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審決分類 審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  C08L
審判 全部申し立て 発明同一  C08L
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  C08L
審判 全部申し立て 2項進歩性  C08L
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C08L
管理番号 1384228
総通号数
発行国 JP 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2022-05-27 
種別 異議の決定 
異議申立日 2021-10-14 
確定日 2022-01-06 
異議申立件数
事件の表示 特許第6858284号発明「ポリカーボネート−ナノセルロース複合素材およびその製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6858284号の請求項1ないし8に係る特許を維持する。 
理由 理 由
第1 手続の経緯
1.本件特許の設定登録までの経緯
本件特許第6858284号に係る出願(特願2020−13925号、以下、「本願」ということがある。)は、令和2年1月30日(パリ条約による優先権主張2019年(平成31年)2月1日、韓国(KR))に出願人コリア リサーチ インスティチュート オブ ケミカル テクノロジー(以下、「特許権者」ということがある。)によりされた特許出願であり、令和3年3月25日に特許権の設定登録(請求項の数8)がされ、特許掲載公報が令和3年4月14日に発行されたものである。

2.本件異議申立ての趣旨
本件特許につき令和3年10月14日に特許異議申立人:井上暁彦(以下「申立人」という。)により、「特許第6858284号の特許請求の範囲の請求項1〜8に記載された各発明についての特許を取り消すべきである。」という趣旨の本件特許異議の申立てがされた。
よって、本件異議申立てに係る審理対象は、全ての請求項に係る特許についてであり、審理対象外の請求項は存しない。

第2 本件発明
本件特許第6858284号の請求項1〜8の特許に係る発明は、それぞれ、その特許請求の範囲の請求項1〜8に記載された事項により特定されるとおりのものである(以下、請求項1に係る発明を、項番に従い、「本件発明1」などといい、それらを総称して、「本件発明」という。また、本件特許の設定登録時の願書に添付した明細書を「本件明細書」という。)。

「【請求項1】
下記化学式1で表される繰り返し単位を含むポリカーボネートと、ナノセルロースと、を含み、
前記ナノセルロースは、前記のポリカーボネート100重量部に対して、0.01〜4重量部で含まれ、
前記ナノセルロースは、平均直径が2〜200nmであり、最長長さが100nm〜10μmである、ポリカーボネート−ナノセルロース複合素材。
【化1】

【請求項2】
前記ポリカーボネートは、総重量に対して、前記化学式1で表される繰り返し単位を50〜90重量%で含む、請求項1に記載のポリカーボネート−ナノセルロース複合素材。
【請求項3】
下記式1を満たす引張伸びを有する、請求項1に記載のポリカーボネート−ナノセルロース複合素材。
【数1】

(前記式1中、
前記TE0は、ナノセルロースを含まないポリカーボネートの引張伸び(%)であり、前記TE1は、ポリカーボネート−ナノセルロース複合素材の引張伸び(%)である。)
【請求項4】
下記式2を満たす引張靭性を有する、請求項1に記載のポリカーボネート−ナノセルロース複合素材。
【数2】

(前記式2中、
前記TT0は、ナノセルロースを含まないポリカーボネートの引張靭性(MJ/m3)であり、前記TT1は、ポリカーボネート−ナノセルロース複合素材の引張靭性(MJ/m3)である。)
【請求項5】
a)下記化学式1で表される繰り返し単位を含むポリカーボネートおよび平均直径が2〜200nmであり、最長長さが100nm〜10μmであるナノセルロースを溶媒に混合および分散して分散液を製造するステップと、
b)前記分散液を乾燥して複合素材を製造するステップと、を含み、
前記ナノセルロースは、前記ポリカーボネート100重量部に対して、0.01〜4重量部で含まれる、ポリカーボネート−ナノセルロース複合素材の製造方法。
【化1】

【請求項6】
A)イソソルビドおよび平均直径が2〜200nmであり、最長長さが100nm〜10μmであるナノセルロースを混合および分散して分散物を製造するステップと、
B)前記分散物に炭酸ジエステルを投入し、下記化学式1で表される繰り返し単位を含み、
前記ナノセルロースは、前記ポリカーボネート100重量部に対して、0.01〜4重量部で含まれる、ポリカーボネートを重合するステップと、を含むポリカーボネート−ナノセルロース複合素材の製造方法。
【化1】

【請求項7】
前記A)ステップの後に、前記分散物にジオール化合物をさらに含んで重合する、請求項6に記載のポリカーボネート−ナノセルロース複合素材の製造方法。
【請求項8】
前記ジオール化合物およびイソソルビドは、10:90〜50:50の重量比で含まれる、請求項7に記載のポリカーボネート−ナノセルロース複合素材の製造方法。」

第3 申立人が申し立てた特許異議申立理由
申立人が申し立てた特許異議申立の理由(以下、「申立理由」という。)の概要及び証拠方法は以下のとおりである。

1.申立理由の概要
(1)申立理由1(新規性の欠如)
本件発明1〜4は、本件出願日前に頒布された以下の刊行物である甲第1号証に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができない。
本件発明1は、本件出願日前に頒布された以下の刊行物である甲第3号証に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができない。
よって、本件発明1〜4に係る特許は、同法第29条の規定に違反してされたものであるから、同法第113条第2号の規定により取り消されるべきものである。

(2)申立理由2(進歩性の欠如)
本件発明1〜4は、本件出願日前に頒布された以下の刊行物である甲第1号証に記載された発明及び甲第1号証に記載された技術事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
本件発明1は、本件出願日前に頒布された以下の刊行物である甲第3号証に記載された発明及び第3号証に記載された技術事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
本件発明5〜8は、本件出願日前に頒布された以下の刊行物である甲第2号証に記載された発明及び甲第1号証〜第2号証に記載された技術事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
よって、本件発明1〜8に係る特許は、同法第29条の規定に違反してされたものであるから、同法第113条第2号の規定により取り消すべきものである。

(3)申立理由3(拡大先願)
本件発明1は、本件特許の出願の日前の特許出願であって、本件特許の優先日後に出願公開がされた下記の甲第4号証(特許出願の願書に最初に添付された明細書、特許請求の範囲又は図面の代替物である)に記載された発明と同一であり、しかも、本件特許の出願の発明者が本件特許の出願前の特許出願に係る上記の発明又は考案をした者と同一ではなく、また本件特許の出願の時において、その出願人が上記特許の出願人と同一でもないので、特許法第29条の2の規定により特許を受けることができない。
よって、本件発明1に係る特許は、同法第29条の2の規定に違反してされたものであるから、同法第113条第2号に該当し取り消されるべきものである。

(4)申立理由4(実施可能要件違反)
本件発明1は、「ナノセルロース」の「最長長さ」を発明特定事項としているところ、本件明細書の発明の詳細な説明からは、当業者は「最長長さ」が100nm〜10μmのナノセルロースの製造方法を理解することができず、用いるセルロース繊維の「最長長さ」をどのように測定するのかについても理解することができないから、上記の発明の詳細な説明は、本件発明1〜8について、当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されていない。
よって、本件発明1〜8に係る特許は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し、取り消すべきものである。

(5)申立理由5(サポート要件違反)
本件発明1は、「ナノセルロース」の「平均直径」と「最長長さ」を発明特定事項としているところ、本件明細書の実施例と比較例に接した当業者は、平均直径が20nm、平均長さが300nmの場合には本件発明の効果が奏されることは理解できるが、平均直径が10分の1である2nm の場合、10倍である200nmである場合、そして、平均直径ではなく最長長さが100nm〜10μmである場合に、本件特許発明の効果が奏されることを理解することができない。
よって、出願時の技術常識に照らしても、本件発明1〜8の範囲まで、発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できるとはいえないから、本件発明1〜8に係る特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し、取り消すべきものである。

(6)申立理由6(明確性要件違反)
本件発明1は、「ナノセルロース」の「最長長さ」を発明特定事項としているところ、本件明細書の記載を見ても「最長長さ」が、実施例に記載された「平均長さ」であると理解することはできないから、当業者は「最長長さ」との用語の意味を正確に理解することができず、本件発明1の権利範囲を正確に把握することができない。
また、本件発明3及び4は、ポリカーボネートとナノセルロースの優れた複合化により期待される効果を単に特定したに過ぎず、本件発明3及び4は、具体的に構成の限定がなされた発明ではないため、明確ではない。
よって、本件発明1〜8は、明確ではないから、本件発明1〜8に係る特許は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し、取り消すべきものである。

2.証拠方法
甲第1号証:特開2009−167296号公報
甲第2号証:特開2017−82202号公報
甲第3号証:国際公開第2018/012643号
甲第4号証:特開2019−119756号(特願2017−253317
号)公報
(以下、「甲第1号証」〜「甲第4号証」を、「甲1」〜「甲4」という。)

第4 当審の判断
当審は、申立人が主張する上記の取消理由(申立理由)は、いずれも理由がなく、ほかに各特許を取り消すべき理由も発見できないから、本件発明1〜8に係る特許は、いずれも取り消すべきものではなく、維持すべきものと判断する。
事案に鑑み、申立理由4〜6の検討を優先する。

1.申立理由4〜6の検討
(1)本件明細書の記載事項
本a
「【背景技術】
【0002】
ポリカーボネートは、衝撃強度などのような機械的物性に優れるとともに、難燃性、寸法安定性、耐熱性、および透明性に優れた熱可塑性樹脂としてよく知られており、電気電子製品の外装材、自動車部品などに幅広く適用されている。
【0003】
さらに、ポリカーボネートは、割れやすいガラスに代替可能な透明プラスチック素材であって、その機械的物性を高めるために、無機フィラーを含有して複合化した複合素材が商用化されている。
【0004】
しかしながら、前記無機フィラーとしてガラス繊維を含む複合素材の場合、射出成形時に、成形品の表面にガラス繊維が突出し、透明性、外観特性などが低下する恐れがあり、これを改善するために、界面活性剤などの添加剤を必須的に用いることとなり、曲げ弾性、耐衝撃性などが低下するという問題がある。また、焼却や火事時に微細粒子化され、肺疾患を引き起こす恐れがあるという問題が指摘されてきた。
【0005】
また、多数の文献で、ポリカーボネート複合素材を製造するために、ナノクレーまたはナノカーボンフィラーを使用しているが、所望の物性強化効果のためにフィラーが過度に投入されており、所望の物性強化も円滑に得られないだけでなく、脆性が発生するという問題が指摘されてきた。
【0006】
その他にも、石油系ビスフェノール−Aベースのポリカーボネートは、石油資源の枯渇により、その製造および使用上の制約が懸念されるだけでなく、ビスフェノール−A単量体が内分泌撹乱物質として知られ、その使用が制限されてきた。

【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上記のような問題を解決するための本発明の目的は、ナノセルロースを含まないポリカーボネート樹脂に比べて、著しい引張伸びおよび引張靭性の増加率を有するポリカーボネート−ナノセルロース複合素材、およびその製造方法を提供することにある。
【0010】
また、本発明の他の目的は、表面疎水化などの前処理工程を行うことなく、ナノセルロースとの優れた混和性を有し、著しく向上した機械的物性を有するポリカーボネート−ナノセルロース複合素材、およびその製造方法を提供することにある。

【発明の効果】
【0029】
本発明に係るポリカーボネート−ナノセルロース複合素材は、優れた引張強度を有するだけでなく、ナノセルロースを含まない元のポリカーボネートに比べて、著しく高い引張伸びおよび引張靭性の増加率を有する利点がある。
【0030】
また、本発明に係るポリカーボネート−ナノセルロース複合素材の製造方法は、コスト上昇をもたらす前処理工程を行わなくても、ポリカーボネートとナノセルロースの優れた複合化により、優れた機械的物性の向上効果を有する利点がある。」

本b
「【0039】
本発明に係るポリカーボネート−ナノセルロース複合素材は、下記化学式1で表される繰り返し単位を含むポリカーボネートと、ナノセルロースと、を含む。
【0040】
【化1】

【0041】
本発明に係るポリカーボネートは、上記のような繰り返し単位を含むことで、ナノセルロースとともに混合されて優れた引張強度を有し、ナノセルロースを含まない元のポリカーボネートに比べて、引張伸びおよび引張靭性を著しく向上させることができる。また、機械的物性のみならず、硬度、光学および紫外線抵抗性にも優れる。

【0053】
本発明の一態様において、前記ポリカーボネートは、総重量に対して、前記化学式1で表される繰り返し単位を50〜90重量%で含んでもよい。好ましくは、前記化学式1で表される繰り返し単位を55〜85重量%で含んでもよい。上記のような範囲で含む場合、ナノセルロースとの混和性が向上することはいうまでもなく、元のポリカーボネートに比べて複合素材の引張伸びおよび引張靭性が著しく向上することができる。

【0055】
本発明の一態様において、前記ナノセルロースは、セルロース鎖が束となって結合したナノ/マイクロメーターサイズの棒状粒子または繊維状のものを意味する。具体的に、抽出する方法によって、セルロースナノ繊維(cellulose nanofibril、CNF)またはセルロースナノ結晶(cellulose nanocrystal、CNC)などに区分される。
【0056】
本発明の一態様において、前記ナノセルロースは、平均直径が2〜200nmで、最長長さが100nm〜10μmであるセルロースを含んでもよい。好ましくは、前記ナノセルロースは、平均直径が2〜100nmで、最長長さが100nm〜5μmであり、より好ましくは、平均直径が5〜50nmで、最長長さが100〜900nmであるセルロースを含んでもよい。上記のようなナノセルロースを含む場合、本発明に係るポリカーボネートの機械的物性、特に、引張伸びおよび引張靭性の向上効果が顕著であって好ましい。
【0057】
本発明の一態様において、前記ナノセルロースは、前記ポリカーボネート100重量部に対して、0.01〜4重量部で含まれてもよい。好ましくは、前記ポリカーボネート100重量部に対して、0.01〜3重量部で含まれてもよく、より好ましくは、0.03〜2重量部で含まれてもよい。上記のような範囲で含まれる場合、本発明に係るポリカーボネートとの結合により優れた引張強度を有するとともに、ポリカーボネートの引張伸びおよび引張靭性を著しく向上させることができる。」

本c
「【0059】
従来の石油系芳香族ポリカーボネートを含んで製造された複合素材は、過量の補強材なしには機械的物性の向上が非常に微少であった。これに対し、本発明に係るポリカーボネートは、特に、ナノセルロースと複合化することで、元のポリカーボネートの物性に比べて著しく優れた引張伸びおよび引張靭性の増加率を示す。
【0060】
具体的には、本発明の一態様において、前記ポリカーボネート−ナノセルロース複合素材は、下記式1を満たす引張伸びを有することができる。
【0061】
【数1】


【0062】
前記式1中、
前記TE0は、ナノセルロースを含まないポリカーボネートの引張伸び(%)であり、前記TE1は、ポリカーボネート−ナノセルロース複合素材の引張伸び(%)である。
【0063】
好ましくは、前記式1は、150%以上を満たすことができる。さらに、複合素材を製造する時に、インサイチュ(in−situ)方法により、ナノセルロースをポリカーボネートの重合時に混合して製造する場合、前記式1は、200%以上、好ましくは250%以上を満たすことができてさらに好ましい。過量の補強材なしにも、本発明に係るポリカーボネート−ナノセルロース複合素材は、上記のような優れた引張伸び増加率を確保することができ、これにより、曲げエネルギーの増加が現れ、成形品の実用衝撃強度が増加し、射出成形における離型性および連続作業性に非常に優れる。
【0064】
また、本発明の一態様に係る前記ポリカーボネート−ナノセルロース複合素材は、下記式2を満たす引張靭性を有することができる。
【0065】
【数2】


【0066】
前記式2中、
前記TT0は、ナノセルロースを含まないポリカーボネートの引張靭性(MJ/m3)であり、前記TT1は、ポリカーボネート−ナノセルロース複合素材の引張靭性(MJ/m3)である。
【0067】
好ましくは、前記式2は150%以上を満たすことができる。さらに、複合素材を製造する時に、インサイチュ方法により、ナノセルロースをポリカーボネートの重合時に混合して製造する場合、前記式2は、200%以上、好ましくは240%以上を満たすことができてさらに好ましい。過量の補強材なしにも、本発明に係るポリカーボネート−ナノセルロース複合素材は、上記のような優れた引張靭性増加率を確保することができ、これにより、外部衝撃による変形および損傷を防止することができるだけでなく、長期耐久性を有することができる。」

本d
「【0068】
本発明の他の態様であるポリカーボネート−ナノセルロース複合素材の製造方法は、ポリカーボネートおよびナノセルロースを溶媒中で複合化する溶液工程(溶液法)により製造されてもよく、ポリカーボネート前駆体とナノセルロースを混合して重合するインサイチュ方法により製造されてもよい。

【0076】
本発明の一態様において、前記a)ステップにおいて、ナノセルロースは、前記ポリカーボネート100重量部に対して、0.01〜4重量部で含まれてもよい。好ましくは、前記ポリカーボネート100重量部に対して、0.01〜3重量部で含まれてもよく、より好ましくは0.03〜2重量部で含まれてもよい。上記のような範囲で含まれる場合、優れた引張強度を有するとともに、引張伸びおよび引張靭性の増加率の値を著しく高く実現することができる。

【0079】
本発明に係るポリカーボネート−ナノセルロース複合素材の製造方法は何れも、ポリカーボネート単独の機械的物性に比べて複合素材の機械的物性を著しく向上させることができるが、中でも、インサイチュ法により製造される場合、さらに優れた機械的物性およびその向上効果を実現することができる。

【0087】
本発明に係るポリカーボネート−ナノセルロース複合素材は、優れた引張強度を有するだけでなく、ナノセルロースを含まない元のポリカーボネートに比べて引張靭性および引張伸びが著しく増加し、優れた機械的物性を実現することができる。これにより、自動車、電子、生物医学、殺菌用生活用品、およびその他の分野などの、優れた機械的物性が求められる様々な応用分野に適用可能である。」

本e
【0097】
[合成例1]
【化4】


イソソルビド(29.81g、0.204mol)、1,4−シクロヘキサンジメタノール(12.61g、0.087mol)、ジフェニルカーボネート(62.43g、0.291mol)、テトラメチルアンモニウムヒドロキシド(100mg、0.55mmol)を反応器に投入した後、150℃に昇温して重合を開始し、窒素雰囲気下で機械的撹拌を2時間行った。その後、180℃、100Torrの条件で、フェノール副産物を1時間除去した。次に、温度を徐々に240℃まで昇温し、真空度を0.1mTorr以下まで下げた。30分後、反応を中止し、イソソルビドベースのポリカーボネートを得た(収率:49g、98%、重量平均分子量:71,000g/mol、モル分率:n:m=0.7:0.3)
【0098】
[実施例1]
前記合成例1で製造されたポリカーボネート10gおよびナノセルロース(平均直径20nm、平均長さ300nm)5mgをクロロホルム溶媒100gに溶解させた後、常温で2時間撹拌した。Bath sonicatorを用いて10分間超音波処理し、溶媒を50℃で24時間揮発乾燥させることで、ポリカーボネート複合素材を製造した。
【0099】
[実施例2]
前記実施例1において、ナノセルロースを10mg使用したことを除き、同様に実施した。
【0100】
[実施例3]
前記実施例1において、ナノセルロースを30mg使用したことを除き、同様に実施した。
【0101】
[実施例4]
前記実施例1において、ナノセルロースを50mg使用したことを除き、同様に実施した。
【0102】
[実施例5]
前記実施例1において、ナノセルロースを0.5mg使用したことを除き、同様に実施した。
【0103】
[実施例6]
前記実施例1において、ナノセルロースを500mg使用したことを除き、同様に実施した。
【0104】
[実施例7]
イソソルビド(29.81g、0.204mol)を窒素雰囲気下で60℃に昇温して溶融させた後、ナノセルロース25mgを投入した。前記物質を2分間probe−tip超音波処理し、ナノセルロースを均一に分散させた。前記分散物と、1,4−シクロヘキサンジメタノール(12.61g、0.087mol)、ジフェニルカーボネート(62.43g、0.291mol)、テトラメチルアンモニウムヒドロキシド(100mg、0.55mmol)を反応器に投入した後、150℃に昇温して重合を開始し、窒素雰囲気下で機械的撹拌を2時間行った。その後、180℃、100Torr条件で、フェノール副産物を1時間除去した。次に、温度を徐々に240℃まで昇温し、真空度を0.1mTorr以下まで下げた。30分後、反応を中止し、ポリカーボネート複合素材を得た(収率:49g、98%、重量平均分子量:69,000g/mol)
【0105】
[実施例8]
前記実施例7において、ナノセルロースを50mg使用したことを除き、同様に実施した。(収率:49g、98%、重量平均分子量:69,000g/mol)
【0106】
[実施例9]
前記実施例7において、ナノセルロースを150mg使用したことを除き、同様に実施した。(収率:48g、97.5%、重量平均分子量:81,000g/mol)
【0107】
[実施例10]
前記実施例7において、ナノセルロースを250mg使用したことを除き、同様に実施した。(収率:49g、98%、重量平均分子量:61,000g/mol)
【0108】
[実施例11]
前記実施例7において、ナノセルロースを2.5mg使用したことを除き、同様に実施した。(収率:49g、98%、重量平均分子量:70,000g/mol)
【0109】
[実施例12]
前記実施例7において、ナノセルロースを2,500mg使用したことを除き、同様に実施した。(収率:49g、98%、重量平均分子量:27,000g/mol)
【0110】
[比較例1]
合成例1で製造されたポリカーボネートの物性を測定した。
【0111】
[比較例2]
【化5】

ビスフェノール−Aベースのポリカーボネート(シグマアルドリッチ社、重量平均分子量:45,000g/mol)の物性を測定した。
【0112】
[比較例3]
前記実施例1において、合成例1で製造されたポリカーボネートの代わりに、ビスフェノール−Aベースのポリカーボネート(シグマアルドリッチ社、重量平均分子量:45,000g/mol)を使用したことを除き、同様に実施した。
【0113】
[比較例4]
前記実施例3において、合成例1で製造されたポリカーボネートの代わりに、ビスフェノール−Aベースのポリカーボネート(シグマアルドリッチ社、重量平均分子量:45,000g/mol)を使用したことを除き、同様に実施した。
【0114】
[比較例5]
前記実施例4において、合成例1で製造されたポリカーボネートの代わりに、ビスフェノール−Aベースのポリカーボネート(シグマアルドリッチ社、重量平均分子量:45,000g/mol)を使用したことを除き、同様に実施した。
【0115】
[比較例6]
【化6】

ポリプロピレンカーボネート(シグマアルドリッチ社、重量平均分子量:50,000g/mol)の物性を測定した。
【0116】
[比較例7]
前記実施例3において、合成例1で製造されたポリカーボネートの代わりに、ポリプロピレンカーボネート(シグマアルドリッチ社、重量平均分子量:50,000g/mol)を使用したことを除き、同様に実施した。
【0117】
[比較例8]
前記実施例3において、ナノセルロース30mgの代わりに、セルロース(平均直径5μm、最長長さ20μm)30mgを使用したことを除き、同様に実施した。
【0118】
【表1】

【0119】
表1に示したように、本発明に係るポリカーボネート−ナノセルロース複合素材は、優れた引張強度を実現するとともに、ナノセルロースを含まないポリカーボネートに比べて、引張靭性および引張伸びが著しく増加することを確認することができた。これは、図1に示されたように、ナノセルロースを含まない比較例1(a)の界面に比べて、本発明の複合素材の界面の粗さが増大したことにより、機械的強度が向上したことを表すことである。
【0120】
また、ポリカーボネート100重量部に対してナノセルロースの含量が0.01〜4重量部である際に、より優れた機械的物性の向上効果を実現することができることを確認した。
【0121】
さらに、溶液工程だけでなく、インサイチュ法により製造される場合、さらに優れた向上効果を実現することができることを確認した。
【0122】
また、芳香族ポリカーボネートはいうまでもなく、脂肪族ポリカーボネートの場合も、ナノセルロースを含んで同一の条件で製造しても、引張伸びおよび引張靭性の増加率が微少であることから、本発明に係るポリカーボネートとナノセルロースのみの組み合わせにより発現される、優れた効果であることを確認することができた。
【0123】
また、本発明に係るポリカーボネート−ナノセルロース複合素材は、ナノサイズのナノセルロースではなく、マイクロ単位のセルロースを含んで製造する場合に、引張伸びおよび引張靭性が著しく低い値を示すことを確認することができた。」

(2)申立理由4について
ア.実施可能要件の考え方
発明の詳細な説明の記載が実施可能要件に適合するというためには、明細書の発明の詳細な説明に、当業者が、明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識に基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、その発明を実施することができる程度に発明の構成等の記載があることを要する(平成30年(行ケ)第10043号知財高裁判決、令和元年(行ケ)第10173号知財高裁判決、令和2年(行ケ)第10033号知財高裁判決)。

イ.本件発明1〜8の実施可能要件の検討
本件明細書の【0056】(本b)には、ナノセルロースの「平均直径」及び「最長長さ」について、「前記ナノセルロースは、平均直径が2〜200nmで、最長長さが100nm〜10μmであるセルロースを含んでもよい。好ましくは、前記ナノセルロースは、平均直径が2〜100nmで、最長長さが100nm〜5μmであり、より好ましくは、平均直径が5〜50nmで、最長長さが100〜900nmであるセルロースを含んでもよい。上記のようなナノセルロースを含む場合、本発明に係るポリカーボネートの機械的物性、特に、引張伸びおよび引張靭性の向上効果が顕著であって好ましい。」との記載があり、実施例では、【0098】(本e)に記載される「ナノセルロース(平均直径20nm、平均長さ300nm)」が用いられている。
申立人が主張するとおり、本件明細書には、ナノセルロースの「最長長さ」の測定方法について記載されてないものの、甲2の【0084】(2(1)イの甲2c)には、「セルロース繊維の数平均繊維径、および繊維長を、透過型電子顕微鏡(TEM、日本電子社製JEM−1400)を用いて観察した。」との記載があり、透過型電子顕微鏡を用いて相当数のセルロース繊維を観察して、長さを測定し、最長の長さを特定すればよいことは理解できるから(同様の記載は、本件特許の出願日より前に頒布された甲4の【0072】(3(1)アの甲4d)にも存在する。)、本件特許の出願日当時、ナノセルロースの「最長長さ」の測定方法は、当業者に自明の事項であったと認められる。
また、ナノセルロースの製造過程で、最長長さが10μmを超えるナノセルロースが混入する場合が想定され得るとしても、篩い等の分級によってそれらを排除すれば足りる。
したがって、本件明細書の実施例において、「最長長さが100nm〜10μm」である「ナノセルロース」の製造方法や測定方法に関する記載がなくても、「最長長さ」の測定は当業者に自明であり、「最長長さが100nm〜10μmである」「ナノセルロース」を当業者が製造、入手することに過度の試行錯誤、実験を要するとは認められない。

ウ.小括
以上のとおり、本件明細書の発明の詳細な説明の記載が、本件発明1〜8について、実施可能要件に違反しているとはいえない

(3)申立理由5について
ア.サポート要件の考え方
特許請求の範囲の記載が明細書のサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載又はその示唆により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである(平成17年(行ケ)第10042号大合議判決)。

イ.本件発明が解決しようとする課題
本件明細書の【0009】及び【0010】(本a)によると、本件発明が解決しようとする課題は、「ナノセルロースを含まないポリカーボネート樹脂に比べて、著しい引張伸びおよび引張靭性の増加率を有するポリカーボネート−ナノセルロース複合素材、およびその製造方法を提供すること」及び「表面疎水化などの前処理工程を行うことなく、ナノセルロースとの優れた混和性を有し、著しく向上した機械的物性を有するポリカーボネート−ナノセルロース複合素材、およびその製造方法を提供すること」にあると認められる。

ウ.本件発明1〜8のサポート要件の検討
本件明細書の実施例には、実施例1〜4、7〜10として、【化4】のイソソルビドベースのポリカーボネートの100重量部に対しナノセルロース(平均直径20nm、平均長さ300nm)を0.01〜4重量部の範囲で配合するポリカーボネート複合素材が具体的に記載され(本eの【0097】〜【0107】)、【表1】によると、かかるポリカーボネート複合素材は、本件発明1〜8の発明特定事項を満たさない実施例5〜6、11〜12及び比較例1〜8と比べると、優れた引張伸び増加率及び引張靭性増加率を示すことが開示されている(本eの【0118】)。
また、本件明細書の【0053】、【0056】には、実施例1〜4、7〜10以外のポリカーボネート、ナノセルロースであっても、一定量の化学式Iの繰り返し単位を有するポリカーボネート、一定の範囲の平均直径及び最長長さを有するナノセルロースを用いた場合でも、所定の引張伸び増加率及び引張靭性増加率が期待できることが説明されている。
そうすると、本件明細書の発明の詳細な説明の記載より、本件発明1〜8は、本件発明1〜8の発明特定事項を備えることで、上記イで示した課題を解決できることを、当業者は理解できるから、本件発明1〜8は、発明の詳細な説明に記載された発明であり、発明の詳細な説明の記載より、当業者が上記イで示した課題を解決できると認識し得る範囲のものと認められる。

エ.申立人の主張について
申立人は、本件明細書の記載からは、平均直径が2nmの場合や200nmである場合、そして、平均直径ではなく最長長さが100nm〜10μmである場合に本件特許発明の効果が奏されることを理解することができない、と主張している。
しかし、ナノセルロースにおいて、平均直径や最長長さが、ナノセルロース複合素材の引張伸び及び引張靭性に顕著に影響を与えることは理解できないし、平均長さ300nmのナノセルロースを用いた実験結果が、本件明細書に示されている以上、最長長さとして平均長さより幾分長いものが存在する場合であっても、引張伸び及び引張靭性に係る効果は期待できるといえる。
また、申立人は、樹脂とナノセルロースを含む複合素材において、ナノセルロースの平均直径及び最長長さによっては、所定の引張伸び及び引張靭性に係る効果が得られないことを窺わせる客観的証拠を何ら提示していない。
そうすると、申立人の主張は理由がない。

オ.小括
以上のとおり、本件発明1〜8は、発明の詳細な説明に記載された発明であり、発明の詳細な説明の記載より、当業者が上記の課題を解決できると認識し得る範囲のものと認められる。

(4)申立理由6について
ア.明確性要件の考え方
特許を受けようとする発明が明確であるか否かは、特許請求の範囲の記載だけではなく、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し、また、当業者の出願当時における技術的常識を基礎として、特許請求の範囲の記載が、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるか否かという観点から判断されるべきである(平成28年(行ケ)第10236号事件判決、平成29年(行ケ)第10081号事件判決、令和元年(行ケ)第10173号事件判決等)。

イ.明確性要件違反の判断
申立人は、当業者は本件発明1の「最長長さ」の用語の意味を正確に理解することができず、本件発明1の権利範囲を正確に把握することができないと主張するが、「最長長さ」が、最も長いナノセルロースの長さを意味することは当業者に明らかであるし、甲2の【0084】(下記の2(1)イの甲2c)及び甲4の【0072】(下記3(1)ア甲4d)によると、ナノセルロースの長さを測定することも一般的に行われていることなので、本件発明1の「ナノセルロース」の「最長長さ」の意味するところが、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確なものであるとは認められない。

また、申立人は、本件発明3及び4がポリカーボネートとナノセルロースの優れた複合化により期待される効果を単に特定したに過ぎず、本件発明3及び4は、具体的に構成の限定がなされた発明ではないと主張している。
しかし、本件発明3、4は、ポリカーボネート−ナノセルロース複合素材の組成及び含有量が特定された本件発明1を引用するものであり、実施例1〜4、7〜10のように、本件発明1の複合素材を、一定値以上の引張伸び増加率又は引張靭性増加率を示す複合素材に限定するものであるから、具体的に発明特定事項の限定がなされた発明であるといえるし、単に複合化により期待される効果だけで発明を特定したものではない。
したがって、申立人の主張は、いずれも理由がない。

ウ.小括
以上のとおり、本件発明1〜8は明確であり、他の発明特定事項についても不明確な箇所は見当たらない。

(5)申立理由4〜6の検討のまとめ
以上からすると、本件明細書の発明の詳細な説明の記載が、本件発明1〜8について、実施可能要件に違反しているとはいえず、本件発明1〜8に係る特許請求の範囲の記載が、サポート要件及び明確性要件に違反しているとはいえないから、本件発明1〜8に係る特許は、申立人による申立理由4〜6により取り消すことはできない。

2.申立理由1、2の検討
(1)甲1〜3の記載事項及び甲1〜3に記載された発明
ア.甲1(特開2009−167296号公報)の記載事項及び甲1に
記載された発明
(ア)甲1の記載事項
甲1a
「【請求項1】
セルロース繊維と、マトリクス材料としての、脂環構造中に酸素原子を含有していてもよい脂環式ジヒドロキシ化合物に由来する構成単位を含有する脂環式ポリカーボネートとを含有する複合材料であって、線膨張係数が50ppm/K以下であるセルロース繊維複合材料。
【請求項2】
前記脂環式ジヒドロキシ化合物が、下記一般式(1)で表されるジヒドロキシ化合物を含む請求項1に記載のセルロース繊維複合材料。
【化1】



甲1b
「【0008】
…特許文献2には、セルロースを含有する不織布(a)とセルロース以外の樹脂(b)とからなり、(a)成分が0.1重量%以上99重量%以下であり、(b)成分が1重量%以上99.9重量%以下であることを特徴とする複合材料が開示され、その具体例として、セルロ−ス不織布に芳香族ポリカーボネートのクロロホルム溶液を含浸させた後、真空乾燥機にて乾燥させ、280℃でプレス成形することにより、セルロース/芳香族ポリカーボネート複合材料(厚さ100μm)を得る方法が実施例12として記載されている。
しかしながら、本発明者らの検討によれば、この実施例の方法で得られる複合材料は、芳香族ポリカーボネートの特徴を反映して、靭性(例えば曲げても折れにくい性質、耐衝撃性)はある程度維持しているが、透明性と耐光性が不十分であることが判明した。特に、木質由来のセルロースとの複合材料にした場合には、黄ばみがあり、しかも紫外線の照射により更に黄ばみが増す(耐光性の不足)という欠点があった。

【特許文献2】特開2006−316253号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、地球環境への負荷の小さい、植物由来原料の割合が大きな複合材料を開発するべく、木材等から製造可能なセルロース繊維を強化材(フィラー)とするPC複合材料であって、マトリクス材料としてPCを用いる従来技術では達成し得ない、高透明性、低線膨張係数、高剛性、高耐熱変形性、並びに高耐光性を兼ね備えたセルロース繊維/PC複合材料を提供することを課題とする。

【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、フィラーとしてのセルロース繊維と、マトリクス材料としての酸素原子を脂環構造中に含有していてもよい脂環式ジヒドロキシ化合物に由来する構成単位を含有する脂環式ポリカーボネートとを複合化することで、高透明で低線膨張係数の複合材料が得られる。
【0017】
また、PCとして紫外波長域の光吸収帯ができるだけ小さい非芳香族系の脂環式PCを用いることにより、耐光性の高い複合材料とすることができ、中でも可動性の小さい高分子鎖からなる脂環式構造を化学構造中に有する樹脂を用いることにより、低線膨張係数、高剛性、高耐熱変形性を発現させることができる。更には、PC原料のジヒドロキシ化合物としてデンプンから製造されるソルビトールを脱水縮合して得られるイソソルビド(以下「IS」と略記する場合がある。)等を用いることにより、工業的有用性と植物由来度を高めることができる。
【0018】
また、特に、脂環式ポリカーボネートとして、特定の共重合組成の脂環式ポリカーボネートを用いることにより、著しく透明性に優れた複合材料とすることができる。
即ち、透明性と耐熱性を発現するためには、非晶状態で、高いガラス転移点(高Tg)を有することが必要である。ISのようなジヒドロキシ化合物を原料として得られる工業利用可能な高分子としてはポリエステルとポリカーボネートが考えられるが、このような高Tgを達成するにはポリカーボネートが有利である。
そして、本発明者らは、脂環式ポリカーボネートの製造、セルロース繊維の製造、並びに両者の複合化について検討した結果、脂環式ポリカーボネートのTgと溶融流動性の双方を実用的に好ましい範囲に収めるには、後述する特定の共重合組成とすることが好ましいことを見出した。また、かかる特定の共重合組成の脂環式ポリカーボネートを用いることにより、セルロース繊維との複合材料の透明性がより一層顕著に改善されることを見出した。この理由の詳細は、現段階では定かでないが、脂環式ポリカーボネートの高分子鎖の可動性が、かかる共重合組成により適度に増大すること、並びにセルロース繊維との相溶性が向上することにより、樹脂とセルロース繊維との密着性が向上して透明性の向上をもたらしたものと推測される。」

甲1c
「【0020】
[セルロース繊維]
セルロース繊維とは、主としてセルロースからなる繊維である。
【0021】
<繊維径>
セルロース繊維の繊維径は細いことが好ましい。具体的には1500nm以上の繊維径のものを含んでいないことが好ましく、さらに好ましくは1000nm以上の繊維径のものを含んでいないことが好ましく、特に好ましくは500nm以上の繊維径のものを含んでいないことが好ましい。1500nm以上の繊維径のものを含んでいないものであれば、樹脂と複合化した場合、透明性が高く、線膨張係数が低いものが得られる点において好ましい。
なお、セルロース繊維の繊維径はSEM観察により確認することができる。
【0022】
SEMより観察されるセルロース繊維の繊維径は、平均で4〜400nmであることが好ましい。セルロース繊維の平均繊維径が400nmを超えると複合材料の透明性が低下するので好ましくない。また、繊維径が4nm未満の繊維は実質的に製造できない。透明性の観点から、セルロース繊維の平均繊維径は好ましくは4〜200nmであり、より好ましくは4〜100nmである。

【0046】
<セルロース不織布>
本発明においては、セルロース繊維をセルロース不織布として用いることが好ましい。」

甲1d
「【0135】
[複合材料]
本発明の複合材料は、前述のセルロース繊維と脂環式ポリカーボネートとを複合化してなるものである。
本発明のセルロース繊維複合材料中のセルロース繊維間の空隙は、脂環式ポリカーボネートが充填されている。基本的にはセルロース繊維間又は不織布を作成した際の空隙が保たれ、そこに脂環式ポリカーボネートが充填されている。
【0136】
<複合割合>
本発明の複合材料において、セルロース繊維と脂環式ポリカーボネートの複合割合は特に制限はなく、通常、セルロース繊維が1重量%以上99重量%以下であり、脂環式ポリカーボネートが1重量%以上99重量%以下である。低線膨張性を発現するにはセルロース繊維含有量が1重量%以上、脂環式ポリカーボネート含有量が99重量%以下であること必要であり、透明性を発現するにはセルロース繊維含有量が99重量%以下、脂環式ポリカーボネート含有量が1重量%以上であることが必要である。好ましい範囲はセルロース繊維含有量が2重量%以上90重量%以下であり、脂環式ポリカーボネート含有量が10重量%以上98重量%以下であり、さらに好ましい範囲はセルロース繊維含有量が5重量%以上80重量%以下であり、脂環式ポリカーボネート含有量が20重量%以上95重量%以下である。
【0137】
複合材料のセルロース繊維含有量は、複合化前のセルロース繊維の重量と複合化後の複合材料の重量より求めることができる。また、複合材料から脂環式ポリカーボネートをジクロロメタン等の溶剤で抽出し、脂環式ポリカーボネートのみを取り除き残ったセルロース繊維の重量から求めることもできる。」

甲1e
「【0161】
<製造方法>
本発明のセルロース繊維複合材料の製造方法としては、特に限定されるものではないが、前記脂環式ポリカーボネートを、130〜270℃の温度範囲で加熱して溶融させて、前記セルロース繊維と一体化する方法が好ましい。なお、ここで、脂環式ポリカーボネートとは、脂環式ポリカーボネートに必要に応じて用いられる上述のその他の材料を配合した脂環式ポリカーボネート組成物をも包含するものである。以下においても同様である。
【0162】
このような製造方法としては、例えば、セルロース繊維としてセルロース不織布を用いる場合、以下の(a)〜(c)等の方法を採用することができ、また、セルロース繊維をそのまま用いる場合、以下の(d)等の方法を採用することができる。
(a) セルロース不織布に、脂環式ポリカーボネート(或いは脂環式ポリカーボネート組成物)溶液を含浸させて乾燥後、加熱プレス等で密着させる方法
(b) セルロース不織布に、脂環式ポリカーボネート(或いは脂環式ポリカーボネート組成物)の溶融体を含浸させ、加熱プレス等で密着させる方法
(c) 脂環式ポリカーボネート(或いは脂環式ポリカーボネート組成物)フィルムとセルロース不織布とを重ねて加熱プレスする方法
(d) セルロース繊維分散液を脂環式ポリカーボネート(或いは脂環式ポリカーボネート組成物)フィルムに塗布して加熱プレスする方法

【0176】
(d)セルロース繊維分散液を脂環式ポリカーボネートフィルムに塗布して加熱プレスする方法としては、セルロース繊維を水、水溶性有機溶媒、非水溶性有機溶媒、あるいはその混合物等の分散媒に分散させた分散液をディップ又はスプレー又はフローコーター方式により脂環式ポリカーボネートフィルムに塗布し、その後乾燥した後、加熱プレスする方法が挙げられる。ここで用いるセルロース繊維分散液のセルロース繊維濃度は高過ぎると均一に塗布しにくくなり、低過ぎると乾燥に時間がかかりすぎることから、0.01〜10重量%程度であることが好ましい。また、乾燥方法や加熱プレスの温度等の条件は、上記の方法(a)の場合と同様である。
【0177】
なお、上記方法(c)及び方法(d)で用いる脂環式ポリカーボネートフィルムの厚さには特に制限はないが、通常20μm〜5mm程度である。

【0182】
[用途]
本発明におけるセルロース繊維はセルロースの伸びきり鎖結晶が故に低線膨張係数、高弾性を発現する。またセルロース繊維を微細化することで脂環式ポリカーボネートと複合化した際、透明性が高く、着色、ヘーズの小さい複合材料を得ることができる。
本発明のセルロース繊維複合材料は、このように光学特性に優れるため、液晶ディスプレイ、プラズマディスプレイ、有機ELディスプレイ、フィールドエミッションディスプレイ、リアプロジェクションテレビ等のディスプレイや基板やパネルとして好適である。これらの用途においては、フレキシブルな材料としてガラス代替が可能であり、軽量化、柔軟性、成形性、意匠性等の向上効果が得られる。
【0183】
また、本発明のセルロース繊維複合材料は、低線膨張係数、高弾性等の特性を生かして透明材料用途以外の構造材料としても用いることができる。特に、グレージング、内装材、外板、バンパー等の自動車材料やパソコンの筐体、家電部品、包装用資材、建築資材、土木資材、水産資材、その他工業用資材等として好適に用いられる。」

甲1f
「【0198】
[製造例1]
木粉((株)宮下木材製「米松100」)を炭酸ナトリウム2重量%水溶液で80℃にて6時間脱脂した。これを脱塩水で洗浄した後、亜塩素酸ナトリウムを用いて酢酸酸性下、80℃にて5.5時間浸漬してリグニン除去を行った。脱塩水洗浄した後、濾過し、回収した精製セルロースを脱塩水で洗浄後、5重量%の水酸化カリウム水溶液に16時間浸漬してヘミセルロース除去を行った。更に、脱塩水洗浄した後に、0.5重量%の水懸濁液とし、超高圧ホモジナイザー(アルティマイザー;スギノマシーン社製)に圧力245MPaで、10回通して微細化した。
【0199】
得られたセルロース分散液を0.2重量%に水で希釈し、孔径1μmのPTFEを用いた90mm径の濾過器に100g投入し、固形分が約5重量%になったところで2−プロパノールを投入して水と置換した。その後、120℃、0.14MPaにて5分間プレス乾燥して、白色のセルロース不織布を得た。
【0200】
得られたセルロース不織布を100mlの無水酢酸に含浸して90℃にて7時間加熱した。その後、蒸留水でよく洗浄し、最後に2−プロパノールに10分浸した後、120℃、0.14MPaにて5分間プレス乾燥して、厚み45μmのアセチル化セルロース不織布を得た。
【0201】
この不織布の化学修飾率は16mol%であった。また空隙率は36vol%であった。また、SEM観察により繊維径500nm以上のものが含まれていないことを確認した。任意に抽出した20箇所の平均繊維径は14nmであった。
【0202】
[製造例2]
イソソルビド(蟻酸含有量5ppm)(ロケットフルーレ社製)26.9重量部(0.483モル)に対して、トリシクロデカンジメタノール(セラニーズ社製)15.8重量部(0.211モル)、ジフェニルカーボネート(三菱化学(株)製)57.4重量部(0.709モル)、及び触媒として、炭酸セシウム(和光純薬社製)2.14×10−4重量部(1.73×10−6モル)を反応容器に投入し、窒素雰囲気下にて、反応の第1段目の工程として、加熱槽温度を150℃に加熱し、必要に応じて攪拌しながら、原料を溶解させた(約15分)。
次いで、圧力を常圧から13.3kPaに40分で減圧し、加熱槽温度を190℃まで40分で上昇させながら、発生するフェノールを反応容器外へ抜き出した。
反応容器全体を190℃で15分保持した後、第2段目の工程として、加熱槽温度を220℃まで、30分で上昇させた。昇温に入ってから10分後に、反応容器内の圧力を30分で0.200kPa以下とし、発生するフェノールを溜出させた。所定の攪拌トルクに到達後、反応を終了し、生成した反応物を水中に押し出して、脂環式ポリカーボネートのペレットを得た。

【0204】
[実施例1]
製造例1で得られたセルロース不織布を、製造例2で得られた脂環式ポリカーボネートをジクロロメタンに10重量%濃度で溶解させた溶液に、不織布面を溶液面に対して垂直にして、4回ディップした。ディップ時間は5秒間で、ディップ間の間隔は5分であった。これを120℃の真空下にて一晩乾燥させた後、210℃にて5分予備加熱した後1分間脱気して、同温度で1分間0.4MPaにて加熱プレスして複合材料を得た。得られた複合材料のセルロース繊維含有量は45重量%であった。また、この複合材料の厚みは100μmであった。
この複合材料のヘーズは5、引張弾性率(E’)は4.4GPa、線膨張係数は37ppm/Kであった。

【0207】
実施例1と比較例1の結果から、セルロース不織布と脂環式ポリカーボネートとの複合材料は、従来のビスフェノールA−ポリカーボネートを用いた複合材料と比較して、透明性が高いことがわかる。
また、実施例1と比較例2の結果から、セルロースを脂環式ポリカーボネートに溶融混練した複合材料では、透明性が低く、線膨張係数が高くなることがわかる。
これに対して、本発明によれば、高透明性で引張弾性率が高く、線膨張係数が低い高性能複合材料を得ることができる。」

(イ)甲1に記載された発明(甲1発明)
甲1の特許請求の範囲の請求項1には、「セルロース繊維と、マトリクス材料としての、脂環構造中に酸素原子を含有していてもよい脂環式ジヒドロキシ化合物に由来する構成単位を含有する脂環式ポリカーボネートとを含有する複合材料であって、線膨張係数が50ppm/K以下であるセルロース繊維複合材料。」、同請求項2には、「前記脂環式ジヒドロキシ化合物が、下記一般式(1)…で表されるジヒドロキシ化合物を含む」と記載されている(甲1a)。
一方、これを具体化した甲1の[実施例1]には、「製造例1で得られたセルロース不織布を、製造例2で得られた脂環式ポリカーボネートをジクロロメタンに10重量%濃度で溶解させた溶液に、不織布面を溶液面に対して垂直にして、4回ディップした。ディップ時間は5秒間で、ディップ間の間隔は5分であった。これを120℃の真空下にて一晩乾燥させた後、210℃にて5分予備加熱した後1分間脱気して、同温度で1分間0.4MPaにて加熱プレスして複合材料を得た。得られた複合材料のセルロース繊維含有量は45重量%であった。」ことが記載され(甲1fの【0204】)、同[製造例1]には「任意に抽出した20箇所の平均繊維径は14nm」である「厚み45μmのアセチル化セルロース不織布」(甲1fの【0198】〜【0201】)を用いること、同[製造例2]には、「脂環式ポリカーボネート」の「ペレット」の原料が、「イソソルビド(蟻酸含有量5ppm)(ロケットフルーレ社製)26.9重量部(0.483モル)」、「トリシクロデカンジメタノール(セラニーズ社製)15.8重量部(0.211モル)」、「ジフェニルカーボネート(三菱化学(株)製)57.4重量部(0.709モル)」であること(甲1fの【0202】)が記載されている。

そうすると、甲1の[実施例1]の記載に着目すると、甲1には、以下の発明(甲1発明)が記載されていると認められる。
「任意に抽出した20箇所の平均繊維径が14nmである厚み45μmのアセチル化セルロース不織布を、イソソルビド(蟻酸含有量5ppm)26.9重量部(0.483モル)、トリシクロデカンジメタノール15.8重量部(0.211モル)、ジフェニルカーボネートを原料に用いて調製された脂環式ポリカーボネートのペレットをジクロロメタンに10重量%濃度で溶解させた溶液に、不織布面を溶液面に対して垂直にして、4回ディップし、これを乾燥、予備加熱、脱気、加熱プレスして得られる、セルロース繊維含有量が45重量%である複合材料」

イ.甲2(特開2017−82202号公報)の記載事項
(ア)甲2の記載事項
甲2a
「【請求項1】
下記条件を満たすセルロースナノファイバー及び熱可塑性樹脂を含有することを特徴とする親水性樹脂組成物。
(A)平均繊維径が4nm以上500nm以下
(B)平均アスペクト比が10以上1000以下
(C)セルロースI型結晶構造を有する
(D)アニオン性官能基を有する」

甲2b
「【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上記樹脂の親水化方法において、練り込み法では、界面活性剤等の親水性物質が表面にブリードアウトし易い等の理由で耐久性に劣る上、高い親水性を付与するために親水性物質を多く混合する必要があり、吸湿による寸法変化、湿潤状態での強度低下といった問題が生じていた。
【0005】
また、物理的表面処理法では、親水化の程度、持続性が不十分である。化学的表面処理法では、素材の限定や施工法の限定など制約が多い。
更に、親水性樹脂を成形品に塗布する方法は、均一な薄膜を形成するコーティング技術が必要となり、また技術的に複雑な工程を加えなければならず、実用上の制約が多かった。
【0006】
そこで、本発明は、長期間持続可能な親水性を有し、樹脂物性の耐久性及び弾性率に優れ、簡便な製造方法で得ることが出来る親水性樹脂組成物を提供する事を目的とする。

【発明の効果】
【0009】
本発明の親水性樹脂組成物は、長期間持続可能な親水性を有し、樹脂物性の耐久性及び弾性率に優れ、簡便な製造方法で得ることが出来るという効果を奏する。」

甲2c
「【0084】
<数平均繊維径、アスペクト比の測定>
セルロース繊維に純水を加えて1%に希釈し、高圧ホモジナイザー(H11、三和エンジニアリング社製)を用いて圧力100MPaで1回処理した。そのときのセルロース繊維の数平均繊維径、および繊維長を、透過型電子顕微鏡(TEM、日本電子社製JEM−1400)を用いて観察した。すなわち、各セルロース繊維を親水化処理済みのカーボン膜被覆グリッド上にキャストした後、2%ウラニルアセテートでネガティブ染色したTEM像(倍率:10000倍)から、先に述べた方法に従い、数平均繊維径、および繊維長を算出した。さらに、これらの値を用いてアスペクト比を下記の式(1)に従い算出した。
【0085】
【数4】


【0090】
【表1】


【0095】
〔実施例5〕
上記セルロース繊維A2にエタノールを加えて、ろ過し、エタノール洗浄を繰り返して、上記セルロース繊維に含まれる水をエタノールに置換した。次に、塩化メチレンを加えて、ろ過し、塩化メチレン洗浄を繰り返して、エタノールを塩化メチレンに置換した。その後、塩化メチレンと、上記セルロース繊維A2のカルボキシル基量の中和量に相当するポリエーテルアミン(HUNTSMAN社製、JEFFAMINE M−2070)とを加えて、2%に希釈し、高圧ホモジナイザー(スギノマシン社製、スターバースト)を用いて圧力100MPaで1回処理し、セルロースナノファイバーゲルを得た。次に、上記セルロースナノファイバーゲル0.5gに塩化メチレン50g、とPMMA4.95gとを加えて、30分間振とうすることでドープ溶液を作製した。上記ドープ溶液をガラス基板上に1mmバーコーターを用いて、フィルムを敷いた後、80℃のオーブンで一晩乾燥し、親水性樹脂組成物を調整した。
【0096】
〔実施例6〕
実施例5で用いたポリエーテルアミン(HUNTSMAN社製、JEFFAMINE M−2070)に代えてポリエーテルアミン(HUNTSMAN社製、JEFFAMINE M−2005)を用いた以外は、実施例5と同様にして、親水性樹脂組成物を調製した。

【0105】
【表2】


【0110】
〔実施例14〕
実施例6で用いたPMMAに代えてポリカーボネート(PC)とした以外は、実施例5と同様にして、親水性樹脂組成物を調製した。
【0111】
〔実施例15〕
実施例14で用いたセルロースナノファイバーゲルの添加量を2.5g、PCの添加量を4.75gとした以外は、実施例5と同様にして、親水性樹脂組成物を調製した。
【0112】
〔実施例16〕
実施例14で用いたセルロースナノファイバーゲルの添加量を5.0g、PCの添加量を4.5gとした以外は、実施例5と同様にして、親水性樹脂組成物を調製した。
【0113】
〔実施例17〕
実施例14で用いたセルロースナノファイバーゲルの添加量を10.0g、PCの添加量を4.0gとした以外は、実施例5と同様にして、親水性樹脂組成物を調製した。

【0117】
【表3】



(イ)甲2に記載された発明(甲2発明)
甲2の【0095】〜【0096】には、「セルロース繊維A2」に「セルロース繊維A2のカルボキシル基量の中和量に相当するポリエーテルアミン」を加えて、「セルロースナノファイバーゲル」を得、「セルロースナノファイバーゲル0.5gに塩化メチレン50g、とPMMA4.95g」を加えて、「ドープ溶液」を作製し、「ドープ溶液」より「フィルム」を敷いた後、乾燥して、「親水性樹脂組成物」を調製したことが記載されており、【0110】には、実施例14として、上記の「PMMA」に代えて「ポリカーボネート(PC)」を採用すること、【0090】【表1】には、上記の「セルロース繊維A2」の数平均繊維径が23nm、アスペクト比が209であること、【0117】【表3】には、実施例14の樹脂組成物におけるセルロースナノファイバーの含有量が1wt%であることが記載されている(いずれも甲2c)。
そうすると、甲2の実施例14に着目すると、甲2には、以下の発明(甲2発明)が記載されていると認められる。

「数平均繊維径が23nm、アスペクト比が209であるセルロース繊維A2に、セルロース繊維A2のカルボキシル基量の中和量に相当するポリエーテルアミンを加えて、セルロースナノファイバーゲルを得、セルロースナノファイバーゲルにポリカーボネート(PC)を加えたドープ溶液をフィルム化した後、乾燥させる、セルロースナノファイバーの含有量が1wt%である親水性樹脂組成物の調製方法」

ウ.甲3(国際公開第2018/012643号)の記載事項及び甲3に
記載された発明
(ア)甲3の記載事項
甲3a
「請求の範囲
[請求項1] 樹脂成分とセルロースナノファイバーとを含み、前記樹脂成分が、未変性水溶性樹脂、水分散性樹脂、溶解度パラメータ14〜9.5(cal/cm3)1/2の範囲にある熱可塑性樹脂、ならびに水溶性およびアルコール溶解性から選ばれた少なくとも1種の溶剤溶解性を有する前記熱可塑性樹脂の変性樹脂よりなる群から選ばれた少なくとも1種である、樹脂組成物。
[請求項2] 前記未変性水溶性樹脂が、エチレン性二重結合含有化合物由来の構成単位および環状エチレン系化合物由来の構成単位から選ばれた少なくとも1種の構成単位を含む未変性水溶性樹脂、ビニルピロリドン系樹脂、ならびに水溶性バイオマス由来樹脂よりなる群から選ばれた少なくとも1種である、請求項1に記載の樹脂組成物。
[請求項3] 前記水分散性樹脂が、水分散性に変性された熱可塑性樹脂であり、水分散性に変性される前の前記熱可塑性樹脂が熱可塑性バイオマス由来樹脂である、請求項1または2に記載の樹脂組成物。」

甲3b
「[0154] [水分散性バイオマス樹脂]
…なお、バイオマス由来樹脂には、水溶性のものと水分散性のものや、熱可塑性のものと熱硬化性のものとがあるが、ここで一括して説明する。
[0155] バイオマス由来樹脂は、生物由来の、酢酸セルロース、ポリ乳酸(PLA)、ナイロン11、ナイロン4、ポリトリメチレンテレフタレート(バイオPTT)、ポリブチレンサクシネート(バイオPBS)、ポリヒドロアルカン酸(PHA)、ポリグリコール酸(PGA)、ポリエチレンフラノエート、イソソルバイトジオールポリカーボネート共重合体、バイオポリプロピレン、バイオポリエチレン、バイオポリエチレンテレフタレートなどの原料を用いて種々のものが作製されている。大別すると、バイオマス由来樹脂としては、バイオマス由来のものでありかつ水溶性又は水分散性を有するものであれば特に限定されないが、例えば、バイオマス自体を由来とする樹脂、バイオマス由来の重合性モノマーからなる樹脂、微生物による合成物質由来の樹脂などが挙げられる。なお、バイオマス由来樹脂の中でも、難水溶性または非水溶性のものもある。そのようなバイオマス由来樹脂には、前述のように、親水性官能基の導入または乳化剤などの使用により、自己乳化型または強制乳化型の水分散性樹脂に変性して使用できる。また、バイオマス由来樹脂に架橋性官能基を導入して自己架橋性にしてもよい。」

甲3c
「[0219] <セルロースナノファイバー>
本実施形態の樹脂組成物に用いられるセルロースナノファイバーは、繊維径の上限値が例えば100nm以下、80nm以下、60nm以下、40nm以下または10nm以下であり、繊維径の下限値が例えば0nmを超え、0.1nm以上、0.5nm以上、1nm以上、4nm以上または3nm以上である。複数の上限値のいずれか1つと、複数の下限値のいずれか1つとを組み合わせて、繊維径範囲とすることができる。なお、本実施形態の樹脂組成物中では、複数のセルロースナノファイバーが十分にほどけて。その繊維径が4〜10nmとなることもある。セルロースナノファイバーの繊維長は、10〜1000μmまたは100〜500μmであり、アスペクト比は(繊維長/繊維径)は1000〜15000または2000〜10000である。」

甲3d
「[0320] (合成例1)<セルロースナノファイバー分散体の調製>
メディアレス分散機として、(株)広島メタル&マシナリー製の商品名:K―2(商品名が「アペックスディスパーサーZERO」に変更された)を用い、分散媒としての精製水、セルロースナノファイバーおよび分散剤を分散したスラリー状物を当該メディアレス分散機に投入して回転周速30m/sで循環させ、せん断によりセルロースの分散を促進させて、分散が安定した未変性セルロースナノファイバーを得た。
すなわち、上記の装置を用いて、未変性セルロースナノファイバー(BiNFi−s、(株)スギノマシン製)を0.1重量%、分散剤としてアクリルスルホン酸系分散剤(アロン A−6012、東亞合成(株)製)を未変性セルロースナノファイバーの固形分換算で5重量%添加した水分散液について5回メディアレス分散処理を繰り返し、未変性セルロースナノファイバー分散体Xを調製した。以下において、未変性セルロースナノファイバーを未変性CNFと呼ぶことがある。
[0321] 得られた水分散体Xの外観は白濁液状で、未変性セルロースナノファイバーの分散ムラや凝集は見られず、また、この水分散体Xを24時間以上静置しても未変性セルロースナノファイバーの沈殿は見られず、安定したスラリーであった。また、該分散体Xのゼータ電位−39.67mVであった。該水分散体Xに含まれる、未変性セルロースナノファイバーは平均繊維径は20〜50nmであった。」

甲3e
「[0323] (実施例1A)<物理架橋>
構造に−OH基を有する水溶性ビニル樹脂として、ポリビニルアルコール樹脂(ポバール PVA−205、(株)クラレ製、表1〜3では「PVA」と表記する)を用いた。この樹脂ペレットを水に溶解し、固形分濃度12.5重量%の水溶液を得た。この溶液の固形分に対し、架橋成分として多官能アリル系モノマー(トリアリルイソシアヌレート、TAIC)、日本化成(株)製)を5重量%、セルロースナノファイバー分散体Xを固形分換算で1重量%加え、実験用攪拌機を用いて300rpmにて1時間攪拌した。この分散体組成物(樹脂組成物)の分散性を目視にて評価した後、24時間静置した後の添加成分の沈降の有無を目視観察した。
[0324]
この分散体組成物から、酸素プラズマにより親水化処理したガラス基板上にスピンコーターにて厚さ5μmのコーティング膜を700rpm×10秒の条件で形成し、自然乾燥による脱溶媒後に物理架橋としてγ線を30kGy照射して架橋させた。この樹脂架橋体の水への可溶分の有無からゲル化の有無を判定し、さらにコーティング膜の鉛筆硬度および耐擦傷性を測定した。結果を表1に示す。」

(イ)甲3に記載された発明(甲3発明)
甲3の[請求項1]には、「樹脂成分とセルロースナノファイバーとを含み、前記樹脂成分が、未変性水溶性樹脂、水分散性樹脂、溶解度パラメータ14〜9.5(cal/cm3)1/2の範囲にある熱可塑性樹脂、ならびに水溶性およびアルコール溶解性から選ばれた少なくとも1種の溶剤溶解性を有する前記熱可塑性樹脂の変性樹脂よりなる群から選ばれた少なくとも1種である、樹脂組成物。」、同[請求項2]には、「前記未変性水溶性樹脂が、エチレン性二重結合含有化合物由来の構成単位および環状エチレン系化合物由来の構成単位から選ばれた少なくとも1種の構成単位を含む未変性水溶性樹脂、ビニルピロリドン系樹脂、ならびに水溶性バイオマス由来樹脂よりなる群から選ばれた少なくとも1種である」こと、同[請求項3]には、「前記水分散性樹脂が、水分散性に変性された熱可塑性樹脂であり、水分散性に変性される前の前記熱可塑性樹脂が熱可塑性バイオマス由来樹脂である」ことが記載されている(甲3a)。
そして、それを具体化した[0323]の実施例1Aとして、「ポリビニルアルコール樹脂…の樹脂ペレットを水に溶解し、固形分濃度12.5重量%の水溶液を得…架橋成分として多官能アリル系モノマー…を5重量%、セルロースナノファイバー分散体Xを固形分換算で1重量%加え、実験用攪拌機を用いて300rpmにて1時間攪拌した…分散体組成物(樹脂組成物)」が記載され(甲3e)、[0321]では、セルロースナノファイバー分散体Xにおける未変性セルロースナノファイバーの平均繊維径は20〜50nmであることが記載されている(甲3d)。
そうすると、甲3の実施例1Aに着目すると、甲3には、以下の発明(甲3発明)が記載されていると認められる。

「ポリビニルアルコール樹脂の樹脂ペレットを水に溶解し、固形分濃度12.5重量%の水溶液を得て、架橋成分として多官能アリル系モノマーを5重量%、平均繊維径が20〜50nmであるセルロースナノファイバー分散体Xを固形分換算で1重量%加え、攪拌して得られる分散体組成物」

(2)本件発明1と甲1発明の対比、判断
ア.本件発明1と甲1発明の対比
本件発明1と甲1発明((1)ア(イ))を対比する。
甲1発明の「脂環式ポリカーボネート」は、「イソソルビド」と「ジフェニルカーボネート」を原料とするものであるから、本件発明1の「下記化学式1で表される繰り返し単位を含むポリカーボネート」に相当する。
甲1発明の「アセチル化セルロース不織布」は、「任意に抽出した20箇所の平均繊維径が14nm」であるから、「平均直径が2〜200nm」である「ナノセルロース」に相当する。
甲1b発明の「複合材料」は、本件発明1の「複合素材」に相当する。

そうすると、本件発明1と甲1発明は、
「化学式1(式は略す。)で表される繰り返し単位を含むポリカーボネートと、ナノセルロースと、を含み、前記ナノセルロースは、平均直径が2〜200nmである、ポリカーボネート−ナノセルロース複合素材。」で一致し、以下の点で相違する。

<相違点1>
本件発明1では、「ポリカーボネート100重量部に対して、0.01〜4重量部」でナノセルロースを含有しているのに対して、
甲1発明では、セルロース繊維含有量が45重量%である点

<相違点2>
本件発明1では、ナノセルロースについて、「最長長さが100nm〜10μm」であるものを用いているのに対して、
甲1発明では、最長長さが特定されていない点

イ.相違点1の検討
甲1の【0136】には、セルロース繊維と脂環式ポリカーボネートの複合割合について、「通常、セルロース繊維が1重量%以上99重量%以下であり、脂環式ポリカーボネートが1重量%以上99重量%以下」、「低線膨張性を発現するにはセルロース繊維含有量が1重量%以上、脂環式ポリカーボネート含有量が99重量%以下であること必要」、「透明性を発現するにはセルロース繊維含有量が99重量%以下、脂環式ポリカーボネート含有量が1重量%以上であることが必要」との記載があり、好ましい範囲の例示でも、「セルロース繊維含有量が2重量%以上90重量%以下であり、脂環式ポリカーボネート含有量が10重量%以上98重量%以下」、「セルロース繊維含有量が5重量%以上80重量%以下であり、脂環式ポリカーボネート含有量が20重量%以上95重量%以下」と記載されるに止まるから(いずれも甲1d)、ナノセルロースの含有量をポリカーボネート100重量部に対して0.01〜4重量部に設定することが、甲1に記載乃至示唆されているとはいえない。

なお、甲2は、申立理由2において、本件発明5〜8に対する証拠方法として提示されたものであるが、甲2が、本件発明1の進歩性を否定する際の副引例になり得るか否かについて念のため検討する。
甲2には、【0117】【表3】の実施例14において、セルロースナノファイバーの含有量が1wt%であり、且つ、熱可塑性樹脂がPC(ポリカーボネート)である樹脂組成物が記載されている(甲2c)。
しかし、セルロースナノファイバーと複合させる樹脂としてイソソルビド由来のポリカーボネートを使用する旨の記載は存しないし、甲1の【0009】に記載された技術課題である「高透明性、低線膨張係数、高剛性、高耐熱変形性、並びに高耐光性を兼ね備えたセルロース繊維/PC複合材料を提供すること」(甲1b)と甲2の【0006】に記載された技術課題である「長期間持続可能な親水性を有し、樹脂物性の耐久性及び弾性率に優れ、簡便な製造方法で得ることが出来る親水性樹脂組成物を提供する事」(甲2b)は大きく異なっている。
そうすると、甲2の記載に接した当業者が、甲1発明において、セルロース繊維の含有量を、45重量%からそれを大きく下回る1wt%にすることを動機付けられるとはいえない。
そして、本件明細書によると、イソソルビド由来のポリカーボネート100重量部に対してナノセルロースを0.01〜4重量部で含有するという、相違点1として挙げた本件発明1の発明特定事項を満たす、実施例1〜4、7〜10(本eの【0097】〜【0107】)が、本件発明1の発明特定事項を満たさない実施例5〜6、11〜12及び比較例1〜8と比べて、優れた引張伸び増加率及び引張靭性増加率を示すことが【0118】【表1】において裏付けられているところ(本e)、こうしたイソソルビド由来のポリカーボネートに対するナノセルロースの含有量に伴う効果は甲1、2に何ら記載されていない。
そうすると、甲1発明に、甲1〜2に記載された事項を組み合わせても、相違点1として挙げた本件発明1の発明特定事項である「ポリカーボネート100重量部に対して、0.01〜4重量部」で「ナノセルロース」を含有することを当業者が容易に想到し得たとはいえない。
したがって、本件発明1は、相違点2について検討するまでもなく、甲1発明であるとはいえないし、甲1発明に甲1〜甲2の記載事項を組み合わせても当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

ウ.小括
以上のとおり、本件発明1は、甲1発明、すなわち、甲1に記載された発明とはいえないうえ、甲1に記載された発明に甲1〜2の記載事項を組み合わせても当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(3)本件発明1と甲3発明の対比、判断
ア.本件発明1と甲3発明の対比
甲3発明の「平均繊維径が20〜50nm」である「セルロースナノファイバー」は、本件発明1の「平均直径が2〜200nm」である「ナノセルロース」に相当する。
甲3発明の「分散体樹脂組成物」は、樹脂と架橋成分とセルロースナノファイバー分散体Xを含む樹脂組成物であるから、本件発明1の「複合素材」に相当する。
甲3発明の「ポリビニルアルコール樹脂」と本件発明1の「化学式1で表される繰り返し単位を含むポリカーボネート」は、樹脂である限りにおいて一致する。

そうすると、本件発明1と甲3発明は、
「樹脂と、ナノセルロースと、を含み、前記ナノセルロースは、平均直径が2〜200nmである、樹脂−ナノセルロース複合素材。」で一致し、以下の点で相違する。

<相違点3>
本件発明1では、樹脂として「化学式1で表される繰り返し単位を含むポリカーボネート」を用いているのに対して、
甲3発明では、「ポリビニルアルコール樹脂」を用いている点

<相違点4>
本件発明1では、ポリカーボネートの「100重量部に対して、0.01〜4重量部」でナノセルロースを含有しているのに対して、
甲3発明では、ポリビニルアルコール樹脂を含む分散体組成物に対し、固形分換算の1重量%でセルロースナノファイバーを含有している点

<相違点5>
本件発明1では、ナノセルロースについて、「最長長さが100nm〜10μmである」「ナノセルロース」を用いているのに対して、
甲3発明では、セルロースナノファイバーの最長長さが特定されていない点

イ.相違点3〜4の検討
甲3の[0154]〜[0155]には、「バイオマス由来樹脂には、水溶性のものと水分散性のものや、熱可塑性のものと熱硬化性のものとがある」こと、「バイオマス由来樹脂は、生物由来の、酢酸セルロース…イソソルバイトジオールポリカーボネート共重合体…バイオポリエチレンテレフタレートなどの原料を用いて種々のものが作製されている」ことが記載されている(甲3b)。
しかし、「イソソルバイトジオールポリカーボネート共重合体」は多数列挙されている樹脂の一つに過ぎないから、甲3発明において、セルロースナノファイバーと組み合わせる樹脂として「ポリビニルアルコール樹脂」に代えて、特に、「イソソルバイトジオールポリカーボネート共重合体」を選択することを動機付けることはできず、かかる選択を当業者が容易に想到し得るとはいえない。
また、甲3には、ポリカーボネートの「100重量部に対して、0.01〜4重量部」でセルロースナノファイバーを用いる旨の記載はないから、甲3発明に、甲3に記載された事項を組み合わせても、相違点4として挙げた、ポリカーボネートの「100重量部に対して、0.01〜4重量部」でナノセルロースを含有することを当業者が容易に想到し得たとはいえない。
なお、(2)イで述べたとおり、本件明細書によると、イソソルビド由来のポリカーボネート100重量部に対してナノセルロースを0.01〜4重量部で含有するという、相違点3〜4として挙げた本件発明1の発明特定事項を共に満たす場合、優れた引張伸び増加率及び引張靭性増加率を示すことが【0118】【表1】で裏付けられているところ(本e)、イソソルビド由来のポリカーボネートに対するナノセルロースの含有量に伴う効果は甲3に何ら記載されていない。
そうすると、本件発明1は、相違点5について検討するまでもなく、甲3発明であるとはいえないし、甲3発明に甲3の記載事項を組み合わせても当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

ウ.小括
以上のとおり、本件発明1は、甲3発明、すなわち、甲3に記載された発明とはいえず、また、甲3に記載された発明に甲3の記載事項を組み合わせても当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(4)本件発明2〜4
本件発明2〜4は、本件発明1を引用するものであるから、本件発明1と同様の理由により、甲1に記載された発明とはいえず、また、甲1に記載された発明に甲1〜2の記載事項を組み合わせても当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(5)本件発明5〜6
ア.本件発明5と甲2発明の対比
甲2発明の「数平均繊維径が23nm」の「セルロース繊維A2」は、本件発明5の「平均直径が2〜200nm」である「ナノセルロース」に相当する。
甲2発明の「セルロースナノファイバーゲルにポリカーボネート(PC)を加えたドープ溶液」は、本件発明5の「ポリカーボネート」と「ナノセルロース」を溶媒に混合および分散」した「分散液」に相当する。
甲2発明の「親水性樹脂」は、「セルロースナノファイバー」と「ポリカーボネート(PC)」を含有する素材であるから、本件発明5の「ポリカーボネート−ナノセルロース複合素材」に相当する。

そうすると、本件発明5と甲2発明は、
「a)ポリカーボネートおよび平均直径が2〜200nmであるナノセルロースを溶媒に混合および分散して分散液を製造するステップと、
b)前記分散液を乾燥して複合素材を製造するステップと、を含む、ポリカーボネート−ナノセルロース複合素材の製造方法。」で一致し、以下の点で相違する。

<相違点6>
本件発明5では、ポリカーボネートとして「化学式1で表される繰り返し単位を含むポリカーボネート」を用いているのに対して、
甲2発明では、ポリカーボネートの化学構造が特定されていない点

<相違点7>
本件発明5では、「ポリカーボネート100重量部に対して、0.01〜4重量部」でナノセルロースを含有しているのに対して、
甲2発明では、親水性樹脂組成物に対するセルロースナノファイバーの含有量が1wt%である点

<相違点8>
本件発明5では、ナノセルロースについて、「最長長さが100nm〜10μmである」「ナノセルロース」を用いているのに対して、
甲2発明では、セルロースナノファイバーの最長長さが特定されていない点

イ.相違点6〜7の検討
甲2には、セルロースナノファイバーと複合させる樹脂としてイソソルビド由来のポリカーボネートを使用する旨の記載は存しないし、甲1の【0009】に記載された技術課題である「高透明性、低線膨張係数、高剛性、高耐熱変形性、並びに高耐光性を兼ね備えたセルロース繊維/PC複合材料を提供すること」(甲1b)と甲2の【0006】に記載された技術課題である「長期間持続可能な親水性を有し、樹脂物性の耐久性及び弾性率に優れ、簡便な製造方法で得ることが出来る親水性樹脂組成物を提供する事」(甲2b)は大きく異なっているから、甲1の記載に接した当業者が、甲2発明のポリカーボネート(PC)を、甲1に記載されたイソソルビド由来のポリカーボネートに置き換えることを容易に想到し得るとは認められない。
また、甲2では、親水性樹脂組成物にポリカーボネートの「100重量部に対して、0.01〜4重量部」でセルロースナノファイバーを用いる旨の明示的記載もない。
そして、(2)イで述べたとおり、本件明細書によると、イソソルビド由来のポリカーボネート100重量部に対してナノセルロースを0.01〜4重量部で含有するという、相違点6〜7として挙げた本件発明1の発明特定事項を共に満たす場合、優れた引張伸び増加率及び引張靭性増加率を示すことが【0118】【表1】で裏付けられているところ(本e)、イソソルビド由来のポリカーボネートに対するナノセルロースの含有量に伴う効果は甲2に何ら記載されていない。
そうすると、本件発明5は、相違点8について検討するまでもなく、甲2発明に甲1〜2の記載事項を組み合わせても当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

ウ.本件発明6と甲2発明の対比、検討
本件発明6と甲2発明は、少なくとも、アで述べた相違点6〜8で相違している。
しかし、イで述べたとおり、相違点6〜7は、当業者が容易に想到し得たものとはいえないから、本件発明6は、本件発明5と同様に、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

エ.小括
以上のとおり、本件発明5、6は、甲2発明、すなわち、甲2に記載された発明に、甲1〜2の記載事項を組み合わせても当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(6)本件発明7〜8
本件発明7〜8は、本件発明6を直接又は間接的に引用するものであるから、本件発明6と同様の理由により、当業者が容易に想到し得たものとはいえない。
したがって、本件発明7〜8は、甲2に記載された発明に、甲1〜2の記載事項を組み合わせても当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(5)申立理由1〜2の検討のまとめ
以上からすると、本件発明1〜8に係る特許は、いずれも申立人による申立理由1〜2により取り消すことはできない。

3.申立理由3の検討
(1)甲4の記載事項及び甲4に記載された発明
ア.甲4(特開2019−119756号(特願2017−253317
号)公報)の記載事項及び甲4に記載された発明
(ア)甲4の記載事項
甲4a
「【請求項1】
(A)ポリカーボネート、及び
(B)セルロース系繊維の一部の水酸基の水素原子が、一般式(1):Ra−CO−(式中、Raは炭素数1〜4のアルキル基、又は電子供与性の置換基を有することもあるフェニル基を示す。)で表されるアシル基、又は、一般式(2):Rb−(式中、Rbは炭素数1〜4のアルキル基、ヒドロキシエチル基、2−ヒドロキシプロピル基、シアノエチル基又はアリル基を示す。)で表される、置換基を有することもあるアルキル基で置換され、かつ、ミクロフィブリル化されたセルロース系繊維である、化学修飾ミクロフィブリル化セルロース系繊維
を含有する、透明な溶融混練組成物。」

甲4b
「【発明が解決しようとする課題】
【0019】
本発明の目的は、強度特性及び透明性に優れ、かつ、生産性に優れる、ポリカーボネートと、化学修飾され、かつミクロフィブリル化されたセルロース系繊維(化学修飾ミクロフィブリル化セルロース系繊維)とを含有する組成物、その製造方法、並びに成形体を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0020】
本発明者らが鋭意検討した結果、特定の置換基で化学修飾された化学修飾ミクロフィブリル化セルロース系繊維を用い、ポリカーボネートと溶融混練して組成物を製造することにより、上記課題を解決できることを見出した。」

甲4c
「【0035】
(A)ポリカーボネート
ポリカーボネートは、ジオール水酸基と炭酸とのエステル構造を繰り返し単位とするポリエステル構造のポリマーであって、モノマー単位(ポリマー繰り返し単位)同士の接合部が、すべてカーボネート基 (−O−(C=O)−O−)で構成されるポリマーである。
【0036】
本願明細書では、ポリマー繰り返し単位中に少なくとも芳香環を有するものを芳香族ポリカーボネートと呼び、ポリマー繰り返し単位が脂肪族ジオール及び/又は脂環式ジオールの炭酸エステルで形成されているものを脂肪族ポリカーボネートと呼ぶ。
【0037】
芳香族ポリカーボネートとしては、ビスフェノール類(例えば、ビスフェノールA、ビスフェノールC、ビスフェノールE、ビスフェノールF、ビスフェノールM、ビスフェノールP、ビスフェノールS、ビスフェノールZ等)のポリ炭酸エステル、これらとビスアルキルカーボネート、ビスアリールカーボネート等の共重合体が挙げられる。
【0038】
脂肪族ポリカーボネート系樹脂としては、脂肪族ジオール成分及び/又は脂環式ジオール(シクロヘキサンジメタノール、イソソルビド等)成分と、ビスアルキルカーボネート等の炭酸エステル類との反応により製造される共重合体が挙げられる。
【0039】
ポリカーボネートのうち、芳香族ポリカーボネートは、強度特性に優れるので本発明で好適に使用することができる。そのうちでも、ビスフェノールAの炭酸エステルを繰り返し単位とする芳香族ポリカーボネートが、強度特性と光透過性に優れるので、好ましい。このような芳香族ポリカーボネートは、例えば、ユーピロン(登録商標)(Iupilon(登録商標))の商品名で市販されている。
【0040】
脂肪族ポリカーボネートのうちでは、イソソルビドを主原料とするポリカーボネートが、高い耐衝撃性、透明性に優れていることから、好ましく使用することができる。このような脂肪族ポリカーボネートは、例えば、デュラビオ(登録商標)(DURABIO(登録商標))の商品名で市販されている。
【0041】
(B)化学修飾ミクロフィブリル化セルロース系繊維本発明の組成物に含まれる化学修飾ミクロフィブリル化セルロース系繊維は、セルロース系繊維の一部の水酸基の水素原子が、アシル基(1)、又は置換基を有することもあるアルキル基(2)で置換され、かつ、ミクロフィブリル化されたセルロース系繊維である。」

甲4d
「【0071】
ミクロフィブリル化セルロース系繊維(MFC)とは、上述したセルロース系繊維集合体を構成するそれぞれの繊維の直径が全てナノオーダーにミクロフィブリル化された繊維という意味ではなく、ミクロフィブリル化された部分を少なくとも含むセルロース系繊維という意味であって、上述したセルロース系繊維の直径がナノオーダーであるか、又は繊維の内部若しくは表面の繊維の直径がナノオーダーであるものをいう。化学修飾ミクロフィブリル化セルロース系繊維(化学修飾MFC)における繊維径は、数十nm〜数μm程度である。そして、化学修飾MFCにおけるミクロフィブリル化セルロース系繊維の意味も上記のように、それぞれの繊維の直径が全てナノオーダーにミクロフィブリル化された繊維という意味ではなく、ミクロフィブリル化された部分を少なくとも含むセルロース系繊維という意味であって、上述したセルロース系繊維の直径がナノオーダーであるか、又は繊維の内部若しくは表面の繊維の直径がナノオーダーであるものをいう。
【0072】
MFC及び化学修飾MFCの繊維径及び繊維長は、500〜10000倍の走査型電子顕微鏡(SEM)写真を撮影して測定することができる。繊維径の平均値(平均繊維径)及び繊維長の平均値(平均繊維長)は、SEMの視野内のMFC又は化学修飾MFCの少なくとも50本以上について測定したときの平均値として求めることができる。

【0074】
ミクロフィブリル化は、例えば、セルロース系繊維、具体的には繊維集合体(パルプ)を、リファイナー若しくはビーター又はこれらを組み合わせて使用して、離解、叩解、又は解繊した後に、例えば、高圧ホモジナイザー、ボールミル、又はグラインダーを用いて行うことができる。
【0075】
本発明の溶融混練組成物における化学修飾ミクロフィブリル化セルロース系繊維の含有割合は、ポリカーボネートと化学修飾ミクロフィブリル化セルロース系繊維との合計質量に対して、通常1〜40質量%程度であり、3〜30質量%であることが好ましい。化学修飾ミクロフィブリル化セルロース系繊維の含有割合を上記範囲にすることにより、透明性及び強度特性に優れた溶融混練組成物を得ることができる。」

甲4e
「【0154】
なお、実施例、比較例、及び試験例において使用される略称の意味は、以下の通りである。
PC:ポリカーボネート

AcBCP:BCP中の一部の水酸基の水素原子がアセチル基で置換されたBCP

【0155】
以下の製造例1−4において、原料として以下のものを使用した。
(1)セルロース系繊維

2)微生物由来セルロース系パルプ(BCP):フジッコ株式会社製「膜はぎナタデココシート」100gをワーリングブレンダーで粉砕し、得られた粉砕物に撹拌しながら0.5M水酸化ナトリウム水溶液1Lを加えて中和し、次いで、ラウリル硫酸ナトリウム2%水溶液500mL(10g/水500mL)を加えて80℃で1時間撹拌して除蛋白した。除蛋白されたBCPに塩素酸ナトリウム水溶液(2g/水1L)を加えて1晩室温に放置してBCPを漂白し、漂白済のBCPをろ取し、水洗して白色綿状のBCP60gを得た。乾燥減量により求めた水分含量は91%であった。(2)ポリカーボネート:商品名ユーピロン(登録商標)(Iupilon(登録商標))、三菱エンジニアリングプラスチックス株式会社製。融点約250℃、光透過度約90%。

【0161】
<製造例3>AcBCPの調製
攪拌羽根を備えた四つ口200mLフラスコに、BCP(乾燥重量として320mg)、及びDMF90mLを入れて攪拌し、BCPをDMF中に分散させ、BCP分散液を調製した。
【0162】
前記フラスコに冷却器を取り付け、窒素雰囲気下、分散液を100℃に加熱し、分散液中に含まれる水分を留去した。その後、分散液を室温まで冷却し、分散液に炭酸カリウム83mg(0.6mmol)及び酢酸ビニル8.88mL(約96mmol)を加え、70℃で攪拌しながら窒素雰囲気下で反応させ、生成するアセチル基の増加を製造例1の場合と同様に赤外線吸収スペクトルにより逐次測定し、アセチル化の置換度を追跡した。
【0163】
反応懸濁液をエタノール50mL及び水50mLで希釈し、攪拌した後に濾取した。上記の操作(エタノールの添加、分散、及び濾過)で同様の操作を行い、得られた濾取物を100℃で1時間乾燥しAcBCP300mgを得た(この収量は、反応途中でDS測定のためにサンプリングしたため、理論収量よりも少ない量である)。

【0165】
<実施例1>PCとミクロフィブリル化AcBCP(AcMFBC)とを含む溶融混練組成物及びその成形体の製造
製造例3と同様にして調製したAcBCP(絶対乾燥物として2.9g、エタノール/水(容量比1:1)で洗浄済、DS0.41)とPC(48.1g)とをイソプロピルアルコール(IPA)500mLに加えて攪拌して懸濁した。この懸濁液を濾取して70℃で減圧乾燥し、次いで110℃で10時間常圧で乾燥し、AcBCPとPCとの混合物を得た。この混合物の約51gを下記の二軸混練機を用いて、下記条件で加熱下に溶融混練して、PCとAcMFBCとを含む溶融混練組成物(ペレット状、繊維含有率5質量%)を得た。
・混練装置:テクノベル社製「TWX−15型」
・混練条件:温度=240℃、吐出=3−8g/min、スクリュー回転数=200rpm。」

(イ)甲4に記載された発明(甲4発明)
甲4の特許請求の範囲の請求項1には、「(A)ポリカーボネート、及び(B)セルロース系繊維の一部の水酸基の水素原子が、一般式(1):Ra−CO−(式中、Raは炭素数1〜4のアルキル基、又は電子供与性の置換基を有することもあるフェニル基を示す。)で表されるアシル基、又は、一般式(2):Rb−(式中、Rbは炭素数1〜4のアルキル基、ヒドロキシエチル基、2−ヒドロキシプロピル基、シアノエチル基又はアリル基を示す。)で表される、置換基を有することもあるアルキル基で置換され、かつ、ミクロフィブリル化されたセルロース系繊維である、化学修飾ミクロフィブリル化セルロース系繊維を含有する、透明な溶融混練組成物。」が記載されている(甲4a)。
そして、これを具体化した【0165】の<実施例1>には、「製造例3と同様にして調製したAcBCP(絶対乾燥物として2.9g、エタノール/水(容量比1:1)で洗浄済、DS0.41)とPC(48.1g)とをイソプロピルアルコール(IPA)500mLに加えて攪拌して懸濁した。この懸濁液を濾取して70℃で減圧乾燥し、次いで110℃で10時間常圧で乾燥し、AcBCPとPCとの混合物を得た。この混合物の約51gを下記の二軸混練機を用いて、下記条件で加熱下に溶融混練して、PCとAcMFBCとを含む溶融混練組成物(ペレット状、繊維含有率5質量%)を得た。」ことが記載されている(甲4e)。
ここで、上記の「AcBCP」は、【0154】〜【0155】及び【0161】〜【0163】によると、一部の水酸基の水素原子が「アセチル基で置換された微生物由来セルロース系パルプ」であり(甲4e)、上記の「PC]は、【0155】によると「商品名ユーピロン」と称する(甲4e)、【0039】に記載される「芳香族ポリカーボネート」である(甲4c)。

そうすると、甲4の<実施例1>の記載に着目すると、甲4には、以下の発明(甲4発明)が記載されていると認められる。

「アセチル基で置換された微生物由来セルロース系パルプと芳香族ポリカーボネートのイソプロピルアルコール懸濁液を濾取し、減圧乾燥、次いで常圧乾燥して得られた混合物を、二軸混練機を用いて、加熱下に溶融混練して得られる、繊維含有率5質量%であるペレット状の溶融混練組成物」

(2)本件発明1と甲4発明の対比、判断
ア.本件発明1と甲4発明の対比
本件発明1と甲4発明((1)ア(イ))を対比する。
甲4発明の「アセチル基で置換された微生物由来セルロース系パルプ」は、甲4の請求項1によると「ミクロフィブリル化されたセルロース系繊維」の一種であり(甲4a)、甲4の【0071】によると「セルロース系繊維の直径がナノオーダーであるか、又は繊維の内部若しくは表面の繊維の直径がナノオーダーであるものをいう」ので(甲4d)、本件発明1の「ナノセルロース」に相当する。
甲4発明の「芳香族ポリカーボネート」と本件発明1の「化学式1で表される繰り返し単位を含むポリカーボネート」は、「ポリカーボネート」である限りにおいて一致する。
甲4発明の「ペレット状の溶融混練組成物」は、「芳香族ポリカーボネート」と「アセチル基で置換された微生物由来セルロース系パルプ」を含む素材であるから、本件発明1の「ポリカーボネート−ナノセルロース複合素材」に相当する。
そうすると、本件発明1と甲4発明は、
「ポリカーボネートと、ナノセルロースと、を含む、ポリカーボネート−ナノセルロース複合素材。」で一致し、以下の点で相違する。

<相違点9>
本件発明1では、「化学式1で表される繰り返し単位を含むポリカーボネート」を用いているのに対して、
甲4発明では、「芳香族ポリカーボネート」を用いている点

<相違点10>
本件発明1では、ポリカーボネートの「100重量部に対して、0.01〜4重量部」でナノセルロースを含有しているのに対して、
甲4b発明では、繊維含有率5質量%にてアセチル基で置換された微生物由来セルロース系パルプを含有している点

<相違点11>
本件発明1では、「平均直径が2〜200nmであり、最長長さが100nm〜10μmである」ナノセルロースを用いているのに対して、
甲4発明では、アセチル基で置換された微生物由来セルロース系パルプの平均直径及び最長長さが特定されていない点

イ.相違点9〜10の検討
甲4の【0036】には、「ポリカーボネート」として、「芳香族ポリカーボネート」と「脂肪族ポリカーボネート」のいずれかを用いることが記載され、【0040】には、「脂肪族ポリカーボネートのうちでは、イソソルビドを主原料とするポリカーボネートが、高い耐衝撃性、透明性に優れていることから、好ましく使用することができる。」ことが記載されているものの(甲4c)、「イソソルビドを主原料とするポリカーボネート」は、甲4に列記された「ポリカーボネート」のうちの選択肢の一つに過ぎないので、甲4発明の芳香族ポリカーボネートに代えてイソソルビドを主原料とするポリカーボネートを用いることが甲4に記載されているに同然であるとまではいえない。
また、甲4の【0075】には、「溶融混練組成物における化学修飾ミクロフィブリル化セルロース系繊維の含有割合」「ポリカーボネートと化学修飾ミクロフィブリル化セルロース系繊維との合計質量に対して、通常1〜40質量%程度」、「3〜30質量%であることが好ましい」と記載され、上記範囲にすることで「透明性及び強度特性に優れた溶融混練組成物を得ることができる」と記載されているが(甲4d)、本件発明1のより特定された配合範囲である、ポリカーボネートの「100重量部に対して、0.01〜4重量部」で、「化学修飾ミクロフィブリル化セルロース系繊維」又は「アセチル基で置換された微生物由来セルロース系パルプ」を用いることが甲4に記載されているに同然であるとまではいえない。
一方、2(2)イで述べたとおり、本件明細書によると、イソソルビドを主原料とするポリカーボネート100重量部に対してナノセルロースを0.01〜4重量部で含有するという、相違点9〜10で挙げた本件発明1の発明特定事項を共に満たす場合、優れた引張伸び増加率及び引張靭性増加率を示すことが【表1】で裏付けられているところ(本eの【0118】)、こうしたイソソルビド由来のポリカーボネートに対するナノセルロースの含有量に伴う効果は甲4に記載の無い新たな効果であるといえる。
そうすると、相違点9〜10は、本件発明1と甲4発明とを区別する実質的な相違点であると認められるので、相違点11について検討するまでもなく、本件発明1と甲4発明は同一の発明であるとはいえない。

(4)申立理由3の検討のまとめ
以上からすると、本件発明1に係る特許は、申立人による申立理由3により取り消すことはできない。

第5 むすび
以上のとおり、本件特許に係る異議申立てにおいて申立人が主張する取消理由はいずれも理由がないから、本件発明1〜8に係る特許は、取り消すことができない。
ほかに、本件発明1〜8に係る特許を取り消すべき理由も発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2021-12-20 
出願番号 P2020-013925
審決分類 P 1 651・ 536- Y (C08L)
P 1 651・ 537- Y (C08L)
P 1 651・ 113- Y (C08L)
P 1 651・ 121- Y (C08L)
P 1 651・ 161- Y (C08L)
最終処分 07   維持
特許庁審判長 杉江 渉
特許庁審判官 福井 悟
土橋 敬介
登録日 2021-03-25 
登録番号 6858284
権利者 コリア リサーチ インスティチュート オブ ケミカル テクノロジー
発明の名称 ポリカーボネート−ナノセルロース複合素材およびその製造方法  
代理人 特許業務法人ナガトアンドパートナーズ  

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