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審決分類 審判 一部無効 特36条4項詳細な説明の記載不備  B29C
審判 一部無効 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  B29C
管理番号 1386684
総通号数
発行国 JP 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2022-08-26 
種別 無効の審決 
審判請求日 2019-12-27 
確定日 2022-07-07 
事件の表示 上記当事者間の特許第6100034号発明「塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルム及びその製造方法」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由 第1 手続の経緯

特許第6100034号(以下、「本件特許」という。)の請求項1に係る発明についての出願は、平成25年3月11日を出願日とする特許出願であって、平成29年3月3日に特許権の設定登録(設定登録時の請求項は2)がされ、令和1年12月27日に本件審判(無効2020−800001号)の請求(対象:請求項1)がされた。
そして、本件審判の請求についての主な経緯は次のとおりである。
令和 2年 4月 7日 :審判事件答弁書提出(被請求人)
令和 2年 5月 8日付け:書面審理通知(請求人及び被請求人双方に対して)
令和 2年 5月 8日付け:審尋(請求人に対して)
令和 2年 5月 8日付け:審尋(被請求人に対して)
令和 2年 6月18日 :回答書提出(請求人)
令和 2年 6月29日 :回答書提出(被請求人)

第2 本件発明

本件特許の請求項1に係る発明(以下、「本件発明」という。)は、願書に添付した特許請求の範囲の請求項1に記載された次の事項により特定されるとおりのものである。

「【請求項1】
TD方向の引裂強度が2〜6cNであり、かつ、MD方向の引張弾性率が250〜600MPaである塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムであって、
温度変調型示差走査熱量計にて測定される低温結晶化開始温度が40〜60℃であり、
塩化ビニリデン繰り返し単位を72〜93%含有するポリ塩化ビニリデン系樹脂に対して、エポキシ化植物油を0.5〜3重量%、クエン酸エステル及び二塩基酸エステルからなる群より選ばれる少なくとも一種の化合物を3〜8重量%含有し、かつ、
厚みが6〜18μmである、塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルム。」

第3 請求人の主張の概要及び証拠方法

1 請求人の主張の概要
請求人は、「特許第6100034号の請求項1に記載された発明についての特許を無効とする。審判費用は被請求人の負担とする。」との審決を求め、審判請求書とともに下記甲第1ないし9号証を、当審からの審尋に対する令和2年6月18日提出の回答書に添付して下記甲第10ないし18号証を証拠方法として提出した。
そして、おおむね次の無効理由を主張している。

(1)無効理由1(サポート要件)
本件発明についての特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第123条第1項第4号に該当し無効とすべきものである。

(2)無効理由2(実施可能要件
本件発明についての特許は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第123条第1項第4号に該当し無効とすべきものである。

2 証拠方法
甲第1号証 本件発明の実施例及び比較例の分析(特許第6100034号の段落【0086】【表1】の実施例をグラフ化したもの)、令和1年12月6日、作成者:井上真一郎
甲第2号証 写真撮影報告書 作成日:2019年12月6日、作成者:井上真一郎
甲第3号証 意匠登録第1291049号公報
甲第4号証 特開2002−362547号公報
甲第5号証 特許第6132906号公報
甲第6号証 中尾卓「サランラップ○R(当審注:丸囲みRを意味する。以下同じ)の製膜とフィルム特性」、化学と教育58巻12号、558頁〜561頁、平成22年12月
甲第7号証 紙−引裂強さ試験方法−エルメンドルフ形引裂試験機法 JIS P 8116、平成12年12月31日、日本工業標準調査会
甲第8号証 プラスチック−フィルム及びシートの引裂強さ試験方法−第2部:エルメンドルフ引裂法 JIS K 7128−2、平成11年1月31日、日本工業標準調査会
甲第9号証 軽荷重引裂試験機パンフレット、平成30年7月10日、株式会社東洋精機製作所
甲第10号証 平成17年(行ケ)第10042号 特許取消決定取消請求事件判決文
甲第11号証 特開2011−168750号公報
甲第12号証 平成20年(行ケ)第10484号 審決取消請求事件判決文
甲第13号証 特開2010−247873号公報
甲第14号証 特開2007−326588号公報
甲第15号証 JISってなに? WHAT’S THE JIS |日本規格協会(JSA) https://www.jsa.or.jp/whats_jis/whats_jis_index/
甲第16号証 品質検査報告書、平成31年4月26日、株式会社生活品質科学研究所
甲第17号証 試験証明書、令和2年5月15日、一般財団法人カケンテストセンター
甲第18号証 測定報告書、令和元年8月30日、株式会社DJK
各甲号証の表記は、おおむね審判請求書及び回答書に添付された証拠説明書の記載に従った。以下、順に「甲1」のようにいう。

第4 被請求人の主張の概要及び証拠方法

1 被請求人の主張の概要
被請求人は、審判事件答弁書とともに下記乙第1ないし8号証を、令和2年6月29日提出の回答書に添付して、下記乙第9及び10号証を証拠方法として提出した。
そして、被請求人は、「本件審判請求は成り立たない。審判費用は請求人の負担とする。」との審決を求め、その理由として、請求人が主張する上記無効理由1ないし2はいずれも理由がない旨主張している。

2 証拠方法
乙第1号証 特開平10−279795号公報
乙第2号証 特開2002−283448号公報
乙第3号証 再公表特許(WO2004/110750号)
乙第4号証 特開2011−240619号公報
乙第5号証 特許第5545627号公報
乙第6号証 NO.193 型式 D 軽荷重引裂試験機 取扱説明書(抜粋)、平成27年5月、株式会社東洋精機製作所
乙第7号証 型式SA,SA−W デジタルエルメンドルフ・引裂試験機 取扱説明書(抜粋)、平成30年1月、株式会社東洋精機製作所
乙第8号証 エルメンドルフ・引裂試験機 デジタルエルメンドルフ・引裂試験機、平成30年、株式会社東洋精機製作所
乙第9号証 NO.193 型式 D 軽荷重引裂試験機 取扱説明書(抜粋)、平成24年10月、株式会社東洋精機製作所
乙第10号証 No.164 型式SA,SA−W デジタルエルメンドルフ・引裂試験機 取扱説明書(抜粋)、平成19年7月、株式会社東洋精機製作所
なお、各乙号証の表記は、審判事件答弁書及び回答書における記載におおむね従った。

第5 当審の判断

当審は、本件発明について、以下に述べるように無効理由1及び2にはいずれも理由がないと判断する。

1 無効理由1(サポート要件)について
(1)サポート要件の判断基準
特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。

(2)サポート要件の判断
ア 特許請求の範囲の記載
本件発明に関する特許請求の範囲の記載は、上記第2の請求項1のとおりである。

イ 発明の詳細な説明の記載
本件特許明細書の発明の詳細な説明には、次の記載がある。
・「【技術分野】
【0001】
本発明は、塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルム及びその製造方法に関する。」

・「【発明が解決しようとする課題】
・・・
【0011】
本発明は、上記問題点に鑑みてなされたものであり、塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムのフィルム切断刃によるカット性を維持しつつ、巻回体からのフィルム引き出し時、及び化粧箱の中に巻き戻ったフィルム端部の摘み出し時の裂けトラブルを低減し、使い勝手を向上させた、塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムを提供することを目的とする。」

・「【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、巻回体からのフィルム引き出し時、及び化粧箱の中に巻き戻ったフィルム端部の摘み出し時の裂けトラブルを低減と、フィルム切断時の優れたカット性という背反する課題を両立させるという観点から鋭意検討を加えた結果、製膜ラインの樹脂の幅方向(以下、TD方向と称す)の引裂強度が2〜6cNであり、かつ、製膜ラインの樹脂の流れ方向(以下、MD方向と称す)の引張弾性率が250〜600MPaである塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムにおいて、温度変調型DSCにて評価した低温結晶化開始温度を40〜60℃とすることで、消費者の要求を満たすレベルにまで裂けトラブルを抑制でき、かつ、フィルムのカット性に優れるラップフィルムが得られることを見出し、本発明を完成するに至った。」

・「【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、巻回体からフィルムを引き出す際、及び化粧箱の中に巻き戻ったフィルム端部を摘み出す際に、フィルムの裂けトラブルが発生しにくく、しかも、化粧箱付帯のフィルム切断刃でフィルムをカットする際のカット性に優れた塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムが得られる。」

<ラップフィルムの塩化ビニリデン繰り返し単位について>
・「【0018】
本実施形態の塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムは、塩化ビニリデン系樹脂を含有する。
<塩化ビニリデン系樹脂>
本実施形態に用いる塩化ビニリデン系樹脂は、塩化ビニリデン繰り返し単位を含むものであれば特に制限されず、塩化ビニリデン繰り返し単位以外に、例えば塩化ビニル、メチルアクリレート、ブチルアクリレート等のアクリル酸エステル;メチルメタアクリレート、ブチルメタアクリレート等のメタアクリル酸エステル;アクリロニトリル;酢酸ビニル等、塩化ビニリデンと共重合可能な単量体が一種又は二種以上共重合されていてもよい。塩化ビニリデン系樹脂が共重合樹脂である場合、塩化ビニリデン繰り返し単位の比率は、特に制限されないが、塩化ビニリデン繰り返し単位を72〜93%含むものが好ましい。塩化ビニリデン繰り返し単位が72%以上の場合、塩化ビニリデン系樹脂のガラス転移温度が低くフィルムが軟らかく、冬場等の低温環境下での使用時にもフィルムの裂けを低減できるので好ましい。一方、塩化ビニリデン繰り返し単位が93%以下の場合、結晶性の大幅な上昇を抑制し、フィルム延伸時の成形加工性の悪化を抑制できるので好ましい。前記観点から、塩化ビニリデン繰り返し単位を81〜90%含むものがより好ましい。
特に、塩化ビニリデン繰り返し単位を72%以上含むラップフィルムは、夏場等の高温下で保管・流通する際、熱を受けて微結晶が形成・成長し、物理的な劣化が起こりやすく、結果としてフィルム使用時の裂けトラブルが発生しやすい傾向があるため、本発明の構成による効果が顕著である。」

<添加剤一般について>
・「【0021】
本実施形態の塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムは、特に制限されないが、前記塩化ビニリデン系樹脂に加えて、必要に応じて、各種添加剤を含有してもよい。
前記添加剤は、特に制限されず、例えば、エポキシ化植物油等の公知の安定剤、及びクエン酸エステルや二塩基酸エステル等の公知の可塑剤等がある。
ラップフィルムから各成分の含有量を測定する方法は分析対象物によって異なる。例えば、塩化ビニリデン系樹脂の含有量は、ラップフィルムの再沈濾過物を真空乾燥し、重量測定して得ることができる。一方、エポキシ化植物油の含有量は、ラップフィルムの再沈濾液をゲルパーミエーションクロマトグラフィー分析して得ることができる。また、クエン酸エステル及び二塩基酸エステルの含有量は、アセトン等の有機溶媒を用いてラップフィルムから添加剤を抽出し、ガスクロマトグラフィー分析して得ることができる。」

<エポキシ化植物油について>
・「【0022】
<エポキシ化植物油>
本実施形態のラップフィルムは、エポキシ化植物油を含有することが好ましい。
エポキシ化植物油は、特に制限されないが、一般的に、食用油脂をエポキシ化して製造される。エポキシ化植物油は、塩化ビニリデン系樹脂押出加工用安定剤として作用する。ラップフィルムの色調変化の抑制の点から、本実施形態のラップフィルムは、エポキシ化植物油を含有することが好ましい。
エポキシ化植物油は、特に制限されず、例えば、ESO、エポキシ化アマニ油が挙げられるが、これらのなかでも、ESOは、高温下にラップフィルムを保管した際、化粧箱からのフィルムの引出性悪化を抑制する点で好ましい。
【0023】
本実施形態のラップフィルムがエポキシ化植物油を含有する場合、その含有量は、特に制限されないが、ラップフィルムの色調変化の抑制、ブリードによるべたつき防止等の点から、0.5〜3重量%が好ましく、1〜2重量%がより好ましい。
本実施形態のラップフィルムがESOを含有する場合も、その含有量は、特に制限されないが、ラップフィルムの色調変化の抑制、ブリードによるべたつき防止等の点から、0.5〜3重量%が好ましく、1〜2重量%がより好ましい。」

<クエン酸エステル及び二塩基酸エステルについて>
・「【0024】
本実施形態のラップフィルムは、成形加工性等の観点から、クエン酸エステル又は二塩基酸エステルを含有することが好ましい。
<クエン酸エステル>
本実施形態のラップフィルムに用いられるクエン酸エステルは、特に制限されないが、クエン酸トリエチル、クエン酸トリブチル、アセチルクエン酸トリエチル、ATBC、アセチルクエン酸トリ−n−(2−エチルヘキシル)などがある。これらのなかでも、ATBCは、塩化ビニリデン系樹脂に対する可塑化効果が高く、少量でも十分に樹脂を可塑化し、成形加工性を向上させる点で好ましい。
【0025】
<二塩基酸エステル>
本実施形態のラップフィルムに用いられる二塩基酸エステルは、特に制限されないが、アジピン酸ジブチル、アジピン酸ジn−ヘキシル、アジピン酸ジ−2−エチルヘキシル、アジピン酸ジオクチル等のアジピン酸エステル系;アゼライン酸ジ−2−エチルヘキシル、アゼライン酸オクチル等のアゼライン酸エステル系;DBS、セバシン酸ジ−2−エチルヘキシル等のセバシン酸エステル系がある。これらのなかでも、DBSは、塩化ビニリデン系樹脂に対する可塑化効果が高く、少量でも十分に樹脂を可塑化し、成形加工性を向上させる点で好ましい。
【0026】
前記クエン酸エステルや二塩基酸エステルの合計含有量は、制限されないが、より優れた成形加工性の付与、及び添加剤高含有時のラップフィルムの過剰な密着性防止等の点から、3〜8重量%が好ましく、3.5〜7重量%がより好ましい。
特に、塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムが、クエン酸エステルや二塩基酸エステルを3重量%以上含有する場合、塩化ビニリデン系樹脂の分子鎖の運動性が高くなるため、微結晶の形成や成長等の再配列が発生しやすく、高温下に晒されると物理的に劣化しやすくなり、また、フィルムが伸びやすくなるため切断刃がフィルムに食い込みにくくなり、カット性が低下する傾向にあるため、本発明の構成による効果が顕著である。」

<厚みについて>
・「【0037】
<ラップフィルムの厚み>
本実施形態のラップフィルムの厚みは、特に制限されないが、6〜18μmが好ましく、9〜12μmがより好ましい。ラップフィルムの厚みが6μm以上の場合、フィルムの引張強度が高く、使用時のフィルム切れを一層抑制できるため、好ましい。また、引裂強度の著しい低下がなく、巻回体からフィルムを引き出す際、及び化粧箱の中に巻き戻ったフィルム端部を摘み出す際、化粧箱付帯の切断刃でカットした端部からフィルムが裂けるトラブルを低減できるため、好ましい。一方、ラップフィルムの厚みが18μm以下の場合、フィルム切断刃でフィルムをカットするのに必要な力を低減でき、カット性が良好であり、また、フィルムが容器形状にフィットしやすく、容器への密着性が向上するため、好ましい。すなわち、フィルム切れのトラブル抑制、カット性、及び密着性を総合して、ラップフィルムの厚みは、6〜18μmが好ましく、9〜12μmがより好ましい。
特に、厚みが6〜18μmのラップフィルムは、引裂強度の著しい低下はないものの、決して十分ではなく、フィルムの裂けトラブルが起こりやすい傾向にあるため、本発明の構成による効果が顕著である。」

<TD方向の引裂強度について>
・「【0038】
<引裂強度>
本実施形態のラップフィルムは、TD方向の引裂強度が2〜6cNである。ここで、TD方向とは、巻回体からラップフィルムを引き出す方向に垂直な方向をいう。引裂強度は、後述の方法によって測定される。
本実施形態のラップフィルムは、TD方向の引裂強度が2cN以上であることにより、特に巻回体からラップフィルムを引き出す際の裂けを低減でき、また、ラップフィルム使用時の意図しない裂けトラブルを抑制できる。一方、TD方向の引裂強度が6cN以下であることにより、化粧箱に付帯する鋸刃でフィルムをTD方向にカットする際に裂きやすく、カット性が向上する。TD方向の引裂強度は2.5cN以上4cN以下が好ましい。
本実施形態のラップフィルムのTD方向の引裂強度は、塩化ビニリデン系樹脂の組成、添加剤組成、フィルムの延伸倍率、延伸速度、及びフィルムの厚み等によって調整できる。特に制限されないが、例えば、TD方向の引裂強度はTD方向の延伸倍率を低くしたり、ラップフィルムを厚くすることによって、向上する傾向にあり、TD方向の延伸倍率を高くしたり、ラップフィルムを薄くすることによって、低下する傾向にある。」

<MD方向の引張弾性率について>
・「【0039】
<引張弾性率>
本実施形態のラップフィルムは、MD方向の引張弾性率が250〜600MPaである。ここで、MD方向とは、巻回体からラップフィルムを引き出す方向をいう。引張弾性率は、後述の方法によって測定される。
本実施形態のラップフィルムは、MD方向の引張弾性率が250MPa以上であることにより、鋸刃でフィルムをカットするために力を加える際、フィルムのMD方向への延びを抑制でき、鋸刃がフィルムに食い込みやすくでき、カット性が向上する。一方、MD方向の引張弾性率が600MPa以下であることにより、フィルムが軟らかく、鋸刃の形状に沿ってフィルムをきれいにカットでき、切断端面に多数の裂け目が発生するのを抑制できる。その結果、巻回体からフィルムを引き出す際、及び化粧箱の中に巻き戻ったフィルム端部を摘み出す際、切断端面からフィルムが裂けるトラブルが発生するのを抑制できる。MD方向の引張弾性率は、350MPa以上550MPa以下が好ましい。
本実施形態のラップフィルムのMD方向の引張弾性率は、塩化ビニリデン系樹脂の組成、添加剤組成、フィルムの延伸倍率、及び延伸速度等によって調整できる。特に制限されないが、例えば、MD方向の引張弾性率は、延伸倍率を高くしたり、添加剤量を低減することによって、向上する傾向にあり、延伸倍率を低くしたり、添加剤量を増加することによって、低下する傾向にある。」

<低温結晶化開始温度について>
・「【0040】
<低温結晶化開始温度>
本実施形態のラップフィルムは、温度変調型示差走査熱量計(温度変調型DSC)にて測定される低温結晶化開始温度が40〜60℃である。ここで、低温結晶化開始温度は、温度変調型DSCによる昇温測定で得られる非可逆成分の温度−熱流曲線において、低温結晶化に起因する発熱ピークの補外結晶化開始温度(JIS K7121に記載の補外結晶化開始温度と同様に、昇温測定において低温側のベースラインを高温側に延長した線と、結晶化ピークの低温側の曲線にこう配が最大になる点で引いた接点の交点の温度)をいい、以下の方法により、測定される。
パーキンエルマー社製のDSC(DiamondDSC)を使用し、ステップスキャン測定モードにより、非可逆成分の温度−熱流曲線を得る。前記ステップスキャン測定の条件は、測定温度を0〜180℃、昇温速度を10℃/minとし、昇温ステップ幅を4℃とし、等温時間を1minとする。得られた温度−熱流曲線において、低温結晶化に起因する発熱ピークの補外開始温度を低温結晶化開始温度とする。
【0041】
従来の塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムの低温結晶化開始温度は、60℃を超える。
これに対して、本実施形態のラップフィルムは、低温結晶化開始温度が40〜60℃であり、それによって、ラップフィルムの裂けトラブルを低減できる。
本実施形態のラップフィルムと従来の塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムとは、熱を受けた場合の挙動が相違する。
従来のラップフィルムでは、流通時及び倉庫保管時に20℃以上の雰囲気下に長時間晒されると、塩化ビニリデン系樹脂の分子鎖が再配列を起こし、微結晶の形成・成長が起こると考えられる。このような分子鎖の再配列は、製造した塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムの分子鎖の配向やフィルムの応力が十分に緩和していないために発生したと推定される。フィルムが高温に晒されるほど、分子鎖の再配列は起こりやすくなるため、フィルムが物理的に劣化し、裂けトラブルを誘発しやすくなると考えられる。
【0042】
一方、本実施形態のラップフィルムでは、製造時に十分に塩化ビニリデン系樹脂の分子鎖の配向やフィルムの応力を緩和させることで、低温結晶化開始温度を40〜60℃とし、流通時及び倉庫保管時に20℃以上に長時間晒されても、分子鎖の再配列が起こりにくく、フィルムの劣化、さらには裂けトラブルを抑制する。その結果、カット性を維持しつつも、裂けトラブルを抑制するという背反する課題を同時に達成する。
【0043】
低温結晶化開始温度は、ラップフィルム製造後の流通・倉庫保管時に高温下に晒されて形成・成長した微結晶の熱安定性を示す指標であり、分子鎖の再配列の程度、すなわち、フィルムの物理的劣化による裂けトラブルの発生しやすさを評価することができる。低温結晶化開始温度が60℃を上回るラップフィルムでは、既に分子鎖の再配列が進行し、フィルム中の物理劣化が起きているため、裂けトラブルの著しい増加が発生する。
【0044】
一方、本発明者らが検討したところ、ラップフィルム製造後にガラス転移温度以下である−30℃で保管した場合の低温結晶化開始温度は、40℃であった。すなわち、ラップフィルムが製造後に全く熱を受けていないとみなせる場合の低温結晶化開始温度は40℃であり、この温度に近いほど、分子鎖の再配列、さらには、裂けトラブルを抑制できる。そのため、ラップフィルムの低温結晶化開始温度は40〜60℃が好ましく、より好ましくは40〜55℃、さらに好ましくは40〜50℃である。
【0045】
DSC昇温測定中に結晶化と結晶融解は競争して起こるため、従来のDSC測定方法では微結晶の形成・成長と融解に由来する熱流が相殺されてしまい、微結晶の熱挙動を検討することは難しく、従来のラップフィルムと本実施形態を区別することが困難であった。一方、温度変調型DSCを利用した場合、結晶化等の非可逆成分と結晶融解やガラス転移等の可逆成分の熱流に分離することができ、微結晶の熱挙動を評価することが可能である。
本発明者らは、塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムの裂けトラブルの原因が、流通過程や保管時に受ける熱履歴によるフィルム中に物理劣化にあることを見出し、前記物理劣化によるトラブルの発生のしやすさを、温度変調型DSCを用いて測定される低温結晶化開始温度という新たな指標によって判断できることを見出した。そして、従来のラップフィルムの低温結晶化開始温度が60℃を上回るために裂けトラブルが発生していたことに着目し、鋭意検討した結果、低温結晶化開始温度を40〜60℃に制御することにより、フィルムのカット性を維持しつつ、裂けトラブルを抑制したフィルムを提供することに成功した。」

<塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムの製造方法について>
・「【0046】
〔塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムの製造方法〕
本実施形態の塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムの製造方法は、特に制限されないが、塩化ビニリデン系樹脂組成物を溶融押し出しした後、MD方向及びTD方向に延伸する塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムの製造方法であって、MD方向及びTD方向の延伸倍率を共に4〜6倍とし、MD方向の延伸速度を0.09〜0.12倍/s、TD方向の延伸速度を3.1〜4.0倍/sとし、延伸直後のフィルム緩和比率を7〜15%とし、かつ、延伸後24時間以上5〜19℃で保管する塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムの製造方法を好適に包含する。
以下、本実施形態のラップフィルムの好ましい製造方法について説明する。
まず、塩化ビニリデン系樹脂と、必要に応じて、エポキシ化植物油、クエン酸エステル又は二塩基酸エステルから選ばれる少なくとも一種の化合物と、必要に応じて種々の添加剤とを、リボンブレンダー又はヘンシェルミキサー等で均一に混合させ、24時間熟成させて塩化ビニリデン系樹脂組成物を製造する。その後、図1にラップフィルムの製造工程の一例の概略図を示すように、該樹脂組成物を押出機(1)により溶融させ、ダイ(2)から管状に押出され、ソック(4)が形成される。ソック(4)の外側を冷水槽(6)にて冷水に接触させ、ソック(4)の内部にはソック液(5)を注入することにより、内外から冷却して固化させる。固化されたソック(4)は、第1ピンチロール(7)にて折り畳まれ、パリソン(8)が成形される。
【0047】
続いて、パリソン(8)の内側にエアを注入することにより、再度パリソン(8)は開口されて管状となる。このとき、ソック(4)内面に表面塗布したソック液(5)はパリソン(8)の開口剤としての効果を発現する。パリソン(8)は、温水により延伸に適した温度まで再加熱される。パリソン(8)の外側に付着した温水は、第2ピンチロール(9)にて搾り取られる。適温まで加熱された管状のパリソン(8)にエアを注入してバブル(10)を成形し、延伸フィルムが得られる。その後延伸フィルムは、第3ピンチロール(11)で折り畳まれ、ダブルプライフィルム(12)となる。ダブルプライフィルム(12)は、巻き取りロール(13)にて巻き取られる。さらに、このフィルムはスリットされて、1枚のフィルムになるように剥がしながら巻き取られ、一時的に1〜3日間原反の状態で保管される。最終的には原反から紙管に巻き返され、化粧箱に詰められることで、化粧箱に収納された塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルム巻回体が得られる。
【0048】
上記記載の第1ピンチロール(7)から第3ピンチロール(11)までの工程が延伸工程であり、第1ピンチロール(7)と第3ピンチロール(11)の回転速度比でMD方向の延伸倍率が決まり、パリソン(8)の延伸温度やバブル(10)の大きさでTD方向の延伸倍率を調整できる。また、第1ピンチロール(7)や第3ピンチロール(11)の回転速度を変更すること、又は、第1ピンチロール(7)と第3ピンチロール(11)の間の距離を変更することにより、パリソン(8)の延伸速度を変更することができる。
延伸速度を遅くすることで、パリソンの延伸性が向上するため、従来塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムでは、MD及びTDの延伸速度をそれぞれ0.08以下、及び3.0以下としていた。
これに対して、結晶化開始温度を40〜60℃に制御した、カット性と裂けトラブルに優れるフィルムは、特に制限されないが、MD方向及びTD方向の延伸倍率を、延伸温度30〜45℃条件下において、共に4〜6倍とし、MD方向の延伸速度を、0.09〜0.12倍/s、TD方向の延伸速度を3.1〜4.0倍/sとすることにより、好適に製造できる。
ここで、MD方向とは、フィルムの流れ方向であり、ラップフィルムとしたときに、巻回体からラップフィルムを引き出す方向をいい、TD方向とは、前記MD方向と垂直な方向であり、ラップフィルムとしたときに、巻回体からラップフィルムを引き出す方向に垂直な方向をいう。
また、MD方向の延伸倍率は、パリソン(8)をMD方向に伸ばした延伸比をいい、例えば、図1においては、第1ピンチロール(7)の回転速度に対する第3ピンチロール(11)の回転速度の比によって算出できる。TD方向の延伸倍率は、パリソン(8)をTD方向に伸ばした延伸比をいい、例えば、図1においては、パリソン(8)の幅の長さに対するダブルプライフィルム(12)の幅の長さの比によって算出できる。MD方向の平均延伸速度は、パリソンが第1ピンチロール(7)と第3ピンチロール(11)の間を通過する時間に対するMD方向への延伸倍率をいい、例えば、図1においては、第1ピンチロール(7)の回転速度、第3ピンチロール(11)の回転速度、及びパリソン(8)が第1ピンチロール(7)と第3ピンチロール(11)間を通過するのに要する時間によって算出できる。TD方向の平均延伸速度は、パリソン(8)がバブル(10)まで膨らむのに要する時間に対するTD方向への延伸倍率をいい、例えば、図1においては、パリソン(8)及びバブル(10)の静止画像を利用して測定した延伸長と第3ピンチロール(11)の回転速度から算出したTD方向の延伸に要する時間と、TD方向の延伸倍率から算出できる。
【0049】
一方、第3ピンチロール(11)より巻き取りロール(13)の回転速度を遅くすることで、延伸フィルムを緩和させることができる。一般的に、延伸後に赤外ヒーター等の熱を利用してフィルムを緩和させる場合があるが、本実施形態のラップフィルムを製造する場合、熱によりフィルムの裂けの原因である微結晶の形成・成長が起こり、結晶化開始温度は60℃を超えてしまう。そのため、緩和時の雰囲気温度を25〜32℃に設定することが好ましい。
【0050】
フィルムの緩和比率は、制限されないが、7〜15%が好ましい。
ここで、緩和比率とは、第3ピンチロール(11)と巻き取りロール(13)間でダブルプライフィルム(12)を収縮させた比率をいい、例えば図1の場合、第3ピンチロール(11)の回転速度に対する巻き取りロール(13)の比率を利用して算出できる。
フィルムの緩和比率が15%以下であることは、第3ピンチロール(11)と巻き取りロール(13)間でフィルムの弛み発生し、フィルムにシワが発生するのを抑制できる観点から、好ましい。一方、緩和比率が7%以上の場合、フィルムを十分に緩和し、高温に晒される場合であっても、分子鎖の再配列が発生するのを抑制し、低温結晶化開始温度を60℃以下とでき、裂けトラブルを低減できる観点から、好ましい。
【0051】
フィルムをスリットした後、原反の状態で保管する条件は、特に制限されないが、延伸後24時間以上5〜19℃で保管することが好ましい。特に、保管の際の雰囲気温度は、フィルム裂けトラブル増加を誘発する微結晶の形成・成長を抑制する点で重要となる。原反の保管場所は、フィルムの製造工程に隣接していたり、温調管理されていない等のため、比較的高温下であることが多い。スリット原反保管時の雰囲気温度が19℃以下であることは、分子鎖の再配列によるフィルムの物理劣化を抑制でき、巻回体からフィルムを引き出す際、及び化粧箱の中に巻き戻ったフィルム端部を摘み出す際、化粧箱付帯の切断刃でカットした端部からフィルムが裂けやすくなるのを抑制できるので、好ましい。
【0052】
一方、スリット原反保管時の雰囲気温度が5℃以上であることは、フィルムを十分に緩和し、その後の流通・保管時に20℃以上に晒された場合、分子鎖の再配列が起こりにくくする観点から好ましい。
そのため、スリット原反を24時間以上、5〜19℃で保管することが好ましく、これにより、微結晶の形成・成長を抑制しつつ、非晶部の分子鎖を配向緩和させたフィルムが得られる。原反保管時に分子鎖の配向を緩和させることにより、フィルムの流通及び保管時に高温下に晒されても微結晶が形成・成長しにくくなり、裂けトラブルを抑制することができる。」

<実施例及び比較例>
・「【実施例】
・・・
【0065】
[実施例1]
重量平均分子量90,000の塩化ビニリデン系樹脂(塩化ビニリデン繰り返し単位が85%、塩化ビニル繰り返し単位が15%)、ATBC(アセチルクエン酸トリブチル、田岡化学工業(株))、ESO(ニューサイザー510R、日本油脂(株))をそれぞれ93.4重量%、5.5重量%、及び1.1重量%の割合で混ぜたもの合計5kgを、ヘンシェルミキサーにて5分間混合させ、24時間以上熟成して塩化ビニリデン系樹脂組成物を得た。
【0066】
上記の塩化ビニリデン系樹脂組成物を溶融押出機に供給して溶融し、押出機の先端に取り付けられた環状ダイでのスリット出口での溶融樹脂温度が170℃になるように押出機の加熱条件を調節しながら、環状に10kg/hrの押出速度で押出した。これを過冷却した後、インフレーション延伸によって、MD方向は平均延伸速度0.11倍/sで4.1倍に延伸し、TD方向は平均延伸速度3.5倍/sで5.6倍に延伸して筒状フィルムとした。この筒状フィルムをニップして扁平に折り畳んだ後、ニップロールと巻き取りロールの速度比の制御によって、MD方向にフィルムを10%緩和させ、折幅280mmの2枚重ねのフィルムを巻取速度18m/minにて巻き取った。このフィルムを、220mmの幅にスリットし、1枚のフィルムに剥がしながら外径92mmの紙管に巻き直した。その後、30時間の間15℃で保管し、外径36mm、長さ230mmの紙管に20m巻き取ることで、ラップフィルムの巻回体を得た。
得られたラップフィルムの物性を前記測定方法によって測定したところ、低温結晶化開始温度が49℃、厚みが11μm、TD方向の引裂強度が2.9cN、MD方向の引張弾性率が530MPaであった。前記方法により、裂けトラブル抑制効果とカット性を評価した。結果を表1に示す。
【0067】
[実施例2]
MD方向、TD方向それぞれの平均延伸速度を0.10倍/s、3.2倍/sにすること以外は、実施例1と同様の方法・・・評価結果を表1に示す。
【0068】
[実施例3]
MD方向、TD方向それぞれの平均延伸速度を0.12倍/s、3.8倍/sにすること以外は、実施例1と同様の方法で・・・評価結果を表1に示す。
【0069】
[実施例4]
インフレーション延伸後のMD方向のフィルム緩和比率を8%にすること以外は、実施例1と同様の方法で作製することで、・・・評価結果を表1に示す。
【0070】
[実施例5]
インフレーション延伸後のMD方向のフィルム緩和比率を14%にすること以外は、実施例1と同様の方法で作製することで、・・・評価結果を表1に示す。
【0071】
[実施例6]
スリット後の30時間の間8℃で保管すること以外は、実施例1と同様の方法で作製することで、・・・評価結果を表1に示す。
【0072】
[実施例7]
押出速度を6kg/hrに変更することによって最終フィルム厚みを5μmにすること以外は、実施例1と同様の方法で作製することで、・・・評価結果を表1に示す。
【0073】
[実施例8]
押出速度を18kg/hrに変更することによって最終フィルム厚みを20μmにすること以外は、実施例1と同様の方法で作製することで、・・・評価結果を表1に示す。
【0074】
[実施例9]
ATBCの代わりにDBS(セバシン酸ジブチル、田岡化学工業(株))を9.0重量%使用したこと以外は、実施例1と同様の方法で作製することで、・・・評価結果を表1に示す。
【0075】
[実施例10]
ATBCの添加量を2.8重量%、及びESOの添加量を1.5重量%に変更したこと以外は、実施例1と同様の方法で作製することで、・・・評価結果を表1に示す。
【0076】
[比較例1]
MD方向、TD方向それぞれの平均延伸速度を0.14倍/s、4.3倍/sにすること以外は、実施例1と同様の方法で作製することで、・・・評価結果を表1に示す。
【0077】
[比較例2]
インフレーション延伸後のMD方向のフィルム緩和比率を5%にすること以外は、実施例1と同様の方法で作製することで、・・・評価結果を表1に示す。
【0078】
[比較例3]
スリット後の30時間の間0℃で保管し、その後28℃で24時間保管すること以外は、実施例1と同様の方法で作製することで、・・・評価結果を表1に示す。
【0079】
[比較例4]
スリット後の30時間の間25℃で保管すること以外は、実施例1と同様の方法で作製することで、・・・評価結果を表1に示す。
【0080】
[比較例5]
MD方向、TD方向それぞれの平均延伸速度を0.07倍/s、2.5倍/sとし、インフレーション延伸後のMD方向のフィルム緩和比率を6%とすること以外は、実施例1と同様の方法で作製することで、・・・評価結果を表1に示す。
【0081】
[比較例6]
特開2011−168750号公報の実施例2のように、MD方向に平均0.08倍/sで3.1倍延伸し、TD方向に3.2倍/sで4.9倍延伸し、インフレーション延伸後のMD方向のフィルム緩和比率を3%とし、かつ、スリット後の保管温度を22℃とすることで、ラップフィルムの巻回体を得た。・・・評価結果を表1に示す。
【0082】
[比較例7]
特開2008−074955号公報の実施例1のように、MD方向に平均0.07倍/sで5.5倍延伸し、TD方向に2.8倍/sで5.3倍延伸し、インフレーション延伸後のMD方向のフィルム緩和比率を3%とし、かつ、スリット後の保管温度を22℃とすることで、ラップフィルムの巻回体を得た。・・・評価結果を表1に示す。
【0083】
[比較例8]
ATBCの代わりにDBSを11.0重量%使用したこと以外は、実施例1と同様の方法で作製することで、・・・評価結果を表1に示す。
【0084】
[比較例9]
ATBCの添加量を1.5重量%、及びESOの添加量を1.5重量%としたこと以外は、実施例1と同様の方法で作製することで、・・・評価結果を表1に示す。
【0085】
[比較例10]
ATBCの代わりにDBSを9.0重量%使用し、かつ、押出速度を18kg/hrに変更することによって最終フィルム厚みを20μmにすること以外は、実施例1と同様の方法で作製することで、・・・評価結果を表1に示す。
【0086】



ウ 判断
(ア)発明の詳細な説明の記載(【0001】ないし【0011】等)によると、本件発明の解決しようとする課題(以下、「発明の課題」という。)は、「塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムのフィルム切断刃によるカット性を維持しつつ、巻回体からのフィルム引き出し時、及び化粧箱の中に巻き戻ったフィルム端部の摘み出し時の裂けトラブルを低減し、使い勝手を向上させた、塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムを提供すること」である。

(イ)発明の詳細な説明の段落【0012】には、「製膜ラインの樹脂の幅方向(以下、TD方向と称す)の引裂強度が2〜6cNであり、かつ、製膜ラインの樹脂の流れ方向(以下、MD方向と称す)の引張弾性率が250〜600MPaである塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムにおいて、温度変調型DSCにて評価した低温結晶化開始温度を40〜60℃とすることで、消費者の要求を満たすレベルにまで裂けトラブルを抑制でき、かつ、フィルムのカット性に優れるラップフィルムが得られることを見出し」たとされている。
そして、「TD方向の引裂強度」について、段落【0038】に、「2cN以上であることにより、特に巻回体からラップフィルムを引き出す際の裂けを低減でき、また、ラップフィルム使用時の意図しない裂けトラブルを抑制できる。一方、TD方向の引裂強度が6cN以下であることにより、化粧箱に付帯する鋸刃でフィルムをTD方向にカットする際に裂きやすく、カット性が向上する」と記載され、
「MD方向の引張弾性率」について、段落【0039】に、「250MPa以上であることにより、鋸刃でフィルムをカットするために力を加える際、フィルムのMD方向への延びを抑制でき、鋸刃がフィルムに食い込みやすくでき、カット性が向上する。一方、MD方向の引張弾性率が600MPa以下であることにより、フィルムが軟らかく、鋸刃の形状に沿ってフィルムをきれいにカットでき、切断端面に多数の裂け目が発生するのを抑制できる。その結果、巻回体からフィルムを引き出す際、及び化粧箱の中に巻き戻ったフィルム端部を摘み出す際、切断端面からフィルムが裂けるトラブルが発生するのを抑制できる」と記載されている。
さらに、「低温結晶化開始温度」について、段落【0045】に「本発明者らは、塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムの裂けトラブルの原因が、流通過程や保管時に受ける熱履歴によるフィルム中に物理劣化にあることを見出し、前記物理劣化によるトラブルの発生のしやすさを、温度変調型DSCを用いて測定される低温結晶化開始温度という新たな指標によって判断できることを見出した。そして、従来のラップフィルムの低温結晶化開始温度が60℃を上回るために裂けトラブルが発生していたことに着目し、鋭意検討した結果、低温結晶化開始温度を40〜60℃に制御することにより、フィルムのカット性を維持しつつ、裂けトラブルを抑制したフィルムを提供することに成功した。」と記載され、段落【0042】に「本実施形態のラップフィルムでは、製造時に十分に塩化ビニリデン系樹脂の分子鎖の配向やフィルムの応力を緩和させることで、低温結晶化開始温度を40〜60℃とし、流通時及び倉庫保管時に20℃以上に長時間晒されても、分子鎖の再配列が起こりにくく、フィルムの劣化、さらには裂けトラブルを抑制する。その結果、カット性を維持しつつも、裂けトラブルを抑制するという背反する課題を同時に達成する。」と記載されている。
加えて、段落【0065】ないし【0086】には、具体的な実施例が記載され、【0086】の表1によれば、引裂強度が2〜6cN、引張弾性率が250〜600MPa、低温結晶化開始温度が40〜60℃との条件を満たす実施例1ないし6及び10は、「フィルム切断刃によるカット性を維持しつつ、巻回体からのフィルム引き出し時、及び化粧箱の中に巻き戻ったフィルム端部の摘み出し時の裂けトラブルを低減」するという効果を奏するといえる。
これらの記載から、当業者は、塩化ビニリデンラップフィルムにおいて、少なくともTD方向の引裂強度が2〜6cNであり、かつ、MD方向の引張弾性率が250〜600MPaであり、さらに、温度変調型示差走査熱量計にて測定される低温結晶化開始温度が40〜60℃であれば、発明の課題を解決できると認識できる。
一方で、「塩化ビニリデン繰り返し単位」の含量については、段落【0018】に、塩化ビニリデン繰り返し単位を含むものであれば特に制限されず、72%以上の場合、冬場等の低温環境下での使用時にもフィルムの裂けを低減できるので好ましく、一方、93%以下の場合、結晶性の大幅な上昇を抑制し、フィルム延伸時の成形加工性の悪化を抑制できるので好ましい旨、
「エポキシ化植物油」の含量については、段落【0023】に、「特に制限されないが、ラップフィルムの色調変化の抑制、ブリードによるべたつき防止等の点から、0.5〜3重量%が好まし」い旨、
「クエン酸エステル及び二塩基酸エステルからなる群より選ばれる少なくとも一種の化合物」の含量については、段落【0026】に、「制限されないが、より優れた成形加工性の付与、及び添加剤高含有時のラップフィルムの過剰な密着性防止等の点から、3〜8重量%が好まし」い旨、
「厚みが6〜18μm」については、段落【0037】に、ラップフィルムの厚みは、特に限定されないが、6μm以上の場合、フィルムの引裂強度が強く、使用時のフィルム切れを一層抑制でき、また、引裂強度の著しい低下がなく、切断刃でカットした端部からフィルムが裂けるトラブルを低減できるため、好ましく、ラップフィルムの厚みが18μm以下の場合、フィルム切断刃でフィルムをカットするのに必要な力を低減でき、カット性が良好であり、また、フィルムが容器形状にフィットしやすく、容器への密着性が向上するため、好ましい旨記載されていることから、これらの発明特定事項は、発明の課題とは直接的には関係しないが、より好ましいラップフィルムを得るためのものであると当業者は認識する。
以上の検討を踏まえると、TD方向の引裂強度が2〜6cNであり、かつ、MD方向の引張弾性率が250〜600MPaであり、さらに、温度変調型示差走査熱量計にて測定される低温結晶化開始温度が40〜60℃であることが特定されている本件発明は、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が発明の課題を解決できると認識できる範囲のものである。
よって、特許請求の範囲の記載は、サポート要件に適合する。

(3)請求人の主張の検討
ア 請求人の主張
審判請求書における請求人の主張は、おおむね次のとおりである。
(ア)本件発明は、4通りの組成値(低温結晶化開始温度、塩化ビニリデンの繰り返し単位の含量、エポキシ化植物油の含量、クエン酸エステル及び二塩基酸エステルからなる群より選ばれる少なくとも一種の化合物の含量)を備えたラップフィルムにおいて、3通りの物性値(TD方向の引裂強度、MD方向の引張弾性率、厚み)を備えたラップフィルムが得られるとの技術思想であるが、明細書の記載及び実施例・比較例からは、これらの物性値の上限値及び下限値を導出できず、特に実施例にはTD方向の引裂強度が4〜6cNの例がなく、TD方向の引裂強度を2〜6cNとする上限値及び下限値を導けないから、TD方向の引裂強度2〜6の全範囲にわたって本件発明の課題を解決し目的を達成できることを裏付けているとは到底いうことができない(審判請求書第4ないし5ページ)。
(イ)裂けの低減やカット性の向上は、ラップフィルム側の引裂強度のみで決まる訳でなく、発明の詳細な説明に記載された特定の鋸刃の形状、材質、歯の形状とは大きく異なる鋸刃をも包含する本件発明に係る発明の範囲まで、発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化するための根拠も見いだせない(審判請求書第5ないし7ページ)。
(ウ)厚みを6〜18μmとすること、及び、クエン酸エステル及び二塩基酸エステルからなる群より選ばれる少なくとも一種の化合物を3〜8重量%含有させることの技術的意義が見いだせない(審判請求書第8ページ)。
(エ)本件発明の各構成要件の因果関係については一切記載されておらず、当業者に明らかであるとの証拠もなく、発明の詳細な説明には、請求項1において有効として規定された物性値のうち、ごくわずかな具体的な物性値および組成値について効果を裏付ける記載がされているにすぎず、請求項に係る発明の範囲まで拡張一般化できない(審判請求書第8ないし9ページ)。

また、審尋に対する令和2年6月18日提出の回答書における請求人の主張は、おおむね次のとおりである。

(オ)本件発明は、いわゆるパラメータ発明であって、平成17年(行ケ)第10042号判決が基準となるべきものであり、その数式の範囲にわたって所望の結果が得られると当業者が認識できるだけの具体例が必要とされる。したがって、発明の詳細な説明に単に好ましい範囲が記載されているからと言って、その範囲にわたって所望の効果が得られる範囲を画する境界線であることを裏付けているとはいえない(回答書第2ないし3ページ)。
(カ)本件発明は、数値限定に臨界的な意義が必要とされる発明であるといえる。ここで、特許請求の範囲に数値限定が記載されている場合のサポート要件について判断された事例として、平成20年(行ケ)第10484号判決が存在する。その判旨に従えば、本件は、「その数値に臨界的な意義があることを示す具体的な測定結果がなければ、発明の詳細な説明の記載により当業者は当該発明の課題を解決できると認識できない場合」にまさしく該当する。そして、発明の詳細な説明の実施例と比較例を個別に検討しても、その数値に臨界的な意義があることを示す具体的な測定結果があるといえないから、サポート要件を充足していない(回答書第3ないし6ページ)。
(キ)知財高裁の「光学ガラス事件」についての判決に基づいて判断すれば、本件発明はサポート要件を満たさない(回答書第6ないし7ページ)。
(ク)甲5、甲6、甲13及び甲14の記載によると、裂けトラブルの抑制やカット性の向上に鋸刃の形状、材質、歯の形状が大きく影響するから、本件発明のラップフィルムが、これらの多様な鋸刃の形状若しくは材質又は歯の形状のいずれにおいても、最適なものであるとの保証も一切ない。出願時の技術常識を考慮すると、発明の詳細な説明に記載された特定の鋸刃の形状、材質、歯の形状とは大きく異なる鋸刃をも包含する本件発明の範囲まで、発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化するための根拠も見いだせない(回答書第9ないし10ページ)。

イ 請求人の主張についての判断
(ア)上記ア(ア)、(エ)、(オ)及び(カ)の主張について
請求人は、要するに、詳細な説明の記載は、本件発明の「TD方向の引裂強度を2〜6cNである」の全範囲にわたって課題を解決することを裏付けていない(主張(ア))、本件発明において規定された物性値のごくわずかしか効果を裏付けていない(主張(エ))、本件発明の数式全体にわたって所望の効果が得られると当業者が認識できる程度の実施例、比較例が存在しない(主張(オ))、実施例と比較例を個別に検討しても、その数値に臨界的な意義があることを示す具体的な測定結果があるといえない(主張(カ))と主張するところ、サポート要件の判断は、上記1(1)に記載の判断基準に基づいて行うもので、特許請求の範囲に記載されている数値限定の臨界的意義を実施例及び比較例で示すことを要件としておらず、また、本件発明が、本件の解決しようとする課題を解決できると当業者が認識できるのは、上記(2)ウ(イ)での検討のとおりである。
したがって、上記ア(ア)、(エ)、(オ)及び(カ)で主張する請求人の主張は失当であって採用できない。
(イ)上記ア(イ)及び(ク)の主張について
確かに、パッケージ側の鋸刃の形状や構造、材質が裂けの低減やカット性に影響を与えることは当業者において技術常識といえることである。しかしながら、発明の詳細な説明の記載は、単に通常用いられている鋸刃を評価基準として裂けトラブル抑制効果とカット性を評価している記載であって、特定の形状や構造、材質のパッケージ側の鋸刃に対してのみ、発明が解決しようとする課題が解決されると認識するように記載されているわけではない。そして、当業者は、発明の詳細な説明における鋸刃についての「化粧箱に付帯するブリキ製のフィルム切断刃でカットする」(段落【0061】)との記載からは、鋸刃の形状や構造、材質に依存する試験を行っているとは理解しないから、鋸刃の形状や構造、材質に関係なく全ての刃について本件発明の課題を解決できると認識でき、請求人の上記ア(イ)及び(ク)の主張は、失当であって採用できない。
(ウ)上記ア(ウ)の主張について
厚みを6〜18μmとすること、及び、クエン酸エステル及び二塩基酸エステルからなる群より選ばれる少なくとも一種の化合物を3〜8重量%含有させることについては、上記(2)ウ(イ)において検討したとおり、発明の課題と直接的には関係のない、より好ましいラップフィルムを得る条件にすぎないものであるし、また、その数値範囲の技術的な意義は、それぞれ、本件特許明細書の段落【0037】及び段落【0026】に記載されているから、請求人の上記ア(ウ)の主張は、失当であって採用できない。
(エ)上記ア(キ)の主張について
本件と、請求人が挙げる「光学ガラス事件」とは、事案が異なるものであって、判断基準として用いる必然性はないから、請求人の上記ア(キ)の主張は、失当であって採用できない。

(4)無効理由1についてのむすび
したがって、本件発明は、発明の詳細な説明に記載されたものであり、その特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものではなく、同法第123条第1項第4号に該当するとはいえないので、無効理由1は理由がない。

2 無効理由2(実施可能要件)について
(1)実施可能要件の判断基準
物の発明について、実施可能要件を充足するためには、発明の詳細な説明に、当業者が、発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識に基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、その物を生産し、かつ、その物を使用できる程度の記載を要する。

(2)実施可能要件の判断
ア 発明の詳細な説明の記載
本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載は、前記1(2)イのとおりである。

イ 判断
発明の詳細な説明には、前記1(2)イで摘記し、同ウで述べたとおり、本件発明の塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムについて具体的な説明がなされている。すなわち、発明の詳細な説明には、「TD方向の引裂強度」及びその数値範囲(【0038】)、「MD方向の引張弾性率」及びその数値範囲(【0039】)、「低温結晶化開始温度」及びその数値範囲(【0040】ないし【0045】、【0050】、【0052】)、塩化ビニリデン系樹脂の「塩化ビニリデン繰り返し単位」及びその含有率(【0018】)、「エポキシ化植物油」及びその含有量(【0022】、【0023】)、「クエン酸エステル及び二塩基酸エステル」及びその含有率(【0024】ないし【0026】)、フィルムの「厚み」の数値範囲(【0037】)の各事項について、その効果と調整方法について具体的な説明がなされている。
また、発明の詳細な説明には、塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムの製造方法(【0046】ないし【0053】)について、具体的な説明がなされている。
そして、実施例1ないし6及び10には、実際に本件発明の塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムを製造したことが記載されている。また、実施例以外の本件発明の塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムについても、当業者であれば、実施例に示されたラップフィルムの製造方法を基本として、各物性についての制御に関する発明の詳細な説明の記載に基づき、延伸倍率や延伸速度等を調整して、発明の詳細な説明に記載の製造方法により過度の試行錯誤なく製造することができるといえる。
以上によれば、当業者が、発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識に基づいて、本件発明に係る塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムを生産し、使用することができるといえるから、発明の詳細な説明の記載は、本件発明について、実施可能要件を満たすものである。

(3)請求人の主張の検討
ア 請求人の主張
請求人の審判請求書における主張は、おおむね次のとおりである。
(ア)本件特許の請求項1の「TD方向の引裂強度」の具体的な測定条件が明らかではない以上、本件発明のラップフィルムを作るために、当業者に期待しうる程度を越える試行錯誤や複雑高度な実験等を行う必要があると言えるから、発明の詳細な説明は、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものとはいえない。具体的には、発明の詳細な説明に記載されている「測定は軽荷重引裂試験機(東洋精機製)を使用し、23℃、50%RHの雰囲気中にて評価した。JIS−P−8116に記載の方法に準拠して、ラップフィルムの引裂強度を測定した」においての、準拠して測定する具体的な測定条件(測定レンジ、錘の重さ、試料の引裂長さ等)が不明である(審判請求書第10ないし12ページ)。
(イ)本件特許の請求項1の「TD方向の引裂強度が2〜6cN」である全範囲のフィルムを得るには当業者による過度の試行錯誤を要する(審判請求書第12ないし13ページ)。

また、審尋に対する令和2年6月18日提出の回答書における請求人の主張は、おおむね次のとおりである。
(ウ)試験片の長さが異なれば、また、1枚と複数枚での測定を比べると測定値は変化する(甲16ないし18)。そして、発明の詳細な説明における「JIS−P−8116記載の方法に準拠した測定」との記載について当業者においてどのように理解できるかを被請求人は全く説明していないから、前記の記載は、依然として、発明の詳細な説明の記載からは理解できず、実施できない(回答書第12ないし14ページ)。
(エ)被請求人の説明によれば、本件発明の組成要件を満たしてもフィルムの製造条件の調整を行わなければ本件発明が得られないのであるから、過度の試行錯誤を要するものといえるし、その他の配合物を含めて、本件発明の「TD方向の引裂強度」ひとつとっても、「塩化ビニリデン系樹脂の組成」、「添加剤組成」、「延伸速度」、「フィルムの厚み」等という多数の要素を調製する必要があり、本件発明の実施には、1つの物性値を調製しつつ、他の物性値についても本件発明の範囲となるように調製することが必要で、過度の試行錯誤を要する(回答書第15ないし16ページ)。

イ 請求人の主張についての判断
(ア)上記ア(ア)及び(ウ)の主張について
当業者が、本件発明の「TD方向の引裂強度」を測定するにあたり、発明の詳細な説明における「測定は軽荷重引裂試験機(東洋精機製)を使用し、23℃、50%RHの雰囲気中にて評価した。JIS−P−8116に記載の方法に準拠して、ラップフィルムの引裂強度を測定した」との記載を踏まえれば、JISに準拠しつつ東洋精機製の軽荷重引裂試験機で実際に測定可能である仕様のとおり測定すると理解するから、当該記載に基づいて、当業者は、本件発明の「TD方向の引裂強度」を測定できる。
したがって、請求人の上記ア(ア)及び(ウ)の主張は失当であって採用できない。
(イ)上記ア(イ)及び(エ)の主張について
本件発明の実施可能要件は、本件発明の包含する全ての範囲にわたってラップフィルムを実施できる方法の具体例を記載することを要件とするものではないから、請求人の上記ア(イ)の主張は失当であって採用できない。
そして、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載において、各物性の制御方法について、本件発明が過度な試行錯誤なく実施可能に記載されていることは、上記(2)イにおいて検討したとおりであるから、請求人の上記ア(エ)の主張も失当であって採用できない。

(4)無効理由2についてのむすび
したがって、本件発明に関して、発明の詳細な説明は、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されているといえ、その特許は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものではなく、同法第123条第1項第4号に該当するとはいえないので、無効理由2は理由がない。

第6 権利行使の制限の抗弁について

特許法第168条第6項の規定に基づいて裁判所から送付された書面の写しによれば、本件特許を請求原因とする東京地裁令和元年(ワ)第31214号損害賠償等請求事件の被告(本件の請求人)は、当該事件の令和2年1月9日提出の答弁書において、いわゆる権利行使の制限の抗弁として、本件特許に関し、以下の無効理由を主張する。
(1) 無効理由1(刊行物に記載された発明に基づく新規性及び進歩性
(2) 無効理由2(実施可能要件、その1、測定方法)
(3) 無効理由3−1(実施可能要件、その2、組成値)
(4) 無効理由3−2(サポート要件、組成値)
(5) 無効理由4(明確性要件)
(6) 無効理由5(公然実施された発明に基づく新規性及び進歩性
しかしながら、上記無効理由は、その内容を検討しても、本件無効審判の上記判断を左右するものではない。

第7 結語

以上のとおり、本件発明に関して、第3の1に示した無効理由1及び2はいずれも理由がなく、請求人の主張及び証拠方法によっては、本件発明についての特許を無効とすることはできない。
審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、請求人の負担とする。

よって、結論のとおり審決する。

 
別掲 (行政事件訴訟法第46条に基づく教示) この審決に対する訴えは、この審決の謄本の送達があった日から30日(附加期間がある場合は、その日数を附加します。)以内に、この審決に係る相手方当事者を被告として、提起することができます。
 
審理終結日 2020-10-09 
結審通知日 2020-10-15 
審決日 2020-10-30 
出願番号 P2013-047940
審決分類 P 1 123・ 537- Y (B29C)
P 1 123・ 536- Y (B29C)
最終処分 02   不成立
特許庁審判長 加藤 友也
特許庁審判官 大島 祥吾
大畑 通隆
登録日 2017-03-03 
登録番号 6100034
発明の名称 塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルム及びその製造方法  
代理人 田村 爾  
代理人 杉村 純子  
代理人 井上 真一郎  

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