ポートフォリオを新規に作成して保存 |
|
|
既存のポートフォリオに追加保存 |
|
PDFをダウンロード |
審決分類 |
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 B60C 審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載 B60C 審判 全部申し立て 2項進歩性 B60C |
---|---|
管理番号 | 1386098 |
総通号数 | 7 |
発行国 | JP |
公報種別 | 特許決定公報 |
発行日 | 2022-07-29 |
種別 | 異議の決定 |
異議申立日 | 2020-12-14 |
確定日 | 2022-04-18 |
異議申立件数 | 1 |
訂正明細書 | true |
事件の表示 | 特許第6710097号発明「タイヤ」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 |
結論 | 特許第6710097号の明細書及び特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正明細書及び訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項[1]、[2−3]、[4]について訂正することを認める。 特許第6710097号の請求項2ないし4に係る特許を維持する。 特許第6710097号の請求項1に係る特許異議の申し立てを却下する。 |
理由 |
第1 手続の経緯 特許第6710097号(以下、「本件特許」という。)の請求項1ないし4に係る特許についての出願は、平成28年4月28日に出願された特許出願であって、令和2年5月28日にその特許権の設定登録(請求項の数4)がされ、同年6月17日に特許掲載公報が発行され、その後、その特許に対し、同年12月14日に特許異議申立人 笠原佳代子(以下、「特許異議申立人」という。)により特許異議の申立て(対象請求項:請求項1ないし4)がされ、令和3年3月25日付けで取消理由が通知され、同年5月28日に特許権者 株式会社ブリヂストン(以下、「特許権者」という。)より訂正の請求がされるとともに意見書の提出がされ、同年6月4日付けで訂正請求があった旨の特許法第120条の5第5項に基づく通知を行ったところ、同年7月7日に特許異議申立人より意見書の提出がされ、同年9月10日付けで取消理由<決定の予告>が通知され、同年11月10日に特許権者より訂正の請求(以下、「本件訂正請求」という。)がされるとともに意見書の提出がされ、同年12月10日付けで訂正請求があった旨の特許法第120条の5第5項に基づく通知を行ったところ、令和4年1月7日に特許異議申立人より意見書の提出がされたものである。 なお、令和3年11月10日に訂正請求がされたことにより、令和3年5月28日にされた訂正請求は、特許法第120条の5第7項の規定により取り下げられたものとみなす。 第2 訂正の適否についての判断 1 訂正の内容 本件訂正請求による訂正の内容は、以下のとおりである。(下線は、訂正箇所について当審が付したものである。) (1)訂正事項1 特許請求の範囲の請求項1を削除する。 (2)訂正事項2 特許請求の範囲の請求項2の「前記少なくとも1つの陸部」とあるのを、それぞれ「前記少なくとも1つの陸部の全て」に訂正する。ただし、特許請求の範囲の請求項2の「前記周方向溝が4本であり、かつ前記少なくとも1つの陸部が3つであり、」における「前記少なくとも1つの陸部」を除く。 請求項2の記載を引用する請求項3についても同様に訂正する。 (3)訂正事項3 特許請求の範囲の請求項2の「中央の陸部の幅が両側の各陸部の幅の90%〜130%の範囲である、」を「中央の陸部の幅が両側の各陸部の幅の108%以上かつ120%未満の範囲である、」に訂正する。 請求項2の記載を引用する請求項3についても同様に訂正する。 (4)訂正事項4 特許請求の範囲の請求項4に「前記少なくとも1つの陸部」と3箇所あるのを、それぞれ「前記少なくとも1つの陸部の全て」に訂正する。 (5)訂正事項5 特許請求の範囲の請求項4の「前記トレッドの幅方向の断面がタイヤ径方向の外側に最も突出する頂点を有し、前記頂点と前記周方向溝の開口縁部とのタイヤ径方向の距離D0、」を「前記トレッドの幅方向の断面がタイヤ径方向の外側に最も突出する頂点であって、前記トレッドの幅方向で陸部の中央に位置する前記頂点を有し、前記頂点と陸部を区画する両方の前記周方向溝それぞれの開口縁部とのタイヤ径方向の距離D0、」に訂正する。 (6)訂正事項6 特許請求の範囲の請求項4に「0.044≦D0/D≦0.155」とあるのを、「0.08<D0/D≦0.125」に訂正する。 (7)訂正事項7 明細書の段落【0047】の【表1】中における発明例3、発明例4、発明例5をそれぞれ参考例1、参考例2、参考例3に訂正する。 2 訂正の目的の適否、新規事項の有無、及び、特許請求の範囲の拡張・変更の存否 (1)訂正事項1に係る請求項1の訂正ついて 訂正事項1に係る請求項1の訂正は、請求項1を削除するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。 そして、訂正事項1に係る請求項1の訂正は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてするものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。 (2)訂正事項2に係る請求項2及び3の訂正について 訂正事項2に係る請求項2の訂正は、訂正前の請求項2に記載の「前記少なくとも1つの陸部」について、当該記載が、少なくとも一つの陸部のうちの1つだけを意味しているのか、少なくとも一つの陸部の全てを意味しているのか不明確であったものを、「前記少なくとも1つの陸部の全て」と特定することで明確にする訂正であり、明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。 そして、訂正事項2に係る請求項2の訂正は、本件特許明細書の段落【0035】、図1等の記載からみて、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてするものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。 請求項2の記載を引用する請求項3に係る訂正についても同様である。 (3)訂正事項3に係る請求項2及び3の訂正について 訂正事項3に係る請求項2の訂正は、訂正前の請求項2に記載の「中央の陸部の幅が両側の各陸部の幅の90%〜130%の範囲である、」について、訂正により、「中央の陸部の幅が両側の各陸部の幅の108%以上かつ120%未満の範囲である、」と限定するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。 そして、訂正事項3に係る請求項2の訂正は、本件特許明細書の段落【0016】及び表1の記載からみて、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてするものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。 請求項2の記載を引用する請求項3に係る訂正についても同様である。 (4)訂正事項4に係る請求項4の訂正ついて 訂正事項4に係る請求項4の訂正は、訂正前の請求項4に記載の「前記少なくとも1つの陸部」について、当該記載が、少なくとも一つの陸部のうちの1つだけを意味しているのか、少なくとも一つの陸部の全てを意味しているのか不明確であったものを、「前記少なくとも1つの陸部の全て」と特定することで明確にする訂正であり、明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。 そして、訂正事項4に係る請求項4の訂正は、本件特許明細書の段落【0035】、図1等の記載からみて、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてするものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。 (5)訂正事項5に係る請求項4の訂正について 訂正事項5に係る請求項4の訂正は、訂正前の請求項4に記載の「前記トレッドの幅方向の断面がタイヤ径方向の外側に最も突出する頂点を有し、前記頂点と前記周方向溝の開口縁部とのタイヤ径方向の距離D0、」について、訂正により、「前記トレッドの幅方向の断面がタイヤ径方向の外側に最も突出する頂点であって、前記トレッドの幅方向で陸部の中央に位置する前記頂点を有し、前記頂点と陸部を区画する両方の前記周方向溝それぞれの開口縁部とのタイヤ径方向の距離 D0、」と限定するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。 そして、訂正事項5に係る請求項4の訂正は、本件特許明細書の段落【0037】、図5等の記載からみて、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてするものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。 (6)訂正事項6に係る請求項4の訂正について 訂正事項6に係る請求項4の訂正は、訂正前の請求項4に記載のD0/Dの数値範囲を狭くするものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。 そして、訂正事項6に係る請求項4の訂正は、本件特許明細書の段落【0044】及び【0047】の【表1】等の記載からみて、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてするものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。 (7)訂正事項7の訂正について 訂正事項7は、上記訂正事項6に係る訂正に伴い、特許請求の範囲の記載と明細書の記載との整合を図るための訂正であるから、明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。 そして、訂正事項7は、明細書の段落【0047】の【表1】に記載の数値を、当初の内容から変更するものではなく、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてするものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。 また、訂正事項7の訂正に係る請求項4について訂正は行われている。 3 訂正の適否についてのまとめ 以上のとおりであるから、本件訂正請求による訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号及び第3号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第9項において準用する同法第126条第4ないし6項の規定に適合する。 したがって、本件特許の明細書及び特許請求の範囲を、訂正請求書に添付された訂正明細書及び訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項[1]、[2−3]、[4]について訂正することを認める。 第3 本件特許発明 上記第2のとおりであるから、本件特許の請求項1ないし4に係る発明(以下、「本件特許発明1」ないし「本件特許発明4」という。)は、訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲の請求項1ないし4に記載された事項により特定される次のとおりのものである。 「【請求項1】(削除) 【請求項2】 タイヤのトレッドの踏面に、前記トレッドの周方向に延びる少なくとも2本の周方向溝により少なくとも1つの陸部が区画されたタイヤであって、 前記少なくとも1つの陸部の全ては、前記タイヤの赤道方向を横切る向きに延び、かつ前記トレッドの周方向に間隔を置いて配置される複数のサイプを有し、 前記少なくとも1つの陸部の全てを構成するゴム組成物の30℃での動的弾性率E´、前記複数のサイプの本数N、および前記周方向溝の深さDが、下記の式 0.009≦E´/(N×D)≦0.029 を満足し、 前記周方向溝が4本であり、かつ前記少なくとも1つの陸部が3つであり、該3つの陸部において、中央の陸部の幅が両側の各陸部の幅の108%以上かつ120%未満の範囲である、タイヤ。 【請求項3】 前記中央の陸部は、前記タイヤの赤道上に位置する、請求項2に記載のタイヤ。 【請求項4】 タイヤのトレッドの踏面に、前記トレッドの周方向に延びる少なくとも2本の周方向溝により少なくとも1つの陸部が区画されたタイヤであって、 前記少なくとも1つの陸部の全ては、前記タイヤの赤道を横切る向きに延び、かつ前記トレッドの周方向に間隔を置いて配置される複数のサイプを有し、 前記少なくとも1つの陸部の全てを構成するゴム組成物の30℃での動的弾性率E´、前記複数のサイプの本数N、および前記周方向溝の深さDが、下記の式 0.009≦E´/(N×D)≦0.029 を満足し、 前記少なくとも1つの陸部の全ては、前記トレッドの幅方向の断面がタイヤ径方向の外側に最も突出する頂点を有し、 前記トレッドの幅方向の断面がタイヤ径方向の外側に最も突出する頂点であって、前記トレッドの幅方向で陸部の中央に位置する前記頂点を有し、 前記頂点と陸部を区画する両方の前記周方向溝それぞれの開口縁部とのタイヤ径方向の距離D0、および前記周方向溝の深さDが、下記の式 0.08<D0/D≦0.125 を満足する、タイヤ。」 第4 特許異議申立書に記載した申立理由の概要 令和2年12月14日に特許異議申立人が提出した特許異議申立書(以下、「特許異議申立書」という。)に記載した理由の概要は次のとおりである。 1 申立理由1(特許法第29条第1項第3号:甲第1号証に基づく新規性) 本件特許の請求項1ないし3に係る発明は、本件特許の出願前に日本国内又は外国において、頒布された甲第1号証に比較例として記載されている発明であって、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができないものであるから、それらの発明に係る特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。 2 申立理由2(特許法第29条第1項第3号又は第2項:甲第1号証に基づく新規性・進歩性) 本件特許の請求項1ないし3に係る発明は、下記の本件特許の出願前に日本国内又は外国において、頒布された甲第1号証に記載された発明であって、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができないものであるか、あるいは、本件特許の請求項1ないし4に係る発明は、甲第1号証に記載された発明及び周知技術(甲第8ないし12号証に記載)に基づいて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであって、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、それらの発明に係る特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。 3 申立理由3(特許法第29条第2項:甲第2号証に基づく進歩性) 本件特許の請求項1ないし4に係る発明は、下記の本件特許の出願前に日本国内又は外国において、頒布された甲第2号証に記載された発明及び周知技術(甲第8ないし12号証に記載)に基づいて、その出願前に当業者が容易に発明をすることができたものであって、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、それらの発明に係る特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。 4 申立理由4(特許法第29条第2項:甲第3号証に基づく進歩性) 本件特許の請求項1ないし4に係る発明は、下記の本件特許の出願前に日本国内又は外国において、頒布された甲第3号証に記載された発明及び周知技術(甲第2号証及び甲第8ないし17号証に記載)に基づいて、その出願前に当業者が容易に発明をすることができたものであって、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、それらの発明に係る特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。 5 申立理由5(特許法第29条第2項:甲第4号証に基づく進歩性) 本件特許の請求項1ないし4に係る発明は、下記の本件特許の出願前に日本国内又は外国において、頒布された甲第4号証に記載された発明及び周知技術(甲第2号証及び甲第8ないし17号証に記載)に基づいて、その出願前に当業者が容易に発明をすることができたものであって、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、それらの発明に係る特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。 6 申立理由6(特許法第29条第2項:甲第5号証に基づく進歩性) 本件特許の請求項1ないし4に係る発明は、下記の本件特許の出願前に日本国内又は外国において、頒布された甲第5号証に記載された発明及び周知技術(甲第2号証及び甲第10ないし17号証に記載)に基づいて、その出願前に当業者が容易に発明をすることができたものであって、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、それらの発明に係る特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。 7 申立理由7(特許法第36条第6項第2号:明確性) 本件特許の請求項1ないし4についての特許は、下記の点で特許法第36条第6項第2号の要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。 ・請求項1、2及び4に記載の「サイプ」は、サイプの幅について特定されていないから、幅の広い溝も含まれるのか、幅が狭い溝に限定されるのかわからず、明確でない。 ・請求項1、2及び4に記載の「前記少なくとも1つの陸部を構成するゴム組成物の30℃での動的弾性率E´、前記複数のサイプの本数N、および前記周方向溝の深さDが、下記の式 0.009≦E´/(N×D)≦0.029 を満足し、」は、少なくとも1つの陸部の全てが式の条件するものであるのか、少なくとも1つの陸部のうち、1つの陸部だけが式の条件を満足するのかわからず、明確でない。 8 申立理由8(特許法第36条第6項第1号:サポート要件) 本件特許の請求項1ないし4についての特許は、下記の点で特許法第36条第6項第1号の要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。 ・請求項1、2及び4に記載の「サイプ」には、「幅方向溝」のような幅が広い溝も含まれており、本件特許発明1ないし4は、課題を解決できない構成を含んでいる。 ・請求項1、2及び4に記載の「前記少なくとも1つの陸部を構成するゴム組成物の30℃での動的弾性率E´、前記複数のサイプの本数N、および前記周方向溝の深さDが、下記の式 0.009≦E´/(N×D)≦0.029 を満足し、」が、少なくとも1つの陸部のうち、1つの陸部だけが式の条件を満足する場合には、課題を解決できない。 9 証拠方法 甲第1号証 :特開2016−16720号公報 甲第2号証 :国際公開第2015/182150号 甲第3号証 :特開2015−110394号公報 甲第4号証 :特開2014−205460号公報 甲第5号証 :特表2014−523836号公報 甲第6号証 :JIS D4202 自動車用タイヤ−呼び方及び諸元,第4刷,p.3〜6 甲第7号証 :特願2016−091311の拒絶理由通知書 甲第8号証 :特開2015−51751号公報 甲第9号証 :特開2013−193463号公報 甲第10号証:特開2015−147545号公報 甲第11号証:特開2011−57141号公報 甲第12号証:国際公開第2004/024473号 甲第13号証:特開2012−188081号公報 甲第14号証:特開2003−321578号公報 甲第15号証:特開2008−143486号公報 甲第16号証:特開2015−160487号公報 甲第17号証:特開2012−180064号公報 また、令和4年1月7日提出の意見書に添付して下記の証拠を提出している。 甲第18号証:特開2009−298262号公報 甲第19号証:特開2012−86665号公報 甲第20号証:特開2012−116410号公報 甲第21号証:特開2010−254092号公報 甲第22号証:特開2012−106608号公報 甲第23号証:特開2014−213639号公報 甲第24号証:国際公開第2015/182449号 証拠の表記については、おおむね特許異議申立書に添付された証拠説明書及び上記意見書の記載にしたがった。以下、「甲1」のようにいう。 第5 取消理由(決定の予告)の概要 当審が令和3年9月10日付けで特許権者に通知した取消理由(決定の予告)の概要は、次のとおりである。 取消理由4(甲1の実施例に基づく新規性・進歩性) 本件特許の請求項1ないし4に係る発明は、本件特許の出願前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった甲1に記載された発明であるか、あるいは、当該発明に基づいて、その出願前に当業者が容易に発明をすることができたものであって、特許法第29条第1項第3号に該当し、あるいは、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、本件特許の上記請求項に係る特許は、同法第113条第2号に該当し取り消すべきものである。 第6 取消理由(決定の予告)についての当審の判断 以下に述べるように、当審が令和3年9月10日付けで特許権者に通知した取消理由(決定の予告)に記載の取消理由4には理由がないと判断する。 1 甲1に記載された事項及び甲1に記載された発明 (1)甲1に記載された事項 甲1には、「空気入りタイヤ」に関して、おおむね次の事項が記載されている。なお、下線は当審で付したものである。 ・「【特許請求の範囲】 【請求項1】 トレッド踏面に、タイヤ幅方向に延びる複数のサイプが設けられた空気入りタイヤであって、 前記サイプは、該サイプの深さ方向において、少なくとも1つの屈曲部によって区切られた、少なくとも2つのサイプ部分を有し、 前記トレッド部を形成するトレッドゴムの、周波数52Hz、初期歪6.0%、動歪0.1%、測定温度0℃で測定した動的貯蔵弾性率E´0が20MPa以上であり、 前記屈曲部を挟んで隣り合う前記サイプ部分同士のなす角度である屈曲部角度のうちの、少なくとも1つが100〜150度である、 ことを特徴とする空気入りタイヤ。」 ・「【発明が解決しようとする課題】 【0005】 ところで、屈曲部を持つサイプの噛み合い効果は、ウェット路面上でも有益な効果をもたらすと思われるが、ウェット路面は、温度が0℃付近から50℃超までの広範囲に及ぶことから、トレッドゴムが持つ弾性率温度依存性がブロック変形挙動に与える影響が大きい。 例えば、降雨等で路面温度が低い場合や車両走行開始時等のタイヤ温度が低い条件では、トレッドゴムの弾性率が高く、ブロック接地面は僅かな変形で摩擦限界に達して滑りが発生することになり、グリップ性能の低下を招き易い。一方、路面温度が高い場合や走行開始後一定時間経過後等のタイヤ温度が高くなった条件では、トレッドゴムの弾性率が低下し、ブロック変形が大きくなって路面接地性が悪化することになり、同様に、グリップ性能の低下を招き易い。 グリップ性能の低下を招き易いことは、ウェット路面上でも高い運動性能が求められる高性能系タイヤにおいては、特に、影響が大きい。 【0006】 そこで、この発明の目的は、広い温度範囲で、高いグリップ性能を有し、ウェット路面上でも高い運動性能を有する空気入りタイヤを提供することである。」 ・「【0010】 なお、本発明において、「サイプ」とは、トレッド踏面からタイヤ半径方向内側に切り込まれた薄い切込みであって、適用リムに組み付けたタイヤに規定内圧を充填して最大負荷能力に対応する負荷を加えた接地条件で、対向する壁面の少なくとも一部が互いに接触する(閉じる)程度の幅を有するものを指すものとする。 また、サイプが「タイヤ幅方向に延びる」とは、タイヤ幅方向に沿って延びるものの他、タイヤ幅方向への投影成分を有してタイヤ幅方向に対し傾斜して延びるものも含むことを意味する。但し、直進時のウェット性能向上の点から、タイヤ幅方向に対し0〜30度の範囲が好ましく、タイヤ幅方向に沿って(0度)延びるのが更に好ましい。 また、「サイプの延在方向」とは、特に断りのない限り、トレッド踏面におけるサイプ幅中心線に沿う方向と平行な方向を指すものとし、「サイプの深さ方向」とは、トレッド踏面に対して垂直な方向を指すものとする。 また、「トレッド踏面」とは、適用リムに組み付けると共に規定内圧を充填したタイヤを、最大負荷能力に対応する負荷を加えた状態で転動させた際に、路面に接触することになる、タイヤの全周にわたる外周面を意味する。 【0011】 ここで、「適用リム」とは、タイヤが生産され、使用される地域に有効な産業規格であって、日本では、JATMA(日本自動車タイヤ協会)のJATMAYEAR BOOK、欧州では,ETRTO(The European Tyre and Rim Technical Organisation)のSTANDARDS MANUAL、米国では,TRA(The Tire and Rim Association,Inc.)のYEAR BOOK等に記載されている、適用サイズにおける標準リム(ETRTOのSTANDARDS MANUALではMeasuring Rim、TRAのYEAR BOOKではDesign Rim)を指す。 また、「規定内圧」とは、上記のJATMA YEAR BOOK等に記載されている、適用サイズ・プライレーティングにおける最大負荷能力に対応する空気圧をいい、「最大負荷能力」とは、上記規格でタイヤに負荷されることが許容される最大の質量をいう。」 ・「【0022】 より具体的には、本発明は、トレッド部12を形成するトレッドゴムの、周波数52Hz、初期歪6.0%、動歪0.1%、測定温度0℃で測定した動的貯蔵弾性率E´0と、周波数52Hz、初期歪6.0%、動歪0.1%、測定温度50℃で測定した動的貯蔵弾性率E´50との比E´0/E´50が、10以上(E´0/E´50≧10)である場合に、特に有効であり、更に、E´0/E´50が、12〜126の範囲(12≦E´0/E´50≦126)にある場合に、最も有効である。」 ・「【実施例】 【0043】 この発明に係る空気入りタイヤの効果を検証するために、第1実施形態のサイプ10及びこれに準じたサイプを有するタイヤ(表1及び表2参照)に対し、ウェット状態の路面における操縦安定性(ウェット操縦安定性)について官能評価試験を行った。試験対象となる空気入りタイヤ(検証タイヤ)は、比較例1,7がサイプ深さ方向において屈曲部を有さない(屈曲部角度180度に相当)サイプ、その他はサイプ深さ方向において同一の屈曲部角度α(α1〜α5)の屈曲部を有するサイプを有する。また、タイヤサイズは、実施例及び比較例のいずれも225/45R17である。 【0044】 図5は、検証タイヤのトレッド踏面の一部を展開して示す説明図である。図5に示すように、トレッド踏面11には、タイヤ周方向に延びる4本の主溝(周方向溝)11a、ショルダー部に設けられた、主溝11aと交わる方向に延びる複数の幅方向ラグ溝11b、主溝11aと幅方向ラグ溝11bとによって区画される複数の陸部11cと共に、各陸部11cにサイプ10が設けられている。 幅方向ラグ溝11bは、タイヤ周方向の距離45mm毎に離間して配置されている。サイプ10は、各陸部11cに、タイヤ周方向の距離22.5mm毎に離間して配置され、その深さは、主溝11aの深さと同じ6mmである。また、対向するサイプ部分14間の最近接距離は、0.4mmである。 【0045】 試験条件は以下の通りである。 試験は、テストコースにおける実車評価により行い、ウェット操縦安定性を、ドライバーの官能評価で採点した。試験走行は、散水環境が備わるウェットハンドリング路で実施し、ウェット状態の路面温度は10℃、25℃、40℃であった。 【0046】 試験対象として、サイプの屈曲部角度αが180度、160度、150度、125度、100度、90度の6種類について、測定温度0℃で測定した動的貯蔵弾性率E´0が、この発明に係る設定範囲に含まれないトレッドゴムAと、この発明に係る設定範囲に含まれるトレッドゴムBを用意した。より具体的には、表1に示す比較例1〜6のタイヤは、E´0=15MPa、E´50=10MPa、E´0/E´50=1.5であるトレッドゴムAを用いたものであり、表2に示す比較例7〜9、実施例1〜3のタイヤは、E´0=30MPa、E´50=1MPa、E´0/E´50=30であるトレッドゴムBを用いたものである。 上記条件の下、ウェット状態の路面における操縦安定性について行った官能評価試験の結果を、以下の表1及び表2に示す。 評価は、10段階で行い、数値が大きいほど、ウェット操縦安定性が良好である。」 ・「【0047】 」 ・「【図5】 」 (2)甲1に記載された発明 上記アの段落【0044】と図5の記載から、中央の陸部11cは、タイヤの赤道CL上に位置していると看取できる。 また、同じく、5つの陸部11cのうち、周方向主溝11aによって区画される中央3つの陸部11cトレッドの幅方向の長さは、それぞれ略同じであると看取できる。 これらを踏まえて、甲1の実施例1ないし3として記載されているタイヤについて整理すると、甲1には次の発明(以下、「甲1実施例発明」という。)が記載されていると認める。 <甲1実施例発明> 「タイヤのトレッドの踏面に、前記トレッドの周方向に延びる4本の主溝(周方向溝)11a、ショルダー部に設けられた、主溝11aと交わる方向に延びる複数の幅方向ラグ溝11b、主溝11aと幅方向ラグ溝11bとによって区画される複数の陸部11cと共に、各陸部11cに、タイヤの赤道を横切る向きに伸び、かつ、前記トレッドの周方向に間隔を置いて配置される複数のサイプ10を有し、 タイヤ陸部11cを構成するトレッドゴムの0℃での動的貯蔵弾性率は、30MPaであり、50℃での動的貯蔵弾性率は、1MPaであって、 タイヤサイズは、225/45R17であり、サイプ10は、各陸部11cに、タイヤ周方向の距離22.5mm毎に離間して配置されていて、 主溝(周方向溝)11aの深さは、6mmであり、 中央の陸部11cは、タイヤの赤道CL上に位置し、 中央の3つの陸部において、中央の陸部の幅が両側の陸部の幅とほぼ同じである、 タイヤ。」 2 本件特許発明2について 本件特許発明2と甲1実施例発明を対比する。 甲1実施例発明の「主溝11aと幅方向ラグ溝11bとによって区画される複数の陸部11c」のうちの主溝11aでのみ区画されている陸部が、本件特許発明2の「タイヤのトレッドの踏面に、前記トレッドの周方向に延びる少なくとも2本の周方向溝により」「区画されている」「陸部」に相当する。そうすると、甲1実施例発明においては、本件特許発明1の「陸部」に相当する部位は、タイヤ幅方向中央とその左右に3つ存在しているから、甲1実施例発明の「タイヤ」は、本件特許発明1における「タイヤのトレッドの踏面に、前記トレッドの周方向に延びる少なくとも2本の周方向溝により少なくとも1つの陸部が区画されているタイヤ」に相当する。 甲1実施例発明の「動的貯蔵弾性率」は、本件特許明細書の段落【0051】の記載から、本件特許発明2における「動的弾性率E´」に相当する。 そして、甲1実施例発明の前記「主溝11aと幅方向ラグ溝11bとによって区画される複数の陸部11c」のうちの主溝11aでのみ区画されている陸部は全て、本件特許発明2の「前記タイヤの赤道」「を横切る向きに伸び、かつ前記トレッドの周方向に間隔を置いて配置される複数のサイプを有し」との発明特定事項を満たす。 そうすると、本件特許発明2と甲1実施例発明とは、 「タイヤのトレッドの踏面に、前記トレッドの周方向に延びる少なくとも2本の周方向溝により少なくとも1つの陸部が区画されたタイヤであって、 前記少なくとも1つの陸部の全ては、前記タイヤの赤道を横切る向きに延び、かつ前記トレッドの周方向に間隔を置いて配置される複数のサイプを有し、 前記周方向溝が4本であり、かつ前記少なくとも1つの陸部が3つである、 タイヤ。」 である点で一致し、以下の点で相違する。 <相違点1−1> 本件特許発明2は、「前記少なくとも1つの陸部の全てを構成するゴム組成物の30℃での動的弾性率E´、前記複数のサイプの本数N、および前記周方向溝の深さDが、下記の式 0.009≦E´/(N×D)≦0.029を満足し」と特定するのに対し、甲1実施例発明は、この点を特定しない点 <相違点1−2> 中央の陸部と両側の幅との関係について、本件特許発明2は、「該3つの陸部において、中央の陸部の幅が両側の各陸部の幅の108%以上かつ120%未満の範囲である」と特定するのに対し、甲1実施例発明は、中央の陸部の幅が両側の各陸部の幅とほぼ同じである点 事案に鑑み、相違点1−2から検討する。 まず、新規性について検討する。 中央の陸部の幅と両側の陸部の幅がほぼ同じであることと、108%以上かつ120%未満は、明らかに相違するから、実質的な相違点である。 そうすると、その余の相違点について検討するまでもなく、本件特許発明2は、甲1実施例発明であるとはいえない。 次に、進歩性について検討する。 甲1実施例発明は、甲1の段落【0006】によると「広い温度範囲で、高いグリップ性能を有し、ウェット路面上でも高い運動性能を有する空気入りタイヤを提供すること」を課題とし、甲1の特許請求の範囲の請求項1に記載された「トレッド踏面に、タイヤ幅方向に延びる複数のサイプが設けられた空気入りタイヤであって、前記サイプは、該サイプの深さ方向において、少なくとも1つの屈曲部によって区切られた、少なくとも2つのサイプ部分を有し、前記トレッド部を形成するトレッドゴムの、周波数52Hz、初期歪6.0%、動歪0.1%、測定温度0℃で測定した動的貯蔵弾性率E´0が20MPa以上であり、前記屈曲部を挟んで隣り合う前記サイプ部分同士のなす角度である屈曲部角度のうちの、少なくとも1つが100〜150度である、ことを特徴とする空気入りタイヤ。」の具体的な実施形態として記載されている発明である。 そして、甲1には、上記甲1の課題に関係して、トレッドパターンをどのようにするかについての言及はないし、まして、陸部の幅について調整することに関しても記載はない。 そうすると、甲18ないし21に、中央の陸部の幅が両側の各陸部の幅の所定の範囲であるタイヤが記載されているとしても、上記のとおり甲1にはトレッドパターンをどのようにするかについての言及はないし、まして、陸部の幅について調整することに関しても記載はないから、甲1実施例発明のタイヤにおいて、中央の陸部の幅が両側の各陸部の幅の108%以上かつ120%未満の範囲とする動機がない。 したがって、甲1実施例発明において、他の証拠に記載された事項を考慮しても、相違点1−2に係る本件特許発明2の発明特定事項とすることは当業者が容易に想到し得たものであるとはいえない。 よって、他の相違点について検討するまでもなく、本件特許発明2は甲1実施例発明及び他の証拠に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。 3 本件特許発明3について 本件特許発明3は、請求項2を引用するものであり、本件特許発明2をさらに限定したものであるから、本件特許発明2と同様に、甲1実施例発明とはいえないし、また、甲1実施例発明及び他の証拠に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるともいえない。 4 本件特許発明4について 本件特許発明4と甲1実施例発明とを対比すると、上記2での対比と同様であるから、本件特許発明4と甲1実施例発明とは、 「タイヤのトレッドの踏面に、前記トレッドの周方向に延びる少なくとも2本の周方向溝により少なくとも1つの陸部が区画されたタイヤであって、 前記少なくとも1つの陸部の全ては、前記タイヤの赤道を横切る向きに延び、かつ前記トレッドの周方向に間隔を置いて配置される複数のサイプを有する、 タイヤ。」 である点で一致し、以下の点で相違する。 <相違点1−3> 本件特許発明4は、「前記少なくとも1つの陸部の全てを構成するゴム組成物の30℃での動的弾性率E´、前記複数のサイプの本数N、および前記周方向溝の深さDが、下記の式 0.009≦E´/(N×D)≦0.029を満足し」と特定するのに対し、甲1実施例発明は、この点を特定しない点 <相違点1−4> 本件特許発明4は、「前記少なくとも1つの陸部の全ては、前記トレッドの幅方向の断面がタイヤ径方向の外側に最も突出する頂点を有し、前記頂点と前記周方向溝の開口縁部とのタイヤ径方向の距離D0、および前記周方向溝の深さDが、下記の式 0.08<D0/D≦0.125 を満足する」と特定するのに対し、甲1実施例発明は、この点を特定しない点 事案に鑑み、相違点1−4から検討する。 上記2の相違点1−2において検討したように、甲1には、上記甲1の課題に関係して、トレッドの陸部の形状をどのようにするかについての言及はないし、まして、陸部の頂面の形状について調整することに関しても記載はない。 そして、特許異議申立人の提示したいずれの証拠にも、「トレッドの幅方向の断面がタイヤ径方向の外側に最も突出する頂点を有し、前記頂点と前記周方向溝の開口縁部とのタイヤ径方向の距離D0、および前記周方向溝の深さDが、0.08<D0/D≦0.125」を満足するトレッド頂面は記載されていない。 してみれば、甲1実施例発明のタイヤにおいて、トレッド頂面の形状を「トレッドの幅方向の断面がタイヤ径方向の外側に最も突出する頂点を有し、前記頂点と前記周方向溝の開口縁部とのタイヤ径方向の距離D0、および前記周方向溝の深さDが、0.08<D0/D≦0.125」を満足するようにする動機がない。 よって、甲1実施例発明において、他の証拠に記載された事項を考慮しても、相違点1−4に係る本件特許発明4の発明特定事項とすることは当業者が容易に想到し得たものであるとはいえない。 以上のとおりであるから、他の相違点について検討するまでもなく、本件特許発明4は、甲1実施例発明及び他の証拠に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。 5 取消理由4についてのむすび したがって、本件特許の請求項2ないし4に係る特許は、取消理由4によっては取り消すことはできない。 第7 取消理由(決定の予告)に採用しなかった特許異議申立書に記載した申立ての理由について 取消理由(決定の予告)に採用しなかった特許異議申立書に記載した申立ての理由は、上記第4に記載の申立理由1、申立理由3ないし8であるので、以下、検討する。 1 申立理由1(甲1の比較例に基づく新規性)について (1)甲1の比較例として記載された発明 甲1の比較例1として記載されているタイヤについて、上記第6 1(1)イと同様に図5の記載を踏まえて整理すると、甲1には次の発明(以下、「甲1比較例1発明」という。)が記載されていると認める。 <甲1比較例1発明> 「タイヤのトレッドの踏面に、前記トレッドの周方向に延びる4本の主溝(周方向溝)11a、ショルダー部に設けられた、主溝11aと交わる方向に延びる複数の幅方向ラグ溝11b、主溝11aと幅方向ラグ溝11bとによって区画される複数の陸部11cと共に、各陸部11cに、タイヤの赤道を横切る向きに伸び、かつ、前記トレッドの周方向に間隔を置いて配置される複数のサイプを有し、 タイヤ陸部11cを構成するトレッドゴムの0℃での動的弾性率は、15MPaであり、50℃での動的弾性率は、10MPaであって、 タイヤサイズは、225/45R17であり、サイプ10は、各陸部11cに、タイヤ周方向の距離22.5mm毎に離間して配置されていて、 主溝(周方向溝)11aの深さは、6mmであり、 中央の陸部11cは、タイヤの赤道CL上に位置し、 中央の3つの陸部において、中央の陸部の幅が両側の陸部の幅とほぼ同じである、 タイヤ。」 (2)本件特許発明2と甲1比較例1発明との対比・判断 本件特許発明2と甲1比較例1発明を対比する。 甲1比較例1発明の「タイヤのトレッドの踏面に、前記トレッドの周方向に延びる4本の主溝(周方向溝)11a」の間に設けられている複数の「陸部11c」を有するタイヤが、本件特許発明2における「タイヤのトレッドの踏面に、前記トレッドの周方向に延びる少なくとも2本の周方向溝により少なくとも1つの陸部が区画されているタイヤ」に相当する。 そして、図5の記載から、甲1比較例1発明の前記「陸部11c」は、本件特許発明2の「前記タイヤの赤道を横切る向きに伸び、かつ前記トレッドの周方向に間隔を置いて配置される複数のサイプを有し」との発明特定事項を満たす。 甲1比較例1発明は、陸部11cを構成するゴム組成物の30℃での動的弾性率E´は、10〜15MPaといえ、サイプ10の本数は、タイヤサイズが225/45R17であること、及び、サイプ10の間隔が22.5であることから、89本(1992/22.5)である。また、主溝の深さが6mmであることから、「E´/(N×D)」の値は、0.019〜0.028の間の値となるといえるから、本件特許発明2における「前記少なくとも1つの陸部を構成するゴム組成物の30℃での動的弾性率E´、前記複数のサイプの本数N、および前記周方向溝の深さDが、下記の式0.009≦E´/(N×D)≦0.029」を満足する。 甲1比較例1発明は、本件特許発明2の「周方向溝が4本であり、かつ前記少なくとも1つの陸部が3つであり」との発明特定事項を満たす。 そうすると、本件特許発明2と甲1比較例1発明とは、 「タイヤのトレッドの踏面に、前記トレッドの周方向に延びる少なくとも2本の周方向溝により少なくとも1つの陸部が区画されたタイヤであって、 前記少なくとも1つの陸部は、前記タイヤの赤道を横切る向きに延び、かつ前記トレッドの周方向に間隔を置いて配置される複数のサイプを有し、 前記少なくとも1つの陸部を構成するゴム組成物の30℃での動的弾性率E´、前記複数のサイプの本数N、および前記周方向溝の深さDが、下記の式 0.009≦E´/(N×D)≦0.029 を満足し、 前記周方向溝が4本であり、かつ前記少なくとも1つの陸部が3つである、 タイヤ。」 である点で一致し、以下の点で一応相違する。 <相違点1−5> 中央の陸部と両側の幅との関係について、本件特許発明2は、「該3つの陸部において、中央の陸部の幅が両側の各陸部の幅の108%以上かつ120%未満の範囲である」と特定するのに対し、甲1比較例発明は、中央の陸部の幅が両側の各陸部の幅とほぼ同じである点 上記相違点1−5について検討すると、中央の陸部の幅と両側の陸部の幅がほぼ同じであることと、108%以上かつ120%未満は、明らかに相違するから、実質的な相違点である。 してみれば、本件特許発明2は、甲1比較例発明であるとはいえない。 (3)本件特許発明3について 本件特許発明3は、請求項2を引用するものであり、本件特許発明2をさらに限定したものであるから、本件特許発明2と同様に、甲1比較例1発明であるとはいえない。 (4)まとめ したがって申立理由1(新規性)には、理由がない。 2 申立理由3(甲2に基づく進歩性)について (1)甲2に記載された発明 甲2には、特許請求の範囲の請求項1、段落【0005】、【0025】〜【0026】、【0043】、【0080】及び図1が記載されている。 そして、段落【0025】及び図1の記載から、図1のトレッドパターンは、左右非対称なトレッドパターンであることが看取できる。 上記を踏まえると、甲2には、図1に記載されているトレッドパターンのタイヤとして、次の発明(以下、「甲2図1発明」という。)が記載されていると認める。 <甲2図1発明> 「タイヤのトレッドの踏面1に、トレッドの周方向に延びる3本の周方向溝2a、2b、2cにより2つの陸部3b、3cが区画され、陸部3cは、タイヤの赤道CLを横切る向きに延び、かつトレッドの周方向に間隔を置いて配置される複数の中間サイプ10を有し、30℃における動的貯蔵弾性率E´が、6.0〜12.0MPaであるゴムをトレッドゴムに用い、タイヤサイズは、175/60R18であり、中間サイプ10のトレッド周方向のピッチ間隔は1.0〜1.5mmであり、周方向主溝2a、2b、2cの溝深さは、6〜8mmである、左右非対称なトレッドパターンを持つ、タイヤ。」 (2)本件特許発明2との対比・判断 本件特許発明2と甲2図1発明を対比すると、本件特許発明2と甲2図1発明とは、 「タイヤのトレッドの踏面に、前記トレッドの周方向に延びる少なくとも2本の周方向溝により少なくとも1つの陸部が区画されたタイヤであって、 前記少なくとも1つの陸部の全ては、前記タイヤの赤道を横切る向きに延び、かつ前記トレッドの周方向に間隔を置いて配置される複数のサイプを有する、 タイヤ。」 である点で一致し、以下の点で相違する。 <相違点2−1> 本件特許発明2は、「前記少なくとも1つの陸部の全てを構成するゴム組成物の30℃での動的弾性率E´、前記複数のサイプの本数N、および前記周方向溝の深さDが、下記の式 0.009≦E´/(N×D)≦0.029を満足し」と特定するのに対し、甲2図1発明は、この点を特定しない点 <相違点2−2> 本件特許発明2は、周方向の溝が4本存在し、かつ、「該3つの陸部において、中央の陸部の幅が両側の各陸部の幅の108%以上かつ120%未満の範囲である」と特定するのに対し、甲2図1発明は、周方向の溝が3つの非対称トレッドパターンである点 以下、相違点について検討する。 相違点2−1について 甲2図1発明において、E´/(N×D)の具体的な数値は不明であり、甲2において、E´/(N×D)を調整することは記載も示唆もされておらず、その数値範囲を0.009≦E´/(N×D)≦0.029とする動機もないことから、甲2図1発明において、相違点2−1に係る発明特定事項とすることは、当業者が容易に想到し得たものということはできない。 相違点2−2について 甲2図1発明は、甲2の段落【0005】によると「操縦安定性、騒音性能、及び雪上性能を両立させることのできる空気入りタイヤを提供することを目的」とし、甲2の特許請求の範囲の請求項1に記載された「トレッド踏面に、トレッド周方向に延びる少なくとも2本の周方向主溝を有し、トレッド周方向に延びる2本の前記周方向主溝により区画されるリブ状陸部を有し、前記リブ状陸部は、トレッド周方向に延びる1本以上の周方向サイプを有し、前記リブ状陸部は、前記2本の周方向主溝のうちの一方の周方向主溝からトレッド幅方向に、前記周方向サイプに連通する位置まで延びて、前記リブ状陸部内にて終端する、1本以上の一端開口横溝、及び、前記2本の周方向主溝のうちの他方の周方向主溝からトレッド幅方向に延び、前記周方向サイプに連通せずに前記リブ状陸部内で終端する、1本以上の第一の一端開口サイプを有することを特徴とする、空気入りタイヤ。」の具体的な実施形態として記載されている発明であり、左右非対称なトレッドパターンを持つタイヤである。 そうすると、甲2図1発明において、周方向溝を4本とすることは想定されていないから、甲2随1発明には中央の陸部の幅と両側の各陸部の幅の関係という視点自体が存在せず、甲2図1発明において、他の証拠に記載された事項を考慮しても、相違点2−2に係る本件特許発明2の発明特定事項とすることは当業者が容易に想到し得たものであるとはいえない。 よって、本件特許発明2は、甲2図1発明及び他の証拠に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。 (3)本件特許発明3について 本件特許発明3は、請求項2を引用するものであり、本件特許発明2をさらに限定したものであるから、本件特許発明2と同様に、甲2図1発明及び他の証拠に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。 (4)本件特許発明4について 本件特許発明4と甲2図1発明とを対比すると、上記(2)での対比と同様であるから、本件特許発明4と甲2図1発明とは、 「タイヤのトレッドの踏面に、前記トレッドの周方向に延びる少なくとも2本の周方向溝により少なくとも1つの陸部が区画されたタイヤであって、 前記少なくとも1つの陸部の全ては、前記タイヤの赤道を横切る向きに延び、かつ前記トレッドの周方向に間隔を置いて配置される複数のサイプを有する、 タイヤ。」 である点で一致し、以下の点で相違する。 <相違点2−3> 本件特許発明4は、「前記少なくとも1つの陸部の全てを構成するゴム組成物の30℃での動的弾性率E´、前記複数のサイプの本数N、および前記周方向溝の深さDが、下記の式 0.009≦E´/(N×D)≦0.029 を満足し」と特定するのに対し、甲2図1発明は、この点を特定しない点 <相違点2−4> 本件特許発明4は、「前記少なくとも1つの陸部の全ては、前記トレッドの幅方向の断面がタイヤ径方向の外側に最も突出する頂点を有し、前記頂点と前記周方向溝の開口縁部とのタイヤ径方向の距離D0、および前記周方向溝の深さDが、下記の式 0.08<D0/D≦0.125 を満足する」と特定するのに対し、甲2図1発明は、この点を特定しない点 以下、相違点について検討する。 相違点2−3について 相違点2−3は、上記2における相違点2−1と同じであるから、その判断についても同様である。 相違点2−4について 甲2には、上記甲2の課題に関係して、トレッドの陸部の頂面の形状をどのようにするかについての言及及び調整することに関しても記載も示唆もない。 そして、特許異議申立人の提示したいずれの証拠にも、「トレッドの幅方向の断面がタイヤ径方向の外側に最も突出する頂点を有し、前記頂点と前記周方向溝の開口縁部とのタイヤ径方向の距離D0、および前記周方向溝の深さDが、0.08<D0/D≦0.125」を満足するトレッド頂面は記載されていない。 してみれば、甲2図1発明のタイヤにおいて、トレッド頂面の形状を「トレッドの幅方向の断面がタイヤ径方向の外側に最も突出する頂点を有し、前記頂点と前記周方向溝の開口縁部とのタイヤ径方向の距離D0、および前記周方向溝の深さDが、0.08<D0/D≦0.125」を満足するようにする動機がない。 したがって、甲2図1発明において、他の証拠に記載された事項を考慮しても、相違点2−4に係る本件特許発明4の発明特定事項とすることは当業者が容易に想到し得たものであるとはいえない。 よって、本件特許発明4は甲2図1発明及び他の証拠に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。 (5)まとめ したがって、申立理由3(甲2に基づく進歩性)には、理由がない。 3 申立理由4(甲3に基づく進歩性)について (1)甲3に記載された発明 甲3の段落【0004】、【0005】、【0018】、【0028】、【0038】〜【0040】、【0050】、【0061】、【0076】及び図2の記載から、甲3には、図2に記載されているトレッドパターンのタイヤとして、次の発明(以下、「甲3図2発明」という。)が記載されていると認める。 <甲3図2発明> 「タイヤのトレッドの踏面に、トレッドの周方向に延びる4本の周方向溝11、11、12、12によりセンター陸部13、ミドル陸部14、14が区画され、センター陸部13は、タイヤの赤道Cを横切る向きに延び、かつトレッドの周方向に間隔を置いて配置される複数の第1及び第2センター傾斜サイプ21、22を有し、ミドル陸部14は、タイヤの赤道Cを横切る向きに延び、かつトレッドの周方向に間隔を置いて配置される複数のミドル傾斜サイプ32を有し、ミドル陸部14のミドル傾斜サイプ32の本数は、38〜42であり、センター陸部13の第1及び第2センター傾斜サイプ21、22の合計数が、ミドル陸部14のミドル傾斜溝31及びミドル傾斜サイプ32の合計数と同じであり、ミドル陸部14のミドル傾斜溝31及びミドル傾斜サイプ32の各本数は、38〜42であり、主溝11、12の溝深さは、16.3mmである、タイヤ。」 (2)本件特許発明2との対比・判断 本件特許発明2と甲3図2発明を対比すると、本件特許発明2と甲3図2発明とは、 「タイヤのトレッドの踏面に、前記トレッドの周方向に延びる少なくとも2本の周方向溝により少なくとも1つの陸部が区画されたタイヤであって、 前記少なくとも1つの陸部の全ては、前記タイヤの赤道を横切る向きに延び、かつ前記トレッドの周方向に間隔を置いて配置される複数のサイプを有する、 タイヤ。」 である点で一致し、以下の点で相違する。 <相違点3−1> 本件特許発明2は、「前記少なくとも1つの陸部の全てを構成するゴム組成物の30℃での動的弾性率E´、前記複数のサイプの本数N、および前記周方向溝の深さDが、下記の式 0.009≦E´/(N×D)≦0.029を満足し」と特定するのに対し、甲3図2発明は、この点を特定しない点 <相違点3−2> 本件特許発明2は、「該3つの陸部において、中央の陸部の幅が両側の各陸部の幅の108%以上かつ120%未満の範囲である」と特定するのに対し、甲3図2発明は、この点を特定しない点 以下、相違点について検討する。 相違点3−1について 甲3には、トレッドゴムの動的弾性率E´についての記載はなく、式E´/(N×D)についての言及もない。そして、特許異議申立人の提示したいずれの証拠にも、式E´/(N×D)について記載されているものはなく、まして、その式の範囲を0.009≦E´/(N×D)≦0.029とする点が記載されたものはない。 してみれば、甲3図2発明において、相違点3−1に係る発明特定事項とすることは、当業者においても容易に想到し得たこととはいえない。 よって、他の相違点について検討するまでもなく、本件特許発明2は甲3図2発明及び他の証拠に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるともいえない。 (3)本件特許発明3について 本件特許発明3は、請求項2を引用するものであり、本件特許発明2をさらに限定したものであるから、本件特許発明2と同様に、甲3図2発明及び他の証拠に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。 (4)本件特許発明4について 本件特許発明4と甲3図2発明とを対比すると、上記(2)での対比と同様であるから、本件特許発明4と甲3図2発明とは、 「タイヤのトレッドの踏面に、前記トレッドの周方向に延びる少なくとも2本の周方向溝により少なくとも1つの陸部が区画されたタイヤであって、 前記少なくとも1つの陸部の全ては、前記タイヤの赤道を横切る向きに延び、かつ前記トレッドの周方向に間隔を置いて配置される複数のサイプを有する、 タイヤ。」 である点で一致し、以下の点で相違する。 <相違点3−3> 本件特許発明4は、「前記少なくとも1つの陸部の全てを構成するゴム組成物の30℃での動的弾性率E´、前記複数のサイプの本数N、および前記周方向溝の深さDが、下記の式 0.009≦E´/(N×D)≦0.029 を満足し」と特定するのに対し、甲3図2発明は、この点を特定しない点 <相違点3−4> 本件特許発明4は、「前記少なくとも1つの陸部の全ては、前記トレッドの幅方向の断面がタイヤ径方向の外側に最も突出する頂点を有し、前記頂点と前記周方向溝の開口縁部とのタイヤ径方向の距離D0、および前記周方向溝の深さDが、下記の式 0.08<D0/D≦0.125 を満足する」と特定するのに対し、甲3図2発明は、この点を特定しない点 以下、相違点について検討する。 相違点3−3について 相違点3−3は、上記(2)における相違点3−1と同じであるから、その判断についても同様である。 よって、他の相違点について検討するまでもなく、本件特許発明4は甲3図2発明及び他の証拠に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。 (5)まとめ したがって、申立理由4(甲3に基づく進歩性)については理由がない。 4 申立理由5(甲4に基づく進歩性)について (1)甲4に記載された発明 甲4の段落【0001】、【0002】、【0005】、【0006】、【0027】〜【0028】、【0032】、【0036】、【0041】〜【0042】、【0088】及び図2の記載から、図2に記載されているトレッドパターンのタイヤとして、甲4には次の発明(以下、「甲4図2発明」という。)が記載されていると認める。 <甲4図2発明> 「タイヤのトレッドの踏面に、トレッドの周方向に延びる4本の周方向溝10、9、9、10によりクラウン陸部11、ミドル陸部12、12が区画され、ミドル陸部12、12は、タイヤの赤道Cを横切る向きに延び、かつトレッドの周方向に間隔を置いて配置される複数の第1ミドルサイプ15と、ミドル横溝16と、第2ミドルサイプ17とを有し、ミドル陸部12のミドル横溝16の本数は、56〜72であり、また、ミドル陸部12の、第1ミドルサイプ15の数と、ミドル横溝16の数と、第2ミドルサイプ17の数とは、それぞれ同じであり、周方向溝9の溝深さd1は、 7.0〜9.0mmであり、クラウン陸部11の幅W3は、トレッド半幅TWhの24〜26%であり、ミドル陸部12の幅W4は、トレッド半幅TWhの26〜30%である、タイヤ。」 (2)本件特許発明2との対比・判断 本件特許発明2と甲4図2発明を対比すると、本件特許発明2と甲4図2発明とは、 「タイヤのトレッドの踏面に、前記トレッドの周方向に延びる少なくとも2本の周方向溝により少なくとも1つの陸部が区画されたタイヤであって、 前記少なくとも1つの陸部の全ては、前記タイヤの赤道を横切る向きに延び、かつ前記トレッドの周方向に間隔を置いて配置される複数のサイプを有する、 タイヤ。」 である点で一致し、以下の点で相違する。 <相違点4−1> 本件特許発明2は、「前記少なくとも1つの陸部の全てを構成するゴム組成物の30℃での動的弾性率E´、前記複数のサイプの本数N、および前記周方向溝の深さDが、下記の式 0.009≦E´/(N×D)≦0.029を満足し」と特定するのに対し、甲4図2発明は、この点を特定しない点 <相違点4−2> 本件特許発明2は、「該3つの陸部において、中央の陸部の幅が両側の各陸部の幅の108%以上かつ120%未満の範囲である」と特定するのに対し、甲4図2発明は、この点を特定しない点 以下、相違点について検討する。 相違点4−1について 甲4には、トレッドゴムの動的弾性率E´についての記載はなく、式E´/(N×D)についての言及もない。そして、特許異議申立人の提示したいずれの証拠にも、式E´/(N×D)について記載されているものはなく、まして、その式の範囲を0.009≦E´/(N×D)≦0.029とする点が記載されたものはない。 してみれば、甲4図2発明において、相違点4−1に係る発明特定事項とすることは、当業者においても容易に想到し得たこととはいえない。 よって、他の相違点について検討するまでもなく、本件特許発明2は甲4図2発明及び他の証拠に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。 (3)本件特許発明3について 本件特許発明3は、請求項2を引用するものであり、本件特許発明2をさらに限定したものであるから、本件特許発明2と同様に、甲4図2発明及び他の証拠に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。 (4)本件特許発明4について 本件特許発明4と甲4図2発明とを対比すると、上記(2)での対比と同様であるから、本件特許発明4と甲4図2発明とは、 「タイヤのトレッドの踏面に、前記トレッドの周方向に延びる少なくとも2本の周方向溝により少なくとも1つの陸部が区画されたタイヤであって、 前記少なくとも1つの陸部の全ては、前記タイヤの赤道を横切る向きに延び、かつ前記トレッドの周方向に間隔を置いて配置される複数のサイプを有する、 タイヤ。」 である点で一致し、以下の点で相違する。 <相違点4−3> 本件特許発明4は、「前記少なくとも1つの陸部の全てを構成するゴム組成物の30℃での動的弾性率E´、前記複数のサイプの本数N、および前記周方向溝の深さDが、下記の式 0.009≦E´/(N×D)≦0.029 を満足し」と特定するのに対し、甲4図2発明は、この点を特定しない点 <相違点4−4> 本件特許発明4は、「前記少なくとも1つの陸部の全ては、前記トレッドの幅方向の断面がタイヤ径方向の外側に最も突出する頂点を有し、前記頂点と前記周方向溝の開口縁部とのタイヤ径方向の距離D0、および前記周方向溝の深さDが、下記の式 0.08<D0/D≦0.125 を満足する」と特定するのに対し、甲4図2発明は、この点を特定しない点 以下、相違点について検討する。 相違点4−3について 相違点4−3は、上記(2)における相違点4−1と同じであるから、その判断についても同様である。 よって、他の相違点について検討するまでもなく、本件特許発明4は甲4図2発明及び他の証拠に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。 (5)まとめ したがって、申立理由5(甲4に基づく進歩性)には、理由がない。 5 申立理由6(甲5に基づく進歩性)について (1)甲5に記載された発明 甲5には、段落【0005】、【0006】、【0023】、【0027】、【0028】、【0031】、図3及び図7の記載がある。 そして、甲5の図7からトレッドの全幅は188.618mmであることが看取できる。 また、甲5の図7に記載されている数値から、中央のセンターリブ202の幅がサイドのセンターリブ202の幅の106%であることが計算できる。 以上を踏まえると、甲5には、図3及び図7に記載されているトレッドパターンのタイヤとして、次の発明(以下、「甲5図3発明」という。)が記載されていると認める。 <甲5図3発明> 「タイヤのトレッドの踏面に、 トレッドの周方向に延びる4本の周方向溝により3つのセンターリブ202が区画され、センターリブには、サイプを有し、タイヤサイズは、205/55R16であり、センター領域のサイプから隣接するサイプまでの距離は、5mm〜9mmであり、Z方向のトレッド要素の高さ寸法は、8mmであり、内側の周方向溝の中心とタイヤ中心との距離は、周方向溝の半分と、中央のセンターリブ202の半分とを含み、17.5mmであり、外側の周方向溝の中心とタイヤ中心との距離は、2つの周方向溝の半分と、中央のセンターリブ202の半分と、サイドのセンターリブ202を含み、51mmであり、トレッドの全幅は、188.618mmであり、中央のセンターリブ202の幅がサイドのセンターリブ202の幅の106%であるタイヤ。」 (2)本件特許発明2との対比・判断 本件特許発明2と甲5図3発明を対比すると、本件特許発明2と甲5図3発明とは、 「タイヤのトレッドの踏面に、前記トレッドの周方向に延びる少なくとも2本の周方向溝により少なくとも1つの陸部が区画されたタイヤであって、 前記少なくとも1つの陸部の全ては、前記タイヤの赤道を横切る向きに延び、かつ前記トレッドの周方向に間隔を置いて配置される複数のサイプを有し、 前記周方向溝が4本であり、かつ前記少なくとも1つの陸部が3つである、 タイヤ。」 である点で一致し、以下の点で相違する。 <相違点5−1> 本件特許発明2は、「前記少なくとも1つの陸部の全てを構成するゴム組成物の30℃での動的弾性率E´、前記複数のサイプの本数N、および前記周方向溝の深さDが、下記の式 0.009≦E´/(N×D)≦0.029を満足し」と特定するのに対し、甲5図3発明は、この点を特定しない点 <相違点5−2> 本件特許発明2は、「該3つの陸部において、中央の陸部の幅が両側の各陸部の幅の108%以上かつ120%未満の範囲である」と特定するのに対し、甲5図3発明は、中央の陸部の幅が両側の各陸部の幅の106%である点 以下、相違点について検討する。 相違点5−1について 甲5には、トレッドゴムの動的弾性率E´についての記載はなく、式E´/(N×D)についての言及もない。そして、特許異議申立人の提示したいずれの証拠にも、式E´/(N×D)について記載されているものはなく、まして、その式の範囲を0.009≦E´/(N×D)≦0.029とする点が記載されたものはない。 してみれば、甲5図3発明において、相違点5−1に係る発明特定事項とすることは、当業者においても容易に想到し得たこととはいえない。 よって、他の相違点について検討するまでもなく、本件特許発明2は甲5図3発明及び他の証拠に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。 (3)本件特許発明3について 本件特許発明3は、請求項2を引用するものであり、本件特許発明2をさらに限定したものであるから、本件特許発明2と同様に、甲5図3発明及び他の証拠に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。 (4)本件特許発明4について 本件特許発明4と甲5図3発明とを対比すると、上記(2)での対比と同様であるから、本件特許発明4と甲5図3発明とは、 「タイヤのトレッドの踏面に、前記トレッドの周方向に延びる少なくとも2本の周方向溝により少なくとも1つの陸部が区画されたタイヤであって、 前記少なくとも1つの陸部の全ては、前記タイヤの赤道を横切る向きに延び、かつ前記トレッドの周方向に間隔を置いて配置される複数のサイプを有する、 タイヤ。」 である点で一致し、以下の点で相違する。 <相違点5−3> 本件特許発明4は、「前記少なくとも1つの陸部の全てを構成するゴム組成物の30℃での動的弾性率E´、前記複数のサイプの本数N、および前記周方向溝の深さDが、下記の式 0.009≦E´/(N×D)≦0.029を満足し」と特定するのに対し、甲5図3発明は、この点を特定しない点 <相違点5−4> 本件特許発明4は、「前記少なくとも1つの陸部の全ては、前記トレッドの幅方向の断面がタイヤ径方向の外側に最も突出する頂点を有し、前記頂点と前記周方向溝の開口縁部とのタイヤ径方向の距離D0、および前記周方向溝の深さDが、下記の式 0.08<D0/D≦0.125 を満足する」と特定するのに対し、甲5図3発明は、この点を特定しない点 以下、相違点について検討する。 相違点5−3について 相違点5−3は、上記(2)における相違点5−1と同じであるから、その判断についても同様である。 よって、他の相違点について検討するまでもなく、本件特許発明4は甲5図3発明及び他の証拠に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。 (5)まとめ したがって、申立理由6(甲5に基づく進歩性)には、理由がない。 6 申立理由7(明確性)について (1)明確性要件の判断基準 特許を受けようとする発明が明確であるかは、特許請求の範囲の記載だけではなく、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し、また、当業者の出願時における技術常識を基礎として、特許請求の範囲の記載が、第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるか否かという観点から判断されるべきである。 (2)判断 請求項2ないし4の記載は、明確であって、発明の詳細な説明の記載とも整合している。 したがって、本件特許発明2ないし4は、特許請求の範囲の記載だけではなく、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し、また、当業者の出願時における技術常識を基礎として第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるとはいえない。 (3)特許異議申立人の主張の検討 特許異議申立人は、特許異議申立書において、上記第3 7に記載のサイプの点及び少なくとも1つの陸部のひとつか全部かの2点について、明確でない旨主張する。 しかし、前者の「サイプ」と溝は、当業者は明確に区別して理解できるし、後者については、本件訂正請求による訂正により明確となっているから、特許異議申立人の主張は失当であり採用できない。 (4)まとめ したがって、申立理由7(明確性)には、理由がない。 7 申立理由8(サポート要件)について (1)サポート要件の判断基準 特許請求の範囲の記載が、サポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。 (2)特許請求の範囲の記載 本件特許の特許請求の範囲の記載は、上記第3のとおりである。 (3)発明の詳細な説明の記載 本件特許の発明の詳細にはおおむね次の記載がある。 ・「【技術分野】 【0001】 本発明はタイヤ、特にはドライ路面とウェット路面における運動性能が共に優れるタイヤに関する。」 ・「【発明が解決しようとする課題】 【0005】 一方で、空気入りタイヤにおいて陸部の端部の接地圧を低減することは特にドライ路面での運動性能の低下を招来する。そのため、特許文献1に開示される技術では、ウェット路面における運動性能に加えて、ドライ路面における運動性能の向上が希求されていた。 【0006】 かかる事情に鑑みてなされた本発明は、ドライ路面とウェット路面における運動性能が共に優れるタイヤを提供することを目的とする。」 ・「【課題を解決するための手段】 【0007】 上述した課題を解決するための方途について鋭意究明したところ、陸部のゴム物性と、陸部を区画する周方向溝の深さと、陸部に設けられるサイプとの間で所定の関係を満足させることによってドライ性能とウェット性能との両立が実現できることを見出すに到った。すなわち、本発明に係るタイヤは、タイヤのトレッドの踏面に、前記トレッドの周方向に延びる少なくとも2本の周方向溝により少なくとも1つの陸部が区画されたタイヤであって、前記少なくとも1つの陸部は、前記タイヤの赤道を横切る向きに延び、かつ前記トレッドの周方向に間隔を置いて配置される複数のサイプを有し、前記少なくとも1つの陸部を構成するゴム組成物の30℃での動的弾性率E´、前記複数のサイプの本数N、および前記周方向溝の深さDが、0.009≦E´/(N×D)≦0.029を満足する。」 ・「【0018】 (ドライ性能とウェット性能の両立) ここで、本実施形態に係るタイヤ1のドライ性能とウェット性能とを両立するための方途について検討する。まず、タイヤ1のドライ性能を高めるためには、陸部20〜22の剛性を向上させることが有効である。具体的には、センタ陸部21およびミドル陸部20、22を構成するゴム組成物の単位接地面積当たりの動的弾性率E´が高いほど剛性が向上するのでドライ性能が高まる。また、周方向溝10〜13の深さDが浅いほどセンタ陸部21およびミドル陸部20、22の剛性が向上するのでドライ性能が高まる。 【0019】 一方、タイヤ1のウェット性能を高めるためには、排水性を向上させることが有効である。センタ陸部21およびミドル陸部20、22のサイプの本数が多いほど、排水性が向上するのでウェット性能が高まる。また、周方向溝10〜13の深さDを深くするほど、センタ陸部21およびミドル陸部20、22の排水性が向上するのでウェット性能が高まる。 【0020】 例えば、周方向溝10〜13の深さDのように、ドライ性能を向上させる場合とウェット性能を向上させる場合とで、設定が相反するパラメータも存在する。そのため、上記の要素を組み合わせた指標を導入したところ、その指標を適切な範囲に設定する(バランスをとる)ことでタイヤ1のドライ性能とウェット性能を両立させることが可能になることが判明した。この指標は、ドライ性能を向上させる方向では数値が増加し、ウェット性能を向上させる方向では数値が減少するものである。そして、この指標に基づいて、指標がタイヤ1のドライ性能とウェット性能を両立するための下限値Lminと上限値Lmaxとを設定した。すなわち、この指標の関係式は以下の式(1)で示される。式(1)のNは、センタ陸部21およびミドル陸部20、22の陸部毎のサイプの本数である。 【0021】 Lmin≦E´/(N×D)≦Lmax …式(1) 【0022】 式(1)の指標(E´/(N×D))は、動的弾性率E´を大きくする(ドライ性能を向上させる)と大きくなる。また、式(1)の指標は、周方向溝10〜13の深さDを小さくする(溝が浅くなるためドライ性能を向上させる)と大きくなる。逆に、式(1)の指標は、周方向溝10〜13の深さDを大きくする(溝が深くなるためウェット性能を向上させる)と小さくなる。また、式(1)の指標は、サイプの本数Nを大きくする(サイプの本数が多くなるためウェット性能を向上させる)と小さくなる。 【0023】 ここで、タイヤ1のドライ性能とウェット性能を両立させるために、式(1)の指標の各パラメータについて以下のような相互の関係性をもたせる。例えば、動的弾性率E´がE´min〜E´maxの範囲で利用可能であるとする。また、サイプの本数Nが設計上Nmin〜Nmaxの範囲で利用可能であるとする。一例として、動的弾性率E´としてE´maxを選択する場合(ドライ性能が最も高まる場合)、サイプの本数NについてはNmaxを選択して(ウェット性能を最も高めて)、ドライ性能とウェット性能のバランスをとる。逆に、動的弾性率E´としてE´minを選択する場合(ドライ性能が最も抑えられる場合)、サイプの本数NとしてNminを選択する(ウェット性能が最も抑えられる)。 【0024】 以上の観点から種々の実験を行ったところ、後述する実施例に記載の通りの試験結果が得られた。この評価結果に基づいて、下限値Lminとして0.009、上限値Lmaxとして0.029を新たに得たのである。これらの具体的な数値を用いると、式(1)は下記の式(2)のようになる。 【0025】 0.009≦E´/(N×D)≦0.029 …式(2) 【0026】 この式(2)を満足するタイヤ1は、ドライ路面とウェット路面における運動性能をともに向上することが可能である。」 ・「【実施例】 【0045】 本発明の実施形態に係るタイヤ1が奏する効果を確かめるため、発明例1〜5および比較例1〜2にかかるタイヤを試作して、タイヤの性能を評価する以下の試験を行った。各タイヤの諸元は以下の表1に示している。発明例1にかかるタイヤは図1に示すトレッドパターンを有する。発明例1のタイヤのトレッドは図5に示す断面を有する。比較例1〜2及び発明例2〜5については、表1に示す諸元以外は発明例1と共通している。 【0046】 タイヤサイズ255/40R18の上記各タイヤをリムに装着し、規定内圧を充填して、以下の試験を行った。 <ドライ性能> 上記各タイヤについて、ドライ路面上を走行した際の走行性能をドライバーによる官能により評価した。比較例1のタイヤの評価結果を100とした場合の相対値で評価し、数値が大きい方が高速走行性能に優れていることを示す。 <ウェット性能> 上記各タイヤについて、ウェット路面上を走行した際の走行性能をドライバーによる官能により評価した。比較例1のタイヤの評価結果を100とした場合の相対値で評価し、数値が大きい方が排水性に優れていることを示す。 <耐偏摩耗性> 上記各タイヤについて、ドラム上で1万km走行した後に周方向溝の溝縁付近の摩耗量を計測し、比較例1のタイヤの摩耗量を100としたときの指数評価で示している。数値 が大きい方が、摩耗量が小さく、耐偏摩耗性に優れていることを示す。 以上の各評価結果について、タイヤの諸元と共に、以下の表1に示している。 【0047】 【0048】 表1に示すように、発明例1〜9にかかるタイヤは、いずれも比較例1〜2にかかるタイヤと比較して、ドライ性能、ウェット性能を高い次元で両立していることがわかる。また、センタ陸部およびミドル陸部の合計幅を先に説明した所定範囲とすることで、耐偏摩耗性が向上することがわかる。 【0049】 以上のように、上記の実施形態に係るタイヤ1は、ドライ路面とウェット路面における運動性能が共に優れたものとなる。」 (4)判断 発明の詳細な説明の【0005】及び【0006】によると、本件特許発明2ないし4の解決しようとする課題は、「ドライ路面とウェット路面における運動性能が共に優れるタイヤを提供すること」(以下、「発明の課題」という。)である。 そして、発明の詳細な説明の【0007】には、「陸部のゴム物性と、陸部を区画する周方向溝の深さと、陸部に設けられるサイプとの間で所定の関係を満足させることによってドライ性能とウェット性能との両立が実現できることを見出すに到った。すなわち、本発明に係るタイヤは、タイヤのトレッドの踏面に、前記トレッドの周方向に延びる少なくとも2本の周方向溝により少なくとも1つの陸部が区画されたタイヤであって、前記少なくとも1つの陸部は、前記タイヤの赤道を横切る向きに延び、かつ前記トレッドの周方向に間隔を置いて配置される複数のサイプを有し、前記少なくとも1つの陸部を構成するゴム組成物の30℃での動的弾性率E´、前記複数のサイプの本数N、および前記周方向溝の深さDが、0.009≦E´/(N×D)≦0.029を満足する。かかる構成の本発明のタイヤによれば、ドライ路面とウェット路面における運動性能が共に優れたものとなる。」との記載があり、発明の詳細な説明の段落【0018】〜【0026】には、当該式の数値範囲を定める技術的な意義について記載されていて、発明例1ないし9において、陸部を構成するゴム組成物が、前記条件0.009≦E´/(N×D)≦0.029を満足するタイヤが、ドライ性能とウエット性能の両立をしていることを確認している。 そうすると、発明の詳細な説明の記載から、当業者は、全ての陸部が、「陸部を構成するゴム組成物の30℃での動的弾性率E´、前記複数のサイプの本数N、および前記周方向溝の深さDが、0.009≦E´/(N×D)≦0.029を満足」するタイヤが、発明の課題を解決できると認識する。 そして、本件特許発明2は、全ての陸部が、「陸部を構成するゴム組成物の30℃での動的弾性率E´、前記複数のサイプの本数N、および前記周方向溝の深さDが、0.009≦E´/(N×D)≦0.029を満足」するものであるから、当業者が発明の課題を解決できると認識できる範囲のものである。 よって、本件特許発明2に関して、特許請求の範囲に記載された発明は、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるといえる。 また、本件特許発明3ないし4についても同様である。 (5)特許異議申立人の主張の検討 特許異議申立人は、特許異議申立書において、上記第3 8に記載のサイプには広い幅のものが含まれているかどうかわからない旨及び少なくとも1つの陸部のひとつだけ満足しても課題は解決できるとは認識できない旨主張する。 しかし、前者の「サイプ」に関しては、当業者は本件特許発明の「サイプ」を幅が狭い溝に限定して理解することは明らかであるから、特許異議申立人の主張は失当であり採用できないし、後者については、本件訂正請求による訂正により陸部の全てに特定されているから、特許異議申立人の主張は失当であり採用できない。 (6)まとめ したがって、申立理由8(サポート要件)には、理由がない。 第8 結語 上記第6及び7のとおり、本件特許の請求項2ないし4に係る特許は、取消理由(決定の予告)及び特許異議申立書に記載した申立ての理由によっては、取り消すことはできない。 また、他に本件特許の請求項2ないし4に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。 さらに、本件特許の請求項1に係る特許は、訂正により削除されたため、特許異議申立人による請求項1に係る特許についての特許異議の申立ては、申立ての対象が存在しないものとなったので、特許法第120条の8第1項で準用する同法第135条の規定により却下する。 よって、結論のとおり決定する。 |
発明の名称 |
(54)【発明の名称】タイヤ 【技術分野】 【0001】 本発明はタイヤ、特にはドライ路面とウェット路面における運動性能が共に優れるタイヤに関する。 【背景技術】 【0002】 一般に、タイヤのトレッドには、トレッドの周方向に延びる2本以上の周方向溝が設けられている。周方向溝によってタイヤの排水性が確保される。さらに、周方向溝により区画される陸部は、その接地面積を大きくすることでドライ路面での運動性能が向上する。また、陸部の接地面と路面の間の水を除去することで、ウェット路面を走行中の陸部における実際の接地面積が確保されて、ウェット路面におけるタイヤの運動性能が向上する。 【0003】 ここで、陸部の接地面内の水は、陸部の端部の接地圧を低減することで、陸部の接地面から溝側へ排出されやすくなる。この接地圧の低減に関連して、従来、陸部の表面を円弧面に形成して、陸部の端部の接地圧を小さくする空気入りタイヤが提案されている(特許文献1参照)。さらに、特許文献1に記載のタイヤは排水性能確保の観点から陸部にサイプを設けている。 【先行技術文献】 【特許文献】 【0004】 【特許文献1】特開2012−116410号公報 【発明の概要】 【発明が解決しようとする課題】 【0005】 一方で、空気入りタイヤにおいて陸部の端部の接地圧を低減することは特にドライ路面での運動性能の低下を招来する。そのため、特許文献1に開示される技術では、ウェット路面における運動性能に加えて、ドライ路面における運動性能の向上が希求されていた。 【0006】 かかる事情に鑑みてなされた本発明は、ドライ路面とウェット路面における運動性能が共に優れるタイヤを提供することを目的とする。 【課題を解決するための手段】 【0007】 上述した課題を解決するための方途について鋭意究明したところ、陸部のゴム物性と、陸部を区画する周方向溝の深さと、陸部に設けられるサイプとの間で所定の関係を満足させることによってドライ性能とウェット性能との両立が実現できることを見出すに到った。すなわち、本発明に係るタイヤは、タイヤのトレッドの踏面に、前記トレッドの周方向に延びる少なくとも2本の周方向溝により少なくとも1つの陸部が区画されたタイヤであって、前記少なくとも1つの陸部は、前記タイヤの赤道を横切る向きに延び、かつ前記トレッドの周方向に間隔を置いて配置される複数のサイプを有し、前記少なくとも1つの陸部を構成するゴム組成物の30℃での動的弾性率E′、前記複数のサイプの本数N、および前記周方向溝の深さDが、0.009≦E′/(N×D)≦0.029を満足する。 かかる構成の本発明のタイヤによれば、ドライ路面とウェット路面における運動性能が共に優れたものとなる。 【0008】 さらに、以下の各構成とすることによって、ドライ路面とウェット路面における運動性能をより高めることができる。 本発明に係るタイヤでは、前記少なくとも1つの陸部の前記トレッドの幅方向の長さの合計が、前記トレッドの全幅の28%〜48%の範囲であることが好ましい。 【0009】 本発明に係るタイヤでは、前記周方向溝が4本であり、かつ前記少なくとも1つの陸部が3つであり、該3つの陸部において、中央の陸部の幅が両側の各陸部の幅の90%〜130%の範囲であることが好ましい。 【0010】 本発明に係るタイヤでは、前記中央の陸部は、前記タイヤの赤道上に位置することが好ましい。 【0011】 本発明に係るタイヤでは、前記少なくとも1つの陸部は、前記トレッドの幅方向の断面がタイヤ径方向の外側に最も突出する頂点を有し、前記頂点と前記周方向溝の開口縁部とのタイヤ径方向の距離D0、および前記周方向溝の深さDが、0.044≦D0/D≦0.155を満足することが好ましい。 【発明の効果】 【0012】 本発明により、ドライ路面とウェット路面における運動性能が共に優れるタイヤを提供することができる。 【図面の簡単な説明】 【0013】 【図1】本発明の一実施形態に係るタイヤのトレッドパターンを示す平面図である。 【図2】トレッドの幅方向の陸部断面図である。 【図3】直進走行時における陸部のサイプ端部の挙動を説明する図である。 【図4】陸部の落とし量の違いによる接地圧の変化を説明する図である。 【図5】本発明の別のトレッドの幅方向の陸部断面図である。 【発明を実施するための形態】 【0014】 以下、本発明の実施形態について、図面を参照して説明する。本実施形態のタイヤ1は、例えば乗用車用の空気入りタイヤであり、タイヤ構成はこの種のタイヤの通例に従うものである。 【0015】 図1は、本実施形態のタイヤ1のトレッドパターンを示す平面図である。タイヤ1は、タイヤ1のトレッド2の踏面に、トレッド2の周方向に延びる少なくとも2本、図1の例では4本の周方向溝10〜13を有する。タイヤ1は、周方向溝10〜13により少なくとも1つ、図1の例では3つの陸部20〜22が区画されている。すなわち、周方向溝11および12により、タイヤの赤道C上に位置するセンタ陸部21が区画される。また、周方向溝10および13は周方向溝11および12のトレッド端Tの側に位置する。周方向溝10および11によりセンタ陸部21の一方側にミドル陸部20が区画される。周方向溝12および13によりセンタ陸部21の他方側にミドル陸部22が区画される。図1に示されるように、ミドル陸部20および22は、1本の溝を挟んでセンタ陸部21の両側に位置する。かように、4本の周方向溝10〜13により、3つの陸部20〜22がトレッド2のタイヤ周方向に沿って形成されている。なお、図1の例では、さらに周方向溝10とトレッド端Tとによりショルダ陸部23が、周方向溝13とトレッド端Tとによりショルダ陸部24がそれぞれ区画されている。これらの陸部のうち、陸部20〜22は、タイヤの赤道Cを横切る向きに延び、かつトレッド2の周方向に間隔を置いて配置される複数のサイプ14A〜14Cを有している。 【0016】 サイプ14A〜14Cは、タイヤの赤道Cを横切る向きに延びるものであればよく、図1の例ではタイヤ幅方向に対して所定の角度をもって設けられているが、タイヤ幅方向に沿っていてもよい。また、サイプ14A〜14Cの両端の少なくとも一方が、周方向溝10〜13に連通していればよい。例えば図1のサイプ14Bのように、一方の端が周方向溝11に連通し、他方の端が周方向溝12に至ることなく陸部内で終端していてもよい。すなわち、サイプ14A〜14Cは、タイヤ周方向に投影した長さSA〜SCが陸部20〜22の各幅WA〜WCのそれぞれ85%以上であればよい。図1の例では、サイプ14Bのタイヤ周方向に投影した長さSBは陸部21の幅WBの約90%である。また、サイプ14Aおよび14Cのタイヤ周方向に投影した長さSAおよびSCは、陸部20の幅WAおよび陸部22の幅WCとそれぞれ等しい。 【0017】 また、ショルダ陸部23および24は、複数の幅方向溝15を有する。なお、幅方向溝15は、ショルダ陸部23および24の陸部内からトレッド端T側へほぼタイヤ幅方向に延び、ショルダ陸部23および24における排水に寄与する。 【0018】 (ドライ性能とウェット性能の両立) ここで、本実施形態に係るタイヤ1のドライ性能とウェット性能とを両立するための方途について検討する。まず、タイヤ1のドライ性能を高めるためには、陸部20〜22の剛性を向上させることが有効である。具体的には、センタ陸部21およびミドル陸部20、22を構成するゴム組成物の単位接地面積当たりの動的弾性率E′が高いほど剛性が向上するのでドライ性能が高まる。また、周方向溝10〜13の深さDが浅いほどセンタ陸部21およびミドル陸部20、22の剛性が向上するのでドライ性能が高まる。 【0019】 一方、タイヤ1のウェット性能を高めるためには、排水性を向上させることが有効である。センタ陸部21およびミドル陸部20、22のサイプの本数が多いほど、排水性が向上するのでウェット性能が高まる。また、周方向溝10〜13の深さDを深くするほど、センタ陸部21およびミドル陸部20、22の排水性が向上するのでウェット性能が高まる。 【0020】 例えば、周方向溝10〜13の深さDのように、ドライ性能を向上させる場合とウェット性能を向上させる場合とで、設定が相反するパラメータも存在する。そのため、上記の要素を組み合わせた指標を導入したところ、その指標を適切な範囲に設定する(バランスをとる)ことでタイヤ1のドライ性能とウェット性能を両立させることが可能になることが判明した。この指標は、ドライ性能を向上させる方向では数値が増加し、ウェット性能を向上させる方向では数値が減少するものである。そして、この指標に基づいて、指標がタイヤ1のドライ性能とウェット性能を両立するための下限値Lminと上限値Lmaxとを設定した。すなわち、この指標の関係式は以下の式(1)で示される。式(1)のNは、センタ陸部21およびミドル陸部20、22の陸部毎のサイプの本数である。 【0021】 Lmin≦E′/(N×D)≦Lmax …式(1) 【0022】 式(1)の指標(E′/(N×D))は、動的弾性率E′を大きくする(ドライ性能を向上させる)と大きくなる。また、式(1)の指標は、周方向溝10〜13の深さDを小さくする(溝が浅くなるためドライ性能を向上させる)と大きくなる。逆に、式(1)の指標は、周方向溝10〜13の深さDを大きくする(溝が深くなるためウェット性能を向上させる)と小さくなる。また、式(1)の指標は、サイプの本数Nを大きくする(サイプの本数が多くなるためウェット性能を向上させる)と小さくなる。 【0023】 ここで、タイヤ1のドライ性能とウェット性能を両立させるために、式(1)の指標の各パラメータについて以下のような相互の関係性をもたせる。例えば、動的弾性率E′がE′min〜E′maxの範囲で利用可能であるとする。また、サイプの本数Nが設計上Nmin〜Nmaxの範囲で利用可能であるとする。一例として、動的弾性率E′としてE′maxを選択する場合(ドライ性能が最も高まる場合)、サイプの本数NについてはNmaxを選択して(ウェット性能を最も高めて)、ドライ性能とウェット性能のバランスをとる。逆に、動的弾性率E′としてE′minを選択する場合(ドライ性能が最も抑えられる場合)、サイプの本数NとしてNminを選択する(ウェット性能が最も抑えられる)。 【0024】 以上の観点から種々の実験を行ったところ、後述する実施例に記載の通りの試験結果が得られた。この評価結果に基づいて、下限値Lminとして0.009、上限値Lmaxとして0.029を新たに得たのである。これらの具体的な数値を用いると、式(1)は下記の式(2)のようになる。 【0025】 0.009≦E′/(N×D)≦0.029 …式(2) 【0026】 この式(2)を満足するタイヤ1は、ドライ路面とウェット路面における運動性能をともに向上することが可能である。ここで、式(2)の各パラメータの値は、以下の範囲であることが好ましい。 動的弾性率E′ :6.8〜12.9[MPa] サイプの本数N :60〜90[本] 周方向溝の深さD:6.5〜8.9[mm] 【0027】 ここで、陸部20〜22の表面は、タイヤ幅方向の陸部20〜22の断面においてほぼ平坦に形成されている。以下、センタ陸部21およびミドル陸部20、22のうち、ミドル陸部20を例に陸部形状について詳しく説明する。 【0028】 図2は、ミドル陸部20のタイヤ幅方向の断面図である。図2は、図1のX−X断面に対応する。図2に示されるように、ミドル陸部20は、壁面30および31と、表面32と、表面32の一対の面取り33および34を有する。壁面30および31は、周方向溝10および11で区画されるミドル陸部20の側壁面である。壁面30は、周方向溝10の溝底40と繋がっており、面取り33を介して表面32とも滑らかに繋がっている。また、壁面31は、周方向溝11の溝底41と繋がっており、面取り34を介して表面32とも滑らかに繋がっている。表面32はタイヤ1の転動時に路面に接触する。一対の面取り33および34は、それぞれ表面32と壁面30、表面32と壁面31の間に位置する陸部20の端部である。図2の仮想輪郭線VLは、表面32を周方向溝10および11の領域を含めてタイヤ幅方向に延長した仮想線である。 【0029】 周方向溝10および11の深さは仮想輪郭線VLを基準とする。つまり、仮想輪郭線VLから溝底40および41までの距離がそれぞれ周方向溝10および11の深さである。図2の例では、周方向溝10および11の深さはともにDである。また、ミドル陸部20の幅WA(図1参照)は壁面30と壁面31との間隔(距離)に等しい。センタ陸部21、ミドル陸部22の幅WB、WC(図1参照)も、それぞれ同様に、センタ陸部21、ミドル陸部22の壁面の間隔に等しい。 【0030】 また、タイヤ1は、ショルダ陸部23および24を除く陸部の合計幅(つまり、センタ陸部21およびミドル陸部20、22の幅方向の長さの合計)がトレッドの全幅W(図1参照)の28[%]〜48[%]の範囲であることが好ましい。すなわち、上記の幅比を28[%]以上にすることにより、タイヤ1の接地面積が十分に維持される。そのため、優れたドライ性能を確保することができる。また、上記の幅比を48[%]以下にすることにより、周方向溝10〜13の排水に必要な幅(タイヤ幅方向の距離)が維持される。そのため、優れたウェット性能を確保することができる。ここで、図1の例では、ショルダ陸部23および24を除く陸部の合計幅は、センタ陸部21の幅WBと、ミドル陸部20の幅WAと、ミドル陸部22の幅WCとを合わせた幅(WA+WB+WC)である。ここで、更にタイヤ1の性能を向上させるべく上記の幅比、すなわち(WA+WB+WC)/Wを求めたところ、33[%]〜43[%]の範囲がより好ましいことがわかった。また、上記の幅比を35[%]〜41[%]の範囲とすることが最も好ましいことがわかった。 【0031】 また、タイヤ1は、3つの陸部20〜22において、中央のセンタ陸部21の幅WBが、両側の各ミドル陸部20、22の幅WA、WCの90[%]〜130[%]の範囲であることが好ましい。ここで、中央のセンタ陸部21の幅WBが、両側の各ミドル陸部20、22の幅WA、WCの95[%]〜120[%]の範囲であれば更に好ましい。そして、中央のセンタ陸部21の幅WBが、両側の各ミドル陸部20、22の幅WA、WCの95[%]〜105[%]の範囲であれば最も好ましい。 【0032】 このとき、センタ陸部21の幅WBは、各ミドル陸部20、22の幅WA、WCに比べて大きく異なることがない。そのため、センタ陸部21およびミドル陸部20、22について、偏摩耗が発生することを抑制する効果が高まる。 【0033】 また、タイヤ1は、センタ陸部21がタイヤの赤道C上に位置することが好ましい。このとき、センタ陸部21およびミドル陸部20、22がタイヤの赤道Cを中心(またはほぼ中心)に偏りなく配置される。そのため、センタ陸部21およびミドル陸部20、22について、さらに偏摩耗が発生することを抑制する効果が高まる。 【0034】 ここで、図1に示したタイヤ1は、サイプ14A、14B、14Cおよび幅方向溝15がタイヤの赤道Cに向かって収束する向きに延びているトレッドパターンを有する。したがって、この収束方向を車両の進行方向と一致させて、タイヤ1を車両に装着して使用することがタイヤ1の性能を十分に発揮させる上で好ましい。 【0035】 (凸形状の陸部について) 先の例ではセンタ陸部21およびミドル陸部20、22の表面がタイヤ幅方向の断面において平坦であった。しかし、以下に説明するように、センタ陸部21およびミドル陸部20、22の表面がタイヤ幅方向の断面において凸形状に形成されていてもよい。以下、このような形状を有するセンタ陸部21およびミドル陸部20、22の特徴について説明し、1つの陸部(ミドル陸部20)を例に陸部形状について詳しく説明する。 【0036】 図3は、複数のサイプ(例えば図1の14B)を有する陸部(例えば図1のセンタ陸部21)を備えるタイヤが、直進走行している様子を示す図である。図3に示されるように、タイヤが直進走行してタイヤ周方向に変形すると、陸部のサイプを挟む端部が路面から浮き上がる現象が生じる場合がある。この現象はサイプの本数が多くなるほど顕著になる傾向があり、この現象が発生すると陸部の接地面積が減少するため、剛性が低下する。 【0037】 ここで、落とし量について説明する。図5は、凸形状に形成されたミドル陸部20のタイヤ幅方向の断面図である。ミドル陸部20だけではなくセンタ陸部21およびミドル陸部22の表面も、図5に示されるようにタイヤ幅方向の断面において凸形状に形成されているが、図5の1つの陸部(ミドル陸部20)を例に説明する。図5に示されるように、ミドル陸部20のタイヤ幅方向の断面において、タイヤ径方向の外側に最も突出する頂点Pが存在する。図5の例では、頂点Pは曲線部35〜37のうち中央に位置する曲線部35の上に存在する。図5の仮想輪郭線VLは、曲線部35の頂点Pにおける接線をタイヤ幅方向に延長した仮想線である。落とし量は頂点P(または仮想輪郭線VL)を基準とする。落とし量は、頂点P(または仮想輪郭線VL)から開口縁部Bまでの距離である。ここで、開口縁部Bは、直線状の壁面30の縁部であって曲線部36との接続部分(曲線部36の壁面30側の端部)、および、直線状の壁面31の縁部であって曲線部37との接続部分(曲線部37の壁面31側の端部)である。図5の例では、壁面30側および壁面31側の落とし量はともにD0である。 【0038】 図4は、表面がタイヤ幅方向の断面において凸形状に形成されている陸部の接地圧Pzを示す。図4の横軸はタイヤ幅方向の位置を示す。図4の横軸は、陸部中央を0として、車両外側の位置を正値で、車両内側の位置を負値で表す。また、図4の縦軸は接地圧PzをkPa単位で示す。図4には、落とし量が0.3[mm]、0.6[mm]および1.0[mm]であるタイヤの接地圧Pzの分布が示されている。 【0039】 陸部がタイヤ幅方向の断面において凸形状に形成されている場合には、その形状からタイヤ幅方向の端部の接地面積は低下するものの、陸部中央では接地圧が増加する。図4の例では、落とし量が0.3[mm]、0.6[mm]、1.0[mm]と大きくなるにつれて、陸部中央(幅方向位置は0)における接地圧が約420[kPa]、約490[kPa]、約530[kPa]と増加することが示されている。図3を用いて説明したように、タイヤが直進走行してタイヤ周方向に変形すると、陸部のサイプの端部が路面から浮き上がる現象が生じ得る。しかし、陸部断面が凸形状になるように形成することによって陸部中央で接地圧が増加するため、サイプの端部が路面から浮き上がる現象を抑制することができる。上記のように抑制の効果は落とし量に依存するが、陸部の表面がタイヤ幅方向の断面において平坦である場合に比べて、少なくとも陸部中央で抑制効果が生じる。つまり、陸部をタイヤ幅方向の断面において凸形状に形成することによって、サイプの端部が路面から浮き上がる現象による剛性の低下(ドライ性能の低下)を抑制することができる。特にウェット性能を向上させるためにサイプの本数を多くした場合に、剛性の低下の影響が大きくなる傾向がある。この場合、特に陸部をタイヤ幅方向の断面において凸形状に形成することが好ましい。 【0040】 再び図5を参照に、凸形状に形成されたミドル陸部20のタイヤ幅方向の断面図について説明する。なお、トレッドパターンは先に説明した例と同じである(図1参照)。また、図5において図1および図2と同じ要素には同じ符号を付している。これらの要素については重複説明回避のため詳細な説明を省略する。図5に示されるように、ミドル陸部20は、壁面30および31と、複数の円弧状の曲線部35〜37と、を有する。ミドル陸部20は、タイヤ幅方向の断面において曲線部35〜37が滑らかに接続されて、タイヤ1の径方向外側に凸となる形状の表面を有する。図5に示されるように、複数の曲線部35〜37が境界K(図5では点線で示す)でも滑らかに接続されて、ミドル陸部20の表面全体が滑らかに湾曲する湾曲面(凸曲面)を形成している。 【0041】 周方向溝10および11の深さも頂点P(または仮想輪郭線VL)を基準とする。図5の例では、周方向溝10および11の深さはともにDである。このように、図5の例では、タイヤ1のセンタ陸部21およびミドル陸部20、22は、表面全体が滑らかに湾曲する湾曲面を形成している。そのため、サイプの端部が路面から浮き上がる現象による剛性の低下を抑制することができる。また、この剛性の低下の抑制効果によって、ドライ路面とウェット路面における運動性能をいっそう向上させることができる。 【0042】 また、タイヤ1は、落とし量D0と周方向溝の深さDとの間に、以下の式(3)が成り立つことが好ましい。 【0043】 0.044≦D0/D≦0.155 …式(3) 【0044】 式(3)に用いられるパラメータは、周方向溝の深さD、落とし量D0である。周方向溝の深さDが大きくなると陸部の剛性は低下する。また、落とし量D0が大きくなっても陸部の剛性は低下する。式(3)はこれらの比を適切な範囲に制限することで、例えば落とし量D0と周方向溝の深さDとが共に大きく設定されることを回避し、陸部の剛性を保つ。以上の観点から種々の実験を行ったところ、後述する実施例に記載の通りの試験結果が得られた。この評価結果に基づいて、下限値として0.044、上限値として0.155を新たに得たのである。周方向溝の深さD、落とし量D0が式(3)を満足することで、陸部の剛性が極端に低下するといった事態を回避することが可能である。 【実施例】 【0045】 本発明の実施形態に係るタイヤ1が奏する効果を確かめるため、発明例1〜5および比較例1〜2にかかるタイヤを試作して、タイヤの性能を評価する以下の試験を行った。各タイヤの諸元は以下の表1に示している。発明例1にかかるタイヤは図1に示すトレッドパターンを有する。発明例1のタイヤのトレッドは図5に示す断面を有する。比較例1〜2及び発明例2〜5については、表1に示す諸元以外は発明例1と共通している。 【0046】 タイヤサイズ255/40R18の上記各タイヤをリムに装着し、規定内圧を充填して、以下の試験を行った。 <ドライ・性能> 上記各タイヤについて、ドライ路面上を走行した際の走行性能をドライバーによる官能により評価した。比較例1のタイヤの評価結果を100とした場合の相対値で評価し、数値が大きい方が高速走行性能に優れていることを示す。 <ウェット性能> 上記各タイヤについて、ウェット路面上を走行した際の走行性能をドライバーによる官能により評価した。比較例1のタイヤの評価結果を100とした場合の相対値で評価し、数値が大きい方が排水性に優れていることを示す。 <耐偏摩耗性> 上記各タイヤについて、ドラム上で1万km走行した後に周方向溝の溝縁付近の摩耗量を計測し、比較例1のタイヤの摩耗量を100としたときの指数評価で示している。数値が大きい方が、摩耗量が小さく、耐偏摩耗性に優れていることを示す。 以上の各評価結果について、タイヤの諸元と共に、以下の表1に示している。 【0047】 【表1】 【0048】 表1に示すように、発明例1〜9にかかるタイヤは、いずれも比較例1〜2にかかるタイヤと比較して、ドライ性能、ウェット性能を高い次元で両立していることがわかる。また、センタ陸部およびミドル陸部の合計幅を先に説明した所定範囲とすることで、耐偏摩耗性が向上することがわかる。 【0049】 以上のように、上記の実施形態に係るタイヤ1は、ドライ路面とウェット路面における運動性能が共に優れたものとなる。 【0050】 本発明を図面や実施形態に基づき説明してきたが、当業者であれば本開示に基づき種々の変形や修正を行うことが容易であることに注意されたい。したがって、これらの変形や修正は本発明の範囲に含まれることに留意されたい。例えば、各手段などは論理的に矛盾しないように再配置可能であり、複数の手段などを1つに組み合わせたり、或いは分割したりすることが可能である。 【0051】 上記の実施形態において、センタ陸部21およびミドル陸部20、22を構成するゴム組成物の単位接地面積当たりの動的弾性率E′は、サイプの本数Nおよび周方向溝の深さDとの関係で決定されていたが、更に損失正接tanδとの関連付けがなされてもよい。損失正接tanδは、周波数52Hz、初期歪2%、動歪1%の条件における各所定温度での損失正接を指す。また、動的弾性率E′は、この条件における各所定温度での動的貯蔵弾性率を指す。東洋精機製の粘弾性スペクトロメータを用いて試験を実施したところ、以下のような数値を得た。例えば、上記のゴム組成物は、30℃での動的弾性率E′の中心値が10.5[MPa]、0℃での損失正接tanδの中心値が0.823であってもよい。例えば、センタ陸部21およびミドル陸部20、22を、30℃での動的弾性率E′が8.9〜12.1[MPa]、0℃での損失正接tanδが0.700〜0.946の範囲であるゴム組成物で構成してもよい。また、30℃での動的弾性率E′が9.5〜11.6[MPa]、0℃での損失正接tanδが0.741〜0.905の範囲であるゴム組成物が用いられることが、さらに好ましい。また、30℃での動的弾性率E′が10.0〜11.0[MPa]、0℃での損失正接tanδが0.782〜0.864の範囲であるゴム組成物が用いられることが、最も好ましい。 【産業上の利用可能性】 【0052】 本発明によれば、ドライ路面とウェット路面における運動性能が共に優れるタイヤを提供することができる。 【符号の説明】 【0053】 1 タイヤ 2 トレッド 10、11、12、13 周方向溝 14A、14B、14C サイプ 15 幅方向溝 20、22 ミドル陸部 21 センタ陸部 23、24 ショルダ陸部 30、31 壁面 32 表面 33、34 面取り 35、36、37 曲線部 40、41 溝底 C タイヤの赤道 D 周方向溝の深さ D0 落とし量 VL 仮想輪郭線 (57)【特許請求の範囲】 【請求項1】 (削除) 【請求項2】 タイヤのトレッドの踏面に、前記トレッドの周方向に延びる少なくとも2本の周方向溝により少なくとも1つの陸部が区画されたタイヤであって、 前記少なくとも1つの陸部の全ては、前記タイヤの赤道を横切る向きに延び、かつ前記トレッドの周方向に間隔を置いて配置される複数のサイプを有し、 前記少なくとも1つの陸部の全てを構成するゴム組成物の30℃での動的弾性率E′、前記複数のサイプの本数N、および前記周方向溝の深さDが、下記の式 0.009≦E′/(N×D)≦0.029 を満足し、 前記周方向溝が4本であり、かつ前記少なくとも1つの陸部が3つであり、該3つの陸部において、中央の陸部の幅が両側の各陸部の幅の108%以上かつ120%未満の範囲である、タイヤ。 【請求項3】 前記中央の陸部は、前記タイヤの赤道上に位置する、請求項2に記載のタイヤ。 【請求項4】 タイヤのトレッドの踏面に、前記トレッドの周方向に延びる少なくとも2本の周方向溝により少なくとも1つの陸部が区画されたタイヤであって、 前記少なくとも1つの陸部の全ては、前記タイヤの赤道を横切る向きに延び、かつ前記トレッドの周方向に間隔を置いて配置される複数のサイプを有し、 前記少なくとも1つの陸部の全てを構成するゴム組成物の30℃での動的弾性率E′、前記複数のサイプの本数N、および前記周方向溝の深さDが、下記の式 0.009≦E′/(N×D)≦0.029 を満足し、 前記少なくとも1つの陸部の全ては、前記トレッドの幅方向の断面がタイヤ径方向の外側に最も突出する頂点であって、前記トレッドの幅方向で陸部の中央に位置する前記頂点を有し、 前記頂点と陸部を区画する両方の前記周方向溝それぞれの開口縁部とのタイヤ径方向の距離D0、および前記周方向溝の深さDが、下記の式 0.08<D0/D≦0.125 を満足する、タイヤ。 |
訂正の要旨 |
審決(決定)の【理由】欄参照。 |
異議決定日 | 2022-04-07 |
出願番号 | P2016-091311 |
審決分類 |
P
1
651・
113-
YAA
(B60C)
P 1 651・ 537- YAA (B60C) P 1 651・ 121- YAA (B60C) |
最終処分 | 07 維持 |
特許庁審判長 |
加藤 友也 |
特許庁審判官 |
奥田 雄介 大島 祥吾 |
登録日 | 2020-05-28 |
登録番号 | 6710097 |
権利者 | 株式会社ブリヂストン |
発明の名称 | タイヤ |
代理人 | 塚中 哲雄 |
代理人 | 塚中 哲雄 |
代理人 | 冨田 和幸 |
代理人 | 杉村 憲司 |
代理人 | 杉村 光嗣 |
代理人 | 鈴木 俊樹 |
代理人 | 冨田 和幸 |
代理人 | 鈴木 俊樹 |
代理人 | 杉村 光嗣 |
代理人 | 杉村 憲司 |