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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  C08L
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  C08L
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  C08L
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C08L
管理番号 1386093
総通号数
発行国 JP 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2022-07-29 
種別 異議の決定 
異議申立日 2020-11-27 
確定日 2022-03-25 
異議申立件数
訂正明細書 true 
事件の表示 特許第6704428号発明「ポリアミド樹脂組成物」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6704428号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり〔1−11〕について訂正することを認める。 特許第6704428号の請求項1ないし11に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
1 特許異議申立の経緯
特許第6704428号(請求項の数11。以下、「本件特許」という。)は、平成30年4月16日の特許出願(特願2018−78696号)に係るものであって、令和2年5月14日に設定登録されたものである(特許掲載公報の発行日は、令和2年6月3日である。)。
その後、令和2年11月27日に、本件特許の請求項1〜11に係る特許に対して、特許異議申立人である枝木幸二(以下、「申立人A」という。)により、特許異議の申立てがされ、また、令和2年12月3日に、本件特許の請求項1〜11に係る特許に対して、特許異議申立人である野中恵(以下、「申立人B」という。)により、特許異議の申立てがされた。

特許異議申立て以降の手続の経緯は以下のとおりである。
令和2年11月27日 特許異議申立書(申立人A)
同年12月 3日 特許異議申立書(申立人B)
令和3年 3月29日付け 取消理由通知書
同年 5月28日 意見書・訂正請求書(特許権者)
同年 6月 3日付け 通知書(申立人A及びB宛て)
同年 7月 7日 意見書(申立人A)
同年 同月 8日 意見書(申立人B)
同年 9月30日付け 取消理由通知書(決定の予告)
同年12月 7日 意見書・回答書(特許権者)

2 証拠方法
(1)申立人Aが提出した証拠方法
ア 特許異議申立書に添付した証拠方法は、以下のとおりである。
・甲第1号証 吾郷万里子 外3名著、「セルロース固体構造変化に及ぼす親水性および疎水性溶媒の効果」、高分子論文集、Vol.65、No.7、2008年、第483〜492頁
・甲第2号証 矢野浩之、「京都大学生存圏研究所におけるセルロースナノファイバー研究のこれまでとこれから」、NanoCellulose Symposium 2014 第250回生存圏シンポジウム『セルロースナノファイバー』〜日本には資源も知恵もある〜、March 25 2014
・甲第3号証 国際公開第2011/126038号
・甲第4号証 特表2003−501538号公報
・甲第5号証 特開平5−214246号公報
・甲第6号証 特表2017−517604号公報

イ 令和3年7月7日に提出した意見書に添付した証拠方法は、以下のとおりである。
・甲第7号証 社団法人高分子学会編、「高分子工学講座3 高分子生成反応」、昭和44年10月15日 初版第2刷発行、株式会社地人書館、第282〜285頁
・甲第8号証 福本修編、「プラスチック材料講座[16] ポリアミド樹脂」、昭和45年7月25日 初版発行、日刊工業新聞社、第86〜87頁
・甲第9号証 福本修編、「ポリアミド樹脂ハンドブック」、昭和63年1月30日 初版第1刷発行、日刊工業新聞社、第120〜121、218〜221頁
(以下、「甲第1号証」〜「甲第9号証」を「甲1A」〜「甲9A」という。)

(2)申立人Bが提出した証拠方法は、以下のとおりである。
・甲第1号証 国際公開第2011/126038号
・甲第2号証 「技術資料 微小繊維状セルロース セリッシュ CELISH」、ダイセルファインケム株式会社、1998年5月5日
・甲第3号証 福本修編 「ポリアミド樹脂ハンドブック」日刊工業新聞社、昭和63年1月30日初版第1刷発行、第46〜67頁
・甲第4号証 特開2015−30833号公報
・甲第5号証 特開平7−18176号公報
・甲第6号証 特開2003−335941号公報
・甲第7号証 特開2015−209512号公報
・甲第8号証 特開平8−199063号公報
(以下、「甲第1号証」〜「甲第8号証」を「甲1B」〜「甲8B」という。)

なお、甲3Aと甲1Bは、同じ文献である国際公開第2011/126038号であるから、以下では甲3Aと記載する。

第2 訂正の適否についての判断
特許権者は、令和3年3月29日付け取消理由通知書において特許法第120条の5第1項の規定により審判長が指定した期間内である令和3年5月28日に訂正請求書を提出し、本件特許の特許請求の範囲を訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり訂正後の請求項1〜11について訂正することを求めた(以下「本件訂正」という。また、本件特許査定時の願書に添付した明細書及び特許請求の範囲を「本件明細書等」という。)。

1 訂正の内容
(1)訂正事項1
訂正前の請求項1に「下記関係式(1):
1≧10×W’/W・・・(1)
を満たし、」とあるのを、
「下記関係式(1):
1≧10×W’/W・・・(1)
を満たし、
前記Wがポリアミド樹脂組成物質量基準で0.5〜5質量%であり、」に訂正する。

(2)訂正事項2
訂正前の請求項1に「(C)表面改質剤がポリアミド系樹脂及びその変性物からなる群から選ばれる1種以上のオリゴマーである、」とあるのを、
「 前記溶液中の(C)表面改質剤が、ゲルパーミエーションクロマトグラフィで測定されるクロマトグラムにおける分子量2000以下の成分であり、
(C)表面改質剤がポリアミド系樹脂及びその変性物からなる群から選ばれる1種以上のオリゴマーである、」に訂正する。

(3)一群の請求項
請求項2〜11はそれぞれ請求項1を直接的又は間接的に引用するものであって、訂正事項1及び2によって記載が訂正される請求項1に連動して訂正されるものである。
よって、本件訂正は、一群の請求項に対してなされたものである。

2 判断
(1)訂正事項1について
ア 訂正の目的
訂正事項1による訂正は、訂正前の請求項1における「W」について、「Wがポリアミド樹脂組成物質量基準で0.5〜5質量%であり」と限定する訂正であるから、特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正である。

新規事項の追加及び実質上の特許請求の範囲の拡張・変更
本件明細書等の【0191】以降に記載の実施例において、同【0219】に記載の表1には、Wの値が、実施例2〜31をみると、0.5〜5重量%の範囲で記載され、これらの値の単位である「重量%」と「質量%」は実質的に同じ値を示す単位であるといえるから、訂正事項1による訂正は本件明細書等の記載した事項の範囲内であるといえ、また、実質上特許請求の範囲の拡張又は変更に当たらないことは明らかである。

(2)訂正事項2について
ア 訂正の目的
訂正事項2による訂正は、訂正前の請求項1における「溶液中の(C)表面改質剤」について、令和3年3月29日付けの取消理由通知中の「理由1(明確性)」の指摘に対して、「ゲルパーミエーションクロマトグラフィで測定されるクロマトグラムにおける分子量2000以下の成分であり」と加入する訂正であるから、明瞭でない記載の釈明を目的とする訂正である。

新規事項の追加及び実質上の特許請求の範囲の拡張・変更
本件明細書等の特許請求の範囲の請求項1には、溶液中の(C)表面改質剤含有量をW’’とすることが記載され、本件明細書等の【0207】〜【0208】には、ポリアミド樹脂組成物をポリアミド樹脂溶解性溶媒であるヘキサフルオロ−2−プロパノールに溶解させたろ液をGPC測定で得られたクロマトグラムから、分子量2000以下のシグナルの面積比からW’’を算出したことが記載されているから、訂正事項2による訂正は本件明細書等の記載した事項の範囲内であるといえ、また、実質上特許請求の範囲の拡張又は変更に当たらないことは明らかである。

(3)まとめ
以上のとおりであるから、訂正事項1〜2による訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1及び3号に掲げる目的に適合し、また、同法同条第9項において準用する同法第126条第5及び6項の規定に適合するから、本件訂正を認める。

第3 特許請求の範囲の記載
上記のとおり、本件訂正は認められたので、特許第6704428号の特許請求の範囲の記載は、訂正後の特許請求の範囲の請求項1〜11に記載される以下のとおりのものである。(以下、請求項1〜11に記載された事項により特定される発明を「本件発明1」〜「本件発明11」といい、まとめて「本件発明」ともいう。)
「【請求項1】
(A)ポリアミド樹脂100質量部と、(B)セルロースと、(C)表面改質剤0.01〜5質量部とを含むポリアミド樹脂組成物であって、
ポリアミド樹脂溶解性溶媒に前記ポリアミド樹脂組成物を溶解させたときの、不溶分中の(C)表面改質剤含有量をW’、溶液中の(C)表面改質剤含有量をW”、W’とW”との合計をWとしたときに、下記関係式(1):
1≧10×W’/W・・・(1)
を満たし、
前記Wがポリアミド樹脂組成物質量基準で0.5〜5質量%であり、
前記溶液中の(C)表面改質剤が、ゲルパーミエーションクロマトグラフィで測定されるクロマトグラムにおける分子量2000以下の成分であり、
(C)表面改質剤がポリアミド系樹脂及びその変性物からなる群から選ばれる1種以上のオリゴマーである、ポリアミド樹脂組成物。
【請求項2】
(C)表面改質剤を2〜5質量部含む、請求項1に記載のポリアミド樹脂組成物。
【請求項3】
(C)表面改質剤の数平均分子量が100〜2000である、請求項1又は2に記載のポリアミド樹脂組成物。
【請求項4】
(D)金属イオン成分を含む、請求項1〜3のいずれか一項に記載のポリアミド樹脂組成物。
【請求項5】
(D)金属イオン成分がヨウ化銅(CuI)、臭化第一銅(CuBr)、臭化第二銅(CuBr2)、塩化第一銅(CuCl)、及び酢酸銅からなる群から選ばれる1種以上である、請求項4に記載のポリアミド樹脂組成物。
【請求項6】
(E)摺動剤成分を含む、請求項1〜5のいずれか一項に記載のポリアミド樹脂組成物。
【請求項7】
(E)摺動剤成分が、アルコール、アミン、カルボン酸、ヒドロキシ酸、アミド、エステル、ポリオキシアルキレングリコール、シリコーンオイル、ワックス、及び潤滑油からなる群から選ばれる1種以上である、請求項6に記載のポリアミド樹脂組成物。
【請求項8】
(E)摺動剤成分の融点が40〜150℃である、請求項6又は7に記載のポリアミド樹脂組成物。
【請求項9】
請求項1〜8のいずれか一項に記載のポリアミド樹脂組成物の製造方法であって、
(A)ポリアミド樹脂の原料モノマーと、(B)セルロースの水分散液とを混合し、重合反応を行うことを含む、方法。
【請求項10】
請求項1〜8のいずれか一項に記載のポリアミド樹脂組成物を含む、成形体。
【請求項11】
成形体の製造方法であって、
請求項9に記載の方法でポリアミド樹脂組成物を得ること、及び
前記ポリアミド樹脂組成物を成形すること、
を含む、方法。」

第4 特許異議申立理由及び取消理由の概要
1 取消理由通知の概要
(1)当審が令和3年9月30日付け取消理由通知で通知した取消理由の概要は、以下に示すとおりである。

ア 取消理由1−1(明確性
本件訂正により訂正された特許請求の範囲の請求項1〜11の記載は、同各項に記載された特許を受けようとする発明が、下記の点で明確とはいえないから、特許法第36条第6項第2号に適合するものでない。
よって、本件訂正により訂正された請求項1〜11に係る発明の特許は、同法第36条第6項に規定する要件を満たさない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し取り消されるべきものである。

本件発明1のポリアミド樹脂組成物中に含まれる「(C)表面改質剤」のうちの、ポリアミド樹脂溶解性溶媒にポリアミド樹脂組成物を溶解させた時の不溶分中の(C)表面改質剤、すなわち含有量が「W'」で示される(C)表面改質剤は、「(C)表面改質剤がポリアミド系樹脂及びその変性物からなる群から選ばれる1種以上のオリゴマーである」と特定されているから一定の分子量以下の範囲の物質であると解することができる一方で、本件明細書の記載をみると、セルロース表面に存在するポリアミド(すなわち、オリゴマーではない高分子量のポリアミド)も含まれると考えることが自然であって、本件明細書に記載された測定方法からはオリゴマーだけが測定できるとはいえないから、どのような分子量の範囲のポリアミド系樹脂及びその変性物であるのか明確であるとはいえない。

イ 取消理由1−2(実施可能要件
本件訂正により訂正された明細書の発明の詳細な説明は、下記の点で、当業者が本件訂正により訂正された特許請求の範囲の請求項1〜11に係る発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるとはいえないから、上記発明の詳細な説明の記載が特許法第36条第4項第1号に適合するものではない。
よって、本件訂正により訂正された請求項1〜11に係る発明の特許は、同法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し取り消されるべきものである。

(ア)本件発明1のポリアミド樹脂組成物中に含まれる「(C)表面改質剤」は、「(C)表面改質剤がポリアミド系樹脂及びその変性物からなる群から選ばれる1種以上のオリゴマーである」と特定されているから一定の分子量以下の範囲の物質であると解することができるところ、この「(C)表面改質剤」のうち、ポリアミド樹脂溶解性溶媒にポリアミド樹脂組成物を溶解させた時の不溶分中の(C)表面改質剤の配合割合を測定するための方法について、本件明細書の記載をみると、セルロース表面に存在するポリアミド(すなわち、オリゴマーではない高分子量のポリアミド)も含まれると考えることが自然であり、本件明細書に記載された測定方法からはオリゴマーだけが測定できるとはいえないから、本件明細書には、当業者が本件発明の実施をできる程度に明確かつ十分に記載されているとはいえない。

(イ)本件発明1における(A)ポリアミド樹脂100質量部に対して、(C)表面改質剤を0.01〜5質量部含むことについて、実施例をみても、(A)ポリアミド樹脂100質量部に対して、(C)表面改質剤を0.01〜5質量部含むことが明らかであるとはいえず、また、本件明細書の段落【0199】の記載からみて、「(C)表面改質剤」は、「ε−カプロラクタムを用いた重合」により得られたものに加え、「(A)ポリアミド樹脂又はその原料モノマーに由来する成分」も含まれるところ、発明の詳細な説明の他の記載をみても、(A)ポリアミド樹脂100質量部に対して、(C)表面改質剤を0.01〜5質量部含むための製造方法が記載されているとはいえないから、本件明細書には、当業者が本件発明1の実施をできる程度に明確かつ十分に記載されたとはいえない。

ウ 取消理由1−3(新規性
本件訂正により訂正された請求項1、2、9及び10に係る発明は、本件特許出願前に日本国内または外国において、頒布された下記の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができない。
よって、本件訂正により訂正された請求項1、2、9及び10に係る発明の特許は、同法第29条の規定に違反してされたものであるから、同法第113条第2号に該当し取り消されるべきものである。

エ 取消理由1−4(進歩性
本件訂正により訂正された1〜11に係る発明は、本件特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された下記の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて、本件特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
よって、本件訂正により訂正された請求項1〜11に係る発明の特許は、同法第29条の規定に違反してされたものであるから、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。

甲3A:国際公開第2011/126038号
甲6A:特表2017−517604号公報
甲4B:特開2015−30833号公報
甲5B:特開平7−18176号公報
甲6B:特開2003−335941号公報
甲7B:特開2015−209512号公報
参考文献1:鶴田基弘著、「プラスチック材料講座9 ポリアミド樹脂」、日刊工業新聞社、昭和36年4月15日発行
参考文献2:特開昭48−13494号公報
参考文献3:特開平6−73287号公報

(2)当審が令和3年3月29日付け取消理由通知で通知した取消理由の概要は、以下に示すとおりである。
ア 取消理由2−1(明確性
本件訂正前の特許請求の範囲の請求項1、2、4〜11の記載は、同各項に記載された特許を受けようとする発明が、下記の点で明確とはいえないから、特許法第36条第6項第2号に適合するものでない。
よって、本件訂正前の請求項1、2、4〜11に係る発明の特許は、同法第36条第6項に規定する要件を満たさない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し取り消されるべきものである。

本件訂正前の請求項1に係る発明のポリアミド樹脂組成物中に含まれる「(C)表面改質剤」は、「(C)表面改質剤がポリアミド系樹脂及びその変性物からなる群から選ばれる1種以上のオリゴマーである」と特定されているから一定の分子量以下の範囲の物質であると解することができるところ、この「(C)表面改質剤」のうち、ポリアミド樹脂溶解性溶媒にポリアミド樹脂組成物を溶解させた時の溶液中の(C)表面改質剤、すなわち含有量が「W''」で示される(C)表面改質剤は、その分子量の範囲が特定されていないから、本件発明1は不明確である。

イ 取消理由2−2(実施可能要件
本件訂正前の明細書の発明の詳細な説明は、下記の点で、当業者が本件訂正前の特許請求の範囲の請求項1〜11に係る発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるとはいえないから、発明の詳細な説明の記載が特許法第36条第4項第1号に適合するものではない。
よって、本件訂正前の請求項1〜11に係る発明の特許は、同法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し取り消されるべきものである。

(ア)本件訂正前の請求項1〜11に係る発明は、(A)ポリアミド樹脂100質量部と、(B)セルロースと、(C)表面改質剤0.01〜5質量部とを含むポリアミド樹脂組成物であって、関係式(1)である「ポリアミド樹脂溶解性溶媒に前記ポリアミド樹脂組成物を溶解させたときの、不溶分中の(C)表面改質剤含有量をW’、溶液中の(C)表面改質剤含有量をW”、W’とW”との合計をWとしたとき」の「1≧10×W’/W」で特定される発明であるところ、発明の詳細な説明には、W、W’、W”を制御するための一般的な方法が記載され、また、同【0191】以降に記載された実施例においては(以下の「a」〜「d」は当審で付与した。)、
a「熱水の精錬時間95℃熱水」の時間、
b「真空乾燥80℃100Pa以下」の時間、
c「アニール 130℃6時間」の有無、
d「調湿後に射出成型」の有無
の工程を経たことが記載され、これらa〜dは、一般的な方法に関する具体的な処理方法であるといえる。
しかしながら、これらの記載をみても、当業者が上記で示した処理を、どのように組合せてどの程度の時間行えば、関係式(1)を満たすことができるのか、過度の試行錯誤が必要であるといえる。
よって、発明の詳細な説明には、当業者が本件発明1を製造することができる程度に明確かつ十分に記載されているとはいえない。

(イ)実施例3及び4、実施例5及び6並びに実施例9〜13のそれぞれは、ポリアミド樹脂の原料の量及びセルロースの量が同じであり、また、95℃熱水の精錬時間も同じ具体例であるが、「W’」及び「W”」の値が異なっている例であるといえ、そうすると、当業者であっても、どのような手段により、「W’」及び「W”」を調整するのか明らかであるとはいえず、結果として、関係式(1)を満たすための方法が明らかであるとはいえない。

(ウ)本件訂正前の請求項1に係る発明における(A)ポリアミド樹脂100質量部に対して、(C)表面改質剤を0.01〜5質量部含むことについて、実施例をみても、(A)ポリアミド樹脂100質量部に対して、(C)表面改質剤を0.01〜5質量部含むことが明らかであるとはいえず、また、本件明細書の段落【0199】の記載からみて、「(C)表面改質剤」は、「ε−カプロラクタムを用いた重合」により得られたものに加え、「(A)ポリアミド樹脂又はその原料モノマーに由来する成分」も含まれるところ、発明の詳細な説明の他の記載をみても、(A)ポリアミド樹脂100質量部に対して、(C)表面改質剤を0.01〜5質量部含むための製造方法が記載されているとはいえないから、本件明細書には、当業者が本件発明1の実施をできる程度に明確かつ十分に記載されたとはいえない。
(この取消理由は、上記「(1)イ(イ)」で示した取消理由1−2(イ)と同旨である。)

ウ 取消理由2−3(新規性
本件訂正前の請求項1、2、9〜11に係る発明は、本件特許出願前に日本国内または外国において、頒布された下記の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができない。
よって、本件訂正前の請求項1、2、9〜11に係る発明の特許は、同法第29条の規定に違反してされたものであるから、同法第113条第2号に該当し取り消されるべきものである。

エ 取消理由2−4(進歩性
本件訂正前の請求項1〜11に係る発明は、本件特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された下記の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて、本件特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
よって、本件訂正前の請求項1〜11に係る発明の特許は、同法第29条の規定に違反してされたものであるから、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。

刊行物は、上記(1)エで示した文献と同じである。

2 特許異議申立理由の概要
申立人A及びBが特許異議申立書でした申立の理由の概要は、以下に示すとおりである。
(1)申立人A
ア 申立理由1A(サポート要件)
本件訂正前の特許請求の範囲の請求項1〜11の記載は、同各項に記載された特許を受けようとする発明が、下記の点で発明の詳細な説明に記載したものであるとはいえないから、特許法第36条第6項第1号に適合するものではない。
よって、本件訂正前の請求項1〜11に係る発明の特許は、同法第36条第6項に規定する要件を満たさない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し取り消されるべきものである。

内容の概要は、下記「第5 2(1)エ」で示すとおりである。

イ 申立理由2A(明確性
本件訂正前の特許請求の範囲の請求項1〜11の記載は、同各項に記載された特許を受けようとする発明が、下記の点で明確とはいえないから、特許法第36条第6項第2号に適合するものでない。
よって、本件訂正前の請求項1〜11に係る発明の特許は、同法第36条第6項に規定する要件を満たさない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し取り消されるべきものである。

内容の概要は、取消理由1−1、取消理由2−1で示した内容と、下記「第5 2(2)ア」で示すとおりである。

ウ 申立理由3A(実施可能要件
本件訂正前の明細書の発明の詳細な説明は、下記の点で、当業者が本件訂正前の特許請求の範囲の請求項1〜11に係る発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるとはいえないから、発明の詳細な説明の記載が特許法第36条第4項第1号に適合するものではない。
よって、本件訂正前の請求項1〜11に係る発明の特許は、同法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し取り消されるべきものである。

内容の概要は、取消理由2−2(ア)で示した内容と、下記「第5 2(3)ア」で示すとおりである。

エ 申立理由4A(新規性
本件訂正前の請求項1〜3、6〜11に係る発明は、本件特許出願前に日本国内または外国において、頒布された甲3Aに記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができない。
よって、本件訂正前の請求項1〜3、6〜11に係る発明の特許は、同法第29条の規定に違反してされたものであるから、同法第113条第2号に該当し取り消されるべきものである。

オ 申立理由5A(進歩性
本件訂正前の請求項1〜11に係る発明は、本件特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された甲3Aに記載された発明及び甲3A〜甲6Aに記載された技術的事項に基いて、本件特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
よって、本件訂正前の請求項1〜11に係る発明の特許は、同法第29条の規定に違反してされたものであるから、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。

(2)申立人B
ア 申立理由1B(新規性
本件訂正前の請求項1〜3、9〜11に係る発明は、本件特許出願前に日本国内または外国において、頒布された甲3Aに記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができない。
よって、本件訂正前の請求項1〜3、9〜11に係る発明の特許は、同法第29条の規定に違反してされたものであるから、同法第113条第2号に該当し取り消されるべきものである。

イ 申立理由2B(進歩性
本件訂正前の請求項4〜8に係る発明は、本件特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された甲1B〜甲8Bに記載された発明に基いて、本件特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
よって、本件訂正前の請求項4〜8に係る発明の特許は、同法第29条の規定に違反してされたものであるから、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。

ウ 申立理由3B(実施可能要件
本件訂正前の明細書の発明の詳細な説明は、下記の点で、当業者が本件訂正前の特許請求の範囲の請求項1〜11に係る発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるとはいえないから、発明の詳細な説明の記載が特許法第36条第4項第1号に適合するものではない。
よって、本件訂正前の請求項1〜11に係る発明の特許は、同法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し取り消されるべきものである。

内容の概要は、取消理由2−2(イ)で示した内容と同旨である。

第5 当審の判断
当審は、当審が通知した取消理由1−1〜1−4及び取消理由2−1〜2−4並びに申立人Aがした申立理由1A〜5A及び申立人Bがした申立理由1B〜3Bによっては、いずれも、本件発明1〜11に係る特許を取り消すことはできないと判断する。
その理由は以下のとおりである。
なお、取消理由1−3及び1−4、取消理由2−3及び2−4、申立理由4A及び5A並びに申立理由1B及び2Bは、同じ甲3A(国際公開第2011/126038号)を主引用例とする理由であるから併せて検討する。
また、申立理由2Aのうち取消理由1−1及び2−1で通知した理由は、取消理由1−1及び2−1で検討する。
さらに、申立理由3Aのうち取消理由2−2(ア)で通知した理由は、取消理由2−2(ア)で検討する。
加えて、申立理由3Bは、取消理由2−2(イ)と同旨であるから、取消理由2−2(イ)で検討する。

1 取消理由について
(1)取消理由1−1(明確性)について
取消理由1−1は、概略、本件発明1のポリアミド樹脂組成物中に含まれる(C)表面改質剤のうちの、ポリアミド樹脂溶解性溶媒にポリアミド樹脂組成物を溶解させた時の不溶分中の(C)表面改質剤、すなわち含有量が「W'」で示される(C)表面改質剤は、「(C)表面改質剤がポリアミド系樹脂及びその変性物からなる群から選ばれる1種以上のオリゴマーである」と特定されているから一定の分子量以下の範囲の物質であると解することができる一方で、本件明細書の記載をみると、セルロース表面に存在するポリアミド(すなわち、オリゴマーではない高分子量のポリアミド)も含まれると考えることが自然であって、本件明細書に記載された測定方法からはオリゴマーだけが測定できるとはいえないから、どのような分子量の範囲のポリアミド系樹脂及びその変性物であるのか明確であるとはいえない、というものである。

明確性の考え方について
特許を受けようとする発明が明確であるか否かは、特許請求の範囲の記載だけではなく、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し、また、当業者の出願当時における技術常識を基礎として、特許請求の範囲の記載が、第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるか否かという観点から判断されるべきである。

イ 本件明細書の記載
本件明細書の段落【0083】には、「W’は、ポリアミド樹脂可溶性溶媒不溶分であるセルロース表面の(C)表面改質剤含有量を、熱分解GC−MS、1H−NMR、又は13C−NMRによって測定して得られる値である。具体的には、熱分解GC−MSによって(C)表面改質剤成分の定性評価と(C)表面改質剤付着量の定量評価を行う。単離したセルロースをセルロース溶解性溶媒に溶解させて、1H−NMR、又は13C−NMRによって測定を行い、(C)表面改質剤の分子量の測定を行う。」と記載され、同【0086】には、「ポリアミド樹脂組成物中のW’及びW”は、前述のようなポリアミド樹脂溶解性溶媒を用いた単離によって、当業者に一般的な分析方法を用いて求めることが可能である。例えば、1gの樹脂組成物に対し、50mlのヘキサフルオロ−2−プロパノールを用いて、組成物中の樹脂成分を溶解させ、不溶分であるセルロースを遠心分離やろ過などにより分離する。分離で得られたウェットケーク状のセルロースに2mlのヘキサフルオロ−2−プロパノールを添加し、3秒間洗浄し、減圧濾過を1回行う。この減圧濾過で得られたセルロースを23℃で24時間以上風乾し、乾燥セルロースを得る。得られた乾燥セルロースと内部標準物質とを同時又は別条件で測定する。このときの測定方法は、熱分解GC−MS、又は1H−NMR、13C−NMR測定等であってよい。これにより、(C)表面改質剤のW’を算出する事が可能である。」と記載されている。
また、実施例中の同【0207】には、「W’=(A)ポリアミド樹脂溶解性溶媒(ヘキサフルオロ−2−プロパノール)に樹脂組成物を溶解させた際の残渣(すなわち抽出後のセルロース)に付着している(C)表面改質剤の量[g/樹脂組成物1gあたり]・・・
樹脂組成物1gを、50mlのヘキサフルオロ−2−プロパノールに添加して、組成物中のポリアミド樹脂を溶解させ、溶液に対して遠心分離操作と濾過を行い、セルロースの分離を行った。分離で得られたウェットケーク状のセルロースに2mlのヘキサフルオロ−2−プロパノールを添加し、3秒間洗浄し、減圧濾過を1回行った。この減圧濾過で得られたセルロースを23℃で24時間以上風乾させ、乾燥セルロースを得た。得られた乾燥セルロース20mgに内部標準物質としてトルエンを添加し、1mlのd−ヘキサフルオロ−2−プロパノールを用いて、1H−NMR測定を実施した。内部標準物質のシグナルと、(C)表面改質剤のシグナルとの強度比からW’の定量を行った。」と記載され、同【0219】〜【0222】に記載されている「表1」〜「表4」には、実施例及び比較例における「W’」の値が「wt%」を単位として記載されている。

ウ 特許権者の令和3年12月7日に提出した意見書における説明
特許権者は、令和3年12月7日に提出した意見書において、以下のように説明している。
「本件発明のポリアミド樹脂組成物は、複数回のポリアミド樹脂溶解性溶媒(例えば、HFIP: ヘキサフルオロ−2−プロパノール)による洗浄で、可溶分と不溶分とに分かれる。可溶分には、「(A)ポリアミド樹脂」、及び「(C)表面改質剤のうち可溶分」(W"に対応)が含まれる。不溶分には、「(B)セルロース」、及び「(C)表面改質剤のうち不溶分」(W'に対応)が含まれる。
ポリアミドは、架橋されていない状態であれば、高分子量であっても溶媒溶解性である。したがって、セルロースに結合していないポリアミドは、高分子量であっても可溶分である。
一方、「W'」は、セルロースに付着しているために溶媒不溶となっている成分の量であるところ、「W’」を構成するのは、セルロースに対して共有結合的又は水素結合的に付着している成分である。そして、当該成分が実質的に低分子量成分で構成されていることは当業者であれば合理的に理解できる。セルロース周囲に接近しセルロースに優先的に付着する分子は、分子運動性が高くセルロースとの接触及び結合の機会が多い分子(すなわち低分子量分子)である一方、セルロースに付着した後の分子は、当該付着によって移動が制限されておりその後の重合による高分子量化が実質的に生じないと考えられるからである。
(C)表面改質剤のうち不溶分(W'に対応)は、セルロースに付着しているという形態上、分子量測定が実際上困難であるため、本件明細書で分子量が特定されていない。しかし、「W’」の量は、1H−NMRで測定可能である。・・・
以上の次第で、(C)表面改質剤のうち不溶分(W'に対応)が、ポリアミド樹脂組成物における溶媒不溶分中のオリゴマー成分であること、及びその量が1H−NMRで測定可能であることに鑑みれば、「W'」は、十分明確に定義されているものと思料する。」(令和3年12月7日に提出した意見書第4頁第14行〜第5頁第14行)

エ 判断
本件発明1のポリアミド樹脂組成物中に含まれる(C)表面改質剤のうち、ポリアミド樹脂溶解性溶媒にポリアミド樹脂組成物を溶解させた時の不溶分中の(C)表面改質剤(以下「(C)表面改質剤のうちの不溶分」という。)は、特許権者が上記意見書で述べるように、ポリアミド樹脂組成物をポリアミド樹脂溶解性溶媒で洗浄した際の不溶分中に存在する(C)表面改質剤であって、特許請求の範囲の請求項1に記載されているように「ポリアミド系樹脂及びその変性物からなる群から選ばれる1種以上のオリゴマーである」といえるところ、具体的には、本件明細書の段落【0086】及び【0207】によれば、概略、ポリアミド樹脂組成物に対し、ヘキサフルオロ−2−プロパノールを用いて、組成物中の樹脂成分を溶解させ、不溶分であるセルロースを分離し、得られた乾燥セルロースを1H−NMRで測定される物質である。
上記意見書における特許権者の説明を前提とすると、高分子量のポリアミド樹脂よりも、低分子量のポリアミドオリゴマーの方が分子運動性が高いことは技術常識であるといえるところ、ポリアミド樹脂組成物中に、セルロース、高分子量のポリアミド樹脂及びポリアミドオリゴマーが含まれている場合には、分子運動性が高いポリアミドオリゴマーがポリアミド樹脂組成物中を移動してセルロースに付着しやすいといえ、本件発明では、このセルロースに付着したポリアミドオリゴマーを、(C)表面改質剤のうちの不溶分と解釈するといえ、(C)表面改質剤のうちの不溶分には高分子量のポリアミドは実質的に含まないと解される。そして、上記した特許権者の説明に反する技術常識は見当たらないことからすれば、上記説明に基づく解釈には合理性があるといえる。また、特許権者は上記意見書において、(C)表面改質剤のうちの不溶分は、セルロースに付着しているという形態上、分子量測定が実際上困難であると説明しているが、この説明にも合理性はあるといえる。
そうすると、(C)表面改質剤のうちの不溶分の内容及びその量の測定は、本件明細書の段落【0207】に記載の方法で測定できると理解できるから、第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるとはいえず、取消理由1−1は理由がない。

(2)取消理由2−1(明確性)について
取消理由2−1は明確性に関する理由であるから、取消理由1−1に続いて検討する。
取消理由2−1は、概略、本件訂正前の請求項1に係る発明のポリアミド樹脂組成物中に含まれる「(C)表面改質剤」は、「(C)表面改質剤がポリアミド系樹脂及びその変性物からなる群から選ばれる1種以上のオリゴマーである」と特定されているから一定の分子量以下の範囲の物質であると解することができるところ、この「(C)表面改質剤」のうち、ポリアミド樹脂溶解性溶媒にポリアミド樹脂組成物を溶解させた時の溶液中の(C)表面改質剤、すなわち含有量が「W''」で示される(C)表面改質剤は、その分子量の範囲が特定されていないから、本件発明1は不明確である、というものである。

ア 判断
この点については、本件訂正により、請求項1に「溶液中の(C)表面改質剤が、ゲルパーミエーションクロマトグラフィで測定されるクロマトグラムにおける分子量2000以下の成分であり、」が加入され、この訂正は認められたから、(C)表面改質剤のうちの可溶分の分子量範囲は特定され明確となった。

イ 申立人Aの主張
この点に関連して、申立人Aは、意見書において、本件発明1では「(C)表面改質剤が・・・オリゴマーである」と特定される一方、本件発明1では「溶液中の(C)表面改質剤が、ゲルパーミエーションクロマトグラフィで測定されるクロマトグラムにおける分子量2000以下の成分であり」とも特定され、この特定からすればモノマーも含むことは自明であるから、両者の特定には技術的な矛盾がある旨を主張する(申立人Aの意見書第1頁最下行〜第2頁第28行)。また、分子量には、数平均分子量、重量平均分子量、粘度平均分子量、Z平均分子量などが存在し、分子量の種類により数値が異なるから、本件発明1の「分子量」の種類は不明である旨を主張する(申立人Aの意見書第2頁第29行〜第3頁第5行)。
しかしながら、上記「ア」で述べたように、本件発明の(C)表面改質剤のうち、溶液中の(C)表面改質剤は分子量2000以下の成分であると特定され明確である。また、本件発明1の「溶液中の(C)表面改質剤」は、「ゲルパーミエーションクロマトグラフィで測定されるクロマトグラムにおける分子量2000以下の成分であり」と特定され、「ゲルパーミエーションクロマトグラフィで測定されるクロマトグラムにおける分子量」は、いわゆる分子量であることは技術常識であり、明確である。
よって、申立人Aの主張は採用できない。

ウ 小括
よって、取消理由2−1は理由がない。

(3)取消理由1−2(ア)(実施可能要件)について
取消理由1−2(ア)は、概略、本件発明1のポリアミド樹脂組成物中に含まれる(C)表面改質剤のうち、ポリアミド樹脂溶解性溶媒にポリアミド樹脂組成物を溶解させた時の不溶分中の(C)表面改質剤の配合割合を測定するための方法について、本件明細書の記載をみると、セルロース表面に存在するポリアミド(すなわち、オリゴマーではない高分子量のポリアミド)も含まれると考えることが自然であり、本件明細書に記載された測定方法からはオリゴマーだけが測定できるとはいえないから、本件明細書には、当業者が本件発明の実施をできる程度に明確かつ十分に記載されているとはいえない、というものである。

実施可能要件の考え方
特許法第36条第4項は、「前項第三号の発明の詳細な説明の記載は、次の各号に適合するものでなければならない。」と規定され、その第1号において、「経済産業省令で定めるところにより、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程度に、明確かつ十分に記載したものであること。」と規定している。
特許法第36条第4項第1号は、発明の詳細な説明のいわゆる実施可能要件を規定したものであって、物の発明では、その物を作り、かつ、その物を使用する具体的な記載が発明の詳細な説明にあるか、そのような記載が無い場合には、明細書及び図面の記載及び出願時の技術常識に基づき、当業者が過度の試行錯誤や複雑高度な実験等を行う必要なく、その物を作り、その物を使用することができる程度にその発明が記載されていなければならないと解される。

イ 判断
上記(1)エで述べたように、(C)表面改質剤のうちの不溶分は、ポリアミドオリゴマーであり高分子量のポリアミドは実質的に含まないものである。
そして、この(C)表面改質剤のうちの不溶分の含有量であるW’の測定方法は、上記(1)イで示した本件明細書の記載や特許権者の令和3年12月7日に提出した回答書における説明(回答書第3頁第17行〜第4頁第22行)により具体的に示されている。
そうすると、本件明細書の発明の詳細な説明には、(C)表面改質剤のうちの不溶分の含有量であるW’の測定方法は当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されているといえ、取消理由1−2(ア)は理由がない。

(4)取消理由1−2(イ)(実施可能要件)について
取消理由1−2(イ)は、取消理由2−2(ウ)と同旨であるから、ここで両者を判断する。
取消理由1−2(イ)は、概略、本件発明1における(A)ポリアミド樹脂100質量部に対して、(C)表面改質剤を0.01〜5質量部含むことについて、実施例をみても、(A)ポリアミド樹脂100質量部に対して、(C)表面改質剤を0.01〜5質量部含むことが明らかであるとはいえず、また、発明の詳細な説明の他の記載をみても、(A)ポリアミド樹脂100質量部に対して、(C)表面改質剤を0.01〜5質量部含むための製造方法が記載されているとはいえないから、本件明細書には、当業者が本件発明1の実施をできる程度に明確かつ十分に記載されたとはいえない、というものである。

ア 特許権者の令和3年12月7日に提出した意見書における説明
特許権者は、令和3年12月7日に提出した意見書において、以下のように説明している。
「本件発明のポリアミド樹脂組成物は、複数回のポリアミド樹脂溶解性溶媒(例えば、HFIP:ヘキサフルオロ−2−プロパノール)による洗浄で、可溶分と不溶分とに分かれる。可溶分には、「(A)ポリアミド樹脂」、及び「(C)表面改質剤のうち可溶分」(W"に対応)が含まれる。不溶分には、「(B)セルロース」、及び「(C)表面改質剤のうち不溶分」(W'に対応)が含まれる。(C)表面改質剤の量は、「W"」及び「W'」の合計として求められる。
「不溶分」全量に対する、「(C)表面改質剤のうち不溶分」(W'に対応)の質量比率は、本件明細書段落0207に記載するように、1H−NMR測定で求まる。本件明細書段落0207には、下記を記載している。
『樹脂組成物1gを、50mlのヘキサフルオロ−2−プロパノールに添加して、組成物中のポリアミド樹脂を溶解させ、溶液に対して遠心分離操作と濾過を行い、セルロースの分離を行った。分離で得られたウェットケーク状のセルロースに2mlのヘキサフルオロ−2−プロパノールを添加し、3秒間洗浄し、減圧濾過を1回行った。この減圧濾過で得られたセルロースを23℃で24時間以上風乾させ、乾燥セルロースを得た。得られた乾燥セルロース20mgに内部標準物質としてトルエンを添加し、1mlのd−ヘキサフルオロ−2−プロバノールを用いて、1H−NMR測定を実施した。内部標準物質のシグナルと、(C)表面改質剤のシグナルとの強度比からW'の定量を行った。』
なお、段落0207に記載する手順において、『樹脂組成物1gを、50mlのヘキサフルオロ−2−プロパノールに添加して、組成物中のポリアミド樹脂を溶解させ、溶液に対して遠心分離操作と濾過を行い、セルロースの分離を行』うことで得た溶液と、『分離で得られたウェットケーク状のセルロースに2mlのヘキサフルオロ−2−プロバノールを添加し、3秒間洗浄し、減圧濾過を1回行った』ときの濾液とを合わせたものが「可溶分」であり、『この減圧濾過で得られたセルロースを23℃で24時間以上風乾させ』て得た『乾燥セルロース』が「不溶分」である。この乾燥セルロースは、「(B)セルロース」に「(C)表面改質剤のうち不溶分」(W'に対応)が付着したものである。
可溶分と不溶分とをそれぞれ計量することで、「可溶分」と「不溶分」との質量比が求まる。
また、上記「可溶分」の全量に対する、「(A)ポリアミド樹脂」、及び「(C)表面改質剤のうち可溶分」(W" に対応)のそれぞれの質量比率は、本件明細書段落0208に記載するように、GPC(ゲルパーミエーションクロマトグラフィ)測定のシグナルの面積から求まる。段落0208には、『GPC測定で得られたクロマトグラムを、分子量2000超の成分と分子量2000以下の成分とに垂直分割し、それぞれの面積比、Mn、Mwを算出した。この分子量2000以下のシグナルの面積比からW"を算出した。』と記載している。なお、段落0208に明記はないが、GPC測定では、「(A)ポリアミド樹脂」のシグナルも高分子量領域(具体的には分子量2000超の領域)に検出されるので、当該シグナルの面積比から、「可溶分」中の「(A)ポリアミド樹脂」の量が求まる。
可溶分中、不溶分中の各成分の量を、可溶分と不溶分との質量比で割り返すことで、ポリアミド樹脂組成物中の「(A)ポリアミド樹脂」量、「W"」、及び「W'」がそれぞれ求まるので、(A)ポリアミド樹脂100質量部に対する、(C)表面改質剤の量(W'とW"との合計として)は、本件明細書の記載及び当業者の技術常識に基づいて、過度の負荷なく算出できる。」(令和3年12月7日に提出した意見書第6頁第22行〜第8頁第15行)

イ 判断
本件発明1のポリアミド樹脂組成物中に含まれる(C)表面改質剤は、特許権者が上記意見書で述べるように、ポリアミド樹脂組成物をポリアミド樹脂溶解性溶媒で洗浄した際の可溶分に含まれる「(C)表面改質剤のうち可溶分」(配合割合は「W''」で表される。以下「(C)表面改質剤のうちの可溶分」という。)と不溶分に含まれる「(C)表面改質剤のうち不溶分」(配合割合は「W'」で表される。)との合計として求められるといえる。
上記した(C)表面改質剤のうちの不溶分の配合量「W'」は、上記(3)イで述べた測定方法により得られる値であるといえ、また、(C)表面改質剤のうちの可溶分の配合量「W''」は、特許権者が上記意見書で述べるように、本件明細書の段落【0208】に記載される方法により得られる値である。
そして、上記「W'」と「W''」の合計である「W」の値と、計量された「可溶分」及び「不溶分」の量、並びに「可溶分」及び「不溶分」の質量比から、(A)ポリアミド樹脂100質量部に対する(C)表面改質剤の配合量(質量部)は算出することができるといえる。
よって、実施例における(A)ポリアミド樹脂100質量部に対する(C)表面改質剤の配合量は算出できる。

また、下記(6)ウで述べるように、本件明細書に記載された実施例は本件発明の具体例であることは明らかとなり、上記で述べたように、実施例の記載から(A)ポリアミド樹脂100質量部に対する(C)表面改質剤の配合量は算出でき、実施例は、(A)ポリアミド樹脂100質量部に対して(C)表面改質剤を0.01〜5質量部含むという特定を満足することも明らかである。
そうすると、本件明細書に記載された実施例の記載や、ポリアミド樹脂溶解性溶媒に前記ポリアミド樹脂組成物を溶解させたときの、不溶分中の(C)表面改質剤含有量をW’、溶液中の(C)表面改質剤含有量をW”、W’とW”との合計をWとしたときの、「W」の値が、ポリアミド樹脂組成物の質量基準で0.008〜5.5質量%である比較例2、実施例1〜8及び比較例3の記載を参考にすれば、当業者であれば、過度の試行錯誤をせずとも(A)ポリアミド樹脂100質量部に対して(C)表面改質剤を0.01〜5質量部とするポリアミド樹脂組成物を製造することができるといえる。

そうすると、本件明細書の発明の詳細な説明には、当業者が本件発明1の実施をできる程度に明確かつ十分に記載されているといえ、取消理由1−2(イ)は理由がない。

(5)取消理由1−3及び1−4並びに取消理由2−3及び2−4について
ア 甲号証の記載事項及び甲号証に記載された発明
(ア)甲3A
甲3Aの特許請求の範囲には、
「【請求項1】
ポリアミド樹脂100質量部に対して、平均繊維径が10μm以下のセルロース繊維0.01〜50質量部を含有することを特徴とするポリアミド樹脂組成物。
【請求項2】
ポリアミド樹脂を構成するモノマーと、平均繊維径が10μm以下のセルロース繊維の水分散液とを混合し、重合反応を行うことにより得られたものである、請求項1記載のポリアミド樹脂組成物。」と記載され、明細書の段落[0009]、[0011]、[0029]、[0047]、[0049]、[0051]〜[0086]の記載を参考とした上で、上記請求項1及び2に係る発明の具体例である、特に実施例1に着目すると、甲3Aには以下の発明が記載されていると認められる。
「セルロース繊維の水分散液として、セリッシュKY100G(ダイセルファインケム社製:平均繊維径が125nmのセルロース繊維が10質量%含有されたもの)を使用し、これに精製水を加えてミキサーで攪拌し、セルロース繊維の含有量が3質量%の水分散液を調整し、このセルロース繊維の水分散液170質量部と、ε−カプロラクタム216質量部と、アミノカプロン酸44質量部と、亜リン酸0.59質量部とを、均一な溶液となるまでミキサーで攪拌、混合し、続いて、この混合溶液を徐々に加熱し、加熱の途中において水蒸気を排出しながら、240℃まで温度を上げ、240℃にて1時間攪拌し、重合反応を行い、重合が終了した時点で得られた樹脂組成物を払い出し、これを切断してペレットとし、得られたペレットを95℃の熱水で処理し、精練を行い、乾燥させた樹脂組成物」(以下「甲3A発明」という。)

イ 参考文献の記載事項
当審が挙げる参考文献1〜2には、以下の事項が記載されている。
(ア)参考文献1(鶴田基弘著、「プラスチック材料講座9 ポリアミド樹脂」、日刊工業新聞社、昭和36年4月15日発行)
(参1a)「2・1・8 ナイロン6チップの製造103)
重合を終ったナイロン6溶融物は重合槽の底にある直径約5cmの孔から圧出される.・・・重合物は数本の帯状となって水をみたした冷却槽に入り,その中に設けられたローラーに数回巻き付けられて十分冷却される.冷却槽をでた帯状重合体はゴムローラーの間で絞った後カッターで切断され,長さ7〜8mmのチップにされる.
得られたチップはポリマーと平衡関係にある約10%ラクタムおよびその2量体,3量体などを含んでいるので,これらのものを温水でよく水洗する.・・・第1回目の洗浄は前の操作の第2回目に洗浄した水を用いて100℃に2時間処理して低分子物を4〜5%に,第2回目の洗浄は前の操作の第3回目に用いた洗浄水を用い,100℃に3時間処理して低分子物を2〜3%に,最後の第3回目の洗浄には新しい蒸留水で100℃に4時間処理して1〜1.5%の含量まで減少させる.・・・低分子物の除去されたチップは水分を含んでいると再溶融に際して逆反応が起って分解し,重合度が低下すると同時に再びラクタムが生成するためできるだけ水分を除去する必要がある.このために減圧乾燥装置(3〜5回転/分)によって125〜130℃,6mmHgで20〜24時間乾燥を行ない,水分を0.07%以下とする.」(第41頁第5行〜第42頁第5行)

(イ)参考文献2(特開昭48−13494号公報)
(参2a)「2 特許請求の範囲 少くとも一種のω−ラクタム、ω−ラクタムと強塩基との反応生成物からなるアニオン触媒、および活性剤として、
一般式
(式は省略する。)
を有するN−置換エチレンウレア誘導体から実質的になる反応混合物を、ω−ラクタムの融点よりも高い温度で、しかも得られるポリアミドの融点よりも低い温度において加熱重合することを特徴とするラクタムの重合法。」

(参2b)「(実施例1)
本実施例においては、無水のε−カプロラクタム2.66モルを乾燥窒素ガス不雰囲気下に加熱溶融し、130℃に保ち、水素化ナトリウム(約50%油性)を表1に示す量だけ添加してかきまぜ、完全に溶解し、一方100℃に溶融したε−カプロラクタム320gにジフェニルメタン−ビス−4,4’−N,N’−エチレンウレアを95.4g溶解した10モル%溶液を第1表上に示す活性剤濃度となるように加えてかきまぜ、容器を密閉し、180℃の炉内で加熱すると、約30分以内にはラクタム液の流動性がなくなった。更に30分間180℃の炉中で加熱すると、殆んど白色の美麗な角質状重合体を得た。この重合体を鋸でペレット状にして90℃内至100℃の熱水中で6時間加熱して、未反応単量体、低分子量成分を抽出した。・・・
これらの結果を第1表に示す。
第1表
ジフェニルメタン−ビス−4,4’−N,N’−エチレンウエアを重合活性剤として用いたε−カプロラクタムの重合例(第1表の記載は省略する。) 」(第5頁左下欄第7行〜第6頁左上欄の表まで)

ウ 対比・判断
(ア)本件発明1について
a 対比
甲3A発明は、「ε−カプロラクタム216質量部と、アミノカプロン酸44質量部」とを「重合反応」しているから、ポリアミド樹脂が得られていることは明らかであり、これは、本件発明1の「ポリアミド樹脂」に相当する。
甲3A発明の「樹脂組成物」は、樹脂としてポリアミド樹脂だけを含むから、本件発明1の「ポリアミド樹脂組成物」に相当する。
甲3A発明の「セルロース繊維」は、本件発明1の「セルロース」に相当する。

そうすると、甲3A発明と本件発明1とは、以下の点において一致し、以下の点で相違する。
<一致点>
「(A)ポリアミド樹脂と、(B)セルロースとを含むポリアミド樹脂組成物」

<相違点1>
ポリアミド樹脂組成物が、本件発明1では「(A)ポリアミド樹脂100質量部」に対して「(C)表面改質剤0.01〜5質量部」を含み、「(C)表面改質剤がポリアミド系樹脂及びその変性物からなる群から選ばれる1種以上のオリゴマー」であり、溶液中の(C)表面改質剤が、「ゲルパーミエーションクロマトグラフィで測定されるクロマトグラムにおける分子量2000以下の成分」であるのに対して、甲3A発明では表面改質剤を含むか否かが明らかでない点

<相違点2>
本件発明1では、「ポリアミド樹脂溶解性溶媒に前記ポリアミド樹脂組成物を溶解させたときの、不溶分中の(C)表面改質剤含有量をW’、溶液中の(C)表面改質剤含有量をW”、W’とW”との合計をWとしたときに、下記関係式(1):
1≧10×W’/W・・・(1)
を満た」すのに対して、甲3A発明では関係式(1)を満たすか否かが明らかでない点

<相違点3>
Wが、本件発明1では、「ポリアミド樹脂組成物質量基準で0.5〜5質量%」であるのに対して、甲3A発明では、明らかでない点

b 判断
事案に鑑み、相違点2から検討する。
まず、相違点2が実質的な相違点であるか否かについて検討するが、本件発明1において、ポリアミド樹脂組成物中にポリアミド系樹脂及びその変性物からなる群から選ばれる1種以上のオリゴマーである(C)表面改質剤について、関係式(1)を満たすための手段を検討する。

樹脂組成物を調整する際の(C)表面改質剤の配合方法については、本件明細書の段落【0080】には、要すれば、予め(C)表面改質剤を製造しておいた上で(A)ポリアミド樹脂と(B)セルロースと配合することが記載されており、また、同【0081】には、「(C)表面改質剤は、その一部又は全部が、(A)ポリアミド樹脂の分解生成物であるオリゴマー、又は(A)ポリアミド樹脂の原料モノマーからの重合時に生じる低分子量成分であるオリゴマーであってもよい。」と記載され、この記載によれば、(C)表面改質剤は、(A)ポリアミド樹脂の分解生成物であるオリゴマーとして配合するか、ポリアミド樹脂の製造時に生じるオリゴマーとして配合することも記載されている。

ここで、関係式(1)を満足するための方法としては、段落【0084】に記載された5つの方法が挙げられ、具体的には下記「(6)ア(ウ)」で示すa〜dの処理、すなわち、
a「熱水の精錬時間95℃熱水」の時間、
b「真空乾燥80℃100Pa以下」の時間、
c「アニール 130℃6時間」の有無、
d「調湿後に射出成型」の有無
が記載されている。

そして、下記(6)ウで述べるように、本件明細書に記載された実施例は、本件発明の具体例であることは明らかであり、この上で、段落【0191】〜【0222】に記載の実施例及び比較例をみてみると、実施例1〜14、18〜31、比較例1〜6においては、セルロースの存在下にεカプロラクタムとアミノカプロン酸を重合して得られたポリアミド樹脂組成物に対して、上記したa〜dの処理を行ったことが記載され、実施例15においては、セルロースの存在下にεカプロラクタムとアミノカプロン酸を重合した後に上記aの処理を行い、表面改質剤を配合したポリアミド樹脂組成物が記載され、実施例16〜17においては、ポリアミド樹脂に対して上記aの処理を行い、セルロースと表面改質剤を配合したポリアミド樹脂組成物が記載され、その結果として、「W'」及び「W''」の含有量の値や本件発明1で特定された関係式(1)を満足するか否かが記載されている。
なお、下記(7)で述べるように、上記実施例のうち、特許権者が令和3年5月28日に提出した意見書(第14頁第1〜16行)にて説明する実施例3〜6、10〜13におけるaの処理の時間は誤記である。

これらの記載からすれば、特定の方法によりポリアミド樹脂組成物を製造した上で、特定の処理を一定の時間行うか、特定の処理を組み合わせることにより、本件発明1における関係式(1)を満足することができるといえる。

この点について、甲3Aには、得られたペレットを95℃の熱水で処理し、精錬を行い、乾燥させたことは記載されているが、95℃の熱水で処理し、精錬を行った時間や、乾燥する条件、時間は特定されていないし、本件発明1で特定される関係式(1)を満足することについての明示はない。

また、参考文献1は、ポリアミド樹脂に関する書籍であるところ、そこには、ナイロン6チップの製造として、重合物を冷却して切断されたチップには、ラクタム、2量体及び3量体などを含んでいるので、温水で良く水洗することが記載され、さらに、水分を含んでいると分解反応が起き、重合度が低下しラクタムが発生するので、できるだけ水分を除去するため、減圧乾燥装置により乾燥することが記載されており(摘記(参1a))、また、参考文献2の特許請求の範囲には、ωラクタムの重合法に関する発明が記載され(摘記(参2a))、実施例においては、得られたナイロン6のペレットを90℃内至100℃の熱水中で6時間加熱して、未反応単量体、低分子量成分を抽出したことが記載されており(摘記(参2b))、これらの記載は、ポリアミド樹脂の技術分野において技術常識であるといえるが、本件発明1のようにセルロースを配合した上で本件明細書に記載された実施例と同じ処理を行うことや、本件発明1で特定された関係式(1)を満足することについての明示はない。

そうすると、いくら甲3A発明がポリアミド樹脂組成物に対して処理を行うことが特定されていたり、参考文献1及び2に上記したような技術常識が記載されていたとしても、これらのことにより本件発明1で特定される関係式(1)を満足するとまではいえない。
よって、相違点1は実質的な相違点である。

次に、相違点2が当業者が容易に想到できたか否かについて検討するが、甲3A、参考文献1及び2には、上記したようなポリアミドの処理方法については記載されているが、本件発明1で特定される関係式(1)を満足することについての明示はない。そうすると、甲3A発明において、相違点2を本件発明1とすることが動機づけられるとはいえない。

そして、効果について検討すると、本件明細書に記載された実施例及び比較例によると、本件発明1は、関係式(1)を満足することにより、関係式(1)を満足しない場合に比べて、曲げ弾性率、片持ち曲げ疲労試験、耐摩耗性等に優れるといえ、これは、当業者が予測できない顕著な効果であるといえる。

c 申立人A及びBの主張
申立人Aは、意見書において追加の文献を挙げて、ポリアミド樹脂に洗浄処理等の後処理を行えば低分子量成分が除去され、その含有量が低減されることは技術常識であるから、甲3A発明においても低分子量成分は除去されており本件発明1で特定される関係式(1)を満足するものを得ることは当業者にとり容易である旨の主張をする(申立人Aの意見書第13頁第27行〜第15頁第30行)。また、申立人Bも同様の主張をする(申立人Bの意見書第13頁第7行〜第16頁第5行))。

しかしながら、申立人A及びBとも、ポリアミド樹脂において低分子量成分の含有量が低減されることを述べるにとどまり、直接的に本件発明1の関係式(1)を満たすことまでを述べるものではない。そうすると、甲3A発明において、本件発明1の関係式(1)を満たすものとすることを動機づけることはできない。
よって、申立人A及びBの主張は採用できない。

d 小括
したがって、相違点1及び3について検討するまでもなく、本件発明1は、甲3A発明であるとはいえず、また、甲3A発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたとはいえない。

(イ)本件発明2〜11について
本件発明2〜11は、本件発明1を直接的又は間接的に引用して限定した発明であるから、本件発明2〜3、6〜11は、上記「(ア)」で示した理由と同じ理由により、甲3Aに記載された発明であるといえず、また、本件発明2〜11は、甲3Aに記載された発明及び技術常識に基いて当業者が容易に発明をすることができたものともいえない。

エ まとめ
以上のとおりであるので、取消理由1−3及び1−4、取消理由2−3及び2−4、申立理由4A及び5A並びに申立理由1B及び2Bは理由がない。

(6)取消理由2−2(ア)について
取消理由2−2(ア)は、概略、本件訂正前の請求項1〜11に係る発明のうち、関係式(1)である下記「ポリアミド樹脂溶解性溶媒に前記ポリアミド樹脂組成物を溶解させたときの、不溶分中の(C)表面改質剤含有量をW’、溶液中の(C)表面改質剤含有量をW”、W’とW”との合計をWとしたとき」の「1≧10×W’/W」を満足するための方法が、発明の詳細な説明の一般記載、実施例及び比較例をみても当業者であっても過度の試行錯誤が必要であるといえ、発明の詳細な説明には、当業者が本件発明1を製造することができる程度に明確かつ十分に記載されているとはいえない、というものである。

ア 本件明細書の記載
本件明細書の発明の詳細な説明の記載のうち、関係式(1)を満足するための製造方法の記載をみていく。

(ア)段落【0080】には、要すれば、予め(C)表面改質剤を製造しておいた上で(A)ポリアミド樹脂と(B)セルロースと配合することが記載されており、また、同【0081】には、「(C)表面改質剤は、その一部又は全部が、(A)ポリアミド樹脂の分解生成物であるオリゴマー、又は(A)ポリアミド樹脂の原料モノマーからの重合時に生じる低分子量成分であるオリゴマーであってもよい。」と記載され、この記載によれば、(C)表面改質剤は、(A)ポリアミド樹脂の分解生成物であるオリゴマーとして配合するか、ポリアミド樹脂の製造時に生じるオリゴマーとして配合することも記載されている。

(イ)同【0082】、【0083】、【0086】及び【0087】には、関係式(1)を導くための測定方法、計算方法が記載され、同【0084】には、W、W’、W”を制御するための一般的な方法が記載され、具体的には、(以下の番号は当審で付与した。)
(1)95℃の熱水で所定時間の精錬を行うこと、
(2)ペレタイズ後に80℃の真空乾燥を所定の時間行うこと、
(3)アニール((C)表面改質剤のTgよりも高い温度で熱処理を行うこと)を行うこと、
(4)ペレットを恒温恒湿環境下に保管し所定の量を吸湿させた後に所定の温度で射出成型を行うこと、
(5)二軸などの押し出し機で溶融混練を行いう際に減圧を行うこと、
によって、(C)表面改質剤の樹脂組成物中の量(すなわちW)の制御、より多くの(C)表面改質剤をセルロース表面近傍に多く分布させることによるW’の増大のための方法が記載されている。

(ウ)同【0191】以降に記載された実施例においては、特に同【0211】〜【0218】及び表1〜表4の記載において(以下の「a」〜「d」は当審で付与した。)、
a「熱水の精錬時間95℃熱水」の時間、
b「真空乾燥80℃100Pa以下」の時間、
c「アニール 130℃6時間」の有無、
d「調湿後に射出成型」の有無
の工程を経たことが記載され、これらa〜dは、上記(イ)で述べた制御するための一般的な方法に関する具体的な処理方法であるといえる。

そして、段落【0191】〜【0222】には、本件発明1の具体例としての実施例及び比較例が記載されており、実施例1〜14、18〜31、比較例1〜6においては、セルロースの存在下にεカプロラクタムとアミノカプロン酸を重合して得られたポリアミド樹脂組成物に対して、上記したa〜dの処理を行ったことが記載され、実施例15においては、セルロースの存在下にεカプロラクタムとアミノカプロン酸を重合した後に上記aの処理を行い、表面改質剤を配合したポリアミド樹脂組成物が記載され、実施例16〜17においては、ポリアミド樹脂に対して上記aの処理を行い、セルロースと表面改質剤を配合したポリアミド樹脂組成物が記載され、その結果として、「W'」及び「W''」の含有量の値や本件発明1で特定された関係式(1)を満足するか否かが記載されている。
なお、下記(7)で述べるように、上記実施例のうち、特許権者が令和3年5月28日に提出した意見書(第14頁第1〜16行)にて説明する実施例3〜6、10〜13におけるaの処理の時間は誤記である。

イ 特許権者の令和3年5月28日に提出した意見書における説明
特許権者は、令和3年5月28日に提出した意見書において、概略、以下のように説明する。
発明の詳細な説明の段落【0083】及び【0088】には、関係式(1)及び表面改質剤の量に関する記載がされ、【0084】及び【0085】には、関係式(1)を満たすように表面改質剤の存在状態を制御する具体的な手法が記載され、【0210】〜【0222】には、実施例の項目において、より具体的に例示されている。
ここで、実施例、比較例等を詳細に対比することにより、処理方法の程度または処理方法の組合せにより、以下の傾向が理解できる。
・熱水精錬によれば、樹脂の膨潤により表面改質剤が系外に除去されるためにWが滅少する傾向がある。
・高温真空乾燥によれば、表面改質剤が気化して系外に除去されることでWが減少するとともに、表面改質剤がセルロースから離れ易くなって10×W’/W値も低下する傾向がある。したがって、例えば、熱水精錬を行い高温真空乾燥を行わない処理条件を、より短時間の熱水精錬と高温真空乾燥との組合せの処理条件に置き換えると、W値を維持しつつ10×W’/W値を低下させ得る。
・アニール処理によれば、表面改質剤が系外に排出されない一方で系中で移動するので、Wは変わらない一方、セルロース近傍に表面改質剤が引き寄せられて10×W’/W値が上昇する傾向がある。またアニール処理ではセルロースの劣化が生じ得るため、セルロースに表面改質剤がより付着し易い状態となることも10×W’/W値を上昇させ得る。したがって、例えば、樹脂がアニールを経ることが予定される場合には、熱水精錬、高温真空乾燥等の他の条件によって10×W’/W値を低下させることで、10×W’/W値の過度の上昇なく所望のW値を実現し得る。
・調湿(すなわち吸湿)後の加熱成形によれば、高温高湿に曝された樹脂が分解して新たな表面改質剤が生成することで、Wが増大する傾向がある。また、新たに生じた表面改質剤が系中で移動してセルロース近傍に引き寄せられることで10×W’/W値が上昇する傾向がある。このとき、調湿前にW値が既に大きい樹脂では、系中の平衡により新たな表面改質剤が生じ難いが、加熱成形時の、既に存在する表面改質剤の系中の移動及びセルロースの劣化によって、セルロースに表面改質剤が付着し易い状態となり10×W’/W値が上昇し得る。したがって、例えば、樹脂が吸湿及び加熱成形を経ることが予定される場合には、予め長時間の熱水精錬等によってW値及び10×W’/W値を低下させておくことで、10×W’/W値の過度の上昇なくW値を所望の程度上昇させ得る。(意見書第4頁第4行〜第16頁第20行、第17頁第19行〜第19頁第8行)

ウ 判断
上記(1)〜(4)で述べたように、本件訂正及び特許権者の意見書における説明により、本件発明は明確となり、本件明細書に記載された実施例は本件発明の具体例であることは明らかとなった。
この上で本件明細書の発明の詳細な説明の記載をみると、ここには、上記アで述べた内容が記載され、特に、【0084】及び【0085】には、処理方法と(C)表面改質剤との関係が記載されており、また、実施例においては、具体的にa〜dの処理を行った場合に関係式(1)を満足することが記載されている。
この本件明細書の記載をみた上で、上記「イ」で示した特許権者の説明をみてみると、特許権者の具体的な説明は合理性があり、一応理解することができる。

そうすると、本件明細書の発明の詳細な説明に加えて特許権者の説明を前提とすれば、関係式(1)である下記「ポリアミド樹脂溶解性溶媒に前記ポリアミド樹脂組成物を溶解させたときの、不溶分中の(C)表面改質剤含有量をW’、溶液中の(C)表面改質剤含有量をW”、W’とW”との合計をWとしたとき」の「1≧10×W’/W」を満足するための方法が、当業者であれば理解できる。

エ 申立人A及びBの主張
申立人Aは、意見書において、上記イで述べた特許権者がした実施例、比較例等の詳細な対比につき、本件明細書の特定の実施例・比較例について比較を行い、上記「イ」の特許権の意見書で説明する傾向が読みとれない旨の主張をする(申立人Aの意見書第5頁第33行〜第11頁第31行)。また、申立人Bは、意見書において、上記イで述べた特許権者がした実施例、比較例等の詳細な対比につき、不自然であり矛盾がある旨の主張をする(申立人Bの意見書第3頁第23行〜第7頁第9行)。
これらの申立人A及び申立人Bの主張について検討するが、本件発明は、上記ウで述べたように、本件明細書の発明の詳細な説明に加えて特許権者の説明を前提とすれば、本件発明1の「ポリアミド樹脂溶解性溶媒に前記ポリアミド樹脂組成物を溶解させたときの、不溶分中の(C)表面改質剤含有量をW’、溶液中の(C)表面改質剤含有量をW”、W’とW”との合計をWとしたとき」の「1≧10×W’/W」を満足するための方法が、当業者であれば理解できる。そして、特許権者の説明とは異なる申立人A及び申立人Bの主張のとおり矛盾等あったとしても、このことにより直ちに本件発明のポリアミド樹脂組成物を製造することが過度の試行錯誤を必要とするとまではいえない。
よって、申立人A及びBの主張は採用できない。

オ 小括
以上のとおりであるから、取消理由2−2(ア)は理由がない。

(7)取消理由2−2(イ)について
取消理由2−2(イ)は、概略、実施例3及び4、実施例5及び6並びに実施例9〜13のそれぞれは、ポリアミド樹脂の原料の量及びセルロースの量が同じであり、また、95℃熱水の精錬時間も同じ具体例であるが、「W’」及び「W”」の値が異なっている例であるといえ、そうすると、当業者であっても、どのような手段により、「W’」及び「W”」を調整するのか明らかであるとはいえず、結果として、関係式(1)を満たすための方法が明らかであるとはいえない、というものである。

ア 特許権者の令和3年5月28日に提出した意見書における説明
この点に関し、特許権者は令和3年5月28日に提出した意見書(第14頁第1〜16行)において、実施例3〜6、10〜13におけるaの処理の時間は誤記である、旨の説明をする。

イ 判断
本件明細書の段落【0085】には、「95℃の熱水で所定時間の精錬では、樹脂が水で膨潤する事で、(C)表面改質剤が水と一緒に移動して系外へ抜けていくと考えられる。」と記載されていることからすると、(C)表面改質剤の含有量である「W」、「W’」及び「W’’」が異なる実施例3及び4、実施例5及び6、実施例10〜13の熱水精錬時間に誤りがあることは理解できるものである。
そうすると、取消理由2−2(イ)の理由の「95℃熱水の精錬時間も同じ具体例である」とする根拠がなくなった。

ウ 申立人Bの主張
申立人Bは、実施例9の記載が正しく実施例10〜13の記載が誤記であると判断する根拠はなく、実施例9の精錬時間が120分であると断定することもできない旨の主張をする(申立人Bの意見書第2頁第8行〜第3頁第4行)。
しかしながら、特許権者の実施例10〜13の精錬時間に誤記があるとする主張は技術常識からみて合理的であるといえる。そして、実施例10〜13の精錬時間のデータに誤記があるとすることについては特許権者の説明を採用せざるを得ないし、申立人Bの主張は、単に根拠がないとするだけで、いずれも客観的な証拠に基づく主張ではないから、申立人Bの主張は採用できない。

エ 小括
以上のとおりであるから、取消理由2−2(イ)は理由がない。

(8)まとめ
以上のとおりであるから、取消理由1−1〜1−4及び取消理由2−1〜2−4によっては、本件発明に係る特許を取り消すことはできない。

2 取消理由通知において採用しなかった特許異議申立人がした申立理由について
(1)申立理由1A(サポート要件)について
ア サポート要件の考え方について
特許法第36条第6項は、「第二項の特許請求の範囲の記載は、次の各号に適合するものでなければならない。」と規定し、その第1号において「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること。」と規定している。同号は、明細書のいわゆるサポート要件を規定したものであって、特許請求の範囲の記載が明細書のサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。
以下、この観点に立って検討する。

イ 本件発明の課題について
本件発明の課題は、発明の詳細な説明の段落【0012】の記載からみて、樹脂成形体に十分な機械的特性を与えつつ、実用途における耐繰り返し疲労性、耐摩耗性といった長期耐久性を十分に発現可能なポリアミド樹脂組成物を提供することであると認める。

ウ 判断
本件発明1は、上記「第3」で示したとおり、以下の発明であるといえる。
「(A)ポリアミド樹脂100質量部と、(B)セルロースと、(C)表面改質剤0.01〜5質量部とを含むポリアミド樹脂組成物であって、
ポリアミド樹脂溶解性溶媒に前記ポリアミド樹脂組成物を溶解させたときの、不溶分中の(C)表面改質剤含有量をW’、溶液中の(C)表面改質剤含有量をW”、W’とW”との合計をWとしたときに、下記関係式(1):
1≧10×W’/W・・・(1)
を満たし、
前記Wがポリアミド樹脂組成物質量基準で0.5〜5質量%であり、
前記溶液中の(C)表面改質剤が、ゲルパーミエーションクロマトグラフィで測定されるクロマトグラムにおける分子量2000以下の成分であり、
(C)表面改質剤がポリアミド系樹脂及びその変性物からなる群から選ばれる1種以上のオリゴマーである、ポリアミド樹脂組成物。」

一方、発明の詳細な説明には、その【0003】〜【0011】に、従来技術として、樹脂の新たな強化材料として環境負荷の低いセルロースが用いられるようになったこと、樹脂中にCNF(セルロースナノファイバー)を配合するにはCNFが強固な凝集体となり再分散しにくいこと、セルロースが持つ水酸基による水素結合を緩和する必要があること、フィラーと樹脂との界面強度がまだ不十分であるため、十分な機械的特性及び耐久性は実現されていないことが記載され、【0013】には、ポリアミド樹脂、セルロース、さらに所定量の表面改質剤を含む樹脂組成物が表記の課題を解決できることを見出したことが記載され、【0015】には、本発明によれば、樹脂成形体に十分な機械的特性を与えつつ、実用途における耐繰り返し疲労性、耐摩耗性といった長期耐久性を十分に発現可能なポリアミド樹脂組成物が提供されることが記載され、【0018】〜【0029】には、本件発明で用いることができる(A)ポリアミド樹脂が記載され、【0030】〜【0058】には、本件発明で用いることができる(B)セルロースが記載され、【0059】〜【0079】には、本件発明で用いることができる(C)表面改質剤が記載され、特に【0068】〜【0075】には、(C)表面改質剤のうちポリアミドについて記載され、【0081】には、(C)表面改質剤は、(A)ポリアミド樹脂の分解生成物であるオリゴマー、又は(A)ポリアミド樹脂の原料モノマーからの重合時に生じる低分子量成分であるオリゴマーであってもよいことが記載され、【0082】〜【0083】には、ポリアミド樹脂組成物中の(C)表面改質剤の量は、本件発明1で特定される関係式(1)を満足すると、樹脂とセルロースとが良好な密着性を示し、耐疲労特性、耐摩耗特性などの諸物性が向上する傾向にあることが記載され、【0083】〜【0086】には、W、W’、及びW”の値を制御する操作や測定方法が記載されている。
そして、上記1(6)ウで述べたように、本件明細書に記載された実施例は、本件発明の具体例であることは明らかとなり、この上で、段落【0191】以降に記載された実施例をみると、本件発明の具体例が本件発明の課題を解決できたことが具体的なデータと共に記載されている。
このように、本件の発明の詳細な説明の記載をみると、本件発明1が本件発明の課題を解決できると認識できるといえる。

エ 申立理由1Aについて
(ア)申立人Aは、特許異議申立書において、以下のとおり主張する。
a 本件発明1のうち(A)ポリアミド樹脂について、実施例ではポリアミド6のみが使用されているところ、脂肪族ポリアミドと芳香族ポリアミドとでは化学的特性及び機械的特性が大きく異なり、(B)セルロースとの相互作用も大きく異なることは明らかであるから、ポリアミド樹脂の中には、ポリアミド6と同等の効果を奏しないポリアミドが存在し、本件発明1の(A)ポリアミド樹脂は課題を解決できない範囲を含んでおり広範に過ぎる。
b 本件発明1のうち(B)セルロースについて、実施例では一種類のセルロースファイバーについて、極めて限定された含有量で効果が確認されているところ、セルロースの種類及びサイズや含有量により繊維強化樹脂組成物の機械的特性が大きく異なることは周知技術であるから、本件発明1の(B)セルロースには、実施例で効果が立証されていない部分を含む。
c 本件発明1のうち(C)表面改質剤について、実施例では、分子量2000以下のポリアミド6オリゴマーが記載されているだけであるところ、ポリアミドオリゴマーの種類、変性の種類及び分子量によってオリゴマーの特性が大きく変化するのは自明であるから、本件発明1の(C)表面改質剤は、課題を解決できない範囲を含んでおり広範に過ぎる。
d 本件発明1のうち関係式(1)について、関係式(1)を満足しない比較例をみると、ポリアミド樹脂組成物の後処理が実施例と異なるといえ、後処理により樹脂の劣化が起こっていることは明らかであり、また、後処理によりセルロースの分散状態を制御できないことは明らかであるから、本件発明1が関係式(1)の特定により課題を解決できると認識できない。

(イ)検討
a a〜cの主張について
本件発明1で特定される(A)ポリアミド樹脂、(B)セルロース及び(C)表面改質剤は、上記ウで述べた発明の詳細な説明に記載された(ア)ポリアミド樹脂、(B)セルロース及び(C)表面改質剤を含むものである。
確かに、(A)ポリアミド樹脂の種類、(B)セルロースの種類及びサイズ、並びに(C)表面改質剤の種類、変性の種類及び分子量により、それぞれの物性は異なるといえる。
しかしながら、上記ウで述べた本件の従来技術の記載、段落【0013】のポリアミド樹脂、セルロース、さらに所定量の表面改質剤を含む樹脂組成物が表記の課題を解決できることを見出したという記載や、(A)ポリアミド樹脂に関し、段落【0018】〜【0029】には、具体的な例が記載されている。また、(B)セルロースの含有量に関し、段落【0058】の記載からみて、(A)ポリアミド樹脂100質量部に対して1〜200質量部程度の範囲が想定されているといえるし、「ポリアミド系樹脂及びその変性物からなる群から選ばれる1種以上のオリゴマーである(C)表面改質剤」についても、段落【0068】〜【0075】及び【0081】に記載のの範囲のものが想定されていると認められる。
そして、(A)ポリアミド樹脂、(B)セルロース及び(C)表面改質剤に関する上記した明細書の具体例な記載、そして実施例の記載をみる限り、本件発明の課題に関しては、実施例において用いられたポリアミド6、セルロースファイバー及び(C)表面改質剤と同様に、本件発明1の発明特定事項を満たすものであれば、本件発明の課題を解決できると認識できるものといえる。一方、申立人Aは、上記a〜cの主張に関し、本件発明の課題が解決できないことを反証を挙げて主張しているわけでもない。
よって、a〜cの主張は採用できない。

b dの主張について
dの主張について、後処理により(A)ポリアミド樹脂の劣化が起きているか否かは明らかでないし、また、この主張を裏付ける証拠は挙げられていない。そして、関係式(1)を含む本件発明1が発明の詳細な説明に記載された発明であることは上記ウで述べたとおりである。
よって、dの主張は採用できない。

オ 小括
以上のとおりであるので、本件発明1は発明の詳細な説明に記載された発明であるといえ、申立理由1Aは理由がない。

(2)申立理由2A(明確性)について
ア 申立人Aは、特許異議申立書において、以下のとおり主張する。
(ア)本件発明1で特定される関係式(1)は下限が限定されていないため、範囲が不明確である。
(イ)本件発明1では、「(C)表面改質剤はがポリアミド系樹脂及びその変性物からなる群から選ばれる1種以上のオリゴマーである」と特定されているが、変性の種類及び対象が特定されておらず不明確である。

イ 検討
(ア)本件発明1は、「関係式(1) 1≧10×W’/W」(W’及びWの説明は省略する。)を発明特定事項として含む発明であり、その下限が特定されていないと発明が不明確であるとする事情は見当たらない。この点について申立人Aは、客観的な証拠を挙げて主張していない。

(イ)変性の具体的な内容については、発明の詳細な説明の段落【0062】に記載されており、また、変性の対象はポリアミドオリゴマーであることは明らかである。

ウ 小括
以上のとおりであるので、本件発明1は明確でないとはいえず、申立理由2Aは理由がない。

(3)申立理由3A(実施可能要件)について
ア 申立人Aは、特許異議申立書において、以下のとおり主張する。
(ア)本件明細書の実施例では、(C)表面改質剤の含有量を調整するための熱水での精錬処理の方法の詳細が記載されていない。
(イ)本件発明1で特定される関係式(1)の右辺の値を調整する方法が不明である。

イ 検討
(ア)本件明細書の発明の詳細な説明の段落【0084】には、本件発明1の(C)表面改質剤に関係するW、W’、及びW”に関し、「様々な操作を行うことで制御が可能である。例えば、95℃の熱水で所定時間の精錬を行うこと」と記載されており、実施例においては段落【0211】には、「得られたペレットを95℃の熱水で表1記載の時間精錬し、乾燥させた。」と記載され、段落【0219】には、表1が記載され、熱水精錬時間が15分〜360分の間で記載されている。そして、熱水での精錬処理は、当該技術分野において周知の処理であり、その詳細が記載されていなくても当業者であれば過度な試行錯誤なく実施できるものである。

(イ)上記「1(6)ウ」で述べたように、本件明細書の発明の詳細な説明の記載をみると、特に、【0084】及び【0085】には、処理方法と(C)表面改質剤との関係が記載されており、また、実施例においては、具体的にa〜dの処理を行った場合に関係式(1)を満足することが記載されている。そして、関係式(1)の右辺については、各種の値が記載されている。そうすると、上記実施例をみれば、関係式(1)の右辺を調整する方法は理解できるものであるといえる。

ウ 小括
以上のとおりであるので、本件発明1は実施可能でないとはいえず、申立理由3Aは理由がない。

(4)まとめ
以上のとおりであるから、申立理由1A〜3Aによっては、本件発明に係る特許を取り消すことはできない。

第6 むすび
特許第6704428号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項[1〜11]について訂正することを認める。
当審が通知した取消理由及び特許異議申立人がした申立理由によっては、本件発明1〜11に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件発明1〜11に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
(A)ポリアミド樹脂100質量部と、(B)セルロースと、(C)表面改質剤0.01〜5質量部とを含むポリアミド樹脂組成物であって、
ポリアミド樹脂溶解性溶媒に前記ポリアミド樹脂組成物を溶解させたときの、不溶分中の(C)表面改質剤含有量をW’、溶液中の(C)表面改質剤含有量をW”、W’とW”との合計をWとしたときに、下記関係式(1):
1≧10×W’/W・・・(1)
を満たし、
前記Wがポリアミド樹脂組成物質量基準で0.5〜5質量%であり、
前記溶液中の(C)表面改質剤が、ゲルパーミエーションクロマトグラフィで測定されるクロマトグラムにおける分子量2000以下の成分であり、
(C)表面改質剤がポリアミド系樹脂及びその変性物からなる群から選ばれる1種以上のオリゴマーである、ポリアミド樹脂組成物。
【請求項2】
(C)表面改質剤を2〜5質量部含む、請求項1に記載のポリアミド樹脂組成物。
【請求項3】
(C)表面改質剤の数平均分子量が100〜2000である、請求項1又は2に記載のポリアミド樹脂組成物。
【請求項4】
(D)金属イオン成分を含む、請求項1〜3のいずれか一項に記載のポリアミド樹脂組成物。
【請求項5】
(D)金属イオン成分がヨウ化銅(CuI)、臭化第一銅(CuBr)、臭化第二銅(CuBr2)、塩化第一銅(CuCl)、及び酢酸銅からなる群から選ばれる1種以上である、請求項4に記載のポリアミド樹脂組成物。
【請求項6】
(E)摺動剤成分を含む、請求項1〜5のいずれか一項に記載のポリアミド樹脂組成物。
【請求項7】
(E)摺動剤成分が、アルコール、アミン、カルボン酸、ヒドロキシ酸、アミド、エステル、ポリオキシアルキレングリコール、シリコーンオイル、ワックス、及び潤滑油からなる群から選ばれる1種以上である、請求項6に記載のポリアミド樹脂組成物。
【請求項8】
(E)摺動剤成分の融点が40〜150℃である、請求項6又は7に記載のポリアミド樹脂組成物。
【請求項9】
請求項1〜8のいずれか一項に記載のポリアミド樹脂組成物の製造方法であって、
(A)ポリアミド樹脂の原料モノマーと、(B)セルロースの水分散液とを混合し、重合反応を行うことを含む、方法。
【請求項10】
請求項1〜8のいずれか一項に記載のポリアミド樹脂組成物を含む、成形体。
【請求項11】
成形体の製造方法であって、
請求項9に記載の方法でポリアミド樹脂組成物を得ること、及び
前記ポリアミド樹脂組成物を成形すること、
を含む、方法。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2022-03-17 
出願番号 P2018-078696
審決分類 P 1 651・ 537- YAA (C08L)
P 1 651・ 121- YAA (C08L)
P 1 651・ 113- YAA (C08L)
P 1 651・ 536- YAA (C08L)
最終処分 07   維持
特許庁審判長 杉江 渉
特許庁審判官 佐藤 健史
橋本 栄和
登録日 2020-05-14 
登録番号 6704428
権利者 旭化成株式会社
発明の名称 ポリアミド樹脂組成物  
代理人 中村 和広  
代理人 青木 篤  
代理人 齋藤 都子  
代理人 三間 俊介  
代理人 青木 篤  
代理人 中村 和広  
代理人 齋藤 都子  
代理人 三間 俊介  
代理人 三橋 真二  
代理人 三橋 真二  

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