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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  C08J
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C08J
管理番号 1384272
総通号数
発行国 JP 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2022-05-27 
種別 異議の決定 
異議申立日 2021-12-10 
確定日 2022-04-01 
異議申立件数
事件の表示 特許第6887913号発明「グラフト鎖付き高分子基材の製造方法」の特許異議申立事件について,次のとおり決定する。 
結論 特許第6887913号の請求項1ないし8に係る特許を維持する。 
理由 第1 主な手続の経緯等
特許第6887913号(請求項の数は8。以下「本件特許」という。)は,平成29年8月22日にされた特許出願(特願2017−159479号)に係るものであって,令和3年5月21日にその特許権が設定登録され,同年6月16日に特許掲載公報が発行されたものである。
その後,令和3年12月10日に特許異議申立人梅田勝子(以下,単に「申立人」という。)より本件特許の請求項1〜8に係る特許に対して特許異議の申立てがされた。

第2 本件発明
本件特許の請求項1〜8に係る発明は,願書に添付された特許請求の範囲の請求項1〜8に記載された事項により特定される以下のとおりのものである(以下,請求項の番号に応じて各発明を順に「本件発明1」,「本件発明2」,…といい,これらを併せて「本件発明」という場合がある。)。
「【請求項1】
リン系酸化防止剤を含みフェノール系酸化防止剤を実質的に含まない高分子基材に電離放射線を照射して,前記高分子基材からラジカルを発生させた後,前記高分子基材とラジカル重合性単量体を含む溶液とを接触させて,前記ラジカル重合性単量体に基づくグラフト鎖を前記高分子基材に導入することを特徴とする,グラフト鎖付き高分子基材の製造方法。
【請求項2】
前記高分子基材を構成する材料が,ポリオレフィンである,請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記ポリオレフィンが,ポリエチレン,エチレン−αオレフィン共重合体,エチレン−酢酸ビニル共重合体,および,エチレン−ビニルアルコール共重合体からなる群より選択される少なくとも1種である,請求項2に記載の製造方法。
【請求項4】
前記高分子基材の形態がフィルムである,請求項1〜3のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項5】
前記電離放射線が電子線であり,
搬送されるフィルム状の前記高分子基材に対して,前記電子線を連続的に照射する,請求項1〜4のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項6】
前記ラジカル重合性単量体が,イオン交換基を導入し得る基を有する,請求項1〜5のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項7】
前記ラジカル重合性単量体が,スチレン,4−ビニルピリジン,2−ビニルピリジン,および,下式(1)で表される化合物からなる群より選択される少なくとも1種の単量体を含む,請求項1〜6のいずれか1項に記載の製造方法。
【化1】



式中の記号は,以下の意味を示す。
R1は,炭素数1〜6の2価の炭化水素基またはエーテル性酸素原子を含む炭素数1〜6の2価の炭化水素基である。
Xは,ハロゲン原子を表す。
【請求項8】
前記グラフト鎖を前記高分子基材に導入した後,前記グラフト鎖にイオン交換基を導入する,請求項1〜7のいずれか1項に記載の製造方法。」(なお,請求項7における式(1)の記載については,式中の記号の意味の説明を含め,以下単に「化1」という場合がある。)

第3 申立人の主張に係る申立理由の概要
特許異議申立書における申立人の主張は,概略以下のとおりであって,本件発明1〜4及び6〜8は特許法(以下,単に「法」という。)29条1項3号に該当し特許を受けることができない発明であるか,本件発明1〜8は法29条2項の規定により特許を受けることができない発明であるか,請求項1〜8に係る特許は法36条6項1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから,請求項1〜8に係る特許は法113条2号あるいは4号に該当し取り消されるべき,というものである。
1 申立理由1(甲1関係)
本件発明1〜4及び6〜8は,甲1を主たる引用文献としたとき,この主たる引用文献に対していわゆる新規性を有しないものであるか,本件発明1〜8は,甲1に記載された発明を主たる引用発明としたとき,この主たる引用発明に基いて,その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものである。(この理由を,以下「申立理由1」という。)
2 申立理由2(甲3関係)
本件発明1〜8は,甲3に記載された発明を主たる引用発明としたとき,この主たる引用発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものである。(この理由を,以下「申立理由2」という。)
3 申立理由3(サポート要件)
請求項1〜8についての特許は,法36条6項1号に規定するいわゆるサポート要件を満たしていない特許出願についてされたものである。
4 証拠
証拠方法として書証を申出,以下の文書(甲1〜5)を提出する。
・甲1: 特開2012−201693号公報
・甲2: 「電子線グラフト重合法によるイオン交換膜の開発 −ポリエチレンフィルムに含有される酸化防止剤の影響−」,佐々木貴明ら,日本海水学会誌第74巻第4号233〜240頁,令和2年9月1日発行
・甲3: 特開2009−215499号公報
・甲4: 特開2011−235486号公報
・甲5: 特開2006−9031号公報

第4 当合議体の判断
当合議体は,以下述べるように,上記申立理由1〜3はいずれも理由がないと判断する。
1 証拠に記載された発明
(1) 甲1について
ア 甲1には,次の記載がある。(下線は合議体による。以下同じ。)
・「【請求項6】
超高分子量ポリエチレンフィルムに電離放射線を照射することにより,超高分子量ポリエチレンにラジカルを発生させ,陰イオン交換基を導入可能な官能基を有する重合性単量体単独,又は該重合性単量体及び架橋性単量体の重合性混合物を用いてグラフト重合を行うことにより得られた,グラフト重合超高分子量ポリエチレンフィルムを,前記フィルムが有する陰イオン交換基を導入可能な官能基と2か所以上で反応可能で,かつ陰イオン交換基を形成しえる化合物と反応させることにより,フィルムに前記化合物による架橋構造部分を有しせしめて,一価陰イオン選択透過性を付与させることを特徴とする一価陰イオン選択透過性製塩用陰イオン交換膜の製造方法。」
・「【0016】
超高分子量ポリエチレンフィルムの製造法による種別は特に限定するものではなく,インフレーションフィルム,スカイブフィルム等いずれのフィルムも使用可能である。インフレーションフィルムとしては,例えば,作新工業株式会社製,Saxinニューライトフィルム イノベート(製品名)などがあげられる。…」
・「【0022】
本発明において用いられる,陰イオン交換基を導入可能な官能基を有する重合性単量体としては,クロロメチルスチレンを用いるのが一般的であるが,従来公知である陰イオン交換樹脂や陰イオン交換膜の製造において用いられる単量体が特に制限されず使用される。具体的には,スチレン,ビニルトルエン,ビニルキシレン,α−メチルスチレン,アセナフチレン,ビニルナフタレン,α−ハロゲン化スチレン等,α,β,β’−トリハロゲン化スチレン,クロロスチレン,ビニルピリジン,メチルビニルピリジン,エチルビニルピリジン,ビニルピロリドン,ビニルカルバゾール,ビニルイミダゾール,アミノスチレン,アルキルアミノスチレン,トリアルキルアミノスチレン,アクリル酸アミド,アクリルアミド,オキシウム等が用いられる。この重合性単量体の使用量としてはフィルムの性質により適宜選択される。重合性単量体は溶媒に溶解して使用することができ,溶液とする場合,その濃度は20〜80質量%とすることができる。」
・「【0038】
(実施例1)
分子量160万,膜厚50μmの超高分子量ポリエチレンフィルム(作新工業株式会社製,Saxinニューライトフィルム イノベート(製品名))厚み60μm×縦50m×横60cmを,PETフィルム(膜厚120μm)と共に鉄製ロール(直径100mm)の芯を用いたロールに巻き取る。サンプル巻取り後,その上からPETフィルムを5m程度巻き接触圧を増加させ,さらに粘着性テープ等で巻き締めることにより,内部の接触圧が維持されるようにした。巻き取り速度は100cm/minとし,サンプルにかかる接触圧はいずれの部分も1000kPa以上とした。また,対象フィルム巻き取り後,153℃とした熱処理機に入れ,72時間加熱した後,熱処理機よりロールを取り出し,自然冷却した。
【0039】
得られたフィルムを酸素不透過性ポリエチレン袋中に挿入後,この袋内を窒素置換し,袋内の酸素を除去する。次いでこの基材を含む袋に電子線を25℃,加速電圧250keV,電子線電流32.7mAで,100kGy照射した。次いで,照射済み基材を大気中で取り出し,ガラス容器に移し替えた後,該ガラス容器を高純度窒素によりバブリングし,予め酸素ガスを除いたクロロメチルスチレン20質量%,ジビニルベンゼン0.6質量%としたキシレン溶液を充填した。充填後,40℃で360minグラフト重合した後,膜をガラス容器より取り出し,メタノールで洗浄し,風乾した。グラフト率は53%であった。
【0040】
該グラフト反応後の高分子基材を,メタノールを溶媒とする濃度5質量%のN,N,N´,N´−テトラメチル−1,6−ジアミノヘキサン溶液に,25℃で72時間浸漬した後,濃度30質量%のトリメチルアミン水溶液に,25℃で72時間浸漬し,膜を十分に水洗した。得られた陰イオン交換膜は0.5N−NaCl水溶液中に保存した。
【0041】
さらに,該陰イオン交換膜と市販の陽イオン交換膜(旭硝子(株)CSO)を小型電気透析装置(膜面積8cm2)に装着し,透析試験を実施した。脱塩室流速は6cm/s,電流密度3A/dm2の透析条件で供給液は硫酸イオンを0.03M含有した0.5M塩化ナトリウム水溶液を用いた。」
イ 上記アでの摘記,特に【請求項6】及び実施例1に関する記載からみて,甲1には次のとおりの発明(以下「甲1発明」という。)が記載されていると認められる。
「分子量160万,膜厚50μmの超高分子量ポリエチレンフィルム(作新工業株式会社製,Saxinニューライトフィルム イノベート(製品名))に電離放射線を照射することにより,当該超高分子量ポリエチレンにラジカルを発生させ,
陰イオン交換基を導入可能な官能基を有する重合性単量体単独,又は該重合性単量体及び架橋性単量体の重合性混合物を溶解した溶液を用いて当該超高分子量ポリエチレンにグラフト重合を行い,
得られたグラフト重合超高分子量ポリエチレンフィルムを,当該フィルムが有する陰イオン交換基を導入可能な官能基と2か所以上で反応可能でかつ陰イオン交換基を形成しえる化合物と反応させることにより,
フィルムに前記化合物による架橋構造部分を有しせしめて一価陰イオン選択透過性を付与させる,一価陰イオン選択透過性製塩用陰イオン交換膜の製造方法。」(合議体注:上記の認定中,「分子量160万,膜厚50μmの超高分子量ポリエチレンフィルム(作新工業株式会社製,Saxinニューライトフィルム イノベート(製品名))」について,以下,「イノベートフィルム」あるいは単に「超高分子量ポリエチレンフィルム」という場合がある。)

(2) 甲2について
甲2には,次の記載がある。
・「ポリエチレンフィルムには,Fig.1のような酸化劣化を防止するため,酸化防止剤が添加されている14−17)。一般的に,酸化防止剤にはラジカルを捕捉する機能があり,(1)によって生成したラジカルを捕捉することにより,(2)以降の反応を抑制してポリエチレンの劣化を防止している。…電子線照射によって生成したラジカルが捕捉されるとグラフト重合に利用できるラジカルの量が減少するため,重合率の低下や重合ムラの発生など,工業化におけるさまざまな問題の要因になり得る。そのため,電子線グラフト重合における酸化防止剤の影響を明らかにすることは,工業化において,安定した品質を持つ製品を製造する上で必要不可欠である。
本研究の目的は(1)ポリエチレンフィルムに含有される酸化防止剤を同定すること,…である。」(234頁左欄10〜28行)
・「2.1 基材と試薬
一般的なポリエチレンフィルムとして,次の4種類を用いた。作新工業(株)製の超高分子量ポリエチレン(UHMWPE:厚さ60μm),…ある。」(234頁左欄下から5行〜右欄1行)
・「3.1 ポリエチレンフィルムに含有される酸化防止剤
UHMWPE, HDPE, LDPE,およびLDPE含有HDPE に含有している酸化防止剤を定量した。…UHMWPEからは酸化防止剤としてIrgafosl68のみ検出された。」(235頁左欄10〜16行)
・「3.1項で検出された酸化防止剤のうちIrgafosl68はリン系酸化防止剤に該当する。」(235頁右欄最下行〜236頁左欄1行)

(3) 甲3について
ア 甲3には,次の記載がある。
・「【請求項10】
電離放射線を照射することによりラジカルを発生させたポリオレフィンからなる多孔性基材に,スチレン,クロロメチルスチレン及びジビニルベンゼンの少なくともいずれかをグラフト重合した後,スルホン酸基を導入可能な官能基を有するスチレン及びジビニルベンゼンを含有する重合性混合物を充填して,熱重合を行う工程を含むことを特徴とする製塩用陽イオン交換膜の製造方法。」
・「【0015】
…また,本発明において,ポリオレフィンには,その望ましい特性を損なわない範囲において,酸化防止剤,紫外線吸収剤,帯電防止剤等の種々の添加剤を含んでいてもよい。」
イ 上記アでの摘記,特に【請求項10】及び【0015】の記載からみて,甲3には次のとおりの発明(以下「甲3発明」という。)が記載されていると認められる。
「電離放射線を照射することによりラジカルを発生させたポリオレフィンからなる酸化防止剤を含む多孔性基材に,スチレン,クロロメチルスチレン及びジビニルベンゼンの少なくともいずれかをグラフト重合した後,スルホン酸基を導入可能な官能基を有するスチレン及びジビニルベンゼンを含有する重合性混合物を充填して,熱重合を行う工程を含む,製塩用陽イオン交換膜の製造方法。」

(4) 甲4について
甲4には,次の記載がある。
・「【0004】
ところで,パイプ・電線被覆材などの成形品は,製品の長期耐久性も要求される。長期耐久性を向上させるためには,フェノール系・リン系に代表される酸化防止剤を配合することが広く行われている。酸化防止剤は他の添加剤と同じく,通常押出ないし射出成型機で樹脂を溶融混錬する際に添加される。
【0005】
しかしながら本発明者らの検討に拠れば,ポリエチレンを溶融混錬する際に過酸化物とフェノール系の酸化防止剤が共存すると,過酸化物から発生するラジカルを酸化防止剤がトラップしてしまい,グラフト化が十分におきないことがわかった。」
・「【0007】
本発明は,上記のような従来技術に伴う問題を解決しようとするものであって,シラングラフト体の製造時にビニルシラン化合物をグラフトさせる過酸化物と,ラジカルを補足する耐熱安定剤を同時に添加してもビニルシラン化合物のグラフト率を減じない組成物,ならびに該組成物を用いて成型体を成型する方法に関する。」
・「【0010】
…なお,長期の耐熱性はフェノール系,リン系等の酸化防止剤でも付与する事ができるが,フェノール系酸化防止剤と過酸化物を同時に用いて押出混練すると過酸化物がフェノール系酸化防止剤と反応し,ビニルシラン化合物のグラフト反応が進行しないことがある。」

2 申立理由1についての判断
(1) 本件発明1について(甲1発明との対比・判断)
ア 本件発明1と甲1発明とを対比すると,甲1発明の「イノベートフィルム」は本件発明1における電離放射線が照射される前の「高分子基材」に相当し,同様に,「陰イオン交換基を導入可能な官能基を有する重合性単量体」は「ラジカル重合性単量体」に相当する。また,甲1発明により製造される「一価陰イオン選択透過性製塩用陰イオン交換膜」は,イノベートフィルムに対してイオン交換基を導入可能な官能基を有する重合性単量体(ラジカル重合性単量体)に基づくグラフト鎖が導入されたものであるといえるから,本件発明1の「グラフト鎖付き高分子基材」に相当するといえる。
そうすると,本件発明1と甲1発明との一致点及び相違点は,それぞれ次のとおりであると認められる。
・一致点
「高分子基材に電離放射線を照射して,前記高分子基材からラジカルを発生させた後,前記高分子基材とラジカル重合性単量体を含む溶液とを接触させて,前記ラジカル重合性単量体に基づくグラフト鎖を前記高分子基材に導入する,グラフト鎖付き高分子基材の製造方法。」である点
・相違点1
高分子基材(イノベートフィルム)について,本件発明1は「リン系酸化防止剤を含みフェノール系酸化防止剤を実質的に含まない」ものであるのに対し,甲1発明はそのような特定を有しない点。
イ 上記相違点1について検討する。
甲1発明の「イノベートフィルム」について,このフィルムがリン系酸化防止剤を含みフェノール系酸化防止剤を実質的に含まないものであることを示す証拠はなく,また,そのような事実が技術常識であるという根拠も見当たらない。そうすると,上記相違点1は実質的な相違点であるといわざるを得ないことから,本件発明1が甲1に記載された発明であるということはできない。
この点,申立人は,甲2において,甲1のイノベートフィルムと同じ厚さであって,一般的なポリエチレンフィルムである作新工業株式会社製の超高分子量ポリエチレン(UHMWPE:厚さ60μm)に含まれる酸化防止剤を分析したところ,リン系酸化防止剤を含みフェノール系酸化防止剤を実質的に含まないことが確認されたことから,甲1発明の「イノベートフィルム」は上記相違点1に係る構成を有しているといえる旨主張する(特許異議申立書37頁)。
しかし,甲2には,分析した試料として,作新工業株式会社製の超高分子量ポリエチレン(UHMWPE:厚さ60μm)を用いたとの記載がうかがえるのみで,イノベートフィルムを用いたとの記載はない。しかも,製造会社名やフィルム(試料)の厚さが一致するからといって,必ずしも,甲2が甲1発明のイノベートフィルムと同じものを分析したとまでいうことはできない。
よって,申立人の上記主張は,採用できない。
また,甲1発明のイノベートフィルムないしは超高分子量ポリエチレンフィルムについて,「リン系酸化防止剤を含みフェノール系酸化防止剤を実質的に含まない」ものを採用しようとする動機付けも見当たらない。そうすると,本件発明1は,甲1発明を主たる引用発明としたとき,当業者が甲1発明から容易に発明できたものということもできない。
(2) 本件発明2〜8について
請求項2〜8の記載は請求項1を直接又は間接的に引用するものであるから,本件発明2〜4,6〜8については,本件発明1についての上記判断と同様に,甲1を主たる引用文献としたとき,この主たる引用文献に対していわゆる新規性を有しないということはできないし,本件発明2〜8についても,本件発明1についての上記判断と同様に,甲1発明を主たる引用発明としたとき,甲1発明から容易に発明できたものということはできない。
(3) 小括
以上のとおりであるから,申立人主張の申立理由1には理由がない。

3 申立理由2についての判断
(1) 本件発明1について(甲3発明との対比・判断)
ア 本件発明1と甲3発明とを対比すると,両発明の一致点及び相違点は,それぞれ次のとおりであると認められる。
・一致点
「高分子基材に電離放射線を照射して,前記高分子基材からラジカルを発生させた後,前記高分子基材とラジカル重合性単量体を含む溶液とを接触させて,前記ラジカル重合性単量体に基づくグラフト鎖を前記高分子基材に導入する,グラフト鎖付き高分子基材の製造方法。」である点。
・相違点2
高分子基材(多孔性基材)について,本件発明1は「リン系酸化防止剤を含みフェノール系酸化防止剤を実質的に含まない」ものであるのに対し,甲3発明はそのような特定を有しない点。
イ 上記相違点2について検討する。
いずれの証拠にも,高分子基材(多孔性基材)について,これに含まれる酸化防止剤として「リン系酸化防止剤を含みフェノール系酸化防止剤を実質的に含まない」ものとすることは開示されていない。そうすると,甲3発明において,多孔性基材に含まれる酸化防止剤としてどのようなものを採用しようとするか考えた当業者が,相違点2に係る構成を想到することは容易であるということはできない。
この点,申立人は,甲4にはフェノール系酸化防止剤はラジカルをトラップするためグラフト反応の進行を妨げることが開示されていることから,長期耐久性を向上させるためにフェノール系・リン系に代表される酸化防止剤を配合することが広く行われているという状況下,甲3発明の基材として,グラフト反応の進行を妨げる原因となるフェノール系酸化防止剤を含有せず,代わりにリン系酸化防止剤を含有するものを選択することは容易である旨主張する(特許異議申立書40〜41頁)。
しかし,甲4が開示する酸化防止剤についての説明は,高分子基材(多孔性基材)に含まれる酸化防止剤についての技術に関するものではない。また,甲4が開示するラジカルの発生は,甲3発明のような電離放射線を照射することによるものでもない。そうすると,甲4に申立人が主張するような技術が開示されているといえたとしても,甲3発明の高分子基材(多孔性基材)に含まれる酸化防止剤として,甲4に記載されている技術事項を採用する動機が見当たらない。
そうすると,本件発明1は,甲3発明を主たる引用発明としたとき,当業者が甲3発明から容易に発明できたものということはできない。
(2) 本件発明2〜8について
本件発明2〜8についても,本件発明1についての上記判断と同様に,甲3発明を主たる引用発明としたとき,甲3発明から容易に発明できたものということはできない。
(3) 小括
以上のとおりであるから,申立人主張の申立理由2には理由がない。

4 申立理由3についての判断
(1) サポート要件の判断基準について
36条6項1号には,特許請求の範囲の記載は,「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること」でなければならない旨が規定されている。
特許制度は,発明を公開させることを前提に,当該発明に特許を付与して,一定期間その発明を業として独占的,排他的に実施することを保障し,もって,発明を奨励し,産業の発達に寄与することを趣旨とするものである。
そして,ある発明について特許を受けようとする者が願書に添付すべき明細書及び特許請求の範囲は,本来,当該発明の技術内容を一般に開示するとともに,特許権として成立した後にその効力の及ぶ範囲(特許発明の技術的範囲)を明らかにするという役割を有するものであるから,特許請求の範囲に発明として記載して特許を受けるためには,明細書の発明の詳細な説明に,当該発明の課題が解決できることを当業者において認識できるように記載しなければならない。法36条6項1号の規定するサポート要件が,特許請求の範囲の記載を上記規定のように限定したのは,発明の詳細な説明に記載していない発明を特許請求の範囲に記載すると,公開されていない発明について独占的,排他的な権利が発生することになり,一般公衆からその自由利用の利益を奪い,ひいては産業の発達を阻害するおそれを生じ,上記の特許制度の趣旨に反することになるからである。
そして,特許請求の範囲の記載が,サポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と明細書の発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲内のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断される。
(2) 判断
以下,本件発明のサポート要件の存否について,上記(1)の見地に基づいて検討する。
本件発明の解決しようとする課題は,本件明細書(特に【0004】)の記載から,「グラフト重合率に優れたグラフト鎖付き高分子基材の製造方法を提供すること」にあるということができる。
また,当業者は,本件明細書のうち,例えば【0011】に記載されているフェノール系酸化防止剤のラジカルに対する作用機序についての説明や,実施例についての記載から,高分子基材としてフェノール系酸化防止剤を実質的に含まないものを用いることで上記課題を解決できると認識するといえる。
そして,本件発明は,高分子基材として「フェノール系酸化防止剤を実質的に含まない」という構成を有するものであり,このような構成を有する本件発明は,上述で述べるところの本件発明の課題を解決できると認識できる範囲内のものであると認められることから,本件発明はサポート要件を満たすものである。
(3) 小括
以上のとおりであるから,申立理由3には理由がない。

第5 むすび
したがって,申立人の主張する申立理由によっては,請求項1〜8に係る特許を取り消すことはできない。また,他にこれら特許が法113条各号のいずれかに該当すると認めうる理由もない。
よって,結論のとおり決定する。

 
異議決定日 2022-03-24 
出願番号 P2017-159479
審決分類 P 1 651・ 537- Y (C08J)
P 1 651・ 121- Y (C08J)
最終処分 07   維持
特許庁審判長 加藤 友也
特許庁審判官 植前 充司
須藤 康洋
登録日 2021-05-21 
登録番号 6887913
権利者 公益財団法人 塩事業センター AGCエンジニアリング株式会社
発明の名称 グラフト鎖付き高分子基材の製造方法  
代理人 蜂谷 浩久  
代理人 伊東 秀明  
代理人 上西 浩史  
代理人 三橋 史生  
代理人 三橋 史生  
代理人 伊東 秀明  
代理人 上西 浩史  
代理人 蜂谷 浩久  

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