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審決分類 審判 全部無効 2項進歩性  B08B
審判 全部無効 特36条4項詳細な説明の記載不備  B08B
審判 全部無効 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  B08B
審判 全部無効 1項3号刊行物記載  B08B
管理番号 1381846
総通号数
発行国 JP 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2022-03-25 
種別 無効の審決 
審判請求日 2018-12-19 
確定日 2022-02-24 
事件の表示 上記当事者間の特許第6043888号発明「真空洗浄装置および真空洗浄方法」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由 第1 本件特許の経緯
本件特許第6043888号(以下、「本件特許」という。)の請求項1〜5に係る発明についての特許出願(以下、「本件特許出願」という。)は、2012年(平成24年)11月20日を国際出願日(優先権主張 平成23年11月25日)とする特願2013−545937号(以下、「原々々出願」という。)の一部を平成27年2月6日に新たな特許出願とした特願2015−22618号(以下、「原々出願」という。)の一部を平成28年7月20日に新たな特許出願とした特願2016−142767号(以下、「原出願」という。)の一部を平成28年7月26日に新たな特許出願としたものであって、平成28年11月18日に特許権の設定登録(請求項の数5)がされたものである。

そして、平成30年12月19日に請求人高砂工業株式会社(以下、「請求人」という。)より請求項1〜5に係る特許について特許無効審判が請求され、平成31年3月15日付けで被請求人株式会社IHI及び株式会社IHI機械システム(以下、「被請求人ら」という。)より無効審判答弁書が提出された。また、同年3月25日付けで被請求人らより上申書が提出され、令和元年5月7日付けで審理事項通知書が通知され、同年6月5日付けで請求人及び被請求人らより口頭審理陳述要領書が提出され、同年6月12日付けで再度、審理事項通知書が通知され、同年6月26日付けで請求人及び被請求人らより口頭審理陳述要領書(2)が提出され、同年6月26日に口頭審理が行われ、同年7月17日付けで請求人及び被請求人らより上申書が提出され、さらに、同年7月31日付けで請求人及び被請求人らより上申書が提出された。

第2 本件特許発明
本件特許の請求項1〜5に係る発明(以下、「本件特許発明1」などといい、これらの発明をまとめて「本件特許発明」という。)は、特許請求の範囲の請求項1〜5に記載された事項により特定される、次のとおりのものである。
なお、特許請求の範囲の請求項1〜5において、「A」等の記号による発明特定事項の分説はされていないが、以下の便宜のため、請求人が審判請求書で示した記号をもとに、当審で「A」等の記号を付加した(被請求人らから提出された令和元年6月5日付け口頭審理陳述要領書において、当該記号の付加について、被請求人らも異論はないとしている。)。

「【請求項1】
A:真空ポンプと、
B:石油系溶剤の蒸気を生成する蒸気生成手段と、
C:前記真空ポンプによって減圧され、当該減圧の状態において前記蒸気生成手段から供給される蒸気によってワークを洗浄する洗浄室と、
D:前記真空ポンプによって減圧され、当該減圧の状態が保持される凝縮室と、
E:前記凝縮室を前記洗浄室よりも低い温度に保持する温度保持手段と、
F:前記凝縮室と前記洗浄室とを連通させ、または、その連通を遮断する開閉バルブと、を備え、
G:前記蒸気を前記洗浄室に供給してワークを洗浄した後、前記開閉バルブによって前記洗浄室を当該洗浄室よりも低い温度に保持された前記凝縮室と連通させてワークを乾燥させる
H:ことを特徴とする真空洗浄装置。
【請求項2】
I:前記温度保持手段は、
前記凝縮室の温度を前記石油系溶剤の凝縮点以下に保持することを特徴とする請求項1記載の真空洗浄装置。
【請求項3】
J:前記洗浄室から前記凝縮室に導かれて凝縮した石油系溶剤を、前記凝縮室から前記蒸気生成手段に導く回収手段をさらに備えることを特徴とする請求項2記載の真空洗浄装置。
【請求項4】
K:前記洗浄室に接続され、前記石油系溶剤が貯留されるとともに当該石油系溶剤にワークを浸漬可能な浸漬室をさらに備えることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の真空洗浄装置。
【請求項5】
L:真空ポンプを用いることにより、ワークが搬入された洗浄室および凝縮室を減圧する工程と、
M:石油系溶剤の蒸気を生成し、当該蒸気を減圧下にある前記洗浄室に供給して前記ワークを洗浄する工程と、
N:減圧下にある前記凝縮室を前記洗浄室よりも低い温度に保持する工程と、
O:前記洗浄室において前記ワークを洗浄した後、開閉バルブを開弁することにより前記洗浄室を当該洗浄室よりも低い温度に保持された前記凝縮室と連通させてワークを乾燥させる工程と、
P:を含む真空洗浄方法。」

第3 請求人の主張
1 請求人は、本件特許の請求項1〜5に係る発明についての特許を無効とする、審判費用は被請求人らの負担とする、との審決を求め、以下の無効理由1〜無効理由5を主張している。また、証拠方法として甲第1号証〜甲第40号証(枝番を含む)を提出している(以下、「甲第1号証」については、「甲1」と表記し、「甲第2号証」等についても、同様に表記する。)。
なお、審判請求書等で用いられる「○1(○の中にアラビア数字の1)」は、「○1」と表記し、「○2(○の中にアラビア数字の2)」等についても同様に表記する。

2 無効理由の概要
[無効理由1]
本件特許発明1、2、3、5は、甲10に記載された発明を主引例とし、甲11〜甲14に記載されるような周知技術との組み合わせにより、その優先日前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであって、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、その発明に係る特許は、特許法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきものである。
本件特許発明4は、甲10に記載された発明を主引例とし、甲11〜甲14に記載されるような周知技術、及び甲13、甲15、甲16の1、甲17に記載されるような周知技術との組み合わせにより、その優先日前に当業者が容易に発明をすることができたものであって、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、その発明に係る特許は、特許法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきものである。

[無効理由2]
本件特許発明1、2、3、5は、甲18に記載された発明を主引例とし、甲11〜甲14に記載されるような周知技術との組み合わせにより、その優先日前に当業者が容易に発明をすることができたものであって、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、その発明に係る特許は、特許法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきものである。
本件特許発明4は、甲18に記載された発明を主引例とし、甲11〜甲14に記載されるような周知技術、及び甲13、甲15、甲16の1、甲17に記載されるような周知技術との組み合わせにより、その優先日前に当業者が容易に発明をすることができたものであって、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、その発明に係る特許は、特許法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきものである。

[無効理由3]
本件特許出願は特許法第44条第1項の規定に違反するから、その出願日は遡及せず、現実の出願日である平成28年7月26日となる結果、本件特許発明1〜5は原々々出願が国際公開された甲7に記載された発明であって、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができないものであり、その発明に係る特許は、特許法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきものである、又は甲7に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであって、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、その発明に係る特許は、特許法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきものである。

[無効理由4]
本件特許は、本件特許発明1〜5について、発明の詳細な説明の記載が、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものでないため、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていないものであり、その発明に係る特許は、特許法第123条第1項第4号に該当し、無効とすべきものである。

[無効理由5]
本件特許は、本件特許発明1〜5が発明の詳細な説明に記載したものでないため、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていないものであり、その発明に係る特許は、特許法第123条第1項第4号に該当し、無効とすべきものである。

<証拠方法>
提出された証拠は、以下のとおりである。
甲1 特許第6043888号公報
甲2 特願2016−146784の出願書類
甲3 PCT/JP2012/080105の国際出願書類
甲4 PCT/JP2012/080105の国内書面(特願2013−545937)
甲5 特願2015−22618の出願書類
甲6 特願2016−142767の出願書類
甲7 国際公開第2013/077336号
甲8 特願2016−146784の早期審査に関する事情説明書
甲9 特願2016−146784の特許査定
甲10 特開2000−160378号公報
甲11 真空洗浄装置について 平成13年10月 中外炉工業株式会社 紙谷 守
甲12 特開平10−57909号公報
甲13 特開平6−220672号公報
甲14 特開2000−51802号公報
甲15 特開2003−236479号公報
甲16の1 真空脱脂洗浄乾燥装置「SKY GATE」カタログ 平成10年2月2日以前 佐藤真空機械工業株式会社
甲16の2 ウィキペディア 郵便番号(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%83%B5%E4%BE%BF%E7%95%AA%E5%8F%B7)
甲17 真空洗浄機と連続真空浸炭炉の開発 平成17年3月 株式会社日本ヘイズ取締役技術部部長 平本 昇
甲18 米国特許第6004403号明細書
甲19 東京地方裁判所平成29年(ワ)第7207号特許権侵害差止等請求事件の平成29年7月18日付け準備書面(原告その1)
甲20 特願2013−545937の拒絶理由通知書
甲21 東京地方裁判所平成29年(ワ)第7207号特許権侵害差止等請求事件の平成29年8月29日付け実験報告書
甲22 東京地方裁判所平成29年(ワ)第7207号特許権侵害差止等請求事件の平成30年1月16日付け実験報告書
甲23の1 東京地方裁判所平成29年(ワ)第7207号特許権侵害差止等請求事件の平成29年11月2日付け実験報告書
甲23の2 東京地方裁判所平成29年(ワ)第7207号特許権侵害差止等請求事件の平成29年11月2日付け実験報告書の公正証書
甲24 東京地方裁判所平成29年(ワ)第7207号特許権侵害差止等請求事件の平成30年3月9日付け実験報告書
甲25 東京地方裁判所平成29年(ワ)第7207号特許権侵害差止等請求事件の平成29年9月8日付け準備書面(その3)
甲26 東京地方裁判所平成29年(ワ)第7207号特許権侵害差止等請求事件の平成30年4月24日付け試験報告書
甲27 東京地方裁判所平成29年(ワ)第7207号特許権侵害差止等請求事件の平成30年4月27日付け準備書面(原告その9)
甲28 東京地方裁判所平成29年(ワ)第7207号特許権侵害差止等請求事件の平成30年7月6日付け準備書面(原告その11)
甲29 東京地方裁判所平成29年(ワ)第7207号特許権侵害差止等請求事件の平成30年10月22日付け準備書面(原告その13)
甲30 東京地方裁判所平成29年(ワ)第7207号特許権侵害差止等請求事件の平成29年11月27日付け準備書面(原告らその5)
甲31 取扱説明書TRV406トライパック真空ポンプ 平成26年9月5日 株式会社宇野澤組鐵工所
甲32 取扱説明書多段ルーツ式 真空ポンプ CT4 水冷式型 平成20年6月 株式会社アンレット
甲33 工業加熱 第50巻 第4号(通巻第298号) 第15ページ〜第20ページ 平成25年7月1日 一般社団法人日本工業炉協会
甲34 【経済産業大臣賞】蒸気凝縮式真空脱脂洗浄機(エヴァクライオIWV−34C) 株式会社IHI機械システム
甲34の2 優秀省エネルギー機器 平成25年度受賞機器の概要 第10ページ〜第13ページ 平成26年2月 一般社団法人日本機械工業連合会
甲35 東京地方裁判所平成29年(ワ)第7207号特許権侵害差止等請求事件の平成29年7月28日付け準備書面
甲36 特許第5695762号公報
甲37 東京地方裁判所平成29年(ワ)第7207号特許権侵害差止等請求事件の平成30年12月11日付け準備書面
甲38 ウィキペディア モントリオール議定書(https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=モントリオール議定書&oldid=72845595)
甲39 特開平6−15239号公報
甲40 新版真空技術実務読本 第182ページ〜第185ページ、第190ページ〜第191ページ 平成6年5月20日第1版第1刷発行 株式会社オーム社

3 具体的な理由
(1)無効理由1(甲10に基づく進歩性欠如)と無効理由2(甲18に基づく進歩性欠如)とに共通する事項について
ア 本件特許発明1の解釈について
(ア)「減圧の状態が保持」及び「低い温度に保持」の「保持」の期間について
構成要件Gには、凝縮室が、ワークの乾燥工程において、減圧の状態が保持され洗浄室よりも低い温度に保持されることが特定されているが、構成要件D及び構成要件Eは、特に減圧又は冷却の時期を特定するものではないから、乾燥工程以外の期間については、「減圧の状態」及び「低い温度」が保持されるか否かについては特定されていない。(令和元年6月5日付け口頭審理陳述要領書第9ページ第9行〜第15行)

本件特許発明1において、「減圧の状態が保持」及び「低い温度に保持」の「保持」の期間は、ワークの乾燥工程の間のみのものも含むと解すべきである。(令和元年7月31日付け上申書第6ページ下から8行〜下から6行)

(イ)「連通させてワークを乾燥させる」について
構成要件Gは、ワークの乾燥が「洗浄室と凝縮室とを連通」させた態様で行われることを特定したものにすぎない。さらに、本件特許発明1は、ワークの乾燥工程における洗浄室と真空ポンプとの関係を特定していないのであるから、文言上、ワークの乾燥工程において真空ポンプを用いて凝縮室・洗浄室を減圧するものも含み得る。(令和元年6月5日付け口頭審理陳述要領書第21ページ第16行〜第20行)

本件特許発明1の「前記開閉バルブによって前記洗浄室を当該洗浄室よりも低い温度に保持された前記凝縮室と連通させてワークを乾燥させる」の記載からは、ワークを乾燥させる態様が、「洗浄室」と「洗浄室よりも低い温度に保持された凝縮室」と連通させた態様であり、両者を連通させる手段が「開閉バルブ」であることを、一義的に明確に理解することができる。本件特許の請求項の記載は、請求項の記載の技術的意義が一義的に明確に理解することができないなど、発明の詳細な説明を参酌することができる特段の事情がある場合にあたらないから、本件特許発明の要旨認定について、発明の詳細な説明を参酌する必要はない。(令和元年7月17日付け上申書第3ページ第6行〜第21行)

イ 本件特許発明5の解釈について
(ア)「減圧下」及び「低い温度」の「保持」の期間について
本件特許の請求項5の記載は、実施形態において蒸気洗浄工程よりも前に行われている「凝縮室を低い温度にする工程」(構成要件N)が蒸気洗浄工程(構成要件M)よりも後に記載されているし、実施形態において「凝縮室の減圧」→「ワークの搬入」→「ワーク搬入後の洗浄室の減圧」という工程をまとめて「ワークが搬入された洗浄室および凝縮室を減圧する工程」(構成要件L)として記載されているから、特許請求の範囲の記載は、各工程の順序を特定したものとは解されない。
そうすると、本件特許発明5においても、凝縮室は、ワークの乾燥工程においては、減圧の状態が保持され、洗浄室よりも低い温度に保持されることは特定されているが、乾燥工程以外の期間については、「減圧の状態」及び「低い温度」が保持されるか否かについては特定されていない。(令和元年6月5日付け口頭審理陳述要領書第10ページ第5行〜第14行)

本件特許発明5においても、『減圧下にある前記凝縮室を前記洗浄室よりも低い温度に保持』の『減圧下』及び『低い温度』の『保持』の期間は、ワークの乾燥工程の間のみのものも含むと解すべきである。(令和元年7月31日付け上申書第6ページ下から5行〜下から2行)

(イ)「連通させてワークを乾燥させる」について
構成要件Oは、「前記洗浄室において前記ワークを洗浄した後、開閉バルブを開弁することにより前記洗浄室を当該洗浄室よりも低い温度に保持された前記凝縮室と連通させてワークを乾燥させる工程と」というものであるから、乾燥の手順として、ワークの洗浄後に、洗浄室を当該洗浄室よりも低い温度に保持された前記凝縮室と連通させることが特定されているにすぎない。(令和元年6月5日付け口頭審理陳述要領書第28ページ第14行〜第19行)

(2)無効理由1(甲10に基づく進歩性欠如)について
ア 本件特許発明1について
(ア)相違点
蒸気洗浄に使用する溶剤が、本件特許発明1は「石油系溶剤」であるのに対して、甲10に記載された発明は「洗浄液」である点で相違する。(審判請求書第29ページ下から4行〜下から1行)

(イ)相違点の検討
機械部品を真空蒸気洗浄するための洗浄液として石油系溶剤を使用することは、甲11〜甲14に記載されているように、本件特許出願時(当審注:「本件特許の優先日」の意味と解される。)において当業者に周知の事項である。(審判請求書第30ページ第9行〜第11行)

より詳しく説明すれば、1995年以前の真空洗浄装置の溶剤には、洗浄力の高いトリクロロエタンが用いられていた。しかしながら、トリクロロエタンはオゾン層破壊物質であるため、「オゾン層を破壊する物質に関するモントリオール議定書」により、1996年以降、全面的に使用が禁止された。そこで、トリクロロエタンの代替溶剤として、石油系溶剤が開発され、真空洗浄装置の溶剤として使用されるようになったという経緯がある。
このような経緯をふまえれば、当業者であれば、1998年(平成10年)11月26日に出願された甲10に記載された洗浄装置で使用する洗浄液は、当然、石油系溶剤であると考える。また、本件特許出願時(2012年11月20日)(当審注:「本件特許の優先日」の意味と解される。)の当業者にとって、真空洗浄装置の洗浄液として石油系溶剤を用いることは、普通に行うことであり、どんなに控え目に見ても通常の創作能力の発揮に過ぎない。(審判請求書第31ページ第14行〜下から2行)

石油系溶剤を使用する洗浄装置では、空気の混入を忌避することは大前提であり、真空洗浄装置を製造、運転する当業者にとって、危険物として指定されている石油系溶剤を扱う以上、火災などを引き起こさないように真空洗浄装置の安全性を考慮することは当たり前のことである。・・・甲10に記載された洗浄液として石油系溶剤を用いる場合、大気との混合を防止するには、蒸気発生部4と連通させない状態で、蒸気洗浄部3を予めバキュームポンプ14で吸引し排気すればよいのであって、そのためには連通口10を開口する前にバキュームポンプ14を作動させておけばよい。その際には、単に密閉蓋体11の開閉時期とバキュームポンプ14の作動時期を調整するだけで特に装置を改造する必要もない。したがって、甲10に大気との混合を防止する手順が明記されていないことは、甲10に記載された洗浄剤として石油系溶剤を使用できない理由にはならない。(令和元年7月17日付け上申書第9ページ下から3行〜第10ページ第15行)

(ウ)本件特許発明1がワークを乾燥させる前に凝縮室を減圧し、減圧の保持を行うものに限定的に解釈される場合
甲10にはバキュームポンプ14周辺の機器として直接の記載はないが、当業者は、当然にバキュームポンプ14の吸気側配管に遮断弁又は逆止弁が設置されていると理解する。バキュームポンプ14の吸気側配管に遮断弁又は逆止弁が設置されていれば、バキュームポンプ14によって凝縮器15が減圧された後、仮にバキュームポンプ14を停止させたとしても、その減圧状態は維持される。
なお、真空洗浄装置によっては、装置の稼働中、連続して真空ポンプを運転し続ける場合もあるが、この場合、凝縮器15内の減圧状態は維持されることは言うまでもない。(令和元年6月5日付け口頭審理陳述要領書第13ページ第10行〜下から5行)

甲10には、蒸気洗浄の工程について詳細な記載はない。したがって、蒸気洗浄部3と凝縮器15の圧力の関係は、蒸気洗浄に関する一般的な技術常識を考慮した上で理解することとなるが、甲10に記載された洗浄装置の減圧蒸気洗浄が行われる際の蒸気洗浄部3と凝縮器15の圧力の関係は概ね以下のとおりと理解できる。
○1 蒸気洗浄部3に被洗浄物5を裁置した後、第1電磁弁17を開弁すると共にバキュームポンプ14を作動させると、蒸気洗浄部3および凝縮器15の両方が減圧される。減圧蒸気洗浄開始時において凝縮器15が減圧状態にある場合(一度蒸気洗浄が行われると、凝縮器15は、前の蒸気洗浄時の減圧状態が維持されている。)は勿論、凝縮器15が大気圧状態にあったとしても、「蒸気洗浄部3→凝縮器15→バキュームポンプ14」なる排気経路においては、配管内の圧力損失により上流側の圧力の方が下流側の圧力よりも高くなるから、蒸気洗浄部3の方が凝縮器15よりも圧力が高くなる。
○2 蒸気洗浄部3の圧力が低下すると、蒸気発生部4で発生した洗浄蒸気が蒸気洗浄部3に流れ込む。洗浄蒸気の一部は大気と共に蒸気洗浄部3から流出するが、凝縮器15で凝縮するので外部には排出されない。凝縮器15では、洗浄蒸気の凝縮による減圧が生じる。この時点でも、蒸気洗浄部3の方が凝縮器15よりも圧力が高い。
○3 蒸気洗浄部3の圧力が蒸気洗浄を行うための所定の圧力まで低下すると第1電磁弁17を閉じる。このとき蒸気洗浄部3の洗浄蒸気が飽和蒸気圧に達していない場合は、ほぼ飽和蒸気圧になるまで蒸気発生部4から洗浄蒸気が流入し続ける。一方、凝縮器15は冷却パイプ9により冷却されているから凝縮器15内の蒸気圧は高まらない。蒸気洗浄部3の方が凝縮器15よりも高温で飽和蒸気圧が高い分、洗浄蒸気の分圧はさらに高くなる。
このように、蒸気洗浄部3の方が凝縮器15よりも圧力が高く、洗浄工程においては、この圧力関係が維持される。したがって、乾燥のために第1電磁弁17を開弁する直前における蒸気洗浄部3と凝縮器15の圧力の大小関係は、「蒸気洗浄部3>凝縮器15」になる。
仮に、洗浄工程中に、第1電磁弁17が開弁したままであるとしても、前記○2の状態の後、さらに蒸気洗浄部3の洗浄蒸気はほぼ飽和蒸気圧になるまで蒸発し続け、この状態が維持されるから、洗浄工程終了時における蒸気洗浄部3の圧力は、凝縮器15の圧力よりも高い。(令和元年6月26日付け口頭審理陳述要領書(2)第5ページ第11行〜第6ページ第15行)

(エ)本件特許発明1の「連通させてワーク乾燥させる」がワークの乾燥の手段を特定したものと解釈される場合
本件特許明細書に記載された実施形態において、開閉バルブ20と切換バルブV4を同時に開いて凝縮室21を真空ポンプ10で吸引した時、洗浄室2及び凝縮室21内でどのような現象が生じるのかは定かではないが、真空ポンプ10で吸引する態様の場合には、本件特許発明1は甲10に記載された発明と同じ洗浄装置の構成、同じ乾燥工程の態様となるのであるから、洗浄室(蒸気洗浄部3)から凝縮室(凝縮器15)への蒸気の移動も同じ態様となる。したがって、本件特許発明1の構成要件Gがワークの乾燥の手段を特定したものであると解したとしても、甲10に記載された発明と異なるところはない。(令和元年6月5日付け口頭審理陳述要領書第45ページ第4行〜第11行)

凝縮による乾燥は、洗浄室が高温・高圧であり凝縮室が低温・低圧であれば必然的に起こる現象であるから、甲10に記載された発明の乾燥も必然的に「真空ポンプ+凝縮」となる。したがって、本件特許発明1の構成要件Gは、甲10に記載された発明に対して相違点とはならない。
甲10に記載された発明においては、本件特許明細書の実施形態の洗浄装置において真空ポンプを併用した場合に比べて、乾燥能力に対する「凝縮」の寄与度が小さいかもしれないが、構成要件Gは、乾燥能力に対する「凝縮」の寄与度を特定していないから、仮に、甲10に記載された発明において乾燥能力に対する「凝縮」の態様の寄与度が小さいとしても、構成要件Gは相違点とはならない。(令和元年7月17日付け上申書第6ページ下から12行〜下から1行)

イ 本件特許発明2について
本件特許発明2の構成要件Iにおいては、本件特許発明1の構成要件Eの「温度保持手段」を「前記凝縮室の温度を前記石油系溶剤の凝縮点以下に保持する」ものであると限定している。
この点、甲10に記載された冷却パイプ9(温度保持手段に相当)は、凝縮器15を冷却する。そして、蒸気洗浄部3から引き出された蒸気は、凝縮器15で凝縮する(段落【0026】、段落【0036】)。このことから、冷却パイプ9は、凝縮器15の温度を洗浄液の凝縮点以下に保持するものといえる。したがって、甲10に記載されている洗浄装置は、本件特許発明2の構成要件Iを備える。以上より、本件特許発明2は進歩性を有しない。(審判請求書第32ページ第5行〜第14行)

ウ 本件特許発明3について
本件特許発明3は、本件特許発明2に対して、「前記洗浄室から前記凝縮室に導かれて凝縮した石油系溶剤を、前記凝縮室から前記蒸気生成手段に導く回収手段をさらに備える」という構成要件Jを付加するものである。甲10に記載された洗浄装置によると、蒸気洗浄部3から凝縮器15に導かれて凝縮した洗浄液は、凝縮器15から第2電磁弁35付き配管を通って蒸気発生部4に移送される(段落【0036】)。よって、第2電磁弁35付き配管は、本件特許発明3の構成要件Jに相当し、甲10に記載されている洗浄装置は、本件特許発明3の構成要件Jを備える。以上より、本件特許発明3は進歩性を有しない。(審判請求書第32ページ第16行〜第24行)

エ 本件特許発明4について
(ア)相違点
甲10には、蒸気洗浄部3(洗浄室)に接続される浸漬室は記載されていない。(審判請求書第33ページ第8行〜第9行)

(イ)相違点の検討
甲13、甲15、甲16の1及び甲17に記載されているように、蒸気洗浄を行う洗浄室に、浸漬洗浄を行う浸漬室を接続して、蒸気洗浄と浸漬洗浄の両方を行えるようにした洗浄装置は、本件特許出願時(当審注:「本件特許の優先日」の意味と解される。)において周知である。(審判請求書第33ページ第10行〜第12行)

蒸気洗浄に加えて浸漬洗浄を行うという点において、甲10、甲13、甲15、甲16の1及び甲17は共通する。また、上記文献のうち、甲13の段落【0010】、【0032】、【0067】、および甲15の段落【0003】には、甲10に記載された発明と同様に、蒸気洗浄に加えて浸漬洗浄を行うと、洗浄効果が向上することが記載されている。本件特許発明、甲10に記載された発明を含め、洗浄装置において洗浄効果を向上させることは、当然に検討される課題であるから、当該課題のもと、蒸気洗浄に加えて浸漬洗浄を行うという点において、甲10に記載された発明に甲13、甲15、甲16の1及び甲17に記載された事項を組み合わせる動機付けは存在する。
したがって、甲10に記載された洗浄装置において蒸気洗浄に加えて浸漬洗浄を行う場合に、甲13、甲15、甲16の1及び甲17に記載されている周知の構成に基づいて、洗浄室に浸漬室を接続して配置することは、当業者であれば容易になし得ることである。
また、甲15の段落【0009】、【0020】には、「洗浄品質の向上」に加えて、「洗浄装置をコンパクトに構成して設置面積を縮小すると共に、設備費用を廉価にする」という課題が記載されている。そして、第2の形態として、蒸気洗浄・乾燥室41と浸漬槽42とが、中間扉43を挟んで上下に接続されている構成が示されており(段落【0050】、図2)、当該構成により、「左右方向の幅を短縮することができて、設置面積を縮小することができる」ことが記載されている(段落【0070】)。
甲10においても、「洗浄装置をコンパクトで経済的に形成する」という課題が記載されており(段落【0006】)、甲15にはこれと同じ課題が記載されているという点でも、甲10に記載された発明に甲15に記載された事項を組み合わせる動機付けは存在する。そして、甲10の洗浄装置に、甲15に記載された構成を採用すれば、洗浄効果の向上と洗浄装置のコンパクト化を実現できることは、当業者にとって自明である。
以上より、本件特許発明4は、進歩性を有しない本件特許発明1に周知技術である構成要件Kを付加したものに過ぎないから、進歩性を有しない。(審判請求書第34ページ第18行〜第35ページ第17行)

オ 本件特許発明5について
(ア)相違点
生成する蒸気が、本件特許発明5は「石油系溶剤の蒸気」であるのに対して、甲10に記載された発明は「洗浄液の蒸気」である点で相違する。(審判請求書第36ページ第4行〜第8行)

(イ)相違点の検討
本件特許発明1で説明したとおり、機械部品を真空蒸気洗浄するための洗浄液として石油系溶剤を使用することは、本件特許出願時(当審注:「本件特許の優先日」の意味と解される。)において当業者に周知の事項である。(審判請求書第36ページ第9行〜第12行)

(ウ)本件特許発明5が乾燥工程前に凝縮室を減圧し、減圧下にするものに限定的に解釈される場合
仮に、本件特許発明5が乾燥工程の前から凝縮室の減圧を行うものに限定的に解釈されるとしても、甲10に記載された発明は、蒸気洗浄部3と連通させる前に凝縮器15をバキュームポンプ14により減圧し、その減圧状態を維持する工程を有するから、本件特許発明5の構成要件Nと相違しない。(令和元年6月5日付け口頭審理陳述要領書第25ページ第3行〜第7行)

(3)無効理由2(甲18に基づく進歩性欠如)について
ア 本件特許発明1について
(ア)相違点
蒸気洗浄に使用する溶剤が、本件特許発明1は「石油系溶剤」であるのに対して、甲18に記載された発明は「溶剤」である点で相違する。(審判請求書第44ページ第10行〜第13行)

(イ)相違点の検討
無効理由1(甲10に基づく進歩性欠如)の本件特許発明1における相違点の検討で説明したように、機械部品を真空蒸気洗浄するための洗浄液として石油系溶剤を使用することは、本件特許出願時(当審注:「本件特許の優先日」の意味と解される。)において当業者に周知であった。また、トリクロロエタンの代替溶剤として、石油系溶剤が開発され、真空洗浄装置の溶剤として使用されるようになったという経緯もある。よって、甲18に記載されている1.1.1トリクロロエタンなどの溶剤に替えて石油系溶剤を用いることは、当業者にとって普通に行うことであり、通常の創作能力の発揮に過ぎない。(審判請求書第44ページ第14行〜第23行)

(ウ)本件特許発明1がワークを乾燥させる前に凝縮室を減圧し、減圧の保持を行うものに限定的に解釈される場合
甲18の記載に基づけば、むしろ、洗浄、乾燥、溶剤回収の全てのプロセスで空気を排除していると考えるのが当然であり、乾燥工程で溶剤蒸気が空気と混合しないよう、乾燥工程の前に、凝縮器34は真空ポンプ36により減圧されその状態が保持されていると解される。このように、甲18に記載された発明において、凝縮器34を乾燥工程の前に減圧する動機は、十分にある。(令和元年6月5日付け口頭審理陳述要領書第31ページ下から11行〜下から6行)

甲18に記載された発明においては、溶剤と空気との混合をいかなる時にも防止するという観点から、溶剤を導入する前に室12から空気を排除する。ここで、蒸留タンク58は、室12に蒸気を供給するための溶剤を貯蔵するタンクであり、室12から空気を排除した後、バルブ62を開放して室12に溶剤蒸気を流入させる。蒸留タンク58に空気が存在すると、それが蒸気供給時に室12に流入して、事前に室12から空気を排除することの意味がなくなってしまう。したがって、当業者は、蒸留タンク58のパージは、室12から空気を排除する前に行われていると認識する。これと同時に、凝縮器34も真空ポンプ36により吸引されるから、凝縮器34は乾燥工程前に減圧される。(令和元年6月5日付け口頭審理陳述要領書第32ページ下から6行〜第33ページ第3行)

甲18に記載された発明において、室12は、凝縮器34とは別に真空ポンプ26で減圧できるから、一連の処理が終わり、室12から物品20を取り出す際、凝縮器34にわざわざ空気を導入するはずがない。すなわち、当業者であれば、室12から物品20を取り出す際、バルブ32を閉弁し、凝縮器34の減圧状態を維持すると理解する。したがって、万一、1回目の物品の処理において、前記のような処理が行われないとしても、2回目以降の処理においては、乾燥工程前に凝縮器34は減圧されている。(令和元年6月5日付け口頭審理陳述要領書第33ページ第7行〜第14行)

甲18に記載された洗浄装置の減圧蒸気洗浄が行われる際の室12と凝縮器34の圧力の関係は以下のとおりである。
○1 洗浄装置が起動されると、溶剤蒸気と空気との混合を防止するため、室12から空気が排除され、減圧状態になった室12に蒸留タンク58から溶剤蒸気が流入して減圧蒸気洗浄が行われる。これにより、室12は、溶剤蒸気の飽和蒸気圧に近い圧力になる(例えば、100℃で400トール(53,329Pa))。
○2 初回の起動時における乾燥工程の開始前には、乾燥工程で溶剤蒸気が空気と混合しないよう、凝縮器34から空気が排除され、凝縮器34は減圧状態にあると解される。
したがって、減圧蒸気洗浄の終了時においては、室12の方が溶剤の飽和蒸気で満たされる分だけ、凝縮器34よりも圧力が高くなる。よって、乾燥のためにバルブ32を開弁する直前における室12と凝縮器34の圧力の大小関係は、「室12>凝縮器34」になる。
また、1回目の洗浄・乾燥処理が終わり物品20を取り出す際に、室12は一旦大気開放されるが、凝縮器34の減圧状態は保持されると解される。よって、2回目以降の減圧蒸気洗浄においても、乾燥のためにバルブ32を開弁する直前における室12と凝縮器34の圧力の大小関係は、「室12>凝縮器34」になる。(令和元年6月26日付け口頭審理陳述要領書(2)第7ページ第1行〜下から7行)

甲18の第7欄第1行〜第4行には、「バルブ54、56は、保管タンク38と蒸留タンク58のそれぞれからの空気をパージするのに使用され、大気へ放出される前にこれを炭フィルタ28または類似のフィルタへ送達する。」と記載されている。したがって、蒸留タンク58は、バルブ56、バルブ74、真空ポンプ26、カーボンフィルター28を通るルート(以下、「カーボンフィルタールート」という。)でパージされることもあり得る。
しかし、このカーボンフィルタールートが用いられるのは、蒸留タンク58に溶剤蒸気がほとんどない時に限られる。蒸留タンク58に溶剤が充填され、内部に溶剤蒸気が充満した状態で蒸留タンク58をパージすると、空気と共に溶剤蒸気も放出される。この場合、カーボンフィルター28を通すだけでは溶剤蒸気を除去しきれず、溶剤蒸気が大気に放出されてしまう。したがって、多量の溶剤蒸気が存在する場合には、カーボンフィルタールートを用いるのではなく、溶剤蒸気を凝縮器34に導いて凝縮、排除する「凝縮器ルート」を用いてパージする。「凝縮器ルート」については、甲18の図1に、「蒸留タンク58→バルブ56→バルブ78→凝縮器34→真空ポンプ36」を結ぶルートが矢印で示されている。(令和元年6月26日付け口頭審理陳述要領書(2)第8ページ第3行〜第18行)

(エ)本件特許発明1の「連通させてワーク乾燥させる」がワークの乾燥の手段を特定したものと解釈される場合
本件特許発明1においても、乾燥工程において切換バルブV4を開いて凝縮室21を真空ポンプ10で吸引すれば、少なくとも、真空ポンプ10の「吸引による」洗浄室2から凝縮室21への蒸気の移動が生じると考えられる。このような態様において、洗浄室2及び凝縮室21内でどのような現象が生じるのかは定かではないが、真空ポンプ10で吸引する態様の場合には、本件特許発明1は甲18に記載された発明と同じ洗浄装置の構成、同じ乾燥工程の態様となるのであるから、洗浄室(室12)から凝縮室(凝縮器34)への蒸気の移動も同じ態様となる。したがって、本件特許発明1の構成要件Gがワークの乾燥の手段を特定したものであると解したとしても、甲18に記載された発明と異なるところはない。(令和元年6月5日付け口頭審理陳述要領書第49ページ下から13行〜下から4行)

凝縮による乾燥は、洗浄室が高温・高圧であり凝縮室が低温・低圧であれば必然的に起こる現象であるから、甲18に記載された発明の乾燥も必然的に「真空ポンプ+凝縮」となる。したがって、本件特許発明1の構成要件Gは、甲18に記載された発明に対して相違点とはならない。
甲18に記載された発明においては、本件特許明細書の実施形態の洗浄装置において真空ポンプを併用した場合に比べて、乾燥能力に対する「凝縮」の寄与度が小さいかもしれないが、構成要件Gは、乾燥能力に対する「凝縮」の寄与度を特定していないから、仮に、甲18に記載された発明において乾燥能力に対する「凝縮」の態様の寄与度が小さいとしても、構成要件Gは相違点とはならない。(令和元年7月17日付け上申書第6ページ下から12行〜下から1行)

イ 本件特許発明2について
本件特許発明2の構成要件Iにおいては、本件特許発明1の構成要件Eの「温度保持手段」を「前記凝縮室の温度を前記石油系溶剤の凝縮点以下に保持する」ものであると限定している。
この点、甲18に記載された冷却ユニット48(温度保持手段に相当)は、凝縮器34を冷却する。そして、室12から引き出された蒸気は、凝縮器34で凝縮する。このことから、冷却ユニット48は、凝縮器34の温度を溶剤の凝縮点以下に保持するものといえる。したがって、甲18に記載されている溶剤洗浄システムは、本件特許発明2の構成要件Iを備える。以上より、本件特許発明2は進歩性を有しない。(審判請求書第45ページ第3行〜第12行)

ウ 本件特許発明3について
本件特許発明3は、本件特許発明2に対して、「前記洗浄室から前記凝縮室に導かれて凝縮した石油系溶剤を、前記凝縮室から前記蒸気生成手段に導く回収手段をさらに備える」という構成要件Jを付加するものである。甲18に記載された溶剤洗浄システムによると、室12から凝縮器34に導かれて凝縮した溶剤は、真空ポンプ36を介して凝縮器34と保管タンク38とを接続する配管、保管タンク38、バルブ42、72付き配管を通って、凝縮器34から蒸留タンク58に移送される。よって、保管タンク38、真空ポンプ36を介して凝縮器34と保管タンク38とを接続する配管、バルブ42、72付き配管は、本件特許発明3の構成要件Jに相当し、甲18に記載されている溶剤洗浄システムは、本件特許発明3の構成要件Jを備える。以上より、本件特許発明3は進歩性を有しない。(審判請求書第45ページ第14行〜下から2行)

エ 本件特許発明4について
(ア)相違点
甲18には、溶剤を蒸気と液体の両方の状態で使用してもよいことや、浸漬洗浄を行う手段を備えてシステムを構成できる旨の記載はあるが、浸漬洗浄を実施するための具体的な構成は記載されていない。(審判請求書第46ページ第4行〜第7行)

(イ)相違点の検討
無効理由1(甲10に基づく進歩性欠如)の本件特許発明4における相違点の検討で説明したように、蒸気洗浄を行う洗浄室に、浸漬洗浄を行う浸漬室を接続して、蒸気洗浄と浸漬洗浄の両方を行えるようにした洗浄装置は、本件特許出願時(当審注:「本件特許の優先日」の意味と解される。)において周知である。蒸気洗浄に加えて浸漬洗浄を行うという点において、甲18、甲13、甲15、甲16の1及び甲17は共通する。また、先に示した周知技術を示す文献のうち、甲13および甲15には、蒸気洗浄に加えて浸漬洗浄を行うと、洗浄効果が向上することが記載されている。本件特許発明、甲18に記載された発明を含め、洗浄装置において洗浄効果を向上させることは、当然に検討される課題であるから、当該課題のもと、蒸気洗浄に加えて浸漬洗浄を行うという点において、甲18に記載された発明に甲13、甲15、甲16の1及び甲17を組み合わせる動機付けは存在する。
したがって、甲18に記載された溶剤洗浄システムにおいて蒸気洗浄に加えて浸漬洗浄を行う場合に、甲13、甲15、甲16の1及び甲17に記載されている周知の構成に基づいて、洗浄室に浸漬室を接続して配置することは、当業者であれば容易になし得ることである。
以上より、本件特許発明4は、進歩性を有しない本件特許発明1に周知技術である構成要件Kを付加したものに過ぎないから、進歩性を有しない。(審判請求書第46ページ第8行〜下から4行)

オ 本件特許発明5について
(ア)相違点
相違点1
本件特許発明5には、「凝縮室を減圧する工程」が記載されているのに対して、甲18には、室12と連通させる前に凝縮器34を減圧する工程は明記されていない点。
相違点2
生成する蒸気が、本件特許発明5は「石油系溶剤の蒸気」であるのに対して、甲18に記載された発明は「溶剤の蒸気」である点。(審判請求書第47ページ第11行〜第20行)

(イ)相違点の検討
相違点1について
甲18には、洗浄、乾燥、溶剤回収の一連の工程において、溶剤と空気(非凝縮性ガス)との混合を極力回避する旨の記載がある。すなわち、甲18に記載された密閉回路溶剤洗浄方法においては、密閉されたシステムにおいて、あらゆるプロセスから空気を排除することにより、溶剤の完全回収および再利用を実現している。
したがって、甲18の記載に基づくと、室12から溶剤蒸気を引き出す時(乾燥時)に溶剤蒸気が空気と混合しないよう、予め凝縮器34を真空ポンプ36により減圧し、内部の空気を除去する工程があると考えるのが自然である。仮に、凝縮器34内に空気が存在する状態で乾燥工程を実施すれば、「洗浄作業全体で溶剤と空気との混合物を実質的に排除し、そのため洗浄作業が完了した後に空気から溶剤を分離する困難なステップを排除する」という甲18に記載された発明の目的を達成できない。
また、溶剤回収に関して、甲18の第7欄第51行〜第57行には、「実質的に純粋な蒸気が凝縮器34で凝縮され、再び保管タンク38へ送達され、タンクは、蒸留タンク58内の溶剤が汚染されて除去および処理が行われなければならない時に使用されうる清浄な溶剤のみを貯蔵する。タンク38、56(58の誤記と思われる)内の空気の周期的なパージは、バルブ54、56を通して達成される。」と記載されている。保管タンク38、蒸留タンク58のパージについては、甲18の第7欄第1行〜第3行にも、「バルブ54、56は、保管タンク38と蒸留タンク58のそれぞれからの空気をパージするのに使用され、」と記載されている。図1を参照すると、保管タンク38、蒸留タンク58のパージは、バルブ54、56、さらにはバルブ78、凝縮器34を介して、真空ポンプ36で吸引することにより行われる。
甲18に記載された発明の目的に鑑みれば、明細書中に文言として明記されていないからといって、凝縮器34から空気が排除されていないということにはならない。室12、保管タンク38、蒸留タンク58から空気を排除しているのに、わざわざ凝縮器34だけ空気(非凝縮性ガス)を存在させたままにしておくとは考えられない。
以上より、本件特許発明5の構成要件Lの「凝縮室を減圧する工程」は、甲18に実質的に開示されている。またそうでないとしても、設計事項として当業者において容易に推考できる事項である。よって、当業者であれば、甲18に記載された発明において構成要件Lの工程に想到するのは容易である。(審判請求書第48ページ第13行〜第49ページ第18行)

相違点2について
無効理由1(甲10に基づく進歩性欠如)の本件特許発明1における相違点の検討で説明したように、機械部品を真空蒸気洗浄するための洗浄液として石油系溶剤を使用することは、本件特許出願時(当審注:「本件特許の優先日」の意味と解される。)において当業者に周知であった。また、トリクロロエタンの代替溶剤として、石油系溶剤が開発され、真空洗浄装置の溶剤として使用されるようになったという経緯もある。よって、甲18に記載されている1.1.1トリクロロエタンなどの溶剤に替えて石油系溶剤を用いることは、当業者にとって普通に行うことであり、通常の創作能力の発揮に過ぎない。(審判請求書第49ページ下から9行〜下から1行)

(ウ)本件特許発明5が乾燥工程前に凝縮室を減圧し、減圧下にするものに限定的に解釈される場合
仮に、本件特許発明5が乾燥工程の前から凝縮室の減圧を行うものに限定的に解釈されるとしても、甲18に記載された発明は、室12と連通させる前に凝縮器34を真空ポンプ36により減圧する工程を有すると解されるから、本件特許発明5の構成要件Nと相違しない。(令和元年6月5日付け口頭審理陳述要領書第39ページ第16行〜第20行)

(4)無効理由3(分割要件違反にともなう新規性進歩性欠如)について
ア 分割要件について
原出願の当初明細書等から導かれる技術的事項は、
「洗浄室と凝縮室とを隣接状態に設け(要件○1)、ワークの乾燥工程において、凝縮室を減圧することなく(要件○2)、真空ポンプを用いることなく(要件○3)、凝縮室と洗浄室とを連通させることのみによりワークを乾燥させる技術(要件○4)」
である。
他方、本件特許出願の明細書等から導かれる技術的事項は、
「ワークの乾燥工程において、少なくとも凝縮室と洗浄室とを連通させることによりワークを乾燥させる技術」
である。
2つの技術的事項を対比すると、本件特許出願の明細書等から導かれる技術的事項からは、原出願の当初明細書等から導かれる技術的事項の要件○1〜○4が全て削除されている。
要件○1〜○4は、原出願の当初明細書等の【課題を解決するための手段】の段落【0007】〜【0010】に記載されており、いずれの要件も、発明の課題(ワークの乾燥に要する時間を短縮して全体の処理能力を向上する(段落【0006】))を解決するために必要不可欠な要件であることは明確である。
これに対して、本件特許出願の明細書等から導かれる技術的事項には、「洗浄室と凝縮室とを離間状態に設けること」や、「乾燥工程において凝縮室と洗浄室との連通に加えて凝縮室を減圧すること」や、「乾燥工程において凝縮室と洗浄室との連通に加えて真空ポンプを使用すること」がいずれも含まれうる。
すなわち、本件特許出願の明細書等には、原出願の当初明細書等には開示されていない、「洗浄室と凝縮室とを離間状態に設ける」、「乾燥工程において凝縮室と洗浄室との連通に加えて凝縮室を減圧する」、「乾燥工程において凝縮室と洗浄室との連通に加えて真空ポンプを使用する」という新たな技術的事項が導入されている。(審判請求書第65ページ下から9行〜第66ページ下から9行)

原出願(甲6)の特許請求の範囲、明細書の段落【0007】〜段落【0010】には、「乾燥工程において真空ポンプを用いないこと」が積極的に明記されている。また、この記載とのバランス上、原出願から乾燥工程における真空ポンプの任意的使用を読み取るためには、原出願に「乾燥工程において真空ポンプを用いてもよいこと」が積極的に明記されている必要がある。単に、準備工程(段落【0022】)や減圧工程(段落【0025】)で真空ポンプ10を用いているだけでは足りない。
また、準備工程や減圧工程で真空ポンプ10を用いていることから、乾燥工程でも真空ポンプ10を用いることを、当業者は読み取ることはできない。すなわち、当業者は、乾燥工程における真空ポンプ10の任意的使用を理解することができない。よって、分割要件違反である。(令和元年7月17日付け上申書第11ページ下から7行〜第12ページ第5行)

新規性進歩性違反について
新規性について、本件特許出願の出願日(現実の出願日)は平成28年7月26日であり、本件特許発明は「ワークの乾燥工程において、少なくとも凝縮室と洗浄室とを連通させることによりワークを乾燥させる技術」に関する発明である。
他方、原々々出願の国際公開日は平成25年5月30日であり、原々々出願の国際公開公報(甲7)には「ワークの乾燥工程において、真空ポンプを用いることなく凝縮室と洗浄室とを連通させることのみによりワークを乾燥させる技術」が開示されている。
本件特許発明には、「ワークの乾燥工程において、真空ポンプを用いながら凝縮室と洗浄室とを連通させることによりワークを乾燥させる技術」のみならず、「ワークの乾燥工程において、真空ポンプを用いることなく凝縮室と洗浄室とを連通させることのみによりワークを乾燥させる技術」も含まれる。
このように、本件特許発明は、甲7に開示された発明の上位概念に相当する。よって、新規性について、本件特許発明は、甲7に開示された発明と同一であるから、特許法第29条第1項第3号の規定により特許を受けることができない。
進歩性について、本件特許発明は、甲7に開示された発明に基づいて当業者が容易に発明可能であるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。(審判請求書第68ページ第12行〜第69ページ第5行)

(5)無効理由4(実施可能要件)について
ア 洗浄室から凝縮室への蒸気移動のメカニズム(作用)について
段落【0029】の記載から、乾燥工程の開始時に、洗浄室2と凝縮室21との間に温度差があることは理解できる。しかしながら、段落【0029】末尾と、段落【0030】冒頭と、の繋がりが理解できない。段落【0030】冒頭の「したがって」はその前の段落【0029】の記載を受けていると考えられるが、洗浄室2と凝縮室21との間の温度差により、何故、蒸気が洗浄室2から凝縮室21に移動するのか、本件特許明細書にはそのメカニズムが開示されていない。このため、当業者は、「洗浄室を凝縮室と連通させるだけで何故ワークが乾燥するのか」理解することができない。
なお、蒸気移動のメカニズムについて、被請求人らは、特許権侵害差止等請求事件の平成29年7月18日付け準備書面(原告その1)(甲19)の第9ページ10行〜11行において、「そのため、凝縮室と洗浄室とを連通させることで、高温の洗浄液及び蒸気は極めて短時間で低温の凝縮室に移動する(圧力差があるため)。」と主張する(下線付記)。
しかしながら、本件特許明細書には、凝縮室と洗浄室との圧力差に関する記載は見当たらない。このように、本件特許明細書には、洗浄室と凝縮室とを連通させた際の蒸気移動のメカニズムが一切開示されていない。(審判請求書第75ページ下から2行〜第76ページ第15行)

本件特許発明の解決すべき課題は、「本発明は、ワークの乾燥に要する時間を短縮して全体の処理能力を向上することができる真空洗浄装置および真空洗浄方法を提供することを目的とする。」(段落【0006】)とされているのであるから、「自由膨張による移動」とこれを継続させる凝縮による洗浄室からの蒸気の移動が、従来の真空ポンプで真空引きする際の蒸気の移動よりも速いことを説明しなければならない。
しかしながら、洗浄室からの蒸気の移動速度を定量的に説明する記載は、段落【0032】〜【0038】以外には一切ない。(令和元年6月5日付け口頭審理陳述要領書第52ページ第10行〜第18行)

イ 本件特許明細書に記載された真空乾燥実験について
本件特許明細書には、真空乾燥実験の実験条件がほとんど開示されていない。例えば、段落【0025】に洗浄室2に搬入する際のワークWの温度(常温(15〜40℃程度))が、段落【0027】には洗浄室2に供給される蒸気の温度(70〜150℃)が、段落【0029】には乾燥工程開始時における洗浄室2の温度(70〜150℃)および凝縮室21の温度(5〜50℃)が、段落【0032】にはワークWの質量(150kg)が、段落【0035】には洗浄室2内に載置された石油系溶剤の容量(70cc)およびワークWの質量(150kg)が、そして段落【0032】および段落【0040】には実施例の乾燥工程において真空ポンプ10を使用しないことが、各々開示されている。
ところが、その他の実験条件は一切開示されていない。
本件特許発明の課題(ワークの乾燥に要する時間を短縮して全体の処理能力を向上する(段落【0006】))を解決するためには、洗浄室2を迅速に減圧する必要がある。並びに、洗浄室2から蒸気を迅速に排気し、当該蒸気を凝縮室21にて凝縮させる必要がある。
このため、減圧能力や凝縮能力に関する実験条件は、極めて重要である。重要な実験条件としては、具体的には、洗浄室2の容積(容積が大きいほど蒸気の量が多い)、凝縮室21の容積(容積が大きいほど収容できる蒸気の量が多い)、凝縮室21の伝熱面積(伝熱面積が大きいほど蒸気が凝縮しやすい)、凝縮室21の熱吸収量(熱吸収量が大きいほど蒸気が凝縮しやすい)、凝縮室21の熱吸収量と蒸気量との比(熱吸収量に対して蒸気量が少ないほど蒸気が凝縮しやすい)などが挙げられる。しかしながら、これらの実験条件は、本件特許明細書には一切開示されていない。このように、本件特許明細書における真空乾燥実験の実験条件は、開示不足である。(審判請求書第76ページ下から6行〜第77ページ第18行)

ウ 出願時の技術常識について
本件特許出願時においては、「ワーク乾燥時に、真空ポンプを用いて洗浄室を真空引きすることにより、蒸気を移動させること」が技術常識であったことが判る。
このため、真空ポンプを用いて蒸気を移動する知見しか有しない当業者は、出願時の技術常識を参酌しても、本件特許明細書記載の蒸気移動のメカニズムを理解することはできない。並びに、当業者は、出願時の技術常識を参酌しても、本件特許明細書の真空乾燥実験を理解することはできない。(審判請求書第78ページ第10行〜第16行)

エ 請求人の行った再現実験について
甲25の第10ページの図は、本件特許の図面における図5(比較例)および図6(実施例)の洗浄室の圧力変化に、再現実験の結果(再現例○4)を追記したものである。
同図に示すように、本件特許明細書の図6の実施例(B)の場合、乾燥工程開始から44秒で、280Paに到達している。また、本件特許明細書の図5の比較例(A)の場合、乾燥工程開始から508秒で、320Paに到達している。
これに対して、再現例○4の場合、乾燥工程開始から600秒で、ようやく516.4Pa(この圧力値は、前述のピラニ真空計の圧力−出力電圧特性に基づく換算値である)に到達したに止まった。このように、再現例○4の場合、実施例(B)のように280Paに到達することも、比較例(A)のように320Paに到達するも、できなかった。
このように、実施例のみならず比較例に対しても、再現例は、最高減圧レベルが劣っていた。並びに、実施例のみならず比較例に対しても、再現例は、最高減圧レベルに到達する時間が長かった。
以上説明したように、再現実験では、本件特許発明を再現することができず、本件特許発明の課題を解決することもできなかった。(審判請求書第81ページ下から7行〜第82ページ第19行)

オ 被請求人らの行った再現実験について
○1被請求人らは、上記甲21〜甲24に対抗するために、特許権侵害差止等請求事件において、本件特許明細書の真空乾燥実験の再現実験を行った。甲26は、再現実験報告書である。
甲26においては試験1〜3(連通のみ乾燥)が再現例(本件特許明細書の実施例の再現例)であり、上述の甲21の再現例○4、甲22の実験IV、甲23の1の実験番号II、甲24の実験VIに対応している。甲26の第2ページに示すように、試験1〜3を行った真空洗浄装置は、特許実施品であるIWV−34Cである。
なお、試験1〜3の相違点は、初期排気(洗浄室にワークを搬入した直後の真空ポンプによる洗浄室の排気)後の洗浄室圧力である。すなわち、洗浄工程、乾燥工程前の洗浄室圧力である。試験1の初期排気後の洗浄室の圧力は0hPa、試験2の同圧力は1hPa、試験3の同圧力は2hPaである。
甲26の第10ページの図1に示すように、試験1〜3はいずれも特許実施品を用いた再現例であるにもかかわらず、その実験結果には大きな差異が認められた。具体的には、甲26の第12ページに示すように、試験1(初期排気後の洗浄室の圧力=0hPa)の場合、急速な減圧が確認できた。しかしながら、試験2(初期排気後の洗浄室の圧力=1hPa)、試験3(初期排気後の洗浄室の圧力=2hPa)の場合、急速な減圧は確認できず、甲22の実験IVと同等の結果が得られた。
このように、本件特許明細書の実施例を被請求人ら自らが(しかも特許実施品を用いて)再現しようとしても、初期排気後の洗浄室の圧力を0hPaに設定しなければ、再現することはできなかった。
○2甲26の実験結果について、被請求人らは、特許権侵害差止等請求事件の平成30年4月27日付け準備書面(原告その9)(甲27)の第12ページにおいて、「初期排気において洗浄室を充分に排気しておかないと、非凝縮性気体(空気)が洗浄室に残留するため、その後の乾燥工程において急速な減圧が生じない」旨主張している。
しかしながら、この被請求人らの主張に対応する記載は、本件特許明細書には見当たらない。すなわち、甲26で明らかになった、
「初期排気後の洗浄室から非凝縮性気体を0hPaまで排除しておかないと、乾燥工程においてワークを迅速に乾燥させることができず、本件特許発明を再現することができない」との知見(実験条件)は、本件特許発明の再現には必要不可欠と思われるものの、本件特許明細書には一切開示されていない。
なお、本件特許明細書の段落【0026】には、洗浄室の圧力について「10kPa以下」と記載されているが、本件特許明細書には当該圧力の内訳(この圧力中、どの程度を非凝縮性気体の分圧が占めているのか)に関する記載はない。仮に、「10kPa(=100hPa)以下」が非凝縮性気体の圧力と関係あるとしても、被請求人らの主張する「0hPa」からはあまりにかけ離れている。
○3加えて、被請求人らは、特許権侵害差止等請求事件の平成30年7月6日付け準備書面(原告その11)(甲28)において、本件特許明細書の「比較例の再現例」である試験5(甲28の第3ページ、甲26の第4ページによると、被請求人らが生産設備として従来から実際に使用している従来技術機HWBV−3Vを使用)について、
a) 試験5の初期排気後の洗浄室圧力は、42hPa(>>0hPa)であるものの(甲28の第3ページ10行目)、
b) 試験5は、真空ポンプでの乾燥なので、空気(非凝縮性気体)の残留の有無は圧力変化のカーブ(甲26の第11ページの図2参照)にはほとんど影響を与えない(甲28の第3ページ下部注釈)、
と述べている。
このことから、本件特許出願時においては、真空ポンプで洗浄室を真空引きして洗浄室内部の気体(蒸気や非凝縮性気体)を吸引していたので、初期排気後の洗浄室における非凝縮性気体の残留量(例えば、試験5の42hPa)に着目する必要はなく(そもそも着目する動機すら存在しない)、
「初期排気後の洗浄室から非凝縮性気体を0hPaまで排除しておかないと、乾燥工程においてワークを迅速に乾燥させることができない」
との知見は、本件特許出願時における技術常識ではなかったことが明らかである。
なお、被請求人らは、特許権侵害差止等請求事件の平成30年10月22日付け準備書面(原告その13)(甲29)の26ページ13〜17行において、「甲26の再現実験報告書で被請求人が問題視しているのは、乾燥工程中の凝縮室の非凝縮性ガスの存在である」とも述べているが、
「乾燥工程中の凝縮室から非凝縮性気体を排除しておかないと、ワークを迅速に乾燥させることができない」
との知見は、本件特許明細書には一切開示されていない。(審判請求書第83ページ下から7行〜第86ページ第5行)

本件特許明細書には、一貫して、非凝縮性気体に関する記載はない。本件特許明細書の段落【0023】には、準備工程:ステップS100において凝縮室21の圧力について「10kPa以下」に減圧する旨の記載がある。また、段落【0026】には、減圧工程:ステップS300において洗浄室2を凝縮室21と同じ10kPa以下に減圧する旨の記載があり、段落【0031】には、搬出工程:ステップS600において切換バルブV3を開弁して洗浄室2を大気開放し、洗浄室2を大気圧まで開放する旨の記載があるから、減圧工程:ステップS300では、洗浄室2を通常の大気(空気からなり、空気は非凝縮性ガスである。)を大気圧から10kPa以下に減圧するものと解される。これらの記載は、洗浄室2及び凝縮室21内の非凝縮性気体の圧力を示唆するものであるが、これらの記載から、洗浄室2及び凝縮室21内の非凝縮性気体の圧力を0hPaにしなければならないとは理解することはできない。
仮に、非凝縮性ガスが凝縮を阻害すること自体が技術常識であったとしても、真空洗浄装置において凝縮室21で洗浄蒸気を凝縮させるのに必要な非凝縮性ガスの許容値(凝縮室21に残留していても、蒸気の凝縮を阻害しない非凝縮性ガス量)までは技術常識ではない。このため、本件特許明細書に接した当業者が、仮に、本件特許明細書の記載から「本件特許発明の乾燥が、洗浄蒸気の「自由膨張による移動」を凝縮により継続させる乾燥であること」を理解したとしても、被請求人らの実験における甲26の10ページ図1や12ページに示す「0hPa」という許容値に辿り着くには、過度の試行錯誤が必要になる。よって、被請求人らの主張は失当である。(令和元年6月5日付け口頭審理陳述要領書第55ページ下から3行〜第56ページ第18行)

(6)無効理由5(サポート要件)について
ア 文言上、「ワークの乾燥に真空ポンプを用いる形態」が含まれ得る点
本件特許発明の課題を解決するために、本件特許明細書の真空乾燥実験の場合、段落【0029】〜【0030】、【0032】〜【0040】に示すように、従来の真空洗浄装置のように真空ポンプを用いることなく、凝縮室と洗浄室とを連通させることのみによって、洗浄室を迅速に減圧し、ワークを乾燥させている。
しかしながら、本件特許発明1の構成要件Gには、
構成要件G:「前記蒸気を前記洗浄室に供給してワークを洗浄した後、前記開閉バルブによって前記洗浄室を当該洗浄室よりも低い温度に保持された前記凝縮室と連通させてワークを乾燥させる」
としか記載されていない。
同様に、本件特許発明5の構成要件Oには、
構成要件O:「前記洗浄室において前記ワークを洗浄した後、開閉バルブを開弁することにより前記洗浄室を当該洗浄室よりも低い温度に保持された前記凝縮室と連通させてワークを乾燥させる工程と、」
としか記載されていない。
構成要件G、Oに記載されているのは「ワークの乾燥工程において、少なくとも凝縮室と洗浄室とを連通させることによりワークを乾燥させる技術」であり、文言上「ワークの乾燥に真空ポンプを用いる形態」が含まれうることになっている。(審判請求書第93ページ第3行〜下から7行)

イ 真空ポンプの併用が許容されるかについて
本件特許明細書に記載された実施形態においては、乾燥工程において、凝縮室21と真空ポンプ10との間の切換バルブV4は閉じていると解されるから(段落【0023】〜【0031】の真空洗浄装置1の処理工程には、乾燥工程において切換バルブV4が閉じているとの直接の記載はない。しかしながら、段落【0040】には、「第1実施形態の真空洗浄装置1によれば、洗浄室2に蒸気がない減圧工程でのみ真空ポンプを用いる。」と記載されているから、乾燥工程においては、切換バルブV4は閉じていると解される)、洗浄室2と凝縮室21とは外部から独立した閉じた系となっている。本件特許明細書に記載された実施の形態における洗浄室2から凝縮室21への洗浄蒸気の移動は、「自由膨張」の原理によるものであると理解されるとしても、「自由膨張」の原理は、洗浄室2と凝縮室21が外部から独立した系において生ずる現象としてしか説明されていない。乾燥工程において、凝縮室21と真空ポンプ10との間の切換バルブV4が閉じていることは、「自由膨張」の原理による洗浄蒸気の移動に必要不可欠なものとして特定されたものと理解される。
本件特許明細書には、実施形態として「自由膨張による」洗浄蒸気の移動以外の手段については記載がない。そして、本件特許明細書には、少なくとも真空ポンプの吸引による乾燥手段に代えて新たな乾燥手段を提供することを目的とすることが記載されているのであり、その手段として、実施形態に、「乾燥工程の前に凝縮室を減圧・冷却しておき、凝縮室21と真空ポンプ10の間を閉鎖した態様で洗浄室2と凝縮室21との間を開放して乾燥を行うもの」が記載されている。この実施形態において、乾燥工程における態様として、凝縮室21と真空ポンプ10との間の関係が特定されないと、乾燥工程において、洗浄室2が真空ポンプ10により吸引される態様が含まれることとなる。この態様は、真空ポンプを用いないという本件特許発明の目的に反することとなるから、このような態様が含まれると本件特許明細書の記載に矛盾が生ずることとなる。実施形態の構成のうち、本件特許発明の目的を達成するための構成の一部である「凝縮室21と真空ポンプ10の間を閉鎖した態様で乾燥を行う」構成を欠如させてまで、真空ポンプを用いて洗浄室からの洗浄蒸気の排出を行う乾燥手段を併用することが、本件特許明細書に示唆されているということはできない。本件特許明細書に、「乾燥工程において、真空ポンプ10により凝縮室21を吸引してもよい。」等特段の記載がない以上、真空ポンプの吸引による乾燥には課題があるとされているのであるから、当業者は、敢えて凝縮室と真空ポンプを連結し、従来技術と同様の乾燥手段を併用することを許容することが記載されているに等しいとは理解しない。(令和元年6月5日付け口頭審理陳述要領書第58ページ第12行〜第59ページ第17行)

ウ 凝縮室の熱吸収量について
本件特許明細書に記載されているように「凝縮室と洗浄室とを連通させることのみによって、洗浄室を迅速に減圧し、ワークを乾燥させる」ためには、非常に熱吸収量の大きい凝縮室が必要になると考えられる。しかしながら、構成要件G、Oには「凝縮室の熱吸収量」に関する記載はない。結果、文言上「非常に熱吸収量の小さい凝縮室を用いる形態(つまり、洗浄室を迅速に減圧できない形態)」まで、本件特許発明の技術的範囲に含まれうることになっている。(審判請求書第93ページ下から6行〜第94ページ第1行)

エ 「ワークを乾燥させる」(構成要件G、O)の語義について
構成要件G、Oによると、「開閉バルブを開弁することにより洗浄室と凝縮室とを連通させても、ワークが乾燥しない形態」は、構成要件G、Oには該当しないことになる。このため、「ワークを乾燥させる」の意味内容は極めて重要である。しかしながら、本件特許明細書には、構成要件G、Oの「ワークを乾燥させる」の語義に関する記載がない。
本件特許明細書の段落【0033】〜【0034】、【0036】〜【0038】によると、洗浄室の圧力が最高減圧レベルに到達したことをもってワークが乾燥したと判断しているようであるが、本件特許明細書からは、「ワークが乾燥したこと」と「洗浄室の圧力が最高減圧レベルに到達したこと」とが、どのように関係しているのか不明である。
この点について、被請求人らは、甲19の第13ページ11行〜18行において、「44秒経過時点において圧力が一定になるのは(最高減圧レベルに到達するのは)蒸気の移動が終了したから(すなわち、乾燥が終了したから)」(である)と主張している(この主張は、本件特許明細書の記載に基づくものではない)。
また、被請求人らは、同事件の平成29年11月27日付け準備書面(原告らその5)(甲30)の第7ページ〜第9ページにおいて、「最高減圧レベルは飽和蒸気圧である」旨、縷々主張している(この主張も、本件特許明細書の記載に基づくものではない)。
ここで、本件特許明細書の段落【0032】〜【0038】、図3〜6によると、本件特許発明の実施例(図4、6)においても、真空ポンプを用いる比較例(図3、5)においても、一様に、洗浄室の圧力は最高減圧レベルに到達している。
しかしながら、実施例(図4、6)の場合は洗浄室と凝縮室とを連通させることのみにより洗浄室を減圧しワークを乾燥させているのに対して、比較例(図3、5)の場合は、真空ポンプを用いて洗浄室を減圧しワークを乾燥させている。このように、洗浄室を減圧するメカニズムは、実施例(図4、6)と比較例(図3、5)とで全く相違している。
このため、当然のことながら、「最高減圧レベル」の意味内容も、実施例(図4、6)と比較例(図3、5)とで相違していると考えられる。特に、比較例(図3、5)の場合、飽和蒸気圧ではなく、単純に、真空ポンプの性能により最高減圧レベルが決まると考えられる(勿論、本件特許明細書にはこのような記載はない)。
よって、「最高減圧レベルは(画一的に)飽和蒸気圧である」という、被請求人らの上記主張は失当である。
このように、本件特許明細書の「最高減圧レベル」は構成要件G、Oの「ワークを乾燥させる」を裏付けていない。「ワークを乾燥させる」の語義は、本件特許明細書に記載も示唆もされていない。(審判請求書第94ページ第8行〜第95ページ第17行)

オ 「凝縮による減圧」の乾燥速度について
本件特許発明の課題は、「真空ポンプ吸引による減圧と比較して、ワークの乾燥に要する時間を短縮すること」であるが、本件特許明細書には、「凝縮による減圧」が、「真空ポンプ吸引による減圧」よりも乾燥速度が速くなる理由(作用)が何も記載されていない。
そもそも真空洗浄装置の乾燥速度(減圧速度)は、洗浄室とその下流側の機器(例えば凝縮室)との間の圧力差に依存するものであり、当該圧力差を付与する手段(凝縮/真空ポンプ)の種類に依存するものではない。例えば、大きな圧力差を設定可能な真空ポンプを備える真空洗浄装置であれば、本件特許発明の構成要件を全て具備する真空洗浄装置よりも、乾燥速度を速くすることは可能である。
よって、特許請求の範囲に記載された発明は、発明の詳細な説明により当業者が課題を解決できると認識できる範囲を超えており、本件特許発明はサポート要件違反である。(令和元年7月17日付け上申書第7ページ第13行〜下から3行)

第4 被請求人らの主張
1 被請求人らは、本件審判の請求は成り立たない、審判費用は請求人の負担とする、との審決を求めている。また、証拠方法として乙第1号証〜乙第8号証を提出している(以下、「乙第1号証」については、「乙1」と表記し、「乙第2号証」等についても、同様に表記する。)。
なお、無効審判答弁書等で用いられる「○1(○の中にアラビア数字の1)」は、「○1」と表記し、「○2(○の中にアラビア数字の2)」等についても同様に表記する。

<証拠方法>
提出された証拠は、以下のとおりである。
乙1 親切な物理I基礎編 第178ページ〜第181ページ、第198ページ〜第201ページ 昭和54年3月1日第6版発行 株式会社正林書院
乙2 理化学辞典 第4版 第306ページ〜第307ページ 昭和62年10月12日 株式会社岩波書店
乙3 東京地方裁判所平成29年(ワ)第7207号特許権侵害差止等請求事件の平成29年9月8日付け準備書面(その2)
乙4 特許第6067823号公報
乙5 特開2014−166637号公報
乙6 基礎伝熱工学 第130ページ〜第133ページ 平成3年12月25日 共立出版株式会社
乙7 伝熱工学 第104ページ〜第107ページ 昭和57年8月20日 森北出版株式会社
乙8 東京地方裁判所平成29年(ワ)第7207号特許権侵害差止等請求事件の平成29年10月20日付け事実報告書

2 具体的な主張
(1)本件特許発明の乾燥のメカニズム
本件特許発明は、洗浄室とは別に凝縮室を設け、乾燥前に凝縮室を洗浄室より低温・低圧にしておき、乾燥時に両室を「連通」させ、凝縮室で蒸気を凝縮することにより、ワークを乾燥させる技術である。(無効審判答弁書第7ページ第8行〜第10行)

従来技術の乾燥は、真空ポンプの吸引力による減圧によって、洗浄室の圧力を下げて洗浄液を気化し、発生した蒸気を真空ポンプの吸引力によって吸い込む技術であった。これに対し、本件特許発明は、洗浄室と凝縮室の温度差・圧力差を利用し、両者を「連通」させ、蒸気を凝縮室で凝縮させることで、ワークを乾燥させる技術であり、これにより急速な乾燥を実現したものである。
しかるところ、主引例である甲10に記載された発明も甲18に記載された発明も、従来技術である真空ポンプによる乾燥技術であるから、これらに基づき、本件特許発明の進歩性を否定することはできない。(無効審判答弁書第12ページ第5行〜第13行)

仮に凝縮室の圧力が洗浄室の圧力と同等ないし凝縮室の方が高圧であるとすれば、洗浄室の蒸気は凝縮室の圧力に押し返されてなかなか凝縮室内に入り込めないから、蒸気が凝縮室に入り凝縮されワークが乾燥するまでに多大な時間を要する。
これに対し、本件特許発明は本件特許明細書【図4】が示すような急速な乾燥を実現しているから、連通前に凝縮室が洗浄室より低圧となっていることは明らかであり、そのことは、急速乾燥を規定する構成要件G、Oに示されている。また、本件特許明細書からすれば、無効審判答弁書第7ページ〜第12ページ記載の乾燥メカニズムについて理解可能であり、当該メカニズムに照らせば、本件特許発明が圧力差を設けていることはより明らかである。(令和元年6月5日付け口頭審理陳述要領書第7ページ第8行〜第16行)

(2)無効理由1(甲10に基づく進歩性欠如)と無効理由2(甲18に基づく進歩性欠如)とに共通する事項について
ア 本件特許発明1の解釈について
(ア)「減圧の状態が保持」及び「低い温度に保持」の「保持」の期間について
まず、クレームについて、本件特許発明1の構成要件Gは「前記洗浄室を『当該洗浄室よりも低い温度に保持された前記凝縮室』と連通させて」であり、低温に保持されている凝縮室と洗浄室とを連通させているから、連通前に予め低温保持が行われていることは明らかである。
また、構成要件Gの「前記凝縮室」は構成要件D「前記真空ポンプによって減圧され、当該減圧の状態が保持される凝縮室」を指すから、凝縮室は連通(構成要件G)の前に減圧保持工程(構成要件D)を経ている。(令和元年6月26日付け口頭審理陳述要領書(2)第3ページ第13行〜第19行)

次に、本件特許明細書の記載について、請求人も指摘するとおり(請求人の令和元年6月5日付け口頭審理陳述要領書第8ページ)、明細書の実施形態では、準備工程から乾燥工程に至るまで一貫して減圧状態・低温が「保持」されている(【0023】〜【0031】)。
また、本件特許明細書からは、被請求人らが無効審判答弁書において説明した乾燥メカニズム(高温高圧の洗浄室と低温低圧の凝縮室を連通させて、急速乾燥を実現する)が明確に理解できるところ(無効審判答弁書第7ページ以下)、このメカニズムからしても乾燥前に減圧状態・低温を保持しておくことが必要である。
以上のとおり、クレーム、明細書によれば、凝縮室は乾燥前に予め減圧状態・低温で「保持」されている。(令和元年6月26日付け口頭審理陳述要領書(2)第4ページ第2行〜第10行)

(イ)「連通させてワークを乾燥させる」について
そもそも、「連通させてワークを乾燥させる」という請求項の文言自体から、「連通」が「乾燥」の手段であること(連通させることによって乾燥が生じること)は十分に理解できる。また、発明の要旨認定の場面でも、特許請求の範囲の記載が一義的に明確とは言えないときは明細書の記載を参酌すべきことは当然であるところ、本件特許明細書【0029】【0030】や図4などから、本件特許発明では「連通」によって「乾燥」させていることが明らかである。したがって、構成要件Gは、洗浄室と凝縮室とを連通させることで両者の温度差・圧力差を利用してワークを乾燥させることを意味していると解釈される。(無効審判答弁書第15ページ第12行〜第19行)

イ 本件特許発明5の解釈について
(ア)「減圧下」及び「低い温度」の「保持」の期間について
構成要件L(凝縮室の減圧)を経た上で最終的に構成要件O「連通による乾燥工程」が実現されることを規定しているから、構成要件L(凝縮室の減圧)がこの「連通による乾燥」に向けた手順(準備工程)であることは、請求項5の文脈からして明らかである。また、本件特許明細書からは、本件特許発明の乾燥メカニズムが明らかであり、そのメカニズムによれば、構成要件Lの減圧工程が連通乾燥の準備工程であることはより明白である。(令和元年6月5日付け口頭審理陳述要領書第8ページ第26行〜第9ページ第4行)

構成要件Oは「前記洗浄室を『当該洗浄室よりも低い温度に保持された前記凝縮室』と連通させて」であるから、構成要件Oの前に構成要件Nの冷却工程を経ており、構成要件Nは「減圧下にある前記凝縮室」であるから、構成要件Nの前に構成要件Lの減圧工程を経ている(構成要件L→N→Oの順)。(令和元年6月26日付け口頭審理陳述要領書(2)第3ページ第21行〜第24行)

(3)無効理由1(甲10に基づく進歩性欠如)について
ア 本件特許発明1について
(ア)相違点
蒸気洗浄に使用する溶剤についての相違点1のみならず、以下の2点でも相違する。
相違点2:凝縮室、減圧状態保持
本件特許発明1は、「真空ポンプによって減圧され、当該減圧の状態が保持される凝縮室」(構成要件D)を有するが、甲10に記載された発明の凝縮器15は、バキュームポンプ14によって減圧されるものの、「凝縮室」には該当せず、「減圧の状態が保持」されることもない点。
相違点3:連通による乾燥
本件特許発明1が「前記開閉バルブによって前記洗浄室を当該洗浄室よりも低い温度に保持された前記凝縮室と連通させてワークを乾燥させる」(構成要件G)のに対し、甲10に記載された発明は真空ポンプの吸引により乾燥させる点。(無効審判答弁書第13ページ第20行〜第14ページ第5行)

(イ)相違点の検討
少なくとも、相違点2や3は、本件特許出願時(当審注:「本件特許の優先日」の意味と解される。)において容易想到ではないから、無効理由1は成り立たない。(無効審判答弁書第14ページ第7行〜第8行)

まず前提として、洗浄機の歴史について述べると、元々、洗浄機では主としてフロン系溶剤が使用されていたところ、フロン系溶剤は燃焼性が低く、大気と混同しても引火の危険が小さいため、洗浄室内をわざわざ真空にすることはなく、大気圧で洗浄することが一般的であった。ところが、モントリオール議定書によって、環境に悪影響を与えるフロン系溶剤を全廃にすることが決まったため、その代替として石油系溶剤が使用され始めた。この石油系溶剤は大気圧での沸点が高いため(200度など)、大気圧雰囲気で蒸気洗浄を行うには石油系溶剤を高温にする必要があり引火の危険が高く、また、大気(酸素)が存在するとやはり引火の危険が高まるため、洗浄室内は洗浄前に予め真空引きしておき、石油系溶剤と大気の混同を回避する真空洗浄が実施されるようになった。このように、本件特許発明が規定する石油系溶剤を用いた真空洗浄装置とは、(その乾燥方法にはかかわらず、その洗浄中に)洗浄室の大気を十分に排気しておく装置である。
以上の経緯からすれば、甲10は、専ら大気圧蒸気洗浄に関して規定しており(減圧蒸気洗浄に関しては【0030】のみ)、しかも、大気圧蒸気洗浄はもちろんのこと、減圧蒸気洗浄も、洗浄中に大気と溶剤が混同する形態であるから、甲10に記載された発明が石油系溶剤ではなくフロン系溶剤を使用していることは明白である。
このような甲10に記載された発明において、石油系溶剤を使用してしまうと、洗浄中に大気と加熱された石油系溶剤が混同し、引火のおそれがあり、非常に危険である。
したがって、甲10に記載された発明において、石油系溶剤を使用する動機はない。(令和元年6月5日付け口頭審理陳述要領書第5ページ第25行〜第6ページ第17行)

被請求人らが主張しているのは、甲10に記載された発明は空気と溶剤とを混合させている以上(甲10の段落【0030】)、甲10に記載された発明は石油系溶剤を使用することを予定していないということである。これに対し、運転方法を変えればよいというのが請求人の反論であるが、そもそも、甲10では、その説明のほとんどが大気圧蒸気洗浄についてのものであり、そのうえで、わずかに段落【0030】において減圧蒸気洗浄について述べているところ、その記載自体が明らかに非石油系溶剤を前提とした記載になっている以上、甲10に記載された発明において石油系溶剤を用いる動機はない。また、仮に石油系溶剤を使用しようとすれば、大気圧蒸気洗浄や減圧蒸気洗浄をやめて、空気と蒸気が混合しないように真空引きの後に蒸気を導入して洗浄する方法を採用し、これを行うために甲10には記載されていない運転方法を検討しなければならないのであるから、甲10に記載された発明において石油系溶剤を採用することが容易とはいえない。(令和元年7月31日付け上申書第4ページ第21行〜第5ページ第4行)

(ウ)甲10に記載された発明の凝縮器の減圧状態の保持について
甲10の【0026】【0030】には、洗浄前に、凝縮器(15)が蒸気洗浄部(3)と共にバキュームポンプ(14)で吸引・減圧されることは示しているが、凝縮器(15)の減圧状態がその後も保持されることは一切記載されていない。
したがって、「減圧の状態が保持される」(構成要件D)の点は相違点である(なお、請求人は、侵害訴訟(係属中)では、「減圧の状態が保持」を相違点として認定していた(乙3、31ページ【相違点2】))。
そして、甲10に記載された発明では、乾燥時に、蒸気洗浄部(3)をバキュームポンプ(14)で吸引・減圧するから、洗浄室の蒸気は、わざわざ凝縮器(15)を乾燥前に減圧状態で保持しておかなくても、真空ポンプに吸引されて当然に凝縮器(15)内を通過することになるため、事前の凝縮器15の減圧状態保持は不要である。
したがって、甲10に記載された発明に関し「減圧の状態が保持」との構成は容易想到ではない。(無効審判答弁書第17ページ第6行〜第17行)

甲10には遮断弁・逆止弁の記載は一切なく、・・・請求人の完全な創作である。実際、請求人が指摘する甲31、32は、甲31、32の真空ポンプでは遮断弁・逆止弁を要することを示すに過ぎず、真空ポンプが一般に弁を要することは示していない。また、遮断弁・逆止弁にも色々な仕様があるから、仮に、甲10に記載された発明が遮断弁・逆止弁を備えていたとしても、必ずしも減圧状態が保持されるとは限らない。
そもそも、甲10の記載は明確とはいえず、乾燥前の真空ポンプの稼働状況や第1電磁弁17の開閉すら不明なのであって、まして、請求人のように架空の遮断弁・逆止弁によって減圧状態が保持されていると解することはできない。(令和元年6月26日付け口頭審理陳述要領書(2)第5ページ第6行〜第15行)

甲10に記載された発明の減圧蒸気洗浄の乾燥工程は様々な態様が考えられるのであり、例えば、○1洗浄中・洗浄後・乾燥中を通じ真空ポンプは稼働したままで、第1電磁弁17は開弁したままなのだとすれば、「第1電磁弁17の開弁直前」というタイミング自体が存在しないということになる。
また、逆に、○2洗浄後、一旦、真空ポンプを停止し、かつ第1電磁弁17を閉弁しているとすれば、凝縮器15は大気圧に戻る。一方、減圧蒸気洗浄によって、洗浄中に蒸気洗浄部3は減圧されているから、蒸気洗浄部3は大気圧より低圧になっている。したがって、この場合には、第1電磁弁17の開弁直前には、凝縮器15の方が蒸気洗浄部3よりも高圧になっている。
このように、甲10の記載からは上記大小関係を確定することは困難である。(令和元年6月26日付け口頭審理陳述要領書(2)第5ページ第19行〜第6ページ第3行)

イ 本件特許発明4について
本件特許発明4に関しては、本件特許発明1に対して浸漬洗浄を行うための「浸漬室」(構成要件K)を付加するものである。この点、甲10に記載された発明の目的の1つは、請求人も指摘するとおり、「コンパクト」な洗浄機を得ることであり(甲10【0006】)、そのために、甲10に記載された発明は「一つの洗浄槽で蒸気洗浄処理と乾燥処理を行う」(1室で洗浄も乾燥も行う)構成を採用している。更に、請求人が指摘する実施例8は浸漬洗浄工程を追加しているが、浸漬洗浄も洗浄室3内で行われており、洗浄室3の1室で浸漬洗浄、蒸気洗浄、乾燥の3工程全てを行うことで、「コンパクト」な洗浄機を実現している。このような実施例8に対し、別途、浸漬室を追加すると装置サイズが大きくなり、「コンパクト」を実現できなくなるから、甲10の実施例8に浸漬室を追加することには阻害要因がある。したがって、この点においても、本件特許発明4に対する無効理由1は成り立たない。(無効審判答弁書第18ページ第8行〜第18行)

ウ 本件特許発明5について
(ア)相違点
生成する蒸気についての相違点1のみならず、以下の点でも相違する。
相違点2:凝縮室の減圧工程
本件特許発明5が「真空ポンプを用いることにより、ワークが搬入された洗浄室および凝縮室を減圧する工程」(構成要件L)を有するのに対し、甲10に記載された発明は、バキュームポンプ(14)でワークが搬入された洗浄室を減圧する工程は有するが、「凝縮室」が存在せず、また、「連通による乾燥」の準備としての「真空ポンプを用いることにより、…凝縮室を減圧する工程」を有しない点。
相違点3:凝縮室の冷却工程
本件特許発明5が「減圧下にある前記凝縮室を前記洗浄室よりも低い温度に保持する工程」(構成要件N)を有するのに対し、甲10に記載された発明は「連通による乾燥」の準備工程である当該工程を有しない点。
相違点4:連通による乾燥工程
本件特許発明5が「前記洗浄室において前記ワークを洗浄した後、開閉バルブを開弁することにより前記洗浄室を当該洗浄室よりも低い温度に保持された前記凝縮室と連通させてワークを乾燥させる工程」(構成要件O)を有するのに対し、甲10に記載された発明は当該工程を有しない点。(無効審判答弁書第20ページ第14行〜第21ページ第3行)

(イ)相違点の検討
真空ポンプで乾燥させる甲10に記載された発明において、「連通による乾燥」の工程や、そのための「凝縮室」と準備工程を採用する動機はないから、相違点2〜4を想到することは容易ではない。(無効審判答弁書第21ページ第5行〜第7行)

(4)無効理由2(甲18に基づく進歩性欠如)について
ア 本件特許発明1について
(ア)相違点
蒸気洗浄に使用する溶剤についての相違点1のみならず、以下の2点でも相違する。
相違点2:凝縮室、減圧状態保持
本件特許発明1は、「真空ポンプによって減圧され、当該減圧の状態が保持される凝縮室」(構成要件D)を有するが、甲18に記載された発明の熱交換器34は、真空ポンプ36によって減圧されるものの、「凝縮室」には該当せず、「減圧の状態が保持」との構成もない点。
相違点3:連通による乾燥、前記凝縮室
本件特許発明1が「前記開閉バルブによって前記洗浄室を当該洗浄室よりも低い温度に保持された前記凝縮室と連通させてワークを乾燥させる」(構成要件G)のに対し、甲18に記載された発明は真空ポンプの吸引により乾燥させているから「連通させてワークを乾燥させる」との構成がなく、また、熱交換器34は乾燥工程前に減圧されていないから「前記凝縮室」に該当しない点。(無効審判答弁書第22ページ第16行〜第23ページ第2行)

(イ)相違点の検討
少なくとも、相違点2や3は、本件特許出願時(当審注:「本件特許の優先日」の意味と解される。)において容易想到ではないから、無効理由2は成り立たない。(無効審判答弁書第23ページ第4行〜第5行)

(ウ)甲18に記載された発明の凝縮器の減圧状態の保持について
甲18には、凝縮器34を乾燥工程の前に減圧するとの記載はないから、上記請求人の主張は甲18に基づかない独自の解釈に過ぎない。
また、甲18に記載された発明は確かに、空気と溶剤の混同防止を目的としてはいるが、その目的を、以下のとおり、溶剤を導入する前に室12(洗浄室)から空気を排除しておくことで実現している。
このように、甲18に記載された発明は、空気と溶剤の混同防止という目的を、溶剤を導入する前に室12から空気を排除しておく方法で実現しているのであって、乾燥工程前に熱交換器34を含むその他の部材を排気することは一切開示されていない。(無効審判答弁書第25ページ第2行〜第27行)

空気がパージされるのはタンク38、56(当審注:「58」の誤記と認める。)だけであり、凝縮室34ではないし、「周期的なパージ」というだけで、乾燥工程前であることは記載されていない。(無効審判答弁書第26ページ第6行〜第8行)

請求人の主張の根拠は、
○1溶剤と空気の混同防止という甲18に記載された発明の目的に照らせば、乾燥前に凝縮器34は真空ポンプ36により減圧され、その状態が保持されていると考えられる。
○2蒸留タンク58をパージするルートは「蒸留タンク58→バルブ56→バルブ78→凝縮器34→真空ポンプ36」であるから、間の凝縮器34は自ずと減圧されるはずである。
○3連続処理において、2回目以降の処理に際し凝縮器34にわざわざ空気を導入するはずがないから、少なくとも2回目以降は凝縮器34の減圧状態は維持されているはずである。
というものであるが、いずれも甲18には一切記載がなく、請求人による独自の見解に過ぎない。
とりわけ、上記○2については、合議体が指摘する「蒸留タンク58→バルブ56→バルブ74→真空ポンプ26→カーボンフィルター28」こそが通常のルートと考えられるところ、この場合、凝縮器34は減圧されない。
一方、請求人が主張するルートは最後が真空ポンプ36になっているが、真空ポンプ36から直接外へは排気されないから、空気はその先の保管タンク38へ流入するはずであり、そうなると、本来パージしたいはずの保管タンク38に空気が貯留してしまうことになり、本末転倒である。したがって、このようなルートは成り立たない。
以上のとおり、甲18の内容に照らしても、○2の主張は誤りである。(令和元年6月26日付け口頭審理陳述要領書(2)第6ページ第10行〜第7ページ第5行)

甲18(翻訳文7ページ)「熱交換器34がオンでバルブ32が開放した状態で、真空ポンプ36が作動する。」からすれば、バルブ32が開いた後で真空ポンプ36が作動するから、バルブ32の開放前の時点では、真空ポンプ36はまだ作動しておらず、凝縮器34は減圧されていない。そして、この時、凝縮器34は保管タンク38と、保管タンク38はカーボンフィルター28と、それぞれ連通しているから、カーボンフィルター28(大気に開放されている)を通じ、保管タンク38、凝縮器34ともに大気圧となっている。一方、甲18翻訳文の7ページ上から2つ目の赤枠のところには、「蒸留タンク58には溶剤が貯留されており・・・400トールの蒸気圧を発生させる」とあるところ、蒸留タンク58から室12に溶剤蒸気が流れ込むためには、少なくとも、室12の圧力が蒸留タンク58の圧力である400トール以下でなければならないから、室12の圧力は大気圧(760トール)よりも小さいことが明らかである。
したがって、バルブ32開放直前では、大気圧の凝縮器34の方が室12よりも高圧である。(令和元年6月26日付け口頭審理陳述要領書(2)第7ページ第9行〜第22行)

イ 本件特許発明5について
(ア)相違点
請求人の主張する相違点1及び相違点2について、相違点1は正しくは以下の相違点1’であり、これと相違点2に加え、以下の相違点3、4でも相違する。
相違点1’:凝縮室の減圧工程
本件特許発明5が「真空ポンプを用いることにより、ワークが搬入された洗浄室および凝縮室を減圧する工程」(構成要件L)を有するのに対し、甲18に記載された発明は「凝縮室」を有さず、「連通による乾燥」の準備としての「真空ポンプを用いることにより、…凝縮室を減圧する工程」を有しない点。
相違点3:凝縮室の冷却工程
本件特許発明5が「減圧下にある前記凝縮室を前記洗浄室よりも低い温度に保持する工程」(構成要件N)を有するのに対し、甲18に記載された発明は「連通による乾燥」の準備行為である当該工程を有しない点。
相違点4:連通による乾燥工程
本件特許発明5が「前記洗浄室において前記ワークを洗浄した後、開閉バルブを開弁することにより前記洗浄室を当該洗浄室よりも低い温度に保持された前記凝縮室と連通させてワークを乾燥させる工程」(構成要件O)を有するのに対し、甲18に記載された発明は当該工程を有しない点。(無効審判答弁書第29ページ第7行〜第23行)

(イ)相違点の検討
真空ポンプで乾燥させる甲18に記載された発明において、「連通による乾燥」の工程や、そのための「凝縮室」と準備工程を採用する動機はないから、相違点1’、3、4を想到することは容易ではない。(無効審判答弁書第29ページ第25行〜第27行)

(5)無効理由3(分割要件違反にともなう新規性進歩性欠如)について
ア 分割要件について
甲6には、乾燥のメカニズムに関し、【0022】【0028】【0029】(甲1(本件特許明細書)の【0023】【0029】【0030】と同内容である。)において、凝縮室を洗浄室よりも低温・低圧にしておき、乾燥時に両室を連通させると、蒸気が急速に凝縮室へ移動して凝縮し、これに伴い洗浄室の液体溶剤が次々に蒸気となり、その蒸気が凝縮室へ移動し続け、乾燥するという、本件特許発明と同様の技術が開示されている。
このような甲6の記載に接した当業者であれば、乾燥メカニズムに関し、隣接状態が必須であるとは理解しない(要件○1は要件ではない)。
また、真空ポンプを使うか否かはそもそも本件特許発明の対象外の事情であるから、甲6に真空ポンプを付加的に用いることが記載されていないとしても、分割要件の問題とは無関係であるから、請求人の主張には理由がない。
さらに付言しておけば、本件特許発明のメカニズムでは、洗浄室と凝縮室に圧力差・温度差を設けていれば蒸気移動・乾燥が生じるから、ここに真空ポンプを併用したところで、凝縮室がより減圧されるだけであり、これは凝縮室を洗浄室よりも低圧にする本メカニズムと同方向であるから、「凝縮による乾燥」は何ら阻害されない。また、真空ポンプを併用すれば、凝縮力で低下した洗浄室の圧力を、最後の仕上げとして、更に減圧できるということも考えられるが、この場合も、「凝縮による乾燥」が生じた後に更に真空ポンプで圧力を低下だけであるから、「凝縮による乾燥」を阻害しない。そして、これらの事項は当業者において自明であるから、当業者は上記メカニズムにおいて減圧手段(真空ポンプ等)の併用は排除されていないと理解する(要件○2〜○4は要件ではない)。
その他、甲6には、洗浄室と凝縮室の隣接状態を要する旨や、乾燥工程において真空ポンプ等の減圧手段を排除・禁止する旨の記載はない。
以上から、原出願の出願当初明細書等(甲6)に記載された技術事項が、要件○1〜○4を要件としている旨の請求人の主張は誤りである。(無効審判答弁書第30ページ第15行〜第31ページ第16行)

分割出願に係る発明は、原出願当初の「特許請求の範囲」に記載された発明である必要はなく、「発明の詳細な説明」や「図面」に記載されている発明で足りるとされているから(特許法44条1項。最高裁昭56年3月13日判決(最高裁昭和53年(行ツ)140号を参照))、仮に一連の分割出願の途中の出願において、なんらかの限定を加えた請求項を記載し、分割前の明細書において請求項の記載を引き写している箇所の記載を分割後の請求項にあわせた記載にして出願をしたら、以後の分割出願は当該請求項に記載された発明の範囲に限定されるなどとの解釈を行うとすれば、それは実質的には特許請求の範囲に記載された発明しか分割出願はできないとするものであって、分割出願の制度趣旨を真っ向から否定する明らかに失当な解釈である(上記最高裁にも反する解釈である。)。(無効審判答弁書第32ページ第2行〜第12行)

請求人は、甲6【0039】「第1実施形態の真空洗浄装置1によれば、洗浄室2に蒸気がない減圧工程でのみ、真空ポンプを用いる」を指摘するが、これは第1実施形態が真空ポンプを用いない態様であることを述べているに過ぎない。(無効審判答弁書第32ページ第13行〜第16行)

(6)無効理由4(実施可能要件)について
ア 洗浄室から凝縮室への蒸気移動のメカニズム(作用)について
蒸気移動のメカニズムは、本書第2の「(2)本件発明の乾燥技術」で詳述したとおりであり、要旨は以下のとおりである。・・・。
○1 洗浄後、洗浄室は高温の蒸気が充満し飽和蒸気圧になっている。洗浄室とは別に凝縮室を設け、乾燥前に、凝縮室を洗浄室よりも低温、低圧にしておく(←圧力差と温度差を作る) (構成要件D、E、L、M、N、【0018】、【0023】、【0027】、【0029】)
○2 その後、洗浄室と凝縮室を連通させると、洗浄室に充満していた蒸気は洗浄室より低圧の凝縮室に急速に移動する(【0030】)
○3 移動した蒸気は冷却された凝縮室で急激に凝縮される。
→洗浄室と凝縮室の圧力差により、蒸気は凝縮室へ移動・凝縮を続け、洗浄室の圧力が下がる
→洗浄室の圧力が下がると、沸点が低下するため液体が更に蒸気になり、凝縮室へ移動する。
○4 上記○3が継続し、洗浄室から凝縮室へ蒸気が継続的に移動・凝縮することで、ワークが乾燥する (【0018】、【0023】、【0029】、【0030】) (無効審判答弁書第33ページ第10行〜第28行)

請求人が本件の蒸気移動のメカニズムを理解していることは、請求人の特許出願(乙4)に示されている。
すなわち、乙4の従来技術を説明した【0003】には、「この点、特許文献1には、真空ポンプを用いない真空洗浄装置が開示されている。同文献記載の真空洗浄装置は、洗浄室と凝縮室と真空弁とを備えている。真空弁は、洗浄室と凝縮室との間に介装されている。同文献の真空洗浄装置においては、真空弁を一気に開き、洗浄後のワークが配置された洗浄室を、予め減圧され、かつ低い温度に保持された凝縮室に、連通させることにより、ワークを乾燥させている。すなわち、真空弁を開くと、洗浄室の蒸気が凝縮室に流入する。蒸気は、凝縮室で凝縮し、液化する。この際、液化した洗浄液は凝縮室で冷却され低温になる。この際の蒸気圧は280Paとなる。このため、凝縮室と連通する洗浄室も、圧力が釣り合って280Paまで減圧される。したがって、ワークに付着した洗浄液、および蒸気圧280Pa以上の油分は、蒸発する。よって、ワークを乾燥させることができる。」(下線付加)とあり、上記で被請求人らが説明したメカニズムがそのまま説明されている。そして、ここでの「特許文献1」は特開2014−166637号公報(乙5)であり、本件特許発明の原々々出願(特願2013−545937)からの別の分割出願であって、明細書の内容は本件特許明細書と実質的に同一である。
これによれば、請求人は本件特許明細書に基づきメカニズムを十分に理解できているのであり、同じく当業者であれば十分に理解可能である。(無効審判答弁書第34ページ第3行〜第21行)

構成要件Dにおいて、凝縮室は洗浄前に真空ポンプによって減圧され、当該減圧の状態が保持されていること、構成要件Gにおいて、減圧された凝縮室と洗浄室とを連通させることで現に乾燥が生じることから、連通前に凝縮室と洗浄室に圧力差があることは明らかである。まして、本件特許明細書の記載を踏まえれば、この点は一義的に明白であり、これ以外の解釈をする余地はない。(無効審判答弁書第34ページ第26行〜第35ページ第2行)

イ 本件特許明細書に記載された真空乾燥実験について
本件特許発明は、洗浄室と凝縮室に圧力差・温度差を設けて乾燥させる技術であるから、そのような圧力差・温度差があれば足り、容積や伝熱面積等の具体的な条件は当業者が適宜設定すれば足りるため、本件特許明細書に開示する必要はない。(無効審判答弁書第37ページ第8行〜第11行)

ウ 出願時の技術常識について
本件のメカニズムは、請求項・明細書の記載および当業者のごく基礎的な技術常識から理解可能である。(無効審判答弁書第37ページ第18行〜第19行)

エ 請求人の行った再現実験について
再現例の効果を評価するには、同じ請求人製品を用いた、「真空ポンプのみ乾燥」(従来技術)と「連通のみ乾燥」(本件特許発明の再現例)とを比較する必要があるから、その比較がない以上、再現例が本件効果を有しないことは何ら立証されていない。
更に、ある発明を実施するにあたり、敢えて効果を確認しにくい条件の設定をすれば、十分な効果が得られない場合があることは当たり前のことに過ぎないから、請求人が失敗した実験を行ったことは、なんら本件特許発明の記載不備と結びつくものではない。したがって、請求人の主張はその前提において、失当である。(無効審判答弁書第37ページ第27行〜第38ページ第6行)

オ 被請求人らの行った再現実験について
請求人の実験について、被請求人らにおいて、請求人製品を用いて種々の実験を行うことは事実上、困難である。そこで、被請求人らは、被請求人製品(本件特許発明実施品)を用いて、乾燥工程の前に洗浄室を十分に排気したうえで洗浄室と凝縮室を連通させる実験と、意図的に洗浄室に空気を残存させた実験を行った(甲26)。
その結果が、下図(甲26の図1)であり、○1初期条件として洗浄室を十分に排気したうえで、洗浄室と凝縮室との間に十分な圧力差・温度差を設ければ、連通させるだけで急速な減圧が行われた(【試験1】0hPaまで初期排気)。一方、○2洗浄室の初期排気を不十分にした条件では、○1のような急速な減圧は生じなかった。
このように、【試験2】【試験3】で急速減圧が生じなかった理由は、洗浄室に残存した空気(非凝縮性ガス)が、洗浄室と凝縮室を連通させた際、凝縮室へ移動し、蒸気の凝縮を阻害したからである。むろん、こうした現象は、乾燥工程中に凝縮室に空気が存在していれば生じるから、乾燥前に洗浄室に空気が残存した【試験2】【試験3】のような場合だけでなく、乾燥前に凝縮室に空気が残存した場合や、乾燥工程中に外部から洗浄室や凝縮室へ空気が侵入した場合にも、同様に生じる。
そして、上図のとおり、請求人の再現例(赤線)は、【試験2】、【試験3】と同様の圧力変化を示しているから、当該再現例では、排気を不十分にしたか、外部からの空気の侵入などにより、乾燥工程中に凝縮室に空気が存在していた可能性が高い。
以上のとおり、甲21等は敢えて効果が出にくい条件を設定したに過ぎない可能性が高く、その信用性は皆無である。(無効審判答弁書第38ページ第15行〜第40ページ第3行)

甲26は、本件特許発明の実施品であっても、空気を残すなど、敢えて発明の効果が出にくい条件設定をすれば減圧は緩やかとなり、請求人の実験もそのような条件設定でなされた可能性があるから信用性がないということを示すに過ぎない。また、非凝縮性ガスを排除すれば凝縮効率は向上するから(乙6、7)、本件の乾燥メカニズムが「凝縮による乾燥」であることを理解する当業者にとって、非凝縮性ガスを乾燥前・乾燥時に排除することは適宜設計すれば足りる設計事項である。(無効審判答弁書第42ページ第7行〜第13行)

真空蒸気洗浄装置とは、真空ポンプを用いた乾燥を行っていた従来技術の時から、溶剤と空気の混同を防止し、引火を避けるために、洗浄室の空気を予め十分に排気してから洗浄を行う装置であり、構成要件C、Lで洗浄室を減圧しているのは、このことを規定するものである。
ただし、仮に、乾燥前の洗浄室に空気が残存していたとすれば、連通乾燥させる前に凝縮室を十分に減圧していたとしても、洗浄室との連通により、洗浄室に残存していた空気が凝縮室に移動し、凝縮を阻害することになるため、この意味においては、洗浄室を初期排気するとの事項は、構成要件Cや構成要件Lの洗浄室の減圧と無関係とまではいえないが、上記のとおり、洗浄室の空気を十分に排除することは、連通による乾燥を行うか否かに関わりなく、真空洗浄装置の本来の目的である洗浄を行うために、当然に行う事項である。(令和元年6月5日付け口頭審理陳述要領書第11ページ第2行〜第12行)

洗浄室の減圧について、令和元年6月5日付け口頭審理陳述要領書第11ページで説明したとおり、洗浄室を減圧する主目的は非凝縮性気体(空気)と石油系溶剤の混同による引火・爆発回避であるから、減圧の程度は当該目的に沿って当業者において適宜設定することになる。また、凝縮室の減圧の程度は、明細書に基づき本件乾燥メカニズム(圧力差・温度差を利用)を理解する当業者において、当該メカニズムに沿った乾燥が実現できるように適宜設定すべきものである。したがって、必ずしも0hPaまで減圧する必要は無い。
なお、この場合において、当業者が所望の減圧状態を得ることは、使用するポンプに応じて適宜設定できることであるから、その実現に過度の試行錯誤を要するものでもない。(令和元年6月26日付け口頭審理陳述要領書(2)第8ページ第14行〜第23行)

(7)無効理由5(サポート要件)について
ア 真空ポンプの併用が許容されるかについて
分割要件の箇所で甲6(原出願の出願当初明細書等)に関して述べたのと同様に、真空ポンプを使うか否かはそもそも本件特許発明の対象外の事情であるから、本件特許明細書に真空ポンプを付加的に用いることが記載されていないとしても、記載不備の問題とは無関係である。また、本件特許明細書が開示する乾燥のメカニズムでは、洗浄室と凝縮室に圧力差・温度差を設けていれば蒸気移動・凝縮・乾燥が生じ、真空ポンプの併用はこの「凝縮による乾燥」を阻害しないから、当業者は真空ポンプの併用が排除されていないと当然に理解する。(無効審判答弁書第43ページ第21行〜第27行)

イ 凝縮室の熱吸収量について
請求人の言う「非常に熱吸収量の小さい」の意義が不明であるが、いずれにせよ、本件特許明細書は凝縮による乾燥を開示しているから、具体的な熱吸収量といった詳細は、当業者が洗浄室や凝縮室の容積などを踏まえ、所望の乾燥速度、乾燥の程度が生じるように適宜設定すれば足りる。したがって、本件特許明細書に熱吸収量の記載がないことは、サポート要件違反の理由にならない。(無効審判答弁書第44ページ第10行〜第14行)

ウ 「ワークを乾燥させる」(構成要件G、O)の語義について
どの程度の乾燥をさせるかは当業者が適宜設定すべき事項であるから、当該構成要件に関しサポート要件違反など生じる余地がない。また、最高減圧レベルと乾燥との関係が不明といってみたところ、そもそも、記載不備の理由になっていない。(無効審判答弁書第44ページ第21行〜第24行)

乾燥と最高減圧レベルの関係は本件特許明細書に接した当業者にとって明らかであるし、いずれにせよ、上記のとおり、乾燥の程度としてどのレベルを求めるかは、それを使用する当業者が適宜設定すべき問題であるから、それに応じて、適宜、温度・圧力(請求人が言う「最高減圧レベル」)を設定すれば足り、通常は、本件特許明細書の実施例に記載された280Pa程度まで減圧していれば十分である。(無効審判答弁書第45ページ第2行〜第7行)

エ 「凝縮による減圧」の乾燥速度について
仮に、極めて性能の高い真空ポンプを用いた場合など、真空ポンプによる排気の方が本件特許発明の乾燥よりも速くなる態様があったとしても、そのような事情はなんら本件特許発明の記載不備の根拠にはなり得ない。(令和元年7月31日付け上申書第4ページ第5行〜第7行)

第5 当審の判断
1 本件特許発明の解釈
(1)本件特許発明1の解釈について
請求人は、本件特許発明1における、「減圧の状態が保持」及び「低い温度に保持」の「保持」の期間は、ワークの乾燥工程の間のみのものも含むと解すべきである旨、及び本件特許発明1の「連通させてワークを乾燥させる」とは、ワークの乾燥が「洗浄室と凝縮室とを連通」させた態様で行われることを特定したものにすぎず、文言上、ワークの乾燥工程において真空ポンプを用いて凝縮室・洗浄室を減圧するものも含み得る旨、主張している。
これに対して、被請求人らは、構成要件Gの「前記凝縮室」は構成要件Dの「前記真空ポンプによって減圧され、当該減圧の状態が保持される凝縮室」を指すから、凝縮室は連通(構成要件G)の前に減圧保持工程(構成要件D)を経ている旨、及び構成要件Gは、洗浄室と凝縮室とを連通させることで両者の温度差・圧力差を利用してワークを乾燥させることを意味している旨、主張している。
そこで、以下、本件特許発明1をどのように解釈するべきかについて検討する。

ア 特許請求の範囲の記載に基づく解釈
本件特許発明1は、以下の構成要件D、E、Gを備えている。
「D:前記真空ポンプによって減圧され、当該減圧の状態が保持される凝縮室と、」
「E:前記凝縮室を前記洗浄室よりも低い温度に保持する温度保持手段と、」
「G:前記蒸気を前記洗浄室に供給してワークを洗浄した後、前記開閉バルブによって前記洗浄室を当該洗浄室よりも低い温度に保持された前記凝縮室と連通させてワークを乾燥させる」
ここで、本件特許発明1の「前記蒸気を前記洗浄室に供給してワークを洗浄した後、前記開閉バルブによって前記洗浄室を当該洗浄室よりも低い温度に保持された前記凝縮室と連通させてワークを乾燥させる」(構成要件G)という発明特定事項において、当該洗浄室よりも低い温度に保持された「前記凝縮室」とは、洗浄室よりも低い温度に保持されたものであるから、構成要件Eにおいて前記された「前記洗浄室よりも低い温度に保持」された「前記凝縮室」であるといえる。
また、「前記凝縮室を前記洗浄室よりも低い温度に保持する温度保持手段」(構成要件E)という発明特定事項における「前記凝縮室」とは、構成要件Dとして前記された「前記真空ポンプによって減圧され、当該減圧の状態が保持される凝縮室」であるといえる。
これらを総合すると、本件特許発明1における凝縮室は、「前記真空ポンプによって減圧され、当該減圧の状態が保持され」(構成要件D)、「前記洗浄室よりも低い温度に保持」(構成要件E)され、「前記開閉バルブによって前記洗浄室」「と連通させてワークを乾燥させる」(構成要件G)ものであって、凝縮室に対して、このような順で処理が行われるものと解される。
そして、凝縮室に対して、前記のような順で処理が行われることからみて、本件特許発明1の構成要件Gにおいて、洗浄室を前記凝縮室と「連通させてワークを乾燥させる」とは、「前記真空ポンプによって減圧され、当該減圧の状態が保持され」(構成要件D)、「前記洗浄室よりも低い温度に保持」(構成要件E)された凝縮室と洗浄室とを、開閉バルブによって連通させることによりワークの乾燥を生じさせることを意味していると解される。
そうすると、本件特許発明1は、凝縮室が、開閉バルブによって洗浄室と連通される前に減圧の状態に保持され、洗浄室よりも低い温度に保持され、洗浄室を前記凝縮室と連通させることによりワークの乾燥を生じさせるものと解釈するのが妥当である。

イ 発明の詳細な説明の記載との関係
本件特許明細書の発明の詳細な説明の段落【0005】、【0006】によると、本件特許発明が解決しようとする課題は、乾燥工程において、蒸気洗浄・乾燥室を真空ポンプで真空引きして減圧する従来の真空洗浄装置及び真空洗浄方法では、乾燥工程に長時間を要するところ、ワークの乾燥に要する時間を短縮して全体の処理能力を向上することができる真空洗浄装置及び真空洗浄方法を提供するというものであり、その課題を解決するために、発明の詳細な説明の段落【0023】〜【0031】には、準備工程で減圧され、減圧状態で洗浄室2よりも低い温度に保持された凝縮室21と、搬入工程でワークWが搬入され、減圧工程及び蒸気洗浄工程を経て高温の蒸気が充満された洗浄室2とを、乾燥工程において、開閉バルブ20を開弁して連通させることによって、洗浄室2内に充満している蒸気が凝縮室21に移動して凝縮し、ワークWを乾燥させるという真空洗浄装置の一連の処理工程が記載されている。
そうすると、前記アに記述した、本件特許発明1の解釈(凝縮室が、開閉バルブによって洗浄室と連通される前に減圧の状態に保持され、洗浄室よりも低い温度に保持され、洗浄室を前記凝縮室と連通させることによりワークの乾燥を生じさせるもの)は、この発明の詳細な説明の記載とも整合するものである。

ウ 請求人の主張について
請求人は、前述したとおり、本件特許発明1における、「減圧の状態が保持」及び「低い温度に保持」の「保持」の期間は、ワークの乾燥工程の間のみのものも含むと解すべきであり、「連通させてワークを乾燥させる」とは、ワークの乾燥が「洗浄室と凝縮室とを連通」させた態様で行われることを特定したものにすぎず、文言上、ワークの乾燥工程において真空ポンプを用いて凝縮室・洗浄室を減圧するものも含み得ると主張している。
しかしながら、本件特許発明1は、前記アに示すように解釈されるから、請求人の主張は失当である。また、請求人のこの主張によると、真空ポンプによりワークを乾燥させるものも、ワークの乾燥工程の間、真空ポンプによって、凝縮室の減圧の状態が保持されており、また、この乾燥は「洗浄室と凝縮室とを連通」させた態様(状態)で行われるのだから、本件特許発明1に含まれるということであるが、このように本件特許発明1を解釈した場合、本件特許発明1が、本件特許明細書に従来技術として記載されている、乾燥工程において、蒸気洗浄・乾燥室を真空ポンプで真空引きして減圧するものを含むことになり、前述した本件特許発明が解決しようとする課題を解決できないものとなる。
すると、請求人の主張する本件特許発明1の解釈は、不自然な解釈といわざるを得ない。
したがって、請求人の主張は採用できない。

(2)本件特許発明5の解釈について
請求人は、本件特許発明5における、「減圧下にある前記凝縮室を前記洗浄室よりも低い温度に保持」の「減圧下」及び「低い温度」の「保持」の期間は、ワークの乾燥工程の間のみのものも含むと解すべきである旨、及び本件特許発明5の「連通させてワークを乾燥させる」とは、乾燥の手順として、ワークの洗浄後に、洗浄室を当該洗浄室よりも低い温度に保持された前記凝縮室と連通させることが特定されているにすぎない旨、主張している。
これに対して、被請求人らは、本件特許発明1の解釈についてした主張に加え、本件特許発明5において、構成要件L(凝縮室の減圧)を経た上で最終的に構成要件O「連通による乾燥工程」が実現されることを規定しているから、構成要件L(凝縮室の減圧)がこの「連通による乾燥」に向けた手順(準備工程)であることは、請求項5の文脈からして明らかである旨、主張している。
そこで、以下、本件特許発明5をどのように解釈するべきかについて検討する。

ア 特許請求の範囲の記載に基づく解釈
本件特許発明5は、以下の構成要件L、N、Oを備えている。
「L:真空ポンプを用いることにより、ワークが搬入された洗浄室および凝縮室を減圧する工程と、」
「N:減圧下にある前記凝縮室を前記洗浄室よりも低い温度に保持する工程と、
「O:前記洗浄室において前記ワークを洗浄した後、開閉バルブを開弁することにより前記洗浄室を当該洗浄室よりも低い温度に保持された前記凝縮室と連通させてワークを乾燥させる工程と、」
ここで、本件特許発明5のワークを乾燥させる工程(構成要件O)は、「前記洗浄室を当該洗浄室よりも低い温度に保持された前記凝縮室と連通させ」るものであるから、このワークを乾燥させる工程(構成要件O)の前に、凝縮室は洗浄室よりも低い温度に保持されているといえる。すると、「減圧下にある前記凝縮室を前記洗浄室よりも低い温度に保持する工程」(構成要件N)は、ワークを乾燥させる工程(構成要件O)の前に実行されるものといえる。
また、「減圧下にある前記凝縮室を前記洗浄室よりも低い温度に保持する工程」(構成要件N)は、「減圧下にある前記凝縮室を前記洗浄室よりも低い温度に保持する」ものであるから、この低い温度に保持する工程(構成要件N)の前に、凝縮室は減圧下にされているといえる。すると、凝縮室を減圧する工程(構成要件L)は、減圧下にある前記凝縮室を前記洗浄室よりも低い温度に保持する工程(構成要件N)の前に実行されるものといえる。
これらを総合すると、本件特許発明5において、凝縮室に関する各工程(構成要件L,N,O)は、凝縮室を減圧する工程(構成要件L)、減圧下にある前記凝縮室を前記洗浄室よりも低い温度に保持する工程(構成要件N)、前記洗浄室を当該洗浄室よりも低い温度に保持された前記凝縮室と連通させてワークを乾燥させる工程(構成要件O)の順に実行されるものと解される。
そして、凝縮室に関する各工程が、前記のような順で実行されることからみて、本件特許発明5の構成要件Oにおいて、洗浄室を前記凝縮室と「連通させてワークを乾燥させる」とは、減圧下とされ、洗浄室よりも低い温度に保持された凝縮室と洗浄室とを、開閉バルブによって連通させることによりワークの乾燥を生じさせることを意味していると解される。
そうすると、本件特許発明5は、凝縮室が、開閉バルブによって洗浄室と連通される前に減圧下とされ、洗浄室よりも低い温度に保持され、洗浄室を前記凝縮室と連通させることによりワークの乾燥を生じさせるものと解釈するのが妥当である。

イ 発明の詳細な説明の記載との関係
前記(1)イに示したように、本件特許明細書の発明の詳細な説明には、乾燥工程において、蒸気洗浄・乾燥室を真空ポンプで真空引きして減圧する従来の真空洗浄装置及び真空洗浄方法では、乾燥工程に長時間を要するところ、ワークの乾燥に要する時間を短縮して全体の処理能力を向上することができる真空洗浄装置及び真空洗浄方法を提供するという課題を解決するために、準備工程で減圧され、減圧状態で洗浄室2よりも低い温度に保持された凝縮室21と、搬入工程でワークWが搬入され、減圧工程及び蒸気洗浄工程を経て高温の蒸気が充満された洗浄室2とを、乾燥工程において、開閉バルブ20を開弁して連通させることによって、洗浄室2内に充満している蒸気が凝縮室21に移動して凝縮し、ワークWを乾燥させるという真空洗浄装置の一連の処理工程が記載されている。
そうすると、前記アに記述した、本件特許発明5の解釈(凝縮室が、開閉バルブによって洗浄室と連通される前に減圧下とされ、洗浄室よりも低い温度に保持され、洗浄室を前記凝縮室と連通させることによりワークの乾燥を生じさせるもの)は、この発明の詳細な説明の記載とも整合するものである。

ウ 請求人の主張について
(ア)請求人は、前述したとおり、本件特許発明5における、「減圧下にある前記凝縮室を前記洗浄室よりも低い温度に保持」の「減圧下」及び「低い温度」の「保持」の期間は、ワークの乾燥工程の間のみのものも含むと解すべきであり、「連通させてワークを乾燥させる」とは、乾燥の手順として、ワークの洗浄後に、洗浄室を当該洗浄室よりも低い温度に保持された前記凝縮室と連通させることが特定されているにすぎないものと主張している。
しかしながら、本件特許発明5は、前記アに示すように解釈されるから、請求人の主張は失当である。また、請求人のこの主張によると、真空ポンプによりワークを乾燥させるものも、ワークの乾燥工程の間、真空ポンプによって、凝縮室が減圧下とされており、また、洗浄室は凝縮室と連通しているのだから、本件特許発明5に含まれるということであるが、このように本件特許発明5を解釈した場合、本件特許発明5が、本件特許明細書に従来技術として記載されている、乾燥工程において、蒸気洗浄・乾燥室を真空ポンプで真空引きして減圧するものを含むことになり、前述した本件特許発明が解決しようとする課題を解決できないものとなる。
すると、請求人の主張する本件特許発明5の解釈は、不自然な解釈といわざるを得ない。

(イ)請求人は、本件特許の請求項5の記載は、実施形態において蒸気洗浄工程よりも前に行われている「凝縮室を低い温度にする工程」(構成要件N)が蒸気洗浄工程(構成要件M)よりも後に記載されているし、実施形態において「凝縮室の減圧」→「ワークの搬入」→「ワーク搬入後の洗浄室の減圧」という工程をまとめて「ワークが搬入された洗浄室および凝縮室を減圧する工程」(構成要件L)として記載されているから、特許請求の範囲の記載は、各工程の順序を特定したものとは解されない旨、主張している。
本件特許発明5の末尾は、「を含む真空洗浄方法」となっているから、必ずしも各工程の実行順が特定されるものではないが、前記アで検討したように、凝縮室に関する各工程(構成要件L,N,O)は、構成要件L、構成要件N、構成要件Oの順に実行されるものと解される。

したがって、請求人の主張はいずれも採用できない。

2 無効理由3について
事案に鑑み、無効理由3から検討する。
(1)分割要件
本件特許出願は、前記第1に示したように、原々々出願の一部を新たな特許出願とした原々出願の一部を新たな特許出願とした原出願の一部を新たな特許出願としたものであって、本件特許出願の分割が適法になされたと認められるための要件(以下、「分割要件」という。)として、少なくとも、本件特許明細書、特許請求の範囲又は図面(以下、「本件特許明細書等」という。)に記載された事項が、原出願の願書に最初に添付された明細書、特許請求の範囲又は図面(以下、「原出願の当初明細書等」という。)に記載された事項の範囲内であるという要件が満たされる必要がある。
請求人の主張は、前記要件を満たさない結果、分割要件を満たさないというものであるから、本件特許明細書等に記載された事項が原出願の当初明細書等に記載された事項の範囲内であるか否かについて検討する。

ア 本件特許明細書等に記載された事項のうち原出願の当初明細書等に記載された事項の範囲内であるかを検討すべき事項
原出願の当初の特許請求の範囲(甲6)には、
「【請求項1】
石油系溶剤の蒸気を生成する蒸気生成手段と、
前記蒸気生成手段から供給される蒸気によって減圧下でワークを洗浄可能な洗浄室と、
前記洗浄室に隣接し、減圧状態に保持される凝縮室と、
前記凝縮室を前記洗浄室よりも低い温度に保持する温度保持手段と、
前記凝縮室と前記洗浄室とを連通させ、または、その連通を遮断する開閉バルブと、を備え、
前記ワークの洗浄後に前記凝縮室を減圧することなく、前記開閉バルブによって前記凝縮室と前記洗浄室とを連通させることによって洗浄後の前記ワークを乾燥させることを特徴とする真空洗浄装置。
【請求項2】
石油系溶剤の蒸気を生成する蒸気生成手段と、
前記蒸気生成手段から供給される蒸気によって減圧下でワークを洗浄可能な洗浄室と、
前記洗浄室に隣接し、減圧状態に保持される凝縮室と、
前記凝縮室を前記洗浄室よりも低い温度に保持する温度保持手段と、
前記凝縮室と前記洗浄室とを連通させ、または、その連通を遮断する開閉バルブと、を備え、
洗浄後の前記ワークの乾燥に真空ポンプを寄与させることなく、前記開閉バルブによって前記凝縮室と前記洗浄室とを連通させることによって洗浄後の前記ワークを乾燥させることを特徴とする真空洗浄装置。
【請求項3】
ワークが搬入された洗浄室および当該洗浄室に隣接した凝縮室を減圧する工程と、
石油系溶剤の蒸気を生成し、当該蒸気を減圧下にある前記洗浄室に供給して前記ワークを洗浄する工程と、
減圧下にある前記凝縮室を前記洗浄室よりも低い温度に保持する工程と、
前記ワークの洗浄後に前記凝縮室を減圧することなく、開閉バルブを開弁して前記洗浄室と前記凝縮室とを連通させることによって洗浄後の前記ワークを乾燥させる工程と
を含む真空洗浄方法。
【請求項4】
ワークが搬入された洗浄室および当該洗浄室に隣接した凝縮室を減圧する工程と、
石油系溶剤の蒸気を生成し、当該蒸気を減圧下にある前記洗浄室に供給して前記ワークを洗浄する工程と、
減圧下にある前記凝縮室を前記洗浄室よりも低い温度に保持する工程と、
洗浄後の前記ワークの乾燥に真空ポンプを寄与させることなく、開閉バルブを開弁して前記洗浄室と前記凝縮室とを連通させることによって洗浄後の前記ワークを乾燥させる工程と
を含む真空洗浄方法。」
と記載されているところ、本件特許の特許請求の範囲には、凝縮室が「洗浄室に隣接」する旨の限定が付されおらず、また、「前記ワークの洗浄後に前記凝縮室を減圧することなく」ワークを乾燥させる旨の限定や、「洗浄後の前記ワークの乾燥に真空ポンプを寄与させることなく」ワークを乾燥させる旨の限定が付されていない点等で、本件特許の特許請求の範囲の記載は、原出願の当初の特許請求の範囲の記載と異なっている。
また、本件特許明細書及び図面に記載された事項と、原出願の当初明細書及び図面に記載された事項とを比較すると、両者は、特許請求の範囲の記載と対応する【課題を解決するための手段】の記載(本件特許明細書の段落【0007】〜【0011】、原出願の当初明細書の段落【0007】〜【0010】)は異なるものの、それ以外の【発明が解決しようとする課題】、【発明の効果】、【発明を実施するための形態】等の記載は共通している。
そこで、本件特許の特許請求の範囲、及び明細書の【課題を解決するための手段】に記載された、凝縮室が「洗浄室に隣接」するという限定を含まない発明、及び「前記ワークの洗浄後に前記凝縮室を減圧することなく」又は「洗浄後の前記ワークの乾燥に真空ポンプを寄与させることなく」という限定を含まない発明が原出願の当初明細書等に記載された事項の範囲内であるか否かを検討する。

イ 凝縮室が「洗浄室に隣接」するという限定を含まない発明について
原出願の当初の特許請求の範囲、及び明細書の【課題を解決するための手段】(段落【0007】〜【0010】)には、凝縮室が「洗浄室に隣接」するという限定が付された発明が記載されているが、原出願の当初明細書等には、洗浄室2と凝縮室21との配置関係について、段落【0017】に「そして、洗浄室2には、開閉手段である開閉バルブ20を介して、凝縮室21が接続されている。開閉バルブ20を開弁すると、洗浄室2と凝縮室21とが連通し、開閉バルブ20を閉弁すると、洗浄室2と凝縮室21との連通が遮断される。この凝縮室21も、洗浄室2と同様に、配管9から分岐する分岐管25を介して真空ポンプ10に接続されており、減圧状態を保持することが可能である。また、この凝縮室21には、熱交換器等からなる温度保持装置22(温度保持手段)が設けられており、凝縮室21内の温度が洗浄室2内の温度よりも低い一定温度(5℃〜50℃、より好ましくは15℃〜約25℃)に保持することが可能である。」と記載され、洗浄室2に、開閉手段である開閉バルブ20を介して、凝縮室21を接続する旨が記載されているものの、凝縮室21が洗浄室2に「隣接」しているという直接的な文言は記載されていないし、この「隣接」していることによる技術的な意義についても何ら記載されていない。
一方、原出願の当初の明細書の発明の詳細な説明には、段落【0022】〜【0030】に、準備工程で減圧され、減圧状態で洗浄室2よりも低い温度に保持された凝縮室21と、搬入工程でワークWが搬入され、減圧工程及び蒸気洗浄工程を経て高温の蒸気が充満された洗浄室2とを、乾燥工程において、開閉バルブ20を開弁して連通させることによって、洗浄室2内に充満している蒸気が凝縮室21に移動して凝縮し、ワークWを乾燥させる技術(以下、「凝縮乾燥技術」という。)が記載されている。
そして、前述したように凝縮室が「洗浄室に隣接」するという事項について、原出願の当初明細書等には、何ら技術的な意義が記載されていないのだから、原出願の当初明細書等に接した当業者が、前記凝縮乾燥技術に関する記載に触れた際、凝縮室が「洗浄室に隣接」するという事項を、前記凝縮乾燥技術を実現する上で、必須の事項として把握するとは考えられない。
そうすると、本件特許の特許請求の範囲、及び明細書の【課題を解決するための手段】に記載された発明は、凝縮室が「洗浄室に隣接」するという限定を含まない発明であるところ、このような発明は、原出願の当初明細書等に前記凝縮乾燥技術として記載されたものといえるから、原出願の当初明細書等の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入するものであるとはいえない。

ウ 「前記ワークの洗浄後に前記凝縮室を減圧することなく」又は「洗浄後の前記ワークの乾燥に真空ポンプを寄与させることなく」という限定を含まない発明について
原出願の当初の特許請求の範囲、及び明細書の【課題を解決するための手段】(段落【0007】〜【0010】)には、「前記ワークの洗浄後に前記凝縮室を減圧することなく」又は「洗浄後の前記ワークの乾燥に真空ポンプを寄与させることなく」という限定が付された発明が記載されているが、前記イに示したように、原出願の当初の明細書の発明の詳細な説明には、段落【0022】〜【0030】に、前記凝縮乾燥技術が記載されており、この前記凝縮乾燥技術に関する記載において、蒸気洗浄工程後に凝縮室を減圧することや、蒸気洗浄工程後の乾燥工程で真空ポンプを寄与させることについては、何ら言及されていない。
そして、原出願の当初明細書等に接した当業者が、前記凝縮乾燥技術に関する記載に触れた際、前述したように、蒸気洗浄工程後に凝縮室を減圧することや、蒸気洗浄工程後の乾燥工程で真空ポンプを寄与させることについて、何ら言及されていないのだから、ワークの洗浄後の凝縮室の減圧や、洗浄後のワークの乾燥への真空ポンプの寄与について、何ら特定しない発明を把握することは、当然、可能である。
そうすると、本件特許の特許請求の範囲、及び明細書の【課題を解決するための手段】に記載された発明は、「前記ワークの洗浄後に前記凝縮室を減圧することなく」又は「洗浄後の前記ワークの乾燥に真空ポンプを寄与させることなく」という限定を含まない発明であるところ、このような発明は、原出願の当初明細書等に前記凝縮乾燥技術として記載されたものといえるから、原出願の当初明細書等の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入するものであるとはいえない。

エ 請求人の主張について
(ア)請求人は、原出願の当初明細書等から導かれる技術的事項は、「洗浄室と凝縮室とを隣接状態に設け(要件○1)、ワークの乾燥工程において、凝縮室を減圧することなく(要件○2)、真空ポンプを用いることなく(要件○3)、凝縮室と洗浄室とを連通させることのみによりワークを乾燥させる技術(要件○4)」であり、要件○1〜○4は、原出願の当初明細書等の【課題を解決するための手段】の段落【0007】〜【0010】に記載されており、いずれの要件も、発明の課題(ワークの乾燥に要する時間を短縮して全体の処理能力を向上する(段落【0006】))を解決するために必要不可欠な要件である旨、主張しているが、前記イに示したように、要件○1は必須の事項とはいえず、また、前記ウに示したように、原出願の当初明細書等に接した当業者は、要件○2及び要件○3について特定しない発明を把握できるものである。さらに、要件○4についても、前記ウで要件○2及び要件○3について示したように、原出願の当初明細書等に接した当業者は、前記凝縮乾燥技術に関する記載から、洗浄後のワークの乾燥への真空ポンプ等、他の乾燥手段の寄与について、何ら特定しない発明を把握可能であるから、要件○4について特定しない発明も把握可能といえる。そうすると、要件○1〜○4を必要不可欠な要件として、特許請求の範囲で特定する必要はないといえる。

(イ)請求人は、原出願の当初の特許請求の範囲、明細書の段落【0007】〜段落【0010】には、「乾燥工程において真空ポンプを用いないこと」が積極的に明記されている。また、この記載とのバランス上、原出願から乾燥工程における真空ポンプの任意的使用を読み取るためには、原出願に「乾燥工程において真空ポンプを用いてもよいこと」が積極的に明記されている必要がある旨、及び原出願の当初明細書等から、当業者は、乾燥工程における真空ポンプ10の任意的使用を理解することができない旨、主張しているが、本件特許の特許請求の範囲の記載は、本件特許明細書の発明の詳細な説明に記載された前記凝縮乾燥技術について発明特定事項としたものであって、乾燥工程において、真空ポンプを用いることを積極的に特定するものではない(前記凝縮乾燥技術に加えて、真空ポンプを使用できるとも、使用できないとも特定していない)から、原出願の当初明細書等に「乾燥工程において真空ポンプを用いてもよいこと」が積極的に明記されている必要はなく、また、原出願の当初明細書等から、当業者が、乾燥工程において真空ポンプが任意的に使用できることを理解できる必要もないものである。

したがって、請求人の主張はいずれも採用できない。

オ まとめ
したがって、本件特許明細書等に記載された事項は、原出願の当初明細書等に記載された事項の範囲内のものである。
その他、本件特許出願が、分割要件を満たさない理由は見当たらず、本件特許出願は分割要件を満たさないものとはいえない。

(2)新規性進歩性
以上のとおり、本件特許出願は、分割要件を満たすものであるから、特許法第44条第2項の規定により、本件特許出願は、原々々出願の時にしたものとみなされるので、本件特許出願の出願日は、平成24年11月20日(優先権主張 平成23年11月25日)である。
そうすると、原々々出願の公開公報である甲7は、2013年(平成25年)5月30日に国際公開されたものであるから、本件特許出願前に日本国内又は外国において電気通信回線を通じて公衆に利用可能となったとはいえない。
したがって、甲7に記載された発明は、特許法第29条第1項第3号に掲げる発明に該当せず、無効理由3は理由がない。

3 甲号証の記載事項
(1)甲10
ア 甲10に記載された事項
請求人が無効理由1に係る証拠として提出した、本件特許の優先日前に頒布された刊行物である甲10には、図面とともに次の事項が記載されている(下線は、当審で付加した。以下、同様。)。

(ア)「【0001】
【産業上の利用分野】本発明は、電機部品、機械部品その他の部材に、洗浄及び乾燥処理を施すための洗浄装置に係るもので、各処理を、迅速かつ経済的に行うことが出来るようにしたものである。」

(イ)「【0006】本発明は上述の如き課題を解決しようとするものであって、洗浄槽を蒸気洗浄部と蒸気発生部とに分割し、この蒸気洗浄部と蒸気発生部との間の連通口に、密閉蓋体を設け、この密閉蓋体を上下方向に移動する事により、連通口の開口と密閉を可能とするものである。その結果、一つの洗浄槽で蒸気洗浄処理と乾燥処理を行う事を可能とするとともに、無駄な設置スペースを省いて、洗浄装置をコンパクトで経済的に形成しようとするものである。」

(ウ)「【0022】
【実施例】以下、本発明の一実施例を図1、図2に於て説明すれば、(1)は縦型の洗浄槽で、仕切壁(2)を介して上部側を蒸気洗浄部(3)、下部側を蒸気発生部(4)としている。そして、蒸気洗浄部(3)には、被洗浄物(5)を載置するための載置台(6)を配置している。この載置台(6)は、金網材やパイプ材等で形成する事により、蒸気発生部(4)から導入される洗浄蒸気が、載置台(6)を通過して、被洗浄物(5)に到達が可能なものとしている。
【0023】また、蒸気発生部(4)には、洗浄液(7)を充填しており、電気ヒーター、加熱オイルを流通した加熱パイプ等の適宜の加熱手段(8)により、この洗浄液(7)の蒸気化を可能としている。また、蒸気発生部(4)には、サーモスタット(32)を設置し、加熱手段(8)による洗浄液(7)の加熱を制御している。そして、仕切壁(2)には、蒸気洗浄部(3)と蒸気発生部(4)とを連通するとともに、蒸気発生部(4)で発生する洗浄蒸気を蒸気洗浄部(3)内に導入するための連通口(10)を開口している。
【0024】この連通口(10)には、連通口(10)よりも径大な板状部材で形成した密閉蓋体(11)を接続する事により、蒸気洗浄部(3)と蒸気発生部(4)との連通を遮断するとともに、蒸気洗浄部(3)内の密閉も可能としている。この密閉蓋体(11)は、蒸気発生部(4)側に配置し、図示しない適宜の上下動機構により、仕切壁(2)の下面に付き当て可能とするとともに、密閉蓋体(11)と仕切壁(2)との接続部に、オーリング、パッキン等のシール部材(12)を配置する事により、密閉性を高めている。また、このシール部材(12)は、図1に示す如く、上部側に位置する仕切壁(2)の下面に配置している。また、密閉蓋体(11)の上下動機構は、シリンダー、ボールネジ方式、電動式ピストン、チェーンブロック等、適宜の従来公知のものを用いる事ができる。
【0025】また、洗浄槽(1)は、被洗浄物(5)の出し入れを行う開口部に、開閉蓋(30)を着脱可能に接続している。また、開閉蓋(30)と洗浄槽(1)との接続部に於いて、開閉蓋(30)の下面にシール部材(31)を配置する事により、密閉性を高めるとともに、接続部への凝縮液や汚物の付着を防止可能としている。しかし、洗浄槽(1)の開口部を介して洗浄液(7)の流通を行う事はないし、凝縮液が付着する可能性も少ないので、必ずしもシール部材(31)を開閉蓋(30)の下面に設ける必要はなく、洗浄槽(1)の上面に設けても良い。
【0026】また、蒸気洗浄部(3)は、第1電磁弁(17)を介してバキュームポンプ(14)に連結し、蒸気洗浄部(3)内を減圧可能としている。また、第1電磁弁(17)とバキュームポンプ(14)との間には、凝縮器(15)を介在し、蒸気洗浄部(3)の減圧の際に、蒸気洗浄部(3)内の洗浄蒸気を凝縮器(15)に導入可能としている。この凝縮器(15)の内部には、冷却水が流通する冷却パイプ(9)を挿通し、凝縮器(15)に導入された洗浄蒸気を凝縮可能としている。このように凝縮器(15)で凝縮された凝縮液は、第2電磁弁(35)を介して蒸気発生部(4)内に移送され、再生使用を可能としている。
【0027】また、蒸気洗浄部(3)には、減圧蒸気洗浄、減圧乾燥を行う場合に備えて、圧力調整弁(図示せず)等の減圧蒸気洗浄、減圧乾燥に対応する適宜の弁機構を配置している。
【0028】そして、上述の如き洗浄槽(1)で被洗浄物(5)の蒸気洗浄及び乾燥処理を行う手順を説明する。大気圧蒸気洗浄を行うには、蒸気洗浄部(3)内の載置台(6)に、被洗浄物(5)を載置する。そして、仕切壁(2)の連通口(10)を被覆する密閉蓋体(11)を、蒸気発生部(4)側に下降する事により、洗浄蒸気が流通する僅かな流通間隔(27)を介して連通口(10)を開口し、蒸気発生部(4)と蒸気洗浄部(3)とを連通する。
【0029】すると、適宜の加熱手段(8)により、蒸気発生部(4)内で発生した洗浄蒸気は、図1の矢印で示す如く、密閉蓋体(11)と仕切壁(2)との狭い流通間隔(27)でも、確実に通過した後、連通口(10)を介して蒸気洗浄部(3)内に流入する。このように、連通口(10)の開口に密閉蓋体(11)を大きく移動する必要がないので、洗浄槽(1)をコンパクトに形成する事ができる。そして、洗浄蒸気と被洗浄物(5)とが接触して凝縮する事により、大気圧蒸気洗浄が行われる。」

(エ)「【0030】また、大気圧蒸気洗浄とは別個に減圧蒸気洗浄を行うには、蒸気発生部(4)と蒸気洗浄部(3)との連通状態で、バキュームポンプ(14)を作動して減圧する。そして、この減圧によって洗浄液(7)の沸点が低下し、洗浄液(7)の加熱温度よりも沸点が低くなると、洗浄蒸気が発生する。そして、この洗浄蒸気が蒸気洗浄部(3)側に流動し、被洗浄物(5)と接触して凝縮する事により、減圧蒸気洗浄が行われる。この減圧蒸気洗浄は、低温で蒸気洗浄ができるため、洗浄液(7)の熱劣化を防止するとともに、耐熱性の低い被洗浄物(5)の洗浄に適したものとなる。
【0031】そして、上述の如き洗浄処理で凝縮された凝縮液は、被洗浄物(5)から洗い流された汚物とともに、連通口(10)を介して蒸気発生部(4)側に流下する。ところで、本実施例では、シール部材(12)は、密閉蓋体(11)と仕切壁(2)との接続部に於いて、仕切壁(2)の下面に配置している。もし、図19に示す如く、シール部材(12)を、密閉蓋体(11)の上面に配置すると、密閉蓋体(11)の上面と、この密閉蓋体(11)の上面に突出したシール部材(12)の内周面とで構成される凹部(16)や、シール部材(12)の上面に、汚物や洗浄液(7)が滞留してしまう。この状態で、密閉蓋体(11)を仕切壁(2)に接続すると、この接続部に汚物が介在するものとなり、シール部材(12)や密閉蓋体(11)を破損し、密閉性を損なう虞れがある。また、次工程の乾燥処理の際に、凹部(16)に滞留した洗浄液(7)も乾燥するものとなり、乾燥時間を長くしたり、エネルギー効率を悪くする可能性もある。
【0032】しかしながら、前述の如く、本実施例では、シール部材(12)を仕切壁(2)の下面に設けているので、シール部材(12)には、密閉蓋体(11)との接続面に、汚物等の異物が付着する事はない。また、仕切壁(2)とシール部材(12)とで形成される凹部(16)は、図1に示す如く、下側を向いているので、汚物や洗浄液(7)が滞留する事もない。そのため、被洗浄物(5)や蒸気洗浄部(3)の内部に付着した凝縮液が、蒸気発生部(4)側に確実に流下し、蒸気洗浄部(3)内は良好な液切りが行われるものとなる。また、蒸気発生部(4)内に流下した凝縮液は、蒸留再生使用が可能となり、無駄に消費される事がないので、洗浄液(7)の経済的な使用も可能となる。
【0033】そして、洗浄処理が終了したら、乾燥処理を行うが、それには、図2に示す如く、連通口(10)に密閉蓋体(11)を接続して蒸気洗浄部(3)内への洗浄蒸気の流入を遮断するとともに蒸気洗浄部(3)内を気密的に密閉する。この密閉蓋体(11)の接続に於いて、前述の如く、仕切壁(2)に配置したシール部材(12)には、密閉蓋体(11)との接続部に、汚物等の異物が付着していないので、接続によるシール部材(12)の破損を防止する事ができる。
【0034】また、特開平6−15239号の従来発明は、ゲート弁の上部側で乾燥を行い、ゲート弁の下部側で洗浄を行うものであるが、作業の切り換え時に、ゲート弁を摺動する事により、ゲート弁のシール部材が摩耗して、乾燥時の密閉性を損なうものであった。しかし、本発明の密閉蓋体(11)は、上下動による開閉なので、摩擦によるシール部材(12)の摩耗を防止する事ができる。従って、連通口(10)に密閉蓋体(11)を良好に接続でき、蒸気洗浄部(3)の気密性を長期に保つ事が可能となる。
【0035】次に、この蒸気洗浄部(3)に接続するバキュームポンプ(14)を稼働して、蒸気洗浄部(3)内を急速に減圧する。この急速減圧により、被洗浄物(5)や蒸気洗浄部(3)内に付着した洗浄液(7)の沸点が低下し、急速な乾燥が可能となる。この乾燥処理の際も、前述の如く、被洗浄物(5)や、蒸気洗浄部(3)内の余分な洗浄液(7)の液切りが良好に行われているので、乾燥時間を短縮する事ができるとともに、乾燥に使用するエネルギーを節約でき、乾燥処理を迅速かつ経済的に行う事が可能となる。
【0036】また、バキュームポンプ(14)により蒸気洗浄部(3)内を減圧すると、蒸気洗浄部(3)内に残留していた洗浄蒸気が、第1電磁弁(17)を介して凝縮器(15)に移動し、凝縮液化する。そして、この凝縮液を、第2電磁弁(35)を介して蒸気発生部(4)に移送する事により、再び洗浄蒸気化し、蒸留再生使用が可能となり、洗浄液(7)の経済的な再生使用が可能となる。尚、蒸気発生部(4)には、ボールタップ等の液面制御機構(18)を設置している。この液面制御機構(18)により、第2電磁弁(35)の開閉を制御し、凝縮器(15)からの凝縮液の移送を調節して、蒸気発生部(4)内の洗浄液(7)量を適量に保っている。
【0037】そして、乾燥処理が終了したら、蒸気洗浄部(3)に接続した真空破壊弁(26)を介して、蒸気洗浄部(3)内にエアーを導入する。このエアーの導入により、蒸気洗浄部(3)内が常圧状態に戻るので、洗浄槽(1)の開閉蓋(30)を外して、蒸気洗浄部(3)内の被洗浄物(5)を安全に取り出す事ができる。
【0038】また、上記第1実施例では、蒸気洗浄部(3)内を急速減圧する事により、突沸乾燥処理を行っているが、他の異なる実施例として、蒸気洗浄部(3)内に、適宜の手段で冷風や温風を導入する事により、乾燥処理を行うものであっても良いし、他の適宜の従来技術を用いて乾燥処理を行っても良い。何れの場合でも、蒸気洗浄部(3)内の液切りが良好に行われているので、乾燥時間の短縮やエネルギーの節約が可能となり、経済的な乾燥処理が可能となる。」

(オ)「【0063】また、エゼクター部(24)を用いた他の異なる第8、第9実施例について説明する。上記第6、第7実施例では、径大な板状部材で形成した密閉蓋体(11)を配置した洗浄槽(1)に於いて、蒸気発生部(4)にエゼクター部(24)を接続している。一方、他の異なる第8、第9実施例では、図15〜図18に示す如く、径小な密閉蓋体(11)を配置した洗浄槽(1)に於いて、蒸気発生部(4)にエゼクター部(24)を接続している。尚、この径小な密閉蓋体(11)は、シリンダー(22)にて上下動可能としている。
【0064】更に、第8、第9実施例では、蒸気洗浄の前洗浄として行う浸漬洗浄を、洗浄槽(1)の蒸気洗浄部(3)内で行う事を可能としている。そして、蒸気洗浄部(3)は、洗浄液(7)を充填した洗浄液槽(20)と、第7電磁弁(45)を介して連結し、この洗浄液槽(20)を、浸漬洗浄に使用する洗浄液(7)のリザーブタンクとして使用可能としている。また、洗浄液槽(20)は、第6電磁弁(41)を介して、蒸気発生部(4)とも接続し、蒸気発生部(4)内への洗浄液(7)の移送も可能としている。
【0065】そして、第8実施例の洗浄装置で、第1工程の浸漬洗浄処理を行うには、図15に示す如く、蒸気洗浄部(3)内に被洗浄物(5)を収納した後、密閉蓋体(11)を連通口(10)に接続して、蒸気洗浄部(3)を密閉する。次に、蒸気洗浄部(3)と接続する真空破壊弁(26)と第7電磁弁(45)を閉止した後、バキュームポンプ(14)により、蒸気洗浄部(3)内を減圧して、真空状態とする。この真空状態で第7電磁弁(45)を開弁すると、洗浄液槽(20)の洗浄液(7)が、第7電磁弁(45)を介して蒸気洗浄部(3)内に吸引され、図15の点線で示す如く、蒸気洗浄部(3)内に、浸漬洗浄のための十分な洗浄液(7)が導入される。
【0066】また、この蒸気洗浄部(3)への洗浄液(7)の導入の際に、洗浄液槽(20)の真空破壊弁(44)を開弁しておく事により、洗浄液槽(20)内の減圧を防止して、スムーズな導入が可能となる。この導入が完了したら、第7電磁弁(45)を閉止し、被洗浄物(5)の浸漬洗浄処理を行う。
【0067】そして、浸漬洗浄が終了したら、第7電磁弁(45)を開弁するとともに真空破壊弁(26)を開弁して、蒸気洗浄部(3)内にエアーを導入する。すると、蒸気洗浄部(3)内の洗浄液(7)が、重力により、洗浄液槽(20)内に排出される。この場合も、洗浄液槽(20)の真空破壊弁(44)を開弁しておく事により、洗浄液槽(20)への洗浄液(7)のスムーズな排出が可能となる。
【0068】次に、第2工程の蒸気洗浄処理を行うには、シリンダー(22)を上昇して、密閉蓋体(11)を上部方向に移動し、図16に示す如く、連通口(10)を開口する。この開口により、蒸気洗浄部(3)と蒸気発生部(4)とを連通する。そして、蒸気発生部(4)の洗浄蒸気を、連通口(10)を介して蒸気洗浄部(3)内に導入する事により、被洗浄物(5)の蒸気洗浄を行う。この蒸気洗浄処理に於いて、洗浄蒸気が、被洗浄物(5)の微細な凹凸や隙間に入り込んで凝縮し、この凝縮液は汚れとともに落下するので、浸漬洗浄では落とせなかった汚れを確実に除去する事ができる。また、蒸気洗浄処理は、バキュームポンプ(14)を作動して減圧蒸気洗浄を行う事も可能である。
【0069】また、洗浄液槽(20)では、冷水を流通したパイプ等の冷却手段(23)により、洗浄液(7)を冷却しているから、第1工程で浸漬洗浄した被洗浄物(5)の表面温度は非常に低いものである。そのため、第2工程の蒸気洗浄に於いて、洗浄蒸気がこの低温状態の被洗浄物(5)と接触する事により、凝縮効果が促進され、洗浄効果が向上するものとなる。
【0070】また、蒸気発生部(4)内の洗浄液(7)が不足したら、液面制御機構(18)により、第6電磁弁(41)を開弁して、洗浄液槽(20)内の洗浄液(7)を導入し、補充する事も可能である。そして、このように蒸気発生部(4)に洗浄液槽(20)の洗浄液(7)を導入して蒸気化する事により、浸漬洗浄で汚れた洗浄液(7)の蒸留再生が可能となる。そのため、洗浄液(7)の経済的な使用が可能となるとともに、洗浄蒸気の発生作業と浄化を同時に行えるので、作業効率やエネルギー効率が良好なものとなる。
【0071】そして、第3工程では、図15に示す如く、シリンダー(22)を下降して、密閉蓋体(11)を連通口(10)に接続する事により、蒸気洗浄部(3)内を密閉する。そして、バキュームポンプ(14)で蒸気洗浄部(3)内を減圧する事により、被洗浄物(5)の減圧乾燥処理を行う。この乾燥処理の際も、他の実施例と同様に、蒸気洗浄部(3)内の液切りが良好に行われているので、乾燥時間やエネルギーの無駄を省いて、効率的な乾燥処理を行う事ができる。
【0072】そして、蒸気洗浄部(3)内の余分な洗浄蒸気は、このバキュームポンプ(14)による吸引により、第1電磁弁(17)を介して凝縮器(15)に移送され、凝縮される。この凝縮液は、エゼクター部(24)の吸引力により、第2電磁弁(35)を介して洗浄液槽(20)内に迅速に移送される。また、蒸気発生部(4)の洗浄蒸気を、エゼクター部(24)の吸引力により、第5電磁弁(40)を介して、洗浄液槽(20)に直に導入し、凝縮液化する。これらの凝縮液は、再び浸漬洗浄や蒸気洗浄作業に使用でき、効率的な蒸留再生使用が可能となる。」

(カ)前記記載事項(ア)の段落【0001】によると、甲10に記載された発明は、洗浄装置に係るものであり、甲10には、当該洗浄装置による洗浄方法も記載されていることは明らかである。

(キ)前記記載事項(ウ)の段落【0023】によると、蒸気発生部4は、洗浄液7を蒸気化するものである。

(ク)前記記載事項(エ)の段落【0030】によると、蒸気洗浄部3は、蒸気発生部4との連通状態で、バキュームポンプ14が作動して減圧され、この減圧によって洗浄液7の沸点が低下して蒸気発生部4で発生した洗浄蒸気が流動し、被洗浄物5と接触して凝縮する事により減圧蒸気洗浄が行われるものである。

(ケ)前記記載事項(ウ)の段落【0026】及び前記記載事項(エ)の段落【0030】によると、減圧蒸気洗浄を行う際、蒸気発生部4と蒸気洗浄部3との連通状態でバキュームポンプ14を作動して減圧するから、蒸気洗浄部3とバキュームポンプ14の間に介在する凝縮器15も減圧されることは明らかであり、凝縮器15は、減圧蒸気洗浄が行われる際、蒸気発生部4と蒸気洗浄部3とともに、バキュームポンプ14により減圧されるものである。
また、前記記載事項(ウ)の段落【0026】並びに前記記載事項(エ)の段落【0033】、【0035】及び【0036】によると、乾燥処理を行う際、バキュームポンプ14により蒸気洗浄部3内を減圧するから、蒸気洗浄部3とバキュームポンプ14の間に介在する凝縮器15も減圧されることは明らかであり、凝縮器15は、乾燥処理を行う際、蒸気洗浄部3とともに、バキュームポンプ14により減圧され、蒸気洗浄部3内に残留していた洗浄蒸気が移動し、凝縮液化するものである。

(コ)前記記載事項(ウ)の段落【0026】によると、冷却パイプ9は、冷却水が流通するとともに、凝縮器15の内部に挿通され、凝縮器15に導入された洗浄蒸気を凝縮可能にするものであり、冷却パイプ9の温度は、冷却パイプ9が挿通された凝縮器15に導入された洗浄蒸気を凝縮可能なものである。また、凝縮器15の内部に挿通された冷却パイプ9に冷却水を流通させる工程を備えるものである。

(サ)前記記載事項(ウ)の段落【0026】によると、第1電磁弁17は、凝縮器15と蒸気洗浄部3との間に介在するものである。

(シ)前記記載事項(エ)の段落【0033】には、「洗浄処理が終了したら、乾燥処理を行うが、それには、図2に示す如く、連通口(10)に密閉蓋体(11)を接続して蒸気洗浄部(3)内への洗浄蒸気の流入を遮断するとともに蒸気洗浄部(3)内を気密的に密閉する。」と記載されており、この「洗浄処理」とは、前記記載事項(ウ)の段落【0028】、【0029】に記載された大気圧蒸気洗浄と、前記記載事項(エ)の段落【0030】に記載された減圧蒸気洗浄との、いずれにも限定されずに記載されているから、両者の洗浄処理が含まれるものであって、減圧蒸気洗浄が終了した際にも、蒸気洗浄部3内は密閉される、つまり第1電磁弁17は閉弁されるものである。また、同じく段落【0035】には、「次に、この蒸気洗浄部(3)に接続するバキュームポンプ(14)を稼働して、蒸気洗浄部(3)内を急速に減圧する。この急速減圧により、被洗浄物(5)や蒸気洗浄部(3)内に付着した洗浄液(7)の沸点が低下し、急速な乾燥が可能となる。」と記載されているから、この乾燥は、バキュームポンプ14を稼働し、第1電磁弁17を開弁して行われるものである。そうすると、前記記載事項(エ)の段落【0030】、【0033】、【0035】及び【0036】によると、洗浄蒸気が蒸気洗浄部3に流動し、被洗浄物5を減圧蒸気洗浄した後、バキュームポンプ14を稼働し、第1電磁弁17を開弁して、蒸気洗浄部3内を急速に減圧することにより被洗浄物5に付着した洗浄液7を急速に乾燥させ、その際、蒸気洗浄部3内に残留していた洗浄蒸気が、第1電磁弁17を介して前記凝縮器15に移動し、凝縮液化するもの、及びこのような工程を備えるものである。

(ス)前記記載事項(ウ)の段落【0026】及び前記記載事項(エ)の段落【0036】によると、蒸気洗浄部3から凝縮器15に導入されて凝縮された凝縮液を、凝縮器15から第2電磁弁35を介して蒸気発生部4に移送するものである。

(セ)前記記載事項(オ)の段落【0064】〜【0067】によると、蒸気洗浄部3に、洗浄液7を充填した洗浄液槽20から洗浄液7を導入して、被洗浄物5の浸漬洗浄処理を行うものである。

(ソ)前記記載事項(ウ)の段落【0023】及び前記記載事項(エ)の段落【0030】によると、蒸気発生部4と蒸気洗浄部3との連通状態で、バキュームポンプ14を作動して減圧し、その後、この減圧によって洗浄液7の沸点が低下し、洗浄液7の加熱温度よりも沸点が低くなると、洗浄蒸気が発生して、減圧蒸気洗浄が行われるものであるから、蒸気発生部4と蒸気洗浄部3との連通状態でバキュームポンプ14を作動させて、被洗浄物5が載置台6に載置された蒸気洗浄部3を、第1電磁弁17及び凝縮器15を介して減圧する工程と、洗浄液7を蒸気化し、洗浄蒸気が減圧の状態の蒸気洗浄部3に流動して被洗浄物5を減圧蒸気洗浄する工程とを備えるものである。

イ 甲10に記載された発明の認定
甲10には、前記アに記載した事項を踏まえると、次の発明(以下、「甲10発明1」〜「甲10発明5」という。また、「甲10発明1」〜「甲10発明5」をまとめて、「甲10発明」という。)が記載されていると認められる。

[甲10発明1]
バキュームポンプ14と、
洗浄液7を蒸気化する蒸気発生部4と、
前記蒸気発生部4との連通状態で、前記バキュームポンプ14が作動して減圧され、この減圧によって前記洗浄液7の沸点が低下して前記蒸気発生部4で発生した洗浄蒸気が流動し、被洗浄物5と接触して凝縮する事により減圧蒸気洗浄が行われる蒸気洗浄部3と、
前記減圧蒸気洗浄が行われる際、前記蒸気発生部4と前記蒸気洗浄部3とともに、前記バキュームポンプ14により減圧され、また、乾燥処理を行う際、前記蒸気洗浄部3とともに、前記バキュームポンプ14により減圧され、前記蒸気洗浄部3内に残留していた洗浄蒸気が移動し、凝縮液化する凝縮器15と、
冷却水が流通するとともに、前記凝縮器15の内部に挿通され、前記凝縮器15に導入された洗浄蒸気を凝縮可能にする冷却パイプ9と、
前記凝縮器15と前記蒸気洗浄部3との間に介在する第1電磁弁17と、を備え、
洗浄蒸気が前記蒸気洗浄部3に流動し、前記被洗浄物5を減圧蒸気洗浄した後、前記バキュームポンプ14を稼働し、第1電磁弁17を開弁して、前記蒸気洗浄部3内を急速に減圧することにより前記被洗浄物5に付着した前記洗浄液7を急速に乾燥させ、その際、前記蒸気洗浄部3内に残留していた洗浄蒸気が、前記第1電磁弁17を介して前記凝縮器15に移動し、凝縮液化する
洗浄装置。

[甲10発明2]
前記冷却パイプ9の温度は、前記冷却パイプ9が挿通された前記凝縮器15に導入された洗浄蒸気を凝縮可能なものである甲10発明1の洗浄装置。

[甲10発明3]
前記蒸気洗浄部3から前記凝縮器15に導入されて凝縮された凝縮液を、前記凝縮器15から第2電磁弁35を介して前記蒸気発生部4に移送する甲10発明2の洗浄装置。

[甲10発明4]
前記蒸気洗浄部3に、前記洗浄液7を充填した洗浄液槽20から前記洗浄液7を導入して、前記被洗浄物5の浸漬洗浄処理を行う甲10発明1、甲10発明2又は甲10発明3の洗浄装置。

[甲10発明5]
蒸気発生部4と蒸気洗浄部3との連通状態でバキュームポンプ14を作動させて、被洗浄物5が載置台6に載置された蒸気洗浄部3を、第1電磁弁17及び凝縮器15を介して減圧する工程と、
洗浄液7を蒸気化し、洗浄蒸気が減圧の状態の前記蒸気洗浄部3に流動して前記被洗浄物5を減圧蒸気洗浄する工程と、
凝縮器15の内部に挿通された冷却パイプ9に冷却水を流通させる工程と、
洗浄蒸気が前記蒸気洗浄部3に流動し、前記被洗浄物5を減圧蒸気洗浄した後、前記バキュームポンプ14を稼働し、第1電磁弁17を開弁して、前記蒸気洗浄部3内を急速に減圧することにより前記被洗浄物5に付着した前記洗浄液7を急速に乾燥させ、その際、前記蒸気洗浄部3内に残留していた洗浄蒸気が、前記第1電磁弁17を介して前記凝縮器15に移動し、凝縮液化する工程と、
を含む洗浄方法。

(2)甲18
ア 甲18に記載された事項
請求人が無効理由2に係る証拠として提出した、本件特許の優先日前に頒布された刊行物である甲18には、図面とともに次の事項が記載されている。
なお、[]内に示した翻訳は、請求人が甲18に添付した翻訳を参考にした当審の翻訳であり、被請求人らは、令和元年6月5日付け口頭審理陳述要領書において、甲18に添付した翻訳については、異論はないとしている。

(ア)「This invention relates to an improved cleaning system, and more particularly to a closed solvent cleaning method and system which virtually eliminates the mixture of the solvent with air throughout the cleaning operation. Eliminating air from the cleaning process and the solvent recovery and solvent cleaning process allows complete recovery of the vapors by conventional condensing thereby controlling emissions to the surroundings.
BACKGROUND OF INVENTION
Cleaning operations are becoming more and more of a burden on industry because of the ever-stricter environmental requirements for disposition of compounds used in the cleaning operations and resulting effluents. Cleaning operations effected include those involving clothing, rugs and furnishings, as well as those of a more industrial nature such as involving the cleaning and degreasing of metals, ceramics, plastics and other materials. Solvent cleaning processes, those using a solvent to degrease and clean, are the most prevalent. There are two types of solvent cleaning processes: open and closed. Open systems are still the most commonly used, but their appeal is shrinking with increasing demands of environmental safety. Open systems include such approaches as solvent vapor degreasing, solvent ultrasonic cleaning, cold or hot solvent dipped and solvent spray systems. These systems suffer from a number of shortcomings, among the most important of which are the contamination of the environment and the cost of constantly replenishing the non-recoverable solvent. In addition, the cost of equipment to contain the vapor and to properly dispose of the vapor and liquid waste is becoming more and more formidable.」(第1欄第14行〜第45行)
[本発明は、改良型洗浄システムに、詳しくは、洗浄作業全体を通して溶剤と空気との混合物を実質的に排除する密閉溶剤洗浄方法およびシステムに関する。洗浄プロセスと溶剤回収および溶剤洗浄プロセスから空気を排除することで、従来の凝縮による蒸気の完全な回収を可能にし、周囲への排出物の制御をする。
【発明の背景】
洗浄作業に使用される化合物とその結果生じる廃液の処分についてのますます厳しくなる環境要件のため、洗浄作業は業界のさらなる負担となりつつある。実施される洗浄作業は、衣類、敷物、および家具に関わるものに加えて、金属、セラミック、プラスチック、および他の材料の洗浄および脱脂に関わるものなど、より工業的な性質のものを含む。脱脂および洗浄に溶剤を使用するものである溶剤洗浄プロセスは、最も普及している。溶剤洗浄プロセスには二つのタイプ、つまり開放型と密閉型とがある。開放システムは依然として最も一般的に使用されているが、環境安全性についての要求の高まりとともにその訴求力は低下している。開放システムは、溶剤蒸気脱脂、溶剤超音波洗浄、低温または高温溶剤浸漬、および溶剤噴霧のシステムのようなアプローチを含む。これらのシステムには幾つかの短所が見られ、そのうち最も重要なのは、環境の汚染と、回収不能な溶剤を常に補充する際のコストである。加えて、蒸気を収容して蒸気および液体廃棄物を適切に処分する設備のコストがますます膨大になっている。]

(イ)「It is a further object of this invention to provide such an improved closed circuit solvent cleaning system and method which employs the solvent in either vapor or liquid form or both.」(第2欄第42行〜第45行)
[蒸気と液体のいずれかの形または両方の溶剤を使用するような改良型密閉回路溶剤洗浄システムおよび方法を提供することが、本発明のさらなる目的である。]

(ウ)「It is a further object of this invention provide such an improved closed circuit solvent cleaning system and method which virtually eliminates mixture of the solvent with air throughout the cleaning operation and therefore eliminates the difficult step of separating the solvent from the air after the cleaning operation is completed.」(第3欄第18行〜第23行)
[洗浄作業全体で溶剤と空気との混合物を実質的に排除し、そのため洗浄作業が完了した後に空気から溶剤を分離する困難なステップを排除するこのような改良型密閉回路溶剤洗浄システムおよび方法を提供することが、本発明のさらなる目的である。]

(エ)「This invention features and may suitably comprise, consist of, or consist essentially of a closed circuit solvent cleaning method comprising the steps of placing the object to be cleaned in a chamber and subjecting the chamber to a negative gauge pressure to remove air and other non-condensible gases.」(第3欄第49行〜第54行)
[本発明は、洗浄対象の物体を室に載置して負のゲージ圧を室に加え、空気と他の非凝縮ガスを除去するステップを包含する密閉回路溶剤洗浄方法を特徴とし、これを適当に包含するか、これから構成されるか、本質的にこれから構成されてもよい。]

(オ)「The system may also include means for spraying solvent over the parts to be cleaned, for immersing the parts in solvent, or both.」(第4欄第30行〜第32行)
[システムは、洗浄対象の物品に溶剤を噴霧するため、または物品を溶剤に浸漬するため、あるいはその両方のための手段も含みうる。]

(カ)「This invention results from the realization that the entire problem can be eliminated or at least dramatically reduced by not allowing the solvent vapors to become mixed with air at all: to prevent any mixing at any time of the solvent with the air.」(第4欄第66行〜第5欄第3行)
[本発明は、溶剤蒸気が空気と混合されるのを全く許容せずに溶剤と空気との混合をいかなる時にも防止することにより、問題全体の解決または少なくとも劇的な軽減を実現することから生じる。]

(キ)「One of the advantages of such a system is that it can work with solvents in the vapor form, in the liquid form or both, and it can work with a variety of different solvents, e.g., 1.1.1. trichloroethane, trichloroethylene, methylene chloride, perchloroethylene, Freon, aldehydes, alcohols, amines, ketones, aromatics, or other solvents which may or may not be heavier than air.」(第6欄第16行〜第22行)
[このようなシステムの利点の一つは、蒸気の形、液体の形、またはその両方の形の溶剤により機能することであり、多様な溶剤、例えば1.1.1トリクロロエタン、トリクロロエチレン、塩化メチレン、ペルクロロエチレン、フレオン、アルデヒド、アルコール、アミン、ケトン、芳香族化合物、または空気より重いか重くない他の溶剤によってもシステムが機能しうる。]

(ク)「Pump 26 is used to apply a negative gauge pressure to chamber 12 when it is operating as a vacuum pump. An activated charcoal filter may be added to absorb any residual solvent vapors before they enter the vacuum pump. Valve 30 operates to vent the outflow through vacuum pump 26 to carbon filter 28 while valve 32, in a different portion of the cycle, directs the outflow to condenser 34 through vacuum pump 36 to holding tank 38. Holding tank 38 provided with a heater 40 communicates through valves 42 and 44, respectively, that communicates through pump 46 with chamber 120.
Chiller unit 48 is used to provide coolant to heat exchangers 34, 50, and 52. Other conventional means for providing cooling include cold water directly from a source of cold water or from a cooling tower. Valves 54 and 56 are used to purge air from holding tank 38 and distillation tank 58 respectively, and deliver it to a carbon filter 28 or a similar filter before it is vented to atmosphere.」(第6欄第54行〜第7欄第4行)
[ポンプ26は、真空ポンプとして機能する時に、負のゲージ圧を室12に印加するのに使用される。真空ポンプへ入る前に残留溶剤蒸気を吸収するため、活性炭フィルタが追加されてもよい。バルブ30は、真空ポンプ26を通して炭フィルタ28へ流出物を排出するように機能し、一方で、サイクルの異なる部分で、バルブ32は凝縮器34への流出物を真空ポンプ36を通して保管タンク38へ誘導する。ヒータ40を備えている保管タンク38は、ポンプ46を通して室120と連通しているバルブ42、44とそれぞれ連通している。冷却器ユニット48は、熱交換器34、50、52へ冷却剤を供給するのに使用される。冷却を行う他の従来手段は、冷水源または冷却塔からの直接の冷水を含む。バルブ54、56は、保管タンク38と蒸留タンク58のそれぞれからの空気をパージするのに使用され、大気へ放出される前にこれを炭フィルタ28または類似のフィルタへ送達する。]

(ケ)「In operation, with the solvent stored in distilling tank 58, heater 60 is activated to increase the temperature of the solvent such as tetrachloroethylene to 100.degree. C., producing a 400 torr vapor pressure. Heating is accomplished by steam directed though valve 64 from steam source 18. Heating can be accomplished by other conventional means such as electric heaters or heat transfer fluids. Valve 24 is then opened, venting chamber 12 to atmosphere, part 20 is placed on support 22 in chamber 12, valve 24 is closed and vacuum pump 26 is operated. All of the air and non-condensible gases and any volatile contaminants are drawn off by vacuum pump 26 and are directed by open valve 30 directly to atmosphere or, alternatively, through and carbon filter 28, and then to atmosphere. Vacuum pump 26 is then shut off. Since the tetrachloroethylene solvent in distilling tank 58 is at 100.degree. C., with a 400 torr vapor pressure, when valve 62 is opened, the vapor flashes into chamber 12 so that the vapor 66 fills chamber 12 and condenses on and cleans part 20. If desired, liquid solvent 68 may also be introduced by opening valve 70 and partially or fully filing chamber 12 to submerge part 20 for liquid cleaning.」(第7欄第13行〜第33行)
[動作時に、蒸留タンク58には溶剤が貯蔵されており、ヒータ60が起動されてテトラクロロエチレンなどの溶剤の温度を100℃まで上昇させ、400トールの蒸気圧を発生させる。水蒸気源18からバルブ64を通して誘導される水蒸気により、加熱が達成される。電気ヒータまたは熱伝達流体など他の従来手段により、加熱が達成されてもよい。それからバルブ24が開放されて室12を大気へ通気し、物品20が室12内の支持体22に載置され、バルブ24が閉鎖され、真空ポンプ26が作動する。空気と非凝縮性ガスと何らかの揮発性汚染物のすべてが真空ポンプ26により引き出され、開放バルブ30により大気へ直接、または代替的に炭フィルタ28を通ってから大気へ誘導される。そして真空ポンプ26が遮断される。蒸留タンク58内のテトラクロロエチレン溶剤が100℃であって蒸気圧が400トールであるので、バルブ62が開放されると、蒸気が室12へ流入するため蒸気66が室12を満たして凝縮し、物品20を洗浄する。所望であれば、液体溶剤68は、バルブ70を開放することによっても導入されて、室12を部分的または完全に充填して、液体洗浄のため物品20を水面下に置いてもよい。]

(コ)「Following this, vacuum pump 36 may be operated with heat exchanger 34 on and valve 32 open. This draws off the vapors 66 in tank 12 including the vapors associated with object 20 so that it is dried during this process. The vapor, being virtually pure, is condensed in condenser 34 and delivered back to holding tank 38, which stores only clean solvent which may be used when the solvent in distilling tank 58 becomes contaminated and must be removed and processed. Periodic purging of the air in tanks 38 and 56 is accomplished through valves 54 and 56. Drying of part 20 in chamber 12 may be assisted by throttling vapor solvent in tank 58 through valve 62 while simultaneously pulling vapor out of chamber 12 through valve 78 and condensor 34 by means of pump 36.
Finally, vacuum pump 34 is stopped and valve 24 is opened to vent chamber 12 to atmosphere and part 20 is removed, having been dried and cleaned without introducing any hazardous waste to the atmosphere. Simultaneously, the solvent has been fully recovered with a minimum of effort and expense since it was not mixed with air and there is no need to undertake the expensive an complex procedures required to separate solvent from air and clean the air of the solvent contaminants.
When the solvent in distilling tank 58 becomes contaminated, the solvent can be distilled by opening valve 64 from steam source 18, and flashing vapors through open valves 56 and 78. Pump 36 pulls vapors through condensor 34 and sends clean solvent into holding tank 38. Upon solvent recovery, contaminants can be removed from distillation tank 58 through valve 82. Clean solvent can then be returned to distilling tank 58 through valves 42 and 72 for reuse.
There is shown in FIG. 2 a flow chart depicting the operation of system 10, FIG. 1, of this invention. The object to be cleaned, such as a piece of clothing or a manufactured part, is placed in the cleaning chamber in step 100. Then a negative gauge pressure is applied in step 102. This removes air and other non-condensible gases and it also removes any volatile contaminants. The gasses evacuated from the chamber at this point can be passed through suitable filters if this is necessary. The negative gauge pressure is typically between atmospheric and zero atmospheric absolute. Pressures in the range of 10 torr appear to be sufficient. Following this, the solvent is introduced in step 104. This can be done in vapor or liquid form, or both. Then the object is cleaned, step 106, for an appropriate period of time. During this time, the temperature can be varied to favor the appropriate conditions for the material or object being cleaned and also to improve vapor density and penetration of the solvent into the object. The temperature increase or decrease is effected only during the cleaning operation so that there is a substantial saving in energy. There can also be a substantial saving in energy by the fact that an increased temperature of the chamber increases the differential pressure between the two chambers to the point where that differential pressure alone could be used to drive out the solvent after the cleaning operation is done. Typically, with the solvent being present partially as a liquid and partially as a vapor, the solvent is recovered in step 108 by first removing the liquid which contains the contaminants, and then removing the vapor which is virtually clean since it is a distillation product. A complete removal of the vapor at this point also effects a drying of the object, which further minimizes the contamination of the environment with solvents in vapor or liquid form that would ordinarily cling to the object. Finally, in step 34, the chamber is opened to atmosphere and the cleaned object is removed.」(第7欄第48行〜第8欄第46行)
[これに続いて、熱交換器34がオンでバルブ32が開放した状態で、真空ポンプ36が作動する。こうして物体20と関連する蒸気を含むタンク12内の蒸気66が引き出されて、このプロセス中に物体が乾燥される。実質的に純粋な蒸気が凝縮器34で凝縮され、再び保管タンク38へ送達され、タンクは、蒸留タンク58内の溶剤が汚染されて除去および処理が行われなければならない時に使用されうる清浄な溶剤のみを貯蔵する。タンク38、56内の空気の周期的なパージは、バルブ54、56を通して達成される。ポンプ36によってバルブ78および凝縮器34を通して室12から蒸気を引き出すのと同時に、バルブ62を通過するタンク58内の蒸気溶剤を絞ることにより、室12内の物品20の乾燥が補助されうる。
最終的に、真空ポンプ34が停止され、バルブ24が開放されて室12を大気へ通気し、乾燥および洗浄された物品20が取り出され、危険な廃棄物を大気へ導入することはない。同時に、空気と混合されなかったので、最小の労力および出費で溶剤が完全に回収され、空気から溶剤を分離して溶剤汚染物から空気を洗浄するのに必要な、費用がかかる複雑な手順に着手する必要はない。
蒸留タンク58内の溶剤が汚染されると、水蒸気源18からのバルブ64を開放して開放バルブ56、78に蒸気を通過させることにより、溶剤が蒸留されうる。ポンプ36は凝縮器34を通して蒸気を引き出し、清浄な溶剤を保管タンク38へ送る。溶剤回収時には、バルブ82を通して蒸留タンク38から汚染物が取り出される。それから清浄な溶剤が再利用のためバルブ42、72を通って蒸留タンク58へ戻される。
図2には、本発明の図1のシステム10の動作を表すフローチャートが示されている。衣類品や製品など洗浄対象の物体が、ステップ100で洗浄室に載置される。そしてステップ102で負のゲージ圧が印加される。こうして空気と他の非凝縮性ガスとを除去し、何らかの揮発性汚染物も除去する。この時点で室から排気されたガスは、これが必要な場合に適当なフィルタを通過できる。負のゲージ圧は一般的に、大気圧とゼロ絶対大気圧との間である。10トールの範囲の圧力が充分であると思われる。これに続いて、ステップ104で溶剤が導入される。これは蒸気か液体の形、またはその両方で行われうる。そしてステップ106では適切な時間にわたって物体が洗浄される。この時間に、洗浄対象の物質または物体に適切な条件を整えるため、そして蒸気密度と物体への溶剤の浸透とを向上させるため、温度が変化しうる。温度の上昇または低下は、実質的なエネルギー節約となるように洗浄作業中にのみ実施される。洗浄作業が行われた後に溶剤を運び出すのに差圧のみが使用されるという程度まで、上昇した室温により二部屋の間の差圧が上昇するという事実によっても、実質的なエネルギー節約が見られる。一般的に、溶剤が一部は液体として、一部は蒸気として存在していると、汚染物を含有する液体を最初に除去してから、蒸留生成物であるので実質的に清浄である蒸気を除去することにより、ステップ108で溶剤が回収される。この時点での蒸気の完全な除去は物体の乾燥にも影響し、これはさらに、普通は物体に付着する蒸気または液体の形の溶剤による環境の汚染をさらに最小にする。最後にステップ34では、室が大気に開放されて洗浄後の物体が取り出される。]

(サ)FIG.1には、以下の事項が図示されている。


(シ)前記記載事項(イ)によると、甲18に記載された発明は、改良型密閉回路溶剤洗浄システム及び方法に関するものである。

(ス)前記記載事項(ク)及び(ケ)によると、蒸留タンク58は、溶剤が貯蔵されており、ヒータ60が起動されて前記溶剤の蒸気を発生させるものであり、室12は、真空ポンプ26により負のゲージ圧が印加され、蒸留タンク58内の溶剤の蒸気が流入され物品20を洗浄するものである。また、真空ポンプ26を作動させ、物品20が支持体22に載置された室12に負のゲージ圧を印加する工程と、溶剤の蒸気を発生させ、当該蒸気を室12に流入させ物品20を洗浄する工程とを備えるものである。

(セ)前記記載事項(コ)によると、凝縮器34は、真空ポンプ36が作動し、室12内の蒸気が引き出される際、蒸気を凝縮するものである。

(ソ)前記記載事項(ク)及び(コ)によると、冷却器ユニット48は、凝縮器34に冷却剤を供給するのに使用されるものであり、冷却器ユニット48が供給する冷却剤の温度は、冷却剤が供給される凝縮器34に流入する蒸気を凝縮可能なものである。また、冷却器ユニット48が凝縮器34に冷却剤を供給する工程を備えるものである。

(タ)前記記載事項(コ)及び(サ)によると、バルブ32は、凝縮器34と室12との間に介在するものである。

(チ)前記記載事項(ケ)及び(コ)によると、溶剤の蒸気が室12に流入し、物品20を洗浄した後、バルブ32が開放した状態で、真空ポンプ36を作動させ、室12内の蒸気が引き出されて物品20を乾燥させ、蒸気を凝縮器34で凝縮させるもの、及びこのような工程を備えるものである。

(ツ)前記記載事項(コ)によると、室12内の蒸気が引き出されて凝縮器34で凝縮した溶剤が、保管タンク38へ送達され、それから清浄な溶剤が再利用のためバルブ42、バルブ72を通って蒸留タンク58へ戻されるものである。

(テ)前記記載事項(ケ)によると、溶剤を前記室12に充填して、液体洗浄のため物品20を水面下に置くものである。

イ 甲18に記載された発明の認定
甲18には、前記アに記載した事項を踏まえると、次の発明(以下、「甲18発明1」〜「甲18発明5」という。また、「甲18発明1」〜「甲18発明5」をまとめて、「甲18発明」という。)が記載されていると認められる。

[甲18発明1]
真空ポンプ26及び真空ポンプ36と、
溶剤が貯蔵されており、ヒータ60が起動されて前記溶剤の蒸気を発生させる蒸留タンク58と、
前記真空ポンプ26により負のゲージ圧が印加され、前記蒸留タンク58内の溶剤の蒸気が流入され物品20を洗浄する室12と、
前記真空ポンプ36が作動し、前記室12内の蒸気が引き出される際、蒸気を凝縮する凝縮器34と、
前記凝縮器34に冷却剤を供給するのに使用される冷却器ユニット48と、
前記凝縮器34と前記室12との間に介在するバルブ32と、を備え、
溶剤の蒸気が前記室12に流入し、前記物品20を洗浄した後、前記バルブ32が開放した状態で、前記真空ポンプ36を作動させ、前記室12内の蒸気が引き出されて前記物品20を乾燥させ、蒸気を前記凝縮器34で凝縮させる
改良型密閉回路溶剤洗浄システム。

[甲18発明2]
前記冷却器ユニット48が供給する前記冷却剤の温度は、前記冷却剤が供給される前記凝縮器34に流入する蒸気を凝縮可能なものである甲18発明1の改良型密閉回路溶剤洗浄システム。

[甲18発明3]
前記室12内の蒸気が引き出されて前記凝縮器34で凝縮した溶剤が、保管タンク38へ送達され、それから清浄な溶剤が再利用のためバルブ42、バルブ72を通って前記蒸留タンク58へ戻される甲18発明2の改良型密閉回路溶剤洗浄システム。

[甲18発明4]
溶剤を前記室12に充填して、液体洗浄のため物品20を水面下に置く甲18発明1、甲18発明2又は甲18発明3の改良型密閉回路溶剤洗浄システム。

[甲18発明5]
真空ポンプ26を作動させ、物品20が支持体22に載置された室12に負のゲージ圧を印加する工程と、
溶剤の蒸気を発生させ、当該蒸気を前記室12に流入させ前記物品20を洗浄する工程と、
冷却器ユニット48が凝縮器34に冷却剤を供給する工程と、
溶剤の蒸気が前記室12に流入し、前記物品20を洗浄した後、前記バルブ32が開放した状態で、真空ポンプ36を作動させ、前記室12内の蒸気が引き出されて前記物品20を乾燥させ、蒸気を前記凝縮器34で凝縮させる工程と、
を含む改良型密閉回路溶剤洗浄方法。

(3)甲11
請求人が無効理由1及び無効理由2に係る証拠として提出した、本件特許の優先日前に頒布された刊行物である甲11には、次の事項が記載されている。

ア 「炭化水素系の脱脂洗浄は、古くは洗い油として使用されていたもので、環境問題からトリクロロエタンの廃止が決定された後、急速に進歩し現在では主流となっている。」(第1ページ「1.まえがき」の第13行〜第15行)

イ 「現状、安全性(引火点)及び洗浄性の面から、熱処理工程に使用する洗浄剤として第三石油類のナフテン系の炭化水素系洗浄剤が主流となっている。」(第1ページ「2.炭化水素系洗浄剤」の第9行〜第10行)

(4)甲12
請求人が無効理由1及び無効理由2に係る証拠として提出した、本件特許の優先日前に頒布された刊行物である甲12には、図面とともに次の事項が記載されている。

ア 「【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、汚れの付着した金属部品などの被洗浄物を、可燃性の洗浄液などを用いて真空中で洗浄した後、迅速に真空乾燥させる真空洗浄装置に関する。
【0002】
【発明が解決しようとする課題】フロンやトリエタンの全廃後にも拘わらず、理想的な代替洗浄剤の開発が進まない中、汎用性や価格上の利点から、水溶性洗剤や炭化水素溶剤への切替えが積極的に推進されている。その中でも、溶剤系洗浄液の簡便さから炭化水素溶剤が注目されており、かかる洗浄液を用いた真空洗浄装置が各種提案されている。しかしながら、いずれの真空洗浄装置も、洗浄性能が十分ではないか、或いは装置構成が複雑であるという問題点があった。本発明は、この問題点に着目してなされたものであって、簡易な装置構成でありながら、確実かつ迅速な洗浄動作を実現する真空洗浄装置を提供することを目的とする。」

(5)甲13
請求人が無効理由1及び無効理由2に係る証拠として提出した、本件特許の優先日前に頒布された刊行物である甲13には、図面とともに次の事項が記載されている。

ア 「【0001】
【産業上の利用分野】本発明は、金属製や合成樹脂製の機械部品・熱処理部品・メッキ部品等のワークを減圧下で蒸気洗浄する真空脱脂洗浄方法とその方法に使用する真空洗浄機に関する。」

イ 「【0018】本発明で使用する上記石油系溶剤としては、第4類第3石油類の洗浄性を有するものが、望ましい。なぜなら、この種の溶剤では、消防法上の貯溜量を、大容量の2000リットル未満まで可能としているからである。かかる石油系溶剤は、一般的にクリーニングソルベントと呼ばれており、具体的には、「クリーンソルG」(日本石油製)・「ダフニーソルベント」(出光石油製)等を使用することができる。」

ウ 「【0021】そして、この真空脱脂洗浄方法では、蒸気洗浄に使用する溶剤が、石油系溶剤であることから、従来の塩素系溶剤やフッ素系溶剤と相違して、毒性が低く無害である。そのため、本発明では、排水処理施設を利用しなくとも、ワークを洗浄することができる。また、本発明では、作業環境の悪化や公害の発生を防止して、ワークを洗浄することができる。
【0022】また、減圧下で蒸気洗浄するため、ワークの隅々まで、溶剤が行き渡るので、良好に洗浄することができる。
【0023】さらに、石油系溶剤は、塩素系溶剤やフッ素系溶剤に比べて、略全て回収できることとなる。なぜなら、石油系溶剤は、比揮発度を1/300〜1/600として揮発し難い。そして、蒸気を発生させないように大気圧に復圧させたり冷却させた後に、ワークの搬入や搬出を行なえば、揮発分は無視できる程度となるからである。
【0024】さらにまた、使用する石油系溶剤は、交換することなく、長い時間にわたって、高い洗浄効果を維持することができる。なぜなら、石油系溶剤を減圧下で蒸発させる際、石油系溶剤と石油系溶剤に混合される油脂類との比揮発度の差は、減圧するにしたがって広がる。すなわち、洗浄後の石油系溶剤が、ワークの洗浄後に汚れて油脂類との混合液となっても、純度の高い石油系溶剤を蒸発させることが可能となる。そのため、石油系溶剤は、交換することなく、長い時間にわたって、高い洗浄効果を維持することができ、ランニングコストを低減することができる。」

エ 「【0029】さらにまた、この洗浄方法では、安全に洗浄することができる。なぜなら、減圧(例えば5〜100Torr)した後に、石油系溶剤を蒸発させているため、発火に必要な酸素が極めて少なくなるからである。さらに、洗浄時に、減圧下を維持するため、洗浄室が密閉構造となり、石油系溶剤の発火が抑えられるからである。
【0030】なお、洗浄後のワークを取り出す際にも発火を防止することができる。すなわち、窒素ガス等の不活性ガスを洗浄室に導入して復圧させるようにすれば、酸素が少なくなって、かつ、蒸発していた石油系溶剤が圧力の上昇で液化してしまうことから、ワーク取出時の発火も防止することができるからである。」

オ 「【0063】図4に示す真空洗浄機M3は、蒸気発生装置34を洗浄室31と分離させている。また、洗浄室31内の下部に、浸漬槽32を設けている。浸漬槽32には、溶剤4と同様な浸漬用溶剤33が貯溜されている。この真空洗浄機M3は、洗浄室31内のワークWを載せる架台を昇降可能にして、蒸気洗浄する前段階において、ワークWを浸漬洗浄できるように構成したものである。すなわち、この真空洗浄機M3を使用する場合には、蒸気洗浄工程と乾燥工程との2工程でワークWを洗浄し、蒸気洗浄工程において浸漬洗浄も行なう。」

カ 「【0065】そして、蒸気洗浄工程において、まず、ワークWを、開閉扉3を開けて洗浄室31の図示しない架台上に載置し、開閉扉3を閉めた後、洗浄室31内を5〜100Torrに減圧する。その後、図示しない架台を下方・上方へ数回移動させて、ワークWを浸漬槽32で洗浄した後、再度、架台を上昇させ、上下の電磁弁Vを開弁させる。すると、洗浄室31内が上方の電磁弁Vから流入した溶剤蒸気で充満され、ワークWを蒸気洗浄することとなる。なお、この時、油脂類を溶解させた溶剤は、浸漬槽32に滴下し、下方の電磁弁Vから蒸気発生装置34に戻り、循環使用されることとなる。」

(6)甲14
請求人が無効理由1及び無効理由2に係る証拠として提出した、本件特許の優先日前に頒布された刊行物である甲14には、図面とともに次の事項が記載されている。

ア 「【0001】
【発明の属する技術分野】この発明は、例えばHC(ハイドロカーボン、炭化水素系溶剤の一つ)などの蒸気によりワークを減圧乃至真空状態下において蒸気洗浄および乾燥処理するような蒸気洗浄装置に関する。」

(7)甲15
請求人が無効理由1及び無効理由2に係る証拠として提出した、本件特許の優先日前に頒布された刊行物である甲15には、図面とともに次の事項が記載されている。

ア 「【0050】第2の形態の洗浄機M2では、第1の形態の洗浄機1に比べて、コンパクトに形成している。つまり、図2に示すように、蒸気洗浄室と乾燥室が1室で構成された蒸気洗浄・乾燥室41と、開閉可能な中間扉43を間にして、蒸気洗浄・乾燥室1に対して上下方向の下方に隣接して配置される浸漬槽42とを備えて構成され、浸漬槽42は、槽42内に溶剤45を貯留するとともに下部が蒸気発生室46に貯留された溶剤47内に浸漬するように配置されている。蒸気洗浄・乾燥室41と蒸気発生室46とは、真空容器44の壁で周囲が覆われている。」

イ 「【0064】続いて、材料Wは、蒸気洗浄工程から浸漬洗浄工程に移って洗浄処理される。浸漬洗浄工程では、材料Wを載置した搬送装置56が、エレベータ装置57の駆動によって、材料Wを浸漬槽42の溶剤45に浸漬できるように上下移動を繰り返すことによって行なわれる。」

(8)甲16の1
請求人が無効理由1及び無効理由2に係る証拠として提出した、本件特許の優先日前に頒布された刊行物である甲16の1には、次の事項が記載されている。

ア 真空脱脂洗浄乾燥装置に関する「SGW−1000型・SGW−1200型フロー図」には、以下の事項が図示されている。


イ 前記記載事項アによると、真空ポンプと、蒸気発生器と、蒸気洗浄・乾燥槽と、真空or常圧洗浄槽と、コールドトラップとを備え、真空or常圧洗浄槽は、シャッターを挟んで蒸気洗浄・乾燥槽の下方に接続されている。

(9)甲17
請求人が無効理由1及び無効理由2に係る証拠として提出した、本件特許の優先日前に頒布された刊行物である甲17には、次の事項が記載されている。

ア 第23ページの第2図(a)には、「第2図 3室型真空洗浄機のシステム概要と洗浄工程」、「(a)システムの概要」として、以下の事項が図示されている。


イ 前記記載事項アによると、真空ポンプと、蒸気洗浄室と、浸せき洗浄室と、真空乾燥室と、凝縮器とを備える3室型真空洗浄機において、浸せき洗浄室は、蒸気洗浄室の左方に接続されており、品物を浸せき洗浄室に搬入し、下方に移動させて石油系溶剤に浸漬することにより浸漬洗浄が行われるものである。

4 無効理由1について
(1)本件特許発明1について
ア 本件特許発明1と甲10発明1の対比
甲10発明1の「バキュームポンプ14」は、本件特許発明1の「真空ポンプ」に相当する。
甲10発明1の「蒸気発生部4」は、本件特許発明1の「蒸気生成手段」に相当し、甲10発明1の「洗浄液7を蒸気化する蒸気発生部4」と、本件特許発明1の「石油系溶剤の蒸気を生成する蒸気生成手段」とは、「溶剤の蒸気を生成する蒸気生成手段」において共通する。
甲10発明1の「洗浄蒸気」、「被洗浄物5」及び「蒸気洗浄部3」は、本件特許発明1の「蒸気」、「ワーク」及び「洗浄室」にそれぞれ相当し、甲10発明1の「前記蒸気発生部4との連通状態で、前記バキュームポンプ14が作動して減圧され、この減圧によって前記洗浄液7の沸点が低下して前記蒸気発生部4で発生した洗浄蒸気が流動し、被洗浄物5と接触して凝縮する事により減圧蒸気洗浄が行われる蒸気洗浄部3」は、本件特許発明1の「前記真空ポンプによって減圧され、当該減圧の状態において前記蒸気生成手段から供給される蒸気によってワークを洗浄する洗浄室」に相当する。
甲10発明1の「凝縮器15」は、その内部空間において、洗浄蒸気を凝縮するものであるから、本件特許発明1の「凝縮室」に相当し、甲10発明1の「前記減圧蒸気洗浄が行われる際、前記蒸気発生部4と前記蒸気洗浄部3とともに、前記バキュームポンプ14により減圧され、また、乾燥処理を行う際、前記蒸気洗浄部3とともに、前記バキュームポンプ14により減圧され、前記蒸気洗浄部3内に残留していた洗浄蒸気が移動し、凝縮液化する凝縮器15」と、本件特許発明1の「前記真空ポンプによって減圧され、当該減圧の状態が保持される凝縮室」とは、「前記真空ポンプによって減圧される凝縮室」において共通する。
甲10発明1の「冷却パイプ9」は、凝縮器15に導入された洗浄蒸気を凝縮器15内で凝縮液化するためのものであって、この凝縮液化を行うためには、凝縮器15の内壁面や凝縮器15内に配置された部材の固体表面の温度を蒸気洗浄部3の温度よりも低い状態に保持する必要があることは明らかであるから、本件特許発明1の「温度保持手段」に相当し、甲10発明1の「冷却水が流通するとともに、前記凝縮器15の内部に挿通され、前記凝縮器15に導入された洗浄蒸気を凝縮可能にする冷却パイプ9」は、本件特許発明1の「前記凝縮室を前記洗浄室よりも低い温度に保持する温度保持手段」に相当する。
甲10発明1の「第1電磁弁17」は、本件特許発明1の「開閉バルブ」に相当し、甲10発明1の「前記凝縮器15と前記蒸気洗浄部3との間に介在する第1電磁弁17」は、本件特許発明1の「前記凝縮室と前記洗浄室とを連通させ、または、その連通を遮断する開閉バルブ」に相当する。
甲10発明1の「洗浄蒸気が前記蒸気洗浄部3に流動し、前記被洗浄物5を減圧蒸気洗浄した後」は、本件特許発明1の「前記蒸気を前記洗浄室に供給してワークを洗浄した後」に相当する。
甲10発明1の「前記バキュームポンプ14を稼働し、第1電磁弁17を開弁して、前記蒸気洗浄部3内を急速に減圧することにより前記被洗浄物5に付着した前記洗浄液7を急速に乾燥させ、その際、前記蒸気洗浄部3内に残留していた洗浄蒸気が、前記第1電磁弁17を介して前記凝縮器15に移動し、凝縮液化する」ことと、本件特許発明1の「前記開閉バルブによって前記洗浄室を当該洗浄室よりも低い温度に保持された前記凝縮室と連通させてワークを乾燥させる」こととは、ともに開閉バルブによって洗浄室が凝縮室と連通した状態でワークの乾燥が行われるものであるから、「前記開閉バルブによって前記洗浄室を当該洗浄室よりも低い温度に保持された前記凝縮室と連通させた状態でワークを乾燥させる」ことにおいて共通する。
甲10発明1の「洗浄装置」は、バキュームポンプ14を使用して洗浄するものであるから、本件特許発明1の「真空洗浄装置」に相当する。
したがって、本件特許発明1と甲10発明1とは、以下の点で一致し、
[一致点1−1]
「真空ポンプと、
溶剤の蒸気を生成する蒸気生成手段と、
前記真空ポンプによって減圧され、当該減圧の状態において前記蒸気生成手段から供給される蒸気によってワークを洗浄する洗浄室と、
前記真空ポンプによって減圧される凝縮室と、
前記凝縮室を前記洗浄室よりも低い温度に保持する温度保持手段と、
前記凝縮室と前記洗浄室とを連通させ、または、その連通を遮断する開閉バルブと、を備え、
前記蒸気を前記洗浄室に供給してワークを洗浄した後、前記開閉バルブによって前記洗浄室を当該洗浄室よりも低い温度に保持された前記凝縮室と連通させた状態でワークを乾燥させる真空洗浄装置。」

以下の各点で相違する。
[相違点1−1]
溶剤について、本件特許発明1は「石油系溶剤」であるのに対し、甲10発明1の洗浄液7は石油系のものであるか不明である点。

[相違点1−2]
ワークの乾燥について、本件特許発明1は「当該減圧の状態が保持される」凝縮室を備え、開閉バルブによって洗浄室を「前記凝縮室と連通させて」乾燥させているのに対し、甲10発明1は、バキュームポンプ14を稼働し、第1電磁弁17を開弁して被洗浄物5に付着した洗浄液7を乾燥させており、第1電磁弁17によって蒸気洗浄部3を減圧の状態が保持された凝縮器15と連通させて乾燥させているとはいえない点。

イ 判断
(ア)相違点1−1について
甲10発明1の洗浄装置は、前記3(1)アの記載事項(ア)によると、機械部品等の洗浄を行うものであるところ、機械部品を洗浄する真空洗浄装置の技術分野において、洗浄に用いる溶剤として、石油系溶剤を用いることは、甲11〜甲14に記載されているように、本件特許の優先日前から周知の事項である。そして、この周知の事項については、甲13の段落【0021】、【0023】、【0024】に記載されているような、石油系溶剤の毒性が低い、回収しやすい、ランニングコストが低減されるといったメリットや、甲13の段落【0029】、【0030】に記載されているような、石油系溶剤の発火を抑制するための安全対策も含めて周知の事項であるといえる。
そうすると、甲10発明1の洗浄液7として、前記周知の事項である石油系溶剤のメリットに着目し、必要な安全対策を施しつつ、石油系溶剤を採用することは、当業者が容易に想到し得るものである。

(イ)相違点1−2について
前記1(1)アに示したように、本件特許発明1は、凝縮室が、開閉バルブによって洗浄室と連通される前に減圧の状態に保持され、洗浄室よりも低い温度に保持され、洗浄室を前記凝縮室と連通させることによりワークの乾燥を生じさせるものと解される。
そして、本件特許明細書の発明の詳細な説明には、前記1(1)イに示したように、乾燥工程において、蒸気洗浄・乾燥室を真空ポンプで真空引きして減圧する従来の真空洗浄装置及び真空洗浄方法では、乾燥工程に長時間を要するところ、ワークの乾燥に要する時間を短縮して全体の処理能力を向上することができる真空洗浄装置及び真空洗浄方法を提供するという課題を解決するために、準備工程で減圧され、減圧状態で洗浄室2よりも低い温度に保持された凝縮室21と、搬入工程でワークWが搬入され、減圧工程及び蒸気洗浄工程を経て高温の蒸気が充満された洗浄室2とを、乾燥工程において、開閉バルブ20を開弁して連通させることによって、洗浄室2内に充満している蒸気が凝縮室21に移動して凝縮し、ワークWを乾燥させるという真空洗浄装置の一連の処理工程が記載されており、この発明の詳細な説明の記載を考慮すると、本件特許発明1は、ワークの乾燥に要する時間を短縮して全体の処理能力を向上するために、減圧の状態に保持され、洗浄室よりも低い温度に保持された凝縮室と、洗浄室とを、開閉バルブによって連通させることにより、洗浄室から凝縮室に蒸気を移動させ、凝縮室内で蒸気を凝縮させてワークを乾燥させるという技術思想(以下、「凝縮により乾燥させる技術思想」という。)に基づくものといえる。
一方、甲10発明1は、バキュームポンプ14を稼働し、第1電磁弁17を開弁して被洗浄物5に付着した洗浄液7を乾燥させるものであり、甲10には、前記凝縮により乾燥させる技術思想について、何ら開示されていないから、被洗浄物5を乾燥させるにあたり、第1電磁弁17の開弁前から凝縮器15を減圧の状態に保持しておくことの動機付けは存在しない。また、前記凝縮により乾燥させる技術思想は、請求人が無効理由1に係る証拠として提出した甲11〜甲17のいずれにも開示されていない。
そうすると、当業者といえども、甲10発明1のバキュームポンプ14による乾燥に代えて、又は加えて、前記凝縮により乾燥させる技術思想に基づく乾燥手段(以下、「凝縮による乾燥手段」という。)を採用すべく、第1電磁弁17によって蒸気洗浄部3を減圧の状態が保持された凝縮器15と連通させてワークを乾燥させることを容易に想到できるものではない。
そして、本件特許発明1は、この相違点1−2に係る「当該減圧の状態が保持される」凝縮室を備え、開閉バルブによって洗浄室を「前記凝縮室と連通させて」ワークを乾燥させるという発明特定事項を備えることにより、乾燥工程で真空ポンプを用いなくてもワークの乾燥に要する時間を短縮して全体の処理能力を向上できるという作用効果を奏するものであって(本件特許明細書の段落【0005】、【0006】、【0012】参照。)、このような作用効果については、前記凝縮により乾燥させる技術思想が何ら示唆されていない甲10発明1から当業者が予測できるものではない。

(ウ)請求人の主張について
a 請求人は、仮に、本件特許発明1がワークを乾燥させる前に凝縮室を減圧し、減圧の保持を行うものに限定的に解釈される場合であっても、甲10発明1において、バキュームポンプ14の吸気側配管に遮断弁又は逆止弁が設置されていれば、バキュームポンプ14によって凝縮器15が減圧された後、バキュームポンプ14を停止させたとしても、その減圧状態は維持される旨、及び蒸気洗浄に関する一般的な技術常識を考慮すると、甲10発明1において、乾燥のために第1電磁弁17を開弁する直前における蒸気洗浄部3と凝縮器15の圧力の大小関係は、「蒸気洗浄部3>凝縮器15」になる旨、主張しており、請求人のこれらの主張は、甲10発明1において、減圧蒸気洗浄が行われる際、バキュームポンプ14により減圧された凝縮器15が、減圧蒸気洗浄が終わり、バキュームポンプ14を停止させたとしても、バキュームポンプ14の吸気側配管に遮断弁又は逆止弁が設置されていれば、凝縮器15内の圧力が高まらないことを前提としたものと解される。
この点に関し、甲31及び甲32には、ポンプ停止により大気が逆流してロータが逆転することを防止するために、吸気側配管に遮断弁を設けることが示唆されており、甲31及び甲32に記載されたポンプの吸気側配管に遮断弁が設けられているという請求人の主張は理解できるものの、甲31及び甲32の記載が、真空ポンプ一般において、吸気側配管に遮断弁を設ける必然性があることを示しているとはいえない。
そして、甲10には、バキュームポンプ14の吸気側配管に遮断弁や逆止弁を設けることや、その必要性について、何ら示唆されていないから、甲31及び甲32を考慮しても、甲10発明1のバキュームポンプ14の吸気側配管に遮断弁や逆止弁が設けられているとはいえず、また、吸気側配管に遮断弁や逆止弁を設けることの動機付けも存在しない。
そうすると、甲10発明1において、バキュームポンプ14によって凝縮器15が減圧された後、バキュームポンプ14を停止させたとしても、その減圧状態は維持されるとはいえないし、乾燥のために第1電磁弁17を開弁する直前における蒸気洗浄部3と凝縮器15の圧力の大小関係が、「蒸気洗浄部3>凝縮器15」になるともいえない。

b 請求人は、本件特許明細書に記載された実施形態において、開閉バルブ20と切換バルブV4を同時に開いて凝縮室21を真空ポンプ10で吸引した時、本件特許発明1は甲10に記載された発明と同じ洗浄装置の構成、同じ乾燥工程の態様となるのであるから、洗浄室から凝縮室への蒸気の移動も同じ態様となる旨、及び凝縮による乾燥は、洗浄室が高温・高圧であり凝縮室が低温・低圧であれば必然的に起こる現象であるから、甲10に記載された発明の乾燥も必然的に「真空ポンプ+凝縮」となる旨、主張しているが、甲10には、前記凝縮により乾燥させる技術思想について、何ら開示がなく、甲10発明1は、被洗浄物5を乾燥させるにあたり、第1電磁弁17の開弁前から凝縮器15を減圧の状態に保持しておくものではないから、本件特許発明1の洗浄室から凝縮室への蒸気の移動と同じ態様となるとはいえない。

よって、請求人の主張はいずれも採用できない。

ウ むすび
以上のとおり、本件特許発明1は、当業者であっても、甲10発明1において、本件特許発明1の前記相違点1−2に係る発明特定事項とすることを容易に想到できるものではないから、甲10発明1及び前記周知の事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(2)本件特許発明2について
ア 本件特許発明2と甲10発明2の対比
甲10発明2の「前記冷却パイプ9の温度」は、凝縮器15に導入された洗浄蒸気を凝縮器15内で凝縮液化させることができる温度である必要があるため、凝縮器15の内壁面や凝縮器15内に配置された部材の固体表面の温度を洗浄液7の凝縮点以下に保持することができる温度であることは明らかである。すると、甲10発明2の「前記冷却パイプ9の温度は、前記冷却パイプ9が挿通された前記凝縮器15に導入された洗浄蒸気を凝縮可能なものである」ことと、本件特許発明2の「前記温度保持手段は、前記凝縮室の温度を前記石油系溶剤の凝縮点以下に保持する」こととは、「前記温度保持手段は、前記凝縮室の温度を前記溶剤の凝縮点以下に保持する」ことにおいて共通する。

したがって、本件特許発明2と甲10発明2は、前記(1)アの[一致点1−1]に加えて、以下の点で一致し、前記(1)アの[相違点1−1]、[相違点1−2]以外に相違しない。

[一致点1−2]
「前記温度保持手段は、
前記凝縮室の温度を前記溶剤の凝縮点以下に保持する」点。

イ 判断
[相違点1−1]、[相違点1−2]についての判断は、前記(1)イで示したとおりである。

ウ むすび
以上のとおり、本件特許発明2は、当業者であっても、甲10発明2において、本件特許発明2の前記相違点1−2に係る発明特定事項とすることを容易に想到できるものではないから、甲10発明2及び前記周知の事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(3)本件特許発明3について
ア 本件特許発明3と甲10発明3の対比
甲10発明3の「前記蒸気洗浄部3から前記凝縮器15に導入されて凝縮された凝縮液を、前記凝縮器15から第2電磁弁35を介して前記蒸気発生部4に移送する」ことと、本件特許発明3の「前記洗浄室から前記凝縮室に導かれて凝縮した石油系溶剤を、前記凝縮室から前記蒸気生成手段に導く回収手段をさらに備える」こととは、「前記洗浄室から前記凝縮室に導かれて凝縮した前記溶剤を、前記凝縮室から前記蒸気生成手段に導く回収手段をさらに備える」ことにおいて共通する。

したがって、本件特許発明3と甲10発明3は、前記(1)アの[一致点1−1]、及び前記(2)アの[一致点1−2]に加えて、以下の点で一致し、前記(1)アの[相違点1−1]、[相違点1−2]以外に相違しない。

[一致点1−3]
「前記洗浄室から前記凝縮室に導かれて凝縮した前記溶剤を、前記凝縮室から前記蒸気生成手段に導く回収手段をさらに備える」点。

イ 判断
[相違点1−1]、[相違点1−2]についての判断は、前記(1)イで示したとおりである。

ウ むすび
以上のとおり、本件特許発明3は、当業者であっても、甲10発明3において、本件特許発明3の前記相違点1−2に係る発明特定事項とすることを容易に想到できるものではないから、甲10発明3及び前記周知の事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(4)本件特許発明4について
ア 本件特許発明4と甲10発明4の対比
甲10発明4の「前記蒸気洗浄部3に、前記洗浄液7を充填した洗浄液槽20から前記洗浄液7を導入して、前記被洗浄物5の浸漬洗浄処理を行う」ことと、本件特許発明4の「前記洗浄室に接続され、前記石油系溶剤が貯留されるとともに当該石油系溶剤にワークを浸漬可能な浸漬室をさらに備える」こととは、「前記溶剤が貯留されるとともに当該溶剤にワークを浸漬可能」ことにおいて共通する。

したがって、本件特許発明4と甲10発明4は、前記(1)アの[一致点1−1]、前記(2)アの[一致点1−2]及び前記(3)アの[一致点1−3]に加えて、以下の点で一致し、前記(1)アの[相違点1−1]、[相違点1−2]に加えて、以下の点で相違する。

[一致点1−4]
「前記溶剤が貯留されるとともに当該溶剤にワークを浸漬可能」である点。

[相違点1−3]
ワークの浸漬について、本件特許発明4は「前記洗浄室に接続され」た「浸漬室をさらに備える」のに対し、甲10発明4は、蒸気洗浄部3に洗浄液7を充填して浸漬させる点。

イ 判断
(ア)[相違点1−1]、[相違点1−2]について
[相違点1−1]、[相違点1−2]についての判断は、前記(1)イで示したとおりである。

(イ)[相違点1−3]について
甲10発明4の洗浄装置は、前記3(1)アの記載事項(ア)によると、機械部品等の洗浄を行うものであるところ、機械部品を洗浄する真空洗浄装置の技術分野において、蒸気洗浄を行う洗浄室に、浸漬洗浄を行う浸漬室を接続して設け、洗浄室で蒸気洗浄を行うとともに、浸漬室で浸漬洗浄を行うことは、甲13、甲15、甲16の1及び甲17に記載されているように、本件特許の優先日前から周知の事項である。
そうすると、甲10発明4と前記周知の事項とは、機械部品を洗浄する真空洗浄装置に関するものである点で技術分野が共通する上、甲10発明4と、前記周知の事項とは、ともに蒸気洗浄に加えて浸漬洗浄を行うものである点で作用・機能が共通する。
そして、真空洗浄装置の技術分野における蒸気洗浄と浸漬洗浄とを行う装置として、甲10発明4は、蒸気洗浄を行う洗浄室に溶剤を充填して浸漬洗浄を行うものであり、また、前記周知の事項は、蒸気洗浄を行う洗浄室に接続された浸漬室を別途設け、該浸漬室に導入されている溶剤により浸漬洗浄を行うものであるところ、両者を比較すると、前者のものは浸漬室を別途設ける必要がないからスペース効率に優れているものの、蒸気洗浄と浸漬洗浄を順に行う必要があるのに対し、後者のものは浸漬室を別途設けているものの、蒸気洗浄中に、浸漬室に溶剤を充填し、浸漬洗浄の準備をすることができるから作業効率に優れているといえ、両者はそれぞれ長所短所を有するものである。
すると、甲10発明4において、前記周知の事項との長所短所を考慮した上で、作業効率を優先して、前記周知の事項を採用し、蒸気洗浄部3に接続された浸漬室を設けることにより、本件特許発明4の前記相違点1−3に係る発明特定事項とすることは、当業者が容易に想到し得るものである。

ウ むすび
以上のとおり、本件特許発明4は、当業者であっても、甲10発明4において、本件特許発明4の前記相違点1−2に係る発明特定事項とすることを容易に想到できるものではないから、甲10発明4及び前記周知の事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(5)本件特許発明5について
ア 本件特許発明5と甲10発明5の対比
甲10発明5の「バキュームポンプ14」、「被洗浄物5」、「蒸気洗浄部3」、「洗浄蒸気」及び「第1電磁弁17」は、本件特許発明5の「真空ポンプ」、「ワーク」、「洗浄室」、「蒸気」及び「開閉バルブ」にそれぞれ相当し、甲10発明5の「凝縮器15」は、その内部空間において、洗浄蒸気を凝縮するものであるから、本件特許発明5の「凝縮室」に相当する。
甲10発明5の「蒸気発生部4と蒸気洗浄部3との連通状態でバキュームポンプ14を作動させて、被洗浄物5が載置台6に載置された蒸気洗浄部3を、第1電磁弁17及び凝縮器15を介して減圧する工程」は、バキュームポンプ14を作動させて、蒸気洗浄部3を減圧する際、バキュームポンプ14と蒸気洗浄部3との間に介在する凝縮器15も減圧することになるから、本件特許発明5の「真空ポンプを用いることにより、ワークが搬入された洗浄室および凝縮室を減圧する工程」に相当する。
甲10発明5の「洗浄液7を蒸気化し、洗浄蒸気が減圧の状態の前記蒸気洗浄部3に流動して前記被洗浄物5を減圧蒸気洗浄する工程」と、本件特許発明5の「石油系溶剤の蒸気を生成し、当該蒸気を減圧下にある前記洗浄室に供給して前記ワークを洗浄する工程」とは、「溶剤の蒸気を生成し、当該蒸気を減圧下にある前記洗浄室に供給して前記ワークを洗浄する工程」において共通する。
甲10発明5の「冷却パイプ9」は、凝縮器15に移動した洗浄蒸気を凝縮器15内で凝縮液化するためのものであって、この凝縮液化を行うためには、凝縮器15の内壁面や凝縮器15内に配置された部材の固体表面の温度を蒸気洗浄部3の温度よりも低い状態に保持する必要があることは明らかであるから、甲10発明5の「凝縮器15の内部に挿通された冷却パイプ9に冷却水を流通させる工程」と、本件特許発明5の「減圧下にある前記凝縮室を前記洗浄室よりも低い温度に保持する工程」とは、「前記凝縮室を前記洗浄室よりも低い温度に保持する工程」において共通する。
甲10発明5の「洗浄蒸気が前記蒸気洗浄部3に流動し、前記被洗浄物5を減圧蒸気洗浄した後」は、本件特許発明5の「前記洗浄室において前記ワークを洗浄した後」に相当する。
甲10発明5の「前記バキュームポンプ14を稼働し、第1電磁弁17を開弁して、前記蒸気洗浄部3内を急速に減圧することにより前記被洗浄物5に付着した前記洗浄液7を急速に乾燥させ、その際、前記蒸気洗浄部3内に残留していた洗浄蒸気が、前記第1電磁弁17を介して前記凝縮器15に移動し、凝縮液化する」ことにおいて、洗浄蒸気が凝縮器15で凝縮液化する際、凝縮器15内の固体表面の温度が蒸気洗浄部3の温度よりも低い状態に保持されていることは明らかであり、また、第1電磁弁17が開弁され蒸気洗浄部3が凝縮器15と連通した状態で被洗浄物5の乾燥が行われるものであるから、甲10発明5の「前記バキュームポンプ14を稼働し、第1電磁弁17を開弁して、前記蒸気洗浄部3内を急速に減圧することにより前記被洗浄物5に付着した前記洗浄液7を急速に乾燥させ、その際、前記蒸気洗浄部3内に残留していた洗浄蒸気が、前記第1電磁弁17を介して前記凝縮器15に移動し、凝縮液化する」ことと、本件特許発明5の「開閉バルブを開弁することにより前記洗浄室を当該洗浄室よりも低い温度に保持された前記凝縮室と連通させてワークを乾燥させる」こととは、「開閉バルブが開弁され前記洗浄室を当該洗浄室よりも低い温度に保持された前記凝縮室と連通させた状態でワークを乾燥させる」ことにおいて共通する。
甲10発明5の「洗浄方法」は、バキュームポンプ14を使用して洗浄するから、本件特許発明5の「真空洗浄方法」に相当する。
したがって、本件特許発明5と甲10発明5とは、以下の点で一致し、
[一致点1−5]
「真空ポンプを用いることにより、ワークが搬入された洗浄室および凝縮室を減圧する工程と、
溶剤の蒸気を生成し、当該蒸気を減圧下にある前記洗浄室に供給して前記ワークを洗浄する工程と、
前記凝縮室を前記洗浄室よりも低い温度に保持する工程と、
前記洗浄室において前記ワークを洗浄した後、開閉バルブが開弁され前記洗浄室を当該洗浄室よりも低い温度に保持された前記凝縮室と連通させた状態でワークを乾燥させる工程と、を含む真空洗浄方法。」

以下の各点で相違する。
[相違点1−4]
溶剤について、本件特許発明5は「石油系溶剤」であるのに対し、甲10発明5の洗浄液7は石油系のものであるか不明である点。

[相違点1−5]
ワークの乾燥について、本件特許発明5は「減圧下にある」凝縮室を洗浄室よりも低い温度に保持する工程を備え、「開閉バルブを開弁することにより」洗浄室を「前記凝縮室と連通させて」乾燥させているのに対し、甲10発明5は、バキュームポンプ14を稼働し、第1電磁弁17を開弁して被洗浄物5に付着した洗浄液7を乾燥させており、第1電磁弁17を開弁することにより蒸気洗浄部3を減圧下にある凝縮器15と連通させて乾燥させているとはいえない点。

イ 判断
(ア)相違点1−4について
前記(1)イ(ア)に示した相違点1−1についての判断と同様である。

(イ)相違点1−5について
前記1(2)アに示したように、本件特許発明5は、凝縮室が、開閉バルブによって洗浄室と連通される前に減圧下とされ、洗浄室よりも低い温度に保持され、洗浄室を前記凝縮室と連通させることによりワークの乾燥を生じさせるものと解される。
そして、前記(1)イ(イ)の相違点1−2についてにおいて記述したように、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載を考慮すると、本件特許発明5は、本件特許発明1と同様に、前記凝縮により乾燥させる技術思想に基づくものといえる。
一方、甲10発明5は、バキュームポンプ14を稼働し、第1電磁弁17を開弁して被洗浄物5に付着した洗浄液7を乾燥させるものであり、甲10には、前記凝縮により乾燥させる技術思想について、何ら開示されていないから、被洗浄物5を乾燥させるにあたり、第1電磁弁17の開弁前から凝縮器15を減圧下としておくことの動機付けは存在しない。また、前記凝縮により乾燥させる技術思想は、請求人が無効理由1に係る証拠として提出した甲11〜甲17のいずれにも開示されていない。
そうすると、当業者といえども、甲10発明5のバキュームポンプ14による乾燥に代えて、又は加えて、前記凝縮による乾燥手段を採用すべく、第1電磁弁17を開弁することにより蒸気洗浄部3を減圧下にある凝縮器15と連通させてワークを乾燥させることを容易に想到できるものではない。
そして、本件特許発明5は、この相違点1−5に係る「減圧下にある」凝縮室を洗浄室よりも低い温度に保持する工程を備え、「開閉バルブを開弁することにより」洗浄室を「前記凝縮室と連通させて」ワークを乾燥させるという発明特定事項を備えることにより、乾燥工程で真空ポンプを用いなくてもワークの乾燥に要する時間を短縮して全体の処理能力を向上できるという作用効果を奏するものであって(本件特許明細書の段落【0005】、【0006】、【0012】参照。)、このような作用効果については、前記凝縮により乾燥させる技術思想が何ら示唆されていない甲10発明5から当業者が予測できるものではない。

(ウ)請求人の主張について
請求人は、仮に、本件特許発明5が乾燥工程の前から凝縮室の減圧を行うものに限定的に解釈されるとしても、甲10に記載された発明は、蒸気洗浄部3と連通させる前に凝縮器15をバキュームポンプ14により減圧し、その減圧状態を維持する工程を有するから、本件特許発明5の構成要件Nと相違しない旨等、主張しているが、前記(1)イ(ウ)に示した理由と同様の理由により、請求人の主張は採用することができない。

ウ むすび
以上のとおり、本件特許発明5は、当業者であっても、甲10発明5において、本件特許発明5の前記相違点1−5に係る発明特定事項とすることを容易に想到できるものではないから、甲10発明5及び前記周知の事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(6)まとめ
以上のとおり、本件特許発明1〜本件特許発明5は、甲10発明及び前記周知の事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえないから、無効理由1によって、無効とすべきものではない。

5 無効理由2について
(1)本件特許発明1について
ア 本件特許発明1と甲18発明1の対比
甲18発明1の「真空ポンプ26」及び「真空ポンプ36」を合わせたものが、本件特許発明1の「真空ポンプ」に相当する。
甲18発明1の「蒸留タンク58」は、本件特許発明1の「蒸気生成手段」に相当し、甲18発明1の「溶剤が貯蔵されており、ヒータ60が起動されて前記溶剤の蒸気を発生させる蒸留タンク58」と、本件特許発明1の「石油系溶剤の蒸気を生成する蒸気生成手段」とは、「溶剤の蒸気を生成する蒸気生成手段」において共通する。
甲18発明1の「物品20」及び「室12」は、それぞれ本件特許発明1の「ワーク」及び「洗浄室」に相当し、甲18発明1の「前記真空ポンプ26により負のゲージ圧が印加され、前記蒸留タンク58内の溶剤の蒸気が流入され物品20を洗浄する室12」は、本件特許発明1の「前記真空ポンプによって減圧され、当該減圧の状態において前記蒸気生成手段から供給される蒸気によってワークを洗浄する洗浄室」に相当する。
甲18発明1の「凝縮器34」は、その内部空間において、蒸気を凝縮するものであるから、本件特許発明1の「凝縮室」に相当し、甲18発明1の「前記真空ポンプ36が作動し、前記室12内の蒸気が引き出される際、蒸気を凝縮する凝縮器34」と、本件特許発明1の「前記真空ポンプによって減圧され、当該減圧の状態が保持される凝縮室」とは、「前記真空ポンプによって減圧される凝縮室」において共通する。
甲18発明1の「冷却器ユニット48」は、凝縮器34に引き出された蒸気を凝縮器34内で凝縮させるためのものであって、この凝縮を行うためには、凝縮器34の内壁面や凝縮器34内に配置された部材の固体表面の温度を室12の温度よりも低い状態に保持する必要があることは明らかであるから、甲18発明1の「前記凝縮器34に冷却剤を供給するのに使用される冷却器ユニット48」は、本件特許発明1の「前記凝縮室を前記洗浄室よりも低い温度に保持する温度保持手段」に相当する。
甲18発明1の「バルブ32」は、本件特許発明1の「開閉バルブ」に相当し、甲18発明1の「前記凝縮器34と前記室12との間に介在するバルブ32」は、本件特許発明1の「前記凝縮室と前記洗浄室とを連通させ、または、その連通を遮断する開閉バルブ」に相当する。
甲18発明1の「溶剤の蒸気が前記室12に流入し、前記物品20を洗浄した後」は、本件特許発明1の「前記蒸気を前記洗浄室に供給してワークを洗浄した後」に相当する。
甲18発明1の「前記バルブ32が開放した状態で、前記真空ポンプ36を作動させ、前記室12内の蒸気が引き出されて前記物品20を乾燥させ、蒸気を前記凝縮器34で凝縮させる」ことと、本件特許発明1の「前記開閉バルブによって前記洗浄室を当該洗浄室よりも低い温度に保持された前記凝縮室と連通させてワークを乾燥させる」こととは、ともに開閉バルブによって洗浄室が凝縮室と連通した状態でワークの乾燥が行われるものであるから、「前記開閉バルブによって前記洗浄室を当該洗浄室よりも低い温度に保持された前記凝縮室と連通させた状態でワークを乾燥させる」ことにおいて共通する。
甲18発明1の「改良型密閉回路溶剤洗浄システム」は、真空ポンプ26及び36を使用するものであるから、本件特許発明1の「真空洗浄装置」に相当する。
したがって、本件特許発明1と甲18発明1とは、以下の点で一致し、
[一致点2−1]
「真空ポンプと、
溶剤の蒸気を生成する蒸気生成手段と、
前記真空ポンプによって減圧され、当該減圧の状態において前記蒸気生成手段から供給される蒸気によってワークを洗浄する洗浄室と、
前記真空ポンプによって減圧される凝縮室と、
前記凝縮室を前記洗浄室よりも低い温度に保持する温度保持手段と、
前記凝縮室と前記洗浄室とを連通させ、または、その連通を遮断する開閉バルブと、を備え、
前記蒸気を前記洗浄室に供給してワークを洗浄した後、前記開閉バルブによって前記洗浄室を当該洗浄室よりも低い温度に保持された前記凝縮室と連通させた状態でワークを乾燥させる真空洗浄装置。」

以下の各点で相違する。
[相違点2−1]
溶剤について、本件特許発明1は「石油系溶剤」であるのに対し、甲18発明1の溶剤は石油系のものであるか不明である点。

[相違点2−2]
ワークの乾燥について、本件特許発明1は「当該減圧の状態が保持される」凝縮室を備え、開閉バルブによって洗浄室を「前記凝縮室と連通させて」乾燥させているのに対し、甲18発明1は、バルブ32が開放した状態で、真空ポンプ36を作動させ、室12内の蒸気が引き出されて物品20を乾燥させており、バルブ32によって室12を減圧の状態が保持された凝縮器34と連通させて乾燥させているとはいえない点。

イ 判断
(ア)相違点2−1について
甲18発明1の改良型密閉回路溶剤洗浄システムは、前記3(2)アの記載事項(ア)によると、工業的な物品等の洗浄を行うものであるところ、機械部品を洗浄する真空洗浄装置の技術分野において、洗浄に用いる溶剤として、石油系溶剤を用いることは、甲11〜甲14に記載されているように、本件特許の優先日前から周知の事項である。そして、この周知の事項については、甲13の段落【0021】、【0023】、【0024】に記載されているような、石油系溶剤の毒性が低い、回収しやすい、ランニングコストが低減されるといったメリットや、甲13の段落【0029】、【0030】に記載されているような、石油系溶剤の発火を抑制するための安全対策も含めて周知の事項であるといえる。
そうすると、甲18発明1の溶剤として、前記周知の事項である石油系溶剤のメリットに着目し、必要な安全対策を施しつつ、石油系溶剤を採用することは、当業者が容易に想到し得るものである。

(イ)相違点2−2について
本件特許発明1は、前記4(1)イ(イ)の相違点1−2についてにおいて記述したように、前記凝縮により乾燥させる技術思想に基づくものといえる。
一方、甲18発明1は、バルブ32が開放した状態で、真空ポンプ36を作動させ、室12内の蒸気が引き出されて物品20を乾燥させるものであり、甲18には、前記凝縮により乾燥させる技術思想について、何ら開示されていないから、物品20を乾燥させるにあたり、バルブ32の開放前から凝縮器34を減圧の状態に保持しておくことの動機付けは存在しない。また、前記凝縮により乾燥させる技術思想は、請求人が無効理由2に係る証拠として提出した甲11〜甲17のいずれにも開示されていない。
そうすると、当業者といえども、甲18発明1の真空ポンプ36による乾燥に代えて、又は加えて、前記凝縮による乾燥手段を採用すべく、バルブ32によって室12を減圧の状態が保持された凝縮器34と連通させてワークを乾燥させることを容易に想到できるものではない。
そして、本件特許発明1は、この相違点2−2に係る「当該減圧の状態が保持される」凝縮室を備え、開閉バルブによって洗浄室を「前記凝縮室と連通させて」ワークを乾燥させるという発明特定事項を備えることにより、乾燥工程で真空ポンプを用いなくてもワークの乾燥に要する時間を短縮して全体の処理能力を向上できるという作用効果を奏するものであって(本件特許明細書の段落【0005】、【0006】、【0012】参照。)、このような作用効果については、前記凝縮により乾燥させる技術思想が何ら示唆されていない甲18発明1から当業者が予測できるものではない。

(ウ)請求人の主張について
a 請求人は、甲18の記載に基づけば、むしろ、洗浄、乾燥、溶剤回収の全てのプロセスで空気を排除していると考えるのが当然であり、乾燥工程で溶剤蒸気が空気と混合しないよう、乾燥工程の前に、凝縮器34は真空ポンプ36により減圧されその状態が保持されていると解される旨、及び乾燥のためにバルブ32を開弁する直前における室12と凝縮器34の圧力の大小関係は、「室12>凝縮器34」になる旨、主張しているが、請求人のこれらの主張は、甲18発明1において、バルブ32が開放した状態で、真空ポンプ36を作動させ、室12内の蒸気が引き出されて物品20を乾燥させる前(少なくとも、初回の乾燥の前)に、凝縮器34が真空ポンプ36により減圧されその状態が保持されることを前提としたものと解される。
しかしながら、甲18発明1は、請求人が主張するように、洗浄作業全体を通して溶剤と空気との混合物を実施的に排除することを課題とする(前記3(2)アの記載事項(ア)及び(ウ)参照。)ものではあるものの、その課題を、真空ポンプ26により、室12内から空気等を引き出すことで解決しており(前記3(2)アの記載事項(エ)及び(ケ)参照。)、請求人が主張するような、乾燥工程の前に、凝縮器34が真空ポンプ36により減圧されその状態が保持されることについては、甲18に記載も示唆もされていない。また、甲18には、真空ポンプ36の排出側に設けられた保管タンク38から空気をパージすること(前記3(2)アの記載事項(ク)参照。)が記載されているように、甲18発明1は、溶剤と空気とを、一切、混合させないことまで意図した発明であるとは解されず、この点からも、請求人が主張するような、乾燥工程の前に、凝縮器34が真空ポンプ36により減圧されその状態が保持されるための手段を備える必要性はないものと考えられる。
そうすると、甲18発明1において、乾燥工程の前に、凝縮器34は真空ポンプ36により減圧されその状態が保持されているとはいえないし、乾燥のためにバルブ32を開弁する直前における室12と凝縮器34の圧力の大小関係が、「室12>凝縮器34」になるともいえない。

b 請求人は、甲18に記載された発明において、当業者は、蒸留タンク58のパージは、室12から空気を排除する前に行われていると認識し、これと同時に、凝縮器34も真空ポンプ36により吸引されるから、凝縮器34は乾燥工程前に減圧される旨、及び蒸留タンク58のパージが、甲18の図1における「蒸留タンク58→バルブ56→バルブ78→凝縮器34→真空ポンプ36」を結ぶルートで行われる旨を主張しているが、甲18には、蒸留タンク58から空気をパージすること(前記3(2)アの記載事項(ク)参照。)は記載されているもの、そのパージのタイミングや、そのパージのルートについては、明確に記載されていない。請求人の主張する「蒸留タンク58→バルブ56→バルブ78→凝縮器34→真空ポンプ36」を結ぶルートは、前記3(2)アの記載事項(コ)を参照すると、蒸留タンク58内の溶剤が汚染された際に、蒸留タンク58内の溶剤の蒸気を保管タンク38へ送る際に用いられるルートと解されるから、蒸留タンク58から空気をパージする際に用いられるルートとは、必ずしもいえない。
そうすると、甲18発明1において、蒸留タンク58のパージにより、凝縮器34が乾燥工程前に減圧されるとはいえないし、蒸留タンク58のパージが、甲18の図1における「蒸留タンク58→バルブ56→バルブ78→凝縮器34→真空ポンプ36」を結ぶルートで行われるともいえない。

c 請求人は、甲18に記載された発明において、室12は、凝縮器34とは別に真空ポンプ26で減圧できるから、一連の処理が終わり、室12から物品20を取り出す際、凝縮器34にわざわざ空気を導入するはずがないから、当業者であれば、室12から物品20を取り出す際、バルブ32を閉弁し、凝縮器34の減圧状態を維持すると理解する旨、主張しているが、甲18には、室12から物品20を取り出す際、バルブ32を閉弁することや、凝縮器34の減圧状態を維持することは、記載も示唆もされていない。また、前述したように甲18発明1は、溶剤と空気とを、一切、混合させないことまで意図した発明であるとは解されないから、乾燥の処理等の一連の処理が終わった後に、凝縮器34の減圧状態を維持することの必要性も認められない。
そうすると、甲18発明1において、室12から物品20を取り出す際、バルブ32を閉弁しているかは明確でなく、仮にバルブ32を閉弁するとしても、乾燥の処理等の一連の処理が終わった後に、凝縮器34の減圧状態を維持しているとはいえない。

d 請求人は、本件特許発明1においても、開閉バルブ20と切換バルブV4を同時に開いて凝縮室21を真空ポンプ10で吸引した時、本件特許発明1は甲18に記載された発明と同じ洗浄装置の構成、同じ乾燥工程の態様となるのであるから、洗浄室から凝縮室への蒸気の移動も同じ態様となる旨、及び凝縮による乾燥は、洗浄室が高温・高圧であり凝縮室が低温・低圧であれば必然的に起こる現象であるから、甲18に記載された発明の乾燥も必然的に「真空ポンプ+凝縮」となる旨、主張しているが、甲18には、前記凝縮により乾燥させる技術思想について、何ら開示がなく、甲18発明1は、物品20を乾燥させるにあたり、バルブ32の開放前から凝縮器34を減圧の状態に保持しておくものではないから、本件特許発明1の洗浄室から凝縮室への蒸気の移動と同じ態様となるとはいえない。

よって、請求人の主張はいずれも採用できない。

ウ むすび
以上のとおり、本件特許発明1は、当業者であっても、甲18発明1において、本件特許発明1の前記相違点2−2に係る発明特定事項とすることを容易に想到できるものではないから、甲18発明1及び前記周知の事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(2)本件特許発明2について
ア 本件特許発明2と甲18発明2の対比
甲18発明2の「前記冷却器ユニット48が供給する前記冷却剤の温度」は、凝縮器34に流入する蒸気を凝縮器34内で凝縮させることができる温度である必要があるため、凝縮器34の内壁面や凝縮器34内に配置された部材の固体表面の温度を溶剤の凝縮点以下に保持することができる温度であることは明らかである。すると、甲18発明2の「前記冷却器ユニット48が供給する前記冷却剤の温度は、前記冷却剤が供給される前記凝縮器34に流入する蒸気を凝縮可能なものである」ことと、本件特許発明2の「前記温度保持手段は、前記凝縮室の温度を前記石油系溶剤の凝縮点以下に保持する」こととは、「前記温度保持手段は、前記凝縮室の温度を前記溶剤の凝縮点以下に保持する」ことにおいて共通する。

したがって、本件特許発明2と甲18発明2は、前記(1)アの[一致点2−1]に加えて、以下の点で一致し、前記(1)アの[相違点2−1]、[相違点2−2]以外に相違しない。

[一致点2−2]
「前記温度保持手段は、
前記凝縮室の温度を前記溶剤の凝縮点以下に保持する」点。

イ 判断
[相違点2−1]、[相違点2−2]についての判断は、前記(1)イで示したとおりである。

ウ むすび
以上のとおり、本件特許発明2は、当業者であっても、甲18発明2において、本件特許発明2の前記相違点2−2に係る発明特定事項とすることを容易に想到できるものではないから、甲18発明2及び前記周知の事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(3)本件特許発明3について
ア 本件特許発明3と甲18発明3の対比
甲18発明3の「前記室12内の蒸気が引き出されて前記凝縮器34で凝縮した溶剤が、保管タンク38へ送達され、それから清浄な溶剤が再利用のためバルブ42、バルブ72を通って前記蒸留タンク58へ戻される」ことと、本件特許発明3の「前記洗浄室から前記凝縮室に導かれて凝縮した石油系溶剤を、前記凝縮室から前記蒸気生成手段に導く回収手段をさらに備える」こととは、「前記洗浄室から前記凝縮室に導かれて凝縮した前記溶剤を、前記凝縮室から前記蒸気生成手段に導く回収手段をさらに備える」ことにおいて共通する。

したがって、本件特許発明3と甲18発明3は、前記(1)アの[一致点2−1]、及び前記(2)アの[一致点2−2]に加えて、以下の点で一致し、前記(1)アの[相違点2−1]、[相違点2−2]以外に相違しない。

[一致点2−3]
「前記洗浄室から前記凝縮室に導かれて凝縮した前記溶剤を、前記凝縮室から前記蒸気生成手段に導く回収手段をさらに備える」点。

イ 判断
[相違点2−1]、[相違点2−2]についての判断は、前記(1)イで示したとおりである。

ウ むすび
以上のとおり、本件特許発明3は、当業者であっても、甲18発明3において、本件特許発明3の前記相違点2−2に係る発明特定事項とすることを容易に想到できるものではないから、甲18発明3及び前記周知の事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(4)本件特許発明4について
ア 本件特許発明4と甲18発明4の対比
甲18発明4の「溶剤を前記室12に充填して、液体洗浄のため物品20を水面下に置く」ことと、本件特許発明4の「前記洗浄室に接続され、前記石油系溶剤が貯留されるとともに当該石油系溶剤にワークを浸漬可能な浸漬室をさらに備える」こととは、「前記溶剤が貯留されるとともに当該溶剤にワークを浸漬可能」であることにおいて共通する。

したがって、本件特許発明4と甲18発明4は、前記(1)アの[一致点2−1]、前記(2)アの[一致点2−2]及び前記(3)アの[一致点2−3]に加えて、以下の点で一致し、前記(1)アの[相違点2−1]、[相違点2−2]に加えて、以下の点で相違する。

[一致点2−4]
「前記溶剤が貯留されるとともに当該溶剤にワークを浸漬可能」である点。

[相違点2−3]
ワークの浸漬について、本件特許発明4は「前記洗浄室に接続され」た「浸漬室をさらに備える」のに対し、甲18発明4は、室12に溶剤を充填して浸漬させる点。

イ 判断
(ア)[相違点2−1]、[相違点2−2]について
[相違点2−1]、[相違点2−2]についての判断は、前記(1)イで示したとおりである。

(イ)[相違点2−3]について
甲18発明4の改良型密閉回路溶剤洗浄システムは、前記3(2)アの記載事項(ア)によると、工業的な物品等の洗浄を行うものであるところ、機械部品を洗浄する真空洗浄装置の技術分野において、蒸気洗浄を行う洗浄室に、浸漬洗浄を行う浸漬室を接続して設け、洗浄室で蒸気洗浄を行うとともに、浸漬室で浸漬洗浄を行うことは、甲13、甲15、甲16の1及び甲17に記載されているように、本件特許の優先日前から周知の事項である。
そうすると、甲18発明4と前記周知の事項とは、機械部品を洗浄する真空洗浄装置に関するものである点で技術分野が共通する上、甲18発明4と、前記周知の事項とは、ともに蒸気洗浄に加えて浸漬洗浄を行うものである点で作用・機能が共通する。
そして、真空洗浄装置の技術分野における蒸気洗浄と浸漬洗浄とを行う装置として、甲18発明4は、蒸気洗浄を行う洗浄室に溶剤を充填して浸漬洗浄を行うものであり、また、前記周知の事項は、蒸気洗浄を行う洗浄室に接続された浸漬室を別途設け、該浸漬室に導入されている溶剤により浸漬洗浄を行うものであるところ、両者を比較すると、前者のものは浸漬室を別途設ける必要がないからスペース効率に優れているものの、蒸気洗浄と浸漬洗浄を順に行う必要があるのに対し、後者のものは浸漬室を別途設けているものの、蒸気洗浄中に、浸漬室に溶剤を充填し、浸漬洗浄の準備をすることができるから作業効率に優れているといえ、両者はそれぞれ長所短所を有するものである。
すると、甲18発明4において、前記周知の事項との長所短所を考慮した上で、作業効率を優先して、前記周知の事項を採用し、室12に接続された浸漬室を設けることにより、本件特許発明4の前記相違点2−3に係る発明特定事項とすることは、当業者が容易に想到し得るものである。

ウ むすび
以上のとおり、本件特許発明4は、当業者であっても、甲18発明4において、本件特許発明4の前記相違点2−2に係る発明特定事項とすることを容易に想到できるものではないから、甲18発明4及び前記周知の事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(5)本件特許発明5について
ア 本件特許発明5と甲18発明5の対比
甲18発明5の「真空ポンプ26」及び「真空ポンプ36」を合わせたものが、本件特許発明5の「真空ポンプ」に相当し、甲18発明5の「物品20」、「室12」及び「バルブ32」は、本件特許発明5の「ワーク」、「洗浄室」及び「開閉バルブ」にそれぞれ相当する。
甲18発明5の「凝縮器34」は、その内部空間において、蒸気を凝縮するものであるから、本件特許発明5の「凝縮室」に相当する。
甲18発明5の「真空ポンプ26を作動させ、物品20が支持体22に載置された室12に負のゲージ圧を印加する工程」と、本件特許発明5の「真空ポンプを用いることにより、ワークが搬入された洗浄室および凝縮室を減圧する工程」とは、「真空ポンプを用いることにより、ワークが搬入された洗浄室を減圧する工程」において共通する。
甲18発明5の「溶剤の蒸気を発生させ、当該蒸気を前記室12に流入させ前記物品20を洗浄する工程」において、蒸気を室12に流入させる際、室12は真空ポンプ26により負のゲージ圧が印加されているから、甲18発明5の「溶剤の蒸気を発生させ、当該蒸気を前記室12に流入させ前記物品20を洗浄する工程」と、本件特許発明5の「石油系溶剤の蒸気を生成し、当該蒸気を減圧下にある前記洗浄室に供給して前記ワークを洗浄する工程」とは、「溶剤の蒸気を生成し、当該蒸気を減圧下にある前記洗浄室に供給して前記ワークを洗浄する工程」において共通する。
甲18発明5の「冷却器ユニット48」は、凝縮器34に引き出された蒸気を凝縮器34内で凝縮するためのものであって、この凝縮を行うためには、凝縮器34の内壁面や凝縮器34内に配置された部材の固体表面の温度を室12の温度よりも低い状態に保持する必要があることは明らかであるから、甲18発明5の「冷却器ユニット48が凝縮器34に冷却剤を供給する工程」と、本件特許発明5の「減圧下にある前記凝縮室を前記洗浄室よりも低い温度に保持する工程」とは、「前記凝縮室を前記洗浄室よりも低い温度に保持する工程」において共通する。
甲18発明5の「溶剤の蒸気が前記室12に流入し、前記物品20を洗浄した後」は、本件特許発明5の「前記洗浄室において前記ワークを洗浄した後」に相当する。
甲18発明5の「前記バルブ32が開放した状態で、真空ポンプ36を作動させ、前記室12内の蒸気が引き出されて前記物品20を乾燥させ、蒸気を前記凝縮器34で凝縮させる」ことにおいて、蒸気を凝縮器34で凝縮させる際、凝縮器34内の固体表面の温度が室12の温度よりも低い状態に保持されていることは明らかであり、また、バルブ32が開放され、室12が凝縮器34と連通した状態で物品20の乾燥が行われるものであるから、甲18発明5の「前記バルブ32が開放した状態で、真空ポンプ36を作動させ、前記室12内の蒸気が引き出されて前記物品20を乾燥させ、蒸気を前記凝縮器34で凝縮させる」ことと、本件特許発明5の「開閉バルブを開弁することにより前記洗浄室を当該洗浄室よりも低い温度に保持された前記凝縮室と連通させてワークを乾燥させる」こととは、「開閉バルブが開弁され前記洗浄室を当該洗浄室よりも低い温度に保持された前記凝縮室と連通させた状態でワークを乾燥させる」ことにおいて共通する。
甲18発明5の「改良型密閉回路溶剤洗浄方法」は、真空ポンプ26及び36を使用するものであるから、本件特許発明5の「真空洗浄方法」に相当する。
したがって、本件特許発明5と甲18発明5とは、以下の点で一致し、
[一致点2−5]
「真空ポンプを用いることにより、ワークが搬入された洗浄室を減圧する工程と、
溶剤の蒸気を生成し、当該蒸気を減圧下にある前記洗浄室に供給して前記ワークを洗浄する工程と、
前記凝縮室を前記洗浄室よりも低い温度に保持する工程と、
前記洗浄室において前記ワークを洗浄した後、開閉バルブが開弁され前記洗浄室を当該洗浄室よりも低い温度に保持された前記凝縮室と連通させた状態でワークを乾燥させる工程と、を含む真空洗浄方法。」

以下の各点で相違する。
[相違点2−4]
溶剤について、本件特許発明5は「石油系溶剤」であるのに対し、甲18発明5の溶剤は石油系のものであるか不明である点。

[相違点2−5]
ワークの乾燥について、本件特許発明5は「凝縮室」を減圧する工程と、「減圧下にある」凝縮室を洗浄室よりも低い温度に保持する工程を備え、「開閉バルブを開弁することにより」洗浄室を「前記凝縮室と連通させて」乾燥させているのに対し、甲18発明5は、真空ポンプ36を作動させ、室12内の蒸気が引き出されて物品20を乾燥させており、バルブ32を開弁することにより室12を減圧下にある凝縮器34と連通させて乾燥させているとはいえない点。

イ 判断
(ア)相違点2−4について
前記(1)イ(ア)に示した相違点2−1についての判断と同様である。

(イ)相違点2−5について
本件特許発明5は、前記4(5)イ(イ)の相違点1−5についてにおいて記述したように、前記凝縮により乾燥させる技術思想に基づくものといえる。
一方、甲18発明5は、バルブ32が開放した状態で、真空ポンプ36を作動させ、室12内の蒸気が引き出されて物品20を乾燥させるものであり、甲18には、前記凝縮により乾燥させる技術思想について、何ら開示されていないから、物品20を乾燥させるにあたり、バルブ32の開放前から凝縮器34を減圧下としておくことの動機付けは存在しない。また、前記凝縮により乾燥させる技術思想は、請求人が無効理由2に係る証拠として提出した甲11〜甲17のいずれにも開示されていない。
そうすると、当業者といえども、甲18発明5の真空ポンプ36による乾燥に代えて、又は加えて、前記凝縮による乾燥手段を採用すべく、バルブ32を開弁することにより室12を減圧下にある凝縮器34と連通させてワークを乾燥させることを容易に想到できるものではない。
そして、本件特許発明5は、この相違点2−5に係る「凝縮室」を減圧する工程と、「減圧下にある」凝縮室を洗浄室よりも低い温度に保持する工程を備え、「開閉バルブを開弁することにより」洗浄室を「前記凝縮室と連通させて」ワークを乾燥させるという発明特定事項を備えることにより、乾燥工程で真空ポンプを用いなくてもワークの乾燥に要する時間を短縮して全体の処理能力を向上できるという作用効果を奏するものであって(本件特許明細書の段落【0005】、【0006】、【0012】参照。)、このような作用効果については、前記凝縮により乾燥させる技術思想が何ら示唆されていない甲18発明5から当業者が予測できるものではない。

(ウ)請求人の主張について
請求人は、仮に、本件特許発明5が乾燥工程の前から凝縮室の減圧を行うものに限定的に解釈されるとしても、甲18に記載された発明は、室12と連通させる前に凝縮器34を真空ポンプ36により減圧する工程を有するから、本件特許発明5の構成要件Nと相違しない旨等、主張しているが、前記(1)イ(ウ)に示した理由と同様の理由により、請求人の主張は採用することができない。

ウ むすび
以上のとおり、本件特許発明5は、当業者であっても、甲18発明5において、本件特許発明5の前記相違点2−5に係る発明特定事項とすることを容易に想到できるものではないから、甲18発明5及び前記周知の事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(6)まとめ
以上のとおり、本件特許発明1〜本件特許発明5は、甲18発明及び前記周知の事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえないから、無効理由2によって、無効とすべきものではない。

6 無効理由4について
(1)実施可能要件の判断基準
特許法第36条第4項第1号には、発明の詳細な説明の記載は、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであることと規定しているところ、物の発明における発明の実施とは、その物の生産、使用等をする行為をいうから(特許法第2条第3項第1号)、物の発明について実施可能要件を充足するためには、当業者が、明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願当時の技術常識とに基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、その物を製造し、使用することができる程度の記載があることを要する。また、方法の発明における発明の実施とは、その方法の使用をする行為をいうから(同法第2条第3項第2号)、方法の発明について実施可能要件を充足するためには、当業者が、明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願当時の技術常識とに基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、その方法の使用をすることができる程度の記載があることを要する。

(2)本件特許発明1について
本件特許発明1は、真空洗浄装置に関する発明(物の発明)であって、前記1(1)アに示したとおり解釈し得るものである。一方、前記1(1)イに示したとおり、本件特許明細書の発明の詳細な説明の段落【0023】〜【0031】には、準備工程で減圧され、減圧状態で洗浄室2よりも低い温度に保持された凝縮室21と、搬入工程でワークWが搬入され、減圧工程及び蒸気洗浄工程を経て高温の蒸気が充満された洗浄室2とを、乾燥工程において、開閉バルブ20を開弁して連通させることによって、洗浄室2内に充満している蒸気が凝縮室21に移動して凝縮し、ワークWを乾燥させるという真空洗浄装置の一連の処理工程が記載されており、当業者が、これらの記載を参酌すれば、本件特許発明1の真空洗浄装置で行われる具体的な処理を把握することができるから、過度の試行錯誤を要することなく、ワークを乾燥させることができるように真空洗浄装置を製造し、使用することが可能といえる。
また、その効果についても、発明の詳細な説明の段落【0032】〜【0038】、及び図3〜図6に、乾燥工程で真空ポンプによる真空引き行う従来の真空洗浄装置との比較が記載されており、少なくともこの従来の真空洗浄装置よりも乾燥工程に要する時間が短縮化されることが示されている。
そして、発明の詳細な説明の記載から、本件特許発明1の真空洗浄装置で行われる具体的な処理や効果を把握した当業者であれば、前記凝縮により乾燥させる技術思想についても把握することができるから、本件特許発明1の真空洗浄装置における、凝縮室の熱容量、溶剤の種類、凝縮室内の温度や圧力等の種々の条件を最適化し、ワークの乾燥時間が所望のものとなるように、本件特許発明1を実施することにも過度の試行錯誤は要しないといえる。
そうすると、本件特許明細書の発明の詳細な説明は、当業者が本件特許発明1を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されているということができる。

(3)本件特許発明5について
本件特許発明5は、真空洗浄方法に関する発明(方法の発明)であって、前記1(2)アに示したとおり解釈し得るものである。一方、前記1(1)イに示したとおり、本件特許明細書の発明の詳細な説明の段落【0023】〜【0031】には、準備工程で減圧され、減圧状態で洗浄室2よりも低い温度に保持された凝縮室21と、搬入工程でワークWが搬入され、減圧工程及び蒸気洗浄工程を経て高温の蒸気が充満された洗浄室2とを、乾燥工程において、開閉バルブ20を開弁して連通させることによって、洗浄室2内に充満している蒸気が凝縮室21に移動して凝縮し、ワークWを乾燥させるという真空洗浄装置の一連の処理工程が記載されており、当業者が、これらの記載を参酌すれば、本件特許発明5の真空洗浄方法の各工程で行われる具体的な処理を把握することができるから、過度の試行錯誤を要することなく、ワークを乾燥させることができるように真空洗浄方法を使用することが可能といえる。
また、その効果についても、発明の詳細な説明の段落【0032】〜【0038】、及び図3〜図6に、乾燥工程で真空ポンプによる真空引き行う従来の真空洗浄装置との比較が記載されており、少なくともこの従来の真空洗浄装置を用いた真空洗浄方法よりも乾燥工程に要する時間が短縮化されることが示されている。
そして、発明の詳細な説明の記載から、本件特許発明5の真空洗浄方法の各工程で行われる具体的な処理や効果を把握した当業者であれば、前記凝縮により乾燥させる技術思想についても把握することができるから、本件特許発明5の真空洗浄方法に用いる、凝縮室の熱容量、溶剤の種類、凝縮室内の温度や圧力等の種々の条件を最適化し、ワークの乾燥時間が所望のものとなるように、本件特許発明5を実施することにも過度の試行錯誤は要しないといえる。
そうすると、本件特許明細書の発明の詳細な説明は、当業者が本件特許発明5を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されているということができる。

(4)本件特許発明2〜本件特許発明4について
本件特許発明2〜本件特許発明4は、本件特許発明1を引用するものであり、本件特許発明1は、前記(2)に示したように、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載に基づき、当業者が実施することができるものであるところ、本件特許発明2において付加された発明特定事項については、発明の詳細な説明の段落【0023】の記載を、本件特許発明3において付加された発明特定事項については、発明の詳細な説明の段落【0019】、及び図1の記載を、さらに本件特許発明4において付加された発明特定事項については、発明の詳細な説明の段落【0043】、及び図7の記載を、当業者が、それぞれ参酌すれば、過度の試行錯誤を要することなく、本件特許発明2〜本件特許発明4の真空洗浄装置を製造し、使用することが可能といえる。
そうすると、本件特許明細書の発明の詳細な説明は、当業者が本件特許発明2〜本件特許発明4を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されているということができる。

(5)請求人の主張について
ア 洗浄室から凝縮室への蒸気移動のメカニズム(作用)について
a 請求人は、本件特許明細書の発明の詳細な説明の段落【0029】末尾と、段落【0030】冒頭と、の繋がりが理解できない。段落【0030】冒頭の「したがって」はその前の段落【0029】の記載を受けていると考えられるが、洗浄室2と凝縮室21との間の温度差により、何故、蒸気が洗浄室2から凝縮室21に移動するのか、本件特許明細書にはそのメカニズムが開示されていないため、当業者は、「洗浄室を凝縮室と連通させるだけで何故ワークが乾燥するのか」理解することができない旨、及び本件特許明細書には、凝縮室と洗浄室との圧力差に関する記載は見当たらない旨、主張しているが、本件特許明細書の発明の詳細な説明の段落【0029】、【0030】の記載のみならず、段落【0023】〜【0031】の一連の工程に関する記載を考慮すると、乾燥工程において、開閉バルブ20を開弁して、洗浄室2と凝縮室21とを連通させる前に、凝縮室21は、準備工程において、内部を10kPa以下に減圧されており、その減圧状態にある凝縮室21は、洗浄室2よりも低い温度に保持されている。そして、その後の搬入工程、減圧工程、蒸気洗浄工程において、凝縮室21に対する処理は行われないため、乾燥工程の直前において、凝縮室21は、準備工程後の状態が保持されていると解するのが自然である。そして、乾燥工程の直前における、洗浄室2と凝縮室21の圧力の関係に着目すると、凝縮室21は、前述したように準備工程後の状態が保持されているから、減圧状態にある一方で、洗浄室2は、減圧工程で凝縮室21と同じ10kPa以下に減圧された後、蒸気洗浄工程で、高温の蒸気が充満することになる。さらに、乾燥工程において、「開閉バルブ20を開弁すると、洗浄室2内に充満している蒸気は、凝縮室21に移動」(段落【0030】)するのであるから、少なくとも蒸気洗浄工程後、つまり、乾燥工程の直前において、洗浄室2の圧力は、凝縮室21の圧力よりも高くなっていると解するのが自然である。
そうすると、本件特許明細書に凝縮室と洗浄室との圧力差について、明示されていないとしても、段落【0030】に記載された「開閉バルブ29を開弁すると、洗浄室2内に充満している蒸気は、凝縮室21に移動して凝縮する。」という記載に触れた当業者であれば、この移動に洗浄室2と凝縮室21の圧力差が寄与していることは、当然に理解できるものであって、同様に、「洗浄室を凝縮室と連通させるだけで何故ワークが乾燥するのか」を理解できるといえる。

b 請求人は、本件特許発明の解決すべき課題は、「本発明は、ワークの乾燥に要する時間を短縮して全体の処理能力を向上することができる真空洗浄装置および真空洗浄方法を提供することを目的とする。」(段落【0006】)とされているのであるから、「自由膨張による移動」とこれを継続させる凝縮による洗浄室からの蒸気の移動が、従来の真空ポンプで真空引きする際の蒸気の移動よりも速いことを説明しなければならないが、洗浄室からの蒸気の移動速度を定量的に説明する記載は、【0032】〜【0038】以外には一切ない旨、主張しているが、前記(2)及び(3)に示したように、発明の詳細な説明の段落【0032】〜【0038】、及び図3〜図6には、乾燥工程で真空ポンプによる真空引き行う従来の真空洗浄装置と比較して、本件特許発明を用いた場合、乾燥工程に要する時間が短縮化されることが定量的に示されている。
また、同じく前記(2)及び(3)に示したように、発明の詳細な説明の記載から、当業者であれば、本件特許発明の前記凝縮により乾燥させる技術思想を把握することができ、ワークの乾燥時間が所望のものとなるように、本件特許発明を実施することに過度の試行錯誤は要しないといえるから、真空ポンプを用いた乾燥よりも乾燥に要する時間を短縮できることを示す定量的なデータを発明の詳細な説明にさらに開示する必要性はないといえる。
そして、真空ポンプを用いた乾燥と比較するとしても、真空ポンプを用いて乾燥した場合のワークの乾燥に要する時間は、用いる真空ポンプの性能により様々といえるから、比較すべき乾燥に要する時間は特定することができないものである(例えば、想定される最高性能の真空ポンプを用いた際の乾燥に要する時間を比較対象とすることは、適当といえず、また、本件特許明細書に比較例として記載された従来の真空洗浄装置による乾燥工程の試験データを一律の比較対象として、この試験データよりも乾燥に要する時間が短縮できる定量的なデータを発明の詳細な説明にさらに開示することも、当該試験データの数値自体に特別な意味があるとはいえない以上、その必要性はないといえる。)。

イ 本件特許明細書に記載された真空乾燥実験について
請求人は、本件特許明細書には、真空乾燥実験の実験条件がほとんど開示されておらず、本件特許明細書における真空乾燥実験の実験条件は、開示不足である旨、主張しているが、前記(2)及び(3)に示したように、発明の詳細な説明の記載から、当業者であれば、本件特許発明の前記凝縮により乾燥させる技術思想を把握することができ、ワークの乾燥時間が所望のものとなるように、本件特許発明を実施することに過度の試行錯誤は要しないといえるから、発明の詳細な説明の記載が真空乾燥実験の実験条件を十分に開示していないとはいえない。

ウ 出願時の技術常識について
請求人は、本件特許出願時においては、「ワーク乾燥時に、真空ポンプを用いて洗浄室を真空引きすることにより、蒸気を移動させること」が技術常識であったため、真空ポンプを用いて蒸気を移動する知見しか有しない当業者は、出願時の技術常識を参酌しても、本件特許明細書記載の蒸気移動のメカニズムを理解することはできず、当業者は、出願時の技術常識を参酌しても、本件特許明細書の真空乾燥実験を理解することはできない旨、主張しているが、前記ア及びイに示した理由と同様の理由により、この主張を採用することはできない。

エ 請求人の行った再現実験について
請求人は、請求人の行った再現実験によると、再現例は、本件特許明細書の発明の詳細な説明に記載された実施例のみならず比較例に対しても、最高減圧レベルが劣っており、また、最高減圧レベルに到達する時間が長かったことから、本件特許発明を再現することができず、本件特許発明の課題を解決することもできなかった旨、主張しているが、請求人が再現実験で用いた真空洗浄装置と、本件特許明細書の発明の詳細な説明における第1実施形態の試験データ及び従来の真空洗浄装置の試験データを取得する際に用いられた真空洗浄装置とは、同一の装置であるとはいえないから、洗浄室や凝縮室の大きさ、熱吸収量等のスペックが一致していない蓋然性が高く、また、それぞれの実験、試験で用いられた石油系溶剤の種類も異なっている可能性がある。そうすると、請求人の再現実験によるワークの乾燥に要する時間と、本件特許明細書の発明の詳細な説明に記載されたワークの乾燥に要する時間を、単純に比較することに意味はなく、請求人の再現実験によるワークの乾燥に要する時間が、本件特許明細書の発明の詳細な説明に記載されたワークの乾燥に要する時間よりも長くなったことをもって、本件特許発明を実施できないなどということはできない。
そして、前記(2)及び(3)に示したように、発明の詳細な説明の記載から、当業者であれば、本件特許発明の前記凝縮により乾燥させる技術思想を把握することができ、ワークの乾燥時間が所望のものとなるように、本件特許発明を実施することに過度の試行錯誤は要しないといえるから、請求人の行った再現実験において、本件特許発明を再現することができなかったとしても、発明の詳細な説明の記載が、当業者が本件特許発明を実施をする上で、不十分であるとはいえない。

オ 被請求人らの行った再現実験について
請求人は、被請求人らが特許実施品である真空洗浄装置を用いて行った再現実験において、試験1(初期排気後の洗浄室の圧力=0hPa)の場合、急速な減圧が確認できたものの、試験2(初期排気後の洗浄室の圧力=1hPa)、試験3(初期排気後の洗浄室の圧力=2hPa)の場合、急速な減圧は確認できなかったことで明らかになった、「初期排気後の洗浄室から非凝縮性気体を0hPaまで排除しておかないと、乾燥工程においてワークを迅速に乾燥させることができず、本件特許発明を再現することができない」との知見(実験条件)は、本件特許発明の再現には必要不可欠と思われるものの、本件特許明細書には一切開示されていない旨、及び「乾燥工程中の凝縮室から非凝縮性気体を排除しておかないと、ワークを迅速に乾燥させることができない」との知見は、本件特許明細書には一切開示されておらず、仮に、非凝縮性ガスが凝縮を阻害すること自体が技術常識であったとしても、真空洗浄装置において凝縮室21で洗浄蒸気を凝縮させるのに必要な非凝縮性ガスの許容値(凝縮室21に残留していても、蒸気の凝縮を阻害しない非凝縮性ガス量)が、「0hPa」であることに辿り着くには、過度の試行錯誤が必要になる旨、主張している。
ここで、前記(2)及び(3)に示したように、発明の詳細な説明の記載から、当業者であれば、本件特許発明の前記凝縮により乾燥させる技術思想を把握することができ、ワークの乾燥時間が所望のものとなるように、本件特許発明を実施することに過度の試行錯誤は要しないといえる。そして、本件特許発明が、石油系溶剤の蒸気を凝縮室で凝縮させることにより乾燥させるものであることを、当業者であれば、当然、理解できるところ、乙6(第132ページ第20行〜第27行参照。)及び乙7(第107ページ第19行〜第20行参照。)に記載されているように、凝縮性気体に非凝縮性気体が混入した場合、非凝縮性気体が凝縮性気体の凝縮を妨げることは技術常識であるから、前述したようにワークの乾燥時間が所望のものとなるように本件特許発明を実施する際、減圧工程後に洗浄室に存在している非凝縮性気体の許容量、及び準備工程後に凝縮室に存在している非凝縮性気体の許容量も、当然、考慮し、所望の値に調整された上で、実施され得るものである。
そして、被請求人らの甲26に記載された再現実験では、初期排気後の洗浄室の圧力=0hPaの場合に、急速な減圧が確認できたとしているが、何をもって、急速な減圧とするかは、相対的な問題であって、この「0hPa」という数値に絶対的な意味はないといえる。また、最適な初期排気後の洗浄室の圧力は、必要とするワークの乾燥時間や、その他の種々の条件に応じて、変わり得るものであるから、初期排気後の洗浄室から非凝縮性気体を0hPaまで排除しておかないと、乾燥工程においてワークを迅速に乾燥させることができないとはいえず、初期排気後の洗浄室から非凝縮性気体を0hPaまで排除しておくことが、本件特許明細書の発明の詳細な説明に開示されていないとしても、発明の詳細な説明の記載が、当業者が本件特許発明を実施をする上で、不十分であるとはいえない。

したがって、請求人の主張はいずれも採用できない。

(6)まとめ
したがって、本件特許発明1〜5について、発明の詳細な説明の記載は、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されたものであり、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たすものであるから、無効理由4は理由がない。

7 無効理由5について
(1)サポート要件の判断基準
特許請求の範囲の記載が、サポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものと解される。

(2)本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載について
前記1(1)イに示したように、本件特許明細書の発明の詳細な説明の段落【0005】、【0006】によると、本件特許発明が解決しようとする課題は、乾燥工程において、蒸気洗浄・乾燥室を真空ポンプで真空引きして減圧する従来の真空洗浄装置及び真空洗浄方法では、乾燥工程に長時間を要するところ、ワークの乾燥に要する時間を短縮して全体の処理能力を向上することができる真空洗浄装置及び真空洗浄方法を提供するというものであり、その課題を解決するために、発明の詳細な説明の段落【0023】〜【0031】には、準備工程で減圧され、減圧状態で洗浄室2よりも低い温度に保持された凝縮室21と、搬入工程でワークWが搬入され、減圧工程及び蒸気洗浄工程を経て高温の蒸気が充満された洗浄室2とを、乾燥工程において、開閉バルブ20を開弁して連通させることによって、洗浄室2内に充満している蒸気が凝縮室21に移動して凝縮し、ワークWを乾燥させるという真空洗浄装置の一連の処理工程が記載されている。
また、その効果についても、発明の詳細な説明の段落【0032】〜【0038】、及び図3〜図6に、乾燥工程で真空ポンプによる真空引き行う従来の真空洗浄装置との比較が記載されており、少なくともこの従来の真空洗浄装置を用いた真空洗浄方法よりも乾燥工程に要する時間が短縮化されることが示されている。
これらを総合すると、発明の詳細な説明には、ワークの乾燥に要する時間を短縮して全体の処理能力を向上するという課題を解決するための手段として、前記真空洗浄装置の一連の処理工程が開示されているといえる。

(3)本件特許発明1について
本件特許発明1は、「前記蒸気を前記洗浄室に供給してワークを洗浄した後、前記開閉バルブによって前記洗浄室を当該洗浄室よりも低い温度に保持された前記凝縮室と連通させてワークを乾燥させる」(構成要件G)という発明特定事項を備えるものであり、この構成要件Gを備える本件特許発明1は、前記1(1)アに示したように、凝縮室が、開閉バルブによって洗浄室と連通される前に減圧の状態に保持され、洗浄室よりも低い温度に保持され、洗浄室を前記凝縮室と連通させることによりワークの乾燥を生じさせるものと解される。
そして、このように解釈される本件特許発明1は、前記(2)に示した課題を解決するための、段落【0023】〜【0031】に記載された、真空洗浄装置の一連の処理工程と対応するものであるから、本件特許発明1は、発明の詳細な説明に記載された発明であるといえ、また、前記(2)に示した課題を解決するための手段が反映されているといえる。
そうすると、本件特許発明1は、サポート要件に違反するものではない。

(4)本件特許発明5について
本件特許発明5は、「前記洗浄室において前記ワークを洗浄した後、開閉バルブを開弁することにより前記洗浄室を当該洗浄室よりも低い温度に保持された前記凝縮室と連通させてワークを乾燥させる工程」(構成要件O)という発明特定事項を備えるものであり、この構成要件Oを備える本件特許発明5は、前記1(2)アに示したように、凝縮室が、開閉バルブによって洗浄室と連通される前に減圧下とされ、洗浄室よりも低い温度に保持され、洗浄室を前記凝縮室と連通させることによりワークの乾燥を生じさせるものと解される。
そして、このように解釈される本件特許発明5は、前記(2)に示した課題を解決するための、段落【0023】〜【0031】に記載された、真空洗浄装置の一連の処理工程と対応するものであるから、本件特許発明5は、発明の詳細な説明に記載された発明であるといえ、また、前記(2)に示した課題を解決するための手段が反映されているといえる。
そうすると、本件特許発明5は、サポート要件に違反するものではない。

(5)本件特許発明2〜本件特許発明4について
本件特許発明2〜本件特許発明4は、本件特許発明1を引用するものであり、本件特許発明1は、前記(3)に示したように、発明の詳細な説明に記載された発明であるといえ、また、前記(2)に示した課題を解決するための手段が反映されているといえる。
そうすると、本件特許発明2〜本件特許発明4は、サポート要件に違反するものではない。

(6)請求人の主張について
ア 文言上、「ワークの乾燥に真空ポンプを用いる形態」が含まれ得るかについて
請求人は、本件特許明細書の発明の詳細な説明には、従来の真空洗浄装置のように真空ポンプを用いることなく、凝縮室と洗浄室とを連通させることのみによって、洗浄室を迅速に減圧し、ワークを乾燥させる技術が記載されているのに対し、本件特許発明で特定される技術は、「ワークの乾燥工程において、少なくとも凝縮室と洗浄室とを連通させることによりワークを乾燥させる技術」であり、文言上「ワークの乾燥に真空ポンプを用いる形態」が含まれるから、発明の課題(真空ポンプを用いないでワークを迅速に乾燥させる)を解決するための手段が反映されておらず、本件特許明細書の発明の詳細な説明に記載した範囲を超えて特許を請求することになっている旨、主張しているが、本件特許発明は、前記(3)及び(4)に示したように、凝縮室が、開閉バルブによって洗浄室と連通される前に減圧の状態に保持され(又は、減圧下とされ)、洗浄室よりも低い温度に保持され、洗浄室を前記凝縮室と連通させることによりワークの乾燥を生じさせるものと解釈できるものであって、ワークの乾燥工程に真空ポンプのみを用いる形態が含まれているとはいえず、本件特許明細書の発明の詳細な説明に記載した範囲を超えて特許を請求するものではない。

イ 真空ポンプの併用が許容されるかについて
請求人は、本件特許明細書に、「乾燥工程において、真空ポンプ10により凝縮室21を吸引してもよい。」等特段の記載がない以上、真空ポンプの吸引による乾燥には課題があるとされているのであるから、当業者は、敢えて凝縮室と真空ポンプを連結し、従来技術と同様の乾燥手段を併用することを許容することが記載されているに等しいとは理解しない旨、主張しているが、本件特許発明は、前記(3)及び(4)に示したように、凝縮室が、開閉バルブによって洗浄室と連通される前に減圧の状態に保持され(又は、減圧下とされ)、洗浄室よりも低い温度に保持され、洗浄室を前記凝縮室と連通させることによりワークの乾燥を生じさせるものと解釈でき、前記凝縮による乾燥手段について、特許を請求したにすぎないものである。そして、本件特許発明は、この前記凝縮による乾燥手段に加えて、真空ポンプの併用を許容するとも、許容しないとも特定していないのだから、本件特許明細書の発明の詳細な説明に、請求人が主張するような真空ポンプの併用を許容することが記載されている必要はない。
ここで、本件特許発明の実施にあたり、本件特許発明の前記凝縮による乾燥手段を用いた乾燥を妨げない範囲で、前記凝縮による乾燥手段とは異なる、他の乾燥手段(真空ポンプ、加熱手段等)を任意に併用することは、当然、妨げられるものではないが、当該任意に併用可能な他の乾燥手段のそれぞれについて、併用を許容するか、許容しないかまで発明特定事項として特定する必要がないことは明らかである。
また、請求人の前記主張は、本件特許発明には、ワークの乾燥の際に「真空ポンプを用いない」という特定がないため、発明の課題を解決するための手段が反映されていないという主張とも解されるが、前記(2)に示したように、本件特許発明が解決しようとする課題は、乾燥工程において、蒸気洗浄・乾燥室を真空ポンプで真空引きして減圧する従来の真空洗浄装置及び真空洗浄方法では、乾燥工程に長時間を要するところ、ワークの乾燥に要する時間を短縮して全体の処理能力を向上することができる真空洗浄装置及び真空洗浄方法を提供するというものであるから、ワークの乾燥に要する時間を短縮して全体の処理能力を向上することが課題であって、真空ポンプを用いないこと自体を課題としているものではない。
さらに、本件特許明細書の発明の詳細な説明の段落【0040】には、「さらには、従来の真空洗浄装置においては、減圧工程と乾燥工程との双方で、洗浄室を真空ポンプによって真空引きする。この場合、乾燥工程では、洗浄室から多量の蒸気が吸引されるため、特殊仕様の真空ポンプを採用しなければならない。そのため、こうした特殊な部品を設けることが、装置全体のコストアップの大きな要因となっている。これに対して、第1実施形態の真空洗浄装置1によれば、洗浄室2に蒸気がない減圧工程でのみ、真空ポンプを用いる。そのため、特殊仕様ではない一般的な真空ポンプを採用することが可能となり、装置全体のコストを低減することができる。」と記載され、乾燥工程で真空ポンプを用いないことにより、特殊仕様ではない一般的な真空ポンプを採用することが可能となり、装置全体のコストを低減することができるという効果が記載されている。しかしながら、この効果はあくまで第1実施形態の真空洗浄装置1の効果として記載されたものであって、本件特許発明の効果や解決しようとする課題として、記載されたものではない。本件特許明細書の発明の詳細な説明のその他の記載をみても、本件特許発明の課題が真空ポンプを用いないことであるとは認められない。
したがって、本件特許発明において、真空ポンプを用いないとの特定がないとしても、発明の詳細な説明に開示された前記凝縮による乾燥手段が反映されている限りにおいて、本件特許発明は、発明が解決しようとする課題を解決できるのであるから、「真空ポンプを用いないこと」を発明特定事項として特定していないことをもって、発明の課題を解決するための手段が反映されていないとはいえない。

ウ 凝縮室の熱吸収量について
請求人は、本件特許発明において、「凝縮室の熱吸収量」に関する特定がない結果、文言上「非常に熱吸収量の小さい凝縮室を用いる形態(つまり、洗浄室を迅速に減圧できない形態)」まで、本件特許発明の技術的範囲に含まれ得ることになるから、本件特許発明には、発明の課題(真空ポンプを用いないでワークを迅速に乾燥させる)を解決するための手段が反映されておらず、本件特許明細書の発明の詳細な説明に記載した範囲を超えて特許を請求することになっている旨、主張しているが、本件特許明細書の発明の詳細な説明の段落【0030】には、「したがって、開閉バルブ20を開弁すると、洗浄室2内に充満している蒸気は、凝縮室21に移動して凝縮する。これにより、洗浄室2が減圧されることから、ワークWに付着している石油系溶剤および洗浄室2内の石油系溶剤が、全て気化して、凝縮室21に移動する。その結果、従来に比べて極めて短時間で、洗浄室2(ワークW)を乾燥させることが可能となる。」と記載されており、蒸気が凝縮室21で凝縮する速度が、ワークを乾燥させる時間に影響を与えることが示唆されているところ、当業者であれば、この凝縮する速度が凝縮室内の表面積、材質等に応じた「凝縮室の熱吸収量」の影響を受けることを、当然に理解することができる。
すると、当業者が、本件特許発明の実施にあたり、ワークの乾燥時間を、所望の程度まで、短縮化しようとする際、溶剤の種類、凝縮室内の温度や圧力等の種々の条件に加え、凝縮室の熱吸収量を最適化することも考慮し得るものであるから、本件特許発明に「凝縮室の熱吸収量」に関する具体的な数値やその程度について、特定がないとしても、発明の課題を解決するための手段が反映されていないとはいえない。

エ 「ワークを乾燥させる」(構成要件G、O)の語義について
請求人は、本件特許発明の発明特定事項である「ワークを乾燥させる」の語義に関する記載が、本件特許明細書の発明の詳細な説明にない旨、主張しているが、本件特許発明は、前記4(1)イ(イ)及び前記4(5)イ(イ)に示したように、発明の詳細な説明の記載を考慮すると、前記凝縮により乾燥させる技術思想に基づくものといえ、この前記凝縮により乾燥させる技術思想を把握できる以上、本件特許発明の「ワークを乾燥させる」の技術的意義は明らかである。

オ 「凝縮による減圧」の乾燥速度について
請求人は、本件特許発明の課題は、「真空ポンプ吸引による減圧と比較して、ワークの乾燥に要する時間を短縮すること」であるが、本件特許明細書には、「凝縮による減圧」が、「真空ポンプ吸引による減圧」よりも乾燥速度が速くなる理由(作用)が何も記載されていない旨、主張しているが、発明の詳細な説明の段落【0032】〜【0038】、及び図3〜図6によれば、本件特許発明の実施形態による乾燥は、真空ポンプによる乾燥と比較して、ワークの乾燥に要する時間を短縮できることが明らかであるから、その理由が記載されていないことをもって、本件特許発明がサポート要件違反であるとはいえない。

したがって、請求人の主張はいずれも採用できない。

(7)まとめ
したがって、本件特許発明1〜5は、発明の詳細な説明に記載したものであり、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たすものであるから、無効理由5は理由がない。

第6 むすび
以上のとおりであるから、請求人の主張及び証拠方法によっては、本件特許発明1〜5の特許を無効とすることはできない。
審判に関する費用については、特許法第169条第2項において準用する民事訴訟法第61条の規定により、請求人が負担すべきものとする。
よって、結論のとおり審決する。
 
別掲 (行政事件訴訟法第46条に基づく教示) この審決に対する訴えは、この審決の謄本の送達があった日から30日以内に、この審決に係る相手方当事者を被告として、提起することができます。
 
審理終結日 2019-11-15 
結審通知日 2019-11-20 
審決日 2019-12-04 
出願番号 P2016-146784
審決分類 P 1 113・ 537- Y (B08B)
P 1 113・ 536- Y (B08B)
P 1 113・ 121- Y (B08B)
P 1 113・ 113- Y (B08B)
最終処分 02   不成立
特許庁審判長 藤井 昇
特許庁審判官 長馬 望
柿崎 拓
登録日 2016-11-18 
登録番号 6043888
発明の名称 真空洗浄装置および真空洗浄方法  
代理人 加治 梓子  
代理人 進藤 素子  
代理人 牧野 知彦  
代理人 東口 倫昭  
代理人 工藤 雪  
代理人 加治 梓子  
代理人 牧野 知彦  

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