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審決分類 |
審判 全部申し立て 特174条1項 C22C 審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載 C22C 審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備 C22C 審判 全部申し立て 2項進歩性 C22C 審判 全部申し立て 1項1号公知 C22C 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 C22C |
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管理番号 | 1386172 |
総通号数 | 7 |
発行国 | JP |
公報種別 | 特許決定公報 |
発行日 | 2022-07-29 |
種別 | 異議の決定 |
異議申立日 | 2022-02-02 |
確定日 | 2022-06-09 |
異議申立件数 | 2 |
事件の表示 | 特許第6912246号発明「耐食性銅合金管」の特許異議申立事件について,次のとおり決定する。 |
結論 | 特許第6912246号の請求項1及び2に係る特許を維持する。 |
理由 |
第1 手続の経緯 特許第6912246号(請求項の数2。以下,「本件特許」という。)は,平成29年3月30日を出願日とする特許出願(特願2017−69368号)に係るものであって,令和2年11月6日に手続補正書が提出され,令和3年6月11日に手続補正書が提出され,令和3年7月12日に設定登録されたものである(特許掲載公報の発行日は,令和3年8月4日である。)。 その後,令和4年2月2日に,本件特許の請求項1及び2に係る特許に対して,特許異議申立人であるNJT銅管株式会社(以下,「申立人A」という。)により,特許異議の申立て(以下,「申立てA」という。)がされ,また,同日,本件特許の請求項1及び2に係る特許に対して,特許異議申立人である黒田泰(以下,「申立人B」という。)により,特許異議の申立て(以下,「申立てB」という。)がされた。 第2 本件発明 本件特許の請求項1及び2に係る発明は,本件特許の願書に添付した特許請求の範囲の請求項1及び2に記載された事項により特定される以下のとおりのものである(以下,それぞれ「本件発明1」等という。また,本件特許の願書に添付した明細書を「本件明細書」という。)。 【請求項1】 P:0.001乃至1.0質量%を含有し,残部がCuと不可避不純物からなる銅合金管であって, 管表面におけるPの濃度分布を二次イオン質量分析法により分析した際,管表面の長さ100μmの領域におけるPの濃度分布が,下式(1)を満足することを特徴とする耐食性銅合金管。 ΔP≦1.3×[P]0.98・・・(1) ここで,ΔPは分析されたPの濃度の最大値と最小値との差(質量%),[P]は前記銅合金管におけるPの含有量(質量%)を表す。 【請求項2】 前記銅合金管が内面溝付管であることを特徴とする請求項1に記載の耐食性銅合金管。 第3 特許異議の申立ての理由の概要 1 申立てAについて 本件特許の請求項1及び2に係る特許は,下記(1)〜(6)のとおり,特許法113条2号及び4号に該当する。証拠方法は,甲第1号証〜甲第7号証(以下,申立ての記号を付して,単に「甲A1」等という。)及び参考資料1(下記(7)を参照。)である。 (1)申立理由A1−1(新規性) 本件発明1は,甲A1に記載された発明(甲A2も参照)であり,特許法29条1項3号に該当し,特許を受けることができないものであるから,本件特許の請求項1に係る特許は,同法113条2号に該当する。 (2)申立理由A1−2(新規性) 本件発明1は,本件特許の出願前に製造され,出荷されたエアコン室外ユニットに用いられていた熱交換器用銅管により,本件特許の出願前に日本国内又は外国において公然知られた発明(甲A3)であり,特許法29条1項1号に該当し,特許を受けることができないものであるから,本件特許の請求項1に係る特許は,同法113条2号に該当する。 (3)申立理由A1−3(新規性) 本件発明1は,本件特許の出願前に製造され,出荷されたエアコン室外ユニットに用いられていた熱交換器用銅管により,本件特許の出願前に日本国内又は外国において公然知られた発明(甲A4)であり,特許法29条1項1号に該当し,特許を受けることができないものであるから,本件特許の請求項1に係る特許は,同法113条2号に該当する。 (4)申立理由A1−4(新規性) 本件発明1は,甲A5に記載された発明(甲A6,甲A7も参照)であり,特許法29条1項3号に該当し,特許を受けることができないものであるから,本件特許の請求項1に係る特許は,同法113条2号に該当する。 (5)申立理由A2(進歩性) 本件発明2は,甲A1に記載された発明(甲A2も参照),本件特許の出願前に製造され,出荷されたエアコン室外ユニットに用いられていた熱交換器用銅管により,本件特許の出願前に日本国内又は外国において公然知られた発明(甲A3),本件特許の出願前に製造され,出荷されたエアコン室外ユニットに用いられていた熱交換器用銅管により,本件特許の出願前に日本国内又は外国において公然知られた発明(甲A4),甲A5に記載された発明(甲A6,甲A7も参照)に基いて,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下,「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであるから,本件特許の請求項2に係る特許は,同法113条2号に該当する。 (6)申立理由A3(明確性要件) 本件発明1及び2については,特許請求の範囲の記載が特許法36条6項2号に適合するものではないから,本件特許の請求項1及び2に係る特許は,同法113条4号に該当する。 (7)証拠方法 ・甲A1 境昌宏,外3名,”リン含有量の異なる銅管の有機酸環境下における腐食挙動”,日本銅学会第56回講演大会概要集,一般社団法人日本伸銅協会,平成28年10月29日,41−42頁 ・甲A2 NJT銅管株式会社物部哲郎が作成した,銅管試料1を分析した結果を記載した分析結果1 ・甲A3 NJT銅管株式会社物部哲郎が作成した,銅管試料2を分析した結果を記載した公知資料1 ・甲A4 NJT銅管株式会社物部哲郎が作成した,銅管試料3を分析した結果を記載した公知資料2 ・甲A5 国際公開第2014/148127号 ・甲A6 国際公開第2012/128240号 ・甲A7 NJT銅管株式会社物部哲郎が作成した,銅管試料4を分析した結果を記載した分析結果2 ・参考資料1 境昌宏,外3名,”リン含有量の異なる銅管の有機酸環境下における腐食挙動”,銅と銅合金,第56巻,1号,一般社団法人日本伸銅協会,平成29年8月1日,160−165頁 2 申立てBについて 本件特許の請求項1及び2に係る特許は,下記(1)〜(4)のとおり,特許法113条2号及び4号に該当する。証拠方法は,甲第1号証〜甲第3号証(以下,申立ての記号を付して,単に「甲B1」等という。下記(5)を参照。)である。 (1)申立理由B1(新規性) 本件発明1は,甲B1に記載された発明であり,特許法29条1項3号に該当し,特許を受けることができないものであるから,本件特許の請求項1に係る特許は,同法113条2号に該当する。 (2)申立理由B2(進歩性) 本件発明1及び2は,甲B1に記載された発明並びに甲B2及び甲B3に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであるから,本件特許の請求項1及び2に係る特許は,同法113条2号に該当する。 (3)申立理由B3(実施可能要件) 本件発明1及び2については,発明の詳細な説明の記載が特許法36条4項1号に適合するものではないから,本件特許の請求項1及び2に係る特許は,同法113条4号に該当する。 (4)申立理由B4(新規事項の追加) 令和3年6月11日提出の手続補正書でした補正は,本件特許の願書に最初に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものでなく,特許法17条の2第3項に規定する要件を満たしていないから,本件特許の請求項1及び2に係る特許は,同法113条1号に該当する。 (5)証拠方法 ・甲B1 特開2004−292917号公報 ・甲B2 特開2012−46804号公報 ・甲B3 「銅および銅合金の基礎と工業技術」,日本伸銅協会,昭和63年5月25日,47−56頁,73−74頁 第4 当審の判断 以下に述べるように,特許異議申立書に記載した特許異議の申立ての理由によっては,本件特許の請求項1及び2に係る特許を取り消すことはできない。 1 申立理由A1−1(新規性) (1)甲A1に記載された発明 甲A1の記載(「1.緒言」,「2.実験方法」)によれば,特に,内面溝付きのリンを多く含む銅管(P含有量0.29%)である供試材P29に着目すると,甲A1には,以下の発明が記載されていると認められる。 「P含有量0.29%を含む,内面溝付きの銅管。」(以下,「甲A1発明」という。) (2)本件発明1について ア 対比 本件発明1と甲A1発明とを対比する。 甲A1発明における「内面溝付きの銅管」は,「P含有量0.29%を含む」ものであり,内面溝付きの銅合金管といえるから,本件発明1における「銅合金管」に相当する。 本件発明1における銅合金管の組成と,甲A1発明における内面溝付きの銅管の組成とは,少なくとも,P,Cuを含有する点で共通する。 以上によれば,本件発明1と甲A1発明とは, 「P,Cuを含有する銅合金管。」 の点で一致し,以下の点で相違する。 ・相違点A1−1 本件発明1では,「管表面におけるPの濃度分布を二次イオン質量分析法により分析した際,管表面の長さ100μmの領域におけるPの濃度分布が,下式(1)を満足する」,「ΔP≦1.3×[P]0.98・・・(1)ここで,ΔPは分析されたPの濃度の最大値と最小値との差(質量%),[P]は前記銅合金管におけるPの含有量(質量%)を表す。」のに対して,甲A1発明では,上記のような「Pの濃度分布」についての条件を満たすかどうか不明である点。 ・相違点A1−2 本件発明1では,銅合金管の組成が,「P:0.001乃至1.0質量%を含有し,残部がCuと不可避不純物からなる」ものであるのに対して,甲A1発明では,内面溝付きの銅管の組成が,「P含有量0.29%」と「銅」を含むものの,P含有量が「質量%」によるものかどうか不明であり,P以外の「残部がCuと不可避不純物からなる」ものであるかどうか不明である点。 ・相違点A1−3 本件発明1では,銅合金管が「耐食性」を有するものであるのに対して,甲A1発明では,内面溝付きの銅管が「耐食性」を有するものであるかどうか不明である点。 イ 相違点A1−1の検討 (ア)甲A1には,内面溝付きの銅管について,「管表面におけるPの濃度分布を二次イオン質量分析法により分析した際,管表面の長さ100μmの領域におけるPの濃度分布が,下式(1)を満足する」,「ΔP≦1.3×[P]0.98・・・(1)ここで,ΔPは分析されたPの濃度の最大値と最小値との差(質量%),[P]は前記銅合金管におけるPの含有量(質量%)を表す。」ことについては,何ら記載されていない。 (イ)この点,申立人Aは,以下のa〜gのとおり主張する。 a 2015年3月に,日本銅学会第56回講演大会での発表(甲A1)のために,申立人Aの会社分割前の株式会社UACJは,室蘭工業大学の境准教授へ,耐蟻の巣腐食性調査のための銅管試料1を提供した。 b 2016年に,室蘭工業大学の境准教授は,2015年3月に株式会社UACJが提供した銅管試料1を用いて,耐蟻の巣腐食性調査を行い,2016年に行われた日本銅学会第56回講演大会で,「リン含有量の異なる銅管の有機酸環境下における腐食挙動」の題目について,室蘭工業大学と株式会社UACJとの共同名義で発表を行い,その際,甲A1を投稿し,予稿集に掲載された。 c 申立人Aは,2015年3月に室蘭工業大学の境准教授に提供した銅管試料1のうち,耐蟻の巣腐食性調査に使用したときの残分の銅管試料1を,2021年9月に,室蘭工業大学の境准教授より受領し,この受領した銅管試料1を分析対象試料とし,元素分析(ICP発光分光分析)及びSIMS分析を行った(甲A2)。 d 元素分析(ICP発光分光分析)によれば,銅管試料1のP含有量は0.29質量%,Cu含有量は99.7質量%であった。また,上記P含有量([P])より算出される請求項1における式(1)の右辺「1.3×[P]0.98」の値は,0.387であった。 e SIMS分析(デプスモード)によれば,銅管試料1の測定領域のP濃度の最大値は0.313質量%,P濃度の最小値は0.282質量%,ΔPは0.031質量%であった。 また,SIMS分析(マッピングモード)によれば,銅管試料1の測定領域のP濃度の最大値は0.277質量%,P濃度の最小値は0.259質量%,ΔPは0.018質量%であった。 f SIMS分析(デプスモード),SIMS分析(マッピングモード)のいずれも,請求項1における式(1)「ΔP≦1.3×[P]0.98」を満たす。 g したがって,本件発明1は,甲A1に記載された発明である。 (ウ)しかしながら,本件証拠上, a 2015年3月に,日本銅学会第56回講演大会での発表のために,申立人Aの会社分割前の株式会社UACJは,実際に,室蘭工業大学の境准教授へ,耐蟻の巣腐食性調査のための銅管試料1を提供したのかどうか, b(仮に,提供したとして,)(a)2016年に,室蘭工業大学の境准教授は,実際に,2015年3月に株式会社UACJが提供した銅管試料1を用いて,耐蟻の巣腐食性調査を行ったのかどうか,(b)また,2016年に行われた日本銅学会第56回講演大会で,「リン含有量の異なる銅管の有機酸環境下における腐食挙動」の題目について,室蘭工業大学と株式会社UACJとの共同名義で行った発表の概要を示す予稿集である甲A1に記載された供試材P29は,確かに,2015年3月に,申立人Aの会社分割前の株式会社UACJが,室蘭工業大学の境准教授へ提供した銅管試料1であるのかどうか, c(仮に,上記供試材P29が上記銅管試料1であるとして,)(a)上記銅管試料1のうち,耐蟻の巣腐食性調査に使用したときの残分の銅管試料1は,2021年9月まで,どのような状況で保管されていたのか(耐蟻の巣腐食性調査に使用したときの状態を保持したまま保管されていたのか),(b)また,申立人Aが,2021年9月に,室蘭工業大学の境准教授より受領し,元素分析(ICP発光分光分析)及びSIMS分析を行ったとされる分析対象試料は,確かに,上記銅管試料1のうち,耐蟻の巣腐食性調査に使用したときの残分の銅管試料1であるのかどうか(上記供試材P29であるのかどうか), 等の点については,明らかではない。 そうすると,元素分析(ICP発光分光分析)及びSIMS分析を行ったとされる分析対象試料(甲A2)が,甲A1に記載された供試材P29であると認めることができない以上,甲A2に示される分析結果にかかわらず,甲A1発明に係る内面溝付きの銅管(甲A1に記載された供試材P29)が,「管表面におけるPの濃度分布を二次イオン質量分析法により分析した際,管表面の長さ100μmの領域におけるPの濃度分布が,下式(1)を満足する」,「ΔP≦1.3×[P]0.98・・・(1)ここで,ΔPは分析されたPの濃度の最大値と最小値との差(質量%),[P]は前記銅合金管におけるPの含有量(質量%)を表す。」ものであるということはできない。 (エ)以上によれば,相違点A1−1は実質的な相違点である。 ウ 小括 したがって,相違点A1−2,A1−3について検討するまでもなく,本件発明1は,甲A1に記載された発明であるとはいえない。 (3)まとめ 以上のとおり,本件発明1は,甲A1に記載された発明(甲A2も参照)であるとはいえない。 したがって,申立理由A1−1(新規性)によっては,本件特許の請求項1に係る特許を取り消すことはできない。 2 申立理由A1−2(新規性) (1)申立人Aの主張の概要 申立人Aは,本件発明1は,本件特許の出願前に製造され,出荷されたエアコン室外ユニットに用いられていた熱交換器用銅管により,本件特許の出願前に日本国内又は外国において公然知られた発明(甲A3)であると主張する。 以下,検討する。 (2)エアコン室外ユニットに用いられていた熱交換器用銅管の公知性について 申立人Aが主張する,本件特許の出願前に製造され,出荷されたとされるエアコン室外ユニットについては,本件証拠上,当該エアコン室外ユニットを製造した会社名,製品名,型番等が不明であり,また,当該エアコン室外ユニットが,実際に,本件特許の出願前に製造され,出荷されたものであるのかどうかも不明である。さらに,当該エアコン室外ユニットは,製造され,出荷されてからどのような状況で保管(設置)されていたのか(不特定の者に秘密でないものとしてその内容が知られ得る状況で保管(設置)されていたのか)不明であり,また,申立人Aが,実際に,どのような経緯でどのように入手したものであるのかも不明である。 以上によれば,申立人Aが主張する,本件特許の出願前に製造され,出荷されたとされるエアコン室外ユニットに用いられていた熱交換器用銅管は,そもそも,本件特許の出願前に日本国内又は外国において公然知られた発明であると認めることはできない。 (3)まとめ 以上のとおりであるから,本件発明1に係る銅合金管が,申立人Aが主張する,本件特許の出願前に製造され,出荷されたとされるエアコン室外ユニットに用いられていた熱交換器用銅管を包含するものであるか否かを検討するまでもなく,申立人Aが主張するように,「本件発明1は,本件特許の出願前に製造され,出荷されたエアコン室外ユニットに用いられていた熱交換器用銅管により,本件特許の出願前に日本国内又は外国において公然知られた発明(甲A3)である」などということはできない。 したがって,申立理由A1−2(新規性)によっては,本件特許の請求項1に係る特許を取り消すことはできない。 3 申立理由A1−3(新規性) 申立人Aは,本件発明1は,本件特許の出願前に製造され,出荷されたエアコン室外ユニットに用いられていた熱交換器用銅管により,本件特許の出願前に日本国内又は外国において公然知られた発明(甲A4)であると主張する。 しかしながら,上記2で申立理由A1−2(新規性)について述べたのと同様の理由により,申立人Aが主張するように,「本件発明1は,本件特許の出願前に製造され,出荷されたエアコン室外ユニットに用いられていた熱交換器用銅管により,本件特許の出願前に日本国内又は外国において公然知られた発明(甲A4)である」などということはできない。 したがって,申立理由A1−3(新規性)によっては,本件特許の請求項1に係る特許を取り消すことはできない。 4 申立理由A1−4(新規性) (1)甲A5に記載された発明 甲A5の記載(請求の範囲,[0007],[0008],[0015],[0020]〜[0030],表1,2,図1,2)によれば,特に,請求項1の記載のほか,供試銅管No.3(表1,2)に着目すると,甲A5には,以下の発明が記載されていると認められる。 「Pを0.30重量%の割合で含有し,残部がCuと不可避的不純物からなる蟻の巣状腐食に対する高耐食性銅管。」(以下,「甲A5発明」という。) (2)本件発明1について ア 対比 本件発明1と甲A5発明とを対比する。 甲A5発明における「銅管」は,「Pを0.30重量%の割合で含有」するものであり,銅合金管といえるから,本件発明1における「銅合金管」に相当する。 本件発明1の銅合金管は,「耐食性」を有するものであるところ,本件明細書の記載(【0009】,【0012】)によれば,当該「耐食性」は,耐蟻の巣状腐食性を意味するものと認められるから,甲A5発明における「蟻の巣状腐食に対する高耐食性」銅管は,本件発明1における「耐食性」銅合金管に相当する。 本件発明1における銅合金管の組成と,甲A5発明における銅管の組成とは,Pを含有し,残部がCuと不可避不純物からなる点で共通し,また,前者における「質量%」と後者における「重量%」は同視できるから,これら各成分の含有量も重複一致する。 以上によれば,本件発明1と甲A5発明とは, 「P:0.001乃至1.0質量%を含有し,残部がCuと不可避不純物からなる銅合金管である,耐食性銅合金管。」 の点で一致し,以下の点で相違する。 ・相違点A5−1 本件発明1では,「管表面におけるPの濃度分布を二次イオン質量分析法により分析した際,管表面の長さ100μmの領域におけるPの濃度分布が,下式(1)を満足する」,「ΔP≦1.3×[P]0.98・・・(1)ここで,ΔPは分析されたPの濃度の最大値と最小値との差(質量%),[P]は前記銅合金管におけるPの含有量(質量%)を表す。」のに対して,甲A5発明では,上記のような「Pの濃度分布」についての条件を満たすかどうか不明である点。 イ 相違点A5−1の検討 (ア)甲A5には,銅管について,「管表面におけるPの濃度分布を二次イオン質量分析法により分析した際,管表面の長さ100μmの領域におけるPの濃度分布が,下式(1)を満足する」,「ΔP≦1.3×[P]0.98・・・(1)ここで,ΔPは分析されたPの濃度の最大値と最小値との差(質量%),[P]は前記銅合金管におけるPの含有量(質量%)を表す。」ことについては,何ら記載されていない。 (イ)この点,申立人Aは,以下のa〜eのとおり主張する。 a 甲A5には,銅管を従来と同様な手法で製造したことが記載されている([0020])ので,甲A6の実施例に記載されている銅管の製造方法を参照して,甲A5の実施例の供試銅管No.3の銅管の再現実験を行い,銅管試料4を得て,この銅管試料4を分析対象試料とし,元素分析(ICP発光分光分析)及びSIMS分析を行った(甲A7)。 b 元素分析(ICP発光分光分析)によれば,銅管試料4のP含有量は0.32質量%,Cu含有量は99.7質量%であった。また,上記P含有量([P])より算出される請求項1における式(1)の右辺「1.3×[P]0.98」の値は,0.426であった。 c SIMS分析(デプスモード)によれば,銅管試料4の測定領域のP濃度の最大値は0.313質量%,P濃度の最小値は0.286質量%,ΔPは0.027質量%であった。 また,SIMS分析(マッピングモード)によれば,銅管試料4の測定領域のP濃度の最大値は0.282質量%,P濃度の最小値は0.263質量%,ΔPは0.019質量%であった。 d SIMS分析(デプスモード),SIMS分析(マッピングモード)のいずれも,請求項1における式(1)「ΔP≦1.3×[P]0.98」を満たす。 e したがって,本件発明1は,甲A5に記載された発明である。 (ウ)しかしながら,甲A5には,銅管の製造方法について,「また,かくの如き本発明に従う組成を有するCu材料を用いて,目的とする銅管を製造するに際しては,従来と同様な手法が採用され,例えば,インゴットやビレットの鋳造,管の押し出し,管の抽伸等の工程を経て,製造されることとなる。」([0020]),「先ず,下記表1に示されるP含有量と,残部がCu及び不可避的不純物からなる組成を有する各種の銅管を,外径:9.52mm,肉厚:0.41mmのサイズにおいて,従来と同様にして作製して,下記の蟻の巣状腐食試験に供した。」([0022])との記載があるだけであり(当審注:下線は強調のために付与した。),甲A5発明に係る銅管が,実際に,どのような製造方法,製造条件により製造されたものであるのかは,不明である。 また,甲A5に,銅管を従来と同様な手法で製造したことが記載されているからといって,その製造方法が,従来から知られている銅管の製造方法のいずれでもよいと解する余地はなく,ましてや,甲A6の実施例に記載されている特定の銅管の製造方法であるといえる根拠はない。 以上によれば,甲A5に,銅管を従来と同様な手法で製造したことが記載されていることを理由として,甲A6の実施例に記載されている銅管の製造方法を参照して,甲A5の実施例の供試銅管No.3の銅管の再現実験を行い,銅管試料4を得て,この銅管試料4を分析対象試料としたことは,甲A5に基づく新規性欠如の主張としては,適切を欠くものであり,失当である。 そうすると,分析対象試料とされた銅管試料4(甲A7)が,甲A5の実施例の供試銅管No.3の銅管を再現したものと認めることができない以上,甲A7に示される分析結果にかかわらず,甲A5発明に係る銅管(甲A5に記載された供試銅管No.3)が,「管表面におけるPの濃度分布を二次イオン質量分析法により分析した際,管表面の長さ100μmの領域におけるPの濃度分布が,下式(1)を満足する」,「ΔP≦1.3×[P]0.98・・・(1)ここで,ΔPは分析されたPの濃度の最大値と最小値との差(質量%),[P]は前記銅合金管におけるPの含有量(質量%)を表す。」ものであるということはできない。 (エ)以上によれば,相違点A5−1は実質的な相違点である。 ウ 小括 したがって,本件発明1は,甲A5に記載された発明であるとはいえない。 (3)まとめ 以上のとおり,本件発明1は,甲A5に記載された発明(甲A6,甲A7も参照)であるとはいえない。 したがって,申立理由A1−4(新規性)によっては,本件特許の請求項1に係る特許を取り消すことはできない。 5 申立理由A2(進歩性) (1)本件発明2は,本件発明1において,さらに,「前記銅合金管が内面溝付き管である」ことを特定するものである。 (2)申立人Aは,本件発明の技術分野においては,必要に応じて,銅合金管を内面溝付き管に加工することは,当業者の常套手段であるから,本件発明2は,甲A1に記載された発明(甲A2も参照),本件特許の出願前に製造され,出荷されたエアコン室外ユニットに用いられていた熱交換器用銅管により,本件特許の出願前に日本国内又は外国において公然知られた発明(甲A3),本件特許の出願前に製造され,出荷されたエアコン室外ユニットに用いられていた熱交換器用銅管により,本件特許の出願前に日本国内又は外国において公然知られた発明(甲A4),甲A5に記載された発明(甲A6,甲A7も参照)に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものであると主張する。 (3)ア しかしながら,甲A1,甲A5及び甲A6には,本件発明1における「管表面におけるPの濃度分布を二次イオン質量分析法により分析した際,管表面の長さ100μmの領域におけるPの濃度分布が,下式(1)を満足する」,「ΔP≦1.3×[P]0.98・・・(1)ここで,ΔPは分析されたPの濃度の最大値と最小値との差(質量%),[P]は前記銅合金管におけるPの含有量(質量%)を表す。」ことについては,何ら記載されていない。 イ また,甲A2については,上記1(2)イで述べたとおり,甲A1発明に係る内面溝付きの銅管(甲A1に記載された供試材P29)が,上記のような「Pの濃度分布」についての条件を満たすことを示すものとはいえず,また,甲A7についても,上記4(2)イで述べたとおり,甲A5発明に係る銅管(甲A5に記載された供試銅管No.3)が,上記のような「Pの濃度分布」についての条件を満たすことを示すものとはいえない。 ウ さらに,申立人Aが主張する,本件特許の出願前に製造され,出荷されたとされるエアコン室外ユニットに用いられていた熱交換器用銅管(甲A3,甲A4)は,そもそも,本件特許の出願前に日本国内又は外国において公然知られた発明であると認めることはできない。 (4)以上によれば,本件発明の技術分野において,必要に応じて銅合金管を内面溝付き管に加工することが,当業者の常套手段であるか否かにかかわらず,申立人Aが主張するように,「本件発明2は,甲A1に記載された発明(甲A2も参照),本件特許の出願前に製造され,出荷されたエアコン室外ユニットに用いられていた熱交換器用銅管により,本件特許の出願前に日本国内又は外国において公然知られた発明(甲A3),本件特許の出願前に製造され,出荷されたエアコン室外ユニットに用いられていた熱交換器用銅管により,本件特許の出願前に日本国内又は外国において公然知られた発明(甲A4),甲A5に記載された発明(甲A6,甲A7も参照)に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものである」ということはできない。 したがって,申立理由A2(進歩性)によっては,本件特許の請求項2に係る特許を取り消すことはできない。 6 申立理由A3(明確性要件) (1)申立人Aは,請求項1における「Pの濃度分布」についての条件に関する記載について,二次イオン質量分析法(SIMS分析)には,深さ方向を分析する方法(デプスモード)と,平面方向を分析する方法(マッピングモード)があり,デプスモードであれば,銅管の深さ方向にP元素の濃度差が小さいことを意味し,マッピングモードであれば,銅管の表面の平面方向にP元素の濃度差が小さいことを意味するところ,本件明細書【0018】,【0019】,【0021】,【0022】の記載からは,マッピングモードのSIMS分析に基づくものと解される一方,本件明細書【0040】には,「表面から深さ3μmまでのPの濃度分布を分析した。」のように,デプスモードで分析したことが記載され,本件明細書の実施例におけるデータは,デプスモードのSIMS分析に基づくものと解されるから,本件明細書によれば,請求項1における「Pの濃度分布」についての条件に関する記載が,マッピングモードかデプスモードのいずれのSIMS分析に基づくものか,不明であると主張する。 申立人Aの主張は,本件明細書の実施例におけるSIMS分析が,銅管の深さ方向のPの濃度分布を分析したものであるとの認識を前提とするものと解される。 しかしながら,本件明細書【0040】には,「製造された平滑管(供試材No.1〜25)について,二次イオン質量分析装置を用いて,管外面の管長さ方向に100μmの領域について,表面から深さ3μmまでのPの濃度分布を分析した。SIMSに用いた機器類及び条件等は表2に示すとおりである。その結果を表1に示す。」と記載されているように,本件明細書の実施例におけるSIMS分析は,「管外面の管長さ方向に100μmの領域」について,「表面から深さ3μmまでの」Pの濃度分布を分析したもの,すなわち,「管外面の管長さ方向に100μmの領域」におけるPの濃度分布を分析する際に,上記「領域」に含まれる各位置については,「表面から深さ3μmまでの」範囲のPの濃度を分析したというものと認められる。 以上のとおり,本件明細書の実施例におけるSIMS分析は,銅管の表面の平面方向のPの濃度分布を分析したものであることは,明らかである。 よって,申立人Aの主張は採用できない。 (2)申立人Aは,本件明細書の実施例の表2には,分析範囲がφ30μmとなっているが,φ30μmの分析で,長さ100μmの領域をどのようにして評価できるかについて,本件明細書中に記載がないと主張する。 しかしながら,本件明細書の表2には,照射領域が140×140μm(正イオン),100×100μm(負イオン)とも記載されており,このような照射領域であれば,長さ100μmの領域を評価できることは,当業者にとって明らかである。 よって,申立人Aの主張は採用できない。 (3)したがって,申立理由A3(明確性要件)によっては,本件特許の請求項1及び2に係る特許を取り消すことはできない。 7 申立理由B1(新規性),申立理由B2(進歩性) (1)甲B1に記載された発明 甲B1の記載(請求項1,【0013】,【0018】,【0035】〜【0042】,【0069】〜【0070】,表1,2)によれば,特に,請求項1,【0069】の記載のほか,比較例No.1(表1,2)に着目すると,甲B1には,以下の発明が記載されていると認められる。 「P:0.027質量%,O:13ppm,H:0.9ppmを含有し,残部がCu及び不可避的不純物からなる組成の溶湯を作製し, 鋳造温度1200℃で,直径300×長さ3000mmの鋳塊を半連続鋳造し, 鋳塊より長さ475mmのビレットを切り出し, 900℃に保持されたビレットヒーターの中でビレットを加熱して,900℃に到達した後,1.5時間保持し,均質化処理し, その後,冷却したビレットをインダクションヒーターで加熱し,830℃に到達した後,3分間保持し,その後熱間押出しにより,外径94mm,肉厚10mmの押出し素管を作製し,押出後は押出素管を水冷し,750℃以上の温度から100℃まで,冷却速度が2.0℃/秒となるように冷却し, 押出素管を圧延加工率91%で圧延し,外径が38mm,肉厚が2.1mmの圧延素管を作製し, 圧延素管を加工率40%で抽伸し,外径9.52mm,肉厚0.3mmまで抽伸し, 焼鈍炉にて抽伸素管を焼鈍した,平滑管。」(以下,「甲B1発明」という。) (2)本件発明1について ア 対比 本件発明1と甲B1発明とを対比する。 甲B1発明における「平滑管」は,「P:0.027質量%,O:13ppm,H:0.9ppmを含有し,残部がCu及び不可避的不純物からなる」ものであり,銅合金からなる平滑管といえるから,本件発明1における「銅合金管」に相当する。 本件発明1における銅合金管の組成と,甲B1発明における平滑管の組成とは,少なくとも,P,Cu,不可避不純物を含有する点で共通し,Pの含有量も重複一致する。 以上によれば,本件発明1と甲B1発明とは, 「P:0.001乃至1.0質量%,Cu,不可避不純物を含有する銅合金管。」 の点で一致し,以下の点で相違する。 ・相違点B1−1 本件発明1では,「管表面におけるPの濃度分布を二次イオン質量分析法により分析した際,管表面の長さ100μmの領域におけるPの濃度分布が,下式(1)を満足する」,「ΔP≦1.3×[P]0.98・・・(1)ここで,ΔPは分析されたPの濃度の最大値と最小値との差(質量%),[P]は前記銅合金管におけるPの含有量(質量%)を表す。」のに対して,甲B1発明では,上記のような「Pの濃度分布」についての条件を満たすかどうか不明である点。 ・相違点B1−2 本件発明1では,銅合金管の組成が,「P:0.001乃至1.0質量%を含有」するほかは,「残部がCuと不可避不純物からなる」ものであるのに対して,甲B1発明では,平滑管の組成が,「P:0.027質量%」を含有するほかに,さらに「O:13ppm,H:0.9ppm」を含有し,「残部がCu及び不可避的不純物からなる」ものである点。 ・相違点B1−3 本件発明1では,銅合金管が「耐食性」を有するものであるのに対して,甲B1発明では,平滑管が「耐食性」を有するものであるかどうか不明である点。 イ 相違点B1−1の検討 (ア)まず,相違点B1−1が実質的な相違点であるか否かについて検討する。 a 甲B1には,平滑管について,「管表面におけるPの濃度分布を二次イオン質量分析法により分析した際,管表面の長さ100μmの領域におけるPの濃度分布が,下式(1)を満足する」,「ΔP≦1.3×[P]0.98・・・(1)ここで,ΔPは分析されたPの濃度の最大値と最小値との差(質量%),[P]は前記銅合金管におけるPの含有量(質量%)を表す。」ことについては,何ら記載されていない。 b この点,申立人Bは,甲B1の比較例1は,P含有量が0.027質量%,均質化処理の加熱条件が900℃で1.5時間,熱間圧延後(当審注:熱間押出後の意と解される。以下,同様。)冷却処理での冷却速度が2.0℃/秒であり,銅合金管のP含有量が本件発明1の条件を満たし,本件発明1の「Pの濃度分布」についての条件を満たす銅合金管を得るために必要とされる製造条件,すなわち,ソーキング工程(均質化処理)の加熱条件及び熱間圧延後冷却処理での冷却速度を満たしているため,甲B1の比較例1の銅合金管(甲B1発明に係る平滑管)は,本件発明1と同じ化学成分組成の銅合金鋳塊を用いて,本件発明1の「Pの濃度分布」についての条件を満たす銅合金管を得るために必要とされる製造条件と同じ製造条件で製造されたものであるから,本件発明1の「Pの濃度分布」についての条件を満たしている蓋然性が高いと主張する。 以下,検討する。 c 本件明細書には,銅合金管の製造方法について,以下の記載がある(当審注:下線は強調のために付与した。)。 「【0025】 次に,銅合金管の製造方法について,平滑管または内面溝付管の場合を例にとって,説明する。 平滑管の製造方法は,溶解・鋳造工程と,ソーキング工程と,熱間押出工程と,圧延・抽伸工程と,焼鈍工程とを含むものである。 【0026】 (溶解・鋳造工程) 原料の電気銅を還元性雰囲気中で溶解し,Cu溶湯にCu−P中間合金,例えばCu−15質量%P中間合金の投入によりPを添加して,溶湯組成,特にPの含有量([P])を所定量,具体的にはP:0.001乃至1.0質量%に調整する。次いで,その溶湯を,従来公知の鋳造法,例えば,半連続鋳造法で鋳造して,所定寸法のビレットを製造する。 【0027】 本発明の銅合金管では,管表面におけるPの濃度分布は,下式(1)式で示されるPの濃度分布を満たしている。このような銅合金管を製造するには,鋳塊のソーキング工程において,Pの拡散がおきやすく,Pの濃度が均質化されるよう,鋳塊表面から中心部までの二次デンドライトアーム間隔を可能な限り小さくすることが望ましい。鋳塊の二次デンドライトアーム間隔は,鋳塊の凝固時の冷却速度((液相線温度−固相線温度)/凝固時間))が大きくなるほど小さくなる。そのため,鋳塊各部の冷却速度が大きくなるよう,一次冷却帯(鋳型長さ)を短くする,鋳造速度を大きくする,二次冷却の水量を多くする,鋳塊の径を小さくする等の方法が有効である。 【0028】 (ソーキング工程) ビレットを,750乃至950℃で15分間乃至2時間加熱して,銅合金中の化学成分,特にPの偏析を除去または減少させる。 その結果,SIMSで分析した際の平滑管の管表面におけるPの濃度差であるΔPが下式(1)を満足する。 ΔP≦1.3×[P]0.98・・・(1) ここで,[P]は平滑管のPの含有量である。 なお,従来の製造方法では,りん脱酸銅管,銅合金管のソーキングにおける750乃至950℃での保持時間は最大5分間程度である。 【0029】 ソーキング工程での加熱温度が750℃未満,または,加熱時間が15分間未満であると,銅合金中のPの偏析が抑制できないため,平滑管の管表面におけるΔPが,上式(1)を満足しない。また,加熱温度が950℃を超える,または,加熱時間が2時間を超えると,銅合金中のPの偏析抑制のさらなる向上が期待できず,ソーキング工程における加熱コストが高くなる。また酸化スケールの成長などを助長して品質にも悪い影響を与える。したがって,ソーキング工程における加熱条件は,750乃至950℃で15分間乃至2時間とする。 【0030】 (熱間押出工程) ソーキング工程後の加熱ビレットに穿孔加工を行い,750乃至950℃で熱間押出して,所定寸法の押出素管を製造する。熱間押出の加工率,具体的には,加工後の断面減少率で定義される[穿孔されたビレットの断面積−熱間押出後の押出素管の断面積]/[穿孔されたビレットの断面積]×100(%)が,80%以上であることが好ましく,90%以上であることが更に好ましい。加工率が80%以上であると,次工程において加工率が適正となり,表面欠陥及び内部割れを低減できる。 【0031】 押出素管におけるPの偏析を低く抑えて,管表面におけるPの濃度差(ΔP)を小さくするため,熱間押出後の押出素管に冷却処理を行うことが好ましい。具体的には,熱間押出後,押出素管の表面温度が300℃になるまでの冷却速度が10℃/秒以上20℃/秒以下,或いは,15℃/秒以上20℃/秒以下となるように冷却する。 【0032】 (圧延・抽伸工程) 押出素管に圧延加工を行なって圧延素管を製造し,その後,圧延素管に抽伸加工を行なって,所定の寸法の抽伸素管を製造する。 【0033】 圧延加工率は,加工後の断面減少率で95%以下,好ましくは90%以下である。圧延加工率が95%以下であると,表面欠陥及び内部割れを低減できる。また,抽伸加工は,通常,何台かの抽伸機を用いて行うが,各抽伸機による加工率(断面減少率)は40%以下とする。加工率が40%以下であると,表面欠陥及び内部割れを低減できる。 【0034】 (焼鈍工程) 抽伸素管を所定の焼鈍条件で焼鈍して,平滑管を製造する。焼鈍条件としては,抽伸素管の実体温度:350乃至700℃で5分間乃至120分間程度保持することが好ましい。また,抽伸素管の実体温度を室温から所定温度まで昇温する際,平均昇温速度は,10℃/分以下,好ましくは5℃/分以下である。このような焼鈍条件で焼鈍を行うことによって,作製される平滑管の硬度が適切なものとなり,平滑管に内面溝付加工等の加工を施しやすくなる。なお,通常,ローラーハース炉による連続焼鈍が行われるが,高周波誘導加熱炉を用い,高速昇温,短時間加熱,高速冷却する短時間加熱の焼鈍を行ってもよい。」 d 本件明細書の上記cの記載によれば,本件明細書には,銅合金管(平滑管)の製造方法は,溶解・鋳造工程,ソーキング工程,熱間押出工程,圧延・抽伸工程,焼鈍工程を含むものであることが記載され,また,本件発明1の「Pの濃度分布」についての条件を満たすには, (a)鋳塊のソーキング工程において,Pの拡散がおきやすく,Pの濃度が均質化されるよう,鋳塊の凝固時の冷却速度((液相線温度−固相線温度)/凝固時間))を大きくして,鋳塊表面から中心部までの二次デンドライトアーム間隔を可能な限り小さくすることが望ましいこと, (b)ソーキング工程では,ビレットを,750〜950℃で15分間〜2時間加熱して,銅合金中の化学成分,特にPの偏析を除去または減少させること, (c)750乃至950℃で熱間押出して,所定寸法の押出素管を製造した後,管表面におけるPの濃度差(ΔP)を小さくするため,押出素管の表面温度が300℃になるまでの冷却速度が10℃/秒以上20℃/秒以下,あるいは,15℃/秒以上20℃/秒以下となるように冷却することが好ましいこと, が記載されている。 e これに対して,甲B1発明に係る平滑管は,上記(1)で認定したとおりのものであるところ,本件明細書に記載される銅合金管(平滑管)の製造方法と比較すると,少なくとも, (a)甲B1発明に係る平滑管は,「鋳造温度1200℃で,直径300×長さ3000mmの鋳塊を半連続鋳造し」ているものの,その後行われる「900℃に保持されたビレットヒーターの中でビレットを加熱して,900℃に到達した後,1.5時間保持」する「均質化処理」において,Pの拡散がおきやすく,Pの濃度が均質化される程度に,鋳塊の凝固時の冷却速度が十分に大きくなっており,鋳塊表面から中心部までの二次デンドライトアーム間隔が十分に小さくなっているかどうか不明であり, (b)甲B1発明に係る平滑管は,「押出後は押出素管を水冷し,750℃以上の温度から100℃まで,冷却速度が2.0℃/秒となるように冷却し」ており,本件明細書に記載される銅合金管(平滑管)の製造方法とは,熱間押出後の冷却速度の点で異なる, といえる。 以上によれば,甲B1発明に係る平滑管は,本件明細書に記載される銅合金管(平滑管)の製造方法と同じ製造方法で製造されたものであるとはいえない。 f また,本件明細書に記載される銅合金管(平滑管)の製造方法によって,実際に,本件発明1の「Pの濃度分布」についての条件を満たす銅合金管を製造するには,溶解・鋳造工程,ソーキング工程,熱間押出工程,圧延・抽伸工程,焼鈍工程の各工程について,本件明細書に記載される各条件を採用することが必要であるだけではなく,上記の各工程における各条件を,銅合金管(平滑管)の製造方法全体の中で,相互に適切に調整することも必要であると考えられる。 したがって,仮に,甲B1発明に係る平滑管が,本件明細書に記載される銅合金管(平滑管)の製造方法の各工程における各条件を満たす製造方法で製造されたものであったとしても,そうであるからといって,直ちに,甲B1発明に係る平滑管が,本件発明1の「Pの濃度分布」についての条件を満たすといえるかどうかは,明らかではない。 g 以上によれば,相違点B1−1は実質的な相違点である。 したがって,相違点B1−2,B1−3について検討するまでもなく,本件発明1は,甲B1に記載された発明であるとはいえない。 (イ)次に,相違点B1−1の容易想到性について検討する。 甲B1には,平滑管について,「管表面におけるPの濃度分布を二次イオン質量分析法により分析した際,管表面の長さ100μmの領域におけるPの濃度分布が,下式(1)を満足する」,「ΔP≦1.3×[P]0.98・・・(1)ここで,ΔPは分析されたPの濃度の最大値と最小値との差(質量%),[P]は前記銅合金管におけるPの含有量(質量%)を表す。」ことについては,何ら記載されていない。 また,甲B2には,鋳造工程における冷却速度を大きくすることにより,鋳塊組織のデンドライト二次アーム間隔を小さくすることができ,組織の微細化により偏析を小さくできること(【0015】,【0017】)について記載されており,さらに,甲B3には,冷却速度が大きいほど,デンドライト枝間隔が小さいこと(52頁の図42),合金の凝固過程において,早く冷却すればデンドライト枝間隔は短くなり,均質化処理を行う場合,均質化に必要な時間を短くすることができること(73頁)について記載されている。 しかしながら,甲B2及び甲B3には,甲B1発明において,上記の「Pの濃度分布」についての条件を満たすことを動機付ける記載は見当たらない。 以上によれば,甲B1発明において, 「管表面におけるPの濃度分布を二次イオン質量分析法により分析した際,管表面の長さ100μmの領域におけるPの濃度分布が,下式(1)を満足する」,「ΔP≦1.3×[P]0.98・・・(1)ここで,ΔPは分析されたPの濃度の最大値と最小値との差(質量%),[P]は前記銅合金管におけるPの含有量(質量%)を表す。」ものとすることは,当業者が容易に想到することができたとはいえない。 したがって,相違点B1−2,B1−3について検討するまでもなく,本件発明1は,甲B1に記載された発明並びに甲B2及び甲B3に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。 ウ 小括 以上のとおり,本件発明1は,甲B1に記載された発明であるとはいえず,また,甲B1に記載された発明並びに甲B2及び甲B3に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。 (3)本件発明2について 本件発明2は,本件発明1を引用するものであるが,上記(2)で述べたとおり,本件発明1が,甲B1に記載された発明並びに甲B2及び甲B3に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない以上,本件発明2についても同様に,甲B1に記載された発明並びに甲B2及び甲B3に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。 (4)まとめ 以上のとおり,本件発明1は,甲B1に記載された発明であるとはいえない。 また,本件発明1及び2は,甲B1に記載された発明並びに甲B2及び甲B3に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。 したがって,申立理由B1(新規性),申立理由B2(進歩性)によっては,本件特許の請求項1及び2に係る特許を取り消すことはできない。 8 申立理由B3(実施可能要件) (1)申立人Bは,本件明細書には,二次デンドライトアーム間隔を具体的にどのようにすれば,従来技術と差別化して,ΔPを所定の範囲とすることができるかについて,具体的な記載がないと主張する。 しかしながら,本件明細書には,「本発明の銅合金管では,管表面におけるPの濃度分布は,下式(1)式で示されるPの濃度分布を満たしている。このような銅合金管を製造するには,鋳塊のソーキング工程において,Pの拡散がおきやすく,Pの濃度が均質化されるよう,鋳塊表面から中心部までの二次デンドライトアーム間隔を可能な限り小さくすることが望ましい。」と記載されており,具体的な二次デンドライトアーム間隔について明記されていないとしても,当業者であれば,本件明細書の記載を参照しつつ,繰り返し実験を行う等により,過度の試行錯誤を要することなく,ΔPが所定の範囲となるような,二次デンドライトアーム間隔を決定し,理解することができる。 よって,申立人Bの主張は採用できない。 (2)申立人Bは,二次デンドライトアーム間隔を小さくするために,鋳塊の凝固時の冷却速度を大きくするが,そのために,鋳型長さを短くする,鋳造速度を大きくする,二次冷却の水量を多くする,鋳塊の径を小さくする等,と定性的な記載はあるが,定量的な具体的な記載はなく,どのようにすれば,従来技術と差別化しΔPを所定の範囲とすることができるか,本件明細書の記載からは理解できないと主張する。 しかしながら,上記の各事項について,本件明細書に定量的な具体的な記載がないとしても,上記(1)と同様に,当業者であれば,本件明細書の記載を参照しつつ,繰り返し実験を行う等により,過度の試行錯誤を要することなく,上記の各事項の定量的な条件について決定し,理解することができる。 よって,申立人Bの主張は採用できない。 (3)まとめ したがって,申立理由B3(実施可能要件)によっては,本件特許の請求項1及び2に係る特許を取り消すことはできない。 9 申立理由B4(新規事項の追加) (1)申立人Bは,本件明細書【0031】は,令和3年6月11日付け手続補正書にて,「具体的には,熱間押出後,押出素管の表面温度が300℃になるまでの冷却速度が10℃/秒以上20℃/秒以下,或いは,15℃/秒以上20℃/秒以下となるように冷却する。」との補正がなされたが,本件特許の願書に最初に添付した明細書【0031】には,「具体的には,熱間押出後,押出素管の表面温度が300℃になるまでの冷却速度が20℃/秒以下,好ましくは15℃/秒以下,更に好ましくは10℃/秒以下となるように徐冷する。」と,冷却速度の上限値として,20℃/秒,15℃/秒及び10℃/秒が記載されているのみであり,冷却速度の下限値が,15℃/秒又は10℃/秒であることは記載されておらず,また,上記冷却速度を,15℃/秒以下又は10℃/秒以下とすることと,15℃/秒以上又は10℃/秒以上とすることは,技術的意義が正反対であるので,15℃/秒以下又は10℃/秒以下との記載に基づいて,15℃/秒以上又は10℃/秒以上に補正することは,新規事項の追加であると主張する。 しかしながら,本件特許の願書に最初に添付した明細書【0031】には,上記のとおりの記載があるところ,同明細書に,20℃/秒以下,10℃/秒以下との記載があれば,当業者であれば,20℃/秒から10℃/秒までの範囲の冷却速度が記載されていると理解し,同様に,20℃/秒以下,15℃/秒以下との記載があれば,当業者であれば,20℃/秒から15℃/秒までの範囲の冷却速度が記載されていると理解するといえる。 すなわち,本件特許の願書に最初に添付した明細書には,「10℃/秒以上20℃/秒以下,或いは,15℃/秒以上20℃/秒以下」の冷却速度で冷却することが記載されているに等しいといえるから,令和3年6月11日提出の手続補正書でした補正は,本件特許の願書に最初に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものである。 よって,申立人Bの主張は採用できない。 (2)まとめ したがって,申立理由B4(新規事項の追加)によっては,本件特許の請求項1及び2に係る特許を取り消すことはできない。 第5 むすび 以上のとおり,特許異議申立書に記載した特許異議の申立ての理由によっては,本件特許の請求項1及び2に係る特許を取り消すことはできない。 また,他に本件特許の請求項1及び2に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。 よって,結論のとおり決定する。 |
異議決定日 | 2022-05-30 |
出願番号 | P2017-069368 |
審決分類 |
P
1
651・
113-
Y
(C22C)
P 1 651・ 111- Y (C22C) P 1 651・ 121- Y (C22C) P 1 651・ 537- Y (C22C) P 1 651・ 536- Y (C22C) P 1 651・ 55- Y (C22C) |
最終処分 | 07 維持 |
特許庁審判長 |
粟野 正明 |
特許庁審判官 |
境 周一 井上 猛 |
登録日 | 2021-07-12 |
登録番号 | 6912246 |
権利者 | 株式会社KMCT |
発明の名称 | 耐食性銅合金管 |
代理人 | 特許業務法人磯野国際特許商標事務所 |
代理人 | 特許業務法人あしたば国際特許事務所 |