• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  H01M
審判 全部申し立て 2項進歩性  H01M
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  H01M
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  H01M
管理番号 1384124
総通号数
発行国 JP 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2022-05-27 
種別 異議の決定 
異議申立日 2021-05-17 
確定日 2022-04-06 
異議申立件数
事件の表示 特許第6786146号発明「リチウム二次電池用正極活物質、その製造方法、およびそれを含むリチウム二次電池」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6786146号の請求項1〜13に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6786146号(以下、「本件特許」という。)の請求項1〜13に係る特許についての出願は、2018年(平成30年)2月28日(パリ条約による優先権主張外国庁受理 2017年2月28日、2018年2月27日 大韓民国(KR))を国際出願日とする出願であって、令和2年10月30日にその特許権の設定登録がされ、同年11月18日に特許掲載公報が発行されたものである。
その後、令和3年5月17日に、請求項1〜13に係る特許に対し、特許異議申立人 竹下瑞恵(以下、「申立人」という。)により、甲第1号証〜甲第11号証(以下、「甲1」等という。)を証拠方法とする特許異議の申立てがされ、当審は、同年9月27日付けで取消理由を通知し、特許権者からは、その指定期間内である同年12月27日に意見書が提出された。

(証拠方法)
甲第1号証(甲1):特開2015−191848号公報
甲第2号証(甲2):国際公開第2011/162178号
甲第3号証(甲3):特開平6−283174号公報
甲第4号証(甲4):特開2007−73425号公報
甲第5号証(甲5):特表2015−164119号公報
甲第6号証(甲6):特開2012−252844号公報
甲第7号証(甲7):特開2015−26454号公報
甲第8号証(甲8):特開2007−59342号公報
甲第9号証(甲9):特開2013−152866号公報
甲第10号証(甲10):特開2016−110999号公報
甲第11号証(甲11):特開2017−10841号公報

第2 本件発明
本件特許の請求項1〜13に係る発明は、本件特許の願書に添付した特許請求の範囲の請求項1〜13に記載された事項により特定される、次のとおりのものである。
なお、以下では、特に断り書きがない限り、特許請求の範囲の請求項1〜13に係る発明を「本件発明1」等といい、また、これらを総称して「本件発明」ということもある。

「【請求項1】
ニッケル(Ni)、コバルト(Co)、およびマンガン(Mn)を含むリチウム複合遷移金属酸化物を含み、
前記リチウム複合遷移金属酸化物は、ニッケル(Ni)サイトの一部がタングステン(W)で置換されており、
前記リチウム複合遷移金属酸化物の粒子の表面に残存するリチウムタングステン酸化物の含量が1000ppm以下であり、
前記リチウム複合遷移金属酸化物の粒子の平均粒径(D50)をd、前記リチウム複合遷移金属酸化物の結晶サイズをcとしたときに、d/1000cが0.05以上であり、
前記リチウム複合遷移金属酸化物の結晶サイズが100〜200nmであり、
前記リチウム複合遷移金属酸化物は、下記化学式1で表され、
[化学式1]
LiaNi1-x1-y1-z1Wz1Cox1M1y1M2q1O2
前記化学式1中、1.0≦a≦1.5、0<x1≦0.2、0<y1≦0.2、0<z1≦0.2、0≦q1≦0.1、0<x1+y1+z1≦0.2であり、M1は、Mnであるか、または、MnおよびAlであり、M2は、Ba、Ca、Zr、Ti、Mg、Ta、Nb、およびMoからなる群から選択される少なくとも1種である、リチウム二次電池用正極活物質。
【請求項2】
前記リチウム複合遷移金属酸化物は、結晶構造中にタングステン(W)を10〜5000ppmで含有する、請求項1に記載のリチウム二次電池用正極活物質。
【請求項3】
前記リチウム複合遷移金属酸化物は、結晶構造中にタングステン(W)を2000〜3000ppmで含有する、請求項1に記載のリチウム二次電池用正極活物質。
【請求項4】
前記リチウム複合遷移金属酸化物は、ニッケル(Ni)、コバルト(Co)、マンガン(Mn)、およびアルミニウム(Al)を含む4成分系リチウム複合遷移金属酸化物である、請求項1に記載のリチウム二次電池用正極活物質。
【請求項5】
平均粒径(D50)が3〜6μmであり、{(D90−D10)/D50}が0.6以下である、請求項1に記載のリチウム二次電池用正極活物質。
【請求項6】
ニッケル(Ni)含有原料物質、コバルト(Co)含有原料物質、マンガン(Mn)含有原料物質、およびタングステン(W)含有原料物質を含む金属溶液を準備するステップと、
前記金属溶液を共沈反応させて正極活物質前駆体を製造するステップと、
前記正極活物質前駆体とリチウム原料物質を混合して700〜900℃の温度で焼成することで、ニッケル(Ni)サイトの一部がタングステン(W)で置換されたリチウム複合遷移金属酸化物を製造するステップと、
前記焼成されたリチウム複合遷移金属酸化物を水洗することで、リチウム遷移金属酸化物の表面に残留するリチウムタングステン酸化物を除去するステップと、を含み、
前記正極活物質前駆体は、下記化学式2で表され、
[化学式2]
Ni1-x2-y2-z2Wz2Cox2M1y2(OH)2
前記化学式2中、0<x2≦0.2、0<y2≦0.2、0<z2≦0.2、0<x2+y2+z2≦0.2であり、M1は、Mnであるか、または、MnおよびAlである、リチウム二次電池用正極活物質の製造方法。
【請求項7】
前記タングステン(W)含有原料物質は、タングステン酸ナトリウム(Na2WO4)、タングステンオキシド(WO3)、およびタングステン酸(H2WO4)からなる群から選択される何れか1つ以上である、請求項6に記載のリチウム二次電池用正極活物質の製造方法。
【請求項8】
前記金属溶液は、ニッケル(Ni)含有原料物質、コバルト(Co)含有原料物質、マンガン(Mn)含有原料物質、およびタングステン(W)含有原料物質の全体に対して、タングステン(W)含有原料物質を0.05〜0.5モル%で含む、請求項6に記載のリチウム二次電池用正極活物質の製造方法。
【請求項9】
前記水洗は、−10〜30℃の温度で行う、請求項6に記載のリチウム二次電池用正極活物質の製造方法。
【請求項10】
前記リチウム複合遷移金属酸化物は、結晶構造中にタングステン(W)を10〜5000ppmで含有する、請求項6に記載のリチウム二次電池用正極活物質の製造方法。
【請求項11】
前記水洗の後に、リチウム複合遷移金属酸化物の粒子の表面に残存するリチウムタングステン酸化物の含量が1000ppm以下である、請求項6に記載のリチウム二次電池用正極活物質の製造方法。
【請求項12】
請求項1から5の何れか一項に記載のリチウム二次電池用正極活物質を含むリチウム二次電池用正極。
【請求項13】
請求項12に記載のリチウム二次電池用正極を含むリチウム二次電池。」

第3 特許異議の申立ての理由及び当審から通知した取消理由の概要
1 特許異議の申立ての理由の概要
申立人は、証拠方法として、いずれも本件特許に係る優先日前(出願前)に日本国内または外国において頒布された刊行物または電気通信回線を通じて公衆に利用可能となったものである、甲1〜11を提出し、以下の特許異議の申立ての理由1〜3(以下、「申立理由1」等という。)により、本件特許の請求項1〜13に係る特許を取り消すべきものである旨主張している。
なお、本件特許の願書に添付した明細書を「本件明細書」という。

(1)申立理由1(新規性進歩性:取消理由として不採用)
本件発明1〜4、6、7、9〜13は、甲1に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができないものである。また、本件発明1〜13は、甲1に記載された発明、甲1に記載された発明と周知技術、あるいは、甲1に記載された発明と甲2〜6、11に記載された事項とに基いて、その発明の属する技術分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。(特許異議申立書第31頁第1行〜第47頁第21行)
したがって、請求項1〜13に係る特許は、特許法第113条第2号に該当し取り消されるべきものである。

(2)申立理由2(明確性要件、実施可能要件:取消理由として採用)
本件発明に関する以下ア〜ウの点について、特許請求の範囲の記載は特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしておらず、また、発明の詳細な説明の記載が特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。
したがって、請求項1〜5、10〜13に係る特許は、特許法第113条第4号に該当し取り消されるべきものである。
(※当審注:特許異議申立書第57頁第9〜10行には、「請求項1〜13の記載は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件(実施可能要件)を具備しない。」と記載され、特許異議申立書第57頁第13〜14行には、「請求項1〜13の記載は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件(明確性要件)を具備しない。」と記載されているが、特許異議申立書において、そのうち請求項6〜9についての実施可能要件及び明確性要件に関する具体的な申立理由は何ら説明されていないから、これら記載箇所における「請求項1〜13の記載」は、「請求項1〜5、10〜13の記載」の誤記だと判断して、読み替えを行った。)

ア 本件発明1〜5、11〜13は、「リチウム複合遷移金属酸化物の粒子の表面に残存するリチウムタングステン酸化物の含量」を当業者がどのような条件で測定するか不明である点。(特許異議申立書第48頁第19行〜第49頁第26行、第56頁第23〜27行)

イ 本件発明1〜5、12、13は、「リチウム複合遷移金属酸化物の結晶サイズ」を当業者がどのような条件で特定するか不明である点。(特許異議申立書第49頁第27行〜第51頁第22行)

ウ 本件発明2、3、10、12、13は、リチウム複合遷移金属酸化物の「結晶構造中」の「タングステン(W)」の含量を当業者がどのような条件で測定ないし算出するか不明である点。(特許異議申立書第51頁第25行〜第55頁第7行、第56頁第23〜27行)

(3)申立理由3(サポート要件:取消理由として不採用)
本件発明1〜10、12、13は、以下ア〜ウの点において発明の詳細な説明に記載されたものでなく、請求項1〜10、12、13に係る特許は、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。
したがって、請求項1〜10、12、13に係る特許は、特許法第113条第4号に該当し取り消されるべきものである。
(※当審注:特許異議申立書第56頁第23〜27行には、「本件特許発明11の発明特定事項Xは、・・・本件特許発明1の発明特定事項Cと同様であるため、同様の理由により・・・サポート要件(特許法第36条第6項第1号)を具備しない。」と記載されているが、かかる発明特定事項Cは、特許異議申立書第17頁第17〜18行に記載されるように「リチウム複合遷移金属酸化物の粒子の表面に残存するリチウムタングステン酸化物の含量」を1000ppm以下に特定する内容のものであって、発明特定事項Cに関する申立理由としては、特許異議申立書第47頁第22行〜第49頁第26行に、明確性要件(特許法第36条第6項第2号)及び実施可能要件(特許法第36条第4項第1号)を具備していない旨が主張されるのみで、サポート要件に関する具体的な申立理由は何ら説明されていないから、本件発明11は、実質的に申立理由3(サポート要件)の対象とはされていないと判断した。)

ア 本件発明1〜5、12、13は、リチウム複合遷移金属酸化物の「結晶構造中のタングステン(W)の含量」が、本件明細書【0031】に問題点が記載されている10ppm未満、及び5000ppmを超える場合を含むため、発明の詳細な説明に記載された範囲を超えるものである点。(特許異議申立書第47頁第25行〜第48頁第18行)

イ 本件発明2、3、10、12、13は、リチウム複合遷移金属酸化物のニッケル(Ni)サイト置換タングステン(W)の含量が、作用効果が実証されていない10ppm以上2400ppm未満の範囲、及び2700ppmを超えて5000ppm以下の範囲にある場合を含むことまで、出願時の技術常識に照らしても、発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できるとはいえない点。(特許異議申立書第55頁第8行〜第17行、第56頁第13〜22行)

ウ 本件発明6〜10は、水洗を行う際の純水の含量が、本件明細書【0067】に問題点が記載されているリチウム複合遷移金属酸化物100重量部に対して50重量部未満、及び100重量部を超える場合に、発明の詳細な説明に記載された課題(本件明細書【0008】)を解決し得ない点。(特許異議申立書第55頁第20行〜第56頁第10行)

2 当審が通知した取消理由の概要
当審は、上記1の特許異議の申立ての理由を検討した結果、上記1(2)の申立理由2のア〜ウを採用して、以下の取消理由1(明確性要件)及び取消理由2(実施可能要件)を令和3年9月27日付けで通知した。

(1)取消理由1(明確性要件)及び取消理由2(実施可能要件
本件発明に関する以下ア〜ウの点について、特許請求の範囲の記載は特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしておらず、また、発明の詳細な説明の記載が特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。
したがって、請求項1〜5、10〜13に係る特許は、特許法第113条第4号に該当し取り消されるべきものである。

ア 本件発明1〜5、11〜13は、「リチウム複合遷移金属酸化物の粒子の表面に残存するリチウムタングステン酸化物の含量」を当業者がどのような条件で測定するか不明である点。

イ 本件発明1〜5、12、13は、「リチウム複合遷移金属酸化物の結晶サイズ」を当業者がどのような条件で特定するか不明である点。

ウ 本件発明2、3、10、12、13は、リチウム複合遷移金属酸化物の「結晶構造中」の「タングステン(W)」の含量を当業者がどのような条件で測定ないし算出するか不明である点。
なお、かかる点に関して通知をした取消理由では、タングステン(W)が存在しうる場所として、申立人が特許異議申立書第52頁第18〜22行に
「a)結晶構造中に含有されているタングステン(例えば、Niサイト置換W)
b)粒子表面にリチウムタングステン化合物等として存在するタングステン
c)粒子内の粒界に析出するリチウムタングステン化合物等として存在するタングステン」
と記載している場所が想定されるとした上で、上記アの「リチウム複合遷移金属酸化物の粒子の表面に残存するリチウムタングステン酸化物の含量」の求め方が理解できると仮定しても、ICP分析から求められるリチウム複合遷移金属酸化物全体に含まれるタングステン(W)の含量から、「リチウム複合遷移金属酸化物の粒子の表面に残存するリチウムタングステン酸化物の含量」を引くような算出方法では、リチウム複合遷移金属酸化物の「結晶構造中」の「タングステン(W)」の含量が導き出せるともいえないと判断した。

第4 本件明細書及び各甲号証等の記載事項
本件明細書、及び特許異議の申立てとともに提出された甲1〜甲11には、それぞれ以下の記載がある。
なお、下線は注目する記載に、また、点線(・・・)は当該部分の記載抽出を省略した部分について、当審がそれぞれ付した。

1 本件明細書に記載された事項
本件明細書には、以下の事項が記載されている。
「【背景技術】
・・・
【0005】
LiCoO2に代替可能な材料として、リチウムマンガン複合金属酸化物(LiMnO2またはLiMn2O4など)、リチウムリン酸鉄化合物(LiFePO4など)、またはリチウムニッケル複合金属酸化物(LiNiO2など)などが開発されている。中でも、約200mAh/gの高い可逆容量を有し、大容量の電池を実現しやすいリチウムニッケル複合金属酸化物に関する研究および開発がさらに活発に行われている。しかし、LiNiO2は、LiCoO2に比べて熱安定性が悪く、充電状態で外部からの圧力などによって内部短絡が発生すると、正極活物質自体が分解されて電池の破裂および発火をもたらすという問題がある。
【0006】
そのため、LiNiO2の優れた可逆容量は維持しながらも、低い熱安定性を改善するための方法として、Niの一部を、MnとCoで置換したニッケルコバルトマンガン系リチウム複合金属酸化物(以下、単に「NCM系リチウム酸化物」という)が開発された。しかし、現在まで開発されている従来のNCM系リチウム酸化物は、容量特性が十分でないため、適用には限界があった。
【0007】
かかる問題を改善するために、近年、NCM系リチウム酸化物におけるNiの含量を増加させようとする研究が行われている。しかし、Niの含量が増加するほど、焼成時に結晶が急激に大きく成長して結晶サイズを制御しにくく、結晶サイズが急激に大きくなると、電池容量および寿命特性が急激に低下するという問題があった。また、正極活物質中のNiの含量が高くなるにつれて、正極活物質の表面におけるリチウム副産物の残留量が多くなるが、かかるリチウム副産物によって電池の容量が低下するなどの問題も発生する。」
「【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、上記のような問題を解決するためのものであって、高い焼成温度でも結晶サイズの急激な増大を抑制し、結晶性を向上させるとともに、リチウム副産物の残留量を減少させることで、優れた容量特性、寿命特性、抵抗特性、および高温安全性を実現することができるリチウム二次電池用正極活物質、その製造方法、およびそれを含むリチウム二次電池を提供することを目的とする。」
「【発明の効果】
【0012】
本発明によるリチウム二次電池用正極活物質は、リチウム複合遷移金属酸化物のニッケル(Ni)サイトの一部にタングステン(W)が置換されており、リチウム副産物、特に、リチウムタングステン酸化物の含量が減少されることにより、正極活物質の粒径を増加させながらも結晶サイズは減少させることができるため、高容量を実現し、抵抗を改善するとともに、寿命特性および高温安全性を確保することができる。」
「【発明を実施するための形態】
・・・
【0015】
本発明のリチウム二次電池用正極活物質は、ニッケル(Ni)、コバルト(Co)、およびマンガン(Mn)を含むリチウム複合遷移金属酸化物を含み、前記リチウム複合遷移金属酸化物は、ニッケル(Ni)サイトの一部がタングステン(W)で置換されており、前記リチウム複合遷移金属酸化物粒子の表面に残存するリチウムタングステン酸化物の含量が1000ppm以下である。
【0016】
高エネルギー密度化のために、NCM系リチウム複合遷移金属酸化物におけるニッケル(Ni)の含量を増加させる場合、ニッケル(Ni)の含量が増加するほど、特に焼成時に結晶が急激に成長し、容量および寿命特性が急激に低下するという問題があった。また、エネルギー密度を高めて高容量を実現するために、正極活物質の粒子サイズを増加させているが、大粒子の正極活物質を製造する際に正常容量を実現するために焼成温度が高くなっており、焼成温度が高くなるにつれて結晶性が低下し、大きい粒径の正極活物質の正常容量を実現することが困難であるという問題があった。
【0017】
また、正極活物質中のニッケル(Ni)の含量が高くなるにつれて、正極活物質の表面におけるリチウム副産物の残留量が多くなるが、このようなリチウム副産物によって電池の容量が低下するなどの問題も発生する。
【0018】
このような問題を解決するために、本発明は、タングステン(W)を共沈反応によりドープさせることで、リチウム複合遷移金属酸化物のニッケル(Ni)サイトの一部にタングステン(W)が置換されるようにするとともに、焼成後の水洗過程により、リチウム複合遷移金属酸化物粒子の表面に残存するリチウム副産物、特に、リチウムタングステン酸化物の含量を減少させた。これにより、高容量を実現することができ、抵抗を改善し、寿命特性および高温安全性を確保することができる。
【0019】
本発明のリチウム二次電池用正極活物質は、タングステン(W)がリチウム複合遷移金属酸化物のニッケル(Ni)サイトの一部に置換されていることを主な特徴とする。結晶構造外の表面側にタングステン(W)がドープされる場合に比べて、リチウム複合遷移金属酸化物の結晶構造内のニッケルサイト(Ni)の一部にタングステン(W)が置換される本発明によると、大きい粒径の正極活物質を製造するために焼成温度を高める際にも、結晶サイズが急激に大きくなることをより効果的に抑制し、結晶性が低下することを防止することができるとともに、高容量の実現および抵抗改善の効果を向上させることができる。」
「【0031】
前記リチウム複合遷移金属酸化物は、結晶構造中にタングステン(W)を10〜5000ppmで含有し、より好ましくは、結晶構造中にタングステン(W)を1000〜3500ppmで含有し、最も好ましくは、結晶構造中にタングステン(W)を2000〜3000ppmで含有していてもよい。前記リチウム複合遷移金属酸化物において、結晶構造中のタングステン(W)の含量が10ppm未満である場合には、結晶サイズを制御しにくく、特に、高含量ニッケル(Ni)を含む大粒径の活物質は、結晶サイズが急激に増加して抵抗が大きくなり、容量が低下する恐れがある。また、結晶構造中のタングステン(W)の含量が5000ppmを超える場合には、Wの溶出によって容量低下および抵抗増加、ガス発生の問題があり得る。一方、リチウム複合遷移金属酸化物の容量特性、抵抗特性、および高温安全性などの特性向上の効果を考慮すると、結晶構造中のタングステン(W)の含量が2000〜3000ppmであることが最も好ましい。
【0032】
前記リチウム複合遷移金属酸化物粒子の平均粒径(D50)をd、前記リチウム複合遷移金属酸化物の結晶サイズ(Crystallite Size)をcとしたときに、d/1000cが0.05以上、より好ましくは0.06〜0.10、最も好ましくは0.06〜0.095であってもよい。本発明の一実施形態に係るリチウム複合遷移金属酸化物の正極活物質は、エネルギー密度(density)を高めるために粒子サイズを大きくしても、結晶サイズが急激に大きくなることを抑え、高容量を実現することができる。正極活物質の粒子サイズを増加させて高容量を実現するために焼成温度を高める場合、結晶性が低下し、結晶サイズが急激に大きくなる恐れがあり、前記d/1000cが0.05未満に形成され得る。前記d/1000cが0.05未満である場合には、正常容量を実現することが困難であり、初期抵抗値および抵抗増加が大きくなる恐れがある。
【0033】
本発明において、平均粒径(D50)は、粒径分布曲線において体積累積量の50%に該当する粒径と定義し得る。前記平均粒径(D50)は、例えば、粒度分布(Particle Size Distribution)を用いて測定することができる。例えば、前記正極活物質の平均粒径(D50)の測定方法として、正極活物質の粒子を分散媒中に分散させた後、市販のレーザー回折粒度測定装置(例えば、Microtrac MT 3000)に導入して約28kHzの超音波を出力60Wで照射した後、測定装置における体積累積量の50%に該当する平均粒径(D50)を算出することができる。
【0034】
本発明において、結晶サイズ(Crystalite size)は、一次粒子のうち方向性を有している1つのドメイン(domain)と定義し得る。前記結晶サイズ(Crystalite size)は、XRD測定値から導出されることができる。
【0035】
前記リチウム複合遷移金属酸化物の結晶サイズ(Crystalite size)は、100〜200nm、より好ましくは130〜180nm、最も好ましくは140〜160nmであってもよい。
【0036】
本発明の一実施形態によると、結晶構造中のニッケル(Ni)サイトの一部にタングステン(W)を置換することで、高温で焼成時に、特に高含量ニッケル(Ni)を含んでも、結晶サイズが急激に大きくなることを防止することができ、結晶サイズを制御しやすくなる。
【0037】
前記リチウム複合遷移金属酸化物の結晶サイズが100nm未満である場合には、結晶性が低いため、高温での貯蔵性が急激に悪くなるか、高い比表面積により、電解液との副反応によるガスの発生が増加する恐れがあり、または、正極活物質の構造的な不安全性により、正極活物質の安全性が悪くなり得る。また、200nmを超える場合には、容量および寿命特性が著しく低下し得る。」
「【0041】
高濃度のニッケル(Ni)を含有するリチウム複合遷移金属酸化物の場合、正極活物質の表面におけるリチウム副産物の残留量が多くなるが、本発明による正極活物質は、水洗を行うことで、リチウム複合遷移金属酸化物の表面にリチウムタングステン酸化物として存在する水溶性タングステン(W)を除去することにより、残存するリチウムタングステン酸化物の含量を1000ppm以下とすることができる。前記残存するリチウムタングステン酸化物の含量が1000ppmを超える場合には、容量低下やガス発生、および膨潤現象が発生する恐れがあり、高温安全性が低下し得る。」
「【0063】
このように製造されたリチウム複合遷移金属酸化物は、結晶構造中のニッケル(Ni)サイトの一部がタングステン(W)で置換されることにより、高温で焼成時に、特に高含量ニッケル(Ni)を含んでも、結晶サイズが急激に大きくなることを防止することができる。
【0064】
次に、上記のようにリチウム複合遷移金属酸化物が準備されると、それを水洗することで、リチウム遷移金属酸化物の表面に残留するリチウム副産物、特に、リチウムタングステン酸化物を除去する。
【0065】
前記水洗ステップは、例えば、純水にリチウム複合遷移金属酸化物を投入し、撹拌させる方法により行ってもよい。
【0066】
この際、前記水洗は、リチウム複合遷移金属酸化物100重量部に対して、純水50〜100重量部を用いて行ってもよい。
【0067】
前記水洗を行う際に、純水の含量がリチウム複合遷移金属酸化物100重量部に対して50重量部未満である場合には、洗浄が不十分であるためリチウム副産物の除去が十分ではない。また、純水の含量が100重量部を超える場合には、結晶構造中のリチウムが水洗水に溶解される量が増加し得て、特に、ニッケルの含量が80mol%以上である高濃度ニッケルのリチウム複合遷移金属酸化物の場合、純水の含量が多すぎると、結晶構造中のリチウムが水洗水に溶解される量が著しく増加し、電池の容量および寿命の急激な低下が発生し得る。
【0068】
また、前記水洗温度は、30℃以下、好ましくは−10℃〜30℃であってもよく、水洗時間は10分〜1時間程度であってもよい。水洗温度および水洗時間が上記の範囲を満たす場合、リチウム副産物が効果的に除去されることができる。
【0069】
このように製造された本発明の一実施形態に係るリチウム複合遷移金属酸化物の正極活物質は、結晶構造中にタングステン(W)を10〜5,000ppmで含有してもよく、粒子の表面に残存するリチウムタングステン酸化物の含量を1,000ppm以下にすることで、高容量を実現し、抵抗を改善するとともに、寿命特性および高温安全性を確保することができる。」
「【0100】
[実施例1]
60℃と設定された5Lのバッチ(batch)式反応器にて、NiSO4、CoSO4、MnSO4、AlSO4、およびNa2WO4を、ニッケル:コバルト:マンガン:アルミニウム:タングステンのモル比が85.857:9.995:1.999:1.999:0.15のモル比となるようにする量で水中で混合し、濃度2Mの金属溶液を準備した。
【0101】
共沈反応器(容量5L)に脱イオン水1リットルを入れた後、窒素ガスを反応器に2リットル/分の速度でパージして水中の溶存酸素を除去し、反応器内を非酸化雰囲気とした。その後、濃度25重量%のNaOH水溶液10mlを投入した後、60℃の温度で1200rpmの撹拌速度で撹拌しながら、pH12.0が維持されるようにした。
【0102】
次に、前記金属溶液を300ml/min、NaOH水溶液を300ml/min、NH4OH水溶液を60ml/minの速度でそれぞれ投入しながら共沈反応を12時間行うことで、正極活物質前駆体Ni0.85857Co0.09995Mn0.01999W0.0015Al0.01999(OH)2を製造した。
【0103】
前記正極活物質前駆体に水酸化リチウム(LiOH)を1:1.02のモル比で混合した後、800℃で10時間程度焼成することで、リチウム複合遷移金属酸化物Li(Ni0.85857Co0.09995Mn0.01999W0.0015Al0.01999)O2を製造した。
【0104】
前記リチウム複合遷移金属酸化物300gを純水300mLに入れ、30分間撹拌してから水洗し、20分間フィルタリングを行った。フィルタリングされたリチウム複合遷移金属酸化物を真空オーブンにて130℃で乾燥させることで、正極活物質を製造した。
【0105】
[実施例2]
850℃で焼成を行ったことを除き、実施例1と同様に行って正極活物質を製造した。」
「【0111】
[比較例2]
リチウム複合遷移金属酸化物Li(Ni0.85857Co0.09995Mn0.01999W0.0015Al0.01999)O2を製造し、水洗を行わなかったことを除き、実施例1と同様に行って正極活物質を製造した。
【0112】
[比較例3]
正極活物質前駆体Ni0.86Co0.1Mn0.02Al0.02(OH)2と水酸化リチウム(LiOH)を1:1.02のモル比で混合し、Na2WO4をW含量基準で0.05モル比で混合した後、890℃で15時間程度焼成することで、正極活物質を製造した。
【0113】
[実験例1:タングステンのドープ、リチウムタングステン酸化物の残留量、結晶サイズおよび粒径の測定]
実施例1、2および比較例1〜3で製造された正極活物質のタングステンドープ有無を確認するために、ICP分析実験を行った。正極活物質中にドープされたWは、ICP分析によりその濃度を測定することができる。
【0114】
実施例1、2および比較例1〜3で製造された正極活物質試料をバイアルに約0.05gとなるように分取し、その重量を正確に測定した後、塩酸2mL、過酸化水素0.5mLを加え、130℃で4時間加熱して試料を完全に溶解させた。試料が十分に溶解されると、Internal STD(Sc)0.1mLを添加し、超純水で10mLとなるように希釈した。次に、ICP‐OES(Perkin Elmer、OPTIMA 7300DV)を用いてICP分析により測定された値を下記表1に示した。
【0115】
また、実施例1、2および比較例1〜3で製造された正極活物質のリチウムタングステン酸化物(Li2WO4)残留量を測定して下記表1に示した。
【0116】
また、実施例1、2および比較例1〜3で製造された正極活物質の結晶サイズおよび粒径を測定するために、XRDおよびレーザー回折粒度測定装置(Malvern社、Mastersizer 3000)を用いて結晶サイズ(c)および粒径(d)をそれぞれ測定し、その結果を表1に示した。
【0117】
【表1】


「【0119】
また、水洗を行った実施例1および2の正極活物質は、水溶性Wであるリチウムタングステン酸化物(Li2WO4)が殆ど除去され、残留量が著しく減少していたが、焼成後に水洗を行わなかった比較例2および3は、残留リチウムタングステン酸化物(Li2WO4)の含量が非常に多かった。
【0120】
また、実施例1および2の正極活物質は、結晶サイズが200nm以下であるのに対し、比較例1および3は、結晶サイズが200nmを超えて著しく増加し、d/1,000cが0.05未満であった。
【0121】
[実験例2:電池性能の評価]
・・・【0124】
上記のように製造されたリチウム二次電池の放電容量を下記表2に示した。
【0125】
【表2】

【0126】
前記表2から分かるように、実施例1および2で製造された正極活物質が、比較例1〜3に比べて優れた容量特性を示した。
【0127】
また、実施例2および比較例1の正極活物質で製造されたリチウム二次電池に対して、25℃で、充電終止電圧4.25V、放電終止電圧2.5V、0.2C/0.2Cの条件で、2Cプロファイルを測定し、測定結果を図1に示した。
【0128】
図1を参照すると、実施例2の正極活物質で製造されたリチウム二次電池は、タングステン(W)がドープされていない比較例1の正極活物質で製造されたリチウム二次電池に比べて、2C放電末端プロファイル抵抗が改善されていることを確認することができる。
【0129】
また、実施例2および比較例1の正極活物質で製造されたリチウム二次電池に対して、45℃で、充電終止電圧4.25V、放電終止電圧2.5V、0.3Cの条件で、充放電を30サイクル行いながら抵抗増加率(DCIR[%])を測定し、測定結果を図2に示した。
【0130】
図2を参照すると、実施例2の正極活物質で製造されたリチウム二次電池は、タングステン(W)がドープされていない比較例1の正極活物質で製造されたリチウム二次電池に比べて、30サイクル充放電時の抵抗増加率が著しく低いことを確認することができる。
【図1】

【図2】


2 甲1(特開2015−191848号公報)の記載事項
「【請求項1】
下記の一般式(1)で表されるニッケル複合水酸化物粒子からなり、中空構造または多孔質構造を有する非水電解質二次電池用正極活物質の前駆体の製造方法であって、
粒子内部に空隙構造を有する前記ニッケル複合水酸化物粒子を、炭酸塩濃度が0.1mol/L以上の炭酸塩水溶液で洗浄することを特徴とする非水電解質二次電池用正極活物質の前駆体の製造方法。
一般式:Ni1―x―yCoxMy(OH)2・・・(1)
(式中、Mは、Mg、Al、Ca、Ti、V、Cr、Mn、Zr、MoおよびWから選ばれる少なくとも1種の元素を示し、0<x≦0.20、0<y≦0.07である。)」
「【請求項8】
中空構造もしくは多孔質構造を有する非水電解質二次電池用正極活物質の前駆体であって、下記一般式(1)で表され、粒子内部に空隙構造を有するニッケル複合水酸化物粒子からなり、硫酸根含有量が0.5質量%以下、ナトリウム含有量が0.020質量%以下であることを特徴とする非水電解質二次電池用正極活物質の前駆体。
一般式:Ni1―x―yCoxMy(OH)2・・・(1)
(式中、Mは、Mg、Al、Ca、Ti、V、Cr、Mn、Zr、MoおよびWから選ばれる少なくとも1種の元素を示し、0<x≦0.20、0<y≦0.07である。)」
「【請求項10】
下記の一般式(2)で表され、中空構造または多孔質構造を有するリチウムニッケル複合酸化物からなる非水電解質二次電池用正極活物質の製造方法であって、
請求項8または9に記載の非水電解質二次電池用正極活物質の前駆体をリチウム化合物と混合してリチウム混合物を得る混合工程と、
前記リチウム混合物を、酸素雰囲気中650〜850℃の範囲で焼成して、リチウムニッケル複合酸化物を得る焼成工程と、
を含むことを特徴とする非水電解質二次電池用正極活物質の製造方法。
一般式:LiaNi1−x−yCoxMyO2・・・(2)
(式中、Mは、Mg、Al、Ca、Ti、V、Cr、Mn、Zr、MoおよびWから選ばれる少なくとも1種の元素を示し、aは0.85≦a≦1.05であり、0<x≦0.20、0<y≦0.07である。)」
【請求項11】
前記前駆体を酸化性雰囲気中400〜800℃で酸化焙焼してニッケル複合酸化物を得る焙焼工程をさらに備え、前記混合工程において、該ニッケル複合酸化物をリチウム化合物と混合してリチウム混合物を得ることを特徴とする請求項10に記載の非水電解質二次電池用正極活物質の製造方法。
【請求項12】
前記焼成工程後に、前記リチウムニッケル複合酸化物を、10〜40℃の温度で、かつ、前記リチウムニッケル複合酸化物の表面に存在するリチウム化合物のリチウム量が、全量に対して0.10質量%以下になるのに十分なスラリー濃度で、水洗処理した後、濾過、乾燥する水洗工程を含むことを特徴とする請求項10または11に記載の非水電解質二次電池用正極活物質の製造方法。」
「【請求項14】
下記の一般式(2)で表され、中空構造または多孔質構造を有するリチウムニッケル複合酸化物からなり、硫酸根含有量が0.25質量%以下、Na含有量が0.020質量%以下であることを特徴とする非水電解質二次電池用正極活物質。
一般式:LiaNi1−x−yCoxMyO2・・・(2)
(式中、Mは、Mg、Al、Ca、Ti、V、Cr、Mn、Zr、MoおよびWから選ばれる少なくとも1種の元素を示し、aは0.85≦a≦1.05であり、0<x≦0.20、0<y≦0.07である。)」
「【背景技術】
・・・
【0005】
リチウムイオン二次電池用正極活物質の新たなる材料としては、コバルトよりも安価なマンガンを用いたリチウムマンガン複合酸化物(LiMn2O4)や、ニッケルを用いたリチウムニッケル複合酸化物(LiNiO2)を挙げることができる。
リチウムマンガン複合酸化物は原料が安価である上、熱安定性に優れるため、リチウムコバルト複合酸化物の有力な代替材料であるといえるが、理論容量がLiCoO2のおよそ半分程度しかないため、年々高まるリチウムイオン二次電池の高容量化の要求に応えるのが難しいという欠点を持つ。
【0006】
一方、リチウムニッケル複合酸化物はリチウムコバルト複合酸化物よりも低い電気化学ポテンシャルを示すため、電解液の酸化による分解が問題になりにくく、より高容量が期待でき、コバルト系と同様に高い電池電圧を示すことから、開発が盛んに行われている。しかし、リチウムニッケル複合酸化物は、リチウム以外の金属として、純粋にニッケルのみで合成した材料を正極活物質に用いてリチウムイオン二次電池を作製した場合、コバルト系に比べサイクル特性が劣り、また、高温環境下で使用されたり保存されたりした場合に比較的電池性能を損ないやすいという欠点を有している。
【0007】
このような欠点を解決するために、ニッケルの一部をコバルト等で置換したリチウムニッケル複合酸化物も提案されている。・・・
【0008】
また、リチウムニッケル複合酸化物のより高出力化を図るため、リチウムニッケル複合酸化物粒子の粒子構造を制御し、比表面積を大きくすることが提案されている。・・・」
「【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、従来の製造方法によって得られたリチウムニッケル複合酸化物では、1回目の充放電に限り、充電容量に比べて放電容量が小さく、両者の差で定義される、いわゆる不可逆容量がコバルト系複合酸化物に比べてかなり大きくなり、クーロン効率が低いという問題がある。
【0011】
不可逆容量が大きくなる原因の一つとして、従来のリチウムニッケル複合酸化物では、原料由来の硫酸根(SO42-)や塩素などの充放電反応に寄与しない不純物を含むことが挙げられる。これらの不純物は、充放電反応に寄与しないため、電池を構成する際、正極材料の不可逆容量に相当する分、負極材料を余計に電池に使用せざるを得ず、その結果、電池全体としての重量当たりおよび体積当たりの容量が小さくなるうえ、不可逆容量として負極に余分なリチウムが蓄積され、安全性の面からも問題となっている。
【0012】
さらに、不純物として残留する塩素は、焼成工程で揮発し、焼成炉および周辺設備を腐食し、電池の短絡につながる製品への金属異物のコンタミを生じる可能性があり、できる限り低くすることが求められる。
【0013】
また、特許文献3に開示される非水系電解質二次電池用正極活物質では、粒径分布や比表面積を制御することにより、放電容量が高く、サイクル特性も改善されているが、その製造工程において、粒子の核を生成する核生成工程と、生成した核を成長させる粒子成長工程と、を含むニッケル複合水酸化物の中和晶析を行っており、該粒子成長工程は、比較的低いpH値で晶析を行うため、硫酸根や塩素など不純物が残留しやすくなるという問題がある。また、核生成工程では微細な粒子が晶析するため、その後の粒子成長工程において、粒子成長をさせても、高い緻密性が得られず、不純物が粒子内部に残留しやすくなる。
【0014】
本発明の目的は、上記従来技術の問題点に鑑み、不純物量が低減され、高容量であり、不可逆容量が小さく、クーロン効率および反応抵抗に優れた非水系電解質二次電池を得ることが可能な正極活物質の前駆体とその製造方法及び非水系電解質二次電池用正極活物質とその製造方法を提供することにある。」
「【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者は、上記課題を解決するため、不純物量の低減に関して研究を深めた結果、特定の組成と構造を有するニッケル複合水酸化物を炭酸塩水溶液で水洗することで、不純物の少ないニッケル複合水酸化物を得ることができ、該ニッケル複合水酸化物から製造したリチウムニッケル複合酸化物を正極材料として用いることで、上記クーロン効率の低下等の問題を回避しつつ、優れた電池特性を示す非水系電解質二次電池を得ることができることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0016】
すなわち、本発明の非水電解質二次電池用正極活物質の前駆体の製造方法は、下記の一般式(1)で表されるニッケル複合水酸化物粒子からなり、中空構造または多孔質構造を有する非水電解質二次電池用正極活物質の前駆体の製造方法であって、粒子内部に空隙構造を有する前記ニッケル複合水酸化物粒子を、炭酸塩濃度が0.1mol/L以上の炭酸塩水溶液で洗浄することを特徴とする。
一般式:Ni1―x―yCoxMy(OH)2・・・(1)
(式中、Mは、Mg、Al、Ca、Ti、V、Cr、Mn、Zr、MoおよびWから選ばれる少なくとも1種の元素を示し、0<x≦0.20、0<y≦0.07である。
・・・
【0019】
前記ニッケル複合水酸化物粒子は、加温した反応槽中に、ニッケルおよびコバルト、並びに必要に応じて前記元素Mを含む金属化合物の混合水溶液と、アンモニウムイオン供給体を含む水溶液とを供給し、その際、反応溶液に、アルカリ性に保持するのに十分な量のアルカリ金属水酸化物の水溶液を適宜供給して、中和晶析することにより得られ、前記中和晶析において、前記反応溶液のpH値を制御することにより、核を生成させる核生成工程と、前記生成された核を成長させる粒子成長工程とを分離して行うことが好ましく、前記核生成工程におけるpH値を、液温25℃基準で11.5〜13.2となるように制御し、前記粒子成長工程におけるpH値を、液温25℃基準で9.5〜12.0、かつ、核生成工程のpH値より低い値となるように制御することが好ましい。
・・・
【0022】
本発明の非水電解質二次電池用正極活物質の製造方法は、下記の一般式(2)で表され、中空構造または多孔質構造を有するリチウムニッケル複合酸化物からなる非水電解質二次電池用正極活物質の製造方法であって、前記非水電解質二次電池用正極活物質の前駆体をリチウム化合物と混合してリチウム混合物を得る混合工程と、前記リチウム混合物を、酸素雰囲気中650〜850℃の範囲で焼成して、リチウムニッケル複合酸化物を得る焼成工程と、を含むことを特徴とする。
一般式:LiaNi1−x−yCoxMyO2・・・(2)
(式中、Mは、Mg、Al、Ca、Ti、V、Cr、Mn、Zr、MoおよびWから選ばれる少なくとも1種の元素を示し、aは0.85≦a≦1.05、0<x≦0.20、0<y≦0.07である。)」
「【発明を実施するための形態】
・・・
【0030】
1.非水電解質二次電池用正極活物質の前駆体の製造方法
(1)ニッケル複合水酸化物粒子の組成
本発明の非水電解質二次電池用正極活物質の前駆体(以下、単に「前駆体」ともいう)の製造方法は、下記一般式(1)で表され、粒子内部に空隙構造を有することにより、中空構造または多孔質構造を有する正極活物質を得ることのできるニッケル複合水酸化物粒子を、炭酸塩濃度が0.1mol/L以上の炭酸塩水溶液で洗浄することを特徴とする。
一般式:Ni1-x-yCoxMy(OH)2・・・(1)
(式中、Mは、Mg、Al、Ca、Ti、V、Cr、Mn、Zr、MoおよびWから選ばれる少なくとも1種の元素を示し、0<x≦0.20、0<y≦0.07である。)
・・・
【0032】
また、ニッケル複合水酸化物粒子中のMg、Al、Ca、Ti、V、Cr、Mn、Zr、MoおよびWから選ばれる少なくとも1種の元素Mの含有量を示すyは、0<y≦0.07であり、好ましくは、0.01≦y≦0.05である。Mの含有量が上記範囲であるニッケル複合水酸化物粒子を正極活物質の前駆体として用いることにより、優れたサイクル特性、熱安定性を有する二次電池が得られる。
・・・
【0038】
例えば、加温した反応槽中に、ニッケル及びコバルト並びに必要に応じて元素MとしてMg、Al、Ca、Ti、V、Cr、Mn、Zr、MoおよびWからから選ばれる少なくとも1種の元素Mとを含む金属化合物の混合水溶液と、必要に応じてアンモニウムイオン供給体を含む水溶液とを供給し、その際、反応溶液をアルカリ性に保持するのに十分な量のアルカリ金属水酸化物の水溶液を適宜供給して、中和晶析する方法が挙げられる。また、元素Mは、中和晶析によって得られたニッケル複合水酸化物粒子の粒子表面に元素Mの化合物を付着させることで添加してもよい。」
「【0044】
Mg、Al、Ca、Ti、V、Cr、Mn、Zr、MoおよびWから選ばれる少なくとも1種の元素Mを含む金属化合物としては、特に限定されず、公知の化合物を用いることができ、例えば、硫酸マグネシウム、硫酸カルシウム、アルミン酸ナトリウム、硫酸アルミニウム、硫酸チタン、ペルオキソチタン酸アンモニウム、シュウ酸チタンカリウム、硫酸バナジウム、バナジン酸アンモニウム、硫酸クロム、クロム酸カリウム、硫酸マンガン、硫酸ジルコニウム、硝酸ジルコニウム、シュウ酸ニオブ、モリブデン酸アンモニウム、タングステン酸ナトリウム、タングステン酸アンモニウム等を用いることができる。」
「【0063】
(1)焙焼工程(a)
焙焼工程(a)は、ニッケル複合水酸化物を焙焼してニッケル複合酸化物を得る工程である。これにより、リチウムとリチウム以外の金属元素の比を容易に制御することができる。酸化性雰囲気中400〜800℃、より好ましくは500〜700℃の温度で焙焼する。
焙焼温度を400〜800℃とすることで、これを用いて得られるリチウムニッケル複合酸化物の品位を安定させ、合成時の組成をさらに均一化することができる。また、粒子を構成する一次粒子の急激な粒成長を抑制し、後続のリチウムニッケル複合酸化物の製造工程においてニッケル複合酸化物側の十分な反応面積を確保することができる。これにより、リチウム化合物とニッケル複合酸化物が十分に反応することができず、下層の比重の大きなニッケル化合物と上層の溶融状態のリチウム化合物とに比重分離するという問題を防ぐことが容易になる。
【0064】
(2)混合工程(b)
混合工程(b)は、前駆体をリチウム化合物と混合してリチウム混合物を得る工程である。
前駆体とリチウム化合物の混合比は、水洗工程(d)を含まない場合、リチウム(Li)とリチウム以外の金属元素(Me)とのモル比(以下、Li/Meという)が、0.85〜1.05、好ましくは0.95〜1.04となるように調整することが好ましい。つまり、リチウム混合物におけるLi/Meが、本発明の正極活物質におけるLi/Meと同じになるように混合される。これは、焼成工程(c)前後で、Li/Meは変化しないので、混合工程(b)で混合するLi/Meが、正極活物質におけるLi/Meとなるからである。
得られる正極活物質のLi/Meが0.85未満となると、充放電サイクル時の電池容量の大きな低下を引き起こす要因となり、一方、Li/Meが1.05を超えると、電池としたときの正極の内部抵抗が大きくなってしまう。」
「【0068】
(3)焼成工程(c)
焼成工程(c)は、前記リチウム混合物を、酸素雰囲気中650〜850℃の範囲で焼成する工程である。焼成温度としては、650〜800℃℃の範囲、好ましくは730〜790℃の範囲が用いられる。すなわち、500℃を超えるような温度で熱処理すればニッケル酸リチウムが生成されるが、650℃未満ではその結晶が未発達で構造的に不安定であり充放電による相転移などにより容易に構造が破壊されてしまう。一方、800℃を超えると、カチオンミキシングが生じやすくなり層状構造が崩れ、リチウムイオンの挿入、脱離が困難となったり、さらには分解により酸化ニッケルなどが生成されてしまう。
さらに、リチウム化合物に含まれる結晶水などを取り除いた上で、結晶成長が進む温度領域で均一に反応させるためにも、400〜600℃の温度で1時間以上仮焼し、続いて650〜800℃の温度で3時間以上で焼成することが特に好ましい。」
「【0070】
(4)水洗工程(d)
水洗工程(d)は、焼成工程(c)により得られたリチウムニッケル複合酸化物を、水洗処理した後、濾過、乾燥する工程である。
焼成工程(c)後のリチウムニッケル複合酸化物は、そのままの状態でも正極活物質として用いられるが、粒子表面の余剰リチウムを除去することにより、電解液と接触可能な表面積が増加して充放電容量を向上させることができるため、焼成後に水洗工程(d)を行うことが好ましい。また、粒子表面に形成された脆弱部も十分に除去されるため、電解液との接触が増加して充放電容量を向上させることができる。
【0071】
水洗する際は、10〜40℃の温度で、かつ、リチウムニッケル複合酸化物の表面に存在するリチウム化合物のリチウム量が、全量に対して0.10質量%以下になるのに十分なスラリー濃度で、水洗処理し、その後、濾過、乾燥することが好ましい。
水洗処理において、温度を10〜40℃とすることで、リチウムニッケル複合酸化物粉末の表面に存在するリチウム量を0.10質量%以下とすることができ、高温保持時のガス発生を抑制することができる。また、高容量と高出力を達成することができる正極活物質が得られるとともに高い安全性も両立させることができる。
【0072】
なお、リチウムニッケル複合酸化物の表面に存在するリチウム量は、リチウムニッケル複合酸化物粉末10gに超純水を100mlまで添加し攪拌した後、1mol/リットルの塩酸で滴定し第二中和点まで測定し、塩酸で中和されたアルカリ分として求める。
【0073】
また、水洗時間としては、特に限定されないが、リチウムニッケル複合酸化物の表面に存在するリチウム化合物のリチウム量が全量に対して0.10質量%以下になるに十分な時間であることが必要であり、水洗温度によって一概に言えないが、通常は20分〜2時間である。
【0074】
水洗する際のスラリー濃度としては、スラリー中に含まれる水1Lに対する前記焼成粉末の量(g)が500〜2000g/Lであることが好ましい。すなわち、スラリー濃度が濃いほど粉末量が多くなり、2000g/Lを超えると、粘度も非常に高いため攪拌が困難となるばかりか、液中のアルカリが高いので平衡の関係から付着物の溶解速度が遅くなったり、剥離が起きても粉末からの分離が難しくなる。一方、スラリー濃度が500g/L未満では、希薄過ぎるためリチウムの溶出量が多く、表面のリチウム量は少なくなるが、正極活物質の結晶格子中からのリチウムの脱離も起きるようになり、結晶が崩れやすくなるばかりか、高pHの水溶液が大気中の炭酸ガスを吸収して炭酸リチウムを再析出する。また、工業的な観点から生産性を考慮すると、設備の能力や作業性の点で、スラリー濃度が上記範囲であることが望ましい。
【0075】
水洗後の濾過方法としては、通常用いられる方法でよく、例えば、吸引濾過機、フィルタープレス、遠心機等を用いることができる。
【0076】
濾過後の乾燥の温度としては、特に限定されるものではなく、好ましくは80〜350℃である。80℃未満では、水洗後の正極活物質の乾燥が遅くなるため、粒子表面と粒子内部とでリチウム濃度の勾配が起こり、電池特性が低下することがある。一方、正極活物質の表面付近では化学量論比にきわめて近いか、もしくは若干リチウムが脱離して充電状態に近い状態になっていることが予想されるので、350℃を超える温度では、充電状態に近い結晶構造が崩れる契機になり、電池特性の低下を招く恐れがある。
乾燥の時間としては、特に限定されないが、好ましくは2〜24時間である。
【0077】
4.非水電解質二次電池用正極活物質
本発明の非水電解質二次電池用正極活物質は、下記の一般式(2)で表され、中空構造または多孔質構造を有するリチウムニッケル複合酸化物からなり、硫酸根含有量が0.25質量%以下、Na含有量が0.020質量%以下であることを特徴とする。
一般式:LiaNi1-x-yCoxMyO2・・・(2)
(式中、Mは、Mg、Al、Ca、Ti、V、Cr、Mn、Zr、MoおよびWから選ばれる少なくとも1種の元素を示し、aは0.85≦a≦1.05であり、0<x≦0.20、0<y≦0.07である。)」
「【0084】
(実施例1)
[正極活物質の前駆体の製造]
(核生成工程)
反応槽(34L)内に、水を半分の量まで入れて傾斜パドルタイプの攪拌羽根を使用して500rpmで撹拌しながら、槽内温度を40℃に設定した。この反応槽内の水に、25質量%水酸化ナトリウム水溶液を適量加えて、液温25℃基準で、槽内の反応液のpH値が12.6となるように調整し反応前溶液とした。
次に、硫酸ニッケル、塩化コバルト、アルミン酸ソーダ(金属元素モル比でNi:Co:Al=82:15:3)を水に溶かして得た2.0mol/Lの混合水溶液を、反応槽内の反応前水溶液に88ml/分の割合で加えて、反応水溶液とした。同時に、25質量%水酸化ナトリウム水溶液も、この反応水溶液に一定速度で加え、反応水溶液(核生成用水溶液)のpH値を25℃基準で12.6(核生成pH値)に制御しながら、15秒間晶析(核生成)させた。
【0085】
(粒子成長工程)
核生成終了後、反応水溶液のpH値が液温25℃基準で10.2になるまで、25質量%水酸化ナトリウム水溶液の供給のみを一時停止した。
反応水溶液のpH値が25℃基準で10.2に到達した後、反応水溶液(粒子成長用水溶液)に、再度、25質量%水酸化ナトリウム水溶液の供給を再開し、pH値を10.2(粒子成長pH値)に制御しながら、粒子成長を行い、成長開始から2時間晶析を行った。
反応槽内が満液になったところで、晶析を停止するとともに、撹拌を止めて静置することで、生成物の沈殿を促した。その後、反応槽から上澄み液を半量抜き出した後、晶析を再開し、2時間晶析を行った後(粒子成長:計4時間)、晶析を終了させた。そして、生成物を水洗、濾過、乾燥させてニッケル複合水酸化物粒子を得た。
上記晶析において、pHは、pHコントローラにより水酸化ナトリウム水溶液の供給流量を調整することで制御され、変動幅は設定値の上下0.2の範囲内であった。
得られたニッケル複合水酸化物粒子は、空隙構造を有し、1μm以下の一次粒子が凝集した球状の平均粒径が9.3μmの二次粒子からなり、空隙率が49%であった。また、その組成はニッケルとコバルトとアルミニウムとのモル比が82:15:3であった。
【0086】
(炭酸塩による洗浄)
得られた複合水酸化物粒子をフィルタープレスろ過機により固液分離し、25℃、pH11.5(25℃基準)の0.28mol/Lの炭酸ナトリウム水溶液を、複合水酸化物粒子1000gに対して3000mLの割合で該フィルタープレスろ過機に通液することにより洗浄し、さらに、純水を通液して洗浄した。洗浄後のニッケル複合水酸化物(前駆体)の組成、不純物量等の結果を表1に示す。
【0087】
[正極活物質の製造]
得られたニッケル複合水酸化物粒子を電気炉を用いて大気雰囲気で700℃で焙焼してニッケル複合酸化物粒子を得た(焙焼工程)。リチウムニッケル複合酸化物粒子の各金属成分のモル比が、Ni:Co:Al:Li=0.85:0.12:0.03:1.03となるように、ニッケル複合水酸化物と水酸化リチウム一水和物(和光純薬製)を秤量し、混合した(混合工程)。得られた混合物を、電気炉を用いて酸素濃度30%以上の雰囲気中で500℃で3時間仮焼した後、750℃で20時間、本焼成した(焼成工程)。その後、室温まで炉内で冷却した後、解砕処理を行い一次粒子が凝集した球状焼成粉末を得た。
得られた球状焼成粉末をスラリー濃度が1500g/Lとなるように純水と混合したスラリーを製作し、スターラーを用いて、室温で30分水洗した後に濾過した。濾過後、真空乾燥機を用いて190℃、14時間保持して室温まで冷却し(水洗工程)、レーザー回折散乱法による体積基準の平均粒径が9.3μmであるリチウムニッケル複合酸化物粒子(正極活物質)を得た。得られた正極活物質の組成、不純物量を表2に示す。」
「【0089】
(電池の作製方法)
正極活物質粉末90重量部にアセチレンブラック5重量部及びポリ沸化ビニリデン5重量部を混合し、n−メチルピロリドンを加えペースト化した。これを20μm厚のアルミニウム箔に乾燥後の活物質重量が0.05g/cm2なるように塗布し、120℃で真空乾燥を行い、その後、これより直径1cmの円板状に打ち抜いて正極とした。
負極としてリチウム金属を、電解液には1MのLiClO4を支持塩とするエチレンカーボネート(EC)とジエチルカーボネート(DEC)の等量混合溶液を用いた。また、ポリエチレンからなるセパレーターに電解液を染み込ませ、露点が−80℃に管理されたArガス雰囲気のグローブボックス中で、2032型のコイン電池を作製した。図1に2032型のコイン電池の概略構造を示す。ここで、コイン電池は、正極缶5中の正極(評価用電極)1、負極缶6中のリチウム金属負極3、電解液含浸のセパレーター2及びガスケット4から構成される。得られた電池の各特性(放電容量、クーロン効率、反応抵抗)を表2に示す。」
「【0098】
【表1】

【0099】
【表2】


3 甲2(国際公開第2011/162178号)の記載事項
「[請求項2] 正極と負極と非水電解液とを備えるリチウムイオン二次電池であって、
前記正極は、正極活物質として、一般式(I):
LixNiaCobMncM’dWeO2 (I)
(ここで、M’はZr,Nb,Alから選択される少なくとも一種であり、xは、1.0≦x≦1.25を満たし、a,b,c,d,eは、a+b+c+d+e=1および0.001≦(d+e)≦0.02を満たし、a,b,cのうち少なくとも一つは0よりも大きく、d>0であり、e>0である。);
で表されるリチウム遷移金属複合酸化物を含み、
前記正極活物質の粉末2gと純水100gとを攪拌して懸濁液を調製し、その懸濁液を濾過した場合において、前記濾過により得られた濾液について誘導結合プラズマ質量分析により求められる当該濾液1g当たりのW溶出量が0.025mmol以下である、
リチウムイオン二次電池。」
「[0012] 本発明によると、また、ここに開示されるいずれかの正極活物の他の一製造方法が提供される。その製造方法は:
(A)pH11〜14の塩基性水溶液に、ニッケル塩、コバルト塩、マンガン塩、およびM’含有塩をそれぞれ所定濃度で含む水溶液と、M”含有塩を所定濃度で含む水溶液とを、所望の速度で添加して反応混合液を調製し、当該混合液を攪拌させる湿式混合によって、一般式(II):NiaCobMncM’dM”e(OH)2+α;で表される前駆体(ii)を調製すること;および
(B)上記前駆体(ii)とリチウム塩との混合物を焼成して上記一般式(I)で表されるリチウム含有複合酸化物(i)を調製すること;
を包含する。上記式(II)中、M’はZr,Nb,Alから選択される少なくとも一種である。M”はWおよびMoの少なくともいずれかである。好ましい一態様では、M”が少なくともWを含む。M”の実質的に全部(原子数換算で95%以上、例えば98%以上であり、100%であってもよい。)がWであってもよい。a,b,c,d,eは、a+b+c+d+e=1および0.001≦(d+e)≦0.02を満たす。a,b,cのうち少なくとも一つは0よりも大である。また、dは0よりも大(すなわち、d>0)である。また、eは0よりも大(すなわち、e>0)である。αは、0≦α≦0.5を満たす。かかる方法によると、上記正極活物質を好適に製造することができる。なお、d:eは、2:1〜1:10程度が好ましい。a:b:cは、特に制限されない。少なくともaが0より大である(換言すれば、少なくともNiを含む)ことが好ましい。」
「[0052] <例1>
攪拌装置および窒素導入管を備えた反応容器に、その容量の半分程度の水を入れ、攪拌しながら40℃に加熱した。該反応容器を窒素置換した後、窒素気流下、3.25%水酸化ナトリウム水溶液と25%アンモニア水とを適量ずつ加え、液温25℃におけるpHが12.0、液相のアンモニア濃度が20g/Lとなるように調整して、塩基性水溶液を得た。なお、反応容器内の酸素濃度は2.0%程度であった。
硫酸ニッケル、硫酸コバルト、硫酸マンガン、硫酸ジルコニウムを、これらの元素モル比Ni:Co:Mn:Zrが0.33:0.33:0.33:0.005となり、これら遷移金属の合計濃度が1.8mol/Lとなるよう、水に溶解させてNiCoMnZr水溶液を調製した。
パラタングステン酸アンモニウムを水に溶解させ、タングステン(W)濃度が0.05mol/LのW水溶液を調製した。
[0053] 上記で得られたNiCoMnZr水溶液およびW水溶液を、上記塩基性水溶液に、pHを12.0に維持しながら添加・混合して、元素モル比Ni:Co:Mn:Zr:Wが0.33:0.33:0.33:0.005:0.005の水酸化物(Ni0.33Co0.33Mn0.33Zr0.005W0.005(OH)2+α(0≦α≦0.5);前駆体)を得た。上記水酸化物粒子を、温度150℃の大気雰囲気中で12時間加熱した。
上記水酸化物中の全遷移金属(すなわち、Ni,Co,Mn,Zr,W)のモル数の合計をMとして、該Mに対するリチウムのモル比(Li/M)が1.15となるように、炭酸リチウムを秤量し、上記加熱処理後の水酸化物粒子と混合した。得られた混合物を、酸素21体積%の空気中にて、760℃で4時間焼成した後、950℃で10時間焼成し、リチウム含有複合酸化物(Li1.15Ni0.33Co0.33Mn0.33Zr0.005W0.005O2)を得た。これを粉砕・篩分して、平均粒径3.9μm,比表面積0.98m2/g,タップ密度1.78g/cm3の粉末状正極活物質を得た。」

4 甲3(特開平6−283174号公報)の記載事項
「【0007】LiyN1-xMxO2における置換元素Mとして銅、亜鉛を用いた場合には、高容量の材料を容易に得ることができ、また、ニオブ、モリブデン、タングステンを用いた場合にはサイクル性に優れた材料を容易に得ることができる。元素置換を行わないLiNiO2は、ニッケルイオンの価数が3価、4価となるリチウム不足の組成になり易い。そして、リチウム不足の組成では、空リチウムイオンサイトにニッケルイオンが入り込むので、層状の結晶構造が崩れてしまう。このため可逆的に吸蔵・放出することのできるリチウム量が少なく、高容量が得られない。ところが、結晶格子中でニッケルイオンの一部が銅イオン、亜鉛イオンで置き換えられた場合には、ニッケルイオンが3価であるのに対し銅イオン、亜鉛イオンは2価であるので、電価のバランスをとるためリチウム不足の組成となる傾向が小さい。このため層状の結晶構造が安定に生成するから、可逆的に吸蔵・放出するリチウム量が多くなり、高容量が得られる。また、無置換のLiNiO2では、充放電にともない、充電時にニッケルイオンの価数変化により結晶場に変化が生じて結晶構造が少しずつ崩れる。これがサイクル性を低下させる原因の一つとなっている。これに対して、ニオブイオン、モリブデンイオン、タングステンイオンでニッケルイオンの一部を置換することにより、充電時においても結晶場の変化を小さくし結晶構造の崩れを抑制することができる。」(当審注:甲3の【0007】記載の「LiyN1-xMxO2」は、「LiyNi1-xMxO2」の明らかな誤記と考えられる。)
「【0013】[実施例2]本実施例では出発原料としてLiNO3(硝酸リチウム)、NiCO3(塩基性炭酸ニッケル)、WO2(二酸化タングステン)を用いて製造した複合酸化物を正極活物質に用い、負極活物質にリチウムを用いた場合について説明する。まず、各出発原料をそれぞれはかり取り、乳鉢で充分に混合し、この混合物を650℃で焼成して複合酸化物LiNi1-xWxO2を得た。以上に示した方法でx=0.05、0.1、0.2、0.3、0.4、0.45、0.5のサンプルを合成した。これらの複合酸化物は、X線回折によると、いずれも単一相を有するものであった。次に上記の各複合酸化物を正極活物質として実施例1と同様にして電池を構成し、放電容量を比較した。充放電の条件は、1.5mAの定電流で電圧範囲3.0V〜4.3Vの電圧規制とした。表2に各xの値と電池の2サイクル目の放電容量および10サイクル目の容量維持率(2サイクル目の放電容量基準)を示す。」

5 甲4(特開2007−73425号公報)の記載事項
「【0060】
(a)実施例1
正極活物質の出発原料として、炭酸リチウム(Li2 CO3 )、水酸化ニッケル(Ni(OH)2 )、炭酸マンガン(MnCO3 )、および酸化タングステン(WO3 )を用いた。
【0061】
本例では、上記の炭酸リチウム、水酸化ニッケル、炭酸マンガン、および酸化タングステンをこの順で、3:4:0.5:zのモル数の比でそれぞれ混合した。なお、上記zとしては、0.0、0.1、0.2、0.4、0.5、0.6、0.8、1.0、および1.5molの計9種を設定した。
【0062】
そして、上記の物質をそれぞれ混合することにより得た9種の正極活物質の粉末をそれぞれペレット(小粒)状に成型した。その後、これらの各正極活物質に対して700℃の空気雰囲気中で10時間仮焼成を行い、800℃の空気雰囲気中で20時間本焼成を行った。
【0063】
次に、本焼成を行うことにより得た各正極活物質をXRD(X線回折装置)により測定した。」
「【0066】
また、図2の測定結果において、タングステンの量(zの値)が増加するにつれ、20°〜30°近傍の回折角2θにおいてタングステン化合物の不純物によるピーク強度が大きくなっていった。これは、タングステンの一部がニッケルサイトの元素に置換されず、タングステン化合物として分離したためであると考えられる。」
「【図2】



6 甲5(特表2015−164119号公報)の記載事項
「【0068】
<実施例2>
Wの含有量が0.1mol%となるように、WO3の添加量を変更した以外は、実施例
1と同様にして正極活物質A2を作製した。また、正極活物質A2を用いて、実施例1と同様の方法で、非水電解質二次電池B2を作製した。」
「【0085】
【表1】



7 甲6(特開2012−252844号公報)の記載事項
「【0028】
本発明の第16の発明は、一般式(2):Li1+uMxWsAtO2(−0.05≦u≦0.50、x+s+t=1、0<s≦0.05、0<s+t≦0.15、MはNi、Co、Mnから選択される1種以上を含む遷移金属、AはMおよびW以外の遷移金属元素、2族元素、又は13族元素から選ばれる少なくとも1種の添加元素)で表され、層状構造を有する六方晶系の結晶構造を有するリチウム遷移金属複合酸化物からなる非水系電解質二次電池用正極活物質であって、平均粒径が3〜8μm、粒度分布の広がりを示す指標の〔(d90−d10)/平均粒径〕が0.60以下であることを特徴とする非水系電解質二次電池用正極活物質である。」

8 甲7(特開2015−26454号公報)の記載事項
「【0037】
(結晶構造)
本発明の非水電解質二次電池用正極活物質を構成するリチウム複合酸化物粒子は、CuKα線を使用した粉末X線回折において、ミラー指数(hkl)における(003)面での回折ピークの半価幅(半価幅:FWHM)から求められる結晶子径(以下、(003)面結晶子径」という)に対する、(104)面での回折ピークの半価幅から求められる結晶子径(以下、「(104)面結晶子径」という)の比が、0を超えて0.60未満、好ましくは0.35以上0.55以下、さらに好ましくは0.35以上0.50以下であり、かつ、一次粒子が凝集した二次粒子で構成された層状構造を有する。すなわち、本発明の正極活物質は、少なくとも下記(1)式を満足する。」
「【0144】
【表2】



9 甲8(特開2007−59342号公報)の記載事項
「【0028】
このリチウム−コバルト複合酸化物の結晶子径は、(003)ベクトル方向において、50nm以上80nm以下であり、(110)ベクトル方向において、60nm以上100nm以下である。(003)ベクトル方向の結晶子径が大きいと、リチウムの吸蔵および放出に伴う膨張・収縮が大きくなり、構造的な歪による容量の劣化が大きくなるからである。また、(003)ベクトル方向の結晶子径が小さいと、結晶自体の安定性が低下し、充放電に伴う構造劣化が進みやすくなるからである。一方、(110)ベクトル方向の結晶子径が大きいと、リチウムイオンの固相内拡散パスが長くなり、充放電負荷特性が低下すると共に、副反応が生じやすくなり、充放電サイクルに伴う性能劣化が進みやすくなるからである。また、(110)ベクトル方向の結晶子径が小さいと、結晶自体の安定性が低下し、充放電に伴う構造劣化が進みやすくなるからである。」
「【0066】
【表2】



10 甲9(特開2013−152866号公報)の記載事項
「【0089】
また、図2に本発明の実施例で得られた正極活物質の断面SEM観察(倍率:5,000倍)結果の一例を示すが、得られた正極活物質は一次粒子および一次粒子が凝集して構成された二次粒子からなり、一次粒子表面に「矢印」で指し示すような島状あるいは層状のタングステン酸リチウム(Li4WO5)が形成されていることがX線回折分析の結果から確認された。」
「【図2】



11 甲10(特開2016−110999号公報)の記載事項
「【0135】
[評価]
表1から明らかなように、実施例1〜7の正極活物質は、本発明に従って製造されたため、正極抵抗が低く、タングステン酸リチウムが形成されていない比較例1および4に比
べて初期放電容量も高いものとなっており、優れた特性を有した電池となっている。
また、図3に本発明の実施例で得られた正極活物質の走査顕微鏡による断面観察結果の一例を示すが、得られた正極活物質は一次粒子および一次粒子が凝集して構成された二次粒子からなり、一次粒子表面にタングステン酸リチウムを含む微粒子が形成されていることが確認された。タングステン酸リチウムを含む微粒子を図3において矢印で示す。」
「【図3】



12 甲11(特開2017−10841号公報)の記載事項
「【0038】
次に、上記一般式におけるtは、正極活物質全体としてのタングステン(W)の含有量を示すものである。
タングステンは、正極抵抗を低減して出力特性を改善するために添加されるものであるが、tが0.001未満では十分な正極抵抗の低減効果が得られず、tが0.03を超えると、タングステンを入れると焼結防止効果を発現するが焼結防止効果が進み過ぎ、二次粒子を形成する一次粒子が小さくなりすぎて抵抗の原因となる粒界が増えすぎるほか、Wの単独粒子や表面残留が起こるため、抵抗は再び上昇してしまい、放電容量の低下にもつながる。
【0039】
さらに、固溶するタングステンが増加すると電池特性が低下することから、リチウム過剰系金属複合酸化物粒子、すなわち、一次粒子が凝集した二次粒子において、タングステンが一次粒子の粒界に濃縮して存在することが好ましい。
このタングステンの濃縮部が存在することで、リチウム過剰系金属複合酸化物粒子へのタングステンの固溶を抑制しながら、高い正極抵抗の低減効果を得ることができ、タングステンの添加効果をさらに高めることができる。このタングステンによる正極抵抗の低減効果は、以下のように発現するものと推定される。」

第5 当審の判断
当審は、特許権者が提出した令和3年12月27日の意見書も踏まえて本件発明の内容を検討した結果、以下のとおり、令和3年9月27日付けで通知をした取消理由は解消するとともに、特許異議申立書に記載した特許異議申立てのいずれの理由によっても、本件特許の請求項1〜13に係る特許を取り消すことはできないものと判断した。
なお、申立理由2(明確性要件、実施可能要件)は、取消理由1(明確性要件)及び取消理由2(実施可能要件)とまとめて検討した。

1 取消理由について
取消理由1(明確性要件)及び取消理由2(実施可能要件)について
明確性要件及び実施可能要件についての判断手法
(ア)明確性要件について
特許請求の範囲の記載が、明確性要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載だけではなく、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し、また、当業者の出願当時における技術常識を基礎として、特許請求の範囲の記載が、第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるか否かという観点から判断されるべきである。

(イ)実施可能要件について
物の発明における発明の実施とは、その物の生産、使用等をする行為をいうから、物の発明について、発明の詳細な説明の記載が、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものである(実施可能要件を満たす)というためには、発明の詳細な説明には、当業者がその物を製造することができ、かつ、その物を使用することができる程度に明確かつ十分に記載されている必要がある。
また、物を生産する方法の発明における発明の実施とは、その物を生産する方法の使用をする行為のほか、その方法により生産した物の使用等をする行為をいうから、物を生産する方法の発明について、発明の詳細な説明の記載が、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものである(実施可能要件を満たす)というためには、発明の詳細な説明には、当業者がその物を生産する方法を使用することができ、かつ、その方法により生産した物を使用することができる程度に明確かつ十分に記載されている必要がある。

イ 本件発明に関する明確性要件及び実施可能要件の判断
上記ア(ア)及び上記ア(イ)の判断手法を踏まえ、本件発明に関する特許請求の範囲及び発明の詳細な説明の記載が明確性要件及び実施可能要件に適合しているか否かについて検討し、当審が令和3年9月27日付けで通知をした取消理由1(明確性要件)及び取消理由2(実施可能要件)が解消したか否かについて判断する。

(ア)本件発明1〜5、11〜13における「リチウム複合遷移金属酸化物の粒子の表面に残存するリチウムタングステン酸化物の含量」について
a 上記第3の2(1)アの点に関して通知をした取消理由に対し、特許権者は令和3年12月27日提出の意見書において、
(a)本件明細書記載の実施例1、実施例2、比較例2、及び比較例3においては、「正極活物質を固形分の含量が60重量%となるように水に投入し、25℃で180rpmで5分間攪拌した。その後、正極活物質を分離し、ICP分析を介して水に溶解されたWの含量を検出し、検出されたWの含量に基づいてLi2WO4の量を計算した。」と説明されるとおり方法で、Li2WO4の残留量を測定した(第2頁第18〜25行)ことを述べた上で、
(b)「Li2WO4は、25℃で水に対する溶解度が67.5g/100gと極めて高いものであることが知られており、正極活物質表面のLi2WO4の含量はppmレベルで小さいものであるため、正極活物質に水を投入して短時間攪拌することだけでも大部分のLi2WO4が水に溶解され、水の温度や攪拌速度に応じてLi2WO4の溶解の量が大きく変動しません。
そして、当業者であれば、Li2WO4の溶解度を考慮して上記のような適切な溶出の条件を設定できるものであり『リチウム複合遷移金属酸化物の粒子の表面に残存するリチウムタングステン酸化物の含量』は、当業者にとって技術常識として測定可能なものであります」(第2頁第27行〜第3頁第6行)と主張をしている。
(c)また、特許権者は、上記第3の2(1)ウの点に関して通知をした取消理由に対する意見書の主張において、本件明細書記載の実施例1、実施例2、比較例2、及び比較例3においては、「正極活物質を固形分の含量が60重量%となるように水に投入し、25℃で180rpmで5分間攪拌して水洗することで残存するリチウムタングステン酸化物を除去した後、本件特許の明細書の段落【0114】に記載の方法、すなわち、正極活物質試料をバイアルに約0.05gとなるように分取し、その重量を測定した後、塩酸2mL、過酸化水素0.5mLを加え、130℃で4時間加熱して試料を完全に溶解させた。試料が十分に溶解されると、internal STD(SC)0.1mLを添加し、超純水で10mLとなるように希釈した。次に、ICP−OES(Perkin Elmer、OTIMA 7300DV)を用いてICP分析によりWの含量を測定した」と説明されるとおりの方法でNiサイト置換Wの含量を測定した(第6頁下から第1行目〜第7頁第12行)ことを述べた上で、「水洗工程において、『c)粒子内の粒界に析出するリチウムタングステン化合物等として存在するタングステン』であるLi2WO4は、『b)粒子表面にリチウムタングステン化合物等として存在するタングステン』であるLi2WO4とともにすべて除去されます。」(第7頁第22〜25行)との説明も行っている。

b また、上記aの意見書の主張に関連した上記第4の1で抽出した本件明細書、すなわち、発明の詳細な説明に記載された事項としては、以下を挙げることができる。
(a)【0041】には、「本発明による正極活物質は、水洗を行うことで、リチウム複合遷移金属酸化物の表面にリチウムタングステン酸化物として存在する水溶性タングステン(W)を除去する」ことが記載されている。
(b)また、【0100】〜【0105】の記載によれば、実施例1及び2として開示される各正極活物質は、「リチウム複合遷移金属酸化物300gを純水300mLに入れ、30分間撹拌してから水洗」(【0104】)する工程をも経て製造されるものであり、さらに、これらの正極活物質に対し、【0115】に記載されるようにリチウムタングステン酸化物(Li2WO4)残留量を測定した結果として、【0117】の【表1】には、「Li2WO4残留量(ppm)」がそれぞれ「≦100」であったことも示されている。
(c)さらに、【0113】には、「正極活物質中にドープされたWは、ICP分析によりその濃度を測定することができる。」とも記載されている。

c すなわち、
c−1 上記bの発明の詳細な説明に記載された事項からは、
(a)正極活物質であるリチウム複合遷移金属酸化物の表面のリチウムタングステン酸化物は水洗で除去できる水溶性のものであること(上記b(a)より)、
(b)リチウムタングステン酸化物(Li2WO4)残留量が測定されること(上記b(b)より)、
(c)及び、W濃度を測定するICP分析という方法があること(上記b(c)より)
を把握することができ、
c−2 また、上記aの意見書における説明によれば、
(d)上記a(a)のLi2WO4の残留量の測定方法におけるWを水に溶解させる攪拌と、上記
a(c)のICP分析前の水洗工程における攪拌とは、いずれも「正極活物質を固定分の含量が60重量%となるように水に投入し、25℃で180rpmで5分間」との同じ条件の攪拌が行われるものであって、上記a(c)のICP分析前の水洗工程では、粒子の表面に残存するリチウムタングステン酸化物がすべて溶出する現象が生じており、かつ、上記a(a)のLi2WO4の残留量の測定方法においてWを水に溶解させる攪拌時にも、同様の現象が生じていると考えられるから、上記(b)のリチウムタングステン酸化物(Li2WO4)残留量に関する具体的な測定方法は、上記(a)のようにリチウム複合遷移金属酸化物の表面のリチウムタングステン酸化物が水溶性である性質を用いて、リチウム複合遷移金属酸化物の粒子を水に浸漬させることで、粒子の表面に残存するリチウムタングステン酸化物がすべて溶出した量について、上記(c)同様のIPC分析により測定するものであることを、本件明細書の記載及び当業者の出願当時における技術常識を基礎として、理解をすることができる。

d なお、
(a)上記b(b)に説明されるリチウム複合遷移金属酸化物を水洗する際の水中での攪拌時間(30分間)は、上記a(a)で説明されるLi2WO4の残留量を測定する際の水中での攪拌時間(5分間)より十分長いものとなっており、
(b)仮に、上記b(b)の水洗工程で粒子表面から除去しきれない正極活物質表面のLi2WO4があったとすると、水洗の際の攪拌よりも短い時間の攪拌しか行われない残留量の測定工程で、その残留分すべてが水へ溶解するとも考えがたく、一見すると、上記a(a)に説明されるとおりの方法では、水洗後の粒子表面のLi2WO4の残留量を正確に測定できない懸念を生じそうでもある。
(c)しかしながら、Li2WO4は、上記a(b)のとおり、25℃での水に対する溶解度が極めて高いものである。そして、上記c−2(d)で取り上げた上記aの意見書における説明のとおり、上記a(a)のLi2WO4の残留量の測定方法でのWを水に溶解させる攪拌時において、粒子の表面に残存するリチウムタングステン酸化物がすべて溶出する現象が生じるのであれば、上記(a)のように、攪拌時間がそれより十分長いものとなっている上記b(b)のリチウム複合遷移金属酸化物の水洗時にも、上記現象同様、粒子の表面に残存するリチウムタングステン酸化物がすべて溶出し、実質的になくなっている蓋然性が高いものといえるから、その後に行われるLi2WO4の残留量の測定では、Li2WO4の残留量が実質的に検出されないことが想定される。
(d)そして、上記b(b)の【0117】の【表1】で、「Li2WO4残留量(ppm)」がいずれも「≦100」とされる実施例1及び2の結果表記は、それぞれ残留するLi2WO4が実質的に検出されない場合を含み得る表記となっており、上記(c)の解釈とも矛盾をしないものといえる。
(e)以上を踏まえると、上記aの意見書に説明される測定方法によって求められる本件発明1〜5、11〜13の「リチウム複合遷移金属酸化物の粒子の表面に残存するリチウムタングステン酸化物の含量」は、上記(b)の懸念を生じることもなく、明確に把握ができるものである。

e また、発明の詳細な説明において、【0111】〜【0112】及び【0119】に記載されるように製造過程で水洗を行わない比較例2及び3の正極活物質に関し、【0117】の【表1】にて、それぞれ「≧3000」及び「4800」との結果が得られている「Li2WO4残留量(ppm)」も、当業者であれば、Li2WO4の残留量を測定するにあたり、Li2WO4を水に十分溶解させてからICP分析を行うことによって明確に把握できるものといえるから、上記aの意見書に説明される「リチウム複合遷移金属酸化物の粒子の表面に残存するリチウムタングステン酸化物の含量」の測定方法に、特段疑義を生ずる内容でもない。

f 以上のとおりであるから、本件発明1〜5、11〜13における「リチウム複合遷移金属酸化物の粒子の表面に残存するリチウムタングステン酸化物の含量」に関し、上記aの意見書による説明を踏まえて理解される特許請求の範囲及び発明の詳細な説明の記載内容は、上記ア(ア)及び上記ア(イ)の判断手法に照らし、それぞれ明確性要件及び実施可能要件に適合するものといえる。

(イ)本件発明2、3、10、12、13におけるリチウム複合遷移金属酸化物の「結晶構造中」の「タングステン(W)」の含量について
a 上記第3の2(1)ウの点に関して通知をした取消理由に対し、特許権者は令和3年12月27日提出の意見書において、
(a)本件明細書記載の実施例1、実施例2、比較例2、及び比較例3においては、「正極活物質を固形分の含量が60重量%となるように水に投入し、25℃で180rpmで5分間攪拌して水洗することで残存するリチウムタングステン酸化物を除去した後、本件特許の明細書の段落【0114】に記載の方法、すなわち、正極活物質試料をバイアルに約0.05gとなるように分取し、その重量を測定した後、塩酸2mL、過酸化水素0.5mLを加え、130℃で4時間加熱して試料を完全に溶解させた。試料が十分に溶解されると、internal STD(SC)0.1mLを添加し、超純水で10mLとなるように希釈した。次に、ICP−OES(Perkin Elmer、OTIMA 7300DV)を用いてICP分析によりWの含量を測定した」と説明されるとおりの方法で、Niサイト置換Wの含量を測定した(第6頁下から第1行目〜第7頁第12行)ことを述べた上で、
(b)「水洗工程において、『c)粒子内の粒界に析出するリチウムタングステン化合物等として存在するタングステン』であるLi2WO4は、『b)粒子表面にリチウムタングステン化合物等として存在するタングステン』であるLi2WO4とともにすべて除去されます。
結果として、水洗後のICP分析によって測定されたタングステン(W)は、全て『a)結晶構造中に含有されているタングステン』となります。」(第7頁第22〜27行)と主張をしている。

b また、上記aの意見書での説明に関連した上記第4の1で抽出した本件明細書、すなわち、発明の詳細な説明に記載された事項としては、以下を挙げることができる。
(a)【0041】には、「本発明による正極活物質は、水洗を行うことで、リチウム複合遷移金属酸化物の表面にリチウムタングステン酸化物として存在する水溶性タングステン(W)を除去する」ことが記載されている。
(b)また、【0113】には、「正極活物質中にドープされたWは、ICP分析によりその濃度を測定することができる。」と記載され、【0114】には、かかるICP分析の、より具体的な実施方法が記載されている。
(c)さらに、【0117】の【表1】には、【0114】により詳しい内容が説明される上記(b)のICP分析により測定された、実施例1、実施例2、比較例2、及び比較例3の各正極活物質に関する「Niサイト置換Wの含量(ppm)」が示されている。

c すなわち、
c−1 上記bの発明の詳細な説明に記載された事項からは、
(a)正極活物質であるリチウム複合遷移金属酸化物の表面のリチウムタングステン酸化物は水洗で除去できる水溶性のものであること(上記b(a)より)、
(b)及び、正極活物質中にドープされたWをICP分析により測定したこと(上記b(b)及び上記b(c)より)、
を把握することができ、
c−2 また、上記aの意見書による説明によると、
(d)ICP分析前の水洗工程において、結晶構造中に含有されているタングステン以外のタングステンはすべて除去されるものと理解され、上記第3の2(1)ウになお書きした取消理由において特に着目した疑念も解消されるから、リチウム複合遷移金属酸化物の「結晶構造中」の「タングステン(W)」の含量を明確に把握することのできる測定方法を、本件明細書の記載及び当業者の出願当時における技術常識を基礎として、理解をすることができる。

d 以上のとおりであるから、本件発明2、3、10、12、13におけるリチウム複合遷移金属酸化物の「結晶構造中」の「タングステン(W)」の含量に関し、上記aの意見書による説明を踏まえて理解される特許請求の範囲及び発明の詳細な説明の記載内容は、上記ア(ア)及び上記ア(イ)の判断手法に照らし、それぞれ明確性要件及び実施可能要件に適合するものといえる。

(ウ)本件発明1〜5、12、13における「リチウム複合遷移金属酸化物の結晶サイズ」について
a 上記第3の2(1)イの点に関して通知をした取消理由に対し、特許権者は令和3年12月27日提出の意見書において、
(a)本件明細書記載の実施例1、実施例2、比較例1、比較例2、及び比較例3においては、「正極活物質粉末をX線回折法(XRD)で分析して得られたXRDデータをRietveld refinement法で解析して、結晶子サイズを求めた。ここで、上記X線回折法では、Bruker社のLynxEye XE−T−position sensitive detectorを装着したBruker D8 Endeavor(光源:Cu−Kα、λ=1.54Å)を使用し、一般粉末用ホルダーの溝に試料を入れ、スライドガラスを用いて試料の表面を均一にし、試料の高さがホルダーの縁部に一致するように充填した後、FDS 0.5°、2θ=15°〜90°領域に対してステップサイズ=0.02°、総操作時間=約20分の条件で測定した。
得られたXRDデータに対し、各サイトでのチャージ(遷移金属サイトでの金属は+3、LiサイトのNiは+2)とカチオンミキシングを考慮して、Rieveld refinement法で解析した。具体的には、結晶子サイズ分析の際に、instrumental broadening(測定機器の誤差の総称)は、Bruker社のTOPASプログラムで実行されるFPA(Fundamental Parameter Approach)を利用し、フィッティング時に測定範囲の全ピークを使用した。ピーク形状は、TOPASで使用可能なピークタイプのうちFP(First Principle)でLorenzian contributionのみを使用してフィッティングを行い、ストレイン(strain)は考慮しなかった。」(第3頁下から第2行目〜第4頁第21行)ことを述べた上で、
(b)FPAは、「測定機器因子のプロファイルと結晶子サイズの畳み込みによるフィッティングに基づくもの」であり、X線構造解析分野の当業者にとって周知なものであること(第4頁下から第2行目〜第5頁第16行)、
(c)X線回折装置に付属の解析用ソフトウェアであるTOPASでFPAを採用して結晶子サイズを求めることは、例えば、特許第5883999号の明細書段落【0067】に『<リートベルト法による結晶子サイズの測定>Cu−Kα線を用いたX線回折装置(ブルカー・エイエックスエス(株)製D8ADVANCE)を使用して、実施例及び比較例で得られたサンプル(粉体)の粉末X線回折測定を行った。この際、Fundamental Parameterを採用して解析を行った。回折角2θ=15〜120°の範囲より得られたX線回折パターンを用いて、解析用ソフトフェアTopas Version3を用いて行った。』と記載されているように技術常識と言えるものであり、この場合、当該特許第5883999号の明細書でも結晶面が特定されていないとおり、結晶子サイズは特に結晶面に依存するものとはならないこと(第5頁第18行〜第6頁第5行)について主張をしている。

b また、上記aの意見書での説明に関連した上記第4の1で抽出した本件明細書、すなわち、発明の詳細な説明に記載された事項としては、以下を挙げることができる。
(a)【0034】及び【0116】には、それぞれ、結晶サイズ(Crystalite size)はXRDを用いて測定されるものであることが記載されている。
(b)また、【0035】、【0037】、【0117】の【表1】及び、【0120】には、上記(a)のXRDで測定された結晶サイズの値についての記載がある。
なお、発明の詳細な説明のこれらの箇所に記載された結晶サイズの値は、どのような結晶面について求めたものとも特定されるものではない。

c すなわち、
c−1 上記bの発明の詳細な説明に記載された事項では、
(a)本件発明における、どのような結晶面について求めたものとも特定されない結晶サイズは、XRDで測定されることが示されており、
c−2 また、上記aの意見書によれば、
(b)X線構造解析分野の当業者にとって周知のFPA(Fundamental Parameter Approach)を、Bruker社のTOPASプログラムにより実行することで、特許第5883999号の明細書段落【0067】記載の<リートベルト法による結晶子サイズの測定>と同様に、特に結晶面に依存するものとはならない結晶子サイズが求められることは、本件明細書の記載及び当業者の出願当時における技術常識を基礎として、当業者には自明な事項として理解することができる。

d なお、取消理由1(明確性要件)及び取消理由2(実施可能要件)においては、
「たとえば、甲7の【0037】〜【0039】及び【0144】表2の記載から、たとえ同じ試料が測定対象であっても、XRDにより求められた(104)面の結晶子径と(003)面の結晶子径とで異なるサイズの値が得られていることが理解されるように、一般に、XRD測定から導出される『結晶サイズ』は、どの結晶面に対して測定し、求めたものかに依存して、得られる値もそれぞれ異なることが知られている。」(取消理由通知書における第4の1(2)イ)
との指摘も行ってはいるものの、甲7記載のかかる結晶サイズは、同証拠方法の【0038】〜【0039】に「シェラーの式を用いた計算により算出」するものであることが説明されるとおり、上記aの意見書で説明される結晶サイズの求め方とは異なるものであり、かつ、上記aの意見書で説明される結晶サイズの求め方について、その妥当性を否定するような根拠も見出せない。
また、申立人による申立理由2(明確性要件、実施可能要件)を別途改めて検討しても、上記aの意見書で説明される結晶サイズの求め方について、その妥当性を否定するような根拠も見出せない。

e 以上のとおりであるから、本件発明1〜5、12、13における「リチウム複合遷移金属酸化物の結晶サイズ」に関し、上記aの意見書による説明を踏まえて理解される特許請求の範囲及び発明の詳細な説明の記載内容は、上記ア(ア)及び上記ア(イ)の判断手法に照らし、それぞれ明確性要件及び実施可能要件に適合するものといえる。

エ 取消理由1(明確性要件)及び取消理由2(実施可能要件)についてのまとめ
したがって、申立理由2(明確性要件、実施可能要件)を採用した取消理由1(明確性要件)及び取消理由2(実施可能要件)によっては、本件特許の請求項1〜5、10〜13に係る特許を取り消すことはできない。

2 取消理由通知において採用しなかった特許異議の申立ての理由について
申立理由1(新規性進歩性)について
ア 甲1に記載された発明
上記第4の2に摘記をした甲1の記載事項を参照しながら、以下に検討する。
(ア)甲1に記載された発明が解決しようとする課題
甲1に記載された発明が解決しようとする課題は、「不純物量が低減され、高容量であり、不可逆容量が小さく、クーロン効率および反応抵抗に優れた非水系電解質二次電池を得ることが可能な正極活物質の前駆体とその製造方法及び非水系電解質二次電池用正極活物質とその製造方法を提供すること」(【0014】)と認める。

(イ)甲1に記載された課題を解決するための手段
そして、上記(ア)の課題を解決するための手段として、甲1には、「特定の組成と構造を有するニッケル複合水酸化物を炭酸塩水溶液で水洗することで、不純物の少ないニッケル複合水酸化物を得ることができ、該ニッケル複合水酸化物から製造したリチウムニッケル複合酸化物を正極材料として用いること」(【0015】)が記載されている。

(ウ)甲1に記載された発明の認定
甲1の記載(請求項1、8、10〜12、14、【0005】、【0070】〜【0074】、【0084】〜【0087】、【0089】、【0098】〜【0099】)のうち、特に【0005】に記載の「リチウムイオン二次電池用」という正極活物質の用途、及び、実施例1の正極活物質に着目すると、甲1には、以下の発明が記載されていると認められる。

<甲1発明(活物質)>
組成がNi0.82Co0.15Al0.03(OH)2のニッケル複合水酸化物粒子を、0.28mol/Lの炭酸ナトリウム水溶液で洗浄し、大気雰囲気中700℃で焙焼し、水酸化リチウム一水和物と混合し、酸素濃度30%以上の雰囲気中で500℃で3時間仮焼した後、750℃で20時間本焼成し、室温まで冷却後に解砕処理し、室温で30分水洗してなることで得られる、組成がLi0.98Ni0.82Co0.15Al0.03O2のリチウムニッケル複合酸化物粒子であって、不純物量が、SO4含有量が0.1質量%、Na含有量が0.014質量%、及びCl含有量が0.003質量%であるリチウムイオン二次電池用正極活物質。

<甲1発明(方法)>
硫酸ニッケル、塩化コバルト、アルミン酸ソーダ(金属元素モル比でNi:Co:Al=82:15:3)の混合水溶液を準備する工程と、
水酸化ナトリウム水溶液を用いることで、前記混合水溶液から組成がNi0.82Co0.15Al0.03(OH)2のニッケル複合水酸化物粒子を晶析させる工程と、
前記ニッケル複合水酸化物粒子を0.28mol/Lの炭酸ナトリウム水溶液で洗浄してリチウムイオン二次電池用正極活物質の前駆体を得る工程と、
前記前駆体を焙焼してニッケル複合酸化物粒子を得る焙焼工程と、
前記ニッケル複合酸化物粒子を水酸化リチウム一水和物と混合して混合物を得る混合工程と、
前記混合物を、酸素濃度30%以上の雰囲気中で500℃で3時間仮焼した後、750℃で20時間本焼成する焼成工程と、
室温まで冷却した後に解砕処理して球状焼成粉末を得る工程と、
前記球状焼成粉末を室温で30分水洗する水洗工程と、を含む、
組成がLi0.98Ni0.82Co0.15Al0.03O2のリチウムニッケル複合酸化物であって、不純物量が、SO4含有量が0.1質量%、Na含有量が0.014質量%、及びCl含有量が0.003質量%であるリチウムイオン二次電池用正極活物質の製造方法。

イ 本件発明1について
(ア)本件発明1と甲1発明(活物質)との一致点・相違点
a 甲1発明(活物質)の「リチウムニッケル複合酸化物」及び「リチウムイオン二次電池用正極活物質」は、本件発明1の「リチウム複合遷移金属酸化物」及び「リチウム二次電池用正極活物質」に相当する。

b また、甲1発明(活物質)の「リチウムニッケル複合酸化物」は、「組成がLi0.98Ni0.82Co0.15Al0.03O2」であり、実質的にWを含むものとはいえないから、本件発明1の「ニッケル(Ni)、コバルト(Co)、およびマンガン(Mn)を含むリチウム複合遷移金属酸化物」とは、「ニッケル(Ni)」及び「コバルト(Co)を含むリチウム複合遷移金属酸化物」であり、かつ、「表面に残存するリチウムタングステン酸化物の含量が1000ppm以下」といえる点において共通する。

c 上記a及びbより、本件発明1と甲1発明(活物質)とは、以下の一致点及び相違点を有する。

<一致点1>
ニッケル(Ni)、およびコバルト(Co)を含むリチウム複合遷移金属酸化物を含み、前記リチウム複合遷移金属酸化物の粒子の表面に残存するリチウムタングステン酸化物の含量が1000ppm以下である、リチウム二次電池用正極活物質。

<相違点1>
リチウム二次電池用正極活物質に含まれるリチウム複合遷移金属酸化物の組成について、本件発明1は、「マンガン(Mn)を含」み、かつ、「ニッケル(Ni)サイトの一部がタングステン(W)で置換されて」おり、
「[化学式1]
LiaNi1-x1-y1-z1Wz1Cox1M1y1M2q1O2
前記化学式1中、1.0≦a≦1.5、0<x1≦0.2、0<y1≦0.2、0<z1≦0.2、0≦q1≦0.1、0<x1+y1+z1≦0.2であり、M1は、Mnであるか、または、MnおよびAlであり、M2は、Ba、Ca、Zr、Ti、Mg、Ta、Nb、およびMoからなる群から選択される少なくとも1種である」
との「化学式1」で表されるものとなっているのに対し、甲1発明(活物質)は、「Li0.98Ni0.82Co0.15Al0.03O2」となっている点。

<相違点2>
リチウム二次電池用正極活物質に含まれるリチウム複合遷移金属酸化物の結晶サイズに関連する事項について、本件発明1は、「結晶サイズが100〜200nm」であり、かつ、「前記リチウム複合遷移金属酸化物の粒子の平均粒径(D50)をd、前記リチウム複合遷移金属酸化物の結晶サイズをcとしたときに、d/1000cが0.05以上」であることが特定されるのに対し、甲1発明(活物質)は、これらの特定がなされていない点。

(イ)相違点に関する検討
a 相違点1及び2についての検討
事案に鑑み、上記(ア)cの相違点1及び2について、まとめて検討する。
(a)上記第4の1に摘記をした本件明細書【0008】の記載によれば、本件発明1が解決しようとする課題は、「高い焼成温度でも結晶サイズの急激な増大を抑制し、結晶性を向上させるとともに、リチウム副産物の残留量を減少させることで、優れた容量特性、寿命特性、抵抗特性、および高温安全性を実現することができるリチウム二次電池用正極活物質」を提供することである。
また、上記第4の1に摘記をした本件明細書【0032】〜【0037】の記載によれば、本件発明1のリチウム二次電池用正極活物質に含まれるリチウム複合金属酸化物は、上記化学式1のような含有割合のタングステン(W)で、ニッケル(Ni)サイトの一部を置換した相違点1に係る特定事項を備えることで、結晶サイズが制御しやすくなり、「結晶サイズが100〜200nm」であり、「前記リチウム複合遷移金属酸化物の粒子の平均粒径(D50)をd、前記リチウム複合遷移金属酸化物の結晶サイズをcとしたときに、d/1000cが0.05以上」と特定される相違点2に係る特定事項についても実現可能になることが理解できるから、本件発明1の相違点1に係る特定事項のうちニッケル(Ni)サイトの一部をタングステン(W)で置換する点と相違点2に係る特定事項とは、課題を解決するための手段として一体不可分の事項となっている。
それに対し、甲1には、本件発明1の相違点1に係る特定事項のうちニッケル(Ni)サイトの一部をタングステン(W)で置換する点と、それによって可能となる結晶サイズ制御に関わる相違点2に係る特定事項とは記載も示唆もされていないから、相違点1及び2は、いずれも実質的な相違点であるといえる。

(b)ここで、甲1には、「不純物量が低減され、高容量であり、不可逆容量が小さく、クーロン効率および反応抵抗に優れた非水系電解質二次電池を得ることが可能な正極活物質の前駆体とその製造方法及び非水系電解質二次電池用正極活物質とその製造方法を提供する」(【0014】)との課題を解決するために、前記前駆体としての「特定の組成と構造を有するニッケル複合水酸化物を炭酸塩水溶液で水洗することで、不純物の少ないニッケル複合水酸化物を得ることができ、該ニッケル複合水酸化物から製造したリチウムニッケル複合酸化物を正極材料として用いる」(【0015】)ことが記載されている。

(c)また、甲1には、甲1発明(活物質)におけるニッケル複合水酸化物粒子の組成「Ni0.82Co0.15Al0.03(OH)2」を包含する組成式であって、非水系電解質二次電池用正極活物質の前駆体としてのニッケル複合水酸化物粒子の組成式として、「Ni1-x-yCoxMy(OH)2」との一般式(1)が示された上で、「式中、Mは、Mg、Al、Ca、Ti、V、Cr、Mn、Zr、MoおよびWから選ばれる少なくとも1種の元素を示」すとの記載(【0030】)もされており、上記Mについては、優れたサイクル特性、熱安定性を有する二次電池を得る(【0032】)ための元素であることも、説明されている。

(d)また、甲1には、甲1発明(活物質)のリチウムニッケル複合酸化物粒子の組成「Li0.98Ni0.82Co0.15Al0.03O2」を包含した非水系電解質二次電池用正極活物質の前駆体の組成式として上記一般式(1)が開示され、また、かかる前駆体をもとに製造される非水電解質二次電池用正極活物質のリチウムニッケル複合酸化物の組成式として、「LiaNi1-x-yCoxMyO2」との一般式(2)(【0077】)も示されている。

(e)そして、上記一般式(1)のMの元素として甲1に列記されているAlとMnとWとは、いずれも二次電池において優れたサイクル特性、熱安定性を有する目的で用いられる元素である点で共通しており、相互に置換可能なものと考えられるから、甲1発明(活物質)において「Li0.98Ni0.82Co0.15Al0.03O2」とされる非水系電解質二次電池用正極活物質の前駆体であるニッケル複合水酸化物粒子、及び「Li0.98Ni0.82Co0.15Al0.03O2」とされるリチウムニッケル複合酸化物粒子を、それぞれ上記一般式(1)及び上記一般式(2)が許容する含量範囲でAlの代わりにMn及びWを用いる組成のものとする結果、相違点1に係る特定事項である、本件発明1の化学式1「LiaNi1-x1-y1-z1Wz1Cox1M1y1M2q1O2」で表されるリチウム複合遷移金属酸化物を含むリチウム二次電池用正極活物質を得ることは当業者が容易になし得た設計的事項といえる。
しかしながら、上記第4の1に摘記した本件明細書【0007】の「近年、NCM系リチウム酸化物におけるNiの含量を増加させようとする研究が行われている。しかし、Niの含量が増加するほど、焼成時に結晶が急激に大きく成長して結晶サイズを制御しにくく、結晶サイズが急激に大きくなると、電池容量および寿命特性が急激に低下するという問題があった。」との記載を踏まえると、たとえ、リチウム二次電池用正極活物質に含まれるリチウム複合遷移金属酸化物として「結晶サイズが100〜200nm」のものや、「リチウム複合遷移金属酸化物の粒子の平均粒径(D50)をd、前記リチウム複合遷移金属酸化物の結晶サイズをcとしたときに、d/1000cが0.05以上」のものが本件特許に係る優先日前に知られていたとしても、そのような結晶サイズとするための制御は、上記(a)のように、化学式1のような含有割合のタングステン(W)で、ニッケル(Ni)サイトの一部を置換することによって実現できるという技術的関係が知られていなければ、当業者といえども、Niは含むがWを含まない甲1発明(活物質)において、リチウム二次電池用正極活物質に含まれるリチウム複合遷移金属酸化物として「結晶サイズが100〜200nm」のものや、「リチウム複合遷移金属酸化物の粒子の平均粒径(D50)をd、前記リチウム複合遷移金属酸化物の結晶サイズをcとしたときに、d/1000cが0.05以上」のものを実現することを、容易になし得たとはいえない。
そして、結晶サイズを制御するために、WでNiの一部を置換することは、甲1〜甲11いずれにも記載されていない。
したがって、仮に、甲1発明(活物質)において、相違点1に係る本件発明1の特定事項とすることは当業者が容易になし得たことであるとしても、さらに甲1〜甲11の記載事項を参酌して、相違点2に係る本件発明1の特定事項とすることまでは、当業者が容易になし得たとはいえない。

(f)また、本件発明1のリチウム二次電池用正極活物質に含まれるリチウム複合金属酸化物は、
i 上記化学式1のような含有割合のタングステン(W)で、ニッケル(Ni)サイトの一部を置換した相違点1に係る特定事項を備えることで、
(i)大きい粒径の正極活物質を製造するために焼成温度を高める際にも、結晶サイズが急激に大きくなることをより効果的に抑制し、結晶性の低下を防止することができるとともに、高容量の実現および抵抗改善の効果を向上させ、かつ、
(ii)タングステンの溶出による容量低下および抵抗増加、ガス発生の問題を抑制するとの効果も得られる(【0019】、【0031】)ことに加え、
ii 結晶サイズも制御しやすくなることにより、「結晶サイズが100〜200nm」であり、「前記リチウム複合遷移金属酸化物の粒子の平均粒径(D50)をd、前記リチウム複合遷移金属酸化物の結晶サイズをcとしたときに、d/1000cが0.05以上」と特定される相違点2に係る特定事項も実現可能となる(【0032】〜【0037】)結果、「優れた容量特性、寿命特性、抵抗特性、および高温安全性を実現する」との課題の解決に資する効果が奏されるものである。

(g)これに対し、甲1に記載された一般式(1)のMの元素は、Wも選択肢に含むものではあるが、非水系電解質二次電池用正極活物質に対し優れた熱安定性をもたらすものであって、上記(f)のような効果の効果を奏することは示唆されていないから、相違点1及び2に係る特定事項によってもたらされる本件発明1の上記(f)の効果も、当業者が甲1に記載された発明からでは予期し得ない、異質な効果であるといえる。また、申立人が甲1以外の証拠方法として提示した甲2〜11にも、上記a(f)のような効果について記載も示唆もされていない。

(h)そうすると、本件発明1のリチウム二次電池用正極活物質に含まれるリチウム複合金属酸化物は、そもそも化学式1のような含有割合のタングステン(W)で、ニッケル(Ni)サイトの一部を置換した相違点1に係る特定事項を備えることによって奏する効果が、甲1〜甲11に記載された事項からでは予期できない異質な効果となっている。

b 相違点に関する検討のまとめ
以上のとおり、本件発明1は、甲1に記載された発明であるとはいえないし、甲1に記載された発明と甲1〜11に記載された事項とから、当業者が容易になし得たものともいえない。

ウ 本件発明2〜5、12〜13について
本件発明2〜5、12〜13は、本件発明1を直接又は間接的に引用するものであるが、上記イで述べたとおり、本件発明1が、甲1に記載された発明であるとはいえないし、甲1に記載された発明と甲1〜11に記載された事項とから、当業者が容易になし得たものともいえないから、本件発明1と同様に、甲1に記載された発明であるとはいえないし、甲1に記載された発明と甲1〜11に記載された事項とからも、当業者が容易になし得たものとはいえない。

エ 本件発明6について
(ア)本件発明6と甲1発明(方法)との一致点・相違点
a 甲1発明(方法)の「硫酸ニッケル」、「塩化コバルト」、「工程」、「リチウムイオン二次電池用正極活物質の前駆体」、「水酸化リチウム一水和物」、「リチウムニッケル複合酸化物」、及び「リチウムイオン二次電池用正極活物質」は、それぞれ本件発明6の「ニッケル(Ni)含有原料物質」、「コバルト(Co)含有原料物質」、「ステップ」、「正極活物質前駆体」、「リチウム原料物質」、「リチウム複合遷移金属酸化物」、及び「リチウム二次電池用正極活物質」に相当する。

b 甲1発明(方法)の「硫酸ニッケル、塩化コバルト、アルミン酸ソーダ(金属元素モル比でNi:Co:Al=82:15:3)の混合水溶液」は、ニッケル、コバルト、アルミニウムを含むから、本件発明6の「金属溶液」に相当する。

c 甲1発明(方法)において、水酸化ナトリウム水溶液を用いることで、混合水溶液から組成がNi0.82Co0.15Al0.03(OH)2のニッケル複合水酸化物粒子を「晶析させる」ことは、実質的に、甲1の【0085】に記載されるような撹拌を止めて静置することで沈殿が促される生成物を生成することであり、本件発明6の「共沈反応」に相当する。

d 甲1発明(方法)において、リチウム混合物を「750℃で20時間本焼成」することは、本件発明6において正極活物質前駆体とリチウム原料物質を混合したものを「700〜900℃の温度で焼成すること」に相当する。

e 甲1発明(方法)の「前記球状焼成粉末を室温で30分水洗する水洗工程」は、甲1の【0070】に「粒子表面の余剰リチウムを除去することにより、電解液と接触可能な表面積が増加して充放電容量を向上させる」と記載される目的で行われるものであり、本件発明6の「前記焼成されたリチウム複合遷移金属酸化物を水洗することで、リチウム遷移金属酸化物の表面に残留するリチウムタングステン酸化物を除去するステップ」とは、焼成されたリチウム複合遷移金属酸化物を水洗することで、リチウム遷移金属酸化物の表面に残留するリチウム化合物を除去するステップとなっている点において共通する。

f 上記a〜eより、本件発明6と甲1発明(方法)とは、以下の一致点及び相違点を有する。

<一致点2>
ニッケル(Ni)含有原料物質、コバルト(Co)含有原料物質を含む金属溶液を準備するステップと、
前記金属溶液を共沈反応させて正極活物質前駆体を製造するステップと、
前記正極活物質前駆体とリチウム原料物質を混合して700〜900℃の温度で焼成することで、リチウム複合遷移金属酸化物を製造するステップと、
前記焼成されたリチウム複合遷移金属酸化物を水洗することで、リチウム遷移金属酸化物の表面に残留するリチウム化合物を除去するステップと、を含む、
リチウム二次電池用正極活物質の製造方法。

<相違点3>
金属溶液を準備するステップで準備される金属溶液について、本件発明6は、「マンガン(Mn)含有原料物質、およびタングステン(W)含有原料物質」をも含むものであるのに対し、甲1発明(方法)は、これらの物質を含むものとは特定されていない点。

<相違点4>
正極活物質前駆体を製造するステップで製造される正極活物質前駆体の組成について、本件発明6は、
「[化学式2]
Ni1-x2-y2-z2Wz2Cox2M1y2(OH)2
前記化学式2中、0<x2≦0.2、0<y2≦0.2、0<z2≦0.2、0<x2+y2+z2≦0.2であり、M1は、Mnであるか、または、MnおよびAlである」
との「化学式2」で表されるものとなっているのに対し、甲1発明(方法)は、「Ni0.82Co0.15Al0.03(OH)2」を炭酸ナトリウム水溶液で洗浄した結果のものとなっている点。

<相違点5>
リチウム複合遷移金属酸化物を製造するステップで製造されるリチウム複合遷移金属酸化物について、本件発明6は、「ニッケル(Ni)サイトの一部がタングステン(W)で置換された」ものとなっているのに対し、甲1発明(方法)は、そのような特定がなされていない点。

<相違点6>
焼成されたリチウム複合遷移金属酸化物を水洗することで、リチウム遷移金属酸化物の表面に残留するリチウム化合物を除去するステップで除去されるリチウム化合物について、本件発明6は「リチウムタングステン酸化物」とされているのに対し、甲1発明(方法)は、そのような特定がなされていない点。

(イ)相違点に関する検討
a 相違点3〜5についての検討
事案に鑑み、上記(ア)fの相違点3〜5について、まとめて検討する。
(a)上記第4の1に摘記をした本件明細書【0008】の記載によれば、本件発明6が解決しようとする課題は、「高い焼成温度でも結晶サイズの急激な増大を抑制し、結晶性を向上させるとともに、リチウム副産物の残留量を減少させることで、優れた容量特性、寿命特性、抵抗特性、および高温安全性を実現することができるリチウム二次電池用正極活物質」の「製造方法」を提供することである。

(b)また、リチウム二次電池用正極活物質の製造方法に関する相違点3〜5に係る本件発明6の特定事項は、少なくとも相違点1に係る本件発明1の特定事項のように、リチウム複合遷移金属酸化物を「ニッケル(Ni)サイトの一部がタングステン(W)で置換された」組成とするために、いずれも必須の事項であって、上記(a)の課題を解決するための手段として一体不可分、かつ、本件発明6で製造されるリチウム二次電池用正極活物質のリチウム複合遷移金属酸化物が、上記以外の組成とならないための事項であるとも判断される。

(c)ここで、上記(b)のように、相違点1に係る本件発明1の特定事項と相違点3〜5に係る本件発明6の特定事項とが、「ニッケル(Ni)サイトの一部がタングステン(W)で置換された」リチウム複合遷移金属酸化物の組成に関し、技術的に密接に関連した関係にあることに鑑みると、上記イ(イ)a(a)のとおり、本件発明1の相違点1が甲1に記載された発明との実質的な相違点であることと同様に、本件発明6の相違点3〜5は甲1に記載された発明との実質的な相違点である。

(d)そして、本件発明6は、相違点3〜5に係る特定事項を有し、「700〜900℃の温度で焼成することで、ニッケル(Ni)サイトの一部がタングステン(W)で置換されたリチウム複合遷移金属酸化物を製造する」ことによって、上記イ(イ)a(f)の本件発明1の相違点1に係る特定事項によって奏される効果と同様、大きい粒径の正極活物質を製造するために焼成温度を高める際にも、結晶サイズが急激に大きくなることをより効果的に抑制し、結晶性の低下を防止することができるとともに、高容量の実現および抵抗改善の効果を向上させ、かつ、タングステンの溶出による容量低下および抵抗増加、ガス発生の問題を抑制するとの効果も得られることに加え、結晶サイズの制御もしやすくなる結果、「優れた容量特性、寿命特性、抵抗特性、および高温安全性を実現する」との課題の解決に資する効果が奏されるものであるから、上記イ(イ)a(g)及び(h)において検討したのと同様、かかる本件発明6の効果も、甲1〜甲11に記載された事項からでは予期できない異質な効果となっている。

b 相違点に関する検討のまとめ
そうすると、相違点6について検討するまでもなく、本件発明6は、甲1に記載された発明であるとはいえないし、甲1に記載された発明と甲1〜11に記載された事項とからも、当業者が容易になし得たものとはいえない。

オ 本件発明7〜11について
本件発明7〜11は、本件発明6を直接又は間接的に引用するものであるが、上記エで述べたとおり、本件発明6が、甲1に記載された発明であるとはいえないし、甲1に記載された発明と甲1〜11に記載された事項とから、当業者が容易になし得たものともいえないから、本件発明6と同様に、甲1に記載された発明であるとはいえないし、甲1に記載された発明と甲1〜11に記載された事項とからも、当業者が容易になし得たものともいえない。

カ 申立理由1(新規性進歩性)についてのまとめ
したがって、申立理由1(新規性進歩性)によっては、本件特許の請求項1〜13に係る特許を取り消すことはできない。

(2)申立理由3(サポート要件)について
ア サポート要件についての判断手法
特許請求の範囲の記載が、明細書のサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。

イ 本件発明に関するサポート要件の判断
上記アの判断手法を踏まえ、上記第4の1で抽出した本件明細書、すなわち、発明の詳細な説明に記載された事項を参照しながら、本件発明に関する特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合しているか否かについて検討する。

(ア)本件発明が解決しようとする課題
発明の詳細な説明に記載された本件発明が解決しようとする課題は、【0006】〜【0008】の記載を踏まえると、「高い焼成温度でも結晶サイズの急激な増大を抑制し、結晶性を向上させるとともに、リチウム副産物の残留量を減少させることで、優れた容量特性、寿命特性、抵抗特性、および高温安全性を実現することができる」「ニッケルコバルトマンガン系リチウム複合金属酸化物」を用いた「リチウム二次電池用正極活物質、その製造方法、およびそれを含むリチウム二次電池を提供すること」と認められる。

(イ)課題を解決するための手段
a ここで、【0006】、【0007】、【0019】及び【0036】の記載によれば、本件発明のリチウム二次電池用正極活物質は、ニッケルコバルトマンガン系リチウム複合金属酸化物の焼成時に結晶が急激に大きく成長し、電池容量および寿命特性が急激に低下するとの問題を解決するため、「タングステン(W)がリチウム複合遷移金属酸化物のニッケル(Ni)サイトの一部に置換されている」との特徴を備えることで、結晶サイズが急激に大きくなることを防止し、結晶サイズを制御しやすくすることで、高容量の実現および抵抗改善の効果を向上させていることが把握され、さらに、【0018】の記載によれば、かかる特徴を有するリチウム二次電池用正極活物質は「タングステン(W)を共沈反応によりドープさせることで、リチウム複合遷移金属酸化物のニッケル(Ni)サイトの一部にタングステン(W)が置換される」ことによって製造できることが示されている。

b また、【0041】の記載によれば、本件発明のリチウム二次電池用正極活物質は、水洗を行い、リチウム複合遷移金属酸化物の表面にリチウムタングステン酸化物として存在する水溶性タングステン(W)を除去することにより、残存するリチウムタングステン酸化物の含量を1000ppm以下とすることで、容量低下や高温安全性の低下を抑制できることが示されている。

c そして、上記(ア)の課題は、「高い焼成温度でも結晶サイズの急激な増大を抑制し、結晶性を向上させる」ことに関わる上記aの事項と、「リチウム副産物の残留量を減少させる」ことに関わる上記bの事項とに関し、以下要件を備えることで、優れた容量特性、寿命特性、抵抗特性、および高温安全性を実現し、解決することができるものと解される。

(a)ニッケルコバルトマンガン系リチウム複合金属酸化物を用いたリチウム二次電池用正極活物質およびそれを含むリチウム二次電池として、課題を解決する手段に必要な要件は、以下のとおりとなる。
[要件i]
タングステン(W)がリチウム複合遷移金属酸化物のニッケル(Ni)サイトの一部に置換されていること
[要件ii]
リチウム複合遷移金属酸化物の表面に残存するリチウムタングステン酸化物の含量が1000ppm以下であること

(b)また、ニッケルコバルトマンガン系リチウム複合金属酸化物を用いたリチウム二次電池用正極活物質の製造方法として、上記(ア)の課題を解決する手段に必要な要件は、以下のとおりとなる。
[要件iii]
リチウム複合遷移金属酸化物のニッケル(Ni)サイトの一部にタングステン(W)が置換するような共沈反応を用いること
[要件iv]
リチウム複合遷移金属酸化物の表面に残存するリチウムタングステン酸化物を水洗すること

d なお、発明の詳細な説明の【0100】〜【0130】(併せて図1及び図2も参照)には、タングステンのドープ、リチウムタングステン酸化物の残留量、結晶サイズおよび粒径の測定結果が【0117】の【表1】にまとめられる実施例1及び2並びに比較例1〜3が記載されている。
そして、以下に示す関係のとおり、上記cの要件i〜ivすべてを備える実施例1及び2は、少なくとも当該要件のいずれかを欠く比較例1〜3よりも、課題に関わる電池特性(少なくとも容量特性)に優れる結果が得られているから、当業者であれば、上記c(a)の要件i及びiiを備えるニッケルコバルトマンガン系リチウム複合金属酸化物を用いたリチウム二次電池用正極活物質、又は上記c(b)の要件iii及びivを備えるニッケルコバルトマンガン系リチウム複合金属酸化物を用いたリチウム二次電池用正極活物質の製造方法であれば、実施例1及び2の場合に限らず課題を解決することを合理的に理解できるといえる。

<実施例及び比較例における上記cの要件の適合性と電池特性との関係>
(a)実施例1及び2は、上記cの要件i〜ivのいずれも満たすものであり、優れた放電容量を示すものとなっている。また、このうち実施例2は、比較例1より2C放電末端プロファイル抵抗が改善した結果が得られており、さらに、比較例2より30サイクル充電時の抵抗増加率が著しく低い結果が得られている。
(b)また、比較例1は、ニッケル(Ni)サイトの一部にタングステン(W)を置換させていないものであって、少なくとも上記cの要件i及びiiiを満たすものではなく、実施例1及び2より放電容量が小さく、かつ、実施例2より2C放電末端プロファイル抵抗の特性が劣る結果になったとされている。
(c)また、比較例2は、ニッケル(Ni)サイトの一部にタングステン(W)を置換させた後に水洗を行っていないものであって、上記cの要件ii及びivを満たすものではなく、実施例1及び2より放電容量が小さく、かつ、実施例2より30サイクル充電時の抵抗増加率が著しく高い結果になったとされている。
(d)また、比較例3は、リチウム複合遷移金属酸化物のニッケル(Ni)サイトの一部にタングステン(W)が置換するような共沈反応を行わず、かつ、水洗も行っていないものであって、上記cの要件i〜ivのいずれをも満たすものではなく、実施例1及び2より放電容量が小さい結果になったとされている。

(ウ)本件発明についての特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合することについて
そして、本件発明1〜5、12、13は、上記(イ)c(a)の要件i及びiiを備えるニッケルコバルトマンガン系リチウム複合金属酸化物を用いたリチウム二次電池用正極活物質又はそれを用いた正極若しくはリチウム二次電池に関するものであるし、また、本件発明6〜11は、上記(イ)c(b)の要件iii及びivを備えるニッケルコバルトマンガン系リチウム複合金属酸化物を用いたリチウム二次電池用正極活物質の製造方法に関するものであるから、当業者が出願の技術常識に照らして発明の詳細な説明の記載により本件発明の課題を解決できると認識できる範囲のものということができる。
以上のとおりであるから、本件発明1〜13についての特許請求の範囲の記載は、サポート要件に適合するものである。

ウ 申立人の主張について
(ア)申立人は、上記第3の1(3)アの申立理由として、より具体的には、本件発明1〜5、12、13は、リチウム複合遷移金属酸化物の「結晶構造中のタングステン(W)の含量」が、本件明細書【0031】に「前記リチウム複合遷移金属酸化物において、結晶構造中のタングステン(W)の含量が10ppm未満である場合には、結晶サイズを制御しにくく、特に、高含量ニッケル(Ni)を含む大粒径の活物質は、結晶サイズが急激に増加して抵抗が大きくなり、容量が低下する恐れがある。また、結晶構造中のタングステン(W)の含量が5000ppmを超える場合には、Wの溶出によって容量低下および抵抗増加、ガス発生の問題があり得る。」との問題点が記載されている10ppm未満、及び5000ppmを超える場合に、本件発明の高含量ニッケルを含む正極活物質における作用効果が得られるとの記載はなく、また、実施例による実証もまったくなされていないため、発明の詳細な説明に記載された範囲を超えるものであって、本件発明1〜5、12、13についての特許請求の範囲の記載は、サポート要件に適合するものとはいえない旨を主張する。
しかしながら、発明の詳細な説明の記載から、本件発明のリチウム二次電池用正極活物質は、上記イ(イ)aのように「タングステン(W)がリチウム複合遷移金属酸化物のニッケル(Ni)サイトの一部に置換されている」との特徴が、焼成時に結晶が急激に大きく成長し、電池容量および寿命特性が急激に低下するとの問題を解決する、すなわち、高容量の実現および抵抗改善の効果を向上させるという、課題解決に資する作用をもたらすことを把握することができる上、申立人が主張するような、リチウム複合遷移金属酸化物において、結晶構造中のタングステン(W)の含量が10ppm未満、及び5000ppmを超える場合に、上記作用がもたらされない特段の事情が生ずるともいえない。
また、仮に、「タングステン(W)がリチウム複合遷移金属酸化物のニッケル(Ni)サイトの一部に置換されている」ことだけでは、焼成時に結晶が急激に大きく成長し、上記作用がもたらされない疑念があったとしても、本件発明1〜5、12、13は、別途「リチウム複合遷移金属酸化物の結晶サイズが100〜200nm」であることが請求項1の記載により特定され、焼成時に結晶が急激に大きく成長しているリチウム二次電池用正極活物質は排除されているといえるから、上記作用が否定されるものではない。
よって、申立人の主張は採用できない。

(イ)申立人は、上記第3の1(3)イの申立理由として、本件発明2、3、10、12、13は、リチウム複合遷移金属酸化物のニッケル(Ni)サイト置換タングステン(W)の含量が、作用効果が実証されていない10ppm以上2400ppm未満の範囲、及び2700ppmを超えて5000ppm以下の範囲にある場合を含むことまで、出願時の技術常識に照らしても、発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できるとはいえないため、本件発明2、3、10、12、13についての特許請求の範囲の記載は、サポート要件に適合するものとはいえない旨を主張する。
しかしながら、発明の詳細な説明の記載から、本件発明のリチウム二次電池用正極活物質は、上記イ(イ)aのように「タングステン(W)がリチウム複合遷移金属酸化物のニッケル(Ni)サイトの一部に置換されている」との特徴が、焼成時に結晶が急激に大きく成長し、電池容量および寿命特性が急激に低下するとの問題を解決する、すなわち、高容量の実現および抵抗改善の効果を向上させるという、課題解決に資する作用をもたらすことを把握することができる上、申立人が主張するような、リチウム複合遷移金属酸化物のニッケル(Ni)サイト置換タングステン(W)の含量が10ppm以上2400ppm未満の範囲、及び2700ppmを超えて5000ppm以下の範囲にある場合に、上記作用がもたらされない特段の事情があるともいえない。
また、仮に、「タングステン(W)がリチウム複合遷移金属酸化物のニッケル(Ni)サイトの一部に置換されている」ことだけでは、焼成時に結晶が急激に大きく成長し、上記作用がもたらされないという疑念が生ずるものだとしても、本件発明2、3、10、12、13は、別途「リチウム複合遷移金属酸化物の結晶サイズが100〜200nm」であることが請求項1の記載により特定され、焼成時に結晶が急激に大きく成長しているリチウム二次電池用正極活物質は排除されているといえるから、上記作用を否定することはできない。
よって、申立人の主張は採用できない。

(ウ)申立人は、上記第3の1(3)ウの申立理由として、より具体的には、本件明細書【0067】に「前記水洗を行う際に、純水の含量がリチウム複合遷移金属酸化物100重量部に対して50重量部未満である場合には、洗浄が不十分であるためリチウム副産物の除去が十分ではない。また、純水の含量が100重量部を超える場合には、結晶構造中のリチウムが水洗水に溶解される量が増加し得て、特に、ニッケルの含量が80mol%以上である高濃度ニッケルのリチウム複合遷移金属酸化物の場合、純水の含量が多すぎると、結晶構造中のリチウムが水洗水に溶解される量が著しく増加し、電池の容量および寿命の急激な低下が発生し得る。」との問題点が記載されているように、本件発明6〜10は、水洗を行う際の純水の含量が、リチウム複合遷移金属酸化物100重量部に対して50重量部未満、及び100重量部を超える場合に、発明の詳細な説明に記載された課題(本件明細書【0008】)を解決し得ないため、本件発明6〜10についての特許請求の範囲の記載は、サポート要件に適合するものとはいえない旨を主張する。
しかしながら、発明の詳細な説明の記載から、本件発明のリチウム二次電池用正極活物質の製造方法は、上記イ(イ)bのように「水洗を行い、リチウム複合遷移金属酸化物の表面にリチウムタングステン酸化物として存在する水溶性タングステン(W)を除去する」ことにより、残存するリチウムタングステン酸化物の含量が減り、容量低下や高温安全性の低下を抑制するとの課題解決に資する作用をもたらすことを把握することができる上、申立人が主張するような、水洗を行う際の純水の含量が、リチウム複合遷移金属酸化物100重量部に対して50重量部未満、及び100重量部を超える場合に、上記作用がもたらされない特段の事情が生ずるともいえない。
よって、申立人の主張は採用できない。

エ 申立理由3(サポート要件)についてのまとめ
したがって、申立理由3(サポート要件)によっては、本件特許の請求項1〜10、12、13に係る特許を取り消すことはできない。

第6 むすび
以上のとおり、当審の取消理由通知書及び特許異議申立書に記載した理由によっては、本件特許の請求項1〜13に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件特許の請求項1〜13に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。

 
異議決定日 2022-03-28 
出願番号 P2019-529180
審決分類 P 1 651・ 537- Y (H01M)
P 1 651・ 536- Y (H01M)
P 1 651・ 121- Y (H01M)
P 1 651・ 113- Y (H01M)
最終処分 07   維持
特許庁審判長 池渕 立
特許庁審判官 市川 篤
土屋 知久
登録日 2020-10-30 
登録番号 6786146
権利者 エルジー エナジー ソリューション リミテッド
発明の名称 リチウム二次電池用正極活物質、その製造方法、およびそれを含むリチウム二次電池  
代理人 実広 信哉  
代理人 渡部 崇  

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ