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審決分類 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  E02D
審判 全部申し立て 2項進歩性  E02D
管理番号 1384248
総通号数
発行国 JP 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2022-05-27 
種別 異議の決定 
異議申立日 2021-11-12 
確定日 2022-02-15 
異議申立件数
事件の表示 特許第6867649号発明「シール剤用品、及び薬液注入工法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6867649号の請求項1ないし8に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6867649号の請求項1〜8に係る特許についての出願は、平成29年10月24日に出願されたものであって、令和3年4月13日にその特許権の設定登録がされ、令和3年5月12日に特許掲載公報が発行された。その後、その請求項1〜8に係る特許に対し、令和3年11月12日に特許異議申立人香中伸枝(以下「申立人」という。)は、特許異議の申立てを行った。

第2 本件発明
特許第6867649号の請求項1〜8の特許に係る発明(以下「本件発明1」等といい、全体の発明を「本件発明」という。)は、それぞれ、その特許請求の範囲の請求項1〜8に記載された事項により特定される次のとおりのものである。
「【請求項1】
薬液注入工法に用いられるシール剤用品であって、
使用時に混合される複数の単位剤を含み、
前記単位剤のうちの少なくとも1つは3価のアルミニウムイオンを含み、
前記複数の単位剤を混合して成るシール剤は、
水酸化アルミニウムのゲルを含み、
前記シール剤の比重が1.05〜1.30の範囲内であり、
混合直後における前記シール剤のpHが4〜11.1の範囲内であり、
混合直後における前記シール剤の粘度が100mPa・s以上であるシール剤用品。
【請求項2】
薬液を地盤に注入し、注入した薬液が固結することで地盤を改良する薬液注入工法であって、
前記地盤に掘削孔を形成し、
前記掘削孔に注入管が挿入され、前記注入管と前記掘削孔の孔壁との間にシール剤が充填された状態とし、
前記注入管の注入口から、pHが4未満である前記薬液を吐出し、
前記薬液が前記シール剤の少なくとも一部を溶解して前記地盤に浸透し、
前記シール剤は、
水酸化アルミニウムのゲルを含み、
比重が1.05〜1.30の範囲内であり、
pHが4〜11.1の範囲内である
薬液注入工法。
【請求項3】
請求項2に記載の薬液注入工法であって、
前記シール剤の粘度が100mPa・s以上である薬液注入工法。
【請求項4】
薬液を地盤に注入し、注入した薬液が固結することで地盤を改良する薬液注入工法であって、
前記地盤に掘削孔を形成し、
前記掘削孔に注入管が挿入され、前記注入管と前記掘削孔の孔壁との間にシール剤が充填された状態とし、
前記注入管の注入口から、pHが4未満である前記薬液を吐出し、
前記薬液が前記シール剤の少なくとも一部を収縮させて前記地盤に浸透し、
前記シール剤は、高吸水性樹脂及び水を含む
薬液注入工法。
【請求項5】
請求項4に記載の薬液注入工法であって、
前記高吸水性樹脂は、合成ポリマー系の高吸水性樹脂である薬液注入工法。
【請求項6】
請求項4又は5に記載の薬液注入工法であって、
前記高吸水性樹脂は、ポリアクリル酸塩系の高吸水性樹脂である薬液注入工法。
【請求項7】
請求項4〜6のいずれか1項に記載の薬液注入工法であって、
前記高吸水性樹脂は、アクリル酸重合体部分ナトリウム塩架橋物を含む薬液注入工法。
【請求項8】
請求項4〜7のいずれか1項に記載の薬液注入工法であって、
前記シール剤は、1000質量部の水と、1〜100質量部の前記高吸水性樹脂と、を含む薬液注入工法。」

第3 申立理由の概要
1 申立ての理由
特許異議申立書の記載によれば、申立人が主張する申立ての理由は、以下のとおりのものと認められる。
(1)特許法第29条第2項進歩性欠如)
ア 本件発明1について
本件発明1は、本件特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された甲第1号証に記載された発明及び甲第1、8〜10号証に記載された技術事項に基いて、本件特許出願前にその発明の属する技術分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、請求項1に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。
イ 本件発明2〜8について
本件発明2〜8は、本件特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された甲第4号証に記載された発明及び甲第3、4、8、10〜13号証に記載された技術事項に基いて、本件特許出願前にその発明の属する技術分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、請求項2〜8に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。
(2)特許法第36条第6項第1号(サポート要件)
本件発明1、3、8は、発明の詳細な説明に記載した範囲を超えるものであり、特許請求の範囲に不備があるから、請求項1、3、8に係る特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。
(3)特許法第36条第6項第2号明確性要件)
本件発明1、3は、発明の範囲が曖昧になっており、特許請求の範囲の記載に不備があるから、請求項1、3に係る特許は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。

2 証拠
申立人が特許異議申立書に添付して提出した証拠(甲第1号証ないし甲第13号証。以下「甲1」ないし「甲13」という。)は、以下のとおりである。
甲1:特開平9−157649号公報
甲2:社団法人日本グラウト協会編、「新訂 正しい薬液注入工法 ―この一冊ですべてがわかる―」、初版、日刊建設工業新聞社、2007年5月14日、vi〜vii頁
甲3:特開2006−274646号公報
甲4:特開2005−113444号公報
甲5:特開2006−9401号公報
甲6:島田俊介他、「最先端技術の薬液注入工法」、3版、理工図書株式会社、平成7年10月31日、42〜43、46〜47、188〜191頁
甲7:社団法人日本薬液注入協会編、「正しい薬液注入工法」、初版、日刊建設工業新聞社、2002年1月31日、244頁
甲8:特開昭53−125310号公報
甲9:特開2002−155279号公報
甲10:地盤工学会薬液注入工法の調査・設計から施工まで編集委員会編、「薬液注入工法の調査・設計から施工まで」、第10刷、社団法人 地盤工学会、平成16年5月、158〜159頁
甲11:化学大辞典編集委員会編、「化学大辞典5」、縮刷版第18刷、共立出版株式会社、昭和50年12月1日、18〜19頁
甲12:米倉亮三他、「薬液注入の長期耐久性と恒久グラウト本設注入工法の設計施工―環境保全型液状化対策工と品質管理―」、初版、株式会社近代科学社、2016年10月31日、15頁
甲13:塚本治夫、「高吸水性材料について」、紙パ技協誌、第48巻第2号、1994年2月、28〜34頁

第4 証拠の記載
1 甲1
(1)甲1には、以下の事項が記載されている。(下線は、当審で付した。以下同様。)
ア「【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は地盤中に注入して該地盤を固結する水ガラス系地盤注入用薬液に係り、特に、短時間から長時間にわたる広範囲のゲル化時間の調整が容易で、かつ、水ガラス濃度が比較的低いにもかかわらず、高強度を呈し、かつ、浸透性、止水性、および耐久性にも優れた地盤注入用薬液に関する。」

イ「【0021】これに対して、上述の水ガラスとアルミン酸アルカリ金属塩の系に酸性アルミニウム塩を添加すると、緩衝作用が生じるゲル化時間の緩慢な変化が一層助長され、浸透性が良くなる。しかも、酸性アルミニウム塩は配合液中で酸性を呈して水ガラスのアルカリ分を中和し、かつ、シネリシスを抑制し、さらに、固結強度の向上をももたらすものと思われる。」

ウ「【0032】比較例1〜10は水ガラスの硬化剤としてアルミン酸ソーダを単独で使用した例であり、比較例11、12は硫酸アルミニウムを単独で使用した例であって、いずれも固結強度が0.5〜1.6kgf/cm2程度であって、相当に低い値を示している。また、比較例11、12では、AB液の合流時に沈澱が発生し、均質な液となりにくい。」

エ「【0038】
【発明の効果】以上のとおり、本発明にかかる地盤注入用薬液は水ガラスの反応剤としてアルミン酸アルカリ金属塩および酸性アルミニウム塩を併せて用いることにより、次の効果を奏し得るものである。
【0039】(1)水ガラス濃度を通常の水ガラスグラウトよりも比較的低濃度にしても、高固結強度を呈し得る。
(2)短時間から長時間にわたるゲル化時間の調整が容易で、かつ、ゲル化に至るまで低粘性を保持するので、瞬結から浸透性が要求される緩結に至る広範囲の水ガラスグラウトを得ることができる。
(3)固結強度が高い。
(4)離漿水が少ないので、止水性、耐久性の向上が期待できる。」

オ 表2は次のものである。




使用時に混合されることで本件発明1に係る「シール剤」に成る複数の単位剤の具体例について本件明細書の表1(【0047】)に記載されており、実施例1〜14及び比較例2〜6がすべて、単位剤として「Al2(SO4)3」(硫酸アルミニウム)と「NaAlO2」(アルミン酸ナトリウム)を有していること、また、実施例9及び10は、これら2つの単位剤に加えて、「5号ケイ酸ナトリウム」(いわゆる水ガラス)を有していることを踏まえれば、甲1の表2に記載の実験例N0.1〜22は、一つの単位剤の中にではあるが、アルミン酸ソーダ溶液と硫酸アルミニウム溶液を有しているから、もっとも本件発明1に関連しているものと認められる。
そこで、表2によれば、実験例N0.1〜22は、以下のものであることが理解できる。
(ア)「地盤注入用薬液は、水ガラスと水とを含むA液と、アルミン酸ソーダ溶液と硫酸アルミニウム溶液と水とを含むB液との合流液である」点。

(2)上記(1)からみて、甲1には、次の発明(以下「甲1発明」という。)が記載されているものと認める。
「地盤中に注入して該地盤を固結する水ガラス系地盤注入用薬液であって、
水ガラスと水とを含むA液と、アルミン酸ソーダ溶液と硫酸アルミニウム溶液と水とを含むB液との合流液である、
地盤注入用薬液。」

2 甲2
(1)甲2には、以下の事項が記載されている。
ア「

」(vi頁)

イ「

」(vii頁)

3 甲3
(1)甲3には、以下の事項が記載されている。
ア「【0009】
以下、本発明を添付図面を用いて詳述する。
図1〜図6は本発明工法を説明するための一連の工程図であって、まず、図1に示されるように、地盤1をケーシング2でボーリングして地盤1中に削孔3を形成する。
【0010】
次いで、図2に示されるように、図1のケーシング2中に透液性孔壁安定液4を填充する。孔壁安定液は透水性に優れた水溶液であって、削孔壁と接触することにより、孔壁の崩落を防止する。
【0011】
孔壁安定液は具体的には、繊維くずや、増粘剤を単独で、あるいは一緒に含有する水溶液である。繊維くずとしては例えばわたくず、パルプくず、植物性繊維等のセルローズ繊維、羊毛くずのような動物性繊維くず等があげられる。これらはくず状にくだいて水に分散し、水分散液として用いられる。これら繊維は削孔壁にからみついて孔壁を安定化する。しかも注入液は容易にすき間から浸透する。
【0012】
また、増粘剤は、注入液の固結性や固結強度に悪影響を与えない高分子系増粘剤であって、具体的には、例えば多糖類またはその誘導体、天然ガム類、水溶性の合成高分子物質等が挙げられる。
【0013】
多糖類またはその誘導体としては、カルボキシメチルセルローズナトリウム(CMC)(例えば、和光純薬(株)製試薬グレードナン)、ヒドロキシエチルセルローズ(例えばダイセル化学(株)製工業品)、澱粉グリコール酸ナトリウム、澱粉リン酸エステルナトリウム、アルギン酸ナトリウム、アルギン酸プロピレングリコールエステル、カゼインナトリウム等のアルカリ金属塩が挙げられる。
【0014】
また、天然ガム類としては、アラビアゴム、アルギン酸、カゼイン、グアガム、グルテン、ローストビーンガム等が挙げられ、さらに、水溶性の合成高分子物質としてはポリビニルアルコール(例えば、日本合成化学(株)製工業品)、ポリアクリル酸ナトリウム(例えば、東亜合成(株)製工業品)等が挙げられる。
【0015】
上述の増粘剤は全配合液中、0.1〜10重量%、好ましくは0.1〜5重量%含有し、配合液に2〜100cpsの粘性を与えるものである。この配合は削壁を形成する土質や、地下水に基因する孔壁の崩れ易さによって決められる。また、削孔が垂直か、斜めか、水平か、わん曲か等によっても配合が異なる。わん曲や、水平、斜め等では崩れやすいので、配合量を多くして濃度をこくして、粘性を高めることが望ましい。しかし、これらは水溶性高分子物質にあるので、安定化された孔壁は注入圧で破壊されて注入液は孔壁から地盤中に注入できる。なお、上述増粘剤は繊維くずと一緒に用いる。削孔内に填充する孔壁安定液中において、繊維くずを均等に浮遊せしめ、かつ孔壁に繊維くずを付着させて壁面を透液性を保持しながら強化することにより、特に崩壊されやすい条件下で優れた効果を発揮する。
【0016】
次いで、図3に示されるように、孔壁安定液4の填充されたケーシング2中に外管5を挿入する。外管5の外壁6には袋体7を間隔をあけて複数個取り付け、これら袋体7の内部には吐出口9、9・・・9を備え、(図5、図6に示される)、かつ、上下に隣接する袋体7、7間にも、ゴムスリーブ8、8・・・8で覆われた吐出口9、9・・・9(図5および図6に示される。)を備え、外管5を形成する。なお、上記において、孔壁安定液はケーシングで削孔する際に削孔液として用いてもよい。ボーリング泥水をボーリング削孔や掘削時の安定液として用いることは従来行われているが、本発明のように上下のパッカ間の孔壁を透液性孔壁安定液で安定化させて長大な柱状浸透空間を形成し、これにより得られた大きな柱状浸透空間を通して注入液を広く浸透させる効果を得るという適用法は本発明によってはじめて着想されたものであり、その有用性は極めて大きい。
【0017】
図4は孔壁安定液4の填充された図3のケーシング2を引き抜き、孔壁安定液4を削孔壁10に接触して安定化処理した状態を示す。これにより削孔壁10は孔壁安定液によって安定化処理される。
【0018】
次いで、図4の外管5に内管11を挿入して二重管ダブルパッカとした注入管装置Xを形成する。これを図5に示す。図5において、二重管ダブルパッカYは外管5と内管11から構成される。この内管11は先端の管壁に内管吐出口12を設け、かつ、この内管吐出口12を挟むように一対の内管パッカ13、13を備えて構成され、上下に移動自在である。
【0019】
そして、まず、内管11を移動して袋体7の各吐出口9に合わせ、これら各吐出口9、9・・・9からゴムスリーブ8を押し拡げて硬化性懸濁液を袋体7中に填充して膨らませ、袋パッカ14を形成する。このとき、袋体7の直径が削孔3の径よりも大きいため、袋パッカ14によってパッカ周りの削孔壁10が圧密される。しかも、袋体7が透水性袋体でるため、袋体7から通過した硬化性懸濁液が圧密された削孔壁10に浸透硬化し、これにより袋体7内を高濃度で硬化して高強度の袋パッカ14を形成するとともに、袋パッカ14周りの地盤1領域に注入材の浸透しにくい、密な地盤内パッカ15を形成する。
【0020】
この状態で、図6に示すように内管11を移動して隣接する袋パッカ14、14間の吐出口9に合わせ、ここから内管11および吐出口9を通し、さらに空間16を通して注入材を孔壁安定液4で安定化処理された削孔壁10から地盤1中に注入すると、注入材は上下方向に逸脱せず、水平方向の注入対象土層に矢印方向により遠くに広く浸透し、この結果、隣接する袋パッカ14、14間の空間16を長くとることができ、大きな浸透径を得ることができ、そのため削孔間隔(注入孔間隔)を広くとって削孔数を少なくすることができて大径の浸透固結体ができ、注入操作が簡略化されるとともに経済的にも有利である。」

イ 図1〜4は次のものである。




ウ 図5〜6は次のものである。




4 甲4
(1)甲4には、以下の事項が記載されている。
ア「【背景技術】
【0003】
従来より地盤掘削や大深度地下工事の周辺地盤をはじめ、地下水の存在による流動性を帯びた地盤の液状化現象に対する安定化施工技術は当該地盤に形成した削孔に注入管を挿入してセメントモルタルや薬液等の硬化材を注入することにより地盤を部分的にあるいは、広領域的に強化する施工態様が広く用いられてきた。
【0004】
例えば、従来、地盤中に形成されたボーリング孔や、そこに設置されたスリーブ管等の注入孔(外管)の内側と、注入孔内にセットされた装置本体(内管)との間をシールするパッカを装備し、該パッカによってシールされた空間に薬液を注入し、該薬液に外管周囲の地盤を改良する装置が知られている(特許第2814475号)。
【0005】
この装置は薬液として少なくとも二種の成分を混合するものを使用し、少なくとも第1の薬液の搬送のための第1流路と、第2の薬液の搬送のための第2の流路とを装置本体に設けるとともに、第1、第2各流路の末端部から前記各薬液を装置本体の外部へ流出させるための少なくとも2系統のノズルを装置本体に形成し、いずれかのノズルを開閉弁により開閉可能に閉塞したことを特徴とする。
【0006】
しかし、この工法では、装置本体を直接注入孔に挿入する場合には、注入対象地盤はくずれやすい土砂のために注入孔壁はくずれているのが普通であり、このため、装置本体を上下に移向させることが困難になって注入ステージ毎の注入は不可能である。また、注入外管に装置本体を挿入する場合には、通常、注入外管の外側にシールグラウトを填充し、内管からの注入液をこのシールグラウトを破って地盤中に注入する。しかし、シールグラウトを介しての注入では、注入源の直径が注入外管径(ほぼ10cm程度)の球に相当する球状、注入を基本とするため、注入浸透源が小さく注入液が目詰まりを起こしやすく、このため、浸透範囲を広くすることが難しい。(図8)
すなわち、液状化防止工法のように、広範囲の地盤に1本の注入管から硬化材を広範囲に注入しようとする場合、注入管のまわりのシールグラウトによるシールによって、硬化材が地盤に浸透するための地盤への開口部が少なく、毎分当たりの多量の吐出量を均質に長時間、広範囲に均等に浸透し続けることが困難であるという難点があった。」

イ「【0030】
本発明は図1に示されるように、独立した注入液流路からのA液、B液が管内空間で混合され、直ちに上下の膨縮パッカ間の管内空間を通して柱状管外空間に注入されるため、瞬結から長結までの任意の注入液を地盤中に注入できる。このため、上下の袋パッカを乗り越えて上下の管外空間に侵入しないように、ゲル化時間の短いグラウトを注入して逸脱しやすい部分を填充してのち、ゲル化時間の長いグラウトに切り換えることにより、広範囲に浸透注入が可能である。また、A液として数時間あるいは数十時間の長いゲル化時間の浸透性グラウト、例えば酸性シリカゾルグラウトを用い、注入中にこれが地表面に逸脱してきたら、直ちにB液として水ガラスをA液とともに注入すれば、A液の逸出部に至る流路が直ちに瞬結グラウトによって閉束される。この時点でB液の注入を停止することにより、A液のみによる広範囲浸透に切り換えることができる。」

ウ 図1は次のものである。




(2)上記(1)からみて、甲4には、次の発明(以下「甲4発明」という。)が記載されているものと認める。
「地盤に形成した削孔に注入管を挿入して薬液等の硬化材を注入することにより地盤を強化する施工態様において、
スリーブ管等の注入孔(外管)の内側と、注入孔内にセットされた装置本体(内管)との間をシールするパッカを装備し、該パッカによってシールされた空間に薬液を注入し、該薬液に外管周囲の地盤を改良する装置により、
注入外管に装置本体を挿入する場合には、注入外管の外側にシールグラウトを填充し、内管からの注入液をこのシールグラウトを破って地盤中に注入する、方法。」

5 甲5
(1)甲5には、以下の事項が記載されている。
ア「【0018】
本発明はこのようにして得られたボーリング孔3中に図1に示されるように外管7を設置し、この外管7内に内管13を移動自在に挿入して注入管Aを地盤1中に形成する。外管7は逆止弁としてゴムスリーブ4を備えた複数の外管吐出口5を有して構成される。また、内管13は外側長手方向に三個以上の膨縮パッカ8を間隔をあけてはめ込んで、互いに隣接する膨縮パッカ8、8間を吐出位置9とし、かつ、内管吐出口10と別々の吐出位置9に位置する注入液流路11と、膨縮パッカ8に流体を出入口12aを通して送って膨張させ、あるいは排出して収縮させるパッカ流路12とをそれぞれ内部に独立して形成することにより構成される。
【0019】
上述の構成からなる注入管Aは吐出位置9を外管吐出口5に合致させた後、パッカ流路12を通して三個以上の膨縮パッカ8に水、空気等の流体を出入口12aから送って膨縮パッカ8を膨張させ、これにより互いに隣接する膨縮パッカ8によって挟まれるすき間14に管内空間15を形成し、内管吐出口10から注入液を管内空間15および外管吐出口5を経て地盤1中に注入する。なお、注入液は自動制御の注入液送液装置Xを用い、注入液槽35からポンプ36、36を経て内管13の注入液流路11に送液される。Fは流量計、Pは圧力計である。注入液送液装置Xについては後述する。
【0020】
上述の注入管Aは次いで、膨縮パッカ8から流体を排出して膨縮パッカ8を収縮し、内管13を移動して吐出位置9を他の外管吐出口5に合致させ、注入ステージを移動の後、膨縮パッカ8を膨張させて管内空間15を形成し、上述と同様にして繰り返し注入液を地盤1中に注入し続ける。
【0021】
なお、上述の注入管Aは外管7の外壁6と削孔壁16との間の空間17にシールグラウト18を填充し、注入液をシールグラウト18を破って地盤1中に注入することもできる。また、内管13の少なくとも先端部分13aは金属、硬質プラスチック等の硬質材料で、かつ一体化して形成される。しかも、この一体化された先端部分13aはホース等の撓み部材19によって部分的に形成される。本発明にかかる注入管Aは地盤1中で横方向に挿入されるため、上方からの土圧により内管13に変形が生じることもある。この場合でも、内管13の先端部分13aは硬質材料で一体化して形成され、しかも部分的に撓み部材19によって形成されるため、注入液流路11およびパッカ流路12はいずれも変形に追従し、円滑に注入に供することができる。
【0022】
図2は図1に示される注入管の現場で現実に使用される実際の注入管を表した断面図であって、特に先端部分13aがゴム管等の撓み部材19によって連結される。この注入管の場合も、図1と同様、注入液は自動制御の注入液送液装置Xを用い、注入液槽35からポンプ36を経て内管13の注入液流路11に送液される。
【0023】
図3は外管パッカ20を三個以上有する外管7を地盤1中に設置した状態の断面図である。この外管7の設置はまず、ボーリング孔3を削孔の後、図示しないが、外管パッカ20を膨張させない状態で外管7をボーリング孔3中に挿入する。次いで、図示しないが、外管パッカ20中に水、空気等の流体を導入して膨張させ、外管パッカ20を形成するための内管を外管7に挿入して図3に示されるように、外管7を地盤1のボーリング孔3中に設置する。外管7の外管パッカ20、20間には外管吐出口5が設けられる。
【0024】
図4は地盤1に設置された外管7に内管13を移動自在に挿入して得られる本発明にかかる他の形態の注入管Aである。この内管13は図1と同様、外側長手方向に複数の膨縮パッカ8を間隔をあけて設け、互いに隣接する膨縮パッカ8間を吐出位置9とし、この吐出位置9に内管吐出口10が位置する注入液流路11と、膨縮パッカ8に出入口12aから流体を送って膨張させ、あるいは排出して収縮させるパッカ流路12とを内部に独立して形成される。そして、前記三個以上の膨縮パッカ8に流体を送って膨縮パッカを膨張させた後、次いで、外管パッカ20、20間の外管吐出口5から注入液流路11の内管吐出口10を通して地盤1中に注入液を注入する。」

イ「【図面の簡単な説明】
【0040】
【図1】本発明にかかる注入管を説明するための基本構造を表した断面図である。
【図2】実際の施工に使用される注入管の断面図である。
【図3】外管パッカを三個以上有する外管を地盤中に設置した状態の断面図である。
【図4】図3の外管に本発明にかかる内管を挿入した状態の断面図である。
(後略)」

ウ 図1は次のものである。




エ 図4は次のものである。




6 甲6
(1)甲6には、以下の事項が記載されている。
ア「

」(43頁)

イ「

」(46頁)

ウ「

」(188頁)

エ「

」(190頁)

7 甲7
(1)甲7には、以下の事項が記載されている。
ア「

」(244頁)

8 甲8
(1)甲8には、以下の事項が記載されている。
ア「たとえば、JIS3号珪酸ソーダ70部(容量,以下同じ)を水で希釈して200部にした液(A液)とこれと等容量の硫酸水溶液(B液)の混合液からなるグラウトを土壌中において数分でゲル化させる通常の施工においてはB液として概ねH2SO4濃度7〜8%の希硫酸が用いられる。
本発明においてはアルミニウムおよびマグネシウムのそれぞれの酸化物,水酸化物,硫酸塩または塩化物(以下,これらを本発明のグラウト均一化剤ということもある。)などを硫酸と併用する。」(第3頁左上欄19行〜右上欄8行)

イ「JIS3号珪酸ソーダ70ccに水130ccを加えて溶解し,これをA液とした。」(第4頁左上欄6〜7行)

ウ 第3表は次のものである。




エ 第1図は次のものである。




9 甲9
(1)甲9には、以下の事項が記載されている。
ア「【0003】かかる従来の地盤硬化方法ではいずれも、水ガラスのゲル化を利用して地盤を硬化させている。既によく知られている通り、水ガラスのゲル化は、地盤中へ注入する硬化用薬液の組成やゲル化時の温度等によっても影響されるが、硬化用薬液のpHにより大きく影響される。例えば、水ガラスの水溶液に硫酸の水溶液を徐々に加え、そのpHを順次下げると、該水ガラスは概して、pH6.0〜9.0において数秒〜数十秒でゲル化する所謂瞬結状態になり、またpH4.5〜6.0未満において数分〜数十分でゲル化する所謂中結状態になり、更にpH3.0〜4.5未満において数時間〜数十時間でゲル化する所謂長結状態になり、そしてpH2未満では安定な酸性シリカゾルになる。」

10 甲10
(1)甲10には、以下の事項が記載されている。
ア「(ii)ゲル化時間 一般に,ゲル化時間はゲル化に要する時間をいうが,明確な定義はない。薬液注入材では主剤と硬化剤を混合した時点から流動性を失うまでの時間をいい,測定方法としてはカップ倒立法とB型粘度計による方法とがある。
カップ倒立法は,簡便法として最も一般に現場で用いられており,注入材の種類や状態を問わず,またゲル化時間も瞬結から数十分まで適用できる。B型粘度計による方法は,粘度の測定が主目的であり,その粘度が急に増大する時点,すなわち100cpをゲル化時間と称し,使用する注入材は溶液型であってゲル化時間が2〜3分以上のものに適している。」(158頁、21〜29行)

11 甲11
(1)甲11には、以下の事項が記載されている。
ア「

」(18〜19頁)

12 甲12
(1)甲12には、以下の事項が記載されている。
ア「

」(15頁)

13 甲13
(1)甲13には、以下の事項が記載されている。
ア「

」(28頁右欄17行〜29頁左欄6行)

イ「

」(29頁右欄3〜10行)

ウ「

」(29頁下)

第5 当審の判断
1 特許法第29条第2項進歩性欠如)について
(1)本件発明1について
ア 対比
本件発明1と甲1発明とを対比する。
(ア)甲1発明は「地盤中に注入して該地盤を固結する」「地盤注入用薬液」であるところ、当該「地盤注入用薬液」と、本件発明1の「薬液注入工法に用いられるシール剤」とは、「薬液注入工法に用いられる薬剤」の点で共通する。

(イ)甲1発明の「地盤注入用薬液」は「水ガラスと水とを含むA液と、アルミン酸ソーダ溶液と硫酸アルミニウム溶液と水とを含むB液との合流液」であり、合流後の合流液のゲル化時間を考慮すれば合流を行うのは使用時であることは当然である。そうすると、甲1発明の「地盤注入用薬液」が「A液と、」「B液との合流液」である点は、本件発明1の「使用時に混合される複数の単位剤を含み」の点に相当する。

(ウ)甲1発明の「硫酸アルミニウム溶液」は3価のアルミニウムイオンを含んでいると認められるところ、甲1発明の「B液」が「硫酸アルミニウム溶液」を含む点は、本件発明1の「前記単位剤のうちの少なくとも1つは3価のアルミニウムイオンを含み」の点に相当するといえる。

(エ)上記(イ)で述べたとおり、甲1発明は「地盤注入用薬液」が「A液と、」「B液との合流液」であるものであるから、この点と、本件発明1の「前記複数の単位剤を混合して成るシール剤」とは、「前記複数の単位剤を混合して成る薬剤」の点で共通する。

(オ)上記(ア)〜(エ)からみて、本件発明1と甲1発明とは、
「薬液注入工法に用いられる薬剤であって、
使用時に混合される複数の単位剤を含み、
前記単位剤のうちの少なくとも1つは3価のアルミニウムイオンを含み、
前記複数の単位剤を混合して成る薬剤である、
薬剤。」で一致するものの、以下の点で相違している。

〔相違点1〕薬液注入工法に用いられる薬剤について、本件発明1は「シール剤用品」であるのに対し、甲1発明は、「地盤注入用薬液」であって「シール剤」ではない点。
〔相違点2〕複数の単位剤を混合して成る薬剤について、本件発明1は「水酸化アルミニウムのゲルを含み、前記シール剤の比重が1.05〜1.30の範囲内であり、混合直後における前記シール剤のpHが4〜11.1の範囲内であり、混合直後における前記シール剤の粘度が100mPa・s以上である」「シール剤」であるのに対し、甲1発明は、そのように特定されていない点。

イ 判断
(ア)上記アの相違点1及び2のうち、まず相違点1について検討する。
本件発明1の「シール剤」は本件明細書に記載のとおり、「浸透源を拡大し、孔壁の崩落を抑制」することを目的とし、「注入管と掘削孔の孔壁との間に充填され」るものである。一方で、甲1発明の「地盤注入用薬液」は「地盤を固結する」ことを目的として「地盤中に注入」されるものであるから、両者の使用目的や実際の使用態様は明らかに異なるものである。
そして、甲1においては、甲1発明の「地盤注入用薬液」を本件発明1の「シール剤」のような目的及び態様で使用することは記載されていないし、そのように変更する動機付けも無い。甲2ないし甲13をみても、甲1発明の「地盤注入用薬液」を「シール剤」として使用するような動機付けとなる記載は認められない。

(イ)次に相違点2について検討する。
甲1の表2に記載の実験例N0.1〜22は、いずれも水ガラスを含んでいるところ、本件明細書の表1に記載の実施例9及び10以外のものは、水ガラスを有していないから、甲1の表2に記載の実験例N0.1〜22は、本件明細書の表1に記載の実施例9及び10以外のものとの関係で特性が類似した混合物を配合により生じさせる蓋然性は低いといわざるを得ない。
次に、甲1の表2に記載の実験例N0.1〜22と本件明細書の表1に記載の実施例9及び10とを比較すると、甲1では、水ガラスを含むA液とアルミン酸ソーダ溶液と硫酸アルミニウム溶液の両者を含むB液とを混合するのに対し、本件明細書の実施例9及び10では、「Al2(SO4)3」(硫酸アルミニウム)を含むA液と「5号ケイ酸ナトリウム」(水ガラス)を含むC液とを混合した後、「NaAlO2」(アルミン酸ナトリウム)を含むB液を混合するもので(【0050】)、製造方法が全く異なる。また、甲1の表2に記載の実験例N0.1〜22における「SiO2」の含有量と本件明細書の表2(【0052】)に示される実施例9及び10の「SiO2」濃度を比較すると、前者の方が後者に比べて大きいことが理解できる。
そうすると、甲1の表2に記載の実験例N0.1〜22は、本件明細書の表1に記載の実施例9及び10との関係で特性が類似した混合物を配合により生じさせる蓋然性が高いとはいえない。
相違点2に係る事項は本件発明1の「シール剤」がシール剤としての目的を果たし機能を発揮するために適切な特性を特定したものと認められるところ、そもそも甲1発明は「シール剤」でないのだから、この観点からも、甲1発明の「地盤注入用薬液」が相違点2に係る特性を備えている蓋然性が高いとは認められないし、相違点2に係る特性にしようとする動機付けがあるとは認められない。

(ウ)したがって、甲1発明に甲2ないし甲13に記載の事項を適用することにより、上記相違点1及び2に係る本件発明1の構成とすることは、当業者が容易になし得たことではない。

(エ)申立人は、特許異議申立書において、上記相違点1に係る事項について、甲1発明の薬液のゲル化時間が数秒程度と短いことから、上記相違点1は本件発明1と甲1発明との一致点であると認定しているが、一致点と認定できないことは上述したとおりであるから、申立人の主張を採用することはできない。

ウ 小括
よって、本件発明1は、甲1発明、及び甲2ないし甲13に記載の事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。

(2)本件発明2について
ア 対比
本件発明2と甲4発明とを対比する。
(ア)甲4発明は「薬液等の硬化材を注入することにより地盤を強化する」「方法」であるから、甲4発明のこの点は、本件発明2の「薬液を地盤に注入し、注入した薬液が固結することで地盤を改良する薬液注入工法」に相当する。

(イ)甲4発明の「地盤に形成した削孔」の点は、本件発明2の「前記地盤に掘削孔を形成し」の点に相当する。

(ウ)甲4発明は「地盤に形成した削孔に注入管を挿入し」、「注入外管の外側にシールグラウトを填充」するものであるから、甲4発明のこの点は、本件発明2の「前記掘削孔に注入管が挿入され、前記注入管と前記掘削孔の孔壁との間にシール剤が充填された状態とし」に相当する。

(エ)甲4発明の「注入外管」に「注入液」を吐出するための「孔」があることは自明である。そうすると、甲4発明のこの点と、本件発明2の「前記注入管の注入口から、pHが4未満である前記薬液を吐出し」とは、「前記注入管の注入口から、前記薬液を吐出し」の点で共通する。

(オ)甲4発明の「内管からの注入液をこのシールグラウトを破って地盤中に注入する」点と、本件発明2の「前記薬液が前記シール剤の少なくとも一部を溶解して前記地盤に浸透し」とは、「前記薬液が前記シール剤の少なくとも一部を突破して前記地盤に浸透し」の点で共通する。

(カ)上記(ア)〜(オ)からみて、本件発明2と甲4発明とは、
「薬液を地盤に注入し、注入した薬液が固結することで地盤を改良する薬液注入工法であって、
前記地盤に掘削孔を形成し、
前記掘削孔に注入管が挿入され、前記注入管と前記掘削孔の孔壁との間にシール剤が充填された状態とし、
前記注入管の注入口から、前記薬液を吐出し、
前記薬液が前記シール剤の少なくとも一部を突破して前記地盤に浸透する、
薬液注入工法。」で一致するものの、以下の点で相違している。

〔相違点3〕本件発明2は、薬液の「pHが4未満」であり、「水酸化アルミニウムのゲルを含み、比重が1.05〜1.30の範囲内であり、pHが4〜11.1の範囲内である」シール剤の少なくとも一部を「溶解」するのに対し、甲4発明は、そのように特定されていない点。

イ 判断
(ア)上記アの相違点3について検討する。
甲4には、甲4発明において、薬液のpHをどのような範囲のものとするか、薬液がどのような態様でシールグラウトを破るのかについて何ら記載がない。ここで、甲12には「酸性領域のシリカゲル系グラウト」としてpHが2〜5程度のものが記載されている。しかしながら、甲12には、当該「酸性領域のシリカゲル系グラウト」がシールグラウトとともに使用されることは記載されていないから、当業者が甲4発明において、シールグラウトを「溶解」するために、甲12における「酸性領域のシリカゲル系グラウト」のうち「pHが4未満」のものを採用する動機付けがあるとは認められない。甲1ないし甲3、甲5ないし甲11、並びに甲13をみても、甲12の「酸性領域のシリカゲル系グラウト」を甲4発明の「薬液」として使用するような動機付けとなる記載は認められない。
したがって、甲4発明に甲1ないし甲3、甲5ないし甲13に記載の事項を適用することにより、上記相違点3に係る本件発明2の構成とすることは、当業者が容易になし得たことではない。

(イ)申立人は、特許異議申立書において、上記相違点3に係る事項について、甲4発明において水酸化アルミニウムのゲルを含みpHが4〜11.1の範囲内であるシール剤を破って薬液を地盤に浸透させる際に、薬液として、pHが4未満でゲル化時間の長い酸性シリカグラウトを用いて、シール剤を溶解させることは、当業者が容易になし得る設計事項と主張しているが、そもそも甲第4号証において注入された薬液により破られるシールグラウトの組成や材料はなんら記載されていないし、甲12の「酸性領域のシリカゲル系グラウト」を甲4発明に適用する動機付けが無いことは上述したとおりであるから、申立人の主張を採用することはできない。

ウ 小括
よって、本件発明2は、甲4発明、甲1ないし甲3、甲5ないし甲13に記載の事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。

(3)本件発明3について
本件発明3は、本件発明2の構成を全て含み、さらに限定を付加する発明であるから、上記(2)に示した理由と同様の理由により、甲4発明、甲1ないし甲3、甲5ないし甲13に記載の事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。

(4)本件発明4について
ア 対比
本件発明4と甲4発明とを対比する。
(ア)上記(2)アでの対比のうち、(ア)〜(エ)については、本件発明4と甲4発明の対比についても同様である。

(イ)甲4発明の「内管からの注入液をこのシールグラウトを破って地盤中に注入する」点と、本件発明4の「前記薬液が前記シール剤の少なくとも一部を収縮させて前記地盤に浸透し」とは、「前記薬液が前記シール剤の少なくとも一部を突破して前記地盤に浸透し」の点で共通する。

(ウ)上記(ア)〜(イ)からみて、本件発明4と甲4発明とは、
「薬液を地盤に注入し、注入した薬液が固結することで地盤を改良する薬液注入工法であって、
前記地盤に掘削孔を形成し、
前記掘削孔に注入管が挿入され、前記注入管と前記掘削孔の孔壁との間にシール剤が充填された状態とし、
前記注入管の注入口から、前記薬液を吐出し、
前記薬液が前記シール剤の少なくとも一部を突破して前記地盤に浸透する、
薬液注入工法。」で一致するものの、以下の点で相違している。

〔相違点4〕本件発明4は、薬液の「pHが4未満」であり、「高吸水性樹脂及び水を含む」シール剤の少なくとも一部を「収縮させ」るのに対し、甲4発明は、そのように特定されていない点。

イ 判断
(ア)上記アの相違点4について検討する。
上記相違点3に対する判断と同様であり、当業者が甲4発明において、シールグラウトを「収縮させ」るために、甲12における「酸性領域のシリカゲル系グラウト」のうち「pHが4未満」のものを採用する動機付けがあるとは認められない。甲1ないし甲3、甲5ないし甲11、並びに甲13をみても、甲12の「酸性領域のシリカゲル系グラウト」を甲4発明の「薬液」として使用するような動機付けとなる記載は認められない。
したがって、甲4発明に甲1ないし甲3、甲5ないし甲13に記載の事項を適用することにより、上記相違点4に係る本件発明4の構成とすることは、当業者が容易になし得たことではない。

ウ 小括
よって、本件発明4は、甲4発明、甲1ないし甲3、甲5ないし甲13に記載の事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。

(5)本件発明5〜8について
本件発明5〜8は、本件発明4の構成を全て含み、さらに限定を付加する発明であるから、上記(4)に示した理由と同様の理由により、甲4発明、甲1ないし甲3、甲5ないし甲13に記載の事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。

2 特許法第36条第6項第1号(サポート要件)について
(1)本件発明1について
ア 本件発明1の発明特定事項である「複数の単位剤を混合して成るシール剤は、」「混合直後におけるシール剤の粘度が100mPa・s以上である」について、サポート要件を満たすか否かについて検討する。

イ 特許請求の範囲の記載が、明細書のサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。

ウ 本件明細書の記載によれば、本件発明1の課題は、「浸透源を拡大し、孔壁の崩落を抑制できるシール剤用品を提供すること」であると認められ、本件明細書の「複数の単位剤を混合して成る第1のシール剤は、水酸化アルミニウムのゲルを含む。第1のシール剤の比重は1.05〜1.30の範囲内である。混合直後における第1のシール剤のpHは4〜11.1の範囲内である。第1のシール剤の比重及びpHがこれらの範囲内であることにより、掘削孔の孔壁が崩落することを抑制する効果が高い。また、第1のシール剤の比重及びpHがこれらの範囲内であることにより、注入管から薬液が吐出されたとき、第1のシール剤は溶解し易い。第1のシール剤が溶解すると、注入管から吐出された薬液は、広い範囲にわたって地盤に浸透することができる。その結果、浸透源を拡大することができる。」(【0029】)、「混合直後における第1のシール剤の粘度が100mPa・s以上である場合、掘削孔の孔壁が崩落することを抑制する効果が一層高い。また、混合直後における第1のシール剤の粘度が100mPa・s以上である場合、注入管から吐出された薬液に対し、第1のシール剤は一層溶解し易い。その結果、浸透源を一層拡大することができる。」(【0031】)との記載によれば、その課題の解決手段として、「複数の単位剤を混合して成る第1のシール剤が、水酸化アルミニウムのゲルを含み、第1のシール剤の比重は1.05〜1.30の範囲内であり、混合直後における第1のシール剤のpHは4〜11.1の範囲内である」ことを備えるようにしたものであることが認められる。

エ これらの記載に接した当業者は、本件発明1の「前記複数の単位剤を混合して成るシール剤は、水酸化アルミニウムのゲルを含み、前記シール剤の比重が1.05〜1.30の範囲内であり、混合直後における前記シール剤のpHが4〜11.1の範囲内であり、混合直後における前記シール剤の粘度が100mPa・s以上である」ことを採用した「シール剤用品」は、本件発明1の課題である「浸透源を拡大し、孔壁の崩落を抑制できる」ものであることを認識することができる。

オ よって、本件発明1は、本件明細書の発明の詳細な説明の記載により、当業者が本件発明1の課題を解決できると認識できる範囲のものである。

カ 申立人は、特許異議申立書において、本件明細書の実施例には、最大で初期粘度が1868mPa・sである配合しか記載はない一方、初期粘度が測定不可とされている比較例3では、孔壁崩壊試験において、粘度が過度に高いため空間9にシール剤13を充填できないとの結果が示されており、そうすると「混合直後における粘度が100mPa・s以上」であっても粘度が過度に高い場合は、孔壁の崩落を抑制することができない旨主張する。
しかしながら、粘度が過度に高く「測定不可」の薬剤が本件明細書に実施例ではなく比較例3として記載されていることからみても、申立人が主張するような「粘度が過度に高いため空間に充填できない」ような薬剤は、そもそも「シール剤」としての機能を果たし得ないことから、本件発明1の範囲に含まれるものではないと解される。よって、申立人の主張を採用することはできない。

(2)本件発明3について
ア 本件発明3の発明特定事項である「シール剤の粘度が100mPa・s以上である」について、サポート要件を満たすか否かについて検討する。

イ 本件明細書の記載によれば、本件発明3の課題は、本件発明3が引用する本件発明2と同様、「浸透源を拡大し、孔壁の崩落を抑制できる薬液注入工法を提供する」ことであると認められ、本件明細書の「第1のシール剤は水酸化アルミニウムのゲルを含む。第1のシール剤の比重は1.05〜1.30の範囲内である。第1のシール剤のpHは4〜11.1の範囲内である。第1のシール剤の比重及びpHがこれらの範囲内であることにより、掘削孔の孔壁が崩落することを抑制する効果が高い。また、第1のシール剤の比重及びpHがこれらの範囲内であることにより、注入管から薬液が吐出されたとき、第1のシール剤は溶解し易い。第1のシール剤が溶解すると、注入管から吐出された薬液は、広い範囲にわたって地盤に浸透することができる。その結果、浸透源を拡大することができる。」(【0016】)、「第1のシール剤の粘度が100mPa・s以上である場合、掘削孔の孔壁が崩落することを抑制する効果が一層高い。また、第1のシール剤の粘度が100mPa・s以上である場合、注入管から吐出された薬液に対し、第1のシール剤は一層溶解し易い。その結果、浸透源を一層拡大することができる。」(【0017】)、「次に、注入管の注入口から、pHが4未満である薬液を吐出する。本開示の薬液注入工法で使用する第1のシール剤は薬液により溶解し易く、本開示の薬液注入工法で使用する第2のシール剤は薬液により収縮し易いため、注入管から薬液が吐出されたとき、シール剤の少なくとも一部は溶解又は収縮する。シール剤が溶解又は収縮すると、注入管から吐出された薬液は、広い範囲にわたって地盤に浸透することができる。その結果、浸透源を拡大することができる。」(【0043】)との記載によれば、その課題の解決手段として、「第1のシール剤が、水酸化アルミニウムのゲルを含み、第1のシール剤の比重は1.05〜1.30の範囲内であり、第1のシール剤のpHは4〜11.1の範囲内である」こと、「注入管の注入口から、pHが4未満である薬液を吐出する」こと、及び「第1のシール剤が薬液により溶解する」ことを備えるようにしたものであることが認められる。

ウ これらの記載に接した当業者は、本件発明3が引用する本件発明2の「前記注入管の注入口から、pHが4未満である前記薬液を吐出し、前記薬液が前記シール剤の少なくとも一部を溶解して前記地盤に浸透し、前記シール剤は、水酸化アルミニウムのゲルを含み、比重が1.05〜1.30の範囲内であり、pHが4〜11.1の範囲内である」とともに、「シール剤の粘度が100mPa・s以上である」ことを採用した本件発明3の「薬液注入工法」は、本件発明3の課題である「浸透源を拡大し、孔壁の崩落を抑制」できるものであることを認識することができる。

エ よって、本件発明3は、本件明細書の発明の詳細な説明の記載により、当業者が本件発明3の課題を解決できると認識できる範囲のものである。

オ 申立人は、特許異議申立書において、上記(1)カと同様の主張をしているが、上記(1)カと同様の理由で、申立人の主張を採用することはできない。

(3)本件発明8について
ア 本件発明8の発明特定事項である「シール剤は、1000質量部の水と、1〜100質量部の前記高吸水性樹脂と、を含む」について、サポート要件を満たすか否かについて検討する。

イ 本件明細書の記載によれば、本件発明8の課題は、本件発明8が引用する本件発明4と同様、「浸透源を拡大し、孔壁の崩落を抑制できる薬液注入工法を提供すること」であると認められ、本件明細書の「第2のシール剤は、高吸水性樹脂及び水を含む。高吸水性樹脂の少なくとも一部は、水を吸収し、膨潤した状態にある。第2のシール剤は、掘削孔の孔壁が崩落することを抑制する効果が高い。また、注入管から薬液が吐出されたとき、第2のシール剤は収縮し易い。第2のシール剤が収縮すると、注入管から吐出された薬液は、広い範囲にわたって地盤に浸透することができる。その結果、浸透源を拡大することができる。」(【0033】)、「第2のシール剤が、1000質量部の水に対し、1質量部以上の高吸水性樹脂を含む場合、掘削孔の孔壁が崩落することを抑制する効果が高い。」(【0039】)、「第2のシール剤が、1000質量部の水に対し、100質量部以下の高吸水性樹脂を含む場合、第2のシール剤の製造コストを低減することができる。」(【0040】)、「次に、注入管の注入口から、pHが4未満である薬液を吐出する。本開示の薬液注入工法で使用する第1のシール剤は薬液により溶解し易く、本開示の薬液注入工法で使用する第2のシール剤は薬液により収縮し易いため、注入管から薬液が吐出されたとき、シール剤の少なくとも一部は溶解又は収縮する。シール剤が溶解又は収縮すると、注入管から吐出された薬液は、広い範囲にわたって地盤に浸透することができる。その結果、浸透源を拡大することができる。」(【0043】)との記載によれば、その課題の解決手段として、「第2のシール剤が、高吸水性樹脂及び水を含む」こと、「注入管の注入口から、pHが4未満である薬液を吐出する」こと、及び「第2のシール剤が薬液により収縮する」ことを備えるようにしたものであることが認められる。

ウ これらの記載に接した当業者は、本件発明8が引用する本件発明4の「前記注入管の注入口から、pHが4未満である前記薬液を吐出し、前記薬液が前記シール剤の少なくとも一部を収縮させて前記地盤に浸透し、前記シール剤は、高吸水性樹脂及び水を含む」とともに、「シール剤は、1000質量部の水と、1〜100質量部の前記高吸水性樹脂と、を含む」ことを採用した本件発明8の「薬液注入工法」は、本件発明8の課題である「浸透源を拡大し、孔壁の崩落を抑制できる」ものであることを認識することができる。

エ よって、本件発明8は、本件明細書の発明の詳細な説明の記載により、当業者が本件発明8の課題を解決できると認識できる範囲のものである。

オ 申立人は、特許異議申立書において、本件明細書の実施例には、水1000gに対し、高吸水性樹脂が最大で6.0gである配合しか記載はなく、出願時の技術常識に照らしても、100gの高吸水性樹脂を含む場合にまで発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できるとはいえない、と主張する。
しかしながら、表4の実施例より、水1000gに対し、高吸水性樹脂の量を1.0gから増やしていくことで孔壁崩壊の抑制効果が向上し、2.0g及び6.0gのいずれの場合も孔壁の崩壊が起きないという結果が示されているのであるから、高吸水性樹脂を6.0g以上に増やした場合も孔壁の崩壊を防ぐ効果が発生するであろうことは、実験例が明示されていなくとも、当業者であれば十分理解し得るものである。よって、申立人の主張を採用することはできない。

3 特許法第36条第6項第2号明確性要件)について
(1)本件発明1について
ア 本件発明1の発明特定事項である「複数の単位剤を混合して成るシール剤は、」「混合直後におけるシール剤の粘度が100mPa・s以上である」について、明確性要件を満たすか否かについて検討する。

イ 特許請求の範囲の記載が明確であるか否かは、特許請求の範囲の記載だけでなく、明細書の記載及び図面を考慮し、当業者の出願当時における技術常識を基礎として、特許請求の範囲の記載が、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるか否かという基準で判断される。

ウ 上記発明特定事項について、その記載自体、特に不明確なところはなく、段落【0031】の記載や技術常識も考慮すれば、その記載内容や技術的意義は明確であり、第三者に不測の不利益を及ぼすほどの不明確な点が存在するとはいえない。
よって、本件発明1は、明確である。

エ 申立人は、特許異議申立書において、本件発明1は、粘度が限りなく大きくなる場合においてまで発明の効果を奏し得るものとはいえず、その結果、発明の範囲が曖昧になっているといえるから、本件発明1は明確性要件を満足しない旨主張する。
しかしながら、上記2(1)で検討したように、「粘度が過度に高いため空間に充填できない」ような薬剤は、「シール剤」としての機能を果たし得ないことから、そもそも本件発明1の範囲に含まれるものではないと解されるため、発明の範囲が不明確であるとはいえない。よって、申立人の主張を採用することはできない。

(2)本件発明3について
本件発明3の発明特定事項である「シール剤の粘度が100mPa・s以上である」については、上記(1)と同様の理由により、明確である。

第6 むすび
したがって、特許異議の申立ての理由及び証拠によっては、請求項1〜8に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に請求項1〜8に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2022-01-31 
出願番号 P2017-205239
審決分類 P 1 651・ 121- Y (E02D)
P 1 651・ 537- Y (E02D)
最終処分 07   維持
特許庁審判長 長井 真一
特許庁審判官 奈良田 新一
土屋 真理子
登録日 2021-04-13 
登録番号 6867649
権利者 太洋基礎工業株式会社 戸田建設株式会社 富士化学株式会社
発明の名称 シール剤用品、及び薬液注入工法  
代理人 名古屋国際特許業務法人  
代理人 名古屋国際特許業務法人  
代理人 名古屋国際特許業務法人  

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