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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) G01S
管理番号 1385682
総通号数
発行国 JP 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2022-07-29 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2021-01-13 
確定日 2022-01-04 
事件の表示 特願2020−512761「電子機器、電子機器の制御方法、及び電子機器の制御プログラム」拒絶査定不服審判事件〔令和 2年 1月23日国際公開、WO2020/017290〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、2019年(令和元年)7月1日を国際出願日とする日本語特許出願であって(優先権主張 平成30年7月20日、平成30年9月25日)、その手続の経緯は以下のとおりである。

令和 2年 3月 2日 :手続補正書の提出
令和 2年 6月15日付け:拒絶理由通知書
令和 2年 8月18日 :意見書、手続補正書の提出
令和 2年 9月30日付け:拒絶査定(同年10月13日送達、以下「原査定」という。)
令和 3年 1月13日 :審判請求書、手続補正書の提出
令和 3年 7月19日付け:拒絶理由通知書
令和 3年 9月21日 :意見書、手続補正書の提出


第2 本願発明
本願の請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は、令和3年9月21日に提出された手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1に記載された次の事項により特定されるとおりのものと認める。

「 【請求項1】
周波数が時間の経過に伴って変化する電波を送信波として複数の送信アンテナから送信する電子機器であって、
前記複数の送信アンテナから送信されるそれぞれの送信波の位相が所定の方向において揃うように、当該複数の送信アンテナから送信される送信波の少なくとも1つの位相を制御する位相制御部を備え、
前記位相制御部は、前記送信波の少なくとも1つの位相を、当該送信波の周波数に基づいて調整し、
前記位相制御部は、
前記送信波の周波数fの時間t依存性をf=f(t)とし、光の速さをcとし、アンテナ間の距離をWとし、アンテナの並んだ方向に垂直な方向(ブロードサイド方向)に対する送信角度をθとした場合、時刻tを前記位相制御部が周波数情報を取得した時刻として、
送信波の位相調整量S(t,θ)を、
S(t,θ)={Wsinθ}/c×f(t)×360°
により、該送信波の送信角度の時間の経過に伴う変化量を打ち消すように決定する、電子機器。」


第3 当審拒絶理由の概要
令和3年7月19日付けで当審が通知した拒絶理由(以下「当審拒絶理由」という。)のうち、請求項1に対する理由4(進歩性)の概要は、次のとおりである。

4.(進歩性)本願発明は下記の引用文献1に記載された発明に基づいて、本願の優先日前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。



引用文献1.特開2017−143356号公報


第4 当審の判断
1 引用文献1に記載された事項と引用発明の認定
(1) 引用文献1に記載された事項
当審拒絶理由に引用され、本願の優先日前に発行された特開2017−143356号公報(以下「引用文献1」という。)には、以下の事項が記載されている。下線は当審が付したものである。

「【0001】
本発明は、ビームの制御をアンテナ素子への励振係数の相対位相によって行うフェーズドアレイ型のアンテナ装置に関する。」

「【0007】
しかしながら、チャープ波などのさらに広帯域な信号では、一つのパルス内で送信周波数が大きく変化するため、360度移相器とTTD移相器とを中央の周波数に合わせて設定していても、帯域の下限と上限においてビームシフトまたはアンテナパターンの劣化が生ずる場合があった。
【0008】
本発明は、上記に鑑みてなされたものであって、チャープ波などのさらに広帯域な信号を送受信する場合であっても、ビームシフトまたはアンテナパターンの劣化を抑制することができるアンテナ装置を得ることを目的とする。」

「【0013】
実施の形態1.
図1は、実施の形態1に係るアンテナ装置100の構成を示す機能ブロック図である。実施の形態1に係るアンテナ装置100は、図1に示すように、空間に電波を放射し、または空間から電波を受信する素子アンテナ1(1)〜1(N)(Nは2以上の整数)と、各素子アンテナ1に接続され、送信信号または受信信号を増幅する増幅器(図1では「AMP」と表記)2(1)〜2(N)と、各増幅器2に接続され、360度以内で位相を変化させることが可能な360度移相器3(1)〜(N)と、各360度移相器3に設定する設定値を保持し、後述するビームトリガの入力により設定値を切り替える設定値切替レジスタ9(1)〜9(N)と、を備える。以上の部位のうち、各増幅器2、各360度移相器3および各設定値切替レジスタ9は、モジュール化された送受信モジュール4(1)〜(N)を構成する。
【0014】
また、実施の形態1に係るアンテナ装置100は、上記の構成に加え、各送受信モジュール4にサブアレイ単位で接続され、送信RF信号を分配あるいは受信RF信号を合成するサブアレイ分配回路5(1)〜(M)(Mは2以上、N以下の整数)と、各サブアレイ分配回路5に接続されRF信号に対して実時間遅延処理を施すTTD移相器6(1)〜(M)と、各TTD移相器6に接続され、RF信号を分配あるいは受信RF信号を合成する分配回路7と、を備える。
【0015】
さらに、実施の形態1に係るアンテナ装置100は、上記の構成に加え、TTD移相器6に設定する設定値を保持し、ビームトリガの入力により設定値を切り替える切替レジスタ10(1)〜10(M)と、各360度移相器3の設定値および各TTD移相器6の設定値と出力との差を補正する補正値を各周波数ごとに記憶する補正値記憶回路11と、ビーム指向方向およびビーム切替タイミングを指示するビーム制御回路12と、ビーム制御回路12からの指示に基づき、補正値記憶回路11に保存されている補正値を用いて各360度移相器3の設定値および各TTD移相器6の設定値をそれぞれ計算する移相量演算回路13と、ビーム制御回路12からの指示に基づき、各360度移相器3および各TTD移相器6に移相量切替のタイミングを指示するタイミング信号であるビームトリガを分配するビームトリガ分配回路14と、を備える。
【0016】
送受信機15は、アンテナ装置100に接続され、送信時にはアンテナ装置100に送信RF信号を供給し、受信時には受信RF信号を増幅する。
【0017】
上述した、実施の形態1に係るアンテナ装置100の構成について補足する。まず、図1の構成では、アンテナ装置100におけるアンテナ素子数はNとしているが、アンテナ素子数の最小単位は“2”である。すなわち、Nは2以上の整数である。ここで、サブアレイにおけるアンテナ素子数(以下「サブアレイ素子数」と称する)をLとすれば、アンテナ素子数Nと、TTD移相器6の数(以下「TTD移相器数」と称する)Mとの間には、N=L×Mの関係がある。なお、図1では、サブアレイ素子数Lは3としており、アンテナ素子数Nと、TTD移相器数Mとの間には、N=3×Mの関係があるが、サブアレイ素子数Lの最小単位は“1”である。
【0018】
また、実施の形態1に係るアンテナ装置100において、設定値切替レジスタ9,10は、通常モードおよび連続切替モードを含む複数のモードで動作する。通常モード時において、設定値切替レジスタ9,10は、事前に設定した移相量設定値をビームトリガの入力で出力する。
【0019】
一方、連続切替モード時において、設定値切替レジスタ9,10は、複数の移相量設定値を保持し、ビームトリガの入力で複数の移相量設定値を順次切り替えて出力する機能を有する。なお、以下の説明において、設定値切替レジスタ9が出力する移相量設定値と、設定値切替レジスタ10が出力する移相量設定値を出力する主体を明示せずに区別する場合には、前者を第1の移相量設定値と称し、後者を第2の移相量設定と称する。また、必要に応じ、設定値切替レジスタ9を第1の設定値切替部と称し、設定値切替レジスタ10を第2の設定値切替部と称する。
【0020】
また、ビームトリガ分配回路14は、入力されたビームトリガを指定されたクロック数ずつずらしながら順次、各360度移相器3およびTTD移相器6に分配する機能を有する。
【0021】
次に、実施の形態1に係るアンテナ装置の動作について説明する。ここでは、図2のように、アレイ面の法線に対し、例えばビームをθ°走査する場合を考える。図1に示すアンテナアレーが、一次元のリニアアレーであると仮定し、波数をK、素子間隔をdとすると、360度移相器3(1)〜3(N)に設定すべき移相量φPS(n)は、以下の式(1)にて計算できる。
【0022】
φPS(n)=−Kd(n−1)sinθ+CPS(n) …(1)
ただし、n=1,2,…,N
【0023】
上記式(1)において、CPS(n)は各360度移相器3の周波数特性または製造誤差などによる特性のばらつきを補正する補正値である。仮にθ=30°方向にビームを走査するよう中心周波数fMにおいて移相量を設定した場合に、比帯域±5%でチャープ波を送信することを考えると、式(1)から最低周波数fLおよび最高周波数fHでの走査角は以下の式(2)に示す通りの値にシフトする。
【0024】
fL:31.668°
fH:28.359° …(2)
【0025】
図2には、中心周波数fMでの等位相波面が太実線21で示されている。この際、同一の設定のままで最低周波数fLおよび最高周波数fHで送信した場合の等位相波面が図3に太破線で示されている。図3において、太破線22は最低周波数fLで送信した場合の等位相波面であり、太破線23は最高周波数fHで送信した場合の等位相波面である。太破線22,23に示されるように、各サブアレイでの360度移相器による波面の傾きは、波長が変わることにより変化する。ここで、360度移相器とTTD移相器とで移相量を制御するアンテナ装置の場合、TTD移相器での設定量である遅延時間の変化は少ないが、波長が変わることにより出力での移相量が変化する。このように、広帯域な信号の場合には、波面の不連続によりビームシフトまたはアンテナパターンの劣化の原因となる。
【0026】
そこで、実施の形態1のアンテナ装置では、送信波に用いるRF(Radio Frequency)信号が広帯域信号の場合に対する対策として、連続切替モードを準備している。以下、図4のフローチャートおよび図5の図面を参照して連続切替モードでの動作について説明する。なお、図5では、広帯域なRF信号の一例としてチャープ信号を示している。
【0027】
まず、ステップS101では、送信波が広帯域信号であるか否かを判定する。送信波が広帯域信号の場合(ステップS101,Yes)、モードを連続切替モードに設定し(ステップS102)、連続切替モードでの処理を実施する(ステップS103)。ステップS104では、送信波が変更されたか否かが判定され、送信波が変更されていなければ(ステップS104,No)、ステップS103の処理を継続し、送信波が変更されていれば(ステップS104,Yes)、ステップS101の処理に戻る。送信波が広帯域信号ではない場合(ステップS101,No)、モードを通常モードに設定し(ステップS105)、通常モードでの処理を実施する(ステップS106)。ステップS107では、送信波が変更されたか否かが判定される。送信波が変更されていなければ(ステップS107,No)、ステップS106の処理を継続し、送信波が変更されていれば(ステップS107,Yes)、ステップS101の処理に戻るのは、連続切替モードのときと同様である。
【0028】
図5では、連続切替モードでの処理イメージが模式的に示されている。図5に示されるように、1パルス内のRF信号33で複数のビームトリガ31が入力される。図5では、1パルス内に5つのトリガパルスが出力される場合を例示しているので、移相量設定値32もφ1〜φ5までの5つの移相量設定値に切り替えられている。なお、1パルス内に出力されるトリガパルスの数は任意であり、最小値は2である。
【0029】
図4のフローチャートで説明したように、チャープ波のような広帯域信号を送信波とする場合、モードが連続切替モードに設定される。実施の形態1のアンテナ装置100では、連続切替モードにおいて、1パルス内で各360度移相器3の設定値切替レジスタ9(1)〜9(N)および各TTD移相器6の設定値切替レジスタ10(1)〜10(M)のそれぞれが連続切替モードに対応しており、各設定値切替レジスタ9および各設定値切替レジスタ10には、設定された各周波数での移相量設定値が設定されている。
【0030】
連続切替モード時、ビームトリガを受信する度に、各設定値切替レジスタ9および各設定値切替レジスタ10に設定された移相量設定値が、順次各360度移相器3および各TTD移相器6に設定される。これにより、各周波数帯にて図2に示すような中心周波数fMでの等位相波面に近づけることができ、広帯域な送信波を送信する際のビームシフトおよびアンテナパターンの劣化を抑制することが可能となる。
【0031】
なお、上記の処理を行う際に、全ての360度移相器3または全てのTTD移相器6において、移相量設定値を同時に切替えた場合に、例えば受信時には受信信号などに位相の不連続または電力の不連続を生じ、後段の信号処理に影響が出る可能性がある。これを防ぐために、ビームトリガ分配回路14においてビームトリガを分配する際に、各360度移相器3ごと、および各TTD移相器6ごとに時間差をつけて分配することが好ましい場合もある。時間差をつけた分配により、受信信号の位相変化および振幅の変化を連続的に保つことが可能になる。これにより、実施の形態1のアンテナ装置をレーダ装置または通信装置に用いた場合、装置全体の高精度化、装置全体の高分解能化に寄与することが可能になる。」

「【0039】
最後に、アンテナ装置100,100Aのハードウェア構成について説明する。実施の形態1に係るアンテナ装置100を構成する補正値記憶回路11、ビーム制御回路12、移相量演算回路13およびビームトリガ分配回路14における演算機能をソフトウェアで実現する場合には、図9に示すように、演算を行うCPU(Central Processing Unit:中央処理装置)200およびCPU200によって読みとられるプログラムが保存されるメモリ202を含む構成とすることができる。なお、CPU200は、演算装置、マイクロプロセッサ、マイクロコンピュータ、プロセッサ、またはDSP(Digital Signal Processor)などと称されるものであってもよい。また、メモリ202とは、例えば、RAM(Random Access Memory)、ROM(Read Only Memory)、フラッシュメモリ、EPROM(Erasable Programmable ROM)、EEPROM(Electrically EPROM)などの、不揮発性または揮発性の半導体メモリなどが該当する。
【0040】
具体的には、メモリ202には、アンテナ装置100を構成する補正値記憶回路11、ビーム制御回路12、移相量演算回路13およびビームトリガ分配回路14における演算機能を実行するプログラムが格納されている。CPU200は、図4に示すフローチャートの処理を実行し、また、式(1)に示す演算処理を含む各種の演算処理を実行する。なお、設定値切替レジスタ9(1)〜9(N)および設定値切替レジスタ10(1)〜10(M)は、共有させてメモリ202内に設けてもよい。
【0041】
アンテナ装置100を構成する補正値記憶回路11、ビーム制御回路12、移相量演算回路13およびビームトリガ分配回路14における演算機能をハードウェアで実現する場合には図10のように構成することもできる。図10によれば、図9に示すCPU200およびメモリ202に代えて処理回路203が設けられている。図10に示す構成の場合、演算を行うのは処理回路203であり、図4に示すフローチャートおよび式(1)に示す演算処理を含む各種の演算処理を実行する。処理回路203は、例えば、単一回路、複合回路、プログラム化したプロセッサ、並列プログラム化したプロセッサ、ASIC(Application Specific Integrated Circuit)、FPGA(Field-Programmable Gate Array)、またはこれらを組み合わせたものが該当する。」

「【図1】



「【図2】



「【図3】



「【図4】



「【図5】



「【図9】



「【図10】



(2) 引用発明の認定
上記(1)の記載事項を総合すると、引用文献1には、次の発明(以下「引用発明」という。)が記載されているものと認められる。

「空間に電波を放射し、または空間から電波を受信する素子アンテナ1(1)〜1(N)(Nは2以上の整数)と、各素子アンテナ1に接続され、送信信号または受信信号を増幅する増幅器2(1)〜2(N)と、各増幅器2に接続され、360度以内で位相を変化させることが可能な360度移相器3(1)〜(N)と、各360度移相器3に設定する設定値を保持し、ビームトリガの入力により設定値を切り替える設定値切替レジスタ9(1)〜9(N)と、を備えるフェーズドアレイ型のアンテナ装置100であって(【0001】、【0013】)、
アンテナ装置100は、RF信号に対して実時間遅延処理を施すTTD移相器6(1)〜(M)を備え(【0014】)、
アンテナ装置100は、TTD移相器6に設定する設定値を保持し、ビームトリガの入力により設定値を切り替える切替レジスタ10(1)〜10(M)と、各360度移相器3の設定値および各TTD移相器6の設定値と出力との差を補正する補正値を各周波数ごとに記憶する補正値記憶回路11と、ビーム指向方向およびビーム切替タイミングを指示するビーム制御回路12と、ビーム制御回路12からの指示に基づき、補正値記憶回路11に保存されている補正値を用いて各360度移相器3の設定値および各TTD移相器6の設定値をそれぞれ計算する移相量演算回路13と、ビーム制御回路12からの指示に基づき、各360度移相器3および各TTD移相器6に移相量切替のタイミングを指示するタイミング信号であるビームトリガを分配するビームトリガ分配回路14と、を備え(【0015】)、
アレイ面の法線に対し、例えばビームをθ°走査する場合、波数をK、素子間隔をdとすると、360度移相器3(1)〜3(N)に設定すべき移相量φPS(n)は、以下の式(1)にて計算でき(【0021】、【0022】)、

φPS(n)=−Kd(n−1)sinθ+CPS(n)…(1)
ただし、n=1,2,…,N

上記式(1)において、CPS(n)は各360度移相器3の周波数特性または製造誤差などによる特性のばらつきを補正する補正値であり(【0023】)、
チャープ波のような広帯域信号を送信波とする場合、モードが連続切替モードに設定され、アンテナ装置100では、各360度移相器3の設定値切替レジスタ9(1)〜9(N)および各TTD移相器6の設定値切替レジスタ10(1)〜10(M)のそれぞれが連続切替モードに対応しており、各設定値切替レジスタ9および各設定値切替レジスタ10には、設定された各周波数での移相量設定値が設定され(【0029】)、
連続切替モード時、ビームトリガを受信する度に、各設定値切替レジスタ9および各設定値切替レジスタ10に設定された移相量設定値が、順次各360度移相器3および各TTD移相器6に設定され、これにより、各周波数帯にて中心周波数fMでの等位相波面に近づけることができ、広帯域な送信波を送信する際のビームシフトおよびアンテナパターンの劣化を抑制することが可能となり(【0030】)、
アンテナ装置100を構成する補正値記憶回路11、ビーム制御回路12、移相量演算回路13およびビームトリガ分配回路14における演算機能をハードウェアで実現する処理回路203が設けられ、式(1)に示す演算処理を含む各種の演算処理を実行する(【0041】)、
フェーズドアレイ型のアンテナ装置100。」

2 対比
(1) 本願発明と引用発明の対比
本願発明と引用発明を対比する。
ア 引用発明の「フェーズドアレイ型のアンテナ装置100」は、「チャープ波のような広帯域信号を送信波」として、「空間に電波を放射」「する素子アンテナ1(1)〜1(N)(Nは2以上の整数)」を備えるものである。
そして、引用発明の「チャープ波のような広帯域信号」及び「空間に電波を放射」「する素子アンテナ1(1)〜1(N)(Nは2以上の整数)」は、それぞれ本願発明の「周波数が時間の経過に伴って変化する電波」及び「複数の送信アンテナ」に相当する。
よって、本願発明と引用発明は、「周波数が時間の経過に伴って変化する電波を送信波として複数の送信アンテナから送信する電子機器」の発明である点で一致する。

イ 引用発明の「処理回路203」は、「式(1)に示す演算処理を含む各種の演算処理を実行する」ものであり、「式(1)」は「アレイ面の法線に対し、例えばビームをθ°走査する場合」に、「360度移相器3(1)〜3(N)に設定すべき移相量φPS(n)」を算出するものである。
そして、引用発明の「アレイ面の法線に対し、」「ビームをθ°走査する」ことは、本願発明の「前記複数の送信アンテナから送信されるそれぞれの送信波の位相が所定の方向において揃うように」することに相当する。
また、引用発明において、「360度移相器3(1)〜3(N)」に「移相量φPS(n)」を設定することは、本願発明の「複数の送信アンテナから送信される送信波の少なくとも1つの位相を制御する」ことに相当する。
以上の点を踏まえると、本願発明と引用発明は、「前記複数の送信アンテナから送信されるそれぞれの送信波の位相が所定の方向において揃うように、当該複数の送信アンテナから送信される送信波の少なくとも1つの位相を制御する位相制御部」を備える点で一致する。

ウ 引用発明の「処理回路203」が演算する「移相量φPS(n)」は、波数Kに基づくものであり、波数Kは、2πf/c(fは送信波の周波数、cは光速)であり「送信波の周波数」に比例しているから、「移相量φPS(n)」は「送信波の周波数」にも基づくものである。
したがって、本願発明と引用発明は、「前記位相制御部は、前記送信波の少なくとも1つの位相を、当該送信波の周波数に基づいて調整」する点で一致する。

エ 引用発明の「移相量φPS(n)」、「θ」、「波数K」及び「素子間隔d」は、それぞれ本願発明の「送信波の位相調整量S(t,θ)」、「送信角度θ」、「1/c×f(t)×360」及び「アンテナ間の距離W」に相当する。なお、引用発明の「CPS(n)」は「各360度移相器3の周波数特性または製造誤差などによる特性のばらつきを補正する補正値」であり、ばらつきが許容範囲内とみなせる場合は、ゼロとみなせるものである。
また、引用発明の、式(1)により算出した「移相量φPS(n)」は、「360度移相器3(1)〜3(N)」に設定することで、「チャープ波のような広帯域信号を送信波」とする場合に、「各周波数帯にて中心周波数fMでの等位相波面に近づけることができ、広帯域な送信波を送信する際のビームシフトおよびアンテナパターンの劣化を抑制」するものであるから、本願発明の「送信波の送信角度の時間の経過に伴う変化量を打ち消すように決定する」「送信波の位相調整量S」に相当する。
よって、引用発明の「処理回路203」が、式(1)である「φPS(n)=−Kd(n−1)sinθ+CPS(n)」の演算を実行して「移相量φPS(n)」を算出することは、
本願発明の「前記送信波の周波数fの時間t依存性をf=f(t)とし、光の速さをcとし、アンテナ間の距離をWとし、アンテナの並んだ方向に垂直な方向(ブロードサイド方向)に対する送信角度をθとした場合、送信波の位相調整量S(t,θ)を、
S(t,θ)={Wsinθ}/c×f(t)×360°
により、該送信波の送信角度の時間の経過に伴う変化量を打ち消すように決定する」ことに相当する。
したがって、本願発明と引用発明は、
「前記送信波の周波数fの時間t依存性をf=f(t)とし、光の速さをcとし、アンテナ間の距離をWとし、アンテナの並んだ方向に垂直な方向(ブロードサイド方向)に対する送信角度をθとした場合、送信波の位相調整量S(t,θ)を、
S(t,θ)={Wsinθ}/c×f(t)×360°
により、該送信波の送信角度の時間の経過に伴う変化量を打ち消すように決定する」点で共通する。

(2) 一致点及び相違点
上記(1)の検討結果をまとめると、本願発明と引用発明は、次の一致点において一致し、次の相違点において相違する。

<一致点>
周波数が時間の経過に伴って変化する電波を送信波として複数の送信アンテナから送信する電子機器であって、
前記複数の送信アンテナから送信されるそれぞれの送信波の位相が所定の方向において揃うように、当該複数の送信アンテナから送信される送信波の少なくとも1つの位相を制御する位相制御部を備え、
前記位相制御部は、前記送信波の少なくとも1つの位相を、当該送信波の周波数に基づいて調整し、
前記位相制御部は、
前記送信波の周波数fの時間t依存性をf=f(t)とし、光の速さをcとし、アンテナ間の距離をWとし、アンテナの並んだ方向に垂直な方向(ブロードサイド方向)に対する送信角度をθとした場合、送信波の位相調整量S(t,θ)を、
S(t,θ)={Wsinθ}/c×f(t)×360°
により、該送信波の送信角度の時間の経過に伴う変化量を打ち消すように決定する、電子機器、である点。

<相違点>
本願発明は、「送信波の周波数fの時間t依存性をf=f(t)とし」た場合の「時刻t」が「前記位相制御部が周波数情報を取得した時刻」である、すなわち、f(t)の情報が時刻tに取得されたものであるのに対して、引用発明は、波数Kの情報がどのように取得されたものか不明な点。

3 判断
(1) 相違点について
上記相違点について検討する。
引用発明において、「処理回路203」が式(1)である「φPS(n)=−Kd(n−1)sinθ+CPS(n)」を演算するためには、波数K=2πf/c(fは送信波の周波数、cは光速)の値が必要であるところ、チャープ波のように、時間とともに周波数fが変化する信号が送信波の場合、送信波の周波数fや当該周波数fに比例する波数Kが時間とともに変化し、前回の演算の際の周波数fや波数Kの情報が使えないことは明らかである。
したがって、引用発明において、式(1)を演算するための波数K、すなわち周波数情報を、演算する都度、測定等により取得すべきことは、当然配慮すべきことであるから、引用発明において、上記相違点に係る構成とすることは、当業者が容易に想到し得たことである。

(2) 請求人の主張について
ア 請求人の主張の概要
請求人は、令和3年9月21日付け意見書において、次の主張をしている。

(意見書3頁20行〜4頁2行)
「(b)本願発明と引用発明の対比
本願の補正後の独立請求項に係る発明(本願発明)は、「位相制御部は、送信波の周波数fの時間t依存性をf=f(t)とし、光の速さをcとし、アンテナ間の距離をWとし、アンテナの並んだ方向に垂直な方向(ブロードサイド方向)に対する送信角度をθとした場合、時刻tを前記位相制御部が周波数情報を取得した時刻として、送信波の位相調整量S(t,θ)を、
S(t,θ)={Wsinθ}/c×f(t)×360°
により、該送信波の送信角度の時間の経過に伴う変化量を打ち消すように決定する」ことを特徴に含むものです。

これに対し、引用文献1は、上述の本願発明独自の特徴を開示も示唆もしていません。
引用文献1は、段落0030に開示のように、「ビームトリガを受信する度に、各設定値切替レジスタ9および各設定値切替レジスタ10に設定された移相量設定値が、順次各360度移相器3および各TTD移相器6に設定される。これにより、各周波数帯にて図2に示すような中心周波数fMでの等位相波面に近づけることができ、広帯域な送信波を送信する際のビームシフトおよびアンテナパターンの劣化を抑制することが可能」とするものです。
したがって、引用文献1に記載の技術は、各周波数帯の波面を図2に示すような中心周波数fMでの等位相波面に近づけるものであり、本願発明とは構成も効果も異なるものです。
また、引用文献1の段落0022に記載の位相量φPS(n)は、素子間隔dのアンテナ間の位相差を示す一般式として記載されているものです。

本願発明は、上述した本願発明独自の特徴とする構成により、例えば、送信波を所定の方向に正確に向けることができるという、顕著な効果を奏します(出願当初明細書の段落0130など参照)。
このように、本願発明独自の効果は、引用発明1が意図していない、引用発明1が有する効果よりも優れた効果を奏するものであり、本願発明の各構成の結合により初めてもたらされたものです。
また、上述した本願発明独自の構成は、当業者が出願当初の技術水準から予測し、適宜なし得る事項ではないものと思料します。」

イ 請求人の主張についての検討
前記(1)で検討したとおり、引用発明では、式(1)である「φPS(n)=−Kd(n−1)sinθ+CPS(n)」の演算を実行しており、その都度波数Kの情報が必要になるところ、波数Kの情報は、時間の経過に伴って変化する周波数に比例し、演算する都度変化しているものであるから、演算する度に波数Kの情報を取得すべきことは、当業者が容易に想到し得たことである。
また、前記2(1)エで検討したとおり、引用発明は、送信波であるチャープ波の各周波数帯の波面を中心周波数fMでの等位相波面に近づけており、それは送信波の周波数が変化しても、送信角度が変化しないことを意味するから、引用発明と本願発明に効果における実質的な相違は認められない。
そして、請求人は、「引用文献1の段落0022に記載の位相量φPS(n)は、素子間隔dのアンテナ間の位相差を示す一般式として記載されているもの」と主張しているが、引用発明は、処理回路203で当該式の演算を実行して、それにより得られた「移相量φPS(n)」を「360度移相器3(1)〜3(N)」に設定しているのであるから、請求人が述べるような、素子間隔dのアンテナ間の位相差を示す一般式として記載したものではないことは明らかである。
以上のとおりであるから、請求人の主張は、前記(1)の結論を左右するものではない。

(3) 小括
上記(1)及び(2)に検討したとおり、前記相違点に係る本願発明の構成は、引用発明に基づいて当業者が容易に想到し得たものである。
そして、本願発明によって奏される効果は、引用発明から当業者が予測し得る程度のものにすぎない。
したがって、本願発明は、引用発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

第5 むすび
以上のとおり、本願発明は、引用発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。
したがって、他の請求項に係る発明について審理するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。




 
別掲 (行政事件訴訟法第46条に基づく教示) この審決に対する訴えは、この審決の謄本の送達があった日から30日(附加期間がある場合は、その日数を附加します。)以内に、特許庁長官を被告として、提起することができます。
 
審理終結日 2021-10-28 
結審通知日 2021-11-02 
審決日 2021-11-15 
出願番号 P2020-512761
審決分類 P 1 8・ 121- WZ (G01S)
最終処分 02   不成立
特許庁審判長 岡田 吉美
特許庁審判官 清水 靖記
濱本 禎広
発明の名称 電子機器、電子機器の制御方法、及び電子機器の制御プログラム  
代理人 杉村 憲司  
代理人 坪内 伸  

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