• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  C23C
審判 全部申し立て 2項進歩性  C23C
審判 全部申し立て 発明同一  C23C
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C23C
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  C23C
管理番号 1382358
総通号数
発行国 JP 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2022-03-25 
種別 異議の決定 
異議申立日 2021-01-06 
確定日 2021-10-28 
異議申立件数
訂正明細書 true 
事件の表示 特許第6722004号発明「溶射用材料、溶射皮膜および溶射皮膜付部材」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6722004号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1〜5〕、〔6〜9〕について訂正することを認める。 特許第6722004号の請求項1、4〜9に係る特許を維持する。 特許第6722004号の請求項2〜3に係る特許についての特許異議の申立てを却下する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6722004号(請求項の数9。以下、「本件特許」という。)の請求項1〜9に係る特許についての出願(特願2016−43939号。以下、「本願」という。)は、平成28年3月7日(優先権主張 平成27年5月8日)の出願であって、令和2年6月23日にその特許権の設定の登録がされ、同年7月15日に特許掲載公報が発行された。
その後、令和3年1月6日に、特許異議申立人 本間裕美(以下、「申立人1」という。)により、すべての請求項に係る特許に対して特許異議の申立てがされ、同年1月14日に、特許異議申立人 青山敬子(以下、「申立人2」という。)により、すべての請求項に係る特許に対して特許異議の申立てがされ、同年5月17日付けで取消理由が通知され、同年7月19日に特許権者により意見書の提出及び訂正請求(以下、「本件訂正請求」という。)がなされ、同年8月23日に申立人2により意見書の提出がされ、同年8月30日に申立人1により意見書の提出がされたものである。

第2 訂正請求について
1 訂正請求の趣旨、及び、訂正の内容
(1)訂正請求の趣旨
本件訂正請求による訂正(以下、「本件訂正」という。)は、特許第6722004号の特許請求の範囲を、令和3年7月19日付けの訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1〜9について訂正することを求めるものであり、その訂正の内容は以下のとおりである。

(2)訂正の内容
ア 訂正事項1
請求項1において、
本件訂正前の「前記希土類元素の酸化物を実質的に含まない、溶射用材料。」を、
本件訂正後の「前記希土類元素の酸化物を実質的に含まず、
さらに、前記希土類元素のフッ化物が、全体の23質量%以下の割合で含まれている、溶射用材料。」に訂正する(下線は訂正箇所を示す。以下同じ。)。
請求項1の記載を直接又は間接的に引用する請求項4〜5も同様に訂正する。

イ 訂正事項2
請求項2を削除する。

ウ 訂正事項3
請求項3を削除する。

エ 訂正事項4
請求項4において、
本件訂正前の「請求項1〜3のいずれか1項に記載の溶射用材料。」を、
本件訂正後の「請求項1に記載の溶射用材料。」に訂正する。

オ 訂正事項5
請求項5において、
本件訂正前の「請求項1〜4のいずれか1項に記載の溶射用材料を」を、
本件訂正後の「請求項1または4記載の溶射用材料。」に訂正する。

カ 訂正事項6
請求項6において、
本件訂正前の「前記希土類元素オキシハロゲン化物として、
前記希土類元素に対する前記ハロゲン元素のモル比(X/RE)は、1.1以上である希土類元素オキシハロゲン化物を含む、溶射皮膜。」を、
本件訂正後の「前記希土類元素オキシハロゲン化物全体として、
前記希土類元素に対する前記ハロゲン元素のモル比(X/RE)が1.1以上1.39以下である希土類元素オキシハロゲン化物を含む、溶射皮膜。」に訂正する。
請求項6の記載を直接又は間接的に引用する請求項7〜9も同様に訂正する。

2 訂正の適否について
(1)訂正目的・新規事項の有無・特許請求の範囲の拡張又は変更について
ア 訂正事項1について
訂正事項1は、請求項1について、「さらに、前記希土類元素のフッ化物が、全体の23質量%以下の割合で含まれている」ことを特定するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
そして、上記訂正事項1は、本件訂正前の請求項2及び本件特許の願書に添付した明細書(以下、「本件明細書」という。)の【0009】、【0032】の記載を根拠とするものであるから、本件特許の願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものであり、かつ、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

イ 訂正事項2〜5について
訂正事項2は請求項2の記載を削除するものであり、訂正事項3は請求項3の記載を削除するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内のものであることは明らかであって、かつ、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。また、訂正事項4〜5はいずれも、他項を引用する請求項4〜5において、削除された請求項2、3の引用を削除するものであるから、明瞭でない記載の釈明を目的とするものであり、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内のものであることは明らかであって、かつ、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

ウ 訂正事項6について
(ア)訂正事項6は、請求項6において、「前記希土類元素オキシハロゲン化物として、
前記希土類元素に対する前記ハロゲン元素のモル比(X/RE)は、1.1以上である希土類元素オキシハロゲン化物を含む、溶射皮膜。」と記載されているのを、「前記希土類元素オキシハロゲン化物全体として、
前記希土類元素に対する前記ハロゲン元素のモル比(X/RE)が1.1以上1.39以下である希土類元素オキシハロゲン化物を含む、溶射皮膜。」に訂正するものである。
したがって、訂正事項6は、請求項6に係る発明における溶射皮膜に含まれる希土類元素に対する前記ハロゲン元素のモル比(X/RE)が、希土類元素オキシハロゲン化物全体としての値であることを明らかにするものであるから、明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。
また、訂正事項6は、請求項6に係る発明における溶射皮膜に含まれる希土類元素に対する前記ハロゲン元素のモル比(X/RE)に対し上限値を追加するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものでもある。
そして、上記訂正事項6は、本件明細書の【0022】、【0026】、【0035】の記載の事項を根拠にするものであるから、本件特許の願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものであり、かつ、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

(イ)申立人2は、令和3年8月23日付け意見書において、(a)段落【0035】には、溶射皮膜中に複数の組成の希土類オキシハロゲン化物が含まれる場合についての記載はないから、訂正事項6は、特許法第120条の5第9項において準用する同法第126条第5項の規定に適合しない旨、及び、(b)例えば、60モル%(約58質量%)のYOFと、40モル%(約42質量%)のY5O4F7からなる希土類元素オキシハロゲン化物は、訂正前の規定の範囲には包含されないが、訂正後の規定の範囲に含まれているから、訂正事項6は、特許法第120条の5第9項において準用する同法第126条第6項の規定に適合しない旨主張する(上記意見書3〜5頁)。
しかしながら、段落【0035】には、「かかる希土類元素オキシハロゲン化物については、上記の溶射用材料におけるのと同様であるため詳細な説明は省略する。」と記載されているから、溶射用材料中に複数の組成の希土類オキシハロゲン化物が含まれる場合について記載された【0026】を参照して、溶射皮膜に複数の組成の希土類オキシハロゲン化物が含まれる場合についても記載されているといえるから、上記申立人2の主張(a)は採用できない。
また、申立人2が提示する例は、訂正前の希土類元素オキシハロゲン化物のモル比(X/RE)が1と1.16のどちらかと判断するのか不明であったが、訂正によって1.16であることが明らかになったものであり、訂正前の規定の範囲に包含されないものとはいえないから、上記申立人2の主張(b)は採用できない。

(2)一群の請求項について
ア 本件訂正前の請求項1〜5について、請求項2〜5はそれぞれ、請求項1を直接又は間接的に引用しており、請求項1に連動して訂正されるから、本件訂正前の請求項1〜5は一群の請求項である。

イ 本件訂正前の請求項6〜9について、請求項7〜9はそれぞれ、請求項6を直接又は間接的に引用しており、請求項6に連動して訂正されるから、本件訂正前の請求項6〜9は一群の請求項である。

ウ 上記ア、イのとおり、本件訂正請求は、上記一群の請求項〔1〜5〕、〔6〜9〕についてされたものであるから、特許法第120条の5第4項の規定に適合する。
そして、本件訂正は、請求項間の引用関係の解消を目的とするものではなく、特定の請求項に係る訂正事項について別の訂正単位とする求めもないから、訂正後の請求項〔1〜5〕、〔6〜9〕を訂正単位として訂正の請求をするものである。

(3)独立特許要件について
本件特許に対しては、訂正前のすべての請求項1〜9について特許異議の申立てがされているので、特許法第120条の5第9項において読み替えて準用する第126条第7項に規定される要件は課されない。

3 訂正請求についてのまとめ
以上のとおり、令和3年7月19日に特許権者が行った本件訂正請求による本件訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号又は第3号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第9項において準用する同法第126条第5項、第6項の規定に適合するので、訂正後の請求項〔1〜5〕、〔6〜9〕について訂正することを認める。

第3 本件発明
上記第2のとおり、本件訂正は適法なものであるから、本件特許の請求項1〜9に係る発明(以下、それぞれ「本件発明1」〜「本件発明9」といい、これらをまとめて「本件発明」という。)は、訂正特許請求の範囲に記載された事項により特定される、次のとおりのものである。

「【請求項1】
構成元素として希土類元素(RE)、酸素(O)およびハロゲン元素(X)を含む希土類元素オキシハロゲン化物(RE−O−X)が、全体の77質量%以上の割合で含まれ、
前記希土類元素オキシハロゲン化物において、
前記希土類元素に対する前記ハロゲン元素のモル比(X/RE)は、1.1以上であり、
前記希土類元素に対する前記酸素のモル比(O/RE)は、0.9以下であり、
前記希土類元素の酸化物を実質的に含まず、
さらに、前記希土類元素のフッ化物が、全体の23質量%以下の割合で含まれている、
溶射用材料。
【請求項2】
(削除)
【請求項3】
(削除)
【請求項4】
前記希土類元素がイットリウムであり、前記ハロゲン元素がフッ素であり、前記希土類元素オキシハロゲン化物がイットリウムオキシフッ化物である、請求項1に記載の溶射用材料。
【請求項5】
請求項1または4に記載の溶射用材料を基材の表面に溶射して、溶射皮膜を形成する方法。
【請求項6】
構成元素として希土類元素(RE)、酸素(O)およびハロゲン元素(X)を含む希土類元素オキシハロゲン化物(RE−O−X)を主成分とし、
前記希土類元素のフッ化物を実質的に含まず、
前記希土類元素オキシハロゲン化物全体として、
前記希土類元素に対する前記ハロゲン元素のモル比(X/RE)が1.1以上1.39以下である希土類元素オキシハロゲン化物を含む、溶射皮膜。
【請求項7】
前記希土類元素の酸化物を実質的に含まない、請求項6に記載の溶射皮膜。
【請求項8】
前記希土類元素がイットリウムであり、前記ハロゲン元素がフッ素であり、前記希土類元素オキシハロゲン化物がイットリウムオキシフッ化物である、請求項6または7に記載の溶射皮膜。
【請求項9】
基材の表面に、請求項6〜8のいずれか1項に記載の溶射皮膜が備えられている、溶射皮膜付部材。」

第4 申立理由、及び取消理由の概要
(1)申立人1の申立理由
申立人1は、本件訂正前の請求項1〜9に係る特許は、下記(1−1)〜(1−5)の理由により取り消すべきものである旨主張し、証拠方法として下記(1−6)の甲第1〜8号証を提示した。

(1−1)申立理由1−1(拡大先願)
ア 申立理由1−1−1(取消理由Aとして一部採用)
本件特許の請求項1ないし9に係る発明は、本願の出願日前の特許出願であって、その出願後に特許掲載公報の発行又は出願公開がされた甲第1号証に係る特許出願の願書に最初に添付された明細書、特許請求の範囲又は図面に記載された発明と同一であり、しかも、本願の発明者が上記特許出願に係る上記の発明をした者と同一ではなく、また、本願の出願時において、本願の出願人が上記特許出願の出願人と同一でもないので、特許法第29条の2の規定に違反して特許されたものであるから、その発明についての特許は、特許法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。

イ 申立理由1−1−2
本件特許の請求項1ないし9に係る発明は、本願の出願日前の特許出願であって、その出願後に特許掲載公報の発行又は出願公開がされた甲第2号証に係る特許出願の願書に最初に添付された明細書、特許請求の範囲又は図面に記載された発明と同一であり、しかも、本願の発明者が上記特許出願に係る上記の発明をした者と同一ではなく、また、本願の出願時において、本願の出願人が上記特許出願の出願人と同一でもないので、特許法第29条の2の規定に違反して特許されたものであるから、その発明についての特許は、特許法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。

(1−2)申立理由1−2(進歩性
ア 申立理由1−2−1
本件特許の請求項1ないし9に係る発明は、甲第3号証に記載された発明および甲第5号証に記載された事項に基いて、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、その発明についての特許は、特許法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。

イ 申立理由1−2−2
本件特許の請求項1ないし9に係る発明は、甲第4号証に記載された発明および甲第5号証に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、その発明についての特許は、特許法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。

(1−3)申立理由1−3(サポート要件)
本件特許の請求項1ないし9に係る発明は発明の詳細な説明に記載されたものとはいえず、その発明についての特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、特許法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。

(1−4)申立理由1−4(実施可能要件
本件特許の請求項1ないし9に係る発明について、発明の詳細な説明の記載は、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものとはいえず、その発明についての特許は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、特許法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。

(1−5)申立理由1−5(明確性
本件特許の請求項1ないし9に係る発明について、特許請求の範囲の記載は特許を受けようとする発明が明確であるとはいえず、その発明についての特許は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、特許法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。

(1−6)証拠方法
甲第1号証:特開2016−156046号公報(以下、「甲1」という。)
甲第2号証:特開2016−89241号公報(以下、「甲2」という。)
甲第3号証:国際公開第2014/002580号(以下、「甲3」という。)
甲第4号証:国際公開第2014/112171号(以下、「甲4」という。)
甲第5号証:特開2000−239067号公報(以下、「甲5」という。)
甲第6号証:「溶射技術に関する二三の研究」、蓮井淳、フジコー技報−tsukuru「創る」、No.8、p.10−18、2000年10月1日
甲第7号証:「最近の溶射技術」、蓮井淳、溶接学会誌、第58巻、第2号、p.106−114、1989年3月5日発行、URL:https://www.jstage.jst.go.jp/browse/jjws/58/2/_contents/-char/ja及びhttps://www.jstage.jst.go.jp/article/qjjws1943/58/2/58_2_106/_pdf/-char/ja
甲第8号証:特開2017−61737号公報

(2)申立人2の申立理由
申立人2は、本件訂正前の請求項1〜9に係る特許は、下記(2−1)〜(2−6)の理由により取り消すべきものである旨主張し、証拠方法として下記(2−7)の甲第1〜4号証を提示した。

(2−1)申立理由2−1(新規性
本件特許の請求項1、3ないし9に係る発明は、甲第1号証に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号の規定により特許を受けることができないものであるから、その発明についての特許は、特許法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。

(2−2)申立理由2−2(進歩性
本件特許の請求項1ないし9に係る発明は、甲第1号証に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、その発明についての特許は、特許法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。

(2−3)申立理由2−3(拡大先願)
ア 申立理由2−3−1(取消理由Aとして一部採用)
本件特許の請求項1、3ないし9に係る発明は、本願の出願日前の特許出願であって、その出願後に特許掲載公報の発行又は出願公開がされた甲第2号証に係る特許出願の願書に最初に添付された明細書、特許請求の範囲又は図面に記載された発明と同一であり、しかも、本願の発明者が上記特許出願に係る上記の発明をした者と同一ではなく、また、本願の出願時において、本願の出願人が上記特許出願の出願人と同一でもないので、特許法第29条の2の規定に違反して特許されたものであるから、その発明についての特許は、特許法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。

イ 申立理由2−3−2
本件特許の請求項1、3ないし9に係る発明は、本願の出願日前の特許出願であって、その出願後に国際公開がされた甲第3号証に係る日本語特許出願の優先基礎出願である、特願2015−24627号(平成27年2月10日出願)の願書に最初に添付された明細書、請求の範囲又は図面に記載された発明と同一であり、しかも、本願の発明者が上記特許出願に係る上記の発明をした者と同一ではなく、また本願の出願時において、本願の出願人が上記特許出願の出願人と同一でもないので、特許法第29条の2の規定に違反して特許されたものであるから、その発明についての特許は、特許法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。

(2−4)申立理由2−4(実施可能要件
本件特許の請求項1ないし9に係る発明について、発明の詳細な説明の記載は、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものとはいえず、その発明についての特許は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、特許法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。

(2−5)申立理由2−5(サポート要件)
本件特許の請求項1ないし9に係る発明は発明の詳細な説明に記載されたものとはいえず、その発明についての特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、特許法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。

(2−6)申立理由2−6(明確性)(取消理由Bとして採用)
本件特許の請求項6ないし9に係る発明について、特許請求の範囲の記載は特許を受けようとする発明が明確であるとはいえず、その発明についての特許は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、特許法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。

(2−7)証拠方法
甲第1号証:国際公開第2014/002580号(上記(1−6)より「甲3」である。)
甲第2号証:特開2016−156046号公報(上記(1−6)より「甲1」である。)
甲第3号証:国際公開第2016/129457号(以下、「甲6」という。)
甲第4号証:特開2014−40634号公報


(3)取消理由の概要
当審は、上記(1)、(2)の申立理由のうち、申立理由1−1−1及び同2−3−1(拡大先願)、同2−6(明確性)を採用し、各々、取消理由A及び同Bとして通知した。

第5 当審の判断
当審は、本件訂正請求を認めることにより、当審による取消理由はいずれも解消し、また、申立人1、申立人2による申立理由のいずれによっても、本件特許を取り消すことはできないと判断する。

1 申立理由1−1−1、2−3−1(拡大先願)(取消理由Aとして一部採用)
(1)甲1に記載された発明
甲1は「溶射用粉末」(発明の名称)に関するものであって、その記載(【0015】、【0030】、【0033】、【0034】、【0041】、【0042】、【0047】、【0054】、【0059】【表1】)、特に段落【0033】、【0034】、【0042】の記載及び段落【0059】のNo.2に着目すると、甲1には、次の発明が記載されているといえる。

「Y5O4F7の材料組成を有する溶射用粉末。」(以下「甲1材料発明」という。)

「甲1材料発明に係る溶射用粉末を溶射して、基材に溶射皮膜を形成する方法。」(以下「甲1方法発明」という。)

「甲1材料発明の溶射用粉末を溶射して得られた溶射皮膜。」(以下「甲1皮膜発明」という。)

「基材の表面に、甲1皮膜発明に係る溶射皮膜が備えられた溶射皮膜付部材。」(以下「甲1部材発明」という。)

(2)本件発明1との対比
本件発明1(上記第3)と甲1材料発明(上記(1))とを対比すると、後者の「Y5O4F7」及び「溶射用粉末」は、各々、前者の「希土類元素オキシハロゲン化物(RE−O−X)」及び「溶射用材料」に相当する。
そして、後者の「溶射用粉末」は、「Y5O4F7」のみからなるものと認められるから、前者の「希土類元素オキシハロゲン化物(RE−O−X)が、全体の77質量%以上の割合で含まれ」、「希土類元素の酸化物を実質的に含ま」ない「溶射用材料」に相当する。
さらに、後者の「Y5O4F7」は、希土類元素に対するハロゲン元素のモル比が「1.4」であり、前者の「前記希土類元素に対する前記ハロゲン元素のモル比(X/RE)は1.1以上であ」ることに相当し、後者の「Y5O4F7」は、希土類元素に対する酸素のモル比が「0.8」であり、前者の「前記希土類元素に対する前記酸素のモル比(O/RE)は0.9以下であ」ることに相当する。
そうすると、両者は、
「構成元素として希土類元素(RE)、酸素(O)およびハロゲン元素(X)を含む希土類元素オキシハロゲン化物(RE−O−X)が、全体の77質量%以上の割合で含まれ、
前記希土類元素オキシハロゲン化物において、
前記希土類元素に対する前記ハロゲン元素のモル比(X/RE)は、1.1以上であり、
前記希土類元素に対する前記酸素のモル比(O/RE)は、0.9以下であり、
前記希土類元素の酸化物を実質的に含ま」ない「溶射用材料。」である点において一致するものの、本件発明1は、「さらに、前記希土類元素のフッ化物が、全体の23質量%以下の割合で含まれている」のに対し、甲1材料発明は、「希土類元素のフッ化物」が含まれるものではない点で相違する。そして、この点は、甲1には記載されておらず、また、出願時の技術常識を考慮しても、甲1が当然に備えている事項でもなく、課題解決のための具体化手段における微差とはいえないので、実質的な相違点である。
よって、本件発明1は、甲1材料発明と同一であるとはいえない。

(3)本件発明4との対比
本件発明4は、本件発明1をさらに技術的に特定したものであるから、甲1材料発明と対比すると、少なくとも、上記(2)で検討した相違点を有する。
そして、上記(2)で検討したのと同様の理由により、本件発明4は、甲1材料発明と同一であるとはいえない。

(4)本件発明5との対比
本件発明5は、本件発明1、4に係る溶射用材料を基材の表面に適用して、溶射皮膜を形成する方法であるから、甲1方法発明(甲1材料発明に係る溶射用粉末を溶射して、基材に溶射皮膜を形成する方法)と対比すると、少なくとも、上記(2)で検討した相違点と同様の点で相違する。
そして、上記(2)で検討したのと同様の理由により、本件発明5は、甲1方法発明と同一であるとはいえない。

(5)本件発明6との対比
本件発明6(上記第3)と甲1皮膜発明(上記(1))とを対比する。
甲1皮膜発明は、「甲1材料発明の溶射用粉末を溶射して得られた溶射皮膜。」であり、当該溶射用粉末は「Y5O4F7」の材料組成を有するものである。
ここで、甲1の【0061】には、「これらの溶射皮膜は、比較的低温のAP溶射により溶射用粉末からの組成ずれを起こすことなく形成され得る」と記載されていることから、甲1皮膜発明は、溶射用粉末である「Y5O4F7」からの組成ずれを起こすことなく形成された、「Y5O4F7」からなる溶射皮膜と認められる。
したがって、後者の「溶射皮膜」は、構成元素として希土類元素(RE)、酸素(O)およびハロゲン元素(X)を含む希土類元素オキシハロゲン化物(RE−O−X)を主成分とし、
前記希土類元素のフッ化物を実質的に含ま」ないものと認められる。
そうすると、両者は、
「構成元素として希土類元素(RE)、酸素(O)およびハロゲン元素(X)を含む希土類元素オキシハロゲン化物(RE−O−X)を主成分とし、
前記希土類元素のフッ化物を実質的に含まず、」「希土類元素オキシハロゲン化物を含む、溶射皮膜。」である点において一致するものの、本件発明6は「前記希土類元素オキシハロゲン化物全体として、前記希土類元素に対する前記ハロゲン元素のモル比(X/RE)が1.1以上1.39以下である希土類元素オキシハロゲン化物を含む」のに対し、甲1皮膜発明の「Y5O4F7」は、希土類元素に対するハロゲン元素のモル比が「1.4」であり、本件発明6の「前記希土類元素に対する前記ハロゲン元素のモル比(X/RE)が1.1以上1.39以下である希土類元素オキシハロゲン化物」に包含されない点で相違する。そして、この点は、甲1には記載されておらず、また、出願時の技術常識を考慮しても、甲1が当然に備えている事項でもなく、課題解決のための具体化手段における微差とはいえないので、実質的な相違点である。
よって、本件発明6は、甲1皮膜発明と同一であるとはいえない。

(6)本件発明7〜8との対比
本件発明7〜8は、本件発明6をさらに技術的に特定したものであるから、甲1皮膜発明と対比すると、少なくとも、上記(5)で検討した相違点を有する。
そして、上記(5)で検討したのと同様の理由により、本件発明7〜8は、甲1皮膜発明と同一であるとはいえない。

(7)本件発明9との対比
本件発明9は、本件発明6〜8に係る溶射皮膜が備えられている、溶射皮膜付部材であるから、甲1部材発明(基材の表面に、甲1皮膜発明に係る溶射皮膜が備えられた溶射皮膜付部材)と対比すると、少なくとも、上記(5)で検討した相違点と同様の点で相違する。
そして、上記(5)で検討したのと同様の理由により、本件発明9は、甲1部材発明と同一であるとはいえない。

(8)申立理由1−1−1、2−3−1(拡大先願)についてのまとめ
以上のとおり、本件特許の請求項1、4〜9に係る発明は、甲1に係る特許出願の願書に最初に添付された明細書、特許請求の範囲又は図面に記載された発明と同一であるとはいえないから、同発明についての特許は特許法第29条の2の規定に違反してされたものではない。

2 申立理由1−1−2(拡大先願)
(1)甲2に記載された発明
甲2は「皮膜付き基材、その製造方法、その皮膜付き基材を含む半導体製造装置部材」(発明の名称)に関するものであって、その記載(請求項1、4、【0012】、【0025】、【0027】、【0064】、【0065】、【0070】、【0078】)、特に段落【0070】、【0078】に着目すると、甲2には、次の発明が記載されているといえる。

「組成(原子数%)がY:22atm%、F:53atm%、O:9atm%、C:15atm%のYOF粒子であり、イットリウムのオキシフッ化物とフッ化物(YF)との混合物であると考えられるフレーム溶射の原料粉末。」(以下「甲2材料発明」という。)

「甲2材料発明に係る原料粉末をフレーム溶射し、基板へ皮膜を形成する方法。」(以下「甲2方法発明」という。)

「甲2材料発明の原料粉末をフレーム溶射して得られた皮膜であって、Y2O3(立方晶および単斜晶)、YF3、YOFの各々の存在を示すピークが確認された皮膜。」(以下「甲2皮膜発明」という。)

「基板の表面に、甲2皮膜発明に係る皮膜が備えられた皮膜付き基板。」(以下「甲2基板発明」という。)

(2)本件発明1との対比
本件発明1(上記第3)と甲2材料発明(上記(1))とを対比すると、後者の「イットリウムのオキシフッ化物」及び「フレーム溶射の原料粉末」は、各々、前者の「希土類元素オキシハロゲン化物(RE−O−X)」及び「溶射用材料」に相当する。
そうすると、両者は、「溶射用材料。」である点において一致するものの、本件発明1の「溶射用材料」には、「前記希土類元素に対する前記ハロゲン元素のモル比(X/RE)は、1.1以上であり」、「前記希土類元素に対する前記酸素のモル比(O/RE)は、0.9以下であ」る「希土類元素オキシハロゲン化物」が「全体の77質量%以上の割合で含まれ」、「前記希土類元素のフッ化物が、全体の23質量%以下の割合で含まれている」のに対し、甲2材料発明の「フレーム溶射の原料粉末」は、「イットリウムのオキシフッ化物」のイットリウムに対するフッ素のモル比やイットリウムに対する酸素のモル比は不明であり、全体に対する「イットリウムのオキシフッ化物」及び「イットリウム」「フッ化物」の割合は特定されていない点で相違する。そして、この点は、甲2には記載されておらず、また、出願時の技術常識を考慮しても、甲2が当然に備えている事項でもなく、課題解決のための具体化手段における微差とはいえないので、実質的な相違点である。
よって、本件発明1は、甲2材料発明と同一であるとはいえない。

(3)本件発明4との対比
本件発明4は、本件発明1をさらに技術的に特定したものであるから、甲2材料発明と対比すると、少なくとも、上記(2)で検討した相違点を有する。
そして、上記(2)で検討したのと同様の理由により、本件発明4は、甲2材料発明と同一であるとはいえない。

(4)本件発明5との対比
本件発明5は、本件発明1、4に係る溶射用材料を基材の表面に適用して、溶射皮膜を形成する方法であるから、甲2方法発明(甲2材料発明に係る原料粉末をフレーム溶射し、基板へ皮膜を形成する方法)と対比すると、少なくとも、上記(2)で検討した相違点と同様の点で相違する。
そして、上記(2)で検討したのと同様の理由により、本件発明5は、甲2方法発明と同一であるとはいえない。

(5)本件発明6との対比
本件発明6(上記第3)と甲2皮膜発明(上記(1))とを対比する。
甲2皮膜発明は、「甲2材料発明の原料粉末をフレーム溶射して得られた皮膜」であるから、後者の「皮膜」は前者の「溶射皮膜」に相当する。
そうすると、両者は、「溶射皮膜。」である点において一致するものの、本件発明6の「溶射皮膜」は、「希土類元素オキシハロゲン化物(RE−O−X)を主成分とし、」「希土類元素のフッ化物を実質的に含まず、前記希土類元素オキシハロゲン化物全体として、前記希土類元素に対する前記ハロゲン元素のモル比(X/RE)が1.1以上1.39以下である希土類元素オキシハロゲン化物を含む」のに対し、甲2皮膜発明にはそのようなことが特定されていない点で相違する。そして、この点は、甲2には記載されておらず、また、出願時の技術常識を考慮しても、甲2が当然に備えている事項でもなく、課題解決のための具体化手段における微差とはいえないので、実質的な相違点である。
よって、本件発明6は、甲2皮膜発明と同一であるとはいえない。

(6)本件発明7〜8との対比
本件発明7〜8は、本件発明6をさらに技術的に特定したものであるから、甲2皮膜発明と対比すると、少なくとも、上記(5)で検討した相違点を有する。
そして、上記(5)で検討したのと同様の理由により、本件発明7〜8は、甲2皮膜発明と同一であるとはいえない。

(7)本件発明9との対比
本件発明9は、本件発明6〜8に係る溶射皮膜が備えられている、溶射皮膜付部材であるから、甲2基板発明(基板の表面に、甲2皮膜発明に係る皮膜が備えられた皮膜付き基板)と対比すると、甲2基板発明の「基板」は本件発明9の「部材」に相当するが、少なくとも、上記(5)で検討した相違点と同様の点で相違する。
そして、上記(5)で検討したのと同様の理由により、本件発明9は、甲2基板発明と同一であるとはいえない。

(8)申立理由1−1−2(拡大先願)についてのまとめ
以上のとおり、本件特許の請求項1、4〜9に係る発明は、甲2に係る特許出願の願書に最初に添付された明細書、特許請求の範囲又は図面に記載された発明と同一であるとはいえないから、同発明についての特許は特許法第29条の2の規定に違反してされたものではない。

3 申立理由2−1(新規性)、1−2−1及び2−2(進歩性
(1)甲3に記載された発明
甲3は「溶射材料及びその製造方法」(発明の名称)に関するものであって、その記載(段落[0012]、[0018]、[0044]、[0050]、[0058]、[0060]、[0063]表3、請求項1)、特に請求項1、段落[0060]、[0063]表3の実施例9の記載によると、次の各発明が記載されているといえる。

「イットリウムのオキシフッ化物(YOF)を含む顆粒からなり、上記顆粒のYF3、YOF及びY2O3の各メインピークについてのX線回折ピーク相対強度が、YF3:YOF:Y2O3で32:100:0である溶射材料。」(以下「甲3発明」という。)

「甲3発明に係る溶射材料を用いて、基材の表面にプラズマ溶射を行う方法。」(以下「甲3方法発明」という。)

「甲3発明に係る溶射材料を、プラズマ溶射により溶射して得られた溶射膜。」(以下「甲3溶射膜発明」という。)

「甲3溶射膜発明に係る溶射膜が備えられている、部材。」(以下「甲3部材発明」という。)

(2)本件発明1との対比
ア 対比
本件発明1(上記第3)と甲3発明(上記(1))とを対比すると、後者の「溶射材料」は、前者の「溶射用材料」に相当する。
また、後者の溶射材料である顆粒の「YF3、YOF及びY2O3の各メインピークについてのX線回折ピーク相対強度が、YF3:YOF:Y2O3で32:100:0」から、後者にはY2O3が含まれないと認められるから、前者の「前記希土類元素の酸化物を実質的に含まず」に相当する。
そうすると、両者は、「構成元素として希土類元素(RE)、酸素(O)およびハロゲン元素(X)を含む希土類元素オキシハロゲン化物(RE−O−X)が、」「含まれ、」「前記希土類元素の酸化物を実質的に含まず、さらに、前記希土類元素のフッ化物が、」「含まれている、溶射用材料。」において一致し、次の相違点において相違する。

(相違点1)
溶射用材料について、本件発明1は「構成元素として希土類元素(RE)、酸素(O)およびハロゲン元素(X)を含む希土類元素オキシハロゲン化物(RE−O−X)が、全体の77質量%以上の割合で含まれ、」「前記希土類元素オキシハロゲン化物において、前記希土類元素に対する前記ハロゲン元素のモル比(X/RE)は1.1以上であり、」「前記希土類元素に対する前記酸素のモル比(O/RE)は、0.9以下であ」るのに対し、甲3発明は、上記特定がされていない点。

(相違点2)
本件発明1は「前記希土類元素のフッ化物が、全体の23質量%以下の割合で含まれている」のに対し、甲3発明は、YF3の質量割合が特定されていない点。

イ 検討
まず、上記相違点1が実質的な相違点であるか否かについて検討する。
甲3発明は、溶射用材料が、「イットリウムのオキシフッ化物(YOF)を含む顆粒からな」るものであって、希土類元素オキシハロゲン化物であるYOFのモル比(X/RE)及びモル比(O/RE)は1であり、その質量割合は記載されていないから、相違点1は実質的な相違点である。
次に、上記相違点1が容易に想到できたか否かについて検討する。
甲5は、「オキシハロゲン化物系部材」(発明の名称)に関するものであって、段落【0001】、【0013】、【0015】の記載及び【0016】表1の試料No.1〜8、13〜18によると、希土類オキシハロゲン化物からなる焼結体部材のハロゲン系プラズマのエッチング速度の結果より、YbBr1.4O0.8、YbF1.4O0.8、YF1.0O1.0、YF2.8O0.1の順にハロゲン系腐食ガス及びそのプラズマに対する耐食性が優れることが記載されている。
そして、甲3には、甲3発明におけるイットリウムのオキシフッ化物(YOF)として「モル比がY:O:F=1:1:1である化合物及び1:1:1以外の化合物の両方を挙げることができる。前記のモル比が1:1:1以外の化合物の例としては、Y5O4F7、Y7O6F9等を挙げることができる。」(段落[0012])と記載されているものの、甲3には、溶射材料中のYOFの質量割合は記載されていないから、甲5の記載を参酌しても、甲3発明の溶射用材料として、「構成元素として希土類元素(RE)、酸素(O)およびハロゲン元素(X)を含む希土類元素オキシハロゲン化物(RE−O−X)が、全体の77質量%以上の割合で含まれ、」「前記希土類元素オキシハロゲン化物において、前記希土類元素に対する前記ハロゲン元素のモル比(X/RE)は1.1以上であり、」「前記希土類元素に対する前記酸素のモル比(O/RE)は、0.9以下であ」るものに特定することの動機付けは見いだせない。

ウ 小括
よって、本件発明1は、甲3発明であるとはいえない。そして、相違点2について検討するまでもなく、本件発明1は、甲3発明及び甲5に記載の事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

(3)本件発明4との対比
本件発明4は、本件発明1をさらに技術的に特定したものであるから、甲3発明と対比すると、少なくとも、上記相違点1を有する。よって、本件発明4は、甲3発明であるとはいえない。
そして、上記(2)イで検討したのと同様の理由により、本件発明4は、甲3発明及び甲5に記載の事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

(4)本件発明5との対比
本件発明5は、本件発明1、4に係る溶射用材料を基材の表面に適用して、溶射皮膜を形成する方法であるから、甲3方法発明(甲3発明に係る溶射材料を用いて、基材の表面にプラズマ溶射を行う方法)と対比すると、少なくとも、上記相違点1と同様の点で相違する。よって、本件発明5は、甲3発明であるとはいえない。
そして、上記(2)イで検討したのと同様の理由により、本件発明5は、甲3方法発明及び甲5に記載の事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

(5)本件発明6との対比
本件発明6(上記第3)と甲3溶射膜発明(上記(1))とを対比する。
後者の「溶射膜」は前者の「溶射皮膜」に相当する。
そうすると、両者は、「溶射皮膜。」である点において一致するものの、本件発明6の「溶射皮膜」は、「希土類元素オキシハロゲン化物(RE−O−X)を主成分とし、」「希土類元素のフッ化物を実質的に含まず、前記希土類元素オキシハロゲン化物全体として、前記希土類元素に対する前記ハロゲン元素のモル比(X/RE)が1.1以上1.39以下である希土類元素オキシハロゲン化物を含む」のに対し、甲3溶射膜発明にはそのようなことが特定されていない点で相違する。
そして、この点は、甲3には記載されておらず、また、出願時の技術常識を考慮しても、甲3が当然に備えている事項でもないので、実質的な相違点であり、甲3溶射膜発明に当該相違点に係る特定を備えようとすることは、甲3溶射膜発明及び甲5等の甲号証の記載事項を参酌しても、当業者が容易に想到し得ることともいえない。
よって、本件発明6は、甲3溶射膜発明であるとはいえない。
また、本件発明6は、甲3溶射膜発明及び甲5に記載の事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

(6)本件発明7〜8との対比
本件発明7〜8は、本件発明6をさらに技術的に特定したものであるから、甲3溶射膜発明と対比すると、少なくとも、上記(5)で検討した相違点を有する。よって、本件発明7〜8は、甲3溶射膜発明であるとはいえない。
そして、上記(5)で検討したのと同様の理由により、本件発明7〜8は、甲3溶射膜発明及び甲5に記載の事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

(7)本件発明9との対比
本件発明9は、本件発明6〜8に係る溶射皮膜が備えられている、溶射皮膜付部材であるから、甲3部材発明(甲3溶射膜発明に係る溶射膜が備えられている、部材)と対比すると、少なくとも、上記(5)で検討した相違点と同様の点で相違する。よって、本件発明9は、甲3部材発明であるとはいえない。
そして、上記(5)で検討したのと同様の理由により、本件発明9は、甲3部材発明及び甲5に記載の事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

(8)申立理由2−1(新規性)、1−2−1及び2−2(進歩性)についてのまとめ
以上のとおり、本件特許の請求項1、4〜9に係る発明は、甲3に記載された発明とはいえないから、同発明に係る特許は、特許法第29条第1項第3号の規定に違反してされたものではない。また、同発明は、甲3に記載された発明及び甲5に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえないから、同発明に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものではない。

4 申立理由1−2−2(進歩性
(1)甲4に記載された発明
甲4は「溶射材料」(発明の名称)に関するものであって、その記載(段落[0011]、[0020]〜[0022]、[0024]、[0060]、[0065]、[0067]表4、請求項1)、特に請求項1、段落[0060]、[0065]、[0067]表4の実施例8、9、11の記載によると、次の各発明が記載されているといえる。

「希土類元素のオキシフッ化物を含む顆粒からなり、上記顆粒のYF3、YOF及びY2O3の各最大ピークについてのX線回折ピーク相対強度が、YF3:YOF:Y2O3で21〜45:100:0である溶射材料。」(以下「甲4発明」という。)

「甲4発明に係る溶射材料を用いて、基材の表面にプラズマ溶射を行う方法。」(以下「甲4方法発明」という。)

「甲4発明に係る溶射材料を、プラズマ溶射により溶射して得られた溶射膜。」(以下「甲4溶射膜発明」という。)

「甲4溶射膜発明に係る溶射膜が備えられている、基材。」(以下「甲4基材発明」という。)

(2)本件発明1との対比
ア 対比
本件発明1(上記第3)と甲4発明(上記(1))とを対比すると、後者の「溶射材料」は、前者の「溶射用材料」に相当する。
また、後者の溶射材料である顆粒の「YF3、YOF及びY2O3の各メインピークについてのX線回折ピーク相対強度が、YF3:YOF:Y2O3で21〜45:100:0」から、後者にはY2O3が含まれないと認められるから、前者の「前記希土類元素の酸化物を実質的に含まず」に相当する。
そうすると、両者は、「構成元素として希土類元素(RE)、酸素(O)およびハロゲン元素(X)を含む希土類元素オキシハロゲン化物(RE−O−X)が、」「含まれ、」「前記希土類元素の酸化物を実質的に含まず、さらに、前記希土類元素のフッ化物が、」「含まれている、溶射用材料。」において一致し、次の相違点において相違する。

(相違点3)
溶射用材料について、本件発明1は「構成元素として希土類元素(RE)、酸素(O)およびハロゲン元素(X)を含む希土類元素オキシハロゲン化物(RE−O−X)が、全体の77質量%以上の割合で含まれ、」「前記希土類元素オキシハロゲン化物において、前記希土類元素に対する前記ハロゲン元素のモル比(X/RE)は1.1以上であり、」「前記希土類元素に対する前記酸素のモル比(O/RE)は、0.9以下であ」るのに対し、甲4発明は、上記特定がされていない点。

(相違点4)
本件発明1は「前記希土類元素のフッ化物が、全体の23質量%以下の割合で含まれている」のに対し、甲4発明は、YF3の質量割合が特定されていない点。

イ 検討
(ア)上記相違点3について検討する。
甲5は、「オキシハロゲン化物系部材」(発明の名称)に関するものであって、段落【0001】、【0013】、【0015】の記載及び【0016】表1の試料No.1〜8、13〜18によると、希土類オキシハロゲン化物からなる焼結体部材のハロゲン系プラズマのエッチング速度の結果より、YbBr1.4O0.8、YbF1.4O0.8、YF1.0O1.0、YF2.8O0.1の順にハロゲン系腐食ガス及びそのプラズマに対する耐食性が優れることが記載されている。
そして、甲4には、甲4発明におけるイットリウムのオキシフッ化物(YOF)として、「YOFだけでなく、Y5O4F7やY7O6F9等も含」むこと(段落[0011])が記載されているものの、甲4には、溶射材料中のYOFの質量割合は記載されていないから、甲5の記載を参酌しても、甲4発明の溶射用材料として、「構成元素として希土類元素(RE)、酸素(O)およびハロゲン元素(X)を含む希土類元素オキシハロゲン化物(RE−O−X)が、全体の77質量%以上の割合で含まれ、」「前記希土類元素オキシハロゲン化物において、前記希土類元素に対する前記ハロゲン元素のモル比(X/RE)は1.1以上であり、」「前記希土類元素に対する前記酸素のモル比(O/RE)は、0.9以下であ」るものに特定することの動機付けは見いだせない。
よって、相違点4について検討するまでもなく、本件発明1は、甲4発明及び甲5に記載の事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

(イ)申立人1は、令和3年8月30日付け意見書において、本件明細書の表2のNo.2〜4の溶射用材料におけるY5O4F7とYF3の量は誤記であり、誤記を修正した表2(上記意見書5頁)に基づいて、本件明細書には、甲4発明に対して耐プラズマエロージョン性の向上効果が示された例が存在せず、本件明細書の記載を参酌しても、甲4発明に対する有利な効果を奏することを理解できる根拠が存在しないから、本件発明1、4〜5は甲4発明から進歩性を有しない旨主張する(上記意見書3〜11頁)。
しかしながら、本件明細書の表2に誤記があったとしても、正しい値は不明であるから、上記意見書5頁の修正した表2を根拠とする申立人1の主張は採用できない。

(3)本件発明4との対比
本件発明4は、本件発明1をさらに技術的に特定したものであるから、甲4発明と対比すると、少なくとも、上記相違点3を有する。よって、上記(2)イで検討したのと同様の理由により、本件発明4は、甲4発明及び甲5に記載の事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

(4)本件発明5との対比
本件発明5は、本件発明1、4に係る溶射用材料を基材の表面に適用して、溶射皮膜を形成する方法であるから、甲4方法発明(甲4発明に係る溶射材料を用いて、基材の表面にプラズマ溶射を行う方法)と対比すると、少なくとも、上記相違点3と同様の点で相違する。よって、上記(2)イで検討したのと同様の理由により、本件発明5は、甲4方法発明及び甲5に記載の事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

(5)本件発明6との対比
本件発明6(上記第3)と甲4溶射膜発明(上記(1))とを対比する。
後者の「溶射膜」は前者の「溶射皮膜」に相当する。
そうすると、両者は、「溶射皮膜。」である点において一致するものの、本件発明6の「溶射皮膜」は、「希土類元素オキシハロゲン化物(RE−O−X)を主成分とし、」「希土類元素のフッ化物を実質的に含まず、前記希土類元素オキシハロゲン化物全体として、前記希土類元素に対する前記ハロゲン元素のモル比(X/RE)が1.1以上1.39以下である希土類元素オキシハロゲン化物を含む」のに対し、甲4溶射膜発明にはそのようなことが特定されていない点で相違する。
そして、この点は、甲4発明及び甲5等の甲号証の記載事項を参酌しても、また、出願時の技術常識を考慮しても、当業者が容易に想到し得ることとはいえない。
よって、本件発明6は、甲4溶射膜発明及び甲5に記載の事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

(6)本件発明7〜8との対比
本件発明7〜8は、本件発明6をさらに技術的に特定したものであるから、甲4溶射膜発明と対比すると、少なくとも、上記(5)で検討した相違点を有する。よって、上記(5)で検討したのと同様の理由により、本件発明7〜8は、甲4溶射膜発明及び甲5に記載の事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

(7)本件発明9との対比
本件発明9は、本件発明6〜8に係る溶射皮膜が備えられている、溶射皮膜付部材であるから、甲4基材発明(甲4溶射膜発明に係る溶射膜が備えられている、基材)と対比すると、甲4基材発明の「基材」は本件発明9の「部材」に相当するが、少なくとも、上記(5)で検討した相違点と同様の点で相違する。よって、上記(5)で検討したのと同様の理由により、本件発明9は、甲4基材発明及び甲5に記載の事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

(8)申立理由1−2−2(進歩性)についてのまとめ
以上のとおり、本件特許の請求項1、4〜9に係る発明は、甲4に記載された発明及び甲5に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえないから、同発明に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものではない。

5 申立理由2−3−2(拡大先願)
(1)甲6に記載された発明
甲6は「成膜用粉末及び成膜用材料」(発明の名称)に関するものであって、甲6により出願公開されたものとみなされる特願2015−24627号の願書に最初に添付された明細書、特許請求の範囲又は図面(以下、「甲6に係る先願の当初明細書等」という。)の記載(請求項1、【0011】、【0039】、【0056】、【0062】、【0084】【表1】)、特に請求項1、段落【0056】、【0062】、【0084】【表1】の実施例7〜13、16〜34に着目すると、甲6に係る先願の当初明細書等には、次の発明が記載されているといえる。

「希土類元素のオキシフッ化物(Ln−O−F)を含有する成膜用粉末であって、上記粉末のYF3、Y−O−F及びY2O3の粉末X線回折測定法による最大ピークの相対強度が、YF3:Y−O−F:Y2O3で0:100:0である溶射用粉末。」(以下「甲6発明」という。)

「甲6発明に係る溶射用粉末をプラズマ溶射して、基材に溶射皮膜を形成する方法。」(以下「甲6方法発明」という。)

「甲6発明に係る溶射用粉末をプラズマ溶射して得られた溶射膜。」(以下「甲6溶射膜発明」という。)

「基材の表面に、甲6溶射膜発明に係る溶射膜が備えられた溶射膜付基材。」(以下「甲6基材発明」という。)

(2)本件発明1との対比
本件発明1(上記第3)と甲6発明(上記(1))とを対比すると、後者の「Y−O−F」、「Y2O3」、「YF3」及び「溶射用粉末」は、各々、前者の「希土類元素オキシハロゲン化物(RE−O−X)」、「希土類元素の酸化物」、「希土類元素のフッ化物」及び「溶射用材料」に相当する。
そして、後者の「溶射用粉末」は、「粉末のYF3、Y−O−F及びY2O3の粉末X線回折測定法による最大ピークの相対強度が、YF3:Y−O−F:Y2O3で0:100:0」であることから、「Y−O−F」のみからなるものと認められる。
そうすると、両者は、
「構成元素として希土類元素(RE)、酸素(O)およびハロゲン元素(X)を含む希土類元素オキシハロゲン化物(RE−O−X)が、」「含まれ、」「前記希土類元素の酸化物を実質的に含ま」ない「溶射用材料。」である点において一致するものの、本件発明1は「希土類元素オキシハロゲン化物(RE−O−X)が、全体の77質量%以上の割合で含まれ、
前記希土類元素オキシハロゲン化物において、
前記希土類元素に対する前記ハロゲン元素のモル比(X/RE)は、1.1以上であり、
前記希土類元素に対する前記酸素のモル比(O/RE)は、0.9以下であり」、「さらに、前記希土類元素のフッ化物が、全体の23質量%以下の割合で含まれている」のに対し、甲6発明の「溶射用粉末」が、「Y−O−F」を全体の77質量%以上の割合で含み、「YF3」を全体の23質量%以下の割合で含むことは特定されていない点、及び、前記「Y−O−F」の希土類元素に対するハロゲン元素および酸素のモル比が不明である点で相違する。そして、これらの点は、甲6には記載されておらず、また、出願時の技術常識を考慮しても、甲6が当然に備えている事項でもなく、課題解決のための具体化手段における微差とはいえないので、実質的な相違点である。
よって、本件発明1は、甲6発明と同一であるとはいえない。

(3)本件発明4との対比
本件発明4は、本件発明1をさらに技術的に特定したものであるから、甲6発明と対比すると、少なくとも、上記(2)で検討した相違点を有する。
そして、上記(2)で検討したのと同様の理由により、本件発明4は、甲6発明と同一であるとはいえない。

(4)本件発明5との対比
本件発明5は、本件発明1、4に係る溶射用材料を基材の表面に適用して、溶射皮膜を形成する方法であるから、甲6方法発明(甲6発明に係る溶射用粉末をプラズマ溶射して、基材に溶射皮膜を形成する方法)と対比すると、少なくとも、上記(2)で検討した相違点と同様の点で相違する。
そして、上記(2)で検討したのと同様の理由により、本件発明5は、甲6方法発明と同一であるとはいえない。

(5)本件発明6との対比
本件発明6(上記第3)と甲6溶射膜発明(上記(1))とを対比する。
後者の「溶射膜」は前者の「溶射皮膜」に相当する。
そうすると、両者は、「溶射皮膜。」である点において一致するものの、本件発明6の「溶射皮膜」は、「希土類元素オキシハロゲン化物(RE−O−X)を主成分とし、」「希土類元素のフッ化物を実質的に含まず、前記希土類元素オキシハロゲン化物全体として、前記希土類元素に対する前記ハロゲン元素のモル比(X/RE)が1.1以上1.39以下である希土類元素オキシハロゲン化物を含む」のに対し、甲6溶射膜発明にはそのようなことが特定されていない点で相違する。そして、この点は、甲6には記載されておらず、また、出願時の技術常識を考慮しても、甲6が当然に備えている事項でもなく、課題解決のための具体化手段における微差とはいえないので、実質的な相違点である。
よって、本件発明6は、甲6溶射膜発明と同一であるとはいえない。

(6)本件発明7〜8との対比
本件発明7〜8は、本件発明6をさらに技術的に特定したものであるから、甲6溶射膜発明と対比すると、少なくとも、上記(5)で検討した相違点を有する。
そして、上記(5)で検討したのと同様の理由により、本件発明7〜8は、甲6溶射膜発明と同一であるとはいえない。

(7)本件発明9との対比
本件発明9は、本件発明6〜8に係る溶射皮膜が備えられている、溶射皮膜付部材であるから、甲6基材発明(基材の表面に、甲6溶射膜発明に係る溶射膜が備えられた溶射膜付基材)と対比すると、甲6基材発明の「基材」は本件発明9の「部材」に相当するが、少なくとも、上記(5)で検討した相違点と同様の点で相違する。
そして、上記(5)で検討したのと同様の理由により、本件発明9は、甲6基材発明と同一であるとはいえない。

(8)申立理由2−3−2(拡大先願)についてのまとめ
以上のとおり、本件特許の請求項1、4〜9に係る発明は、甲6に係る特許出願の願書に最初に添付された明細書、特許請求の範囲又は図面に記載された発明と同一であるとはいえないから、同発明についての特許は特許法第29条の2の規定に違反してされたものではない。

6 申立理由1−3及び2−5(サポート要件)
(1)発明の詳細な説明の記載
ア 本件明細書の発明の詳細な説明に記載された、発明が解決しようとする課題の一つ(以下、単に「課題」という。)は、「耐プラズマエロージョン性がさらに向上された溶射皮膜を形成し得る溶射用材料を提供すること」である(段落【0006】)。

イ そして、溶射皮膜に関する実施形態2(段落【0051】〜【0073】、表2)として、上記No.5〜11の溶射用材料をプラズマ溶射法により溶射することで、溶射皮膜付部材を作製したところ、溶射皮膜のXRD検出相が、YOF及びY2O3であるNo.5〜8、同じくYOF及びY7O6F9であるNo.9、同じくYOF及びY6O5F8であるNo.10、同じくYOF及びY5O4F7であるNo.11のうち、No.5〜8の溶射皮膜は、Y2O3量の減少と共にパーティクル数[1]が低減したこと、No.9〜11の溶射皮膜は、実質的にイットリウムオキシフッ化物のみからなり、パーティクル発生数が極めて少量に抑えられること、耐プラズマエロージョン性に優れた溶射皮膜を形成するには、イットリウムオキシフッ化物を77質量%以上の割合で含み、Y2O3が実質的に含まれない溶射用材料を用いて溶射すればよいこと、溶射用材料中にYF3が含まれていてもよいが、溶射皮膜中にYF3が残存しないようにするには、溶射用材料におけるYF3の割合を23質量%以下程度にするのがよいこと、実質的にイットリウムオキシフッ化物のみからなる溶射用材料を用いて溶射することで、耐プラズマエロージョン性に特に優れた溶射皮膜を形成できることが確認されたと説明されている(段落【0068】、【0069】、【0071】〜【0073】)。

(2)検討
ア 以上によれば,発明の詳細な説明には、溶射用材料としてモル比(X/RE)が1.1以上であり、モル比(O/RE)が0.9以下である希土類元素オキシハロゲン化物を用いることに加え、希土類元素オキシハロゲン化物を全体の77質量%以上の割合で含み、希土類元素ハロゲン化物を全体の23質量%以下の割合で含むことや、当該溶射材料から、モル比(X/RE)が1.29又は1.33である希土類元素オキシハロゲン化物と、モル比(X/RE)が1である希土類元素オキシハロゲン化物を含む溶射被膜を作製することができること、及び、作製した溶射皮膜はパーティクル発生数が低減し、耐プラズマエロージョン性に優れることが開示されているといえる。
よって、請求項1、4〜10に係る発明は、発明の詳細な説明において発明の課題が解決できることを認識できるように記載された範囲を超えて特許請求しようとするものではない。

イ 申立人の主張について
(ア)申立人2は、令和3年8月23日付け意見書において、請求項1に係る発明は、溶射用材料が、X/REが1.1以上であり、O/REが0.9以下である希土類元素オキシハロゲン化物と、希土類元素ハロゲン化物に加えて、様々な物性(例えば、耐プラズマエロージョン性が低い)のものを多量に含みうる溶射用材料であり、その結果として上記課題を解決できない発明を含んでいる旨主張する(上記意見書5〜6頁)。
しかしながら、請求項1の溶射用材料について、上記アのとおり、当業者は、発明の詳細な説明の記載を参照することにより、希土類元素オキシハロゲン化物を77質量%以上、希土類元素ハロゲン化物を23質量%以下含むものであれば課題を解決できることを認識できるところ、申立人2は、当該判断を覆すに足りる十分な根拠を示していない。よって、申立人2の主張は採用できない。

(イ)申立人1は、令和3年8月30日付け意見書において、
(イ−1)請求項1に係る発明は、溶射用材料が、希土類元素オキシハロゲン化物が77質量%以上であれば、希土類元素オキシハロゲン化物に加えて、様々な物性(例えば、耐プラズマエロージョン性が低い)のものを23質量%未満まで多量に含みうる溶射用材料であり、その結果として上記課題を解決できない発明を含んでいる旨、
(イ−2)実施例のNo.2〜4の溶射用材料では、酸素濃度から求められるY5O4F7/(Y5O4F7+YF3)の量比と、X線回折ピーク強度によるY5O4F7/(Y5O4F7+YF3)とに大きな乖離を生じている旨、
(イ−3)Y6O5F8とY7O6F9のメインピークの回折角2θの差は0.002°でサンプリング幅0.01°より小さく両者を区別できないため、X線回折測定によって請求項1の溶射用材料及び請求項6の溶射皮膜のモル比(X/RE、O/RE)を求めることができない旨主張する(上記意見書11〜21頁)。
しかしながら、請求項1の溶射用材料について、上記アのとおり、当業者は、発明の詳細な説明の記載を参照することにより、希土類元素オキシハロゲン化物を77質量%以上、希土類元素ハロゲン化物を23質量%以下含むものであれば課題を解決できることを認識できるところ、申立人1は、当該判断を覆すに足りる十分な根拠を示していない。よって、申立人1の(イ−1)の主張は採用できない。
また、上記(イ−2)の内容は、実質的に新たな理由を提示するものであり、訂正の請求の内容に付随して生じる理由とも認められないので、上記申立人1の(イ−2)の主張は採用できない。
さらに、X線回折測定による化合物同定にあたっては、メインピークだけでなくその他のピークも含めたピーク位置の相互関係を基準として行うことが技術常識であって、メインピークの回折角の差がサンプリング幅より小さいとしても、当業者であればY6O5F8とY7O6F9のメインピークを区別することができると認められるから、申立人1の(イ−3)の主張は採用できない。

(3)申立理由1−3及び2−5(サポート要件)についてのまとめ
以上のとおり、本件特許の請求項1、4〜9に係る発明は、発明の詳細な説明に記載されたものであるといえるから、その発明についての特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願についてされたものではない。

7 申立理由1−4及び2−4(実施可能要件
(1)検討
ア 申立人の主張について
(ア)申立人2は、令和3年8月23日付け意見書において、発明の詳細な説明の段落【0044】には、粉末状のイットリウム含有化合物およびフッ素含有化合物を混合して焼成することで「溶射用材料」を得たと記載されているのみであって、請求項1に包含される溶射用材料の実施例はなく、請求項1に包含されない溶射用材料との製造上の差異も不明であり、技術常識を勘案しても、請求項1等に係る溶射用材料及び請求項6等に係る溶射皮膜は実施可能ではない旨主張する(上記意見書5頁)。
しかしながら、目的とする化合物の組成に合わせて原料の混合割合を調整する等の操作を行うことは技術常識であると認められるから、当該技術常識を考慮すれば、本件発明の溶射用材料を得ることができるものであり、そのような溶射用材料を溶射することにより溶射皮膜を得ることができるところ、申立人2は当該判断を覆すに足りる十分な根拠を示していない。よって、上記申立人2の主張は採用できない。

(イ)申立人1は、令和3年8月30日付け意見書において、Y6O5F8とY7O6F9のメインピークの回折角2θの差は0.002°でサンプリング幅0.01°より小さく両者を区別できないため、X線回折測定により、溶射用材料及び溶射皮膜に含まれる希土類元素オキシハロゲン化物のモル比(X/RE、O/RE)を求めることができない旨主張する(上記意見書11〜21頁)。
しかしながら、上記6(2)イ(イ)のとおり、X線回折測定による化合物同定にあたっては、メインピークだけでなくその他のピークも含めたピーク位置の相互関係を基準として行うことが技術常識であって、当該技術常識を考慮しつつ本件明細書【0027】、【0046】に記載の方法を実施することにより、請求項1等の溶射用材料及び請求項6等の溶射皮膜に含まれる希土類元素オキシハロゲン化物のモル比を決定することができると認められる。よって、申立人1の主張は採用できない。

(2)申立理由1−4及び2−4(実施可能要件)についてのまとめ
以上のとおり、本件明細書の発明の詳細な説明の記載は、当業者が請求項1、4〜9に係る発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載したものであるから、その発明についての特許は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願についてされたものではない。

8 申立理由1−5及び2−6(取消理由Bとして採用)
(1)取消理由Bの概要
本件訂正前の請求項6の溶射皮膜が含む希土類元素オキシハロゲン化物が2種類以上の場合の一例として、表2より、YOFとY7O6F9の2種類の希土類元素オキシハロゲン化物を含むNo.9の溶射皮膜では、YOFとY7O6F9のうち含有量が多い方が主成分であり、含有量が多い方のX/RE値を本件訂正前の請求項6の「前記希土類元素に対する前記ハロゲン元素のモル比(X/RE)」とすると解釈し得る一方で、両方を合わせた希土類元素オキシハロゲン化物が主成分であり、本件訂正前の請求項6の「前記希土類元素に対する前記ハロゲン元素のモル比(X/RE)」は、YOFのX/RE=1とY7O6F9のX/RE=1.29の値に各成分の存在比を乗じる等の何らかの手段で算出した値を上記「前記希土類元素に対する前記ハロゲン元素のモル比(X/RE)」とすると解釈し得る余地があった。
そのため、本件訂正前の請求項6の記載の示す内容を一義的に定めることができず、本件訂正前の請求項6に係る発明の内容を明確に把握することは困難であり、本件訂正前の請求項6に係る発明並びに、本件訂正前の請求項6に係る発明を引用する本件訂正前の請求項7〜9に係る発明はいずれも、明確であるとはいえないものであった。

(2)検討
(ア)本件訂正及び本件訂正請求と同時に提出された意見書により、請求項6の「前記希土類元素に対する前記ハロゲン元素のモル比(X/RE)」は、「溶射皮膜に含まれる希土類元素オキシハロゲン化物全体としての値」であって、溶射皮膜に含まれる希土類元素オキシハロゲン化物が2種類以上の場合は、組成物ごとにモル比(X/RE)を算出し、そのモル比に当該組成物の存在比をそれぞれ乗じて合計することで算出するものであることが明らかにされたため、取消理由Bは解消した。請求項6を引用する請求項7〜9についても同様である。

(イ)申立人1は、令和3年8月30日付け意見書において、
(イ−1)請求項1の溶射用材料や請求項6の溶射膜が、メインピークの回折角2θの差がサンプリング幅より小さく区別できないY6O5F8とY7O6F9と酸素を含む第3成分を含有する場合に、X線回折測定によって請求項1の溶射用材料や請求項6の溶射膜に該当するか否かを判断できない旨、
(イ−2)本件明細書の【0027】、【0048】の記載から、溶射用材料中の各結晶相成分含量がどのように算出されたものであるのかが不明である旨、
(イ−3)請求項6の「主成分」が、溶射皮膜全体の50質量%以上である場合を必須とするのか否かが明確でない旨主張する(上記意見書21〜25頁)。
しかしながら、上記6(2)イ(イ)のとおり、X線回折測定による化合物同定にあたっては、メインピークだけでなくその他のピークも含めたピーク位置の相互関係を基準として行うことが技術常識であって、当該技術常識を考慮しつつ本件明細書【0051】、【0054】に記載の方法を実施することにより、請求項1〜6に記載の溶射用材料及び請求項7〜10記載の溶射皮膜に含まれる希土類元素オキシハロゲン化物のモル比を求めることができると認められる。よって、申立人1の(イ−1)の主張は採用できない。
また、本件明細書の【0027】、【0048】の記載によれば、溶射用材料中の各結晶相成分含量は、溶射用材料に含まれる物質のX線回折メインピーク相対強度と、溶射用材料に含まれる酸素量及びフッ素量(当審注:【0048】の「窒素量」は、表1及び前後の記載からみて、「フッ素量」の誤記と認められる。)とを組み合わせて算出したものであるから、当業者であれば、結晶相成分含量の算出方法は明らかである。よって、申立人1の(イ−2)の主張は採用できない。
さらに、本件明細書の【0035】の「ここで「主成分」とは、溶射皮膜を構成する構成成分のうち、最も含有量が多い成分であることを意味している。具体的には、例えば、当該成分が溶射皮膜全体の50質量%以上を占めることを意味し、好ましくは75質量%以上、例えば80質量%以上を占めるものであってよい。」との記載から、請求項6の「主成分」は、「最も含有量が多い成分」であり、特定の質量割合以上であることを必須とするものとはいえないため、申立人1の(イ−3)の主張は採用できない。

(3)申立理由1−5及び2−6(明確性)についてのまとめ
以上のとおり、本件特許の請求項1、4〜9に係る発明について、特許請求の範囲の記載は、特許を受けようとする発明が明確であるから、その発明についての特許は、特許法第36条第6項第2号の規定する要件を満たしていない特許出願についてされたものではない。

第6 むすび
以上のとおり、申立人1、申立人2による申立理由、及び、当審による取消理由によっては、本件特許の請求項1、4〜9に係る特許を取り消すことはできない。また、他に請求項1、4〜9に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
また、本件特許の請求項2〜3については、本件訂正請求により削除されたから、特許異議の申立ての対象となる請求項が存在しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
構成元素として希土類元素(RE)、酸素(O)およびハロゲン元素(X)を含む希土類元素オキシハロゲン化物(RE−O−X)が、全体の77質量%以上の割合で含まれ、
前記希土類元素オキシハロゲン化物において、
前記希土類元素に対する前記ハロゲン元素のモル比(X/RE)は、1.1以上であり、
前記希土類元素に対する前記酸素のモル比(O/RE)は、0.9以下であり、
前記希土類元素の酸化物を実質的に含まず、
さらに、前記希土類元素のフッ化物が、全体の23質量%以下の割合で含まれている、溶射用材料。
【請求項2】
(削除)
【請求項3】
(削除)
【請求項4】
前記希土類元素がイットリウムであり、前記ハロゲン元素がフッ素であり、前記希土類元素オキシハロゲン化物がイットリウムオキシフッ化物である、請求項1に記載の溶射用 材料。
【請求項5】
請求項1または4に記載の溶射用材料を基材の表面に溶射して、溶射皮膜を形成する方法。
【請求項6】
構成元素として希土類元素(RE)、酸素(O)およびハロゲン元素(X)を含む希土類元素オキシハロゲン化物(RE−O−X)を主成分とし、
前記希土類元素のフッ化物を実質的に含まず、
前記希土類元素オキシハロゲン化物全体として、
前記希土類元素に対する前記ハロゲン元素のモル比(X/RE)が1.1以上1.39以下である希土類元素オキシハロゲン化物を含む、溶射皮膜。
【請求項7】
前記希土類元素の酸化物を実質的に含まない、請求項6に記載の溶射皮膜。
【請求項8】
前記希土類元素がイットリウムであり、前記ハロゲン元素がフッ素であり、前記希土類元素オキシハロゲン化物がイットリウムオキシフッ化物である、請求項6または7に記載の溶射皮膜。
【請求項9】
基材の表面に、請求項6〜8のいずれか1項に記載の溶射皮膜が備えられている、溶射皮膜付部材。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2021-10-18 
出願番号 P2016-043939
審決分類 P 1 651・ 161- YAA (C23C)
P 1 651・ 113- YAA (C23C)
P 1 651・ 537- YAA (C23C)
P 1 651・ 536- YAA (C23C)
P 1 651・ 121- YAA (C23C)
最終処分 07   維持
特許庁審判長 粟野 正明
特許庁審判官 平塚 政宏
磯部 香
登録日 2020-06-23 
登録番号 6722004
権利者 株式会社フジミインコーポレーテッド 東京エレクトロン株式会社
発明の名称 溶射用材料、溶射皮膜および溶射皮膜付部材  
代理人 大井 道子  
代理人 谷 征史  
代理人 谷 征史  
代理人 谷 征史  
代理人 安部 誠  
代理人 安部 誠  
代理人 安部 誠  
代理人 大井 道子  
代理人 大井 道子  

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ