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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  A61K
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  A61K
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  A61K
管理番号 1384097
総通号数
発行国 JP 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2022-05-27 
種別 異議の決定 
異議申立日 2021-04-05 
確定日 2021-12-20 
異議申立件数
訂正明細書 true 
事件の表示 特許第6764679号発明「ペプチドを含む炎症抑制のための組成物」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6764679号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された特許請求の範囲のとおり訂正後の請求項〔2、3、5〜9〕について訂正することを認める。 特許第6764679号の請求項1ないし11に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6764679号の請求項1〜11に係る特許(以下、「本件特許」ということがある。)についての出願は、平成28年4月28日にされ、令和2年9月16日にその特許権の設定登録がされ、同年10月7日に特許掲載公報が発行された。その後の手続は以下のとおりである。
令和3年 4月5日 特許異議申立人 山本美映子(以下「申立人」という。)より特許異議の申立て
令和3年 6月 7日 取消理由通知
令和3年 7月 6日 特許権者より意見書の提出及び訂正の請求
令和3年10月 7日 申立人より意見書の提出

第2 訂正請求について
1 訂正請求の趣旨及び訂正の内容
令和3年7月6日に特許権者が請求した訂正(以下「本件訂正」ともいう。)は、本件特許の特許請求の範囲を訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項2、3、5〜9について訂正することを求めるものである。
その訂正請求の内容は、一群の請求項である請求項2、3、5〜9について、以下の訂正を求めるものである。

訂正事項1
特許請求の範囲の請求項2に、「LHもしくはDVなるアミノ酸配列で示されるジペプチド、又はこれらの薬学上許容される塩もしくは溶媒和物を有効成分として含む、慢性疲労症候群、認知症及び/又は気分障害の症状を緩和、治療、又は予防するための組成物(前記ジペプチドがLHである場合において、前記有効成分として清酒醸造の酒粕のタンパク質分解酵素処理物を含む組成物を除く。)。」と記載されているのを、「LHもしくはDVなるアミノ酸配列で示されるジペプチド、又はこれらの薬学上許容される塩もしくは溶媒和物を有効成分として含む、慢性疲労症候群の症状、認知症の症状、活力が低下している状態、及び/又は好奇心が低下している状態を緩和、治療、又は予防するための組成物(前記ジペプチドがLHである場合において、前記有効成分として清酒醸造の酒粕のタンパク質分解酵素処理物を含む組成物を除く。)。」に訂正する。請求項2の記載を引用する請求項5〜9も同様に訂正する。

訂正事項2
特許請求の範囲の請求項3に、「LHもしくはDVなるアミノ酸配列で示されるジペプチド、又はこれらの薬学上許容される塩もしくは溶媒和物を有効成分として含む、ストレスにより引き起こされる状態を緩和又は予防するための組成物(前記ジペプチドがLHである場合において、前記有効成分として清酒醸造の酒粕のタンパク質分解酵素処理物を含む組成物を除く。)。」と記載されているのを、「LHもしくはDVなるアミノ酸配列で示されるジペプチド、又はこれらの薬学上許容される塩もしくは溶媒和物を有効成分として含む、ストレスにより意欲・モチベーションが欠如している状態及び/又はストレスにより活力が低下している状態を緩和又は予防するための組成物(前記ジペプチドがLHである場合において、前記有効成分として清酒醸造の酒粕のタンパク質分解酵素処理物を含む組成物を除く。)。」に訂正する。請求項3の記載を引用する請求項5〜9も同様に訂正する。

2 訂正の適否
(1)訂正事項1
ア 訂正の目的
訂正前の請求項2に係る発明では、「組成物」について、「慢性疲労症候群、認知症及び/又は気分障害の症状を緩和、治療、又は予防するための」ものであることを特定している。
これに対して、訂正後の請求項2では、「慢性疲労症候群の症状、認知症の症状、活力が低下している状態、及び/又は好奇心が低下している状態を緩和、治療、又は予防するための組成物」と記載することにより、気分障害の症状について、活力が低下している状態、及び/又は好奇心が低下している状態としてより具体的に特定し、限定するものである。
したがって、訂正事項1は、特許法第120条の5第2項ただし書き第1号に掲げる「特許請求の範囲の限縮」を目的とするものである。

新規事項の追加の有無
訂正事項1における「活力が低下している状態、及び/又は好奇心が低下している状態」は、【0039】の「本発明では、気分障害とはさらにより軽度の症状、例えば、活力が低下している状態、好奇心が低下している状態も含めるものとする。活力の向上とは、例えば、本発明の組成物を摂取する前より摂取した後の方が身体活動量が大きくなること、好奇心の向上とは、例えば、新たな課題に興味を示すことをいう。」との記載等に基づいて導きだされる事項である。
したがって、訂正事項1は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条5項に適合するものである。

ウ 特許請求の範囲の実質拡張・変更の有無
上記アの理由から明らかなように、訂正事項1は、発明を特定する事項を限定するものであり、カテゴリーや対象、目的を変更するものではないから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものには該当せず、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第6項に適合するものである。

(2)訂正事項2
ア 訂正の目的
訂正前の請求項3では、「組成物」について、「ストレスにより引き起こされる状態を緩和又は予防するための」ものであることを特定している。
これに対して、訂正後の請求項3は、「ストレスにより意欲・モチベーションが欠如している状態及び/又はストレスにより活力が低下している状態を緩和又は予防するための組成物」との記載により、ストレスにより引き起こされる状態をより具体的に特定し、限定するものである。
したがって、訂正事項2は、特許法第120条の5第2項ただし書き第1号に掲げる「特許請求の範囲の限縮」を目的とするものである。

新規事項の追加の有無
訂正事項2における「ストレスにより意欲・モチベーションが欠如している状態及び/又はストレスにより活力が低下している状態」は、明細書【0043】の「また、例えば、意欲・モチベーションの欠如、及び/又は活力の低下など、ストレスにより引き起こされる状態を緩和又は予防する方法に使用することができる。」との記載等に基づいて導き出される事項である。
したがって、訂正事項2は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条5項に適合するものである。

ウ 特許請求の範囲の実質拡張・変更の有無
上記アの理由から明らかなように、訂正事項2は、発明を特定する事項を限定するものであり、カテゴリーや対象、目的を変更するものではないから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものには該当せず、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第6項に適合するものである。

3 小括
以上のとおり、本件訂正請求による訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。
したがって、特許請求の範囲を、訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項2、3、5〜9について訂正することを認める。

第3 本件特許の発明
特許第6764679号の請求項1〜11に係る発明は、訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲の請求項1〜11に記載された事項により特定される、次のとおりのものである(以下、請求項の番号によって「本件訂正発明1」などといい、まとめて単に「本件訂正発明」ということがある。)。
「【請求項1】
LHもしくはDVなるアミノ酸配列で示されるジペプチド、又はこれらの薬学上許容される塩もしくは溶媒和物を有効成分として含む、ミクログリアの炎症を抑制するための組成物(前記ジペプチドがLHである場合において、前記有効成分として清酒醸造の酒粕のタンパク質分解酵素処理物を含む組成物を除く。)。
【請求項2】
LHもしくはDVなるアミノ酸配列で示されるジペプチド、又はこれらの薬学上許容される塩もしくは溶媒和物を有効成分として含む、慢性疲労症候群の症状、認知症の症状、活力が低下している状態、及び/又は好奇心が低下している状態を緩和、治療、又は予防するための組成物(前記ジペプチドがLHである場合において、前記有効成分として清酒醸造の酒粕のタンパク質分解酵素処理物を含む組成物を除く。)。
【請求項3】
LHもしくはDVなるアミノ酸配列で示されるジペプチド、又はこれらの薬学上許容される塩もしくは溶媒和物を有効成分として含む、ストレスにより意欲・モチベーションが欠如している状態及び/又はストレスにより活力が低下している状態を緩和又は予防するための組成物(前記ジペプチドがLHである場合において、前記有効成分として清酒醸造の酒粕のタンパク質分解酵素処理物を含む組成物を除く。)。
【請求項4】
LHなるアミノ酸配列で示されるジペプチド又はその薬学上許容される塩もしくは溶媒和物を有効成分として含む、意欲・モチベーションの欠如、及び/又は活力の低下を抑制するための組成物(前記有効成分として清酒醸造の酒粕のタンパク質分解酵素処理物を含む組成物を除く。)。
【請求項5】
飲食品組成物である請求項1乃至請求項4いずれか1項記載の組成物。
【請求項6】
医薬組成物である請求項1乃至請求項4いずれか1項記載の組成物。
【請求項7】
タンパク質を加水分解して、LHもしくはDVなるアミノ酸配列で示されるジペプチド、又はこれらの薬学上許容される塩もしくは溶媒和物を得る工程を含むことを特徴とする、請求項1乃至請求項6いずれか1項記載の組成物の製造方法。
【請求項8】
前記、タンパク質を加水分解して、LHもしくはDVなるアミノ酸配列で示されるジペプチド、又はこれらの薬学上許容される塩もしくは溶媒和物を得る工程により得られた組成物を、精製・濃縮する工程をさらに含むことを特徴とする、請求項7記載の方法。
【請求項9】
前記、タンパク質を加水分解して、LHもしくはDVなるアミノ酸配列で示されるジペプチド、又はこれらの薬学上許容される塩もしくは溶媒和物を得る工程により得られた組成物が、酒粕であり、前記ジペプチドがLHであることを特徴とする、請求項7又は請求項8記載の方法。
【請求項10】
LHなるアミノ酸配列で示されるジペプチド、又はこれらの薬学上許容される塩もしくは溶媒和物を含有する酒粕を含有させる工程を含むことを特徴とする、ストレスにより引き起こされる状態を緩和又は予防するための組成物の製造方法(前記ストレスにより引き起こされる状態を緩和又は予防するための組成物に、清酒醸造の酒粕のタンパク質分解酵素処理物を含む組成物を含有させる工程を含む方法を除く。)。
【請求項11】
前記、LHなるアミノ酸配列で示されるジペプチド、又はこれらの薬学上許容される塩もしくは溶媒和物を含有する酒粕を、精製・濃縮する工程をさらに含むことを特徴とする、請求項10記載の方法。」

第4 取消理由通知に記載した取消理由について
1 取消理由の要旨
訂正前の本件特許に対して令和3年6月7日付けで通知した取消理由の要旨は以下のとおりである。

取消理由1(進歩性) 本件特許の下記の請求項に係る発明は、本件特許の出願前日本国内または外国において頒布された下記の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであって、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないから、その発明に係る特許は取り消すべきものである。
・請求項2、3、5〜8
・引用文献等 甲1、甲2
<引用文献等一覧>
甲第1号証:国際公開第2010/087480号
甲第2号証:山口拓ら,「高架式十字迷路試験を用いた不安水準の評価とその応用」,日薬理誌(Folia Pharmacol. Jpn.)126,99〜105(2005)

2 取消理由通知に記載した取消理由についての判断
(1)刊行物の記載及び刊行物に記載された発明
取消理由通知書で引用した甲第1号証及び甲第2号証は、申立人が提出した証拠である。以下、申立人が証拠として提出した甲号証をその番号によって、「甲1」などという。

ア 甲1の記載
[請求項1] Tyr(以下、Yと略すこともある)、Phe(以下、Fと略すときもある)、Trp(以下、Wと略すときもある) あるいはHis(以下、Hと略すときもある)と疎水性アミノ酸が隣接しているペプチドまたはその類縁体を有効成分とする医薬ないし医薬組成物。
・・・
[請求項3]YL、FL、WL、HL、YI、FI、YV、LY、LF、LW、IY、IF、(Y/F/W/H)L(Y/F/W),(Y/F/W/H)LQ、L(Y/F/W)Lまたは(Y/F/W/H)L(Y/F/W)EIAR(但し、LはLeu、IはIle、VはVal、QはGln、EはGlu、AはAla、RはArgを表し、(Y/F/W/H)は、H、W、YまたはFを表し、(Y/F/W)は、W、FまたはYを表す。以下同じ。)を有効成分とする請求項1に記載の医薬ないし医薬組成物。
[請求項4]YL、FL、WL、HL、YI、FI、FV、LY、LF、LW、IY、IF、YLY、YLQ、LYLまたはYLYEIARを有効成分とする請求項3に記載の医薬ないし医薬組成物。
[請求項5]抗不安剤、睡眠導入剤、睡眠改善剤、統合失調症治療薬または抗うつ薬である、請求項1〜4のいずれかに記載の医薬ないし医薬組成物。
・・・
[請求項8]YL、FL、WL、HL、YI、FI、YV、LY、LF、LW、IY、IF、(Y/F/W/H)L(Y/F/W),(Y/F/W/H)LQ、L(Y/F/W)Lまたは(Y/F/W/H)L(Y/F/W)EIARを添加することを特徴とする、請求項6に記載の抗不安または睡眠改善用食品。
(特許請求の範囲)

[0016] 本発明ペプチドの抗不安作用は、ドーパミンD1受容体アンタゴニストであるSCH23390で阻害されたが、ドーパミンD1受容体に親和性を示さないことから、ドーパミンD1受容体の活性化を介する作用(D1受容体のアゴニストまたは部分アゴニストと同様の作用を有する)であることが明らかになった。おそらく内因性ドーパミンの遊離が促進されているものと考えられる。空間認知機能がドーパミンD1受容体を介すること、また、精神分裂病においてD1受容体の機能が低下していることから、認知症や精神分裂病などの疾患の予防ないし治療作用が期待できる。

[0028] 有効成分がペプチドの場合
本発明の好ましい実施形態において、有効成分となるペプチドを構成するアミノ酸は、少なくとも2種のアミノ酸を有する;1つはY(Tyr)、F(Phe)、W(Trp)あるいはH(His)であり、もう1つはL(Leu)、I(Ile)、V(Val)及びノルロイシン(Nle)、ノルバリン(Nva)からなる群から選ばれるいずれかの疎水性アミノ酸である。これらの2種のアミノ酸は隣接したユニットを構成しており、HL、WL,YL、FL、YV、FV,(Y/F/W/H)−ノルロイシン、(Y/F/W/H)−ノルバリンのようにH,W、YまたはFがN末端側にあってもよく、LY、LF,LW、LH、IY、IF、IW、IH、VH、VW、VY、VF,ノルロイシン−(Y/F/W/H)、ノルバリン−(Y/F/W/H)のようにH,W、YまたはFがC末端側にあってもよく、これらの2種のアミノ酸ユニットのN末端側もしくはC末端側にさらに1〜6個、1〜5個、1〜4個、1〜3個、1〜2個または1個のアミノ酸がペプチド結合により結合してもよい。

[0040] 本発明のペプチドは、天然のタンパク質ないしポリペプチドの加水分解により得ることもでき、化学合成により得ることもできる。加水分解されるタンパク質ないしポリペプチドとしては、牛乳または人乳由来のカゼイン、α-ラクトアルブミン、β-ラクトグロブリン、ラクトフェリン、オボアルブミン、ウシおよびブタミオシン、血清アルブミン、ダイズβ-コングリシニン、グリシニン、コムギグルテニン、コメグルテリン、緑葉Rubisco,ナタネnapin、動物および植物に広く存在することが知られているアクチン(例えば、ヒト、ダイズ、コムギなど)などが挙げられ、ほとんどの食品タンパク質中に本発明のジペプチド配列が含まれる。これらの食品素材由来のペプチドは、そのまま或いは必要に応じて濃縮、脱塩、精製等の処理を行うことにより、そのまま食品とすることができる。

[0061] (高架式十字迷路実験)
高架式十字迷路(Eleveted plus maze:EPM)は、2つのオープンアーム(open arm; 25cm×5cm)と2つのクローズドアーム(closed arm; 25cm×5cm×15 cm)からなり、それらのアームは床から50cm高くなった中央プラットフォームと結合している(図1参照)。高い位置にあるにも関わらず、クローズドアームの周りには囲いがあるために、マウスは安全に歩行する事ができる。一方、オープンアームの周囲は開放されていて囲いがないために、オープンアームを歩行するマウスは高い位置から転落するという不安感を感じる。そのために、マウスがオープンアームにいる時間が長いほど、あるいは進入回数が多いほど、マウスの不安感は緩和されており、抗不安活性の指標となる。

[0065] 実施例1〜16及び比較例1〜3(抗不安作用)
(実験及び結果)
生理食塩水溶水に溶解したYL(実施例1、比較例3)、FL(実施例2)、YI(実施例3)、FI(実施例4)、LY(実施例5)、LF(実施例6)、IY(実施例7)、IF(実施例8)、YLY(実施例9)、YLQ(実施例10)、LYL(実施例11)、YLYEIAR(実施例12)、YV(実施例13)、WL(実施例14)、LW(実施例15)、HL(実施例16)、Y(比較例1)、YおよびL(比較例2)、をマウスを高架式十字迷路上に置く前に各々図面に示される量で腹腔内投与(i.p.)あるいは経口投与(p.o.)した(n = 3〜14)。そして各ペプチドないしアミノ酸の投与群と非投与群(0 mg/kg)において、オープンアーム内で過ごした時間のパーセンテージとオープンアームを訪れた回数、アームを訪れた総数(total visits)を比較した。また、YLについては、オープンフィールド試験により抗不安作用を調べた。その結果を図2〜図14、図22〜図27および表3に示す。図2〜図14、図22〜図27および表3に示されるように、本発明のペプチドは、有意または有意傾向をもってアームを訪れる回数とアームで過ごす時間の割合を延長した。また、YLについては、高架式十字迷路実験でジアゼパムと同等以上の抗不安作用を示し、オープンフィールド試験においても有効性を示した。一方、Y、Lの2つのアミノ酸は、抗不安作用はなかった。

イ 甲2の記載
つまり,高架式十字迷路に曝露された実験動物は,「高所で壁がない」というストレスが負荷され(特にオープンアーム上で),ヒトに類似した不安・恐怖に対する生体変化が生じていることが考えられる。これらのことからも,高架式十字迷路試験は,不安関連行動の評価法としてより妥当性が高いことが支持されている。
(第100頁右欄8−14行)

ウ 刊行物に記載された発明
甲1には、請求項4に、YL、FL、WL、HL、YI、FI、FV、LY、LF、LW、IY、IF、YLY、YLQ、LYLまたはYLYEIARを有効成分とする医薬または医薬組成物が記載され、請求項5には、請求項4を引用して限定する形式で、抗不安剤、睡眠導入剤、睡眠改善剤、統合失調症治療薬または抗うつ薬である医薬または医薬組成物が記載されている。
甲1の実施例1〜16([0065])には、YL、FL、WL、HL、YI、FI、FV、LY、LF、LW、IY、IF、YLY、YLQ、LYL及びYLYEIARについて、抗不安作用を確認するための高架式十字迷路実験を行ったことが記載され、甲1に記載の発明のこれらのペプチドは、有意または有意傾向をもってアームを訪れる回数とアームで過ごす時間の割合を延長したこと、また、YLについては、高架式十字迷路実験でジアゼパムと同等以上の抗不安作用を示し、オープンフィールド試験においても有効性を示したことが記載されている。
甲2の記載によれば、高架式十字迷路試験は、動物に高所で壁がないというストレスを負荷した状態で行われる試験であり、不安関連行動の評価法である。
そうすると、甲1の上記実施例の試験は、甲1の請求項5に記載の発明について、その抗不安薬としての用途を裏付けるものであると認められるから、甲1には以下の発明(以下「甲1発明」という。)が記載されていると認められる。

(甲1発明)
YL、FL、WL、HL、YI、FI、FV、LY、LF、LW、IY、IF、YLY、YLQ、LYLまたはYLYEIARを有効成分とする抗不安剤。

(2)対比・判断
ア 請求項2について
(ア)本件訂正発明2と甲1発明を対比する。
本件特許明細書の【0039】には、「気分障害とは、世界保健機構(WHO)の疾病及び関連保健問題の国際統計分類によれば、ある程度の期間にわたって持続する気分の変調により、日常生活に支障をきたすような状態をいうと定義されている。本発明では、気分障害とはさらにより軽度の症状、例えば、活力が低下している状態、好奇心が低下している状態も含めるものとする。」と記載されていることからすると、甲1発明が治療対象としている不安と本件訂正発明2の用途のうち、活力が低下している状態、好奇心が低下している状態は、いずれも気分障害に含まれるといえるから、本件訂正発明2と甲1発明の一致点及び相違点は、以下のとおりと認められる。

(一致点)
ペプチドを有効成分とする気分障害の症状を治療、又は予防するための用途を含む組成物。

(相違点)
本件訂正発明2は、LHもしくはDVなるアミノ酸配列で示されるジペプチド、又はこれらの薬学上許容される塩もしくは溶媒和物を有効成分として含み、前記ジペプチドがLHである場合において、前記有効成分として清酒醸造の酒粕のタンパク質分解酵素処理物を含む組成物を除くものであって、慢性疲労症候群の症状、認知症の症状、活力が低下している状態、及び/又は好奇心が低下している状態を緩和、治療、又は予防するための組成物であるのに対し、甲1発明は、YL、FL、WL、HL、YI、FI、FV、LY、LF、LW、IY、IF、YLY、YLQ、LYLまたはYLYEIARを有効成分とする抗不安剤である点。

(イ)上記相違点につき、検討する。
甲1[0028]には、甲1に記載の組成物の有効成分となるペプチドを構成するアミノ酸は、LH、IY、IF、IW、IH、VH、VW、VY、VF,ノルロイシン−(Y/F/W/H)、ノルバリン−(Y/F/W/H)のようにH,W、YまたはFがC末端側にあってもよいと記載され、有効成分として、LHを用いることが示唆されている。また、甲1[0040] には、ジペプチドを化学合成により得ることも記載されている。
しかし、甲1には、上記ジペプチドは抗不安作用を有するものであることが記載されているが([0061]、[0064])、慢性疲労症候群の症状、認知症の症状、活力が低下している状態、及び/又は好奇心が低下している状態を緩和、治療、又は予防するための有効成分として利用可能であることについては何ら記載されていない。また、甲2には、甲1の実施例で用いられた高架式十字迷路実験が、不安関連行動の評価法としてより妥当性が高いものであることが記載されているにとどまり、甲1の記載及び本件特許出願時の技術常識から、抗不安作用を有する甲1に記載のジペプチドが、慢性疲労症候群の症状、認知症の症状、活力が低下している状態、及び/又は好奇心が低下している状態を緩和、治療、又は予防するための有効成分として利用可能であることが当業者に明らかであるともいえない。

(ウ)申立人は、甲1の実施例で行われた高架式十字迷路が、マウスの不安状態であって、その中での活力が低下している状態であるとして、甲1の「不安」は、いわば「活力が低下している状態」と同義であると十分考えられるが、仮にこれが同義ではなかったとしても、甲1の実施例の結果から、「活力が低下している状態」にも有効であることは当業者にとって極めて容易に想起できると主張し(意見書3頁17〜31行)、甲1の実施例で行われた高架式十字迷路が、マウスの不安状態であって、その中での好奇心が低下している状態であるとして、甲1の「不安」は、いわば「好奇心が低下している状態」と同義であると十分考えられるが、仮にこれが同義ではなかったとしても、甲1の実施例の結果から、「好奇心が低下している状態」にも有効であることは当業者にとって極めて容易に想起できると主張する(意見書4頁18〜32行)。
しかしながら、甲1の実施例で行われた高架式十字迷路試験は、甲2の記載からみて、不安の評価に用いられるものであることが理解され、活力の低下、あるいは、好奇心の低下を評価できるものであると理解すべき証拠はない。一方、以下の第5 2(2)ウ(ア)に示すとおり、本件特許明細書では、高架式十字迷路とは別の試験である、社会的相互作用試験によって、活力の低下、好奇心の低下を評価しており(【0078】〜【0088】)、申立人が主張するように、甲1の不安が、活力が低下している状態及び好奇心が低下している状態と同義であるとか、甲1における抗不安作用から、活力低下している状態及び好奇心が低下している状態の改善が容易に想起できるということはできない。
申立人は、また、甲1[0016]には、甲1に記載のペプチドが有する作用にドーパミンD1受容体の活性化を介する作用に基づいて、認知症や精神分裂病などの疾患の予防ないし治療作用が期待できるとの記載があることから、甲1発明のペプチドを認知症の症状改善のために利用することは明らかに示唆されているとも主張する(意見書2頁31〜35行))。
しかしながら、甲1[0016]の記載は、甲1に記載の組成物の抗不安作用が、ドーパミンD1受容体アンタゴニストであるSCH23390で阻害されたが、甲1記載のペプチドは、ドーパミンD1受容体に親和性を示さないことから、ドーパミンD1受容体の活性化を介して抗不安作用を示していることを説明したものであって、空間認知機能がドーパミンD1受容体と何らかの関係があることが周辺技術として記載されているにすぎず、このことからただちに、甲1に記載のペプチドによって、認知症などの疾患の予防ないし治療が可能であると理解されるものではない。

(エ)以上より、甲1発明において、HLに替えて、化学合成によるLHを有効成分とすることが甲1に示唆されていても、LHを、慢性疲労症候群の症状、認知症の症状、活力が低下している状態、及び/又は好奇心が低下している状態を緩和、治療、又は予防するための組成物とすることは、当業者が容易に想到し得たことであるとはいえない。
したがって、本件訂正発明2は、当業者が甲1発明、甲1及び甲2の記載に基いて容易に発明をすることができたものでない。

イ 請求項3について
(ア)本件訂正発明3と甲1発明の対比
甲2の記載によれば、高架式十字迷路試験は、動物に高所で壁がないというストレスを負荷した状態で行われる試験であり、不安関連行動の評価法であるとされているとおり、この不安はストレスにより引き起こされる状態に含まれると認められるから、本件訂正発明3と甲1発明の一致点及び相違点は、以下のとおりとなる。

(一致点)
ペプチドを有効成分とするストレスにより引き起こされる状態を緩和又は予防するための組成物。
(相違点)
本件訂正発明3は、LHもしくはDVなるアミノ酸配列で示されるジペプチド、又はこれらの薬学上許容される塩もしくは溶媒和物を有効成分として含み、前記ジペプチドがLHである場合において、前記有効成分として清酒醸造の酒粕のタンパク質分解酵素処理物を含む組成物を除くものであって、ストレスにより意欲・モチベーションが欠如している状態及び/又はストレスにより活力が低下している状態を緩和又は予防するための組成物であるのに対し、甲1発明は、YL、FL、WL、HL、YI、FI、FV、LY、LF、LW、IY、IF、YLY、YLQ、LYLまたはYLYEIARを有効成分とする抗不安剤である点。

(イ)判断
上記ア(イ)のとおり、甲1には、有効成分としてLHを用いることが示唆され、ジペプチドを化学合成により得ることも記載されているが、意欲・モチベーションが欠如している状態及び/又はストレスにより活力が低下している状態を緩和、治療、又は予防するための有効成分として利用可能であることについては何ら記載されておらず、甲1及び甲2の記載を含め、本件特許出願時の技術常識から、抗不安作用を有する甲1に記載のジペプチドが、慢性疲労症候群の症状、認知症の症状、活力が低下している状態、及び/又は好奇心が低下している状態を緩和、治療、又は予防するための有効成分として利用可能であることが当業者に明らかであるともいえない。
申立人は、甲1の実施例で行われた高架式十字迷路が、マウスの不安状態であって、その中での活力が低下している状態であるとして、甲1の「不安」は、いわば「ストレスにより意欲・モチベーションが欠如している状態」と同義であると十分考えられるが、仮にこれが同義ではなかったとしても、甲1の実施例の結果から、「ストレスにより意欲・モチベーションが欠如している状態」にも有効であることは当業者にとって極めて容易に想起できると主張する(意見書5頁末行〜6頁5行)。
しかしながら、甲1の実施例で行われた高架式十字迷路試験は、甲2の記載からみて、不安の評価に用いられるものであることが理解され、意欲・モチベーションが欠如している状態を評価できるものであると理解すべき証拠はない。一方、以下の第5 2(2)ウ(ア)に示すとおり、本件特許明細書では、高架式十字迷路とは別の試験である、社会的相互作用試験によって、意欲・モチベーションの欠如を評価しており(【0078】〜【0088】)、申立人が主張するように、甲1の不安が、ストレスにより意欲・モチベーションが欠如している状態と同義であるとか、甲1における抗不安作用から、ストレスにより意欲・モチベーションが欠如している状態の改善が容易に想起できるということはできない。
そうすると、甲1発明において、HLに代えて、化学合成によるLHを有効成分とすることが甲1に示唆されていても、LHを有効成分として含む組成物を、ストレスにより意欲・モチベーションが欠如している状態及び/又はストレスにより活力が低下している状態を緩和又は予防するための組成物とすることは、当業者が容易に想到し得たことでない。
したがって、本件訂正発明3は、当業者が甲1発明、甲1及び甲2の記載に基いて容易に発明をすることができたものでない。

ウ 請求項5、6について
請求項5、6は、請求項1〜4を引用してさらに特定したものである。そして、上記ア及びイのとおり、本件訂正発明2〜3は、当業者が甲1発明、甲1及び甲2の記載に基いて容易に発明をすることができたものではなく、本件訂正発明1、4についても、第5のとおり、当業者が甲1発明、甲1及び甲2の記載に基いて容易に発明をすることができたものでないから、本件訂正発明5、6は、当業者が甲1発明、甲1及び甲2の記載に基いて容易に発明をすることができたものでないことは明らかである。

エ 請求項7、8について
請求項7、8は、請求項1〜6を引用してさらに特定したものである。そして、上記ウのとおり、本件訂正発明1〜6は、当業者が甲1発明、甲1及び甲2の記載に基いて容易に発明をすることができたものでないから、本件訂正発明7、8は、当業者が甲1発明、甲1及び甲2の記載に基いて容易に発明をすることができたものでないことは明らかである。

3 小括
以上のとおり、本件訂正発明2、3、5〜8は、当業者が甲1発明、甲1及び甲2の記載に基いて容易に発明をすることができたものでないから、本件訂正発明2、3、5〜8についての特許は、取消理由通知で通知した理由によって取り消されるべきものでない。

第5 取消理由通知で採用しなかった申立理由について
1 申立人による申立ての理由の概要及び証拠
申立人は、その特許異議申立書において、請求項1〜11に係る特許が取り消されるべきであるとして、概略、以下の主張をした。

本件特許発明1−11は、甲第1号証−甲第5号証に記載の発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、請求項1−11に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。
請求項2−9に係る特許は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。
請求項2−9に係る特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。

甲第1号証:国際公開第2010/087480号
甲第2号証:山口拓ら,「高架式十字迷路試験を用いた不安水準の評価とその応用」,日薬理誌(Folia Pharmacol. Jpn.)126,99〜105(2005)
甲第3号証:特開2001−278809号公報
甲第4号証:国際公開第2008/044691号
甲第5号証:特表2013−505230号公報

2 取消理由通知で採用しなかった異議申立理由についての判断
(1)特許法第29条第2項進歩性)について

ア 証拠の記載
申立人が提出した証拠には、以下の記載がある。以下、申立人が提出した証拠を番号によって、「甲1」などという。

(ア)甲3の記載
【特許請求の範囲】
【請求項1】一般式(1)R1−Leu(又はIle)−His−Thr−Leu−R2(1)(式中、R1は修飾基を有していても良いアミノ酸残基、修飾基を有していても良いペプチド残基、アミノ酸のN末端保護基又は水素原子を表し、R2は修飾基を有していても良いアミノ酸残基、修飾基を有していても良いペプチド残基、アミノ酸のC末端保護基又は水素原子を表す。また、Leuはロイシン残基、Ileはイソロイシン残基、Hisはヒスチジン残基、Thrはスレオニン残基をそれぞれ表す。)で示される化合物を用いることを特徴とするマクロファージ系細胞の異常活性化に起因する疾患の診断又は治療に用いる薬剤のスクリーニング方法。

【0003】
【発明が解決しようとする課題】本発明の目的は、アルブミン分子内の活性部位を特定することにより、マクロファージやミクログリアの異常活性化に起因する多くの疾患に対する診断剤或いは治療剤のスクリーニングに使用し得る比較的低分子のペプチドを創出し、提供することにある。

【0022】次いで、分子量1362.6のこの12−merペプチドを化学合成して、そのO2− 産生増強活性の濃度依存性を測定し、BSAのそれと比較した(図8)。増強は0.1−1μg/ml(73−730nM)の濃度域で見られ、ほぼBSAの5−50μg/ml(75−750nM)と一致した。図8は、ミクログリアのO2−産生活性に対する化学合成したペプチドによる増強効果の濃度依存性を測定した結果を示す。化学的に合成した12−merペプチドと元のBSAの効果を種々の濃度で測定し、データは4点の平均値と標準偏差により表した。同様な結果は他の2回の実験でも得られた。
・・・
【0024】ミクログリアをPMAで刺激したときのO2−産生について,他の数種類のペプチドの効果を測定した(図10)。図10は、ミクログリアのO2−産生活性に対する化学合成した各種ペプチドによる増強効果を測定した結果を示し、12−merペプチドのアミノ酸配列を逆順にしたものやN末端・C末端を短縮したものを化学合成し、その効果を各々1μMの濃度で測定した。データは4点の平均値と標準偏差により表した。12−merを逆順にして合成したものには増強効果はみられなかった。N末端がひとつ短いものにはもとの12−merと同等の活性があったが、2つ短いペプチドにはもはや活性はなかった。活性発現に必須のN末端配列はLeu-His-Thr-であることがわかる。C末端については、順次短くしても活性は保持され、最終的に4つのアミノ酸まで短くすることができた。これらの結果は増強活性発現に必要な配列が、Leu-His-Thr-Leu(LHTL)であることを明白に示している。ラットの血清アルブミンでは66LeuがIleに置換しているLHTLの代わりにIHTLも化学合成してその効果を調べたところ、LHTLと同等な活性を持っていた。

【0025】
【発明の効果】上記一般式(1)で示される本発明化合物を用いることにより、マクロファージやミクログリアの異常活性化を原因とする多くの疾患に対する、診断及び治療剤開発の基盤が確立される。また、本発明化合物を道具としてその受容体を特定することができる。更に、本発明化合物のうちその受容体の阻害作用を示すものは、異常活性化が原因となる進行性神経変性疾患の治療薬となりうる。また、本発明化合物を抗原とする抗体を用いて、脳脊髄液中の抗原量を測定することによりミクログリア異常活性化の程度の指標とすることができ、診断基準となりうる。培養ミクログリアやマクロファージ活性酸素産生能は、マイクロモル以下の低濃度の本発明化合物で顕著に増強され、アルブミンによる増強の場合と、その濃度及び強度において同等である。

図10


(イ)甲4の記載
[0033] 分岐鎖アミノ酸、その薬理学的に許容される塩、及びそれらの誘導体から選ばれる少なくとも1種以上の化合物の有効量を哺乳動物に投与することにより、うつ病を予防、改善、又は治療すること力できる。投与対象となる哺乳動物は、代表的にはヒトであり、好ましくは、うつ病のヒト、うつ病に移行する可能性のある状態のヒト(仮面うつ病のヒト、過ストレス状態にあるヒトなど)等が挙げられる。予防には、例えば、うつ病に移行する可能性のある状態からうつ病への進行の抑制や、健常状態からのうつ病の発症が含まれる。

[0043]
<試験例1> 分岐鎖アミノ酸経口投与による抗うつ作用 10週齢SDラットを2群に分け(1群10匹)、標準精製飼料AIN−76(日本農産工業株式会社製)で自由飲水下6日間飼育した群(比較群)、並びにAIN−76にL−イソロイシンを1質量%混合した飼料で自由飲水下6日間飼育した群(本発明群)とした。これらの被験動物を用いて、Gutman,D.A.らのDefensive Withdrawal Test方法[The Journal of Pharmacology and Experimental Therapeutics, 304(2), 874(2003)]に準じて、ストレス下のラットのうつ状態改善作用の試験を行った。
すなわち、両群のラットそれぞれ1匹を、垂直に立てた直径10cm、長さ20cmの黒色円筒に尾から落とし入れて蓋をし、10秒後、この円筒を縦100cm、横100cm、高さ45cmのアクリル白壁からなるオープンフィールドの1つのコーナーに向けて、壁から20cmの位置に置いた。そして直ちに蓋をとり、5分間ラットの行動を観察し、筒から出てくるまでの時間を測定した。
なお、試験は防音室内で200ルクスの光度下で行い、ラットの行動は装置上方よりビデオカメラで撮影し、防音室外のモニターで観察した。
なお、統計処理は、両側studentのt検定で行った。結果を図1に示す。本発明群では、ラットが筒から出てくる時間が比較群と比べて有意に短ぐL−イソロイシンの抗うつ効果が確認された。
なお、L−口イシンやL−バリンについても同様の試験を行い、L−イソロイシンの場合と同様の抗うつ効果が確認された。

請求の範囲
[1] 分岐鎖アミノ酸、その薬理学的に許容される塩、及びそれらの誘導体から選ばれる少なくとも1種以上の化合物を有効成分として含有することを特徴とする抗うつ剤。
[2] 分岐鎖アミノ酸が、L−バリン、L−ロイシン及びL−イソロイシンから選ばれる少なくとも1種以上の化合物であることを特徴とする請求項1に記載の抗うつ剤。
・・・
[11] 分岐鎖アミノ酸、その薬理学的に許容される塩、及びそれらの誘導体から選ばれる少なくとも1種以上の化合物を含むことを特徴とする、うつ状態改善用食品組成物。

(ウ)甲5の記載
【特許請求の範囲】
【請求項2】
酸化ストレス関連障害をその必要性のある対象において処置する方法であって、配列番号1に示されるアミノ酸配列に由来する少なくとも2つの連続するアミノ酸を含む最大でも25アミノ酸である単離されたペプチドまたはそのペプチド模倣体の治療効果的な量と、医薬的に許容されるキャリアとをそのような対象に投与し、単離されたペプチドが酸化ストレス条件のもとでの細胞の生存能力を増大させ、それにより、酸化ストレス関連障害を処置することを含む方法。
【請求項3】
酸化ストレス関連障害をその必要性のある対象において処置する方法であって、配列番号2に示されるアミノ酸配列に由来する少なくとも2つの連続するアミノ酸を含む最大でも25アミノ酸である単離されたペプチドまたはそのペプチド模倣体の治療効果的な量と、医薬的に許容されるキャリアとをそのような対象に投与し、単離されたペプチドが酸化ストレス条件のもとでの細胞の生存能力を増大させ、それにより、酸化ストレス関連障害を処置することを含む方法。
・・・
【請求項6】
前記酸化ストレス関連障害は神経変性疾患である、請求項2−5のいずれかに記載の方法または単離されたペプチド。
【請求項7】
前記神経変性疾患は、パーキンソン病、多発性硬化症、ALS、多系統萎縮症、アルツハイマー病、卒中、進行性核上麻痺、第17染色体に連鎖するパーキンソン症候群を伴う前頭側頭型認知症、および、ピック病からなる群から選択される、請求項6に記載の方法または単離されたペプチド。

【0170】
材料および方法DJ−1関連ペプチド:DJ−1タンパク質のバイオインフォマティックデータおよびスクリーニングに基づいて、DJ−1に基づく20アミノ酸のいくつかのペプチド配列を選択することができる。神経保護特性を明らかにするペプチド配列がペプチド#2およびペプチド#5として設計され、それらの配列は下記の通りである:
ペプチド#2:KGAEEMETVIPVDVMRRAGI−配列番号1
ペプチド#5:EGPYDVVVLPGGNLGAQNLS−配列番号2

イ 刊行物に記載された発明
(ア)甲3に記載された発明
甲3には、アルブミン分子内の活性部位を特定することにより、マクロファージやミクログリアの異常活性化に起因する多くの疾患に対する診断剤或いは治療剤のスクリーニングに使用し得る比較的低分子のペプチドを提供することを目的とし(【0003】)、BSA由来の12−merペプチドと、その短縮形でミクログリアをPMAで刺激したときのO2−産生効果を測定したところ、12−merペプチドのC末端については、順次短くしても活性は保持され、最終的に4つのアミノ酸まで短くすることができ、増強活性発現に必要な配列が、Leu-His-Thr-Leu(LHTL)であると記載されている(【0024】、図10)。図10には、ジペプチドLHについての測定として、コントロールに対する比率が1.8程度であることが示されている。甲3には、以下の発明が記載されていると認められる(以下「甲3発明」という。)。

(甲3発明)
ミクログリアをPMAで刺激したときのO2−産生を、コントロールに対する比率で1.8程度にする作用を有するペプチドLH。

(イ)甲4に記載された発明
甲4の請求項2には、L−バリン、L−ロイシン及びL−イソロイシンから選ばれる少なくとも1種以上の分岐アミノ酸を有効成分として含有することを特徴とする抗うつ剤が記載され、甲4の試験例1([0033])には、経口投与により、L−イソロイシンの他、L−口イシンやL−バリンがラットに対し、抗うつ作用を有することが確認されたことが記載されていから、甲4には、以下の発明が記載されているといえる(以下「甲4発明」という。)

(甲4発明)
L−バリン、L−ロイシン及びL−イソロイシンから選ばれる少なくとも1種以上の分岐アミノ酸を有効成分として含有することを特徴とする抗うつ剤。

(ウ)甲5に記載された発明
甲5の請求項3には、酸化ストレス関連障害をその必要性のある対象において処置する方法であって、配列番号1に示されるアミノ酸配列に由来する少なくとも2つの連続するアミノ酸を含む最大でも25アミノ酸である単離されたペプチドまたはそのペプチド模倣体により、酸化ストレス関連障害を処置することを含む方法について記載され、請求項7には、当該方法が対象とする酸化ストレス関連障害として、多発性硬化症が記載されている。そして、配列番号1のアミノ酸配列として、「KGAEEMETVIPVDVMRRAGI」が記載されている(【0170】)。以上より、甲5には、以下の発明が記載されていると認められる(以下「甲5発明」という。)。

(甲5発明)
酸化ストレス関連障害である多発性硬化症を処置する方法に用いるためのアミノ酸配列KGAEEMETVIPVDVMRRAGIに由来する少なくとも2つの連続するアミノ酸を含む最大でも25アミノ酸である単離されたペプチドまたはそのペプチド模倣体。

進歩性についての判断
異議申立書14頁23行〜20頁23行の記載からみて、進歩性に関する申立人の主張は、甲1、甲3、甲4、甲5のそれぞれを主引用例とするものであり、甲2は甲1に記載された高架式十字迷路試験に関する副引用例として引用されているものであると認められるから、それぞれの主引用例に対応する理由に分けて判断する。
(ア)甲1を主引用例とする場合の進歩性について
請求項2、3、5〜8については、既に第4で検討したので、残りの請求項である、請求項1、4、9〜11についての判断を示す。
(i)請求項1について
本件訂正発明1と甲1発明を対比すると、両者の一致点及び相違点は、以下のとおりと認められる。
(一致点)
ペプチドを有効成分とする組成物。
(相違点)
本件訂正発明1は、LHもしくはDVなるアミノ酸配列で示されるジペプチド、又はこれらの薬学上許容される塩もしくは溶媒和物を有効成分として含み、前記ジペプチドがLHである場合において、前記有効成分として清酒醸造の酒粕のタンパク質分解酵素処理物を含む組成物を除くものであって、ミクログリアの炎症を抑制するための組成物であるのに対し、甲1発明は、YL、FL、WL、HL、YI、FI、FV、LY、LF、LW、IY、IF、YLY、YLQ、LYLまたはYLYEIARを有効成分とする抗不安剤である点。

上記相違点について検討する。
上記第4 2(2)ア(イ)のとおり、甲1には、抗不安作用を有するジペプチドとしてLHを得ることが示唆されているということはできる。
しかし、甲1には、ジペプチドLHがミクログリアの炎症を抑制する作用を有することについては何ら記載されておらず、抗不安作用を有する化合物がミクログリアの炎症を抑制する作用を有するものであるとの技術常識の存在も認められない。
そうすると、甲1発明において、ジペプチドをHLからLHに替えた上で、これをミクログリアの炎症を抑制するための組成物とすることは、甲1及び甲2の記載から当業者が容易に想到し得たことでない。
したがって、本件訂正発明1は、当業者が甲1発明、甲1及び甲2の記載に基いて容易に発明をすることができたものでない。

(ii)請求項4について
本件訂正発明4と甲1発明を対比すると、両者の一致点及び相違点は、以下のとおりと認められる。
(一致点)
ペプチドを有効成分とする組成物。
(相違点)
本件訂正発明4は、LHもしくはDVなるアミノ酸配列で示されるジペプチド、又はこれらの薬学上許容される塩もしくは溶媒和物を有効成分として含み、前記ジペプチドがLHである場合において、前記有効成分として清酒醸造の酒粕のタンパク質分解酵素処理物を含む組成物を除くものであって、意欲・モチベーションの欠如、及び/又は活力の低下を抑制するための組成物であるのに対し、甲1発明は、YL、FL、WL、HL、YI、FI、FV、LY、LF、LW、IY、IF、YLY、YLQ、LYLまたはYLYEIARを有効成分とする抗不安剤である点。

上記相違点について検討する。
上記第4 2(2)ア(イ)のとおり、甲1には、抗不安作用を有するジペプチドとしてLHを得ることが示唆されているということはできる。
しかし、甲1には、ジペプチドLHが意欲・モチベーションの欠如、及び/又は活力の低下を抑制することについては何ら記載されておらず、抗不安作用を有する化合物が意欲・モチベーションの欠如、及び/又は活力の低下を抑制するとの技術常識の存在も認められない。
そうすると、甲1発明において、ジペプチドをHLからLHに替えた上で、これをミクログリアの炎症を抑制するための組成物とすることは、甲1の記載から当業者が容易に想到し得たことでない。
したがって、本件訂正発明4は、当業者が甲1発明、甲1及び甲2の記載に基いて容易に発明をすることができたものでない。

(iii)請求項9について
請求項9は、請求項7、8を引用してさらに限定して特定して記載されている。上記第4 2(2)エのとおり、本件訂正発明7、8は、当業者が甲1発明、甲1及び甲2の記載に基いて容易に発明をすることができたものでないから、さらに限定された本件訂正発明9も、当業者が甲1発明、甲1及び甲2の記載に基いて容易に発明をすることができたものでないことは、明らかである。

(iv)請求項10、11について
本件訂正発明10、11は、清酒醸造の酒粕のタンパク質分解酵素処理物を含む組成物を含有させる工程を含む方法を除く、LHなるアミノ酸配列で示されるジペプチド、又はこれらの薬学上許容される塩もしくは溶媒和物を含有する酒粕を含有させる工程を含むことを特徴とする、ストレスにより引き起こされる状態を緩和又は予防するための組成物の製造方法に関する発明であるが、甲1及び甲2には、ジペプチドLHが清酒醸造の酒粕のタンパク質分解酵素処理物を除く酒粕に含まれることについて何ら記載されておらず、また、これが本件特許出願時の技術常識であるとも認められない。
したがって、本件訂正発明10、11は、当業者が甲1発明、甲1及び甲2の記載に基いて容易に発明をすることができたものでない。

(イ)甲3を主引用例とする場合の進歩性について
(i)請求項1について
本件訂正発明1と甲3発明を対比すると、両者の一致点及び相違点は、以下のとおりと認められる。
(一致点)
ジペプチドLHの生理活性を利用する発明である点。
(相違点)
本件訂正発明1は、ミクログリアの炎症を抑制するための組成物であるのに対し、甲3発明は、ミクログリアをPMAで刺激したときのO2−産生を、コントロールに対する比率で1.8程度にする作用に基づく発明である点。

上記相違点につき、検討する。
上記のとおり、甲3は、ミクログリアの異常活性化に起因する多くの疾患に対する診断剤或いは治療剤のスクリーニングに使用し得る比較的低分子のペプチドを創出することを課題とし(【0003】)、BSA由来のペプチドを用いて、O2−産生の増大を指標として、ミクログリアの異常活性化をする能力を有する化合物を探索したことについて記載された文献である。甲3には、ミクログリアの炎症を抑制する作用を有する物質については何ら記載も示唆もない。
申立人は、甲3の【0025】に、ミクログリアの異常活性化のメカニズムとして、受容体に関する記載があることと、ミクログリア細胞の異常活性化に寄与するLHTLと、異常活性化の増強のないペプチドの配列の比較から、LHがそのような受容体の活性化に重要であると想定され、LHをアンタゴニストとすることが容易に考えられるから、ミクログリアの異常活性化が原因となる進行性神経変性疾患の治療薬として、本件訂正発明1〜11は、甲3の記載から当業者が容易に発明をすることができたものであると主張する(異議申立書16頁27行〜17頁末行)。
しかしながら、ミクログリアの異常活性化とミクログリアの炎症とは、別の現象であり、申立人が、受容体に対してLHガアンタゴニストとして作用すると主張する点についても、甲3において、LHが受容体に対するアンタゴニスト作用を示すことが記載されているというものでもなく、申立人が独自の推論を行っているものに過ぎず、いずれにしても、甲3の記載から、当業者がLHがミクログリアの炎症抑制作用を示すものであると理解するものではない。
したがって、本件訂正発明1は、当業者が甲3発明及び甲3の記載に基いて容易に発明をすることができたものでない。

(ii)請求項2〜4について
本件訂正発明2における「慢性疲労症候群の症状、認知症の症状、活力が低下している状態、及び/又は好奇心が低下している状態を緩和、治療、又は予防するための組成物」、本件訂正発明3における「ストレスにより意欲・モチベーションが欠如している状態及び/又はストレスにより活力が低下している状態を緩和又は予防するための組成物」、本件訂正発明4における「意欲・モチベーションの欠如、及び/又は活力の低下を抑制するための組成物」についても、甲3には何ら記載されていない。
申立人の主張は、甲3の記載から、LHのミクログリアの炎症抑制作用が理解できることを前提として、本件訂正発明2〜4における組成物の用途は当業者に容易に想到し得るというものと認められる(異議申立書17頁25〜31行)。
しかしながら、甲3の記載から、LHのミクログリアの炎症抑制作用が理解できるとはいえないことは、上記(i)のとおりである。
したがって、本件訂正発明2〜4は、当業者が甲3発明及び甲3の記載に基いて容易に発明をすることができたものでない。

(iii)請求項5〜9について
本件訂正発明5、6は、本件訂正発明1〜4の組成物の形態をさらに特定した発明であり、本件訂正発明7は、本件訂正発明1〜6の組成物の製造方法であり、本件訂正発明8〜9は、本件訂正発明7をさらに限定した発明である。そして、上記(ii)のとおり、本件訂正発明1〜4は、当業者が甲3発明及び甲3の記載から容易に発明をすることができたものでないのであるから、本件訂正発明5〜9も、当業者が甲3発明及び甲3の記載に基いて容易に発明をすることができたものでないことは明らかである。

(iv)請求項10、11について
本件訂正発明10、11は、清酒醸造の酒粕のタンパク質分解酵素処理物を含む組成物を含有させる工程を含む方法を除く、LHなるアミノ酸配列で示されるジペプチド、又はこれらの薬学上許容される塩もしくは溶媒和物を含有する酒粕を含有させる工程を含むことを特徴とする、ストレスにより引き起こされる状態を緩和又は予防するための組成物の製造方法に関する発明であるが、甲3には、ジペプチドLHが清酒醸造の酒粕のタンパク質分解酵素処理物を除く酒粕に含まれることについて何ら記載されておらず、また、これが本件特許出願時の技術常識であるとも認められない。
したがって、本件訂正発明10、11は、当業者が甲3発明及び甲3の記載に基いて容易に発明をすることができたものでない。

(v)申立人の主張について
申立人の請求項5〜11についての主張は、甲3の記載から、LHのミクログリアの炎症抑制作用が理解できることと、本件訂正発明2〜4における組成物の用途は当業者に容易に想到し得ること、ジペプチドLHを含有する原料として、清酒醸造の酒粕のタンパク質分解酵素処理物を除く酒粕を見出すことが、本件特許の出願時の当業者が容易になし得たことを前提とするものと認められる(異議申立書17頁25〜末行)。
しかしながら、甲3の記載から、本件訂正発明2〜4における組成物の用途及びジペプチドLHを含有する原料として、清酒醸造の酒粕のタンパク質分解酵素処理物を除く酒粕を見出すことが、本件特許の出願時の当業者が容易になし得たことでないことは、上記(ii)のとおりである。
したがって、本件訂正発明5〜11についての申立人の上記主張は、採用できない。

(vi)まとめ
本件訂正発明1〜11は、当業者が甲3発明及び甲3の記載に基いて容易に発明をすることができたものでない。

(ウ)甲4を主引用例とする場合の進歩性について
(i)請求項1について
本件訂正発明1と甲4発明を対比すると、本件訂正発明1が対象とするミクログリアは、神経系の細胞であり、甲4発明の抗うつ剤は、神経系に作用する医薬であるから、両者の一致点及び相違点は以下のとおりと認められる。
(一致点)
神経系に作用する医薬である点。
(相違点)
本件訂正発明1は、LHもしくはDVなるアミノ酸配列で示されるジペプチド、又はこれらの薬学上許容される塩もしくは溶媒和物を有効成分として含み、前記ジペプチドがLHである場合において、前記有効成分として清酒醸造の酒粕のタンパク質分解酵素処理物を含む組成物を除くものであって、ミクログリアの炎症を抑制するための組成物であるのに対し、甲4発明は、L−バリン、L−ロイシン及びL−イソロイシンから選ばれる少なくとも1種以上の分岐アミノ酸を有効成分として含有することを特徴とする抗うつ剤である点。

上記相違点につき、検討する。甲4発明におけるL−バリン、L−ロイシンというアミノ酸の作用から、ただちに、LH、DVというペプチドの作用を推論することはできず、また、甲4に記載された抗うつ作用から、その作用がミクログリアの炎症抑制作用であると理解することもできない。
したがって、甲4発明及び甲4の記載から、LHもしくはDVなるアミノ酸配列で示されるジペプチド、又はこれらの薬学上許容される塩もしくは溶媒和物を有効成分として含み、前記ジペプチドがLHである場合において、前記有効成分として清酒醸造の酒粕のタンパク質分解酵素処理物を含む組成物を除く、ミクログリアの炎症を抑制するための組成物とすることは、当業者が容易に想到し得たものでない。
したがって、本件訂正発明1は、当業者が甲4発明及び甲4の記載に基いて容易に発明をすることができたものでない。

(ii)請求項2〜9について
本件訂正発明2は「慢性疲労症候群の症状、認知症の症状、活力が低下している状態、及び/又は好奇心が低下している状態を緩和、治療、又は予防するための組成物」、本件訂正発明3は「ストレスにより意欲・モチベーションが欠如している状態及び/又はストレスにより活力が低下している状態を緩和又は予防するための組成物」、本件訂正発明4は「意欲・モチベーションの欠如、及び/又は活力の低下を抑制するための組成物」である。そして、本件訂正発明5〜9は、本件訂正発明1〜4の何れかと同じ用途の食品・医薬と、その製造方法の発明である。甲4には、これら本件訂正発明2〜9における組成物の用途について、何ら記載も示唆もない。
そうすると、甲4の記載から、甲4発明を本件訂正発明1〜4の組成物の製造方法である本件訂正発明2〜9とすることは、当業者が容易に想到し得たことでない。
したがって、本件訂正発明2〜9は、当業者が甲4発明及び甲4の記載に基いて容易に発明をすることができたものでない。

(iii)請求項10、11について
訂正後の請求項10、11の記載からみて、本件訂正発明10、11は、清酒醸造の酒粕のタンパク質分解酵素処理物を含む組成物を除く、LHなるアミノ酸配列で示されるジペプチド、又はこれらの薬学上許容される塩もしくは溶媒和物を含有する酒粕を含有させる工程を含むことを特徴とする、ストレスにより引き起こされる状態を緩和又は予防するための組成物の製造方法であると認められる。甲4には、清酒醸造の酒粕のタンパク質分解酵素処理物を含む組成物を除く酒粕が、LHなるアミノ酸配列で示されるジペプチド、又はこれらの薬学上許容される塩もしくは溶媒和物を含有することについて、何ら記載も示唆もない。
そうすると、清酒醸造の酒粕のタンパク質分解酵素処理物を含む組成物を除く、LHなるアミノ酸配列で示されるジペプチド、又はこれらの薬学上許容される塩もしくは溶媒和物を含有する酒粕を含有させる工程を含むことを特徴とする製造方法である、本件訂正発明10、11の製造方法は、甲4の記載から、当業者が容易に想到し得たものでない。
したがって、本件訂正発明10、11は、当業者が甲4発明及び甲4の記載に基いて容易に発明をすることができたものでない。

(iv)まとめ
本件訂正発明1〜11は、当業者が甲4発明及び甲4の記載に基いて容易に発明をすることができたものでない。

(エ)甲5を主引用例とする場合の進歩性について
(i)請求項1について
本件訂正発明1と甲5発明を対比すると、本件訂正発明1が対象とするミクログリアは、神経系の細胞であり、甲5発明が治療対象としている多発性硬化症は、神経系の疾患であるから、両者の一致点及び相違点は以下のとおりと認められる。
(一致点)
ペプチドを有効成分とする、神経系の疾患を処置するための組成物である点。
(相違点)
本件訂正発明1は、LHもしくはDVなるアミノ酸配列で示されるジペプチド、又はこれらの薬学上許容される塩もしくは溶媒和物を有効成分として含み、前記ジペプチドがLHである場合において、前記有効成分として清酒醸造の酒粕のタンパク質分解酵素処理物を含む組成物を除くものであって、ミクログリアの炎症を抑制するための組成物であるのに対し、甲5発明は、有効成分がアミノ酸配列KGAEEMETVIPVDVMRRAGIに由来する少なくとも2つの連続するアミノ酸を含む最大でも25アミノ酸である単離されたペプチドまたはそのペプチド模倣体であって、多発性硬化症を処置するためのものである点。

上記相違点につき、検討する。甲5には、アミノ酸配列KGAEEMETVIPVDVMRRAGIに由来する少なくとも2つの連続するアミノ酸を含む最大でも25アミノ酸である単離されたペプチドまたはそのペプチド模倣体との記載はあっても、その中から、DVという特定のジペプチドが活性を示すことについて何ら記載されていない。また、甲5において処置の対象とされているのは、酸化ストレス関連障害であり、甲5には、ミクログリアの炎症を抑制することについての記載はなく、酸化ストレス障害の処置がミクログリアの炎症抑制につながるとの技術常識も見当たらない。
そうすると、甲5発明及び甲5の記載から、LHもしくはDVなるアミノ酸配列で示されるジペプチド、又はこれらの薬学上許容される塩もしくは溶媒和物を有効成分として含み、前記ジペプチドがLHである場合において、前記有効成分として清酒醸造の酒粕のタンパク質分解酵素処理物を含む組成物を除く、ミクログリアの炎症を抑制するための組成物である本件訂正発明1を当業者が容易に想到し得たものでない。
したがって、本件訂正発明1は、当業者が甲5発明及び甲5の記載に基いて容易に発明をすることができたものでない。

(ii)請求項2〜11について
本件訂正発明2は「慢性疲労症候群の症状、認知症の症状、活力が低下している状態、及び/又は好奇心が低下している状態を緩和、治療、又は予防するための組成物」、本件訂正発明3は「ストレスにより意欲・モチベーションが欠如している状態及び/又はストレスにより活力が低下している状態を緩和又は予防するための組成物」、本件訂正発明4は「意欲・モチベーションの欠如、及び/又は活力の低下を抑制するための組成物」であり、本件訂正発明5〜9は、本件訂正発明1〜4の何れかと同じ用途の食品・医薬と、その製造方法の発明である。甲5には、これら本件訂正発明2〜11における組成物の用途について、何ら記載も示唆もない。
また、訂正後の請求項10、11の記載からみて、本件訂正発明10、11は、清酒醸造の酒粕のタンパク質分解酵素処理物を含む組成物を除く、LHなるアミノ酸配列で示されるジペプチド、又はこれらの薬学上許容される塩もしくは溶媒和物を含有する酒粕を含有させる工程を含むことを特徴とする、ストレスにより引き起こされる状態を緩和又は予防するための組成物の製造方法であると認められるところ、甲5には、清酒醸造の酒粕のタンパク質分解酵素処理物を含む組成物を除く酒粕が、LHなるアミノ酸配列で示されるジペプチド、又はこれらの薬学上許容される塩もしくは溶媒和物を含有することについて、何ら記載も示唆もない。
したがって、本件訂正発明2〜11は、当業者が甲5発明及び甲5の記載に基いて容易に発明をすることができたものでない。

(iii)まとめ
本件訂正発明1〜11は、当業者が甲5発明及び甲5の記載に基いて容易に発明をすることができたものでない。

(2)特許法第36条第4項第1号違反(実施可能要件)及び特許法第36条第6項第1号違反(サポート要件)について
ア 本件特許明細書の記載
本件特許明細書には、以下の記載がある。

(ア)「【0002】
脳内で唯一の免疫細胞として存在するミクログリアは、脳の10%を占め、脳内における老廃物の貪食除去、損傷を受けた組織の修復等、脳内の恒常性の維持に不可欠な機能を有していることが明らかとなっている。ミクログリアは、脳内の恒常性を維持することによって、認知機能の維持、向上、及び改善に貢献している。しかしながら、ミクログリアの過剰な活性化により炎症を惹起し、活性酸素(ROS)やTNF-α、IL-1β等の炎症性サイトカインが慢性的に産生され、ニューロンにストレスを与えることが知られている。
【0003】
例えば、うつ病のような気分障害の患者においても、慢性の炎症が生じており、炎症性サイトカインや活性酸素の持続的な産生亢進が認められている。気分障害患者では血中CRP、炎症性サイトカインの値の上昇が見られ、これらの値と症状や治療抵抗性との相関が認められている。また、症状消褪後にはこれらマーカー値が正常化することが報告されている。IFN-γやTNF-αなどの炎症性サイトカインや活性酸素はそれ自体が神経細胞、神経幹細胞やオリゴデンドロサイトに対する組織障害性を有する。気分障害患者の脳では、シナプス病変、神経新生抑制、白質病変などの組織学的変化が認められているが、ミクログリアが産生する炎症性サイトカインや活性酸素が、これら病変を引き起こしている可能性がある(非特許文献1)。

【0010】
本発明では、症状の重い患者はもちろんであるが、比較的症状の軽い者に対しても効果があり、継続的に摂取が可能な組成物を提供することを課題とする。ミクログリアの炎症に起因する疾患として、上述のように疼痛、慢性疲労症候群、認知症、多発性硬化症があり、また、うつ病等に見られる気分障害がある。本発明の組成物はこれら疾患を発症している患者はもちろんのこと、発症リスクの高い群に対しても効果のある組成物を提供することを課題とする。
【0011】
例えば、社会的敗北感、意欲、モチベーションの欠如など、意欲や精神状態の不調もうつ病などの気分障害へつながることが指摘されている。モチベーション、やる気のなさに顕れる意欲や活力の欠如、また、自信、好奇心の欠如、さらには、落ち込んだ気持ちが回復せず前向きになれないなど、「気分」、「感情」の問題は、個人の性格の問題として捉えられることも多い。しかし、うつ病として顕在化する前から、あるいは回復期にも存在する脳の器質的な病的状態が含まれているものと考えられている。」

(イ)「【0014】
本発明は、ミクログリアの炎症によって惹起される種々の疾患や状態に対して効果を有するペプチド、又はその薬学上許容される塩もしくは溶媒和物を有効成分とする組成物を提供することを課題とする。ミクログリアが脳内で引き起こす炎症状態を緩和及び抑制し、慢性疲労症候群、認知症、気分障害といった疾患だけではなく、疾患を発症する以前に認められる状態を改善することを可能にする組成物や飲食品を提供することを課題とする。特に、今まで、気分、感情の問題として片づけられていたような意欲、モチベーションの欠如、活力の低下といった病気とは診断されないような状態を改善可能な組成物や飲食品を提供することを課題とする。
【0015】
本発明の第1の形態は、LH、DVもしくはMHで表されるアミノ酸配列を有するジペプチド、又は該アミノ酸配列をコア配列として含むオリゴペプチド、又はその薬学上許容される塩もしくは溶媒和物を含む、ミクログリアの炎症を抑制するための組成物を提供するものある。
【0016】
LH、DVもしくはMHで表されるアミノ酸配列を有するジペプチド、又は該アミノ酸配列をコア配列として含むオリゴペプチドには、ミクログリアの炎症を抑制する作用がある。したがって、これを含む組成物にはミクログリアの炎症を抑制する効果が期待できる。」

(ウ)「【0025】
上記ジペプチド又は該アミノ酸配列をコア配列として含むオリゴペプチドは、食品等に由来するタンパク質を加水分解物して得られたものであってもよい。特に、酒粕に含まれるものであってもよい。この場合、上記タンパク質加水分解物、あるいは上記酒粕は、組成物中の上記ジペプチド又は該アミノ酸配列をコア配列として含むオリゴペプチドの濃度を上げるため、さらに精製・濃縮する処理を施してもよい。」

(エ)「【0030】
本発明の製造方法の第2の形態は、ストレスにより引き起こされる状態を緩和又は予防するための組成物の製造方法であって、LH、DVもしくはMHで表されるアミノ酸配列を有するジペプチド、又は該アミノ酸配列をコア配列として含むオリゴペプチド、又はその薬学上許容される塩もしくは溶媒和物を含有する酒粕を含有させる工程を含む製造方法を提供する。」

(オ)「【0039】
気分障害とは、世界保健機構(WHO)の疾病及び関連保健問題の国際統計分類によれば、ある程度の期間にわたって持続する気分の変調により、日常生活に支障をきたすような状態をいうと定義されている。本発明では、気分障害とはさらにより軽度の症状、例えば、活力が低下している状態、好奇心が低下している状態も含めるものとする。さらに、本発明で活力の向上、好奇心の向上とは以下のような状態を含むものとする。活力の向上とは、例えば、本発明の組成物を摂取する前より摂取した後の方が身体活動量が大きくなること、好奇心の向上とは、例えば、新たな課題に興味を示すことをいう。なお、ストレスとは生活上のプレッシャーおよび、それを感じたときの感覚である。
【0040】
活力の向上や好奇心の向上はマウスなどの実験動物を用い、以下のようにして測定することが可能である。活力の向上は、後記実施例記載の方法のほかに、マウスモデルにおいて、例えば組成物摂取前及び後の一定時間におけるローターロッドなど滑車操作時間の比較により評価することができる。また、好奇心の向上は、組成物摂取前及び後のマウスモデルに、例えば新たな玩具を与え、該玩具を操作し始めるまでの時間又は該玩具を操作している時間を比較したり、自分とは別の新たなマウスに遭遇した際にそのマウスにどれくらいアプローチを掛けるかなどの社会性を比較したりすることにより評価することができる。
【0041】
本発明の組成物の使用形態については特に制限はない。例えば、食品組成物、その食品組成物に配合するために用いられる添加物、あるいは、医薬組成物、その医薬組成物に配合するために用いられる添加物などとして使用することができる。また、ヒトだけでなく愛玩動物(犬、猫、爬虫類、鳥類、魚類など)や家畜(家禽含む)、養殖魚などに用いてもよい(好ましくは哺乳類である動物・家畜に用いる)。
【0042】
ヒトや動物に上記ジペプチド又はオリゴペプチドを有効に作用させるためには、上記ジペプチド又はオリゴペプチド(複数種類含む場合にはその合計換算)を、0.00001〜100質量%含有する形態であることが好ましく、0.0001〜100質量%含有する形態であることがより好ましく、0.001〜100質量%含有する形態であることが最も好ましい。」

(カ)「【0058】
<試験例1>
ミクログリアの炎症性サイトカイン産生に及ぼすオリゴペプチドの影響を網羅的に調べるために、まず、ジペプチドを合成し以下の試験を行った。
【0059】
[ジペプチド]
タンパク質を構成する20種類のアミノ酸のうちシステイン(C)を除く19種類のアミノ酸で構成され得るジペプチドの組み合わせ361通りのうち、そのN末端アミノ酸(第一アミノ酸)及びC末端アミノ酸(第二アミノ酸)の組合わせとして、下記表1に示すように、25種のジペプチドを除く336通りの組合せのジペプチドを準備した。なお、立体異性体がある場合はL体が用いられた。
【0060】
[ミクログリア]
ミクログリアは、マウス脳から磁気細胞分離法によって単離した。具体的には、マウスより摘出した脳をパパイン処理することにより脳組織分散液を得、酵素反応を停止させた。次に、超常磁性マイクロビーズによって磁性標識された汎ミクログリアマーカーであるCD11b抗体(MiltenyiBiotec社製)と反応させ、それを磁気分離することにより、ミクログリアを単離した。
【0061】
[抗炎症作用の評価]
単離したミクログリア細胞を、上記336種のジペプチドを各々50μM濃度で添加した培地で12時間培養した。その後、5ng/ml lipopolyshccaride(LPS、SIGMA-ALDRICH社製)及び0.5ng/ml IFN-γ(R&D system社製)を添加して、さらに12時間培養し、培養上清中に含まれるTNF-αをELISAキット(eBioscience社製)を用いて定量した。
・・・
【0063】
336種のジペプチドのうち、TNF-αの産生をコントロールに対して0.80以下に抑制する活性を備えたジペプチドは、AG、AH、AI、DA、DD、DF、DG、DH、DT、DV、DY、EA、EG、EM、EN、EW、EY、FA、FD、FI、FL、FM、FW、FY、GH、GS、GT、HS、HV、IE、IF、IQ、IR、IS、KD、KE、KG、KI、KK、KL、KM、KN、KQ、KR、KT、KV、KW、KY、LA、LD、LF、LG、LH、LI、LL、LV、LY、MA、MD、ME、MF、MH、MM、MN、MQ、MS、MT、MV、MW、MY、NA、ND、NE、NF、NG、NH、NI、NK、NL、NM,NQ、NR、PG、PK、PS、PV、PW、PY、QE、QF、QH、QI、QK、QP、QQ、QY、RD、RE、RF、RG、RK、RL、RN、RV、RW、SD、SL、SM、SN、ST、SV、VDの112種のジペプチドであった。
【0064】
また、TNF-αの産生を1/4抑制する、すなわちコントロールに対して0.75以下に抑制する活性を備えたジペプチドは、AG、AH、AI、DA、DD、DH、DV、EA、EY、GH、IE、IQ、KI、KL、KM、KQ、KT、KV、KY、LG、LH、LI、LV、LY、MA、MD、ME、MF、MH、MN、MT、MW、MY、NA、ND、NF、NG、NH、NL、NM、PS、PW、QF、QH、QI、QK、QQ、RF、RK、SLの50種のジペプチドであった。
【0065】
さらに、TNF-αの産生を0.70以下に抑制する活性を備えたジペプチドは、AI、DV、GH、KI、KL、KM、KV、LG、LH、LI、MA、MD、MH、NAの14種のジペプチドであった。中でも、0.5以下に抑制する3種のジペプチド、LH、DV、MHは、TNF-αの産生を夫々0.06、0.20、0.44と非常に優れた炎症抑制効果を備えていることがわかった。
【0066】
<試験例2>
試験例1で優れた抗炎症効果が認められたジペプチドのうち、LH、DVについてさらに解析を行った。まず、これらジペプチドの抗炎症作用が濃度依存的であるか解析を行った。
【0067】
1μM〜50μMまでジペプチドの濃度を変えてミクログリアと培養した他は試験例1と同様にしてTNF−αの産生をELISAにより測定した。なお、コントロールとしては、試験例1と同様に、ペプチドを添加せずに培養を行ったものを用いた。また、比較のために、同じアミノ酸組成であって、配列の異なるジペプチド、すなわち、VD、HLも同様に濃度を変えてTNF-αの産生を測定した。結果を図1に示す。
【0068】
図1に示すように、ジペプチドDV、LHの抗炎症作用は濃度依存的である。一方、同じアミノ酸組成ではあるが、N末とC末を入れ替えた配列のジペプチドVD、HLはともに抗炎症活性を示さなかった。」

(キ)「【0073】
<試験例4>
LH投与によって脳内の炎症が緩和されることを確認した。
6週齢のICR(CD−1)雄マウス(日本チャールズリバー社製)を4群に分けた。LH0mg群4匹、LH10mg群3匹、LH50mg群5匹にはそれぞれ、0、10、50mg/kg体重となるように調製したLH(国産化学社製)を1日1回、7日間連続で胃内へ強制経口投与した。
【0074】
脳内炎症を惹起する目的で、LH投与7日目にはLH投与30分後に1.5mg/mLとなるよう蒸留水に溶解させたLPS(SIGMA-ALDRICH社製)をLPSとして0.5mg/kg体重となるように脳室内投与した。LPS投与から3時間後にマウスを安楽殺し、大脳皮質、海馬を採材した。LHおよびLPS投与を行わないLPS非投与群3匹については、LPSに代えて蒸留水10μLを脳室内投与したうえで上記3群と同様にして組織を採材した。
【0075】
次に、採材組織中のTNF-α量を評価した。すなわち、採材した大脳皮質および海馬をRIPAバッファー(WAKO社製)中でビーズ破砕し、ELISA キット(「Mouse TNF alpha ELISA Ready-SET-Go!」eBioscience社製)を用いてTNF-αを定量した。得られたTNF‐α定量値は、BCA法で定量した破砕液中の総タンパク質濃度で除し、単位タンパク質質量あたりのTNF-α含量とした。
【0076】
試験スケジュール概要を図3に、結果を図4にそれぞれ示す。結果は各群において測定値の平均値±標準誤差で示した。
【0077】
その結果、LH0mg群と比較して、50mg群においては大脳皮質および海馬においてTNF-α量が少ない傾向が認められ、海馬におけるLH0mg群と50mg群の差は有意であった。このことから、経口投与したLHが脳内の炎症作用を抑制したことが明らかとなった。
【0078】
<試験例5>
(1)社会的相互作用試験
ストレスを受け、それに伴い慢性疲労や意欲低下、抑うつの状態が見られることがあるが、メカニズムとして脳内の炎症が関与していることが近年の研究により明らかとなっている(古屋敷智之“心理ストレスにおける炎症関連分子の役割とミクログリア活性化への関与”実験医学Vol.30-No.13 2012, 65-71)。
【0079】
そこで、試験例4において脳内での炎症抑制作用を発揮することが確認されたLHについて、ストレスへの緩和・抑制効果を奏するか否か動物を用いて評価した。具体的には、ストレス付与モデルを使った社会的相互作用試験により、LH投与によるストレス状態の緩和および意欲改善・活力向上効果を確認した。
【0080】
マウスは本来、新規個体の入ったチャンバー内に入れられると社会的探索行動を示す性質をもつため、主に新規個体(Aggressor)の存在する場所(新規個体ケージ)付近に滞在するようになり、新規個体(Aggressor)から最も離れた領域(Avoidance Zone)にはほとんど滞在しないようになる(Vaishnav Krishanan., et al Cell, 2007, Vol.131(2), p391-404)。しかし、ストレスを付与されたマウスは新規個体(Aggressor) に対する不安の亢進や意欲低下が生じているため、新規個体(Aggressor)付近での滞在を避け、Avoidance Zoneでの滞在時間が増加する。したがって、新規個体(Aggressor)の入ったチャンバー内に社会的敗北モデルマウス差し入れてAvoidance Zone滞在時間を計測することにより、該マウスのストレスに対する状態を評価することができる。この場合、LHを摂取させたモデルマウスについてストレスの緩和や意欲改善、活力向上が生じていれば、LH非摂取マウスに比してAvoidance Zoneでの滞在時間が減少することになる。
【0081】
(2)方法
試験概要を図5A〜図5Cに示す。
【0082】
Repeated Social Defeat Stressモデル(社会的敗北モデル)として8週齢オスのC57BL/6Nマウス(日本チャールズリバー社製。以下「試験動物」ともいう)を、ストレスを付与しない群(ND群)、ストレスを付与し0.1%(W/W)LH含有飼料を摂取した群(LH食群)、ストレスを付与しLH非含有食を摂取した群(コントロール食群)の3群に分けた。各群10匹であり、飼育は1匹ずつ個別ケージにて行った。
【0083】
LH食群にはストレス付与の開始日より前7日間、LHを終濃度0.1%(W/W)となるように添加調製したAIN93-G(オリエンタル酵母社製)飼料(以下「試験食」という)を自由に摂食させ、ストレス付与終了翌日(探索行動評価の終了日)まで継続した。ND群およびコントロール食群には、LH食群が試験食の摂取を開始したのと同日からLHを添加しないAIN93-G飼料を自由摂食させた(ND群においても、LH群およびコントロール食群におけるストレス付与開始日を「1日目」とした。)。
【0084】
LH食群およびコントロール食群には、ストレス付与開始日から1日1回10分間ずつAggressorとしてICR(CD−1)マウス(日本チャールズリバー社製)と同居させることでストレスを付与した。
【0085】
探索行動評価は、各群ともストレス付与−1、2、4、8、11日目に実施した。
探索行動評価は新規個体(Aggressor)に対する試験動物の探索行動を評価する試験である。試験装置の概略は図5Cに示す。縦40cm、横30cm、高さ30cmのチャンバーの壁際にケージに入った新規個体(Aggressor)であるICR(CD−1)マウスを置いたうえで該チャンバー内に試験動物を置き、5分間(300秒間)自由に探索させ、Avoidance Zoneにおける滞在時間を計測した。なお、−1日目の探索行動評価は、新規個体(Aggressor)不在状況下での、試験動物の探索行動を評価している。
【0086】
(3)結果
各群におけるAvoidance Zoneでの滞在時間の経時変化を図6Aに示した。滞在時間は各群の測定値の平均値±標準誤差として示している。各群ともAvoidance Zone滞在時間が経時的に増加する傾向が認められた。ND群と比較して、ストレスを付与した群(Defeated群;LH群およびコントロール食群)において経時的増加の程度が大きい傾向にあった。また、コントロール食群と比較して、LH食群においては、経時的増加の程度が抑制される傾向にあった。
【0087】
ストレス付与2、4、8、11日目におけるAvoidance Zone滞在時間を図6Bに示した。滞在時間は各群の平均値±標準誤差で示している。いずれの時点においても、コントロール食群と比較してLH食群において、Avoidance Zoneでの滞在時間が短い傾向にあった。さらに、8日においては、コントロール食群のAvoidance Zone滞在時間とLH食群のそれとの差は有意なものであった。
【0088】
以上より、LHを摂取しないとストレス付与により活力が低下していくが、LH摂取により活力低下が抑制されることが示された。すなわち、LHにより慢性的なストレスを緩和でき、意欲・モチベーションの欠如や活力の低下が抑制されることがわかった。
【0089】
<試験例6>
試験例1でミクログリアの高い炎症抑制活性を有する効果が見出されたジペプチド及び該ジペプチドを含むオリゴペプチドが、食品に用いられるタンパク質の配列中に含まれているかを調べた。具体的には、下記表2に示す34種類のタンパク質の配列中に、LH、DV、MH、LHL、NLH、TDVE、NLHLの配列が現れるかを調べた。
【0090】

【表2】
・・・
【0097】
その結果、試験例1でミクログリアの抗炎症活性を有する効果が見出されたジペプチドの配列及び試験例3で抗炎症活性を備えることを確認したトリペプチド、テトラペプチドが、上記34種類のタンパク質のいずれかに含まれることがわかり、それらのタンパク質を含む原料から酸加水分解や酵素処理により調製可能であることが確認された。
【0098】
さらに、上記オリゴペプチドについて、食由来のタンパク質にどの程度含有しているかを解析した。結果を表6〜表7に示す。
【0099】
【表6】

【0100】
【表7】

【0101】
上記で示した食由来のタンパク質には、少なくともいずれかのコアとなるジペプチドが含まれることを確認した。また、試験例3で炎症抑制活性を備えることを確認したトリペプチド、テトラペプチドについては、βカゼイン等に含まれる。これら食品に含まれるタンパク質に含まれるオリゴペプチドを用いることによって、ミクログリアの炎症抑制効果の高いペプチド組成物を製造することができる。
【0102】
<試験例7>
(1)焼酎粕の水抽出物による、ミクログリアの炎症抑制効果
常法にしたがって麹原料(白米(うるち米)、大麦又はさつま芋)を蒸煮、冷却したものに種麹(白麹又は黒麹)を添加し製麹した。ここに酵母を加えて発酵させた。さらに、蒸煮のうえ冷却した主原料(白米(うるち米)、大麦又はさつま芋)を加えさらに発酵させた。発酵で得られたもろみを蒸留して焼酎原酒を製造した。
【0103】
本試験は焼酎製造時のもろみの蒸留残渣を対象に行った。すなわち、もろみの蒸留残渣(以下、「もろみ残渣」「焼酎粕」ともいう。)に対してそれぞれ5倍重量(W/W)の水を添加し15分間超音波処理を施した(水抽出)。水抽出は25℃にて行った。抽出液の遠心分離(HITACHI製、Himac CR20GIIを使用、5,000 rpm×10分)上清を回収、凍結乾燥し、凍結乾燥サンプルとした。
【0104】
表8にサンプルを示す。
【0105】
【表8】

【0106】
試験例1に記載した方法でマウス脳より採取し精製した初代培養ミクログリアについて、凍結乾燥サンプルを添加した際の炎症抑制作用を評価した。具体的には、精製した初代培養ミクログリアを播種した培養プレートに凍結乾燥サンプルをそれぞれ終濃度0.1、0.3、1、3mg/mLになるように添加して24時間培養し、LPSおよびIFN-γをそれぞれ終濃度5ng/mL、0.5ng/mLとなるように添加して培養を行った(0.1mg群、0.3mg群、1mg群、3mg群)。そして、培養12時間後の培養上清中のTNF-αの量をELISAにて定量した。なお、凍結乾燥サンプルを添加せずLPS及びIFN−γを添加した系をコントロール(+)群と称し、LPSとIFN−γいずれも添加しない系をコントロール(−)群と称している。
【0107】
結果を図7Aに示す 。なお、結果は2連のデータの平均値である。
【0108】
その結果、いずれの凍結乾燥サンプル添加した系においても、凍結乾燥サンプルを添加しない系に比してTNF-αの産生量が少ない傾向が認められ、凍結乾燥サンプルの終濃度が高いほどTNF-α産生量が少なくなる傾向が認められた。このことから、凍結乾燥サンプル中にミクログリアの炎症状態を抑制する成分が含まれることがわかった。」

(ク)「【0111】
(3)凍結乾燥サンプル中のLH濃度
LC/MSMS法によりLH濃度を定量した。すなわち、上記凍結乾燥サンプルを水に溶解し遠心分離したものの上清を限外濾過(10kDa)して得られた分析サンプルを適宜希釈し、以下の分析条件でLC/MSMSにて測定した。濃度換算は検量線法によった。
・・・
【0116】
結果を表11に示す。LHの濃度は焼酎粕水抽出物の乾燥質量あたりとして計算している。主原料としてうるち米、大麦、さつま芋のいずれを使用した場合でも、発酵によりLHが生成していることが確認され、LHがミクログリアの炎症抑制作用に関与していることが示された。また、麹原料としてうるち米、大麦、さつま芋のいずれを使用した場合でも、麹菌として白麹、黒麹のいずれを使用した場合でも、発酵によりLHが生成していることが確認され、LHがミクログリアの作用に関与していることが示された。
【0117】
【表11】

【0118】
(4)文献調査

上記主原料中および一般に焼酎原料として汎用されるジャガイモのタンパク質にLHなるアミノ酸配列が含まれるかウェブサイト情報から予測した。結果は表12に示すとおりである。主原料として使用する大麦、米、さつま芋、ジャガイモのいずれにおいてもLH配列を含むタンパク質が存在することが確認され、これらを発酵させることでLHが生成する可能性が、文献的にも示された。」

イ 図面
【図1】


【図4】


【図5C】


【図6A】


【図7A】


実施可能要件について
(ア)請求項1〜6について
(i) 本件特許明細書には、背景技術として、ミクログリアは、脳内で唯一の免疫細胞として脳の10%を占め、脳内における老廃物の貪食除去、損傷を受けた組織の修復等、脳内の恒常性の維持に不可欠な機能を有し、脳内の恒常性を維持することによって、認知機能の維持、向上、及び改善に貢献しているが、その過剰な活性化により炎症を惹起し、活性酸素(ROS)やTNF-α、IL-1β等の炎症性サイトカインが慢性的に産生され、ニューロンにストレスを与えることが知られていることが記載され(【0002】)、また、気分障害の患者においても、炎症性サイトカインや活性酸素の持続的な産生亢進が認められており(【0003】)、ストレスを受け、それに伴い慢性疲労や意欲低下、抑うつの状態が見られるメカニズムとして脳内の炎症が関与していることが近年の研究により明らかとなっていることが記載されている(【0078】)。
その上で、本件特許明細書には、本発明は、ミクログリアの炎症によって惹起される種々の疾患や状態に対して効果を有するペプチド、又はその薬学上許容される塩もしくは溶媒和物を有効成分とする組成物を提供すること、ミクログリアが脳内で引き起こす炎症状態を緩和及び抑制し、慢性疲労症候群、認知症、気分障害といった疾患だけではなく、意欲、モチベーションの欠如、活力の低下といった病気とは診断されないような状態を改善可能な組成物や飲食品を提供することを課題とすることが記載されている(【0014】)。
上記課題を解決するためのミクログリアの炎症の抑制作用に関し、本件特許明細書の<試験例1>には、ミクログリアの炎症性サイトカイン産生に及ぼすオリゴペプチドの影響を網羅的に調べるために、336通りの組合せのジペプチドを合成し、単離したミクログリア細胞をこれらのジペプチドを添加した培地で培養した後、lipopolyshccaride及びIFN-γを添加して、さらに12時間培養し、培養上清中に含まれるTNF-αを定量した結果、ペプチドを添加していないコントロールを1とすると、LH、DVは、TNF-αの産生を夫々0.06、0.20に抑制する非常に優れた炎症抑制効果を備えていることがわかったと記載され(【0058】〜【0065】)、<試験例2>には、LH、DVの抗炎症作用が濃度依存的であることを確認して記載されている(【0066】〜【0068】、図1)。また、<試験例4>には、マウスに50mg/kg体重となるように調製したLHを1日1回、7日間連続で胃内へ強制経口投与し、脳内炎症を惹起する目的で、LH投与7日目にはLH投与30分後にLPSを0.5mg/kg体重となるように脳室内投与した結果、LH0mg群と比較して、50mg群においては大脳皮質および海馬においてTNF-α量が少ない傾向が認められ、海馬におけるLH0mg群と50mg群の差は有意であり、経口投与したLHによる脳内の炎症を抑制する作用が明らかとなったことが記載されている(【0073】〜【0077】、図4)。
<試験例5>には、LH投与によるストレス状態の緩和および意欲改善・活力向上効果を確認するための社会的相互作用試験として、新規個体(Aggressor)に対する試験動物の探索行動探索行動評価を行った結果、LHを摂取しないとストレス付与により活力が低下していくが、LH摂取により活力低下が抑制されることが示され、LHにより慢性的なストレスを緩和でき、意欲・モチベーションの欠如や活力の低下が抑制されることがわかったと記載されている(【0078】〜【0088】)。ここで、試験例5におけるマウスの社会的探索行動の評価について、【0080】には、マウスは本来、新規個体の入ったチャンバー内に入れられると社会的探索行動を示す性質をもつため、主に新規個体(Aggressor)の存在する場所(新規個体ケージ)付近に滞在するようになり、新規個体(Aggressor)から最も離れた領域(Avoidance Zone)にはほとんど滞在しないようになるが、ストレスを付与されたマウスは新規個体(Aggressor) に対する不安の亢進や意欲低下が生じているため、新規個体(Aggressor)付近での滞在を避け、Avoidance Zoneでの滞在時間が増加することから、新規個体(Aggressor)の入ったチャンバー内に社会的敗北モデルマウス差し入れてAvoidance Zone滞在時間を計測することにより、該マウスのストレスに対する状態を評価することができ、LHを摂取させたモデルマウスについてストレスの緩和や意欲改善、活力向上が生じていれば、LH非摂取マウスに比してAvoidance Zoneでの滞在時間が減少すると記載されている。また、【0040】には、「好奇心の向上は、組成物摂取前及び後のマウスモデルに、例えば新たな玩具を与え、該玩具を操作し始めるまでの時間又は該玩具を操作している時間を比較したり、自分とは別の新たなマウスに遭遇した際にそのマウスにどれくらいアプローチを掛けるかなどの社会性を比較したりすることにより評価することができる。」との記載があることからみて、試験例5における新規個体に対する探索行動を評価する試験は、意欲・活力とともに、好奇心の向上についての評価も含んでいると認められる。

(ii) 上記(i)のとおり、本件特許明細書及び図面には、炎症性サイトカインであるTNF-αの産生を指標として、LH及びDVが、いずれもミクログリアによる炎症性サイトカイン産生を濃度依存的に抑制し(試験例1)、LHについては、経口投与したよる脳内の炎症を抑制する作用(試験例4)を確認した上で、<試験例5>において、マウスの新規個体(Aggressor)に対する試験動物の探索行動探索行動評価対する社会的相互作用試験によって、LHの投与が慢性的なストレスを緩和でき、意欲・モチベーションの欠如や活力の低下が抑制される効果とともに、好奇心の低下を抑制する効果も示していると理解できるから、本件特許明細書及び図面の記載から、LHもしくはDVなるアミノ酸配列で示されるジペプチド、又はこれらの薬学上許容される塩もしくは溶媒和物を有効成分として含む本件訂正発明1〜4の組成物の発明について、ミクログリアの炎症を抑制するための組成物、慢性疲労症候群の症状、認知症の症状、活力が低下している状態、及び/又は好奇心が低下している状態を緩和、治療、又は予防するための組成物、ストレスにより意欲・モチベーションが欠如している状態及び/又はストレスにより活力が低下している状態を緩和又は予防するための組成物、意欲・モチベーションの欠如、及び/又は活力の低下を抑制するための組成物として実施可能であることを、当業者は理解することができる。
また、本件特許明細書には、LH又はDVを含む組成物を食品組成物や医薬組成物とすることや、その際の添加量についても説明されている(【0041】〜【0042】)。
したがって、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載は、本件訂正発明1〜6について、当業者がその発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものである。

(イ)請求項7〜11について
上記(ア)のとおり、本件訂正発明1〜6を当業者は、本件特許明細書の記載に基づいて実施することができるといえるところ、さらに、本件特許明細書【0025】には、ジペプチド又は、食品等に由来するタンパク質を加水分解物して得られたものであってもよく、特に、酒粕に含まれるものであってもよいことが記載され、その濃度を上げるため、さらに精製・濃縮する処理を施してもよいことが記載されているから、本件訂正発明1〜6の組成物の製造方法に関する本件訂正発明7〜9についても、当業者は、本件特許明細書の記載に基いて実施することができるといえる。
また、上記(ア)のとおり、LHがストレスにより引き起こされる状態を緩和又は予防するための組成物の有効成分となることが明細書に示されているところ、試験例7には、清酒とは異なる酒粕である焼酎粕の水抽出物がミクログリアの炎症抑制効果を示し、焼酎粕の水抽出物の凍結乾燥サンプルがLHを含有することが記載されているから(【0102】〜【0108】、【0111】)、清酒醸造の酒粕のタンパク質分解酵素処理物以外の酒粕を用いる本件訂正発明10、11の製造方法についても記載されていると認められる。
したがって、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載は、本件訂正発明7〜11についても、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものである。

(ウ)まとめ
以上のとおり、本件特許明細書の発明の詳細な説明は、本件訂正発明1〜11について、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものである。

エ サポート要件について
特許請求の範囲の記載が、明細書のサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲内のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。
本件訂正発明の課題は、ミクログリアの炎症によって惹起される種々の疾患や状態に対して効果を有するペプチド、又はその薬学上許容される塩もしくは溶媒和物を有効成分とする組成物を提供すること、ミクログリアが脳内で引き起こす炎症状態を緩和及び抑制し、慢性疲労症候群、認知症、気分障害といった疾患だけではなく、意欲、モチベーションの欠如、活力の低下といった病気とは診断されないような状態を改善可能な組成物や飲食品を提供にあると認められる(【0014】)。
そして、上記ウのとおり、当業者は、本件特許明細書の記載に基づいて、本件訂正発明を実施することができると理解することができることからすると、本件訂正発明の実施は、ミクログリアが脳内で引き起こす炎症状態を緩和及び抑制し、慢性疲労症候群、認知症、気分障害といった疾患だけではなく、意欲、モチベーションの欠如、活力の低下を改善可能な組成物や飲食品を提供することに他ならず、本件訂正発明は、発明の詳細な説明の記載から、当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものである。

3 小括
以上のとおり、申立人の主張する申立て理由のうち、取消理由通知で採用しなかった理由は、いずれも理由がない。

第6 むすび
以上のとおりであるから、取消理由通知に記載した取消理由、並びに、申立人による特許異議の申立ての理由及び証拠によっては、請求項1〜11に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に請求項1〜11に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、特許法第114条第4項の規定により、請求項1〜11に係る特許について、上記結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
LHもしくはDVなるアミノ酸配列で示されるジペプチド、又はこれらの薬学上許容される塩もしくは溶媒和物を有効成分として含む、ミクログリアの炎症を抑制するための組成物(前記ジペプチドがLHである場合において、前記有効成分として清酒醸造の酒粕のタンパク質分解酵素処理物を含む組成物を除く。)。
【請求項2】
LHもしくはDVなるアミノ酸配列で示されるジペプチド、又はこれらの薬学上許容される塩もしくは溶媒和物を有効成分として含む、慢性疲労症候群の症状、認知症の症状、活力が低下している状態、及び/又は好奇心が低下している状態を緩和、治療、又は予防するための組成物(前記ジペプチドがLHである場合において、前記有効成分として清酒醸造の酒粕のタンパク質分解酵素処理物を含む組成物を除く。)。
【請求項3】
LHもしくはDVなるアミノ酸配列で示されるジペプチド、又はこれらの薬学上許容される塩もしくは溶媒和物を有効成分として含む、ストレスにより意欲・モチベーションが欠如している状態及び/又はストレスにより活力が低下している状態を緩和又は予防するための組成物(前記ジペプチドがLHである場合において、前記有効成分として清酒醸造の酒粕のタンパク質分解酵素処理物を含む組成物を除く。)。
【請求項4】
LHなるアミノ酸配列で示されるジペプチド又はその薬学上許容される塩もしくは溶媒和物を有効成分として含む、意欲・モチベーションの欠如、及び/又は活力の低下を抑制するための組成物(前記有効成分として清酒醸造の酒粕のタンパク質分解酵素処理物を含む組成物を除く。)。
【請求項5】
飲食品組成物である請求項1乃至請求項4いずれか1項記載の組成物。
【請求項6】
医薬組成物である請求項1乃至請求項4いずれか1項記載の組成物。
【請求項7】
タンパク質を加水分解して、LHもしくはDVなるアミノ酸配列で示されるジペプチド、又はこれらの薬学上許容される塩もしくは溶媒和物を得る工程を含むことを特徴とする、請求項1乃至請求項6いずれか1項記載の組成物の製造方法。
【請求項8】
前記、タンパク質を加水分解して、LHもしくはDVなるアミノ酸配列で示されるジペプチド、又はこれらの薬学上許容される塩もしくは溶媒和物を得る工程により得られた組成物を、精製・濃縮する工程をさらに含むことを特徴とする、請求項7記載の方法。
【請求項9】
前記、タンパク質を加水分解して、LHもしくはDVなるアミノ酸配列で示されるジペプチド、又はこれらの薬学上許容される塩もしくは溶媒和物を得る工程により得られた組成物が、酒粕であり、前記ジペプチドがLHであることを特徴とする、請求項7又は請求項8記載の方法。
【請求項10】
LHなるアミノ酸配列で示されるジペプチド、又はこれらの薬学上許容される塩もしくは溶媒和物を含有する酒粕を含有させる工程を含むことを特徴とする、ストレスにより引き起こされる状態を緩和又は予防するための組成物の製造方法(前記ストレスにより引き起こされる状態を緩和又は予防するための組成物に、清酒醸造の酒粕のタンパク質分解酵素処理物を含む組成物を含有させる工程を含む方法を除く。)。
【請求項11】
前記、LHなるアミノ酸配列で示されるジペプチド、又はこれらの薬学上許容される塩もしくは溶媒和物を含有する酒粕を、精製・濃縮する工程をさらに合むことを特徴とする、請求項10記載の方法。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2021-12-06 
出願番号 P2016-091950
審決分類 P 1 651・ 121- YAA (A61K)
P 1 651・ 537- YAA (A61K)
P 1 651・ 536- YAA (A61K)
最終処分 07   維持
特許庁審判長 岡崎 美穂
特許庁審判官 冨永 みどり
齋藤 恵
登録日 2020-09-16 
登録番号 6764679
権利者 キリンホールディングス株式会社
発明の名称 ペプチドを含む炎症抑制のための組成物  
代理人 特許業務法人創成国際特許事務所  
代理人 特許業務法人創成国際特許事務所  

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