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審決分類 審判 全部申し立て ただし書き1号特許請求の範囲の減縮  C01B
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C01B
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  C01B
審判 全部申し立て 2項進歩性  C01B
管理番号 1384034
総通号数
発行国 JP 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2022-05-27 
種別 異議の決定 
異議申立日 2020-12-02 
確定日 2022-03-03 
異議申立件数
訂正明細書 true 
事件の表示 特許第6703216号発明「硫黄含有化合物,固体電解質及び電池」の特許異議申立事件について,次のとおり決定する。 
結論 特許第6703216号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲とおり,訂正後の請求項〔1〜7〕について訂正することを認める。 特許第6703216号の請求項1〜7に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
本件特許第6703216号(以下,「本件特許」という。)の請求項1〜7に係る特許についての出願は,2019年(令和元年)11月6日(優先権主張 平成30年11月8日)を国際出願日とする出願であって,令和2年5月11日にその特許権の設定登録がされ,同年6月3日に特許掲載公報が発行された。
その特許についての特許異議の申立ての経緯は,次のとおりである。
令和2年12月 2日 :特許異議申立人 出光興産株式会社(以下「申立人」という。)による請求項1〜7に係る特許に対する特許異議の申立て
令和3年 1月26日付け:取消理由通知
同年 3月26日 :特許権者による意見書の提出
同年 4月13日付け:申立人に対する審尋
同年 5月14日 :申立人による回答書の提出
同年 7月 6日付け:取消理由通知(決定の予告)
同年 9月 9日 :特許権者による意見書,訂正請求書の提出
同年12月 3日 :申立人による意見書の提出

第2 訂正の適否についての判断
1 訂正の内容(当審注:下線は訂正箇所を示すため当審が付与した。)
本件訂正請求による訂正の内容は,以下のとおりである。
(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1に「2θ=25.0°以上26.0°以下の範囲に少なくとも2つのピーク(それぞれ「ピークD」,「ピークE」と称する)を有する」と記載されているのを,「2θ=25.0°以上26.0°以下の範囲に少なくとも2つのピーク(それぞれ「ピークD」,「ピークE」と称する)を有し,前記ピークDは2θ=25.2°±0.5°に位置するピークであり,前記ピークEは2θ=25.8°±0.5°に位置するピークである」に訂正する(請求項1の記載を引用する請求項2〜7も同様に訂正する)。

(2)訂正事項2
特許請求の範囲の請求項2に「2θ=30.0°以上31.0°以下の範囲に少なくとも3つのピーク(それぞれ「ピークG」,「ピークH」,「ピークI」と称する)を有する」と記載されているのを,「2θ=30.0°以上31.0°以下の範囲に少なくとも3つのピーク(それぞれ「ピークG」,「ピークH」,「ピークI」と称する)を有し,前記ピークGは2θ=30.0°±0.5°に位置するピークであり,前記ピークHは2θ=30.2°±0.5°に位置するピークであり,前記ピークIは2θ=30.8°±0.5°に位置するピークである」に訂正する(請求項2の記載を引用する請求項3〜7も同様に訂正する)。

なお,本件訂正請求は,一群の請求項〔1〜7〕に対して請求されたものである。

2 訂正の目的の適否,新規事項の有無,及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否
(1)訂正事項1について
訂正事項1は,訂正前の請求項1の「ピークD」及び「ピークE」の位置を更に限定するものであるから,特許法第120条の5第2項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
次に,本件特許の願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面(以下,「本件明細書等」という。)の【0022】には,「ピークDは,2θ=25.2°±0.5°に位置するピークであってもよく,2θ=25.2°±0.3°に位置するピークであってもよく・・・ピークEは,2θ=25.8°±0.5°に位置するピークであってもよく・・・」と記載されているから,訂正事項1は,本件明細書等に記載されており,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものではない。

(2)訂正事項2について
訂正事項2は,訂正前の請求項2の「ピークG」,「ピークH」及び「ピークI」の位置を更に限定するものであるから,特許法第120条の5第2項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
次に,本件明細書等の【0027】には,「ピークGは,2θ=30.0°±0.5°に位置するピークであってもよく・・・また,ピークHは,2θ=30.2°±0.5°に位置するピークであってもよく・・・さらに,ピークIは,2θ=30.8°±0.5°に位置するピークであってもよく・・・」と記載されているから,訂正事項2は,本件明細書等に記載されており,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものではない。

(3)申立人の主張について
申立人は,令和3年12月3日付け意見書の4ページ12〜17行において,「前記ピークDは2θ=25.2°±0.5゜に位置するピークであり,前記ピークEは2θ=25.8°±0.5゜に位置するピークである」との要件2を追加する訂正は,訂正前の本件発明1と比べて,「ピークD」の位置として2θ=24.7゜以上25.0゜未満を,「ピークE」の位置として2θ=26.0゜超26.3°以下を各々含むように特許請求の範囲を実質上拡張する訂正であるため,特許法第120条の5第9項で引用する特許法第126条第6項に適合せず,当該訂正は認められるべきではない旨主張している。
しかし,以下の第6 1(3)エで検討したとおり,上記要件2は,「ピークD」については2θ=24.7°以上25.0°未満の範囲,「ピークE」については2θ=26.0゜超26.3゜以下の範囲を含まないと解釈するのが相当であるから,上記要件2を追加する訂正は,特許請求の範囲を実質上拡張する訂正であるとはいえない。
したがって,申立人の上記主張は採用できない。

3 まとめ
以上のとおりであるから,本件訂正請求による訂正は,特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる事項を目的とするものであり,かつ,同条第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。
したがって,特許請求の範囲を,訂正請求書に添付された特許請求の範囲のとおり,訂正後の請求項〔1〜7〕について訂正することを認める。

第3 訂正後の本件発明
本件訂正請求により訂正された請求項1〜7に係る発明(以下,「本件発明1〜7」といい,まとめて「本件発明」ともいう。)は,訂正特許請求の範囲の請求項1〜7に記載された次の事項により特定されるとおりのものである。
「【請求項1】
リチウム(Li)元素,リン(P)元素,硫黄(S)元素及びハロゲン(X)元素を含み,CuKα1線を用いたX線回折装置(XRD)により測定されるX線回折パターンにおいて,2θ=21.3°±1.0°,27.8°±1.0°,及び,30.8°±0.5°のそれぞれの位置にピークを有し,且つ,2θ=25.0°以上26.0°以下の範囲に少なくとも2つのピーク(それぞれ「ピークD」,「ピークE」と称する)を有し,前記ピークDは2θ=25.2°±0.5°に位置するピークであり,前記ピークEは2θ=25.8°±0.5°に位置するピークである,硫黄含有化合物。

【請求項2】
CuKα1線を用いたX線回折装置(XRD)により測定されるX線回折パターンにおいて,2θ=30.0°以上31.0°以下の範囲に少なくとも3つのピーク(それぞれ「ピークG」,「ピークH」,「ピークI」と称する)を有し,前記ピークGは2θ=30.0°±0.5°に位置するピークであり,前記ピークHは2θ=30.2°±0.5°に位置するピークであり,前記ピークIは2θ=30.8°±0.5°に位置するピークである,請求項1に記載の硫黄含有化合物。

【請求項3】
一般式LiaPSbXc(Xは,F,Cl,Br及びIのうちの少なくとも1種である。また,aは3.0以上6.0以下,bは3.5以上4.8以下,cは0.1以上3.0以下である。)で表される請求項1又は請求項2に記載の硫黄含有化合物。

【請求項4】
前記ハロゲン(X)元素として,塩素(Cl)元素及び臭素(Br)元素を含む,請求項1から請求項3までの何れかの請求項に記載の硫黄含有化合物。

【請求項5】
請求項1から請求項4までの何れかの請求項に記載の硫黄含有化合物を含有する固体電解質。

【請求項6】
前記硫黄含有化合物を主体として含有する,請求項5に記載の固体電解質。

【請求項7】
正極層と,負極層と,前記正極層及び前記負極層の間の固体電解質層とを有する電池であって,請求項5又は請求項6に記載の固体電解質を含有する,電池。」

第4 取消理由通知に記載した取消理由について
訂正前の請求項1〜7に係る特許に対して,当審が令和3年1月26日及び同年7月6日に特許権者に通知した取消理由の要旨は,次のとおりである。
1 取消理由1(明確性
請求項1〜7に係る特許は,特許請求の範囲の記載が不備のため,特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり,取り消されるべきものである。

2 取消理由2(サポート要件)
請求項1〜7に係る特許は,特許請求の範囲の記載が不備のため,特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり,取り消されるべきものである。

3 取消理由3(新規性
請求項1,2,5〜7に係る発明は,以下の甲第1号証に記載された発明であって,特許法第29条第1項第3号に該当するから,請求項1〜7に係る特許は,特許法第29条第1項の規定に違反してされたものであり,取り消されるべきものである。

4 取消理由4(進歩性
請求項7に係る発明は,以下の甲第1号証に記載された発明に基いて,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下,「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであるから,請求項7に係る特許は,特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであり,取り消されるべきものである。

甲第1号証:特開2016−157630号公報

第5 甲号証の記載事項
1 甲第1号証(特開2016−157630号公報)
甲第1号証には以下の記載がある(当審注:下線は当審が付与した。以下,同様である。)。
「【発明を実施するための形態】
【0016】
以下,本発明の硫化物固体電解質材料,電池,および硫化物固体電解質材料の製造方法について,詳細に説明する。
【0017】
A.硫化物固体電解質材料
まず,本発明の硫化物固体電解質材料について説明する。本発明の硫化物固体電解質材料は,LixSiyPzS1−x−y−z−wXw(0.37≦x≦0.40,0.054≦y≦0.078,0.05≦z≦0.07,0≦w≦0.05,XはF,Cl,Br,Iの少なくとも一つである)の組成を有し,CuKα線を用いたX線回折測定における2θ=29.58°±1.00°の位置にピークを有する結晶相Aを有し,CuKα線を用いたX線回折測定における2θ=30.12°±1.00°の位置にピークを有する結晶相Bを有しないか,上記結晶相Bを有する場合,上記2θ=29.58°±1.00°のピークの回折強度をIAとし,上記2θ=30.12°±1.00°のピークの回折強度をIBとした際に,IB/IAの値が,0.6以下であることを特徴とする。
・・・
【0023】
本発明の硫化物固体電解質材料は,CuKα線を用いたX線回折測定における2θ=29.58°±1.00°の位置にピークを有する結晶相Aを有する。結晶相Aは,特許文献2に記載されたLiGePS系の硫化物固体電解質材料と同じ結晶相であり,イオン伝導性が高い。結晶相Aは,通常,2θ=17.38°,20.18°,20.44°,23.56°,23.96°,24.93°,26.96°,29.07°,29.58°,31.71°,32.66°,33.39°の位置にピークを有する。なお,これらのピーク位置は,材料組成等によって結晶格子が若干変化し,±1.00°の範囲で前後する場合がある。中でも,各ピークの位置は,±0.50°の範囲内であることが好ましい。
・・・
【0026】
本発明の硫化物固体電解質材料は,CuKα線を用いたX線回折測定における2θ=30.12°±1.00°の位置にピークを有する結晶相Bを有しないか,僅かに有する。結晶相Bは,アルジェロダイト型の結晶相であると考えられる。結晶相Bは,通常,2θ=15.60°,18.04°,25.60°,30.12°,31.46°,45.26°,48.16°,52.66°の位置にピークを有する。なお,これらのピーク位置は,材料組成等によって結晶格子が若干変化し,±1.00°の範囲で前後する場合がある。中でも,各ピークの位置は,±0.50°の範囲内であることが好ましい。」

「【0054】
[実施例1]
出発原料として,硫化リチウム(Li2S,日本化学工業社製)と,塩化リチウム(LiCl,高純度化学研究所製)と,五硫化二リン(P2S5,アルドリッチ社製)と,硫化珪素(SiS2,高純度化学社製)とを用いた。これらの粉末をアルゴン雰囲気下のグローブボックス内で,下記表1に示す割合で混合し,原料組成物を得た。次に,原料組成物1gを,ジルコニアボール(10mmφ,10個)とともに,ジルコニア製のポット(45ml)に入れ,ポットを完全に密閉した(アルゴン雰囲気)。このポットを遊星型ボールミル機(フリッチュ製P7)に取り付け,台盤回転数370rpmで,40時間メカニカルミリングを行った。これにより,非晶質化したイオン伝導性材料を得た。
【0055】
次に,得られたイオン伝導性材料の粉末を,カーボンコートした石英管に入れ真空封入した。真空封入した石英管の圧力は,約30Paであった。次に,石英管を焼成炉に設置し,6時間かけて室温から475℃まで昇温し,475℃を8時間維持し,その後室温まで徐冷した。これにより,Li0.39Si0.076P0.05S0.45Cl0.03の組成を有する硫化物固体電解質材料を得た。
【0056】
[実施例2〜54,比較例1〜7]
原料組成物の割合を,下記表1,表2に示す割合に変更したこと以外は,実施例1と同様にして硫化物固体電解質材料を得た。
【0057】
[実施例55〜58]
塩化リチウムの代わりに臭化リチウム(LiBr,高純度化学研究所製)を用い,原料組成物の割合を,下記表3に示す割合に変更したこと以外は,実施例1と同様にして硫化物固体電解質材料を得た。
【0058】
[評価]
(X線回折測定)
実施例1〜58および比較例1〜7で得られた硫化物固体電解質材料を用いて,X線回折(XRD)測定を行った。XRD測定は,粉末試料に対して,不活性雰囲気下,CuKα線使用の条件で行った。代表的な結果を図5および図6に示す。図5(a)に示すように,実施例7では,結晶相Aのピークが確認され,結晶相Bのピークは確認されなかった。一方,図5(b),(c)に示すように,実施例41および比較例4では,結晶相Aおよび結晶相Bのピークが確認され,比較例4は,実施例41よりも結晶相Bの割合が多かった。また,図6(a),(b)に示すように,実施例7および実施例55では,結晶相Aのピークが確認され,結晶相Bのピークは確認されなかった。実施例7および実施例55では,ハロゲンの種類が異なるが,同様のピークが得られた。また,XRD測定の結果から,IB/IAを求めた。その結果を表1〜表3に示す。
【0059】
(Liイオン伝導度測定)
実施例1〜58および比較例1〜7で得られた硫化物固体電解質材料を用いて,25℃でのLiイオン伝導度を測定した。まず,硫化物固体電解質材料を200mg秤量し,マコール製のシリンダに入れ,4ton/cm2の圧力でプレスした。得られたペレットの両端をSUS製ピンで挟み,ボルト締めによりペレットに拘束圧を印加し,評価用セルを得た。評価用セルを25℃に保った状態で,交流インピーダンス法によりLiイオン伝導度を算出した。測定には,ソーラトロン1260を用い,印加電圧5mV,測定周波数域0.01〜1MHzとした。その結果を表1〜表3および図7に示す。
【0060】
【表1】

【0061】
【表2】



「【図5】



第6 当審の判断
1 取消理由1(明確性)について
(1)本件発明1,2について
ア ピークの判定方法について
(ア)ピークについて,本件明細書等には以下の記載がある。
「【0016】
(結晶構造)
本硫黄含有化合物は,CuKα1線を用いたX線回折装置(XRD)により測定されるX線回折パターンにおいて,2θ=21.3°±1.0°,27.8°±1.0°,及び,30.8°±0.5°のそれぞれの位置にピークを有するという特徴を有している。これらのピークは,本開示における新たな結晶相に帰属するピークである。
上記ピークを有する新たな結晶相は,通常三方晶系の結晶相または六方晶の結晶相である。このような結晶相を有する本硫黄含有化合物は,大気中の水分に触れても硫化水素ガスの発生を効果的に抑制することができるばかりか,後述するように,固体電解質として好適に用いることができる。
【0017】
なお,以後,2θ=21.3°±1.0°の位置のピークをピークAと称し,2θ=27.8°±1.0°の位置のピークをピークBと称し,さらに,2θ=30.8°±0.5°の位置のピークをピークCと称して説明する場合がある。
また,本明細書における「ピーク」とは,主にピークの頂点を意味する。」

「【0030】
X線回折パターンにおいて,各範囲にピークが存在するか否かは,次のようにして判定することができる。
例えば2θ=21.3°±1.0°の範囲にピークが存在するか否かは,例えば,X線回折パターンにおいて,2θ=(21.3°−1.0°)±0.5すなわち2θ=20.3°±0.5°と,2θ=(21.3°+1.0°)±0.5°すなわち2θ=22.3°±0.5°とのX線強度(counts)の平均値をバックグラウンド(BG)の強度Aとし,21.3°±1.0°のX線強度(counts)の最大値をピーク強度Bとしたときに,その比(B/A)が,例えば1.01以上,中でも1.05以上,その中でも好ましくは1.10以上であれば,ピークが存在するものと判定することができる。他のピークが所定の領域に存在するか否かを判定する場合も同様である。
なお,上記X線強度は,後述する実施例で用いた装置および条件にて測定した値である。」

「【0081】
<X線回折測定>
実施例1〜4及び比較例1で得られた硫黄含有化合物(サンプル)をX線回折法(XRD,Cu線源)で分析し,X線回折パターンを得て,各位置におけるピーク強度(cps)を測定した。リガク社製のXRD装置「SmartLab」を用いて,大気非曝露で走査軸:2θ/θ,走査範囲:10°以上140°以下,ステップ幅0.01°,走査速度1°/minの条件の下で行った。X線源はヨハンソン型結晶を用いてCuKα1線とし,1次元検出器にて測定を行った。結果は,図1に示す。」

(イ)本件発明1の各「ピーク」について
a 上記(ア)の記載によれば,本件発明1の「CuKα1線を用いたX線回折装置(XRD)により測定されるX線回折パターン」における「ピーク」は,主にピークの頂点を意味するものであり,ピークの判定方法は以下のとおりであるといえる。
リガク社製のXRD装置「SmartLab」を用いて,大気非曝露で走査軸:2θ/θ,走査範囲:10°以上140°以下,ステップ幅0.01°,走査速度1°/minの条件の下で,X線源はヨハンソン型結晶を用いてCuKα1線とし,1次元検出器にて測定を行い,各2θに対応するX線強度からX線回折パターンを得て,例えば,本件発明1に特定されている2θ=21.3°±1.0°の範囲にピークが存在するか否かは,X線回折パターンにおいて,2θ=(21.3°−1.0°)±0.5すなわち2θ=20.3°±0.5°と,2θ=(21.3°+1.0°)±0.5°すなわち2θ=22.3°±0.5°とのX線強度(counts)の平均値をバックグラウンド(BG)の強度Aとし,21.3°±1.0°のX線強度(counts)の最大値をピーク強度Bとしたときに,その比(B/A)を算出し,その値が,1.01以上であれば,ピークが存在するものと判定することができる。
そして,「他のピークが所定の領域に存在するか否かを判定する場合も同様である」から,本件発明1に特定されている2θ=27.8°±1.0°の範囲にピークが存在するか否かは,上記2θ=21.3°±1.0°の範囲における判定方法と同様の方法で判定することができる。

b また,本件発明1に特定されている2θ=30.8°±0.5°の範囲にピークが存在するか否かは,上記(ア)に例示されている2θ=21.3°±1.0°のピークの判定方法の「21.3°」に「30.8°」が対応し,「±1.0°」に「±0.5°」が対応すると理解できるから,X線回折パターンにおいて,2θ=(30.8°−0.5°)±0.5すなわち2θ=30.3°±0.5°と,2θ=(30.8°+0.5°)±0.5°すなわち2θ=31.3°±0.5°とのX線強度(counts)の平均値をバックグラウンド(BG)の強度Aとし,30.8°±0.5°のX線強度(counts)の最大値をピーク強度Bとしたときに,その比(B/A)が,1.01以上であれば,ピークが存在するものと判定することができる。
そして,本件発明1に特定されている2θ=25.2°±0.5の範囲,及び,2θ=25.8°±0.5の範囲にピークが存在するか否かは,いずれも,上記2θ=30.8°±0.5°の範囲における判定方法と同様の方法で判定することができる。

c ここで,X線回折パターンにはノイズが含まれていることは技術常識であるから,上記a及びbにおけるピークの判定方法も,X線回折パターンにノイズが含まれていることを前提にしているものといえる。

d したがって,本件発明1の各「ピーク」が存在するか否かは,いずれも,上記a及びbにおけるピークの判定方法によって判定できるものである。

(ウ)本件発明2の各「ピーク」について
本件発明2の各「ピーク」が存在するか否かは,いずれも,上記(イ)bにおけるピークの判定方法と同様の方法で判定することができるものである。

イ 小括
以上によれば,本件発明1の各「ピーク」が存在するか否かは,上記ア(イ)a及びア(イ)bにおけるピークの判定方法によって判定でき,また,本件発明2の各「ピーク」は,上記ア(イ)bにおけるピークの判定方法と同様の方法によって判定できるから,いずれのピークの有無も一義的に決まるものである。
したがって,本件発明1,2の各「ピーク」は明確である。
よって,本件発明1,2は明確である。

(2)本件発明3〜7について
請求項1又は請求項2を引用する請求項3〜7に係る発明(本件発明3〜7)も,本件発明1,2と同様に明確である。

(3)申立人の主張について
ア 申立人は,特許異議申立書23ページ3〜13行において,各ピークに関し,本件明細書中では「ピークA,ピークB及びピークCの位置は,他のピークと重ならずにそれぞれ独立して存在することが好ましい」(【0019】),「ピークD及びピークEのピーク位置は,重ならず,それぞれ独立して存在する」(【0021】),「ピークG,ピークH及びピークIの位置は,重ならず,それぞれ独立して存在する」(【0026】)と記載されていることから,「ピークA」〜「ピークI」は基本的に各々重ならず独立して存在するものと解されるが,例えば「ピークI」に関する「すなわち,ピークIは,上述したピークCである。」(【0027】)の記載等からは,一部重なったり重複したピークをも包含するとも解され,意味不明である旨主張している。
しかし,上記【0019】の記載は,ピークCが他のピークと重ならずにそれぞれ独立して存在することが好ましいことをいっているにすぎず,また,上記【0026】の記載は,ピークIが,ピークG及びピークHと独立して存在することをいっているにすぎず,両記載は,ピークCがピークIと重複することを排除するものではないから,ピークCとピークIとが独立して存在するものと解することはできないし,上記【0027】の記載は,ピークIとピークCとが同じピークであることを説明しているにすぎないから,上記【0019】,【0026】及び【0027】の記載は明確である。

イ 申立人は,特許異議申立書23ページ14〜21行において,本件発明では「新たな結晶相」を有することにより優れた効果が発揮されるとし,提案される硫黄含有化合物はこの新たな結晶相に帰属するピークを有するとされているが(【0012】),そもそも「ピークA」〜「ピークI」として特定されているXRDピークが,全て本件発明でいうところの新たな結晶相由来のものであるとの根拠記載が明細書中にないため,これらのピークの特定で果たして「新たな結晶相」の存在が確認できるのか甚だ疑問である旨主張している。
しかし,上記(1)で検討したとおり,本件発明1,2の各「ピーク」は明確である。そして,特許法第36条第6項第2号の趣旨は,特許請求の範囲の記載に関して,特許を受けようとする発明が明確であることを要件とするものであって,本件発明1,2の各「ピーク」が,新たな結晶相由来のものであるとの根拠記載が明細書中にないことは,本件発明1,2が明確であるか否かの判断を左右するものではない。

ウ 申立人は,特許異議申立書24ページ11行〜26ページ7行において,実施例1〜4で得られた硫黄含有化合物のX線回折パターンが図1に示されているが,これら各々の実施例で得られた硫黄含有化合物について,実際に2θがどの位置に「ピークA」〜「ピークE」が存在するのか明確に示されておらず,図1を拡大して見ても,「ピークA」〜「ピークE」がどの位置に存在するのか,さらには実際に存在するのかが明確に判断できないばかりか,本件明細書の実施例においては,バックグラウンド(BG)の強度Aと最大ピーク強度Bとしたときの強度比(B/A)の値すら示されていないため,出願時における技術常識を踏まえても,本件特許の請求の範囲及び明細書の記載から,当業者は本件発明1,2で特定されるX線回折ピークを有すると言えるかを判断することができないため,検討対象となる物質が,本件発明1,2を構成要件とする技術的範囲に含まれるか否かを判断することができないこととなるから,本件特許の明細書の記載からは,各ピークの定義を理解することやそれらを同定するのが困難であり,ピークの存在を明確に確認することができない旨主張している。
しかし,本件発明1,2におけるピークの判定は,上記(1)ア(イ)a,b及び(1)ア(ウ)で示した方法で判定するものであり,本件の図1の記載から判定するものではない。
そして,本件明細書等の【0107】には,「実施例1〜11,実施例2−1及び実施例2−2で得られた硫黄含有化合物(サンプル)について,X線回折装置(XRD)によりX線回折パターンを測定した結果,2θ=21.3°±1.0°,27.8°±1.0°,及び,30.8°±0.5°のそれぞれの位置にピークを有することを確認できた。そして,これらのピークは,本開示における新たな結晶相に帰属するピークであった。上記ピークを有する新たな結晶相は,通常三方晶系の結晶相または六方晶の結晶相であることが分かった。
また,2θ=25.0°以上26.0°以下の範囲に存在する2つのピークD及びピークE,並びに,2θ=30.0°以上31.0°以下の範囲に存在する3つのピークG,ピークH及びピークIも,上記の新たな結晶相に帰属するピークであることが分かった。」と記載されているから,いずれの実施例も,本件発明1,2で特定されるX線回折ピークを有しているといえる。

エ 訂正後の請求項1に係る発明(本件発明1)について
申立人は,令和3年12月3日付け意見書の2ページ15行〜3ページ7行において,本件発明1においては,「2θ=25.0°以上26.0゜以下の範囲に少なくとも2つのピーク(それぞれ「ピークD」,「ピークE」と称する)を有する」との要件1からは,「ピークD」については2θ=24.7°以上25.0°未満の範囲,「ピークE」については2θ=26.0゜超26.3゜以下の範囲を含まないものと解釈することができる一方で,訂正により追加された「前記ピークDは2θ=25.2°±0.5゜に位置するピークであり,前記ピークEは2θ=25.8°±0.5゜に位置するピークである」との要件2からは,「ピークD」については28=24.7゜以上25.0゜未満の範囲,「ピークE」については28=26.0°超26.3゜以下の範囲を含むものと解釈することができるから,本件発明1は互いに矛盾する2つの要件を含んでいるため,「ピークD」や「ピークE」として許容される2θの範囲を当業者が一義的に理解することができないから,本件発明1は不明確である旨主張している。
しかし,本件発明1において,上記要件1から,「ピークD」については2θ=24.7°以上25.0°未満の範囲,「ピークE」については2θ=26.0゜超26.3゜以下の範囲を含まないものと解釈することができることからすると,上記要件2においても,同様に,「ピークD」については2θ=24.7°以上25.0°未満の範囲,「ピークE」については2θ=26.0゜超26.3゜以下の範囲を含まない,すなわち,「ピークD」については2θ=25.0°以上25.7゜以下の範囲,「ピークE」については2θ=25.3°以上26.0°以下の範囲であると解釈するのが相当である。
したがって,本件発明1は互いに矛盾する2つの要件を含んでいるとはいえない。

オ 訂正後の請求項2に係る発明(本件発明2)について
申立人は,令和3年12月3日付け意見書の4ページ19行〜5ページ15行において,本件発明2においては,「2θ=30.0゜以上31.0°以下の範囲に少なくとも3つのピーク(それぞれ「ピークG」,「ピークH」,「ピークI」と称する)を有する」との要件3からは,「ピークG」については2θ=29.5゜以上30.0°未満の範囲,「ピークH」については2θ=29.7゜以上30.2゜未満の範囲,「ピークI」については2θ=31.0゜超31.3゜以下の範囲を含まないものと解釈することができる一方で,訂正により追加された「前記ピークGは2θ=30.0°±0.5゜に位置するピークであり,前記ピークHは2θ=30.2°±0.5゜に位置するピークであり,前記ピークIは2θ=30.8°±0.5゜に位置するピークである」との要件4からは,「ピークG」については2θ=29.5゜以上30.0゜未満の範囲,「ピークH」については2θ=29.7°以上30.0゜未満の範囲,「ピークI」については2θ=31.0°超31.3゜以下の範囲を含むものと解釈することができるから,本件発明2は互いに矛盾する2つの要件を含んでいるため,「ピークG」〜「ピークI」として許容される2θの範囲を当業者が一義的に理解することができないから,本件発明2は不明確である旨主張している。
しかし,本件発明2において,上記要件3から,「ピークG」については2θ=29.5゜以上30.0°未満の範囲,「ピークH」については2θ=29.7゜以上30.2゜未満の範囲,「ピークI」については2θ=31.0゜超31.3゜以下の範囲を含まないものと解釈することができることからすると,上記要件4においても,同様に,「ピークG」については2θ=29.5゜以上30.0°未満の範囲,「ピークH」については2θ=29.7゜以上30.2゜未満の範囲,「ピークI」については2θ=31.0゜超31.3゜以下の範囲を含まない,すなわち,「ピークG」については2θ=30.0゜以上30.5°以下の範囲,「ピークH」については2θ=30.0°以上30.7°以下の範囲,「ピークI」については2θ=30.3°以上31.0°以下の範囲であると解釈するのが相当である。
したがって,本件発明2は互いに矛盾する2つの要件を含んでいるとはいえない。

カ よって,申立人の上記主張はいずれも採用できない。

(4)まとめ
以上のとおり,本件発明1〜7は,特許請求の範囲の記載が明確であるから,請求項1〜7に係る特許は,特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものとはいえず,取消理由1には理由がない。

2 取消理由2(サポート要件)について
(1)本件明細書等の記載事項
本件明細書等には,以下の記載がある。
ア 「【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本開示は,リチウム(Li)元素,リン(P)元素,硫黄(S)元素及びハロゲン(X)元素を含有する硫黄含有化合物に関し,例えば固体電解質として好適に用いることができ,且つ,大気中の水分に触れても硫化水素ガスの発生を抑制することができる,新たな硫黄含有化合物を提供せんとするものである。」

イ 「【課題を解決するための手段】
【0011】
本開示は,リチウム(Li)元素,リン(P)元素,硫黄(S)元素及びハロゲン(X)元素を含み,CuKα1線を用いたX線回折装置(XRD)により測定されるX線回折パターンにおいて,2θ=21.3°±1.0°,27.8°±1.0°,及び,30.8°±0.5°のそれぞれの位置にピークを有する硫黄含有化合物を提案する。
【発明の効果】
【0012】
本開示が提案する硫黄含有化合物は,新たな結晶相に帰属するピークを有する。すなわち,本硫黄含有化合物は,新たな結晶相を有するものである。しかも,本開示が提案する硫黄含有化合物は,固体電解質として工業的に有効に利用することができるばかりか,大気中の水分に触れても,従来の固体電解質に比べて硫化水素ガスの発生を効果的に抑制することができる。」

ウ 「【発明を実施するための形態】
【0014】
次に,実施の形態例に基づいて本開示を説明する。但し,本開示が次に説明する実施形態に限定されるものではない。
【0015】
<本硫黄含有化合物>
本開示の実施形態の一例に係る硫黄含有化合物(「本硫黄含有化合物」と称する)は,リチウム(Li)元素,リン(P)元素,硫黄(S)元素及びハロゲン(X)元素を含む結晶性化合物である。
【0016】
(結晶構造)
本硫黄含有化合物は,CuKα1線を用いたX線回折装置(XRD)により測定されるX線回折パターンにおいて,2θ=21.3°±1.0°,27.8°±1.0°,及び,30.8°±0.5°のそれぞれの位置にピークを有するという特徴を有している。これらのピークは,本開示における新たな結晶相に帰属するピークである。
上記ピークを有する新たな結晶相は,通常三方晶系の結晶相または六方晶の結晶相である。このような結晶相を有する本硫黄含有化合物は,大気中の水分に触れても硫化水素ガスの発生を効果的に抑制することができるばかりか,後述するように,固体電解質として好適に用いることができる。
【0017】
なお,以後,2θ=21.3°±1.0°の位置のピークをピークAと称し,2θ=27.8°±1.0°の位置のピークをピークBと称し,さらに,2θ=30.8°±0.5°の位置のピークをピークCと称して説明する場合がある。
また,本明細書における「ピーク」とは,主にピークの頂点を意味する。
・・・
【0020】
本硫黄含有化合物はさらに,上記X線回折パターンにおいて,上記ピークに加えて,2θ=25.0°以上26.0°以下の範囲に少なくとも2つのピークを有していてもよい。すなわち,本硫黄含有化合物は,X線回折パターンにおいて,2θ=25.0°以上26.0°以下の範囲に,ピークD及びピークEを有していてもよい。
【0021】
ここで,ピークDは,2θ=25.0°以上26.0°以下において最も低角度側に位置するピークを指し,ピークEは,2θ=25.0°以上26.0°以下において最も高角度側に位置するピークを指す。
ピークD及びピークEのピーク位置は,重ならず,それぞれ独立して存在する。
また,ピークD及びピークEは,いずれも本開示における新規の結晶相に帰属するピークである。
【0022】
ピークDは,2θ=25.2°±0.5°に位置するピークであってもよく,2θ=25.2°±0.3°に位置するピークであってもよく,2θ=25.2°±0.1°に位置するピークであってもよい。
ピークEは,2θ=25.8°±0.5°に位置するピークであってもよく,2θ=25.8°±0.3°に位置するピークであってもよく,2θ=25.8°±0.1°に位置するピークであってもよい。
ただし,上述したピークD及びピークEの位置において,2θ=25.0°よりも低角度側の範囲,及び2θ=26.0°よりも高角度側の範囲は含まないこととする。・・・
【0031】
CuKα1線を用いたX線回折装置(XRD)により測定されるX線回折パターンにおける,本硫黄含有化合物を特徴づける上記ピークはいずれも,従来知られていない新たな結晶相に帰属するピークである。本硫黄含有化合物は,本開示における新たな結晶相の単相からなる化合物であってもよく,上記結晶相とは異なる他の結晶相(異相)を有する化合物であってもよい。
・・・
【0041】
(本硫黄含有化合物の用途)
本硫黄含有化合物の用途としては,例えば固体電解質を挙げることができる。」

エ 「【実施例】
【0075】
以下,本開示を下記実施例及び比較例に基づいてさらに詳述する。
【0076】
<実施例1>
本開示における新たな結晶相を生成するように,Li5.2PS4.2Cl0.9Br0.9の組成となるように,硫化リチウム(Li2S)粉末と,五硫化二リン(P2S5)粉末と,塩化リチウム(LiCl)粉末と,臭化リチウム(LiBr)粉末とを,全量で5gとなるようにそれぞれ秤量し,ヘプタンを加えて湿式粉砕混合ボールミルで10時間粉砕混合を行った後,真空乾燥器にて真空乾燥して混合粉末を得た。
そして,得られた混合粉末をカーボン製の容器(40mm×30mm×20mm,非気密性)の80体積%まで充填し,これを管状電気炉にて硫化水素ガス(H2S)を1.0l/min流通させながら300℃(品温)で4時間加熱した後,さらに500℃(品温)で4時間加熱した。昇降温速度は200℃/hrとした。その後,試料を乳鉢で粗粉砕した後,ヘプタンを加えて湿式粉砕混合ボールミルで2時間粉砕混合を行い,目開き53μmの水平旋回式篩で整粒して粉末状の硫黄含有化合物(サンプル)を得た。
この際,前記秤量,混合,電気炉へのセット,電気炉からの取り出し,解砕及び整粒作業は全て,十分に乾燥されたArガス(露点−60℃以下)で置換されたグローブボックス内で実施し,組成式:Li5.2PS4.2Cl0.9Br0.9で示される粉末状の硫黄含有化合物(サンプル)を得た。
【0077】
<実施例2>
組成式:Li5.0PS4.0Cl1.0Br1.0となるように原料を調製したこと以外は,実施例1と同様にして粉末状の硫黄含有化合物(サンプル)を得た。
【0078】
<実施例3>
組成式:Li5.2PS4.2Cl1.35Br0.45となるように原料を調製したこと以外は,実施例1と同様にして粉末状の硫黄含有化合物(サンプル)を得た。
【0079】
<実施例4>
組成式:Li5.2PS4.2Cl0.45Br1.35となるように原料を調製したこと以外は,実施例1と同様にして粉末状の硫黄含有化合物(サンプル)を得た。
【0080】
<比較例1>
組成式:Li5.4PS4.4Cl0.8Br0.8となるように原料を調製したこと以外は,実施例1と同様にして粉末状の硫黄含有化合物(サンプル)を得た。
【0081】
<X線回折測定>
実施例1〜4及び比較例1で得られた硫黄含有化合物(サンプル)をX線回折法(XRD,Cu線源)で分析し,X線回折パターンを得て,各位置におけるピーク強度(cps)を測定した。リガク社製のXRD装置「SmartLab」を用いて,大気非曝露で走査軸:2θ/θ,走査範囲:10°以上140°以下,ステップ幅0.01°,走査速度1°/minの条件の下で行った。X線源はヨハンソン型結晶を用いてCuKα1線とし,1次元検出器にて測定を行った。結果は,図1に示す。
【0082】
アルジロダイト型結晶構造に由来するピークの同定には,PDF番号00−034−0688のデータを用いた。
【0083】
<X線リートベルト解析>
リートベルト解析は,上記条件の下で測定したXRDデータを用いて,解析ソフト「RIETAN‐FP v2.8.3」にて実施した。この際,妥当性の指標は,Rwp<10%,S<2.0とした。
【0084】
<硫化水素(H2S)の発生量の測定>
実施例1−4及び比較例1で得た硫黄含有化合物(サンプル)を,十分に乾燥されたArガス(露点−60℃以下)で置換されたグローブボックス内で50mgずつ秤量し,ラミネートフィルムで密閉された袋に入れた。その後,乾燥空気と大気を混合することで調整した露点−30℃雰囲気で室温(25℃)に保たれた恒温恒湿槽の中に,容量1500cm3のガラス製のセパラブルフラスコを入れ,セパラブルフラスコの内部が恒温恒湿槽内の環境と同一になるまで保持してから,サンプルが入った密閉袋を恒温恒湿槽の中で開封し,素早くセパラブルフラスコにサンプルを配置した。サンプルをセパラブルフラスコに配置し,前記フラスコを密閉した直後から60分経過するまでに発生した硫化水素の濃度を,60分後に硫化水素センサー(理研計器製GX−2009)にて測定した。
そして,60分経過後の硫化水素濃度から硫化水素の体積を算出して,60分経過後の硫化水素発生量を求め,表1に示した。
【0085】
<全固体電池セルの作製と評価>
(材料)
正極活物質として,層状化合物であるLiNi0.33Co0.33Mn0.33O2(NCM)粉末(D50=6.7μm)を用い,負極活物質としてシリコン(D50=3.0μm)を用い,固体電解質として実施例1で得たサンプルを用いた。
【0086】
(正極材及び負極材の調製)
正極材は,正極活物質,固体電解質及び導電助剤(アセチレンブラック)粉末を,質量比で60:37:3の割合で乳鉢混合することで調製し,20MPaで1軸プレス成型して正極材ペレットを得た。
負極材は,シリコンと固体電解質と導電助剤としてカーボンを,質量比で47.5:47.5:5の割合で乳鉢混合することで調製した。
【0087】
(全固体電池セルの作製)
上下が開口したポリプロピレン製の円筒(開口径10.5mm,高さ18mm)の下側開口部を正極集電体(SUS製)で閉塞し,正極集電体上に正極材ペレットを載せた。その上から実施例1で得た硫黄含有化合物(サンプル)を載せて,180MPaにて1軸プレスし正極層固体電解質層を形成した。その上から負極材を載せた後,負極集電体(SUS製)で閉塞して550MPaにて1軸成形し,およそ100μm厚の正極層,およそ300μm厚の固体電解質層,およそ20μm厚の負極層の3層構造からなる全固体電池セルを作製した。この際,上記全固体電池セルの作製においては,露点温度−60℃のアルゴンガスで置換されたグローブボックス内で行った。
そして,この全固体電池セルを使用して,次のように,電池特性評価(初回充放電容量)を行った。
【0088】
電池特性評価は,25℃に保たれた環境試験機内に全固体電池セルを入れて充放電測定装置に接続して評価した。3mAを1Cとして電池の充放電を行った。0.1Cで4.5VまでCC−CV方式で充電し,初回充電容量を得た。放電は0.1Cで2.5VまでCC方式で行い初回放電容量を得た。
次に0.2Cで4.5Vまで定電流定電位充電した後に,5Cで2.5Vまで定電流放電し,5Cにおける放電容量を得た。0.1Cの放電容量を100%としたときの5Cの放電容量の割合を算出し,充放電効率(%)及びレート特性(5C/0.1C(%))を得た。
【0089】
また,実施例1で得た硫黄含有化合物(サンプル)の代わりに,実施例2〜4及び比較例1で得られた硫黄含有化合物(サンプル)を用いて,上記と同様に全固体電池セルを作製して,上記同様に電池特性評価を行った。結果は,表1に示した。
【0090】
【表1】

【0091】
<実施例5>
比較例1で得られた粉末状の硫黄含有化合物(サンプル)を,Ar雰囲気下にて700℃(4時間)アニール処理を行い粉末状の硫黄含有化合物(サンプル)を得た。
【0092】
<比較例2>
アニール処理を行わなかったこと以外は,実施例5と同様にして,粉末状の硫黄含有化合物(サンプル)を得た。
【0093】
<硫化水素(H2S)の発生量の測定>
実施例5及び比較例2で得た硫黄含有化合物(サンプル)を用いて,上述した方法と同様の方法により60分間の硫化水素の発生量を測定した。結果は,図2に示す。
【0094】
<X線回折測定>
実施例5及び比較例2で得られた硫黄含有化合物(サンプル)を,上述した方法と同様にしてX線回折法(XRD,Cu線源)で分析した。なお,サンプルにパラフィンを混合した混合物について測定した。結果は,図3に示す。
【0095】
<実施例2−1>
組成式:Li5.0PS4.0Cl1.0Br1.0となるように原料を調製し,焼成温度を550℃としたこと以外は,実施例1と同様にして硫黄含有化合物(サンプル)を得た。
【0096】
<実施例2−2>
焼成温度を500℃としたこと以外は,実施例2−1と同様にして硫黄含有化合物(サンプル)を得た。
【0097】
<実施例6>
組成式:Li5.0PS4.0Cl1.5Br0.5となるように原料を調製し,焼成温度を550℃としたこと以外は,実施例1と同様にして粉末状の硫黄含有化合物(サンプル)を得た。
【0098】
<実施例7>
組成式:Li5.0PS4.0Cl0.5Br1.5となるように原料を調製したこと以外は,実施例6と同様にして粉末状の硫黄含有化合物(サンプル)を得た。
【0099】
<実施例8>
組成式:Li4.6PS4.0Cl0.8Br0.8となるように原料を調製し,焼成温度を500℃としたこと以外は,実施例1と同様にして粉末状の硫黄含有化合物(サンプル)を得た。
【0100】
<実施例9>
組成式:Li4.2PS4.0Cl0.6Br0.6となるように原料を調製したこと以外は,実施例8と同様にして粉末状の硫黄含有化合物(サンプル)を得た。
【0101】
<実施例10>
組成式:Li3.8PS4.0Cl0.4Br0.4となるように原料を調製したこと以外は,実施例8と同様にして粉末状の硫黄含有化合物(サンプル)を得た。
【0102】
<実施例11>
組成式:Li3.4PS4.0Cl0.2Br0.2となるように原料を調製したこと以外は,実施例8と同様にして粉末状の硫黄含有化合物(サンプル)を得た。
【0103】
<比較例3>
組成式:Li5.0PS4.0Cl2.0となるように原料を調製したこと以外は,実施例6と同様にして粉末状の硫黄含有化合物(サンプル)を得た。
【0104】
<X線回折測定>
実施例2−1,実施例2−2,実施例6〜11及び比較例3で得られた硫黄含有化合物(サンプル)を,上述した方法と同様にしてX線回折法(XRD,Cu線源)で分析した。結果は,図4,図5に示す。
【0105】
<硫化水素(H2S)の発生量の測定>
実施例2−2,実施例8〜11で得た硫黄含有化合物(サンプル)を用いて,上述した方法と同様の方法により硫化水素の発生量を測定した。結果は,表2に示す。
【0106】
【表2】

【0107】
実施例1〜11,実施例2−1及び実施例2−2で得られた硫黄含有化合物(サンプル)について,X線回折装置(XRD)によりX線回折パターンを測定した結果,2θ=21.3°±1.0°,27.8°±1.0°,及び,30.8°±0.5°のそれぞれの位置にピークを有することを確認できた。そして,これらのピークは,本開示における新たな結晶相に帰属するピークであった。上記ピークを有する新たな結晶相は,通常三方晶系の結晶相または六方晶の結晶相であることが分かった。
また,2θ=25.0°以上26.0°以下の範囲に存在する2つのピークD及びピークE,並びに,2θ=30.0°以上31.0°以下の範囲に存在する3つのピークG,ピークH及びピークIも,上記の新たな結晶相に帰属するピークであることが分かった。
【0108】
また,実施例1〜11,実施例2−1及び実施例2−2で得られた硫黄含有化合物(サンプル)は,硫化水素ガスの発生を有効に抑えることができることが分かった。
また,実施例1〜11,実施例2−1及び実施例2−2で得られた硫黄含有化合物粒子粉末(サンプル)は,全固体電池の固体電解質として有効に利用することができることも分かった。
なお,上記実施例では,電池特性の評価について,実施例1,2及び実施例3で得られた硫黄含有化合物(サンプル)についての結果しか示していないが,これら以外の実施例で得られた硫黄含有化合物(サンプル)は,実施例1,2及び実施例3で得られた硫黄含有化合物(サンプル)と,組成及び結晶構造の点で近似しているから,当然同様の電池特性を示すものと理解することができる。」

オ 「【図2】



(2)本件発明が解決しようとする課題
上記(1)アの【0010】の記載によれば,本件発明が解決しようとする課題は,「リチウム(Li)元素,リン(P)元素,硫黄(S)元素及びハロゲン(X)元素を含有する硫黄含有化合物に関し,例えば固体電解質として好適に用いることができ,且つ,大気中の水分に触れても硫化水素ガスの発生を抑制することができる,新たな硫黄含有化合物を提供」することである。

(3)本件発明1について
ア 本件明細書等の発明の詳細な説明(以下,単に「発明の詳細な説明」という。)の記載について
(ア)発明の詳細な説明の記載である上記(1)イ及びウには,リチウム(Li)元素,リン(P)元素,硫黄(S)元素及びハロゲン(X)元素を含み,CuKα1線を用いたX線回折装置(XRD)により測定されるX線回折パターンにおいて,2θ=21.3°±1.0°(以下,「ピークA」ともいう。),27.8°±1.0°(以下,「ピークB」ともいう。),及び,30.8°±0.5°(以下,「ピークC」ともいう。)のそれぞれの位置にピークを有し,且つ,2θ=25.0°以上26.0°以下の範囲に少なくとも2つのピーク(それぞれ「ピークD」,「ピークE」と称する)を有し,前記ピークDは2θ=25.2°±0.5に位置するピークであり,前記ピークEは2θ=25.8°±0.5に位置するピークである,硫黄含有化合物は,ピークA〜ピークEという新たな結晶相に帰属するピークを有し,例えば固体電解質として好適に用いることができ,且つ,大気中の水分に触れても硫化水素ガスの発生を抑制できることが記載されている。

(イ)実施例(上記(1)エの【0075】〜【0108】)の記載について
a 硫黄含有化合物の組成について
上記(1)エの【0076】〜【0080】,【0091】,【0095】〜【0102】の記載によれば,実施例における硫黄含有化合物の組成は,Li5.2PS4.2Cl0.9Br0.9(実施例1),Li5.0PS4.0Cl1.0Br1.0(実施例2),Li5.2PS4.2Cl1.35Br0.45(実施例3),Li5.2PS4.2Cl0.45Br1.35(実施例4),Li5.4PS4.4Cl0.8Br0.8(実施例5),Li5.0PS4.0Cl1.0Br1.0(実施例2−1,実施例2−2),Li5.0PS4.0Cl1.5Br0.5(実施例6),Li5.0PS4.0Cl0.5Br1.5(実施例7),Li4.6PS4.0Cl0.8Br0.8(実施例8),Li4.2PS4.0Cl0.6Br0.6(実施例9),Li3.8PS4.0Cl0.4Br0.4(実施例10),Li3.4PS4.0Cl0.2Br0.2(実施例11),であるから,いずれの実施例で得られた硫黄含有化合物も,リチウム(Li)元素,リン(P)元素,硫黄(S)元素及びハロゲン(X)元素を含んでいるといえる。

b 硫化水素ガスの発生量について
上記(1)エの【0090】の【表1】では,実施例1〜4で得られた硫黄含有化合物の硫化水素ガスの発生量は,いずれも0.2cm3/g以下であるのに対し,比較例1で得られた硫黄含有化合物の硫化水素ガスの発生量は,0.4cm3/gであるから,実施例1で得られた硫黄含有化合物は,比較例1で得られた硫黄含有化合物よりも硫化水素ガスの発生を有効に抑えられることが理解できる。
また,上記(1)オの【図2】においては,実施例5で得られた硫黄含有化合物は,60分間,硫化水素がほとんど発生しないのに対して,比較例2(アニール処理を行わなかったこと以外は,実施例5と同様)で得られた硫黄含有化合物は,60分の間に,硫化水素の発生量が増加していることが見て取れるから,実施例5で得られた硫黄含有化合物は,比較例2で得られた硫黄含有化合物よりも硫化水素ガスの発生を抑制できることが理解できる。
さらに,上記(1)エの【0106】の【表2】では,実施例2−2,実施例8〜実施例11で得られた硫黄含有化合物の硫化水素ガスの発生量は,いずれも0.07cm3/g以下であり,上記実施例1,3,4で得られた硫黄含有化合物の硫化水素ガスの発生量である0.2cm3/gよりも少ないから,硫化水素ガスの発生を抑制できることが理解できる。

c 電池特性について
上記(1)エの【0085】〜【0089】の記載によれば,同【0090】の【表1】には,実施例1〜実施例3で得られた硫黄含有化合物を固体電解質として用いた全固体電池セルの特性が示されており,初回充電容量が263.6〜270.1mAh/g,初回放電容量が172.1〜174.0mAh/g,充放電効率が64.4〜65.6%,5C/0.1Cにおけるレート特性が17.4〜20.8%との特性が得られていることから,実施例1〜実施例3で得られた硫黄含有化合物は,いずれも全固体電池の固体電解質として好適に用いることができるといえる。
また,同【0108】には,「なお,上記実施例では,電池特性の評価について,実施例1,2及び実施例3で得られた硫黄含有化合物(サンプル)についての結果しか示していないが,これら以外の実施例で得られた硫黄含有化合物(サンプル)は,実施例1,2及び実施例3で得られた硫黄含有化合物(サンプル)と,組成及び結晶構造の点で近似しているから,当然同様の電池特性を示すものと理解することができる。」と記載されている。
そして,上記bで検討したとおり,実施例8〜11で得られた硫黄含有化合物の硫化水素の発生量は,実施例1,3で得られた硫黄含有化合物の硫化水素の発生量よりも少ないものである。
したがって,実施例8〜11で得られた硫黄含有化合物は,実施例1,3で得られた硫黄含有化合物と同様に,全固体電池の固体電解質として好適に用いることができるといえる。

d X線回折装置(XRD)によるX線回折パターンにおけるピークについて
上記(1)エの【0107】には,「実施例1〜11,実施例2−1及び実施例2−2で得られた硫黄含有化合物(サンプル)について,X線回折装置(XRD)によりX線回折パターンを測定した結果,2θ=21.3°±1.0°,27.8°±1.0°,及び,30.8°±0.5°のそれぞれの位置にピークを有することを確認できた。そして,これらのピークは,本開示における新たな結晶相に帰属するピークであった。上記ピークを有する新たな結晶相は,通常三方晶系の結晶相または六方晶の結晶相であることが分かった。
また,2θ=25.0°以上26.0°以下の範囲に存在する2つのピークD及びピークE,並びに,2θ=30.0°以上31.0°以下の範囲に存在する3つのピークG,ピークH及びピークIも,上記の新たな結晶相に帰属するピークであることが分かった。」と記載されているから,実施例1〜11,実施例2−1及び実施例2−2で得られた硫黄含有化合物は,いずれも,新たな結晶相に帰属するピークA〜ピークEを有しているといえる。
なお,ここでのピークA〜ピークEが存在するか否かは,上記1(1)ア(イ)a及びbの判定方法によって判定していると認められる。
また,上記(1)エの【0080】,【0091】,【0092】及び【0103】の記載によれば,比較例1及び比較例2で得られた硫黄含有化合物の組成は,Li5.4PS4.4Cl0.8Br0.8であり,比較例3で得られた硫黄含有化合物の組成は,Li5.0PS4.0Cl2.0であり,いずれも,各実施例で得られた硫黄含有化合物の組成と同様に,リチウム(Li)元素,リン(P)元素,硫黄(S)元素及びハロゲン(X)元素を含んでいるものの,X線回折装置(XRD)により測定されるX線回折パターンにおけるピークA〜ピークEの有無は,発明の詳細な説明には明記されていないが,そもそも比較例であることからすると,ピークA〜ピークEのいずれかのピークを有していないといえる。
ここで,特許権者が令和3年3月26日付けの意見書とともに提出した乙第1号証は,本件明細書等の図1,図4及び図5に開示されているX線回折パターンであり,そこには,比較例1及び比較例3がピークBを有していないこと(比較例1ではB/A=0.63,比較例3ではB/A=1.00であること)が示されており,上記「そもそも比較例であることからすると,ピークA〜ピークEのいずれかのピークを有していないといえる」との判断を裏付けるものである。なお,上記B/Aの値は,上記1(1)ア(イ)aにおける方法によって算出していると認められる。

e 以上によれば,実施例の記載から,リチウム(Li)元素,リン(P)元素,硫黄(S)元素及びハロゲン(X)元素を含み,X線回折装置(XRD)により測定されるX線回折パターンにおいて,新たな結晶相に帰属するピークA〜ピークEを有する硫黄含有化合物は,例えば固体電解質として好適に用いることができ,且つ,大気中の水分に触れても硫化水素ガスの発生を抑制することができるといえる。

(ウ)そうすると,上記(イ)の実施例の記載は,上記(ア)の発明の詳細な説明の記載を裏付けるものである。
したがって,発明の詳細な説明には,リチウム(Li)元素,リン(P)元素,硫黄(S)元素及びハロゲン(X)元素を含み,CuKα1線を用いたX線回折装置(XRD)により測定されるX線回折パターンにおいて,2θ=21.3°±1.0°,27.8°±1.0°,及び,30.8°±0.5°のそれぞれの位置にピークを有し,且つ,2θ=25.0°以上26.0°以下の範囲に少なくとも2つのピーク(それぞれ「ピークD」,「ピークE」と称する)を有し,前記ピークDは2θ=25.2°±0.5に位置するピークであり,前記ピークEは2θ=25.8°±0.5に位置するピークである,硫黄含有化合物の発明が記載され,また,発明の詳細な説明により,当業者は,当該発明が,例えば固体電解質として好適に用いることができ,且つ,大気中の水分に触れても硫化水素ガスの発生を抑制することができる,新たな硫黄含有化合物を提供し得るものであることを認識できるといえる。

イ 小括
よって,本件発明1は,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものである。

(4)本件発明2〜7について
本件発明2の構成は発明の詳細な説明の【0025】〜【0027】等に,本件発明3の構成は同【0033】等に,本件発明4の構成は同【0034】等に,本件発明5の構成は同【0041】等に,本件発明6の構成は同【0057】等に,本件発明7の構成は同【0067】等にそれぞれ記載されているから,本件発明2〜7は,発明の詳細な説明に記載された発明であるといえる。
そして,本件発明2〜4は,本件発明1を減縮した発明であり,本件発明5は,請求項1から4の何れかに記載の硫黄含有化合物を含有する固体電解質の発明であり,本件発明6は,本件発明5を減縮した発明であり,本件発明7は,請求項5又は6に記載の固体電解質を含有する電池の発明であるから,本件発明2〜7は,本件発明1と同様に,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるといえる。

(5)申立人の主張について
ア 申立人は,特許異議申立書26ページ下から6行〜27ページ11行において,前述のとおり,本件特許の明細書においてはX線回折パターンにおけるピークの定義が明確になされていないだけでなく,実施例で得られた硫黄含有化合物のX線回折パターンにおけるピークの同定も不十分であることから,本件特許発明の効果がX線回折パターンにおける「ピークA」〜「ピークE」の5つの帰属ピークを有する新たな結晶相に基づくものであるとは必ずしもいえず,本件発明1に関しては,硫黄含有化合物がX線回折パターンにおいて「ピークA」〜「ピークE」を有するものであれば,確実に所望の効果が得られることを当業者が認識できる程度に,本件明細書の発明の詳細な説明には記載されていないということができる旨主張している。
しかし,上記1で検討したとおり,本件発明1の各「ピーク」の定義は明確であるから,申立人の上記主張は前提において誤っている。

イ 申立人は,特許異議申立書31ページ1行〜32ページ9行において,実施例1〜7で得られた硫黄含有化合物(a)では,新たな結晶相(b)を極めて微量に含むものである(さらには,「ピークA」〜「ピークE」を有する新たな結晶相(b)がそもそも発生しているか否かも不明である)にもかかわらず,H2S発生量の低減や良好な充放電特性といった本件特許発明の課題が達成されていることとなり,当業者としては,これらの優れた効果が新たな結晶相(b)に基づくものであると素直に理解することはできず,この場合にはむしろ,主相としての硫化水素発生源であるアルジロダイト型結晶構造の変化による影響が大きいと,当業者であれば理解するものであると思料される一方で,本件明細書の【0039】には,「本硫黄含有化合物は,本開示における新規の結晶相を含有していればよく」とあり,「本硫黄含有化合物が本開示における新規の結晶相を含有するとは,本硫黄含有化合物が少なくとも本開示における新規の結晶相を含有していれば足りる。」とあるが,この記載と【0040】の記載とは齟齬があり,本件発明1〜4では,硫黄含有化合物(a)中の新たな結晶相(b)の割合も構成要件となっていないことから,硫黄含有化合物(a)中にどの程度の新たな結晶相(b)が存在すれば課題を解決することができるのか,本件明細書の記載から当業者であっても理解することができないから,実施例中で硫黄含有化合物(a)中の新たな結晶相(b)の量も特定されておらず,しかも前記のように,得られた効果が新たな結晶相(b)に基づくものであると理解できない状況において,出願時の技術常識に照らしても,請求項に係る発明の範囲まで,発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できるとはいえない旨主張している。
しかし,上記(3)の検討によれば,発明の詳細な説明の実施例の記載から,ピークA〜ピークEを有していれば,例えば固体電解質として好適に用いることができ,且つ,大気中の水分に触れても硫化水素ガスの発生を抑制することができると認識できるといえる。

ウ 申立人は,特許異議申立書の33ページ7行〜34ページ6行において,実施例8〜11で得られた硫黄含有化合物については,硫化水素発生量の抑制は示されているが(表2),固体電解質として機能する化合物であるかについては記載がなく,なお,【0108】には,「電池特性の評価について,実施例1,2及び実施例3で得られた硫黄含有化合物(サンプル)についての結果しか示していないが,これら以外の実施例で得られた硫黄含有化合物(サンプル)は,実施例1,2及び実施例3で得られた硫黄含有化合物(サンプル)と,組成及び結晶構造の点で近似しているから,当然同様の電池特性を示すものと理解することができる」との記載があるが,実施例1,2及び実施例3で得られた硫黄含有化合物は前記のように大部分がアルジロダイト型結晶構造であるから,新たな結晶相が比較的多く析出していると考えられる実施例11で得られた硫黄含有化合物について,実験的に検証もせず上記判断を行うことは到底妥当とはいえず,この実施例11で得られた硫黄含有化合物についての評価結果は,X線回折パターンが類似している実施例8〜10についても同様であるといえるから,これらの硫黄含有化合物については,特許請求の範囲に記載された発明に対して,発明の詳細な説明には発明の内容が十分に開示されていない旨主張している。
しかし,上記(3)ア(イ)dで検討したとおり,実施例8〜11で得られた硫黄含有化合物は,実施例1,3で得られた硫黄含有化合物と同様に,全固体電池の固体電解質として好適に適用できるといえる。

エ 申立人は,令和3年12月3日付け意見書の4ページ2〜11行において,本件発明1に関しては,訂正により追加された「ピークD」及び「ピークE」の2θ範囲のうち,2θ=25.0゜未満,26.0゜超の範囲については実施例においても該当ピークが示されておらず,その範囲について,出願時の技術常識に照らしても,請求項に係る発明の範囲まで,発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できるとはいえないから,本件明細書等の発明の詳細な説明は,本件発明1の構成を満たすことによって,所望の効果(性能)が得られると当業者において認識できる程度に,具体例を開示して記載しているとはいえないから,本件明細書の本件発明1に関する記載が,明細書のサポート要件に適合するということはできない旨主張している。
しかし,上記1(3)エで検討したとおり,本件発明1においては,「ピークD」については2θ=24.7°以上25.0°未満の範囲,「ピークE」については2θ=26.0゜超26.3゜以下の範囲を含まないものであるから,本件訂正は,発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化しているとはいえない。
したがって,上記申立人の主張は,前提において誤っている。

オ 申立人は,令和3年12月3日付け意見書の5ページ下から6行〜6ページ12行において,本件明細書及び特許権者の提出した証拠を見ても,未だに「ピークG」,「ピークH」及び「ピークI」の3つのピークを確実に確認できていないから,本件明細書等の実施例において,新たな結晶相の特定に重要である「ピークG」,「ピークH」及び「ピークI」の3つのピークは示されていないのであり,このことは,新たな結晶相が存在すれば確実に所望の効果が得られることを当業者が認識できる程度に,本件明細書の発明の詳細な説明には記載されていないということができる,すなわち,本件明細書の本件発明2に関する記載が,明細書のサポート要件に適合するということはできない旨主張している。
上記(4)で検討したように,本件発明2の構成は,発明の詳細な説明の【0025】〜【0027】等に記載されており,そして,本件発明2は,本件発明1を減縮した発明であるから,本件発明1と同様に,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるといえる。

カ したがって,申立人の上記主張はいずれも採用できない。

(6)まとめ
以上のとおり,本件発明1〜7は,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであから,本件発明1〜7は,発明の詳細な説明に記載されたものである。
したがって,請求項1〜7に係る特許は,特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものとはいえず,取消理由2には理由がない。

3 取消理由3(新規性)について
(1)甲第1号証に記載された発明
上記第5 1の記載(特に,実施例7及び実施例41)によれば,甲第1号証には,以下の発明が記載されていると認められる。

「Li0.3794Si0.0653P0.0653S0.4769Cl0.0131の組成を有し,
CuKα線を用いたX線回折測定における2θ=29.58°±1.00°の位置にピークを有する結晶相Aを有し,
CuKα線を用いたX線回折測定における2θ=30.12°±1.00°の位置にピークを有する結晶相Bを有さず,
結晶相Aは,LiGePS系の硫化物固体電解質材料と同じ結晶相であり,
結晶相Bは,アルジェロダイト型の結晶相である,
硫化物固体電解質材料。」(以下,「甲1−1発明」という。)

「Li0.4022Si0.0693P0.0530S0.4687Cl0.0068の組成を有し,
CuKα線を用いたX線回折測定における2θ=29.58°±1.00°の位置にピークを有する結晶相A,及び,
CuKα線を用いたX線回折測定における2θ=30.12°±1.00°の位置にピークを有する結晶相Bを有し,
上記2θ=29.58°±1.00°のピークの回折強度をIAとし,上記2θ=30.12°±1.00°のピークの回折強度をIBとした際に,IB/IAの値が,0.6以下であり,
結晶相Aは,LiGePS系の硫化物固体電解質材料と同じ結晶相であり,
結晶相Bは,アルジェロダイト型の結晶相である,
硫化物固体電解質材料。」(以下,「甲1−2発明」という。)

(2)甲1−1発明を主引用発明とする新規性について
ア 本件発明1について
(ア)対比
本件発明1と甲1−1発明とを対比する。
a 甲1−1発明の「Li」,「P」,「S」,「Cl」は,それぞれ,本件発明1の「リチウム(Li)元素」,「リン(P)元素」,「硫黄(S)元素」,「ハロゲン(X)元素」に相当し,甲1−1発明の「Li0.3794Si0.0653P0.0653S0.4769Cl0.0131の組成を有」する「硫化物固体電解質材料」は,本件発明1の「リチウム(Li)元素,リン(P)元素,硫黄(S)元素及びハロゲン(X)元素を含」む「硫黄含有化合物」に相当する。

b 甲1−1発明の「CuKα線を用いたX線回折測定における」「ピーク」は,CuKα線を用いたX線回折装置より測定されるX線回折パターンにおけるピークであることは技術常識であるから,本件発明1の「CuKα1線を用いたX線回折装置(XRD)により測定されるX線回折パターン」における「ピーク」に相当し,甲1−1発明と本件発明1とは,いずれも,当該「ピーク」を有する点で共通する。

c 以上から,本件発明1と甲1−1発明との間には,次の一致点,相違点があるといえる。
<一致点>
「リチウム(Li)元素,リン(P)元素,硫黄(S)元素及びハロゲン(X)元素を含み,CuKα1線を用いたX線回折装置(XRD)により測定されるX線回折パターンにおいてピークを有する,硫黄含有化合物」

<相違点>
相違点1:「CuKα1線を用いたX線回折装置(XRD)により測定されるX線回折パターン」における「ピーク」について,本件発明1は,「2θ=21.3°±1.0°,27.8°±1.0°,及び,30.8°±0.5°のそれぞれの位置にピークを有し,且つ,2θ=25.0°以上26.0°以下の範囲に少なくとも2つのピーク(それぞれ「ピークD」,「ピークE」と称する)を有し,前記ピークDは2θ=25.2°±0.5°に位置するピークであり,前記ピークEは2θ=25.8°±0.5°に位置するピークである」のに対し,甲1−1発明は,「2θ=29.58°±1.00°の位置にピークを有する」点。

(イ)相違点1についての判断
a 上記1(1)ア(イ)a及びbでの検討によれば,本件発明1の「CuKα1線を用いたX線回折装置(XRD)により測定されるX線回折パターン」における「ピーク」は,主にピークの頂点を意味するものであり,ピークの判定方法は以下のとおりであるといえる。
リガク社製のXRD装置「SmartLab」を用いて,大気非曝露で走査軸:2θ/θ,走査範囲:10°以上140°以下,ステップ幅0.01°,走査速度1°/minの条件の下で,X線源はヨハンソン型結晶を用いてCuKα1線とし,1次元検出器にて測定を行い,各2θに対応するX線強度からX線回折パターンを得て,例えば,本件発明1に特定されている2θ=21.3°±1.0°の範囲にピークが存在するか否かは,X線回折パターンにおいて,2θ=(21.3°−1.0°)±0.5すなわち2θ=20.3°±0.5°と,2θ=(21.3°+1.0°)±0.5°すなわち2θ=22.3°±0.5°とのX線強度(counts)の平均値をバックグラウンド(BG)の強度Aとし,21.3°±1.0°のX線強度(counts)の最大値をピーク強度Bとしたときに,その比(B/A)を算出し,その値が,1.01以上であれば,ピークが存在するものと判定することができ,また,本件発明1に特定されている2θ=30.8°±0.5°の範囲にピークが存在するか否かは,X線回折パターンにおいて,2θ=(30.8°−0.5°)±0.5すなわち2θ=30.3°±0.5°と,2θ=(30.8°+0.5°)±0.5°すなわち2θ=31.33°±0.5°とのX線強度(counts)の平均値をバックグラウンド(BG)の強度Aとし,30.8°±1.0°のX線強度(counts)の最大値をピーク強度Bとしたときに,その比(B/A)が,1.01以上であれば,ピークが存在するものと判定することができる。
そうすると,本件発明1において,各「ピーク」の判定は,CuKα1線を用いたX線回折装置(XRD)による測定により得られた各2θの値に対応するX線強度の値に基づいて行うものである。

b 一方,甲第1号証の【0058】(上記第5 1)には,X線回折測定について,「XRD測定は,粉末試料に対して,不活性雰囲気下,CuKα線使用の条件で行った。代表的な結果を図5および図6に示す。図5(a)に示すように,実施例7では,結晶相Aのピークが確認され,結晶相Bのピークは確認されなかった。一方,図5(b),(c)に示すように,実施例41および比較例4では,結晶相Aおよび結晶相Bのピークが確認され,比較例4は,実施例41よりも結晶相Bの割合が多かった。また,図6(a),(b)に示すように,実施例7および実施例55では,結晶相Aのピークが確認され,結晶相Bのピークは確認されなかった。」と記載されているものの,甲第1号証には,甲1−1発明の「CuKα線を用いたX線回折測定における」「ピーク」の判定方法や,X線回折測定における各2θの値に対応するX線強度の値については,何ら記載されていない。
そうすると,甲第1号証において,X線回折測定における各2θの値に対応するX線強度の値は不明であるから,甲1−1発明は,相違点1に係る本件発明1の各「ピーク」を有しているかどうか不明である。
また,甲1−1発明が,相違点1に係る本件発明1の各「ピーク」を有することは,本件特許の優先日において技術常識であるともいえない。

c したがって,相違点1は実質的な相違点であるから,本件発明1は,甲1−1発明であるとはいえない。

イ 本件発明2,5〜7について
本件発明2は,本件発明1を減縮した発明であり,本件発明5は,請求項1又は2に記載の硫黄含有化合物を含有する固体電解質の発明であり,本件発明6は,本件発明5を減縮した発明であり,本件発明7は,請求項5又は6に記載の固体電解質を含有する電池の発明であり,いずれも,相違点1に係る本件発明1の構成を有しているから,上記アで検討したのと同様の理由により,本件発明2,5〜7は,甲1−1発明であるとはいえない。

(3)甲1−2発明を主引用発明とする新規性について
ア 本件発明1について
(ア)対比
本件発明1と甲1−2発明とを対比する。
a 甲1−2発明の「Li」,「P」,「S」,「Cl」は,それぞれ,本件発明1の「リチウム(Li)元素」,「リン(P)元素」,「硫黄(S)元素」,「ハロゲン(X)元素」に相当し,甲1−2発明の「Li0.4022Si0.0693P0.0530S0.4687Cl0.0068の組成を有」する「硫化物固体電解質材料」は,本件発明1の「リチウム(Li)元素,リン(P)元素,硫黄(S)元素及びハロゲン(X)元素を含」む「硫黄含有化合物」に相当する。

b 甲1−2発明の「CuKα線を用いたX線回折測定における」「ピーク」は,CuKα線を用いたX線回折装置より測定されるX線回折パターンにおけるピークであることは技術常識であるから,本件発明1の「CuKα1線を用いたX線回折装置(XRD)により測定されるX線回折パターン」における「ピーク」に相当し,甲1−2発明と本件発明1とは,いずれも,当該「ピーク」を有する点で共通する。

c 以上から,本件発明1と甲1−2発明との間には,次の一致点,相違点があるといえる。
<一致点>
「リチウム(Li)元素,リン(P)元素,硫黄(S)元素及びハロゲン(X)元素を含み,CuKα1線を用いたX線回折装置(XRD)により測定されるX線回折パターンにおいてピークを有する,硫黄含有化合物」

<相違点>
相違点2:「CuKα1線を用いたX線回折装置(XRD)により測定されるX線回折パターン」における「ピーク」について,本件発明1は,「2θ=21.3°±1.0°,27.8°±1.0°,及び,30.8°±0.5°のそれぞれの位置にピークを有し,且つ,2θ=25.0°以上26.0°以下の範囲に少なくとも2つのピーク(それぞれ「ピークD」,「ピークE」と称する)を有し,前記ピークDは2θ=25.2°±0.5°に位置するピークであり,前記ピークEは2θ=25.8°±0.5°に位置するピークである」のに対し,甲1−2発明は,「2θ=29.58°±1.00°の位置にピーク」,及び,「2θ=30.12°±1.00°の位置にピークを有する」点。

(イ)相違点2についての判断
a 上記(2)ア(イ)aにおいて検討したとおり,本件発明1においては,各「ピーク」の判定は,CuKα1線を用いたX線回折装置(XRD)による測定により得られた各2θの値に対応するX線強度の値に基づいて行うものである。

b 一方,上記(2)ア(イ)bにおいて検討したのと同様に,甲第1号証には,甲1−2発明の「CuKα線を用いたX線回折測定における」「ピーク」の判定方法や,X線回折測定における各2θの値に対応するX線強度の値については,何ら記載されていない。
そうすると,甲第1号証において,X線回折測定における各2θの値に対応するX線強度の値は不明であるから,甲1−2発明は,相違点2に係る本件発明1の各「ピーク」を有しているかどうかは不明である。
また,甲1−2発明が,相違点2に係る本件発明1の各「ピーク」を有することは,本件特許の優先日において技術常識であるともいえない。

c したがって,相違点2は実質的な相違点であるから,本件発明1は,甲1−2発明であるとはいえない。

イ 本件発明2,5〜7について
本件発明2は,本件発明1を減縮した発明であり,本件発明5は,請求項1又は2に記載の硫黄含有化合物を含有する固体電解質の発明であり,本件発明6は,本件発明5を減縮した発明であり,本件発明7は,請求項5又は6に記載の固体電解質を含有する電池の発明であり,いずれも,相違点2に係る本件発明1の構成を有しているから,上記アで検討したのと同様の理由により,本件発明2,5〜7は,甲1−2発明であるとはいえない。

(4)申立人の主張について
申立人は,特許異議申立書の14ページ14行〜16ページ5行において,甲第1号証には,実施例で得られた硫化物固体電解質材料のX線回折測定の代表的な結果として図5に実施例7,41の測定結果が示されており,図5(a),(b)を拡大した図から,実施例7及び14で得られる硫化物固体電解質材料のいずれにおいても,これらのX線回折パターンでは,本件発明1における「ピークA」〜「ピークE」で特定される位置に明確にピークが存在していることがわかる旨主張している。
しかし,上記(2)ア(イ)aで検討したとおり,本件発明1において,各「ピーク」の判定は,CuKα1線を用いたX線回折装置(XRD)による測定により得られた各2θの値に対応するX線強度の値に基づいて行うものであり,X線回折パターンの図から判定するものではないから,申立人の上記主張は採用できない。

(5)まとめ
以上のとおり,本願発明1,2,5〜7は,甲1−1発明又は甲1−2発明ではなく,特許法第29条第1項第3号に該当しないから,請求項1,2,5〜7に係る特許は,特許法第29条第1項の規定に違反してされたものとはいえず,取消理由3には理由がない。

4 取消理由4(進歩性)について
(1)本件発明7について
ア 上記3(2)イ及び3(3)イで検討したとおり,本件発明7は,相違点1又は相違点2に係る本件発明1の構成を有している。そして,当該構成は,本件特許の優先日において周知技術であるとはいえない。
したがって,本件発明7は,甲1−1発明又は甲1−2発明に基づいて当業者が容易に想到し得たものとはいえない。

イ まとめ
以上のとおり,本件発明7は,甲1−1発明又は甲1−2発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものではないから,請求項7に係る特許は,特許法第29条第2項の規定に違反してされたものとはいえず,取消理由4には理由がない。

第7 取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由について
新規性について
申立人は,特許異議申立書の17ページ10行〜18ページ最下行において,本件発明3,4発明は,甲第1号証に記載された発明である旨主張している。
しかし,上記第6 3(2)及び(3)で検討したとおり,本件発明1は,甲1−1発明又は甲1−2発明であるとはいえず,本件発明3,4は,いずれも本件発明1を減縮した発明であり,相違点1又は相違点2に係る本件発明1の構成を有しているから,本件発明1と同様の理由により,本件発明3,4は,甲1−1発明又は甲1−2発明であるとはいえない。
したがって,申立人の上記主張は採用できない。

進歩性について
申立人は,特許異議申立書の20ページ6行〜22ページ3行において,本件発明3〜7は,甲第1号証及び甲第2号証(国際公開第2016/104702号)に記載された発明に基づいて,当業者が容易になし得るものである旨主張している。
しかし,本件発明3,4は,いずれも本件発明1を減縮した発明であり,本件発明5は,請求項1又は3に記載の硫黄含有化合物を含有する固体電解質の発明であり,本件発明6は,本件発明5を減縮した発明であり,本件発明7は,請求項5又は6に記載の固体電解質を含有する電池の発明であり,いずれも相違点1又は相違点2に係る本件発明1の構成を有している。
そして,甲第2号証には,相違点1又は相違点2に係る本件発明1の構成は記載も示唆もされていない。
したがって,本件発明3〜7は,甲1−1発明又は甲1−2発明及び甲第2号証に記載された発明に基づいて,当業者が容易になし得るものであるとはいえない。
よって,申立人の上記主張は採用できない。

第8 むすび
以上のとおりであるから,取消理由通知に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した特許異議申立理由によっては,本件請求項1〜7に係る特許を取り消すことはできない。
また,他に本件請求項1〜7に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって,結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
リチウム(Li)元素、リン(P)元素、硫黄(S)元素及びハロゲン(X)元素を含み、CuKα1線を用いたX線回折装置(XRD)により測定されるX線回折パターンにおいて、2θ=21.3°±1.0°、27.8°±1.0°、及び、30.8°±0.5°のそれぞれの位置にピークを有し、且つ、2θ=25.0°以上26.0°以下の範囲に少なくとも2つのピーク(それぞれ「ピークD」、「ピークE」と称する)を有し、前記ピークDは2θ=25.2°±0.5°に位置するピークであり、前記ピークEは2θ=25.8°±0.5°に位置するピークである、硫黄含有化合物。
【請求項2】
CuKα1線を用いたX線回折装置(XRD)により測定されるX線回折パターンにおいて、2θ=30.0°以上31.0°以下の範囲に少なくとも3つのピーク(それぞれ「ピークG」、「ピークH」、「ピークI」と称する)を有し、前記ピークGは2θ=30.0°±0.5°に位置するピークであり、前記ピークHは2θ=30.2°±0.5°に位置するピークであり、前記ピークHは2θ=30.8°±0.5°に位置するピークである、請求項1に記載の硫黄含有化合物。
【請求項3】
一般式LiaPSbXc(Xは、F、Cl、Br及びIのうちの少なくとも1種である。また、aは3.0以上6.0以下、bは3.5以上4.8以下、cは0.1以上3.0以下である。)で表される請求項1又は請求項2に記載の硫黄含有化合物。
【請求項4】
前記ハロゲン(X)元素として、塩素(Cl)元素及び臭素(Br)元素を含む、請求項1から請求項3までの何れかの請求項に記載の硫黄含有化合物。
【請求項5】
請求項1から請求項4までの何れかの請求項に記載の硫黄含有化合物を含有する固体電解質。
【請求項6】
前記硫黄含有化合物を主体として含有する、請求項5に記載の固体電解質。
【請求項7】
正極層と、負極層と、前記正極層及び前記負極層の間の固体電解質層とを有する電池であって、請求項5又は請求項6に記載の固体電解質を含有する、電池。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2022-02-22 
出願番号 P2020-512616
審決分類 P 1 651・ 537- YAA (C01B)
P 1 651・ 851- YAA (C01B)
P 1 651・ 113- YAA (C01B)
P 1 651・ 121- YAA (C01B)
最終処分 07   維持
特許庁審判長 宮澤 尚之
特許庁審判官 金 公彦
河本 充雄
登録日 2020-05-11 
登録番号 6703216
権利者 三井金属鉱業株式会社
発明の名称 硫黄含有化合物、固体電解質及び電池  
代理人 浅野 真理  
代理人 中村 行孝  
代理人 鈴木 啓靖  
代理人 宮嶋 学  
代理人 特許業務法人大谷特許事務所  
代理人 鈴木 啓靖  
代理人 浅野 真理  
代理人 中村 行孝  
代理人 宮嶋 学  

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