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審決分類 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  F16C
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  F16C
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  F16C
審判 全部申し立て 2項進歩性  F16C
管理番号 1385229
総通号数
発行国 JP 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2022-06-24 
種別 異議の決定 
異議申立日 2022-02-21 
確定日 2022-05-20 
異議申立件数
事件の表示 特許第6924315号発明「摺動部材およびすべり軸受」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6924315号の請求項1〜6に係る特許を維持する。 
理由 1.手続の経緯
特許第6924315号の請求項1〜6に係る特許についての出願は、平成29年6月21日に出願された特願2017−121114号の一部を令和2年9月9日に新たな特許出願(特願2020−151008号)としたものであって、令和3年8月3日にその特許権の設定登録がされ、令和3年8月25日に特許掲載公報が発行された。
その後、その特許に対し、令和4年2月21日に特許異議申立人上田精一は、特許異議の申立てを行った。

2.本件発明
特許第6924315号の請求項1〜6の特許に係る発明(以下、「本件発明1」〜「本件発明6」という。)は、特許掲載公報に掲載された特許請求の範囲の請求項1〜6に記載された事項により特定される次のとおりのものである。

「【請求項1】
基層上に、相手材との摺動面を有する被覆層が形成された摺動部材であって、
前記基層は、前記被覆層を形成する金属であるBiよりも硬い硬質材料であるCuを含み、
前記被覆層のうち、前記基層との界面からの距離が1μm以上かつ2μm以下の評価範囲において、前記基層から拡散した前記硬質材料の拡散成分の平均濃度が4wt%以上となる、
摺動部材。
【請求項2】
前記拡散成分は、少なくとも前記被覆層の結晶粒界における粒界拡散によって前記被覆層に拡散している、
請求項1に記載の摺動部材。
【請求項3】
前記被覆層において、前記評価範囲を前記界面上の線である境界線の方向に分割した分割範囲ごとに計測された前記拡散成分の濃度を用いて算出される前記境界線の方向における前記拡散成分の濃度の標準偏差が3wt%以上となり、
前記分割範囲の幅は、前記境界線の方向における前記被覆層を形成する金属の結晶粒の平均幅と同じである、
請求項2に記載の摺動部材。
【請求項4】
基層上に、相手材との摺動面を有する被覆層が形成されたすべり軸受であって、
前記基層は、前記被覆層を形成する金属であるBiよりも硬い硬質材料であるCuを含み、
前記被覆層のうち、前記基層との界面からの距離が1μm以上かつ2μm以下の評価範囲において、前記基層から拡散した前記硬質材料の拡散成分の平均濃度が4wt%以上となる、
すべり軸受。
【請求項5】
前記拡散成分は、少なくとも前記被覆層の結晶粒界における粒界拡散によって前記被覆層に拡散している、
請求項4に記載のすべり軸受。
【請求項6】
前記被覆層において、前記評価範囲を前記界面上の線である境界線の方向に分割した分割範囲ごとに計測された前記拡散成分の濃度を用いて算出される前記境界線の方向における前記拡散成分の濃度の標準偏差が3wt%以上となり、
前記分割範囲の幅は、前記境界線の方向における前記被覆層を形成する金属の結晶粒の平均幅と同じである、
請求項5に記載のすべり軸受。」

3.申立理由の概要
特許異議申立人上田精一は、証拠として特開2003−156045号公報(以下「甲第1号証」という。)を提出し、本件発明1、2、4、5に係る特許は、特許法第29条第1項又は第2項の規定に違反してされたものであるから、本件発明1、2、4、5に係る特許は、取り消すべきものである旨主張する。
また、特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項に規定する要件に適合せず、発明の詳細な説明の記載は、同法同条第4項に規定する要件に適合しないものであるから、本件発明1〜6に係る特許は、取り消すべきものである旨主張する。

4.甲第1号証に記載された事項
甲第1号証には、以下の事項が記載されている。なお、下線部は、当審が付したものである。
(1)「【0001】
【発明の属する技術分野】本発明はオーバレイ層をBiまたはBi基合金から構成した摺動部材に関する。」

(2)「【0002】
【発明が解決しようとする課題】自動車などの内燃機関には、Cu系或いはAl系の軸受合金を用いたすべり軸受が使用され、通常、その表面には、なじみ性を向上させるために、オーバレイ層が形成される。・・・
【0003】しかしながら、Biは脆く、非焼付性が悪いため、耐疲労性やなじみ性が要求されるオーバレイ層の材料には不向きである。従って、Biをオーバレイ層の材料として使用するには、Biの脆く非焼付性が悪いという性質を改善し、実用に供することが必要である。そこで、本発明の目的は、Biの脆く非焼付性が悪いという性質を改善し、オーバレイ層の材料にBiを用いることができる摺動部材を提供するにある。」

(3)「【0009】本発明者は、Biを合金化して結晶組織を緻密化することにより、Biの脆く非焼付性が悪いという性質を軽減できることを見出した。ところで、Biを合金化するに際し、添加元素としては種々考えられる。しかしながら、金属は一般に合金化すると、その融点が下がる。例えばInやSnなどを添加すると、Biの融点は低下し、オーバレイ層の非焼付性が著しく低下してしまう。本発明者は鋭意実験を重ね、CuをBiに添加することによって、Biの融点を低下させることなく、結晶組織を緻密化できることを究明した。また、実験の結果、Cuの添加量が0.1質量%未満では結晶組織の緻密化の効果が得られず、10質量%を越えると硬くなり過ぎて、更に脆くなることが判明した。」

(4)「【0011】オーバレイ層を構成するBi−Cuの合金は、比較的硬い(Hv30程度)。これに対し、純BiはHv15程度と比較的柔らかである。このため、純Biからなるなじみ層をオーバレイ層の表面に設けることにより、耐焼付性、なじみ性を向上させることができる。なじみ層の厚さは、0.1〜5μmが好ましい。」

(5)「【0014】オーバレイ層は軸受合金層との接着強度を高めるために、軸受合金層上に中間層を介して形成することが好ましく、その中間層はNi、Co、Fe、Ag、Cuの中から選択された1種または当該金属を主成分とする合金から形成することが好ましい(請求項5)。中間層の厚さは0.5〜8μm、オーバレイ層の厚さは5〜15μm、好ましくは15μm程度である。なじみ層を設ける場合、その厚さは0.1〜5μmとすることが好ましい。」

(6)「【0016】これに対し、特に、Ag、CuはBiと原子結合し、その原子結合によって接着性を得るため、高温度での使用によるオーバレイ層の剥れという問題を生じ難く、接着性に優れ、その結果、オーバレイ層の耐疲労性を向上させるのである。中間層をNi、Co、Fe或いはその合金から形成しても、オーバレイ層の接着力はAg、Cu、その合金と同等のものが得られた。なお、本発明にあっては、軸受合金はCu合金、Al合金のいずれであっても良い。」

(7)「【0017】
【発明の実施の形態】以下、本発明の実施例を説明する。
【0018】図2に示すように、鋼板からなる裏金層1上にCu合金またはAl合金からなる軸受合金層2を設け、この軸受合金層2上に中間層3をメッキによって形成し、更にこの中間層3の上にメッキによってオーバレイ層4を形成して下記の表1に示す発明品試料1〜5および比較品試料1〜3を得た。また、上記と同様に裏金1上に設けられた軸受合金層2に中間層3を介してオーバレイ層4を形成した後、更にオーバレイ層4の表面に純Biからなるなじみ層(図示せず)をメッキにより形成して発明品試料6,7を得た。なお、表1において、元素記号の前の数字はその元素の含有量(質量%)であり、発明品試料6,7のBi析出粒子数の欄の数字はなじみ層の析出粒子数である。
【0019】ここで、オーバレイ層4およびなじみ層のメッキはPR電解法によるもので、そのメッキ条件を種々変化させてBiの析出粒子数を調整した。析出粒子数とは、走査型電子顕微鏡(SEM)の二次電子線像の倍率5000倍で面積100μm2に析出している粒子数を言う。
【0020】そして、このようにして得た各試料について疲労試験を行い、その結果を表1に示した。疲労試験はサファイア試験機を用いて行った。試験条件は次の通りである。
軸受内径 53mm
軸受幅 16mm
回転数 3650rpm
軸材質 S55C
潤滑油 VG22
試験時間 20時間
【0021】
【表1】



(8)「【0027】なお、本発明による摺動部材は内燃機関のすべり軸受に好適するが、用途はこれに限られない。」

上記摘記事項(1)〜(8)から、特に試料No.2に着目すると、甲第1号証には、以下の2つの発明(以下、「甲1発明1」及び「甲1発明2」という。)が記載されている。

(甲1発明1)
「Al合金からなる軸受合金層2上に中間層3をメッキによって形成し、中間層3の上にメッキによってオーバレイ層4を形成した摺動部材であって、
中間層3は、Cu−5Znからなり、
オーバレイ層4は、Bi−5Cuからなる、
摺動部材。」

(甲1発明2)
「Al合金からなる軸受合金層2上に中間層3をメッキによって形成し、中間層3の上にメッキによってオーバレイ層4を形成したすべり軸受であって、
中間層3は、Cu−5Znからなり、
オーバレイ層4は、Bi−5Cuからなる、
すべり軸受。」

5.当審の判断
5−1 新規性及び進歩性について
(1)本件発明1について
ア 対比
本件発明1と甲1発明1とを対比する。
甲1発明1の「Al合金からなる軸受合金層2上にメッキによって形成した中間層3」は、本件発明1の「基層」に相当する。
甲1発明1の「オーバレイ層4」は、「すべり軸受」の表面に「なじみ性を向上させるため」に形成される(甲第1号証の段落【0002】)ものであるから、本件発明1の「相手材との摺動面を有する被覆層」又は「被覆層」に相当する。
してみると、甲1発明1の「Al合金からなる軸受合金層2上に中間層3をメッキによって形成し、中間層3の上にメッキによってオーバレイ層4を形成した摺動部材」は、本件発明1の「基層上に、相手材との摺動面を有する被覆層が形成された摺動部材」に相当する。
甲1発明1の「中間層3は、Cu−5Znからなり」は、甲第1号証の段落【0018】のなお書きを参酌すると、中間層3は、Cuを主成分としてZnを5質量%含むメッキによって形成された層と解される。
そして、「Cu」が「Biよりも硬い」ことが技術常識であること、甲1発明1において「Bi」が「オーバレイ層4」の主要な成分であることを勘案すると、甲1発明1の「中間層3は、Cu−5Znからなり」は、本件発明1の「前記基層は、前記被覆層を形成する金属であるBiよりも硬い硬質材料であるCuを含み」に相当する。
甲1発明1の「オーバレイ層4は、Bi−5Cuからなる」は、甲第1号証の段落【0018】のなお書きを参酌すると、オーバレイ層4は、Biを主成分としてCuを5質量%含むメッキによって形成された層と解される。
してみると、甲1発明1の「オーバレイ層4は、Bi−5Cuからなる」ことは、「被覆層は、Cuの濃度が4wt%以上となる」ことの限りにおいて、本件発明1の「被覆層のうち、前記基層との界面からの距離が1μm以上かつ2μm以下の評価範囲において、前記基層から拡散した前記硬質材料の拡散成分の平均濃度が4wt%以上となる」ことと一致する。

以上から、本件発明1と甲1発明1とは、次の一致点1で一致し、相違点1で相違する。

(一致点1)
基層上に、相手材との摺動面を有する被覆層が形成された摺動部材であって、
前記基層は、前記被覆層を形成する金属であるBiよりも硬い硬質材料であるCuを含み、
被覆層は、Cuの濃度が4wt%以上となる、
摺動部材。


(相違点1)
「被覆層」に関して、本件発明1は、「前記被覆層のうち、前記基層との界面からの距離が1μm以上かつ2μm以下の評価範囲において、前記基層から拡散した前記硬質材料の拡散成分の平均濃度が4wt%以上となる」のに対して、甲1発明1は、「オーバレイ層4は、Bi−5Cuからなる」点。

イ 判断
上記相違点1について検討する。
甲1発明1の「オーバレイ層4」は、メッキにより「Bi−5Cu」からなる層を形成するものであるから、「オーバレイ層4」の全域において、ほぼ均質に「Cu」を5質量%含有するものといえる。
一方、種類の異なる金属が隣接する2つの金属層の間において、一方の金属層の金属成分が他方の金属層に拡散する場合、当該拡散した金属成分の濃度は、金属層間の界面に近いほど高くなり、界面から遠いほど低くなる、「濃度勾配」をもつことが技術常識であることを勘案すると、本件発明1の「前記基層から拡散した前記硬質材料の拡散成分」は、「被覆層」において、「基層」との界面に近いほど濃度が高く、「基層」との界面から遠いほど濃度が低い「濃度勾配」をもつものと認められる。
してみると、甲1発明1の「オーバレイ層4」において、「中間層3」との界面からの距離が1μm以上かつ2μm以下の範囲において、Cuの濃度が5質量%であったとしても、「オーバレイ層4」におけるCuの濃度は、「オーバレイ層4」の全域においてほぼ均一なものであって、本件発明1の「前記基層から拡散した前記硬質材料の拡散成分」のように「濃度勾配」を有さないことは明らかであるし、「オーバレイ層4」の全域においてほぼ均一に5質量%の濃度で含まれる「Cu」を、「濃度勾配」があるように構成することは、当業者であっても容易に想到し得るものということはできない。
したがって、本件発明1は、甲1発明1ではなく、甲1発明1に基いて当業者が容易に発明をすることができたものでもない。

(2)本件発明2について
本件発明2も、本件発明1の「前記被覆層のうち、前記基層との界面からの距離が1μm以上かつ2μm以下の評価範囲において、前記基層から拡散した前記硬質材料の拡散成分の平均濃度が4wt%以上となる」と同一の発明特定事項を備えるものであるから、本件発明1と同じ理由により、本件発明2は、甲1発明1ではなく、当業者であっても、甲1発明1に基いて容易に発明をすることができたものとはいえない。

(3)本件発明4について
本件発明4と甲1発明2とを対比すると、以下の一致点2で一致し、相違点2で相違する。

(一致点2)
基層上に、相手材との摺動面を有する被覆層が形成されたすべり軸受であって、
前記基層は、前記被覆層を形成する金属であるBiよりも硬い硬質材料であるCuを含み、
被覆層は、Cuの濃度が4wt%以上となる、
すべり軸受。

(相違点2)
「被覆層」に関して、本件発明4は、「前記被覆層のうち、前記基層との界面からの距離が1μm以上かつ2μm以下の評価範囲において、前記基層から拡散した前記硬質材料の拡散成分の平均濃度が4wt%以上となる」のに対して、甲1発明2は、「オーバレイ層4は、Bi−5Cuからなる」点。

上記相違点2について検討すると、(1)の検討と同様の理由から、本件発明4は、甲1発明2ではなく、甲1発明2に基いて当業者が容易に発明をすることができたものでもない。

(4)本件発明5について
本件発明5も、本件発明4の「前記被覆層のうち、前記基層との界面からの距離が1μm以上かつ2μm以下の評価範囲において、前記基層から拡散した前記硬質材料の拡散成分の平均濃度が4wt%以上となる」と同一の発明特定事項を備えるものであるから、本件発明4と同じ理由により、本件発明5は、甲1発明2ではなく、当業者であっても、甲1発明2に基いて容易に発明をすることができたものとはいえない。

(5)小括
以上のとおりであるから、本件発明1、2、4、5は、特許法第29条第1項第3号に該当せず、同法同条第2項の規定により特許を受けることができない発明でもないから、本件発明1、2、4、5に係る特許は、特許法第29条第1項又は第2項の規定に違反してされたものとはいえない。

5−2 記載不備について
(1)明確性要件について
ア 請求項1及び4の「前記被覆層を形成する金属であるBi」について
請求項1及び4の「被覆層」は、「前記被覆層を形成する金属」が「Bi」であることを特定するとともに、「前記基層から拡散した前記硬質材料の拡散成分」を含むことを特定するものである。
請求項1及び4の上記発明特定事項は、「少なくとも」や「含む」などの表現がないことを勘案すると、請求項1及び4の「被覆層」は、「被覆層を形成する金属」である「Bi」と「前記基層から拡散した前記硬質材料の拡散成分」以外に、いわゆる不可避不純物を除いて、他の成分を含有するものではないことが明らかであるから、請求項1及び4、並びに請求項1及び4を直接的又は間接的に引用する請求項2〜3、5〜6は、明確である。

イ 請求項1及び4の「前記基層との界面からの距離が1μm以上かつ2μm以下の評価範囲において、前記基層から拡散した前記硬質材料の拡散成分の平均濃度が4wt%以上」について
上記5−1(1)イでも論じたとおり、種類の異なる金属が隣接する2つの金属層の間において、一方の金属層の金属成分が他方の金属層に拡散する場合、当該拡散した金属成分の濃度は、「濃度勾配」をもつことが技術常識であることを勘案すると、請求項1及び4の「前記基層から拡散した前記硬質材料の拡散成分」は、「被覆層」において、「基層」との界面に近いほど濃度が高く、「基層」との界面から遠いほど濃度が低い「濃度勾配」があるものと解される。
そして、請求項1及び4の「被覆層」は、当該「濃度勾配」があることを前提に「前記基層との界面からの距離が1μm以上かつ2μm以下の評価範囲において、前記基層から拡散した前記硬質材料の拡散成分の平均濃度が4wt%以上」であることを特定するものであるから、「基層との界面からの距離」が1μm未満の範囲おいては、当該評価範囲内より濃度が高く、「基層との界面からの距離」が2μmを超える範囲においては、当該評価範囲内より濃度が低いことは明らかである。
よって、請求項1及び4並びに請求項1及び4を直接的又は間接的に引用する請求項2〜3、5〜6は、明確である。

ウ 請求項1及び4の「平均濃度」の上限について
上記イで論じたとおり請求項1及び4の「被覆層」は、拡散成分の濃度に「濃度勾配」があり、「前記基層との界面からの距離が1μm以上かつ2μm以下の評価範囲において、前記基層から拡散した前記硬質材料の拡散成分の平均濃度が4wt%以上」であることを特定するものであるから、「基層との界面からの距離」が1μm未満の範囲においては、当該評価範囲内より濃度が高く、「基層との界面からの距離」が2μmを超える範囲においては、当該評価範囲内より濃度が低いものである。
そして、請求項1及び4は、「前記被覆層を構成する金属であるBi」であることも発明特定事項とするから、「前記基層との界面からの距離が1μm以上かつ2μm以下の評価範囲において、前記基層から拡散した前記硬質材料の拡散成分の平均濃度」が「100%」となることは、論理的にあり得ないものであって、また、「基層との界面からの距離」が1μm未満の範囲の「平均濃度」よりも低い濃度であることも明らかである。
してみると、請求項1及び4の「前記基層との界面からの距離が1μm以上かつ2μm以下の評価範囲において、前記基層から拡散した前記硬質材料の拡散成分の平均濃度」の上限は、論理的に限界値が存在することが明らかであるから、請求項1及び4に明記がないことだけを以って不明確であるということはできない。
請求項1及び4を直接的又は間接的に引用する請求項2〜3、5〜6についても同様である。

エ 請求項1及び4の「前記基層から拡散した前記硬質材料の拡散成分」について
上記アで論じたとおり、請求項1及び4の「被覆層」は、「被覆層を形成する金属」である「Bi」と「前記基層から拡散した前記硬質材料の拡散成分」以外に、いわゆる不可避不純物を除いて、他の成分を含有するものではないことが明らかである。
してみると、「被覆層」の成分として、「前記基層から拡散した前記硬質材料の拡散成分」以外に、「硬質材料」が供給されることがない以上、「被覆層」に含まれる「Cu」は、「前記基層から拡散した前記硬質材料の拡散成分」であることが明らかであるから、請求項1及び4並びに請求項1及び4を直接的又は間接的に引用する請求項2〜3、5〜6は、明確である。

特許異議申立人は、本件特許の発明の詳細な説明の段落【0019】の記載を引用して、「「拡散」は熱処理によって生じるだけでなく、「3.0wt%」は熱処理以外の「拡散」によるものであるが、どのような「拡散」かも明確でなく、「拡散成分」とは何か明確でない。」と主張する。
しかしながら、上記のとおり、「被覆層」の成分として、「前記基層から拡散した前記硬質材料の拡散成分」以外に、「Cu」が供給されることがない以上、「被覆層」に含まれる「Cu」は、熱処理によるか否かを問わず、「前記基層から拡散した前記硬質材料の拡散成分」であることは、明らかである。
よって、特許異議申立人の主張を採用することはできない。

オ 請求項1及び4の「Biよりも硬い硬質材料であるCu」について
甲第1号証の段落【0011】を参酌すると、純Biの硬さ「Hv15程度と比較的柔らかである。」のに対して、「Bi−Cuの合金は、比較的硬い(Hv30程度)。」とされている。
そして、純Biと純Cuとを、同じ大きさの同じ形状で形成した場合に、純Cuの硬度が純Biの硬度より高いものであることが技術常識であるから、「Biより硬い硬質材料であるCu」は、明確である。

カ 製造方法により物の発明を特定しようとする記載について
請求項1及び4は、「前記基層から拡散した前記硬質材料の拡散成分」を発明特定事項とするものであるが、当該発明特定事項は、上記イで論じたとおり、「被覆層」において、「基層」との界面に近いほど濃度が高く、「基層」との界面から遠いほど濃度が低い「濃度勾配」がある状態を特定するものと解されるから、製造方法により物の発明を特定しようとする記載とはいえない。
請求項2及び5は、「前記拡散成分は、少なくとも前記被覆層の結晶粒界における粒界拡散によって前記被覆層に拡散している」ことを発明特定事項とするものであるが、当該発明特定事項は、「被覆層を形成する金属であるBi」の結晶粒界に、「前記基層から拡散した前記硬質材料の拡散成分」が存在する状態を特定するものと解されるから、製造方法により物の発明を特定しようとする記載とはいえない。
よって、請求項1及び4、請求項2及び5、並びに請求項1、2、4、5を引用する請求項3、6は、明確である。

(2)サポート要件及び実施可能要件について
ア 請求項1及び4の「前記被覆層を形成する金属であるBi」について
請求項1及び4の「前記被覆層を形成する金属であるBi」との発明特定事項は、上記(1)アで論じたとおり、請求項1及び4の「被覆層」は、「被覆層を形成する金属」である「Bi」と「前記基層から拡散した前記硬質材料の拡散成分」以外に、いわゆる不可避不純物を除いて、他の成分を含有するものではないことが明らかである。

そして、発明の詳細な説明には、以下のとおり記載されている。なお、下線部は、当審が付したものである。

(ア)「【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、特許文献1のように、めっき被膜中に無機物粒子を分散させることは技術的に困難であるという問題があった。具体的に、めっきの際に、無機物粒子の凝集が生じるとともに、共析率をコントロールすることが困難であるという問題があった。その結果、めっき被膜中における無機物粒子の分散状態を安定してコントロールできず、良好な耐摩耗性を実現することができなかった。
本発明は、前記課題にかんがみてなされたもので、簡易な構成により良好な耐摩耗性を実現できる技術を提供することを目的とする。」
(イ)「【0016】
オーバーレイ12は、ライニング11の内側の表面上に積層された層であり、本発明の被覆層を構成する。オーバーレイ12は、Biとライニング11からの拡散成分と不可避不純物とからなり、不可避不純物の含有量は1.0wt%以下である。」
(ウ)「【0019】
図3は、評価範囲EにおけるCuの平均濃度を示すグラフである。オーバーレイ12に含まれるCuは、ライニング11からの拡散成分である。図3に示すように、後述する熱処理を行う前では評価範囲EにおけるCuの平均濃度が3.0wt%であったのに対し、後述する熱処理を行った後では評価範囲EにおけるCuの平均濃度が8.2wt%となった。評価範囲Eにおいては、もともとライニング11のCuが3.0wt%だけ拡散しているが、熱処理を行うことにより、Cuの濃度が5.2wt%増加する。
【0020】
オーバーレイ12において、ライニング11との界面から遠くなるほど、ライニング11からの拡散成分としてのCuの濃度が小さくなる。なお、ライニング11に含まれるSnもCuと同様にオーバーレイ12内に拡散している。」
(エ)「【0023】
以上説明した本実施形態において、ライニング11からの拡散成分がオーバーレイ12中に拡散することにより、耐摩耗性を向上させることができる。また、硬質材料としてのCuを基層としてのライニング11から被覆層としてのオーバーレイ12中に拡散させることにより、容易に耐摩耗性を向上させることができる。Cuをオーバーレイ12中に拡散させることにより、ライニング11から遠いオーバーレイ12の表面側を軟らかい状態で維持することができ、良好な初期なじみを得ることができる。また、ライニング11とオーバーレイ12との界面からの距離が1μm以上かつ2μm以下の評価範囲Eにおける拡散成分(Cu)の平均濃度を8.2wt%とすることにより、遅くとも評価範囲Eまで摩耗が進行した段階で良好な耐摩耗性を発揮できる。本発明者は、ライニング11とオーバーレイ12との界面からの距離が1μm以上かつ2μm以下の評価範囲Eにおける拡散成分の平均濃度を4wt%以上となるように管理することにより、当該拡散成分の平均濃度が4wt%未満である場合よりも耐摩耗性が向上することを確認した。」
(オ)「【0032】
次に、裏金10上に形成されたCu合金層の表面を切削加工した。このとき、裏金10上に形成されたCu合金層の厚みがライニング11と同一となるように、切削量を制御した。これにより、切削加工後のCu合金層によってライニング11が形成できる。切削加工は、例えば焼結ダイヤモンドで形成された切削工具材をセットした旋盤によって行った。切削加工後のライニング11の表面は、ライニング11とオーバーレイ12との界面を構成する。
【0033】
次に、ライニング11の表面上にBiを電気めっきによって10μmの厚みだけ積層することにより、オーバーレイ12を形成した。電気めっきの手順は以下のとおりとした。まず、ライニング11の表面を水洗した。さらに、ライニング11の表面を酸洗することにより、ライニング11の表面から不要な酸化物を除去した。その後、ライニング11の表面を、再度、水洗した。
【0034】
以上の前処理が完了すると、めっき浴に浸漬させたライニング11に電流を供給することにより電気めっきを行った。メタンスルホン酸:50〜250g/l、メタンスルホン酸Bi:5〜40g/l(Bi濃度)、界面活性剤:0.5〜50g/lとを含むめっき浴の浴組成とした。めっき浴の浴温度は、20〜50℃とした。さらに、ライニング11に供給する電流は直流電流とし、その電流密度は0.5〜7.5A/dm2とした。電気めっきにおいて、めっき浴(液)を液流のない静止状態とした。これにより、ライニング11の表面から曲率中心に向けて結晶粒12aを結晶成長させることができる。電気めっきの完了後に、水洗と乾燥を行った。
【0035】
次に、150℃を維持した状態で50時間にわたって熱処理することにより、ライニング11の成分(おもにCu)をオーバーレイ12中に拡散させた。これにより、図3のグラフで示すように、評価範囲Eにおけるライニング11からの拡散成分の濃度を熱処理後において増加させることができた。熱処理の温度は、被拡散元素の融点の65%以下の温度であることが望ましく、被拡散元素がBiである場合には175℃以下であることが望ましい。これにより、Biの結晶粒12a内にライニング11の成分が拡散することを防止し、Biの結晶粒12aの粒界にライニング11の成分を拡散させることができる。」

以上のとおり、請求項1及び4の「前記被覆層を形成する金属であるBi」との発明特定事項は、発明の詳細な説明において、発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲内のものであるから、請求項1及び4並びに請求項1及び4を直接的又は間接的に引用する請求項2〜3、5〜6は、発明の詳細な説明に記載された発明である。
また、発明の詳細な説明は、請求項1及び4並びに請求項1及び4を直接的又は間接的に引用する請求項2〜3、5〜6を実施できる程度に明確かつ十分に記載しているといえる。

イ 請求項1及び4の「前記基層との界面からの距離が1μm以上かつ2μm以下の評価範囲において、前記基層から拡散した前記硬質材料の拡散成分の平均濃度が4wt%以上」について
請求項1及び4の「前記基層との界面からの距離が1μm以上かつ2μm以下の評価範囲において、前記基層から拡散した前記硬質材料の拡散成分の平均濃度が4wt%以上」との発明特定事項は、上記(1)イで論じたとおり、「被覆層」に「濃度勾配」があることを前提に「前記基層との界面からの距離が1μm以上かつ2μm以下の評価範囲において、前記基層から拡散した前記硬質材料の拡散成分の平均濃度が4wt%以上」であることを特定するものであるから、「基層との界面からの距離」が1μm未満の範囲おいては、当該評価範囲内より濃度が高く、「基層との界面からの距離」が2μmを超える範囲においては、当該評価範囲内より濃度が低いものことは明らかである。

そして、発明の詳細な説明には、上記アの(ア)〜(オ)に摘記したとおり記載されているから、請求項1及び4の「前記基層との界面からの距離が1μm以上かつ2μm以下の評価範囲において、前記基層から拡散した前記硬質材料の拡散成分の平均濃度が4wt%以上」との発明特定事項は、発明の詳細な説明において、発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲内のものであって、請求項1及び4並びに請求項1及び4を直接的又は間接的に引用する請求項2〜3、5〜6は、発明の詳細な説明に記載された発明である。
また、発明の詳細な説明は、請求項1及び4並びに請求項1及び4を直接的又は間接的に引用する請求項2〜3、5〜6を実施できる程度に明確かつ十分に記載しているといえる。

ウ 「耐摩耗性およびなじみ性」について
発明の詳細な説明には、上記アの(エ)に摘記したとおり、「・・・硬質材料としてのCuを基層としてのライニング11から被覆層としてのオーバーレイ12中に拡散させることにより、容易に耐摩耗性を向上させることができる。Cuをオーバーレイ12中に拡散させることにより、ライニング11から遠いオーバーレイ12の表面側を軟らかい状態で維持することができ、良好な初期なじみを得ることができる。・・・」(段落【0023】)と記載されており、当該構成によって上記アの(ア)に摘記した課題を解決することができることを、当業者が定性的に理解することができる。
よって、請求項1及び4は、発明の詳細な説明において、発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲内のものであって、請求項1及び4並びに請求項1及び4を直接的又は間接的に引用する請求項2〜3、5〜6は、発明の詳細な説明に記載された発明である。
また、発明の詳細な説明は、請求項1及び4並びに請求項1及び4を直接的又は間接的に引用する請求項2〜3、5〜6を実施できる程度に明確かつ十分に記載しているといえる。

特許異議申立人は、上記段落【0023】の記載について「・・・実際の耐摩耗性、なじみ性のデータは何ら示されていないため、耐摩耗性、なじみ性が向上したことは実証されていない。」と主張するが、「被覆層を形成する金属」である「Bi」のみの場合と比較して、請求項1及び4は、「なじみ性」を維持したまま「耐摩耗性」を向上させることを、当業者が定性的に理解できるのであるから、「耐摩耗性」及び「なじみ性」についてデータによる実証を要しないものであって、特許異議申立人の主張を採用することはできない。

エ 請求項2及び5の「前記拡散成分は、少なくとも前記被覆層の結晶粒界における粒界拡散によって前記被覆層に拡散している」について
発明の詳細な説明には、「前記拡散成分」の「粒界拡散」について、以下のように記載されている。

(ア)「【0022】
図4は、摺動部材1の断面写真である。同図において、色(グレー)が濃いほど、Cuの濃度が高いことを意味する。同図に示すように、境界線Xよりもオーバーレイ12側においてCuの濃度が高濃度となっている突出部Pが存在している。この突出部Pは、結晶粒12aの粒界のうち、図4の断面に露出している部分であると考えられる。つまり、オーバーレイ12において、結晶粒12aの粒界において結晶粒12aの粒内よりも高濃度でCuが拡散しており、図4の断面のうち結晶粒12aの粒界が露出している部分が突出部Pとして表れることとなる。このことは、評価範囲Eを境界線Xの方向に分割した分割範囲eごとのCuの濃度の標準偏差が5.6wt%と大きいことによっても裏付けられる。」
(イ)「【0035】
次に、150℃を維持した状態で50時間にわたって熱処理することにより、ライニング11の成分(おもにCu)をオーバーレイ12中に拡散させた。これにより、図3のグラフで示すように、評価範囲Eにおけるライニング11からの拡散成分の濃度を熱処理後において増加させることができた。熱処理の温度は、被拡散元素の融点の65%以下の温度であることが望ましく、被拡散元素がBiである場合には175℃以下であることが望ましい。これにより、Biの結晶粒12a内にライニング11の成分が拡散することを防止し、Biの結晶粒12aの粒界にライニング11の成分を拡散させることができる。」

そして、「オーバーレイ12の結晶粒12aは、ライニング11との境界線Xに対してほぼ垂直な柱状の形状を有している。」(段落【0018】)ことを踏まえると、【図4】における「Cuの濃度が高濃度となっている突出部P」は、「結晶粒12aの粒界のうち、図4の断面に露出している部分」とするのが合理的であり、「結晶粒12aの粒界において結晶粒12aの粒内よりも高濃度でCuが拡散しており、図4の断面のうち結晶粒12aの粒界が露出している部分が突出部Pとして表れる」とする段落【0022】の記載に不合理な点は見られない。
してみると、請求項2及び5の「前記拡散成分は、少なくとも前記被覆層の結晶粒界における粒界拡散によって前記被覆層に拡散している」との発明特定事項は、発明の詳細な説明において、発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲内のものであって、請求項2及び5並びに請求項2及び5を引用する請求項3及び6は、発明の詳細な説明に記載された発明である。
また、発明の詳細な説明は、請求項2及び5並びに請求項2及び5を引用する請求項3及び6を実施できる程度に明確かつ十分に記載しているといえる。

特許異議申立人は、「結晶粒界における粒界拡散を示すとされる図4からは粒界拡散が裏付けられていない。」と主張するが、上記のとおり、「オーバーレイ12の結晶粒12aは、ライニング11との境界線Xに対してほぼ垂直な柱状の形状を有している。」(段落【0018】)ことを踏まえると、【図4】における「Cuの濃度が高濃度となっている突出部P」について、段落【0022】の記載に不合理な点はないから、特許異議申立人の主張を採用することはできない。

6.むすび
したがって、特許異議の申立ての理由及び証拠によっては、請求項1〜6に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に請求項1〜6に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。


 
異議決定日 2022-05-11 
出願番号 P2020-151008
審決分類 P 1 651・ 536- Y (F16C)
P 1 651・ 121- Y (F16C)
P 1 651・ 113- Y (F16C)
P 1 651・ 537- Y (F16C)
最終処分 07   維持
特許庁審判長 平瀬 知明
特許庁審判官 間中 耕治
内田 博之
登録日 2021-08-03 
登録番号 6924315
権利者 大豊工業株式会社
発明の名称 摺動部材およびすべり軸受  
代理人 Knowledge Partners 特許業務法人  

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