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審決分類 審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  A61K
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  A61K
審判 全部申し立て 2項進歩性  A61K
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  A61K
管理番号 1387500
総通号数
発行国 JP 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2022-08-26 
種別 異議の決定 
異議申立日 2021-09-03 
確定日 2022-05-20 
異議申立件数
訂正明細書 true 
事件の表示 特許第6838676号発明「頻脈性不整脈の処置用の医薬組成物」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6838676号の特許請求の範囲を、訂正請求書に添付された特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1−7〕について訂正することを認める。 特許第6838676号の請求項1〜7に係る特許を維持する。  
理由 第1 手続の経緯

1 特許第6838676号(以下「本件特許」という。)の請求項1〜7に係る特許についての出願(特願2020−133749号)は、令和2年8月6日(優先権主張 令和1年8月7日)に出願され、令和3年2月16日にその特許権の設定登録がされ、令和3年3月3日に特許掲載公報が発行された。
その後、請求項1〜7に係る特許について、令和3年9月3日に特許異議申立人 笹井栄治(以下「申立人」という。)により特許異議の申立てがなされ、当審から、同年11月25日付けで取消理由を通知したところ、特許権者は、その指定期間内である令和4年1月27日に訂正請求(以下「本件訂正請求」という。)及び意見書の提出を行った。
これに対し、同年2月3日付けで、当審から申立人に対して意見書を提出する機会を与えたが(特許法第120条の5第5項)、申立人から意見書は提出されなかった。

2 特許異議の申立てにおいて、申立人が提出した証拠方法は、次のとおりである。以下、甲第1号証〜甲第9号証を、号証の番号順にそれぞれ「甲1」・・・「甲9」と略して記載する。

・甲1:西山芳憲,「骨盤腹膜炎に続発した敗血症性ショックの治療経験」,愛媛労災病院医学雑誌,2008年,Vol.5,No.1,p.5〜8

・甲2:廣崎早江子ら,「甲状腺全摘術後の甲状腺クリーゼから多臓器不全に陥ったが血漿交換を契機に救命し得た1例」,日臨麻会誌,2015年,Vol.35,No.5,p.601〜606
(当審注:漢字「崎」の右側の上部分は「立」であるが、システム上表記できないため、「崎」で代用して記載した。)

・甲3:宮原栄治ら,「非結核性抗酸菌症を合併した両側気胸の1例」,日呼外会誌,2014年,28巻,6号,p.79(771)〜84(776)

・甲4:一ノ宮大雅ら,「一般演題9 中毒 アナフィラキシ−(P-22) 遷延するアナフィラキシ−ショックに対してバソプレシンの持続投与を行った一例」,蘇生,2011年,30巻,3号,p.188

・甲5:西本久子ら,「カフェイン中毒による発作性上室性頻拍に射してデクストメミジンが有効と考えられた1症例」,日臨麻会誌,2018年,Vol.38,No.4,p.454〜458

・甲6:塩路直弘ら,「カテコラミン誘発多形性心室頻拍による難治性心室細動に鎮静下での除細動が有効であった1例」,日集中医誌,2014年,Vol.21,No.1,p.57〜58

・甲7:小野薬品工業株式会社,「オノアクト(R)点滴静注用50mg」及び「オノアクト(R)点滴静注用150mg」の添付文書、2019年3月改訂(第14版)
(当審注:「(R)」はRの丸囲いを意味する。以下同様である。)

・甲8:Yuko Yoshida et al.,“Successful Management of Tachycardiac Atrial Fibrillation in a Septic Patient with Landiolol”,LETTERS TO THE EDITOR,ANESTH ANALG,2005,Vol.100,issue 1,p.294〜295(全文の頁番号はp.289〜301)
(当審注:p.294及び295には「2004;100:289-301」との記載があり、p.301には「2004;99;289-301」との記載がある。しかし、ANESTH ANALG(Anesthesia & Analgesia)のホームページ<URL:https://journals.lww.com/anesthesia-analgesia/toc/2005/01000>によれば、これらの記載はいずれも「2005;100:289-301」の誤記と認められる。)

・甲9:日本集中治療医学会Sepsis Registry委員会(編集),「日本版敗血症診療ガイドライン」,一般社団法人日本集中治療医学会(発行),2012年,p.9〜47(全文の頁番号はp.1〜109)

<以上、申立人が特許異議申立書とともに提出>

3 当審合議体による職権探知により採用した参考文献

・参考文献A:メルクマニュアル 第18版 日本語版, 日経BP社発行, 2007年4月25日,p.594〜598

第2 訂正の適否についての判断

1 訂正の内容

本件訂正請求による訂正(以下「本件訂正」という。)は、本件特許請求の範囲を、訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり訂正しようとするものであり、その内容は、以下の(1)及び(2)のとおりである。なお、訂正箇所には当審合議体が下線を付した。

(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1における「アシドーシスを有する患者」という記載を、「敗血症に起因するアシドーシスを有する患者」という記載に訂正する。請求項1の記載を引用する請求項2〜7も連動して同様に訂正する。

(2)訂正事項2
特許請求の範囲の請求項4における「アシドーシスが敗血症に起因するものである」という記載を、「ランジオロール塩酸塩約0.1μg/kg/min〜約20μg/kg/minの用量で投与される」という記載に訂正する。請求項4の記載を引用する請求項5〜7も連動して同様に訂正する。

なお、訂正前の請求項2〜7は、それぞれ訂正前の請求項1の記載を引用しており、訂正前の請求項5〜7は、それぞれ訂正前の請求項4を引用しているので、本件訂正は、一群の請求項1〜7について請求されたものである。

2 訂正の目的の適否、新規事項の有無、及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否

(1)訂正事項1について
訂正事項1は、訂正前の請求項1における「アシドーシスを有する患者」を、訂正後の請求項1において「敗血症に起因するアシドーシスを有する患者」に限定するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
そして、上記限定は、訂正前の請求項4における「アシドーシスが敗血症に起因するものである」という特定事項、願書に添付した明細書における「アシドーシスが敗血症に起因するものである」という記載(【0026】の[21])を、訂正後の請求項1に導入するものである。
よって、訂正事項1は、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものにも該当しない。

(2)訂正事項2について
訂正事項2は、訂正事項1により訂正後の請求項1に導入された、訂正前の請求項4における「アシドーシスが敗血症に起因するものである」という特定事項を削除した上で、訂正前の請求項4に係る発明におけるランジオロール塩酸塩の用量を「ランジオロール塩酸塩約0.1μg/kg/min〜約20μg/kg/minの用量で投与される」という用量に限定するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
そして、上記「ランジオロール塩酸塩約0.1μg/kg/min〜約20μg/kg/minの用量で投与される」という用量は、願書に添付した明細書における、「ランジオロール塩酸塩の具体的な用量としては、約0.1μg/kg/min、・・・ (中略)・・・、約20μg/kg/min・・・ (中略)・・・が挙げらる。本開示において、これらの用量のうち、いずれかの用量を最低用量または最高用量として選択し、適宜組み合わせることにより、好ましい範囲の用量を適用することができる。」(【0019】)という記載、及び「例えば、ランジオロール塩酸塩約1μg/kg/minで投与を開始し、患者の状態に応じて、約20μg/kg/minを上限として、・・・(中略)・・・してもよい。あるいは、例えば、ランジオロール塩酸塩約1μg/kg/minで投与を開始し、患者の状態に応じて、約0.1μg/kg/minを下限として、・・・(中略)・・・まで減ずる。」(【0020】)という記載に基づいて導き出せる用量である。
よって、訂正事項2は、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものにも該当しない。

(3)独立特許要件について
特許異議の申立ては訂正前の全ての請求項に対してされているので、本件訂正に関して、特許法第120条の5第9項において読み替えて準用する同法126条第7項に規定する要件(独立特許要件)は課されない。

3 小括
以上のとおり、本件訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合するものである。
よって、特許請求の範囲を、訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1〜7〕について訂正することを認める。

上記第2のとおり、本件訂正は認められたので、本件特許の請求項1〜7に係る発明は、訂正特許請求の範囲の請求項1〜7に記載された事項により特定される、次のとおりのものである。

「【請求項1】
敗血症に起因するアシドーシスを有する患者の頻脈性不整脈を処置するための、ランジオロール塩酸塩を含む医薬組成物。
【請求項2】
頻脈性不整脈が敗血症に伴うものである、請求項1に記載の医薬組成物。
【請求項3】
アシドーシスが代謝性アシドーシスである、請求項1または2に記載の医薬組成物。
【請求項4】
ランジオロール塩酸塩約0.1μg/kg/min〜約20μg/kg/minの用量で投与される、請求項1〜3のいずれかに記載の医薬組成物。
【請求項5】
ランジオロール塩酸塩約1μg/kg/minの用量で投与を開始され、約20μg/kg/minを超えない用量で投与される、請求項1〜4のいずれかに記載の医薬組成物
【請求項6】
静脈内投与される、請求項1〜5のいずれかに記載の医薬組成物。
【請求項7】
持続投与される、請求項1〜6のいずれかに記載の医薬組成物。」

以下、各請求項に係る発明を、請求項の番号に従い「本件発明1」等という。

第4 令和3年11月25日付け取消理由通知書に記載した取消理由について

1 取消理由1(新規性欠如)の要旨
本件特許の下記の請求項に係る発明は、本件特許の優先日前に日本国内又は外国において、頒布された下記の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明であって、特許法第29条第1項第3号に該当するから、下記の請求項に係る特許は、特許法第29条第1項の規定に違反してされたものであり、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。

(1)請求項1〜4、6、7に係る発明に対する、甲1を主引用例とする新規性欠如

(2)請求項1、3、6、7に係る発明に対する、甲2〜6のいずれかを主引用例とする新規性欠如

2 取消理由2(進歩性欠如)の要旨
本件特許の下記の請求項に係る発明は、本件特許の優先日前に日本国内又は外国において、頒布された下記の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて、本件特許の優先日前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、下記の請求項に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであり、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。

(1)請求項5〜7に係る発明に対する、甲1(主引用例)、並びに甲7〜9及び参考文献Aによる進歩性欠如

(2)請求項5〜7に係る発明に対する、甲2〜6のいずれか(主引用例)、及び甲7による進歩性欠如

3 取消理由3(サポート要件違反)の要旨
本件特許は、特許請求の範囲の記載が下記の点で不備のため、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。

・請求項1〜3、5〜7に係る発明について
敗血症に起因しない、糖尿病性ケトアシドーシスや代謝性アシドーシスを有する患者にランジオロール塩酸塩を投与する態様を包含する請求項1〜3、5〜7に係る発明の範囲まで、本件明細書に記載された内容を拡張ないし一般化することはできないから、請求項1〜3、5〜7に係る発明は発明の詳細な説明に記載した範囲を超えるものである。

4 取消理由4(実施可能要件違反)の要旨
本件特許は、明細書の記載が下記の点で不備のため、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。

・請求項1〜3、5〜7に係る発明について
敗血症に起因しない、糖尿病性ケトアシドーシスや代謝性アシドーシスを有する患者に対して、ランジオロール塩酸塩により頻脈性不整脈を処置することが可能であるかどうかを、本件明細書の記載から理解することができない。また、そのような事項が本件出願時の技術常識から推認可能であるとも認められない。
したがって、本件特許の出願時の技術常識に照らし、発明の詳細な説明の記載により、請求項1〜3、5〜7に係る発明が、敗血症に起因しない、糖尿病性ケトアシドーシスや代謝性アシドーシスを有する患者の頻脈性不整脈を処置するための医薬組成物として使用できることを、当業者が理解できるということはできない。

第5 取消理由についての当審の判断

1 取消理由1の「(1)請求項1〜4、6、7に係る発明に対する、甲1を主引用例とする新規性欠如」について

(1)甲1に記載された事項及び甲1に記載された発明
甲1には、以下の記載がある。なお、下線は当審合議体が付した。以下同様である。
(摘記1a)
「1.はじめに
重症敗血症や敗血症性ショックの治療は現在も容易でなく、予後も良好とはいえない。そのような中で、2008年に欧米で重症敗血症と敗血症性ショックの治療に関するガイドラインが改定された1)。今回、このガイドラインを参考にして、我が国で独自に施行されている方法を加え、骨盤内膿瘍に続発した敗血症性ショック患者の治療を行ったので報告する。

2.症例
症例:60歳、男性、身長167cm、体重54kg
主訴:ショック
既往歴:頸髄損傷(31年前)、心房細動
現病歴:神経因性膀胱に対し、経皮的膀胱瘻造設術を行ったところ、術後に高熱と下腹部痛が出現した。CT検査でダグラス窩膿瘍を認め、緊急で開腹ドレナージ術を施行したが、術後ショック状態のため、ICUに入室した。
ICU入室時現症:ドパミン(dopamine:DOA)9μg/kg/min投与下で、血圧70/45 mmHg、心拍数130/min(不整)。気管挿管し、調節呼吸の状態。体温38.3℃、麻酔状態未覚醒であった。
ICU入室時検査所見:血液検査では血小板数減少、凝固異常、fibrin/fibrinogen degradation productの増加およびCRPの上昇を認め、血液ガス分析では代謝性アシドーシスがあった(表1)。胸部写真には異常を認めず、心電図は心房細動による頻脈であった。
ICU入室後経過:骨盤内膿瘍に続発した敗血症ショックと考えられ、日本救急医学会の提唱する急性期播種性血管内凝固症候群(disseminated intravascular coagulation、DIC)診断基準を満たしていた。
抗生物質はメロペネムを投与した。ショックに対し、中心静脈圧(central venous pressure:CVP)が10mmHg以上となるように晶質輸液を行ない(fluid resuscitation)、DOA 9μg/kg/minを投与し、さらにヒドロコルチゾンを10mg/時の速度で持続静脈内投与したが、平均動脈圧(mean arterial pressure:MAP)が65mmHgに達しないので、ポリミキシン固定化ファイバー(polymyxin B-immobilized direct hemoperfusion:PMX-DHP)を使用した血液吸着を2回施行した。DICに対しては、メシル酸ガベキサート(1,500mg/日)とアンチトロンビンIII製剤(1,500単位/日)の投与を行なった。これらの治療により、血圧はしだいに上昇し、ICU入室16時間後にはMAPが65mmHgを超えるようになり、入室40時間後にDOAを中止できた。CRPも順調に低下した(図1)。培養検査で膿から大腸菌が証明され、メロペネムはそれに対し、十分な感受性があった。全身性炎症反応症候群のために不安定な頻脈(心房細動)が持続したが、塩酸ランジオロールの持続注入を行い、コントロールできた(図2)。第4病日に人工呼吸より離脱、第6病日にICUより退室した。」(p.5の本文左欄1行〜p.7左欄2行)
(当審注:「塩酸ランジオロールの持続注入を行い、コントロールできた(図2)」との記載について、下記の摘記1bに示すように、図2は「重症敗血症時に頻脈が生じる機序と頻脈によってもたらされる合併症。」を示すものであるのに対し、図3は「全身性炎症反応症候群に伴う不安定な頻脈(心房細動)に対する塩酸ランジオロールの効果。」を示すものであるから、前記記載の「(図2)」は「(図3)」の誤記と認められる。
また、「CRP」は炎症反応や組織破壊が生じると血中に増加するC反応性蛋白の略語である。)

(摘記1b)




」(p.6の「図1」、p.7の「図2」及び「図3」)
(当審注:図3中には、「landiolol hydrochloride」の投与量単位について「mg/kg/min」と記載されているが、下記摘記1cに「10〜20μg/kg/minの塩酸ランジオロールにより」と記載されていることから、図3中の「mg/kg/min」は「μg/kg/min」の誤記と認められる。)

(摘記1c)
「重症敗血症では中枢性の自律神経障害がおこるほか、心臓充満の低下、交感神経の過緊張や発熱により頻脈が生ずる3)。頻脈の持続は拡張期の心室充満のさらなる低下や酸素消費量の増大をもたらし、心筋傷害さえ惹起するとされている(図3)。このような心房細動による頻脈に対し、超短時間作用性のβブロッカーである塩酸ランジオロールの持続投与が効果的であったとする報告がなされている4)。この症例においても10〜20μg/kg/minの塩酸ランジオロールにより、血圧低下などの副作用をきたすことなく、心拍数を減少させることができた。」(p.7の右欄下から4行目〜p.8の左欄6行)
(当審注:「頻脈の持続は・・・とされている(図3)」との記載について、摘記1aにおける「当審注」で指摘した図2と図3の内容、摘記1bにおける図2の記載から、摘記1cにおける「(図3)」は「(図2)」の誤記と認められる。)

上記のように、甲1には、骨盤内膿瘍に続発した敗血症ショックの患者であって、心房細動による頻脈が認められた患者において、全身性炎症反応症候群のために持続した不安定な頻脈(心房細動)に対して、10〜20μg/kg/minの塩酸ランジオロールの持続注入を行い、これをコントロールできたことが記載されている(摘記1a〜1c)。
そして、上記患者は、ICU入室時検査所見で代謝性アシドーシスを有することが確認された患者であり、ICU入室後に、抗生物質であるメロペネムの投与、晶質輸液の実施(fluid resuscitation)、ドパミン(DOA)の投与(9μg/kg/min)、ヒドロコルチゾンの投与(10mg/時の速度で持続静脈内投与)、ポリミキシン固定化ファイバー(polymyxin B-immobilized direct hemoperfusion:PMX-DHP)を使用した血液吸着の2回施行、メシル酸ガベキサート(1,500mg/日)及びアンチトロンビンIII製剤(1,500単位/日)の投与という各種の処置を行い、ICU入室時から30時間以降に、塩酸ランジオロールが持続注入された患者(摘記1a、摘記1bの図1及び図3)である。
そうすると、甲1には次の発明が記載されていると認められる。

「骨盤内膿瘍に続発した敗血症ショックの患者における、心房細動による頻脈を処置するための塩酸ランジオロールを含む医薬組成物であって、
前記患者は、ICU入室時検査所見で代謝性アシドーシスを有することが確認された患者であり、
前記患者に対して、ICU入室後に、抗生物質であるメロペネムの投与、晶質輸液の実施(fluid resuscitation)、ドパミン(DOA)の投与(9μg/kg/min)、ヒドロコルチゾンの投与(10mg/時の速度で持続静脈内投与)、ポリミキシン固定化ファイバー(polymyxin B-immobilized direct hemoperfusion:PMX-DHP)を使用した血液吸着の2回施行、メシル酸ガベキサート(1,500mg/日)及びアンチトロンビンIII製剤(1,500単位/日)の投与という各種の治療を行い、
前記患者に対して、ICU入室時から30時間以降に、塩酸ランジオロールが10〜20μg/kg/minで持続注入される、前記医薬組成物。」(以下「甲1発明」という。)

(2)本件発明1について
ア 甲1発明との対比
甲1発明の「心房細動による頻脈」、「塩酸ランジオロール」は、それぞれ、本件発明1の「頻脈性不整脈」、「ランジオロール塩酸塩」に相当する。
そうすると、本件発明1と甲1発明とは、
「患者の頻脈性不整脈を処置するための、ランジオロール塩酸塩を含む医薬組成物。」である点で一致し、以下の点で相違する。

(相違点1)
本件発明1の患者は「敗血症に起因するアシドーシスを有する患者」であるのに対し、
甲1発明の患者は、骨盤内膿瘍に続発した敗血症ショックの患者であって、前記患者は、ICU入室時検査所見で代謝性アシドーシスを有することが確認され、ICU入室後に、抗生物質であるメロペネムの投与、晶質輸液の実施(fluid resuscitation)、ドパミン(DOA)の投与(9μg/kg/min)、ヒドロコルチゾンの投与(10mg/時の速度で持続静脈内投与)、ポリミキシン固定化ファイバー(polymyxin B-immobilized direct hemoperfusion:PMX-DHP)を使用した血液吸着の2回施行、メシル酸ガベキサート(1,500mg/日)及びアンチトロンビンIII製剤(1,500単位/日)の投与という各種の治療を行い、ICU入室時から30時間以降に、塩酸ランジオロールが10〜20μg/kg/minで持続注入される患者である点。

以下、「抗生物質であるメロペネムの投与、晶質輸液の実施(fluid resuscitation)、ドパミン(DOA)の投与(9μg/kg/min)、ヒドロコルチゾンの投与(10mg/時の速度で持続静脈内投与)、ポリミキシン固定化ファイバー(polymyxin B-immobilized direct hemoperfusion:PMX-DHP)を使用した血液吸着の2回施行、メシル酸ガベキサート(1,500mg/日)及びアンチトロンビンIII製剤(1,500単位/日)の投与という各種の処置」を「各種の処置」という。

イ 相違点1についての判断
(ア)甲1発明の患者は、ICU入室時検査所見で代謝性アシドーシスを有することが確認された患者であるところ(摘記1a)、本願優先日当時の技術常識(以下「技術常識」という。)を示す甲9及び参考文献Aに、「敗血症ショックは,敗血症にショックを合併した状態であり,ショックの進行に伴って,代謝性アシドーシスが進行しやすく」(甲9のp.39の7〜8行)、「ショックが進むにつれ,代謝性アシドーシスが進行し,血清pHが低下する。」(参考文献Aのp.596左欄下から11〜9行)とそれぞれ記載されているように、敗血症ショックが進むにつれて代謝性アシドーシスが進行することは、技術常識であった。
そして、甲1発明の患者において代謝性アシドーシスが生じる原因として、敗血症ショック以外の原因は見当たらないので、ICU入室時検査所見で確認された代謝性アシドーシスは、敗血症に起因する代謝性アシドーシスであると解される。
しかし、甲1には、塩酸ランジオロールの投与が開始された、ICU入室時から30時間の時点の甲1発明の患者において、代謝性アシドーシスが確認されたことは記載されていない。

(イ)甲1発明の患者には、ICU入室後、甲1発明の「各種の治療」が行われている(摘記1a)。
そして、甲1には、上記「各種の治療」により、ICU入室時から30時間の時点では、甲1発明の患者のCVP(中心静脈圧)が10mmHg程度であり、MAP(平均動脈圧)が65mmHgを超えており、CRP(当審注:炎症反応や組織破壊の指標であるC反応性蛋白)が順調に低下したことが記載されている(摘記1aの「これらの治療により、・・・CRPも順調に低下した(図1)。」、摘記1bの図1)。
ここで、技術常識を示す甲9には、敗血症の初期蘇生の目標に「代謝性アシドーシスの少なくとも6時間以内の改善」が含まれていること(p.45の「A5:平均血圧>65mmHg・・・を目標とする(1A)。」)が記載されていることに加えて、甲9の下記「図.敗血症の初期蘇生の例」(p.47)に「中心静脈圧≧8mmHg」及び「平均動脈圧≧65mmHg」と記載されるように、CVP(中心静脈圧)を8mmHg以上、MAP(平均動脈圧)が65mmHg以上とすることは、敗血症の初期蘇生における達成目標に含まれていることを参酌すると、ICU入室時から30時間の時点での甲1発明の患者は、敗血症に対する治療が順調に進んでおり、上記CVP(中心静脈圧)及びMAP(平均動脈圧)の値が初期蘇生の目標を達成した状態であったといえる。


」(甲9のp.47)
さらに、「オノアクト(R)」という名称で市販される塩酸ランジオロール(ランジオロール塩酸塩)の添付文書である甲7に記載されるように、塩酸ランジオロール(ランジオロール塩酸塩)は、アシドーシスによる心筋収縮力の抑制を増強するおそれがあるため、代謝性アシドーシスのある患者には投与しないことが技術常識であった(甲7の1頁左欄の〔禁忌〕)。
(当審注:「(R)」はRの丸囲いを意味する。)

(ウ)上記(ア)及び(イ)から、塩酸ランジオロールの投与が開始された、ICU入室30時間の時点での甲1発明の患者は、敗血症に対する治療が順調に進んでいるため、敗血症に起因する代謝性アシドーシスが既に解消された状態であった蓋然性が高いといえる。
そうすると、塩酸ランジオロールの投与が開始された、ICU入室30時間の時点での甲1発明の患者は、本件発明1の「敗血症に起因するアシドーシスを有する患者」に該当するとはいえない。

ウ よって、甲1発明の患者は、本件発明1の「敗血症に起因するアシドーシスを有する患者」に該当するとはいえないので、相違点1は実質的な相違点であり、本件発明1は甲1に記載された発明ではないから、本件発明1に対する取消理由1の(1)は解消された。

(3)本件発明2〜4、6、7について
請求項2〜4、6、7は、請求項1を直接的又は間接的に引用しているので、本件発明2〜4、6、7の各発明と甲1発明とは、いずれも上記(2)で説示した相違点1を含む点で相違している。
よって、本件発明2〜4、6、7は甲1に記載された発明ではないので、本件発明2〜4、6、7に対する取消理由1の(1)は解消された。

2 取消理由1の「(2)請求項1、3、6、7に係る発明に対する、甲2〜6のいずれかを主引用例とする新規性欠如」について

(1)甲2を主引用例とする新規性欠如について

ア 甲2に記載された事項及び甲2に記載された発明
甲2には以下の事項が記載されている。
(摘記2a)
「[要旨]内科的治療が奏効せず甲状腺機能亢進のまま甲状腺全摘術を要したバセドウ病患者の周術期管理を経験した.手術はセボフルランとレミフェンタニルを用いた全身麻酔下に行われ,カルペリチドとランジオロールを術中使用した.・・・」(p.601「要旨」)

(摘記2b)
「<手術・麻酔>
甲状腺全摘術はセボフルランとレミフェンタニルを用いた全身麻酔下に施行された.・・・術中は心不全対策にカルペリチド(hANP;0.017μg/kg/min)を使用した.また,心拍数制御の目的でランジオロール(0.04μg/kg/min)を用いたが,頻脈が改善しないときはプロプラノロールの単回投与で対応した.術後は,反回神経への手術操作の影響と頚部腫脹を考慮して,挿管したままICUへ移動し鎮静下に翌日まで人工呼吸を行う方針とした.
<ICU経過>
翌日午前中に抜管し得た.・・・発熱と覚醒が重なり頻脈を呈していたが,BEと乳酸値はそれぞれ-1.0, 0.9mmol/Lと正常であった.しかし,徐々に代謝性アシドーシス(pH 7.29, BE -8.8)と高乳酸血症(3.3mmol/L)は進行し,約4時間後に血圧と心拍数の上昇,SpO2低下,せん妄出現など全身状態が悪化した.診断
基準1)から甲状腺クリーゼと判断して再挿管したが,徐々に血圧は低下しP波消失,徐脈となり,約10分後に心停止(pulseless electrical activity:PEA)に至った.直ちに心肺蘇生を開始し,一時的に心室細動となったが自己心拍は約3分後に回復した.
PEA時の血液ガス(純酸素吸入下)は酸素化能低下のほか,著明なアシドーシスと高カリウム血症(pH 7.173, PaCO2 32.4mmHg, PaO2 122.2mmHg, BE -15.6, K 7.6mmol/L)を示した.・・・乏尿とアシドーシスおよび高カリウム血症の進行に対しては,グルコース・インスリン療法のほかに持続的血液濾過透析(CHDF)を開始した.・・・
術後2日目,頻脈とうっ血性心不全の状態は持続し,体温上昇(>39℃)も加わった.CHDF継続にもかかわらず,アシドーシスおよび高乳酸血症は改善しなかった.」(p.602左欄7行〜同頁右欄18行)

(摘記2c)


」(p.603「図2」)

上記のように、甲2には、甲状腺全摘術中に、患者の心拍数制御の目的でランジオロール(0.04μg/kg/min)が用いられ、頻脈が改善しないときはプロプラノロールの単回投与で対応したこと、また、前記患者は術後に代謝性アシドーシスが進行したことが記載されている(摘記2a、2b)。そして、摘記2cから、ランジオロールは術後も継続して投与されており、代謝性アシドーシスが進行した時点においても投与されていたと認められる。
そうすると、甲2には次の発明が記載されていると認められる。
「甲状腺全摘術中及び術後の患者の心拍数を制御するための、ランジオロールを含む医薬組成物であって、0.04μg/kg/minで持続投与され、頻脈が改善しないときはプロプラノロールと併用されるものであり、前記患者は、前記甲状腺全摘術後のランジオロール投与期間中に代謝性アシドーシスの進行が認められた、前記医薬組成物。」(以下「甲2発明」という。)

イ 本件発明1、3、6、7について
甲2発明の医薬組成物は「頻脈が改善しないときはプロプラノロールと併用される」ものであることから、甲2発明の「心拍数を制御するための」という用途は、頻脈を改善するための、という用途を意味するものと解され、本件発明1の「頻脈性不整脈を処置するための」という用途に相当するといえる。
また、ランジオロールは塩酸塩として、「オノアクト(R)」という名称で市販されるものであるから(甲7のタイトル参照。)、甲2発明の「ランジオロール」は「ランジオロール塩酸塩」であると解される。
そして、甲2発明において、患者に代謝性アシドーシスの進行が認められた後は、ランジオロールは代謝性アシドーシスを有する患者の心拍数を制御するために投与されるものといえる。
そうすると、本件発明1、3、6、7の各発明と甲2発明とは、いずれも「アシドーシスを有する患者の頻脈性不整脈を処置するための、ランジオロール塩酸塩を含む医薬組成物。」である点で一致し、以下の相違点2を含む点で相違する。

(相違点2)
本件発明1、3、6、7の各発明の患者はいずれも「敗血症に起因するアシドーシスを有する患者」であるのに対し、甲2発明の患者は「甲状腺全摘術後のランジオロール投与期間中に代謝性アシドーシスの進行が認められた、」「甲状腺全摘術中及び術後の患者」である点。

そして、甲2には、甲2発明の患者が敗血症であることは記載されておらず、当該患者の代謝性アシドーシスが、敗血症に起因することは記載も示唆もされていないのであるから、上記相違点2は実質的な相違点である。

ウ よって、本件発明1、3、6、7は、いずれも甲2に記載された発明ではない。

(2)甲3を主引用例とする新規性欠如について

ア 甲3に記載された事項及び甲3に記載された発明
甲3には以下の事項が記載されている。
(摘記3a)
「症例は,66歳,男性.COPDにてHOT導入中,左気胸を発症し癒着術を施行された.また非結核性抗酸菌症を合併しリファンピシンを内服していた.その後,左気胸再発のためドレナージを施行されたが気瘻が軽快しないため当院に転院した.胸部CTにて両側気胸を認め,両肺はびまん性に低吸収領域を,また上葉中心に嚢胞性変化を認めた.右上葉にはMAC感染症による空洞を認めた.低心肺機能の
ため2期的に手術を行った.転院翌日,左上葉部分切除術を施行した.術後状態は安定していたため,左上葉部分切除術後7日目に,右上葉部分切除術を施行した.・・・」(p.771「要旨」)

(摘記3b)
「検査所見:血液生化学検査では,Hb9.2g/dl,Alb2.7g/dl,Ch-E80IU/L,TCho110mg/dl,と低下していた.またWBC9750/ul,CRP7.49mg/dl,BNP630pg/mlと異常高値を認めた.動脈血ガス分析(O2 5Lマスク)では,PaO275.5mmHg,PaCO259.5mmHgと著明な低酸素血症,高炭酸ガス血症を認め,pH7.339,BE8.9mEq/Lと,呼吸性アシドーシスを認めた.」(p.772左欄2行〜同頁右欄5行)

(摘記3c)
「左上葉部分切除術手術所見:入院翌日,左第4肋間腋窩開胸した.・・・肺尖部の癒着を剥離し,上葉を授動、ブラ破綻部を含め上葉の嚢胞部を切除するよう自動縫合器で上葉を部分切除した.・・・
術後経過:術直後より左気瘻は消失し,左肺は拡張した.術中心房細動を認め,術後もランジオロール,ドパミン,カルペリチドを継続投与した.・・・
右上葉部分切除術手術所見:左上葉部分切除術後7日目に,右第4肋間腋窩開胸した.・・・上葉を剥離し,MAC感染巣および肺尖部嚢胞を切除するよう自動縫合器で上葉を部分切除した.・・・
右上葉部分切除術後経過:術直後より右気瘻は消失した.ランジオロール,ドパミン,カルペリチドを継続投与し心不全は回避できた.」(p.773左欄10行〜同頁右欄15行)

上記のように、甲3には、非結核性抗酸菌症を合併した両側気胸の患者であって、呼吸性アシドーシスが認められた患者において、上葉部分切除術手術中に心房細動を認め、術後もランジオロール、ドパミン、カルペリチドを継続投与したことが記載されている(摘記3a〜3c)。

そうすると、甲3には次の発明が記載されていると認められる。
「非結核性抗酸菌症を合併した両側気胸の患者であって、呼吸性アシドーシスが認められた患者の、上葉部分切除術手術中に認められた心房細動を処置するための、ランジオロールを含む医薬組成物であって、ドパミン及びカルペリチドと共に継続投与される、前記医薬組成物。」(以下「甲3発明」という。)

イ 本件発明1、3、6、7について
甲3発明の「心房細動」は、本件発明1の「頻脈性不整脈」に相当する。
また、上記(1)イで説示したように、甲3発明の「ランジオロール」は「ランジオロール塩酸塩」であると解される。
そうすると、本件発明1、3、6、7の各発明と甲3発明とは、
「アシドーシスを有する患者の頻脈性不整脈を処置するための、ランジオロール塩酸塩を含む医薬組成物。」である点で一致し、以下の相違点3を含む点で相違する。

(相違点3)
本件発明1、3、6、7の各発明の患者はいずれも「敗血症に起因するアシドーシスを有する患者」であるのに対し、甲3発明の患者は「非結核性抗酸菌症を合併した両側気胸の患者であって、呼吸性アシドーシスが認められた患者」である点。

そして、甲3には、甲3発明の患者が敗血症であることは記載されておらず、当該患者の呼吸性アシドーシスが、敗血症に起因することは記載も示唆もされていないのであるから、上記相違点3は実質的な相違点である。

ウ よって、本件発明1、3、6、7は、いずれも甲3に記載された発明ではない。

(3)甲4を主引用例とする新規性欠如について

ア 甲4に記載された事項及び甲4に記載された発明
甲4には以下の事項が記載されている。
(摘記4a)
「40歳女性。・・・肺門部肺癌に対し化学放射線療法施行後、右上葉切除術と気管支形成術を施行された。2ヶ月後、感染徴候が出現し右気管支断端瘻を指摘され、緊急で右残存肺全摘術、気管形成術が施行された。手術終了30分前から誘引なく収縮期血圧(SBP)70mmHgに低下し心拍数(HR)130bpmの頻脈も認めた。昇圧薬、輸液負荷、塩酸ランジオロール投与で対応されICU入室となった。ICU入室時、SBP100mmHg、塩酸ランジオロール20μg・kg-1・min投与下にHR140bpmであった。・・・アナフィラキシーショックと考えエピネフリン0.1mgを静注したところ反応性に血圧は上昇した。しかし血圧上昇は一時的で、5分おきに繰り返しエピネフリンの投与が必要であったためエピネフリン0.05μg・kg-1・minで持続投与を開始した。SBP90mmHg台で安定したが、HRは塩酸ランジオロール 5μg・kg-1・min投与下に150bpmであった。乳酸アシドーシスの進行を認めたためエピネフリン持続静注を中止したところ、HRは120bpmに低下したが血圧も低下した。エピネフリン投与を再開するとHRは再び150bpmまで上昇したため、バソプレシンを1単位・hr-1で投与開始した。その後、SBPは100〜120mmHgで安定し、塩酸ランジオロール10μg・kg-1・min投与下にHR110bpmであった。バソプレシン、エピネフリンは漸減し、アナフィラキシーショック発症後24時間で中止した。バソプレシン開始後、乳酸アシドーシスの進行は認めなかった。・・・」(全文)

上記のように、甲4には、右残存肺全摘術及び気管形成術が施行された患者において、手術終了30分前から収縮期血圧(SBP)の低下及び頻脈が認められ、昇圧薬、輸液負荷、塩酸ランジオロール投与で対応したこと、エピネフリン持続投与及び塩酸ランジオロール投与下で前記患者に乳酸アシドーシスの進行が認められたため、エピネフリンの持続静注を中止し、HRが上昇したためにバソプレシンの投与を開始したことが記載されている(摘記4a)。
ここで、摘記4aから、ICU入室時に開始された塩酸ランジオロールの投与は、乳酸アシドーシスの進行が認められ、バソプレシンの投与が開始された後も、継続されていたものと認められる。
また、摘記4aのとおり、甲4には、心拍数(HR)が塩酸ランジオロール投与下の値として記載されていることから、収縮期血圧(SBP)の低下及び頻脈に対応するために投与された「昇圧薬、輸液負荷、塩酸ランジオロール」のうち、塩酸ランジオロールは心拍数に関連する頻脈に対応するために用いられたものと認められる。
そうすると、甲4には次の発明が記載されていると認められる。
「右残存肺全摘術及び気管形成術が施行された患者において、手術中に認められた頻脈を処置するための塩酸ランジオロールを含む医薬組成物であって、前記塩酸ランジオロールの投与下で前記患者に乳酸アシドーシスの進行が認められた後も持続投与される、前記医薬組成物。」(以下「甲4発明」という。)

イ 本件発明1、3、6、7について

甲4発明の「頻脈」及び「塩酸ランジオロール」は、それぞれ本件発明1の「頻脈性不整脈」及び「ランジオロール塩酸塩」に相当する。
そして、甲4発明において、患者に乳酸アシドーシスの進行が認められた後は、塩酸ランジオロールは乳酸アシドーシスを有する患者の頻脈を処置するために投与されるものといえる。
そうすると、本件発明1、3、6、7の各発明と甲4発明とは、
「アシドーシスを有する患者の頻脈性不整脈を処置するための、ランジオロール塩酸塩を含む医薬組成物。」である点で一致し、以下の相違点4を含む点で相違する。

(相違点4)
本件発明1、3、6、7の各発明の患者はいずれも「敗血症に起因するアシドーシスを有する患者」であるのに対し、甲4発明の患者は「右残存肺全摘術及び気管形成術が施行された患者であって、乳酸アシドーシスの進行が認められた患者」である点。

そして、甲4には、甲4発明の患者が敗血症であることは記載されておらず、当該患者の乳酸アシドーシスが、敗血症に起因することは記載も示唆もされていないのであるから、上記相違点4は実質的な相違点である。

ウ よって、本件発明1、3、6、7は、いずれも甲4に記載された発明ではない。

(4)甲5を主引用例とする新規性欠如について

ア 甲5に記載された事項及び甲5に記載された発明
甲5には以下の事項が記載されている。
(摘記5a)
「[要旨]自殺企図で市販のカフェイン含有薬の多量服薬による急性カフェイン中毒の症例を経験した.症例は,18歳,男性.急性カフェイン中毒の全身管理目的にICUに入室した.症状として発作性上室性頻拍(paroxysmal supraventricular tachycardia:PSVT),不穏,高血糖,高乳酸血症,低カリウム血症,多尿を呈していた.ICUでは人工呼吸管理と活性炭投与などの対症療法を行った.不整脈は薬物療法によって制御でき血液透析は施行しなかった.・・・」(p.454「要旨」)

(摘記5b)
「現病歴:自殺企図で市販のカフェイン含有薬を120錠(カフェイン3.6gに相当)摂取後,嘔吐し倒れているところを家族に発見され当院に救急搬送された.・・・来院時の意識レベルはGlasgow coma scale E4V2M5,血圧115/70mmHg,心拍数186/min(PSVT),呼吸数28/minであった.血液検査ではK 2.8mEq/L,血糖273mg/dL,乳酸8.8mmol/Lと低カリウム血症と高血糖と高乳酸血症を認め,動脈血ガス分析でpH 7.36,PaCO2 31.8mmHg,PaO2 136mmHg,HCO3- 19.2mEg/L,BE -7.3mEq/Lと代謝性アシドーシスを認めた.・・・
ICU入院後経過:来院1時間後にICUに入室し,血圧103/66mmHg,心拍数138/min(PSVT)であった.人工呼吸管理と輸液負荷を開始し,血清カリウムの補正を行った.経鼻胃チューブより活性炭を2回投与した.鎮静はデクスメデトミジン(dexmedetomidine:DEX,25〜80μg/h)を主体として,プロポフォール(40〜140mg/h)・レミフェンタニル(200μg/h)を併用した.PSVTに対してICU入室直後よりランジオロールを5μg/kg/minで開始したが洞調律とPSVTを繰り返した.3時間後には心拍数100/minまで低下したため2μg/kg/minに減量した.ICU入室10時間以降にはPSVTを認めなくなり,ICU入室24時間後にランジオロールを終了した.入室時の乳酸値は7.2mmmol/Lであったが,PSVTの制御に伴い循環が改善し入室より17時間後には正常化した.意識状態は第2病日には改善,第4病日に人工呼吸器を離脱し,第5病日にICUを退室した(図1,図2).」(p.454左欄下から4行目〜p.455左欄13行)

(摘記5c)


」(p.455「図1」)

(摘記5d)


」(p.456「図2」)

(摘記5e)
「本症例の急性カフェイン中毒による不整脈のコントロールに,ランジオロールなどの抗不整脈薬や活性炭投与と全身管理に加えて,鎮静薬として使用したDEXが有効に作用した可能性がある.」(p.456右欄7〜10行)

上記のように、甲5には、発作性上室性頻拍(PSVT)の症状がある急性カフェイン中毒の患者であって、代謝性アシドーシスを認めた患者において、ICU入室直後からPSVTに対してランジオロールの投与を開始し、ICU入室24時間後にその投与を終了したこと、そして、前記患者の急性カフェイン中毒による不整脈のコントロールに、ランジオロールなどの抗不整脈薬や活性炭投与と全身管理に加えて、鎮静薬として使用したデクスメデトミジン(DEX)が有効に作用した可能性があることが記載されている(摘記5a〜5e)。また、摘記5b〜5dから、ランジオロールは5μg/kg/minでの開始から終了まで、持続投与されたと解される。
そうすると、甲5には次の発明が記載されていると認められる。
「発作性上室性頻拍の症状がある急性カフェイン中毒の患者であって、代謝性アシドーシスを認めた患者において、前記発作性上室性頻拍をコントロールするための、ランジオロールを含む医薬組成物であって、活性炭投与、全身管理及びデクスメデトミジンの投与と併用され、持続投与される、前記医薬組成物。」(以下「甲5発明」という。)

イ 本件発明1、3、6、7について

甲5発明の「発作性上室性頻拍」は、本件発明1の「頻脈性不整脈」に相当する。
また、上記(1)イで説示したように、甲5発明の「ランジオロール」は「ランジオロール塩酸塩」であると解される。
そうすると、本件発明1、3、6、7の各発明と甲5発明とは、
「アシドーシスを有する患者の頻脈性不整脈を処置するための、ランジオロール塩酸塩を含む医薬組成物。」である点で一致し、以下の相違点5を含む点で相違する。

(相違点5)
本件発明1、3、6、7の各発明の患者はいずれも「敗血症に起因するアシドーシスを有する患者」であるのに対し、甲5発明の患者は「発作性上室性頻拍の症状がある急性カフェイン中毒の患者であって、代謝性アシドーシスを認めた患者」である点。

そして、甲5には、甲5発明の患者が敗血症であることは記載されておらず、当該患者の代謝性アシドーシスが、敗血症に起因することは記載も示唆もされていないのであるから、上記相違点5は実質的な相違点である。

ウ よって、本件発明1、3、6、7は、いずれも甲5に記載された発明ではない。

(5)甲6を主引用例とする新規性欠如について

ア 甲6に記載された事項及び甲6に記載された発明
甲6には以下の事項が記載されている。
(摘記6a)
「はじめに
カテコラミン誘発多形性心室頻拍(catecholaminergic polymorphic ventricular tachycardia, CPVT)は多形性心室頻拍や心室細動(ventricular fibrillation, Vf)を引き起こし,小児期に突然死の原因となる遺伝性不整脈疾患である。今回,難治性Vfを来したCPVTの1例を経験したので報告する。」(p.57左欄1〜7行)

(摘記6b)
「救急外来での経過:・・・胸部X線で心胸郭比が57%,動脈血ガス分析はpH 7.22,pCO2 35mmHg,pO2 430mmHg,HCO3- 15.2mmol/l,BE-12 mmol/l,乳酸8mmol/l,K 2.9mmol/lと代謝性アシドーシスと低カリウム血症を来していた。・・・7時53分に体動を契機として再びVfとなり,除細動を計4回施行したがVfが持続するため胸骨圧迫を継続しICU入室した。
ICU入室後の経過:・・・プロポフォール80mgを投与し8時20分に気管挿管し,鎮静下で除細動を施行し洞調律に回復した。その後もプロポフォール20〜100mg/hrおよびフェンタニル20〜40μg/hrで鎮静した。しかし,9時15分に再びVfとなりアミオダロン125mgを投与し,プロプラノロール0.4μg/kg/minを開始した。その後,2回の除細動で洞調律に回復した。経過中に2段脈が出現したため,ランジオロール0.8μg/kg/min,ベラパミル1.2mg/hrを開始した。10時40分頃から2段脈は消失し,心拍数は70/min台, 血圧は100/50mmHg台と安定していた。しかし,13時00分頃に心拍数が50/min台と徐脈になり,血圧が70/50mmHg台に低下,尿量も減少し,心電図でP波が消失した。心臓超音波で左室駆出率の低下を認めたため,ランジオロールとベラパミルを中止し,経皮的心肺補助の導入などが必要と考え転院となった。」(p.57左欄本文下から5行目〜p.58左欄2行)

(摘記6c)
「本症例では,洞調律の維持にアミオダロン,ベラパミル、ランジオロール,プロプラノロールを投与したが心拍数,血圧の低下を来した。アミオダロンはCPVTに対する有効性は不明であり推奨されない。ベラパミルとβ遮断薬との併用は慎重に行う必要がある。β遮断薬は本疾患の病態生理的に最も適しており,難治性Vfには,ランジオロールのような短時間作用型が効果発現や副作用回避の観点から望ましいと考えられる。」(p.58左欄下から2行目〜同頁右欄7行)

上記のように、甲6には、カテコラミン誘発多形性心室頻拍(CPVT)であり、代謝性アシドーシスを来していた患者の心室細動(Vf)を処置するために、アミオダロン、ベラパミル、ランジオロール、プロプラノロールを投与したことが記載されている(摘記6a〜6c)。また、摘記6bから、ランジオロールは、0.8μg/kg/minでの開始から中止まで継続して投与されたものと解される。
そうすると、甲6には次の発明が記載されていると認められる。
「カテコラミン誘発多形性心室頻拍であり、代謝性アシドーシスを来している患者の心室細動を処置するための、ランジオロールを含む医薬組成物であって、アミオダロン、プロプラノロール、ベラパミルと併用され、持続投与される、前記医薬組成物。」(以下「甲6発明」という。)

イ 本件発明1、3、6、7について

甲6発明の「心室細動」は、本件発明1の「頻脈性不整脈」に相当する。
また、上記(1)イで説示したように、甲6発明の「ランジオロール」は「ランジオロール塩酸塩」であると解される。
そうすると、本件発明1、3、6、7の各発明と甲6発明とは、
「アシドーシスを有する患者の頻脈性不整脈を処置するための、ランジオロール塩酸塩を含む医薬組成物。」である点で一致し、以下の相違点6を含む点で相違する。

(相違点6)
本件発明1、3、6、7の各発明の患者はいずれも「敗血症に起因するアシドーシスを有する患者」であるのに対し、甲6発明の患者は「カテコラミン誘発多形性心室頻拍であり、代謝性アシドーシスを来している患者」である点。

そして、甲6には、甲6発明の患者が敗血症に起因するアシドーシスを有することについて記載も示唆もされていないのであるから、上記相違点6は実質的な相違点である。

ウ よって、本件発明1、3、6、7は、いずれも甲6に記載された発明ではない。

(6)小括
よって、本件発明1、3、6、7は、甲2〜甲6に記載された発明ではないので、取消理由1の(2)は解消された。

3 取消理由2(進歩性欠如)の「(1)請求項5〜7に係る発明に対する、甲1(主引用例)、並びに甲7〜9及び参考文献Aによる進歩性欠如」について

(1)本件発明5について
請求項5は請求項1を直接的又は間接的に引用しているので、本件発明5と甲1発明とは、上記1(2)で説示した相違点1と同様に、本件発明5の患者は「敗血症に起因するアシドーシスを有する患者」であるのに対し、甲1発明の患者は、骨盤内膿瘍に続発した敗血症ショックの患者であって、前記患者は、ICU入室時検査所見で代謝性アシドーシスを有することが確認され、ICU入室後に、各種の治療を行い、ICU入室時から30時間以降に、塩酸ランジオロールが10〜20μg/kg/minで持続注入される患者である点(以下「相違点7」という。)を含む点で相違する。
そこで、相違点7について検討する。
技術常識を示す甲9及び参考文献Aに、「敗血症ショックは,敗血症にショックを合併した状態であり,ショックの進行に伴って,代謝性アシドーシスが進行しやすく」(甲9のp.39の7〜8行)、「ショックが進むにつれ,代謝性アシドーシスが進行し,血清pHが低下する。」(参考文献Aのp.596左欄下から11〜9行)とそれぞれ記載されているように、敗血症性ショックが進むにつれて代謝性アシドーシスが進行することは、技術常識であった。
しかし、甲7に記載されるように、塩酸ランジオロール(ランジオロール塩酸塩)は、アシドーシスによる心筋収縮力の抑制を増強するおそれがあるため、代謝性アシドーシスのある患者には投与しないことが技術常識であった(1頁左欄の〔禁忌〕)。
また、甲8には、敗血症患者の頻脈性心房細動に対し、ランジオロールが5μg/kg/minの速度で投与が開始され、2〜3μg/kg/minで維持されたこと、及び、ランジオロールが敗血症患者における頻脈誘発性の心拍出量の低下を弱め、血行動態を安定化させたことが記載されているが(p.294左欄「Successful Management of Tachycardiac Atrial Fibrillation in a Septic Patient with Landiolol」の全文(特に、本文11〜12行及び15〜18行)、p.294「Figure 1」)、上記患者が、ランジオロール注入時において、敗血症に起因するアシドーシスを有していたことは、記載されていない。
そうすると、甲1の記載、並びに甲7〜9及び参考文献Aの記載を参酌しても、甲1発明の患者に対し、敗血症に起因するアシドーシスを有することが確認されたICU入室直後から、又は、敗血症が改善されても依然として敗血症に起因するアシドーシスが解消されていない状態において塩酸ランジオロールの投与を開始することによって、甲1発明を相違点7に係る構成を有する本件発明5にすることを、当業者が容易に想到し得たとはいえない。

(2)本件発明6について
請求項6は請求項1を直接的又は間接的に引用しているので、本件発明6と甲1発明とは、上記1(2)で説示した相違点1と同様に、本件発明6の患者は「敗血症に起因するアシドーシスを有する患者」であるのに対し、甲1発明の患者は、骨盤内膿瘍に続発した敗血症ショックの患者であって、前記患者は、ICU入室時検査所見で代謝性アシドーシスを有することが確認され、ICU入室後に、各種の治療を行い、ICU入室時から30時間以降に、塩酸ランジオロールが10〜20μg/kg/minで持続注入される患者である点(以下「相違点7」という。)を含む点で相違する。
そして、上記(1)で検討したように、甲1発明を相違点7に係る構成を有する本件発明6にすることを、当業者が容易に想到し得たとはいえない。

(3)本件発明7について
請求項7は請求項1を直接的又は間接的に引用しているので、本件発明7と甲1発明とは、上記1(2)で説示した相違点1と同様に、本件発明7の患者は「敗血症に起因するアシドーシスを有する患者」であるのに対し、甲1発明の患者は、骨盤内膿瘍に続発した敗血症ショックの患者であって、前記患者は、ICU入室時検査所見で代謝性アシドーシスを有することが確認され、ICU入室後に、各種の治療を行い、ICU入室時から30時間以降に、塩酸ランジオロールが10〜20μg/kg/minで持続注入される患者である点(以下「相違点7」という。)を含む点で相違する。
そして、上記(1)で検討したように、甲1発明を相違点7に係る構成を有する本件発明7にすることを、当業者が容易に想到し得たとはいえない。

(4)本件発明5〜7による効果について
本件明細書には、「ランジオロール塩酸塩は、アシドーシスによる心筋収縮力の抑制を増強する恐れがあることが知られており、オノアクトおよびコアベータは、糖尿病性ケトアシドーシス、代謝性アシドーシスのある患者に対する使用を禁忌とされ、Rapibloc、Raploc、LandioblocおよびRunrapiqは、重篤な代謝性アシドーシスのある患者に対する使用を禁忌とされている。」(【0002】)という背景技術が記載されており、実際に、オノアクト(R)の名称で市販されているランジオロール塩酸塩の添付文書である甲7には、アシドーシスによる心筋収縮力の抑制を増強するおそれがあるため、糖尿病性ケトアシドーシス、代謝性アシドーシスのある患者への投与は禁忌であることが記載されている(1頁左欄の〔禁忌〕)。
これに対し、本件明細書には、「本開示に従って、これまでランジオロール塩酸塩の使用を禁忌とされてきたアシドーシスを有する患者において、ランジオロール塩酸塩により頻脈性不整脈を処置することが可能になる。」(【0057】)という本件発明5〜7の効果が、その裏付けとなる臨床試験結果(【0028】〜【0056】)とともに記載されており、このような効果は、甲1発明、並びに甲1、7〜9及び参考文献Aに記載された事項から、当業者が予測し得ない効果であるといえる。

(5)小括
よって、本件発明5〜7は、甲1発明、並びに甲1、7〜9及び参考文献Aに記載された事項から、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえないので、取消理由2(1)は解消された。

4 取消理由2(進歩性欠如)の「(2)請求項5〜7に係る発明に対する、甲2〜6のいずれか(主引用例)、及び甲7による進歩性欠如」について

上記2(1)〜(5)で説示したように、甲2〜6発明の各発明におけるいずれの患者も、本件発明5〜7の「敗血症に起因するアシドーシスを有する患者」ではない。
よって、上記3(1)〜(4)と同様の理由により、本件発明5〜7は、甲2〜6発明、並びに甲2〜6及び甲7に記載された事項から、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえないので、取消理由2(2)は解消された。

5 取消理由3(サポート要件)について

上記第4の3で説示したように、取消理由3(サポート要件違反)の要旨は、敗血症に起因しない、糖尿病性ケトアシドーシスや代謝性アシドーシスを有する患者にランジオロール塩酸塩を投与する態様を包含する本件発明1〜3、5〜7の範囲まで、本件明細書に記載された内容を拡張ないし一般化することはできないから、本件発明1〜3、5〜7は発明の詳細な説明に記載した範囲を超えるものである、というものである。
これに対し、上記第2で説示した本件訂正により、本件発明1〜3、5〜7の患者は「敗血症に起因するアシドーシスを有する患者」に特定されたので、取消理由3(サポート要件)は解消された。

6 取消理由4(実施可能要件違反)について

上記第4の4で説示したように、取消理由4(実施可能要件違反)の要旨は、敗血症に起因しない、糖尿病性ケトアシドーシスや代謝性アシドーシスを有する患者に対して、ランジオロール塩酸塩により頻脈性不整脈を処置することが可能であるかどうかを、本件明細書の記載から理解することができない。また、そのような事項が本件出願時の技術常識から推認可能であるとも認められないので、本件特許の出願時の技術常識に照らし、発明の詳細な説明の記載により、本件発明1〜3、5〜7が、敗血症に起因しない、糖尿病性ケトアシドーシスや代謝性アシドーシスを有する患者の頻脈性不整脈を処置するための医薬組成物として使用できることを、当業者が理解できるということはできない、というものである。
これに対し、上記第2で説示した本件訂正により、本件発明1〜3、5〜7の患者は「敗血症に起因するアシドーシスを有する患者」に特定されたので、取消理由4(実施可能要件違反)は解消された。

第6 取消理由で採用しなかった特許異議申立理由についての、当審の判断

1 訂正前の請求項1〜4に係る発明に対する、甲1を主引用例とする進歩性欠如について

令和3年11月25日付け拒絶理由通知書における第4の1で説示したように、訂正前の請求項1〜4に係る発明は甲1に記載された発明であるので、甲1を主引用例とする進歩性欠如の取消理由を通知しなかった。
そして、上記第2で説示した本件訂正により、本件発明1〜4の患者はいずれも「敗血症に起因するアシドーシスを有する患者」に特定されたので、上記第5の3(1)〜(4)と同様の理由により、本件発明1〜4に対する、甲1を主引用例とする進歩性欠如の取消理由は存在しない。

2 訂正前の請求項1、3に係る発明に対する、甲2〜6のいずれかを主引用例とする進歩性欠如について

令和3年11月25日付け拒絶理由通知書における第4の2で説示したように、訂正前の請求項1、3に係る発明は甲2〜6のいずれかに記載された発明であるので、甲2〜6のいずれかを主引用例とする進歩性欠如の取消理由を通知しなかった。
そして、上記第2で説示した本件訂正により、本件発明1、3の患者はいずれも「敗血症に起因するアシドーシスを有する患者」に特定されたので、上記第5の3(1)〜(4)と同様の理由により、本件発明1、3に対する、甲2〜6のいずれかを主引用例とする進歩性欠如の取消理由は存在しない。

3 訂正前の請求項4に対する、サポート要件違反及び実施可能要件違反について

(1)訂正前の請求項4に係る発明の患者は、「敗血症に起因するものである」アシドーシスを有する患者である。
そして、令和3年11月25日付け取消理由通知書における第6及び第7で説示したように、本件明細書には、敗血症に起因するアシドーシスを有する患者において、ランジオロール塩酸塩により頻脈性不整脈を処置することが可能であることが開示されているので、訂正前の請求項4に対しては、サポート要件違反及び実施可能要件違反についての取消理由を通知しなかった。
また、本件発明4の患者は「敗血症に起因するアシドーシスを有する患者」であるので、本件発明4について、サポート要件違反及び実施可能要件違反の取消理由は存在しない。

(2)申立人は、本件明細書の記載からは「敗血症に起因するアシドーシスを有する患者」が具体的にどのような患者であるかを特定することができないので、請求項4に係る発明について、サポート要件違反及び実施可能要件違反の取消理由があるという趣旨の主張をしている(特許異議申立書29〜30頁の「(イ)本件発明4について」)。
そこで、申立人の上記主張について検討する。
本件明細書の【0014】にはアシドーシスの定義について、【0015】には敗血症に起因するアシドーシスについて、それぞれ記載されている。
そして、本件明細書の【0034】には、敗血症に起因するアシドーシスの有無について、血中pHが7.35未満の場合を「有り」とし、7.35以上の場合を「無し」としたことが記載されている。
さらに、本件明細書の【0041】には「敗血症は、登録されたすべての被験者で合併していた。」と記載され、【0048】の【表2】では、アシドーシス「有り」の被験者と「無し」の被験者とが区別して記載されている。
本件明細書における上記記載を参酌すれば、「敗血症に起因するアシドーシスを有する患者」は、敗血症であり、かつ血中pHが7.35未満である患者を意味することを当業者は理解できるので、本件明細書の記載から「敗血症に起因するアシドーシスを有する患者」を特定できるといえる。
よって、申立人の上記主張を採用することはできない。

第7 むすび
以上のとおりであるから、令和3年11月25日付け取消理由通知書に記載した取消理由又は特許異議申立書に記載した特許異議申立理由によっては、請求項1〜7に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に請求項1〜7に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
敗血症に起因するアシドーシスを有する患者の頻脈性不整脈を処置するための、ランジオロール塩酸塩を含む医薬組成物。
【請求項2】
頻脈性不整脈が敗血症に伴うものである、請求項1に記載の医薬組成物。
【請求項3】
アシドーシスが代謝性アシドーシスである、請求項1または2に記載の医薬組成物。
【請求項4】
ランジオロール塩酸塩約0.1μg/kg/min〜約20μg/kg/minの用量で投与される、請求項1〜3のいずれかに記載の医薬組成物。
【請求項5】
ランジオロール塩酸塩約1μg/kg/minの用量で投与を開始され、約20μg/kg/minを超えない用量で投与される、請求項1〜4のいずれかに記載の医薬組成物 。
【請求項6】
静脈内投与される、請求項1〜5のいずれかに記載の医薬組成物。
【請求項7】
持続投与される、請求項1〜6のいずれかに記載の医薬組成物。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照
異議決定日 2022-05-11 
出願番号 P2020-133749
審決分類 P 1 651・ 537- YAA (A61K)
P 1 651・ 113- YAA (A61K)
P 1 651・ 536- YAA (A61K)
P 1 651・ 121- YAA (A61K)
最終処分 07   維持
特許庁審判長 原田 隆興
特許庁審判官 前田 佳与子
藤原 浩子
登録日 2021-02-16 
登録番号 6838676
権利者 小野薬品工業株式会社
発明の名称 頻脈性不整脈の処置用の医薬組成物  
代理人 松谷 道子  
代理人 松谷 道子  
代理人 櫻井 陽子  
代理人 櫻井 陽子  

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