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審決分類 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C08J
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  C08J
審判 全部申し立て 2項進歩性  C08J
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  C08J
管理番号 1386170
総通号数
発行国 JP 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2022-07-29 
種別 異議の決定 
異議申立日 2022-01-26 
確定日 2022-07-01 
異議申立件数
事件の表示 特許第6937160号発明「繊維複合樹脂成形部品」の特許異議申立事件について,次のとおり決定する。 
結論 特許第6937160号の請求項1ないし6に係る特許を維持する。 
理由 第1 主な手続の経緯等
特許第6937160号(請求項の数は6。以下「本件特許」という。)は,平成29年5月1日にされた特許出願(特願2017−90922号)に係るものであって,令和3年9月1日にその特許権が設定登録され,同月22日に特許掲載公報が発行されたものである。
その後,令和4年1月26日に特許異議申立人池田智寿子(以下,単に「申立人」という。)より本件特許の請求項1〜6に係る特許に対して特許異議の申立てがされた。

第2 本件発明
本件特許の請求項1〜6に係る発明は,願書に添付された特許請求の範囲の請求項1〜6に記載された事項により特定される以下のとおりのものである(以下,請求項の番号に応じて各発明を順に「本件発明1」,「本件発明2」,…といい,これらを併せて「本件発明」という場合がある。)。
「【請求項1】
主剤樹脂に繊維状フィラーを含有した繊維複合樹脂によって樹脂成形された成形部品であって,
前記繊維複合樹脂として,繊維長方向の端部に解繊された解繊部位が形成された前記繊維状フィラーを,主剤樹脂に混合して樹脂成形されており,
前記繊維複合樹脂の物理特性が,
前記繊維複合樹脂から厚み1〜2mmで切り出した第1板状試験片を−10℃で3時間保持した後,250gの重錘を落下させたときに破壊されなかった最大高さH,
前記主剤樹脂のみの樹脂から厚み1〜2mmで切り出した第2板状試験片を−10℃で3時間保持した後,250gの重錘を落下させたときに破壊されなかった最大高さHoとすると
Ho×0.4 ≦H ≦ Ho
を満たし,かつ,前記繊維複合樹脂の成型部品のシャルピー衝撃強度S(JIS K 7111),前記主剤樹脂のみの樹脂成型部品のシャルピー衝撃強度Soとすると
So×0.4 ≦S ≦ So
を満たすものである,繊維複合樹脂成形部品。
【請求項2】
前記繊維状フィラー解繊部位におけるメジアン繊維径は0.1μm以上2μm以下であり,
前記繊維状フィラーの非解繊部位におけるメジアン繊維径は,5μm以上30μm以下であることを特徴とする,
請求項1に記載の繊維複合樹脂成形部品。
【請求項3】
主剤樹脂に繊維状フィラーを含有した繊維複合樹脂によって樹脂成形された成形部品であって,
前記繊維複合樹脂として,解繊されていない非解繊部位と,繊維長方向の端部に解繊された解繊部位とを併せ持った前記繊維状フィラーを,主剤樹脂に混合したものを使用して樹脂成形したものであり,
前記繊維状フィラー解繊部位におけるメジアン繊維径は0.1μm以上2μm以下であり,
前記繊維状フィラーの非解繊部位におけるメジアン繊維径は,5μm以上30μm以下であることを特徴とする,繊維複合樹脂成形部品。
【請求項4】
前記繊維状フィラーがセルロース類の天然繊維からなる繊維であることを特徴とする,請求項1〜3の何れかに記載の繊維複合樹脂成形部品。
【請求項5】
前記主剤樹脂がオレフィン系樹脂であることを特徴とする,請求項1〜4の何れかに記載の繊維複合樹脂成形部品。
【請求項6】
主剤樹脂に繊維状フィラーを含有した繊維複合樹脂によって樹脂成形された成形部品であって,
前記繊維状フィラーの解繊部位におけるメジアン繊維径は0.1μm以上2μm以下であり,かつ,解繊されていない非解繊部位におけるメジアン繊維径は,5μm以上30μm以下であって,前記成形部品に面方向に衝撃力が加わった際に発生する複数のクレーズ状欠陥同士のつながりによる割れを解繊部位により防止し,前記成形部品に一方向に衝撃力が加わった際に発生するクラック状欠陥を解繊されていない非解繊部位により防止する,繊維複合樹脂成形部品。」

第3 申立人の主張に係る申立理由の概要
特許異議申立書における申立人の主張は,概略以下のとおりであって,本件発明1〜6は特許法(以下,単に「法」という。)29条1項3号に該当するか又は同条2項の規定により特許を受けることができない発明であるか,請求項1〜6に係る特許は法36条4項1号,同条6項1号又は同条6項2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから,請求項1〜6に係る特許は法113条2号あるいは4号に該当し取り消されるべき,というものである。
1 申立理由1(新規性又は進歩性
本件発明1〜6は,甲1に記載された発明であるか,甲1に記載された発明を主たる引用発明としたとき,この主たる引用発明に基いて,その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものである。(この理由を,以下「申立理由1」という。)
2 申立理由2(サポート要件)
請求項1〜6についての特許は,法36条6項1号に規定するいわゆるサポート要件を満たしていない特許出願についてされたものである。(この理由を,以下「申立理由2」という。)
3 申立理由3(明確性要件)
請求項1〜6についての特許は,法36条6項2号に規定するいわゆる明確性要件を満たしていない特許出願についてされたものである。(この理由を,以下「申立理由3」という。)
4 申立理由4(実施可能要件
請求項1〜6についての特許は,法36条4項1号に規定するいわゆる実施可能要件を満たしていない特許出願についてされたものである。(この理由を,以下「申立理由4」という。)
5 証拠
証拠方法として書証を申出,以下の文書(甲1〜4)を提出する。
・甲1: 「平成28年度 セルロースナノファイバー製品製造工程の低炭素化対策の立案事業委託業務(セルロースナノファイバー製品製造工程におけるCO2排出削減に関する技術開発)成果報告書」,平成29年3月,パナソニック株式会社生産技術本部
・甲2: ノバテックPP-製品紹介,日本ポリプロ株式会社,https://www. pochem.co.jp/jpp/product/novatec-pp/novatec-pp.html
・甲3: 「バイオコンポジットの現状と将来展望 3.セルロースを強化材とするグリーンコンポジットの現状と将来展望」,(Journal of the Society of Materials Science, Japan),2011年1月,第60巻,第1号,79−85ページ
・甲4: 「プラスチック材料強度シリーズI プラスチックの機械的性質」,成澤郁夫,株式会社シグマ出版,1994年4月15日初版,146?149ページ

第4 当合議体の判断
当合議体は,以下述べるように,上記申立理由1〜4はいずれも理由がないと判断する。
1 申立理由1についての判断
(1) 甲1について職権で調査したところ,「日本国内又は外国において頒布された刊行物」であるか,例えば以下に示すURLにアクセスすることで入手できる文献であることから,「電気通信回線を通じて公衆に利用可能となつた」ものと認めることはできる。
https://www.env.go.jp/earth/ondanka/cnf/mat26.pdf
しかし,提出された証拠からは,甲1が本件特許の「特許出願前」において頒布された刊行物であるか公衆に利用可能となったものであるといえるに足りる根拠を見いだすことができず,よって,甲1に記載された発明は法29条1項3号に該当する発明であると認めることができない。たしかに,甲1の表紙には「平成29年3月」との記述は見られるが,だからといって,そのことからただちに,その頃に甲1が頒布されたあるいは公衆に利用可能となったということにはならない。
したがって,甲1に基づいて本件発明の新規性欠如ないしは進歩性欠如を主張する申立理由1は,いずれも理由がないといわざるを得ない。
(2) なお,仮に,甲1に記載された発明が法29条1項3号に該当する発明であるといえたとしても,以下述べるとおり,申立理由1はそもそも理由がないと判断される。
ア まず,本件発明1と甲1に記載されている発明(以下「甲1発明」という。)とを対比すると,両者の間には,少なくとも次の相違点を認めることができる。
・相違点1
繊維複合樹脂の物理特性について,本件発明1は「前記繊維複合樹脂から厚み1〜2mmで切り出した第1板状試験片を−10℃で3時間保持した後,250gの重錘を落下させたときに破壊されなかった最大高さH,前記主剤樹脂のみの樹脂から厚み1〜2mmで切り出した第2板状試験片を−10℃で3時間保持した後,250gの重錘を落下させたときに破壊されなかった最大高さHoとすると Ho×0.4 ≦H ≦ Ho」と特定するのに対し,甲1発明はそのような特定を有しない点。
そこで上記相違点1について検討するに,甲1には甲1発明が上記相違点1に係る構成を有する旨の記載や示唆はなく,また,提出された証拠からもそのように認める足りる根拠はみいだせないから,相違点1は実質的なものであって,本件発明1が甲1に記載された発明ということはできない。また,甲1発明において上記相違点1を有することが想到容易であるということもできない。
イ 次に,本件発明3あるいは本件発明6と甲1発明とを対比すると,両者の間には,少なくとも次の相違点を認めることができる。
・相違点2
繊維状フィラーについて,本件発明3並びに本件発明6は「解繊部位におけるメジアン繊維径は0.1μm以上2μm以下」でありかつ「非解繊部位におけるメジアン繊維径は,5μm以上30μm以下」と特定するのに対し,甲1発明はそのような特定を有しない点。
そこで検討するに,上記相違点2についても,甲1並びに提出された証拠には記載や示唆はないから,相違点2は実質的なものであって,本件発明3あるいは本件発明6が甲1に記載された発明ということはできないし,想到容易であるということもできない。
この点,申立人は,上記相違点2に係る構成が甲1に記載の表(1)−10の7パス品のSEM画像から見て取れる旨主張するが(特許異議申立書12ページ),甲1の上記記載からそのような構成が見て取れるというには無理があるといわざるを得ない。
ウ 上記ア及びイで検討のとおり,本件発明1及び3は甲1に対して新規性及び進歩性を有するといえるところ,請求項2,4及び5の記載は請求項1あるいは3を直接又は間接的に引用するものであるから,本件発明2,4及び5についても同様に,甲1に対して新規性及び進歩性を有するといえる。

2 申立理由2についての判断
(1) サポート要件の判断基準について
36条6項1号には,特許請求の範囲の記載は,「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること」でなければならない旨が規定されている。
特許制度は,発明を公開させることを前提に,当該発明に特許を付与して,一定期間その発明を業として独占的,排他的に実施することを保障し,もって,発明を奨励し,産業の発達に寄与することを趣旨とするものである。
そして,ある発明について特許を受けようとする者が願書に添付すべき明細書及び特許請求の範囲は,本来,当該発明の技術内容を一般に開示するとともに,特許権として成立した後にその効力の及ぶ範囲(特許発明の技術的範囲)を明らかにするという役割を有するものであるから,特許請求の範囲に発明として記載して特許を受けるためには,明細書の発明の詳細な説明に,当該発明の課題が解決できることを当業者において認識できるように記載しなければならない。法36条6項1号の規定するサポート要件が,特許請求の範囲の記載を上記規定のように限定したのは,発明の詳細な説明に記載していない発明を特許請求の範囲に記載すると,公開されていない発明について独占的,排他的な権利が発生することになり,一般公衆からその自由利用の利益を奪い,ひいては産業の発達を阻害するおそれを生じ,上記の特許制度の趣旨に反することになるからである。
そして,特許請求の範囲の記載が,サポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と明細書の発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲内のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断される。
(2) 判断
ア 以下,本件発明のサポート要件の存否について,上記(1)の見地に基づいて検討する。
イ 本件明細書の記載によれば,汎用プラスチックを強化する目的で,繊維状フィラーである天然繊維やガラス繊維,炭素繊維などを汎用プラスチックの樹脂中に分散させることにより,その汎用プラスチックの機械的強度を向上させる技術が従来知られていたところ(【0005】),成形時に射出される溶融状態の主剤樹脂の流れ方向に繊維状フィラーが配向しやすいため,その流れ方向に対する一方向衝撃強度(シャルピー衝撃強度など)はある程度高くできるが,その流れ方向と直行する方向の衝撃強度が弱くなり,特に面衝撃強度(重錘落下衝撃強度など)が低下する課題があったことを踏まえ(【0008】),本件発明の解決しようとする課題は,繊維複合樹脂成形部品について,「上記従来の課題を解決するものであって,高弾性率および面方向衝撃と一方向衝撃の両方に対する高耐衝撃性を実現する」こと(【0009】)にあるということができる。
そして,当業者は,本件明細書の記載(特に【0028】〜【0039】,実施例1〜2と比較例1〜6との対比)からみて,成形部品に含有される繊維状フィラーについて,解繊されていない非解繊部位と解繊された解繊部位とを持たせ,当該解繊部位におけるメジアン繊維径0.1μm以上2μm以下,当該非解繊部位におけるメジアン繊維径5μm以上30μm以下との構成とすることで,上記課題が解決できると認識するといえる。
しかるところ,このような構成を有する本件発明2〜6は,上述で述べるところの本件発明の課題を解決できると認識できる範囲内のものであるから,サポート要件を満たすものと認めることができる。
また,本件発明1は,上記構成を有していないものの,「繊維複合樹脂の物理特性が,前記繊維複合樹脂から厚み1〜2mmで切り出した第1板状試験片を−10℃で3時間保持した後,250gの重錘を落下させたときに破壊されなかった最大高さH,前記主剤樹脂のみの樹脂から厚み1〜2mmで切り出した第2板状試験片を−10℃で3時間保持した後,250gの重錘を落下させたときに破壊されなかった最大高さHoとすると
Ho×0.4 ≦H ≦ Ho
を満たし,かつ,前記繊維複合樹脂の成型部品のシャルピー衝撃強度S(JIS K 7111),前記主剤樹脂のみの樹脂成型部品のシャルピー衝撃強度Soとすると
So×0.4 ≦S ≦ So
を満たす」という,本件発明の解決しようとする課題をそもそも発明特定事項とするものであるから,本件発明1についてもサポート要件を満たすといえる。
ウ 申立人は,主剤樹脂及び繊維状フィラーの種類が特定されていない本件発明はサポート要件を満たさない旨主張する(特許異議申立書17ページ)。
しかし,当業者が本件発明の課題を解決できると認識できる範囲は上記イで検討のとおりであって,主剤樹脂や繊維状フィラーの種類とは無関係なものである。申立人の上記主張は採用できない。
(3) 小括
以上のとおりであるから,申立理由2には理由がない。

3 申立理由3についての判断
(1) 明確性要件の判断基準について
特許を受けようとする発明が明確であるか否かは,特許請求の範囲の記載だけではなく,願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し,また,当業者の出願当時における技術的常識を基礎として,特許請求の範囲の記載が,第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるか否かという観点から判断されるべきである。
(2) 判断
そこで検討するに,請求項1〜6の記載は上記第2のとおりであって,それ自体に不明確な記載は見当たらないし,本件明細書の記載や図面とも整合することを踏まえると,請求項1〜6の記載が第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるとはいえない。
申立人は,本件発明の「繊維状フィラー」について,何をもって解繊されていない非解繊部位と判断するのかの基準が本件明細書に記載されていないから,本件発明は明確でない旨主張する。しかし,非解繊部位とは,本件明細書の記載からみて,わずかでも解繊された部位(解繊部位)を除いた部位と解されるといえるところ,そのような部位は,SEM画像から困難なく判別できるといえる。
申立人は,本件発明2〜6の「メジアン繊維径」について,代表的な100本の選択方法によってはメジアン繊維径の値が変動するのは明らかである旨主張する。そこで検討するに,確かに選択方法によって値が変動することは起こりえると思われるものの,その選択が恣意的に行われるのであればさておき,適当に行われるものである場合においては,変動の幅は大きいものとはならないと解される。そのような選択の違いによる変動の発生が第三者に不測の不利益を及ぼすほど不明確なものであるということはできない。
申立人は,本件発明1の「繊維複合樹脂の物理特性」を測定するにあたっての落下衝撃試験では250gの重錘を使用することになるが,この重錘の材質,サイズ,形状,落下条件が不明であり,これらの違いによって破壊されなかった高さが変化するのは自明であるから,このような落下衝撃試験に基づく物理特性は不明確である旨主張する。しかし,本件発明1における落下衝撃試験に基づく数値範囲の特定は,「繊維複合樹脂から厚み1〜2mmで切り出した第1板状試験片を−10℃で3時間保持した後,250gの重錘を落下させたときに破壊されなかった最大高さH」とし,「主剤樹脂のみの樹脂から厚み1〜2mmで切り出した第2板状試験片を−10℃で3時間保持した後,250gの重錘を落下させたときに破壊されなかった最大高さHo」としたとき,「Ho×0.4 ≦H ≦ Ho」を満たすというものであるところ,HあるいはHoの値そのものを単独で見た場合については,それぞれの値は不明確なものとなり得るが,HとHoは同じ条件において行われる落下衝撃試験に基づく値であるから,HとHoの比として表される上記数値範囲は不明確なものとはならないと解される。
申立人は,本件発明6について,「クレーズ状欠陥」及び「クラック状欠陥」に係る作用機序が生じているかを確認することはできないから,不明確である旨主張する。しかし,明確性要件の存否は上記(1)の見地に基づいて判断されるところ,作用機序が確認できないからといって,そのことが直ちに第三者に不測の不利益を及ぼすことにはならない。
申立人は,本件発明4の「セルロース類」の「類」が不明確である旨主張するが,この記載自体が第三者に不測の不利益を及ぼすほど不明確であるというには無理がある。
(3) 小括
以上のとおりであるから,申立理由3には理由がない。

4 申立理由4についての判断
(1) 実施可能要件の判断基準について
36条4項1号には,発明の詳細な説明の記載は,「…その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであること」でなければならない旨が規定されている。
特許制度は,発明を公開する代償として,一定期間発明者に当該発明の実施につき独占的な権利を付与するものであるから,明細書には,当該発明の技術的内容を一般に開示する内容を記載しなければならない。特許法が上記のとおり規定する趣旨は,明細書の発明の詳細な説明に,当業者が容易にその実施をすることができる程度に発明の構成等が記載されていない場合には,発明が公開されていないことに帰し,発明者に対して特許法の規定する独占的権利を付与する前提を欠くことになるからであると解される。
そして,物の発明における発明の実施とは,その物を生産,使用等をすることをいうから(法2条3項1号),物の発明については,例えば明細書にその物を製造することができ,使用することができることの具体的な記載があるか,そのような記載がなくても,明細書及び図面の記載並びに出願当時の技術常識に基づき当業者がその物を製造し,使用することができるのであれば,実施可能要件を満たすということができる。
(2) 判断
以下,物の発明である本件発明の実施可能要件の存否について,上記(1)の見地に基づいて検討するに,本件明細書には,本件発明に係る物を製造することができ,使用することができる程度の具体的な記載があると認めることができる(例えば,【表1】に係る実施例の記載参照。)。
そうすると,本件発明は実施可能要件を満たすといえる。
申立人は,本件発明の「繊維状フィラー」を製造するには二軸混練機のスクリュー構成の設定が不可欠であるが,本件明細書の記載からはその具体的構成が不明であると,また,本件発明2〜6の「メジアン繊維径」を測定するにあたって,本件明細書にはSEM画像から100本の繊維を選び出す旨の記載があるが,これを行うには合理的な範囲を超える試行錯誤を余儀なくされると,また,本件発明1の「繊維複合樹脂の物理特性」を測定するにあたっては250gの重錘を使用することになるが,この重錘の材質,サイズ,形状,落下条件に関する記載が本件明細書にはないから,上記測定を正確に行うことができないと,それぞれ主張する。
しかし,実施可能要件の存否は上記(1)の見地に基づいて判断されるところ,申立人が主張することの当否は,本件発明に係る物を製造することができ使用することができるかどうか,すなわち,本件発明が実施可能要件を満たすかどうかとは関係がない。申立人の上記主張は採用できない。
(3) 小括
以上のとおりであるから,申立理由4には理由がない。

第5 むすび
したがって,申立人の主張する申立理由によっては,請求項1〜6に係る特許を取り消すことはできない。また,他にこれら特許が法113条各号のいずれかに該当すると認めうる理由もない。
よって,結論のとおり決定する。

 
異議決定日 2022-06-20 
出願番号 P2017-090922
審決分類 P 1 651・ 121- Y (C08J)
P 1 651・ 113- Y (C08J)
P 1 651・ 537- Y (C08J)
P 1 651・ 536- Y (C08J)
最終処分 07   維持
特許庁審判長 加藤 友也
特許庁審判官 植前 充司
須藤 康洋
登録日 2021-09-01 
登録番号 6937160
権利者 パナソニック株式会社
発明の名称 繊維複合樹脂成形部品  
代理人 特許業務法人森本国際特許事務所  

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