• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判 一部申し立て 2項進歩性  C12N
審判 一部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  C12N
審判 一部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C12N
管理番号 1386189
総通号数
発行国 JP 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2022-07-29 
種別 異議の決定 
異議申立日 2022-03-07 
確定日 2022-07-04 
異議申立件数
事件の表示 特許第6933898号発明「養子細胞治療製品を製造するための誘導多能性幹細胞の適用」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6933898号の請求項8ないし11に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
1.本件特許の登録までの経緯
特許第6933898号(請求項の数13。以下、「本件特許」という。)は、平成27年4月24日(パリ条約による優先権主張 2014年4月24日 アメリカ合衆国(US))を国際出願日とする特願2016−563937号の請求項1〜13に係る発明について、令和3年8月24日に特許権の設定登録がされ、特許掲載公報が令和3年9月8日に発行されたものである。

2.本件特許異議申立ての趣旨
本件特許につき令和4年3月7日に、本件特許の請求項8〜11に係る特許に対して、特許異議申立人である勝野賢一(以下、「申立人」という。)より、「特許第6933898号の特許請求の範囲の請求項8〜11に記載された各発明は取り消されるべきものである。」という趣旨の本件特許異議の申立てがされた。
よって、本件特許異議申立てに係る審理対象は、請求項8〜11に係る特許についてであり、請求項1〜7,12〜13に係る特許は、審理対象外である。


第2 本件発明
本件特許第6933898号の請求項8〜11の特許に係る発明は、それぞれ、その特許請求の範囲の請求項8〜11に記載された事項により特定されるとおりのものである(以下、請求項8に係る発明〜請求項11に係る発明を、項番に従い、「本件発明8」〜「本件発明11」といい、それらを総称して、「本件発明」という。また、本件特許の設定登録時の願書に添付した明細書を「本件明細書」という。)。

「【請求項8】
少なくとも1つのセットのホモ接合HLA対立遺伝子及びHLA−Aneg表現型を含む、哺乳動物人工多能性幹細胞(iPSC)。
【請求項9】
iPSCはホモ接合HLA−B及びHLA−C対立遺伝子、ホモ接合HLA−B及びHLA−DRB1対立遺伝子またはホモ接合HLA−C及びHLA−DRB1対立遺伝子を含む、請求項8に記載のiPSC。
【請求項10】
前記iPSCはキメラ抗原受容体(CAR)をさらに含む、請求項8〜9のいずれか一項に記載のiPSC。
【請求項11】
請求項8〜10のいずれか一項に記載のiPSCの集団。」


第3 申立人が申し立てた特許異議申立理由
申立人が申し立てた特許異議申立の理由(以下、「申立理由」という。)の概要及び証拠方法は以下のとおりである。

1.申立理由の概要
(1)申立理由1(進歩性
本件発明8〜11は、甲第1〜5号証(主引例 甲第1号証)に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定に違反するから、特許法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。

(2)申立理由2(進歩性
本件発明8〜11は、甲第1〜5号証(主引例 甲第5号証)に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定に違反するから、特許法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。

(3)申立理由3(進歩性
本件発明8〜11は、甲第1〜5号証(主引例 甲第2号証)に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定に違反するから、特許法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。

(4)申立理由4(実施可能要件
本件明細書の発明の詳細な説明には、「少なくとも1つのセットのホモ接合HLA対立遺伝子」を含み、「HLA-Aneg」であるiPSCの作製やその効果は何ら示されていない。
したがって、本件特許は、実施可能要件を充足せず、特許法第36条第4項第1号の規定を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、特許法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。

(5)申立理由5(サポート要件)
本件特許発明の課題は、HLA-Aの発現を除去し、かつ、HLAをホモ接合とすることで、より多くの患者に免疫学的適合性を有する細胞を提供することにあると認められる。
しかしながら、当業者であっても、発明の詳細な説明の記載からは、HLA-Anegで、かつ、HLA-B、HLA-C、及びHLA-DRB1がすべてホモ接合である場合以外において、上記課題が解決されることは理解できないから、発明の詳細な説明には、本件特許発明の全般にわたって、発明の課題が解決されることを当業者が認識できるように記載されていない。
したがって、本件特許は、サポート要件を充足せず、特許法第36条第6項第1号の規定を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、特許法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。

2.証拠方法
甲第1号証:Taylor et al. "Generating an iPSC Bank for HLA-Matched
Tissue Transplantation Based on Known Donor and
Recipient HLA Types" Cell Stem Cell, 2012, 11(2),
pp147-152(2012年8月3日公開)、及び抄訳
甲第2号証:Torikai et al. "Toward eliminating HLA class I
expression to generate universal cells from allogeneic
donors" Blood, 2013, 122(8), pp1341-1349
(2013年8月22日公開)、及び抄訳
甲第3号証:Torikai et al., "ZFN-Driven Gene Editing Prevents HLA-A
Expression On Hematopoietic Stem Cells -Improving The
Chance Of Finding An HLA-Matched Donor" Blood, 2013,
122(21), 1655*(2013年11月15日公開)、及び抄訳
甲第4号証:Riolobos et al., "HLA Engineering of Human Pluripotent
Stem Cells" Mol Ther. 2013, 21(6), pp1232-1241
(2013年6月1日公開)、及び抄訳
甲第5号証:特表2013−501505(2013年1月17日公表)
甲第6号証:Torikai et al., "Genetic editing of HLA expression in
hematopoietic stem cells to broaden their human
application" Scientific Reports, 2016, 23(6), pp1-11,
(2016年2月23日公開)、及び抄訳
甲第7号証:本件特許の審査過程において提出された令和2(2020)年3月
4日付 手続補正書(審判請求書「請求の理由」の補充)
(以下、「甲第1号証」〜「甲第7号証」を「甲1」〜「甲7」という。)


第4 当審の判断
当審は、申立人が主張する上記の申立理由は、いずれも理由がなく、ほかに各特許を取り消すべき理由も発見できないから、本件発明8〜11に係る特許は、いずれも取り消すべきものではなく、維持すべきものと判断する。

1.本件明細書に記載された事項
本件明細書の発明の詳細な説明には、以下の事項が記載されている。

本a.
「【背景技術】
【0006】
自家またはヒト白血球抗原(HLA)が適合した同種異系ドナー細胞を使用した細胞療法は、がんを含む多種の疾患、及び再生医療にとって有望な治療法である。しかし、自家細胞は、時には、特にがん患者において疾患自体または毒性のある薬の反復投与を原因とする機能的な欠陥がある。同種異系細胞の場合、患者は、同種異系の免疫応答を回避するために、適切なHLA適合ドナーを見つける必要がある。例えば、同種異系造血幹細胞(HSC)は、レシピエントのHSCの不在または機能不全を回復させるために注入され、特異的造血細胞を生成するための供給源として提供される。しかし、HLA系の多様性は、HLA適合ドナーを見つけることのハードルとなり、そのハードルは人種的な遺伝子多型の影響によって増長される。適切なHLA適合産物を患者に提供するために、ロバストなドナー数が必要とされる。臍帯血(UCB)単位の事前バンク及び国立骨髄ドナープログラム(NMDP)を通じて登録された成人ドナーにアクセスするにもかかわらず、多くのレシピエント、特にドナープールに不足している人種及び民族マイノリティのレシピエントにとって、適切なHLA適合産物を見つけることは困難なままである。実際には、NMDPに登録されているドナー900万人では米国の人口をカバーするのに十分ではない。さらに、細胞治療製品を準備するために大幅な時間及び金銭的費用がかかる。このように、同種異系の免疫細胞媒介性拒絶反応を回避し、患者からの細胞培養物を増やす必要なく患者に注入することができる細胞製品が必要とされている。
【発明の概要】
【課題を解決するための手段】
【0007】
本開示は、免疫療法、再生医療の養子細胞治療製品を製造するための人工多能性幹細胞の適用、及び免疫受容体の潜在毒性のスクリーニングを提供している。
【0008】
一態様では、HLA−Aneg、HLAホモ接合人工多能性幹細胞(iPSC)を製造する方法を提供し、(a)HLAホモ接合ドナーから細胞の集合を得て、(b)HLA−Aを発現しないように前記細胞を操作し、それによってHLA−Aneg細胞を製造し、及び(c)iPSCを生成するように前記HLA−Aneg細胞をリプログラムし、それによってHLA−AnegiPSCを製造することを含む。
【0009】
一態様では、細胞集団は臍帯血細胞の集団であってもよい。一態様では、ドナーはHLA−B、HLA−C、及びHLA−DRB1のHLA−ホモ接合であってもよい。
【0010】
いくつかの態様では、HLA−Aが発現しないように細胞を操作することは、HLA−A遺伝子座を特異的に標的とする人工ヌクレアーゼを前記細胞に導入することを含んでもよい。様々な態様では、人工ヌクレアーゼは、ジンクフィンガーヌクレアーゼ、TALEN、またはCRISPR/Cas9であってもよい。様々な態様では、人工ヌクレアーゼを細胞に導入することは、人工ヌクレアーゼをコードするmRNAを細胞に導入することを含んでもよい。
【0011】
いくつかの態様では、リプログラミング細胞(例えばHLA−Aneg細胞)はSox2、Oct3/4、Nanog、Lin−28、Klf4、myc(例えば、C−myc、L−myc、または形質転換が欠損しているmyc変異体)及び/またはSV40LTから成る群から選択されるリプログラミング因子を細胞に導入することを含んでもよい。いくつかの態様では、例えば、HLA−Aneg細胞等のリプログラミング細胞は、リプログラミング因子Oct3/4、KLF4、Sox2、及びc−mycタンパク質を細胞に導入することを含む。さらなる態様では、リプログラミングは、Oct3/4、KLF4、Sox2、及びmRNAをコードするc−mycを細胞に導入することを含んでもよい。さらに別の態様では、リプログラミングは、Oct3/4、KLF4、Sox2、及びc−mycをコードする1つまたは複数の発現カセットを細胞に導入することを含んでもよい。1つまたは複数の発現カセットは、1つまたは複数のエピソームベクターに含まれてもよい。1つまたは複数の発現カセットは、1つまたは複数のウイルスベクター(例えば、レトロウイルスベクター、レンチウイルスベクター、またはセンダイウイルスベクター)に含まれてもよい。」

本b.
「 I.実施形態の態様
【0042】
本明細書は、大規模な患者集団に適用可能な養子細胞治療製品を製造するための人工多能性幹細胞(iPSC細胞)の適用を記載している。(例えば免疫受容体の)潜在毒性をスクリーニングするための当該iPSCの使用も記載している。本明細書で詳しく説明している細胞によって、広範囲の疾患の治療に使用される治療薬がもたらされる。特に、前記細胞は治療を受けることができる以上のより広範囲の患者集団に使用しても差し支えない改変されたHLA遺伝子を含む。特定の態様では、実施形態の細胞は、HLA対立遺伝子の1つまたは複数のペアにホモ接合性であり、HLA−Aneg表現型を含む。これらの特徴によって、前記細胞を多数の患者にとって有効な免疫適合性のある細胞にし、それによって個別の患者のために開発された治療法よりはるかに低コストで生み出すことができる細胞ベースの治療法を提供する。
【0043】
図3に示すように、iCasp9+HLA−Aneg細胞等のHLA−Aneg細胞は、HLA−Aコード遺伝子の選択的崩壊によってHLAホモ接合細胞から生成することができる。例えば、i)iCasp9遺伝子(またはその他の自殺遺伝子)を導入するためのスリーピングビューティー(SB)トランスポゾン/トランスポサーゼ系(またはその他の遺伝子導入方法)、及びii)HLA−Aを除去するためのジンクフィンガーヌクレアーゼ(ZFN)またはその他の人工ヌクレアーゼ(例えばTALEN、CRISPR/Cas9)で遺伝子改変されることによるHLAホモ接合臍帯血細胞。これらの細胞は、リプログラミング因子を導入する(例えばOct3/4、KLF4、Sox2、及びc−mycをコードするセンダイウイルスを使用する)ことによってiPSCにリプログラムすることができる。あるいは、iPSCクローンをSB及びZFNで直接的に遺伝子改変し、言い換えれば、前記細胞をまずリプログラムし、その後遺伝子改変してもよい。遺伝的にセーフハーバープロファイルを有することが確認されているiPSCクローンを単離した後に、前記細胞を系譜特異的な細胞に分化することができ、当該細胞を免疫治療及び/または再生医療のために患者に投与してもよい。iPSCを分化するための1つのアプローチは、遺伝子改変されたK−562細胞に由来する細胞等の人工抗原提示細胞(aAPC)の使用を伴う。
【0044】
A.HLA−AnegHLA−ホモ接合性iPSCの生成及びその使用方法
【0045】
本発明の実施形態は、免疫療法及び再生医療のための同種異系細胞治療のための同種異系iPSCバンクを提供する。事前準備されオンデマンド注入することができる特徴を有した製品を製造することは、利用可能というより必要なときに、集中的に製造し、細胞ベースの治療を送達することができる大きな魅力を有している。さらに、iPSCの遺伝子操作及びクローンの特徴付けによって、下流の臨床グレード製品を製造することが可能になる。この技術によって、臨床医が同種異系治療用細胞をオンデマンドで注入する治療プロセスが促進され、ドナー間異種性が減少し、また、細胞治療製品を調製するコストを低減する。
【0046】
既存のドナープールへのアクセスを改善する方法は、臨床的影響を与えることが予想される。実際に、国立骨髄ドナープログラム(NMDP)は、米国で約1万人の患者が血縁関係のない同種造血幹細胞移植(HSCT)の恩恵を受けることができると試算している。同種異系HSCがHLA−A遺伝子座の発現を排除するように遺伝的に編集されれば、既に登録されているドナーの臨床適用が著しく増加すると思われる。NMDPのモデリングによると、HLA−A適合の必要性がなくなり、HLA−B、−C、及び−DRのみに適合すれば、アフリカ系アメリカ人のレシピエントがHLA適合ドナーを見つける機会が18%から73%に増加することが示されている。操作されたジンクフィンガーヌクレアーゼ(ZFN)(または例えばTALEN、CRISPR/Cas9といったその他の人工ヌクレアーゼ)は、遺伝的に編集されたT細胞及び細胞株中のHLA−A発現を排除することができる。ZFNを使用してHSC中のHLA−A発現を排除することによって、HLA適合ドナーを見つける機会が増える魅力的な方法が提供される。このことによって、特に少数民族に属する患者にとって同種異系HSCTの臨床適用を広げることが予想される。
【0047】
HLA−AnegHLAホモ接合iPSCのバンクの作成が、複数のレシピエントに注入することができるため、これらの問題を解決する。前記バンクの作成は、臍帯血に由来するiPSC等の(表1参照、HLA−B、−C、及び−DRB1がホモ接合の)約27名の固有のドナーから、(例えばデザイナージンクフィンガーヌクレアーゼ、TALEN、CRISPR/Cas9を使用して)HLA−Aをノックアウトすることによって達成することができる。これらのiPSCバンクは免疫治療及び再生医療を改善するために遺伝子を挿入する、及び削除するように操作することができる。これらのHLA−AnegiPSC及びそれから分化された細胞(例えば免疫細胞、心細胞、腎細胞)は、免疫細胞ならびにその他の治療用細胞、例えば、限定されないが、サブタイプを含む心細胞、膵臓、腎臓、NK細胞、iNKT細胞、及びT細胞を生成するために使用することができる非常に価値のあるリソースになる。これは、疾患(例えばがん、自己免疫疾患、感染症)の治療及び再生医療を生み出す。」

本c.
「【実施例】
【0199】
VI.実施例
・・・・
【0201】
実施例1:HLA−Aneg造血幹細胞の生成
同種異系HSCがHLA−A遺伝子座の発現を削除するように遺伝的に編集されれば、登録されているNMDPドナーの臨床使用を著しく増加させることができる。操作されたジンクフィンガーヌクレアーゼ(ZFN)(または人工ヌクレアーゼ、例えばTALEN、CRISPR/Cas9)は、遺伝的に編集されたT細胞及び細胞株のHLA発現を削除するために使用することができる。造血幹細胞(HSC)への遺伝子編集を拡張するために、HLA−Aの遺伝子座を標的とするZFNを導入することによって、HLA−A発現を崩壊させた。CD34+系統negHSC(純度99%)を、CD2、CD3、CD11b、CD14、CD15、CD16、CD19、CD56、CD61、及びCD235a(グリコホリンA)に対するビオチン化抗ヒト抗体の混合物を使用して系譜pos細胞を最初に枯渇させ、ビオチン結合常磁性ビーズを使用して枯渇させて臍帯血(UCB)から単離した。次に、CD34+細胞を抗CD34磁気ビーズを用いて単離した。HLA−A特異的ZFNをコードするin vitroに転写されたmRNA種の電気泳動転写によって、既定のサイトカイン(FLT3−L、SCF、TPO及びIL−6)及びアリール炭化水素受容体アンタゴニスト(stem reginin−1、SR−1)でex vivo培養してから1週間後に、HLA−AnegHSCが30%生成した。DNA配列分析は、HLA−AnegHSCがZFN標的部位で期待されたヌクレオチド変化を示すことを明らかにした。in vitroアッセイはHLA−AposHSCとHLA−AnegHSCとの間の系譜特異的コロニー形成に有意な差を示さなかった。さらに、in vivo生着アッセイはNOD.Cg−PrkdcscidIl2rgtm1Wjl/SzJ(NSG)マウスを使用し、操作されたHLA−AnegHSCが生着及びHLA−Aneg多系譜造血細胞に分化する能力を維持していることを示した。
【0202】
実施例2:HLA−AnegiPSCの生成
必要なドナーの数を最小化する一つの方法として、HLA−ホモ接合ドナーから1つのHLA遺伝子座を削除してもよい。ドナー細胞からのHLA−A除去が適切なHLA適合ドナーを見つける確率(図1)に有意な影響を有し得ることが判明した。したがって、HLAホモ接合ドナーからHLA−A発現を排除することによって、HLA適合患者に注入することができるバンクされたiPSCの必要数が減少する。不必要な同種異系免疫反応を引き起こす内在性TCRαβ及びγδ発現のさらなる削除を移植片対宿主病を減少させるために実施してもよい。iPSCはさらに、疾患及び再生医療のための同種異系iPSC治療の安全性を確保するために自殺遺伝子(例えばiCasp9、誘導性カスパーゼ9)を発現するようにさらに改変することができる。全ゲノム配列決定及び統合部位の分析(例えば導入遺伝子の発現が維持され、内因性遺伝子の発現を崩壊させない統合部位)によってアッセイされるように、「セーフハーバー」遺伝子プロファイル(Papapetrouら、2011、参照により本明細書に援用される)を有するiPSCクローンを単離する。この自殺遺伝子+、TCRneg、HLA−Aneg、HLAホモ接合iPSCバンクは、広い範囲の患者に有用な同種異系細胞産物を調製するために使用することができる。このiPSCバンクは治療可能性を向上し、多数のレシピエントに投与するための細胞の開始プールを有効にする。これらのiPSCの一つの有力な即時使用は、i)免疫治療のために腫瘍またはウイルス特異性免疫受容体(例えばTCRαβまたはキメラ抗原受容体(CAR))を発現する免疫細胞(T細胞(Themeliら、2013)、NK細胞(Knorrら、2013)、NKT細胞等を含む)であり、ii)血液系腫瘍または先天性障害のための造血幹細胞移植である。さらに、同種異系iPSCは、例えば再生医療のための心筋細胞、肺上皮細胞、腎細胞、及び神経細胞を生成するために使用することができる。iPSCはまた、クローニング及び強固な増殖のために比較的高い効率で安全に細胞操作を行うために使用することもできる。例えば、iPSCは治療用遺伝子(例えばCAR)を発現させるために改変することができ、人工ヌクレアーゼ(例えばZFN、TALEN、CRISPR/Cas9)によって遺伝的に編集し、免疫抑制分子(例えばPD−1、CTLA−4、TCRアルファ定常領域)を削除することもできる。
【0203】
センダイウイルスベクター媒介性遺伝子のT細胞への導入。HLAホモ接合UCB(表2)に由来するT細胞からiPSCを生成するためにセンダイウイルスベクターを使用した。まず、GFPレポーター遺伝子を有するSeVベクターを用いて、SeVの有効性をT細胞で試験した。抗CD3モノクロナール抗体(moAb)及び抗CD28 moAbでT細胞を活性化してから2日後に、細胞をGFP−SeV粒子に感染させた。SeVからのGFP発現は非常に高く、その発現は1週間後も維持された(トランスフェクトされていないT細胞よりMFIが約3logも高い)(図4)。
【表2】

【0204】
HLAホモ接合UCBに由来するT細胞からのiPSCの生成。HLAホモ接合UCBユニットをMDアンダーソンがんセンターの臍帯血バンクから入手した。1つの方法では、T細胞を単離後、i)KLF4、OCT4、SOX2(ポリシストロン性ベクター)、ii)cMYC、及びiii)MOIのKLF4(それぞれ5、5、3)をコードするSeVベクターを当該細胞に感染させた。MEFフィーダー培地またはMarigel上で12日後に、iPSコロニーが出現し、これらのコロニーを16日目にTRA−1−60染色を用いて評価した(図5)。MEFフィーダー条件での初期誘導の後、iPSCをmTeSR1培地でフィーダーのない(Matrigelコーティングされた)プレートでさらに培養した。iPSCはこの条件下で多能性細胞様の形態を維持し、iPSCによる多能性マーカーの発現を免疫経口染色で確認した(図6)。
【0205】
DNAプラスミドのエレクトロポレーションまたはiPSCへのmRNAのin vitroの転写。スリーピングビューティートランスポゾン/トランスポザーゼ系をがんに対する養子免疫療法のためのT細胞を発現するキメラ抗原受容体を生成するために適用した。この系はウイルスベースの遺伝子改変よりもはるかに安価である。この系はヌクレオフェクションによってDNAプラスミド(またはmRNA)のトランスフェクションに依存するため、CMVプロモーター駆動GFPをコードするDNA及びGFPをコードするmRNAでiPSCのヌクレオフェクションの試験を行った。4D Amaxa Nucleofector(Program:CA−137)を用いて、DNAプラスミド及びmRNAをiPSCに導入した(図7)。ストリップを使用して、小規模のトランスフェクション(20μL)を使用したときに、高いトランスフェクション効率を達成した。
【0206】
ジンクフィンガーヌクレアーゼによるTRAC遺伝子の崩壊。図8は、mRNAをコードしたジンクフィンガーヌクレアーゼのトランスフェクションによってTRAC遺伝子(TCRアルファ定常領域)を崩壊するための例示的なプロトコルを提供している。TRAC遺伝子が崩壊したiPSクローンを単離し、崩壊したTRAC遺伝子を有するクローンを同定するために、ゲノムDNA配列決定によって分析した(図9)。TRAC遺伝子が崩壊したiPSクローンがOCT3/4、Nanog、SSEA3、SSEA4、TRA−1−60、及びTRA−1−81を含む多能性マーカーを発現することが見いだされた。
【0207】
ジンクフィンガーヌクレアーゼによるTCR遺伝子の崩壊。ジンクフィンガーヌクレアーゼは、TCR遺伝子がiPS細胞であることを妨害するために一本鎖のドナーオリゴヌクレオチド(ssODN)と組み合わせて使用した(Chenら、2011)。液滴デジタルPCR(ddPCR)(Miyakoaら、2014)(図10)を用いて変異体をスクリーニングした。
【0208】
CARの導入。スリーピングビューティー及びレンチウイルスを用いてCARの導入を実施した(図11)。SB媒介CAR伝達はiPS細胞のレンチウイルス媒介CAR形質導入に匹敵することが見出された(図12)。iPS細胞の分化または死亡を誘導された抗FCによる正の選択(IgG茎でCARを検出)をCAR+集団を増やすために使用してもよい。
【0209】
iPS細胞からのT細胞の再分化。図13はフィーダーフリーの条件下でiPS細胞から造血前駆細胞(HPC)の分化のための例示的なプロトコルを提供する。」

2.甲各号証の記載事項及び主引例となる甲各号証に記載された発明
甲1〜4は英文であるため、申立人が提出した甲1〜4の抄訳を参考にして、当審で作成した訳文を甲1〜4の記載事項として示す。

ア.甲1の記載事項及び甲1に記載された発明
(ア)甲1の記載事項
甲1a
「既知のドナーおよびレシピエントのHLA型に基づくHLA適合組織移植用iPS細胞バンクの作製

ヒト白血球抗原(HLA)不一致の人工多能性幹細胞(iPSC)における免疫学的拒絶反応の可能性は、治療の可能性を制限する。本稿では、150人の選択されたホモ接合HLA型ボランティアの組織バンクが英国人口の93%に適合でき、免疫抑制を最小限にする要求を満たすことを示す。このモデルは、既存のHLA型サンプルを用いて、多数の個人のタイピングを回避するiPSC幹細胞バンクを構築するための実用的なアプローチを提供する。」 (p147、標題、冒頭概要)

甲1b
「HLA遺伝子型は集団内で大きく変動するため、意図するレシピエントの大多数に対して臨床的に有益なHLAの適合を達成するためには、数千人のランダムドナーのバンクが必要となるであろう。これは現実的ではないので、代替的なアプローチは、ホモ接合HLA型を有する限られた数の高度に選択された細胞ドナーを含むiPSCバンクを作り、潜在的レシピエントの大多数に対してHLAの適合を可能にすることである (Taylor et al., 2005)。臓器移植や臍帯血移植の経験から、適合すべき最も重要なHLA遺伝子座はHLA-A、-B、-DRであり(Opelz and Dohler, 2007; Johnson et al., 2010; Kurtzberg et al., 2008)、これらの遺伝子座への適合により、同種異系移植片拒絶の発生率と外来免疫抑制の必要性が減少することが分かっている(Taylor et al., 1993; Opelz and Dohler, 2010a, Opelz and Dohler, 2010b)」 (p147、中欄3-24行)

甲1c
「バンキングに最適なiPSCドナー候補の同定
次に我々は、Bone Marrow Donors Worldwide (BMDW) (http://www.bmdw.org)に登録されている1700万人以上のHLA型ボランティア幹細胞ドナーを調査し、上記の405種類の理論的ホモ接合型HLAの組み合わせのうち、実際に存在するものを特定した。このドナーには、原則として、英国人口のHLA-A、-B、-DRミスマッチゼロを達成すべく、将来iPSCバンクへ組織を提供できる人が含まれている。実用的な目的と、ドナーが血液型O型(ユニバーサルドナー)である可能性を最大限に高めるために、理論上の405種類のHLAの組み合わせが、1700万人のボランティアの中でそれぞれ少なくとも10回以上存在することが必要であった。405通りの理論的HLAの組み合わせのうち236通り(58.3%)のHLAホモ接合体潜在的iPSCドナーが少なくとも10人見つかり、これらは英国レシピエントの95.48%に対してミスマッチゼロを提供した(図1B)。同定された236種類のうち上位150種類のホモ接合型HLAは、英国の潜在的レシピエントの93.16%にHLAミスマッチをゼロにし、最も頻度の高いホモ接合型HLAドナーでは最大19398人、最小10人のドナーが存在することになった。最高ランクのホモ接合型HLAを持つiPSCを50株でも集めた幹細胞バンクは、英国の潜在的レシピエントの79%に対してHLAミスマッチをゼロにすることができる;これらを表1に示した。英国の潜在的レシピエント集団にゼロHLA-A、-B、-DRミスマッチを提供するために有用性の降順にランク付けされた236のホモ接合型HLA型の全リストは、表S2Bとして見ることができる。」(p148右欄下から7行〜p149左欄下から9行)

甲1d
「表1.潜在的UKレシピエント1万人のうち79%にHLAミスマッチゼロとなる、BMDWレジストリに登録されている上位50のホモ接合HLA-A、-B、-DR型」 (p150、Table 1)

(イ)甲1に記載された発明(甲1発明)の認定
甲1は、「既知のドナーおよびレシピエントのHLA型に基づくHLA適合組織移植用iPS細胞バンクの作製」に関するものであって(甲1a)、甲1には、「ホモ接合HLA型を有する限られた数の高度に選択された細胞ドナーを含むiPSCバンク」が「潜在的レシピエントの大多数に対してHLAの適合を可能にする」ことが記載され(甲1b)、ホモ接合HLA型ボランティアの組織バンクが英国人口の93%に適合でき、免疫抑制を最小限にする要求を満たすこと(甲1a)、HLA遺伝子座HLA-A、-B、-DRへの適合により、同種異系移植片拒絶の発生率と外来免疫抑制の必要性が減少することが記載されている(甲1b)。

以上の記載からすると、甲1には、
「HLA適合組織移植のためのホモ接合型HLAを有する細胞ドナーから得られるiPSC」(甲1発明)
が記載されていると認められる。

イ.甲2の記載事項及び甲2に記載された発明
(ア)甲2の記載事項
甲2a
「同種ドナーからの万能細胞作製に向けたHLAクラスI発現の除去に向けて」(p1341、標題)

甲2b
「この目的のために、我々はデザイナージンクフィンガーヌクレアーゼを開発し、HLAの発現を選択的に除去するための遺伝子編集の「ヒットアンドラン」アプローチを採用した。これらの設計されたヌクレアーゼをコードするmRNA種を電気的に導入すると、CD19特異的T細胞を含むヒトT細胞のHLA-A発現が完全に阻害された。…さらに、ジンクフィンガーヌクレアーゼが胚性幹細胞からHLA-Aの発現を除去できることを示し、この戦略の適用範囲がHLAが異なる免疫細胞の注入以外にも拡大された。これらの発見は、HLAの発現が異なるドナーから得られた臨床的に魅力的な細胞タイプが、免疫反応を回避するように遺伝子編集できることを立証し、1人のドナーから得られた細胞を複数のレシピエントに投与できる基盤を提供するものである。」 (p1341、冒頭概要5-15行)

甲2c
「HLA-Aneg HEK293の単離と機能検証
HLA-A発現を破壊する効果を評価するために、ZFN修飾HEK293プールから単細胞クローンを得るために限界希釈を使用した。配列決定により、HLA-A2、HLA-A3、または両アレルにおいて予想されるZFN結合部位内に挿入または欠失(indel)を有するクローンが発見され(補足図2)、これは翻訳の早期終了をもたらすフレームシフトにつながった。HEK293におけるHLA-Aの定常発現量はEBV-LCLのような造血細胞と比較して低いため、HLAレベルを増強することが知られている炎症性サイトカインにHEK293細胞を暴露した。IFN-γとTNF-αを添加すると親HEK293細胞では両方のHLA-Aアレルの発現が増加した(図2A、上)。一方、HLA-A2および/またはHLA-A3に変異を有するZFN処理した単細胞由来のHEK293クローンは、IFN-γおよびTNF-αによる誘導後でもこれらのタンパク質を発現しなかった(図2A、下3パネル)。次に、ZFN修飾クローン上のHLA-A発現の喪失が、HLA-A3およびHLA-A2制限CTLによる挑戦によってT細胞認識を妨げるかどうかを検討した。予想通り、HLA-A3制限CTLクローン7A7は、同族ペプチドの連続希釈物を負荷したHLA-A3+親HEK293株の強固な特異的溶解を示した(図2B、上)。HLA-A2対立遺伝子の発現を失ったがHLA-A3では野生型であるクローン8.18も、このHLA-A3制限CTLによって溶解させられた。一方、同じペプチドでパルスした場合、HLA-A3発現をなくすように編集したクローン18.1および83は、HLA-A3制限CTLクローン7A7によって溶解されなかった(図2B、上)。また、HLA-A2制限CTLクローンGAS2B3-5の細胞溶解活性を評価したところ、親HEK293またはHLA-A2野生型クローン18.1と提示すると強固な殺傷活性が観察されたが、ZFN-修飾 HLA-A2neg クローン 8.18 と HLA-A2/A3 ダブルノックアウトクローン 83 は溶解から免れた(図2B、下段)。これらのデータは、ZFNによる処理がHLA-Aの発現を完全に除去し、内因性HLA-A発現をアップレギュレートすることが知られている炎症性条件下でさえ、HLA-A制限CTL媒介殺傷からの保護をもたらすことを実証している。」 (p1343、右欄7行〜p1344、右欄23行)

甲2d
「プライマリーT細胞におけるHLA-Aの破壊
我々の結果を臨床的に適切な初代細胞に拡張するために、我々はヒトT細胞におけるHLA-A特異的ZFNの活性を評価した。ZFNは目的の標的遺伝子を安定的に破壊するために短期間の発現しか必要としないため、in vitroで転写したmRNAからZFNを一過性に発現させた。HLA-A2ホモ接合体ドナー(HLA-A2は白人に最も多いHLA-A対立遺伝子)からのT細胞にZFNをコードするmRNAを電気移入すると、これらのT細胞の約19%がHLA-A2陰性になった(図3A、上)。我々は以前、トランスフェクション後にインキュベーション温度を一時的に下げるとZFN活性が高まることを示した。エレクトロポレーションしたT細胞を一時的な低体温にすると、mRNA用量依存的にHLA-A2陰性細胞の割合が最大57%まで高まった(図3A、下)。HLA-A2の機能的除去は、HLA-A2導入721.221細胞を汎クラスI抗体でプロービングすることでさらに確認された(補足図3)。」 (p1344、右欄24〜39行)

甲2e
「ZFN処理は、選択なしにCAR+ T細胞のHLA-A2発現を破壊することに成功し、この集団は、HLA陽性細胞の陰性選択によって約99%のHLA-A2neg細胞まで容易に濃縮された(図5A)。CD19+ aAPC上で50日間連続共培養した後、CAR+T細胞の約94%がHLA-A2negを維持したことから、これらの細胞は、この新しい表現型を維持することが示された(データは示されていない)。重要なことは、CD19+腫瘍ターゲットのCAR依存的溶解によって証明されるように、これらのHLA-A2neg T細胞はHLA-A2拘束性 CTLによる攻撃を回避し(図5B)、抗腫瘍活性を維持した(図5C-D)」 (p1345、右欄2〜11行)

甲2f
「hESCにおけるHLA-Aの破壊
組織再生などの治療用途に同種細胞の適用を広げるため、T細胞認識を回避できるhESCを作製することを目指した。 HLA-A2+/A24+のhESC株WIBR3を、HLA-Aを標的とするZFNをコードするmRNAまたはDNAプラスミドで遺伝的に修飾し、HLA-AneghESCの生成にZFNを使用することを検討した。HLA-AneghESCの生成を促進するため、ZFN標的部位を囲む相同領域の脇にピューロマイシン耐性遺伝子をコードするドナーDNAプラスミドを配し、相同性指向性修復による標的統合を媒介した(補足図4)。ピューロマイシン耐性クローンを、ZFN標的領域のPCR配列決定およびドナー相同性群の外側に位置するプローブを用いた標的領域のサザンブロット分析によって、HLA-A対立遺伝子の改変についてスクリーニングした。両方のHLA-AアレルのZFN標的領域に変異を含むこれらのクローンを線維芽細胞様細胞に分化させ、同様に分化した未修飾の親hESCラインと比較した。HLAの発現はIFN-γおよびTNF-αで処理することで誘導し、フローサイトメトリーで解析した。親細胞株は両方のHLA-Aアレルの強い発現を示したが、3つのノックアウト株はすべて、両方のHLA-Aアレルの細胞表面発現を欠いていた(図6)。これらのデータは、HLA-Aノックアウト法がhESCに適用可能であることを示しており、適用後のこれらの細胞とその子孫の存続に必要なステップである可能性がある。」(p1345、右欄12〜38行)

甲2g
「しかしhESCは本質的にレシピエントに対して同種であるが、その移植は由来する細胞や組織に異なるHLAが発現しているため、複雑になる。我々はこの問題の解決策を示した:すなわち、ZFNを用いることで、細胞表面から特定のHLA分子の発現を永久的に除去し、これらのエピトープに対する免疫認識を防ぐことである。iPSCから派生した細胞のT細胞媒介性拒絶反応は、HLA関連の免疫原性抗原の提示により生じるので、自己由来の人工多能性細胞(iPSC)であってもこのアプローチは有益である。」 (p1347、右欄1〜10行)

(イ)甲2に記載された発明(甲2発明)の認定
甲2には、「HLA-A2+/A24+のhESC株WIBR3を、HLA-Aを標的とするZFNをコードするmRNAまたはDNAプラスミドで遺伝的に修飾し、HLA-AneghESC」を生成したこと(甲2f)、「ノックアウト株はすべて、両方のHLA-Aアレルの細胞表面発現を欠いていた」ことが記載されている(甲2f)。

以上の記載からすると、甲2には、
「両方のHLA-Aアレルの細胞表面発現を欠いているHLA-A2+/A24+のhESC株WIBR3より得られるHLA-AneghESC」(甲2発明)が記載されていると認められる。

ウ.甲5の記載事項及び甲5に記載された発明
(ア)甲5の記載事項
甲5a
「実施例9 HLAホモ健常人由来歯髄幹細胞からのiPS細胞の樹立
HLA-A、HLA-B、HLA-CwおよびHLA-DRB1の4遺伝子座がホモの健常人由来の歯髄幹細胞(DP74株およびDP94株)は、岐阜大学、國貞隆弘博士、手塚健一博士より提供を受けた。・・・pCXLE-hOct4-shp53、pCXLE-hSKおよびpCXLE-hULをDP74およびDP94に導入して樹立したiPS細胞の写真を図15に示す。」 (0117−0119段落)

甲5b
「体細胞を採取するソースとなる哺乳動物個体は特に制限されないが、得られるiPS細胞がヒトの再生医療用途に使用される場合には、拒絶反応が起こらないという観点から、患者本人またはHLAの型が同一もしくは実質的に同一である他人から体細胞を採取することが好ましい。ここでHLAの型が『実質的に同一』とは、免疫抑制剤などの使用により、該体細胞由来のiPS細胞から分化誘導することにより得られた細胞を患者に移植した場合に移植細胞が生着可能な程度にHLAの型が一致していることをいう。たとえば主たるHLA(例えばHLA-A、HLA-BおよびHLA-DRの3遺伝子座、さらにHLA-Cwを含む4遺伝子座)が同一である場合などが挙げられる(以下同じ)。」(0022段落)

甲5c
「したがって、患者本人やHLAの型が同一もしくは実質的に同一である他人から採取した体細胞を用いてiPS細胞を誘導すれば、そこから所望の細胞(即ち、該患者が罹病している臓器の細胞や疾患に対する治療効果を発揮する細胞など)に分化させて該患者に移植するという、自家もしくは同種異系移植による幹細胞療法が可能となる。」(0101段落)

(イ)甲5に記載された発明(甲5発明)の認定
甲5には、「pCXLE-hOct4-shp53、pCXLE-hSKおよびpCXLE-hULを」「HLA-A、HLA-B、HLA-CwおよびHLA-DRB1の4遺伝子座がホモの健常人由来の歯髄幹細胞(DP74株およびDP94株)」に導入して樹立したiPS細胞が記載されている(甲5a)。

以上の記載から、甲5には、
「HLA-A、HLA-B、HLA-CwおよびHLA-DRB1の4遺伝子座がホモの健常人由来の歯髄幹細胞(DP74株およびDP94株)より得られるiPS細胞」(甲5発明)が記載されていると認められる。

エ.甲3の記載事項
甲3a
「もし、ドナーの造血幹細胞を編集してHLA-A遺伝子座の発現を排除できれば、利用可能なドナープールは著しく増加するだろう。実際、NMDPのモデリングでは、アフリカ系アメリカ人のレシピエントがHLA-A、B、C、DRではなく、HLA-B、C、DRで適合すればよいなら、HLA適合ドナーを見つける確率は18%から73%に増加することが示されている。我々は、遺伝子操作されたジンクフィンガーヌクレアーゼ(ZFN)により、遺伝子編集T細胞においてHLA-Aの発現を破壊できることを以前に示した(Blood 2013)。この概念実証を造血幹細胞に拡張するために、この遺伝子座を標的とするZFNを導入してHLA-A発現を破壊することを試みた。」 (2頁目 1-7行)

オ.甲4の記載事項
甲4a
「そのため、臨床使用に必要な細胞株の数を管理可能なレベルまで減らすために、複数の同種のレシピエントと互換性のある多能性幹細胞株を開発することが真に必要とされている。ここでは、この問題に対処するため、2つの遺伝子工学的アプローチを開発した。まず、HLA-ヘテロ接合性のESC株からHLA-ホモ接合性のサブクローンを得る方法を記載する。1つのハプロタイプにのみ適合すればよいため、1つのHLA-ホモ接合株が多数のレシピエントに適合しうる。2つ目の方法は、B2M遺伝子を破壊することで、細胞表面にクラスIタンパク質を発現しないHLA陰性の幹細胞を開発する方法である。このB2M-/-ESCは、移植される細胞がHLAクラスII遺伝子を発現しない場合に、ユニバーサルドナー細胞として機能し得る。」 (p1233左欄、第2段落)

甲4b
「iPS細胞は治療効果においてESCと同一ではないかもしれないが、より現実的な代替案は、HLAホモ接合体の個体からiPSCのバンクを導出することだろう。 iPSCが臨床的に使用される場合、我々の方法は、1つのHLAハプロタイプを共有する患者の家族から組織適合性のHLAホモ接合性iPSCを導出することを可能にし、遺伝病の治療に適合した遺伝的に正常な細胞のソースを提供する。」 (p1238左欄、第2段落16-最終行)


3.申立理由1〜3(進歩性)の検討
(1)本件発明8と甲1発明の対比、判断
ア.本件発明8と甲1発明の対比
本件発明8と甲1発明(2.ア.(イ))を対比する。
甲1発明の「ホモ接合型HLA」は、本件発明1の「少なくとも1つのセットのホモ接合HLA対立遺伝子」に相当する。
甲1発明の「HLA適合組織移植のための」「iPSC」は、ヒト患者に向けたものであることが明らかであるから、本件発明8の「哺乳動物人工多能性幹細胞(iPSC)」に相当する。

そうすると、本件発明8と甲1発明は、
「少なくとも1つのセットのホモ接合HLA対立遺伝子を含む、哺乳動物人工多能性幹細胞(iPSC)」で一致し、以下の点で相違している。

<相違点1>
本件発明1では、「HLA−Aneg表現型を含む」ことが規定されているのに対し、
甲1発明では、上記のような規定がなされていない点

イ.相違点1の判断
甲1は、「既知のドナーおよびレシピエントのHLA型に基づくHLA適合組織移植用iPS細胞バンクの作製」と題する論文であり(甲1a)、ヒト白血球抗原(HLA)不一致の人工多能性幹細胞(iPSC)は、免疫学的拒絶反応を起こす可能性が高く、治療の可能性が制限されるという課題(甲1a)に対して、「理論的HLAの組み合わせのうち236通り(58.3%)のHLAホモ接合体潜在的iPSCドナー」により課題を解決しようとするものである(甲1c)。
しかし、甲1には、HLAホモ接合体を使用する手段に他の解決手段を付加することが上記の課題の解決に必要であることは記載されていないし、そもそもHLAが存在していることに伴う問題についても全く認識されていない。
一方、甲2には、組織再生などで同種細胞の適用を広げることを目的として(甲2f)、ZFNによりHLA-A遺伝子を両アレルで破壊してヒトHLA-Aneg細胞を調製すること(p1343右欄、p1344右欄、p1345右欄)が記載され(甲2c〜f)、このHLA除去はiPSCにも適用できることが記載されており(甲2g)、甲3には、HLA-Aneg造血幹細胞の作製に関し、HLA-A遺伝子座の発現を除去できれば、利用可能なドナープールは著しく増加することが記載されている(甲3a)。
しかし、甲2、3に記載されているHLA-A遺伝子座の発現を除去する手段を、他の同種細胞の適用を広げる手段と併用すべきことを当業者に動機付ける記載や示唆は甲2、3に存在しない。
そうすると、HLAをホモで存在させることを前提とする甲1発明に、甲2、3に記載されているHLA-A遺伝子座の発現を除去する手段を適用することが当業者に動機付けられるということはできない。
また、申立人が副引例として提示した甲4、甲5には、HLA-A遺伝子座の発現を除去することについて記載も示唆もされていない。
そうすると、相違点1として挙げた本件発明8の発明特定事項は、甲2〜甲5の記載事項を勘案しても、当業者が容易に想到し得たものとはいえない。

ウ.小括
以上のとおり、本件発明1は、甲1発明、すなわち、甲1に記載された発明に甲2〜甲5の記載事項を組み合わせても当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(2)本件発明8と甲2発明の対比、判断
ア.本件発明8と甲2発明の対比
本件発明8と甲2発明(2.イ.(イ))を対比する。
甲2発明の「両方のHLA-Aアレルの細胞表面発現を欠いている」、「HLA-Aneg」は、本件発明1の「HLA−Aneg表現型を含む」に相当する。
甲2発明の「hESC」は、ヒト由来の多能性幹細胞である胚性幹細胞を意味することが明らかであるから、本件発明8の「哺乳動物人工多能性幹細胞(iPSC)」とは、哺乳動物多能性幹細胞である限りにおいて一致する。

そうすると、本件発明8と甲2発明は、
「HLA−Aneg表現型を含む、哺乳動物多能性幹細胞」で一致し、以下の点で相違している。

<相違点2>
本件発明8では、「少なくとも1つのセットのホモ接合HLA対立遺伝子」を含むと規定されているのに対し、 甲2発明では、上記のような規定がなされていない点

<相違点3>
本件発明8では、哺乳動物多能性幹細胞が「人工多能性幹細胞(iPSC)」であることが規定されているのに対し、 甲2発明では、哺乳動物多能性幹細胞が、胚性幹細胞(ESC)である点

イ.相違点2の判断
甲2は、「同種ドナーからの万能細胞作製に向けたHLAクラスI発現の除去に向けて」と題する論文であり(甲2a)、免疫介在性拒絶反応を回避するという課題に対して、「HLA発現の選択的除去」(要約)すなわち、ヒトHLA-Aneg細胞を調製する(甲2f)という手段を採用することで上記の課題を解決しようとするものである(甲2b)。
しかし、甲2には、ヒトHLA-Aneg細胞を調製するという手段に、他の解決手段を付加することが上記の課題の解決に必要であることは記載されていないし、そもそもHLAの適合率を上げるという課題についても全く認識されていない。
一方、甲1、甲4及び甲5には、「少なくとも1つのセットのホモ接合HLA対立遺伝子」を含む人工多能性幹細胞(iPSC)が開示されているといえる(甲1b、甲1c、甲4b、甲5a)。
しかし、甲1、甲4及び甲5に記載されているホモ接合HLA対立遺伝子を用いるという手段を、他のHLA適合組織移植(甲1a)のための手段と併用すべきことを当業者に動機付ける記載や示唆は、甲1、甲4及び甲5に存在しないから、HLAを除去することを前提とする甲2発明に、甲1、甲4及び甲5に記載されているホモ接合HLA対立遺伝子を用いるという手段を適用することが当業者に動機付けられるということはできない。
また、申立人が副引例として提示した、甲3には、ホモ接合HLA対立遺伝子を用いることについて記載も示唆もされていない。
そうすると、相違点2として挙げた本件発明8の発明特定事項は、甲1、甲3〜甲5の記載事項を勘案しても、当業者が容易に想到し得たものとはいえない。

ウ.小括
以上のとおり、本件発明8は、相違点3について検討するまでもなく、甲2発明、すなわち、甲2に記載された発明に甲1、甲3〜甲5の記載事項を組み合わせても当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(3)本件発明8と甲5発明の対比、判断
ア.本件発明8と甲5発明の対比
本件発明8と甲5発明(2.ウ.(イ))を対比する。
甲5発明の「HLA-A、HLA-B、HLA-CwおよびHLA-DRB1の4遺伝子座がホモ」は、本件発明1の「少なくとも1つのセットのホモ接合HLA対立遺伝子」に相当する。
甲5発明の「ヒト由来iPS細胞」は、本件発明8の「哺乳動物人工多能性幹細胞(iPSC)」に相当する。

そうすると、本件発明8と甲1発明は、
「少なくとも1つのセットのホモ接合HLA対立遺伝子を含む、哺乳動物人工多能性幹細胞(iPSC)。」で一致し、以下の点で相違している。

<相違点4>
本件発明8では、「HLA−Aneg表現型を含む」ことが規定されているのに対し、
甲5発明では、上記のような規定がなされていない点

イ.相違点4の判断
甲5には、「得られるiPS細胞がヒトの再生医療用途に使用される場合には、拒絶反応が起こらないという観点から、患者本人またはHLAの型が同一もしくは実質的に同一である他人から体細胞を採取することが好ましい。ここでHLAの型が「実質的に同一」とは、免疫抑制剤などの使用により、該体細胞由来のiPS細胞から分化誘導することにより得られた細胞を患者に移植した場合に移植細胞が生着可能な程度にHLAの型が一致していることをいう。たとえば主たるHLA(例えばHLA-A、HLA-BおよびHLA-DRの3遺伝子座、さらにHLA-Cwを含む4遺伝子座)が同一である場合などが挙げられる」と記載されている(甲5b)。
しかし、甲5には、HLAの型を一致させるという手段に他の解決手段を付加することが、拒絶反応を起こさないという観点で必要であることは記載されていないし、そもそもHLAが存在していることに伴う問題についても全く認識されていない。
一方、甲2には、組織再生などで同種細胞の適用を広げることを目的として(甲2f)、ZFNによりHLA-A遺伝子を両アレルで破壊したヒトHLA-Aneg細胞を調製すること(p1343, 右欄、p1344右欄、p1345右欄)が記載され(甲2c〜f)、このHLA除去はiPSCにも適用できることが記載されており(甲2g)、甲3には、HLA-Aneg造血幹細胞の作製に関し、HLA-A遺伝子座の発現を除去できれば、利用可能なドナープールは著しく増加することが記載されている(甲3a)。
しかし、甲2、3に記載されているHLA-A遺伝子座の発現を除去する手段を、他の同種細胞の適用を広げる手段と併用すべきことを当業者に動機付ける記載や示唆は甲2、3に存在しない。
そうすると、HLAをホモで存在させることを前提とする甲5発明に、甲2、3に記載されているHLA-A遺伝子座の発現を除去する手段を適用することが当業者に動機付けられるということはできない。
また、申立人が副引例として提示した甲1、甲4には、HLA-A遺伝子座の発現を除去することについて記載も示唆もされていない。
そうすると、相違点4として挙げた本件発明8の発明特定事項は、甲1〜甲4の記載事項を勘案しても、当業者が容易に想到し得たものとはいえない。

ウ.小括
以上のとおり、本件発明8は、甲5発明、すなわち、甲5に記載された発明に甲1〜甲4の記載事項を組み合わせても当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(4)本件発明9〜11について
本件発明9〜11は、本件発明8を直接又は間接的に引用するものであるから、本件発明8と同様の理由により、甲1、甲2,甲5に記載された発明に、それぞれ甲1〜甲5の記載事項を組み合わせても当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。


4.申立理由4(実施可能要件)の検討
(1)実施可能要件の考え方
発明の詳細な説明の記載が実施可能要件に適合するというためには、明細書の発明の詳細な説明に、当業者が、明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識に基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、その発明を実施することができる程度に発明の構成等の記載があることを要する。

(2)本件発明8の実施可能要件の判断
本件明細書の【0201】〜【0209】には、造血幹細胞(HSC)への遺伝子編集を拡張するために、HLA−Aの遺伝子座を標的とするZFNを導入することによって、HLA−A発現を崩壊させたこと、HLAホモ接合UCB(表2)に由来するT細胞に、初期化因子を含むベクターを感染させてiPSコロニーを出現させたこと、多能性細胞様の形態を維持し、iPSCによる多能性マーカーの発現を確認したこと、ジンクフィンガーヌクレアーゼによるTRAC遺伝子を崩壊させ、崩壊したTRAC遺伝子を有するクローンを同定するために、ゲノムDNA配列決定によって分析したことが記載されている(本c)。
本件明細書には、iPSCのHLA−A発現をZFN(ジンクフィンガーヌクレアーゼ)により崩壊させた具体例は記載されていないものの、ZFNによりiPSCの標的遺伝子(TRAC遺伝子)を崩壊させることは具体的に記載されているし、造血幹細胞(HSC)についてであるが、ZFNによりHLA−Aの遺伝子座を標的とする遺伝子編集を行ったことも具体的に記載されているので、iPSCのHLA−Aの遺伝子編集を行うことに過度の試行錯誤を要するとはいえない。
また、HLAホモ接合UCB(表2)において、HLA-A、HLA-B、HLA-C、及びHLA-DRB1がすべてホモ接合のもの(CB-ID3213、CBID-3233、CBID-9855)だけでなく、HLA-Cがヘテロのもの(CBID-23707)も提供されていたように(本c)、HLA-A、HLA-B、HLA-C、及びHLA-DRB1がすべてホモ接合ではないHLA-Aホモ接合の細胞が本件出願当時入手困難であった等の特段の事情を見出すことはできない。
よって、本件明細書の発明の詳細な説明には、当業者が、過度の試行錯誤を要することなく、本件発明8を実施することができる程度に発明の構成等が記載されているというべきである。

(3)申立人の主張について
申立人は、本件特許には、「少なくとも1つのセットのホモ接合HLA対立遺伝子」を含み、かつHLA-AnegであるiPSCの作製は何ら示されていないから、発明の詳細な説明には、本件発明が実施可能な程度に開示されているとは言えないと主張している。
しかし、本件明細書の【0201】〜【0209】には、上述のとおりの記載があり(本c)、造血幹細胞(HSC)に対して用いたHLA−Aの遺伝子座を標的とするZFNを導入した場合に、iPSCのHLA−Aの遺伝子編集が過度の試行錯誤を要する等の特段の事情を見出すことはできず、その他HLA-AnegであるiPSCの作製を行えないことを示す客観的資料(本件特許の出願時の技術常識等)は、申立人より何ら提示されていない。
したがって、上記の申立人の主張は、いずれも理由がない。

(4)小括
以上のとおり、請求項8の記載は実施可能要件を満たすものであるから、請求項8を直接又は間接的に引用する請求項9〜11の記載も、同様の理由により、実施可能要件を満たすものである
したがって、申立理由4(実施可能要件)は、理由がない。

5.申立理由5(サポート要件)の検討
(1)サポート要件の考え方
特許請求の範囲の記載が明細書のサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載又はその示唆により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。

(2)本件発明が解決しようとする課題
本件発明8〜11の記載及び本件明細書の【0006】の記載によると、本件発明は、同種異系の免疫細胞媒介性拒絶反応を回避し、患者からの細胞培養物を増やす必要なく患者に注入することができる細胞製品を提供することにあると認められる(本a)。

(3)本件発明8のサポート要件の判断
本件明細書の【0042】には、「特定の態様では、実施形態の細胞は、HLA対立遺伝子の1つまたは複数のペアにホモ接合性であり、HLA−Aneg表現型を含む。これらの特徴によって、前記細胞を多数の患者にとって有効な免疫適合性のある細胞にし、それによって個別の患者のために開発された治療法よりはるかに低コストで生み出すことができる細胞ベースの治療法を提供する。」と記載され(本b)、 他方、【0202】には、「必要なドナーの数を最小化する一つの方法として、HLA−ホモ接合ドナーから1つのHLA遺伝子座を削除してもよい。ドナー細胞からのHLA−A除去が適切なHLA適合ドナーを見つける確率(図1)に有意な影響を有し得ることが判明した。したがって、HLAホモ接合ドナーからHLA−A発現を排除することによって、HLA適合患者に注入することができるバンクされたiPSCの必要数が減少する」ことが記載されている(本c)。
以上の記載からすると、本件発明8において、少なくとも1つのセットのホモ接合HLA対立遺伝子という手段とHLA−Aneg表現型という手段を併用すれば、人工多能性幹細胞(iPSC細胞)を、多数の患者にとって有効な免疫適合性のある細胞にできるとともに、HLA適合患者に注入できるバンクされたiPSCの必要数も減少できることが当業者に理解できるといえる。
そうすると、本件明細書には、「少なくとも1つのセットのホモ接合HLA対立遺伝子」を含み、「HLA-Aneg」であるiPSCの効果も示されているといえ、本件発明8は、当業者が、本件明細書の発明の詳細な説明の記載により、上記(2)の課題を解決できると認識できる範囲のものであると認められる。

(4)申立人の主張について
申立人は、本件特許発明の課題は、HLA-Aの発現を除去し、かつ、HLAをホモ接合とすることで、より多くの患者に免疫学的適合性を有する細胞を提供することにあり、当業者であっても、発明の詳細な説明の記載からは、HLA-Anegで、かつ、HLA-B、HLA-C、及びHLA-DRB1がすべてホモ接合である場合以外において、上記課題が解決されることは理解できない旨を主張する。
しかし、本件明細書の記載からは、HLA-B、HLA-C、及びHLA-DRB1がすべてホモ接合である場合以外においても、バンクされたiPSCの必要数を一定程度減少できることは理解できるし、iPSCの必要数の減少に、HLA-B、HLA-C、及びHLA-DRB1がすべてホモ接合であることが不可欠であることを示す客観的資料(本件特許の出願時の技術常識等)も申立人より提示されてないから、本件発明が、上記(2)の課題を解決できない態様を明らかに含むものとは認められない。
よって、申立人の主張は、理由がない。

(5)小括
請求項8の記載はサポート要件を満たすものであるから、請求項8を直接又は間接的に引用する請求項9〜11の記載も、同様の理由により、サポート要件を満たすものである。
したがって、申立理由5(サポート要件)は、理由がない。


第5 むすび
以上のとおり、本件特許に係る特許異議申立てにおいて申立人が主張する申立理由は、いずれも理由がないから、本件発明8〜11に係る特許は、取り消すことができない。
ほかに、本件発明8〜11に係る特許を取り消すべき理由も発見しない。

よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2022-06-23 
出願番号 P2016-563937
審決分類 P 1 652・ 537- Y (C12N)
P 1 652・ 121- Y (C12N)
P 1 652・ 536- Y (C12N)
最終処分 07   維持
特許庁審判長 福井 悟
特許庁審判官 上條 肇
吉森 晃
登録日 2021-08-24 
登録番号 6933898
権利者 ボード オブ リージェンツ,ザ ユニバーシティ オブ テキサス システム
発明の名称 養子細胞治療製品を製造するための誘導多能性幹細胞の適用  
代理人 森下 夏樹  
代理人 山本 秀策  

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ