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審決分類 審判 一部申し立て 1項3号刊行物記載  G03G
審判 一部申し立て 2項進歩性  G03G
管理番号 1384080
総通号数
発行国 JP 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2022-05-27 
種別 異議の決定 
異議申立日 2021-03-04 
確定日 2022-01-25 
異議申立件数
訂正明細書 true 
事件の表示 特許第6754435号発明「静電インク組成物」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6754435号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、〔1〜9〕について訂正することを認める。 特許第6754435号の請求項1、2、6及び8に係る特許を維持する。 特許第6754435号の請求項9に係る特許についての特許異議の申立てを却下する。 
理由 第1 手続等の経緯
特許第6754435号の請求項1〜請求項14に係る特許(以下「本件特許」という。)についての出願(特願2018−538750号)は、2016年(平成28年)3月4日を国際出願日とする出願であって、令和2年8月25日に特許権の設定の登録がされたものである。
本件特許について、令和2年9月9日に特許掲載公報が発行されたところ、発行の日から6月以内である令和3年3月4日に、本件特許のうち請求項1、2、6、8及び9に係る特許に対して、特許異議申立人 安藤 宏(以下「特許異議申立人」という。)から、特許異議の申立てがされた。
その後の手続等の経緯は、以下の通りである。
令和 3年 5月20日付け:取消理由通知書
令和 3年 8月23日付け:訂正請求書
令和 3年 8月23日付け:意見書(特許権者)
令和 3年11月 2日付け:意見書(特許異議申立人)

第2 本件訂正請求
令和3年8月23日にされた訂正の請求を、以下「本件訂正請求」という。

1 訂正の趣旨
本件訂正請求の趣旨は、特許第6754435号の特許請求の範囲を、本件訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1〜9について訂正することを求める、というものである。

2 訂正の内容
本件訂正請求において、特許権者が求める訂正の内容は、以下のとおりである。なお、下線は訂正箇所を示す。
(1)訂正事項1
訂正事項1による訂正は、訂正前の請求項1に「10,000以下のMwを有し、且つ、酸性側基を有するポリマーを含む樹脂、および静電インク組成物の全固形分の少なくとも35重量%の量の、カーボンナノチューブおよびグラフェンから選択される細長い導電性種、を含む静電インク組成物。」と記載されているのを、「10,000以下のMwを有し、且つ、酸性側基を有するポリマーを含む樹脂、静電インク組成物の全固形分の少なくとも35重量%の量の、カーボンナノチューブおよびグラフェンから選択される細長い導電性種、およびキャリア液体、を含む静電インク組成物。」に訂正するものである(本件訂正請求による訂正後の請求項2〜8についても同様に訂正するものである。)。

(2)訂正事項2
訂正事項2による訂正は、請求項9を削除するものである。

3 訂正の適否
(1)訂正事項1について
ア 訂正の目的
訂正事項1による訂正は、請求項1に記載された「静電インク組成物」を「キャリア液体」を含むものに限定する訂正である。
また、これは、請求項1を引用する請求項2〜8についても同様である。
そうしてみると、訂正事項1による訂正は、特許法120条の5第2項ただし書1号に掲げる事項(特許請求の範囲の減縮)を目的とするものである。

イ 新規事項
本件特許の明細書の【0006】、【0025】、【0074】〜【0076】、【0087】等には、「静電インク組成物」が「キャリア液体」を含んでよいことが記載されており、【0095】には、実施例として「ISOPAR(登録商標)L(Exxon製のイソパラフィン油)キャリア液体」を含んだ「静電インク組成物」が開示されている。

ウ 拡張又は変更
前記アで述べた訂正の内容からみて、訂正事項1による訂正は、訂正事項1による訂正により、訂正前の特許請求の範囲には含まれないこととされた発明が、訂正後の特許請求の範囲に含まれることにはならないことは明らかである。
したがって、訂正事項1による訂正は、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものには該当しないことは明らかである。

(2)訂正事項2について
訂正事項2による訂正は、請求項9を削除するというものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、新規事項の追加に該当しないこと、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものには該当しないことは明らかである。

(3)一群の請求項
訂正前の請求項1〜9について、請求項2〜8は、請求項1を直接的又は間接的に引用していることから、訂正事項1による訂正によって、請求項1に連動して訂正されるものである。
したがって、本件訂正請求は、特許法120条の5第4項に規定する一群の請求項である、訂正前の請求項1〜9を対象として請求されたものである。

4 独立特許要件について
本件の特許異議の申立ては、訂正前の請求項3〜5及び7に対してなされていない。そして、訂正事項1による訂正は、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、請求項3〜5及び7は、請求項1の訂正に連動して訂正されることになるから、特許法第120の5第9項で読み替えて準用する同法第126条7項の独立特許要件が課されることになる。
そこで、この点について検討すると、訂正前の請求項3〜5及び7に係る発明は、拒絶の理由を発見しないものとして令和2年8月25日付けで特許権の設定の登録がなされたものである。また、これらの請求項の特許は、特許異議の申立ての対象となっておらず、後記「第3」において詳述するように、本件の特許異議申立事件において挙げられた証拠に記載されたいずれの発明にも該当せず、また、当該発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものでもない。そして、他に請求項3〜5及び7に係る発明が、特許出願の際独立して特許を受けることができないものであるとする理由も発見しない。
したがって、請求項3〜5及び7に係る発明は、特許出願の際独立して特許を受けることができるものである。

5 まとめ
以上のとおりであるから、本件訂正請求による訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書、同法同条第9項において準用する同法第126条5項〜7項の規定に適合する。
よって、結論に記載のとおり、特許第6754435号の特許請求の範囲を、本件訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1〜9〕について訂正することを認める。

第3 本件特許発明
上記「第2」のとおり、本件訂正請求による訂正は認められた。
そうしてみると、特許異議の申立ての対象となっている、請求項1、2、6及び8に係る発明(以下、それぞれ「本件特許発明1」等という。)は、本件訂正請求による訂正後の特許請求の範囲の請求項1、2、6及び8に記載された事項によって特定されるとおり、以下のものである。
「【請求項1】
10,000以下のMwを有し、且つ、酸性側基を有するポリマーを含む樹脂、静電インク組成物の全固形分の少なくとも35重量%の量の、カーボンナノチューブおよびグラフェンから選択される細長い導電性種、およびキャリア液体、を含む、静電インク組成物。
【請求項2】
前記細長い導電性種が、カーボンナノチューブを含むかまたはカーボンナノチューブである、請求項1に記載の静電インク組成物。」
「【請求項6】
前記樹脂が、3,000以下のMwを有する、請求項1〜5のいずれか1項に記載の静電インク組成物。」
「【請求項8】
前記細長い導電性種が、前記組成物の全固形分の少なくとも40重量%の量で存在する、請求項1〜7のいずれか1項に記載の静電インク組成物。」

第4 取消しの理由及び証拠
1 取消しの理由
訂正前の請求項1、2、6、8及び9に係る発明に対して、当審が令和3年5月20日に特許権者に通知した取消しの理由の要旨は、以下のとおりである。
(1)新規性
請求項1、2、6、8及び9に係る発明は、甲第1号証に記載された発明であるから、請求項1、2、6、8及び9に係る特許は、特許法29条の規定に違反してされたものであり、取り消されるべきものである。
(2)進歩性
請求項1、2、6、8及び9に係る発明は、甲第1号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、請求項1、2、6、8及び9に係る特許は、特許法29条の規定に違反してされたものであり、取り消されるべきものである。

2 証拠について
特許異議申立人が提出した証拠は、以下のとおりである。
甲1:Bumsu Kim, 外2名, “Rheological behavior of multiwall carbon nanotubes with polyelectrolyte dispersants”, Colloids and Surfaces A:Physicochem. Eng. Aspects, ELSEVIER, 2005, Vol.256, p123-127
甲2:特開2012−252824号公報
甲3:特開2011−236327号公報
甲4:特開2010−195671号公報
甲5:特開2010−254546号公報
甲6:特表2015−529835号公報

第5 当合議体の判断
1 甲1の記載及び甲1発明
(1)甲1の記載
甲1は、本件出願前に日本国内又は外国において、頒布された刊行物であるところ、そこには、以下の記載がある。なお、下線は当合議体が付したものであり、引用発明の認定や判断等に活用した箇所を示す。
ア 「1.Introduction
Carbon nanotube (CNT) composites with polymer and ceramic materials have been investigated because of the excellent mechanical properties of CNTs for reinforced materials [1,2]. The solubility and the dispersion of MWCNTs gave limitations for real processing for CNT hybrid materials. To enhance these properties of MWCNTs, some approaches were suggested, such as, surfactant mixing, chemical oxidation, and polymer wrapping [3,4]. Especially, polymer wrapping using polyelectrolytes was suggested as efficient approach to disperse MWCNTs in solutions.」
(参考訳:1.導入
高分子及びセラミック物質とカーボンナノチューブ(CNT) の複合物は、強化物質用MWCNTの優れた機械特性のため検討が続けられている。MWCNTの溶解度や分散性はCNT複合材料の現実的な製造方法に限界を与えている。MWCNTのこのような性質を向上させるため、いくつかのアプローチ、例えば、界面活性剤の混和、化学的酸化、及び高分子によるラッピング、が示唆されている。特に、高分子電解質を用いた高分子によるラッピングは、溶液中でMWCNTを分散させる効果的なアプローチと考えられている。)

イ 「2.Experimental
MWCNTs were purchased from Iljin Nanotech. Inc. (CVD method, 95%) poly(aspartic acid) (PASA Mw = 2000-3000) was obtained from Bayer Corp. All following materials were obtained from Aldrich Chemical Co. and used as received: poly(acrylic acid) (PAA, Mw = 2000 and Mw = 450,000), potassium hydroxide (KOH, 1M), hydrochloric acid (HCl, 1M), sodium chloride (NaCl, 99% ).

Measured amounts of MWCNTs, deionized water, sodium chloride (10-5 M) and polyelectrolyte dispersants were ultrasonicated with the ultrasonic liquid processor (S3000 sonicator, Misonix Inc.) for 1 h. The pH of the MWCNTs slurry was adjusted to 9.0 by adding 1M potassium hydroxide. This procedure was repeated for slurries with all solid loadings.」
(参考訳:2.実験
MWCNTsは、Iljin Nanotech 株式会社から購入した。(CVD法,95%)ポリアスパラギン酸(PASA Mw=2000−3000)は、Bayer社から入手した。次のすべての材料は、Aldrich Chemical社から入手し、受け取ったままの状態で使用した:ポリアクリル酸(PAA Mw=2000およびMw=450,000)、水酸化カリウム(KOH 1M)、塩酸(HCl,1M)、塩化ナトリウム(NaCl,99%)。

測定量のMWCNTs、脱イオン水、塩化ナトリウム(10−5M) 、高分子電解質分散剤を超音波液体処理装置 (S3000ソニケーター 、Misonix 株式会社)で1時間超音波処理した。MWCNTスラリーのpHは、1M水酸化カリウムを加えることによって9.0に調整された。この手順は、すべての固体を入れたスラリーに対して繰り返された。)

ウ 「Fig. 3. Viscosity variation with changing shear rate at 10 wt.% MWCNT slurries with 0.05 wt.% dispersants (high molecular weight PAA (■),low molecular weight PAA (▲), and PASA(●))(a) and the relative viscosity variation with changing the amount of dispersants at 10 wt.% MWCNT slurries (high molecular weight PAA(■),low molecular weight PAA (▲), and PASA(●)) at 20s-1(b)

The shear thinning behavior was observed with 10 wt.% MWCNT suspensions (0.05 wt.% dispersants) as shown in Fig. 3a. The viscosity of MWCNT suspensions decreased sharply at very low shear rate. Fig. 3b shows the optimum amount of dispersants.」
(参考訳:図3. 0.05重量%の分散剤(高分子量PAA(■)、低分子量PAA(▲)、およびPASA(●))を含む10重量%MWCNTスラリーでの剪断速度の変化に伴う粘度変化( a )および10重量%MWCNTスラリー(高分子量PAA(■)、低分子量PAA(▲)、およびPASA(●))での分散剤の量の変化に伴う20s−1での相対粘度の変化 ( b )

図3aに示すように、10重量%MWCNT懸濁液 (0.05重量%分散剤)で剪断減粘性挙動が観察された。MWCNT懸濁液の粘度は、非常に低い剪断速度で急激に低下した。図3bは分散剤の最適量を示す。)

(2)甲1発明
ア 上記「(1)イ」によれば、甲1の「2.実験」には、「MWCNTs、脱イオン水、塩化ナトリウム(10−5M) 、高分子電解質分散剤を超音波液体処理装置」「で1時間超音波処理し、」「pHは、1M水酸化カリウムを加えることによって9.0に調整された」、「MWCNTスラリー」が記載されている。そして、上記「高分子電解質分散剤」が、甲1の図3(Fig.3.)の注釈に記載された、「0.05重量%の分散剤」としての「PASA」、「低分子量PAA」及び「高分子量PAA」を意味していることは、上記「(1)ウ」の記載から明らかである。

イ また、甲1に記載の「MWCNT」及び「MWCNTs」はともに、「multiwall carbon nanotube(s)」(多層カーボンナノチューブ)の略であるから、以下、「多層カーボンナノチューブ」といい、「MNWCNTスラリー」を、以下、「多層カーボンナノチューブスラリー」という。

ウ 甲1に記載の「PASA」は、「poly(aspartic acid)」(ポリアスパラギン酸)の略であるから、以下「ポリアスパラギン酸」という。また、その平均分子量は、上記「(1)イ」の記載から、「Mw=2000−3000」と理解される。

エ 甲1に記載の「PAA」は、「poly(acrylic acid)」(ポリアクリル酸)の略であるから、以下「ポリアクリル酸」という。また、その平均分子量は、上記「(1)イ」に記載から、「Mw=2000」及び「Mw=450,000」であり、それぞれ「低分子量ポリアクリル酸」及び「高分子量ポリアクリル酸」のものであると理解される。

上記ア〜エによれば、甲1には、少なくとも「多層カーボンナノチューブスラリー」の発明として、以下のオ及びカに示される発明(以下、それぞれ「甲1A発明」及び「甲1B発明」という。)が記載されている。

オ 甲1A発明
「多層カーボンナノチューブ、脱イオン水、塩化ナトリウム(10−5M)、高分子電解質分散剤を超音波処理し、pHは、1M水酸化カリウムを加えることによって9.0に調整され、
0.05重量%の分散剤(Mw=2000−3000のポリアスパラギン酸)を含む10重量%多層カーボンナノチューブスラリー。」

カ 甲1B発明
「多層カーボンナノチューブ、脱イオン水、塩化ナトリウム(10−5M)、高分子電解質分散剤を超音波処理し、pHは、1M水酸化カリウムを加えることによって9.0に調整され、
0.05重量%の分散剤(低分子量ポリアクリル酸:Mw=2000)を含む10重量%多層カーボンナノチューブスラリー。」

2 甲1A発明を主たる引用発明とした場合
(1)対比
ア 静電インク組成物
甲1A発明の「多層カーボンナノチューブスラリー」は、「多層カーボンナノチューブ、脱イオン水、塩化ナトリウム(10−5M)、高分子電解質分散剤を超音波処理し、」「0.05重量%の分散剤(ポリアスパラギン酸)を含む10重量%多層カーボンナノチューブスラリー」である。
上記組成から、甲1A発明の「多層カーボンナノチューブスラリー」は、いわゆる、組成物に該当する。
そうしてみると、甲1A発明の「多層カーボンナノチューブスラリー」と、本件特許発明1の「静電インク組成物」とは、「組成物」である点で共通する。

イ 細長い導電性種
甲1A発明に記載の「多層カーボンナノチューブ」の形状が細長いことは自明である。
また、甲1A発明の「多層カーボンナノチューブスラリー」の組成からみて、その主要な固形成分は、高分子電解質分散剤である0.05重量%の「ポリアスパラギン酸」と10重量%の「多層カーボンナノチューブ」であることから、甲1A発明の「多層カーボンナノチューブ」は、スラリー全固形分の約99.5重量%となっている。
そうしてみると、甲1A発明の「多層カーボンナノチューブ」は、本件特許発明1の「組成物の全固形分の少なくとも35重量%の量の、カーボンナノチューブ及びグラフェンから選択される」とされる、「細長い導電性種」に相当する。

ウ キャリア液体
甲1A発明の「脱イオン水」は、甲1A発明の「多層カーボンナノチューブスラリー」における機能、すなわち、前記「スラリー」を液体の形態とする機能からみて、本件特許発明1の「キャリア液体」に相当する。

エ 樹脂
甲1A発明の「ポリアスパラギン酸」が、側鎖にカルボン酸(酸性側基)を有するポリマー樹脂であることは構造から自明である。
そうしてみると、甲1A発明の「ポリアスパラギン酸」は、本件特許発明1において、「酸性側基を有するポリマーを含む」とされる、「樹脂」に相当する。

オ 静電インク組成物の全体構成
以上の対比結果から、甲1A発明の「多層カーボンナノチューブスラリー」は、本件特許発明1の「組成物」における、「10,000以下のMwを有し、且つ、酸性側基を有するポリマーを含む樹脂、静電インク組成物の全固形分の少なくとも35重量%の量の、カーボンナノチューブおよびグラフェンから選択される細長い導電性種、およびキャリア液体、を含む」との要件を満たす。

(2)一致点及び相違点
ア 一致点
本件特許発明1と甲1A発明とは、以下の点で一致する。
「10,000以下のMwを有し、且つ、酸性側基を有するポリマーを含む樹脂、組成物の全固形分の少なくとも35重量%の量の、カーボンナノチューブおよびグラフェンから選択される細長い導電性種、およびキャリア液体、を含む、組成物。」

イ 相違点
本件特許発明1と甲1A発明とは、以下の点で相違する。
相違点:「組成物」が、本件特許発明1は、「静電インク組成物」であるのに対し、甲1A発明は「多層カーボンナノチューブスラリー」であって、「静電インク組成物」とは特定されていない点。

(3)判断
本件特許発明1の「組成物」は、「キャリア液体」を有する「静電インク組成物」である。ここで、本件特許の明細書の【0006】には、「静電インク組成物」について、「本明細書で使用される場合、「静電インク組成物」は、一般に、時として電子写真印刷プロセスと称される静電印刷プロセスにおける使用に適した形態のインク組成物を指す。いくつかの例では、静電インク組成物は、電位勾配で移動することができるトナー粒子と称されることもある帯電可能な粒子を含む。いくつかの例では、インク組成物は乾燥粉末形態であってもよく、乾燥または粉末トナーと称されることもある。いくつかの例では、インク組成物は、液体形態、例えば、トナー粒子をキャリア液体中に分散させた液体の形態でありえ、これは液体トナーと称されることもある。」と記載されている。上記記載から、当業者であれば、本件特許発明1の「静電インク組成物」が、静電印刷の技術分野における使用に適したインク組成物であることを理解する。そして、静電印刷に適した上記インク組成物について、例えば、その構成成分である「キャリア液体」には、本件特許の明細書の【0075】に記載された「キャリア液体は、トナー粒子のための媒体として使用される絶縁性、非極性、非水性液体・・・約109ohm-cmを超える抵抗率・・・約5未満、いくつかの例では約3未満の誘電率」という特性が求められることは、静電印刷の分野における技術常識といえる。
そこで、甲1A発明の「多層カーボンナノチューブスラリー」が、静電印刷の技術分野における使用に適したものといえるかについて検討するに、甲1A発明において、上記「キャリア液体」に相当する「脱イオン水」の特性(抵抗率ないし誘電率等)からみて、甲1A発明の「多層カーボンナノチューブスラリー」が、静電印刷のインク組成物に適した組成物、すなわち、本件特許発明1の「静電インク組成物」に相当するとはいいがたい。
また、甲1には、甲1A発明の「多層カーボンナノチューブスラリー」の用途として、「界面活性剤の混和、化学的酸化、及び高分子によるラッピング」が示唆されるにとどまり(上記「1」「(1)」「ア」参照。)、「静電印刷」に関する記載や示唆はない。
したがって、甲1に接した当業者が、甲1A発明の「多層カーボンナノチューブスラリー」を、「静電インク組成物」としての使用に適した組成物に調整しようと動機付けられることもない。
そうしてみると、本件特許発明1が甲1A発明であるとはいえず、また、甲1A発明に基づいて当業者が容易に発明することができたものであるということもできない。

3 甲1B発明を主たる発明とした場合
(1)対比、一致点及び相違点
甲1B発明の「低分子量ポリアクリル酸」が、酸性側基を有していることはその化学構造から自明であるから、本件特許発明1の「酸性側基を有するポリマーを含む樹脂」に相当する。
そうしてみると、本件特許発明1と甲1B発明とは、甲1A発明の場合と同様の点で、一致ないし相違点する。

(2)判断
甲1B発明の「多層カーボンナノチューブスラリー」を、「静電インク組成物」とする記載や示唆及び動機付けがないことは、甲1A発明を主たる引用発明とした場合と同様であるから、本件特許発明1は甲1B発明であるとはいえず、甲1B発明に基づいて当業者が容易に発明することができたものであるということもできない。

4 まとめ
以上のことから、本件特許発明1は、甲1に記載された発明であるということはできない。また、たとえ当業者といえども、甲1に記載された発明に基づいて容易に発明することができたものであるということはできない。

5 本件特許発明2、6及び8について
本件特許発明2、6及び8は、本件特許発明1に対してさらに他の発明特定事項を付加したものである。
これら発明についても、甲1に記載された発明であるとはいえず、甲1に記載された発明に基づいて容易に発明することができたものであるということもできない。

6 特許異議申立人の主張について
特許異議申立人は、令和3年11月2日付けの意見書の「3.意見の内容」において、「特許権者は、本件特許の訂正前の請求項1に対して訂正前の請求項9の技術的特徴(即ち、「キャリア液体」を含むこと)を組み入れる訂正請求をした上で、「キャリア液体」は甲1発明の「deionized water」とは異なるため、訂正後の請求項1に係る発明は、新規性を有していると主張しています(意見書5頁6行〜14行)。また、特許権者は、本件特許の明細書の段落 [0075] の記載から、「キャリア液体」に求められる性質として、「絶縁性、非極性、非水性液体 」、具体的物性値として「約109ohm-cmを超える抵抗率」、「約5未満、いくつかの例では約3未満の誘電率」を有することを述べ、これに対して、「deionized water」は抵抗率が約108ohm-cm、(比)誘電率が80.1であることから、「キャリア液体」と「deionized water」とは物性値が大きく異なる旨を主張しています(意見書の5頁17行〜27行 )。
しかしながら、上記特許権者の主張は失当です。以下、その理由を具体的に述べます。
本件特許の訂正後の請求項1において、「キャリア液体」の物性値については何ら規定されていません。特許権者が上記で主張する「キャリア液体」の物性値は、本件特許の明細書の段落 [0075] に例示的に記載されているものであり、訂正後の請求項1には記載されていません。また、当該技術分野において「キャリア液体」の物性値に関しての定義が確立されていることを示す証拠もありません。
したがって、「キャリア液体」と「deionized water」とは依然区別されていないため、本件特許の訂正後の請求項1に係る発明と、甲1発明とは、組成物として異なる点がなく、両者は同一であるといえます。本件特許の訂正後の請求項2、6及び8に係る発明も、同様に、甲1発明と同一であるといえます。
上記の通り、特許権者の主張は失当であり、取消理由通知書に示された理由を覆すことはできません。」と主張する。

しかしながら、本件特許発明1に「キャリア液体」の物性値が規定されていないとしても、本件特許の明細書全体の記載を参照すれば、本件特許発明1の「キャリア液体」が、静電印刷の技術分野における液体の形態である静電インク組成物の分散媒であり、その用途に適した特性が求められることは当業者には明らかであって、このことは上記「第5」「2」「(3)」で既に述べたとおりである。
そうしてみると、本件特許発明1は甲1に記載された発明であるということはできない。また、甲1には「多層カーボンナノチューブスラリー」を「静電インク組成物」とする動機付けとなる記載も示唆もないことも既に述べたとおりである。
したがって、特許異議申立人の主張は採用できない。

第6 取消理由通知において採用しなかった特許異議の申立ての理由
1 甲1及び甲6に基づく理由(進歩性)について
(1)申立ての理由
特許異議申立人は、特許異議申立書19頁〜20頁の「ウ−2−1」及び「ウ−2−2」において、「仮に、甲1A発明の「懸濁液」が、「静電インク組成物」に相当するとまでは言えないとしても、特表2015−529835号公報(甲第6号証)に記載されているとおり、本件特許の出願日前に、「樹脂、および、カーボンナノチューブおよびグラフェンから選択される細長い導電性種を含む、静電インク組成物」は公知であり、甲1A発明の「懸濁液」を静電インク組成物として使用することは、当業者が容易に想到し得ることである。
また、甲1A発明において、各成分の種類や各成分の組成比を、技術常識を勘案して適宜選択することは、当業者が容易に想到し得る程度のことである。」と主張する。

(2)当合議体の判断
上記「第5」「2」「(3)」に示したとおり、甲1A発明の「懸濁液」である「多層カーボンナノチューブスラリー」が「静電インク組成物」であるとはいえず、また、甲1にはその用途として、「界面活性剤の混和、化学的酸化、及び高分子によるラッピング」が示唆されるにとどまり、「静電印刷」の技術分野の示唆もなく、「静電インク組成物」とする動機付けもない。
そうしてみると、甲6に記載の「静電インク組成物」が公知であるとしても、甲1に記載の発明と組み合わせる動機付けがない。
したがって、本件特許発明1は、甲1及び甲6に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明することができたものであるということはできないから、上記主張は採用できない。

2 甲2〜甲6に基づく理由(進歩性)について
(1)申立ての理由
特許異議申立人は、特許異議申立書20頁〜24頁の「ウ−2−3」「(ア)」「(ア−1)」において、本件特許発明1と甲2に記載された発明とは、以下の点で相違すると主張する。
「<相違点1>
組成物が、本件特許発明1では、「静電インク組成物」であるのに対して、甲2発明では、「分散液」である点。
<相違点2>
本件特許発明1の「静電インク組成物」は「10,000以下のMwを有し、且つ、酸性側基を有するポリマーを含む樹脂」を含むのに対して、甲2発明ではそのような特定がなされていない点。」
そして、特許異議申立書21頁の「(ア−2)」において、上記相違点1について以下のとおり主張する。
「(ア−2)相違点についての検討
相違点1について検討する。
特表2015−529835号公報(甲第6号証)に記載されているとおり、本件特許の出願日前に、「樹脂、および、カーボンナノチューブおよびグラフェンから選択される細長い導電性種を含む、静電インク組成物」は公知であり、甲2発明の「懸濁液」を静電インク組成物として使用することは、当業者が容易に想到し得ることである。」

(2)当合議体の判断
甲2に記載されている「分散液」は、甲2の【請求項1】、【0067】〜【0087】に記載のとおり、「(a)平均粒子系が5μm以下の電極活物質と、カーボンナノチューブまたはカーボンナノファイバの分散液とを混合し、電極コンポジット層形成用塗布液を得る工程。(b)集電体の表面に電極コンポジット液を塗布し、乾燥して電極コンポジット層を形成し、積層体を得る工程。(c)積層体を圧延し、蓄電素子用電極を得る工程。」という各工程を経ることにより、「蓄電素子用電極」となるものである。
そうしてみると、甲2に記載されている「分散液」は、「蓄電素子」の技術分野に属するものであり、「静電インク」として用いられることが想定されていないことは明らかである。そして、その他のいずれの文献にも、当業者が、甲2の上記「分散液」を、「静電印刷」の用途に適した組成に調整することの動機付けとなり得る記載や示唆もない。

以上のことから、甲2に記載された「分散液」と、甲6に記載された「静電インク組成物」と組み合わせる動機付けがなく、上記相違点1に係る構成は、甲2及び甲6に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明することができたものであるということはできない。
したがって、相違点2について検討するまでもなく、本件特許発明1は、甲2に記載された発明を主たる引例発明として容易に発明することができたものであるということはできないから、上記主張は採用できない。

3 甲6に基づく理由(進歩性)について
(1)申立ての理由
特許異議申立人は、令和3年11月2日付けの意見書の「3.意見の内容」において、「本件特許の訂正後の請求項1、2、6及び8に係る発明は、以下に述べる通り、特許異議申立書の甲第6号証(特表2015−529835号公報)に記載の発明に基づいて当業者が容易に発明できたものであり、進歩性が欠如しているといえます。
なお、静電インク組成物に「キャリア液体」を用いることは慣用技術です。
特許権者は、令和1年10月21日付けで提出された手続補正書にて、請求項1における「導電性種」を「カーボンナノチューブおよびグラフェンから選択される細長い導電性種」と規定し、また、当該「導電性種」の静電インク組成物中の含有量を、「全固形分の少なくとも35重量%」と規定しています。そして、同日付けで提出された意見書にて、請求項1に係る発明と引用文献1(即ち、甲第6号証)に記載の発明とは導電性種の含有量の点で異なり、引用文献1には、導電性種の含有量の上限値が30重量%と記載されている(甲第6号証の段落[0040]、[0042]参照)から、当該導電性種の含有量を35重量%より多くすることは当業者が容易になし得たことではなく、その効果も引用文献1から予測できない顕著な効果であると主張しています。
しかしながら、引用文献1(甲第6号証)に記載の静電インク組成物では、該組成物中の導電性種の含有量の範囲は何ら規定されておらず、(甲第6号証請求項1参照)、明細書中に好適範囲として上限値が30重量%でることが記載されているだけであって、上限値を30重量%より多くすることは否定されていません。したがって、導電性種の含有量の範囲を35重量%より多くすることに対して阻害要因が存在するとはいえず、導電性種の含有量の範囲の調整は当業者の設計的事項に過ぎないといえます。」と主張する。

(2)当合議体の判断
上記主張は、特許異議申立てができる期間内においてなされたものではないから、本件特許発明1に対する取消しの理由としては採用できない。また、特許請求の範囲に記載された発明の範囲は、発明の詳細な説明に記載された範囲内のものであること(サポート要件)が課されるので、甲6の【0040】〜【0042】の記載から、甲6の請求項1に係る発明の導電性種の含有量は、上限値を30重量%とするものであることは当業者には理解でき、導電性種の含有量を35重量%より多くすることの動機付けはなく、むしろ阻害要因が存在するといえる。
したがって、特許異議申立人の主張は採用できない。

4 本件特許発明2、6及び8について
本件特許発明2、6及び8は、本件特許発明1に対してさらに他の発明特定事項を付加したものである。
これらの発明についても、甲1〜甲6に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明することができたものであるということはできない。
したがって、特許異議申立書の24頁〜25頁の「ウ−2−3」「(イ)」乃至「(オ)」についての理由は採用できない。

第7 むすび
以上のとおりであるから、当合議体が通知した取消しの理由及び特許異議の申立ての理由によっては、請求項1、2、6及び8に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に請求項1、2、6及び8に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
請求項9に係る特許は、上記のとおり、本件訂正請求による訂正により削除された。これにより、特許異議申立人による特許異議の申立てについて、請求項9に係る申立ては、申立ての対象が存在しないものとなったため、特許法第120条の8第1項で準用する同法第135条の規定により却下する。
よって、結論のとおり決定する。

 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
10,000以下のMwを有し、且つ、酸性側基を有するポリマーを含む樹脂、静電インク組成物の全固形分の少なくとも35重量%の量の、カーボンナノチューブおよびグラフェンから選択される細長い導電性種、およびキャリア液体、を含む、静電インク組成物。
【請求項2】
前記細長い導電性種が、カーボンナノチューブを含むかまたはカーボンナノチューブである、請求項1に記載の静電インク組成物。
【請求項3】
前記樹脂が、アルキレンモノマーと、アクリル酸およびメタクリル酸から選択されるモノマーとのコポリマーを含む、請求項1または2に記載の静電インク組成物。
【請求項4】
前記樹脂が、酸性側基を有するポリマーと、アルキレンモノマーおよびアクリル酸のコポリマーとを含む、請求項1または2に記載の静電インク組成物。
【請求項5】
前記樹脂が、酸性側基を有するポリマーと、アルキレンモノマーおよび無水マレイン酸のコポリマーとを含む、請求項1または2に記載の静電インク組成物。
【請求項6】
前記樹脂が3,000以下のMwを有する、請求項1〜5のいずれか1項に記載の静電インク組成物。
【請求項7】
前記樹脂が、前記組成物の全固形分の少なくとも20重量%の量で存在する、請求項1〜6のいずれか1項に記載の静電インク組成物。
【請求項8】
前記細長い導電性種が、前記組成物の全固形分の少なくとも40重量%の量で存在する、請求項1〜7のいずれか1項に記載の静電インク組成物。
【請求項9】
(削除)
【請求項10】
基材上に導電性トレースが静電的に印刷された基材であって、前記トレースは、
10,000以下のMwを有し、且つ、酸性側基を有するポリマーを含む樹脂、および
前記トレースの全固形分の少なくとも35重量%の量の、カーボンナノチューブおよびグラフェンから選択される細長い導電性種を含む、基材。
【請求項11】
前記導電性種がカーボンナノチューブを含む、請求項10に記載の基材。
【請求項12】
前記樹脂が、アルキレンモノマーとアクリル酸およびメタクリル酸から選択されるモノマーとのコポリマーを含む、請求項10または11に記載の基材。
【請求項13】
静電インク組成物を電子写真的に印刷する方法であって、ここで前記静電インク組成物は、10,000以下のMwを有する樹脂、および前記組成物の全固形分の少なくとも35重量%の量の、カーボンナノチューブおよびグラフェンから選択される細長い導電性種を含み、前記方法が、
表面に静電潜像を形成すること、
前記表面を前記静電インク組成物と接触させて、粒子の少なくとも一部が前記表面に付着して、前記表面上に現像されたトナー画像を形成すること、および前記トナー画像を基材に転写することを含む、方法。
【請求項14】
前記樹脂が、酸性側基を有するポリマーを含む、請求項13に記載の方法。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2022-01-14 
出願番号 P2018-538750
審決分類 P 1 652・ 113- YAA (G03G)
P 1 652・ 121- YAA (G03G)
最終処分 07   維持
特許庁審判長 里村 利光
特許庁審判官 小濱 健太
関根 洋之
登録日 2020-08-25 
登録番号 6754435
権利者 エイチピー・インディゴ・ビー・ブイ
発明の名称 静電インク組成物  
代理人 古谷 聡  
代理人 古谷 聡  

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