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審決分類 審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  A61K
審判 全部申し立て 2項進歩性  A61K
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  A61K
管理番号 1385210
総通号数
発行国 JP 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2022-06-24 
種別 異議の決定 
異議申立日 2021-10-27 
確定日 2022-05-20 
異議申立件数
事件の表示 特許第6865564号発明「多層歯科切削加工用レジン材料」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6865564号の請求項1〜9に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
本件特許(特許第6865564号)に係る特許出願(特願2016−229811号)は、平成28年11月28日(優先権主張:平成27年11月30日、日本国)に出願され、令和3年4月8日に設定の登録(請求項の数:9)がなされ、同年4月28日に特許掲載公報が発行されたものである。
その後、令和3年10月27日に、本件請求項1〜9に係る特許に対し、特許異議申立人 株式会社トクヤマデンタル(以下「申立人」という。)により、特許異議の申立てがなされ、当審は令和4年1月31日付けで取消理由を通知し、特許権者は同年4月4日に意見書を提出した。

第2 本件各発明
本件各発明は、特許請求の範囲の請求項1〜9に記載の事項によって特定される、以下のとおりのものであり、以下、それぞれを「本件発明1〜9」、まとめて本件各発明ともいう。
【請求項1】
無機フィラーを40重量%以上含有し、透明性及び色調が異なる複数の層からなる多層歯科切削加工用レジン材料であって、
最上面層(U)及び最下面層(L)の厚みがそれぞれ1mm以上であり、
最上面層(U)及び最下面層(L)における透明性の指標であるコントラスト比(最上面層:CU、最下面層:CL)が
0.30≦CU≦0.60、
0.55≦CL≦0.90、且つ、
CU<CL
の関係にあり、且つ、
最上面層(U)及び前記最下面層(L)における色調の指標であるL*a*b*表色系による色度(最上面層:LU・aU・bU、最下面層:LL・aL・bL)が
60≦LU・LL≦80、
−3≦aU・aL≦2、且つ、
0≦bU・bL≦30
の関係にあることを特徴とする多層歯科切削加工用レジン材料。
【請求項2】
請求項1記載の多層歯科切削加工用レジン材料において、最上面層(U)と最下面層(L)の間に位置する中間層(M)の厚みが0.5mm以上であり、
中間層(M)における透明性の指標であるコントラスト比(CM)が
0.45≦CM≦0.65、且つ、
CU<CM<CLの関係にあり、且つ、
中間層(M)における色調の指標であるL*a*b*表色系による色度(中間層:LM・aM・bM)が
60≦LM≦80、
−3≦aM≦2、且つ、
0≦bM≦30
の関係にあることを特徴とする多層歯科切削加工用レジン材料。
【請求項3】
請求項1又は2記載の多層歯科切削加工用レジン材料において最上面層(U)と最下面層(L)とのコントラスト比の差(|CU−CL|)が0.03〜0.15であることを特徴とする多層歯科切削加工用レジン材料。
【請求項4】
請求項2記載の多層歯科切削加工用レジン材料において最上面層(U)と中間層(M)とのコントラスト比の差(|CU−CM|)が0.03〜0.15であり、且つ、中間層(M)と最下面層(L)とのコントラスト比の差(|CM−CL|)が0.03〜0.15であることを特徴とする多層歯科切削加工用レジン材料。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれかに記載の多層歯科切削加工用レジン材料において最上面層(U)と最下面層と(L)の色差ΔEULが0.1〜15.0であることを特徴とする多層歯科切削加工用レジン材料。
【請求項6】
請求項2又は4記載の多層歯科切削加工用レジン材料において最上面層(U)と中間層(M)との色差ΔEUM及び中間層(M)と最下面層(L)のと色差ΔEMLが0.1〜15.0であることを特徴とする多層歯科切削加工用レジン材料。
【請求項7】
請求項1、3又は5記載の多層歯科切削加工用レジン材料において最上面層(U)と最下面層(L)との体積比が1:3〜1:1であることを特徴とする多層歯科切削加工用レジン材料。
【請求項8】
請求項2、4又は6記載の多層歯科切削加工用レジン材料において最上面層(U)と中間層(M)との体積比、中間層(M)と最下面層(L)との体積比、及び、最上面層(U)と最下面層(L)との体積比の少なくとも一つが、1:3〜1:1であることを特徴とする多層歯科切削加工用レジン材料。
【請求項9】
未硬化のペースト状物を層状に重ねて順次重合硬化させることにより製造する請求項1〜8記載の多層歯科切削加工用レジン材料の製造方法であって、それぞれの層の線重合収縮率の差が1.0%以下及び/又はそれぞれの層の重合発熱量の差が50J/g以下であることを特徴とする多層歯科切削加工用レジン材料の製造方法。

第3 当審が通知した取消理由の概要
当審が令和4年1月31日付けで特許権者に通知した取消理由の概要は、以下のとおりである。申立人が提出した甲第●号証を「甲●」のように表記する。なお、取消理由は、申立人の申立ての理由と同趣旨である。

1(新規性)本件発明1、5、7、9は、本件特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された下記の甲1に記載された発明であるから、本件発明1、5、7、9に係る特許は、特許法第29条第1項の規定に違反してされたものであり、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。
2(進歩性)本件発明1〜9は、本件特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された下記の甲1〜3に記載された発明に基いて、本件特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、本件発明1〜9に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであり、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。
<証拠方法>
甲1:特開2014−161440号公報
甲2:秋山麻沙子、黒岩昭弘、「レジンセメントの色調がラミネートベニア修復の色調に及ぼす影響」、日本顎咬合学会誌、2012年4月26日、第32巻、第1・2合併号、71〜80頁、
甲3:安江透、「サブミクロン球状フィラーを用いたハイブリッド型硬質レジン(パールエステ)の特徴と技工」、群馬県歯科医学会雑誌、平成20年3月、第12巻、17〜22頁
甲4:申立人による実験成績証明書、2021年9月22日
甲5:特許第5079928号公報

3(実施可能要件)本件発明1〜9に係る特許は、発明の詳細な説明の記載が、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、同法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。

第4 甲1の記載事項、甲1に記載された発明
1 甲1の記載事項(下線は、合議体による。以下同様。)
(1)【請求項1】
象牙質修復用レジン層とエナメル質修復用レジン層とが積層された歯科CAD/CAM用レジン系ブロックであって、
少なくとも象牙質修復用レジン層は光拡散性粒子を含有し、
前記象牙質修復用レジン層の0.30±0.01mm硬化体のコントラスト比C1が0.2〜0.5であり、かつ下記式
D’1={(I20/cos20゜)+(I70/cos70゜)}/(2×I0×C1)
(式中、I0、I20、及びI70は、前記歯科CAD/CAM用レジン系ブロックの厚さ0.30±0.01mmの板状試料に、該試料の表面に対して垂直に光を照射した場合において、光の入射方向に対してそれぞれ、0゜、20゜、及び70゜の方向に透過した光強度を意味する。)のD’1で定義される拡散比が30〜200の範囲にある、
ことを特徴とする歯科CAD/CAM用レジン系ブロック。
【請求項2】
象牙質修復用レジン層を構成する光拡散性粒子と樹脂マトリックスとの屈折率の差が0.02〜0.08である請求項1に記載の歯科CAD/CAM用レジン系ブロック。
【請求項3】
前記光拡散性粒子が無機粒子および/または有機無機複合粒子であることを特徴とする、請求項1又は2に記載の歯科CAD/CAM用レジン系ブロック。
【請求項4】
前記光拡散性粒子の平均粒径が1〜50μmであり、含有量が象牙質修復用レジン層中5〜60質量%であることを特徴とする、請求項1〜3のいずれか1項に記載の歯科CAD/CAM用レジン系ブロック。
【請求項5】
樹脂マトリックスが(メタ)アクリル樹脂であることを特徴とする、請求項1〜4のいずれか1項に記載の歯科CAD/CAM用レジン系ブロック。
【請求項6】
前記エナメル質修復用レジン層の0.30±0.01mm硬化体のコントラスト比C2が0.05〜0.25であり、象牙質修復用レジン層とエナメル質修復用レジン層のコントラスト比の差ΔC12が少なくとも0.05以上であることを特徴とする、請求項1〜5のいずれか1項に記載の歯科CAD/CAM用レジン系ブロック。

(2)【0001】
本発明は、三次元座標データに基づいて切削加工機によって歯冠を作製する際に使用される歯冠作製用ブロックに関する。

(3)【発明が解決しようとする課題】
【0007】
このように、従来技術では、いくつかのCAD/CAM用切削ブロック体が示されており、該CAD/CAM用切削ブロック体は、エナメル質、象牙質から構成される天然歯冠に対する色彩調和を図るため、また、ブロック体中の層と層との境界を目立たなくし美観を良好にするために、内部の色調構造を多層化したり、各層の空間的配置を厳密に制御したりすることが必要であった。そのため、ブロック体の構成が複雑となり、汎用性、生産性に劣っていた。したがって、本発明は、比較的単純な構造で汎用性と生産性に優れ、なおかつ天然歯の美観の再現性が高い歯科CAD/CAM用切削ブロックを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、上記問題を解決するために鋭意検討を重ねた。その結果、ブロック体を構成する各成分の光学的特性、特に光透過性と光の内部拡散性の関連性に注目し、特定の関係を満たす光学的特性を有する材料を組み合わせて使用することで、天然歯のアナトミカルな構造を必ずしも模倣する必要がなく、上記問題を解決できることを見出し、本発明を完成するに至った。

(4)【発明の効果】
【0013】
本発明の歯科CAD/CAM用切削ブロックは、2層程度の少ない層構成で、かつ各層の空間的配置の厳密な制御を必要としない単純な構造を有しているため汎用性と生産性に優れており、天然歯の美観の再現性に優れた歯冠修復物を容易に作製する事が可能となる。

(5)【0015】
歯科CAD/CAM用レジン系ブロックとは、コンピュータ上に取得された三次元座標データに基づいて切削加工機によって歯冠を作製する際に使用されるブロック体のことを言う。ブロック体であればその大きさ形状に制限はなく、目的に応じたものを適宜選択して用いればよい。ブロック体の大きさが大きいほど、ブリッジなどのより大きい補綴物を作製する事が可能となるが、インレーなどの小さい修復物を作製するには無駄が多い。大きさとしては、通常5mm〜150mmの範囲から選択され、形状としては角柱状、円柱状、ディスク状などから用途や切削装置に応じて選択される。
【0016】
本発明の歯科CAD/CAM用レジン系ブロックは、象牙質及びエナメル質から構成される天然歯に対する色調を調和させるため少なくとも象牙質修復用レジン層とエナメル質修復用レジン層を含む。象牙質修復用レジン層とエナメル質修復用レジン層は本発明の歯科CAD/CAM用レジン系ブロックを構成する最小限の構造要素である。象牙質修復用レジン層はエナメル質修復用レジン層のマトリックスは樹脂で構成され、樹脂は同種でも異種でもよい。
また、本発明のブロックは、象牙質修復用レジン層とエナメル質修復用レジン層とが積層された構造を有するが、ここで積層とは両層の少なくとも一面同士が接触し界面を形成している状態を意味する。界面は平面であっても曲面であってもよく、すなわち、両層の空間的配置は、界面を有していれば特に限定されるものではない。
さらに、本発明の象牙質修復用レジン層、及びエナメル修復用レジン層はそれぞれを多層化していてもよい。しかし、単層の象牙質修復用レジン層及び単層のエナメル質修復用レジン層のみの場合でも本発明の条件を満足すれば、天然歯との色調適合性が高くなる。この点、天然歯の色調を再現すべく多層化し、CAD/CAM用ブロックを作成していた従来技術と比較し、本発明は汎用性が高く、生産性向上効果がある。したがって、本発明のCAD/CAM用レジン系ブロックは、単層の象牙質修復用レジン層と単層のエナメル質修復用レジン層のみにより構成されることが好ましい。
【0017】
本発明の象牙質修復用レジン層及びエナメル質修復用レジン層に関して、天然歯の色調を再現すべく、種々の色調パラメーター(コントラスト比、彩度等)を天然歯のものに近づける厳密なコントロールを行わない場合でも、天然歯の色調再現性が良好となる。後述する光拡散性粒子を少なくとも象牙質修復用レジン層に配合することにより天然歯との色調適合性が高まるため、各層の色調パラメーターはある一定の範囲内に調整しさえすればよい。
【0018】
本発明における象牙質修復用レジン層の0.30±0.01mm硬化体のコントラスト比C1は0.2〜0.5である。象牙質修復用レジン層のコントラスト比をこのように制御することで、後述する光拡散性粒子の配合を条件として天然歯との色調適合が良好となる。ここで、コントラスト比は、色差計を用いて、三刺激値のY値を背景色黒及び白で測定し、下記式に基づいて求めた値である。黒背景としては艶消し暗箱が、白背景としては白色標準板が使用される。
コントラスト比C=背景色黒の場合のY値/背景色白の場合のY値
コントラスト比が小さい場合、透明性が高すぎ、コントラスト比が大きい場合は透明性が低すぎて、審美的な歯冠修復物が得られない。より好ましいコントラスト比C1の範囲は、0.3〜0.4である。
【0019】
本発明におけるエナメル質修復用レジン層の0.30±0.01mm硬化体のコントラスト比C2は特に制限されるものではないが、天然歯との色調適合性の観点から象牙質修復用レジン層より小さい値である0.05〜0.25である事が好ましい。コントラスト比が小さい場合、透明性が高すぎ、コントラスト比が大きい場合は透明性が低すぎて、審美的な歯冠修復物を得る事が難しくなる。また、象牙質修復用レジン層とエナメル質修復用レジン層のコントラスト比の差ΔC12が0.05以上である事が好ましい。ΔC12は、0.1〜0.3の範囲である事がより好ましく、0.15〜0.3の範囲である事がさらに好ましい。象牙質修復用レジン層とエナメル質修復用レジン層のコントラスト比が近い場合、あたかも単一素材のブロックのような外観を示しやすくなり、2層を組み合わせて天然歯に近い外観を有する歯冠修復物を製造するメリットが得られにくくなるため、コントラスト比の差は一定以上大きい事が好ましい。一般に、コントラスト比の差が大きいと、象牙質修復用レジン層とエナメル質修復用レジン層の境界部分が明瞭に識別する事ができるようになるため好ましくない。しかし、本発明のブロック体は、光拡散性粒子を有しているため象牙質修復用レジン層とエナメル質修復用レジン層のコントラスト比の差が大きい場合にも、その境界部分をほとんど識別する事ができず、より自然で審美的な外観を付与する事ができるという、著しい効果がある点でも非常に有益である。さらに、本発明の象牙質修復用レジン層、及びエナメル修復用レジン層は、実際の天然歯の象牙質やエナメル質のコントラスト比Cを必ずしも再現したものでなくてもよい。一般的な天然歯エナメル質のコントラスト比はおよそ0.2、一般的な天然歯象牙質のコントラスト比はおよそ0.3といわれており、その差ΔC12は個人差もあるが約0.1である。しかし、人工的材料によって天然歯を再現する場合は、切端部の透明感を強調したり支台の色調を遮蔽したりする目的で、両者のコントラスト比の差を敢えて大きくする場合があり、そのほうが審美的な外観を得ることができる場合がある。このような場合においても、本発明のレジン系ブロックは、その境界部分をほとんど識別する事ができず、より自然で審美的な外観を付与する事ができるという、著しい効果がある点でも非常に有益である。
【0020】
コントラスト比の調整は、顔料の添加やその配合比の増減によって調整することができる。亜鉛華、酸化チタン等の白色顔料の配合量によって調整を行うのが、他の色の因子例えば色相や彩度へ及ぼす影響が少ないことから好ましい。
【0021】
本発明の歯科CAD/CAM用レジン系ブロックは象牙質修復用レジン層とエナメル質修復用レジン層とからなる。天然歯は、透明性の高いエナメル質と比較的不透明で色味のある象牙質から構成され、切端部ほど色味が少なく透明感があり、歯頸部ほど色味が濃くなっている。象牙質修復用レジン層の好適なL*、a*、b*の範囲は、L*は70〜90、a*は−5.0〜5.0、b*は5〜30であり、エナメル質修復用レジン層の好適なL*、a*、b*の範囲は、L*は80〜90、a*は−5.0〜1.0、b*は0.0〜7.0である。このような天然歯のおおよその外観を表現するためには、少なくとも2層を組み合わせてブロックを予め調整しておく必要があり、本発明のブロックは異なる2種類の色の層を組み合わせてなる。ここで、色が異なるとは、白背景で測定したL*a*b*表色系における象牙質修復用レジン層の彩度S1とエナメル質修復用レジン層の彩度S2の彩度差ΔS(S1−S2)が2〜25であることを意味する。ΔSの好ましい範囲は5〜20であり、更に好適な範囲は7〜15である。ΔSが大きすぎても小さすぎても、天然歯と調和した良好な外観の歯冠修復物を得る事ができない。ここで、ΔSは色差計を用いて測定されるL*a*b*を元に以下の式によって算出される。
S1=√(a*1 2+b*1 2)、S2=√(a*2 2+b*2 2)
ΔS=S1−S2
ここに、a*1、a*2はそれぞれ象牙質修復用レジン層、エナメル質修復用レジン層の白背景でのa*値を、b*1、b*2はそれぞれ象牙質修復用レジン層、エナメル質修復用レジン層の白背景でのb*値を表す。白背景としては標準白板が使用される。
【0022】
本発明の象牙質修復用レジン層、エナメル質修復用レジン層およびそれ以外の第三層などの任意の構成成分の色は、顔料の添加やその配合量を変更することによって調整する事ができる。使用する顔料の種類は特に限定されるものではない。具体例を挙げれば、・・・等が挙げられる。これらの顔料は単独でまたは複数を組み合わせて用いることができる。
【0023】
本発明のブロックにおける象牙質修復用レジン層とエナメル質修復用レジン層の体積比は特に制限されない。象牙質修復用レジン層は、エナメル質修復用レジン層よりも大きな体積比を有している事が、切削加工後の歯冠修復物が天然歯との外観の調和が得られるように設計しやすくなるという点で好ましい。ブロック全体に対する象牙質修復用レジン層の体積比が51〜90%であることが好ましく、61〜80%であることがより好ましい。これは、一般的な天然歯における象牙質の割合がエナメル質に対して大きいことと、光拡散性粒子を含む象牙質修復用レジン層が多い方が本発明の効果が高くなることに起因すると考えられる。ここで、象牙質修復用レジン層の体積比とは、象牙質修復用レジン層の体積のブロック全体の体積に対する割合(100×象牙質修復用レジン層の体積/ブロック全体の体積)をいい、エナメル質修復用レジン層の体積比とは、エナメル質修復用レジン層の体積のブロック全体の体積に対する割合(100×エナメル質修復用レジン層の体積/ブロック全体の体積)をいう。一方、エナメル質修復用レジン層の好ましい体積比はブロック全体の10〜49%、より好ましくは20〜39%である。

(6)【0025】
本発明の象牙質修復用レジン層は樹脂マトリックス及び光拡散性粒子を含み、下記式D’1で定義される拡散比が30〜200の範囲にあることを特徴とする。
D’1={(I20/cos20゜)+(I70/cos70゜)}/(2×I0×C1)
(式中、I0、I20、及びI70は、前記歯科CAD/CAM用レジン系ブロックの厚さ0.30±0.01mmの板状試料に、該試料の表面に対して垂直に光を照射した場合において、光の入射方向に対してそれぞれ、0゜、20゜、及び70゜の方向に透過した光強度を意味する。)
本発明のCAD/CAM用レジンブロックでは、天然歯の色調、すなわち、象牙質とエナメル質との色調適合性を向上させるべく、象牙質修復用レジン層の色、コントラスト比、エナメル質修復用レジン層の色を調整している。しかし、コントラスト比と色(彩度)の調整だけでは、天然歯の色調を十分再現できず、また、象牙質修復用レジン層とエナメル質修復用レジン層の境界が移行的ではなく、境界部分が目立ってしまい、審美性に劣ってしまう。したがって、本発明では、コントラスト比、色に加え、象牙質修復用レジン層の拡散比を適切に制御することを最大の特徴とする。象牙質修復用レジン層に光拡散性粒子を含有させる事によって本発明の効果が達成される理由については明らかではないが、発明者は以下のように考えている。天然歯と同様に、本発明のCAD/CAM用レジンブロックにおいてより色調に重要な影響を及ぼしているのは、彩度が高い象牙質修復用レジン層である。光拡散性粒子はそれらが存在する層の色情報をより多く観測者へ反射する性質を有しているため、本発明のCAD/CAM用レジンブロックにおいても、象牙質修復用レジン層へ光拡散性粒子を配合させたほうが高い効果が得られるものと推測される。また、天然歯における象牙質の光拡散特性と類似しているという別の理由も存在すると考えられる。

(7)【0031】
本発明における光拡散性粒子とは、材料に光拡散性を付与する機能を有する粒子であり、平均粒径が1〜50ミクロンであり、粒子自体が透明であり、25度における屈折率が樹脂マトリックスの屈折率と少なくとも0.01異なる粒子を指す。該光拡散性粒子に特に制限は無く、無機粒子、有機粒子、有機無機複合粒子のいずれも使用する事ができる。

(8)【0036】
光拡散性粒子の配合量は、象牙質修復用レジン層全体に対して、5〜60質量%である事が好ましい。より好ましい配合量の範囲は、10〜30質量%である。光拡散性粒子が少ない場合、光拡散効果が十分得られない。光拡散性粒子が多い場合、機械的物性が低下する恐れがある。

(9)【0047】
本発明の象牙質修復用レジン層としては、光拡散性粒子と樹脂マトリックスのほかに、任意の成分を含有する事ができる。例えば、充填材、重合開始剤、重合禁止剤、蛍光剤、紫外線吸収剤、酸化防止剤、顔料、抗菌剤、X線造影剤などが挙げられる。
【0048】
充填材は、本発明のブロックにおける機械的強度の向上、耐磨耗性の向上、熱膨張係数の低減、吸水性、溶解性の低減などの観点から配合される。
【0049】
該充填材としては、光拡散性を有しないものであれば、公知の充填材が制限なく使用でき、無機粒子および有機粒子、有機無機複合粒子のいずれを用いてもよいが、通常は無機充填材が用いられる。・・・
【0050】
該充填材として特に好適なものは、下記に示すようなシリカ系金属酸化物粒子の特定の配合比からなる混合フィラーである。

(10)【0069】
本発明において、上記各組成からなるシリカ系金属酸化物粒子混合フィラーの配合量は、樹脂マトリックス100質量部に対して200〜700質量部である。また、更に好適な配合比は300〜600質量部である。シリカ系金属酸化物粒子混合フィラーの配合量が200質量部未満の場合、歯科用硬化性組成物の硬化体の機械的物性が劣り、さらに、ペーストのべたつきの抑制効果も十分でなくなる。他方、シリカ系金属酸化物粒子混合フィラーの配合量が700質量部を超えると、(A)重合性単量体との均一な混合が困難になり、ペースト状態にすることが難しくなる。

(11)【0072】
本発明の実施の形態において、充填材の配合量は、目的に応じて選択すればよいが、樹脂マトリックス100質量部に対して通常10〜1000質量部の割合であり、より好ましくは100〜500質量部の割合で使用される。

(12)【0074】
本発明の歯科CAD/CAM用ブロックの製造方法に特に制限はなく、使用する材料によって適宜製造方法を使い分ければよい。例えば、樹脂マトリックスが熱可塑性樹脂の場合、予め調整された象牙質修復用レジン層とエナメル質修復用レジン層を計量、加熱溶融し、金型内部に逐次射出成形する方法や、同様に金型内部に逐次プレス成形する方法をとることができる。樹脂マトリックスの原料となる重合性単量体に光拡散性粒子を配合させておき、これを重合硬化することによって各成分を得る場合、予め、重合開始剤を含有させておいた重合性単量体を含む象牙質修復用レジン層とエナメル質修復用レジン層を準備し、まず象牙質修復用レジン層を金型内に計量、充填、付形、脱泡操作等を行い、必要に応じて加熱や光による仮重合を行う。ついで、エナメル質修復用レジン層を計量、充填、付形、脱泡操作等を行い、必要に応じて加熱や光による仮重合を行い、加熱、あるいは光による最終重合を行うことでブロック体を作製する。上記においては、象牙質修復用レジン層とエナメル質修復用レジン層の順番は逆でも良い。また、必要に応じて、得られたブロック体の研磨、熱処理などの処理を行うこともできる。

(13)【実施例】
【0077】
以下、本発明を実施例により更に詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。実施例において用いられる材料、試験方法等を以下に示す。
(光拡散性粒子)
D−1: 架橋ポリメチルメタクリレートSSX105(屈折率1.49、平均粒子径5ミクロン、変動係数9%)積水化学
D−2: 有機無機複合フィラー(屈折率1.52、平均粒子径12ミクロン、変動係数61%)
D−3: 凝集シリカフィラー(屈折率1.46、平均粒径2ミクロン、変動係数133%)
(樹脂マトリックス)
M−1: 2,2−ビス[(3−メタクロイルオキシ−2−ヒドロキシプロピルオキシ)フェニル]プロパン(以下bis−GMAと略す。)/トリエチレングリコールジメタクリレート(以下TEGDMAと略す。)(重量比60/40)の重合体(硬化体); 硬化体の屈折率1.546
(重合触媒)
I−1: アゾイソブチロニトリル
(充填材)
F−1: 平均粒径0.4ミクロン、屈折率1.542の球状シリカジルコニア70質量部と平均粒径0.07ミクロン、屈折率1.542の球状シリカジルコニア30質量部混合物のγメタクリロイロキシプロピルトリメトキシシラン表面処理物
(彩度差)
象牙質修復用レジン層およびエナメル質修復用レジン層をそれぞれ直径30mm×厚さ0.30±0.01mmの形状に成形し、色差計(東京電色製、TC−1800MKII)を用いて、背景色白でa*、b*の測定を行い、下記式に基づいてΔSを算出した。
S1=√(a*1 2+b*1 2)、S2=√(a*2 2+b*2 2)
ΔS=S1−S2
a*1、b*1:象牙質修復用レジン層のa*b*値、a*2、b*2:エナメル質修復用レジン層のa*b*値である。
(コントラスト比)
象牙質修復用レジン層あるいはエナメル質修復用レジン層を直径30mm×厚さ0.30±0.01mmの形状に成形し、色差計(東京電色製、TC−1800MKII)を用いて、三刺激値のY値を背景色黒及び白で測定した。下記式に基づいてコントラスト比を計算た。
コントラスト比=背景色黒の場合のY値/背景色白の場合のY値
・・・
(外観試験A)
象牙質修復用レジン層とエナメル質修復用レジン層の境界部分の移行度合いを目視評価し、境界部分が移行的で審美的に優れているものを◎、境界部分がやや移行的であるものを○、境界部分が明瞭に識別可能であり人工物様となっているものを×とした。
(外観試験B)
下顎義歯床上に人工陶歯として松風社製ベラシアSA/S32(色調A3)を配列し、第一大臼歯部分に、ブロックを切削して作製した歯冠修復物を配列した。これを目視評価したとき、色調適合性に特に優れるものを◎、色調適合性が良好なものを○、やや違和感を覚えるが許容であるものを△、色調適合性が低いものを×とした。
(外観試験C)
人工陶歯として松風社製ベラシアSA/S32(色調A3)を用い、その下顎第一大臼歯部分に幅3mm、深さ3mmのMOD窩洞を形成し、デジタル印象を採得し、コンピュータ上で修復物の設計を行った。このデータに基づいてCAD/CAM切削を行いインレー形状の修復物を得た。これを試適用セメントで窩洞に装着し、目視にてとの色調の調和について観察を行い、下記三段階評価を行った。◎:修復物の色調が陶歯と良く適合している。○:修復物の色調が陶歯と類似しているが適合性は良好でない。×:修復物と陶歯との違いが明確である。
・・・
[製造例9]
樹脂マトリックスM−1の100質量部に、重合開始剤I−1を1質量部混合溶解した。この樹脂マトリックス100質量部に対し、充填材としてF−1を400質量部添加し、プラネタリーミキサーを用いてよく分散させることで硬化性組成物を得た。これに各種顔料を添加することでパールエステ(トクヤマデンタル製)のDA3相当色に調色した。これを真空脱泡したものを組成物9とした。この硬化体のコントラスト比は0.33、拡散比は1であった。
[製造例10]
製造例9で用いた硬化性組成物に、各種顔料を添加することでパールエステ(トクヤマデンタル製)のCE相当色に調色した。これを真空脱泡したものを組成物10とした。この硬化体のコントラスト比は0.15、拡散比は3であった。
・・・
[実施例1]
象牙質修復用レジン層として組成物1を、エナメル質修復用レジン層として組成物2を選択した。これら二成分の色差ΔE*は24.5であった。組成物1を10×10mmの金型へ気泡を巻き込まないように15mmの高さまで填入し、上面を平滑化した後、加熱加圧重合機を用いて、圧力4kgf/cm2、120度30分の条件で加熱加圧重合を行った。金型を取り出し、組成物1の平滑化した表面に組成物2を気泡を巻き込まないようにさらに10mmの高さまで填入し、上面を平滑化した後、加熱加圧重合機を用いて、圧力4kgf/cm2、120度30分の条件で加熱加圧重合を行った。金型からブロックを取り出し、更に120度1時間熱処理を行った。このブロックを専用の固定具に接着し、歯科用切削装置を用いて下顎第一大臼歯形態に切削した。このとき、象牙質修復用レジン層とエナメル質修復用レジン層の体積比が、75対25の比となるように設計し水平方向に切削を行った。切削体をダイヤモンドペーストとバフで研磨し、歯冠修復物を得た。外観試験A、B、Cの結果を表1にまとめた。
・・・
[比較例1〜5]
表1に示した組成物を用いた以外は実施例1と同様の方法によって歯冠修復物を作製した。外観試験A、B、Cの結果を表1にまとめた。
【0078】


2 甲1に記載された発明
(1)甲1の請求項及び発明の詳細な説明に記載された材料に関する発明(以下「甲1発明」という。)
甲1の記載(特に、上記1(1)の請求項1、(5)、(9)〜(11))からみて、甲1には、以下の甲1発明が記載されていると認められる。

象牙質修復用レジン層とエナメル質修復用レジン層とが積層された歯科CAD/CAM用レジン系ブロックであって、
無機充填材の配合量は樹脂マトリックス100質量部に対して10〜1000質量部の割合で含有し、
少なくとも象牙質修復用レジン層は光拡散性粒子を含有し、
ブロックの大きさとしては、5mm〜150mmの範囲から選択され、
象牙質修復用レジン層の0.30±0.01mm硬化体のコントラスト比C1が0.2〜0.5であり、
エナメル質修復用レジン層の0.30±0.01mm硬化体のコントラスト比C2は、象牙質修復用レジン層より小さい値である0.05〜0.25であり、
象牙質修復用レジン層のL*、a*、b*の範囲は、L*は70〜90、a*は−5.0〜5.0、b*は5〜30であり、
エナメル質修復用レジン層のL*、a*、b*の範囲は、L*は80〜90、a*は−5.0〜1.0、b*は0.0〜7.0
かつ下記式
D’1={(I20/cos20゜)+(I70/cos70゜)}/(2×I0×C1)
(式中、I0、I20、及びI70は、前記歯科CAD/CAM用レジン系ブロックの厚さ0.30±0.01mmの板状試料に、該試料の表面に対して垂直に光を照射した場合において、光の入射方向に対してそれぞれ、0゜、20゜、及び70゜の方向に透過した光強度を意味する。)のD’1で定義される拡散比が30〜200の範囲にある、
歯科CAD/CAM用レジン系ブロック。

(2)甲1の請求項及び発明の詳細な説明に記載された材料の製造方法に関する発明(以下「甲1発明2」という。)
甲1の記載(特に、上記1の請求項1、(5)、(9)〜(11)、(12))からみて、甲1には、以下の甲1発明2が記載されていると認められる。

象牙質修復用レジン層とエナメル質修復用レジン層を準備し、まず象牙質修復用レジン層の仮重合を行い、ついで、エナメル質修復用レジン層の仮重合を行い、最終重合を行うことでブロック体を作製することからなる(象牙質修復用レジン層とエナメル質修復用レジン層の順番は逆でも良い)、
甲1発明の歯科CAD/CAM用ブロックの製造方法。

(3)甲1の比較例2に記載された材料に関する発明(以下「甲1比較例発明」という。)
甲1の記載(特に、上記1(13)の比較例2)からみて、甲1には、以下の甲1比較例発明が記載されていると認められる。

象牙質修復用レジン層として下記組成物9、エナメル質修復用レジン層として下記組成物10を選択し、二成分の色差ΔE*は24.5、組成物9を金型へ15mmの高さまで填入し、加熱加圧重合を行い、組成物9の表面に組成物10をさらに10mmの高さまで填入し、加熱加圧重合を行った、象牙質修復用レジン層とエナメル質修復用レジン層を有する、歯冠修復物へ切削加工を行うためのブロック。
組成物9:樹脂マトリックスM−1の100質量部に、重合開始剤I−1を1質量部混合溶解した。この樹脂マトリックス100質量部に対し、充填材としてF−1を400質量部添加し、分散させることで硬化性組成物を得、これに各種顔料を添加してDA3相当色に調色し、これを真空脱泡したもの。この硬化体のコントラスト比は0.33、拡散比は1。
組成物10:組成物9に、各種顔料を添加してCE相当色に調色し、これを真空脱泡したもの。この硬化体のコントラスト比は0.15、拡散比は3。
樹脂マトリックスM−1:2,2−ビス[(3−メタクロイルオキシ−2−ヒドロキシプロピルオキシ)フェニル]プロパン/トリエチレングリコールジメタクリレート(重量比60/40)の重合体(硬化体)。
重合開始剤(重合触媒)I−1:アゾイソブチロニトリル。
充填材F−1:平均粒径0.4ミクロン、屈折率1.542の球状シリカジルコニア70質量部と平均粒径0.07ミクロン、屈折率1.542の球状シリカジルコニア30質量部混合物のγメタクリロイロキシプロピルトリメトキシシラン表面処理物。
コントラスト比:象牙質修復用レジン層あるいはエナメル質修復用レジン層を直径30mm×厚さ0.30±0.01mmの形状に成形し、色差計を用いて、三刺激値のY値を背景色黒及び白で測定し、下記式に基づいてコントラスト比を計算。
コントラスト比=背景色黒の場合のY値/背景色白の場合のY値

(4)甲1の比較例2に記載された材料の製造方法に関する発明(以下「甲1比較例発明2」という。)
甲1の記載(特に、上記1(13)の比較例2)からみて、甲1には、以下の甲1比較例発明2が記載されていると認められる。

象牙質修復用レジン層である組成物9、エナメル質修復用レジン層である組成物10を選択し、二成分の色差ΔE*は24.5、組成物9を金型へ15mmの高さまで填入し、加熱加圧重合を行い、組成物1の表面に組成物10をさらに10mmの高さまで填入し、加熱加圧重合を行った、甲1比較例発明の歯冠修復物へ切削加工を行うためのブロックの製造方法。

第5 取消理由についての当審の判断
新規性進歩性について
(1)本件発明1について
ア 甲1発明との対比・判断
(ア)甲1発明の「歯科CAD/CAM用レジン系ブロック」は「象牙質修復用レジン層とエナメル質修復用レジン層とが積層された」レジン材料であって、甲1には「歯科CAD/CAM用レジン系ブロックとは、コンピュータ上に取得された三次元座標データに基づいて切削加工機によって歯冠を作製する際に使用されるブロック体のことを言う。」(【0015】)と記載されているから、切削加工機による歯冠作製に使用されるものである。また、下記相違点2、3のとおり、甲1発明の「象牙質修復用レジン層」と「エナメル質修復用レジン層」とのコントラスト比と色調が異なっており、本件明細書では、コントラスト比は透明性と同義とされているから(【0053】)、甲1発明の「象牙質修復用レジン層」と「エナメル質修復用レジン層」の透明性と色調が異なるといえる。
よって、甲1発明の「歯科CAD/CAM用レジン系ブロック」は、本件発明1の「透明性及び色調が異なる複数の層からなる多層歯科切削加工用レジン材料」に相当する。

(イ)甲1発明の「無機充填材」とその配合量「樹脂マトリックス100質量部に対して10〜1000質量部の割合」は、レジン系ブロックを100重量%とするとき、
10〜1000/{(10+100)〜(1000+100)}
=10/(10+100)〜1000/(1000+100)
=9.1〜91.0重量%
と計算されるから、本件発明1の「無機フィラー」とレジン材料(100重量%)における配合量「40重量%以上」に相当する。
なお、甲1発明の「光拡散性粒子」について、甲1には「無機粒子、有機粒子、有機無機複合粒子のいずれも使用する事ができる。」(甲1【0031】)と記載されているから、無機粒子を使用する態様が含まれている。この態様の場合、上記の充填材に加えて当該光拡散性粒子についても本件発明1の「無機フィラー」とその配合量にも相当する。

(ウ)歯の構造において象牙質の上側にエナメル質が位置することから(国際公開第2002/09612号(本件明細書【0007】の特許文献2)、3頁2段落)、甲1発明の「エナメル質修復用レジン層」及び「象牙質修復用レジン層」は、本件発明1の「最上面層(U)」及び「最下面層(L)」にそれぞれ相当する。

(エ)コントラスト比について
a コントラスト比の指標
甲1発明の各層は上記(ウ)の位置関係のとおりであるから、甲1発明の「エナメル質修復用レジン層」の「コントラスト比C2」及び「象牙質修復用レジン層」の「コントラスト比C1」は、本件発明1の「最上面層(U)」の「透明性の指標であるコントラスト比(最上面層:CU)」及び「最下面層(L)」の「透明性の指標であるコントラスト比(最下面層:CL)」に相当する。

b コントラスト比の測定条件
本件発明1に係るコントラスト比に関して、本件明細書には「本発明では、材料の透明性をコントラスト比で表す。コントラスト比は、厚さ1mmの材料を白バック上と黒バック上で測色し、それぞれのY値より求める。具体的には、白バック上で測色したY値をYW、黒バック上で測色したY値をYBとしたとき、(コントラスト比)=YB/YWで求められる。」(【0018】)と記載されており、本件発明1のコントラスト比は、「厚さ1mmの材料」を用いて測色した数値であると定義されている。
一方、甲1発明において、「0.30±0.01mm硬化体のコントラスト比C1」及び「0.30±0.01mm硬化体のコントラスト比C2」と特定されているから、甲1発明におけるコントラスト比の数値は、厚さが0.30±0.01mmの硬化体を用いて測定された数値である。
よって、本件発明1と甲1発明とは、コントラスト比の数値について、当該数値を測定したときの測定試料の厚さが異なっている。

(オ)色度について
a 色度の指標
本件発明1に係るL*a*b*表色系による色度は、本件明細書の【0019】の記載によると、指標別の数値範囲を意味しているから、構成要件1Eの数値範囲は、以下のように置き換えられる。
「60≦LU≦80、かつ、60≦LL≦80、
−3≦aU≦2、かつ、−3≦aL≦2、且つ、
0≦bU≦30、かつ、0≦bL≦30」
甲1発明の各層は上記(ウ)の位置関係のとおりであるから、甲1発明の「エナメル質修復用レジン層のL*、a*、b*」及び「象牙質修復用レジン層のL*、a*、b*」は、本件発明1の「最上面層:LU・aU、bU」及び「最下面層:LL・aL・bL」に相当する。

b 色度の測定条件
本件発明1に係る色度に関して、本件明細書には「また本発明では、材料の色調をL*a*b*表色系により表記する。厚さ1mmに加工した材料を白バック上で測色したときのL*値、a*値、b*値で示すこととする。」(【0018】)と記載されており、本件発明1の色度は、「厚さ1mmに加工した材料」を用いて測色した数値であると定義されている。
一方、甲1の実施例には、色度の測定に関して、以下の記載がある。
「(彩度差)
象牙質修復用レジン層およびエナメル質修復用レジン層をそれぞれ直径30mm×厚さ0.30±0.01mmの形状に成形し、色差計(東京電色製、TC−1800MKIH)を用いて、背景色白でa*、b*の測定を行い、下記式に基づいて△sを算出した。
S1=√(a*1 2十b*1 2)、S2=√(a*2 2十b*2 2)
△S=S1−S2
a*1、b*1:象牙質修復用レジン層のa*b*値、a*2、b*2:エナメル質修復用レジン層のa*b*値である。」(【0077】)
上記の記載によると、彩度差の算出において、その測定には、厚さが0.30±0.01mmの形状の試料が使用されていることから、甲1発明における象牙質修復用レジン層の色度(L1*、a1*、b1*)及びエナメル質修復用レジン層の色度(L2*、a2*、b2*)の各数値は、コントラスト比と同様に、厚さが0.30±0.01mmの硬化体を用いて測定された数値である。
よって、本件発明1と甲1発明とは、色度の数値について、当該数値を測定したときの測定試料の厚さが異なっている。

(カ)そうすると、本件発明1と甲1発明は、
「無機フィラーを40重量%以上含有し、
透明性及び色調が異なる複数の層からなる多層歯科切削加工用レジン材料であって、
最上面層(U)及び最下面層(L)を有する、
多層歯科切削加工用レジン材料。」の点で一致し、以下の点で相違する。

<相違点1>
本件発明1が「最上面層(U)及び最下面層(L)の厚みがそれぞれ1mm以上」であるのに対して、甲1発明は「象牙質修復用レジン層とエナメル質修復用レジン層とが積層された歯科CAD/CAM用レジン系ブロック」の「大きさとしては、5mm〜150mmの範囲」である点。

<相違点2>
本件発明1が「厚さ1mmの材料」を用いて測色した「最上面層(U)及び最下面層(L)における透明性の指標であるコントラスト比(最上面層:CU、最下面層:CL)が
0.30≦CU≦0.60、
0.55≦CL≦0.90、且つ、
CU<CL
の関係」にあるのに対して、
甲1発明は「0.30±0.01mm硬化体」の「象牙質修復用レジン層のコントラスト比C1が0.2〜0.5であり、
エナメル質修復用レジン層のコントラスト比C2は、象牙質修復用レジン層より小さい値である0.05〜0.25」である点。

<相違点3>
本件発明1が「厚さ1mmの材料」を用いて測色した「最上面層(U)及び前記最下面層(L)における色調の指標であるL*a*b*表色系による色度(最上面層:LU・aU・bU、最下面層:LL・aL・bL)が
60≦LU・LL≦80、
−3≦aU・aL≦2、且つ、
0≦bU・bL≦30
の関係」にあるのに対して、
甲1発明は「0.30±0.01mm硬化体」の「象牙質修復用レジン層のL*は70〜90、a*は−5.0〜5.0、b*は5〜30であり、
エナメル質修復用レジン層のL*は80〜90、a*は−5.0〜1.0、b*は0.0〜7.0」である点。

(キ)相違点の判断
事案に鑑み、まず相違点3を判断する。
a 甲1発明の色度と本件発明1の色度を対比するためには、甲1発明における厚さ0.3mmの測定試料による色度を、厚さ1mmの測定試料による色度に換算し、その上で本件発明1の色度と対比する必要がある。

b 甲2の記載事項
甲2には、おおむね、以下の事項が記載されている。
(a)実験には歯冠色陶材及び支台歯陶材として金属焼付け用陶材、レジンセメントにはデュアルキュア型レジンセメントを用いた。(72頁8〜11行)
(b)試験片の厚さが色調に及ぼす影響(実験1)の実験材料として、歯冠色陶材(試料の厚さ:0.6、0.8、1.0、1.2、1.4、2.0、2.5、及び3.0mm)、支台歯色陶材(試料の厚さ:0.5、1.0、2.0、2.5、及び3.0mm)を用いた。(73頁左欄7行〜右欄11行)
(c)結果
歯冠色陶材において、L*は1.4mmまでは試験片の厚さの増加に伴い大きく減少し、それ以上ではわずかに減少する傾向を示した。一方、a*は2.0mmまでは増加、それ以上では大きな変化は示さなかった。また、b*は1.0mmまでは増加し、それ以上の厚さでは減少する傾向を示した(図2)。

支台歯色陶材において、各測定値は歯冠色陶材と似た傾向を示し、試験片の厚さの増加に伴い、L*は厚さ2.0mmまでは大きく減少し、それ以上の厚さではわずかに減少する傾向を示した。一方、a*は厚さ1.5mmまでは増加、それ以上の条件では大きな変化は示さなかった。また、b*は厚さ1.0mmまでは増加し、それ以上の条件になると減少する傾向を示した(図3)。

(75頁右欄8行〜76頁左欄18行、図2、図3)
(d)レジンセメントの色調と経時変化(実験2)、レジンセメントの色調がベニア修復の色調に及ぼす影響(実験3)が測定されている。(73頁右欄25行〜75頁右欄7行、76頁左欄22行〜77頁右欄13行)

c 甲3の記載事項
甲3には、おおむね、以下の事項が記載されている。
(a)ハイブリッド型硬化レジンである「パールエステ、P」、「エステニアC&B,E」、「グラディア、G」の3製品(エナメルE1)で,厚さ0.17mm、0.3mm〜1.0mmまで0.1mm刻み、1.2mm、1.5mmの試料をそれぞれ作製した。(17頁図1、20頁右欄10行〜21頁左欄11行)
(b)エナメルは厚みが増すと明度(L*)が低下し彩度(C*)は高くなる。(21頁右欄9〜11行)

d 上記b(b)のとおり、甲2において、試験片の厚さが色調に及ぼす影響(実験1)の実験材料として、歯冠色陶材として試料の厚さが0.6〜3.0mm、支台歯色陶材として試料の厚さが0.5〜3.0mmのものを用いている。
ここで、甲2において、上記b(a)のとおり、陶材とレジンセメントとは組成が異なる材料であって、上記b(d)のとおり、陶材とは別に、レジンセメントの色調について測定(実験2、3)されていることからすれば、陶材とレジンセメントの色調は異なるものと認識されているといえる。
そうすると、甲2の陶材の厚さと色調に関する知見を、異なる材料である、甲1発明のレジン層の色調に適用しても、甲1発明のレジン層の色調が適切に換算できないと認められる。
さらに、甲2の歯冠色陶材として試料の厚さの最小値が0.6mm、支台歯色陶材として試料の厚さの最小値が0.5mmであることからすれば、甲2の試料の厚さ0.3mmの色調(L*、a*、b*)は測定されていないものであり、図2、3のグラフを外挿して推定値を読み取ることが適切であるともいえないから甲2の試験片の厚さと色調に関する知見を、甲1発明のレジン層の色調に適用しても、甲1発明における厚さ0.3mmの測定試料による色度を、厚さ1mmの測定試料による色度に適切に換算することができない。
甲3には、ハイブリッド型硬化レジン(甲1発明のレジン層に相当)であるエナメルについて、「エナメルは厚みが増すと明度(L*)が低下し彩度(C*)は高くなる」と記載されているのみで、甲3の記載事項から、甲1発明における厚さ0.3mmの測定試料による色度を、厚さ1mmの測定試料による色度に換算することができない。
そして、甲1〜3を見ても、厚さ0.3mmの測定試料による色度を、厚さ1mmの測定試料による色度に適切に換算する知見や手掛かり等に関する記載も見当たらない。

e したがって、甲1発明におけるエナメル質修復用レジン層及び象牙質修復用レジン層の色度の数値範囲を、厚さが1.0mmの測定試料による数値に換算することができないから、相違点3は、実質的な相違点である。
また、甲1〜3を見ても、甲1発明におけるエナメル質修復用レジン層及び象牙質修復用レジン層について、厚さ1mmの測定試料による色度の数値範囲を、相違点3に係る本願発明1の範囲に設定する動機付けがあるとはいえない。

(オ)したがって、相違点1、2を判断するまでもなく、本件発明1は、甲1発明ではなく、甲1発明と甲1〜3の記載事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

イ 甲1比較例発明との対比・判断
(ア)甲1比較例発明の「歯冠修復物へ切削加工を行うためのブロック」は象牙質修復用レジン層とエナメル質修復用レジン層からなり、象牙質修復用レジン層を構成する、DA3相当色に調色された組成物9とエナメル質修復用レジン層を構成する、CE相当色に調色された組成物10はその組成と調色が異なっており、また、下記相違点2’、3’のとおり、甲1比較例発明の「象牙質修復用レジン層」と「エナメル質修復用レジン層」とのコントラスト比と色調が異なっており、本件明細書では、コントラスト比は透明性と同義とされているから(【0053】)、甲1比較例発明の「象牙質修復用レジン層」と「エナメル質修復用レジン層」の透明性と色調が異なるといえる。
よって、甲1比較例発明の「歯冠修復物へ切削加工を行うためのブロック」は、本件発明1の「透明性及び色調が異なる複数の層からなる多層歯科切削加工用レジン材料」に相当する。

(イ)甲1比較例発明の象牙質修復用レジン層を構成する組成物9において、樹脂マトリックス100質量部に対して、充填材F−1(球状シリカジルコニア混合物のγメタクリロイロキシプロピルトリメトキシシラン表面処理物)は、400質量部添加しており、組成物10は、組成物9に、各種顔料を添加して調色し、真空脱泡したものとされている。
ここで、組成物9の「充填材F−1」は、球状シリカジルコニア混合物にγメタクリロイロキシプロピルトリメトキシシラン表面処理を施したものであるが、本件明細書には、本件発明1の「無機フィラーには、表面処理が施されていることが好ましい。」と記載されているから(【0034】)、本件発明1の「無機フィラー」に相当する。そして、組成物10は、組成物9に、各種顔料を添加したものとされており、各種顔料は色を変更するためのものであるから(甲1【0022】)、組成物の色を変更する程度であって、組成物のその他の性質を変えない程度の少量であると推定される。
そうすると、甲1比較例発明のブロック(象牙質修復用レジン層の組成物9及びエナメル質修復用レジン層の組成物10)は、樹脂マトリックスと充填材F−1が主な成分であり、各種顔料は少量であると推定されることから、樹脂マトリックス100質量部に対して、充填材F−1(本件発明1の「無機フィラー」に相当)は400質量部添加され、充填材F−1のブロックにおける割合は、80重量%(=400質量部/(100質量部+400質量部)×100%)程度となるから、本件発明1の「無機フィラーを40重量%以上含有し」を満たす。

(ウ)歯の構造において象牙質の上側にエナメル質が位置することから(国際公開第2002/09612号、3頁2段落)、甲1比較例発明の「エナメル質修復用レジン層」及び「象牙質修復用レジン層」は、本件発明1の「最上面層(U)」及び「最下面層(L)」にそれぞれ相当する。
また、甲1比較例発明において、象牙質修復用レジン層を構成する組成物9を金型へ15mmの高さまで填入し、組成物9の表面にエナメル質修復用レジン層を構成する組成物10をさらに10mmの高さまで填入してブロックが得られていることからみて、象牙質修復用レジン層が15mmの高さであり、エナメル質修復用レジン層が10mmの高さであるといえるから、本件発明1の「最上面層(U)及び最下面層(L)の厚みがそれぞれ1mm以上」に相当する。

(エ)コントラスト比について
a コントラスト比の指標
甲1比較例発明の各層は上記(ウ)の位置関係のとおりであるから、甲1比較例発明の「エナメル質修復用レジン層」の「コントラスト比0.15」及び「象牙質修復用レジン層」の「コントラスト比0.33」は、本件発明1の「最上面層(U)」の「透明性の指標であるコントラスト比(最上面層:CU)」及び「最下面層(L)」の「透明性の指標であるコントラスト比(最下面層:CL)」に相当する。
b コントラスト比の測定条件
上記ア(エ)bのとおり、本件発明1と甲1比較例発明とは、コントラスト比の数値について、当該数値を測定したときの測定試料の厚さが異なっている。

(オ)色度について
甲1比較例発明は、色度に関する数値が不明である。

(カ)そうすると、本件比較例発明1と引用発明は、
「無機フィラーを40重量%以上含有し、
透明性及び色調が異なる複数の層からなる多層歯科切削加工用レジン材料であって、
最上面層(U)及び最下面層(L)を有する、
多層歯科切削加工用レジン材料。」の点で一致し、以下の点で相違する。
(層の厚みの相違点がないため、相違点1’を欠番としている。)

<相違点2’>
本件発明1が「厚さ1mmの材料」を用いて測色した「最上面層(U)及び最下面層(L)における透明性の指標であるコントラスト比(最上面層:CU、最下面層:CL)が
0.30≦CU≦0.60、
0.55≦CL≦0.90、且つ、
CU<CL
の関係」にあるのに対して、
甲1発明は「0.30±0.01mm硬化体」の「象牙質修復用レジン層のコントラスト比C1が0.33であり、
エナメル質修復用レジン層のコントラスト比C2は、象牙質修復用レジン層より小さい値である0.15」である点。

<相違点3’>
本件発明1が「厚さ1mmの材料」を用いて測色した「最上面層(U)及び前記最下面層(L)における色調の指標であるL*a*b*表色系による色度(最上面層:LU・aU・bU、最下面層:LL・aL・bL)が
60≦LU・LL≦80、
−3≦aU・aL≦2、且つ、
0≦bU・bL≦30
の関係」にあるのに対して、
甲1比較例発明は色度に関する数値が不明である点。

(キ)相違点の判断
事案に鑑み、まず相違点3’を判断する。

申立人の提出した甲4の実験成績証明書(以下「甲4実験報告」という。)に基づいて、相違点3’を検討する。
a 甲4実験報告について
甲4実験報告は、申立人が、甲1の「実施例1」、「実施例5」及び「比較例2」に記載された作製方法に基づいてレジン系ブロックを作製し、本件発明1の測定条件と同じように厚さが1.0mmの試料を作製し、そのコントラスト比及び色度の各種パラメータを測定し、それらの測定結果を記載したものである。

b 甲4実験報告の内容(甲1の実施例1、実施例5及び比較例2に関する実験結果)
(a)実験対象
甲1の実施例1及び実施例5において作製されたレジン系ブロックは、甲1発明に含まれる実施態様の1つである。また、甲1の比較例2において作製されたレジン系ブロック(「甲1比較例発明」に相当)は、甲1発明の比較対象となる発明の実施態様の1つである。
(b)実験結果
甲4実験報告において、実施例1、実施例5及び比較例2に相当するレジン層用組成物が調製され、それを用いて、厚さ0.30±0.01mmの試料と、厚さ1.00±0.01mmの試料とが作製され、各試料について、コントラスト比及びL*、a*、b*が測定された(甲4「7.本実験1、本実験2(甲5の実施例に記載された方法に準じている)及び本実験3における各種パラメータの測定」)。
測定結果は、以下の「実験結果表」(甲4の8頁、特許異議申立書72頁)のとおりである。実験結果表には、甲1に記載されたコントラスト比を併記して示す。実験結果表の「No.」欄に示したNo.1は、実施例1に相当する試料であり、No.2は、実施例5に相当する試料であり、No.3は比較例2に相当する試料である。


(c)実験結果の再現性について
実施例1に相当する試料(No.1)、実施例5に相当する試料(No.2)、比較例2に相当する試料(No.3)について測定された象牙質層のコントラスト比C1、エナメル質層のコントラスト比C2と、甲1の実施例1、実施例5、比較例2に記載された象牙質層のコントラスト比、エナメル質層のコントラスト比はほぼ一致している。
一方、甲1には、実施例1において、象牙質修復用レジン層として組成物1とエナメル質修復用レジン層として組成物2との二成分の色差ΔEは24.5であることが記載されている。(第4の1(13)実施例1)上記実験結果に基づいて、実施例1に相当する試料(No.1)の試験厚:0.3mmの二成分の色差ΔEを求めると(色差の定義は、本件明細書【0054】)、
ΔE=((L2−L1)2+(a2−a1)2+(b2−b1)2)0.5
=((86.3−84.7)2+(−0.78−(−3.02))2+(3.21−10.15)2)0.5
≒7.47
となる。甲1の実施例1の色差は24.5であるのに対して、上記実験結果のNo.1(実施例1の再現)から求めた色差は7.47であり大きく異なっている。
そうすると、甲4実験報告は、実施例1に関して、コントラスト比はほぼ一致していても、色差は大きく異なるから、甲1の実施例1を忠実に再現しているとはいえない。

c そうすると、甲4の実験結果は、甲1の実施例1と同様に、甲1の比較例2も忠実に再現しているとはいえないから、甲4の実験結果によって、甲1比較例発明の象牙質修復用レジン層及びエナメル質修復用レジン層の色調(L*、a*、b*)の範囲を推定することができない。したがって、相違点3’は、実質的な相違点である。また、甲1〜3を見ても、厚さ0.3mmの測定試料による色度を、厚さ1mmの測定試料による色度に適切に換算する知見や手掛かり等に関する記載も見当たらないし、甲1比較例発明におけるエナメル質修復用レジン層及び象牙質修復用レジン層について、厚さ1mmの測定試料による色度の数値を、相違点3’に係る本願発明の数値範囲に設定する動機付けがあるとはいえないから、甲1比較例発明と甲1〜3の記載事項に基いて当業者が適宜になし得る程度の設計事項とはいえない。

(ク)したがって、相違点2’を判断するまでもなく、本件発明1は、甲1比較例発明ではなく、甲1比較例発明と甲1〜3の記載事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

ウ 以上のとおり、本件発明1は、甲1に記載された発明ではなく、甲1発明又は甲1比較例発明と甲1〜3の記載事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(2)本件発明3、5、7について
本件発明3、5、7は、本件発明1において、最上面層(U)と最下面層(L)とのコントラスト比の差、色差ΔEUL、体積比の数値範囲を特定のものとするものである。
したがって、上記(1)と同様の理由により、本件発明3、5、7は、甲1に記載された発明ではなく、甲1発明又は甲1比較例発明と甲1〜3の記載事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(3)本件発明2、4、6、8について
本件発明2、4、6、8は、本件発明1において、最上面層(U)と最下面層(L)の間に中間層(M)が位置し、中間層(M)の厚み、最上面層(U)、最下面層(L)、中間層(M)とのコントラスト比の差、色差ΔEUM、ΔEML、体積比の数値範囲を特定のものとするものである。
したがって、上記(1)と同様の理由により、本件発明2、4、6、8は、甲1に記載された発明ではなく、甲1発明又は甲1比較例発明と甲1〜3の記載事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(4)本件発明9について
本件発明9は、本件発明1の多層歯科切削加工用レジン材料の製造方法であるから、上記(1)のとおり、本件発明1は、甲1に記載された発明ではなく、甲1発明又は甲1比較例発明と甲1〜3の記載事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない以上、本件発明9は、甲1に記載された発明ではなく、甲1発明又は甲1比較例発明と甲1〜3の記載事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

実施可能要件について
(1)取消理由で指摘した実施可能要件違反の具体的内容は下記のとおりである。
ア コントラスト比及び色調の調整方法について
コントラスト比CU及びCLに関しては、本件明細書の【0052】に、各層の透明性(コントラスト比)を調整する、以下の方法が記載されている。
(a)重合性単量体と無機フィラーの屈折率の差を調整する方法。
(b)不透明着色材(白色着色材)の配合量を調整する方法。
また、本件明細書の【0065】〜【0071】に、所望の透明性(コントラスト比)と色調を有するペースト状物の透明性(コントラスト比)と色調を調整する、以下の方法が記載されている。
(c)白色着色材、赤色着色材、黄色着色材、黒色着色材を各微量実施例におけるペースト状物を作製する方法。

イ 本件各発明のコントラスト比と色度
(ア)コントラスト比の調整方法として、上記ア(a)の調整方法を採用する場合、コントラスト比(透明性)は、硬化体内部の光の吸収や散乱によって決まる物性であることから、重合性単量体の屈折と無機フィラーの屈折との関係よりも、重合性単量体の硬化体の屈折率と無機フィラーの屈折率との関係の方が重要であることは自明である。また、無機フィラーの粒子径や配合量、更には異なる屈折率を有する無機フィラーを複数用いたときの各フィラーの配合比などが、コントラスト比に影響を与えることも明らかである。
しかるに、本件明細書には、その実施例においてすら、これら硬化体の屈折率並びに無機フィラーの屈折率、粒径、配合量及び複数種配合する場合の配合割合等に関して、具体的に記載されていないから、当業者に期待し得る程度を超える試行錯誤を強いるものである。

(イ)上記ア(b)、(c)の調整方法を採用する場合には、不透明着色材の種類や量が色度にも重大な影響を与えことは自明である。
仮に白色着色材、赤色着色材、黄色着色材及び黒色着色材を用いてコントラスト比と色度の調整を同時に行うとしても、具体的にどのような種類の色材をどの様な配合比でどの程度配合するのかについて、具体的な指針が無い状況下で、本件各発明のコントラスト比及び色度の条件を満足する多層歯科切削加工用レジン材料を製造するには、当業者に期待し得る程度を超える試行錯誤を強いるものである。

ウ したがって、本件明細書の発明の詳細な説明は、当業者が本件各発明を実施できる程度に明確かつ十分に記載されたものではない。

(2)実施可能要件についての判断
ア 特許権者の提出した証拠及びその記載事項は以下のとおりである。
乙第1号証:特開平7−196429号公報(以下「乙1」という。)
(ア)【産業上の利用分野】
【0001】本発明は、天然歯に匹敵する透明性を有し、優れた審美性を発揮する歯科用修復材料に関するものであり、特に、直接法あるいは間接法により歯の欠損部分を補填修復する数種の色調からなる歯科用修復材料に係わる。

(イ)【0014】また、歯科充填用グラスポリアルケノエートセメントとしては、無機粉末にシリカ、アルミナ、フッ化カルシウム、氷晶石、フッ化ナトリウム、リン酸アルミニウムが、液剤にアクリル酸を主成分とする共重合体水溶液、酒石酸が、また重合性単量体として液剤中ににメタクリル酸2−ヒドロキシエチルと光触媒を含むものなどが挙げられる。尚、コントラスト比の調整に際しては、歯科用修復材料の光学的特性に影響を与える様々な因子、例えば各構成要素の屈折率、顔料、無機充填剤の形状、粒径、表面処理方法等の選択と適切な配合量の検討により達成される。
【0015】次に本発明の実施例を示す。
実施例1
平均粒径2ミクロンの合成バリウムガラス粉と平均粒径40mμの超微粒子シリカを100:6の割合で混合し、その後10重量%のγ−メタクリロキシプロピルトリメトキシシランで表面処理し、シラン処理充填剤を得た。また、2,2−ビス[4−(3−メタクリロキシ)−2−ヒドロキシプロポキシフェニル]プロパン(通称Bis−GMA)70重量部とトリエチレングリコールジメタクリレート30重量部を混合し、その後、光増感剤としてカンファーキノン0.4重量部と重合促進剤としてジメチルアミノエチルメタクリレート2.0重量部を添加混合し、単量体混合物を得、この単量体混合物に顔料として、ベンガラ(赤色)(黄色)、酸化鉄、酸化チタンを適宜添加し、12種の着色単量体混合物を得た。上記シラン処理充填剤と着色単量体混合物を混練し、粘稠なペーストとし、色調の異なる12種の歯科用修復材料を調整した。
【0016】尚、色調の調整にあたっては、ビタシェードのA系の4色(A2、A3、A3.5、A4)について、ビタシェードガイドを基準に目視で可及的に色相、明度及び彩度を合わせ、コントラスト比のみ異なるよう、各シェードごと3種類づつ調整した。

イ 以下、検討する。
本件特許の出願前に公開された乙1には、「コントラスト比の調整に際しては、歯科用修復材料の光学的特性に影響を与える様々な因子、例えば各構成要素の屈折率、顔料、無機充填剤の形状、粒径、表面処理方法等の選択と適切な配合量の検討により達成される。」(【0014】)と記載されており、各構成要素(無機粉末、重合性単量体等)の屈折率、顔料、無機充填剤の形状、粒径、表面処理方法等の選択と適切な配合量等の光学的特性に影響を与える様々な因子を検討することで、コントラスト比の調整を行うことができることが当業者の技術常識であったことを示している。
また、乙1には、「単量体混合物に顔料として、ベンガラ(赤色)(黄色)、酸化鉄、酸化チタンを適宜添加し、12種の着色単量体混合物を得た。上記シラン処理充填剤と着色単量体混合物を混練し、粘稠なペーストとし、色調の異なる12種の歯科用修復材料を調整した」(【0015】)こと、「色調の調整にあたっては、ビタシェードのA系の4色(A2、A3、A3.5、A4)について、ビタシェードガイドを基準に目視で可及的に色相、明度及び彩度を合わせ、コントラスト比のみ異なるよう、各シェードごと3種類づつ調整した」(【0016】)ことが記載されており、顔料等の不透明着色剤を添加し、目視で可及的に色相、明度及び彩度を合わせることによって、所望の色相、明度及び彩度を有し、コントラスト比のみ異なる色調を得ることも当業者の技術常識であったことを示している。

そうすると、本件明細書【0052】の各層の透明性(コントラスト比)の調整方法、【0065】〜【0071】のペースト状物の透明性(コントラスト比)と色調の調整方法の記載や、上記技術常識を踏まえれば、当業者であれば、本件各発明のコントラスト比及び色度の条件を満足する多層歯科切削加工用レジン材料を製造することができるといえるし、当業者に期待し得る程度を超える試行錯誤を強いるものとはいえない。

ウ したがって、本件各発明について、発明の詳細な説明の記載は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしているといえる。

第6 むすび
当審で通知した取消理由及び特許異議申立書に記載した申立理由によっては、本件請求項1〜9に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件請求項1〜9に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。

 
異議決定日 2022-05-11 
出願番号 P2016-229811
審決分類 P 1 651・ 113- Y (A61K)
P 1 651・ 536- Y (A61K)
P 1 651・ 121- Y (A61K)
最終処分 07   維持
特許庁審判長 藤原 浩子
特許庁審判官 田中 耕一郎
原田 隆興
登録日 2021-04-08 
登録番号 6865564
権利者 株式会社松風
発明の名称 多層歯科切削加工用レジン材料  
代理人 岸武 弘樹  
代理人 瀬沼 宗一郎  
代理人 加藤 竜太  

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