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審決分類 審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  C01B
審判 全部申し立て 2項進歩性  C01B
管理番号 1384145
総通号数
発行国 JP 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2022-05-27 
種別 異議の決定 
異議申立日 2021-07-12 
確定日 2022-04-13 
異議申立件数
事件の表示 特許第6811751号発明「ゴム補強充填用含水ケイ酸」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6811751号の請求項1ないし8に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6811751号の請求項1〜8に係る特許についての出願は、平成30年8月10日を出願日とする出願であり、令和2年12月17日にその特許権の設定登録がされ、令和3年1月13日に特許掲載公報が発行され、その後、全請求項(請求項1〜8)に係る特許について、同年7月12日に特許異議申立人エボニック オペレーションズ ゲーエムベーハー(以下、「異議申立人」という。)により、特許異議の申立てがなされ、同年10月26日付けで取消理由が通知され、その指定期間内である同年12月24日に特許権者より意見書の提出があり、令和4年1月5日付けで異議申立人に対し審尋がされ、その指定期間内である同年2月10日に異議申立人より回答書が提出されたものである。

第2 本件発明
請求項1〜8に係る発明(以下、各請求項に係る発明及び特許を項番に対応して「本件発明1」、「本件特許1」などといい、併せて「本件発明」、「本件特許」ということがある。)は、本件特許の特許請求の範囲の請求項1〜8に記載された事項により特定される以下のとおりのものである。
「【請求項1】
BET比表面積が230〜350m2/gであり、
4重量%に調整した含水ケイ酸スラリー50mlを出力140Wの超音波ホモジナイザーで10分間分散した後の、レーザー回折法で測定した体積平均粒子径(D50)が3.0μm以下であり、かつ粒度分布における上位10%の粒子(D90)が10.0μm以下であることを特徴とするゴム補強充填用含水ケイ酸。
【請求項2】
水銀圧入法で測定した細孔半径1.9〜100nmの範囲の細孔容積が1.40〜2.00cm3/gの範囲である、請求項1記載の含水ケイ酸。
【請求項3】
水銀圧入法で測定した細孔半径100〜1,000nmの範囲の細孔容積が0.50〜1.00cm3/gの範囲である、請求項1〜2のいずれか記載の含水ケイ酸。
【請求項4】
水銀圧入法で測定した細孔半径1.6〜62μmの範囲の細孔容積が0.18〜0.80cm3/gの範囲であり、
水銀圧入法で測定した10〜400kPaの範囲のヒステリシス細孔容積差が0.07cm3/g以上である、請求項1〜3のいずれか記載の含水ケイ酸。
【請求項5】
目開き200μmのふるいで分級したときの残分量が、全体の70重量%以上であり、かつ粒子硬度が5〜35cNの範囲である、請求項1〜4いずれか記載の含水ケイ酸。
【請求項6】
CATB比表面積が200〜350m2/gの範囲である、請求項1〜5いずれか記載の含水ケイ酸。
【請求項7】
4重量%スラリーのpHが5〜8の範囲であり、そのスラリーの濾液の電気伝導度が1,000μS/cm未満であり、含水率が9%未満である、請求項1〜6いずれか記載の含水ケイ酸。
【請求項8】
成形体である、請求項1〜7いずれか記載の含水ケイ酸。」

第3 令和3年10月26日付けで通知した取消理由及びこの取消理由において採用しなかった異議申立人による特許異議の申立理由の概要
1 令和3年10月26日付けで通知した取消理由の概要
(1)特許法第29条第1項所定の規定違反(新規性欠如)(以下、「取消理由1」という。)
本件発明1、2、7、8は、下記3に記載の甲第1号証に記載された発明であって、特許第29条第1項第3号に該当するから、その特許は、特許法第29条第1項の規定に違反してされたものである。

(2)特許法第29条第2項所定の規定違反(進歩性欠如)(以下、「取消理由2」という。)
本件発明1、2、6〜8は、下記3に記載の甲第1号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、その特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。

2 取消理由において採用しなかった異議申立人による特許異議の申立理由の概要
(1)特許法第29条第1項所定の規定違反(新規性欠如)(以下、「申立理由1」という。)
本件発明3〜6は、下記3に記載の甲第1号証に記載された発明であって、特許第29条第1項第3号に該当するから、その特許は、特許法第29条第1項の規定に違反してされたものである。

(2)特許法第29条第2項所定の規定違反(進歩性欠如)(以下、「申立理由2」という。)
本件発明3〜5は、下記3に記載の甲第1号証に記載された発明及び甲第2、3号証に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、その特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。

3 異議申立人が提出した証拠方法一覧
甲第1号証:特表2005−534609号公報
甲第2号証:異議申立人による実験成績証明書(甲第1号証の対応米国特許の例2の再製造)
甲第3号証:特開平11−228125号公報
(以下、甲各号証を単に「甲1」などという。


第4 当審の判断
1 取消理由1(特許法第29条第1項第3号新規性欠如))、取消理由2(特許法第29条第2項進歩性欠如))、申立理由1(特許法第29条第1項第3号新規性欠如))及び申立理由2(特許法第29条第2項進歩性欠如))について
事案に鑑み、取消理由1(特許法第29条第1項第3号新規性欠如))、取消理由2(特許法第29条第2項進歩性欠如))、申立理由1(特許法第29条第1項第3号新規性欠如))及び申立理由2(特許法第29条第2項進歩性欠如))を併せて判断する。

(1)甲1〜3に記載の事項
ア 甲1の記載事項(当審注:「…」は省略を表す。以下、同様である。)
(1a)「【請求項1】
BET表面積170〜380m2/g、CTAB表面積≧170m2/g、DBP数305〜400g/(100g)、シアーズ数V2 23〜35ml/(5g)を特徴とする、沈降珪酸。

【請求項13】
請求項1から4までのいずれか1項に記載の沈降珪酸を含有する、エラストマー混合物、加硫性ゴム混合物及び/又は加硫ゴム。
【請求項14】
請求項1から4までのいずれか1項に記載の沈降珪酸を含有する、タイヤ。」

(1b)「【0009】
PKWタイヤ中に使用される珪酸をLKWタイヤ、オートバイタイヤ及びPKW用高速タイヤ中に使用するためには、異なる要求プロフィールによって不適当であることが判明している。従って、本発明の課題は、特にこれらの車輌に合わせた特性値プロフィールを有する沈降珪酸を提供することであった。表面積を高めたタイヤ充填剤として活性炭を使用する場合に、タイヤの補強、従って耐摩耗性の改善が達成されることは当業者に公知である。高い表面積(CTAB表面積>130m2/g)を有するカーボンブラックの使用は、このように充填された混合物中の著しく増大された熱形成(DIN53535もしくはこのDINに挙げられる参考文献により記載され、そして測定可能なヒステリシス挙動)に基づき、制限されている。
【0010】
さて、高いCTAB表面積を有する沈降珪酸が、業務用車輌タイヤ、オートバイタイヤ及び高速PKW用タイヤ用のエラストマー混合物中の充填剤として非常に好適であることを見出した。
【0011】
従って本発明の目的は、BET表面積170〜380m2/g、CTAB表面積≧170m2/g、DBP数305〜400g/(100g)及びシアーズ数V223〜35ml/(5g)を有する沈降珪酸である。
【0012】
本発明による珪酸を充填剤として使用する場合に著しく低下したヒステリシスにより、カーボンブラックで高いヒステリシスのために不可能である表面も実現され、従って耐摩耗性の改善がもたらされる。
【0013】
本発明による沈降珪酸は、最高CTAB表面積300m2/g、特にCTAB表面積170〜220m2/g又は245〜300m2/gを有することができる。
【0014】
本発明による沈降珪酸は、各々無関係に下記の有利な範囲の特性を有することができる:
DBP吸収 335〜380g/(100g)、特に335〜360g/(100g)
WK係数 ≦3.4、有利には≦3.0、特に≦2.5
シアーズ数V2 23〜35、有利には26〜35、特に30〜35ml/(5g)
BET 170〜350m2/g、有利には200〜300m2/g、特に200〜250m2/g。
【0015】
WK係数は、超音波により分解不可能な大きさ範囲1.0〜100μmの粒子のピーク高対分解された大きさ範囲<1.0μmの粒子のピーク高の比として定義される(図1参照)。」

(1c)「【0043】
本発明による珪酸をエラストマー混合物、タイヤ又は加硫性ゴム混合物中に、補強充填剤として、ゴム100部に対して5〜200部の量で、粉末、球状生成物又は顆粒として、シラン変性を実施又はシラン変性せずに、混入することができる。ゴム混合物及びエラストマー混合物は、本発明の範囲では同等のものとしてみなす。

【0056】
本発明による高分散性で高表面積の珪酸は、それがゴム加硫物に、その高いCTAB−表面積に基づく改善された摩耗抵抗を提供する利点を有する。更に、その乾燥取り扱い性は、0℃及び60℃におけるその高い動的剛性に基づき改善されており、その転がり抵抗(低いtan δ(60℃)−値により示される)は低い。カーボンブラックと類似して、この本発明による高分散性の高表面積の珪酸を使用するとチップ及びカット特性(Cut & Chip Verhaltes)及びチャンキング特性の改善が達成される(定義及びその他の構成は、Tire Tech 2003 ハンブルク Dr.W.Niedermeier著における“New insights into the tear mechanism”及びその参考文献を参照)。」

(1d)「【0084】
WK係数の測定:レーザ回折による凝集物粒度分布

【0085】
実施
測定開始前に、レーザ回折装置LS230(Coulter社)及び送液モジュール(超音波フィンガーCV181が組み込まれたLS可変速送液モジュールプラス(LS Variable Speed Fluid Module Plus)、Coulter社)を2時間加温させ、そして該モジュールを(メニューリスト“コントロール/すすぎ”)10分間すすぐ。装置ソフトウェアのコントロールバーで、メニューポイント“測定”を介してデータウインドウ“光学モデルを計算する”を選択し、そして計算指数をrfdデータに以下の通り固定する:液体計算指数B.I実部=1.332;材料計算指数実部=1.46;虚部=0.1。データウインドウ“測定サイクル”で、ポンプ速度の出力を26%に調整し、そして組み込まれた超音波フィンガーCV181の超音波出力を3に調整する。超音波のポイント“試料添加の間”、“各測定の10秒前”及び“測定の間”をアクティブにすべきである。前記のデータウインドウにおいて以下のポイントを選択する:オフセット測定、調整、バックグラウンド測定、測定濃度の調節、試料情報の入力、測定情報の入力、2回測定の開始、自動すすぎ、PIDSデータで。

【0088】
生データカーブから、そのソフトウェアは、Mie理論及び光学モデルパラメータを考慮して容量分布を基礎として粒度分布を計算する。一般に、0〜1μmのモードA(約0.2μmで最大)及び1〜100μmのモードB(約5μmで最大)を有する二峰性の分布カーブが見出される。図1によればそこからWK係数を測定でき、これは6つの個別測定からの平均値として示される。」

(1e)「【0103】
例2
プロペラ型撹拌装置及び二重壁加熱装置を備えたステンレス鋼製の反応器中に、1415lの水並びに0.67kgの水ガラス(密度1.348kg/l、SiO227.3%、Na2O 7.99%)を前装入する。引き続き56℃で45分かかって4.715kg/分の水ガラス及び約0.598kg/分の硫酸(密度1.84kg/l、96%H2SO4)を配量添加する。この硫酸配量を、反応媒体において9.0のpH値(室温で測定して)となるように制御される。原料の添加を60分間中断し、その温度を保持し、次いで更に80分間にわたり4.715kg/分の水ガラス及び0.598kg/分の硫酸を添加する。硫酸配量を再び、反応媒体が9.0のpH(室温で測定して)となるように調節する。水ガラスの添加を停止し、そして硫酸をpHが3.3(室温で測定して)に達するまで供給する。
【0104】
得られた懸濁液を常法で濾過し、水で洗浄する。固体含有率21%を有する濾過ケークをスピンフラッシュ乾燥機で乾燥させ、造粒する。
【0105】
得られた粉末状の生成物は、BET表面積250m2/g、CTAB表面積190m2/g、DBP吸収313g/(100g)、シアーズ数V2 25.2ml/(5g)及び導電率480μS/cmを有する。」

(1f)「【図1】



イ 甲2の記載事項
申立人が提出した、実験成績証明書には、以下の事項が記載されている(当審注:日本語訳は、申立人が提出した甲第2号証の抄訳文を参考にした。)。






(日本語訳:
米国特許第7628971号明細書(甲第1号証の対応米国特許)の例2の再製造
この文章は、米国特許第7628971号明細書の例2の再製造の実験の記述である(TV14904)。
プロペラ型撹拌装置及び二重壁加熱装置を備えたステンレス鋼製の反応器中に、1426 lの水並びに0.67kgの水ガラス(密度1.343kg/l、SiO2 27%、Na2O 8%)を装入した。56℃で45分間、撹拌しながら、4.711kg/分の水ガラス及び約0.598kg/分の硫酸(密度1.84kg/l、96%H2SO4)を添加した。この硫酸は、反応媒体において9.0のpH値(室温で測定して)が維持されるように添加する。原料の添加を60分間中断し、特定の温度を保持し、次いで更に80分間にわたり4.715kg/分の水ガラス及び約0.598kg/分の硫酸を添加する。この硫酸を再び、反応媒体が9.0のpH(室温で測定して)となるように添加する。水ガラスの添加を停止し、そして硫酸をpHが3.3(室温で測定して)に達するまで添加する。得られた懸濁液を常法で濾過し、水で洗浄する。固体含有率21%を有する濾過ケークをスピンフラッシュ乾燥機で乾燥させ、造粒する。

このようにして得られた粉末状の生成物は、BET表面積253m2/g、(国際公開2020/031523号に従って測定して)d50=1.15μm、d90=4.51μm、およびV(水銀圧入法で測定した細孔半径1.9〜100nmの範囲の細孔容積)=1.62cm3/gを有する。

分析証明書
TV 14904 T 0906−21132
pH値(水中で5重量%の沈降珪酸) 6.6
ストンプ密度 163 g/l
N2 BET表面積 253 m2/g
105℃で2時間乾燥後の水分ロス 5.80 %
電気伝導度(水中で4重量%の沈降珪酸) 250 μS/cm
CTAB表面積 188 m2/g)

ウ 甲3の記載事項
(3a)「【請求項1】 窒素吸着法により測定した比表面積(SBET)とセチルトリメチルアンモニウムブロマイド吸着法により測定した比表面積(SCTAB)との比(SBET/SCTAB)が1.4〜2.0で、かつSCTABが170〜250m2/g、さらに水銀圧入法により測定した細孔半径37〜1000オングストロームの範囲の細孔の容積が1.0〜1.4cc/gであることを特徴とする含水ケイ酸。
【請求項2】 ケイ酸アルカリ溶液と鉱酸との中和反応において、含水ケイ酸の核析出を確認した後に、反応系の温度を85〜100℃の温度に維持し、次いで40〜75℃へ降下して中和反応を行うことを特徴とする含水ケイ酸の製造方法。」

(3b)「【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、エラストマー補強材、特に合成ゴム(以下、単に「ゴム」と略す)に適した新規な含水ケイ酸及びその製造方法に関する。」

(3c)「【0008】
【発明が解決しようとする課題】従来の知見から、含水ケイ酸の比表面積を小さくするとエネルギー損失が小さくなることが判っていたが、この場合、含水ケイ酸とゴム分子との相互作用が小さくなるためにタイヤ用ゴムとして重要な特性である貯蔵弾性率が低下してしまう問題があった。つまり、低エネルギー損失と大きな貯蔵弾性率は二律背反する特性であった。
【0009】そこで本発明は、エラストマー、特に合成ゴム補強材として用いられたときエネルギー損失を低く抑えるとともに貯蔵弾性率を大きくする含水ケイ酸及びその製造方法を提供することを目的としている。」

(3d)「【0012】
【発明の実施の形態】本発明において、含水ケイ酸のSBET/SCTABは1.4〜2.0である。これは、含水ケイ酸がゴム中に練り込まれるとき過度に分散し過ぎないように含水ケイ酸凝集体の凝集力を適度に調節する条件として重要であり、本発明最大の特徴である。ここで、含水ケイ酸凝集体の凝集力はその比表面積で判断できる。一般に、ゴム補強用含水ケイ酸の比表面積は、BET比表面積とCTAB比表面積との二種で表される。前者は直径約0.4nmの窒素分子を吸着種として使用するので微粒子の表面をも測定し、これに対して後者はCTAB分子が大きいため該微粒子の表面までは含まない一次粒子の表面を測定する。ここで、微粒子とは1nm前後の粒子径を有する析出したばかりの粒子の意味で、また一次粒子とは10nm前後の粒子径まで成長した粒子の意味で使用している。このように、測定できる下限の粒子径が異なるので、両者の比をとったとき、SBET/SCTABが1に近い程、微粒子が少ない均一な粒子を有する含水ケイ酸となり、一方、SBET/SCTABが1より大きければ大きい程、微粒子が多い不均一な含水ケイ酸であると言える。この微粒子の量が分散に影響し、SBET/SCTABが1.4未満では、微粒子の量がまだ不十分なのでゴム中へ練り込まれるとき凝集構造が細かく破壊され分散が過度に進行してしまうため、ゴム物性のエネルギー損失が大きくなり、本発明の目的を達成することが出来ない。一方、SBET/SCTABが2.0を超えると微粒子量が相対的に多くなり、微粒子によって形成された強固な凝集体がゴム中へ練り込まれるとき大きい凝集粒子径のまま残存してゴムが凝集体構造中に内部まで入り込めないのでゴム物性の補強性が大きく低下する。さらに好ましいSBET/SCTABの範囲は、1.4〜1.8である。」

(3e)「【0025】発明の含水ケイ酸の代表的な製造方法は、ケイ酸アルカリと鉱酸との中和反応において、予め所定の濃度に調製されたケイ酸アルカリ溶液に液中のアルカリ濃度が一定となるように攪拌しながらケイ酸アルカリ溶液及び鉱酸を同時に添加する方法(反応I)、あるいは所定の濃度に調製されたケイ酸アルカリ溶液に鉱酸を添加する方法(反応II)のいずれかの方法、あるいは反応Iと反応IIを組み合わせた方法が好適に採用できる。
【0026】使用するケイ酸アルカリとしては、ケイ酸ナトリウムまたはケイ酸カリウムが挙げられるが、そのうち、ケイ酸ナトリウムが一般的であり、SiO2/Na2Oのモル比は2.0〜3.5の範囲とすることが適当である。通常の市販のケイ酸ナトリウム溶液を用いることができ、反応に使用するときの濃度はSiO2濃度で表示した場合、5〜200g−SiO2/Lまで水で希釈することが望ましい。また、SiO2に対してAl2O3が0.1〜1.0重量%−Al2O3/SiO2の濃度で含まれているケイ酸ナトリウム溶液を用いることもできる。
【0027】また、上記鉱酸としては、硫酸または塩酸が好適に使用できる。中でも、一般的に用いられるのは硫酸であり、200〜250g−H2SO4/Lの濃度に水で希釈して用いるのが好ましい。」

(2)甲1に記載された発明
前記(1)ア(1a)及び(1c)の記載によれば、甲1には、エラストマー混合物、タイヤ又は加硫性ゴム混合物中に、補強充填剤として混入することができる沈降珪酸が記載されているところ、上記沈降珪酸の具体例として、前記同(1e)には、例2の沈降珪酸が記載されているから、甲1には、エラストマー混合物、タイヤ又は加硫性ゴム混合物中に、補強充填剤として混入することができる例2の沈降珪酸として、以下の発明(以下、「甲1発明」という。)が記載されているといえる。

<甲1発明>
「エラストマー混合物、タイヤ又は加硫性ゴム混合中に補強充填剤として混入することができ、
プロペラ型撹拌装置及び二重壁加熱装置を備えたステンレス鋼製の反応器中に、1415lの水並びに0.67kgの水ガラス(密度1.348kg/l、SiO227.3%、Na2O 7.99%)を前装入し、引き続き56℃で45分かかって4.715kg/分の水ガラス及び約0.598kg/分の硫酸(密度1.84kg/l、96%H2SO4)を配量添加し、この硫酸配量を、反応媒体において9.0のpH値(室温で測定して)となるように制御し、原料の添加を60分間中断し、その温度を保持し、次いで更に80分間にわたり4.715kg/分の水ガラス及び0.598kg/分の硫酸を添加し、硫酸配量を再び、反応媒体が9.0のpH(室温で測定して)となるように調節し、水ガラスの添加を停止し、そして硫酸をpHが3.3(室温で測定して)に達するまで供給して得られた懸濁液を常法で濾過し、水で洗浄し、固体含有率21%を有する濾過ケークをスピンフラッシュ乾燥機で乾燥させ、造粒して得られた粉末状の、BET表面積250m2/g、CTAB表面積190m2/g、DBP吸収313g/(100g)、シアーズ数V2 25.2ml/(5g)及び導電率480μS/cmを有する、沈降珪酸。」

(3)本件発明1について
ア 対比
本件発明1と甲1発明とを対比すると、甲1発明の「沈降珪酸」は、本件発明1の「含水ケイ酸」と、「ケイ酸」の限りにおいて一致するから、甲1発明における「エラストマー混合物、タイヤ又は加硫性ゴム混合中に補強充填剤として混入する」「沈降珪酸」は、本件発明1の「ゴム補強充填用」「ケイ酸」に相当する。また、甲1発明の「BET表面積250m2/g」は、本件発明1の「BET比表面積が230〜350m2/g」に包含される。
そうすると、本件発明1と甲1発明とは、「BET比表面積が230〜350m2/gである、ゴム補強充填用ケイ酸。」の点で一致し、以下の点で相違する。

<相違点1>
本件発明1の「ケイ酸」は、「4重量%に調整した含水ケイ酸スラリー50mlを出力140Wの超音波ホモジナイザーで10分間分散した後の、レーザー回折法で測定した体積平均粒子径(D50)が3.0μm以下であり、かつ粒度分布における上位10%の粒子(D90)が10.0μm以下である」との特定を有しているのに対し、甲1発明の「沈降珪酸」においては、そのような特定がなされていない点。

<相違点2>
本件発明1の「ケイ酸」は、「含水ケイ酸」であるのに対し、甲1発明の「沈降珪酸」は、「含水ケイ酸」であるか否か不明な点。

イ 判断
上記相違点1について検討する。
甲1には、沈降珪酸の4重量%に調整した含水ケイ酸スラリー50mlを出力140Wの超音波ホモジナイザーで10分間分散した後の、レーザー回折法で測定した体積平均粒子径(D50)及び粒度分布における上位10%の粒子の粒子径(D90)に関する記載はないから、相違点1は実質的な相違点である。
次に、甲1発明において、相違点1に係る構成が、当業者にとって容易に想到し得るものであるか否かについて検討する。
本件明細書の記載によれば、【背景技術】において、「ゴム補強性能を向上させる含水ケイ酸の主な因子としては、(1) BET比表面積が高いこと、及び(2)分散性が良好であること」(【0004】)が知られているが、「BET比表面積が高くなるほど一次粒子は小さくなり表面のシラノール基同士が水素結合によって密に凝集し凝集力が強くなることも知られている。一方、ゴム補強充填用含水ケイ酸の場合、比表面積を高くすることも重要だが、同時に、分散性が向上するほどゴム補強性能が増す。そのため、凝集力は弱い方が好ましい」(【0004】)ことも知られており、BET比表面積を高めることと分散性を高めることは、お互い相反するため両立することが困難であることが認識されていたと理解できる。
そして、本件明細書の【発明が解決しようとする課題】には、先行技術においても、「補強性、特に耐摩耗性を更に向上させることは勿論のこと、ゴム中への分散性が良く、混練作業の際には作業性の良い含水ケイ酸」(【0010】)を得ることを目的にしたものが報告されているが、先行技術の含水ケイ酸においては、依然として望ましい性質のものが得られておらず、「比較的高いBET比表面積(例えば、230m2/g以上)を有するゴム補強充填用含水ケイ酸であって、ゴム中への分散性が改良され、耐摩耗性が更に向上し、かつハンドリング性能の向上した含水ケイ酸の開発が求められている」(【0012】)との問題が依然として存在していたことが理解できる。
このような従来からの問題を受け、本件発明1では、「ゴムへの配合の際のハンドリング性能が向上し、ゴム中への分散性が改良され、かつ配合したゴムにおいて、ゴム補強性能として所望の引裂強さ及び耐摩耗性を有する、ゴム補強充填用含水ケイ酸を提供すること」(【0013】)、言い換えれば「BET比表面積により得られるゴム補強性能に加えて、含水ケイ酸のゴム中への分散性が改良されることで性能が付加されるゴム補強性能、特に耐摩耗性を有する含水ケイ酸を提供すること」(【0014】)を発明の課題とするものと認められる。
本件発明1においては、上述の課題を解決するために、「本発明者らは、ゴム中への混合分散の際の機械的エネルギー量と、実際にゴムに分散したときの含水ケイ酸の分散状態の測定から、含水ケイ酸をゴム中に分散したときの分散状態は、4重量%に調整した含水ケイ酸スラリー50mlを出力140Wの超音波ホモジナイザーで10分間分散した後の、レーザー回折法で測定した体積粒度分布に近似できることを見出し、さらにこの条件で測定した体積平均粒子径(D50)が3.0μm以下であり、かつこの条件で測定した粒度分布における上位10%の粒子(D90)が10.0μm以下である含水ケイ酸が、本発明の課題を解決できる含水ケイ酸であることを見出し」(【0022】)ており、十分な補強性が得られるBET比表面積の範囲を230〜350m2/gに特定するだけでなく、ゴム中に含水ケイ酸が分散した状態を適切に把握できる「4重量%に調整した含水ケイ酸スラリー50mlを出力140Wの超音波ホモジナイザーで10分間分散した後の、レーザー回折法で測定した体積粒度分布」という分散性を評価する新たな測定条件を見出している。そして、本件発明1においては、当該測定条件のもと、「体積平均粒子径(D50)が3.0μm超である場合、含水ケイ酸がゴム中に十分に粉砕混合されていないことを示す。…粒度分布における上位10%の粒子(D90)が10.0μm超である場合は、未分散の凝集物の存在を示す。」といった体積粒度分布の好適な範囲を見出している。そうすると、上記相違点1に係る本件発明1の構成は、ゴム中に含水ケイ酸が分散した状態を適切に把握できる条件において、含水ケイ酸の分散性を良好にするためには粒子径が小さいことが必要であることを示すものである。
一方、甲1の上記(1)ア(1b)の【0009】には、発明の課題として、「PKWタイヤ中に使用される珪酸をLKWタイヤ、オートバイタイヤ及びPKW用高速タイヤ中に使用するためには、異なる要求プロフィールによって不適当であることが判明している。従って、本発明の課題は、特にこれらの車輌に合わせた特性値プロフィールを有する沈降珪酸を提供すること」が記載されている。そして、甲1発明は、「表面積を高めたタイヤ充填剤として活性炭を使用する場合に、タイヤの補強、従って耐摩耗性の改善が達成されること」(【0009】)との従来からの知見、及び、「沈降珪酸」を充填剤として用いる場合に、高いCTAB表面積の珪酸がゴム加硫物の耐摩耗性を改善する(【0056】)との知見に基づいて、「業務用車輌タイヤ、オートバイタイヤ及び高速PKW用タイヤ用のエラストマー混合物中の充填剤」(【0010】)として好適な沈降珪酸を提供するものである。
しかしながら、甲1発明は、業務用車輌タイヤ、オートバイタイヤ及び高速PKW用タイヤ用のエラストマー混合物において、タイヤの耐摩耗性の改善に主眼をおくものであり、そのために、高いCTAB表面積の沈降珪酸に着目したものであって、本件発明1のように、沈降珪酸の分散性を考慮し沈降珪酸の体積粒度分布を制御することに着目したものではない。そうすると、甲1は、沈降珪酸の分散性を向上させるため、レーザー回折法で測定した体積粒度分布を制御することを動機付けるものとはいえない。
よって、甲1発明において、相違点1に係る構成を採用することは、当業者にとって容易であるとはいえない。
なお、甲1には、沈降珪酸の粒子径に関連する記載として、WK係数に関する記載を見つけることができ、具体的には、「WK係数は、超音波により分解不可能な大きさ範囲1.0〜100μmの粒子のピーク高対分解された大きさ範囲<1.0μmの粒子のピーク高の比として定義され」(【0015】)、「沈降珪酸が、wk係数(超音波により分解不可能な大きさ範囲1.0〜100μmの粒子のピーク高対分解された大きさ範囲<1.0μmの粒子のピーク高の比)≦3.4を有する」(【請求項3】)と記載されている。これらの記載から、甲1発明において、1.0〜100μmの粒子のピーク高は、大きさ範囲<1.0μmの粒子のピーク高に対し、最大で3.4倍であるものも許容されると理解できる。さらに、甲1の上記(1)ア(1d)の【0088】には、WK係数の測定に関する記載として、「生データカーブから、そのソフトウェアは、Mie理論及び光学モデルパラメータを考慮して容量分布を基礎として粒度分布を計算する。一般に、0〜1μmのモードA(約0.2μmで最大)及び1〜100μmのモードB(約5μmで最大)を有する二峰性の分布カーブが見出される。図1によればそこからWK係数を測定でき、これは6つの個別測定からの平均値として示される。」と記載され、1〜100μmの範囲では、約5μmに最大ピークを示すことが述べられている。
一方で、本件明細書の図1に示された出力140Wの超音波ホモジナイザーで10分間分散した後の粒度分布図においては、0.1μm付近に粒子径の最大ピークが観測され、10μm付近に非常に低い粒子径のピークがみてとれることを考慮すると、甲1のWK係数で表される粒度分布は、本件発明1のものよりも大きい分布を対象としているといえるから、WK係数に関する甲1の記載をみたとしても、結局のところ、甲1には、本件発明1の相違点1に係る構成を採用する動機付けとなるような記載は存在しないというべきである。
そうすると、相違点1に係る本件発明1の事項は、当業者が容易に想到し得るものであるとはいえない。また、上記容易想到性の判断は、提出されている他の証拠をみても、かわりはない。

ウ 異議申立人の主張について
異議申立人は、甲2には、甲1の対応米国特許である米国特許第7628971号明細書の例2に記載された沈降珪酸を再製造し、製造された沈降珪酸を本件特許に対応する国際特許出願の国際公開公報である国際公開2020/031523号に従って測定したものが記載されており、その再製造し得られた沈降珪酸は、BET表面積が253m2/gであり、「4重量%に調整した含水ケイ酸スラリー50mlを出力140Wの超音波ホモジナイザーで10分間分散した後の、レーザー回折法で測定した体積平均粒子径(D50)」が1.15μmであり、「粒度分布における上位10%の粒子(D90)」が4.51μmである、と主張する。
そこで、以下、甲1の例2の記載が、甲1の例2により製造された沈降珪酸の粒度分布(D50、D90)を再現する上で、適切なものであるのかを検討すると、甲1の例2には、沈降珪酸の物性に影響があると思われる種々の製造条件が記載されていない。具体的には、甲1の例2には、工程全体を通して「撹拌条件」が記載されていない。また、甲1の例2に「原料の添加を60分間中断し、その温度を保持し、次いで更に80分間にわたり4.715kg/分の水ガラス及び0.598kg/分の硫酸を添加する」との記載があるが、「その温度」が何度であるのか不明である。さらに、甲1の例2には、「次いで更に80分間にわたり4.715kg/分の水ガラス及び0.598kg/分の硫酸を添加する」工程における温度条件も記載されておらず、そのほか、濾過条件、乾燥条件及び造粒条件も記載されていない。また、上記イでも述べたとおり、甲1は、CTAB表面積を大きくすることを主眼としたものであるから、沈降珪酸の粒度分布に影響があると思われる各種の製造条件が記載されておらず、また、得られた沈降珪酸の粒度分布に関する評価もなされていない。よって、甲1の例2は、甲1の例2により製造された沈降珪酸の粒度分布(D50、D90)を追試する上で、十分な記載となっていないといえる。
さらに、甲1の例2の記載は、製造された沈降珪酸の粒度分布(D50、D90)を追試する上で適切なものではないが、一応、甲2の記載についても検討すると、甲1の例2に記載されていない製造条件は甲2においても同様に記載されておらず、実際にどのように甲1の例2に記載されていない製造条件を甲2において設定したのか不明である。そして、この点を含む甲2の証拠方法としての不適格性等が令和3年12月24日に権利者から提出された意見書において指摘され、令和4年1月5日付けで「甲2の証拠方法としての不適格性等について」意見を求める審尋が異議申立人に対してされたが、令和4年2月10日に異議申立人より提出された回答書において、甲2で実際に採用された甲1の例2に記載されていない製造条件を示す何らの証拠も提出されず、また、提出できないことを納得させる説明もなされなかった。
以上を総合的に勘案すると、甲1の例2の記載は、甲1の例2で製造された沈降珪酸の粒度分布(D50、D90)を追試する上で適切なものではないから、甲1の例2の記載に基づき沈降珪酸の粒度分布(D50、D90)を追試することは適切であるとは認められず、さらに、甲1の例2を再現したとされる甲2も同様に、甲1の例2により製造された沈降珪酸の粒度分布(D50、D90)を追試するための再現実験として適切なものとは認められない。

エ 小括
以上のとおり、少なくとも上記相違点1は実質的な相違点であるし、また、上記相違点1に係る本件発明1の事項は、当業者が容易に想到し得るものであるとはいえないから、他の相違点について判断するまでもなく、本件発明1は、甲1発明ではないし、甲1発明及び甲2、3に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるともいえない。

(4)本件発明2〜8について
本件発明2〜8は、「含水ケイ酸」に係る発明であるが、いずれの発明も発明特定事項に、少なくとも本件発明1の「含水ケイ酸」に係る事項を含むものであるから、本件発明1が、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない以上、本件発明2〜8も、甲1発明ではないし、甲1発明及び甲2、3に記載の事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるともいえない。

(5)取消理由1及び2、申立理由1及び2に関するまとめ
以上のとおり、本件発明1〜8に係る特許は、特許法第29条第1項第3号又は同法同条第2項の規定に違反してされたものではない。
したがって、取消理由1及び2、申立理由1及び2には理由がない。

第5 むすび
以上のとおりであるから、取消理由通知に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した特許異議申立理由によっては、本件請求項1〜8に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件請求項1〜8に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2022-03-31 
出願番号 P2018-151034
審決分類 P 1 651・ 113- Y (C01B)
P 1 651・ 121- Y (C01B)
最終処分 07   維持
特許庁審判長 原 賢一
特許庁審判官 金 公彦
大光 太朗
登録日 2020-12-17 
登録番号 6811751
権利者 東ソー・シリカ株式会社
発明の名称 ゴム補強充填用含水ケイ酸  
代理人 アインゼル・フェリックス=ラインハルト  
代理人 太田 顕学  
代理人 特許業務法人特許事務所サイクス  

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