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審決分類 |
審判 全部申し立て 2項進歩性 D01F 審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載 D01F |
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管理番号 | 1384297 |
総通号数 | 5 |
発行国 | JP |
公報種別 | 特許決定公報 |
発行日 | 2022-05-27 |
種別 | 異議の決定 |
異議申立日 | 2022-01-06 |
確定日 | 2022-04-08 |
異議申立件数 | 1 |
事件の表示 | 特許第6898783号発明「フェノール樹脂繊維の製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 |
結論 | 特許第6898783号の請求項1ないし5に係る特許を維持する。 |
理由 |
第1 手続の経緯 特許第6898783号の請求項1−5に係る特許についての出願は、平成29年6月16日に出願され、令和3年6月15日にその特許権の設定登録がされ、令和3年7月7日に特許掲載公報が発行された。 そして、令和4年1月6日に特許異議申立人宮園祐爾(以下「申立人」という。)は、請求項1−5に係る特許に対する本件特許異議の申立てを行った。 第2 本件発明 特許第6898783号の請求項1−5の特許に係る発明は、それぞれ、本件特許の特許請求の範囲の請求項1−5に各々記載された事項により特定される次のとおりのものである。(以下「本件発明1」等といい、まとめて「本件発明」ともいう。) 「【請求項1】 フェノールと、ホルムアルデヒドとを、フェノールの当量(PN)とホルムアルデヒドの当量(FN)とを下記の(i)式に規定する当量比(R1)において0.5〜1.0とする範囲にて混合し混合原料を得る原料混合工程と、 前記混合原料中のフェノールとホルムアルデヒドとの架橋反応の触媒としてポリオキシエチレンアルキルエーテルリン酸エステルを添加する触媒添加工程と、 前記混合原料を加熱してノボラック樹脂分を合成する合成工程と、 前記ノボラック樹脂分を紡糸して樹脂繊維を得る紡糸工程を有する ことを特徴とするフェノール樹脂繊維の製造方法。 【数1】 【請求項2】 フェノールと、ホルムアルデヒドとを、フェノールの当量(PN)とホルムアルデヒドの当量(FN)とを下記の(i)式に規定する当量比(R1)において0.5〜1.0とする範囲にて混合し混合原料を得る原料混合工程と、 前記混合原料中のフェノールとホルムアルデヒドとの架橋反応の触媒としてポリオキシエチレンフェニルエーテルリン酸エステルを添加する触媒添加工程と、 前記混合原料を加熱してノボラック樹脂分を合成する合成工程と、 前記ノボラック樹脂分を紡糸して樹脂繊維を得る紡糸工程を有する ことを特徴とするフェノール樹脂繊維の製造方法。 【数2】 【請求項3】 前記ポリオキシエチレンアルキルエーテルリン酸エステルが、モノエステルの形態またはジエステルの形態であり、いずれか一方もしくは両方の形態を含有する混合物である請求項1に記載のフェノール樹脂繊維の製造方法。 【請求項4】 前記ポリオキシエチレンフェニルエーテルリン酸エステルが、モノエステルの形態、ジエステルの形態、またはトリエステルの形態であり、少なくとも一以上の形態を含有する混合物である請求項2に記載のフェノール樹脂繊維の製造方法。 【請求項5】 前記紡糸工程の後に、無機酸とホルムアルデヒドを含有する硬化液中に前記樹脂繊維を浸漬して硬化樹脂繊維を得る繊維硬化工程を備える請求項1ないし4のいずれか1項に記載のフェノール樹脂繊維の製造方法。」 第3 申立理由の概要 申立人は、下記の甲号証を証拠として提出し、次の申立理由を、大要、主張している。 1. 理由1(新規性、特許法第29条第1項第3号) 本件発明1−5は、引用文献1に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3項の規定により、特許を受けることができない発明である。 2. 理由2(進歩性、特許法第29条第2項) 本件発明1−5は、引用文献1に記載された発明、引用文献2に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。 記 < 引 用 文 献 等 一 覧 > 1.特開2005−82937号公報(申立人が提出した甲第1号証) 2.特開2011−246840号公報(申立人が提出した甲第2号証) 第4 文献の記載 1.引用文献1には以下の記載がある。 「【0014】 アルデヒド類(F)とフェノール類(P)との反応モル比(F/P)は特に限定されないが、0.5〜0.95であることが好ましく、さらに好ましくは、0.75〜0.95である。特に好ましくは、0.8〜0.95である。 反応モル比が上記下限値を下回る条件で反応を行ったものは、歩留まりが低くなりやすく、ノボラック型フェノール樹脂としても分子量が小さくなりすぎる傾向があり、所望とする軟化点を有することが困難となる場合がある。 反対に、反応モル比が上記上限値を越えると、分子量のコントロールが難しく、反応条件によってはゲル化したり、部分的にゲル化物が生成したりすることがある。」 「【0019】 本発明の製造方法で用いられるノボラック型フェノール樹脂は、リン酸類水溶液を用いて上記フェノール類とアルデヒド類とを反応させるものであり、フェノール類1モルに対して上記リン酸類0.2モル以上を用いることを特徴とする。 【0020】 ここでリン酸類としては、水に溶解してリン酸類水溶液となりうるリン酸系化合物を用いることができ、特に限定されないが、例えば、リン酸(オルトリン酸)、二リン酸、三リン酸などの直鎖状ポリリン酸、環状ポリリン酸、五酸化二リン、亜リン酸、次亜リン酸などのほか、各種リン酸エステル化合物が挙げられる。これらを単独または2種類以上組み合わせて使用することができる。 【0021】 これらのリン酸類の中でも、リン酸が好ましい。リン酸は濃度調節を簡易に行うことができ、また、低コストで入手することができる。」 「【0049】 <実施例1> (1)ノボラック型フェノール樹脂Aの製造 攪拌装置、冷却管および温度計を備えた10Lの反応装置に、フェノール1000部、85%燐酸水溶液1000部(リン酸類/フェノール類1モル=0.62モル)を添加し、内温を120℃まで昇温した後、92%パラホルムアルデヒド285部(F/P=0.82)を30分間かけて逐添した後、1時間還流反応を行った。その後、水500部を加え、内温100〜103℃で30分間攪拌した。内温を60℃まで冷却し、30分間静置した。静置後反応装置底部より燐酸水溶液を分離除去した。分離終了後、水1000部を添加し、残留する触媒を洗浄した。30分間の静置後、反応装置上部より洗浄水を除去した。再度脱水配管へ切り替え内温130℃まで常圧脱水を行い、続けて内温150℃まで5000Paで減圧脱水を行い、系中の水分等を除去した。得られた樹脂を反応装置よりバットに取り出し、ノボラック型フェノール樹脂A1080部を得た。 【0050】 (2)フェノール樹脂繊維1の製造 ノボラック型フェノール樹脂Aを粗砕し、溶融紡糸装置により繊維化を実施した。 粗砕した樹脂Aをホッパーから一軸移送スクリュー装置に供給し、スクリュー装置にて移送中に加熱溶融させ、ダイスを経由し、先端の口金より押出した。スクリューは、180℃に加熱調整した。また、アダプター、及びダイス(2ヶ)も180℃に加熱調整した。吐出の圧力は1軸スクリューの回転数でコントロールした。口金サイズは0.3mm×24ホールを使用した。この時の押出し圧力は1.47MPaであった。 口金より流下する樹脂を1000m/分の巻き取り速度で引っ張り、平均直径7μmの繊維を得た。得られた繊維を37%ホルマリン溶液500部と濃塩酸500部とを混合した溶液の中へ浸し、90℃/2時間処理して不溶不融化させた。不溶不融化終了後、繊維をアンモニア水で中和した後、充分に水洗し、さらに、150℃/2時間+180℃/3時間加熱しフェノール樹脂繊維1を得た。」 段落【0049】の「85%燐酸水溶液1000部(リン酸類/フェノール類1モル=0.62モル)を添加し」との記載から、当該燐酸は、リン酸類として添加されている。また段落【0049】にはフェノールとパラホルムアルデヒドを添加することも記載されている。そして、段落【0019】には「ノボラック型フェノール樹脂は、リン酸類水溶液を用いて上記フェノール類とアルデヒド類とを反応させる」と記載されている。すると、段落【0049】に記載された燐酸水溶液は、フェノールとパラアルデヒドとを反応させるものであるといえる。 したがって、引用文献1には、特に実施例1に着目して総合すると、以下の発明(以下「引用発明」という。)が記載されていると認められる。 <引用発明> 「フェノールと、フェノールとパラホルムアルデヒドを反応させるための燐酸水溶液を添加し、内温を120℃まで昇温した後、パラホルムアルデヒドを、アルデヒド類(F)とフェノール類(P)との反応モル比(F/P)が0.82となるよう逐添し、内温100〜103℃で30分間攪拌し、内温を60℃まで冷却し、30分間静置してノボラック型フェノール樹脂を得て、 ノボラック型フェノール樹脂を繊維化して樹脂繊維を得る、 フェノール樹脂繊維の製造方法。」 2.引用文献2には以下の記載がある。 「【0022】 本発明における「リン酸エステル類」とは、リン酸における−OHの一つ以上が下記一般式(1)で表される基に置換されたもの(リン酸エステル)又はその塩を意味する。 【0023】 【化2】 [式中、R1はヘテロ原子(炭素と水素以外の原子)を有していてもよい炭素数4以上の炭化水素基であり、AOは炭素数2〜4のオキシアルキレン基であり、nは平均付加モル数であり0〜100の数を示す。] 【0024】 前記式(1)中、R1の炭化水素基としては、アルキル基、アルケニル基、アリール基、アルキル基の水素原子の一部がアリール基で置換された基、アルケニル基の水素原子の一部がアリール基で置換された基などが好ましい。 R1の炭化水素基がアルキル基又はアルケニル基の場合、R1の炭素数は4〜22がより好ましく、炭素数は8〜18がさらに好ましい。 R1の炭化水素基がアリール基の場合、R1の炭素数は6〜35がより好ましく、炭素数は6〜27がさらに好ましく、具体的にはフェニル基、ナフチル基、ベンジル基、トリル基、キシリル基などが挙げられる。 R1の炭化水素基がいずれの場合も、R1の炭素数が上限値を超えると、前記フェノール樹脂との相溶性が低下しやすくなる。R1がアリール基の場合、R1がアルキル基又はアルケニル基の場合に比べて、比較的フェノール樹脂との相溶性が良好となる。 【0025】 前記式(1)中、AOは炭素数2〜4のオキシアルキレン基であり、オキシエチレン基、オキシプロピレン基、オキシブチレン基が挙げられる。なお、リン原子には、オキシアルキレン基中の酸素原子が結合する。 前記式(1)中、nは0〜100の数であり、0〜50が好ましく、0〜10がより好ましい。 【0026】 なかでも、リン酸エステル類としては、特に太径のフェノール系繊維とした際に機械的強度が高まりやすいことから、オルトリン酸における−OHの一つ以上が前記式(1)で表される基に置換されたもの(オルトリン酸エステル)又はその塩が好ましい。 オルトリン酸エステルとして具体的には、下記一般式で表されるオルトリン酸のモノエステル、ジエステル、トリエステルが挙げられる。なかでも、オルトリン酸のモノエステル、ジエステルが好ましい。 【0027】 【化3】 [式中、R1、AO、nはそれぞれ前記と同じである。ジエステルとトリエステルにおいて、複数存在する−(AO)nOR1は互いに同一でも異なっていてもよい。] 【0028】 リン酸エステルの塩としては、リン酸エステルのアルカリ金属塩、アルカリ土類金属塩、アンモニウム塩、アミン塩等が挙げられる。 リン酸エステル類は、一種を単独で用いてもよく、二種以上を併用してもよい。」 「【0034】 フェノール樹脂とリン酸エステル類とを混合する方法としては、前記の溶融混合、溶解混合以外の方法でもよい。たとえば、後の紡糸工程における紡糸方法として乾式紡糸、湿式紡糸又は乾・湿式紡糸の方法を用いる場合には、フェノール樹脂とリン酸エステル類の両者を溶解し得る溶媒に両者を溶解混合した原料混合物溶液を調製してもよい。該原料混合物溶液は、直接、紡糸用原液として用いることができる。 また、フェノール樹脂の合成反応を阻害せず、かつ、該合成反応中の温度で原料が劣化しない範疇であれば、フェノール樹脂の合成反応の途中に、リン酸エステル類を配合することにより、両者を混合することも有効である。」 「【0048】 以上説明した本発明のフェノール系繊維の製造方法においては、フェノール樹脂とリン酸エステル類とを混合した原料混合物を紡糸してフェノール系繊維を得る。該原料混合物を用いていることにより、理由は定かではないが、フェノール樹脂とリン酸エステル類との相互作用によって機械的強度が高まり、従来は機械的強度の不足から工業的には極めて製造が困難であった太径化されたフェノール系繊維を製造することができる。 また、本発明のフェノール系繊維の製造方法により製造されるフェノール系繊維は、従来のフェノール系繊維と同様、耐熱性、難燃性及び耐薬品性のいずれも良好である。 また、本発明のフェノール系繊維の製造方法は、あらたに用いるリン酸エステル類をフェノール樹脂と混合するだけであり、工程上の煩雑さがなく、安価かつ高品質に、太径化されたフェノール系繊維を製造できる。」 「【0061】 <フェノール系繊維の製造例> 以下に示すフェノール樹脂とリン酸エステル類とを用いて、各製造例によりフェノール系繊維をそれぞれ製造した。 【0062】 ・フェノール樹脂 フェノール樹脂は、以下のようにして合成したノボラック型フェノール樹脂を用いた。 [フェノール樹脂の合成] フェノール1000gと37質量%ホルマリン733gとシュウ酸5gを、還流冷却器を備えた反応容器に仕込み、40分間で常温から100℃に昇温させ、さらに100℃で4時間反応させた後、200℃まで加熱して脱水濃縮した後、冷却してノボラック型フェノール樹脂を得た。 【0063】 ・リン酸エステル類 リン酸エステル類は、以下に示すリン酸エステル(1)、リン酸エステル(2)を用いた。 リン酸エステル(1):フォスファノール SM−172(商品名、東邦化学工業(株)製、下式(IA)のモノエステルと下式(IB)のジエステルとの質量比が(IA)/(IB)=1/1の混合物)。 リン酸エステル(2):フォスファノール RP−710(商品名、東邦化学工業(株)製、ポリオキシエチレン(平均付加モル数6)フェニルエーテルリン酸。下式(II)のモノエステルの他にジエステルとトリエステルとを含有する混合物)。 【0064】 【化4】 【0065】 (実施例1) 原料混合工程: ノボラック型フェノール樹脂450gとリン酸エステル(1)50gとを、二軸混練機(高速二軸連続ミキサー)に投入して、150℃で50分間の混練(溶融混合)を行い、淡桃色透明なブロック状物を得た。 【0066】 紡糸工程: 次に、このブロック状物を粗粉砕し、溶融紡糸装置(グリッドメルター式)を用いて180℃で溶融し、該溶融により得られた溶融物を、160℃に保たれた孔径0.1mm、長さL/直径D=3、ホール数10個の紡糸口金から一定吐出量を保ちながら紡糸速度75m/分で紡糸(溶融紡糸)して糸條を得た。 【0067】 硬化工程: 紡糸工程で得られた糸條を、長さ51mmにカットしてフラスコに入れ、塩酸14質量%かつホルムアルデヒド8質量%の水溶液に常温で30分間浸漬した後、2時間で98℃まで昇温し、さらに98℃で2時間保持することにより硬化を行った。 【0068】 次いで、硬化工程で得られた硬化物を、前記フラスコから取り出して充分に水洗した後、3質量%アンモニア水溶液で60℃、30分間の中和を行った。その後、再度、充分に水洗し、90℃、30分間乾燥することによりフェノール系繊維を得た。 【0069】 (実施例2) 原料混合工程で、リン酸エステル(1)50gの代わりに、リン酸エステル(2)50gを用いた以外は、実施例1と同様にしてフェノール系繊維を得た。」 第5 当審の判断 1. 理由1(新規性)及び理由2(進歩性)について ア 本件発明1について a. 対比 本件発明1と引用発明とを対比する。 引用発明の「パラホルムアルデヒド」は、本件発明1の「ホルムアルデヒド」に相当する。 引用発明の「反応モル比」は、本件発明1の「当量比」に相当する。 引用発明の「フェノールとパラホルムアルデヒドを反応させるための燐酸」は、当該「反応」は架橋反応のことであると解されるから、本件発明1の「フェノールとホルムアルデヒドとの架橋反応の触媒として」の「ポリオキシエチレンアルキルエーテルリン酸エステル」と、「フェノールとホルムアルデヒドとの架橋反応の触媒」であるという点で共通し、その限りで一致する。 引用発明の「ノボラック型フェノール樹脂」は、本件発明1の「ノボラック型樹脂分」に相当する。 引用発明の「内温100〜103℃で30分間攪拌し、内温を60℃まで冷却し、30分間静置してノボラック型フェノール樹脂を得て」との工程は、内温を100〜103℃とするために加熱がなされていると解されること、ノボラック型フェノール樹脂がこの後得られていることから当該工程において合成が進んでいると解されることから、本件発明1の「合成工程」に相当する。 引用発明の「ノボラック型フェノール樹脂を繊維化して樹脂繊維を得る」との工程は、本件発明1の「紡糸工程」に相当する。 したがって、両者は、以下の一致点1で一致しかつ以下の相違点1、2で相違する。 <一致点1> フェノールと、ホルムアルデヒドとを、フェノールの当量(PN)とホルムアルデヒドの当量(FN)とを(i)式に規定する当量比(R1)において0.5〜1.0とする範囲にて混合し混合原料を得る原料混合工程と、 フェノールとホルムアルデヒドとの架橋反応の触媒を添加する触媒添加工程と、 混合原料を加熱してノボラック樹脂分を得る合成工程と、 ノボラック樹脂分を紡糸して樹脂繊維を得る紡糸工程を有する、 フェノール樹脂繊維の製造方法。 【数1】 <相違点1> 本件発明1は、触媒添加工程において、フェノールとホルムアルデヒドが混合された「混合原料」に触媒を添加するのに対し、引用発明は、触媒添加工程において、パラホルムアルデヒドと混合される前のフェノールに触媒を添加する点。 <相違点2> 「フェノールとホルムアルデヒドとの架橋反応の触媒」に関して、本件発明1は、「ポリオキシエチレンアルキルエーテルリン酸エステル」であるのに対し、引用発明は、燐酸である点。 b. 相違点についての検討 (a) 理由1(新規性)について 上記相違点1及び2は、触媒添加工程についての相違点であるから、形式的な相違点ではなく、実質的な相違点である。よって、本件発明1は、引用発明ではない。 (b) 理由2(進歩性)について 事案に鑑みて、まず<相違点2>から検討する。 引用文献1の段落【0019】−【0020】には、一応、フェノール類とアルデヒド類とを反応させるためのリン酸類として、「各種リン酸エステル化合物」を用いることができることが記載されている。しかし、単にリン酸エステルを用いることができるというに留まり、リン酸エステルを使用した実施例は記載されていないし、リン酸エステルの中で特にポリオキシエチレンアルキルエーテルリン酸エステルを用いることは開示していない。 また、当該段落【0019】−【0020】の記載に基づいてリン酸エステルを用いることとし、さらにリン酸エステルとしてポリオキシエチレンアルキルエーテルリン酸エステルを用いることは、単なる触媒の置換、具体化ともいえない。なぜなら、引用文献1は架橋反応の触媒としてリン酸エステルを用いることができるといったことを開示するに留まるから、引用文献1の記載から、ポリオキシエチレンアルキルエーテルリン酸エステルを用いると、架橋反応の触媒として機能するだけでなく、フェノール樹脂に残存してフェノール繊維を炭化した際に炭素分の残存量を増加させることができるといった効果が予測できるとまではいえない。 引用文献2には、ノボラック型フェノール樹脂にリン酸エステル類を混合し、紡糸することが記載されている。また、引用文献2において用いることができるリン酸エステル類として段落【0022】−【0028】には、アルキル基、オキシエチレン基を有するものが挙げられている。 しかし、引用文献2は、合成を終えたノボラック型フェノール樹脂にリン酸エステルを混合しており、架橋反応の触媒としてリン酸エステルを用いることは記載されていない。 一応、引用文献2の段落【0034】には、フェノール樹脂の合成反応の途中にリン酸エステル類を配合することができる旨の記載はあるが、「フェノール樹脂の合成反応を阻害せず、かつ、該合成反応中の温度で原料が劣化しない範疇であれば」とされており、リン酸エステル類はむしろ合成の阻害の恐れがあるものとして捉えられており、リン酸エステル類を架橋反応の触媒としても用いることができるという技術思想は見いだせない。 すると、引用文献2を参酌しても、引用発明において、燐酸に代えてポリオキシエチレンアルキルエーテルリン酸エステルを用いることが容易になし得たものであるとはいえない。 c. 申立人の主張について 特許異議申立書において申立人は以下のように主張している。 「本件特許発明1の構成要件2である「前記混合原料中のフェノールとホルムアルデヒドとの架橋反応の触媒としてポリオキシエチレンアルキルエーテルリン酸エステルを添加する触媒添加工程と、」、構成要件3「前記混合原料を加熱してノボラック樹脂分を合成する合成工程と、」、構成要件4「前記ノボラック樹脂分を紡糸して樹脂繊維を得る紡糸工程を有する、」に対し、甲1発明においては、フェノール類とアルデヒド類を全量一括して仕込み、触媒を添加し反応させ(甲1段落【0015】)、その際に用いるリン酸類として各種リン酸エステル化合物が挙げられており(甲1段落【0019】【0020】)、すなわち、本件特許段落【0070】と同様に、合成途中にリン酸エステルを使用しており、原料を加熱した後、樹脂を紡糸することによってフェノール樹脂繊維が得られる点で、本件特許発明1は甲1に記載された発明と同一である。なお、リン酸エステルとして、ポリオキシエチレンアルキルエーテルリン酸エステルが用いられることは、これが本件特許段落【0040】【0042】に記載されているように、市販されている物質であること及び甲2等の公知文献を参酌すると、当業者であれば技術常識から当然に導き出せる事項である。」(第15ページ第14行−第28行) しかし、本件発明1と引用発明とは、先に示した相違点1及び2で相違しており、本件発明1は、引用発明ではない。また、相違点2について検討した際に示したように、本件発明1は引用発明から容易に発明できたものともいえない。 ポリオキシエチレンアルキルエーテルリン酸エステルが一般に知られた物質であるからといって、当該物質を「前記混合原料中のフェノールとホルムアルデヒドとの架橋反応の触媒としてポリオキシエチレンアルキルエーテルリン酸エステルを添加する触媒添加工程」において用いることが引用文献1に記載されていたとはいえないし、当該使用が容易であることを示すものともいえない。 以上のとおりであるから、<相違点1>について検討するまでもなく、本件発明1は、引用発明、及び、引用文献2に記載された事項から、当業者が容易に発明をすることができたものではない。 イ 本件発明2について a. 対比 本件発明2と引用発明とを対比する。 引用発明の「パラホルムアルデヒド」は、本件発明2の「ホルムアルデヒド」に相当する。 引用発明の「反応モル比」は、本件発明2の「当量比」に相当する。 引用発明の「フェノールとパラホルムアルデヒドを反応させるための燐酸」は、当該「反応」は架橋反応のことであると解されるから、本件発明2の「フェノールとホルムアルデヒドとの架橋反応の触媒として」の「ポリオキシエチレンフェニルエーテルリン酸エステル」と、「フェノールとホルムアルデヒドとの架橋反応の触媒」であるという点で共通し、その限りで一致する。 引用発明の「内温100〜103℃で30分間攪拌し、内温を60℃まで冷却し、30分間静置してノボラック型フェノール樹脂を得て」との工程は、内温を100〜103℃とするために加熱がなされていると解されること、ノボラック型フェノール樹脂がこの後得られていることから当該工程において合成が進んでいると解されることから、本件発明2の「合成工程」に相当する。 引用発明の「ノボラック型を繊維化して樹脂繊維を得る」との工程は、本件発明2の「紡糸工程」に相当する。 したがって、両者は、以下の一致点2で一致しかつ以下の相違点3及び4で相違する。 <一致点2> フェノールと、ホルムアルデヒドとを、フェノールの当量(PN)とホルムアルデヒドの当量(FN)とを(i)式に規定する当量比(R1)において0.5〜1.0とする範囲にて混合し混合原料を得る原料混合工程と、 フェノールとホルムアルデヒドとの架橋反応の触媒を添加する触媒添加工程と、 混合原料を加熱してノボラック樹脂分を得る合成工程と、 ノボラック樹脂分を紡糸して樹脂繊維を得る紡糸工程を有する、 フェノール樹脂繊維の製造方法。 【数2】 <相違点3> 本件発明2は、触媒添加工程において、フェノールとホルムアルデヒドが混合された「混合原料」に触媒を添加するのに対し、引用発明は、触媒添加工程において、パラホルムアルデヒドと混合される前のフェノールに触媒を添加する点。 <相違点4> 本件発明2は、架橋反応の触媒として「ポリオキシエチレンフェニルエーテルリン酸エステル」を添加するのに対し、引用発明は、燐酸を添加する点。 b. 相違点についての検討 (a) 理由1(新規性)について 上記相違点3及び4は、触媒添加工程についての相違点であるから、形式的な相違点ではなく、実質的な相違点である。よって、本件発明2は、引用発明ではない。 (b) 理由2(進歩性)について 事案に鑑みて、まず<相違点4>から検討する。 引用文献1の段落【0019】−【0020】には、一応、フェノール類とアルデヒド類とを反応させるためのリン酸類として、「各種リン酸エステル化合物」を用いることができることが記載されている。しかし、単にリン酸エステルを用いることができるというに留まり、リン酸エステルを使用した実施例は記載されていないし、リン酸エステルの中で特にポリオキシエチレンフェニルエーテルリン酸エステルを用いることは開示していない。 また、当該段落【0019】−【0020】の記載に基づいてリン酸エステルを用いることとし、さらにリン酸エステルとしてポリオキシエチレンフェニルエーテルリン酸エステルを用いることは、単なる触媒の置換、具体化ともいえない。引用文献1は架橋反応の触媒としてリン酸エステルを用いることができるといったことを開示するに留まるから、引用文献1の記載から、ポリオキシエチレンフェニルエーテルリン酸エステルを用いると、架橋反応の触媒として機能するだけでなく、フェノール樹脂に残存してフェノール繊維を炭化した際に炭素分の残存量を増加させることができるといった効果が予測できるとまではいえない。 引用文献2には、ノボラック型フェノール樹脂にリン酸エステル類を混合し、紡糸することが記載されている。また、引用文献2において用いることができるリン酸エステル類として段落【0022】−【0028】には、フェニル基、オキシエチレン基を有するものが挙げられている。また、段落【0063】、【0069】には、リン酸エステル類として、ポリオキシエチレン(平均付加モル数6)フェニルエーテルリン酸を用いる実施例が記載されている。 しかし、引用文献2は、合成を終えたノボラック型フェノール樹脂にリン酸エステルを混合しており、架橋反応の触媒としてリン酸エステルを用いることは記載されていない。 一応、引用文献2の段落【0034】には、フェノール樹脂の合成反応の途中にリン酸エステル類を配合することができる旨の記載はあるが、「フェノール樹脂の合成反応を阻害せず、かつ、該合成反応中の温度で原料が劣化しない範疇であれば」とされており、リン酸エステル類はむしろ合成の阻害の恐れがあるものとして捉えられており、リン酸エステル類を架橋反応の触媒として用いることができるという技術思想は見いだせない。 すると、引用文献2を参酌しても、引用発明において、燐酸に代えてポリオキシエチレンフェニルエーテルリン酸エステルを用いることが容易になし得たものであるとはいえない。 c. 申立人の主張について 特許異議申立書の第16ページ第21行−第17ページ第22行において、申立人は本件発明1に対するのと同様の主張を行っている。 しかし、本件発明2と引用発明とは、先に示した相違点3及び4で相違しており、本件発明2は、引用発明ではない。また、相違点4について検討した際に示したように、本件発明2は引用発明から容易に発明できたものともいえない。 ポリオキシエチレンフェニルエーテルリン酸エステルが一般に知られた物質であるからといって、当該物質を「前記混合原料中のフェノールとホルムアルデヒドとの架橋反応の触媒としてポリオキシエチレンフェニルエーテルリン酸エステルを添加する触媒添加工程」において用いることが引用文献1に記載されていたとはいえないし、当該使用が容易であることを示すものともいえない。 以上のとおりであるから、<相違点3>について検討するまでもなく、本件発明2は、引用発明、及び、引用文献2に記載された事項から、当業者が容易に発明をすることができたものではない。 ウ 本件発明3−5は、本件発明1または本件発明2を引用するものであるから、上記アまたはイと同様に、本件発明3−5は、引用発明ではなく、また、当業者であっても、引用発明、及び、引用文献2に記載された事項に基いて容易に発明できたものとはいえない。 第6 結び 以上のとおり、特許異議申立書に記載された特許異議申立理由によっては、請求項1−5に係る特許を取り消すことはできない。また、他に請求項1−5に係る特許を取り消すべき理由は発見しない。 よって、結論のとおり決定する。 |
異議決定日 | 2022-03-29 |
出願番号 | P2017-118671 |
審決分類 |
P
1
651・
113-
Y
(D01F)
P 1 651・ 121- Y (D01F) |
最終処分 | 07 維持 |
特許庁審判長 |
久保 克彦 |
特許庁審判官 |
柳本 幸雄 藤井 眞吾 |
登録日 | 2021-06-15 |
登録番号 | 6898783 |
権利者 | フタムラ化学株式会社 |
発明の名称 | フェノール樹脂繊維の製造方法 |
代理人 | 鬼頭 優希 |
代理人 | 加藤 大輝 |
代理人 | 後藤 憲秋 |