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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  D06M
管理番号 1384259
総通号数
発行国 JP 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2022-05-27 
種別 異議の決定 
異議申立日 2021-11-25 
確定日 2022-03-17 
異議申立件数
事件の表示 特許第6875538号発明「固定炭素繊維束の製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6875538号の請求項1ないし13に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6875538号の請求項1〜13に係る特許についての出願は、平成30年8月29日(優先権主張 平成29年9月21日、日本国)を国際出願日とする出願であって、令和3年4月26日にその特許権の設定登録がされ、令和3年5月26日に特許掲載公報が発行された。
その後、その特許に対し、令和3年11月25日に特許異議申立人田上浩(以下、「申立人」という。)により、特許異議の申立てがされたものである。

第2 本件発明
特許第6875538号の請求項1〜13の特許に係る発明(以下、各発明を「本件発明1」等という。また、これらの発明を総称して、「本件発明」というときがある。)は、それぞれ、その特許請求の範囲の請求項1〜13に記載された事項により特定される次のとおりのものである。
「【請求項1】
サイジング剤が付着した炭素繊維束の開繊後に、固定剤を前記炭素繊維束に付着させ、平均厚み180μm以下とした後に前記炭素繊維束の幅と厚みを固定して固定炭素繊維束を製造する方法であって、
前記固定炭素繊維束は、少なくとも前記炭素繊維束の片面に前記固定剤が付着し、分繊引裂荷重が0.02N以上1.00N以下である、固定炭素繊維束の製造方法。
【請求項2】
前記固定炭素繊維束は、少なくとも前記炭素繊維束の片面50%以上の領域に前記固定剤が付着している、請求項1に記載の固定炭素繊維束の製造方法。
【請求項3】
前記固定炭素繊維束に含まれる前記固定剤の重量割合が前記固定炭素繊維束全体に対して0.5%以上30%以下である、請求項1又は2に記載の固定炭素繊維束の製造方法。
【請求項4】
前記固定剤が軟化点60℃以上250℃以下の熱可塑性樹脂であって、溶融固化して前記炭素繊維束を固定する、請求項1乃至3いずれか1項に記載の固定炭素繊維束の製造方法。
【請求項5】
前記固定剤を前記炭素繊維束に付着させる方法が乾式プロセスである、請求項1乃至4いずれか1項に記載の固定炭素繊維束の製造方法。
【請求項6】
前記固定剤がメジアン径5μm以上300μm以下の粉末状である、請求項1乃至5いずれか1項に記載の固定炭素繊維束の製造方法。
【請求項7】
前記炭素繊維束の平均単糸間距離が、前記固定剤のメジアン径よりも小さい、請求項6に記載の固定炭素繊維束の製造方法。
【請求項8】
前記固定剤を前記炭素繊維束に付着させる方法が、前記固定剤を帯電させて前記炭素繊維束に付着させる方法である、請求項5乃至7いずれか1項に記載の固定炭素繊維束の製造方法。
【請求項9】
前記固定剤が前記炭素繊維束の片面又は両面に偏在している、請求項1乃至8いずれか1項に記載の固定炭素繊維束の製造方法。
【請求項10】
請求項1乃至9いずれか1項に記載の製造方法により製造された固定炭素繊維束を分繊し、2以上の分繊固定炭素繊維束を製造する分繊固定炭素繊維束の製造方法。
【請求項11】
前記固定炭素繊維束を分繊するための刃によって、前記固定炭素繊維束を分繊する、請求項10に記載の分繊固定炭素繊維束の製造方法。
【請求項12】
請求項10又は11に記載の製造方法により製造された分繊固定炭素繊維束をカットし、不連続な分繊固定炭素繊維束を製造する不連続な分繊固定炭素繊維束の製造方法。
【請求項13】
請求項12に記載の製造方法により製造された不連続な分繊固定炭素繊維束に、熱可塑性のマトリックス樹脂を含浸させて複合材料を製造する方法。」

第3 申立理由の概要
申立人は、以下の理由を申立てている。
本件発明1〜7、9は、甲第1号証(以下、各甲号証を「甲1」等ともいう。)に記載された発明である。
本件発明1〜6は、甲2に記載された発明である。
本件発明1〜4は、甲3に記載された発明である。
本件発明1〜13は、甲1に記載された発明並びに甲8ないし甲9に記載された事項に基いて、当業者が容易になし得た発明である。
本件発明1〜13は、甲2に記載された発明並びに甲1、甲8ないし甲9に記載された事項に基いて、当業者がなし得た発明である。
本件発明1〜13は、甲3に記載された発明並びに甲1、甲2、甲7ないし甲9に記載された事項に基いて、当業者がなし得た発明である。
よって、本件発明1〜13に係る特許は、特許法第29条第1項第3号あるいは特許法第29条第2項の規定に違反されたものであるから、同法第113条第2号に該当するので、取り消すべきものである。

甲1:特開2003−166174号公報
甲2:特開2007−216432号公報
甲3:特開平7−314443号公報
甲4:炭素繊維協会第25回複合材料セミナー講演資料(2012年2月17日開催)、種市伸彦(東邦テナックス株式会社)、PAN系炭素繊維の現状と将来
甲5:遠藤真、「CFRPにおける繊維とマトリックス樹脂の接着」、日本接着学会誌、Vol.44, No.10 (2008)、p387-391
甲6:麻生宏実・間鍋徹、「PAN系炭素繊維」、炭素TANSO、No. 227 (2007)、P115-121
甲7:川邊和正・友田茂、「強化繊維束の開繊加工技術の開発」、SEN'I GAKKAISHI(繊維と工業)、Vol.59,No9(2003)、P292-297
甲8:特開2016−3412号公報
甲9:特開2014−30913号公報
甲10:特開2004−124301号公報
甲11:特開平9−38972号公報

第4 当審の判断
1.甲1について
(1)甲1には、次の事項が記載されている。
「【請求項1】 微粒子を付与された強化繊維束であって、
前記微粒子の少なくとも表層がガラス転移温度−10〜+20℃の非晶性熱可塑性樹脂であることを特徴とする強化繊維束。」
「【請求項8】 前記微粒子の付着量が強化繊維束の0.1〜5重量%であることを特徴とする請求項1〜7記載の強化繊維束。
【請求項9】 繊維が開繊拡幅処理されていることを特徴とする請求項1〜8記載の強化繊維束。
【請求項10】前記強化繊維が炭素繊維であることを特徴とする請求項1〜9記載の強化繊維束。
【請求項11】前記微粒子の平均粒子径が10〜20000nmであることを特徴とする請求項1〜10のいずれかに記載の強化繊維束。」
「【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、形態を維持しつつ取り扱い性に優れた強化繊維束、その強化繊維束からなる織物、同織物プリプレグ及びその繊維強化プラスチックに関する。」
「【0017】微粒子が多層構造である場合、その芯部、すなわちコアとしては任意の樹脂や無機粒子などを用いることができる。加熱による溶融接着を行う場合、微粒子の流動を抑えることで、フィラメントの一部を部分的に接着した状態を保持しやすくなる点、及び繊維強化プラスチックとした際の機械的特性発現の点から、ガラス転移温度30℃以上の非晶性樹脂や融点30℃以上の結晶性樹脂、無機粒子などを好適に使用することができる。
【0018】ガラス転移温度30℃以上の非晶性樹脂としては、ガラス転移温度30℃以上であれば特に制限は無く、通常の非晶性熱可塑性樹脂だけでなく、エポキシ樹脂などの熱硬化性樹脂を用いることも可能である。融点30℃以上の結晶性樹脂についても特に制限は無いが、マトリックス樹脂との接着性などの観点からポリアミド樹脂やポリエステル樹脂が好適に使用される。無機粒子についても特に制限はないが、こちらもマトリックス樹脂との接着性から、適当な表面処理を施したガラスマイクロスフィアなどを好適に使用することができる。
【0019】微粒子径は平均粒子径が10〜20000nmであることが好ましい。10nm未満であると、強化繊維束に付与した際にその多くが強化繊維束内に埋もれてしまい、強化繊維束間の接着を確実に行うために多量の微粒子を付与せねばならない。20000nmを越えると粒子が大きいため、付着斑が起こりやすくなり、さらに場合によっては、強化繊維束あるいは強化繊維織物の表面に微細ながら凹凸感が現れる可能性がある。30〜10000nmであることがより好適である。
【0020】微粒子の強化繊維束への付与量は、強化繊維束の0.1〜5重量%であることが好ましい。0.1重量%未満では強化繊維束間の接着が不十分となり、5重量%を越えると繊維強化プラスチックとした際の力学的特性に影響を与える場合がある。また、微粒子は強化繊維束の表層全面に付与されていても良いし、一部を選択して付与されても良い。例えば、扁平形状の強化繊維束において、その片面のみに微粒子を付与する、一定あるいは不規則なピッチで付与部分と非付与部分を作ることも可能である。
【0021】微粒子の付与方法としては、微粒子を強化繊維束に吹き付ける、微粒子エマルジョンを強化繊維束に塗布等して乾燥させるといった方法を挙げることができるが特に制限はない。微粒子表面のガラス転移温度(Tg)が低いこと及び微粒子付着量のコントロールから、微粒子をエマルジョン状態で強化繊維束に付与する方法が好適に使用される。」
「【0023】本発明の強化繊維束としては開繊拡幅処理されたものに対して特に好適に用いられる。これは本発明により、強化繊維織物の織形態だけでなく、強化繊維束の形態をも良好に保持できるためである。強化繊維束の開繊拡幅処理方法としては、流体噴射によるもの、案内手段の搖動によるもの、擦過によるもの、空気吸引によるもの、超音波によるもの、高線圧をかけるものなどを挙げることができるが、特に制限はない。これら開繊拡幅処理した強化繊維束への微粒子の付与としては、開繊拡幅処理を行う前の強化繊維束に微粒子を付与し、その後開繊拡幅処理してもよいし、開繊拡幅処理後の強化繊維束に微粒子を付与しても良い。」
「【0025】本発明の強化繊維束は、そのまま、フィラメントワインド、引抜などの方法により成形されても良いし、織成により織物としても良く、あるいは一方向又は多方向に引き揃えてマトリックス樹脂を含浸したプリプレグとしても良い。もちろん、織物とした後にマトリックス樹脂を含浸させてプリプレグとしても良い。特に、強化繊維織物、強化繊維織物プリプレグとして好適に使用できる。強化繊維織物とする際には、織製した後に加熱融着することにより、さらに織形態が安定で、かつドレープ性に優れた織物を得ることができる。」
「【0028】(比較例1)フィラメント数12000本の炭素繊維(三菱レイヨン(株)製パイロフィルTR50S)を空気吸引により開繊拡幅し、トウ幅20mmの強化繊維束1を得た。強化繊維束1は拡幅状態が不安定であり、持ち上げるだけでトウ幅が縮んでしまった。」
「【0030】 (実施例1) コアにメチルメタクリレート(MMA)/n−ブチルアクリレート(nBA)/エチレングリコールジメタクリレート(EDMA)が重量比で41.4/55.2/3.4、シェルにMMA/n−BA/メチルアクリレートが重量比で40.6/56.4/3.0、コア/シェル比40/60なるアクリルエマルジョン1を乳化重合で調製した。コアのTgは1.7℃、シェルのTgは3.8℃と算出された。このエマルジョン1は樹脂分含量が重量分率で約38%であった。また、同エマルジョン1中の樹脂粒子径をレーザー回折・散乱式粒度分布測定装置HORIBA LA−910にて測定したところ、平均で93nmであった。
【0031】強化繊維束1の一表面にエマルジョン1をスプレー塗布し、乾燥させ、強化繊維束2を得た。強化繊維束2の粒子付着量は重量分率で約0.6%であった。強化繊維束2は形態的に安定であり、持ち上げてもトウ幅を保持していた。また、強化繊維束2は強化繊維束1より心持ち硬く感じるものの柔軟性に富むものであった。
【0032】たて糸、よこ糸いずれにも強化繊維束2を用い、たてよこ共に、打ち込みピッチ20mmの平織組織し、さらに80℃、40secの条件でフュージングプレスにかけて熱融着させ、強化繊維織物2を作製した。この強化繊維織物2は形態安定性が高く、持ち上げても目ずれやトウ幅の収縮が起こらず、取り扱い性の良いものであった。また、ドレープ性に富み、3インチ紙管に巻いても織目接着部に剥離などは起こらなかった。
【0033】(実施例2)粒子付着量が1.5%であること以外は実施例1と同様にして、強化繊維束3を得た。強化繊維束3は形態的に安定であり、持ち上げてもトウ幅を保持していた。また、強化繊維束3は強化繊維束1より心持ち硬く感じるものの柔軟性に富むものであった。
【0034】たて糸、よこ糸いずれにも強化繊維束3を用い、打ち込みピッチ20mmの平織組織し、さらに80℃、40secの条件でフュージングプレスにかけて熱融着させ、強化繊維織物3を作製した。この強化繊維織物3は形態安定性が高く、持ち上げても目ずれやトウ幅の収縮が起こらず、取り扱い性の良いものであった。また、ドレープ性に富み、3インチ紙管に巻いても織目接着の剥離などは起こらなかった。」
「【0045】強化繊維束1の一表面にエマルジョン5をスプレー塗布し、乾燥させ、強化繊維束7を得た。強化繊維束7の粒子付着量は重量分率で約1.7%であった。強化繊維束7は形態的に安定であり、持ち上げてもトウ幅を保持していた。また、強化繊維束7は強化繊維束1より心持ち硬く感じるものの柔軟性に富むものであった。」

(2)上記記載からみて、甲1には次の発明(以下「甲1発明」という。)が記載されている。
「フィラメント数12000本の炭素繊維(三菱レイヨン(株)製パイロフィルTR50S)を空気吸引により開繊拡幅し、トウ幅20mmの強化繊維束1を得、強化繊維束1の一表面にエマルジョン1をスプレー塗布し、乾燥させ、形態的に安定である強化繊維束2を得る、強化繊維束2の製造方法。」

(3)また、上記記載からみて、甲1には次の事項が記載されている。
「扁平形状の強化繊維束の片面のみに繊維束を付与する、強化繊維束の製造方法。」

2.甲2について
(1)甲2には、次の事項が記載されている。
「【請求項1】
開繊された少なくとも1本の長繊維束を一方向に引き揃えて所定幅の開繊シートに整形する整形工程と、開繊シートの少なくとも一方の面を被覆するように止着シートを密着させて開繊シートの長繊維を止着する止着工程と、止着シートが密着した開繊シートを巻き取る巻取工程とを備えることを特徴とする一方向強化繊維シートの製造方法。
【請求項2】
集束された長繊維束を開繊する開繊工程を備えることを特徴とする請求項1に記載の製造方法。」
「【請求項4】
前記止着工程では、止着シートを開繊シートの表面に散在する熱融着材を介して密着させることを特徴とする請求項1又は2に記載の製造方法。
【請求項5】
前記開繊工程では、開繊シートを80μm以下の厚さとなるように開繊することを特徴とする請求項2から4のいずれかに記載の製造方法。」
「【0001】
本発明は、取り扱いが容易で繊維強化複合材料に好適な一方向強化繊維シート及びその製造方法に関する。」
「【0012】
特に、厚さが80μm以下に薄く整形された開繊シートの場合に皺の影響が大きくなるが、止着シートを密着させることで皺の影響を回避することが可能となる。そして、開繊シートの厚さを80μm以下に設定することで、積層成形して繊維強化複合材料を製造する場合にマイクロクラック(層内樹脂割れ)やデラミネーション(層間剥離)の発生を抑止することが本発明者らにより報告されている(「多方向強化複合材料積層板の初期破損に関する層厚さの影響」、日本複合材料学会誌、30、4(2004)、p.142-148参照)。」
「【0026】
フィードローラ17から送出された開繊シートSは、テンションローラ20により一定の張力が付与されて巻取りローラ26に巻き取られていくが、巻き取られる前に開繊シートSに止着シートRを密着させる。止着工程では、開繊シートSの上方に、粉末状又は短繊維状の熱融着材が収容された散布器22が配置されており、散布器22の散布口から開繊シートSの全幅にわたって熱融着材がほぼ均等に散布される。止着シートRは、供給ローラ23に巻き付けられており、開繊シートSとほぼ同じ幅かわずかに幅広に設定されている。止着シートRは、開繊シートSとともにヒートローラ24及びプレスローラ25の間に導入されて開繊シートSの上面に密着した状態に重ね合わされる。その際に、ヒートローラ24の加熱により開繊シートSの上面に散在する熱融着材が溶融して止着シートRと長繊維との間を融着させるようになる。そして、開繊シートSを止着シートRとともに巻取りローラ26に巻き取っていく。
【0027】
止着工程で用いられる止着シートとしては、伸縮性が小さく可撓性がある薄いシートが好ましく、例えば表面がコーティング処理された工程紙や、ポリエステル系樹脂フィルム等が挙げられる。また、熱融着材としては、融点の低い合成樹脂材料が好ましく、例えば、ポリアミド系樹脂(例;吸水性の低いポリアミド12等)が挙げられる。熱融着材の大きさは、長繊維を確実に止着するだけの大きさが必要で、粉末状の場合には粒径が80μm以下、好ましくは5〜40μm程度に設定するとよい。短繊維状の場合には長さが10〜30mm程度に設定するとよい。また、開繊シートSに散在させる熱融着材の量は、開繊シートS全体の長繊維の止着を行うとともにFRP製造の際に容易に剥離できマトリックス材料の含浸の妨げとならない量に設定することが必要で、開繊シートSとの単位面積当りの重量比で10%以内がよく、好ましくは2〜5%である。」
「【0034】
また、図5に示すように、止着シートRに予め切断の目安となるラインLを表示しておけば、一方向強化繊維シートを切断する際の作業を効率化することができる。」
「【実施例】
【0036】
繊維束として、単糸直径7μmのカーボン・モノフィラメントを15000本集束した炭素繊維束15K(三菱レイヨン株式会社製;パイロフィルTR 50S)を用いて、図1で説明した製造工程により3本の繊維束から一方向強化繊維シートを製造した。
【0037】
止着シートとして、厚さ120μmの工程紙(リンテック社製;WBE90R-DT)を用い、熱融着材として、平均粒径5μmのポリアミド樹脂粉末(融点165℃、東レ社製;SP-500)を用いた。
【0038】
繊維束は、10m/分の搬送速度で搬送し、開繊工程では、押圧機構のクランクモータの回転数を350rpmに設定して押圧ローラにより繊維束を反復して押圧した。また、風洞管路では、風速20m/秒で吸気を行った。
【0039】
開繊工程により開繊し整形された開繊シートは、幅約320mm、目付40g/m2)であった。開繊シートの上面に、散布器から開繊シートの単位面積当りの重量比で5%の量のポリアミド樹脂粉末を全幅にわたって散布し、ヒートローラの加熱温度を230℃に設定して止着シートと重ね合わせて密着させて巻取りローラにより巻き取った。」
「【0041】
本発明に係る一方向強化繊維シートは、厚さの薄い開繊シートであっても取り扱いが容易であることから、繊維強化複合体の製造に幅広く用いることができる。特に、FRPの製造に用いられるRTM法(Resin Transfer Molding)やVaRTM法では、開繊シートを切断して繊維方向が多方向なるように積層して予備成形が行われるが、開繊シートを切断する際に張力が付与されて変形したり、積層の際に変形するため開繊シートに皺が発生する可能性が高い。その場合でも止着シートを密着させた状態で開繊シートの切断、引張といった取り扱いを自由に行うことが可能で、皺を発生させることなく複雑な形状に積層させることができ、積層した後止着シートのみを剥離していけば多層構造を効率よく成形することが可能となる。そのため、FRPの品質が向上するとともに作業効率が大幅に改善される。」

(2)上記記載からみて、特に実施例に着目すると、甲2には次の発明(以下「甲2発明」という。)が記載されている。
「単糸直径7μmのカーボン・モノフィラメントを15000本集束した炭素繊維束15K(三菱レイヨン株式会社製;パイロフィルTR 50S)を、開繊工程により開繊し、整形された開繊シートの上面に、散布器から開繊シートの単位面積あたりの重量比で5%の量のポリアミド樹脂粉末を全幅にわたって散布し、ヒートローラの加熱温度を230℃に設定して止着シートと重ね合わせて密着させて巻取りローラにより巻き取った、一方向強化繊維シートの製造方法。」

3.甲3について
(1)甲3には、次の事項が記載されている。
「【請求項1】形態安定化剤が、織物の繊維材料重量あたり0.5〜10重量%付与されてなることを特徴とする炭素繊維織物。
【請求項2】形態安定化剤が、熱硬化性樹脂または熱可塑性樹脂であることを特徴とする請求項1記載の炭素繊維織物。」
「【請求項4】織物の剛軟度が、20〜150mmであることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の炭素繊維織物。」
「【請求項8】炭素繊維束を製織して得た織物に、織物の繊維材料重量あたり形態安定化剤を0.5〜10重量%付与せしめることを特徴とする炭素繊維織物の製造方法。」
「【請求項12】形態安定化剤の付与前に、ウオータージェットパンチングを用いて織物を開繊処理することを特徴とする請求項8〜11のいずれかに記載の炭素繊維織物の製造方法。」
「【0001】
【産業上の利用分野】本発明は炭素繊維強化複合材料を成形するために使用される炭素繊維織物、プリプレグ、それを用いて得られた繊維強化複合材料、およびそれらの製造方法に関する。」
「【0021】形態安定化剤としては、熱可塑性樹脂も使用可能であり、その具体例として、ポリアミド、ポリエステル、ポリエーテルイミド、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリビニルホルマールなどが挙げられる。」
「【0027】
付着量(%)={(W1−W2)/W2}×100
形態安定化剤の付与された炭素繊維織物の剛軟度は、それを用いて得られるプリプレグのドレープ性に影響する特性である。織物の剛軟度が、あまり大きすぎると織物の形態安定性が劣り、この織物から得られるプリプレグはタック性が短時間の間に低下する場合があるとともに、織物自体のハンドリング性が悪くなる。また、織物の剛軟度が小さすぎると織物が剛直になり、織物自体のドレープ性が損なわれるとともに、この織物から得られるプリプレグのドレープ性が損なわれてしまう場合があるため、織物の剛軟度は20〜150mmであることが好ましく、プリプレグの含浸性をより良好なものとするためには、30〜100mmであることがより好ましい。
【0028】炭素繊維織物の剛軟度は、次のようにして測定した変位量で表わされる。炭素繊維織物の緯糸が長手方向となるように、幅30mm、長さ200mmのサンプルを切り取る。このサンプルを水平な試験台上に先端から150mmの部分が空中に突き出るようにしてセットして10分間保持した後に、サンプル先端部分の変位量を測定する。」
「【0039】本発明の炭素繊維織物は、エポキシ樹脂と硬化剤を必須成分とするエポキシ樹脂組成物をマトリックスとしたプリプレグとなされる。」
「【0058】[実施例1]油化シェルエポキシ(株)社製“エピコート828”19重量部を、ケン化度90%のポリビニルアルコールの2%水溶液1200重量部に入れ、ホモミキサーで撹拌してエポキシ樹脂のエマルジョンを調製し、この水エマルジョンに硬化剤としてピペラジン4.3重量部を加えて溶解させた。この水エマルジョンと硬化剤からなる溶液中に、東レ(株)社炭素繊維“トレカ”T300の平織織物CO7373Z(織物のカバーファクター:91.0%、サイジング剤の炭素繊維重量あたりの付着量:1.2重量%)を浸漬した後、熱風乾燥機を用いて150℃で10分間熱処理して水を除くとともにエポキシ樹脂を硬化させることにより、炭素繊維織物に形態安定化剤を付与した。得られた織物のカバーファクターは94.0%、織物の剛軟度は80mmであった。また、硝酸分解法で求めた形態安定化剤の、織物の繊維材料重量あたりの付着量は2.1重量%であった。なお、“エピコート828”とピペラジンを上記の割合で混合して、150℃で10分間熱処理した硬化物のガラス転移温度は95℃であった。」
「【0072】[実施例6]東レ(株)製炭素繊維、トレカ(登録商標)T300−3K(フィラメント数3,000本、サイジング剤の付着量:1.2重量%)を緯糸および経糸とし、炭素繊維目付193g/m2となるように織成した炭素繊維平織物(織物幅103cm)の両側端部にそれぞれ、拘束糸として日東紡(株)製ガラス繊維ヤーン、ECD 450 1/2 4.4S(外径0.08mm)を、4本づつ織物の側端から内側に7〜10mmの範囲に織り込んだ。この時、2本のガラス繊維ヤーンが対になって絡み組織を形成するようにした。この炭素繊維織物をウオータージェットパンチングを用いて、水温35℃、ウオータージェット噴流圧5.0Kgf/cm2 の条件で開繊処理を施した後、横型熱風乾燥機を用いて140℃で3分間乾燥した。乾燥後、織物におけるサイジング剤の付着量は、0.7重量%であった。
【0073】このようにして得られた炭素繊維織物に、実施例1と同様にして形態安定化剤を付与した。
【0074】得られた炭素繊維織物は、織物の繊維材料重量あたり形態安定化剤の付着量が2.1%、カバーファクターが98.0%、剛軟度が75mmであった。」

(2)上記記載からみて、特に実施例6に着目すると、甲3には次の発明(以下「甲3発明」という。)が記載されている。
「サイジング剤が付着された東レ(株)社製炭素繊維トレカT300−3Kを緯糸および経糸として織成した炭素繊維平織物を、ウオータージェットパンチングを用いて開繊処理し、開繊処理して得られた炭素繊維織物に形態安定剤を付与する、炭素繊維織物の製造方法。」

4.甲4〜甲11の記載事項
(1)甲4には、次の事項が記載されている。
「1.PAN系炭素繊維について
・・・
2).製造方法
PAN系炭素繊維の原料は、ポリアクリロニトリル(PAN)繊維である。炭素繊維の開発初期には、様々な繊維が炭素繊維の原料として試されたが、炭素原子(C)の含有量が多かったこと及び不融化が比較的容易であったことが決め手となリ、PAN系炭素繊維が工業化され現在に至っている。図1、2に示すように、PAN系炭素繊維の製造工程は、原料となる特殊アクリル繊維(プリカーサー)製造工程と、それを焼成(炭化)する炭素繊維製造工程の2ステップからなる。」


」(図1、図2)

上記記載からみて、甲4には次の事項が記載されている。
「原料となる特殊アクリル繊維(プリカーサー)を炭素化した後、表面処理、サイジング処理する炭素繊維の製造方法。」

(2)甲5には、次の事項が記載されている。
「PAN系炭素繊維の製造プロセスは,アクリロニトリルを重合して繊維状にしたのち,空気雰囲気中で耐炎化(200〜300℃),不活性雰囲気中で炭素化(1000〜1500℃),黒鉛化(2000〜3000℃)する。その後,表面処理,サイジング付与工程を経て,炭素糸および黒鉛化糸を得る。」

上記記載からみて、甲5には次の事項が記載されている。
「アクリロニトリル繊維を耐炎化、炭素化した後、サイジング付与工程を経る、炭素糸の製造方法。」

(3)甲6には、次の事項が記載されている。
「2.2.5 サイジング処理
表面処理を施した後,最終工程としサイジング処理が行われる。一般的にサイジング剤はエマルションとして炭素繊維表面に塗布され,乾燥して定着される。炭素繊維のサイジング処理は集束効果以外に,複合材料として使用する際の樹脂との親和性や含浸性向上の効果も有している。そのため,炭素繊維の用途によってサイジング処理剤も最適なものを選択する必要がある。例えば一例として樹脂とのコンポジットとして利用する場合,そのマトリックス樹脂に応じてエポキシ系,ポリウレタン系,ビニルエステル系などが使用される。マトリクス樹脂としてエポキシ樹脂を用いる場合は,炭素繊維強化複合材料としたときの親和性・接着性の観点から,エポキシ系化合物のサイジング剤を用いる場合が多い。
このサイジング処理後にボビンに巻かれて製品となる。巻き取られた炭素繊維の一例を図2(b)に示した。PAN系炭素繊維もほかの炭素材料と同様に黒色をしている。」


」(図3)

上記記載からみて、甲6には次の事項が記載されている。
「最終工程としてサイジング処理が行われる、炭素繊維の製造方法。」

(4)甲7には、次の事項が記載されている。
「例えば、炭素繊維束12Kを幅20mmに開繊させた繊維束を織糸とした織物は目付けが80g/m2と軽く、かつ厚みも0.1mmと薄くなる。」

上記記載からみて、甲7には次の事項が記載されている。
「開繊された炭素繊維束を織糸とした厚さ0.1mmの開繊糸織物。」

(5)甲8には、次の事項が記載されている。
「【請求項4】
強化繊維から構成される繊維束の表面に、エポキシ化合物とアミン化合物の反応物であるアミンアダクトとポリウレタンエマルジョンとを含有する処理液を付着させ、乾燥させることを特徴とするサイジング剤付着繊維束の製造方法。」
「【0001】
本発明はサイジング剤付着繊維束に関し、さらに詳しくは繊維とマトリックス樹脂からなる複合材料に最適なサイジング剤が付着した繊維束およびその製造方法に関する。」
「【0037】
本発明で使用するポリウレタンはディスパージョンあるいはエマルジョン形態のサイジング処理液に用いられることが多く、その場合には繊維束を構成する繊維と繊維の隙間直径よりも大きなポリウレタン粒子が、その繊維−繊維間の隙間に多く存在する。そこで繊維束の表層部と内層部で付着状態が異なる傾向こそあるものの、サイジング剤付着繊維束の収束性を高くし、良好なプロセスハンドリング性を確保する役割を果たす。
【0038】
一方、アミンアダクトは水に溶解した水溶性高分子としてサイジング用処理液に用いられることが多い。この場合、ポリウレタンエマルジョン等と異なり、均一に繊維束に付着させることが出来る。その際、繊維束の収束性を確保し難い傾向にあるが、本発明においてはポリウレタンエマルジョンを併用することでその問題を解消し、良好なプロセスハンドリング性(強化繊維の収束性)と均質なサイジング剤付着を両立することが可能となったのである。
【0039】
また、アミンアダクトが水に溶解する場合、水酸基やカルボン酸などの多くの極性基を分子構造内に有している。このような水溶性のアミンアダクトをサイジング処理して得たサイジング剤付着繊維束は、その表面がローラーなどの金属表面と極性力、水素結合力で粘着し、繊維束の引取り摩擦抵抗を大きくする傾向にある。アミンアダクトのみを用いた場合には、アミンアダクトがローラーなどの金属表面に濡れ広がりやすいために、この引取り摩擦抵抗が大きくなる傾向にあるのである。ところが、このようなサイジング剤の一部にポリウレタンエマルジョンを混合すると、驚くべきことに繊維束の引取り摩擦抵抗が急激に小さくなることが可能となった。そして工程におけるスカムの発生を大幅に抑えることが可能となったのである。この理由は定かではないが、おそらくポリウレタンエマルジョンが処理液中の固形分に占める極性基の数を希釈するとともに、固形分の粘度を増加させ、金属表面への濡れ広がりを抑制したためであると推測される。」
「【0046】
このような本発明の方法では、繊維束を構成する繊維と繊維の隙間直径よりも大きなポリウレタンの粒子が存在するため、繊維−繊維間の隙間にその粒子が偏在し、サイジング剤付着繊維束の収束性を高くし、良好なプロセスハンドリング性を確保できる。一方、本発明では同時に水に溶解したアミンアダクトをサイジング用処理液に用いているため、ポリウレタン粒子と異なりサイジング剤を均一に繊維束に付着させることが出来る。本発明で用いるサイジング剤では、良好なプロセスハンドリング性(強化繊維の収束性)と均質なサイジング剤付着を両立することが可能となるのである。」

上記記載からみて、甲8には次の事項が記載されている。
「繊維束を構成する繊維と繊維の隙間直径よりも大きなポリウレタン粒子が、その繊維−繊維間の隙間に多く存在し、水に溶解したアミンアダクトをサイジング用処理液に用いた、サイジング剤付着繊維束の製造方法。」

(6)甲9には、次の事項が記載されている。
「【0027】
本発明の製造方法のより好ましい実施形態である、第1糸条群(Y1)と第2糸条群(Y2)の強化繊維ストランドを用いる場合を例として、より具体的に示すと、上記の第1糸条群(Y1)からなる強化繊維ストランドについて、ストランド長手方向と平行(すなわち繊維長方向に沿って)に連続的にスリットすることにより、ストランド幅が0.05〜5mm、好ましくは0.1〜1.0mmである複数本の細幅ストランドにする。具体的には、前工程から連続的に移送されてくる広幅のストランドを繊維長方向と平行な刃を有する縦スリット装置(ロータリースリッター等)で縦方向に連続的に切れ目を入れてスリットするか、広幅ストランドの走行路に1個又は複数個の分割ガイドを設け、それによりストランドを複数本に分割すること等の手段により細幅化することができる。ロータリースリッターを使用する場合は、その回転軸方向と直交する刃(ナイフ)を所定の間隔で設けたロータリースリッターを使用するのが好ましく、広幅のストランドをロータリースリッターの軸方向と直交するように接触走行させることにより、円滑で効率的にスリットを行うことができる。このように広幅のストランドを所定幅にスリットするのは、得られるランダムマットの強化繊維の構成を後述するような好適な状態にするためである。スリット後の細幅ストランドがこの範囲外の幅では、好適な繊維構成をもつランダムマットを形成することが困難となり、その結果、本発明の目的とする良好な繊維強化複合材料を製造することが難しくなる。」
「【0075】
[実施例1]
図1に例示する装置を使用して本発明を実施した。すなわち、強化繊維の第1糸条群(Y1)として、東邦テナックス社製のPAN系炭素繊維“テナックス”(登録商標)STS40−24KS(平均繊維径7μm、ストランド幅10mm)を使用し、縦スリット装置により幅0.8mmにスリットし細幅ストランドとした。また、第2糸条群(Y2)として、同様のPAN系炭素繊維“テナックス”(登録商標)STS40−24KS(平均繊維径7μm、ストランド幅10mm)を使用し、これをスリットすることなく、開繊装置に導入した。この開繊装置としては、径の異なるSUS304製のニップルを溶接した二重管を用い、この二重管の内側の管に小孔を設け、内側の管と外側の管との間にコンプレッサーにて圧縮空気を送気して内側の管内を走行する炭素繊維糸条Y2に圧縮空気吹き付ける構造となし、空気流により糸条Y2を臨界単糸数未満の単糸数となるまで開繊させた。
【0076】
続いて、糸条Y1と糸条Y2とを引き揃えて同時にカット装置に導入し、それぞれ繊維長20mmにカットを行い、それぞれ強化繊維束(A)及び強化繊維(M)を得た。カット装置としては、超硬合金を用いて螺旋状ナイフを表面に配置したロータリーカッターを用いた。このとき、下記式(a)
強化繊維の繊維長(刃のピッチ)=強化繊維ストランド幅×tan(90−θ)(a)
(ここで、θは周方向とナイフのなす角である。)
におけるθは68度であり、刃のピッチを20mmとし繊維長20mmにカットするようにした。この際、カット装置への糸条Y1と糸条Y2との供給速度比を調節してY1/Y2の体積比、つまりは強化繊維束(A)/強化繊維(M)の体積比が35/65となるようにした。
【0077】
上記のように得られた強化繊維束(A)及び強化繊維(M)を、ロータリーカッターの直下に配置したフレキシブルな輸送配管に吸引導入し、引き続いて、輸送配管の下端に連設した上記テーパー管の側面の設けた孔より、空気搬送された熱可塑性樹脂(ユニチカ社製のナイロン6樹脂“A1030”の粒子)をテーパー管内に供給した。この時、強化繊維束(A)及び強化繊維(M)の合計の供給量を212g/min、ナイロン6樹脂粒子の供給量を320g/minとした。
【0078】
そして、テーパー管出口の下方に設置された、通気性支持体として一定方向に移動する定着ネットコンベアの下からブロワにて吸引を行いながら、該フレキシブルな輸送配管とテーパー管とを、定速で移動する定着ネットコンベアの幅方向に往復運動させることにより、テーパー管先端から空気流とともに吐出されるカットした強化繊維とナイロン6樹脂粒子の混合体とを、その定着ネットコンベア上に均一なマット状に堆積及び定着させ、ランダムマットを得た。このランダムマットは、強化繊維と熱可塑性樹脂とが斑なく混合されたものであり、強化繊維の目付け量は265g/m2であった。」

上記記載からみて、甲9には次の事項が記載されている。
「PAN系炭素繊維を使用し、縦スリット装置により幅0.8mmにスリットし細幅ストランドとし、細幅ストランドの製造方法。」

(7)甲10には、次の事項が記載されている。
「【請求項1】
繊維の束を扁平な形態に広げる開繊処理後に、開繊糸の開繊幅を連続的に安定化させる方法であって、
予め調合される安定化処理液を槽に貯留し、
該槽中には、開繊糸と接触しながら方向を変える曲面部材を、間隔をあけて複数配置しておき、
開繊処理された開繊糸を、該複数の曲面部材に順次接触して方向を変えるように、該槽中に浸漬させ、
該槽外に引出された開繊糸を、該安定化処理液の液面から予め定める距離以下の範囲内に設置されるガイドローラに這わせてから、
安定化処理液が付着している開繊糸を乾燥させることを特徴とする開繊糸の開繊幅安定化方法。」
「【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、繊維強化複合材料の強化材などとして用いる高強度繊維の開繊糸の開繊幅安定化方法に関する。」
「【0017】
すなわち本発明では、繊維の束を扁平な形態に広げる開繊処理後に、開繊糸1の開繊幅を連続的に安定化させるために、予め調合される安定化処理液10を浸漬槽2に満たしておく。浸漬槽2中には、開繊糸1と接触しながら方向を変える第1曲面部材11および第2曲面部材12を、間隔をあけて配置しておく。開繊処理された開繊糸1を、第1曲面部材11および第2曲面部材12に順次接触して方向を変えるように、浸漬槽2中に浸漬させ、浸漬槽2外に引出された開繊糸1を、安定化処理液10の液面から予め定める距離以下の範囲内に設置されるガイドローラ3に這わせてから、安定化処理液10が付着している開繊糸1を乾燥させる。開繊処理された開繊糸1は、安定化処理液10に浸漬され、第1曲面部材1および第2曲面部材12に順次接触しながら、安定化処理液10中で方向を変えて、液面外に引出される。」
「【0022】
本実施形態では、開繊糸1を炭素繊維の束であり、たとえば直径7μm程度の原糸を12000本程度束ねる12K、および24000本程度束ねる24Kと呼ばれるものを、25mmおよび36mm程度の開繊幅を目標として、それぞれ開繊処理しているものを使用する。安定化処理液10は、たとえばジャパンエポキシレジン社からエピレッツ3520の商品名で提供されている水分散系エポキシ樹脂を、必要濃度に希釈して使用する。この水分散系エポキシ樹脂は、常温では固体であり、融点(m.p.)は65℃程度であるエポキシ樹脂を主成分としている。水分散系エポキシ樹脂を水で、1%ows〜5%ows程度に希釈し、安定化処理液10とする。水分散系エポキシ樹脂としては、他にも市販されているものを使用することができる。安定化処理液10の乾燥は、たとえば200℃程度の熱風吹きつけによって行う。」

上記記載からみて、甲10には次の事項が記載されている。
「開繊処理した炭素繊維の束に安定化処理液を付着させる、開繊幅安定化方法。」

(8)甲11には、次の事項が記載されている。
「【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、繊維複合シートの製造方法に関するものである。」
「【0051】上記図1の装置を用い、各巻き戻しロール(1)から多数の連続フィラメントよりなる強化繊維束(F)を、振動、及び引き取り力によって余分の強化繊維束(F)が巻き出されない程度のバックテンション(本実験では500g/本の力)をかけながら、16本巻き戻し、凸状曲面Bを有するガイド部材(2)と、振動装置(5)に接続された凸状曲面Aを有する振動部材(3)の間を圧接せしめながら通過させ、強化繊維束(F)を開繊させるとともに、開繊された強化繊維束(F)に供給装置(4)から供給された粉体状熱可塑性樹脂を各モノフィラメントに付着させるとともに、モノフィラメント相互間に捕捉する。その後、1台の厚み制御用の供給装置(4’)で粉体状熱可塑性樹脂を散布し、凸状曲面Cを有する固定部材(10)で樹脂をフィラメント間に擦り込み、再侵入、及び再付着させた。
【0052】この場合、最初の供給装置(4)から供給された粉体状熱可塑性樹脂量は1台あたり750g/分、厚み制御用の供給装置(4’)から供給された粉体状熱可塑性樹脂量は300g/分であった。
【0053】ここで、粉体状熱可塑性樹脂としては、粉体状塩化ビニル樹脂(平均重合度=800、平均粒子径100μm)100重量部に対して、安定剤2.0重量部、滑剤0.5重量部とをスーパーミキサーにて混合し、かつ120℃まで昇温させた後、冷却ミキサーで15分間冷却したものを用いた。
【0054】強化繊維束(F)としては、ガラスロービング(日東紡#4400、平均繊維径23μm)のものを用いた。」

上記記載からみて、甲11には次の事項が記載されている。
「強化繊維束を開繊させるとともに、開繊された強化繊維束に粉体状熱可塑製樹脂を付着させた、繊維複合シートの製造方法。」

5.本件発明1について
(1)甲1発明を主引用発明とする新規性進歩性
ア 本件発明1を甲1発明と対比する。
甲1発明の「エマルジョン1」は、微粒子を強化繊維束に固定するように機能するから、本件発明1の「固定剤」に相当する。
また、甲1発明の「強化繊維束1の一表面にエマルジョン1をスプレー塗布し、乾燥させ、形態的に安定」させることは、本件発明1の「前記炭素繊維束の幅と厚みを固定して固定炭素繊維束を製造する方法であって、少なくとも前記炭素繊維束の片面に前記固定剤が付着し」たことに相当する。
甲1発明の「フィラメント数12000本の炭素繊維」は、本件発明1の「サイジング剤が付着した炭素繊維束」と、炭素繊維束の限りで一致する。
以上から、本件発明1と甲1発明とは、以下の点で一致し、相違する。
<一致点1>
「炭素繊維束の開繊後に、固定剤を前記炭素繊維束に付着させ、前記炭素繊維束の幅と厚みを固定して固定炭素繊維束を製造する方法であって、
前記固定炭素繊維束は、少なくとも前記炭素繊維束の片面に前記固定剤が付着した、固定炭素繊維束の製造方法。」
<相違点1−1>
「炭素繊維束」に関して、本件発明1は、「サイジング剤が付着した炭素繊維束」であるのに対し、甲1発明は、サイジング剤が付着したものであるか否かが明らかでない点。
<相違点1−2>
「炭素繊維束の厚み」に関して、本件発明1は、「固定剤を前記炭素繊維束に付着させ、平均厚み180μm以下とした」のに対して、甲1発明では、炭素繊維束の厚みが特定されていない点。
<相違点1−3>
「分繊引裂荷重」に関して、本件発明1は、「分繊引裂荷重が0.02N以上1.00N以下である」と特定されているのに対して、甲1発明では、分繊引裂荷重が特定されていない点。

イ 相違点についての判断
まず、相違点1−3について検討する。
甲1には、固定剤が付着した炭素繊維束を製造後、分繊することは記載されていない。
また、甲1【0032】には、たて糸、よこ糸いずれにも強化繊維束2を用いて、強化繊維織物2を作製することが記載されているから、強化繊維束2を分繊する動機付けがあるとはいえず、むしろ阻害要因があるというべきである。
炭素繊維束を製造後、分繊を行うことが一般的であるとしても、その分繊引裂荷重は、固定剤の付着量のみに依存するのではなく、固定剤の種類や固定の際の熱処理条件、炭素繊維束の種類、形状、厚み、表面性状など、様々な条件に依存することは明らかであり、甲1に記載された炭素繊維束を分繊するとしても、分繊引裂荷重が0.02N以上1.00N以下であるとは必ずしもいえない。
甲2〜甲11にも、分繊引裂荷重が0.02N以上1.00N以下であることは記載されていない。
以上のとおり、甲1には、炭素繊維束を分繊することの動機付けがなく、甲1〜甲11には、分繊引裂荷重が0.02N以上1.00N以下であることが記載されていないから、相違点1−3に係る本件発明1の構成は、甲1発明に記載されたものではないし、甲1発明及び甲2ないし甲11に記載された事項から容易になし得たものでもない。
よって、相違点1−1、相違点1−2について判断するまでもなく、本件発明1は、甲1発明ではないし、甲1発明及び甲2ないし甲11に記載された事項から容易になし得たものでもない。

(2)甲2発明を主引用発明とする新規性進歩性
ア 本件発明1を甲2発明と対比する。
甲2発明の「ポリアミド樹脂粉末」は、熱融着剤として用いるものであるから(【0037】)、本件発明1の「固定剤」に相当する。
また、甲2発明の「開繊工程により開繊し整形された開繊シートの上面に、散布器から開繊シートの単位面積あたりの重量比で5%の量のポリアミド樹脂粉末を全幅にわたって散布し、ヒートローラの加熱温度を230℃に設定して止着シートと重ね合わせ」たことは、本件発明1の「前記炭素繊維束の幅と厚みを固定して固定炭素繊維束を製造する方法であって、少なくとも前記炭素繊維束の片面に前記固定剤が付着し」たことに相当する。
甲2発明の「単糸直径7μmのカーボン・モノフィラメント数15000本集束した炭素繊維束15K」は、本件発明1の「サイジング剤が付着した炭素繊維束」と、炭素繊維束の限りで一致する。
以上から、本件発明1と甲2発明とは、以下の点で一致し、相違する。
<一致点2>
「炭素繊維束の開繊後に、固定剤を前記炭素繊維束に付着させ、前記炭素繊維束の幅と厚みを固定して固定炭素繊維束を製造する方法であって、
前記固定炭素繊維束は、少なくとも前記炭素繊維束の片面に前記固定剤が付着した、固定炭素繊維束の製造方法。」
<相違点2−1>
「炭素繊維束」に関して、本件発明1は、「サイジング剤が付着した炭素繊維束」であるのに対し、甲2発明は、サイジング剤が付着したものであるか否かが明らかでない点。
<相違点2−2>
「炭素繊維束の厚み」に関して、本件発明1は、「固定剤を前記炭素繊維束に付着させ、平均厚み180μm以下とした」のに対して、甲2発明では、炭素繊維束の厚みが特定されていない点。
<相違点2−3>
「分繊引裂荷重」に関して、本件発明1は、「分繊引裂荷重が0.02N以上1.00N以下である」と特定されているのに対して、甲2発明では、分繊引裂荷重が特定されていない点。

イ 相違点についての判断
まず、相違点2−3について検討する。
甲2には、固定剤が付着した炭素繊維束を製造後、分繊することは記載されていない。
また、甲2【0035】、【0041】には、開繊シートを炭素繊維束の長手方向と直交する方向に切断して、繊維方向が多方向になるように積層して、多層構造を効率よく成形することが記載されているから、炭素繊維束を分繊する動機付けがあるとはいえず、むしろ阻害要因があるというべきである。
炭素繊維束を製造後、分繊を行うことが一般的であるとしても、その分繊引裂荷重は、固定剤の付着量のみに依存するのではなく、固定剤の種類や固定の際の熱処理条件、炭素繊維束の種類、形状、厚み、表面性状など、様々な条件に依存することは明らかであり、甲2に記載された炭素繊維束を分繊するとしても、分繊引裂荷重が0.02N以上1.00N以下であるとは必ずしもいえない。
甲1、甲3〜甲11にも、分繊引裂荷重が0.02N以上1.00N以下であることは記載されていない。
以上のとおり、甲2には、炭素繊維束を分繊することの動機付けがなく、甲1、甲3〜甲11には、分繊引裂荷重が0.02N以上1.00N以下であることが記載されていないから、相違点2−3に係る本件発明1の構成は、甲2発明に記載されたものではないし、甲2発明及び、甲1、甲3ないし甲11に記載された事項から容易になし得たものでもない。
よって、相違点2−1、相違点2−2について判断するまでもなく、本件発明1は、甲2発明ではないし、甲2発明及び甲1、甲3ないし甲11に記載された事項から容易になし得たものでもない。

(3)甲3発明を主引用発明とする新規性進歩性
ア 本件発明1を甲3発明と対比する。
甲3発明の「サイジング剤が付着した東レ(株)社製炭素繊維トレカT300−3Kを緯糸および経糸として織成した炭素繊維平織物」、「形態安定剤」は、本件発明1の「サイジング剤が付着した炭素繊維束」、「固定剤」に相当する。
また、甲3発明の「開繊処理して得られた炭素繊維織物に形態安定剤を付与する」ことは、本件発明1の「前記炭素繊維束の幅と厚みを固定して固定炭素繊維束を製造する方法であって、少なくとも前記炭素繊維束の片面に前記固定剤が付着し」たことに相当する。
以上から、本件発明1と甲3発明とは、以下の点で一致し、相違する。
<一致点3>
「炭素繊維束の開繊後に、固定剤を前記炭素繊維束に付着させ、前記炭素繊維束の幅と厚みを固定して固定炭素繊維束を製造する方法であって、
前記固定炭素繊維束は、少なくとも前記炭素繊維束の片面に前記固定剤が付着した、固定炭素繊維束の製造方法。」
<相違点3−1>
「炭素繊維束の厚み」に関して、本件発明1は、「固定剤を前記炭素繊維束に付着させ、平均厚み180μm以下とした」のに対して、甲3発明では、炭素繊維束の厚みが特定されていない点。
<相違点3−2>
「分繊引裂荷重」に関して、本件発明1は、「分繊引裂荷重が0.02N以上1.00N以下である」と特定されているのに対して、甲3発明では、分繊引裂荷重が特定されていない点。

イ 相違点についての判断
まず、相違点3−2について検討する。
甲3には、固定剤が付着した炭素繊維束を分繊することは記載されていない。
また、甲3【0072】、【0073】には、炭素繊維を緯糸および経糸とした炭素繊維平織物を開繊処理した平織物に形態安定剤を付与したことが記載されているから、炭素繊維束を分繊する動機付けがあるとはいえず、むしろ阻害要因があるというべきである。
炭素繊維束を製造後、分繊を行うことが一般的であるとしても、その分繊引裂荷重は、固定剤の付着量のみに依存するのではなく、固定剤の種類や固定の際の熱処理条件、炭素繊維束の種類、形状、厚み、表面性状など、様々な条件に依存することは明らかであり、甲3に記載された炭素繊維束を分繊するとしても、分繊引裂荷重が0.02N以上1.00N以下であるとは必ずしもいえない。
甲1、甲2、甲4〜甲11にも、分繊引裂荷重が0.02N以上1.00N以下であることは記載されていない。
以上のとおり、甲3には、炭素繊維束を分繊することの動機付けがなく、甲1〜甲11には、分繊引裂荷重が0.02N以上1.00N以下であることが記載されていないから、相違点3−2に係る本件発明1の構成は、甲3発明ではないし、甲3発明及び、甲1、甲2、甲4ないし甲11に記載された事項から容易になし得たものでもない。
よって、相違点3−1について判断するまでもなく、本件発明1は、甲3発明ではないし、甲3発明及び甲1、甲2、甲4ないし甲11に記載された事項から容易になし得たものでもない。

6.本件発明2〜13について
本件発明2〜13は、本件発明1に対して、さらに特定事項を付加し、限定したものである。
よって、上記5.に示した理由と同様の理由により、本件発明2〜13は、甲1ないし甲3発明ではなく、また、甲1発明及び甲2ないし甲11に記載された事項、甲2発明及び甲1、甲3ないし甲11に記載された事項、甲3発明、甲1、甲2、甲4ないし甲11に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明できたものではない。

第5 むすび
したがって、特許異議の申立ての理由及び証拠によっては、請求項1〜13に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に請求項1〜13に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2022-03-09 
出願番号 P2019-543510
審決分類 P 1 651・ 121- Y (D06M)
最終処分 07   維持
特許庁審判長 井上 茂夫
特許庁審判官 塩治 雅也
久保 克彦
登録日 2021-04-26 
登録番号 6875538
権利者 帝人株式会社
発明の名称 固定炭素繊維束の製造方法  
代理人 特許業務法人航栄特許事務所  

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