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審決分類 審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  A61K
審判 全部申し立て 2項進歩性  A61K
管理番号 1387509
総通号数
発行国 JP 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2022-08-26 
種別 異議の決定 
異議申立日 2021-10-26 
確定日 2022-05-13 
異議申立件数
訂正明細書 true 
事件の表示 特許第6864508号発明「キマーゼ阻害用組成物」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6864508号の特許請求の範囲を、訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔2〜3〕について訂正することを認める。 特許第6864508号の請求項1に係る特許を維持する。 特許第6864508号の請求項2〜3に係る特許についての特許異議の申立てを却下する。 
理由 第1 手続の経緯

本件特許(特許第6864508号)は、平成29年3月17日に出願され(特願2017−53146号、優先権主張、平成28年3月29日、平成28年3月29日)、令和3年4月6日にその特許権の設定登録(請求項の数3)がされ、同年4月28日に特許掲載公報が発行された。
その後、令和3年10月26日差出で、本件請求項1〜3に係る特許に対し、特許異議申立人 小森 久徳(以下「申立人」という。)により、特許異議の申立てがなされた。
その後の手続の経緯の概要は次のとおりである。

令和4年 1月26日付け 取消理由通知
同年 3月22日 意見書・訂正請求書の提出(特許権者)

なお、令和4年3月22日付けの訂正請求による訂正は、一部の請求項の削除のみの訂正であるから、訂正請求の内容が実質的な判断に影響を与えるものではなく、特許法120条の5第5項ただし書き所定の特別の事情があると認め、申立人に対し、同項所定の意見書を提出する機会を与えていない。

第2 訂正の適否についての判断

1 請求の趣旨及び訂正の内容

(1)請求の趣旨
令和4年3月22日提出の訂正請求書により特許権者が行った訂正請求は、「特許第6864508号の特許請求の範囲を本訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項2、3について訂正することを求める」ことを請求の趣旨とするものである。
そして、上記訂正請求による訂正(以下「本件訂正」という。)の内容は、以下のとおりである。

(2)訂正の内容
ア 訂正事項1
特許請求の範囲の請求項2を削除する。

イ 訂正事項2
特許請求の範囲の請求項3を削除する。

なお、本件訂正は、訂正前の請求項2〜3についてのものであるところ、訂正前の請求項3は請求項2を引用するものであるから、訂正前の請求項〔2〜3〕は、一群の請求項である。

2 訂正の目的の適否、新規事項の有無、及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否

(1)訂正事項1について
訂正事項1は、訂正前の請求項2を削除するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正である。
そして、訂正事項1は、新規事項の追加に該当せず、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。

(2)訂正事項2について
訂正事項2は、訂正前の請求項3を削除するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正である。
そして、訂正事項2は、新規事項の追加に該当せず、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。

3 独立特許要件について
特許異議申立ては、訂正前の全ての請求項1〜3についてされているので、一群の請求項〔2〜3〕に係る訂正についての訂正事項1〜2に関して、特許法第120条の5第9項において読み替えて準用する同法第126条第7項の独立特許要件は課されない。

4 まとめ
上記のとおり、請求項2〜3についての本件訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。
したがって、特許請求の範囲を、訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔2〜3〕について訂正することを認める。

第3 本件訂正後の本件発明

上記第2で述べたとおり、本件訂正を認めるので、本件特許の請求項1に係る発明は、訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定される次のとおりのものである。
なお、請求項2〜3は、本件訂正により削除された。

「【請求項1】
アンペロプシンを10質量%以上含有するキマーゼ阻害用組成物。」
(以下、請求項1に係る発明を「本件発明」という。)


第4 令和4年1月26日付け取消理由通知における取消理由について

1 取消理由の概要

特許権の設定登録時の特許請求の範囲の請求項2〜3に係る特許に対し、令和4年1月26日付け取消理由通知で指摘した取消理由は、概略以下のとおりである。

<取消理由1(甲1あるいは甲4に基づく新規性欠如)>
本件特許の請求項2〜3に係る発明は、その優先日前に日本国内又は外国において、頒布された刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明である、下記の甲1(甲3を参酌)又は甲4(技術常識を参酌)に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当するので、請求項2〜3に係る本件特許は、同法第29条第1項の規定に違反してされたものであり、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。
(以下、甲1に基づく新規性欠如の取消理由を「取消理由1−1」、甲4に基づく新規性欠如の取消理由を「取消理由1−2」という。)

<取消理由2(甲1あるいは甲4を主引例とする進歩性欠如)>
本件特許の請求項2〜3に係る発明は、その優先日前に日本国内又は外国において、頒布された刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明である、下記の甲1に記載された発明、甲3及び甲4の記載、並びに本件特許の優先日前の技術常識に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。
また、本件特許の請求項2〜3に係る発明は、その優先日前に日本国内又は外国において、頒布された刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明である、下記の甲4に記載された発明及び本件特許の優先日前の技術常識から、あるいは、甲4に記載された発明、甲3及び甲1の記載、並びに本件特許の優先日前の技術常識に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。
よって、請求項2〜3に係る本件特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであり、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。
(以下、甲1を主引例とする進歩性欠如の取消理由を「取消理由2−1」、甲4を主引例とする進歩性欠如の取消理由を、「取消理由2−2」という。)

<引用文献>
・甲1:上海科学技術出版社編集「中薬大辞典第四巻」、1998年5月1日初版第三刷発行、(株)小学館、p.2477、項目4985「ムシコン」
・甲2:再公表特許W02007/139230号公報
・甲3:中葯材、1997年、第20巻、第1期、p.23−25
・甲4:特開昭64−68319号公報
・技術常識文献1:須賀哲彌ら編「病態生化学」、昭和57年9月30日、(株)丸善、p.261−262、「13・1・1炎症の定義・概念」及び「13・1・2炎症の分類」の項目
・技術常識文献2:薬科学大辞典編集委員会編「廣川 薬科学大辞典〔第5版〕−普及版−」、平成25年3月4日第5版1刷、(株)廣川書店、p.556〜557の「抗ヒスタミン薬」の項目、p.220の「炎症性疾患」の項目

(上記の甲1〜甲4は、それぞれ、申立人が特許異議申立てに際し、証拠方法として提出した甲第1号証〜甲第4号証に相当する。また、上記技術常識文献1、2は、技術常識を示すものとして、当審により職権探知により取消理由通知において提示した文献である。)

2 取消理由についての当審の判断

上記第3で記載したとおり、本件訂正によって、取消理由(「取消理由1−1」、「取消理由1−2」「取消理由2−1」、「取消理由2−2」)の対象請求項であった請求項2及び3が削除されたから、上記取消理由が解消したことは明らかである。

第5 申立人が申立てた申立理由の概要と取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由について

1 申立人が申立てた申立理由の概要

申立人は、特許異議申立書(以下、「申立書」という。)において、特許権の設定登録時の請求項1〜3に係る特許を取り消すべき理由として、概略以下の取消理由(申立理由A1、A2、B1、B2)を主張している。また、証拠方法として、上記第4で甲1〜甲4として記載したとおりの甲第1〜4号証を提出した。

<申立理由A(甲1あるいは甲4に基づく新規性欠如)>
本件特許の請求項1〜3に係る発明は、その優先日前に日本国内又は外国において、頒布された刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明である、甲1(甲2〜3を参酌)又は甲4(甲2を参酌)に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当するので、請求項1〜3に係る本件特許は、同法第29条第1項の規定に違反してされたものであり、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。
(以下、甲1に基づく新規性欠如の取消理由を「申立理由A1」、甲4に基づく新規性欠如の取消理由を「申立理由A2」という。)

<申立理由B(甲1あるいは甲4を主引例とする進歩性欠如)>
本件特許の請求項1〜3に係る発明は、その優先日前に日本国内又は外国において、頒布された刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明である、甲1に記載された発明及び甲2〜3の記載に基づいて、あるいは、甲4に記載された発明及び甲2の記載に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、請求項1〜3に係る本件特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。
よって、請求項1〜3に係る本件特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。
(以下、甲1を主引例とする進歩性欠如の取消理由を「申立理由B1」、甲4を主引例とする進歩性欠如の取消理由を「申立理由B2」という。

2 取消理由通知において採用しなかった特許異議申立ての理由について

上記1のとおり、特許異議申立ての理由(「申立理由A1」、「申立理由A2」、「申立理由B1」、「申立理由B2」)は、本件訂正前の請求項1〜3を対象とするものであるところ、上記第3で記載したとおり、本件訂正によって、これらの申立理由の対象請求項であった請求項2及び3は削除されたから、請求項2及び3に係る特許についての特許異議の申立て対象が存在しないものとなっているので、請求項2及び3に係る特許についての申立理由についての判断は要しない。
そして、請求項1に係る特許については、取消理由が通知されていなかったことから、以下、請求項1に係る特許についての特許異議申立ての理由について検討する。

第6 請求項1(本件発明)に係る特許についての特許異議申立理由についての判断

1 甲1の記載及び甲1に記載された発明

(1)甲1の記載
甲1の項目4985には、以下の記載がある。なお、下線は合議体が付した。以下、同様である。
(摘記1a)
「ムシコン


【基原】ブドウ科の植物,粤蛇葡萄(エツジャブドウ 和名 ウドカズラ)の根または全株。
【原植物】ウドカズラ Ampelopsis cantoniensis(Hook.et Arn.)Planch,赤枝山葡萄(セキシサンブドウ),牛牽糸(ゴケンシ),紅血竜(コウケツリュウ),田浦茶(デンホチャ)とも。木質の藤本で全体は無毛。・・・
【薬効と主治】消炎し解毒する効能がある。骨髄炎,急性リンパ結核炎,急性乳腺炎、膿をもった天然痘,湿疹,丹毒,・・・による食中毒を治す。【広西薬植名録】根は,腫毒を消す。全株は,暑熱を消める。
【用法と用量】〈内服〉1〜1.5両を煎じて服用する。〈外用〉ついて塗布するかあるいはすって粉末にし調えて塗布する。
【処方例】・・・
【臨床報告】ブドウ球菌,緑膿菌などの感染性疾病の4000例あまりに用いたが,治癒3013例で治癒率約70%であった。不良反応は報告されていない。治療した病種は下記のごとくである。
1 骨髄炎,骨結核の治療 骨髄炎12例中,服用15〜20日で治癒7例,著効5例であった。 骨結核7例中,服朔30〜60日で治癒3例,著効4例であった。
2 急性リンパ節炎の治療 35例中,急性頸リンパ節炎31例,急性の鼠径のリンパ節炎(よこね)4例で,3〜6日治療して治癒31例,著効4例であった。
3 急性化膿性乳腺炎の治療 10例を3〜5日治療し,治癒8例,著効2例であった。
4 皮膚病および一般外科のせつ腫の治療 せつ疱症,湿疹,フレグモーネ(蜂巣炎),丹毒、せつ、膿瘍合計2028例を治療し、2〜10日で治癒1504例,著効152例,無効372例であった。
5 外科的感染の治療 計1364例を3〜6日治療し,結果は完治率71.8%に達し,著効率15.1%,無効率13.1%であった。
6 急性喉頭炎および扁桃炎の治療 急性喉頭炎137例を2〜6日治療し,完治86%,著効8.9%であった。急性扁桃炎37例を,1〜4日治療し,治癒32例,著効5例であった。
7 化膿性中耳炎および乳様突起炎の治療 計84例を,5〜9日治療し,治癒34例,著効45例,無効5例であった。
8 急性気管支炎および気管支肺炎の治療 急性気管支肺炎65例を,I〜2日治療し,治癒18例,著効42例,無効5例であった。急性気管支炎254例中,服薬3〜6日で完治26.3%,著効73.7%であった。
9 急性腎炎の治療 38例で6〜10日治療し,治癒12例,著効26例であった。
10 リウマチ性関節炎の治療 4〜9日治療し,45例中治癒30例,著効15例であった。
このほか,深部筋炎,深筋膿瘍,急性歯槽膿瘍,流産合併感染症,外科手術後の予防感染に対して、程度は異なるがいずれも治療効果があった。<与薬方法>常用は煎剤,注射剤および錠剤。(1)煎剤 成人は毎回乾燥した粤蛇葡萄1.5〜2両と少量の猪骨(・・・)を用い,薬が浸るまで水を加えて煎じたのち,少量の食塩および米酒を加えて1回1剤ずつ沖服する。(2)注射剤 粤蛇葡萄で1:2の注射液をつくり,成人は1日2回,1回3〜4mlを筋肉注射する。(3)錠剤 1錠につき生薬を1g含むようにし,成人は1日3〜4回,1回6〜8錠を服用する1。」
(合議体注:上記4において、3箇所の「せつ」は原文では漢字表記されているがこの決定書では表示できないためひらがなで記載した。また、最後の段落で、(1)〜(3)はいずれも原文では○の中に数字が記載されている。)

(2)甲1発明
甲1の、上記(1)の(摘記1a)の記載、特に、【用法と用量】の欄の「〈内服〉・・・煎じて服用する。〈外用〉ついて塗布するかあるいはすって粉末にし調えて塗布する。」なる記載及び【臨床報告】に「治療した病種」として記載される「1」〜「10」の各種治療の記載によれば、甲1には、以下の発明が記載されていると認められる。

「ムシコンの内服用の煎剤、あるいは、ムシコンをついて又は粉末にして調製された外用の塗布剤として使用される薬剤であって、骨髄炎,骨結核の治療、急性リンパ節炎の治療、急性化膿性乳腺炎の治療、湿疹等の皮膚病及び一般外科のせつ腫の治療、外科的感染の治療、急性咽頭炎及び扁桃炎の治療、化膿性中耳炎及び乳様突起炎の治療、急性気管支炎及び気管支肺炎の治療、急性腎炎の治療、及びリウマチ性関節炎の治療のいずれかの治療のために使用される薬剤。」(以下「甲1発明」という。)

なお、以下、「骨髄炎,骨結核の治療、急性リンパ節炎の治療、急性化膿性乳腺炎の治療、湿疹等の皮膚病及び一般外科のせつ腫の治療、外科的感染の治療、急性咽頭炎及び扁桃炎の治療、化膿性中耳炎及び乳様突起炎の治療、急性気管支炎及び気管支肺炎の治療、急性腎炎の治療、及びリウマチ性関節炎の治療のいずれかの治療」を「所定の疾患の治療」ともいう。

2 甲4の記載及び甲4に記載の発明

(1)甲4の記載
甲4には、以下の記載がある。

(摘記4a)(特許請求の範囲)



で表されるジヒドロミリセチンを有効成分とする抗炎症剤。」

(摘記4b)(1頁左欄下から7行〜右欄7行)
「[産業上の利用分野]
本発明は新規な抗炎症剤に関する。さらに詳しくは、ジヒドロミリセチン(Dihydromyricetin:C15H12O8:アンペロプシンまたは3,5,7,3’−4’,5’−ヘキサヒドロキシフラバノンとも言うが、以下ジヒドロミリセチンと称す)を有効成分とする抗炎症剤に関する。
[従来の技術]
ジヒドロミリセチンは、本出願人が特許出願(特願昭62−041173および特願昭62−151019)で開示したように、安全性に富み、水およびアルコールに可溶で、かつ、チロシナーゼ活性阻害作用、紫外線防止効果、あるいは抗酸化作用を有しており、化粧料として利用できる。」

(摘記4c)(2頁左上欄9〜14行)
「本発明の抗炎症剤は、経口投与若しくは非経口投与(筋肉内、皮肉、皮下、静脈内、坐薬、軟膏剤等)により投与される。投与量は疾患の症状、患者の年齢などにより異なるが、通常、成人一日あたり約5mg〜2,500mg、好ましくは約50mgである。」

(摘記4d)(2頁右下欄1行〜3頁右上表−1まで及び図1)
「抗炎症作用
実験例1 ラット足踵浮腫法
生理食塩水、ジヒドロミリセチン(50mgおよび10mg)をそれぞれWista系雄性ラットの腹腔内へ投与(投与量は0.1mg/100gに調製)し、その30分後にラットの後肢足踵下に起炎剤として1%カラゲニン(Carrageenin ;1.0ml/kg)を、また、比較の為、抗炎症剤としてとして知られているインドメタシン(lndomethacin;10mg/Kg)を陽性コントロールとして投与した。
カラゲニン投与前および投与後、1、2、3、4、5、6、および24時間における足踵容積をデジタルボリュームメータ(・・・)により測定した。
(結果)図−1に示すように50mg/kg用量のジヒドロミリセチンは、ほぼ10mg/kgのインドメタシンと同等なカラゲニン誘発性浮腫を抑制した。また、10mg/kg用量のジヒドロミリセチンにおいても、有意な抑制作用が認められた。


実験例2 ヒスタミン遊離抑制効果試験
平井らの報告[生薬学雑誌、37、374−380(1983).]に従ってラット腹腔内から採取した肥満細胞に対してヒスタミンの遊離を抑制する作用をジヒドロミリセチン(7.0〜7.0×10−4mM)について測定した。
(結果)表−1に示すように、ジヒドロミリセチンにはヒスタミンを遊離する作用(遊離活性)は認められず、逆にコンカナバリンA (Con A)あるいはコンパウンド48/80(Compd 48/80)によるヒスタミンの遊離を抑制する作用が認められた。その作用は既存の抗炎症薬(インドメタシンあるいはフェニルブタシン)と比較し、明らかに優れている。


(合議体注:上記において、実験例2の「37」の下線は、原文のとおり。)

(2)甲4に記載された発明
上記(1)の記載、特に(摘記4a)の特許請求の範囲に、「ジヒドロミリセチンを有効成分とする抗炎症剤」の発明が記載され、また、(摘記4b)に「ジヒドロミリセチン」の別名が「アンペロプシン」である旨が記載され、(摘記4d)に、ジヒドロミリセチンの抗炎症作用についての試験結果として、実験例1において、ジヒドロミリセチンがラット足踵浮腫法において浮腫を抑制し、抗炎症作用を示したことが、また、実験例2において、ジヒドロミリセチンがヒスタミン遊離抑制作用に基づく抗炎症作用を示したことが記載されていることからすると、甲4には、以下の発明が記載されているといえる。

「ジヒドロミリセチン(アンペロプシン)を有効成分とする、ラットの足踵浮腫の抑制作用及びヒスタミン遊離抑制作用を有する、抗炎症剤。」(以下「甲4発明」という。)

3 甲2の記載
(摘記2a)(【0002】の1〜3段落及び【0003】の1段落)
「【0002】
キマーゼは炎症性細胞の1つとして炎症に深く関わっているマスト細胞(MC)の顆粒中成として存在し、主に皮膚、心臓、血管壁、腸管等の組織に広く存在している(非特許文献1参照)。ヒトキマーゼはアンジオテンシン変換酵素とは独立にアンジオテンシンI(AngI)から特異的にアンジオテンシンII(AngII)を産生する酵素として知られており、ヒト心臓組織ではアンジオテンシンIIの産生はその80%をキマーゼが担うという報告がある(非特許文献2参照)。AngIIは血圧調節、利尿調節および心血管系組織において平滑筋細胞等の遊走、増殖、細胞外マトリクスの増生等、心血管の肥大や再構築に深く関与していることが知られており、このことよりキマーゼがAngIIの産生を介して心臓・血管病変に深く関与することが示唆されている。キマーゼは上記のAngIIの産生に加えて、そのプロテアーゼ活性に基づく以下のような作用があることが報告されている。1)細胞外マトリクスの分解(非特許文献3参照)、コラーゲナーゼの活性化(非特許文献4参照)およびコラーゲンの生成作用(非特許文献5参照)。2)炎症性サイトカインの遊離、活性化。例えば、潜在型TGFβ1の細胞外マトリクスからの切り出し(非特許文献6参照)、潜在型TGFβ1の活性型TGFβ1への活性化(非特許文献7参照)やIL−1βの活性化(非特許文献8参照)。3)MCの分化や増殖を引き起こす幹細胞増殖因子(SCF)の活性化(非特許文献9参照)。4)LDLのアポリポ蛋白質Bの分解(非特許文献10参照)およびHDLのアポリポ蛋白質Aの分解(非特許文献11参照)。5)ビッグエンドセリンから31アミノ酸残基からなる生理活性ペプチド(ET(1−31))への変換(非特許文献12参照)。さらに、キマーゼがラット腹腔マスト細胞に作用し脱顆粒を惹起したり(非特許文献13参照)、ヒトキマーゼをマウスの腹腔内やモルモットの皮内に投与することにより好酸球等の白血球の浸潤が誘発されることや(非特許文献14参照)、ヒスタミンを介さない持続的な血管透過性の亢進を引き起こすことが報告されている(非特許文献15参照)。これらのキマーゼの作用に関するさまざまな報告は、キマーゼが組織の炎症、修復、治癒の各過程やアレルギー病態において重要な役割を演じていることを示唆しており、これらの過程でキマーゼによる過剰反応が種々の疾患に結びついていると考えられる。
以上に述べた知見から、キマーゼ阻害剤は、例えば、気管支喘息、じん麻疹、アトピー性皮膚炎、アレルギー性結膜炎、鼻炎、関節リューマチ、マストサイトーシス、強皮症、心不全、心肥大、うっ血性心疾患、高血圧、アテローム動脈硬化、心筋虚血、心筋梗塞、経皮的冠動脈形成術後再狭窄、バイパスグラフト術後再狭窄、虚血性末梢循環障害、高アルドステロン症、糖尿病性網膜症、糖尿病性腎症、腎炎、糸球体硬化症、腎不全、乾癬、固形腫瘍、手術後癒着、緑内障、高眼圧症等の予防または治療剤としての利用が期待できる。
一方、低分子キマーゼ阻害剤は既に成書(非特許文献16参照)や総説(非特許文献17、18、19参照)で示されており、そのうち(血管脂質沈着:特許文献1参照、心不全:非特許文献20参照、心筋梗塞:特許文献2参照、非特許文献21参照、非特許文献22参照、大動脈瘤:特許文献3参照、血管狭窄:特許文献4参照、アトピー性皮膚炎:特許文献5参照、掻痒:特許文献6参照、好酸球増多:特許文献7参照、繊維症:特許文献8参照)。また最近になって上述の成書、総説に記載されているキマーゼ阻害剤の他に、イミダゾリジンジオン誘導体(特許文献9参照)ホスホン酸誘導体(特許文献10参照)、ベンゾチオフェンスルホンアミド誘導体(特許文献11参照)、イミダゾール誘導体(特許文献12参照)、トリアゾリジン誘導体(特許文献13参照)、ピリドン誘導体(特許文献14参照)チアゾールイミンおよびオキサゾールイミン誘導体(特許文献15参照)エナミド誘導体(特許文献16参照)が新規キマーゼ阻害剤として開示されている。しかしながら上述のキマーゼ阻害剤で医薬として実用化された例はない。
・・・
【0003】
上記のように現在数種類の低分子キマーゼ阻害剤が開示されている。しかしながら、現在までに臨床的に応用可能なキマーゼ阻害剤は見出されておらず、気管支喘息、じん麻疹、アトピー性皮膚炎、アレルギー性結膜炎、鼻炎、関節リューマチ、マストサイトーシス、強皮症、心不全、心肥大、うっ血性心疾患、高血圧、アテローム動脈硬化、心筋虚血、心筋梗塞、経皮的冠動脈形成術後再狭窄、バイパスグラフト術後再狭窄、虚血性末梢循環障害、高アルドステロン症、糖尿病性網膜症、糖尿病性腎症、腎炎、糸球体硬化症、腎不全、乾癬、固形腫瘍、手術後癒着、緑内障、高眼圧症等のキマーゼが関与する疾患の予防または治療に結びつく臨床応用可能なキマーゼ阻害剤の開発が望まれている。」

4 甲3の記載及び甲3に記載の事項
(1)甲3の記載
甲3には、以下の記載がある。甲3は外国語(中国語)で記載されているため、当審合議体による日本語訳を記載する。なお、参考文献番号の記載は省略した。

(摘記3a)(p.23左欄1〜8行)
「藤婆茶とも言われるムシコンは、中国が承認した“食品と薬品の両方”の漢方薬である。ムシコンの化学組成の研究を行ったところ、2種類のポリフェノールフラボノイド(アンペロプシンとミリセチン)が得られた。これらの2つの化合物には、抗癌性、抗菌性、抗ウイルス性、抗糖尿病性合併症及びその他の生物活性がある。」

(摘記3b)(p.24左欄表1)
「表1 ムシコン乾燥品中のアンペロプシン及びミリセチンの含量測定結果
100gあたりの乾燥品含量 (g) 平均値 相対標準偏差(%)
アンペロプシン 25.2 1.7
ミリセチン 1.77 3.3
n=6

(2)甲3の記載事項
上記(1)の記載によれば、甲3には、ムシコン乾燥品にアンペロプシンが25.2重量%含まれること、及び、アンペロプシンに、抗癌性、抗菌性、抗ウイルス性、抗糖尿病性合併症及びその他の生物活性があることが記載されているといえる。

5 申立理由A1(甲1に基づく新規性欠如の取消理由)についての判断

(1)本件発明と甲1発明の対比
本件発明と甲1発明を対比する。
ア 甲1発明の「煎剤」あるいは「塗布剤」として使用される、「所定疾患の治療のために使用される薬剤」は、本件発明の「組成物」に相当する。
イ また、本件発明の「キマーゼ阻害用組成物」は、本件特許明細書(本件特許公報)の【0008】に記載のとおり、「キマーゼ阻害作用を有する組成物」であり、キマーゼ阻害作用という薬理作用に基づいて、「キマーゼ阻害用」という用途に供される組成物であるし、甲1発明の「所定疾患の治療のために使用される薬剤」が、当該薬剤の薬理作用に基づいて所定の疾患の治療のために使用できるものであることは当業者に自明である。
ウ そうすると、本件発明の「キマーゼ阻害用組成物」と甲1発明の「所定疾患の治療のために使用される薬剤」とは、「薬理作用を有する組成物」である限りにおいて一致している。

よって、両者の一致点、相違点は以下のとおりである。
<一致点>
薬理作用を有する組成物。
<相違点1>
薬理作用を有する組成物が、本件発明では「キマーゼ阻害用組成物」であるのに対し、甲1発明では「所定の疾患の治療のために使用される薬剤」である点。
<相違点2>
薬理作用を有する組成物について、本件発明1では「アンペロプシンを10質量%以上含有する」ことが特定されているのに対し、甲1発明ではかかる特定はされていない点。

(2)申立理由A1(甲1に基づく新規性欠如)についての判断
相違点1について検討する。
ア 甲1発明の「所定の疾患の治療のために使用される薬剤」と「キマーゼ阻害用組成物」との関係に関し、甲2には、キマーゼの作用に関するさまざまな報告から、キマーゼが組織の炎症、修復、治癒の各過程やアレルギー病態において重要な役割を演じていることが示唆されており、これらの過程でキマーゼによる過剰反応が種々の疾患に結びついていると考えられることから、キマーゼ阻害剤は、気管支喘息、じん麻疹、アトピー性皮膚炎、アレルギー性結膜炎、鼻炎、関節リューマチ等の予防または治療剤としての利用が期待できることが記載されている(上記(摘記2a)の【0002】の1〜2段落)。
そして、甲2の上記記載によれば、甲1発明の薬剤の治療対象である「湿疹等の皮膚病」(甲2における「じん麻疹」及び「アトピー性皮膚炎」が相当する。)、「リウマチ性関節炎」(甲2における「関節リューマチ」に相当する。)、「急性腎炎」(甲2における「腎炎」の一態様である。)が、キマーゼの作用に関係する疾患であること、これらキマーゼの作用に関係する疾患に、キマーゼ阻害剤が治療剤として利用されることが期待されていることは理解できる。
しかしながら、技術常識文献2(上記「廣川 薬科学大辞典〔第5版〕−普及版−」)の「抗ヒスタミン薬」の項目に、ヒスタミンと同じ受容体に競合的に働くH1遮断薬がアレルギーに用いられることが記載されているとおり、甲2に記載の炎症やアレルギーは、キマーゼのみならず、ヒスタミンを含め、種々の生体内物質が関与する現象であり、甲2に記載される気管支喘息、じん麻疹、アトピー性皮膚炎等の疾患に「キマーゼ」が関係しているとしても、これらの疾患に治療効果を有する薬剤が、必ずキマーゼ阻害作用を有する薬剤、つまり、「キマーゼ阻害剤」として機能するということはできない。
このことは、甲2((摘記2a))の【0002】の3段落に「キマーゼ阻害剤で医薬として実用化された例はない」、【0003】に「現在数種類の低分子キマーゼ阻害剤が開示されている。しかしながら、現在までに臨床的に応用可能なキマーゼ阻害剤は見出されておらず」と記載されるとおり、キマーゼに関係すると考えられる疾患が、必ずしも「キマーゼ阻害剤」で治療できるとはいえないこととも合致する。
そうすると、甲2の記載や本願の優先日当時の技術常識を参酌しても、甲1発明の薬剤が、「キマーゼ阻害剤」として機能することを当業者は理解できない。

イ また、甲3(上記第6 4参照。)には、ムシコン乾燥品にアンペロプシンが含まれることが記載されるのみであり、甲4(上記第6 2(1)参照。)には、ジヒドロミリセチン(アンペロプシン)に、抗炎症作用があり、ラットの足踵浮腫の抑制作用及びヒスタミン遊離抑制作用を有することが記載されるのみであって、いずれの文献からも、当業者は、甲1発明の薬剤がキマーゼ阻害作用を有し、「キマーゼ阻害剤」として機能することを理解し得ない。
また、そのことが本願の優先日前の技術常識であったともいえない。

ウ そうすると、当業者は、甲2、3を含め、申立人が提出したいずれの証拠を参酌しても、甲1発明の薬剤がキマーゼ阻害作用を有し、「キマーゼ阻害剤」として機能することを認識できないから、相違点1は実質的な相違点である。

エ よって、相違点2について検討するまでもなく、本件発明について、甲1に記載された発明であるとはいえない。

オ 申立人の主張について
申立人は、申立書の5〜6頁において、甲2から、キマーゼ阻害作用が、気管支喘息、じん麻疹、アトピー性皮膚炎、アレルギー性結膜炎、鼻炎、関節リューマチ等の予防又は治療効果を有することは既知であり、甲3からムシコンがアンペロプシンを含むことが既知であるから、本件発明は、皮膚病(湿疹)、急性気管支炎、気管支炎、リュウマチ性関節炎の治療効果を有する甲1発明の薬剤の治療効果における未知の属性を発見したものに過ぎず、本件発明の用途と甲1発明の用途を区別することができない旨を主張する(項目3(4)ウ.(ア))。

申立人の主張について検討する。
甲2には、「キマーゼ阻害剤は、例えば、気管支喘息、じん麻疹、アトピー性皮膚炎、アレルギー性結膜炎、鼻炎、 関節リューマチ、マストサイト一シス、強皮症、心不全、心肥大、うつ血性心疾患、高血圧、アテローム動脈硬化、心筋虚血、心筋梗塞、経皮的冠動脈形成術後再狭窄、バイパスグラフト術後再狭窄、虚血性末梢循環障害、高アルドステロン症、糖尿病性網膜症、糖尿病性腎症、腎炎、糸球体硬化症、腎不全、乾癬、固形腫瘍、手術後癒着、緑内障、高眼圧症等の予防または治療剤としての利用が期待できる。」(【0002】の2段落)と記載されている。
しかしながら、当該記載は、あくまでキマーゼ阻害剤がこれらの疾患の治療剤としての利用が期待できること、すなわち、これらの疾患の治療剤として利用することができる可能性があることを記載するに過ぎず、かえって、上記アで指摘した甲2の(【0002】の3段落や【0003】の記載及び本願の優先日当時の技術常識からすれば、任意のキマーゼ阻害剤が、甲2に記載の疾患の治療剤として有用であることは理解できない。
そうすると、本件発明の「キマーゼ阻害剤」との用途に、甲2に記載の各種疾患の予防・治療剤という用途が包含されるとはいえないし、そのような本願の優先日当時の技術常識があったともいえない。
してみると、本件発明の「キマーゼ阻害剤」という用途が甲2に記載の各種疾患の予防・治療剤という用途を含むことを前提とする申立人の主張は、その前提において誤っており、上記のとおり、甲1発明の薬剤と、本件発明のキマーゼ阻害剤の用途が一致するとはいえないから、申立人の主張は採用できない。

カ よって、申立理由A1には、理由がない。

6 申立理由B1(甲1を主引用例とする進歩性欠如の取消理由)についての判断

(1)相違点1について
ア 上記5(2)で指摘した各証拠、及び本願優先日当時の技術常識を参酌しても、当業者は甲1発明の薬剤がキマーゼ阻害作用を有し、「キマーゼ阻害剤」として機能することを認識できない。
そうすると、当業者は、申立人が提出したいずれの証拠からも、甲1発明の薬剤を「キマーゼ阻害剤」とすること、すなわち、甲1発明を相違点1に係る本件発明の構成を備えたものとすることを動機付けられるとはいえない。

イ 本件発明の効果について
本件発明の効果に関し、本件特許明細書には、実施例(【0024】〜【0063】及び【図1】〜【図8】)として、キマーゼ阻害試験の結果、アンペロプシンは、最終濃度200μMでヒトキマーゼを完全に抑制することができ、アンペロプシンはキマーゼ阻害剤として有用であること(特に、【0038】〜【0039】及び【図1】)が記載されている。
そして、上述の本件特許明細書の記載から、アンペロプシンを含む本件発明の組成物にヒトキマーゼ抑制作用があることが理解できるところ、当該効果は、申立人が提示したいずれの証拠からも予測できない効果である。

なお、本件特許明細書には、「キマーゼ阻害剤」である本件発明の薬剤について、動物試験の結果、アンペロプシンは高用量で食塩による血圧及び心拍数の上昇の抑制作用(特に、【0044】〜【0045】、図2〜5)、及び、中用量及び高用量で、食塩による血圧上昇からの改善作用及び心拍数改善作用(特に、【0050】〜【0051】、図6〜9)を有すること、並びに、ヒト臨床試験の結果、アンペロプシンを含有する藤茶エキス末の12週間の摂取により、スクリーニング検査での血圧(収縮期)が130mmHg以上160mmHg未満の試験対象者の血圧が低下したこと(特に、【0053】、【0056】、【0063】)も記載されているので、本件特許明細書の記載から、当業者は、アンペロプシンが用量によっては、高血圧の改善作用を有することも理解できるが、これらの効果についても、申立人が提示したいずれの証拠からも予測できない効果である。

ウ 以上のとおり、当業者は、申立人が提出したいずれの証拠を参酌しても、甲1発明を、相違点1に係る本件発明の構成を備えたものとすることを動機付けられるとはいえないし、一方、本件特許明細書の記載から、アンペロプシンを含む本件発明の組成物にヒトキマーゼ抑制効果があることが理解できるところ、当該効果は、申立人が提示したいずれの証拠からも予測できない効果である。
そうすると、相違点2について検討するまでもなく、本件発明について、甲1発明、及び、甲2、3を含め申立人が提出したいずれの証拠の記載を参酌しても、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

エ 申立人の主張について
申立人は、申立書の6頁において、本件発明は甲1〜3に記載された発明の単なる寄せ集めにすぎないから、甲1〜甲3に基づいて当業者が容易に想到できたものである旨の主張をする(項目3(4)ウ.(ア))。
しかしながら、上記ア〜イで記載したとおり、申立人が提出した甲1〜3の記載を参酌しても、当業者は甲1発明の薬剤が「キマーゼ阻害剤」として機能することを認識できないのであるし、本件発明により、申立人が提示したいずれの証拠からも予測できない効果が奏されるのであるから、甲1〜甲3に基づいて当業者が本件発明を容易に想到できたものであるとはいえず、申立人の主張は採用できない。

オ よって、申立理由B1にも、理由がない。

7 申立理由A2(甲4に基づく新規性欠如の取消理由)についての判断

(1)本件発明と甲4発明との対比
本件発明と甲4発明とを対比する。
ア 甲4発明の「抗炎症剤」は組成物であるといえる。
イ 上記5(1)で記載したとおり、本件発明の「キマーゼ阻害用組成物」は、キマーゼ阻害作用という薬理作用に基づいて、「キマーゼ阻害用」という用途に供される組成物であるし、甲4発明の「抗炎症剤」が、薬剤の「抗炎症」という薬理作用に基づいて炎症疾患の治療のために使用できるものであることは当業者に自明である。
ウ そうすると、本件発明の「キマーゼ阻害用組成物」と甲4発明の「抗炎症剤」とは、「薬理作用を有する組成物」である限りにおいて一致している。

よって、本件発明と甲4発明との一致点、相違点は以下のとおりである。
<一致点>
アンテロプシンを含有する、薬理作用を有する組成物。
<相違点3>
アンテロプシンを含有する薬理作用を有する組成物が、本件発明では、「キマーゼ阻害用組成物」であるのに対し、甲4発明では、「抗炎症剤」である点。
<相違点4>
アンテロプシンを含有する薬理作用を有する組成物について、本件発明では「アンペロプシンを10質量%以上含有する」ことが特定されているのに対し、甲4発明ではかかる特定はされていない点。

(2)判断
相違点3について検討する。
ア まず、甲4発明に関し、抗炎症剤の治療対象に「関節リウマチ」のような自己免疫疾患や、「気管支喘息」、「アレルギー性鼻炎」、「じん麻疹」といった、アレルギー性の疾患が含まれること、及び、ヒスタミンの遊離を抑制する作用を有する薬物(つまり、抗ヒスタミン薬)が、アレルギーや炎症の治療に使用されることは、本件特許の優先日当時の技術常識であった(技術常識文献1(「病態生化学」)の表13.1、技術常識文献2の「抗ヒスタミン薬」の項目参照。)から、当業者は、甲4発明の「ラットの足踵浮腫の抑制作用及びヒスタミン遊離抑制作用を有する、抗炎症剤」が、具体的には、「関節リウマチ」のような自己免疫疾患や、「気管支喘息」、「アレルギー性鼻炎」、「じん麻疹」といったアレルギー性の疾患における炎症に適用されるものであることを認識するといえる。

イ 甲4発明の「抗炎症剤」を「キマーゼ阻害用組成物」とする点に関し、 上記5(2)アでも指摘したとおり、甲2には、キマーゼの作用に関するさまざまな報告から、キマーゼが組織の炎症、修復、治癒の各過程やアレルギー病態において重要な役割を演じていることが示唆されており、これらの過程でキマーゼによる過剰反応が種々の疾患に結びついていると考えられることから、キマーゼ阻害剤は、気管支喘息、じん麻疹、アトピー性皮膚炎、アレルギー性結膜炎、鼻炎、関節リューマチ等の予防または治療剤としての利用が期待できることが記載されている(上記(摘記2a)の【0002】の1〜2段落)。
そして、本願の優先日当時の技術常識を参酌するに、甲4発明の「抗炎症剤」は、その抗炎症作用に基づいて、甲2にキマーゼの作用に関係する疾患として記載される、気管支喘息、じん麻疹、アトピー性皮膚炎、アレルギー性結膜炎、鼻炎、関節リューマチ等の炎症疾患の治療に有用であることが理解できる。

ウ しかしながら、甲2に記載される気管支喘息、じん麻疹、アトピー性皮膚炎等の疾患に「キマーゼ」が関係しているとしても、甲2に記載の炎症やアレルギーは、キマーゼのみならず、甲4にも記載されるヒスタミンを含め、種々の生体内物質が関与する現象であるから、これらの疾患に治療効果を有すると解される甲4発明の抗炎症剤が、必ずキマーゼ阻害作用を有する薬剤、つまり、「キマーゼ阻害剤」として機能するということはできない。
このことは、上記5(2)アで指摘した甲2((摘記2a))の【0002】の3段落及び【0003】の記載とも合致する。
そうすると、甲2の記載や本願の優先日当時の技術常識を参酌しても、甲4発明の抗炎症剤が、「キマーゼ阻害作用」を有し、「キマーゼ阻害剤」として機能することを当業者は理解できない。

エ また、甲1(上記第6 1参照。)には、ムシコンの内服用の煎剤、あるいは、ムシコンをついて又は粉末にして調製された外用の塗布剤である薬剤が、湿疹等の皮膚病やリウマチ性関節炎のような炎症疾患を含む所定の疾患に対する治療に使用されることが、甲3(上記第6 4参照。)には、ムシコン乾燥品にアンペロプシンが含まれることが記載されるのみであり、申立人が提出したいずれの証拠にも、アンペロプシンにキマーゼ阻害作用があることは記載されていないし、甲4発明のジヒドロミリセチン(アンペロプシン)を有効成分とする抗炎症剤がキマーゼ阻害作用を有していることを示唆する記載もない。
さらに、それらのことが本願の優先日前の技術常識であるともいえない。

オ そうすると、申立人が提出したいずれの証拠を参酌しても、当業者は、甲4発明の抗炎症剤がキマーゼ阻害作用を有し、「キマーゼ阻害剤」として機能することを認識できないから、相違点3は実質的な相違点である。

カ よって、相違点4について検討するまでもなく、本件発明について、甲4に記載された発明であるとはいえない。

キ 申立人の主張について
申立人は、申立書の6〜7頁において、甲2から、キマーゼ阻害作用が関節リューマチ等の予防又は治療効果を有することは既知であるところ、肢足踵下等の関節の炎症は関節リューマチにおいて起きることは周知であるから、本件発明は甲4に記載された発明の予防、治療効果における未知の属性を発見したものに過ぎないし、また、甲2から、キマーゼ阻害作用が気管支喘息、じん麻疹、アトピー性皮膚炎、アレルギー性結膜炎の治療効果を有することが既知であるところ、ヒスタミン遊離抑制作用を有することより、これらの疾患に治療効果を有することは周知である点でも本件発明は甲4に記載された発明の予防、治療効果における未知の属性を発見したものに過ぎないので、本件発明は甲4に記載されたものであり、また甲4に基づいて容易に想到できたものである旨を主張する(項目3(4)ウ.(イ))。

申立人の主張について検討する。
上記5(2)オで記載したとおり、甲2の記載は、あくまでキマーゼ阻害剤が関節リューマチや気管支喘息等の疾患の治療剤としての利用が期待できること、すなわち、これらの疾患の治療剤として利用することができる可能性があることを記載するに過ぎず、かえって、甲2の(【0002】の3段落や【0003】の記載及び本願の優先日当時の技術常識からすれば、任意のキマーゼ阻害剤が、甲2に記載の疾患の治療剤として有用であることは理解できない。
そうすると、本件発明の「キマーゼ阻害剤」という用途に、甲2に記載の各種疾患の予防・治療剤という用途が包含されるとはいえないし、そのような本願の優先日当時の技術常識があったともいえないから、本件発明の「キマーゼ阻害剤」が甲2に記載の各種疾患の予防・治療剤用途を含むことを前提とする申立人の主張は、その前提において誤っており、甲4発明の抗炎症剤と、本件発明のキマーゼ阻害剤の医薬用途が一致するとはいえない。
したがって、申立人の主張は採用できない。

ク よって、申立理由B1には、理由がない。

8 申立理由B2(甲4を主引用例とする進歩性欠如の取消理由)についての判断

(1)相違点3について
ア 上記7(2)で指摘した各証拠、及び本願の優先日当時の技術常識を参酌しても、当業者は、甲4発明の抗炎症剤がキマーゼ阻害作用を有し、「キマーゼ阻害剤」として機能することを認識できない。
そうすると、当業者は、申立人が提出したいずれの証拠の記載からも、甲4発明の薬剤を「キマーゼ阻害剤」とすること、すなわち、甲4発明を相違点3に係る本件発明の構成を備えたものとすることを動機付けられるとはいえない。

イ 一方、上記6(1)イで指摘したとおり、本件特許明細書の記載から、当業者は、アンペロプシンを含む本件発明の組成物にヒトキマーゼ抑制作用があることが理解できるところ、当該効果は、申立人が提示したいずれの証拠からも予測できない効果である。

ウ 以上のとおり、当業者は、申立人が提出したいずれの証拠を参酌しても、甲4発明を、相違点3に係る本件発明の構成を備えたものとすることを動機付けられるとはいえないし、一方、本件特許明細書の記載から、アンペロプシンを含む本件発明の組成物にヒトキマーゼ抑制効果があることが理解できるところ、当該効果は、申立人が提示したいずれの証拠からも予測できない効果である。
そうすると、相違点4について検討するまでもなく、本件発明について、甲4発明、及び、甲2を含め申立人が提出したいずれの証拠の記載を参酌しても、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

エ 申立人の主張について
申立人は、申立書の6〜7頁において、上記7(2)キで記載したと同様の主張をして、本件発明は甲4発明に基づいて容易に発明することができたものである旨の主張をする(項目3(4)ウ.(イ))。
しかしながら、上記ア〜ウで記載したとおり、申立人が提出したいずれの証拠の記載を参酌しても、当業者は甲4発明の薬剤が「キマーゼ阻害剤」として機能することを認識できず、当業者は、甲4発明を相違点3に係る本件発明の構成を備えたものとするを動機付けられないのであるし、本件発明により、申立人が提示したいずれの証拠からも予測できない効果が奏されるのであるから、本件発明は甲4発明に基づいて容易に発明することができたものとはいえない。
したがって、申立人の主張は採用できない

オ よって、申立理由B2にも、理由がない。

第7 むすび
以上のとおりであるから、請求項1に係る特許は、特許異議申立書に記載された特許異議申立理由によっては、取り消すことができない。
また、他に請求項1に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
さらに、特許異議の申立ての対象であった請求項2〜3は、本件訂正により削除されたので、請求項2〜3に係る特許についての特許異議の申立ては、申立ての対象が存在しないものとなったため、特許法第120条の8第1項で準用する同法第135条の規定により却下する。
よって、結論のとおり決定する。

 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アンペロプシンを10質量%以上含有するキマーゼ阻害用組成物。
【請求項2】
(削除)
【請求項3】
(削除)
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照
異議決定日 2022-04-28 
出願番号 P2017-053146
審決分類 P 1 651・ 121- YAA (A61K)
P 1 651・ 113- YAA (A61K)
最終処分 07   維持
特許庁審判長 前田 佳与子
特許庁審判官 渕野 留香
鳥居 敬司
登録日 2021-04-06 
登録番号 6864508
権利者 株式会社ファンケル
発明の名称 キマーゼ阻害用組成物  
代理人 太田 千香子  
代理人 長谷部 善太郎  
代理人 山田 泰之  
代理人 山田 泰之  
代理人 中村 理弘  
代理人 長谷部 善太郎  
代理人 太田 千香子  
代理人 中村 理弘  

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