明と甲1〜3に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものともいえない。
また、申立理由3(新規性進歩性)は、上記(1)キのとおり本件発明1について採用できないのと同様、本件発明2〜4についても採用できない。

(3)申立理由3(新規性進歩性)に関する検討のまとめ
したがって、申立理由3(新規性進歩性)によっては、本件特許の請求項1〜4に係る特許を取り消すことはできない。

2−3 申立理由4(実施可能要件)について
(1)実施可能要件についての判断手法
物を生産する方法の発明における発明の実施とは、その物を生産する方法の使用をする行為のほか、その方法により生産した物の使用等をする行為をいうから、物を生産する方法の発明について、発明の詳細な説明の記載が、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものである(実施可能要件を満たす)というためには、発明の詳細な説明には、当業者がその物を生産する方法を使用することができ、かつ、その方法により生産した物を使用することができる程度に明確かつ十分に記載されている必要がある。

(2)本件発明に関する実施可能要件の判断
上記(1)の判断手法を踏まえ、本件発明に関する発明の詳細な説明の記載が実施可能要件に適合しているか否かについて検討する。

ア 本件発明は、ジルコニウム化成皮膜処理を施した被塗物に対してカチオン電着塗料組成物を塗装する方法において、所定の構成成分を含み、かつ、被塗物に対して均一に塗装して得られる塗膜の焼付後の膜厚が所定の厚さに達したときの塗膜抵抗が特定の条件を満たすカチオン電着塗料組成物を使用するものに関する。

イ そして、本件明細書には、本願発明の各発明特定事項について、それぞれ以下のような具体的記載がなされている。
(ア)本件発明の「被塗物」について
【0013】には、「本発明の塗装方法の塗装対象である被塗物は、カチオン電着可能な金属基材であれば特に限定されない」と記載された上で、本件発明4で特定される「鉄系金属基材、アルミニウム系金属基材、又は亜鉛系金属基材」が例示されている。

(イ)本件発明の「ジルコニウム化成被膜処理」について
a 【0014】には、「ジルコニウム化成皮膜処理は、ジルコニウム化成処理剤を被塗物と接触させて、被塗物の表面に化成処理皮膜を形成させる処理であり、被塗物の耐食性や塗膜密着性を向上させるために施される。」と記載されている。
b また、上記aのジルコニウム化成皮膜処理で用いられる具体的なジルコニウム化成処理剤について、【0015】には、適用可能な物質の具体例も含めて記載されている。
c また、上記aのジルコニウム化成処理剤を被塗物と接触させる方法について、【0016】には、「特に限定されず」と記載された上で、具体的な方法の種類が例示されている。
d さらに、上記aの被塗物の表面に化成処理皮膜を形成させる処理について、【0016】には、実施するにあたっての処理温度及び処理時間が例示されている。

(ウ)本件発明の「カチオン電着塗料組成物」の構成成分について
a カチオン電着塗料組成物を構成するアミン変性エポキシ樹脂(A)に関し、【0019】には、「アミン変性エポキシ樹脂(A)は、アミンで変性されたエポキシ樹脂」と記載された上で、かかるエポキシ樹脂を構成するエポキシ骨格に関する具体例が記載されている。
b カチオン電着塗料組成物を構成するブロックイソシアネート硬化剤樹脂(B)に関し、【0022】には、「ブロックイソシアネート硬化剤樹脂(B)は、ポリイソシアネートと、それをブロックするブロック剤とから構成される。」と記載された上で、ポリイソシアネートの具体例が【0022】〜【0023】に示され、また、ブロック剤の具体例が【0024】に示されている。
c 本件発明3のようにカチオン電着塗料組成物を構成しうる顔料ペースト(C)に関し、【0028】には、「顔料ペーストは、顔料分散樹脂を水溶化し、必要に応じて消泡剤や界面活性剤、はじき防止剤等の添加剤を配合したビヒクルに体質顔料、着色顔料、防錆顔料、硬化触媒顔料等を混合し、分散機を通して顔料分散したものである。」と記載された上で、顔料分散樹脂、体質顔料、着色顔料、防錆顔料、硬化触媒顔料の具体例が、それぞれ【0029】に示されている。

(エ)本件発明の「塗膜抵抗」に関する特定の条件について
a 本件発明の塗膜抵抗に関する特定の条件(本件発明2の塗膜抵抗の増加率に関する条件含む)に関し、【0033】には、「本発明の塗装方法では、ジルコニウム化成皮膜処理を施した被塗物に対して、上述の構成成分を有するカチオン電着塗料組成物を塗装するが、カチオン電着塗料組成物として、かかる被塗物に対して均一に塗装して得られる塗膜の焼付後の膜厚が3μmに達したときの塗膜抵抗(R3)が10〜200kΩ・cm2であり、かつ、6μmに達したときの塗膜抵抗(R6)が40〜400kΩ・cm2であることを満たすものを選択して使用する。さらに、本発明の塗装方法では、かかる被塗物に対して均一に塗装して得られる塗膜の焼付後の膜厚が3μmに達したときの塗膜抵抗(R3)から6μmに達したときの塗膜抵抗(R6)の増加率(即ち、増加率(%/μm)=((R6)/(R3))×100/3)が50〜700%/μmであることを満たすものを選択して使用することが好ましい。」との記載とともに、「膜厚3μm及び6μmでの塗膜抵抗は、カチオン電着工程の極めて初期における塗膜抵抗に相当する。本発明者は、この極めて初期の塗膜抵抗が、比較的低い特定の範囲にあり、さらにこの極めて初期での塗膜抵抗の増加が特定の範囲にあるカチオン電着塗料組成物を使用することによって、ジルコニウム化成皮膜処理を施した被塗物に対する塗装において、つきまわり性、塗膜の平滑性、膜厚保持性、及び耐ガスピンホール性の全てを高いレベルで達成できることを見出した。」と説明されている。
b ここで、上記aのような塗膜抵抗は、【0039】に、「本発明の方法では、カチオン電着塗装は、従来通り、カチオン電着塗料組成物中に被塗物を陰極として浸漬させ、電圧を印加することによって行なえばよい。」と記載された上で説明される一般的な電着塗装条件のカチオン電着塗装による塗膜に関し、測定されるものである。
c また、上記aのような塗膜抵抗を測定する方法も、【0065】に具体的に示されている。
d また、上記aの塗膜抵抗の調整方法に関しては、【0038】に、「ただし、これらの傾向は、全てこのような一般的な傾向通りになるわけではなく、また多元多次関数で変化することがあるので、実際に成分の種類や量の変化に対する塗膜抵抗の変動傾向を個別具体的に把握してから調整することが好ましい。」との留意点が示されつつ、【0037】には、「具体的には、析出塗膜の硬さ、析出塗膜の樹脂成分の粘弾性、塩基性度、析出塗膜に含まれる溶剤の種類、量、析出塗膜の顔料濃度などの析出した未硬化状態の塗膜の物性値を調整すると、塗膜抵抗が上下に変動するので、これらを実験的に調整して確認することにより塗膜抵抗の条件を満たしたカチオン電着塗料を得ることができる。」と説明され、また、【0038】には、たとえば「一般的に、析出塗膜を柔らかい方向に調整すると、析出塗膜中でイオン性物質が移動しやすくなり、塗膜抵抗が低くな」るといった傾向や、「膜厚3μmから6μmへの増加による塗膜抵抗の増加の割合は、一般に析出塗膜の硬さによって調整することができる。」といった塗膜抵抗調整の具体的な指標が示されている。
e さらに、【0040】以下の【実施例】に関する一連の記載により理解することができる、【0066】表10及び【0073】表11に記載される実施例1、参考例2、実施例3〜9及び比較例1〜4には、電着塗装に用いられるカチオン電着塗料組成物(a)〜(k)の種類及び電着塗装時の浴温温度によって作り分けられた試料について、本件発明の「塗膜抵抗」に関する特定の条件を達成できたものと、達成できなかったものとが、それぞれ示されている。

ウ そして、上記イに示す本件明細書の記載に接した当業者であれば、特に、実施例1、参考例2、実施例3〜9及び比較例1〜4として示される相応の数の具体例と、【0037】〜【0038】に示される塗膜抵抗を調整する指標とをもとに、多少の試行錯誤は行わざるを得ない可能性こそあるものの、当業者に期待し得る程度を超える試行錯誤、複雑高度な実験等までは行うことなく、塗膜抵抗に関する条件を満足する本件発明の方法を、実施例1、実施例3〜9に限らず実施することが可能であったと判断され、すなわち、本件発明の方法を使用することができ、かつ、その方法により生産した物を使用することができると考えられる。

エ 以上のとおりであるから、本件発明について、本件明細書の発明の詳細な説明の記載は、当業者が本件発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載したものであり、実施可能要件に適合するものである。

(3)申立人の主張について
申立人は、特許異議申立書において上記第4の1(4)の申立理由4(実施可能要件)に関する主張をし、また、申立人意見書でも、本件発明が実施可能要件を満たしていないと主張するので、以下に検討する。

ア 特許異議申立書において申立人は、申立理由4(実施可能要件)に関し、
(ア)本件明細書の実施例には、特定の組成のカチオン電着塗料組成物を用いた場合の結果として、本件発明のごく一部についての例示があるとは認める一方、

(イ)「析出塗膜の硬さ、析出塗膜の樹脂成分の粘弾性、塩基性度、析出塗膜に含まれる溶剤の種類、量、析出塗膜の顔料濃度などの析出した未硬化状態の塗膜の物性値を調整すると、塗膜抵抗が上下に変動するので、これらを実験的に調整して確認することにより塗膜抵抗の条件を満たしたカチオン電着塗料を得ることができる。」ことなどが記載された塗膜抵抗の調整に関する本件明細書【0037】〜【0038】の説明に触れつつも、そこでは、「ただし、これらの傾向は、全てこのような一般的な傾向通りになるわけではなく、また多元多次関数で変化することがあるので、実際に成分の種類や量の変化に対する塗膜抵抗の変動傾向を個別具体的に把握してから調整することが好ましい。」とも記載されていることを挙げた上で、

(ウ)発明の詳細な説明には、カチオン電着塗料の組成及び電着塗装に際しての要件をどのように調整することにより、本件発明1における塗膜抵抗(R3)及び塗膜抵抗(R6)の範囲、及び本件発明2における塗膜抵抗(R3)から塗膜抵抗(R6)の増加率の範囲となるよう制御するのかについて、抽象的な記載がなされているだけで、具体的な手段等について記載されておらず、当業者に期待しうる程度を超える試行錯誤や複雑高度な実験等が必要であるから、発明の詳細な説明は、本件発明を当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載したものではないとして、本件明細書の発明の詳細な説明は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない旨を主張する。

(エ)なお、申立人は、特に特許異議申立書4(4)ク(イ)において、本件明細書の表7(エマルションE1〜E11に係る記載)、表9(カチオン電着塗料組成物a〜kに係る記載)及び表10(カチオン電着塗料組成物、浴液温度及び塗膜抵抗に係る記載)の記載から、プロピレングリコールモノフェニルエーテルを所定量含むエマルションE2(8部含み塗膜抵抗の要件満たすもの)、E3(36部含み塗膜抵抗の要件満たすもの)、E8(30部含み塗膜抵抗の要件満たさないもの)、E9(30部含み塗膜抵抗の要件満たさないもの)に着目し、エマルションに含まれる溶剤種類及びその使用量についても、本件発明の塗膜抵抗及び増加率に影響を与えることがわかるとした上で、多種多様な溶剤の種類及びその使用量ごとに、その都度塗膜抵抗を測定し、本件発明の塗膜抵抗及び増加率の要件を満たすか否かを確認する必要があることは、当業者に期待しうる程度を超える試行錯誤を強いる、とも主張をしているが、溶剤もカチオン電着塗料の組成の一部といえるものであるから、かかる主張がなされた部分は、実質的に上記cに関する具体的な主張の一例を示すに等しいものと整理できる。

イ さらに申立人は、申立人意見書4.(4)において、特許権者による令和3年6月19日差出の意見書において、本件発明の効果が異質であり、甲1発明のカチオン電着塗料Y−1の成分条件から本件発明に至ることは当業者といえども困難である旨の主張がなされていること、及び本件明細書の表10の記載について言及した上で、上記ア(ウ)と実質同様の主張を行っている。

ウ しかしながら、上記ア及びイにおける申立人のいずれの主張も、上記(2)ウにおいて触れたような、当業者に期待し得る程度を超える試行錯誤や複雑高度な実験等とまでもいえない多少の試行錯誤であれば、発明を実施することができるといえる範囲で許容される余地について、何ら考慮することなく行われているものであって、上記イの判断内容を左右するものではないから、採用することはできない。

(4)申立理由4(実施可能要件)に関する検討のまとめ
したがって、申立理由4(実施可能要件)によっては、本件特許の請求項1〜4に係る特許を取り消すことはできない。

2−4 申立理由5(サポート要件)について
(1)サポート要件についての判断手法
特許請求の範囲の記載が、明細書のサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。

(2)本件発明に関するサポート要件判断
上記(1)の判断手法を踏まえ、本件発明に関する特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合しているか否かについて検討する。

ア 本件発明は、ジルコニウム化成皮膜処理を施した被塗物に対してカチオン電着塗料組成物を塗装する方法において、所定の構成成分を含み、かつ、被塗物に対して均一に塗装して得られる塗膜の焼付後の膜厚が所定の厚さに達したときの塗膜抵抗が特定の条件を満たすカチオン電着塗料組成物を使用するものに関する。

イ 本件明細書【0007】(上記第5の1(1)エ)の記載によると、本件発明の課題は、「ジルコニウム化成皮膜処理を施した被塗物に対してカチオン電着塗料組成物を塗装する方法において、つきまわり性、塗膜の平滑性、膜厚保持性、及び耐ガスピンホール性の全てを高いレベルで達成することができる方法を提供すること」と認められる。

ウ そして、本件明細書の記載によると、上記イの課題を解決するための手段は、どのような技術的意義が把握されるものであり、どのような要件を備えるものと把握されるのかは、以下に示すとおりである。

(ア)【0017】(上記第5の1(1)キ)には、「ジルコニウム化成処理は、リン酸亜鉛化成処理に比べて、化成処理膜の膜厚が薄いため、化成処理膜自体の抵抗値が低い。そのため、ジルコニウム化成処理では、電着初期段階における塗膜抵抗値の絶対値及び増加が電着塗膜のつきまわり性と塗膜外観により大きい影響を持つ。」と記載され、また、これに関連して【0033】(上記第5の1(1)コ)には、カチオン電着塗料組成物が所定の構成成分を含み、かつ、被塗物に対して均一に塗装して得られる塗膜を焼付する前提において、「膜厚3μm及び6μmでの塗膜抵抗は、カチオン電着工程の極めて初期における塗膜抵抗に相当する。本発明者は、この極めて初期の塗膜抵抗が、比較的低い特定の範囲にあり、さらにこの極めて初期での塗膜抵抗の増加が特定の範囲にあるカチオン電着塗料組成物を使用することによって、ジルコニウム化成皮膜処理を施した被塗物に対する塗装において、つきまわり性、塗膜の平滑性、膜厚保持性、及び耐ガスピンホール性の全てを高いレベルで達成できることを見出した。」と記載されている。
なお、【0033】においてカチオン電着塗料組成物が含む前提の所定の構成成分は、【0018】(上記第5の1(1)キ)に必須構成成分として記載される「アミン変性エポキシ樹脂(A)及びブロックイソシアネート硬化剤樹脂(B)」であると把握される。

(イ)また、【0033】(上記第5の1(1)コ)記載の膜厚3μm及び6μmでの塗膜抵抗のうち、
a 膜厚3μmでの塗膜抵抗に関しては、【0034】(上記第5の1(1)コ)に、「本発明では、使用するカチオン電着塗料組成物が、上述のように塗膜の焼付後の膜厚が3μmに達したときの塗膜抵抗(R3)が10〜200kΩ・cm2、好ましくは15〜190kΩ・cm2、より好ましくは15〜180kΩ・cm2であることを満たすことが必要である。膜厚が3μmに達したときの塗膜抵抗(R3)が上記下限未満の場合、最終的に形成される塗膜は、一般につきまわり性に劣る傾向を示す。一方、膜厚が3μmに達したときの塗膜抵抗(R3)が上記上限を超える場合、最終的に形成される塗膜は、塗膜の平滑性に劣る。」と具体的に説明され、
b また、膜厚6μmでの塗膜抵抗に関しては、【0035】(上記第5の1(1)コ)に、「また、本発明では、使用するカチオン電着塗料組成物が、上述のように塗膜の焼付後の膜厚が6μmに達したときの塗膜抵抗(R6)が40〜400kΩ・cm2、好ましくは45〜390kΩ・cm2、より好ましくは50〜380kΩ・cm2であることを満たすことが必要である。膜厚が6μmに達したときの塗膜抵抗(R6)が上記下限未満の場合、最終的に形成される塗膜は、つきまわり性に劣る。一方、膜厚が6μmに達したときの塗膜抵抗(R6)が上記上限を超える場合、最終的に形成される塗膜は、塗膜の平滑性、膜厚保持性、及び(被塗物が亜鉛系金属基材である場合は)耐ガスピンホール性に劣る。」と具体的に説明されている。

(ウ)さらに、【0064】〜【0074】(上記第5の1(1)シ)及び【図1】〜【図4】(上記第5の1(2))に記載の「実施例1、参考例2、実施例3〜9、比較例1〜4」のうち、特に【0066】の表10において、上記(イ)aに示される「塗膜の焼付後の膜厚が3μmに達したときの塗膜抵抗(R3)が10〜200kΩ・cm2」(【0034】)との条件と、上記(イ)bに示される「塗膜の焼付後の膜厚が6μmに達したときの塗膜抵抗(R6)が40〜400kΩ・cm2」(【0035】)との条件をともに満たしている「実施例1、参考例2、実施例3〜9」は、【0073】の表11において、「つきまわり性」、「塗膜の平滑性」、「膜厚保持性」、及び「耐ガスピンホール性」の評価すべてが「〇」の良好な結果が得られ、上記(イ)に示す課題を解決することが示されている一方で、少なくとも上記の2つの条件いずれかを満たしていない「比較例1〜4」は、少なくとも「つきまわり性」、「塗膜の平滑性」、「膜厚保持性」、及び「耐ガスピンホール性」の評価のいずれかは「△」又は「×」であって、上記(イ)に示す課題を解決することが示されているとはいえない。

(エ)そして、以上(ア)〜(ウ)によると、上記アのジルコニウム化成皮膜処理を施した被塗物に対してカチオン電着塗料組成物を塗装する方法において、課題を解決するための手段として、本件明細書の記載から把握されるカチオン電着塗料組成物に必要な要件は、以下のとおりである。

[要件a]
構成成分に「アミン変性エポキシ樹脂(A)及びブロックイソシアネート硬化剤樹脂(B)」を含むこと

[要件b]
被塗物に対して均一に塗装して得られる「塗膜の焼付後の膜厚が3μmに達したときの塗膜抵抗(R3)が10〜200kΩ・cm2」であること

[要件c]
被塗物に対して均一に塗装して得られる「塗膜の焼付後の膜厚が6μmに達したときの塗膜抵抗(R6)が40〜400kΩ・cm2」であること

エ そして、本件発明は、構成成分について要件aと同じ特定がなされ、塗膜抵抗(R3)について、要件bを満たす範囲で、より上限値を低い値のものに減縮した「10〜111kΩ・cm2」なる特定がなされ、また、塗膜抵抗(R6)について要件cと同じ特定がなされたものであるから、当業者が発明の詳細な説明の記載により本件発明の課題を解決できると認識できる範囲のものといえる。そして、本件発明の塗膜抵抗(R3)の範囲の上限値として特定された「111kΩ・cm2」は、本件明細書【0066】(上記第5の1(1)ク)の表10の実施例7及び9において、被塗物が6000系アルミニウム(Al)である場合の塗膜の焼付後の膜厚が3μmに達したときの塗膜抵抗(R3)として、それぞれ当該数値が記載されていることにも鑑み、本件発明は発明の詳細な説明に記載された発明といえる。

オ 以上のとおりであるから、本件発明について、特許請求の範囲の記載は、特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであり、サポート要件に適合するものである。

(3)申立人の主張について
申立人は、特許異議申立書において上記第4の1(5)の申立理由5(サポート要件)に関する主張をし、また、申立人意見書でも、本件発明がサポート要件を満たしていないと主張するので、以下に検討する。

ア 特許異議申立書において申立人は、申立理由5(サポート要件)に関し、
(ア)本件明細書の実施例には、特定のアミン変性エポキシ樹脂(A)及びブロックイソシアネート硬化剤樹脂(B)成分、並びに他の成分からなる特定の組成のカチオン電着塗料組成物を用いる塗装方法により、前記塗膜抵抗を本件発明1で特定する範囲内とすること、及び、前記塗膜抵抗の増加率を本件発明2で特定する範囲内とすることが記載されていることを挙げる一方、

(イ)本件明細書には、実施例記載の特定のカチオン電着塗料組成物以外のアミン変性エポキシ樹脂(A)及びブロックイソシアネート硬化剤樹脂(B)を構成成分として含む塗料組成物を用いた場合に、どのようにして前記塗膜抵抗を本件発明1で特定する範囲にすることができるのか、及び、どのようにして前記塗膜抵抗の増加率を本件発明2で特定する範囲内にすることができるのかについて説明されていないこと、

(ウ)また、前記塗膜抵抗及び前記塗膜抵抗の増加率は、塗膜を評価する指標として一般的に用いられるものではなく、それぞれを本件発明1及び本件発明2で特定される範囲内とすることは、本願出願時における技術常識ではないこと、

(エ)さらに、本件明細書の表7(エマルションE1〜E11に係る記載)、表9(カチオン電着塗料組成物a〜kに係る記載)、及び表10(カチオン電着塗料組成物、浴液温度及び塗膜抵抗に係る記載)の記載から、エマルションに含まれる溶剤の種類、配合量、及び樹脂成分との組み合わせについても、本件発明1で特定する前記塗膜抵抗、及び本件発明2で特定する前記塗膜抵抗の増加率の要件に影響を与えることをそれぞれ述べた上で、

(オ)カチオン電着塗料組成物の成分について「アミン変性エポキシ樹脂(A)及びブロックイソシアネート硬化剤樹脂(B)を構成成分として含」むことしか規定していない本件発明の範囲まで、発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できるとはいえないとして、本件の特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない旨を主張する。

イ さらに申立人は、申立人意見書4.(4)において、特許権者による令和3年6月19日差出の意見書における、“本件発明の効果が異質であり、甲1発明のカチオン電着塗料Y−1の成分条件から本件発明に至ることは当業者といえども困難である。”旨の主張に言及した上で、仮にそのとおりであるとすると、

(ア)本件発明は、実質的に、実施例1、3〜9で具体的に開示されている電着塗料を用いる場合はさておき、どのように「析出塗膜の硬さ、析出塗膜の樹脂成分の粘弾性、塩基性度、析出塗膜に含まれる溶剤の種類、量、析出塗膜塗膜の顔料などの析出した未硬化状態の塗膜の物性値」を調整等すれば、本件発明1で特定する前記塗膜抵抗、及び本件発明2で特定する前記塗膜抵抗とできるか当業者に明らかであるとはいえないとし、サポート要件を満たしていないとも主張する。

ウ しかしながら、上記ア及びイの申立人の主張は、以下に検討するように採用することはできない。

(ア)申立人のいずれの主張も、実質的には、本件発明が実施例記載の態様以外で実施できるかどうか不明であるとの見解に基づき、本件発明の範囲まで発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できるとはいえないと言っているに等しく、上記(1)に述べたサポート要件についての判断手法に則るように行った上記(2)における判断、特に、「発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか」という観点には基づかない主張となっているから、上記イの判断内容を左右するものでなく、採用することはできない。

(イ)なお、申立人の主張において取り上げられている、本件発明2に特定される塗膜抵抗の増加率は、本件明細書【0036】(上記第5の1(1)コ)に「塗膜の焼付後の膜厚が3μmに達したときの塗膜抵抗(R3)から6μmに達したときの塗膜抵抗(R6)の増加率が50〜700%/μmであることが好ましく」と説明されるように、本件明細書において課題解決手段として必須の要素として記載されたものでないし、そのように課題解決手段として必須の要素とすべき特段の事情があるとも判断できないから、サポート要件についての判断には無関係な事項といえる。

(4)申立理由5(サポート要件)に関する検討のまとめ
したがって、申立理由5(サポート要件)によっては、本件特許の請求項1〜4に係る特許を取り消すことはできない。

第7 むすび
以上のとおり、請求項〔1〜4〕についての訂正は適法であるから、これを認める。
そして、当審の取消理由通知書及び特許異議申立書に記載した理由によっては、本件特許の請求項1〜4に係る特許を取り消すことはできないし、他に本件特許の請求項1〜4に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】ジルコニウム化成皮膜処理を施した被塗物にカチオン電着塗料組成物を塗装するための方法
【技術分野】
【0001】
本発明は、ジルコニウム化成皮膜処理を施した被塗物に対してカチオン電着塗料組成物を塗装する方法において、特定の条件のカチオン電着塗料組成物を使用することによって、つきまわり性、塗膜の平滑性、膜厚保持性、及び耐ガスピンホール性の全てを高いレベルで維持する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
カチオン電着塗装は、カチオン電着塗料組成物中に自動車の車体等の被塗物を陰極として浸漬させ、電圧を印加することによって行なわれる。この方法は、大型で複雑な形状を有する自動車の車体等の被塗物の下塗りに最も適した方法として広く採用されている。
【0003】
金属素材からなる被塗物には、耐食性向上を目的として、例えばリン酸亜鉛による化成皮膜処理が施されたものが使用されている。しかしながら、リン酸亜鉛による化成皮膜処理は、反応性が極めて高い処理剤を使用するため、廃液の処理に多大な工程や労力が必要であり、作業性やコストの点で大きな問題を有している。
【0004】
一方、同じ被塗物の耐食性向上を目的として、ジルコニウム化合物による化成皮膜処理が使用されている。ジルコニウム化合物による化成皮膜処理は、上述のリン酸亜鉛による化成皮膜処理のような問題は生じないが、かかる処理を施された被塗物は、電着塗料との密着性が悪く、しかも化成処理皮膜厚が薄いため、つきまわり性能(被塗物の隅々まで塗膜が形成される性能)が低下する問題があった。
【0005】
これに対して、ジルコニウム化合物による化成皮膜処理を施された被塗物にカチオン電着塗料組成物を塗装するための方法において、塗装温度30℃における180秒間の電圧印加により形成される厚さ15μmの電着塗膜の膜抵抗を900〜1600kΩ・cm2にする方法が提案されている(特許文献1参照)。かかる方法は、つきまわり性の向上には有効であるが、塗膜の平滑性、膜厚保持性、耐ガスピンホール性の点で改善の余地があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2010−95678号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、かかる従来技術の現状に鑑み創案されたものであり、その目的は、ジルコニウム化成皮膜処理を施した被塗物に対してカチオン電着塗料組成物を塗装する方法において、つきまわり性、塗膜の平滑性、膜厚保持性、及び耐ガスピンホール性の全てを高いレベルで達成することができる方法を提供することにある。
【0008】
本発明者らは、上述の目的を達成するためにジルコニウム化成皮膜処理を施した被塗物に対する塗装に使用するために好適なカチオン電着塗料組成物の条件について鋭意検討した結果、アミン変性エポキシ樹脂及びブロックイソシアネート硬化剤樹脂を必須構成成分としたカチオン電着塗料組成物の中で、電着塗膜の膜厚が薄い電着工程の極めて初期における塗膜抵抗が、従来より比較的低い特定の範囲にあり、かつ電着工程の極めて初期における塗膜抵抗の増加が特定の範囲にあることを満たすカチオン電着塗料組成物を選択して使用することによって、つきまわり性、塗膜の平滑性、膜厚保持性、及び耐ガスピンホール性の全てを高いレベルで維持することができることを見出し、本発明の完成に至った。
【0009】
即ち、本発明は、以下の(1)〜(4)の構成を有するものである。
(1)ジルコニウム化成皮膜処理を施した被塗物にカチオン電着塗料組成物を塗装する方法において、アミン変性エポキシ樹脂(A)及びブロックイソシアネート硬化剤樹脂(B)を構成成分として含み、かつ被塗物に対して均一に塗装して得られる塗膜の焼付後の膜厚が3μmに達したときの塗膜抵抗(R3)が10〜200kΩ・cm2であり、かつ、6μmに達したときの塗膜抵抗(R6)が40〜400kΩ・cm2であることを満たすカチオン電着塗料組成物を使用して塗装することを特徴とする方法。
(2)以下の式によって算出される、カチオン電着塗料組成物を被塗物に対して均一に塗装して得られる塗膜の焼付後の膜厚が3μmに達したときの塗膜抵抗(R3)から6μmに達したときの塗膜抵抗(R6)の増加率が50〜700%/μmであることを特徴とする(1)に記載の方法。
増加率(%/μm)=((R6)/(R3))×100/3
(3)カチオン電着塗料組成物が、顔料ペーストをさらに含むことを特徴とする、(1)又は(2)に記載の方法。
(4)被塗物が、鉄系金属基材、アルミニウム系金属基材、又は亜鉛系金属基材であることを特徴とする、(1)〜(3)のいずれかに記載の方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明の塗装方法によれば、特定の必須構成成分を有し、かつカチオン電着工程の極めて初期における塗料の塗膜抵抗及びその増加を特定の範囲に制御したカチオン電着塗料組成物を選択して使用しているので、ジルコニウム化成処理を施した被塗物にカチオン電着塗料組成物を塗装した場合につきまわり性だけでなく、塗膜の平滑性、膜厚保持性、及び耐ガスピンホール性も高いレベルで維持することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】図1は、つきまわり性の評価方法を説明する模式図である。
【図2】図2は、つきまわり性の評価方法を説明する模式図である。
【図3】図3は、つきまわり性の評価方法を説明する模式図である。
【図4】図4は、つきまわり性の評価方法を説明する模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の塗装方法は、ジルコニウム化成皮膜処理を施した被塗物にカチオン電着塗料組成物を塗装する際に、特定の構成成分を有するカチオン電着塗料組成物の中で電着工程の極めて初期における塗料の塗膜抵抗及びその増加が特定の範囲にあるカチオン電着塗料組成物を選択して使用することを特徴とするものである。以下、本発明の方法の詳細を説明する。
【0013】
[被塗物の基材]
本発明の塗装方法の塗装対象である被塗物は、カチオン電着可能な金属基材であれば特に限定されないが、例えば鉄系金属基材、アルミニウム系金属基材、又は亜鉛系金属基材を使用することができる。本発明の塗装方法によれば、被塗物が鉄系金属基材及びアルミニウム系金属基材である場合に生じる、つきまわり性、塗膜の平滑性、及び膜厚保持性の問題を解消し、被塗物が亜鉛系金属基材である場合に特有のこれらの問題と、耐ガスピンホール性の問題を解消することができる。
【0014】
[ジルコニウム化成皮膜処理]
本発明の塗装方法では、被塗物には、ジルコニウム化成皮膜処理を予め施しておき、かかるジルコニウム化成皮膜処理が施された被塗物に対してカチオン電着塗装を行なう。ジルコニウム化成皮膜処理は、ジルコニウム化成処理剤を被塗物と接触させて、被塗物の表面に化成処理皮膜を形成させる処理であり、被塗物の耐食性や塗膜密着性を向上させるために施される。
【0015】
ジルコニウム化成皮膜処理は、リン酸亜鉛化成皮膜処理と比べて環境に対する負荷が少ない点で、今日多く採用されている。ジルコニウム化成処理剤としては、従来から様々なものが提案されているが、一般的には、フッ化ジルコン酸などのジルコニウム含有化合物、フッ化水素酸などの、処理液の安定化のためのフッ素化合物、及びその他の任意の添加成分を水に溶解したものである。また、最近、廃水中のフッ素含有量の規制強化の傾向を受けて、フッ素含有化合物を含まないタイプのジルコニウム化成処理剤も提案されている。本発明においては、これらのジルコニウム化成処理剤に限らず、従来公知のいずれのジルコニウム化成処理剤も使用することができる。
【0016】
このようなジルコニウム化成処理剤を被塗物と接触させることによって、被塗物の表面に化成処理皮膜が形成される。ジルコニウム化成処理剤を被塗物に接触させる方法は、特に限定されず、一般的に浸漬法、スプレー法、ロールコート法、流しかけ法等を挙げることができる。処理温度及び処理時間も、特に限定されず、一般的に20〜80℃及び2〜1000秒である。形成された化成処理皮膜中のジルコニウムの含有量は、一般的に10mg/m2〜1g/m2である。
【0017】
ジルコニウム化成処理は、リン酸亜鉛化成処理に比べて、化成処理膜の膜厚が薄いため、化成処理膜自体の抵抗値が低い。そのため、ジルコニウム化成処理では、電着初期段階における塗膜抵抗値の絶対値及び増加が電着塗膜のつきまわり性と塗膜外観により大きい影響を持つ。本発明は、かかる知見に基づいてジルコニウム化成処理を施した被塗物に対して使用するカチオン電着塗料組成物として好適な電着初期段階における塗膜抵抗値の範囲を提案するものである。
【0018】
本発明の塗装方法で使用されるカチオン電着塗料組成物は、アミン変性エポキシ樹脂(A)及びブロックイソシアネート硬化剤樹脂(B)を必須構成成分として含み、カチオン電着工程の極めて初期における塗料の塗膜抵抗及びその増加が特定の範囲のものから選択されるものである。
【0019】
[アミン変性エポキシ樹脂(A)]
アミン変性エポキシ樹脂(A)は、アミンで変性されたエポキシ樹脂であり、そのエポキシ骨格は平均して1分子当り2個のエポキシ基を有し、数平均分子量は400〜2400、特に1000〜1600であることが好ましい。具体的には、1分子中に2個のフェノール性水酸基を有するポリフェノールのグリシジルエーテル、あるいはその重縮合物が挙げられ、好ましいポリフェノールとしては、レゾルシン、ハイドロキノン、2,2−ビス−(4−ヒドロキシフェニル)−プロパン、4,4’−ジヒドロキシベンゾフェノン、1,1−ビス−(4−ヒドロキシフェニル)−メタン、1,1−ビス−(4−ヒドロキシフェニル)−エタン、4,4’−ジヒドロキシビフェニール等が挙げられるが、特に好ましくは2,2−ビス−(4−ヒドロキシフェニル)−プロパン、いわゆるビスフェノールAである。さらに、1分子中に2個のアルコール性水酸基を有するジオールのグリシジルエーテル、あるいはその重縮合物が挙げられ、好ましいジオールとしては、エチレングリコール、プロピレングリコール、1,4−ブタンジオール、1,6−ヘキサンジオール、ネオペンチルグリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、1,4−シクロヘキサンジオール等の低分子ジオール、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール、ポリテトラメチレングリコール等のオリゴマージオールが挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0020】
また、アミン変性エポキシ樹脂を好適な分子量に調整するためには、上記化合物を連結剤で高分子量化反応させることが必要である。好ましい連結剤としては、上記のポリフェノールや1分子中に2個のカルボキシル基を有するジカルボン酸、例えばコハク酸、アジピン酸、アゼライン酸、セバシン酸、テトラヒドロ無水フタル酸、ヘキサヒドロ無水フタル酸、イソフタル酸、ダイマー酸、カルボキシル基含有のブタジエン重合体、あるいはブタジエン/アクリロニトリル共重合体等が挙げられる。また、アミノ基を含有する連結剤としては、エチルアミン、n−プロピルアミン、イソプロピルアミン、n−ブチルアミン、イソブチルアミン、モノエタノールアミン、ジメチルアミノプロピルアミン、ジエチルアミノプロピルアミン、あるいはヘキサメチレンジアミン等のジアミンの各アミノ基をモノエポキシ化合物で2級化したジアミン等が挙げられる。さらに、エポキシ基の開環により生成した水酸基に対して、ジイソシアネートによる連結も可能である。特に好ましくは、上記ポリフェノールのグリシジルエーテルあるいは上記ジオールのグリシジルエーテル、もしくはこれらの混合物を上記ポリフェノールで連結反応する方法により達成することができ、触媒存在下で70〜180℃で反応させるのが好適である。
【0021】
エポキシ末端はアミノ化を基本とするが、エポキシ基の一部を必要に応じて1分子中に1個のカルボキシル基を有する化合物、あるいは1分子中に1個のフェノール性水酸基を有する化合物で付加反応させて樹脂の塩基性を調整することができる。アミノ化剤としては、ジメチルアミン、ジエチルアミン、ジブチルアミン、ジエタノールアミン、N−メチルエタノールアミン、N−エチルエタノールアミン、ジエチレントリアミンの1級アミノ基をケトンと反応させたジケチミン、あるいはこれらの混合物を挙げることができる。特に好ましくは、水酸基を有するアルカノールアミン類を用いた場合であり、反応は無溶剤あるいは溶剤存在下で50〜130℃で行なうのが好適である。
【0022】
[ブロックイソシアネート硬化剤樹脂(B)]
ブロックイソシアネート硬化剤樹脂(B)は、ポリイソシアネートと、それをブロックするブロック剤とから構成される。ポリイソシアネートとしては、2,4−あるいは2,6−トルエンジイソシアネートおよびこれらの混合物、p−フェニレンジイソシアネート、ジフェニルメタン−4,4’−ジイソシアネート、ポリメチレンポリフェニルジイソシアネート、テトラメチレンジイソシアネート、ヘキサメチレンジイソシアネート、イソホロンジイソシアネート、1,3−あるいは1,4−ビス−(イソシアネートメチル)−シクロヘキサン、ジシクロヘキシルメタン−4,4’−ジイソシアネート、ビス−(イソシアネートメチル)−ノルボルナン、3−あるいは4−イソシアネートメチル−1−メチルシクロヘキシルイソシアネート、m−あるいはp−キシレンジイソシアネート、m−あるいはp−テトラメチルキシレンジイソシアネート、さらには上記イソシアネートのビュレット変性体あるいはイソシアヌレート変性体が挙げられるが、これらに限定されるものではない。これらは単独でも混合物でも使用可能である。
【0023】
ポリイソシアネートは、一部をポリオールと反応させることができる。かかる例としては、エチレングリコール、プロピレングリコール、1,6−ヘキサンジオール、ネオペンチルグリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、1,4−シクロヘキサンジオール、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール、ポリテトラメチレングリコール、ポリラクトンジオール、トリメチロールエタン、トリメチロールプロパン、ペンタエリスリトール、あるいはこれらの混合物が挙げられる。
【0024】
ブロック剤としては、メタノール、エタノール、n−ブタノール、2−エチルヘキサノール等の脂肪族アルコール化合物、エチレングリコールモノブチルエーテル、エチレングリコールモノヘキシルエーテル等のセロソルブ化合物、ジエチレングリコールモノエチルエーテル、ジエチレングリコールモノブチルエーテル等のカルビトール化合物、アセトンオキシム、メチルエチルケトンオキシム、シクロヘキサノンオキシム等のオキシム化合物、ε−カプロラクタム等のラクタム化合物、フェノール、クレゾール、キシレノール等のフェノール化合物、アセト酢酸エチルエステル、マロン酸ジエチルエステル等の活性メチレン基含有化合物が挙げられる。
【0025】
ポリイソシアネートとブロック剤の反応は、無溶剤あるいはイソシアネート基と反応しない溶剤の存在下で、50〜130℃で行なうのが好適である。
【0026】
本発明の塗装方法で使用されるカチオン電着塗料組成物におけるアミン変性エポキシ樹脂(A)/ブロックイソシアネート硬化剤樹脂(B)の重量割合は特に限定されるものではないが、固形分重量比で55〜75/45〜25であることが好ましい。
【0027】
[その他の成分]
本発明の塗装方法で使用されるカチオン電着塗料組成物は、上述のアミン変性エポキシ樹脂(A)及びブロックイソシアネート硬化剤樹脂(B)の必須構成成分以外に、所望により顔料ペースト、さらには、可塑剤、界面活性剤、UV吸収剤、酸化防止剤などの任意の公知の添加成分を含むことができる。
【0028】
顔料ペーストは、顔料分散樹脂を水溶化し、必要に応じて消泡剤や界面活性剤、はじき防止剤等の添加剤を配合したビヒクルに体質顔料、着色顔料、防錆顔料、硬化触媒顔料等を混合し、分散機を通して顔料分散したものである。
【0029】
顔料分散樹脂としては、アミン変性エポキシ樹脂(A)をギ酸や酢酸、乳酸、スルファミン酸、メタンスルホン酸等で中和した3級アミン型やエポキシ末端を4級化した4級アンモニウム塩型が使用できる。体質顔料としては、カオリン、タルク、珪酸アルミニウム、炭酸カルシウム、マイカ、クレー、シリカ等が使用でき、着色顔料としては、カーボンブラック、チタンホワイト、ベンガラ等が使用でき、防錆顔料としては、リン酸亜鉛、リン酸鉄、リン酸アルミニウム、リン酸カルシウム、トリポリリン酸アルミニウム、モリブデン酸亜鉛、モリブデン酸アルミニウム、モリブデン酸カルシウム、ビスマス化合物等が使用でき、硬化触媒顔料としては、スズ化合物、ビスマス化合物等が使用できる。
【0030】
本発明の塗装方法で使用されるカチオン電着塗料組成物における合計樹脂重量(A+B)/顔料ペーストの重量割合は特に限定されないが、70〜80/30〜20であることが好ましい。
【0031】
アミン変性エポキシ樹脂(A)、及びブロックイソシアネート硬化剤樹脂(B)を混合した樹脂をエマルジョン化する際に必要な中和酸は、ギ酸、酢酸、乳酸、スルファミン酸、メタンスルホン酸等が好適であり、これらの混合物も使用可能である。
【0032】
本発明の塗装方法で使用されるカチオン電着塗料組成物は、上記エマルジョンを脱イオン水で希釈し、所望により顔料ペーストを撹拌下で混合することによって得られる。塗料組成物の固形分濃度は、20%前後に調整することが好ましい。
【0033】
[塗膜抵抗]
本発明の塗装方法では、ジルコニウム化成皮膜処理を施した被塗物に対して、上述の構成成分を有するカチオン電着塗料組成物を塗装するが、カチオン電着塗料組成物として、かかる被塗物に対して均一に塗装して得られる塗膜の焼付後の膜厚が3μmに達したときの塗膜抵抗(R3)が10〜200kΩ・cm2であり、かつ、6μmに達したときの塗膜抵抗(R6)が40〜400kΩ・cm2であることを満たすものを選択して使用する。さらに、本発明の塗装方法では、かかる被塗物に対して均一に塗装して得られる塗膜の焼付後の膜厚が3μmに達したときの塗膜抵抗(R3)から6μmに達したときの塗膜抵抗(R6)の増加率(即ち、増加率(%/μm)=((R6)/(R3))×100/3)が50〜700%/μmであることを満たすものを選択して使用することが好ましい。膜厚3μm及び6μmでの塗膜抵抗は、カチオン電着工程の極めて初期における塗膜抵抗に相当する。本発明者は、この極めて初期の塗膜抵抗が、比較的低い特定の範囲にあり、さらにこの極めて初期での塗膜抵抗の増加が特定の範囲にあるカチオン電着塗料組成物を使用することによって、ジルコニウム化成皮膜処理を施した被塗物に対する塗装において、つきまわり性、塗膜の平滑性、膜厚保持性、及び耐ガスピンホール性の全てを高いレベルで達成できることを見出した。
【0034】
本発明では、使用するカチオン電着塗料組成物が、上述のように塗膜の焼付後の膜厚が3μmに達したときの塗膜抵抗(R3)が10〜200kΩ・cm2、好ましくは15〜190kΩ・cm2、より好ましくは15〜180kΩ・cm2であることを満たすことが必要である。膜厚が3μmに達したときの塗膜抵抗(R3)が上記下限未満の場合、最終的に形成される塗膜は、一般につきまわり性に劣る傾向を示す。一方、膜厚が3μmに達したときの塗膜抵抗(R3)が上記上限を超える場合、最終的に形成される塗膜は、塗膜の平滑性に劣る。
【0035】
また、本発明では、使用するカチオン電着塗料組成物が、上述のように塗膜の焼付後の膜厚が6μmに達したときの塗膜抵抗(R6)が40〜400kΩ・cm2、好ましくは45〜390kΩ・cm2、より好ましくは50〜380kΩ・cm2であることを満たすことが必要である。膜厚が6μmに達したときの塗膜抵抗(R6)が上記下限未満の場合、最終的に形成される塗膜は、つきまわり性に劣る。一方、膜厚が6μmに達したときの塗膜抵抗(R6)が上記上限を超える場合、最終的に形成される塗膜は、塗膜の平滑性、膜厚保持性、及び(被塗物が亜鉛系金属基材である場合は)耐ガスピンホール性に劣る。
【0036】
さらに、本発明では、使用するカチオン電着塗料組成物が、上述のように以下の式によって算出される、塗膜の焼付後の膜厚が3μmに達したときの塗膜抵抗(R3)から6μmに達したときの塗膜抵抗(R6)の増加率が50〜700%/μmであることが好ましく、より好ましくは55〜600%/μm、さらに好ましくは60〜500%/μmであることを満たすことが好ましい。
増加率(%/μm)=((R6)/(R3))×100/3
上記増加率を上記下限未満に制限することは、膜厚が上述のように薄い電着工程の初期段階においては極めて難しく、一方、上記増加率が上記上限を超える場合、塗膜の平滑性、膜厚保持性、及び耐ガスピンホール性に劣る傾向を示す。
【0037】
膜厚が3μm及び6μmに達したときの塗膜抵抗が上述の範囲にあるカチオン電着塗料組成物を実際に使用するためには、析出した未硬化状態の塗膜の物性値を調整することにより塗膜抵抗の条件を満たすことを確認したカチオン電着塗料組成物を予め用意しておき、それを選択して使用することが好ましい。具体的には、析出塗膜の硬さ、析出塗膜の樹脂成分の粘弾性、塩基性度、析出塗膜に含まれる溶剤の種類、量、析出塗膜の顔料濃度などの析出した未硬化状態の塗膜の物性値を調整すると、塗膜抵抗が上下に変動するので、これらを実験的に調整して確認することにより塗膜抵抗の条件を満たしたカチオン電着塗料を得ることができる。
【0038】
これらの調整では、一般的に、析出塗膜を柔らかい方向に調整すると、析出塗膜中でイオン性物質が移動しやすくなり、塗膜抵抗が低くなり、逆に析出塗膜を硬い方向に調整すると、析出塗膜中でイオン性物質が移動しにくくなり、塗膜抵抗が高くなる傾向を有し、また樹脂の粘弾性を低い方向に、塩基性度を高い方向に、溶剤量を多い方向に、顔料濃度を低い方向に調整すると、塗膜抵抗が低くなり、逆に樹脂の粘弾性を高い方向に、塩基性度を低い方向に、溶剤量を少ない方向に、顔料濃度を高い方向に調整すると、塗膜抵抗が高くなる傾向を示すので、これらの傾向を考慮してカチオン電着塗料組成物の構成成分の種類や量を調整する。析出塗膜の硬さは、一般に、浴液温度(26〜32℃)、樹脂成分のガラス転移点、溶剤量、顔料濃度によって調整することができる。また、樹脂の粘弾性は、一般に浴液温度(26〜32℃)、樹脂成分のガラス転移点、分子量によって調整することができる。さらに、樹脂の塩基性度は、一般にアミン変性樹脂のアミン種・量によって調整することができる。なお、膜厚3μmから6μmへの増加による塗膜抵抗の増加の割合は、一般に析出塗膜の硬さによって調整することができる。ただし、これらの傾向は、全てこのような一般的な傾向通りになるわけではなく、また多元多次関数で変化することがあるので、実際に成分の種類や量の変化に対する塗膜抵抗の変動傾向を個別具体的に把握してから調整することが好ましい。
【0039】
[カチオン電着塗装]
本発明の方法では、カチオン電着塗装は、従来通り、カチオン電着塗料組成物中に被塗物を陰極として浸漬させ、電圧を印加することによって行なえばよい。電着塗装の条件は、特に限定されないが、一般的に、印加電圧は50〜500V程度であり、通電時間は、30秒〜10分程度である。また、使用するカチオン電着塗料組成物の浴液温度は、26〜32℃程度であることが好ましい。電着塗装後、被塗物を水洗して、表面に残留する余分な塗料組成物を洗い落とす。その後、焼付けを行なって、被塗物の表面に形成された塗膜を硬化させる。カチオン電着塗装で得られる最終的な塗膜の焼付後の膜厚は、一般的に5〜100μmである。
【実施例】
【0040】
以下、本発明について、実施例を挙げて具体的に説明するが、本発明は、これらの実施例のみに限定されるものではない。
【0041】
(アミン変性エポキシ樹脂A1の製造)
表1に記載の原料配合に従ってアミン変性エポキシ樹脂A1を製造した。具体的には、撹拌機、温度計、冷却管を備えた2リットルのフラスコに、原料(1)、(2)、(3)、(4)を投入し、撹拌を開始し、150℃で3時間保温し、続いて原料(5)を投入し150℃で2時間保温した後、原料(6)を徐々に投入しながら80℃まで冷却した。次いで原料(7)、(8)、(9)を順次投入し、100℃で4時間保温して、固形分85重量%、数平均分子量1600のアミン変性エポキシ樹脂A1を得た。
【0042】
【表1】

【0043】
(アミン変性エポキシ樹脂A2の製造)
表2に記載の原料配合に従ってアミン変性エポキシ樹脂A2を製造した。具体的には、撹拌機、温度計、冷却管を備えた2リットルのフラスコに、原料(1)、(2)、(3)、(4)を投入し、撹拌を開始し、150℃で3時間保温し、続いて原料(5)を投入し150℃で2時間保温した後、原料(6)を徐々に投入しながら80℃まで冷却した。次いで原料(7)、(8)、(9)を順次投入し、100℃で4時間保温して、固形分85重量%、数平均分子量2200のアミン変性エポキシ樹脂A2を得た。
【0044】
【表2】

【0045】
(ブロックイソシアネート硬化剤樹脂B1の製造)
表3に記載の原料配合に従ってブロックイソシアネート硬化剤樹脂B1を製造した。具体的には、撹拌機、温度計、冷却管を備えた2リットルのフラスコに、原料(1)、(2)、(3)、(4)、(5)を投入し、撹拌を開始し、発熱に注意しながら昇温し、100℃で3時間保温して、固形分85重量%のブロックイソシアネート硬化剤樹脂B1を得た。
【0046】
【表3】

【0047】
(ブロックイソシアネート硬化剤樹脂B2の製造)
表4に記載の原料配合に従ってブロックイソシアネート硬化剤樹脂B2を製造した。具体的には、撹拌機、温度計、冷却管を備えた2リットルのフラスコに、原料(1)、(2)、(3)、(4)、(5)、(6)を投入し、撹拌を開始し、発熱に注意しながら昇温し、100℃で3時間保温して、固形分85重量%のブロックイソシアネート硬化剤樹脂B2を得た。
【0048】
【表4】

【0049】
(顔料分散樹脂P1の製造)
表5に記載の原料配合に従って顔料分散樹脂P1を製造した。具体的には、撹拌機、温度計、冷却管および減圧装置を備えた2リットルのフラスコに、原料(1)、(2)、(3)、(4)を投入し、撹拌を開始した。150℃で4時間保温した後、100℃まで冷却し、原料(5)を投入した。更に50℃まで冷却後、発熱に注意しながら原料(6)を、50℃に維持しながら2時間かけて滴下投入し、投入終了後100℃まで昇温した。100℃で4時間保温した後、90℃まで冷却し、減圧して(7)脱溶剤し、原料(8)、(9)、(10)を順次投入した。80℃で2時間保温して、固形分85重量%の顔料分散樹脂P1を得た。
【0050】
【表5】

【0051】
(顔料分散樹脂P2の製造)
表6に記載の原料配合に従って顔料分散樹脂P2を製造した。具体的には、撹拌機、温度計、冷却管を備えた2リットルのフラスコに、原料(1)、(2)、(3)、(4)、(5)、(6)、(7)を投入し、撹拌を開始した。発熱に注意しながら昇温し、120℃で4時間保温して、固形分85重量%の顔料分散樹脂P2を得た。
【0052】
【表6】

【0053】
(エマルションの製造)
表7に記載の原料配合に従ってエマルションE1〜E11を製造した。具体的には、撹拌機、温度計、冷却管および減圧装置を備えた3リットルのフラスコに、原料(1)、(2)、(3)、(4)、(5)、(6)、(7)、(8)、(9)、(10)を投入し、撹拌を開始した。80℃まで昇温し、減圧して(11)脱溶剤した。次いで原料(12)を徐々に投入して、固形分35重量%のエマルションE1〜E11を得た。
【0054】
【表7】

【0055】
(顔料ペーストの製造)
表8に記載の原料配合に従って顔料ペーストD1、D2を製造した。具体的には、容器に原料(1)、(2)、(3)を投入し、撹拌を開始した。原料(4)、(5)をゆっくりと投入して溶解させた。次いで原料(6)、(7)、(8)、(9)、(10)、(11)を投入し、常温で1時間均一混合したものを横型サンドミルで粒度10μm以下になるまで分散し、固形分65重量%の顔料ペーストD1、D2を得た。
【0056】
【表8】

【0057】
(カチオン電着塗料組成物の製造)
表9に記載の配合に従って実施例で使用するカチオン電着塗料組成物a〜g、及び比較例で使用するカチオン電着塗料組成物h〜kを製造した。具体的には、容器に各エマルションをはかりとり、撹拌下で脱イオン水を投入し、次いで各顔料ペーストを投入して、固形分20重量%の各カチオン電着塗料組成物を得た。なお、表9には、各カチオン電着塗料組成物の特徴(固形分、MEQ、トータル溶剤量)も記載した。
【0058】
【表9】

【0059】
(被塗物の準備)
被塗物として、冷間圧延鋼板(SPC−SD)、亜鉛系めっき鋼板(GA)、及び6000系アルミニウム(Al)を準備した。これらの被塗物はいずれも、日本テストパネル社製であり、その大きさは、70mm×150mm×0.8mmであった。
【0060】
(ジルコニウム化成皮膜処理)
次に、これらの被塗物に対して、以下の手順に従って、ジルコニウム化成皮膜処理を施した。
【0061】
シラン縮合反応物の製造
温度計、撹拌機、冷却管、窒素導入機を具備した1リットルのフラスコに対してエタノール200g、脱イオン水200gを仕込み、攪拌を行なった。気相に窒素を吹き込み、攪拌を続けながら、3−アミノプロピルトリエトキシシラン110g、ビス(トリエトキシシリル)エタン10gを投入し、均一な溶液が得られた後に60℃まで昇温した。60℃で6時間反応させてから、留分を除去し、プロピレングリコールモノメチルエーテルに交換しながら、沸点が120℃になるまで昇温した。次いで60℃まで冷却した後、減圧蒸留で濃縮し、不揮発分40%溶液のシラン縮合反応物を得た。
【0062】
金属表面処理用組成物の調製
上記のようにして得られたシラン縮合反応物と、六フッ化ジルコニウム酸アンモニウム及び硝酸マグネシウムを使用して、ジルコニウムの金属元素換算濃度が100ppm、マグネシウムの金属元素換算濃度が1000ppm、シラン縮合反応物の固形分濃度が200ppmであるように金属表面処理用組成物を調製した。
【0063】
40℃の市販脱脂液に各被塗物を2分間浸漬して脱脂処理した後、水道水で30秒間の水洗処理に供した。次いで、水洗処理後の各被塗物を、pH4.0、温度45℃に調整した金属表面処理用組成物に120秒間浸漬処理した。pHは硝酸又はアンモニアで調整した。浸漬処理後の各被塗物を水道水で30秒間水洗し、さらにイオン交換水で30秒間水洗処理に供した。次いで、熱風乾燥炉により80℃で5分間乾燥させ、ジルコニウム化成皮膜処理を施された各被塗物を得た。
【0064】
実施例1、参考例2、実施例3〜9及び比較例1〜4
ジルコニウム化成皮膜処理を施された被塗物に、カチオン電着塗料組成物として、表9に示すものを使用し、カチオン電着塗装を行ない、膜厚が3μm及び6μmに達した時の塗膜抵抗を測定し、その結果を表10に示した。なお、塗膜抵抗の具体的な測定手順は、以下の通りである。
【0065】
[塗膜抵抗]
ジルコニウム化成皮膜処理を施した被塗物の裏面をガムテープなどでマスキングする。極板/被塗物比を1/4、極間距離を150mmとして、カチオン電着塗料組成物に被塗物を全没させる。撹拌下に荷電圧30Vで1秒単位の塗装を行ない、式(1)から、塗膜が所定の厚さ(3μm及び6μm)に達した時の塗膜抵抗[kΩ・cm2]を求める。
R=V×S×(1/Af−1/Ai)・・・式(1)
式中、R:塗膜抵抗(kΩ・cm2)
V:極間電圧(V)
Ai:初期電流値(A)
Af:最終電流値(A)
S:被塗面積(cm2)
【0066】
【表10】

【0067】
表10から明らかな通り、実施例1、実施例3〜9はいずれも、膜厚3μmでの塗膜抵抗が18〜111kΩ・cm2の範囲であり、膜厚6μmでの塗膜抵抗が52〜395kΩ・cm2の範囲であり、いずれも本発明の範囲内である。これに対して、比較例1〜4はいずれも、膜厚3μm及び6μmでの塗膜抵抗の少なくとも一方が本発明の範囲外である。
【0068】
次に、実施例1、参考例2、実施例3〜9及び比較例1〜4のカチオン電着塗料組成物を使用して、以下の手順でつきまわり性、塗膜の平滑性、膜厚保持性、及び耐ガスピンホール性(亜鉛系金属基材のみ)を評価し、その結果を表11に示した。
【0069】
[つきまわり性]
つきまわり性は、4枚ボックス法により評価した。即ち、図1に示すように、パネル底部から50mm、両側から35mmの位置に8mm径の貫通穴が設けてあるパネル(a)と、穴のないパネル(b)に、ジルコニウム化成皮膜処理を施した被塗物を用いて、図2、図3に示すように、組み合わせ(対極面側から順に、A面、B面、C面・・・非対極面側をH面と称する)、4枚を立てた状態で間隔20mmの平行に配置し、両側面及び底部を粘着テープ等の絶縁体で密閉したボックスを用いる。このボックスを図4に示すように各実施例または比較例のカチオン電着塗料組成物を入れたカチオン電着塗装容器に浸漬し、各貫通穴からのみカチオン電着塗料組成物がボックス内に侵入するようにする。次に各被塗物を電気的に接続し、最も対極に近い被塗物(A面)と対極との距離が150mmになるように配置する。このボックスを陰極とし、対極を陽極として電圧を印加し、カチオン電着塗装を行なった。通電方法は5〜30秒で所定の電圧まで昇圧する方法(ソフトスタート)でも、通常の通電でも良いが、今回はドカン通電を採用した。塗装後、ボックスを分解して各被塗物を水洗し、170℃で20分間焼付けし、A面からH面までの膜厚を測定する。A面膜厚(単位μm)に対するG面膜厚(単位μm)の割合(G/A)により、つきまわり性を評価し、この値が大きいほどつきまわり性が良いと評価できる。
浸漬深さ:9cm、負荷電圧:200V
評価基準
○:G/Aが55%以上
△:G/Aが35%以上55%未満
×:G/Aが35%未満
【0070】
[塗膜の平滑性]
焼付後の硬化塗膜の膜厚が20μmとなる塗装電圧で、ジルコニウム化成皮膜処理を施した被塗物をカチオン電着塗装する。水洗した後、170℃で20分間焼付し、硬化塗膜を得る。得られた塗膜について、株式会社ミツトヨ製の表面粗度計SJ−301を用いて、塗膜の平滑性(Ra)を測定する。
測定条件
カットオフ:2.5mm
送り速さ:0.5mm/秒
評価基準
○:Raが0.25以下
△:Raが0.25超0.31未満
×:Raが0.31以上
【0071】
[膜厚保持性]
ジルコニウム化成皮膜処理を施した被塗物を用いて、負荷電圧200V、通電時間3分(30秒スロー昇圧)の条件でカチオン電着塗装させるときに、30℃でエージングさせたカチオン電着塗料組成物について、建浴後1日目の膜厚に対する経時7日目の膜厚保持率を評価する。
評価基準
○:膜厚保持率85%以上
△:膜厚保持率70%超85%未満
×:膜厚保持率70%以下
【0072】
[耐ガスピンホール性]
負荷電圧230V、通電時間3分(30秒スロー昇圧)で、ジルコニウム化成皮膜処理を施した亜鉛系めっき鋼板(GA)をカチオン電着塗装し、水洗した後、170℃で20分間焼付し、硬化塗膜を得る。得られた塗膜について、発生するガスピンホール数を評価する。なお、耐ガスピンホール性は、亜鉛系金属基材に特有の現象であるため、鉄系、アルミ系金属基材に対しては評価を行なわなかった。
評価基準
○:塗膜にガスピンホールが発生しない
△:塗膜のガスピンホール数が1〜20個
×:塗膜のガスピンホール数が21個以上
【0073】
【表11】

【0074】
表11から明らかな通り、膜厚3μm及び6μmでの塗膜抵抗がいずれも本発明の範囲内である実施例1、実施例3〜9は、つきまわり性、塗膜の平滑性、膜厚保持性、及び耐ガスピンホール性の全ての性能に優れていた。これに対して、膜厚3μm及び6μmでの塗膜抵抗の少なくとも一方が本発明の範囲外である比較例1〜4は、つきまわり性、塗膜の平滑性、膜厚保持性、及び耐ガスピンホール性のうちの少なくとも一つの性能に劣っていた。
【産業上の利用可能性】
【0075】
本発明の方法は、カチオン電着工程の極めて初期における塗料の塗膜抵抗を特定の範囲に制御したカチオン電着塗料組成物を使用しているので、ジルコニウム化成皮膜処理を施した被塗物に対して、つきまわり性、塗膜の平滑性、膜厚保持性、及び耐ガスピンホール性を高いレベルで維持することができ、極めて有用である。
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ジルコニウム化成皮膜処理を施した被塗物にカチオン電着塗料組成物を塗装する方法において、アミン変性エポキシ樹脂(A)及びブロックイソシアネート硬化剤樹脂(B)を構成成分として含み、かつ被塗物に対して均一に塗装して得られる塗膜の焼付後の膜厚が3μmに達したときの塗膜抵抗(R3)が10〜111kΩ・cm2であり、かつ、6μmに達したときの塗膜抵抗(R6)が40〜400kΩ・cm2であることを満たすカチオン電着塗料組成物を使用して塗装することを特徴とする方法。
【請求項2】
以下の式によって算出される、カチオン電着塗料組成物を被塗物に対して均一に塗装して得られる塗膜の焼付後の膜厚が3μmに達したときの塗膜抵抗(R3)から6μmに達したときの塗膜抵抗(R6)の増加率が50〜700%/μmであることを特徴とする請求項1に記載の方法。
増加率(%/μm)=((R6)/(R3))×100/3
【請求項3】
カチオン電着塗料組成物が、顔料ペーストをさらに含むことを特徴とする、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
被塗物が、鉄系金属基材、アルミニウム系金属基材、又は亜鉛系金属基材であることを特徴とする、請求項1〜3のいずれかに記載の方法。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2021-11-01 
出願番号 P2016-095545
審決分類 P 1 651・ 537- YAA (C25D)
P 1 651・ 536- YAA (C25D)
P 1 651・ 113- YAA (C25D)
P 1 651・ 121- YAA (C25D)
最終処分 07   維持
特許庁審判長 平塚 政宏
特許庁審判官 佐藤 陽一
市川 篤
登録日 2020-06-16 
登録番号 6718301
権利者 神東アクサルタコーティングシステムズ株式会社 神東塗料株式会社
発明の名称 ジルコニウム化成皮膜処理を施した被塗物にカチオン電着塗料組成物を塗装するための方法  
代理人 浅野 典子  
代理人 浅野 典子  
代理人 風早 信昭  
代理人 風早 信昭  
代理人 安藤 達也  
代理人 山田 泰之  
代理人 風早 信昭  
代理人 浅野 典子  

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