ポートフォリオを新規に作成して保存 |
|
|
既存のポートフォリオに追加保存 |
|
PDFをダウンロード |
審決分類 |
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 B22F 審判 全部申し立て 2項進歩性 B22F |
---|---|
管理番号 | 1386177 |
総通号数 | 7 |
発行国 | JP |
公報種別 | 特許決定公報 |
発行日 | 2022-07-29 |
種別 | 異議の決定 |
異議申立日 | 2022-02-10 |
確定日 | 2022-06-14 |
異議申立件数 | 1 |
事件の表示 | 特許第6916608号発明「鉄粉並びにそれを用いた発熱体及び温熱用具」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 |
結論 | 特許第6916608号の請求項1〜6に係る特許を維持する。 |
理由 |
第1.手続の経緯 特許第6916608号(以下、「本件特許」という。)の請求項1〜6に係る特許についての出願は、平成28年11月7日(優先権主張 平成27年11月9日)に出願され、令和3年7月20日にその特許権の設定登録がされ、令和3年8月11日に特許掲載公報が発行されたものであり、その後、令和4年2月10日に、その請求項1〜6(全請求項)に係る特許に対し、特許異議申立人である吉田敦子(以下、「申立人」という。)により特許異議の申立てがされたものである。 なお、申立人により令和4年2月10日に提出された特許異議申立書を、以下「申立書」という。 第2.本件発明 本件特許の請求項1〜6に係る発明(以下、それぞれの請求項に係る発明を「本件発明1」等といい、まとめて「本件発明」ということがある。また、本件特許の願書に添付した明細書及び図面を「本件明細書等」という。)は、それぞれ、その特許請求の範囲の請求項1〜6に記載された次のとおりのものである。 「【請求項1】 金属鉄の含有量が73.8質量%以下であり、金属鉄(質量%)/全鉄(質量%)が0.85以下で、かつレーザ回折型粒度分布測定装置によって計測される平均粒子径(D50)が30μm〜200μmであり、真密度が6.50g/cm3以下であることを特徴とする鉄粉。 【請求項2】 レーザ回折型粒度分布測定装置によって計測される粒度分布[(D90−D10)/D50]の値が2.0以上である請求項1記載の鉄粉。 【請求項3】 レーザ回折型粒度分布測定装置によって計測される比表面積値が1500cm2/g以上である請求項1又は2に記載の鉄粉。 【請求項4】 酸素の含有量が10質量%以下である請求項1〜3のいずれかに記載の鉄粉。 【請求項5】 請求項1〜4のいずれかに記載の鉄粉と、水と、塩類と、炭素とを少なくとも含むことを特徴とする発熱体。 【請求項6】 請求項5に記載の発熱体が組み込まれた温熱用具。」 第3.特許異議の申立ての理由の概要 申立人は、証拠方法として、いずれも本件特許に係る出願の優先日前に日本国内または外国において頒布され、または電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった、次の甲第1号証〜甲第15号証(以下、「甲1」等という。)を提出し、以下の申立理由1及び2により、本件特許の請求項1〜6に係る特許は取り消すべきものである旨主張している。 甲第1号証(甲1):特公平2−25401号公報 甲第2号証(甲2):「メッシュ(mesh)、粒度(mm、ミクロン)の換算表・書き方・読み方・計算式−粉末/粉体/パウダー」、[online]、インターネット <URL:https://kunisan.jp/gomi/mesh_microns_powder_grain_size.html> 甲第3号証の1(甲3の1):「鉄」、[online]、フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』、インターネット <URL:https://ja.wikipedia.org/wiki/鉄> 甲第3号証の2(甲3の2):「酸化鉄(III)」、[online]、フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』、インターネット <URL:https://ja.wikipedia.org/wiki/酸化鉄(III) > 甲第3号証の3(甲3の3):「磁鉄鉱」、[online]、フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』、インターネット <URL:https://ja.wikipedia.org/wiki/磁鉄鉱> 甲第3号証の4(甲3の4):「酸化鉄(II)」、[online]、フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』、インターネット <URL:https://ja.wikipedia.org/wiki/酸化鉄(II) > 甲第3号証の5(甲3の5):「酸化マンガン(II)」、[online]、フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』、インターネット <URL:https://ja.wikipedia.org/wiki/酸化マンガン(II) > 甲第3号証の6(甲3の6):「二酸化ケイ素」、[online]、2009年12月、化学辞典、森北出版、第2版 、インターネット <URL:https://kotobank.jp/word/二酸化ケイ素-109332> 甲第3号証の7(甲3の7):「酸化アルミニウム」、[online]、フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』、インターネット <URL:https://ja.wikipedia.org/wiki/酸化アルミニウム> 甲第4号証の1(甲4の1):甲1発明(鉄粉F)の真密度が6.50以下になる条件を申立人が計算した表 甲第4号証の2(甲4の2):本件明細書等に記載された真密度とM/Tとの関係を申立人が最小二乗法で求めたグラフ 甲第5号証(甲5):武谷良明、外2名、「機械部品用高密度焼結鋼の機械的性質に及ぼす原料粉の影響」、日立評論、日立評論社、昭和44年2月、第51巻、第2号、p.146〜151 1.申立理由1(新規性)(申立書3−4. 第9〜16頁) 本件発明1〜6は、甲1に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができないものである。 したがって、請求項1〜6に係る特許は、特許法第113条第2号に該当し取り消されるべきものである。 2.申立理由2(サポート要件)(申立書3−5. 第16〜21頁) 以下の(1)〜(8)のとおり、本件発明1〜6は、課題(【0006】及び【0007】参照)を解決できることを、その発明の属する技術分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が認識できるように記載された範囲を超えるものであるから、発明の詳細な説明に記載したものでない。 したがって、本件発明1〜6について、特許請求の範囲の記載は特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしておらず、請求項1〜6に係る特許は、特許法第113条第4号に該当し取り消されるべきものである。 (1)技術分野についての記載不備(申立書3−5.1. 第16〜17頁) 本件発明1〜4は、「発熱体を構成することを特定しない鉄粉」に係るものであるから、「発熱体用鉄粉」以外の、本件発明の課題と無関係な技術分野を含む広すぎる発明であり、発明の詳細な説明に記載されたものでない。 (2)金属鉄の含有量についての記載不備(申立書3−5.2. 第17〜18頁) 本件発明1〜6は、金属鉄の含有量が、本件明細書等の実施例に示されていない65.8質量%未満の場合に、発熱性能が改良された鉄粉が得られるかどうか明らかでなく、本件発明の課題を解決できない発明を含むから、発明の詳細な説明に記載したものとはいえない。 (3)金属鉄(質量%)/全鉄(質量%)の値についての記載不備(申立書3−5.3. 第18頁) 本件発明1〜6は、金属鉄(質量%)/全鉄(質量%)の値が、本件明細書等の実施例に示されていない0.74未満の場合に、発熱性能が改良された鉄粉が得られるかどうか明らかでなく、本件発明の課題を解決できない発明を含むから、発明の詳細な説明に記載したものとはいえない。 (4)鉄および酸素以外の構成成分の含有量についての記載不備(申立書3−5.4. 第18〜19頁) 本件発明1〜6は、酸素および鉄以外の構成成分が、本件明細書等【0022】に発熱効率の増大が期待できることが記載された10質量%以下でない、すなわち、10質量%より多い場合に、発熱性能が改良された鉄粉が得られるかどうか明らかでなく、本件発明の課題を解決できない発明を含むから、発明の詳細な説明に記載したものとはいえない。 (5)平均粒子径(D50)についての記載不備(申立書3−5.5. 第19頁) 本件発明1〜6は、鉄粉の平均粒子径(D50)が50μmを大きく超え、200μmに近い大きさである場合に、活性が低く酸化反応が進みにくいことが予想され、本件発明の課題を解決できない発明を含むから、発明の詳細な説明に記載したものとはいえない。 (6)真密度についての記載不備(申立書3−5.6. 第19〜20頁) 鉄粉における真密度の下限を特定しない本件発明1〜3、5、6は、鉄粉の酸素含有量が大きすぎる場合に、発熱体を構成する鉄粉の活性が低下し、本件発明の課題を解決できない発明を含むから、発明の詳細な説明に記載したものとはいえない。 (7)粒度分布についての記載不備(申立書3−5.7. 第20〜21頁) 本件発明1に、粒度分布[(D90−D10)/D50]の値が2.0以上との特定事項を付加する本件発明2〜6は、鉄粉の粒度分布[(D90−D10)/D50]が2.30を超える範囲においては、【0018】に記載の「粒子径が小さい場合」や「粒子径が大きすぎる場合」の障害がより顕著に生じ、本件発明の課題を解決できるのか不明な場合を含むといえるから、発明の詳細な説明に記載したものとはいえない。 (8)甲1に記載された発明に基づく記載不備(申立書3−5.8. 第21頁) 甲1には、本件発明の特定事項のすべてを満たしているか、又はすべてを満たしている蓋然性が高い発明が記載されているが、その発明は、「充分な発熱特性が得られず、発熱温度および発熱持続時間が最も劣る」ものである。 したがって、本件発明1〜6は、発熱体を構成する鉄粉の発熱性能を改良して、昇温速度の速い発熱体を構成するという本件明細書等に記載された課題を解決することができない発明を含むから、発明の詳細な説明に記載したものとはいえない。 第4.当審の判断 当審は、以下に述べるとおり、申立書に記載した特許異議の申立ての理由によっては、本件特許の請求項1〜6に係る特許を取り消すことはできないと判断した。 1.申立理由1(新規性)について (1)甲1の記載事項 甲1には、以下の記載がある。 なお、下線は当審による(以下、同じ。)。 ア.「特許請求の範囲 1 金属鉄を75〜99重量%の範囲内で含有し、かつ粉末全体の粒度が60メツシユ以下で、しかも全粉末中に占める200メツシユ以下の粉末の割合が40〜80重量%の範囲内にあり、比表面積が0.120m2/g以上であることを特徴とする大気中緩発熱用還元鉄粉。」(第1頁左欄第1〜7行) イ.「この発明は、例えば使い捨て懐炉の如く、大気中での酸化反応熱により緩やかに発熱させる用途に使用される鉄粉、およびその製造方法に関するものである。」(第1頁左欄第17〜20行) ウ.「これらの従来の鉄粉を用いた懐炉においては、一般に発熱温度が高いものは持続時間が短かく、一方持続時間が長いものは発熱温度が低くなる傾向にあるのが実情であり、そこで発熱初期の立上がり温度が高くしかも長時間安定して発熱し得る鉄粉の開発が強く要望されている。」(第2頁左欄第41行〜右欄第3行) エ.「この発明は以上の事情を背景としてなされたもので、初期の立上がり温度が高くしかも長時間安定して発熱し得る、使い捨て型懐炉等に適した大気中緩発熱用鉄粉およびその製造方法を提供することを目的とするものである。」(第2頁右欄第4〜8行) オ.「上述の目的を達成するべく本発明者等は鉄粉の発熱特性に及ぼす鉄粉の各種性状について実験・検討を重ねた結果、特定の粒度分布条件、比表面積条件および純度条件を満足させることによつて使い捨て型懐炉に適した優れた発熱特性を有する鉄粉が得られることを見出し、さらにその場合、特に海綿鉄の粉砕によつて活性度を高めて、特定の粒度および粒度分布とし、かつ仕上還元熱処理を施さずに磁選によつて特定の純度とすることによつて、低コストで工業的に優れた発熱特性を有する鉄粉を製造し得ることを見出し、この発明をなすに至つたのである。」(第2頁右欄第9〜20行) カ.「一般に使い捨て型の懐炉に使用される鉄粉としては、前述のように比表面積が大きいほど、また高純度あるいは活性度の高い鉄粉ほど酸化反応が活発に進行して発熱温度が上昇するため好ましいとされており、特に発熱初期の立上がり温度を上昇させるためには、比表面積の大きい活性な鉄粉が要求される。そして一般に鉄粉粒子が不規則形状であるほど、また同一形状の粒子では粒子が細かいほど比表面積が大きくなり、また粉砕等によつて導入された加工歪が大きい鉄粉ほど活性であると考えられており、したがつて懐炉用鉄粉としては不規則形状に微粉砕したものが好ましいと考えられる。このような観点から鉄粉の粒度および粒度分布、比表面積について検討を加えた結果、ミルスケール等の酸化鉄を還元して得た海綿鉄を、60メツシユ以下に微粉砕した鉄粉であつて、しかも粒度が一定ではなく、200メツシユ以下のものが40〜80重量%を占めるような粒度分布を有し、かつ比表面積が0.120m2/g以上となるような不規則形状の鉄粉が適当であることが判明し、これらの粒度および粒度分布条件、比表面積条件をこの発明において規定したのである。」(第2頁右欄第37行〜第3頁左欄第14行) キ.「上述のように鉄粉の粒度を60メツシユ以下と限定した理由は次の通りである。すなわち使い捨て型の懐炉に使用した場合の鉄粉粒子の酸化反応はその粒子表面から順次粒子内部へ向つて進行するが、ある深さまで酸化反応が進行すればそれ以上は反応の進行が緩慢となり、特に60メツシユを越えるような粗粉末では懐炉使用後においても粒子内部に未反応の金属鉄が残留し、発熱効率が悪くなることが判明した。したがつて鉄粉の粒度は60メツシユ以下であることが必要である。」(第3頁左欄第15〜24行) ク.「また鉄粉の粒度分布として、200メツシユ以下のものが40〜80重量%を占めるように、換言すれば60〜200メツシユのものが60〜20重量%を占めるように規定した理由は次の通りである。すなわち、発熱初期の立上がり温度を上昇させるためには微粉粒子はできるだけ細かいことが好ましいと考えられるが、200メツシユ以下の微細な粉末が80%を越えるまで微粉砕すれば、微粉化のための繰返し粉砕により粒子の不規則化が損なわれて球状化し、また粒子内部の空孔も閉塞されてしまう結果、立上がり温度が実際にはほとんど上昇しなくなり、また粉砕に要する費用も嵩む。一方200メツシユ以下のものが40%未満では微細化による立上り温度の上昇効果が不充分で、充分な立上がり温度が得られない。また発熱の持続性を高めるため、すなわち酸化反応の持続時間を長くするためには、鉄粉の純度を高めることと同時に、粒度もある程度大きくする必要があり、その観点から、200メツシユ以下のものが80重量%を越えて60〜200メツシユのものが20重量%未満となれば発熱の持続性が充分ではなくなる。したがつて発熱初期の立上り温度を充分に高めしかも発熱の持続性を確保するためには、60メツシユ以下の粒度の粉末のうちでも特に200メツシユ以下の粉末が40〜80重量%を占めるような粒度分布とする必要がある。」(第3頁左欄第25行〜右欄第6行) ケ.「次に鉄粉の比表面積を0.120g/m2以上と限定した理由は次の通りである。通常、鉄粉を利用した使い捨て懐炉は、外袋を開封後手で揉んで使用することが多いが、これは鉄粉粒子表面を大気と充分に接触させて酸化反応を促進させ、初期の立上がり温度を上昇させるためであり、そのための鉄粉としては反応面積すなわち比表面積の大きい鉄粉であることが好ましく、本発明者等の実験によれば、鉄粉の比表面積が0.120m2/g未満では反応面積が不足して充分な立上がり温度が得られないことが判明した。したがつてこの発明では鉄粉の比表面積を0.120m2/g以上とする必要がある。」(第3頁右欄第7行〜第19行) コ.「さらにこの発明の鉄粉においては、上述のような粒度および粒度分布条件、比表面積条件のほか、純度条件として、金属鉄分量が75〜99重量%の範囲内である必要がある。その理由は次の通りである。 すなわち、従来は、鉄粉の酸化反応熱を利用した懐炉では鉄粉の純度が低い(すなわち金属鉄分量が少ない)場合には発熱量が少なくなり、充分な発熱温度が得られないという考えから、できるだけ高純度の鉄粉を用いることが好ましいとされていたが、金属鉄分量を99%以上とするためには水素を含む雰囲気中で800〜1000℃程度の温度で高温還元処理を行なう必要があり、この高温還元処理によつて鉄粉粒子が安定化して活性度が低下し、また焼結解砕によつて鉄粉粒子の不規則化が損なわれ、その結果発熱初期の充分な立上がり温度が得られなくなるとともに、高温還元処理によつて製造コストも高くなるから、鉄粉の純度すなわち金属鉄分量を99%よりも高めることは好ましくない。一方金属鉄分量が75%未満では、充分な発熱温度と充分な発熱持続時間が得られず、特に発熱持続時間が不足となる。したがつてこの発明においては鉄粉に含まれる金属鉄分量を75%以上、99%以下とする必要がある。」(第3頁右欄第20〜43行) サ.「以下にこの発明の実施例および比較例について説明する。 第1表に、この発明の大気中緩発熱用鉄粉(本発明材)A〜Dおよび比較例の大気中緩発熱用鉄粉(比較材)E〜Iについて、その製造時の原料と製造条件およびその製造過程における各段階での化学組成を示す。なお第1表中においてT.Feは粉末中の鉄酸化物を含めた全鉄分量、またはM.Feは粉末中の金属鉄分量を示す。 第2表には、第1表に示す条件で製造した各鉄粉A〜Iについて、その化学組成(T.FeおよびM.Fe)、粉体特性および粒度分布を示す。 各鉄粉A〜Iの具体的な製造方法は次の通りである。 鉄粉A〜Gは、製鉄所で発生したミルスケールを原料として、粉コークスとともに耐火物容器(サガー)の中に同心円の層状にそれぞれ充填し、1000℃および1100℃で5時間保持して粗還元して海綿鉄とした。次に、これらの海綿鉄をシングルトツグルクラツシヤで粗粉砕し、インペラーブレーカーで中粉砕し、ノボローターミルで微粉砕するという3段階の粉砕工程で60メツシユ以下に粉砕した。続いて乾式ドラム型の磁選機で2〜7回磁選を繰り返して純度を高め、篩分によつて粒度調整をして製造した。」(第4頁右欄第4〜28行) シ.「一方鉄粉E〜Iは比較材であつて、そのうち鉄粉Eが、200メツシユ以下の粒度のものが26.9wt%と低く、比表面積が0.11m2/gと低いこの発明の範囲外のものであり、また鉄粉Fは、純度(M.Fe)が52.6wt%と低いこの発明の範囲外のものであるる。」(第5頁左欄第12〜17行) ス.「第3表にこれらの各鉄粉A〜Iを懐炉として用いた場合の発熱特性を示す。なお一般に鉄粉の酸化反応熱を利用した懐炉においては、酸化反応の促進および発熱持続性向上のために、鉄粉と水の他に食塩、活性炭等の各種の触媒を添加することが行なわれているが、この実施例の場合もこのような最も一般的な方法で懐炉を製造して、発熱試験を行なつた。すなわち懐炉としての発熱試験を行なうための懐炉の配合組成および試験方法は次の通りである。 鉄粉35g、水15.4g、食塩4.2g、活性炭粉10.5gおよびパーライト粉4.9gをよく混合した後、排通気性の厚い合成樹脂フイルム袋に密封封入した。そのまま1昼夜放置後、再度開封して袋の底面中央に熱電対を貼け、懐炉全体を布で覆い、静置状態で24時間温度測定して、立ち上り温度、最高温度、平均温度および発熱持続時間を求めた。なお立上がり温度は発熱開始から30分経過した時の温度とし、また最高温度は発熱温度の最高値、平均温度は15分間隔で24時間測温した値の平均値、そして発熱持続時間は発熱開始から発熱温度が40℃以下となるまでの経過時間でそれぞれ示す。 第3表から明らかなように、本発明材の鉄粉A〜Dは比較材の鉄粉E〜Iと比べて立上がり温度、平均温度、発熱持続時間がいずれも高い値を示し、使い捨て懐炉等の大気中緩発熱用の用途に使用された鉄粉として優れた発熱特性を有することが明らかである。すなわち一般に鉄粉を利用した懐炉では使用感を与える意味から発熱初期の立上がり温度が高く、かつ発熱持続時間が長いものほど好ましいとされており、本発明材の鉄粉ではその両者の条件を兼ね備えていることが明らかである。」(第5頁左欄第24行〜右欄第13行) セ.「また鉄粉Fは200メツシユ以下の細粒粉がが54.2%と多く、比表面積が6.13m2/gと著しく高いものの、金属鉄分量が52.6%と低純度であるため、充分な発熱特性が得られず、発熱温度および発熱持続時間が最も劣る。」(第5頁右欄第34〜39行) ソ.「 」(第6〜7頁) タ.「 」(第7頁) チ.「 」(第8頁) (2)甲1に記載された発明 ア.上記(1)タ.の第2表に「比較材」として示される「鉄粉F」に関する記載に着目すると、甲1には、以下の特徴を有する鉄粉が開示されているといえる。 「T.Feが71.2%、M.Feが52.6%であり、比表面積が6.13m2/gであり、粒度分布として、60〜80メッシュのものが11.8%、80〜100メッシュのものが7.0%、100〜200メッシュのものが27.0%、200〜325メッシュのものが17.6%、325メッシュ以下のものが36.6%の鉄粉。」 イ.また、上記ア.の「鉄粉F」の化学組成を表す「T.Fe」及び「M.Fe」の意味について、上記(1)サ.には、「第1表中においてT.Feは粉末中の鉄酸化物を含めた全鉄分量、またはM.Feは粉末中の金属鉄分量を示す。」との記載がなされている。 ウ.また、上記ア.の「鉄粉F」で「52.6%」とされる「M.Fe」について、上記(1)シには、「鉄粉Fは、純度(M.Fe)が52.6wt%と低い」と記載されていること、また、上記(1)ソの第1表に、「化学組成(wt%)」及び「粒度(wt%)」とも記載されていることからみて、甲1の第2表に記載の「化学組成(%)」及び「粒度分布(%)」における「%」という単位は、「wt%」を意味することは明らかである。 エ.そうすると、甲1には、以下の発明(以下、「甲1発明」という。)が記載されていると認められる。 <甲1発明> 「粉末中の鉄酸化物を含めた全鉄分量が71.2wt%、粉末中の金属鉄分量が52.6wt%であり、比表面積が6.13m2/gであり、粒度分布として、60〜80メッシュのものが11.8wt%、80〜100メッシュのものが7.0wt%、100〜200メッシュのものが27.0wt%、200〜325メッシュのものが17.6wt%、325メッシュ以下のものが36.6wt%の鉄粉。」 (3)本件発明1について ア.対比 本件発明1と甲1発明とを対比する。 (ア)甲1発明における「粉末中の金属鉄分量」は、本件発明1の「金属鉄の含有量」及び「金属鉄(質量%)」のいずれにも相当する。 (イ)甲1発明における「粉末中の鉄酸化物を含めた全鉄分量」は、本件発明1の「全鉄(質量%)」に相当する。 (ウ)そして、上記(ア)を踏まえると、「wt%」と「質量%」は同視できるから、甲1発明の「鉄粉」が「粉末中の金属鉄分量が52.6wt%」であることは、本件発明1の「鉄粉」が「金属鉄の含有量が73.8質量%以下」であることに相当する。 (エ)また、上記(ア)及び(イ)を踏まえ、甲1発明の鉄粉において、本件発明1の「金属鉄(質量%)/全鉄(質量%)」に相当する比を計算すると、 粉末中の金属鉄分量(wt%)/粉末中の鉄酸化物を含めた全鉄分量(wt%) =52.6/71.2 =0.74 となり、かかる値は、本件発明1の「金属鉄(質量%)/全鉄(質量%)」に関する「0.85以下」という範囲を満たす。 (オ)以上によれば、本件発明1と甲1発明とは、 <一致点1> 「金属鉄の含有量が73.8質量%以下であり、金属鉄(質量%)/全鉄(質量%)が0.85以下の鉄粉。」 である点で一致し、以下の点で相違する。 <相違点1> 本件発明1の「鉄粉」は、「レーザ回折型粒度分布測定装置によって計測される平均粒子径(D50)が30μm〜200μm」であるのに対し、甲1発明の「鉄粉」は、「粒度分布として、60〜80メッシュのものが11.8wt%、80〜100メッシュのものが7.0wt%、100〜200メッシュのものが27.0wt%、200〜325メッシュのものが17.6wt%、325メッシュ以下のものが36.6wt%」であることは把握できるものの、本件発明1のようにレーザ回折型粒度分布測定装置によって計測した場合の平均粒子径(D50)がどのような値になるかは不明である点。 <相違点2> 本件発明1の「鉄粉」は、「真密度が6.50g/cm3以下」とされているのに対し、甲1発明の「鉄粉」は、真密度がどのような値になるかは不明である点。 イ.相違点の検討 事案に鑑み、相違点2について検討する。 (ア)相違点2が本件発明1と甲1に記載された発明との実質的な相違点であることについて a.まず、甲1の鉄粉に関する記載全体に関し、甲1発明を認定するにあたって着目した「鉄粉F」に関する記載に限ることなく検討しても、鉄粉の真密度を直接又は間接的に把握できる記載は何らも見いだせない。 b.また、当業者にとって、用語「真密度」は、例えば、以下の参考文献に、「実体積と質量から求められる密度。粉体などにおいては,空隙部の体積を省いて求めた密度。」と説明されるとおりの意味で、また、用語「密度」は、例えば、以下の参考文献に、「空間に対象とするものが分布しているとき,微小部分に含まれる量の体積に対する比をいう。一般には質量についての密度を指す。」と説明されるとおりの意味で、それぞれ一般的に理解されるものである。すなわち、本件発明1で特定される鉄粉の真密度は、各種の成分を含む鉄粉の質量を、空隙部を除く鉄粉の体積値で割る計算によって求まるものといえる一方、甲1発明の「鉄粉」の化学組成は、「粉末中の鉄酸化物を含めた全鉄分量が71.2wt%、粉末中の金属鉄分量が52.6wt%」であることは把握できるものの、鉄以外の成分については、具体的な成分内容も含有割合も不明であるから、甲1発明として認定した「鉄粉」の特徴だけからでは、かかる鉄粉の空隙部を除く単位体積あたりの質量を把握することができず、甲1発明の鉄粉の真密度を計算で求めることができないことも明らかである。 参考文献 高橋清、外3名監修、「工業材料大辞典」、初版第1刷、日本、株式会社工業調査会、1997年11月20日、p.592、p.1308 c.以上のとおりであるから、相違点2は、本件発明1と甲1に記載された発明との実質的な相違点である。 (イ)相違点の検討のまとめ そうすると、相違点1について検討するまでもなく、本件発明1と甲1に記載された発明とは実質的に相違をするものである。 よって、本件発明1は、甲1に記載された発明とはいえない。 ウ.申立人の主張について なお、申立人は、相違点2が実質的な相違点とはならない理由として、申立書3−4−1(1−3)に記載の理由と同(1−4)に記載の理由との2つを挙げて主張するので、以下にそれぞれ検討する。 (ア)申立書3−4−1(1−3)記載の理由について a.申立人は、申立書3−4−1(1−3)において、甲1記載の鉄粉Fの真密度が6.50g/cm3以下を満たす蓋然性は非常に高い旨を、以下の順に検討した結果として主張する。 (a)甲1記載の鉄粉Fは、金属鉄(M.Fe)の含有量が52.6質量%、全鉄(T.Fe)の含有量が71.2質量%である。 (b)甲3の1〜4の記載によると、金属鉄の真密度:7.874、酸化鉄の真密度 Fe2O3:5.24、Fe3O4:5.2、FeO:5.7とされているように、金属鉄よりも酸化鉄の方が密度は小さいことは当業者に技術常識として知られている。 (c)ここで、全鉄(T.Fe)の体積値は、上記(a)をもとに、甲1記載の鉄粉Fの金属鉄の質量を52.5g、酸化鉄(FexOy)の質量を(T.Fe:71.2g−M.Fe52.6g)とし、それぞれの質量を上記(b)のような真密度で割り算した体積値を合計すれば求まるものと考えられる。 そして、かかるT.Feの体積値を、鉄粉FのFexOyが、最も真密度の大きいFeOであるとの仮定のもとで計算すると、 52.6(g)/7.874(g/cm3)+(71.2−52.6)(g)/5.7(g/cm3)=9.94cm3 となる。 (d)T.Feの真密度は、上記(c)におけるT.Feの質量と体積値とから、 71.2(g)/9.94(cm3)=7.16g/cm3 である。 (e)鉄粉の真密度が6.50以下を満たすためには、鉄粉の体積は、 100(g)÷6.50(g/cm3)=15.38cm3以上である必要がある。 (f)したがって、T.Fe以外の組成の体積は、 15.38(cm3)−9.94(cm3)=5.44cm3以上である必要があり、 T.Fe以外の組成の真密度は、 (100−71.2)(g)÷5.44(cm3)=5.29g/cm3以下である必要がある。 (g)上記においては、FexOyをFeOとして計算したが、ミルスケール(酸化鉄)を粗還元 した鉄粉Fには必ずFe2O3やFe3O4が含まれ、Fe2O3やFe3O4は、上記(b)のとおり、FeOよりも真密度が小さいから、鉄粉Fの真密度が6.50以下になるために必要なT.Fe以外の組成の真密度の上限は、5.29g/cm3よりさらに大きいことが明らかである。 (h)ここで、製鉄所で発生したミルスケールを1100℃で粗還元し、2回磁選を行った鉄粉に含まれる可能性のあるT.Fe以外の不純物は、甲5の第146頁の表1によると、Mn,Si,Al,C,P等であり、甲5の第148頁の表7には、ミルスケール還元粉中の上記不純物は、MnO、SiO2、Al2O3として存在することが示されており、その割合の例として、(A)MnO:0.47%、SiO2:0.10%、Al2O3:0.10%、(B)MnO:0.33%、SiO2:0.06%、Al2O3:0.10%であることが示されている。 (i)上記(h)の不純物中で最も真密度が大きいMnの真密度は、甲3の5によると5.37g/cm3であり、その他の不純物の真密度は、甲3の6及び7によると、SiO2:2.635〜2.660g/cm3、Al2O3:3.95〜4.1g/cm3であるから、T.Fe以外の組成の親密度が5.29g/cm3よりも小さいことは明らかであるから、鉄粉Fの真密度が6.50g/cm3以下を満たす蓋然性は非常に高いといえる。 b.しかしながら、甲1記載の鉄粉F(甲1発明の「鉄粉」)は、甲5に記載される「ミルスケール」を鉄粉源とする鉄粉(「国産」「A」及び「B」の還元粉)よりも、T.Fe以外の不純物が明らかに多い(すなわち、甲5記載の鉄粉より不純物の含有割合が一桁程度多い。)ものであるから、甲1記載の鉄粉Fが、鉄以外の不純物として、甲5記載の鉄粉と同じ不純物を同じ割合で含むと理解することは困難である。甲5に、上記のような鉄粉の組成割合の記載がなされているからといって、甲1記載の鉄粉Fに、どのような不純物がどのような割合で含まれているかは不明であるから、甲1記載の鉄粉F(甲1発明の「鉄粉」)の真密度を推定する根拠とはなりえない。 そうすると、上記a.の申立人による主張は、少なくとも甲1記載の鉄粉Fに含まれる不純物の内訳を推定するために甲5記載の鉄粉を参酌する点において、妥当なものとはいえず、採用することができない。 c.なお、申立人は、上記a.(c)において、鉄粉Fの金属鉄の質量を52.5gとした場合の酸化鉄(FexOy)の質量を、(T.Fe:71.2g−M.Fe52.6g)と見積もっている。しかしながら、鉄粉には金属鉄及び酸化鉄等の鉄化合物が含まれるところ、本件明細書等【0047】〜【0050】において、全鉄(T.Fe)に関する組成分析では試料を硫酸に溶解させたものを過マンガン酸カリウム標準溶液で滴定し、全鉄量を算出すると説明されているように、「全鉄」の含有量とは、金属鉄と鉄化合物の状態で含まれる鉄粉中の鉄元素の含有量を意味するものであって、酸化鉄中の酸素元素のように、鉄化合物中の鉄以外の元素も含めた含有量を意味するものではないことは技術常識である。そのため、(T.Fe:71.2g−M.Fe52.6g)にて見積もられたものは、鉄粉中の酸化鉄中の鉄元素の含有量であって、酸化鉄の量そのものではないことは明らかである。 したがって、上記a.(c)のように、酸化鉄(FexOy)の質量を(T.Fe:71.2g−M.Fe52.6g)と見積もることは誤りであって、その前提で行われている以後の過程の計算内容も、誤りであると判断される。 (イ)申立書3−4−1(1−4)記載の理由について a.申立人は、申立書3−4−1(1−4)において、甲1記載の鉄粉Fの真密度が6.50g/cm3以下といえる旨を、以下の順に検討した結果として主張する。 (a)上記(ア)a.(b)のように、金属鉄よりも酸化鉄の方が密度は小さく、鉄粉Fにおいて、全鉄に対する金属鉄の割合が高くなると、真密度も高くなることは自明であるから、T.Fe中の金属鉄の割合(M/T)と真密度とに相関関係があることも自明である。 (b)そこで、一例として、甲4の2に示すように、本件明細書等に記載されたM/T(x)と真密度(y)の関係を求めると、以下の式(1)が最小二乗法で求められる。 y=5.6325x+2.0858・・・式(1) (c)鉄粉FのM/T(52.6/71.2=0.74)を上記式(1)に代入すると、真密度は6.25と計算され、余裕をもつて6.5以下を満たす。 b.しかしながら、上記式(1)は、鉄粉の原料や製造条件の違いを考慮することなく、本件明細書等の実施例1〜3及び比較例1〜3におけるM/T及び真密度(表2)の各数値を用いて、何ら理論的な裏付けもないままに最小二乗法で導出された式にすぎず、鉄粉の原料や製造条件の違いによらず成立する式であることが実験的に十分確認されたものでもないから、甲1記載の鉄粉Fの真密度を算出する式として妥当なものとはいえない。 そうすると、上記a.の申立人による主張は、甲1記載の鉄粉F(甲1発明の「鉄粉」)の真密度を算出する式として妥当なものとはいえない上記式(1)を用いる点において、採用することができない。 (4)本件発明2〜6について 本件発明2〜6は、本件発明1を直接又は間接的に引用するものであるが、上記(3)で述べたとおり、本件発明1が甲1に記載された発明とはいえない以上、本件発明2〜6についても同様に、甲1に記載された発明とはいえない。 (5)申立理由1(新規性)についてのまとめ 以上のとおり、本件発明1〜6は、甲1に記載された発明とはいえない。 したがって、申立理由1(新規性)によっては、本件特許の請求項1〜6に係る特許を取り消すことはできない。 2.申立理由2(サポート要件)について (1)サポート要件についての判断手法 特許請求の範囲の記載が、明細書のサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が本件特許に係る出願の出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。 (2)本件発明に関するサポート要件判断 上記(1)の判断手法を踏まえ、本件発明に関する特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合しているか否かについて検討する。 なお、点線(・・・)は部分的な引用省略箇所を示す。 ア.本件明細書等の発明の詳細な説明の記載(【0007】)によれば、本件発明が解決しようとする課題は、「昇温速度の速い発熱体を構成することが出来る・・・発熱性能の良い鉄粉を提供すること」と認められる。 そして、発明の詳細な説明(【0008】、【0016】〜【0019】、【0021】)の記載によれば、上記課題は、以下の(ア)〜(ウ)の各要件を備える「鉄粉」により解決できることが説明されている。 (ア)「金属鉄の含有量が85質量%以下」 (イ)「金属鉄/全鉄(質量%)が0.85以下」 (ウ)「レーザ回折型粒度分布測定装置によって計測される平均粒子径(D50)が30μm〜200μm」 イ.ここで、本件明細書等の発明の詳細な説明には、「実施例1〜3」及び「比較例1〜3」として、各種の鉄粉を用いた具体例が記載されている(【0035】〜【0062】)ところ、これらのうち、「実施例1〜3」の鉄粉は、いずれも、上記ア.(ア)〜(ウ)の各要件を満たすものとなっているのに対し、「比較例1〜3」の鉄粉は、いずれも、「実施例1〜3」の鉄粉より金属鉄の含有割合が多い鉄粉であって、上記ア.(ウ)の要件は満たすものの、上記ア.(ア)及び(イ)の要件を満たさないものとなっている。そして、本件明細書等【0062】の表2に「発熱特性」として示される「1分後到達温度」は、「実施例1〜3」の鉄粉のほうが、「比較例1〜3」の鉄粉よりも、明らかに高い温度となっており、上記ア.(ア)及び(イ)の要件は、鉄粉が昇温速度の速い発熱体を構成するために必要な要件であって、上記ア.の課題を解決に寄与するものであることが理解できる。 ウ.また、本件明細書等【0018】の記載からは、上記ア.(ウ)の要件を満たすことにより、酸化反応が進みにくくなり、本発明の効果を享受することが難しくなるほどにまで活性の低い大粒径の鉄粉が少なくとも排除され、発熱特性向上に係る技術的意義を把握できるから、上記ア.(ウ)の要件も、上記ア.の課題を解決に寄与するものであることが理解できる。 エ.さらに、上記イ.及びウ.を踏まえると、上記ア.(ア)〜(ウ)の各要件を満たす鉄粉であれば、上記イ.の「実施例1〜3」以外の鉄粉でも、上記ア.の課題を解決する発熱性能が良い鉄粉となることが十分期待できるといえる。 オ.そして、本件発明1〜6における (ア)「金属鉄の含有量が73.8質量%以下」との発明特定事項は、明らかに上記ア.(ア)の要件を満たし、 (イ)「金属鉄(質量%)/全鉄(質量%)が0.85以下」との発明特定事項は、明らかに上記ア.(イ)の要件を満たし、 (ウ)「レーザ回折型粒度分布測定装置によって計測される平均粒子径(D50)が30μm〜200μm」との発明特定事項は、明らかに上記ア.(ウ)の要件を満たしていることから、 当業者であれば、本件発明1〜6が、本件明細書等の発明の詳細な説明に記載される上記ア.の課題を解決することを認識できる範囲のものといえる。 カ.以上のとおり、本件発明1〜6については、特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するものである。 (3)申立人の主張について 特許異議の申立ての理由の概要として、上記第3.2.(1)〜(8)に摘記をした申立理由2(サポート要件)に関する申立人の主張につき、以下のア.〜ク.で検討する。 ア.技術分野についての記載不備(申立理由2.(1)) (ア)申立人は、本件発明1〜4は、「発熱体を構成することを特定しない鉄粉」に係るものであるから、「発熱体用鉄粉」以外の、本件発明の課題と無関係な技術分野を含む広すぎる発明であり、発明の詳細な説明に記載されたものでない旨を主張する。 (イ)しかしながら、上記(2)において検討したとおり、本件発明1〜4の鉄粉は、上記(2)ア.(ア)〜.(ウ)の各要件を満たす鉄粉であることにより、上記(2)ア.の課題を解決することを認識できる範囲のものであり、申立人が主張するように、本件発明1〜4の鉄粉を「発熱体用鉄粉」と特定しない限りは、昇温速度の速い発熱体を構成することができる程度の発熱特性の向上を図ることができず、課題解決することができないといえる特段の事情も見いだせない。 (ウ)よって、上記(ア)の申立人の主張は採用できない。 イ.金属鉄の含有量についての記載不備(申立理由2.(2)) (ア)申立人は、本件発明1〜6は、金属鉄の含有量が、本件明細書等の実施例に示されていない65.8質量%未満の場合に、発熱性能が改良された鉄粉が得られるかどうか明らかでなく、本件発明の課題を解決できない発明を含むとして、発明の詳細な説明に記載したものとはいえない旨を主張する。 (イ)しかしながら、一般に「鉄粉」とは、ある程度の量の金属鉄が存在している「鉄」の「粉」との意味で把握されるものであり、金属鉄の含有量が、本件明細書等の実施例に示されていない65.8質量%未満の場合であっても、発熱性能の向上は、金属鉄の含有量に応じて、ある程度期待できると考えられるし、また、申立人も、そのような場合に上記(2)ア.の課題を解決することができないといえる具体的な証拠を示しているわけでもない。 (ウ)よって、上記(ア)の申立人の主張は採用できない。 ウ.金属鉄(質量%)/全鉄(質量%)の値についての記載不備(申立理由2.(3)) (ア)申立人は、本件発明1〜6は、金属鉄(質量%)/全鉄(質量%)の値が、本件明細書等の実施例に示されていない0.74未満の場合に、発熱性能が改良された鉄粉が得られるかどうか明らかでなく、本件発明の課題を解決できない発明を含むとして、発明の詳細な説明に記載したものとはいえない旨を主張する。 (イ)しかしながら、上記イ.(イ)で述べたように、一般に「鉄粉」とは、ある程度の量の金属鉄が存在している「鉄」の「粉」との意味で把握されるものであり、金属鉄(質量%)/全鉄(質量%)の値が、本件明細書等の実施例に示されていない0,74未満の場合であっても、発熱性能の向上は、金属鉄(質量%)/全鉄(質量%)の値に応じて、ある程度期待できると考えられるし、また、申立人も、そのような場合に上記(2)ア.の課題を解決することができないといえる具体的な証拠を示しているわけでもない。 (ウ)よって、上記(ア)の申立人の主張は採用できない。 エ.鉄および酸素以外の構成成分の含有量についての記載不備(申立理由2.(4)) (ア)申立人は、本件発明1〜6は、酸素および鉄以外の構成成分が、本件明細書等【0022】に発熱効率の増大が期待できることが記載された10質量%以下でない、すなわち、10質量%より多い場合に、発熱性能が改良された鉄粉が得られるかどうか明らかでなく、本件発明の課題を解決できない発明を含むとして、発明の詳細な説明に記載したものとはいえない旨を主張する。 (イ)しかしながら、上記イ.(イ)で述べたように、一般に「鉄粉」とは、ある程度の量の金属鉄が存在している「鉄」の「粉」との意味で把握されるものであり、酸素および鉄以外の構成成分が10質量%より多い場合であっても、発熱性能の向上は、酸素および鉄以外の構成成分の量に応じて、ある程度期待できると考えられるし、また、申立人も、そのような場合に上記(2)ア.の課題を解決することができないといえる具体的な証拠を示しているわけでもない。 (ウ)よつて、上記(ア)の申立人の主張は採用できない。 オ.平均粒子径(D50)についての記載不備(申立理由2.(5)) (ア)申立人は、本件発明1〜6は、鉄粉の平均粒子径(D50)が50μmを大きく超え、200μmに近い大きさである場合に、活性が低く酸化反応が進みにくいことが予想され、本件発明の課題を解決できない発明を含むとし、発明の詳細な説明に記載したものとはいえない旨を主張する。 (イ)しかしながら、本件発明1〜6の鉄粉は、平均粒子径(D50)が大きくなるほど活性が低く酸化反応が進みにくい傾向こそ予想はされるものの、たとえ平均粒子径(D50)が200μmに近い大きさである場合でも、発熱性能の向上は、平均粒子径(D50)の大きさに応じて、ある程度期待できると考えられるし、また、申立人も、そのような場合に上記(2)ア.の課題を解決することができないといえる具体的な証拠を示しているわけでもない。 (ウ)よつて、上記(ア)の申立人の主張は採用できない。 カ.真密度についての記載不備(申立理由2.(6)) (ア)申立人は、鉄粉における真密度の下限を特定しない本件発明1〜3、5、6は、鉄粉の酸素含有量が大きすぎる場合に、発熱体を構成する鉄粉の活性が低下し、本件発明の課題を解決できない発明を含むとして、発明の詳細な説明に記載したものとはいえない旨を主張する。 (イ)しかしながら、鉄粉の真密度は必ず有限値となるはずのものであるし、また、真密度が小さくなること自体、酸素以外の含有元素による影響も考えられ、必ずしも酸素含有量が大きくなることを直接意味するものではない。そして、上記イ.(イ)で述べたように、一般に「鉄粉」とは、ある程度の量の金属鉄が存在している「鉄」の「粉」との意味で把握されるものであり、真密度が小さい場合であっても、発熱性能の向上は、その真密度に応じて、ある程度期待できると考えられるし、また、申立人も、そのような場合に上記(2)ア.の課題を解決することができないといえる具体的な証拠を示しているわけでもない。 (ウ)よって、上記(ア)の申立人の主張は採用できない。 キ.粒度分布についての記載不備(申立理由2.(7)) (ア)申立人は、本件発明1に、粒度分布[(D90−D10)/D50]の値が2.0以上との特定事項を付加する本件発明2〜6は、鉄粉の粒度分布[(D90−D10)/D50]が2.30を超える範囲においては、【0018】に記載の「粒子径が小さい場合」や「粒子径が大きすぎる場合」の障害がより顕著に生じ、本件発明の課題を解決できるのか不明な場合を含むといえるから、発明の詳細な説明に記載したものとはいえない旨を主張する。 (イ)しかしながら、上記(2)において検討したとおり、申立人が上記(ア)の主張をしていない本件発明1は、上記(2)ア.(ア)〜.(ウ)の各要件を満たすものであり、上記(2)ア.の課題を解決することを認識できる範囲のものであることに鑑みると、本件発明1の特定事項の全てを備える本件発明2〜6も、課題を解決できる範囲のものであることは明らかといえる。 (ウ)また、粒子径に関し上記(2)ア.(ウ)の要件を満たす本件発明2〜6の鉄粉は、発熱性能の向上による課題の解決も、ある程度期待できると考えられるし、また、申立人も、鉄粉の粒度分布[(D90−D10)/D50]が2.30を超える場合に上記(2)ア.の課題を解決することができないといえる具体的な証拠を示しているわけでもない。 (エ)よって、上記(ア)の申立人の主張は採用できない。 ク.甲1に記載された発明に基づく記載不備(申立理由2.(8)) (ア)申立人は、甲1には、本件発明の特定事項のすべてを満たしているか、又はすべてを満たしている蓋然性が高い発明が記載されているとの前提において、甲1記載の発明は、「充分な発熱特性が得られず、発熱温度および発熱持続時間が最も劣る」ものであることから、本件発明1〜6は、発熱体を構成する鉄粉の発熱性能を改良して、昇温速度の速い発熱体を構成するという本件明細書に記載された課題を解決することができない発明を含むとして、発明の詳細な説明に記載したのとはいえない旨を主張する。 (イ)しかしながら、上記1.で検討したとおり、本件発明1〜6は、甲1に記載された発明とはいえないものであって、上記(ア)の申立人の主張の前提は、そもそも成立しない。 (ウ)よって、上記(ア)の申立人の主張は採用できない。 (4)申立理由2(サポート要件)についてのまとめ したがって、申立理由2(サポート要件)によっては、本件特許の請求項1〜6に係る特許を取り消すことはできない。 第5 むすび 以上のとおり、申立書に記載した特許異議の申立ての理由によっては、本件特許の請求項1〜6に係る特許を取り消すことはできない。 また、他に本件特許の請求項1〜6に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。 よって、結論のとおり決定する。 |
異議決定日 | 2022-06-06 |
出願番号 | P2016-216907 |
審決分類 |
P
1
651・
121-
Y
(B22F)
P 1 651・ 537- Y (B22F) |
最終処分 | 07 維持 |
特許庁審判長 |
井上 猛 |
特許庁審判官 |
市川 篤 境 周一 |
登録日 | 2021-07-20 |
登録番号 | 6916608 |
権利者 | DOWAエレクトロニクス株式会社 DOWA IPクリエイション株式会社 |
発明の名称 | 鉄粉並びにそれを用いた発熱体及び温熱用具 |
代理人 | 山田 茂樹 |
代理人 | 山田 茂樹 |