• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判 一部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  B22F
審判 一部申し立て 2項進歩性  B22F
審判 一部申し立て 1項3号刊行物記載  B22F
審判 一部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  B22F
管理番号 1384291
総通号数
発行国 JP 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2022-05-27 
種別 異議の決定 
異議申立日 2021-12-22 
確定日 2022-03-29 
異議申立件数
事件の表示 特許第6892797号発明「鉄粉およびその製造方法並びに前駆体の製造方法並びにインダクタ用成形体およびインダクタ」の特許異議申立事件について,次のとおり決定する。 
結論 特許第6892797号の請求項1〜3,17及び18に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6892797号(請求項の数18。以下,「本件特許」という。)は,平成29年7月10日(優先権主張:平成28年7月15日,平成28年10月20日,平成29年4月17日)を出願日とする特許出願(特願2017−134617号)に係るものであって,令和3年6月1日に設定登録されたものである(特許掲載公報の発行日は,令和3年6月23日である。)。
その後,令和3年12月22日に,本件特許の請求項1〜3,17及び18に係る特許に対して,特許異議申立人である金田綾香(以下,「申立人」という。)により,特許異議の申立てがされた。

第2 本件発明
本件特許の請求項1〜18に係る発明は,本件特許の願書に添付した特許請求の範囲の請求項1〜18に記載された事項により特定されるとおりのものであるところ,そのうち,請求項1〜3,17及び18に係る発明は,以下のとおりのものである(以下,それぞれ「本件発明1」等という。また,本件特許の願書に添付した明細書を「本件明細書」という。)。

【請求項1】
平均粒子径が0.25μm以上0.80μm以下であり,かつ,平均軸比が1.5以下の鉄粒子の表面がシリコン酸化物で被覆された粒子からなるシリコン酸化物被覆鉄粉であって,
前記のシリコン酸化物被覆鉄粉は,当該シリコン酸化物被覆鉄粉とビスフェノールF型エポキシ樹脂を9:1の質量割合で混合し,加圧成形した成形体について,100MHzにおいて測定した複素比透磁率の実数部μ’が2以上,複素比透磁率の損失係数tanδが0.025以下となるものである,シリコン酸化物被覆鉄粉。
【請求項2】
シリコン酸化物の被覆量が,シリコン酸化物被覆鉄粉全体の質量に対してシリコンとして15質量%以下である,請求項1に記載のシリコン酸化物被覆鉄粉。
【請求項3】
Pの含有量が,シリコン酸化物被覆鉄粉全体の質量に対して0.1質量%以上2.0質量%以下である,請求項1に記載のシリコン酸化物被覆鉄粉。
【請求項17】
請求項1〜3のいずれか1項に記載のシリコン酸化物被覆鉄粉を含む,インダクタ用の成形体。
【請求項18】
請求項1〜3のいずれか1項に記載のシリコン酸化物被覆鉄粉を用いたインダクタ。

第3 特許異議の申立ての理由の概要
本件特許の請求項1〜3,17及び18に係る特許は,下記1〜6のとおり,特許法113条2号及び4号に該当する。証拠方法は,甲第1号証〜甲第5号証(以下,単に「甲1」等という。下記7を参照。)である。
1 申立理由1(新規性
本件発明1,17及び18は,甲1に記載された発明であり,特許法29条1項3号に該当し,特許を受けることができないものであるから,本件特許の請求項1,17及び18に係る特許は,同法113条2号に該当する。
2 申立理由2−1(進歩性
本件発明1〜3,17及び18は,甲1に記載された発明並びに甲4及び5に記載された事項に基いて,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下,「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであるから,本件特許の請求項1〜3,17及び18に係る特許は,同法113条2号に該当する。
3 申立理由2−2(進歩性
本件発明1〜3,17及び18は,甲2に記載された発明並びに甲4及び5に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであるから,本件特許の請求項1〜3,17及び18に係る特許は,同法113条2号に該当する。
4 申立理由2−3(進歩性
本件発明1〜3,17及び18は,甲3に記載された発明並びに甲4及び5に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであるから,本件特許の請求項1〜3,17及び18に係る特許は,同法113条2号に該当する。
5 申立理由3(実施可能要件
本件発明1及び3については,発明の詳細な説明の記載が特許法36条4項1号に適合するものではないから,本件特許の請求項1及び3に係る特許は,同法113条4号に該当する。
6 申立理由4(サポート要件)
本件発明1及び3については,特許請求の範囲の記載が特許法36条6項1号に適合するものではないから,本件特許の請求項1及び3に係る特許は,同法113条4号に該当する。
7 証拠方法
・甲1 特開2011−86788号公報
・甲2 特開2015−200018号公報
・甲3 特開2013−236021号公報
・甲4 特開平9−180924号公報
・甲5 特開2013−247214号公報

第4 当審の判断
以下に述べるように,特許異議申立書に記載した特許異議の申立ての理由によっては,本件特許の請求項1〜3,17及び18に係る特許を取り消すことはできない。

1 申立理由1(新規性),申立理由2−1(進歩性
(1)甲1に記載された発明
甲1には,高周波用磁性材料について記載されている(【0001】)ところ,請求項1〜3には,以下の記載がある。
「【請求項1】
磁性粒子が樹脂材料中に分散されてなる高周波用磁性材料であって,
前記磁性粒子は略球形であり,前記樹脂材料に前記磁性粒子は1〜60vol%含まれており,前記磁性粒子の飽和磁束密度は1T以上であり,前記磁性粒子の磁気異方性定数は,立方晶系材料ではK1<±800×103(J/m3),一軸異方性材料ではKu<±400×103(J/m3)である高周波用磁性材料。
【請求項2】
磁性粒子が樹脂材料中に分散されてなる高周波用磁性材料であって,
前記磁性粒子は略球形であり,平均粒径dが0.1<d<1(μm)であり,かつ各粒径における相対粒子体積f(d)が,Σ{f(d)・d2} < 6.7×10−12なる関係を満たす高周波用磁性材料。
【請求項3】
前記磁性粒子は,扁平率が0.36から2.50である請求項1又は2に記載の高周波用磁性材料。」
また,甲1には,高周波用磁性材料について,「樹脂成型技術を用いて,高周波用の各種磁気応用製品に適用可能な磁性材料(高周波用磁性材料)を成型する場合,磁性粒子に関する条件(磁性粒子の形状,磁性粒子の樹脂への含有量,磁性粒子の飽和磁化及び磁性粒子の磁気異方性定数)は,tanδの低下(低損失化)を実現するために重要なパラメータである。」(【0009】)との認識のもと,「磁性粒子に関する条件を最適化する」(【0009】)ために,「材料はFe(鉄),磁性材料の形状は球形,周波数は1GHzとし,磁性粒子の孤立粒子単体の特性を計算した」(【0019】)ことが記載されている。
そして,甲1には,磁性粒子に関する各種の特性についての計算結果が示されているが(【0019】〜【0031】,図1〜7),上記の請求項1〜3において特定される磁性粒子に関する各種の特性は,いずれも,上記の計算結果に基づくものと解される。
そうすると,上記の請求項1〜3の高周波用磁性材料は,少なくとも,磁性粒子が「Fe(鉄)」(【0019】)である場合を包含するものと認められる。
以上の甲1の記載及び認定を含む甲1の記載(請求項1〜3,【0001】,【0009】,【0010】,【0015】,【0018】〜【0035】,【0048】〜【0052】,図1〜8)によれば,特に,請求項2,3に着目すると,甲1には,以下の発明が記載されていると認められる。

「鉄である磁性粒子が樹脂材料中に分散されてなる高周波用磁性材料に用いられる鉄である磁性粒子であって,
略球形であり,平均粒径dが0.1<d<1(μm)であり,かつ各粒径における相対粒子体積f(d)が,Σ{f(d)・d2} < 6.7×10−12なる関係を満たし,扁平率が0.36から2.50である,鉄である磁性粒子。」(以下,「甲1発明」という。)

(2)本件発明1について
ア 対比
本件発明1と甲1発明とを対比する。
本件発明1における「鉄粒子の表面がシリコン酸化物で被覆された粒子からなるシリコン酸化物被覆鉄粉」は,「鉄粒子」からなる「鉄粉」を含むものであるところ,甲1発明における「鉄である磁性粒子が樹脂材料中に分散されてなる高周波用磁性材料に用いられる鉄である磁性粒子」は,本件発明1における「鉄粒子」からなる「鉄粉」に相当する。
以上によれば,本件発明1と甲1発明とは,
「鉄粒子を含む鉄粉。」
の点で一致し,以下の点で相違する。
・相違点1−1
本件発明1では,鉄粒子を含む鉄粉が,鉄粒子「の表面がシリコン酸化物で被覆された」粒子からなる「シリコン酸化物被覆」鉄粉であり,そのシリコン酸化物被覆鉄粉は,「当該シリコン酸化物被覆鉄粉とビスフェノールF型エポキシ樹脂を9:1の質量割合で混合し,加圧成形した成形体について,100MHzにおいて測定した複素比透磁率の実数部μ’が2以上,複素比透磁率の損失係数tanδが0.025以下となるものである」のに対して,甲1発明では,鉄を含む磁性粒子が,その「表面がシリコン酸化物で被覆された」,「シリコン酸化物被覆」磁性粒子ではなく,また,上記のような「シリコン酸化物被覆鉄粉」を含む所定の「成形体について,100MHzにおいて測定した」所定の「複素比透磁率」を有するものではない点。
・相違点1−2
本件発明1では,鉄粒子の「平均粒子径が0.25μm以上0.80μm以下であり,かつ,平均軸比が1.5以下」であるのに対して,甲1発明では,鉄である磁性粒子の「平均粒径dが0.1<d<1(μm)であり」,「略球形であり」,「扁平率が0.36から2.50である」点。

イ 相違点1−1の検討
(ア)まず,相違点1−1が実質的な相違点であるか否かについて検討する。
a 甲1発明に係る鉄である磁性粒子は,その「表面がシリコン酸化物で被覆された」,「シリコン酸化物被覆」磁性粒子ではなく,また,そうである以上,本件発明1のように,当該「シリコン酸化物被覆鉄粉」を含む所定の「成形体について,100MHzにおいて測定した」所定の「複素比透磁率」を有するものではない。
b もっとも,甲1の図7には,樹脂への磁性粒子の含有率(充填率(体積割合))を変えた場合の高周波用磁性材料(本件発明1の「成形体」に相当する。)の透磁率Re(μcomp.)(本件発明1の「複素比透磁率の実数部μ’」に相当する。)及びtanδcomp.(本件発明1の「複素比透磁率の損失係数tanδ」に相当する。)の計算結果が示されている(【0028】〜【0030】)。
しかしながら,図7に示される計算結果においても,「粒径0.2μmのFe粒子」(【0029】)を対象としており,「表面がシリコン酸化物で被覆された」,「シリコン酸化物被覆」Fe粒子ではない。
また,上記の高周波用磁性材料が,どのような樹脂を用いて,どのような質量割合で,どのように製造したものであるのか,その詳細は不明であり,(「表面がシリコン酸化物で被覆された」ものではない,「粒径0.2μmのFe粒子」を用いる点は措くとしても,)「ビスフェノールF型エポキシ樹脂を9:1の質量割合で混合し,加圧成形した成形体」であるかどうかは不明である。
さらに,透磁率Re(μcomp.)及びtanδcomp.は,周波数が「1GHz」の場合について計算したものであり(図7の縦軸を参照),「100MHz」において測定したものではない。
以上によれば,甲1の図7に関する記載を考慮しても,甲1に,相違点1−1に係る事項が記載されているとはいえない。
c また,甲1の図8には,図1〜7の計算結果に基づく条件により作製した高周波用磁性材料における透磁率Re(μcomp.)及びtanδcomp.の評価(測定)結果が示されている(【0032】〜【0035】)。
しかしながら,図8に示される評価(測定)結果においても,「平均粒径0.4μmのFe粒子」(【0034】)を用いており,「表面がシリコン酸化物で被覆された」,「シリコン酸化物被覆」Fe粒子ではない。
また,上記の高周波用磁性材料は,「先ず,自公転式混錬装置を用いて,平均粒径0.4μmのFe粒子を熱硬化性エポキシ樹脂に分散させ,ペースト状の流動体を得た。また,このとき,Fe粒子の熱硬化性エポキシ樹脂に対する充填率は30vol%とした。そして,ペースト状の流動体を,ホットプレート上60℃で3.5時間加熱硬化させ,縦10(mm)×横10(mm)×厚さ1(mm)の成形体を得た。この成形体を,機械的加工によって縦4(mm)×横4(mm)×厚さ0.7(mm)とし」(【0034】)たものであり,(「表面がシリコン酸化物で被覆された」ものではない,「平均粒径0.4μmのFe粒子」を用いる点は措くとしても,)「ビスフェノールF型エポキシ樹脂を9:1の質量割合で混合し,加圧成形した成形体」ではない。
以上によれば,甲1の図8に関する記載を考慮しても,甲1に,相違点1−1に係る事項が記載されているとはいえない。
d さらに,甲1には,「なお,上記実施の形態における記述は,本発明に係る高周波用磁性材料及び高周波デバイスの一例であり,これに限定されるものではない。」(【0047】)として,「例えば,磁性粒子の表面に非磁性材料(リン酸塩,シリカ等)がコーティングされており,当該コーティングされた磁性粒子を用いて高周波用磁性材料を形成することとしてもよい。」(【0048】)との記載がある。
しかしながら,甲1には,実際に,表面にシリカ(本件発明1の「シリコン酸化物」に相当する。)がコーティングされた磁性粒子を用いて高周波用磁性材料を形成し,透磁率Re(μcomp.)及びtanδcomp.を計算したり,評価(測定)したりしたことは記載されていない。
また,甲1の図7に示される計算結果において,「粒径0.2μmのFe粒子」の表面にシリカをコーティングした場合でも,高周波用磁性材料の透磁率Re(μcomp.)及びtanδcomp.の計算結果が変化しないのかどうか不明であり,また,上記bで指摘した,樹脂の種類,質量割合,製造方法及び周波数の相違が,上記の計算結果に及ぼす影響も明らかではないことを考慮すると,表面にシリカがコーティングされた「粒径0.2μmのFe粒子」と「ビスフェノールF型エポキシ樹脂を9:1の質量割合で混合し,加圧成形した成形体について,100MHzにおいて測定した複素比透磁率の実数部μ’が2以上,複素比透磁率の損失係数tanδが0.025以下となる」のかどうかは,不明というほかない。
さらに,甲1の図8に示される評価(測定)結果についても,図7について述べたのと同様であり,「平均粒径0.4μmのFe粒子」の表面にシリカをコーティングした場合でも,高周波用磁性材料における透磁率Re(μcomp.)及びtanδcomp.の評価(測定)結果が変化しないのかどうかは不明であり,また,上記cで指摘した,樹脂の種類,質量割合及び製造方法の相違が,上記の評価(測定)結果に及ぼす影響も明らかではないことを考慮すると,表面にシリカがコーティングされた「平均粒径0.4μmのFe粒子」と「ビスフェノールF型エポキシ樹脂を9:1の質量割合で混合し,加圧成形した成形体について,100MHzにおいて測定した複素比透磁率の実数部μ’が2以上,複素比透磁率の損失係数tanδが0.025以下となる」のかどうかは,不明というほかない。
以上によれば,甲1に,磁性粒子の表面にシリカがコーティングされた磁性粒子を用いて高周波用磁性材料を形成してもよい旨の記載があることを考慮しても,甲1に,相違点1−1に係る事項が記載されているとはいえない。
e 以上によれば,相違点1−1は実質的な相違点である。
したがって,相違点1−2について検討するまでもなく,本件発明1は,甲1に記載された発明であるとはいえない。

(イ)次に,相違点1−1の容易想到性について検討する。
甲1には,上記(ア)dのとおり,磁性粒子の表面にシリカがコーティングされた磁性粒子を用いて高周波用磁性材料を形成してもよい旨の記載がある。
しかしながら,甲1には,「当該シリコン酸化物被覆鉄粉とビスフェノールF型エポキシ樹脂を9:1の質量割合で混合し,加圧成形した成形体」について記載されておらず,また,そのような所定の成形体について,「100MHzにおいて測定した複素比透磁率の実数部μ’が2以上,複素比透磁率の損失係数tanδが0.025以下となる」ことについても記載されていない。
そうすると,甲1発明において,鉄である磁性粒子について,その表面にシリカをコーティングした上で,当該表面にシリカがコーティングされた鉄である磁性粒子と「ビスフェノールF型エポキシ樹脂を9:1の質量割合で混合し,加圧成形した成形体」とし,当該成形体を「100MHzにおいて測定した複素比透磁率の実数部μ’が2以上,複素比透磁率の損失係数tanδが0.025以下となる」ものとすることが動機付けられるとはいえない。
また,このことは,甲4に,鉄を主成分とする軟磁性粉末を圧粉,接合,固化してなる圧粉磁心において,軟磁性粉末がSiO2からなる酸化物微粒子を含む絶縁層で被覆されることについて記載され(特許請求の範囲),甲5に,表面の少なくとも一部が無機酸化物層により絶縁コーティングされた軟磁性原料粉末を圧縮成形してなる軟磁性圧粉磁芯であって,軟磁性粉末粒子が占める粉体部,空孔部及び樹脂部で構成されるものについて記載されている(特許請求の範囲)としても,変わるものではない。
以上によれば,甲1発明において,鉄である磁性粒子について,その表面にシリカをコーティングした上で,当該表面にシリカがコーティングされた鉄である磁性粒子と「ビスフェノールF型エポキシ樹脂を9:1の質量割合で混合し,加圧成形した成形体」とし,当該成形体を「100MHzにおいて測定した複素比透磁率の実数部μ’が2以上,複素比透磁率の損失係数tanδが0.025以下となる」ものとすることは,当業者が容易に想到することができたとはいえない。
したがって,相違点1−2について検討するまでもなく,本件発明1は,甲1に記載された発明並びに甲4及び5に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

ウ 小括
以上のとおり,本件発明1は,甲1に記載された発明であるとはいえず,また,甲1に記載された発明並びに甲4及び5に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(3)本件発明2,3,17及び18について
本件発明2,3,17及び18は,本件発明1を直接又は間接的に引用するものであるが,上記(2)で述べたとおり,本件発明1が,甲1に記載された発明であるとはいえず,また,甲1に記載された発明並びに甲4及び5に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない以上,本件発明2,3,17及び18についても同様に,甲1に記載された発明であるとはいえず,また,甲1に記載された発明並びに甲4及び5に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(4)まとめ
以上のとおり,本件発明1,17及び18は,甲1に記載された発明であるとはいえない。
また,本件発明1〜3,17及び18は,甲1に記載された発明並びに甲4及び5に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
したがって,申立理由1(新規性),申立理由2−1(進歩性)によっては,本件特許の請求項1〜3,17及び18に係る特許を取り消すことはできない。

2 申立理由2−2(進歩性
(1)甲2に記載された発明
甲2の記載(請求項1,4,6,【0001】〜【0006】,【0013】,【0015】,【0018】,【0019】,【0023】,【0037】〜【0066】,表1〜4,図1,2)によれば,特に,粒子径に関する【0018】の記載,軸比に関する【0019】の記載を踏まえ,請求項1,4,6に着目すると,甲2には,以下の発明が記載されていると認められる。

「平均粒子径100nm以下である粒子から構成されるFe−Co合金粉末であって,
保磁力Hcが52.0〜78.0kA/m,飽和磁化σsが160Am2/kg以上であり,
粉末を構成する粒子の平均軸比(=平均長径/平均短径)が1.40より大きく1.70未満であり,
当該粉末とエポキシ樹脂を90:10の質量割合で混合して作製した成形体を磁気測定に供したとき,1GHzにおいて,複素比透磁率の実数部μ’が2.50以上,かつ複素比透磁率の損失係数tanδ(μ)が0.05未満となる性質を有する,Fe−Co合金粉末。」(以下,「甲2発明」という。)

(2)本件発明1について
ア 対比
本件発明1と甲2発明とを対比する。
甲2発明における「粒子」は鉄を含む粒子であり,「Fe−Co合金粉末」は鉄を含む粉であるから,本件発明1における「鉄粒子の表面がシリコン酸化物で被覆された粒子からなるシリコン酸化物被覆鉄粉」と,甲2発明における「粒子から構成されるFe−Co合金粉末」は,いずれも,「鉄を含む粒子」からなる「鉄を含む粉」である限りにおいて共通する。
以上によれば,本件発明1と甲2発明とは,
「鉄を含む粒子からなる鉄を含む粉。」
の点で一致し,以下の点で相違する。
・相違点2−1
本件発明1では,鉄を含む粒子からなる鉄を含む粉が,「鉄粒子の表面がシリコン酸化物で被覆された粒子からなるシリコン酸化物被覆鉄粉」であるのに対して,甲2発明では,鉄を含む粒子からなる鉄を含む粉が,「粒子から構成されるFe−Co合金粉末」であって,その粒子の「表面がシリコン酸化物で被覆された」,「シリコン酸化物被覆」Fe−Co合金粉末ではない点。
・相違点2−2
本件発明1では,鉄粉を構成する鉄粒子の「平均粒子径が0.25μm以上0.80μm以下」であるのに対して,甲2発明では,Fe−Co合金粉末を構成する粒子の「平均粒子径」が「100nm以下」である点。
・相違点2−3
本件発明1では,鉄粉を構成する鉄粒子の「平均軸比が1.5以下」であるのに対して,甲2発明では,Fe−Co合金粉末を構成する粒子の「平均軸比(=平均長径/平均短径)が1.40より大きく1.70未満」である点。
・相違点2−4
本件発明1では,「前記のシリコン酸化物被覆鉄粉は,当該シリコン酸化物被覆鉄粉とビスフェノールF型エポキシ樹脂を9:1の質量割合で混合し,加圧成形した成形体について,100MHzにおいて測定した複素比透磁率の実数部μ’が2以上,複素比透磁率の損失係数tanδが0.025以下となるものである」のに対して,甲2発明では,Fe−Co合金粉末は,「当該粉末とエポキシ樹脂を90:10の質量割合で混合して作製した成形体を磁気測定に供したとき,1GHzにおいて,複素比透磁率の実数部μ’が2.50以上,かつ複素比透磁率の損失係数tanδ(μ)が0.05未満となる性質を有する」ものである点。

イ 相違点2−2の検討
(ア)甲2には,Fe−Co合金粉末を構成する粒子の平均粒子径について,「本発明では,平均粒子径が100nm以下のものを対象とする。」(【0018】),「TEM画像上である粒子を取り囲む最小円の直径をその粒子の径(長径)と定める。」(【0018】)と記載され,請求項1においても,「平均粒子径100nm以下」と記載され,その具体例である実施例1〜16(表1)においても,平均長径(平均粒子径)が34.6〜43.6nmのものが記載されており,比較例1〜5(表1)も含め,いずれも,平均粒子径は100nm以下である。
一方,甲2には,上記の平均粒子径を,100nmを超えて,「0.25μm以上0.80μm以下」と大きくすることについては,記載されていない。
そうすると,甲2発明において,Fe−Co合金粉末を構成する粒子の平均粒子径について,「100nm以下」に代えて,「0.25μm以上0.80μm以下」とすることが動機付けられるとはいえない。
(イ)甲2においては,「極めて大きいμ’と十分に小さいtanδ(μ)が得られる,アンテナに適したFe−Co合金粉末を提供すること」(【0006】)を目的として,実際に,「平均粒子径100nm以下」のFe−Co合金粉末において,「当該粉末とエポキシ樹脂を90:10の質量割合で混合して作製した成形体を磁気測定に供したとき,1GHzにおいて,複素比透磁率の実数部μ’が2.50以上,かつ複素比透磁率の損失係数tanδ(μ)が0.05未満となる性質を有する」(請求項6,甲2発明)ものが得られたというものと解される。
仮に,甲2発明において,Fe−Co合金粉末を構成する粒子の平均粒子径を,100nmを超えて,「0.25μm以上0.80μm以下」と大きくすることができたとしても,このような場合において,「平均粒子径100nm以下」の場合に実際に得られた上記の複素比透磁率に関する性質が変化しないのか(維持できるのか)どうかは,不明である。
また,そもそも,甲2に記載されるFe−Co合金粉末の製造方法(請求項9〜13,【0025】〜【0033】,実施例1〜16を参照。)によって,実際に,上記の複素比透磁率に関する性質を有するとともに,平均粒子径が「0.25μm以上0.80μm以下」であるFe−Co合金粉末を製造することができるのかどうかは,不明である。仮に甲2に記載される製造方法によっては,そのようなFe−Co合金粉末を製造することができないとすると,ほかにどのような製造方法によれば,そのようなFe−Co合金粉末を製造することができるのかは,不明である。
そうすると,これらの点が不明であるにもかかわらず,甲2発明において,Fe−Co合金粉末を構成する粒子の平均粒子径について,「100nm以下」に代えて,「0.25μm以上0.80μm以下」とすることが動機付けられるとはいえない。
(ウ)上記(ア),(イ)で述べたことは,甲4及び5の記載(上記1(2)イ(イ)を参照。)を考慮しても,変わるものではない。
(エ)以上によれば,甲2発明において,Fe−Co合金粉末を構成する粒子の平均粒子について,「100nm以下」に代えて,「0.25μm以上0.80μm以下」とすることは,当業者が容易に想到することができたとはいえない。

ウ 小括
したがって,相違点2−1,2−3及び2−4について検討するまでもなく,本件発明1は,甲2に記載された発明並びに甲4及び5に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(3)本件発明2,3,17及び18について
本件発明2,3,17及び18は,本件発明1を直接又は間接的に引用するものであるが,上記(2)で述べたとおり,本件発明1が,甲2に記載された発明並びに甲4及び5に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない以上,本件発明2,3,17及び18についても同様に,甲2に記載された発明並びに甲4及び5に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(4)まとめ
以上のとおり,本件発明1〜3,17及び18は,甲2に記載された発明並びに甲4及び5に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
したがって,申立理由2−2(進歩性)によっては,本件特許の請求項1〜3,17及び18に係る特許を取り消すことはできない。

3 申立理由2−3(進歩性
(1)甲3に記載された発明
甲3の記載(請求項1,4,7,【0001】〜【0010】,【0026】,【0033】〜【0039】,【0054】,【0059】〜【0104】,表1〜4,図1〜4)によれば,特に,長軸長,短軸長,軸比に関する【0054】の記載を踏まえ,請求項1,4,7に着目すると,甲3には,以下の発明が記載されていると認められる。

「鉄を主成分とする金属粉末であり,
前記金属粉末を構成する粒子の平均粒子径が100nm以下,軸比(=長軸長/短軸長)が1.5以上,
保磁力(Hc)が39.8〜198.9kA/m(500〜2500Oe),飽和磁化100Am2/kg以上である金属粉末であり,
JIS−K6911に準拠した二重リング電極方法により,前記金属粉末1.0gを25MPa(8kN)で垂直に加圧した状態で,10Vの印加電圧をかけた状態で測定した体積抵抗率が1.0×104Ω・cm以上であり,
前記金属粉末はコア/シェル構造を形成しており,コアが鉄又は鉄−コバルト合金,シェルが鉄,コバルト,アルミニウム,ケイ素,希土類元素(Yを含む),マグネシウムの少なくとも一種を含んだ複合酸化物であり,
前記金属粉末とエポキシ樹脂を80:20の質量割合で混合し,加圧成形したときに,複素透磁率の実数部をμ’,虚数部をμ”,損失係数をtanδ(=μ”/μ’)として,1GHzの周波数においてμ’>1.5,μ”<0.05,tanδ<0.05である,金属粉末。」(以下,「甲3発明」という。)

(2)本件発明1について
ア 対比
本件発明1と甲3発明とを対比する。
本件発明1における「鉄粒子の表面がシリコン酸化物で被覆された粒子からなるシリコン酸化物被覆鉄粉」と,甲3発明における「コアが鉄又は鉄−コバルト合金,シェルが鉄,コバルト,アルミニウム,ケイ素,希土類元素(Yを含む),マグネシウムの少なくとも一種を含んだ複合酸化物であ」る,「コア/シェル構造を形成して」いる「鉄を主成分とする金属粉末」は,いずれも,「鉄を含む粒子の表面が金属酸化物で被覆された粒子からなる」「金属酸化物で被覆された鉄を含む粉」である限りにおいて共通する。
以上によれば,本件発明1と甲3発明とは,
「鉄を含む粒子の表面が金属酸化物で被覆された粒子からなる」「金属酸化物で被覆された鉄を含む粉。」
の点で一致し,以下の点で相違する。
・相違点3−1
本件発明1では,鉄を含む粒子の表面が金属酸化物で被覆された粒子からなる,金属酸化物で被覆された鉄を含む粉が,「鉄粒子の表面がシリコン酸化物で被覆された粒子からなるシリコン酸化物被覆鉄粉」であるのに対して,甲3発明では,鉄を含む粒子の表面が金属酸化物で被覆された粒子からなる,金属酸化物で被覆された鉄を含む粉が,「コアが鉄又は鉄−コバルト合金,シェルが鉄,コバルト,アルミニウム,ケイ素,希土類元素(Yを含む),マグネシウムの少なくとも一種を含んだ複合酸化物であ」る,「コア/シェル構造を形成して」いる「鉄を主成分とする金属粉末」である点。
・相違点3−2
本件発明1では,鉄粉を構成する鉄粒子の「平均粒子径が0.25μm以上0.80μm以下」であるのに対して,甲3発明では,鉄を主成分とする金属粉末を構成する粒子の「平均粒子径が100nm以下」である点。
・相違点3−3
本件発明1では,鉄粉を構成する鉄粒子の「平均軸比が1.5以下」であるのに対して,甲3発明では,鉄を主成分とする金属粉末を構成する粒子の「軸比(=長軸長/短軸長)が1.5以上」である点。
・相違点3−4
本件発明1では,「前記のシリコン酸化物被覆鉄粉は,当該シリコン酸化物被覆鉄粉とビスフェノールF型エポキシ樹脂を9:1の質量割合で混合し,加圧成形した成形体について,100MHzにおいて測定した複素比透磁率の実数部μ’が2以上,複素比透磁率の損失係数tanδが0.025以下となるものである」のに対して,甲3発明では,鉄を主成分とする金属粉末は,「前記金属粉末とエポキシ樹脂を80:20の質量割合で混合し,加圧成形したときに,複素透磁率の実数部をμ’,虚数部をμ”,損失係数をtanδ(=μ”/μ’)として,1GHzの周波数においてμ’>1.5,μ”<0.05,tanδ<0.05である」点。

イ 相違点3−2の検討
(ア)甲3には,「1GHz以上といった高周波数領域でも高透磁率,低損失を維持するとともに,従来からの利用帯域であるkHz,MHz帯域においても良好な特性を有する磁性部品を構成するのに有利な磁性材料」を提供することが課題であること(【0010】)が記載され,また,「上記の課題は,特定の構成からなる金属粉末を用いて磁性部品を形成することで解決することができる。」(【0011】)として,「その金属粉末は,鉄を主成分とし,平均粒子径が100nm以下」(【0012】)のものであることが記載されている。そして,請求項1においても,「平均粒子径が100nm以下」と記載され,その具体例である実施例1〜10(表2)においても,長軸長又は短軸長が16.9〜94.0nmのものが記載されており,比較例2(表2)も含め,いずれも,平均粒子径は100nm以下である。
一方,甲3には,上記の平均粒子径を,100nmを超えて,「0.25μm以上0.80μm以下」と大きくすることについては,記載されていない。
そうすると,甲3発明において,鉄を主成分とする金属粉末を構成する粒子の平均粒子径について,「100nm以下」に代えて,「0.25μm以上0.80μm以下」とすることが動機付けられるとはいえない。
(イ)甲3においては,上記(ア)の課題を解決し,実際に,「平均粒子径が100nm以下」の鉄を主成分とする金属粉末において,「前記金属粉末とエポキシ樹脂を80:20の質量割合で混合し,加圧成形したときに,複素透磁率の実数部をμ’,虚数部をμ”,損失係数をtanδ(=μ”/μ’)として,1GHzの周波数においてμ’>1.5,μ”<0.05,tanδ<0.05である」(請求項7,甲3発明)ものが得られたというものと解される。
仮に,甲3発明において,鉄を主成分とする金属粉末を構成する粒子の平均粒子径を,100nmを超えて,「0.25μm以上0.80μm以下」と大きくすることができたとしても,このような場合において,「平均粒子径が100nm以下」の場合に実際に得られた上記の複素透磁率に関する特性が変化しないのか(維持できるのか)どうかは,不明である。
また,そもそも,甲3に記載される鉄を主成分とする金属粉末の製造方法(請求項13〜16,【0040】〜【0052】,実施例1〜10を参照。)によって,実際に,上記の複素比透磁率に関する特性を有するとともに,平均粒子径が「0.25μm以上0.80μm以下」である鉄を主成分とする金属粉末を製造することができるのかどうかは,不明である。仮に甲3に記載される製造方法によっては,そのような鉄を主成分とする金属粉末を製造することができないとすると,ほかにどのような製造方法によれば,そのような鉄を主成分とする金属粉末を製造することができるのかは,不明である。
そうすると,これらの点が不明であるにもかかわらず,甲3発明において,鉄を主成分とする金属粉末を構成する粒子の平均粒子径について,「100nm以下」に代えて,「0.25μm以上0.80μm以下」とすることが動機付けられるとはいえない。
(ウ)上記(ア),(イ)で述べたことは,甲4及び5の記載(上記1(2)イ(イ)を参照。)を考慮しても,変わるものではない。
(エ)以上によれば,甲3発明において,鉄を主成分とする金属粉末を構成する粒子の平均粒子について,「100nm以下」に代えて,「0.25μm以上0.80μm以下」とすることは,当業者が容易に想到することができたとはいえない。

ウ 小括
したがって,相違点3−1,3−3及び3−4について検討するまでもなく,本件発明1は,甲3に記載された発明並びに甲4及び5に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(3)本件発明2,3,17及び18について
本件発明2,3,17及び18は,本件発明1を直接又は間接的に引用するものであるが,上記(2)で述べたとおり,本件発明1が,甲3に記載された発明並びに甲4及び5に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない以上,本件発明2,3,17及び18についても同様に,甲3に記載された発明並びに甲4及び5に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(4)まとめ
以上のとおり,本件発明1〜3,17及び18は,甲3に記載された発明並びに甲4及び5に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
したがって,申立理由2−3(進歩性)によっては,本件特許の請求項1〜3,17及び18に係る特許を取り消すことはできない。

4 申立理由4(サポート要件)
(1)本件発明1及び3について
本件明細書の記載(【0002】〜【0006】)によれば,本件発明1の課題は,μ’が大きく,かつ十分に小さなtanδを有するシリコン酸化物を被覆した鉄粉を提供することであると認められる。
このような課題に対して,本件明細書には,以下の記載がある。
「本発明により得られる鉄粉およびシリコン酸化物被覆鉄粉に含まれる磁性鉄粒子については,その平均粒子径が0.25μm以上0.80μm以下であり,かつ平均軸比が1.5以下であることが好ましい。この平均粒子径ならびに平均軸比の範囲とする事で,初めて大きいμ’と十分に小さなtanδとを両立することが可能となる。平均粒子径が0.25μm未満であると,μ’が小さくなるので好ましくない。また,平均粒子径が0.80μmを超えると,渦電流損失の増大に伴ってtanδが高くなるので好ましくない。より好ましくは,平均粒子径が0.30μm以上0.65μm以下であり,さらに一層好ましくは,平均粒子径が0.40μm以上0.65μm以下である。平均軸比については,1.5を超えると,磁気異方性の増大によりμ’が低下するので好ましくない。平均軸比については特に下限は存在しないが,通常では1.29以上のものが得られる。軸比の変動係数は,例えば0.10以上0.25以下である。」(【0015】)
「本発明のシリコン酸化物被覆鉄粉におけるPの含有量としては,シリコン酸化物被覆鉄粉全体の質量に対して0.1質量%以上2.0質量%以下であることが好ましく,0.1質量%以上1.5質量%以下であることがより好ましく,0.2質量%以上1.0質量%以下であることがより一層好ましい。Pの含有は磁気特性向上に寄与しないが,前記範囲の含有であれば許容される。」(【0015】)
これらの記載を含む本件明細書の記載(【0007】,【0010】,【0015】,【0028】,【0029】,【0031】,【0033】〜【0049】,表1,2,図1〜3)によれば,本件発明1の課題は,請求項1に記載されるとおり,鉄粒子の表面がシリコン酸化物で被覆された粒子からなるシリコン酸化物被覆鉄粉において,平均粒子径を「0.25μm以上0.80μm以下」とし,平均軸比を「1.5以下」とし,「当該シリコン酸化物被覆鉄粉とビスフェノールF型エポキシ樹脂を9:1の質量割合で混合し,加圧成形した成形体について,100MHzにおいて測定した複素比透磁率の実数部μ’が2以上,複素比透磁率の損失係数tanδが0.025以下となるもの」とすることによって,解決できることが理解できる。
以上のとおり,本件明細書の記載を総合すれば,請求項1に記載される上記の各要件を備える本件発明1は,本件明細書の発明の詳細な説明に記載されたものであって,当業者が出願時の技術常識に照らして発明の詳細な説明の記載により本件発明1の課題を解決できると認識できる範囲のものということができる。
したがって,本件発明1については,特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するものである。また,本件発明1を引用する本件発明3についても同様である。

(2)申立人の主張について
ア 申立人は,本件発明1においては,Pの含有量について何ら規定されていないため,Pを含有しない形態も含まれるところ,本件明細書の実施例1〜17において,本件発明の課題を解決できることが具体的に示されているのは,Pが含まれる形態のみであり,Pが含まれない形態の比較例1及び2では,透磁率が低く,磁気損失が大きくなっており,本件発明の課題が解決できないことから,本件発明1において,発明の詳細な説明に記載された発明の課題を解決するための手段が反映されていないため,本件発明1は発明の詳細な説明に記載された範囲を超えていると主張する。
しかしながら,上記(1)のとおり,本件明細書【0015】には,シリコン酸化物被覆鉄粉に含まれる鉄粒子について,平均粒子径を0.25μm以上0.80μm以下とし,平均軸比を1.5以下とすることによって,初めて大きいμ’と十分に小さなtanδとを両立することが可能となることが記載される一方で,Pの含有は,磁気特性向上に寄与せず,シリコン酸化物被覆鉄粉全体の質量に対して0.1質量%以上2.0質量%以下であれば許容されることが記載されている。
また,本件明細書の実施例1〜9及び14〜17(表2)は,いずれも,複素比透磁率の実数部μ’が「2以上」,複素比透磁率の損失係数tanδが「0.025以下」との条件を満たすものであるところ,シリコン酸化物被覆鉄粉に含まれる鉄粒子は,平均粒子径(表2では「長径」。以下同様。)が「0.25μm以上0.80μm以下」,平均軸比(表2では「軸比」。以下同様。)が「1.5以下」との条件を満たすものである。
これに対して,本件明細書の比較例1(表2)は,複素比透磁率の実数部μ’が1.61,複素比透磁率の損失係数tanδが0.413であり,それぞれ,「2以上」,「0.025以下」との条件を満たすものではないところ,還元前のシリコン酸化物被覆酸化鉄粉に含まれる酸化鉄粒子は,平均粒子径が0.07μm,平均軸比が1.39であり,酸化鉄粒子が還元されて鉄粒子となれば,その平均粒子径が若干小さくなることを考慮すれば,比較例1で得られたシリコン酸化物被覆鉄粉(【0036】)に含まれる鉄粒子は,平均粒子径が「0.25μm以上0.80μm以下」との条件を満たすものとはいえない。
以上によれば,シリコン酸化物被覆鉄粉がPを含有することは,本件発明1の課題を解決するための手段であるとはいえない。
そして,請求項1に記載される各要件を備える本件発明1が,本件明細書の発明の詳細な説明に記載されたものであって,当業者が出願時の技術常識に照らして発明の詳細な説明の記載により本件発明1の課題を解決できると認識できる範囲のものということができることは,上記(1)で述べたとおりである。
よって,申立人の主張は採用できない。

イ 申立人は,本件発明1において,鉄粒子の平均粒子径は,「0.25μm以上0.80μm以下」と規定されているが,本件明細書の実施例において,本件発明の課題を解決できることが具体的に示されているのは,鉄粒子の平均粒子径が0.31μm以上0.54μm以下の場合のみであり,本件明細書には,鉄粒子の平均粒子径について,数値範囲の上限値及び下限値付近の実施例が欠落しており,出願時の技術常識に照らしても,本件発明1の範囲まで発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できるとはいえないと主張する。
しかしながら,上記(1)のとおり,本件明細書【0015】には,シリコン酸化物被覆鉄粉に含まれる鉄粒子について,平均粒子径を0.25μm以上0.80μm以下とし,平均軸比を1.5以下とすることによって,初めて大きいμ’と十分に小さなtanδとを両立することが可能となることが記載され,また,平均粒子径が0.25μm未満であると,μ’が小さくなるので好ましくなく,平均粒子径が0.80μmを超えると,渦電流損失の増大に伴ってtanδが高くなるので好ましくないことが記載されている。
そして,本件明細書の実施例1〜9及び14〜17(表2)は,いずれも,複素比透磁率の実数部μ’が「2以上」,複素比透磁率の損失係数tanδが「0.025以下」との条件を満たすものであるところ,シリコン酸化物被覆鉄粉に含まれる鉄粒子は,平均粒子径が「0.25μm以上0.80μm以下」,平均軸比が「1.5以下」との条件を満たすものである。
これらの記載を含む本件明細書の記載を総合すれば,請求項1に記載される各要件を備える本件発明1が,本件明細書の発明の詳細な説明に記載されたものであって,当業者が出願時の技術常識に照らして発明の詳細な説明の記載により本件発明1の課題を解決できると認識できる範囲のものということができることは,上記(1)で述べたとおりである。
よって,申立人の主張は採用できない。

ウ 申立人は,本件発明3において,Pの含有量は,シリコン酸化物被覆鉄粉全体の質量に対して,「0.1質量%以上2.0質量%以下」と規定されているが,本件明細書の実施例において,本件発明の課題を解決できることが具体的に示されているのは,0.78質量%以下の場合のみであり,本件明細書には,Pの含有量について,数値範囲の上限値付近の実施例が欠落しており,出願時の技術常識に照らしても,本件発明3の範囲まで発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できるとはいえないと主張する。
しかしながら,シリコン酸化物被覆鉄粉がPを含有することは,本件発明1の課題を解決するための手段であるとはいえないことは,上記アのとおりであり,このことは,本件発明1を引用する本件発明3についても同様である。
申立人が主張するように,本件明細書にPの含有量の数値範囲の上限値付近の実施例が欠落しているか否かにかかわらず,本件発明3については,特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するものであることは,上記(1)のとおりである。
よって,申立人の主張は採用できない。

(3)まとめ
したがって,申立理由4(サポート要件)によっては,本件特許の請求項1及び3に係る特許を取り消すことはできない。

5 申立理由3(実施可能要件
(1)本件発明1及び3について
本件発明1及び3は,シリコン酸化物被覆鉄粉に関するものであり,前記第2で認定したとおりのものである。
本件明細書には,シリコン酸化物被覆鉄粉に含まれる鉄粒子,シリコン酸化物による鉄粒子の被覆,シリコン酸化物被覆鉄粉を含む所定の成形体について100MHzにおいて測定した複素比透磁率の実数部μ’及び損失係数tanδ,シリコン酸化物被覆鉄粉のPの含有量(以上,【0015】),シリコン酸化物被覆鉄粉の用途(【0012】)の各事項について,具体的な説明がなされている。
また,本件明細書には,シリコン酸化物被覆鉄粉の製造方法について,まず,その前駆体の製造方法として,3価の鉄イオンとリン含有イオン(リン酸イオン,亜リン酸イオン及び次亜リン酸イオンから選ばれる1種以上のイオン)を含む酸性の水溶液をアルカリ水溶液で中和して水和酸化物の沈殿物のスラリーを得る工程,得られたスラリーにシラン化合物を添加して水和酸化物の沈殿物にシラン化合物の加水分解生成物を被覆する工程,シラン化合物の加水分解生成物を被覆した水和酸化物の沈殿物を固液分離して回収する工程,回収したシラン化合物の加水分解生成物を被覆した水和酸化物の沈殿物を加熱してシリコン酸化物を被覆した酸化鉄粒子を得る工程を含む,シリコン酸化物被覆鉄粉の前駆体の製造方法が記載されている(【0008】,【0014】)。
そして,本件明細書には,上記の製造方法で得られたシリコン酸化物被覆酸化鉄粉を前駆体とし,還元雰囲気下で加熱することにより,シリコン酸化物被覆鉄粉が得られることが記載されている(【0008】,【0014】)。
さらに,本件明細書には,上記のシリコン酸化物被覆鉄粉の製造方法について,出発物質(【0017】),リン含有イオン(【0018】),中和処理(【0019】,【0020】),シラン化合物の加水分解生成物による被覆(【0021】),沈殿物の回収(【0022】),加熱処理(【0023】),還元熱処理(【0024】)の各事項について,具体的な説明がなされている。
そして,本件明細書には,実施例(実施例1〜9及び14〜17,表1,2)として,本件発明1及び3の条件を満たす各種のシリコン酸化物被覆鉄粉を製造したことが記載されている(【0033】〜【0035】,【0037】,【0043】〜【0046】)。
また,上記実施例以外のシリコン酸化物被覆鉄粉についても,当業者であれば,本件明細書の記載に基づき,各種の出発物質,リン含有イオン,中和剤,シラン化合物等を用いるとともに,各種の条件を採用して,上記のシリコン酸化物被覆鉄粉の製造方法により製造し,使用することができる。
以上によれば,当業者が,本件明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識に基づいて,本件発明1及び3に係るシリコン酸化物被覆鉄粉を製造し,使用することができるといえる。
したがって,本件発明1及び3については,発明の詳細な説明の記載が実施可能要件に適合するものである。

(2)申立人の主張について
ア 申立人は,上記4(2)アと同様に,本件発明1においては,Pの含有量について何ら規定されていないため,Pを含有しない形態も含まれるところ,本件明細書の実施例1〜17において,本件発明の課題を解決できることが具体的に示されているのは,Pが含まれる形態のみであり,Pが含まれない形態の比較例1及び2では,透磁率が低く,磁気損失が大きくなっており,本件発明の課題が解決できず,本件明細書には,Pが含まれない形態の実施例が欠落しており,Pが含まれない形態であっても,本件発明の課題を解決できると当業者が認識できるように記載されたものではないと主張する。
また,申立人は,上記4(2)イと同様に,本件発明1において,鉄粒子の平均粒子径は,「0.25μm以上0.80μm以下」と規定されているが,本件明細書の実施例において,本件発明の課題を解決できることが具体的に示されているのは,鉄粒子の平均粒子径が0.31μm以上0.54μm以下の場合のみであり,本件明細書には,鉄粒子の平均粒子径について,数値範囲の上限値及び下限値付近の実施例が欠落しており,その数値範囲の全体にわたって本件発明の課題を解決できると当業者が認識できるように記載されたものではないと主張する。
さらに,申立人は,上記4(2)ウと同様に,本件発明3において,Pの含有量は,シリコン酸化物被覆鉄粉全体の質量に対して,「0.1質量%以上2.0質量%以下」と規定されているが,本件明細書の実施例において,本件発明の課題を解決できることが具体的に示されているのは,0.78質量%以下の場合のみであり,本件明細書には,Pの含有量について,数値範囲の上限値付近の実施例が欠落しており,その数値範囲の全体にわたって本件発明の課題を解決できると当業者が認識できるように記載されたものではないと主張する。
イ しかしながら,そもそも,物の発明についての実施可能要件で問題とされるのは,本件発明の課題が解決できるかどうかではなく,上記(1)で述べたとおり,発明の詳細な説明に,当業者がその物を製造することができ,かつ,その物を使用することができる程度に明確かつ十分に記載されているかどうかであるから,申立人の主張は,その前提において失当である。
そして,当業者が,本件明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識に基づいて,本件発明1及び3に係るシリコン酸化物被覆鉄粉を製造し,使用することができるといえることは,上記(1)のとおりである。
よって,申立人の主張は採用できない。
なお,請求項1に記載される上記の各要件を備える本件発明1が,本件明細書の発明の詳細な説明に記載されたものであって,当業者が出願時の技術常識に照らして発明の詳細な説明の記載により本件発明1の課題を解決できると認識できる範囲のものということができること,また,本件発明1を引用する本件発明3についても同様であることは,上記4(1)で述べたとおりである。

(3)まとめ
したがって,申立理由3(実施可能要件)によっては,本件特許の請求項1及び3に係る特許を取り消すことはできない。

第5 むすび
以上のとおり,特許異議申立書に記載した特許異議の申立ての理由によっては,本件特許の請求項1〜3,17及び18に係る特許を取り消すことはできない。
また,他に本件特許の請求項1〜3,17及び18に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって,結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2022-03-14 
出願番号 P2017-134617
審決分類 P 1 652・ 537- Y (B22F)
P 1 652・ 113- Y (B22F)
P 1 652・ 536- Y (B22F)
P 1 652・ 121- Y (B22F)
最終処分 07   維持
特許庁審判長 粟野 正明
特許庁審判官 境 周一
井上 猛
登録日 2021-06-01 
登録番号 6892797
権利者 DOWAエレクトロニクス株式会社
発明の名称 鉄粉およびその製造方法並びに前駆体の製造方法並びにインダクタ用成形体およびインダクタ  
代理人 小松 高  

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ