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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 取り消して特許、登録 H03H
管理番号 1387272
総通号数
発行国 JP 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2022-08-26 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2021-11-02 
確定日 2022-07-05 
事件の表示 特願2018− 69578「弾性波フィルタ、分波器および通信装置」拒絶査定不服審判事件〔令和 1年10月17日出願公開、特開2019−180064、請求項の数(8)〕について、次のとおり審決する。 
結論 原査定を取り消す。 本願の発明は、特許すべきものとする。 
理由 第1 手続の経緯

本願は、平成30年 3月30日の出願であって、その手続きの経緯は以下のとおりである。

令和 3年 5月 6日付け:拒絶理由通知書
令和 3年 6月25日 :意見書、手続補正書の提出
令和 3年 8月 6日付け:拒絶査定
令和 3年11月 2日 :審判請求書の提出


第2 原査定の概要

原査定(令和 3年 8月 6日付け拒絶査定)の概要は次のとおりである。

進歩性)この出願の請求項1〜8に係る発明は、その出願前に日本国内又は外国において、頒布された下記の引用文献1に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

1.国際公開第2015/098756号


第3 本願発明

本願請求項1〜8に係る発明(以下、それぞれ「本願発明1」〜「本願発明8」という。)は、令和3年6月25日の手続補正で補正された特許請求の範囲の請求項1〜8に記載された事項により特定される以下のとおりの発明である。

「 【請求項1】
支持基板と、
前記支持基板上に位置している圧電体層と、
ラダー型フィルタの、複数の直列共振子部及び複数の並列共振子部と、
を有しており、
前記複数の直列共振子部のそれぞれは、1つ以上の直列共振子を有しており、
前記複数の並列共振子部のそれぞれは、1つ以上の並列共振子を有しており、
前記1つ以上の直列共振子のそれぞれは、前記圧電体層上に位置している直列IDT電極を有しており、
前記1つ以上の並列共振子のそれぞれは、前記圧電体層上に位置している並列IDT電極を有しており、
前記圧電体層の平面視において、前記直列IDT電極および前記並列IDT電極それぞれは、
所定の伝搬方向に交差する方向において互いに対向している第1バスバーおよび第2バスバーと、
前記第1バスバーから前記第2バスバー側へ、互いに並列に前記伝搬方向に直交する方向に延びている複数の第1電極指と、
前記第2バスバーから前記第1バスバー側へ、互いに並列に前記伝搬方向に直交する方向に延びている複数の第2電極指と、を有しており、
前記複数の第1電極指と前記複数の第2電極指とは、前記複数の第1電極指の先端を結ぶ第1仮想線と、前記複数の第2電極指の先端を結ぶ第2仮想線との間で互いに噛み合っており、
前記圧電体層は、30°以上60°以下回転YカットX伝搬のLiTaO3の単結晶からなり、
少なくとも1つの前記直列IDT電極の前記第1仮想線および前記第2仮想線は、平面視において前記伝搬方向に対して左回りの方向に傾斜しており、
少なくとも1つの前記並列IDT電極の前記第1仮想線および前記第2仮想線は、平面視において前記伝搬方向に対して右回りの方向に傾斜しており、
前記ラダー型フィルタは、前記第1仮想線および前記第2仮想線が平面視において前記伝搬方向に対して右回りの方向に傾斜している前記直列IDT電極を有しておらず、
前記ラダー型フィルタは、前記第1仮想線および前記第2仮想線が平面視において前記伝搬方向に対して左回りの方向に傾斜している前記並列IDT電極を有していない
弾性波フィルタ。
【請求項2】
前記圧電体層の厚さは、前記直列IDT電極における前記複数の第1電極指および前記複数の第2電極指のピッチの2倍以下である
請求項1に記載の弾性波フィルタ。
【請求項3】
前記圧電体層の厚さは、7.5μm以下である
請求項1または2に記載の弾性波フィルタ。
【請求項4】
前記直列IDT電極および前記並列IDT電極それぞれにおいて、前記第1仮想線および前記第2仮想線それぞれの前記伝搬方向に対する傾斜角の絶対値は、2°以上9°以下である
請求項1〜3のいずれか1項に記載の弾性波フィルタ。
【請求項5】
前記直列IDT電極の前記第1仮想線、前記直列IDT電極の前記第2仮想線、前記並列IDT電極の前記第1仮想線および前記並列IDT電極の前記第2仮想線の、前記伝搬方向に対する傾斜角の絶対値は互いに同一である
請求項1〜4のいずれか1項に記載の弾性波フィルタ。
【請求項6】
前記ラダー型フィルタが有する全ての前記直列IDT電極の前記第1仮想線および前記第2仮想線が、平面視において前記伝搬方向に対して左回りの方向に傾斜しており、
前記ラダー型フィルタが有する全ての前記並列IDT電極の前記第1仮想線および前記第2仮想線が、平面視において前記伝搬方向に対して右回りの方向に傾斜している
請求項1〜5のいずれか1項に記載の弾性波フィルタ。
【請求項7】
アンテナ端子と、
前記アンテナ端子に接続されている送信フィルタと、
前記アンテナ端子に接続されている受信フィルタと、
を有しており、
前記送信フィルタおよび前記受信フィルタの少なくとも一方は、請求項1〜6のいずれか1項に記載の弾性波フィルタによって構成されている
分波器。
【請求項8】
請求項1〜6のいずれか1項に記載の弾性波フィルタと、
前記弾性波フィルタに接続されているアンテナと、
前記弾性波フィルタに接続されているICと、
を有している通信装置。」


第4 引用文献、引用発明

原査定の拒絶の理由に引用された国際公開第2015/098756号(以下、「引用文献1」という。)には、次の記載がある。(下線は当審が付与。)

「[0008] 本発明の目的は、挿入損失の劣化を防ぎつつ、横モードリップルを効果的に抑制し得る弾性波装置を提供することにある。」

「[0033] 図1は、本発明の第1の実施形態に係る弾性波装置の略図的平面図であり、図2はその要部の構造を示す正面断面図である。
[0034] 図2に示すように、弾性波装置1は、支持基板2を有する。支持基板2上に、接合材層3,4が積層されている。この接合材層3,4上に、高音速膜5が積層されている。高音速膜5上に、低音速膜6が積層されている。低音速膜6上に、LiTaO3からなる圧電膜7が積層されている。圧電膜7上に、IDT電極11が形成されている。支持基板2は、本実施形態ではシリコンからなる。もっとも、支持基板2を構成する材料は、特に限定されない。シリコン以外の半導体材料が用いられてもよい。また、ガラスや絶縁性セラミックスなどの絶縁性材料が用いられてもよい。」

「[0042] 図1に示すように、弾性波装置1では、支持基板2上に、入力端子15、出力端子16、及びグラウンド端子17a〜17fが設けられている。入力端子15と出力端子16とを結ぶ導電路において、IDT電極11とIDT電極12とが直列に接続されている。IDT電極11,12は、入力端子15と出力端子16とを結ぶ直列腕において、直列腕共振子を構成している。
[0043] 入力端子15とグラウンド端子17dとを結ぶ導電路において、IDT電極13,14が互いに直列に接続されている。IDT電極13,14は、並列腕に設けられた並列腕共振子を構成している。従って、弾性波装置1は、2個の直列腕共振子と、2個の並列腕共振子とを有するラダー型フィルタである。」

「[0047] IDT電極11を代表して、上記傾斜角度νを説明することとする。図1に示すように、IDT電極11は、表面波伝搬方向と傾斜する方向に延びている第1のバスバー11aを有する。第1のバスバー11aと隔てられて、第2のバスバー11bが設けられている。第2のバスバー11bも、弾性波伝搬方向に対して第1のバスバー11aと同じ角度で傾斜している。第1のバスバー11aと第2のバスバー11bとは平行に延びている。
[0048] 第1のバスバー11aには、複数本の第1の電極指11cの一端が接続されている。複数本の第1の電極指11cは、第2のバスバー11b側に向かって延ばされている。第1の電極指11cと直交する方向が弾性表面波伝搬方位ψとなる。また、複数本の第1の電極指11cと間挿し合うように、複数本の第2の電極指11dが設けられている。複数本の第2の電極指11dの一端が第2のバスバー11bに接続されている。
[0049] 第1の電極指11cの先端とギャップを隔てて第1のダミー電極指11eが設けられている。第1のダミー電極指11eは、第2のバスバー11bに接続されている。同様に、第2のダミー電極指11fが、第2の電極指11dの先端とギャップを隔てて配置されている。第2のダミー電極指11fは、第1のバスバー11aに接続されている。
[0050] IDT電極11では、複数本の第1の電極指11cの先端を結ぶ仮想線A1が、弾性波の伝搬方向ψに対しνの角度をなしている。なお、第1の電極指11cの先端を結ぶ仮想線A1の方向は、第2の電極指11dの先端を結ぶ方向と同じである。
[0051] 図3は、伝搬方位ψと傾斜角度νとの関係を説明するための模式図である。LiTaO3のオイラー角を(φ,θ,ψ)とする。図3の矢印Bで示す方向がψ=0°の方向である。IDT電極11A〜11Dにおける破線B1〜B4は、各IDT電極11A〜11Dにおける複数本の第1の電極指の先端同士を結ぶ方向と平行な方向である。IDT電極11Aでは、方向B1と弾性波が伝搬する伝搬方位ψとが同じ方向となる。従って、この場合、(各弾性波の伝搬方位,伝搬方位に対する傾斜角度ν)としたとき、方向B1は、(ψ,0°)で表される。IDT電極11Bでは、(0°,ν)となる。IDT電極11Cでは、(ψ,ν)となる。IDT電極11Dでは、(ψ,−ν)となる。」

「[0072] 以下の図11〜図15においても、図1と同様に、圧電膜上に設けられる電極構造と入出力端子の位置関係を略図的に示すこととする。図11〜図15に示す実施形態においても、第1の実施形態と同様に、支持基板上に、接合材層、高音速膜、低音速膜及び圧電膜がこの順序で積層されている。また、圧電膜はLiTaO3からなり、10λ以下の厚みを有する。
[0073] 図11は、本発明の第2の実施形態に係る弾性波装置の略図的平面図である。図11に示す弾性波装置21では、第1,第2のIDT電極11,12は、弾性波装置1と同様に構成されている。もっとも、IDT電極13,14における傾斜角度νが、IDT電極11,12と異なり、負の値とされている。すなわち、IDT電極11,12の傾斜角度をνとしたときに、IDT電極13,14の傾斜角度は−νとされている。このように、複数のIDT電極11〜14において、他のIDT電極と、傾斜角度の極性が異なるIDT電極を配置してもよい。」

「[図1]



「[図2]



「[図3]



「[図11]



図3は、電極11Cの形状等から、図1、11の弾性波装置の略図的平面図と同様、IDT電極11を上方から見た平面図であることは明らかである。そして、該平面図において、傾斜角度「ν」は弾性波伝搬方位ψに対して左回り(反時計回り)にν傾斜した角度を示し、傾斜角度「−ν」はIDT電極11の平面図において弾性波伝搬方位ψに対して右回り(時計回り)にν傾斜した角度を示すことが読み取れる。

図11は、本発明の第2の実施形態に係る「弾性波装置21」の略図的平面図であって、第1の実施形態に係る「弾性波装置1」の略図的平面図である図1と同様に、圧電膜上に設けられる電極構造と入出力端子の位置関係を示す旨の記載があり([0072])、また、第2の実施形態に係る「弾性波装置21」は、第1の実施形態に係る「弾性波装置1」と同様に、「支持基板」上に、「接合材料」、「高音速膜」、「低音速膜」及びLiTaO3からなる「圧電膜」がこの順序で積層されたものである旨の記載もある([0072])。これらの記載から、第2の実施形態に係る「弾性波装置21」は、「IDT電極13、14」の傾斜方向を除いて、第1の実施形態に係る「弾性波装置1」と同じ構成を有すると認められる。

したがって、上記引用文献1には次の発明(以下、「引用発明」という。)が記載されている。

「弾性波装置21は、支持基板2を有し([0034])、
支持基板2上に、接合材層3、4が積層され、この接合材層3、4上に、高音速膜5が積層され、高音速膜5上に、低音速膜6が積層され、低音速膜6上に、LiTaO3からなる圧電膜7が積層され、圧電膜7上に、IDT電極11が形成され([0034])、
弾性波装置21では、支持基板2上に、入力端子15、出力端子16、及びグラウンド端子17a〜17fが設けられ([0042])、
入力端子15と出力端子16とを結ぶ導電路において、IDT電極11とIDT電極12とが直列に接続され、IDT電極11、12は、入力端子15と出力端子16とを結ぶ直列腕において、直列腕共振子を構成し([0042])、
入力端子15とグラウンド端子17dとを結ぶ導電路において、IDT電極13、14が互いに直列に接続され、IDT電極13、14は、並列腕に設けられた並列腕共振子を構成し([0043])、
弾性波装置21は、2個の直列腕共振子と、2個の並列腕共振子とを有するラダー型フィルタであり([0043])、
代表して、IDT電極11は、表面波伝搬方向と傾斜する方向に延びている第1のバスバー11aを有し、第1のバスバー11aと隔てられて、第2のバスバー11bが設けられ、第2のバスバー11bも、弾性波伝搬方向に対して第1のバスバー11aと同じ角度で傾斜し、第1のバスバー11aと第2のバスバー11bとは平行に延びており([0047])、
第1のバスバー11aには、複数本の第1の電極指11cの一端が接続され、複数本の第1の電極指11cは、第2のバスバー11b側に向かって延ばされており([0048])、
第1の電極指11cと直交する方向が弾性表面波伝搬方位ψとなり([0048])、
複数本の第1の電極指11cと間挿し合うように、複数本の第2の電極指11dが設けられ、複数本の第2の電極指11dの一端が第2のバスバー11bに接続され([0048])、
第1の電極指11cの先端とギャップを隔てて第1のダミー電極指11eが設けられ、第1のダミー電極指11eは、第2のバスバー11bに接続され、同様に、第2のダミー電極指11fが、第2の電極指11dの先端とギャップを隔てて配置され、第2のダミー電極指11fは、第1のバスバー11aに接続され([0049])、
IDT電極11では、複数本の第1の電極指11cの先端を結ぶ仮想線A1が、弾性波の伝搬方向ψに対しνの角度をなしており、第1の電極指11cの先端を結ぶ仮想線A1の方向は、第2の電極指11dの先端を結ぶ方向と同じであり([0050])、
IDT電極13、14における傾斜角度νが、IDT電極11、12と異なり、負の値とされ、IDT電極11、12の傾斜角度をνとしたときに、IDT電極13、14の傾斜角度は−νとされ、このように、複数のIDT電極11〜14において、他のIDT電極と、傾斜角度の極性が異なるIDT電極を配置してもよく([0073])、
傾斜角度νは、IDT電極11の平面図において弾性波の伝搬方位ψに対して左回り(反時計回り)に傾斜した角度を示し、傾斜角度−νは、IDT電極11の平面図において弾性波伝搬方位ψに対して右回り(時計回り)に傾斜した角度を示す([図3])、
弾性波装置21。」


第5 対比・判断

1.対比
本願発明1と引用発明とを対比する。

(1)『支持基板』について

引用発明の「支持基板2」は、本願発明1の『支持基板』に対応する。

(2)『前記支持基板上に位置している圧電体層』について

引用発明の「圧電膜7」は、「支持基板2」上に「接合材層3、4」、「高音速膜5」「低音速膜6」、「圧電膜7」の順序で積層されたものであり、「支持基板2」の上に位置するものであるから、本願発明1の『前記支持基板上に位置している圧電体層』に対応する。

(3)『ラダー型フィルタの、複数の直列共振子部及び複数の並列共振子部』、『前記複数の直列共振子部のそれぞれは、1つ以上の直列共振子を有しており、』、『前記複数の並列共振子部のそれぞれは、1つ以上の並列共振子を有しており、』について

はじめに、本願発明1の『直列共振子部』と『直列共振子』の関係、『並列共振子部』と『並列共振子』の関係について確認する。

ア.本願発明1の『直列共振子部』と『直列共振子』との関係について
本願の発明の詳細な説明には、「なお、直列腕7内で、直列に接続されている複数の直列共振子17が設けられている場合において、各直列共振子17が、単体で直列共振子部13を構成しているのか否かは、例えば、並列腕9との接続位置を基準に特定してよい。例えば、互いに直列に接続されている2つの直列共振子17間に並列腕9が接続されていなければ、その2つの直列共振子17は、共に1つの直列共振子部13を構成しているとみなされてよい。」(【0026】)と記載されており、『直列共振子部』は、並列腕がその間に接続されていない一以上の『直列共振子』で構成されるものであると解される。

イ.本願発明1の『並列共振子部』と『並列共振子』との関係について
本願の発明の詳細な説明には、「複数の並列共振子部15は、互いに短絡されていない複数の基準電位部5(例えば基準電位端子)に個別に(1対1で)接続されていてもよいし、その全部又は一部が、同一の基準電位部5または互いに短絡されている複数の基準電位部5に接続されていてもよい。」(【0023】)と記載されている。このことは、1つの並列腕に直列に接続された一以上の並列共振子のうち、基準電位部5に接続されていない並列共振子は、単独ないしそれらのみでは並列共振子部15を構成しないことを意味する。そのため、1つの並列腕に接続される全ての『並列共振子』は、1つの『並列共振子部』を構成すると解される。

引用発明の「ラダー型フィルタ」の2個の「直列腕共振子」はそれぞれ、本願発明1の『ラダー型フィルタ』の『直列共振子』に相当する。そして、2個の「直列腕共振子」を構成する「IDT電極11」と「IDT電極12」の間に並列腕は接続されていないから、上記アを踏まえると、2個の「直列腕共振子」は1つの『直列共振子部』を構成しているといえる。
また、引用発明の「ラダー型フィルタ」の2個の「並列腕共振子」はそれぞれ、本願発明1の『ラダー型フィルタ』の『並列共振子』に相当する。そして、該2個の「並列腕共振子」を構成する「IDT電極13」、「IDT電極14」は1つの「並列腕」に直列に接続されているから、上記イを踏まえると、2個の「並列腕共振子」は1つの『並列共振子部』を構成しているといえる。
したがって、本願発明1と引用発明は「ラダー型フィルタ」の「直列共振子部」及び「並列共振子部」とを有しており、「直列共振子部」は、「1つ以上の直列共振子を有し」、「並列共振子部」は、「1つ以上の並列共振子を有し」ている点で共通する。
他方、引用発明が上記「直列共振子部」、「並列共振子部」を複数有することは、引用文献1には示されていない。

(4)『前記1つ以上の直列共振子のそれぞれは、前記圧電体層上に位置している直列IDT電極を有しており、』、『前記1つ以上の並列共振子のそれぞれは、前記圧電体層上に位置している並列IDT電極を有しており、』について

上記(3)で述べたとおり、引用発明の「IDT電極11」、「IDT電極12」はそれぞれ「直列腕共振子」を構成するから、「IDT電極11」、「IDT電極12」は、『直列IDT電極』と称することができる。同様に、それぞれ「並列腕共振子」を構成する「IDT電極13」、「IDT電極14」は、『並列IDT電極』と称することができる。
また、IDT電極を圧電体基板上に形成することは技術常識であり、「IDT電極11」と同様、他の「IDT電極12〜14」も「圧電膜7」上に形成されていることは明らかである。
してみると、本願発明1と引用発明は「前記1つ以上の直列共振子のそれぞれは、前記圧電体層上に位置している直列IDT電極を有し」、「前記1つ以上の並列共振子のそれぞれは、前記圧電体層上に位置している並列IDT電極を有し」ている点で共通する。

(5)『前記圧電体層の平面視において、前記直列IDT電極および前記並列IDT電極それぞれは、所定の伝搬方向に交差する方向において互いに対向している第1バスバーおよび第2バスバーと、前記第1バスバーから前記第2バスバー側へ、互いに並列に前記伝搬方向に直交する方向に延びている複数の第1電極指と、前記第2バスバーから前記第1バスバー側へ、互いに並列に前記伝搬方向に直交する方向に延びている複数の第2電極指と、を有しており、』について

引用発明の「IDT電極11」の「第1のバスバー11a」、「第2のバスバー11b」は平行に延びているから、対向しているといえる。また、弾性表面波の伝搬方向である弾性表面波伝搬方位ψは、「第1のバスバー11a」から「第2のバスバー11b」側に向かって延びている「第1の電極指11c」と直行する方向であるから、上記「第1のバスバー11a」と「第2のバスバー11b」が対向する方向と弾性表面波伝搬方位ψが交差することは明らかである。
引用発明の複数本の「第1の電極指11c」は、「第1のバスバー11a」から「第2のバスバー11b」に向かって延び、複数本の「第1の電極指11c」と間挿し合うように複数本の「第2の電極指11d」が設けられているから、複数本の「第1の電極指11c」及び複数本の「第2の電極指11d」が、「第1のバスバー11a」と「第2のバスバー11b」の間で互いに並列に延びていることは明らかである。また、複数本の上記「第2の電極指11d」は、その一端が「第2のバスバー11b」に接続されているから、「第2のバスバー11b」から「第1のバスバー11c」に向かって延びているといえる。
加えて、引用発明の「IDT電極11」は「圧電膜7」上に設けられているから、「IDT電極11」の上記構成が「圧電膜7」を上方から見た平面視での構成であることは明白である。
そして、「IDT電極11」の上記構成は、「IDT電極11〜14」を代表するものであるから、「IDT電極12〜14」も「IDT電極11」と同様の構成を有すると認められる。
したがって、本願発明1と引用発明は「前記圧電体層の平面視において、前記直列IDT電極および前記並列IDT電極それぞれは、所定の伝搬方向に交差する方向において互いに対向している第1バスバーおよび第2バスバーと、前記第1バスバーから前記第2バスバー側へ、互いに並列に前記伝搬方向に直交する方向に延びている複数の第1電極指と、前記第2バスバーから前記第1バスバー側へ、互いに並列に前記伝搬方向に直交する方向に延びている複数の第2電極指とを有し」ている点で共通する。

(6)『前記複数の第1電極指と前記複数の第2電極指とは、前記複数の第1電極指の先端を結ぶ第1仮想線と、前記複数の第2電極指の先端を結ぶ第2仮想線との間で互いに噛み合っており、』について

引用発明の「第1の電極指11c」の先端と「第2のバスバー11b」とはギャップ及び「ダミー電極11e」で隔てられ、「第2の電極指11d」の先端と「第1のバスバー11a」とはギャップ及び「ダミー電極11f」で隔てられ、互いに間挿し合うように設けられた「第1の電極指11c」と「第2の電極指11d」とは、上記2つのギャップの間、換言すると、「第1の電極指11c」の先端を結ぶ「仮想線A1」と「第2の電極指11d」の先端を結ぶ仮想線との間で互いに噛み合っているといえる。
そして、上記「仮想線A1」を『第1の仮想線』、「第2の電極指11d」の先端を結ぶ仮想線を『第2の仮想線』と称することは任意である。
してみると、本願発明1と引用発明は「前記複数の第1電極指と前記複数の第2電極指とは、前記複数の第1電極指の先端を結ぶ第1仮想線と、前記複数の第2電極指の先端を結ぶ第2仮想線との間で互いに噛み合って」いる点で共通する。

(7)『前記圧電体層は、30°以上60°以下回転YカットX伝搬のLiTaO3の単結晶からなり、』について

引用発明の「圧電膜7」は、LiTaO3からなるが、『30°以上60°以下回転YカットX伝搬』のもので『単結晶からなる』か明らかではない。

(8)『少なくとも1つの前記直列IDT電極の前記第1仮想線および前記第2仮想線は、平面視において前記伝搬方向に対して左回りの方向に傾斜しており、』、『少なくとも1つの前記並列IDT電極の前記第1仮想線および前記第2仮想線は、平面視において前記伝搬方向に対して右回りの方向に傾斜しており、』について

引用発明の直列腕共振子「IDT電極11、12」の傾斜角度νは、複数本の「第1の電極指11c」の先端を結ぶ「仮想線A1」が弾性波の伝搬方向ψに対してなす角度がνで、IDT電極の平面図において左回りに傾斜した角度である。
他方、引用発明の並列腕共振子「IDT電極13、14」の傾斜角度−νは、上記「仮想線A1」が、弾性波の伝搬方向ψに対し、IDT電極の平面図において右回りに傾斜した角度である。
また、引用発明の「第2の電極指11d」の先端を結ぶ仮想線の方向は、上記「仮想線A1」の方向と同じであるから、「仮想線A1」と同様に弾性波伝搬方向ψに対して角度νないし−ν傾斜していることは明らかである。
してみると、本願発明1と引用発明は「少なくとも1つの前記直列IDT電極の前記第1仮想線および前記第2仮想線は、平面視において前記伝搬方向に対して左回りの方向に傾斜しており」、「少なくとも1つの前記並列IDT電極の前記第1仮想線および前記第2仮想線は、平面視において前記伝搬方向に対して右回りの方向に傾斜して」いる点で共通する。

(9)『前記ラダー型フィルタは、前記第1仮想線および前記第2仮想線が平面視において前記伝搬方向に対して右回りの方向に傾斜している前記直列IDT電極を有しておらず、』、『前記ラダー型フィルタは、前記第1仮想線および前記第2仮想線が平面視において前記伝搬方向に対して左回りの方向に傾斜している前記並列IDT電極を有していない』について

上記(3)で検討したとおり、引用発明の「ラダー型フィルタ」が、『直列共振子部』、『並列共振子部』をそれぞれ複数有することは引用文献1に示されていない。
そして、仮に、引用発明が『直列共振子部』、『並列共振子部』をそれぞれ複数有する場合において、「前記ラダー型フィルタは、前記第1仮想線および前記第2仮想線が平面視において前記伝搬方向に対して右回りの方向に傾斜している前記直列IDT電極を有しておらず」、「前記ラダー型フィルタは、前記第1仮想線および前記第2仮想線が平面視において前記伝搬方向に対して左回りの方向に傾斜している前記並列IDT電極を有していない」かは、引用文献1からは明らかでない。

(10)『弾性波フィルタ』について

引用発明の「弾性波装置21」は、「ラダー型フィルタ」であるから、『弾性波フィルタ』といえる。


上記(1)から(10)で対比した事項を踏まえると、本願発明1と引用発明とは、次の点で一致点、相違点がある。

(一致点)
「支持基板と、
前記支持基板上に位置している圧電体層と、
ラダー型フィルタの、直列共振子部及び並列共振子部と、
を有しており、
前記直列共振子部は、1つ以上の直列共振子を有しており、
前記並列共振子部は、1つ以上の並列共振子を有しており、
前記1つ以上の直列共振子のそれぞれは、前記圧電体層上に位置している直列IDT電極を有しており、
前記1つ以上の並列共振子のそれぞれは、前記圧電体層上に位置している並列IDT電極を有しており、
前記圧電体層の平面視において、前記直列IDT電極および前記並列IDT電極それぞれは、
所定の伝搬方向に交差する方向において互いに対向している第1バスバーおよび第2バスバーと、
前記第1バスバーから前記第2バスバー側へ、互いに並列に前記伝搬方向に直交する方向に延びている複数の第1電極指と、
前記第2バスバーから前記第1バスバー側へ、互いに並列に前記伝搬方向に直交する方向に延びている複数の第2電極指と、を有しており、
前記複数の第1電極指と前記複数の第2電極指とは、前記複数の第1電極指の先端を結ぶ第1仮想線と、前記複数の第2電極指の先端を結ぶ第2仮想線との間で互いに噛み合っており、
前記圧電体層は、LiTaO3からなり、
少なくとも1つの前記直列IDT電極の前記第1仮想線および前記第2仮想線は、平面視において前記伝搬方向に対して左回りの方向に傾斜しており、
少なくとも1つの前記並列IDT電極の前記第1仮想線および前記第2仮想線は、平面視において前記伝搬方向に対して右回りの方向に傾斜している、
弾性波フィルタ。」

(相違点1)
『ラダー型フィルタ』の『直列共振子部』及び『並列共振子部』について、本願発明1はそれぞれを複数有しているのに対し、引用発明がそれぞれを複数有することは引用文献1に示されていない点。

(相違点2)
『圧電体層』について、本願発明1は『30°以上60°以下回転YカットX伝搬のLiTaO3の単結晶』からなるのに対し、引用発明は「LiTaO3」からなるものの、カット角や単結晶かについて明らかではない点。

(相違点3)
相違点1とも相まって、引用文献1には、『直列共振子部』及び『並列共振子部』を複数有することが明記されていないから、本願発明1の『ラダー型フィルタ』は、『前記第1仮想線および前記第2仮想線が平面視において前記伝搬方向に対して右回りの方向に傾斜している前記直列IDT電極を有しておらず』、『前記第1仮想線および前記第2仮想線が平面視において前記伝搬方向に対して左回りの方向に傾斜している前記並列IDT電極を有していない』のに対し、引用発明の「ラダー型フィルタ」が、そのように構成されるのか明らかではない点。


2.相違点についての判断

事案に鑑み、相違点1及び相違点3について検討する。

複数の直列共振子部と複数の並列共振子部で構成したラダー型フィルタは周知のものであり、引用発明の「ラダー型フィルタ」を当該周知の構成にすることは格別なことではない。
一方、引用発明は、単に「ラダー型フィルタ」に「他のIDT電極と傾斜角度の極性が異なるIDT電極を配置してよい([0073])」というものであって、たまたま、「直列腕共振子」である「IDT電極11、12」の「仮想線A1」が平面図([図11])上で弾性波伝搬方向ψに対して左回りの方向に傾斜していることが、ただちに「仮想線A1」が弾性波伝搬方向ψに対して右回りの方向に傾斜した直列腕共振子のIDT電極を有さないようにしたことを示すとはいえない。同様に、「並列腕共振子」である「IDT電極13、14」の「仮想線A1」が平面図([図11])上で弾性波伝搬方向ψに対して右向きの方向に傾斜していることが、ただちに「仮想線A1」が弾性波伝搬方向ψに対して左回りの方向に傾斜した並列腕共振子のIDT電極を有さないようにしたことを示すとはいえない。また、ラダー型フィルタの直列腕共振子、並列腕共振子をそのように配置することが周知技術であるとの合理的理由もない。
そのため、引用発明の「ラダー型フィルタ」を直列共振子部、並列共振子部をそれぞれ複数有する構成とする場合に、弾性波伝搬方向ψに対して右回りの方向に傾斜した直列腕共振子のIDT電極を有さず、弾性波伝搬方向ψに対して左回りの方向に傾斜した並列腕共振子のIDT電極を有さない配置になるということはできない。
そして、本願発明1は、相違点3に係る構成を採用することで、「直列共振子17の傾斜角θを正とし、並列共振子19の傾斜角θを負とした態様の方が、その逆の態様に比較して特性が向上する」(本願明細書【0082】)という顕著な効果を奏するものであるから、相違点3について、当業者が容易になし得たとはいえない。

したがって、他の相違点について検討するまでもなく、本願発明1は、当業者といえども、引用発明に基いて容易に発明をすることができたものとはいえない。

本願発明2〜8も、本願発明1と同一の構成を備えるものであるから、本願発明1と同じ理由により、当業者であっても、引用発明に基いて容易に発明をすることができたものとはいえない。


第6 原査定について
本願発明1〜8は、前述のとおり、当業者であっても、拒絶査定において引用された引用文献1に基いて、容易に発明できたものとはいえない。
したがって、原査定の理由を維持することはできない。

第7 むすび
以上のとおり、原査定の理由によって、本願を拒絶することはできない。
また、他に本願を拒絶すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり審決する。
 
審決日 2022-06-22 
出願番号 P2018-069578
審決分類 P 1 8・ 121- WY (H03H)
最終処分 01   成立
特許庁審判長 伊藤 隆夫
特許庁審判官 衣鳩 文彦
寺谷 大亮
発明の名称 弾性波フィルタ、分波器および通信装置  
代理人 飯島 康弘  

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