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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) B25J
管理番号 1386669
総通号数
発行国 JP 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2022-08-26 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2020-12-23 
確定日 2022-07-07 
事件の表示 特願2017−536183「産業用ロボットおよびその運転方法」拒絶査定不服審判事件〔平成29年 3月 2日国際公開、WO2017/033376〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、2016年(平成29年)6月24日(優先権主張2015年8月25日)を国際出願日とする特願2017−536183号であり、その手続の経緯は、概略、以下のとおりである。
令和2年3月10日付け :拒絶理由通知
令和2年7月8日 :意見書、手続補正書の提出
令和2年9月15日付け :拒絶査定
令和2年12月23日 :審判請求、手続補正書の提出
令和3年9月30日付け :拒絶理由通知
令和3年11月30日 :意見書、手続補正書の提出


第2 本願発明
令和3年11月30日に提出の手続補正書によって補正された特許請求の範囲の請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は、以下のとおりである。

「 【請求項1】
ロボットアームを有するロボット本体と、
前記ロボット本体の動作を制御するためのロボット制御装置と、
前記ロボット本体による作業状態の異常を検出するための異常状態検出装置と、を備え、
前記ロボット制御装置は、
所定の動作プログラムに基づいて前記ロボット本体の動作を制御して、ワークに対して、前記ロボット本体による作業を自動運転で実施するための自動運転実施手段と、
前記異常状態検出装置の検出結果に応じて操作者が行った手動操作に基づいて、前記ロボット本体における前記ワークに対する作業の前記自動運転の動作を補正して、前記ロボット本体による作業を継続するための自動運転補正手段と、を有する、産業用ロボット。」


第3 拒絶の理由
令和3年9月30日付けで当審より通知した拒絶理由の概要は、次のとおりのものである。
この出願の請求項1ないし4、17ないし20に係る発明は、その出願前日本国内または外国において頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった以下の引用文献1に記載された発明及び引用文献2に記載された技術的事項に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
請求項5ないし6、21ないし22に係る発明は、その出願前日本国内または外国において頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった以下の引用文献1に記載された発明、引用文献2に記載された技術的事項及び引用文献3にて例示される周知技術1に基いて、請求項7ないし8、23ないし24に係る発明は、その出願前日本国内または外国において頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった以下の引用文献1に記載された発明、引用文献2に記載された技術的事項、引用文献3にて例示される周知技術1及び引用文献4にて例示される周知技術2に基いて、請求項10、16、26、32に係る発明は、その出願前日本国内または外国において頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった以下の引用文献1に記載された発明、引用文献2に記載された技術的事項、引用文献3にて例示される周知技術1、引用文献4にて例示される周知技術2及び引用文献5に記載された技術的事項に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

引用文献1:特開昭62−49403号公報
引用文献2:特開2003−311661号公報
引用文献3:特開昭64−34686号公報(周知技術を示す文献)
引用文献4:特開平8−85043号公報(周知技術を示す文献)
引用文献5:特開平9−305209号公報


第4 引用文献の記載、引用発明及び技術的事項

1 引用文献1

(1)引用文献1の記載

ア 引用文献1には、図面とともに、次の事項が記載されている(下線は当審で付与した。以下同じ。)。

(ア)「(産業上の利用分野)
本発明は、産業用ロボットのマニピュレータやマスタ・スレーブ・マニピュレータのスレーブ・マニピュレータ等に対し、与えられた特定の作業を実行させるために用いられるマニピュレータ制御装置における改良に関する。」(第1ページ左下欄第15行−第20行)

(イ)「(発明が解決しようとする問題点)
上記した従来例のように、与えられたプログラムに従ってマニピュレータを制御し、特定の作業を行なう制御装置では、プログラムは固定的なため、突発的な環境の変化や予測し得ない事故には即応できないという問題があった。
例えばマニピュレータの移動先が不意に変化してしまったり、あるいはマニピュレータの動作範囲中に障害物が侵入してきたような場合、到底、これに旨く対処することはできず、所定の作業ができなくなったり、あるいはマニピュレータが障害物にぶつかって破損したり等の事故を防ぎきれなかった。ましてやマニピュレータにとっての障害物が人間であったような場合には、単に機械的、経済的な損失だけでは済まされない、文字通り致命的な結果をも引き起こしかねなかった。
このような危険に対し、従来からもこうしたマニピュレータ装置に非常停止装置を組入れたものも提案されてはいたが、こうした従来装置ではプログラムを中断した後、再実行するとか、プログラム自体を作り直さなければならない手間を必要としていた。これはマニピュレータの作業効率を著しく低減させる因となる。
本発明は、こうした従来の実情に鑑みて成されたもので、プログラムによる自動的、自律的な動作実行中にも、例えばマスタ・マニピュレータやティーチング・ペンダントその他、適当なる手動制御装置を介して操作者が意図的な操作を為した場合には、それによってもマニピュレータの動きを対応的に制御可能とせんとしたものである。」(第1ページ右下欄第19行−第2ページ右上欄第8行)

(ウ)「(作 用)
本発明の上記要旨構成中におけるプログラム解釈装置は、あらかじめ用意されたプログラム命令を順次フェッチし、マニピュレータを制御すべきプログラム制御データを制御方式重畳装置に送る。
手動制御データ生成装置は、手動装置を操作者が操作したとき、これに対応させてマニピュレータを動かすのに適当な対応関係にある手動制御データを生成してこれを制御方式重畳装置に送る。
制御方式重畳装置は上記二つのデータを重畳し、これによってマニピュレータを制御する。
もちろん、上記データに応じて実際にマニピュレータを駆動する部分等は、公知既存の回路系や機械系を採用して良い。
また、操作者が操作する手動装置は、マスタ・マニピュレータ、ティーチング・ペンダント、ジョイ・スティック、マウス、キー・ボード、ライト・ペン、タブレット等々、既存の任意の形態のものを使うことができ、ユニ・ラテラルでもバイ・ラテラルでも良い。
ユニ・ラテラルの場合、本制御装置を用いてのシーケンスは一般に次のようになる。
○1手動装置の動きに応じて対応的な手動制御データを生成し、制御方式重畳装置へ送る。
○2与えられたプログラムからプログラム解釈装置によってプログラム制御データを生成する。
○3プログラムの動作命令の目標状態に至る途中状態を計算し、それを制御方式重畳装置に送る。
○4上記両データからマニピュレータの移動状態を計算する。
○5上記計算結果のマニピュレータへの出力と動作実行。
○6上記○1へ戻る。
これに対し、バイ・ラテラルの場合は次のようになる。
○1手動装置の動きに応じて対応的な手動制御データを生成し、制御方式重畳装置へ送る。
○2与えられたプログラムからプログラム解釈装置によってプログラム制御データを生成する。
○3上記両データからマニピュレータの移動状態を計算する。
○4上記計算結果をマニピュレータに送信し、作業を実行させる。
○5一方で上記計算結果を手動操作の移動先のデータに逆変換して手動装置へ送信し、操作者へ動きとしてフィード・バックする。
○6上記○1へ戻る。」(第2ページ左下欄第1行−第3ページ左上欄第9行)(「○」が付された数字は丸付き数字を意味する。以下同じ。)

(エ)「(実 施 例)
第1図には本発明の原理構成ないし基本的な一実施例としてのマニピュレータ制御装置10が示されている。
既述したように、マスタ・マニピュレータ、ティーチング・ペンダント、ジョイ・スティック、マウス、キー・ボード、ライト・ペン、タブレット等々、既存の任意の形態のもので良い。そしてユニ・ラテラルでもバイ・ラテラルでも良い手動装置11があり、これは操作者がマニピュレータ16を意図するように動かすためである。
手動装置11が動かされると、これに対応した手動制御データが手動制御データ生成装置12により生成される。
このとき、当該手動装置とマニピュレータ16との間に所求の対応付けをなすには、当該手動制御データに一般化座標という概念を導入すると便宜である。
例えば手動装置が既存のマスタ・スレーブ・マニピュレータ装置におけるマスタ・マニピュレータであった場合には、まず当該マスタ・マニピュレータの関節角あるいは関節力に関し、必要な一般化座標を算出し、これに基づいてスレーブ・マニピュレータとして構成されているマニピュレータ16の駆動のための必要なデータ変換処理をなうことが最も合理的で簡単である。
ここにおいて一般化座標とは、通常の物理学系における概念をここで問題にしたマスタ・マニピュレータやスレーブ・マニピュレータに援用した場合、当該マスタ・マニピュレータあるいはスレーブ・マニピュレータに対し、既知の特定の関係にある空間内の点の運動を規定する各物理量が張る空間を一般的に表現したものとなる。
具体的には、位置・姿勢(回転)、速度、角速度、加速度、角加速度、並行力、回転力(トルク)等を有する。ただし、常にこれらの物理量をすべて含んでいる必要はなく、要するもののみ、選択すれば良い。
例えば位置対称型のマスタ・スレーブ・マニピュレータにおいては、それぞれマスタ・マニピュレータ、スレーブ・マニピュレータが取付けられている台の一点を原点とする直交座標系を想定し、マスタ・マニピュレータ、スレーブ・マニピュレータそれぞれの手先の位置や姿勢、速度、角速度をもって一般化座標系とすれば良いし、力逆送方式や力帰還方式のマスタ・スレーブ・マニピュレータにおいては、位置、姿勢、速度、角速度、並行力、回転力をもって一般化座標とすれば良い。従来の各関節ごとに対応してサーボ系を構成するタイプのマスタ・スレーブ・マニピュレータにおける関節角の組そのものも、恒等変換により得られる一般化座標の一例である。
もちろん、用いる手動装置の形態ないし種類の如何により、それぞれに適当なる対応関係の一般化座標群を得ることができる。換言すれば、マニピュレータ16とは異なる機構系であったり、位置、姿勢や可動範囲が異なる手動装置11であっても、一般化座標を用いれば、それらの間の適当なる対応付けは所定の変換データに基き比較的容易に行なうことができる。
一方、固定の、そしてあらかじめ定められているプログラム13は、プログラム解釈装置14に入力され、ここでマニピュレータ16を制御するのに相応しいデータに変換されて出力される。このプログラム制御データも、上記同様、一般化座標表現されることが望ましい。
こうした両データを制御方式重畳装置15にて重畳すれば、プログラムに従って動作しているマニピュレータ16の当該動作シーケンスに割込みを掛け、手動操作に対応した強制動作をさせることができるようになり、あるいは逆に、手動動作を主たる動作モードとする装置系において、プログラムにより支援をすることができるようになる。
本発明は、これまでプログラムによってのみ制御されていた産業用ロボットのマニピュレータ制御装置として手動制御可能な制御装置とすることができるし、逆にこれまで追従型制御を基本としてきたマスタ・スレーブ・マニピュレータ装置にプログラム支援機能を付加する制御装置とすることもできる。」(第3ページ左上欄第10行−第4ページ左上欄第8行)

(オ)「このような構成下で、図示されたマスタ・スレーブ・マニピュレータ17には、プログラム13を解釈し、制御方式重畳装置15を介して上記追従制御に重畳させるに適当な形態のデータを生成するプログラム解釈装置14が付属している。
したがって、既に述べたように、このプログラム13に従ってスレーブ・マニピュレータ16を動作させながら、必要時には操作者の手動命令を強制付加できるし、逆に追従制御を基本モードとしてスレーブ・マニピュレータ動作させているときにプログラムの支援を受けることができる。」(第4ページ左下欄第10行−第20行)

(カ)「以上、詳述したが、本発明の技術思想は、要旨構成中に見られるように、そしてまた第1図及び第2図の実施例中の構成に見られるように、プログラム制御モードと手動制御モードとを重畳させ得るようにすることにある」(第6ページ左下欄第6行−第10行)

(キ)「本発明はマスタ・スレーブ・マニピュレータ装置に限らず、プログラム制御により自律的動作をするのを原則としてきた各種産業ロボットに広く応用できることは顕かである。」(第6ページ左下欄第17行−第20行)

(ク)「(発明の効果)
本発明によればマニピュレータがプログラム制御によって自律的な動作実行中にある時においても、障害物に衝突するのを回避する動作を手動装置を介して当該マニピュレータに重畳させることができる。
例えばベルト・コンベアで運ばれてきた部品をパレットに並べる作業をプログラムにより実行しているロボットがあった場合、当該ロボットのマニピュレータの軌道中に人間が入り込んできてしまったようなときにも、本発明を適用してあれば手動装置によりその人間を避ける動作が可能となり、重大な事故は防ぐことができる。
あるいは災害現場にマスタ・スレーブ・マニピュレータ装置を持ち込み、投げ出された箱詰めのビンを一本一本回収する作業をプログラム制御で実行している最中に、そのスレーブ・マニピュレータの動作範囲に突発的に岩等がころがってきたような場合には、マスタ・マニピュレータを手動操作して一時的にスレーブ・マニピュレータの軌道を変えてその岩との衝突を避けてやること等もできる。
そしてこれらの場合、障害物がマニピュレータの動作範囲外に出た後には、通常のプログラム制御で作業を続行することが可能となる。プログラムを作り直したり、作業を始めからやり直す必要も特にはない。
さらに、プログラムによる自律的な動作実行中に手動装置を止めることでその動作を中断させること等も可能となる。例えば、組立作業中にマニピュレータが把持した部品を設置すべき目標位置がプログラムにより設定された位置と異なってしまったような場合、マスタ・マニピュレータの動きを止めることで当該自律的動作を一時的に中断させることができる。」(第6ページ右下欄第1行−第7ページ左上欄第15行)

(ケ)「

」(第1図)

イ 上記記載から、引用文献1には、次の技術的事項が記載されているものと認められる。

(ア)上記ア(ケ)の記載からみて、「マニピュレータ16」は、ロボットアームを有するものであると認められる。

(イ)上記ア(ア)、(エ)及び(ケ)の記載からみて、「マニピュレータ制御装置10」は、「マニピュレータ16」の動作を制御するためのものであると認められる。

(ウ)上記ア(ウ)、(エ)、(カ)、(キ)、(ク)及び(ケ)の記載からみて、「マニピュレータ制御装置10」は、「固定の、そしてあらかじめ定められているプログラム13」に基づいて「マニピュレータ16」の動作を制御して、「部品」ないし「ビン」に対して、「マニピュレータ16」による作業を「自律的に」実施するためのプログラム制御データを生成する「プログラム解釈装置14」を有するものであると認められる。

(エ)上記ア(ウ)、(エ)、(オ)、(カ)、(ク)及び(ケ)の記載からみて、「マニピュレータ制御装置10」は、操作者が行った手動操作に対応した手動制御データを、「マニピュレータ16」における「部品」ないし「ビン」に対する作業の「自律的な」動作を実行するプログラム制御データに重畳して、「マニピュレータ16」による作業を継続するための「制御方式重畳装置15」を有するものであると認められる。

(オ)上記ア(ア)、(エ)、(キ)及び(ク)の記載からみて、「産業用ロボット」が記載されていると認められる。

(2)引用発明
上記(1)のア及びイを総合すると、引用文献1には、次の発明(以下、「引用発明」という。)が記載されているものと認められる。

「ロボットアームを有するマニピュレータ16と、
前記マニピュレータ16の動作を制御するためのマニピュレータ制御装置10と、を備え、
前記マニピュレータ制御装置10は、
固定の、そしてあらかじめ定められているプログラム13に基づいて前記マニピュレータ16の動作を制御して、部品ないしビンに対して、前記マニピュレータ16による作業を自律的に実施するためのプログラム制御データを生成するプログラム解釈装置14と、
操作者が行った手動操作に対応した手動制御データを、前記マニピュレータ16における前記部品ないしビンに対する作業の前記自律的な動作を実行するプログラム制御データに重畳して、前記マニピュレータ16による作業を継続するための制御方式重畳装置15と、を有する、産業用ロボット。」

2 引用文献2

(1)引用文献2の記載

ア 引用文献2には、図面とともに、次の事項が記載されている。

(ア)「【0020】
【発明の実施の形態】以下、本発明の実施の形態を説明する。図1に、本発明の一実施形態による遠隔操作制御装置の構成をブロック図にして示す。この遠隔操作制御装置は、作業現場に設置されて操作や設備の保守等の作業を行なうロボット1と、このロボット1を遠隔的に操作制御する操作制御系からなる。その操作制御系は、ロボット1を手動で操作するのに用いられる操作手段2、ロボット1が作業する作業環境の映像を捉えるカメラ3、作業環境に含まれる物体の位置姿勢を認識して環境モデルを修正する環境モデル修正手段4、作業環境に含まれる物体の位置姿勢情報やロボット操作に必要な位置決めに関する情報などを環境モデルとして記憶する環境モデル記憶手段5、ロボット1に対して自動動作に関する動作司令を生成する動作司令生成手段6、動作司令生成手段6が生成した動作司令と操作手段2より入力された動作司令のいずれかを選択してロボット1に転送する切替え手段7、環境モデル記憶手段5に格納の情報を用いてロボット操作に必要な位置決めに関する情報を図形化して表示した画像とカメラ3が捉えた映像とを合成した画像を生成する合成画像生成手段8、合成画像の表示手段9、カメラ3が捉えた映像上の位置や種々の指令を遠隔操作制御装置に入力するための入力手段10、および入力手段10より入力された位置情報に基づいて作業環境内の物体を選択する対象物体選択手段11を備えている。なお、図1の例では、作業環境に物体12と物体13があり、ロボット1で物体12を物体13の穴14に挿入する作業をなす状況を示している。
【0021】ここで、環境モデル修正手段4から対象物体選択手段11までを含む操作制御系はコンピュータシステムとして構成したものであってもよい。そのようにする場合には、環境モデル修正手段4、動作司令生成手段6、切替え手段7、合成画像生成手段8および対象物体選択手段11は、コンピュータシステム上のソフトウエアとして、また環境モデル記憶手段5はコンピュータシステムの記憶装置として、また合成画像の表示手段9はコンピュータシステムの表示装置として、そして入力手段10はコンピュータシステムの入力装置として構成することになる。
【0022】以下、個々の構成要素の詳細について説明する。本実施形態におけるロボット1は、回転型の関節を備え、先端に物体を把持する把持機構を備えたアーム型のロボットであり、駆動装置によって関節の角度を変えることで把持機構の位置姿勢を変えることができるようになっている。・・・
【0023】操作手段2は、本実施形態におけるアーム型のロボット1に対してはその把持機構の取るべき位置姿勢を入力する装置である。一方、ロボットとして走行型を用いる場合であれば、操作手段はその走行型ロボットに対してそれ自身の位置姿勢を入力する装置となる。具体的構成としては、例えばロボット1と同一形状のアーム型多関節機構として構成し、把持機構に相当する場所を手に持って操作するようなマスターアーム型の装置であってもよい。あるいは、前後左右の位置を入力するジョイスティックやコンピュータのマウスのような装置を用いるものであってもよい。」(段落【0020】−【0023】)

(イ)「【0039】次に、動作司令生成手段6の詳細について説明する。動作司令生成手段6には、ロボットを自動的に運転するための動作司令データが記憶されており、この動作司令データに基いて図7に示す手順によってロボットの動きを制御する。ここで、動作司令データは、例えばロボットの把持機構をある位置姿勢に移動させることを指示する指令データや、把持機構に備えられた指の開閉を指示する指令データや、自動運転から手動運転への切替えを指示する指令データなどから構成される。
・・・
【0041】図7に示す手順の中の自動運転を実行する手順s24においては、動作司令生成手段6が生成した動作司令をロボット1に転送する状態に切替え手段7をセットする。そして、動作司令がロボットの把持機構をある位置姿勢に移動する指令である場合には、それに対応した関節角度の制御データをロボットに転送する。また、動作司令がロボットの把持機構の開閉を指示する指令である場合には、把持機構の指の制御データをロボットに転送する。s24の自動動作の実行は現在のステップの動作司令が完了すると終了する。
【0042】図7に示す手順の中の手動運転を実行する手順s23においては、操作手段2より入力された動作司令をロボット1に転送する状態に切替え手段7をセットする。そして、操作手段2より入力された動作司令に対応した関節角度の制御データや把持機構の指の制御データをロボットに転送する。s23においては、一旦手動運転の実行が開始されたなら、操作手段2による手動運転の状態を継続する。そして、入力装置10から手動運転の終了を指示する入力があった時に終了する。
【0043】また、手順s23においては、以下に述べる合成画像生成手段8により、ロボットや位置決めすべき物体の位置決めに関する情報を図形化して表示した画像を表示装置9に表示する。この時表示すべき位置決め点は、手動操作への切替えを指示する指令データの中で指定される。」(段落【0039】−【0043】)

(ウ)「【0056】次に、本発明による遠隔操作制御装置を用いた遠隔保守作業の全体的な流れについて説明する。まず、保守作業におけるロボットの動作手順を動作司令データとして作成し、動作司令生成手段6に記憶させておく。この時、ボルト穴へのボルトの挿入作業など、自動化が難しい作業や微妙な位置合わせを必要とする作業については、その作業に入るところで手動動作への切替え指令を入れておく。また、実際の作業環境と環境モデルとの間のずれについて、例えばずれ量に関する適当なしきい値を設定しておき、環境モデル修正手段4による上述のような物体の位置姿勢認識を通じて実際の作業環境と環境モデルの間にしきい値以上のずれが生じていたならば、そのことを条件に手動操作へ自動的に切替える指令も入れておく。このようにするのは以下のような理由による。即ち、一定以上に大きいずれを生じている状況では、そのずれを環境モデル修正手段4で修正できてもなおロボットの自動運転の遂行に支障を来たすおそれのある障害の存在が予測されるからである。言い換えれば、このような対応をとることで、ロボットによる作業をより安全に行わせることが可能となり、ひいては、より広い範囲の保守対象や作業内容に遠隔操作制御装置を適用することを可能とする。
【0057】ロボットを所定の位置に設定して作業を開始する準備が整ったなら、入力装置10より作業開始の指示を入力する。すると、動作司令生成手段6は、予め記憶された動作司令データに基づいてロボット1を制御して作業を進める。この時、操作者は表示装置9に表示されるカメラ3が捉えた作業環境の映像により、ロボットの作業状況を監視する。」(段落【0056】−【0057】)

(エ)「【0062】操作者は、自動運転によるロボットの作業状況を常に表示装置9の画面により監視している。この時、例えば環境モデルには記録されていないような予期せぬ障害物が存在してロボットが干渉する可能性があると判断したなら、入力装置10より指示して、自動運転を停止させる。すると、動作司令生成手段6は、手動動作への切替え指令を受けた時と同時に手動動作モードに切り替わる。すると、動作司令生成手段6は、手動動作への切替え指令を受けた時と同様に手動動作モードに切り替わる。そして、障害物の影響が無くなるところまで手動操作で作業を進め、再び自動運転に切り替える。この時、動作司令データにおいて、手動操作で実施された部分はスキップするように指示する。」(段落【0062】)

(オ)「

」(【図1】)

イ 上記記載から、引用文献2には、次の技術的事項が記載されているものと認められる。

(ア)上記ア(ア)及び(オ)の記載からみて、「ロボット1」は、アームを有するものであると認められる。

(イ)上記ア(ア)−(オ)の記載からみて、「ロボット1」は、自動運転と手動操作により作業を実施するものであると認められる。

(ウ)上記ア(ア)、(ウ)、(エ)及び(オ)の記載からみて、「カメラ3が捉えた映像の表示装置9」は、ロボット1による作業状態の予期せぬ障害物が存在してロボットが干渉する可能性があること等を判断するために表示するためのものであると認められる。

(2)引用文献2に記載された技術的事項
上記(1)のア及びイを総合すると、引用文献2には、次の技術的事項(以下、「引用文献2に記載された技術的事項」という。)が記載されているものと認められる。

「自動運転と手動操作により作業を実施するアームを有するロボット1について、
前記ロボット1による作業状態の予期せぬ障害物が存在してロボットが干渉する可能性があること等を判断するために表示するためのカメラ3が捉えた映像の表示装置9と、を備えること。」


第5 対比

1 本願発明と引用発明とを対比する。

(1)ロボット本体について
引用発明における「ロボットアームを有するマニピュレータ16」は、本願発明における「ロボットアームを有するロボット本体」に相当する。

(2)自動運転実施手段について

ア 引用発明における「固定の、そしてあらかじめ定められているプログラム13」は、本願発明における「所定の動作プログラム」に相当する。そして、引用発明における「固定の、そしてあらかじめ定められているプログラム13に基づいて前記マニピュレータ16の動作を制御」することは、本願発明における「所定の動作プログラムに基づいて前記ロボット本体の動作を制御」することに相当する。

イ また、引用発明における「部品」ないし「ビン」は、本願発明における「ワーク」に相当する。そして、引用発明における「部品ないしビンに対して、前記マニピュレータ16による作業を自律的に実施」することは本願発明における「ワークに対して、前記ロボット本体による作業を自動運転で実施」することに相当する。

ウ そうすると、引用発明における「プログラム制御データを生成するプログラム解釈装置14」は、本願発明における「自動運転実施手段」に相当するものである。

(3)自動運転補正手段について

ア 引用発明における「操作者が行った手動操作」は、本願発明における「操作者が行った手動操作」に相当する。

イ また、引用発明における「前記マニピュレータ16における前記部品ないしビンに対する作業の前記自律的な動作」は、本願発明における「前記ロボット本体における前記ワークに対する作業の前記自動運転の動作」に相当する。

ウ そして、引用発明における「操作者が行った手動操作に対応した手動制御データを、マニピュレータ16における部品ないしビンに対する作業の自律的な動作を実行するプログラム制御データに重畳」することについて、上記第4の1(1)アの各記載からみて、以下の(ア)−(オ)のように理解される。

(ア)上記第4の1(1)ア(ウ)の
「○1・・・手動制御データを生成し、制御方式重畳装置へ送る。○2・・・プログラム制御データを生成する。○3プログラムの動作指令の・・・途中状態を計算し、それを制御方式重畳装置に送る。○4上記両データからマニピュレータの移動状態を計算する。○5上記計算結果のマニピュレータへの出力と動作実行。」
なる記載からみて、「手動制御データ」と「プログラム制御データ」の「両データ」からマニピュレータの移動状態を計算するものと理解される。

(イ)上記第4の1(1)ア(エ)の
「手動装置11が動かされると、これに対応した手動制御データが手動制御データ生成装置12により生成される。・・・固定の、そしてあらかじめ定められているプログラム13は、プログラム解釈装置14に入力され、ここでマニピュレータ16を制御するのに相応しいデータに変換されて出力される。このプログラム制御データも、上記同様、一般化座標表現されることが望ましい。
こうした両データを制御方式重畳装置15にて重畳すれば、プログラムに従って動作しているマニピュレータ16の当該動作シーケンスに割込みを掛け、手動操作に対応した強制動作をさせることができるようになり・・・
本発明は、これまでプログラムによってのみ制御されていた産業用ロボットのマニピュレータ制御装置として手動制御可能な制御装置とすることができる」
なる記載からみて、「手動制御データ」と「プログラム制御データ」の「両データ」を制御方式重畳装置15にて重畳するものと理解され、また、これまで「プログラム制御データ」によってのみ制御されていたのに対して制御方式重畳装置15にて両データを重畳することにより、「手動制御データ」によっても制御することが可能となるものと理解される。

(ウ)上記第4の1(1)ア(オ)の
「このプログラム13に従ってスレーブ・マニピュレータ16を動作させながら、必要時には操作者の手動命令を強制付加できる」
なる記載からみて、「プログラム制御データ」による制御を維持した状態で、必要時には、「手動制御データ」を「付加」して制御することが可能であるものと理解される。

(エ)上記第4の1(1)ア(ク)の
「マニピュレータがプログラム制御によって自律的な動作実行中にある時においても、障害物に衝突するのを回避する動作を手動装置を介して当該マニピュレータに重畳させることができる。
例えばベルト・コンベアで運ばれてきた部品をパレットに並べる作業をプログラムにより実行しているロボットがあった場合、当該ロボットのマニピュレータの軌道中に人間が入り込んできてしまったようなときにも、本発明を適用してあれば手動装置によりその人間を避ける動作が可能となり、重大な事故は防ぐことができる。
あるいは災害現場にマスタ・スレーブ・マニピュレータ装置を持ち込み、投げ出された箱詰めのビンを一本一本回収する作業をプログラム制御で実行している最中に、そのスレーブ・マニピュレータの動作範囲に突発的に岩等がころがってきたような場合には、マスタ・マニピュレータを手動操作して一時的にスレーブ・マニピュレータの軌道を変えてその岩との衝突を避けてやること等もできる。
そしてこれらの場合、障害物がマニピュレータの動作範囲外に出た後には、通常のプログラム制御で作業を続行することが可能となる。プログラムを作り直したり、作業を始めからやり直す必要も特にはない。」
なる記載からみて、「プログラム制御データ」による通常のプログラム制御を実行している最中に、必要時には、一時的に「手動制御データ」にも基づく通常のプログラム制御とは異なる制御を実行することが可能であるものと理解される。

(オ)同上記第4の1(1)ア(ク)の
「さらに、プログラムによる自律的な動作実行中に手動装置を止めることでその動作を中断させること等も可能となる。例えば、組立作業中にマニピュレータが把持した部品を設置すべき目標位置がプログラムにより設定された位置と異なってしまったような場合、マスタ・マニピュレータの動きを止めることで当該自律的動作を一時的に中断させることができる。」
なる記載からみて、「プログラム制御データ」による制御を実行している最中に、「プログラム制御データ」による自律的な動作を中断させる「手動制御データ」を付加して「プログラム制御データ」と相殺させるものであると理解される。

エ また、「重畳」の一般的な意味としては、「幾重にも重なること」(広辞苑)とされている。

オ 上記ウ及びエからみて、引用発明における、「操作者が行った手動操作に対応した手動制御データ」を、「マニピュレータ16における部品ないしビンに対する作業の自律的な動作を実行するプログラム制御データ」に「重畳」するというのは、
同「手動制御データ」と同「プログラム制御データ」の「両データ」から、「制御方式重畳装置15」によって、
同「プログラム制御データ」のみによる「自律的な動作」を継続しながら、同「自律的な動作を実行するプログラム制御データ」に同「操作者が行った手動操作に対応した手動制御データ」を「付加」することにより、「自律的な動作」を補正して、「操作者が行った手動操作」によっても付加的に制御することが可能とするものであると認められる。

カ そうすると、引用発明における
「操作者が行った手動操作に対応した手動制御データを、マニピュレータ16における部品ないしビンに対する作業の自律的な動作を実行するプログラム制御データに重畳して、マニピュレータ16による作業を継続するための制御方式重畳装置15」
は、
本願発明における
「操作者が行った手動操作に基づいて、ロボット本体におけるワークに対する作業の自動運転の動作を補正して、ロボット本体による作業を継続するための自動運転補正手段」
に相当するものであると認められる。

(4)ロボット制御装置について
引用発明における「マニピュレータ制御装置10」は、
「所定の動作プログラムに基づいて前記ロボット本体の動作を制御して、ワークに対して、前記ロボット本体による作業を自動運転で実施するための自動運転実施手段と、
操作者が行った手動操作に基づいて、前記ロボット本体における前記ワークに対する作業の前記自動運転の動作を補正して、前記ロボット本体による作業を継続するための自動運転補正手段と、を有する」
という限りにおいて、
本願発明における「ロボット制御装置」に相当する。

(5)産業用ロボットについて
引用発明における「産業用ロボット」は、本願発明の「産業用ロボット」に相当する。

2 一致点、相違点
したがって、本願発明と引用発明は、
「ロボットアームを有するロボット本体と、
前記ロボット本体の動作を制御するためのロボット制御装置と、を備え、
前記ロボット制御装置は、
所定の動作プログラムに基づいて前記ロボット本体の動作を制御して、ワークに対して、前記ロボット本体による作業を自動運転で実施するための自動運転実施手段と、
操作者が行った手動操作に基づいて、前記ロボット本体における前記ワークに対する作業の前記自動運転の動作を補正して、前記ロボット本体による作業を継続するための自動運転補正手段と、を有する、産業用ロボット。」
である点で一致し、次の点において相違する。

<相違点>
「ロボット制御装置」が有する「自動運転補正手段」が「操作者が行った手動操作に基づいて、ロボット本体におけるワークに対する作業の自動運転の動作を補正」するにあたり、本願発明は、「ロボット本体による作業状態の異常を検出するための異常状態検出装置」を備え、「自動運転補正手段」は、「異常状態検出装置の検出結果に応じて操作者が行った手動操作に基づいて」、「自動運転の動作を補正」するのに対し、引用発明は、「異常状態検出装置」を有さず、「制御方式重畳装置1」(自動運転補正手段)は、「操作者が行った手動操作に対応した手動制御データを」(操作者が行った手動操作に基づいて)、「自律的な動作を実行するプログラム制御データに重畳」(自動運転の動作を補正)するものの、「手動操作」が「異常状態検出装置の検出結果に応じて操作者が行った」ものではない点。


第6 判断

1 相違点の検討
上記相違点について検討する。

(1)引用文献2に記載された技術的事項

ア ロボット本体について

(ア)引用文献2に記載された技術的事項における「アーム」は、本願発明における「ロボットアーム」に対応する。そして、引用文献2に記載された技術的事項における「アームを有するロボット1」は、本願発明における「ロボットアームを有するロボット本体」に対応する。

(イ)引用文献2に記載された技術的事項における「自動運転」は、本願発明における「自動運転」に対応する。

(ウ)引用文献2に記載された技術的事項における「手動操作」は、本願発明における「手動操作」に対応する。

(エ)引用文献2に記載された技術的事項における「自動運転」と「手動操作」により作業を実施する「アームを有するロボット1」は、本願発明における「自動運転」と「手動操作」により作業を実施する「ロボットアームを有するロボット本体」に対応する。

イ 異常状態検出装置について

(ア)引用文献2に記載された技術的事項における「予期せぬ障害物が存在してロボットが干渉する可能性があること等」は、本願発明における「作業状態の異常」に対応する。

そして、引用文献2に記載された技術的事項における「カメラ3が捉えた映像の表示装置9」は、異常状態を表示により検出するものであるから、本願発明における「異常状態検出装置」に対応するものであり、また、本願の発明の詳細な説明の段落【0072】には「異常状態検出装置8は、上述した反力検出手段11に代えて、あるいはそれに加えて、ロボット本体1の作業空間に関する視覚情報を操作者に提供するための視覚情報取得手段14を備えることができる。具体的には、ロボット本体1の作業空間を撮像する撮像手段(カメラなど)によって視覚情報取得手段14を構成することができる。」と記載されていることからみても、
引用文献2に記載された技術的事項における「前記ロボット1による作業状態の予期せぬ障害物が存在してロボットが干渉する可能性があること等を判断するために表示するためのカメラ3が捉えた映像の表示装置9」は、
本願発明における「前記ロボット本体による作業状態の異常を検出するための異常状態検出装置」
に対応すると認められる。

ウ 本願発明の用語を用いた記載
そうすると、引用文献2に記載された技術的事項を本願発明の用語を用いて記載すると、以下のようになる。

「自動運転と手動操作により作業を実施するロボットアームを有するロボット本体について、
前記ロボット本体による作業状態の異常を検出するための異常状態検出装置と、を備えること。」

(2)組み合わせについて
そして、引用発明は、マニピュレータ16(ロボット本体)による作業状態の異常状態を、操作者が自ら認知して手動操作を行うものである(上記第4の1(1)ア(ク)(引用文献1の第6ページ右下欄第7行−第13行、第7ページ左上欄第10行−第15行))ところ、異常状態の認知度を高めてより確実に異常状態を回避するという課題は当然に内在していると認められる。
そうすると、引用発明と同様に、自動運転と手動操作により作業を実施し、ロボットアームを有するロボット本体による作業状態の異常状態を回避する技術である、引用文献2に記載された技術的事項のようなカメラ3が捉えた映像の表示装置9(異常状態検出装置)を、引用発明においても採用して、操作者がこのカメラ3が捉えた映像の表示装置9(異常状態検出装置)の画面(検出結果)に応じて手動操作を行うようにすることにより、相違点に係る本願発明の構成とすることは、当業者であれば容易になし得るものである。

(3)本願発明の効果について
そして、本願発明は、全体としてみても、引用発明及び引用文献2に記載された技術的事項から予測される以上の格別な効果を奏するものではない。

2 小括
したがって、本願発明は、引用発明及び引用文献2に記載された技術的事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものである。


第7 審判請求人の主張について

1 審判請求人の意見書における主張
審判請求人は、令和3年11月30日に提出された意見書において、令和3年9月30日付けの拒絶理由通知書の「●理由(進歩性)について」の「請求項1、17」の備考欄1.において引用文献1の記載を摘記した以下の(1)−(3)の記載(以下、「記載(1)」−「記載(3)」という。)を取り上げつつ、下記の2で検討する「{第1の観点}」−「{第4の観点}」の4つの観点から、同意見書の「<小括>」のように、「引用文献1には、プログラムに従って動作しているマニピュレータ16の当該動作シーケンスを一時中断し、手動操作に対応した強制動作をさせた後、中断した動作シーケンスをその時点から再開させる発明」が記載されており、「引用文献1には、自動運転に手動操作を付加的に重ね合わせて補正すること」は記載されておらず、「引用文献1は、本願発明の「自動運転補正手段」を開示の示唆もしてい」ない旨を主張している。

[上記拒絶理由通知書における引用文献1の摘記に関する記載]

「 引用文献1には、「制御方式重畳装置15」について、以下のような記載がある。

(1)「手動装置11が動かされると、これに対応した手動制御データが手動制御データ生成装置12により生成される。」(第3ページ右上欄第1行−第3行)

(2)「両データを制御方式重畳装置15にて重畳すれば、プログラムに従って動作しているマニピュレータ16の当該動作シーケンスに割込みを掛け、手動操作に対応した強制動作をさせることができるようになり、あるいは逆に、手動動作を主たる動作モードとする装置系において、プログラムにより支援をすることができるようになる。
本発明は、これまでプログラムによってのみ制御されていた産業用のロボットのマニピュレータ制御装置として手動制御可能な制御装置とすることができるし、逆にこれまで追従型制御を基本としていたマスタ・スレーブ・マニピュレータ装置にプログラム支援機能を付加する制御装置とすることもできる。」(第3ページ右下欄第20行−第4ページ左上欄第8行)

(3)「マスタ・スレーブ・マニピュレータ17には、プログラム13を解釈し、制御方式重畳装置15を介して上記追従制御に重畳させるに適当な形態のデータを生成するプログラム解釈装置14が付属している。・・・プログラム13に従ってスレーブ・マニピュレータ16を動作させながら、必要時には操作者の手動命令を強制付加できるし、逆に追従制御を基本モードとしてスレーブ・マニピュレータ動作させているときにプログラムの支援を受けることができる。」(第4ページ左下欄第15行−第20行)」

ここで、「記載(1)」は上記第4の1(1)ア(エ)に含まれる記載であり、「記載(2)」も同様に上記第4の1(1)ア(エ)に含まれる記載であり、「記載(3)」は上記第4の1(1)ア(オ)に含まれる記載であり、いずれも、上記第4において引用発明の認定にあたり参照した記載に含まれるものである。

2 審判請求人の主張の検討
以下、上記「{第1の観点}」−「{第4の観点}」の4つの観点について検討する。

(1){第1の観点}について

ア 引用文献1における上記「記載(2)」の記載のみによる「制御方式重畳装置15」の理解の主張について
審判請求人は、上記1の意見書において、
「(2)の記載のみが、正に、「制御方式重畳装置15」が如何なる装置であるかを述べています。」
と主張し、同記載における「割込みを掛け」るなる記載を拠り所として、「広辞苑」の「割込み」についての記載を援用しつつ、
「引用文献1の「制御方式重畳装置15」は、プログラムに従って動作しているマニピュレータ16の当該動作シーケンスを一時中断し、手動操作に対応した強制動作をさせた後、中断した動作シーケンスをその時点から再開させることができる装置です。
従って、引用文献1には、「制御方式重畳装置15」による「重畳」なる処理が、複数の動作指令を加算することを意味するものとして記載されてはいません。」
と主張している。

しかしながら、引用文献1においては、上記第4の1(1)ア(ウ)、(エ)、(オ)、(カ)、(ク)及び(ケ)の記載のとおり、引用文献1における上記「記載(2)」の記載以外においても、「制御方式重畳装置15」における「重畳」なる処理の内容について記載されており、これらの記載全体を総合して把握すると、上記第4の1(1)イ(エ)のとおりの事項が記載され、本願発明と対比すると、第5の1(3)のとおり理解され、同第5の1(3)オのように「制御方式重畳装置15」は、「同「プログラム制御データ」のみによる「自律的な動作」を継続しながら、同「自律的な動作を実行するプログラム制御データ」に同「操作者が行った手動操作に対応した手動制御データ」を「付加」することにより、「自律的な動作」を補正して、「操作者が行った手動操作」によっても付加的に制御することが可能とするもの」であると認められ、同第5の1(3)カのとおり、引用文献1に記載された「制御方式重畳装置15」は、本願発明における「自動運転補正手段」に相当するものである。

したがって、引用文献1におけるごく一部の記載のみに基づく審判請求人による上記主張は失当であって採用することはできない。

イ 引用文献1における上記「記載(2)」の記載中の「割り込みを掛ける」について
審判請求人は、上記1の意見書において、
「拒絶認定では、「制御方式重畳装置15」が如何なる装置であるかを解釈する上でキーワードとなる、「割り込みを掛ける」について、全く、その意味を検討することなく、『「重畳」なる処理は、複数の動作指令を加算することを意味するものとして記載されていると認められる。』という結論が導き出されています。従って、そもそも、この点で、拒絶認定には、進歩性有無の認定(具体的には発明の認定)に必要な判断の遺漏があり、拒絶認定には瑕疵があります。
「割り込みを掛ける」は、コンピュータ関連の技術分野における技術常識です。このことは、面接の際に申し上げました。「割り込みを掛ける」については、ネットで検索すれば無数にヒットします。
「割り込みを掛ける」の意味は、コンピュータで、現在実行中のプロセスを一時中断し、別の所定の処理をおこなった後、中断したプロセスをその時点から再開することです。
「割り込みを掛ける」がこのような意味であることが、コンピュータ関連の技術分野における技術常識であることの証拠として、「広辞苑」の記載を提示いたします。
広辞苑第六版(2008年1月11日発行)の第3039頁には、『わり・こみ【割り込み】(3)コンピュータで、現在実行中のプロセスを一時中断し、別の所定の処理をおこなった後、中断したプロセスをその時点から再開すること。インタラプト。』と記載されています(下記画像をご参照下さい)。」
と主張している。

しかしながら、審判請求人が主張するように、「割り込み」なる言葉や「割り込みを掛ける」ということ自体は、一般的に知られている日本語の用語ないし技術常識であったとしても、審判請求人の上記主張は、引用文献1において一部の上記「記載(2)」に記載された用語そのものの一般的な意味だけを拠り所とするものである。そして、引用文献1に記載された発明を理解するにあたっては、そのような一般的な用語の意味は念頭に置きつつも、引用文献1における上記「記載(2)」の記載のみならず、引用文献1における記載全体を総合して把握することが必要であることからすると、このうち、「制御方式重畳装置15」における「重畳」なる処理の内容については、引用文献1における記載全体を総合して把握するに、上記アで説示したとおりのものが記載されており、本願発明における「自動運転補正手段」に相当するものであると認められる。

また、審判請求人の上記主張において、広辞苑に記載されているとされる「現在実行中のプロセスを一時中断」した後に行う「別の所定の処理」については、それまでのプロセスとは「別の所定の処理」であることを示しているところ、引用文献1に記載された発明の「制御方式重畳装置15」における処理においても、例えば、割り込みを掛けた後には、同第5の1(3)オのとおり、それまでの「プログラム制御データ」のみによる「自律的な動作」は中断しつつも、「自律的な動作を実行するプログラム制御データ」に同「操作者が行った手動操作に対応した手動制御データ」を「付加」することにより補正された「別の」「自律的な動作」とする制御とすることとなるから、広辞苑における一般的な意味とも符合するといえる。

したがって、引用文献1におけるごく一部の記載及び同記載中の用語の一般的意味のみに基づく審判請求人による上記主張は失当であって採用することはできない。

ウ 本願明細書の記載の引用について
審判請求人は、上記1の意見書において、
「拒絶認定では、「制御方式重畳装置15」による「重畳」なる処理の意味を解釈するために、本願明細書の記載を引用していますが、これは審査基準に違反しています。
審査基準の「第III部 第2章 第3節 新規性進歩性の審査の進め方3.3留意事項」には、「審査官は、請求項に係る発明の知識を得た上で先行技術を示す証拠の内容を理解すると、本願の明細書、特許請求の範囲又は図面の文脈に沿ってその内容を曲解するという、後知恵に陥ることがある点に留意しなければならない。引用発明は、引用発明が示されている証拠に依拠して(刊行物であれば、その刊行物の文脈に沿って)理解されなければならない。」(下線は請求人が強調のために付しました)と規定されています。」と主張している。

しかしながら、拒絶理由通知書において、本願明細書における記載を引用したのは、合議体が引用発明を認定するために引用したものではなく、審判請求人自身が、進歩性の判断の基準時となる本件の出願時において、当業者として、引用文献1に記載された技術的事項をどのように理解するものであったかを示すために参考までに引用したに過ぎないものである。

すなわち、審判請求人は、上記本件の出願後上記意見書を提出する段階において、上記のような主張をしてはいるものの、審判請求人自身が、進歩性の判断の基準時となる本件の出願時の当初において、引用文献1に記載されているような「重畳」なる用語をどのように理解しどのような使い方をしていたのかについて、その認識が客観的に表れている例として取り上げたものであり、拒絶理由通知書で引用した記載(本件明細書の段落【0092】の記載)の内容からすると、審判請求人による「重畳」なる用語の理解は、上記意見書による主張とは異なり、上記第5の1(3)オと同様なものであったことが推察されることを、確認的に示したに過ぎないものである。

そうすると、拒絶理由通知書における本件明細書の記載の引用は、引用発明の認定の根拠として引用したものではない以上、審査基準に何ら反するものではなく、むしろ、同記載からは、審判請求人は、上記意見書の主張とは異なり、上記第5の1(3)オと同様なものであったと解されることから、審判請求人による上記主張は失当である。

(2){第2の観点}について

ア 引用文献1における上記「記載(1)」−「記載(3)」の記載は「データ割り込み」の根拠にもなるとの主張について
審判請求人は、上記1の意見書において、
「拒絶認定では、(1)−(3)の記載を、「データ加算」の根拠としています。しかし、(1)−(3)の記載は、以下に述べるように、「データ割込み」の根拠にもなります。・・・
(1)の「手動装置11が動かされると、これに対応した手動制御データが手動制御データ生成装置12により生成される。」という記載については、「データ割り込み」でもこの構成は必要です。・・・
(2)の「・・・」という記載については、「プログラムに従って動作しているマニピュレータ16の当該動作シーケンスに割込みを掛け」は、逆に「データ割り込み」の決定的証拠です。「データ加算」には割り込みは不要であるからです。
また、「データ割り込み」でも、プログラムによる動作中に、手動動作を割り込ませ、その後、手動動作を止めることによって、手動動作を主たる動作モードとする装置系において、プログラムにより支援をすることができます。また、同様に、これまでプログラム可能な制御装置とすることができ、逆にこれまで追従型制御を基本としていたマスタ・スレーブ・マニピュレータ装置にプログラム支援機能を付加する制御装置とすることもできます。・・・
(3)の「・・・」という記載については、これは、「データ割り込み」でもできます。
以上に説明しましたように、(1)−(3)の記載は、「データ割り込み」の根拠にもなります。」と主張している。

しかしながら、上記主張は、引用文献1における上記「記載(1)」−「記載(3)」の記載のうちの一部の記載は、いずれも「データ割込み」の根拠にもなる旨の主張であるが、引用文献1に記載された発明を、引用文献1における上記「記載(1)」−「記載(3)」の記載のうち上記審判請求人が取り上げた一部の記載箇所だけに限らずその他の記載を含めて、引用文献1における記載全体を総合して把握すると、このうち、「制御方式重畳装置15」における「重畳」なる処理の内容については、上記(1)アで説示したとおりのものが記載されており、本願発明における「自動運転補正手段」に相当するものであると認められる。

したがって、引用文献1における記載の一部に基づく理解の可能性を示したに過ぎない審判請求人による上記主張は失当であって採用することはできない。

(3){第3の観点}について

ア 引用文献1の「発明が解決しようとする問題点」及び「発明の効果」欄からみた「重畳」の意味について
「発明が解決しようとする問題点」及び「発明の効果」に記載された「突発的な環境の変化や予期し得ない事故に即応」するという視点から、引用文献1に記載された「重畳」なる処理の意味するところを類推しているようであるが、引用文献1に記載されたものにおける「重畳」なる処理の内容について、その具体的な構成が開示されたものに基づく主張と認められるものではなく、むしろ、その他の記載を含めて、引用文献1における「制御方式重畳装置15」の具体的内容についての記載全体を総合して把握すると、上記(1)アで説示したとおりのものが記載されており、本願発明における「自動運転補正手段」に相当するものであると認められるのであるから、審判請求人による上記主張は失当であって採用することはできない。

(4){第4の観点}について

ア 「第1に」として「制御方式重畳・装置」という名称から得られる解釈に「割り込ませる」ことが含まれることについて
意見書において、「制御方式重畳・装置」という名称から得られる解釈に「割り込ませる」ことが含まれると解釈しても不自然ではない旨主張しているが、まず、同意見書における「制御方式重畳・装置」という名称というのは、意見書の同記載において、引用文献1の該当する記載の箇所の特定がないために、引用文献1における具体的にどこの記載のことを指しているのかが明らかでない。
これを、仮に、字句が類似する、引用文献1における「制御方式重畳装置15」なる用語の名称のことを意味するものと解したとして、かかる名称から得られる解釈に「割り込ませる」ことが含まれると解釈しても不自然ではない旨主張していると解したとしても、該用語の含意については、意見書の主張のように、用語の字句のみならず、引用文献1における「制御方式重畳装置15」の具体的内容についての記載全体を総合して把握すると、上記(1)アで説示したとおりのものが記載されており、本願発明における「自動運転補正手段」に相当するものであると認められるのであるから、審判請求人による上記主張は失当であって採用することはできない。

イ 「第2に」として「プログラム制御モードと手動制御モードとを重畳させること」について
「制御モード」という用語を起点として、「1つの時刻においては、1つの制御モードでしか動作させることはでき」ず、「1台のマニピュレータを、同時に、2つの制御モードで動作させようとすると、制御が錯綜してマニピュレータは制御不能になってしま」う旨主張しているが、意見書の{第4の観点}の「第2に」において摘記された引用文献1の第6頁左下欄第6−10行には、上記第4の1(1)ア(カ)のように「本発明の技術思想は、要旨構成中にみられるように、そしてまた第1図及び第2図の実施例中の構成にみられるように、プログラム制御モードと手動制御モードとを重畳させることにある」と記載されており、当審において下線を付した箇所の記載が、意見書の摘記の記載において欠落している。
そして、この欠落している第1図及び第2図に示された実施例の構成からみて、上記「プログラム制御モードと手動制御モードとを重畳させること」について理解をすることも必要であることから、これを含めて、引用文献1における「制御方式重畳装置15」の具体的内容についての記載全体を総合して把握するに、やはり、上記(1)アで説示したとおりのものが記載されており、本願発明における「自動運転補正手段」に相当するものであると認められるので、審判請求人による上記主張は失当であって採用することはできない。

(5)小括
したがって、上記(1)−(4)のとおり、意見書における審判請求人の主張はいずれも失当であって採用することはできない。
そして、引用文献1における「制御方式重畳装置15」は、上記(1)アで説示したとおり、上記第4の1(1)イ(エ)のとおりの事項として記載され、本願発明と対比すると、第5の1(3)のとおり理解されるものであると認められ、本願発明における「自動運転補正手段」に相当するものである。

第8 むすび
以上のとおり、本願発明は、その出願前日本国内または外国において頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった引用文献1に記載された発明及び引用文献2に記載された技術的事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができない。

よって、結論のとおり審決する。
 
別掲 (行政事件訴訟法第46条に基づく教示) この審決に対する訴えは、この審決の謄本の送達があった日から30日(附加期間がある場合は、その日数を附加します。)以内に、特許庁長官を被告として、提起することができます。
 
審理終結日 2022-04-26 
結審通知日 2022-05-10 
審決日 2022-05-26 
出願番号 P2017-536183
審決分類 P 1 8・ 121- WZ (B25J)
最終処分 02   不成立
特許庁審判長 見目 省二
特許庁審判官 大山 健
河端 賢
発明の名称 産業用ロボットおよびその運転方法  
代理人 特許業務法人 有古特許事務所  

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