• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  C10M
審判 全部申し立て 2項進歩性  C10M
管理番号 1385216
総通号数
発行国 JP 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2022-06-24 
種別 異議の決定 
異議申立日 2021-12-20 
確定日 2022-03-18 
異議申立件数
事件の表示 特許第6889664号発明「樹脂用潤滑剤組成物及び樹脂の潤滑方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6889664号の請求項1ないし6に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6889664号の請求項1〜6に係る特許についての出願は、2017年(平成29年)1月23日(月)(優先権主張 平成28年1月22日 (JP)日本)を国際出願日とする出願であって、令和3年5月25日にその特許権の設定登録がされ、同年6月18日に特許掲載公報が発行された。その後、その特許に対し、同年12月20日に特許異議申立人塩谷由紀子(以下「特許異議申立人A」という。)及び居石美奈(以下「特許異議申立人B」という。)により特許異議の申立てがされたものである。

第2 本件発明
特許第6889664号の請求項1〜6に係る発明(以下「本件発明1」〜「本件発明6」という。)は、それぞれ、その特許請求の範囲の請求項1〜5に記載された事項により特定される以下のとおりのものである。
「【請求項1】
炭化水素油、
アミド結合とカルボキシル基を同一の化合物内に含むカルボン酸誘導体、及び
増ちょう剤
を含有する樹脂用グリース組成物(フッ素系樹脂に用いるものを除く)であって、
前記カルボン酸誘導体の合計の含有量が、グリース組成物全量基準で1〜20質量%である、前記樹脂用グリース組成物。
【請求項2】
カルボン酸誘導体が、次の一般式(1)又は一般式(2)で表される請求項1に記載の樹脂用グリース組成物。
R1−(C=O)−(N−R2)−A−(C=O)−OH ・・(1)
R1−(N−R2)−(C=O)−A−(C=O)−OH ・・(2)
(上記式中、R1は一価の炭化水素基であり、R2は水素または一価の炭化水素基であり、又Aは二価の炭化水素基であり、これらの炭化水素基は含酸素基を含んでもよい。)
【請求項3】
一般式(1)又は一般式(2)において、R1が炭素数4〜24のアルケニル基であり、R2が水素または炭素数1〜8のアルキル基であり、又Aが炭素数1〜8のアルキレン基である請求項2に記載の樹脂用グリース組成物。
【請求項4】
一般式(1)又は一般式(2)において、R1が炭素数4〜24のエステル結合を含む炭化水素基である請求項2に記載の樹脂用グリース組成物。
【請求項5】
ポリアミド樹脂及びポリオキシメチレン樹脂の少なくとも一方を含む樹脂の潤滑に用いられる請求項1〜4のいずれか一項に記載の樹脂用グリース組成物。
【請求項6】
炭化水素油、アミド結合とカルボキシル基を同一の化合物内に含むカルボン酸誘導体、及び増ちょう剤を含有するグリース組成物(フッ素系樹脂に用いるものを除く)を、樹脂の表面に介在させる樹脂の潤滑方法であって、
前記カルボン酸誘導体の合計の含有量が、グリース組成物全量基準で1〜20質量%である、前記潤滑方法。」

第3 申立理由の概要
1.特許異議申立人A
理由1(新規性)本件特許の請求項1、2、3、5、6に係る発明は、本件特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された甲第1号証に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明であって、特許法第29条第1項第3号に該当するから、上記の請求項に係る特許は、特許法第29条第1項の規定に違反してされたものであるから、同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。
理由2(進歩性)本件特許の請求項1〜6に係る発明は、本件特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された甲第1号証及び甲第2号証に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明並びに甲第3号証に記載された事項に基いて、本件特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、上記の請求項に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであるから、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。

甲第1号証:特開2003−246996号公報(以下、「引用文献1」という。)
甲第2号証:特開2002−129180号公報(以下、「引用文献2」という。)
甲第3号証:社団法人日本トライボロジー学会グリース研究会編、「潤滑グリースの基礎と応用」株式会社養賢堂、2008年9月25日、第2版発行、中表紙、目次、17頁〜19頁、奥付(以下、「引用文献3」という。)

2.特許異議申立人B
理由 (進歩性)本件特許の請求項1〜6に係る発明は、本件特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された甲第1号証及び甲第2号証に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明並びに甲第3号証〜甲第6号証に記載された事項に基いて、本件特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、上記の請求項に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであるから、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。

甲第1号証:特開2008−208199号公報(以下、「引用文献4」という。)
甲第2号証:特開2002−129180号公報(上記、「引用文献2」に同じ。)
甲第3号証:社団法人日本トライボロジー学会グリース研究会編、「潤滑グリースの基礎と応用」株式会社養賢堂、2008年9月25日、第2版発行、中表紙、目次、17頁〜19頁、奥付(上記、「引用文献3」に同じ。)
甲第4号証:国際公開第2013/147162号(以下、「引用文献5」という。)
甲第5号証:特開2015−183058号公報(以下、「引用文献6」という。)

第4 当審の判断
1 引用文献について

引用文献1:特開2003−246996号公報
引用文献2:特開2002−129180号公報
引用文献3:社団法人日本トライボロジー学会グリース研究会編、「潤滑グリースの基礎と応用」株式会社養賢堂、2008年9月25日、第2版発行、中表紙、目次、17頁〜19頁、奥付
引用文献4:特開2008−208199号公報
引用文献5:国際公開第2013/147162号
引用文献6:特開2015−183058号公報

2 引用文献の記載について
(1)引用文献1
1a「【請求項1】 基油および増稠剤を主成分とするグリースにおいて、サルコシン誘導体防錆剤、炭素、酸素、水素の3原子のみから構成されるフェノール系酸化防止剤のいずれか一方またはこれら両者を添加したことを特徴とするグリース組成物。
【請求項2】 潤滑剤として樹脂-樹脂間または樹脂-金属間の接触個所に適用される請求項1記載のグリース組成物。」
1b「【0005】
【発明が解決しようとする課題】本発明の目的は、樹脂成形品、樹脂層等の形態で用いられる樹脂と樹脂または樹脂と金属とが接触する界面に潤滑作用を付与するためのグリース組成物であって、樹脂に応力割れなどを生ぜしめないものを提供することにある。」
1c「【0013】以上の各成分は、まず基油と増稠剤とがNLGI稠度が000〜6番になるように調整された後、酸化防止剤、防錆剤のいずれか一方またはこれら両者が、これらを含有する組成物中酸化防止剤が約0.1〜10重量%、好ましくは約0.5〜5重量%、また防錆剤が約0.01〜5重量%、好ましくは約0.1〜1重量%となるような割合で用いられる。これ以下の使用割合では、酸化防止効果または防錆効果に乏しくなり、一方これ以上の割合で用いられると、本発明の目的とする樹脂材に対して応力割れを起こすことなく酸化防止効果または防錆効果を向上させることができず、またグリースの潤滑特性に悪影響を及ぼすおそれがある。
【0014】このように構成される本発明のグリース組成物は、すべての汎用プラスチック、エンジニアリングプラスチック、例えばポリアミド、ポリアセタール、ポリカーボネート、ポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート、ポリブチレンナフタレート、ポリフェニレンエーテル、ポリフェニレンサルファイド、フッ素樹脂、ポリアリレート、ポリアミドイミド、ポリエーテルイミド、ポリエーテルエーテルケトン、ポリサルホン、ポリエーテルサルホン、ポリイミド、ポリスチレン、ポリエチレン、ポリプロピレン、フェノール樹脂、AS樹脂、ABS樹脂、AES樹脂、AAS樹脂、ACS樹脂、MBS樹脂、ポリ塩化ビニル樹脂、エポキシ樹脂、ジアリルフタレート樹脂、ポリエステル樹脂、メタクリル樹脂、ABS/ポリカーボネートアロイ等に適用される。」
1d「【0017】
【実施例】次に、実施例について本発明の効果を説明する。
【0018】実施例および比較例
(基油) A-1:ポリ-α-オレフィン(動粘度20mm2/秒、40℃)
A-2:ポリ-α-オレフィン(動粘度400mm2/秒、40℃)
A-3:エチレン-α-オレフィン共重合体(動粘度2000mm2/秒、40℃)
(増稠剤) B-1:Li石けん
B-2:N,N″-(2-メチル-1,3-フェニレン)ビス(N′-フェニルウレア)
(酸化防止剤) C-1:1,1,3-トリス(2-メチル-4-ヒドロキシ-5-第3ブチルフェニル)ブタン
C-2:1,3,5-トリメチル-2,4,6-トリス(3,5-ジ第3ブチル-4-ヒドロキシベンジル)ベンゼン
C-3:1,3,5-トリス(3,5-ジ第3ブチル-4-ヒドロキシベンジル)-1,3,5-トリアジン-2,4,6-(1H,3H,5H)-トリオン
(防錆剤) D-1:(Z)-N-メチル-N-(1-オキソ-9-オクタデセニル)グリシン
D-2:アルキル(C12〜C18)ジメチルベンジルグリシン
D-3:2-(2-ヘプタデック-8-エチル-2-イミダゾリン-1-イル)エタノール
【0019】グリース組成物の調製に際しては、基油(組成物中95.5重量%以下)と増稠剤(同3〜10重量%)の配合を調整し、NLGI稠度番号が1番となるようにした。また、酸化防止剤と防錆剤のいずれか一方または両方を用いる場合に、酸化防止剤は組成物中1重量%、防錆剤は組成物中0.5重量%になるような割合で用いられた。
【0020】このグリース組成物を、6-ナイロン、66-ナイロン、ポリアセタール、ポリプロピレン、ポリカーボネート、ABS樹脂およびABS/ポリカーボネートの各種成形樹脂材(25×100×2.0mm)の中央部に塗布し、この中央部が試験片両末端を結ぶ線に対して6mm高くなるように応力を加えて試験片を湾曲させ、この状態を保ったまま70℃の恒温槽中に72時間放置し、試験終了時における外観状態を観察して、すべての樹脂材に影響が認められなかった場合を〇、1つでも悪影響(ひび、割れなど)が認められた場合を×として評価した。また、酸化安定度試験(JIS K2220.5.8準拠)および防錆性試験(DIN 51802準拠、Emcor試験機使用)を行ない、酸化安定度については、試験前に測定容器に充填した酸素ガスについて試験終了時における酸素圧の減少値を測定し、防錆性試験では、腐食なしを防錆性0、腐食ありを防錆性3と評価した。
【0021】酸化防止剤、防錆剤の一方またはこれらを無添加の場合の測定および評価結果を、次の表1〜2に示す。なお、例1〜12および例25〜36は実施例であり、例13〜24および例37〜48は比較例である。
・・・
表2
例基油増稠剤防錆剤樹脂割れ試験防錆性試験
25 A-1 B-1 D-1 〇 0
26 〃 〃 D-2 〇 〃
27 〃 B-2 D-1 〇 〃
28 〃 〃 D-2 〇 〃
29 A-2 B-1 D-1 〇 〃
30 〃 〃 D-2 〇 〃
31 〃 B-2 D-1 〇 〃
32 〃 〃 D-2 〇 〃
33 A-3 B-1 D-1 〇 〃
34 〃 〃 D-2 〇 〃
35 〃 B-2 D-1 〇 〃
36 〃 〃 D-2 〇 〃
37 A-1 B-1 - 〇 3
38 〃 〃 D-3 × 0
39 〃 B-2 - 〇 3
40 〃 〃 D-3 × 0
41 A-2 B-1 - 〇 3
42 〃 〃 D-3 × 0
43 〃 B-2 - 〇 3
44 〃 〃 D-3 × 0
45 A-3 B-1 - 〇 3
46 〃 〃 D-3 × 0
47 〃 B-2 - 〇 3
48 〃 〃 D-3 × 0」

(2)引用文献2
2a「【請求項1】 鉱油、油脂および合成油の中から選ばれる少なくとも1種を基油とし、
(A)フェノール系酸化防止剤及び/又はアミン系酸化防止剤を0.01〜5質量%、
(B)リン系化合物及び/又は硫黄系化合物を0.01〜10質量%、および
(C)下記一般式(1)〜(3)の中から選ばれる少なくとも1種の化合物を0.001〜5質量%含有し、かつ、ジチオリン酸亜鉛を実質的に含有しないことを特徴とする油圧作動油組成物。
R1−CO−NR2−(CH2)n−COOX (1)
(式中、R1は炭素数6〜30のアルキル基又は炭素数6〜30のアルケニル基、R2は炭素数1〜4のアルキル基、Xは水素、炭素数1〜30のアルキル基又は炭素数1〜30のアルケニル基、nは1〜4の整数を示す。)
[R1−CO−NR2−(CH2)n−COO]mY (2)
(式中、R1は炭素数6〜30のアルキル基又は炭素数6〜30のアルケニル基、R2は炭素数1〜4のアルキル基、Yはアルカリ金属又はアルカリ土類金属、nは1〜4の整数、mはYがアルカリ金属の場合は1、アルカリ土類金属の場合は2を示す。)
[R1−CO−NR2−(CH2)n−COO]m−Z−(OH)m' (3)
(式中、R1は炭素数6〜30のアルキル基又は炭素数6〜30のアルケニル基、R2は炭素数1〜4のアルキル基、Zは2価以上の多価アルコールの水酸基を除いた残基、mは1以上の整数、m’は0以上の整数、m+m’はZの価数、nは1〜4の整数を示す。)」
2b「【0003】
【発明が解決しようとする課題】本発明は、耐スラッジ性および摩擦特性に優れ、長期間使用しても摩擦特性の低下が見られない油圧作動油組成物を提供することを目的とする。」
2c「【0055】本発明の油圧作動油組成物における(C)成分の含有量の上限値は、組成物全量基準で5質量%、好ましくは2質量%、より好ましくは1質量%である。含有量が5質量%を越えた場合、含有量に見合うだけの摩擦特性のさらなる向上はみられず、貯蔵安定性が低下することから好ましくない。一方、(C)成分の含有量の下限値は、組成物全量基準で0.001質量%、好ましくは0.003質量%、さらに好ましくは0.005質量%である。(C)成分の含有量が0.001質量%に満たない場合は、摩擦特性の向上効果がみられないため好ましくない。」
2d「【0067】
【実施例】以下、実施例及び比較例により本発明の内容をさらに具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に何ら限定されるものではない。
【0068】[実施例1〜6及び比較例1〜8]表1に示す組成により本発明に係る油圧作動油組成物を調製した(実施例1〜6)。また、表2に示す組成により比較のための組成物を調製した(比較例1〜8)。なお、実施例及び比較例で用いた各成分は以下の通りである。
基油
水素化精製パラフィン系鉱油
(動粘度46mm2/s(@40℃)、粘度指数102、流動点−12.5℃)(A)成分
A1:2,6−ジ−tert−ブチル−p−クレゾール
A2:4−ブチル−4’−オクチルジフェニルアミン
(B)成分
B1:トリクレジルホスフェート
B2:ジオクチルホスフェート
(C)成分
C1:N−オレオイルサルコシン
C2:N−オレオイルサルコシンのメチルエステル化物
(D)成分
D1:オレイン酸
D2:ノニルフェノキシ酢酸
【0069】これらの実施例と比較例の組成物に対して、以下に示す試験方法によりその耐スラッジ性、摩擦特性を評価した。結果を表1及び表2に示す。
耐スラッジ性:熱安定度試験
JIS K 2540 に規定する「潤滑油熱安定度試験方法」に準じ、容量50mlのビーカーに試料油を45g採取し、その中に銅及び鉄触媒を入れ、140℃の空気恒温層に480時間放置後、試料油中のスラッジ量を測定した。生成スラッジ量は、試験後の潤滑油をn−ヘキサンで希釈し、0.8μmのメンブランフィルターにてろ過し、捕集物重量を測定することにより求めた。なお、銅及び鉄触媒はタービン油酸化安定度試験(JIS K 2514)に使用する触媒を8巻(長さ約3.5cm)に切断したものを利用した。
摩擦特性:ボールオンディスク摩擦試験
Optimol社製SRV試験機を使用し、1/2インチSUJ2鋼球およびSUJ2ディスク(φ10mm)間の摩擦係数を測定した。試験条件は、荷重200N、振幅1.5mm、周波数50Hzとした。試験開始15分後の摩擦係数を測定した。
【0070】
【表1】



(3)引用文献3
3a「2.1.3 添加剤の種類と特徴
グリースの添加剤は潤滑油で用いられるものとほぼ同じものが用いられている.添加剤についての詳細は,多くの成書などにまとめられている1〜4) .グリースに使用される添加剤の種類と代表的な化合物を表2.3に示す.
・・・
グリース潤滑は,増ちょう剤に保持された油分が分離し,潤滑面で油膜を形成し,潤滑性を維持している.流体潤滑条件下では,基油のみの油膜で十分であるが,使用条件が厳しくなり,混合潤滑や境界潤滑条件になると,潤滑性向上のために油性剤,極圧剤,摩耗防止剤および固体潤滑剤などが添加されたグリースが使用される.」(第17ページ第15行〜第19ページ第12行)

(4)引用文献4
4a「【請求項1】
増ちょう剤と基油を含み、添加剤としてカルボン酸アマイド系ワックスを含有する樹脂潤滑用グリース組成物。
【請求項2】
カルボン酸アマイド系ワックスが下記一般式(1)で示されることを特徴とする請求項1記載の樹脂潤滑用グリース組成物。
RCONH2 (1)
(式中、Rは炭素数11〜21のアルキル基および/またはアルケニル基を表す。)」
4b「【0005】
本発明の目的は、低い摩擦係数を示し、かつ樹脂ギア寿命を大幅に延命させることができる樹脂潤滑用グリース組成物を提供することである。
本発明の他の目的は上記グリース組成物を封入した減速装置を提供することである。」
4c「【0014】
電動パワーステアリングの減速機構は鋼製のウォームギアと樹脂製のホイールから構成されており、ホイールの樹脂としては一般的にはポリアミド樹脂(ナイロン)が使用されているが、本発明のグリース組成物により潤滑される樹脂の種類は、特にポリアミド樹脂(ナイロン)に限定されるものではない。このような潤滑機構部品としては他にワイパーモーター用減速機やドアロック用アクチュエーター、パワーウインドモーター等があり樹
脂材にはエンジニアリングプラスチックが使用されている。例えば、ポリアセタール樹脂、ポリアミドイミド樹脂、ポリブチレンテレフタレート樹脂、ポリエーテルエーテルケトン樹脂、ポリフェニレンサルファイド樹脂、ポリエーテルイミド樹脂などであるが、本発明のグリース組成物はそれらのエンジニアリングプラスチックに対しても有効である。」
4d「【0016】
実施例1〜9および比較例1〜7
下記の表1および表2に示す処方のグリース組成物を以下に示すように調製し、ちょう度及び摩擦係数を測定した。比較例6および7は市場実績グリース(電動パワーステアリングギア用)である。
使用した増ちょう剤は以下のとおりである。
【0017】
[ジウレア]
イソシアネート(MDI)57.5gを基油(PAO)425gに混合して80℃で完全溶解させた。別容器にアミン92.5g(オクチルアミンとオクタデシルアミンをモル比5:5で混合)を基油(PAO)425gに混合して80℃で完全溶解させたのち、イソシアネート/基油溶解物と80℃で1時間攪拌し、反応させた。その後165℃まで昇温した後、攪拌しながら冷却したものをベースグリースとした。(増ちょう剤量15%)
【0018】
各ベースグリースに実施例、比較例に示す配合で添加剤および基油を加えて三本ロールミルでちょう度No.2グレードに調整した。(増ちょう剤量10.0%)
【0019】
[Liヒドロキシステアレート]
基油に対し、(1)ヒマシ硬化油を80℃で完全溶解させる。別容器に(2)水酸化リチウムを80℃の純水で完全溶解させ、(1)と(2)を加え反応させ、よく攪拌した。その後230℃まで昇温し、攪拌しながら100℃以下まで冷却し、これをベースグリースとした。(増ちょう剤量18%)
【0020】
各ベースグリースに実施例、比較例に示す配合で添加剤および基油を加えて三本ロールミルでちょう度No.2グレードに調整した。(増ちょう剤量9.0%)
【0021】
[基油]
ポリαオレフィン油(PAO):8.0mm2/s @100℃
エステル(ジ−2エチルヘキシルセバケート):3.2 mm2/s @100℃
【0022】
[酸化防止剤]
ジフェニルアミン 2.0%
【0023】
[防錆剤]
Caスルホネート 0.5%
【0024】
[添加剤]
A…カルボン酸アマイド系ワックス
A1…パルミチン酸アマイド
A2…ステアリン酸アマイド
A3…パルミチン酸アマイドとステアリン酸アマイドの1:1(質量比)混合物
B… モンタン酸ワックス
C… ポリエチレンワックス
D… 酸化ポリエチレンワックス
E… ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)
F… ステアリン酸リチウム(Li−st)
G… シリコーン油
【0025】
[評価試験方法]
摩擦係数μ(室温)の測定
Falex αモデル試験(図1参照)
図1においてPは荷重、nは回転数を示す。
試験概略
図1に示すリングとブロックとの組み合わせで、リング表面に試料グリースを塗布し、規定荷重で規定時間回転させたときの動摩擦係数を測定する。
試験条件
試 験 片 : リング S−10(ASTM指定品) (HRC 58-63,RMS 0.15-0.30μm)
ブロック 66ナイロン(ガラス繊維25%配合品)
回 転 数 : 37rpm(リング径:35mm,周速:68mm/s)
荷 重 : 9.8N
測定温度 : 25℃
試験時間 : 5min

【0026】
【表1】

・・・
[合否判定]
摩擦係数μ(室温) ○:0.050以下 △:0.050超0.053未満 ×:0.053以上
【0028】
カルボン酸アマイド系ワックスを含む実施例1〜9のグリースはすべて摩擦係数が低いのに対してこれを含まない比較例1〜7のグリースは摩擦係数が高い。」

(5)引用文献5
5a「[請求項1]
(A)100℃における動粘度が5mm2/s以下であり、%CPが90以上である鉱油系基油と、
(B)重量平均分子量が15,000以下のポリマーと
を含んでなる、潤滑油組成物。
・・・
[請求項4]
さらに(D)アミド系摩擦調整剤を含む、
請求項1〜3のいずれか一項に記載の潤滑油組成物。」
5b「[0093]
<実施例6〜12>
表2に示されるように、本発明の潤滑油組成物(実施例6〜12)をそれぞれ調製した。
[0094]
[表2]

・・・
[0098]
以上の結果から、(D)成分を含有させる形態の本発明の潤滑油組成物によれば、摩擦係数をさらに低減し、省燃費性を一層向上させることが可能であることが示された。」

(6)引用文献6
6a「【請求項1】
飽和分が70質量%以上、及び粘度指数が90以上、160以下の潤滑油基油と、
(A)(A−1)スターポリマー及び(A−2)重量平均分子量が200,000以上、400,000以下の窒素含有基を有するポリマーと、
(B)アミド化合物、イミド化合物、又は両化合物の混合物と、を含む、
エンジン油組成物。」
6b「【0051】
本発明のエンジン油組成物は、摩擦調整剤として(B)成分を含有し、具体的にはアミド化合物が好ましく、脂肪酸アミドがより好ましい。イミド化合物、又は両化合物の混合物を含有してもよく、イミド化合物は脂肪酸イミドであることが好ましい。また、直鎖脂肪酸由来のものがより好ましい。
・・・
【0056】
またさらには、アミド化合物の他の形態として、水酸基、カルボン酸基、又はこの両官能基を、同一分子内に有するアミド化合物を挙げることができる。例えば、炭素数10〜30のアルキル基又はアルケニル基を有する脂肪酸やその酸塩化物と、水酸基を有する炭素数1〜30のアミン化合物とを反応させて得られる水酸基含有脂肪酸アミド等が挙げられる。
これらの中で、下記式(4)で表される化合物が好ましい。
【0057】
【化4】

【0058】
式(4)において、R6は炭素数1〜30の炭化水素基であり、好ましくは炭素数10〜30の炭化水素基、より好ましくは炭素数12〜24のアルキル基又はアルケニル基、特に好ましくは炭素数12〜20のアルケニル基である。R7は、炭素数1〜30の炭化水素基又は水素であり、炭化水素基の場合は、好ましくは炭素数1〜10の炭化水素基、より好ましくは炭素数1〜4の炭化水素基であるが、特に好ましくは水素である。R8は炭素数1〜10の炭化水素基、より好ましくは炭素数1〜4の炭化水素基、さらに好ましくは炭素数1〜2、最も好ましくは炭素数1の炭化水素基である。
【0059】
式(4)で表される化合物は、例えば、ヒドロキシ酸と脂肪族アミンの反応により合成することができる。ヒロドキシ酸のうち脂肪族ヒドロキシ酸が好ましく、さらに直鎖状脂肪族α−ヒドロキシ酸が好ましい。特に、α−ヒドロキシ酸の中でもグリコール酸が好ましい。
その他、好ましい具体例として、N−オレオイルサルコシン等が挙げられる。」
6c「【0106】
(実施例1)
以下に示す成分を使用し、表1に示す配合組成(質量部)の実施例1に係るエンジン油組成物を調製した。この実施例1のエンジン油組成物について、上記1.高温高剪断粘度、及び2.耐摩耗性を評価した。評価結果を表1に示す。
(1)潤滑油基油:基油A;水素化分解、接触脱ろう基油。詳細は、表1の欄外に示す。
(2−1)(A−1):VM−A;SV261(インフィニアム社製);Mw 430,000、PSSI 25
(2−2)(A−2):VM−B;窒素含有基を有するポリメタクリレート、Mw260,000、PSSI 50、窒素含有量0.1質量%
(3−1)(B):オレイルアミド
(4)金属系清浄剤及び酸化防止剤:表2に示す成分を有する組成物(以下、パッケージ添加剤と称する)。なお、表2に示す各成分の含有量は、(1)のエンジン油組成物全量を100質量部としたときの質量部である。
【0107】
(実施例2〜5)
基油と各添加剤を表1及び表2に示す配合量で配合し、各実施例のエンジン油組成物を調製した。各エンジン油組成物について、実施例1と同様、上記1.高温高剪断粘度、及び2.耐摩耗性を評価した。評価結果を表1に示す。
また、ここで、上記した成分以外の成分は次の通りである。
(1)潤滑油基油:基油B;水素化分解、接触脱ろう基油。詳細は、表1の欄外に示す。
(5)流動点降下剤(PPD):ポリメタクリレート、重量平均分子量55,800
【0108】
(比較例1〜9)
基油と各添加剤を表1及び表2に示す配合量で配合し、各比較例のエンジン油組成物を調製した。各エンジン油組成物について、実施例1と同様、上記1.高温高剪断粘度、及び2.耐摩耗性を評価した。評価結果を表1に示す。
なお、比較例1〜8は省燃費性を優先させて、高温高剪断粘度を設定したものであり、各実施例とほぼ同等の高温高剪断粘度特性となっている。一方、比較例9は、耐摩耗性を優先して設定したもので、実施例及び他の比較例より高い高温高剪断粘度となっており、特に1×107/sでの粘度が5.5mPa・sを大きく超えている。
また、ここで、上記した成分以外の成分は次の通りである。
(2−3)(A)成分以外の粘度指数向上剤:
VM−C;窒素含有基を有するポリメタクリレート、Mw100,000、PSSI 5、窒素含有量0.2質量%
VM−D;ポリメタクリレート、Mw430,000、PSSI 5
VM−E; ポリメタクリレート、Mw450,000、PSSI 5
VM−F;ポリメタクリレート、Mw380,000、PSSI 25
(3−2)(B)成分以外の摩擦調整剤:オレイルアミン又はグリセリンモノオレート(旭電化工業株式会社製のアデカキクルーブ FM210)を使用した。
【0109】
【表1】



3 引用文献に記載された発明
(1)引用文献1に記載された発明
引用文献1に記載のグリース組成物は樹脂−樹脂間の接触箇所に適用するものであり(摘記1a参照)、実際に、6-ナイロン、66-ナイロン、ポリアセタール、ポリプロピレン、ポリカーボネート、ABS樹脂およびABS/ポリカーボネートの各種成形樹脂材(25×100×2.0mm)の中央部に塗布しているから(摘記1d参照)、例25に着目すると、引用文献1には「基油としてA-1:ポリ-α-オレフィン(動粘度20mm2/秒、40℃)、増稠剤としてB-1:Li石けん、酸化防止剤としてC-1:1,1,3-トリス(2-メチル-4-ヒドロキシ-5-第3ブチルフェニル)ブタン及び防錆剤としてD-1:(Z)-N-メチル-N-(1-オキソ-9-オクタデセニル)グリシンを0.5重量%からなる樹脂−樹脂間の接触箇所に適用するグリース組成物。」の発明(以下、「引用発明1」という。)が記載されているといえる。

(2)引用文献4に記載された発明
引用文献4の請求項1、請求項2及び実施例1に着目すると、引用文献4には「増ちょう剤として、イソシアネート(MDI)57.5gを基油(PAO)425gに混合して80℃で完全溶解させ、別容器にアミン92.5g(オクチルアミンとオクタデシルアミンをモル比5:5で混合)を基油(PAO)425gに混合して80℃で完全溶解させたのち、イソシアネート/基油溶解物と80℃で1時間攪拌し、反応させ、その後165℃まで昇温した後、攪拌しながら冷却したものをベースグリースとしたジウレアを10.0wt%、基油としてポリαオレフィン油(PAO):8.0mm2/s @100℃を82.5wt%、添加剤としてA…カルボン酸アマイド系ワックスであるA1…パルミチン酸アマイドを5.0wt%、酸化防止剤としてジフェニルアミンを2.0wt%及び防錆剤としてCaスルホネートを0.5wt%からなる樹脂潤滑用グリース組成物。」の発明(以下、「引用発明2」という。)が記載されているといえる(摘記2a、2d参照)。

4 対比・判断
(1)特許異議申立人Aの甲第1号証である引用文献1を主たる引用例とする場合
ア 本件特許発明1
(ア)引用発明1との対比
本件特許発明1と引用発明1を対比する。
引用発明1の「基油」及び「防錆剤としてD-1:(Z)-N-メチル-N-(1-オキソ-9-オクタデセニル)グリシン」は、それぞれ、本件特許発明1の「炭化水素油」及び「アミド結合とカルボキシル基を同一の化合物内に含むカルボン酸誘導体」に相当する。
引用発明1の「樹脂−樹脂間の接触箇所に適用するグリース組成物」は、フッ素系樹脂に用いるものものではないから(摘記1c、1d参照)、本件特許発明1の「樹脂用グリース組成物(フッ素系樹脂に用いるものを除く)」に相当する。
そうすると、本件特許発明1と引用発明1は「炭化水素油、
アミド結合とカルボキシル基を同一の化合物内に含むカルボン酸誘導体、及び
増ちょう剤
を含有する樹脂用グリース組成物(フッ素系樹脂に用いるものを除く)」である点で一致し、以下の点で相違する。

<相違点1>
カルボン酸誘導体の合計の含有量が、本件特許発明1ではグリース組成物全量基準で1〜20質量%であるのに対し、引用発明1では0.5重量%である点。

(イ)<相違点1>についての検討
<相違点1>は実質的な相違点である。
引用文献1には、その一般記載において、「防錆剤が約0.01〜5重量%、好ましくは約0.1〜1重量%となるような割合で用いられる。これ以下の使用割合では、酸化防止効果または防錆効果に乏しくなり、一方これ以上の割合で用いられると、本発明の目的とする樹脂材に対して応力割れを起こすことなく酸化防止効果または防錆効果を向上させることができず、またグリースの潤滑特性に悪影響を及ぼすおそれがある」ことが記載されている(摘記1cの【0013】参照)。
しかしながら、引用発明1は、防錆剤が0.5重量%になるような割合で用いられたものあるところ、その防錆性試験の結果は、腐食なしの防錆性0として良好な防錆性を示しており、さらに防錆効果を向上させる必要は認められないから、引用発明1において、防錆剤を0.5重量%より多くし、グリース組成物全量基準で1〜20質量%とする動機付けがあるとはいえない。
さらに、本件特許明細書【0013】に記載されるとおり、本件特許発明1のカルボン酸誘導体は、アミド結合とカルボキシル基の2つの極性サイトが樹脂表面に水素結合によって強固に化学吸着し、油性効果を向上させて、摩擦係数を低減させているものと推測できるものであり、引用発明1において、油性効果を向上させて、摩擦係数を低減させるために、本件特許発明1の「カルボン酸誘導体に相当する防錆剤を、グリース組成物全量基準で1〜20質量%とする動機付けもあるとはいえない。
また、引用文献3の記載から、グリースの添加剤は潤滑油で用いられるものとほぼ同じものが用いられていることが周知の事項であることがわかる(摘記3a参照)。
そして、引用文献2には、耐スラッジ性に優れ、長期間使用しても摩擦特性の低下が見られない油圧作動油組成物を提供することを目的として、N−オレオイルサルコシンを配合することにより、摩擦係数が低下した油圧作動油組成物が、記載されて(摘記2a、2b、2d参照)、その含有量は組成物全量基準で5質量%程度までであることが記載されている(摘記2c参照)。
しかしながら、グリースの添加剤が潤滑油でも用いられるとしても、グリースの添加剤が油圧作動油でも用いられるとはいえないから、引用発明1のグリース組成物において、油圧作動油組成物の摩擦係数が低下するN−オレオイルサルコシンを5質量%にまで増やす動機付けがあるとはいえない。
したがって、引用発明1において、カルボン酸誘導体の合計の含有量が、本件特許発明1ではグリース組成物全量基準で1〜20質量%とする動機付けは見いだすことはできない。

(ウ)本件特許発明1の効果について
本件特許発明の実施例の記載からみて、本件特許発明1の樹脂用グリース組成物が、樹脂の潤滑において摩擦係数を低減することが可能となり、耐摩耗性が優れるとともに、耐スティックスリップ性にも優れ、長期間にわたり高い信頼性が可能となるという優れた潤滑性を達成できるという優れた効果を奏するといえるから、本件特許発明1が、引用発明1と比較して、優れた効果を奏するといえる。

(エ)小括
以上のとおり、本件特許発明1は、引用文献1に記載された発明ではなく、引用発明1及び引用文献2に記載された発明並びに引用文献3に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるとすることはできない。

イ 本件特許発明2〜5について
本件特許発明2〜5は、本件特許発明1を直接的又は間接的に引用してさらに限定するものであり、上記本件特許発明1と引用発明1との<相違点1>と同じ相違点を有するものであって、<相違点1>については上記ア(イ)及び(ウ)で検討したとおりであるから、本件特許発明2〜5は、引用文献1に記載された発明ではなく、引用発明1及び引用文献2に記載された発明並びに引用文献3に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるとすることはできない。

ウ 本件発明6について
(ア)引用発明1’ 引用文献1には、「引用発明1を樹脂の表面に介在させる樹脂の潤滑方法」の発明(以下「引用発明1’」という。)が記載されていると認められる。
(イ)対比及び判断
本件特許発明6と引用発明1’とを対比すると、前記ア(ア)における本件特許発明1と引用発明1との<相違点1>が、相違点となる。
そうすると、前記ア(イ)〜(ウ)における検討と同様に、相違点1は、実質的な相違点であり、当業者が容易に想到しうる事項でもない。
したがって、本件特許発明6は、引用発明1’及び引用文献2に記載された発明並びに引用文献3に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるとすることはできない。

(2)特許異議申立人Bの甲第1号証である引用文献4を主たる引用例とする場合
ア 本件特許発明1
(ア)引用発明2との対比
引用発明2の「基油としてポリαオレフィン油(PAO):8.0mm2/s @100℃」は、本件特許発明1の「炭化水素油」に相当する。
引用発明2の「樹脂潤滑用グリース組成物」は、フッ素系樹脂に用いるものものではないから(摘記2c、2d参照)、本件特許発明1の「樹脂用グリース組成物(フッ素系樹脂に用いるものを除く)」に相当する。
そうすると、本件特許発明1と引用発明2は「炭化水素油、
及び
増ちょう剤
を含有する樹脂用グリース組成物(フッ素系樹脂に用いるものを除く)。」である点で一致し、以下の点で相違する。

<相違点2>
本件特許発明1はアミド結合とカルボキシル基を同一の化合物内に含むカルボン酸誘導体を含み、前記カルボン酸誘導体の合計の含有量が、グリース組成物全量基準で1〜20質量%であるのに対し、引用発明2では添加剤としてA…カルボン酸アマイド系ワックスであるA1…パルミチン酸アマイドを5.0wt%含む点。

(イ)<相違点2>についての検討
引用文献3の記載から、グリースの添加剤は潤滑油で用いられるものとほぼ同じものが用いられていることが周知の事項であることがわかる(摘記3a参照)。
ここで、引用文献5の記載から、引用発明2のグリース組成物におけるパルミチン酸アミドと同様にカルボン酸アマイド系ワックス(脂肪酸アミド)潤滑油組成物である、アミド系摩擦調整剤であるオレイルアミドは、グリース組成物におけるカルボン酸アマイド系ワックス(脂肪酸アミド)と同様、摩擦係数低減という効果を奏していることがわかる(摘記5a、5b参照)。
また、引用文献6の記載から、引用発明2のグリース組成物におけるパルミチン酸アミドと同様にカルボン酸アマイド系ワックス(脂肪酸アミド)潤滑油組成物である、摩擦調整剤であるオレイルアミドは、摩耗痕径から耐摩耗性を評価しているものではあるが、摩耗痕の径の縮小は、摩擦係数が低下していることに基づくものであり、この場合もアミド化合物を用いることにより、グリース組成物におけるカルボン酸アマイド系ワックス(脂肪酸アミド)と同様に、摩擦係数の低下という効果を奏していることがわかり(摘記6b、6c参照)、アミド化合物としてN−オレオイルサルコシンも挙げられている(摘記6b参照)。
そして、引用文献2には、耐スラッジ性に優れ、長期間使用しても摩擦特性の低下が見られない油圧作動油組成物を提供することを目的として、N−オレオイルサルコシンを配合することにより、摩擦係数が低下した油圧作動油組成物が、記載されており(摘記2a、2b、2d参照)、その含有量は組成物全量基準で5質量%程度までであることが記載されている(摘記2c参照)。
ここで、引用発明2も低い摩擦係数を示し、かつ樹脂ギア寿命を大幅に延命させることができる樹脂潤活用グリース組成物を得ることを目的としたものである。
しかし、グリースの添加剤は潤滑油で用いられるものとほぼ同じものが用いられていることが周知の事項であり、アミド系摩擦調整剤であるオレイルアミドは、グリース組成物におけるカルボン酸アマイド系ワックス(脂肪酸アミド)と同様、摩擦係数低減という効果を奏していることがわかり、アミド化合物を用いることにより、グリース組成物におけるカルボン酸アマイド系ワックス(脂肪酸アミド)と同様に、摩擦係数の低下という効果を奏していることがわかり、アミド化合物としてN−オレイルサアルコシンも挙げられているとしても、引用発明2のグリース組成物において、添加剤としてA…カルボン酸アマイド系ワックスであるA1…パルミチン酸アマイドに代えて、その分子中にアミド結合だけでなくカルボキシル基を有するN−オレオイルサルコシンを採用した場合に、含有量をどの程度とするかは予測性がない。
また、本件特許明細書【0013】に記載されるとおり、本件特許発明1のカルボン酸誘導体は、アミド結合とカルボキシル基の2つの極性サイトが樹脂表面に水素結合によって強固に化学吸着し、油性効果を向上させて、摩擦係数を低減させているものと推測できるものであり、引用発明2において、油性効果を向上させて、摩擦係数を低減させるために、本件特許発明2において、添加剤としてA…カルボン酸アマイド系ワックスであるA1…パルミチン酸アマイドに代えて、油圧作動油組成物の摩擦係数が低下するN−オレオイルサルコシンを採用する動機付けがあるとはいえない。
したがって、引用発明2において、アミド結合とカルボキシル基を同一の化合物内に含むカルボン酸誘導体を含み、前記カルボン酸誘導体の合計の含有量が、グリース組成物全量基準で1〜20質量%である動機付けは見いだすことはできない。

(ウ)本件特許発明1の効果について
上記(1)ア(ウ)のとおり、本件特許発明1が、引用発明2と比較して、優れた効果を奏するといえる。

(エ)小括
以上のとおり、本件特許発明1は、引用発明2及び引用文献2に記載された発明並びに引用文献3〜引用文献6に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるとすることはできない。

イ 本件特許発明2〜5について
本件特許発明2〜5は、本件特許発明1を直接的又は間接的に引用してさらに限定するものであり、上記本件特許発明1と引用発明2との<相違点2>と同じ相違点を有するものであって、<相違点2>については上記ア(イ)及び(ウ)で検討したとおりであるから、本件特許発明2〜5は、引用発明2及び引用文献2に記載された発明並びに引用文献3〜引用文献6に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるとすることはできない。

ウ 本件特許発明6について
(ア)引用発明2’
引用文献4には、「引用発明2を樹脂の表面に介在させる樹脂の潤滑方法」の発明(以下「引用発明2’」という。)が記載されていると認められる。
(イ)対比及び判断
本件特許発明6と引用発明2’とを対比すると、前記ア(ア)における本件特許発明1と引用発明2との<相違点2>が、相違点となる。
そうすると、前記ア(イ)〜(ウ)における検討と同様に、相違点1は、当業者が容易に想到しうる事項ではない。
したがって、本件特許発明6は、引用発明2及び引用文献2に記載された発明並びに引用文献3〜引用文献6に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるとすることはできない。

第5 むすび
以上のとおりであるから、特許異議申立人A及び特許異議申立人Bによる特許異議申立書に記載した特許異議申立理由によっては、本件請求項1〜6に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件請求項1〜6に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する
 
異議決定日 2022-03-09 
出願番号 P2017-562940
審決分類 P 1 651・ 113- Y (C10M)
P 1 651・ 121- Y (C10M)
最終処分 07   維持
特許庁審判長 亀ヶ谷 明久
特許庁審判官 瀬下 浩一
門前 浩一
登録日 2021-05-25 
登録番号 6889664
権利者 ENEOS株式会社
発明の名称 樹脂用潤滑剤組成物及び樹脂の潤滑方法  
代理人 特許業務法人 もえぎ特許事務所  

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ