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審決分類 |
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 C12N 審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備 C12N 審判 全部申し立て 2項進歩性 C12N |
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管理番号 | 1387523 |
総通号数 | 8 |
発行国 | JP |
公報種別 | 特許決定公報 |
発行日 | 2022-08-26 |
種別 | 異議の決定 |
異議申立日 | 2022-02-24 |
確定日 | 2022-07-29 |
異議申立件数 | 2 |
事件の表示 | 特許第6924732号発明「体細胞の再プログラム化」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 |
結論 | 特許第6924732号の請求項1ないし13に係る特許を維持する。 |
理由 |
第1 手続の経緯 特許第6924732号の請求項1〜13に係る特許についての出願は、平成20年3月21日(パリ条約による優先権主張 2007年3月23日 米国、2007年9月25日 米国、2007年11月19日 米国)を国際出願日とする特願2010−501136号の一部を新たな特許出願とした特願2015−94203号の一部を、さらに新たな特許出願として平成30年8月6日に出願されたものであって、令和3年8月4日に特許の設定登録がされ、同年8月25日に特許掲載公報が発行された。その特許に対し、令和4年2月24日に特許異議申立人新井誠一(以下、「特許異議申立人1」という。)により、同年同月25日に特許異議申立人杉本里佳(以下、「特許異議申立人2」という。)により、特許異議の申立てがされたものである。 第2 本件発明 特許第6924732号の請求項1〜13に係る発明は、その特許請求の範囲の請求項1〜13に記載された事項により特定される、次のとおりのものである。 「【請求項1】 以下の工程を含む、霊長類の体細胞を再プログラム化する方法: 前記霊長類の体細胞を再プログラム化するために十分な条件下で、複数の潜在能力決定因子を、前記霊長類の体細胞に暴露する工程であって、ここで 前記複数の潜在能力決定因子がOct-4、Sox2及びLin28を含む、前記工程;及び 暴露された細胞を培養して、前記霊長類の体細胞よりも高い潜在能力を有する再プログラム化細胞を入手する工程。 【請求項2】 暴露工程をウイルス系ベクターを用いて行う、請求項1に記載の方法。 【請求項3】 ウイルス系ベクターが組込みベクター又は非組込みベクターである、請求項2に記載の方法。 【請求項4】 ウイルス系ベクターがレトロウイルスベクターである、請求項2に記載の方法。 【請求項5】 レトロウイルスベクターがレンチウイルスベクターである、請求項4に記載の方法。 【請求項6】 潜在能力決定因子が再プログラミング配列として、霊長類の体細胞に導入され、前記再プログラミング配列では、潜在能力決定因子をコードする核酸配列が異種プロモータに機能的に連結されてある、請求項1に記載の方法。 【請求項7】 再プログラム化細胞が多能性である、請求項1に記載の方法。 【請求項8】 再プログラム化細胞が、(i)Oct-4、SSEA3、SSEA4、Tra-1-60及びTra-1-81から成る群から選択される細胞マーカーを発現し;(ii)多能性細胞に特徴的な形態を示し;さらに(iii)免疫不全動物に導入したときテラトーマを形成する、請求項1に記載の方法。 【請求項9】 以下の工程を含む、霊長類の多能性細胞の濃縮集団の作製方法: 潜在能力決定因子を発現させるために十分な条件下で、複数の潜在能力決定因子を、霊長類の体細胞に導入し、それによって前記霊長類の体細胞を再プログラム化する工程であって、ここで 前記複数の潜在能力決定因子がOct-4、Sox2及びLin28を含む、前記工程。 【請求項10】 霊長類多能性細胞が、(i)Oct-4、SSEA3、SSEA4、Tra-1-60及びTra-1-81から成る群から選択される細胞表面マーカーを発現し;(ii)多能性細胞に特徴的な形態を示し;さらに(iii)免疫不全動物に導入したときテラトーマを形成する、請求項9に記載の方法。 【請求項11】 霊長類多能性細胞が集団の少なくとも60%を占める、請求項9に記載の方法。 【請求項12】 霊長類多能性細胞が集団の少なくとも80%を占める、請求項9に記載の方法。 【請求項13】 霊長類多能性細胞が集団の少なくとも95%を占める、請求項9に記載の方法。」 (以下、「本件発明1」、「本件発明2」等という。まとめて「本件発明」ということもある。) 第3 特許異議申立理由の概要 特許異議申立人1、2が主張する異議申立理由の概要は、次のとおりのものである。(以下、特許異議申立理由については、異議申立人番号と理由番号により「異議1理由1」等といい、証拠方法についても同様に、異議申立人番号と証拠番号により「異議1甲1」等という。) 1 特許異議申立人1が申し立てた特許異議申立理由の概要 (1)異議1理由1(進歩性欠如) 本件第1優先明細書(米国特許仮出願第60/919,687号明細書。2007年3月23日出願)には、「Oct-4、Sox2及びLin28」の3因子による体細胞の再プログラム化について記載されていないので、本件発明は第1優先権主張の利益は享受できず、その特許性判断の基準日は、早くとも第2優先日(2007年9月25日)である。 そして、本件発明1〜13は、本件特許の第2優先日前日本国内または外国において頒布された刊行物である異議1甲1に記載された発明に異議1甲2に記載された発明及び周知技術を組み合わせることによりその出願前に当業者が容易に発明をすることができたものであって、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないから、それらの発明に係る特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。 (2)異議1理由2、3(サポート要件違反、実施可能要件違反) 本件特許は、下記ア〜ウの点で、特許請求の範囲の記載が発明の詳細な説明に記載したものということができず、同様の理由により、発明の詳細な説明の記載が当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載したものということもできないから、特許法第36条第6項第1号及び第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであって、本件発明に係る特許は、同法第113条第4項に該当し、取り消されるべきものである。 ア 本件発明1〜13の「霊長類の体細胞」の点 イ 本件発明3の「非組込みベクター」の点 ウ 本件発明11〜13の「霊長類多能性細胞」が「集団」に占める割合の点 [証拠方法] 異議1甲1: 国際公開第2007/069666号 異議1甲2: Stem Cells, vol.22, pp.51-64 (2004) 異議1甲3: 国際公開第2005/080598号 異議1甲4: Cell, vol.126, pp.663-676 (2006) 異議1甲5: Cell, vol.126, pp.652-655 (2006) 異議1甲6: Developmental Biology, vol.258, pp.432-442 (2003) 異議1甲7: Blood, vol.103, pp.2956-2964 (2004) 異議1甲8: Cell, vol.122, pp.947-956 (2005) 異議1甲9: Nature Biotechnology, vol.25, pp.803-816 (2007) 異議1甲10: Stem Cells, vol.21, pp.111-117 (2003) 異議1甲11: https://www.addgene.org/18656[出力日2022.2.14] 異議1甲12: Cell, vol.131, pp.861-872 (2007) 異議1甲13: Stem Cells, vol.26, pp.1998-2005 (2008) 異議1甲14: Nature, vol.451, pp.141-146 (2007) & Online methods[https://www.nature.com/articles/nature06534#Sec12] 異議1甲15: 沖田圭介「実験成績証明書(1)」(令和4年2月22日) 異議1甲16: 沖田圭介「実験成績証明書(2)」(令和4年2月22日) 異議1甲17: Science, vol.318, pp.1917-1920 (2007) 異議1甲18: 特願2015−094203号の平成28年5月18日付け拒絶理由通知書 2 特許異議申立人2が申し立てた特許異議申立理由の概要 (1)異議2理由1(進歩性欠如) 本件第1優先明細書(異議2甲6)には、「Oct-4、Sox2及びLin28」の3因子による体細胞の再プログラム化について記載されていないので、本件発明は第1優先権主張の利益は享受できず、その特許性判断の基準日は、早くとも第2優先日(2007年9月25日)である。 そして、本件発明1〜13は、本件特許の第2優先日前日本国内または外国において頒布された刊行物である異議2甲1に記載された発明に異議2甲2に記載された発明及び周知技術を組み合わせることによりその出願前に当業者が容易に発明をすることができたものであって、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないから、それらの発明に係る特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。 (2)異議2理由2、3(サポート要件違反、実施可能要件違反) 本件特許は、下記ア及びイの点で、特許請求の範囲の記載が発明の詳細な説明に記載したものということができず、同様の理由により、発明の詳細な説明の記載が当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載したものということもできないから、特許法第36条第6項第1号及び第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであって、本件発明に係る特許は、同法第113条第4項に該当し、取り消されるべきものである。 ア 本件発明1〜4及び6〜13の「ベクター」の点 イ 本件発明1〜13の「霊長類の体細胞」の点 [証拠方法] 異議2甲1: 国際公開第2007/069666号 異議2甲2: Stem Cells, vol.22, pp.51-64 (2004) 異議2甲3: Cell, vol.126, pp.663-676 (2006) 異議2甲4: Experimental Hematology, vol.31, pp.1007-1014 (2003) 異議2甲5: Science, vol.324, pp.797-801 (2009) NIH Public Access Author Manuscript 異議2甲6: 米国特許仮出願第60/919,687号明細書 第4 当合議体の判断 1 証拠の記載事項 (1)異議1甲1、異議2甲1の記載事項 上記第3のとおり、異議申立人1が提出した異議1甲1と異議申立人2が提出した異議2甲1は同一の証拠であるため、以下、単に「甲1」という。 本件第1優先日後かつ第2優先日前に頒布された刊行物である甲1は、「核初期化因子」の発明を公開する国際公開であって、次の事項が記載されている。 ア 「請求の範囲 1. 体細胞の核初期化因子であって、下記の3種類の遺伝子:Octファミリ一遺伝子、Klfファミリ一遺伝子、及び Mycファミリ一遺伝子の各遺伝子産物を含む因子。 2.下記の3種の遺伝子:Oct3/4、Klf4、及びc-Mycの各遺伝子産物を含む請求項1に記載の因子。 3.下記の遺伝子:Soxファミリー遺伝子の遺伝子産物をさらに含む請求項1又は2に記載の因子。 4.Sox2の遺伝子産物を含む請求項3に記載の因子。 ・・・ 11.体細胞の核初期化により誘導多能性幹細胞を製造する方法であって、体細胞に対して請求項1ないし10のいずれか1項に記載の核初期化因子を接触させる工程を含む方法。 12.体細胞がヒト細胞である請求項11に記載の方法。」(第34頁第1行〜第35頁第2行) イ 「本発明の課題は核初期化因子を提供することにある。より具体的には、本発明の課題は、卵子、胚やES細胞を利用せずに分化細胞の初期化を誘導し、ES細胞と同様な多能性や増殖能を有する誘導多能性幹細胞を簡便かつ再現性よく樹立するための手段を提供することにある。」(第2頁第21〜24行) ウ 「核初期化因子に関連する遺伝子の候補として、ES細胞で特異的な発現を示す遺伝子及びES細胞の分化多能性維持における重要な役割が示唆される遺伝子を複数選択し、それらの候補遺伝子が単独で、あるいは適宜組み合わせることにより核初期を惹起するか否かを確認することができる。」(第10頁第7〜11行) エ 「本発明により提供される核初期化因子は、少なくともOctファミリー遺伝子、Klf ファミリ一遺伝子、及び Mycフアミリ一遺伝子の遺伝子産物の組合せを含み、例えば0ct3/4、Klf4、及びc-Mycの3種の遺伝子の遺伝子産物の組み合わせを含む。」(第10頁第27行〜第11頁第2行) オ 「さらに好ましい態様として、上記の3種類の遺伝子産物、好ましくは上記の4種類の遺伝子産物に加えて、 細胞の不死化を誘導する因子をあげることができる。たとえば、TERT遺伝子の遺伝子産物を含む因子と、下記の遺伝子:SV40 Large T antigen、HPV16 E6、HPV16 E7、及び Bmilからなる群から選ばれる1種以上の遺伝子の遺伝子産物を含む因子を、組み合わせることを挙げることができる。」(第13頁下から第2行〜第14頁第3行) カ 「さらに、下記の群:Fbx l5、Nanog、ERas、ECAT15-2、Tcl1、及びβ-cateninからなる群から選ばれる遺伝子のうちの1種又は2種以上を遺伝子産物を組み合わせてもよい。」(第14頁下から第8〜6行) キ 「さらに、本発明の核初期化因子は、例えば、下記の群:ECAT1、Esg1、Dnmt3L、ECAT8、Gdf3、Sox15、 ECAT15-1、Fthl17、Sal14、Rex1、UTF1、Stella、Stat3、及びGrb2からなる群から選ばれる1種以上の遺伝子の遺伝子産物を含んでいてもよい。」(第15頁第5〜8行) ク 「もっとも、本発明の核初期化因子に含むことができる遺伝子産物は上記に具体的に説明した遺伝子の遺伝子産物に限定されることはない。本発明の核初期化因子には、核初期化因子として機能することができる他の遺伝子産物のほか、分化、発生、又は増殖などに関係する因子あるいはその他の生理活性を有する因子を1又は2 以上含むことができ、そのような態様も本発明の範囲に包含されることは言うまでもない。核初期化因子として機能することができる他の遺伝子産物は、例えば、0ct3/4、Klf4、及びc-Mycの3種の遺伝子のうち 1種又は 2種のみを発現させた体 細胞を用い、この細胞に対して核初期化を誘導することができる遺伝子産物をスクリーニングすることによって特定することができる。」(第15頁第25行〜第16頁第67行) ケ 「上記実験系を用いて初期化因子の探索を行い(図1)、初期化因子の候補としてES細胞で特異的な発現を示す遺伝子、及びES細胞の分化多能性維持における重要な役割が示唆される遺伝子を合計24種類選択した。これらの遺伝子を下記の表4及び表5に示す。」(第19頁第1〜4行) コ 「 」(第19〜20頁表4) サ 「例12 胎児由来の Human dermal fibroblast (HDF) にマウスエコトロピックウィルスレセプターであるsolute carrier family 7(Slc7al、NCBIアクセッション番号 N _007513)をレンチウイルスで発現させた細胞に、マウス0ct3/4遺伝子プロモーター下流に赤色蛍光蛋白質遺伝子を、およびPGKプロモーター下流にハイグロマイシン耐性遺伝子を組み込んだプラスミドをヌクレオフェクションで導入した。ハイグロマイシンによる選択を行い、安定発現株を樹立した。800000個の細胞をマイ卜マイシン処理したST0細胞の上にまき、翌日レトロウイルスにより 0ct3/4, Sox2, Klf4, c-Myc (いずれもヒト由来)を導入した。3週間後に得られたコロニー(図23左)を24個拾い、ST0細胞を播種した24-we11 plateに移して培養した。2週間後に増えてきた1クローンをSTO細胞を播種した6-well plateに継代して培養した結果、ES細胞に形態上において類似した細胞が得られ(図23右)、iPS細胞であることが示唆された。培地は常にマウスES細胞用培地を用いた。」(第32頁第19行〜第33頁第4行) (2)異議1甲2、異議2甲2の記載事項 上記第3のとおり、異議申立人1が提出した異議1甲2と異議申立人2が提出した異議2甲2は同一の証拠であるため、以下、単に「甲2」という。 本件第1及び第2優先日前に頒布された刊行物である甲2は、「SAGEにより定義されたヒト胚性幹細胞のトランスクリプトームプロファイル」と題する学術論文であって、次の事項が記載されている。(英語で記載されているので、当審による翻訳文で示す。) ア 「自己複製と特定の細胞種への分化能を有するヒトES細胞株が樹立されている。しかし、自己複製と分化の分子メカニズムはほぼ不明である。我々は、保有する2つのヒトES細胞株(HES3とHES4)のトランスクリプトームプロファイルを決定し、それらをマウスES細胞及びほかのヒト組織と比較した。・・・我々は、既知のES細胞特異的遺伝子と、ヒトES細胞のマーカーとして機能し、「幹細胞らしさ」の表現型にも寄与する可能性のある新たな候補遺伝子からなる遺伝子リストを作成した。特に興味深かったのは、ES細胞の分化過程におけるDNMT3B及びLIN28のmRNAの下方制御である。ヒトとマウスのES細胞の遺伝子発現プロファイルにおける重複する類似点と相違点は、それらの多能性、特定の細胞種への分化、及び自己複製という拡張能力を支配する分子及び細胞メカニズムの詳細かつ協調的な解析のための基盤を提供する。」(第51頁要約) イ 「ヒトES細胞で差示的に上方制御される遺伝子 ES細胞で上方制御される遺伝子を決定するために、ヒトES SAGEデータセットを、正常な成人及び胎児の末梢組織及び癌組織から得た21個の公開されているSAGEライブラリーと比較した。上方制御された転写産物は、21個のペアワイズ比較におけるp値(p<0.01)とfold difference(fold difference>4)に基づいて同定した。192個の上方制御された転写物には、POU5F1、SOX2、REX1、NANOGなどの既知のES細胞特異的転写因子、その他のあまり解析されていない転写因子、仮想タンパク質、及びLIN28のようなDNA/RNA修飾タンパク質、及び胚性DNAメチルトランスフェラーゼであるDNMT3Bが含まれていた[37]。」(第55頁右欄第19行〜第57頁左欄第5行) ウ 「ヒトES細胞特異的候補遺伝子の発現 SAGE解析によって同定された18個の既知及び候補ES特異的遺伝子の発現プロファイルを半定量的RT-PCR法で調べた。これらの遺伝子の発現は、未分化及び分化したヒトES細胞:6つの成人末梢組織と2つの胎児組織で測定した(図3)。既知のES転写因子のうち、POU5F1、SOX2、及びREX1はヒトES細胞でのみ発現しており、胎児の脳と成人の精巣では低レベルのNANOGの発現が検出された。胚性DNAメチルトランスフェラーゼであるDNMT3B、RNA結合タンパク質であるLIN28、核小体タンパク質であるNPM1、PLA2様タンパク質であるOC90、生殖細胞のZnフィンガー転写因子であるFLJ14549といったいくつかの新規ヒトES特異的候補遺伝子は、ヒトES細胞でのみ発現し、ES細胞の分化過程では発現低下を示した。」(第58頁右欄第1〜15行) エ 「ヒトES細胞の幹細胞らしさの表現型 ヒトES細胞の幹細胞らしさを担う、ヒトES細胞マーカー候補遺伝子のリストを表6に示した。これらの遺伝子はすべて我々が調べた192個の上方制御された転写産物のリストに含まれていた。・・・これらのヒトESマーカー候補遺伝子は、ヒトES細胞で非常に高発現している(GJA1、CLDN6、CKS1B、ERH、HMGA1)、又は、ヒトES細胞に高度に限定的な発現パターンを示す(LIN28、DNMT3B、FLJ14549、FLJ21837、TNFRSF6、NPM1、OC90)。さらにこれらの新しいマーカー遺伝子のいくつか(LIN28、DNMT3B、FLJ14549、OC90、HESX1)は、ES細胞も分化過程で強く下方制御された。」(第61頁右欄第4〜21行) オ 「 」(第62頁表6) (3)異議2甲6の記載事項 本件第1優先明細書である異議2甲6には、次の事項が記載されている。(英語で記載されているので、当審による翻訳文で示す。) ア 「請求の範囲 1.霊長類の体細胞を、霊長類の体細胞よりも高い多能性レベルを有する霊長類細胞に再プログラム化する方法であって、次の工程を含む方法: 潜在能力決定因子の取り込みを受容する霊長類の体細胞を、霊長類の体細胞をより高い多能性レベルを有する再プログラム化霊長類細胞に変換するのに十分な条件下で、複数の前記因子に曝露する工程。 ・・・ 10.前記複数の因子が、POU5F1、Sox2、Nanog、FoxD3、UTF1、Stella、Rex1、ZNF206、Sox15、Myb12、Lin28、DPPA2、ESG1、及びOtx2から選択される、請求項1の方法。 11.潜在能力決定因子が、POU5F1、Sox2、Nanog、FoxD3、UTF1、Stella、Rex1、ZNF206、Sox15、Myb12、Lin28、DPPA2、ESG1、及びOtx2である、請求項1の方法。 12.潜在能力決定因子が、POU5F1、Sox2、Nanog、Lin28、及びDPPA2である、請求項1の方法。」(第20頁第1行〜第21頁第5行) イ 「[00055] ・・・骨髄前駆細胞の再プログラミングのための因子の典型的なプールは、次の表2に示す14の潜在能力決定因子を含む。 」(第17頁第3行〜第18頁) ウ 「[00060] 出願人は、本明細書中に記載の技術を用いて、該14の試験因子の、試験細胞を再プログラム化するのに十分なサブセットをスクリーニングした。次に、十分な、出願人の14因子のセットを、試験細胞を再プログラム化するのに十分な6遺伝子(図8A)、次いで5遺伝子のセットに絞り込んだ。組み合わせて、安定的な多能性細胞のコロニーを生じさせるのに十分であることが示された5遺伝子は、図8Bに示すとおり、POU5F1(Oct4)、Nanog、Sox2、Lin28及びDPPA2である。」(第19頁第8〜13行) 2 異議1理由1、異議2理由1(進歩性欠如)についての判断 異議1理由1及び異議2理由1は、上記第3の1(1)及び2(1)のとおり、本件発明が第1優先権主張の利益を享受できないことを前提に、本件発明について、第2優先日より前に頒布された刊行物である甲1を主引用例として副引用例である甲2及び周知技術を組み合わせて進歩性の欠如を主張する、同趣旨のものであるから、まとめて判断する。 (1)優先権についての判断 上記1(3)のとおり、本件第1優先明細書(異議2甲6)は、霊長類の体細胞を潜在能力決定因子に暴露することにより再プログラム化する方法を開示するが、用いられる潜在能力決定因子として記載されたのは、POU5F1、Sox2、Nanog、FoxD3、UTF1、Stella、Rex1、ZNF206、Sox15、Myb12、Lin28、DPPA2、ESG1、及びOtx2の14因子の組み合わせと、それらから絞り込まれたPOU5F1(Oct4)、Nanog、Sox2、Lin28及びDPPA2の5因子の組み合わせのみであって(上記1(3)ア〜ウ)、Oct4(POU5F1)、Sox2、及びLin28という3因子で霊長類の体細胞を再プログラム化することについては、記載されていない。 したがって、Oct4(POU5F1)、Sox2、及びLin28という3因子で霊長類の体細胞をプログラム化する方法に係る本件発明は、第1優先権主張の利益は享受できず、その新規性、進歩性判断の基準日は、早くとも第2優先日(2007年9月25日)である。 (2)甲1発明の認定 本件第2優先日よりも前に頒布された刊行物である甲1は、体細胞に対して核初期化因子を接触させることにより、ES細胞と同様な多能性や増殖能を有する誘導多能性幹細胞(iPS細胞)を製造する方法を開示するものであって(上記1(1)ア、イ)、例12には、胎児由来のHuman dermal fibroblast(HDF)、すなわちヒト胎児由来皮膚線維芽細胞にOct3/4、Sox2、Klf4及びc-Mycを導入して培養することにより、誘導多能性幹細胞を得たことが記載されている(上記1(1)サ)。したがって、甲1には、次のとおりの発明が記載されていると認められる。 「以下の工程を含む、ヒト胎児由来皮膚線維芽細胞を核初期化する方法: 前記ヒト胎児由来皮膚線維芽細胞に核初期化因子であるOct3/4、Sox2、Klf4及びc-Mycを導入する工程;及び 導入された細胞を培養して、誘導多能性幹細胞を製造する工程。」(以下、「甲1発明」という。) (3)対比 本件発明1と甲1発明を対比すると、甲1発明の「ヒト胎児由来皮膚線維芽細胞」、「核初期化」、「核初期化因子」、「導入」、「誘導多能性幹細胞」、及び「製造」は、それぞれ、本件発明1の「霊長類の体細胞」、「再プログラム化」、「潜在能力決定因子」、「暴露」、「前記霊長類の体細胞よりも高い潜在能力を有する再プログラム化細胞」、及び「入手」に該当するので、両発明は、 「以下の工程を含む、霊長類の体細胞を再プログラム化する方法: 前記霊長類の体細胞を再プログラム化するために十分な条件下で、複数の潜在能力決定因子を、前記霊長類の体細胞に暴露する工程;及び 暴露された細胞を培養して、前記霊長類の体細胞よりも高い潜在能力を有する再プログラム化細胞を入手する工程。」 である点で一致し、次の点で相違する。 相違点: 潜在能力決定因子が、本件発明1では「Oct-4、Sox2及びLin28」であるのに対して、甲1発明では「Oct3/4、Sox2、Klf4及びc-Myc」である点。 (4)判断 上記相違点について検討すると、甲1には、再プログラム化に用いることができる核初期化因子として、甲1発明の「Oct3/4、Sox2、Klf4及びc-Myc」という組み合わせの他に、最低限必要な核初期化因子として、Oct3/4、Klf4及びc-Mycの3種類の組み合わせが記載されているが(上記1(1)ア、エ)、これは、本件発明1の「Oct-4、Sox2及びLin28」という組み合わせとは異なるものである。また、甲1には、上記3種類にしぼる前の核初期化因子の候補として24種類の遺伝子が挙げられ(上記1(1)ケ、コ)、上記3種類に加えて用いることのできる核初期化因子も多数挙げられているところ(上記1(1)オ〜キ)、本件発明1で用いられるLin28は、いずれにも含まれておらず、甲1のその他の部分にも記載も示唆もされていない。そして、甲1にはこのように核初期化因子の候補等が具体的に相当数挙げられているのだから、甲1発明の核初期化因子を甲1に記載すらもされていないものにあえて変更しようとすること自体、動機付けられるとは認めることができない。 このとおり、甲1には、核初期化因子としてLin28を用いることが記載も示唆もされていないうえ、甲1発明で用いられる「Oct3/4、Sox2、Klf4及びc-Myc」という核初期化因子を甲1に記載も示唆もされていないものに変更することの動機付けは認められないのだから、甲2やその他の甲号証に記載された事項について検討するまでもなく、甲1を主引用例として本件発明1の進歩性を否定することはできない。 「Oct-4、Sox2及びLin28」という組み合わせの潜在能力決定因子を用いることを特徴とする本件発明2〜13についても同様である。 (5)異議申立人の主張について 異議申立人1及び2は、甲1には、核初期化因子として、甲1発明で使用されたものに限定されず、ES細胞で特異的な発現を示す遺伝子やES細胞の分化多能性維持における重要な役割が示唆される遺伝子も使用し得ると解される記載(上記1(1)ウ、ク)があるから、甲2にそのような遺伝子として記載されたLin28を採用して、本件発明に至ることは当業者が容易になし得たことである旨主張する。 しかし、上記(4)で判断したとおり、甲1発明の核初期化因子を甲1に記載すらされていないものにあえて変更することの動機付けを認めることはできない。 仮に、甲1に記載されていない核初期化因子の使用が動機付けられるとしても、甲1発明に甲2に記載された発明や周知技術を組み合わせることにより本件発明に至ることができるとは認められない。すなわち、甲2はヒトES細胞で発現している遺伝子をマウスES細胞やヒトの他の組織で発現している遺伝子と網羅的に比較することにより、類似点と相違点とを洗い出してヒトES細胞の多能性や自己複製能のメカニズムの解析のための基盤を提供するものであって、Lin28に特に着目した論文ではない(上記1(2)ア)。甲2において、Lin28は、最終的に示された21種類のヒトES細胞マーカー候補遺伝子の1つにすぎず(上記1(2)オ)、ES細胞に限定的に発現し、分化過程で下方制御されるものの1つとして記載されているにとどまり(上記1(2)イ〜オ)、異議申立人1及び2が提出したいずれの証拠をみても、ことさらLin28に着目して、甲1発明の核初期化因子として使用するほどの特段の事情は見いだせない。まして、甲1発明の「Oct3/4、Sox2、Klf4及びc-Myc」という核初期化因子の特定の組み合わせを本件発明の「Oct-4、Sox2及びLin28」という特定の組み合わせに変更することが容易であるとする理由は認められない。 したがって、異議申立人1及び2の上記主張は採用の限りでない。 (6)小括 以上のとおりであるから、異議1理由1及び異議2理由1は、理由がない。 3 異議1理由2、3及び異議2理由2、3(サポート要件違反、実施可能要件違反)についての判断 (1)異議申立理由の具体的内容 ア 「霊長類の体細胞」の点(異議1理由2、3ア及び異議2理由2、3イ) 本件発明で用いられる「霊長類の体細胞」には任意の種類のものが包含されるところ、実施例で用いられたのは、類間葉細胞とヒト胎児肺線維芽細胞だけである。このうち類間葉細胞は顕著に高い形質転換効率を示し(本件図4C)、Oct4及びSox2のみでも再プログラム化できる細胞(本件図7C)であり、ヒト胎児肺線維芽細胞は新生児や成人由来の線維芽細胞に比べて再プログラム化効率の高い細胞(異議1甲13、14)であるのだから、上記両細胞は「霊長類の体細胞」を代表する例とはいえない。 実際、異議1甲15の実験成績証明書によれば、「Oct-4、Sox2及びLin28」では「霊長類の体細胞」全般を再プログラム化することはできないといえる。 また、異議1甲16の実験成績証明書に示されたように、エピソーマルベクター(非組込み型ベクター)とレンチウイルスベクター(組込み型ベクター)とでは導入遺伝子の導入効率、発現量及び発現時間が異なるのだから、レンチウイルスベクターを用いた本件実施例は、再プログラム化されやすい細胞を導入効率等が高い組込み型ベクターを用いた場合であるといえ、それ以外の場合に「霊長類の体細胞」を再プログラム化できるかどうかはわからない。 さらに、本件発明者らによる本件特許出願後の学術論文(異議1甲17)には、「Oct-4、Sox2及びLin28」によりヒト体細胞が再プログラム化されたことは記載されておらず、「LIN28は再プログラム化の頻度に影響を及ぼし得るものの(図1A)、これらの結果から、再プログラム化の開始に必ずしも必要というわけではなく、その後の再プログラム化された細胞の安定した増殖にも必須でないことが確認された。」との記載がある。 したがって、本件発明の詳細な説明の記載からは、「Oct-4、Sox2及びLin28」で「霊長類の体細胞」を再プログラム化して多能性細胞を生成できることを当業者は認識することができないといえるから、本件特許はサポート要件及び実施可能要件を満たさない。 イ 「ベクター」の点(異議1理由2、3イ及び異議2理由2、3ア) 本件発明1〜4、6〜13には、潜在能力決定因子を任意の「ベクター」で導入して体細胞に暴露する場合が包含されるところ、実施例で用いられたのはゲノム組込み型ベクターであるレンチウイルスベクターのみであり、ゲノム非組込み型ベクターを用いた再プログラム化は示されていない。レンチウイルスベクターのようなゲノム組込み型ベクターは、細胞に導入された後、比較的安定に維持されるのに対して、ゲノムに組込まれない非組込み型ベクターは、分解されたり脱落したりして不安定であり、その結果、両型のベクターでは発現量や発現持続期間が異なることが周知であるから、実施例の記載を任意のベクターにまで拡張ないし一般化することはできない。 ウ 霊長類多能性細胞が集団に占める割合の点(異議1理由2、3ウ) 本件発明11、12及び13は、本件発明9に係る「霊長類の多能性細胞の濃縮集団の作製方法」において、霊長類多能性細胞が集団の少なくとも「60%」、「80%」及び「95%」を占めるというものであるが、発明の詳細な説明には、「Oct-4、Sox2及びLin28」を用いて作製された多能性細胞が細胞集団のどの程度の割合を占めるかについて記載されていない。 (2)判断 ア 「霊長類の体細胞」の点(異議1理由2、3ア及び異議2理由2、3イ)について (ア) 発明の詳細な説明の実施例3には、ヒト類間葉細胞にOct-4、Sox2及びLin28を導入して培養することにより、ES様コロニーが得られたことが(図7BのM4-Nanog、段落【0028】)、実施例5には、ヒト胎児肺線維芽細胞にOct-4、Sox2及びLin28を導入して培養することにより、ES様コロニーが得られたことが(段落【0031】)、それぞれ、具体的な手順や条件とともに結果が記載されているのだから、発明の詳細な説明には、「霊長類の体細胞」を「Oct-4、Sox2及びLin28」により再プログラム化できることが具体的な実験的裏付けをもって記載されているといえる。 そのうえ、発明の詳細な説明の【発明を実施するための形態】の項には、「体細胞」はいずれの体細胞でもよいが、約24時間の倍増時間を有するときに再プログラム化頻度がより高いこと(段落【0010】)、体細胞の潜在能力決定因子の取込みは細胞タイプや発現系によって多様であること(段落【0010】)、潜在能力決定因子をコードする遺伝物質は、任意のプロモーターにより駆動でき、任意のベクターに任意の構成で含ませることができること(段落【0011】、【0013】、【0014】)、再プログラム化効率を高めるために潜在能力決定因子の相対的な比率を調整でき、特に単一ベクターでOct-4:Sox2を1:1で連結した場合に再プログラム化効率が高まること(段落【0011】)、多能性細胞の増殖を支援するために様々な組成の規定培地や条件付け培地を使用できること(段落【0011】)、体細胞を再プログラム化するためには潜在能力決定因子を十分なレベルで発現させるために有効な条件下で導入すること(段落【0013】)などが、記載されている。 このような発明の詳細な説明の記載に接した当業者にとって、実施例の具体的な記載を参考に、【発明を実施するための形態】の項に記載された事項や本件特許の出願日当時の技術常識も考慮して、対象とする「霊長類の体細胞」の種類に応じて各種条件を最適化することは、通常なし得る程度の試行錯誤の範囲内のことであると認められる。 したがって、発明の詳細な説明には、実施例に記載された以外の「霊長類の体細胞」であっても「Oct-4、Sox2及びLin28」により再プログラム化できるように記載されていると認められる。 (イ) 異議申立人は、異議1甲15及び異議1甲16の実験成績証明書を示して「Oct-4、Sox2及びLin28」では「霊長類の体細胞」全般を再プログラム化することはできない旨主張する。しかし、上記両実験成績証明書の実験は、本件実施例とは用いる細胞及びベクターの種類等が異なるため、本件の発明の詳細な説明において「Oct-4、Sox2及びLin28」により「霊長類の体細胞」を再プログラム化できたことを具体的に示す実施例3及び5の記載内容を否定するに足りるものとはいえない。そして、上記(ア)のとおり、発明の詳細な説明は、実施例3及び5の具体的根拠を示した上で、【発明を実施するための形態】の項において、細胞は倍増時間が約24時間の状態が好ましいことや、潜在能力決定因子の相対的比率はOct-4:Sox2が1:1が好ましいこと、その他に発現系、プロモーター、細胞の培養用培地などを調整し得る旨の、潜在能力決定因子を十分なレベルで発現させ、各種の「霊長類の体細胞」を再プログラム化するための手がかりとなる情報が記載されている。 そうすると、上記両実験成績証明書を考慮しても、発明の詳細な説明の記載は、実施例に記載された体細胞以外であっても、「Oct-4、Sox2及びLin28」により再プログラム化できることを当業者は認識し得るといえる。 また、異議申立人は、本件発明者らによる本件特許の出願後の学術論文(異議1甲17)に「Oct-4、Sox2及びLin28」でヒト体細胞が再プログラム化された旨記載されていない点を問題視するが、当該論文には本件実施例3及び5の記載内容を否定するに足りる記載は見いだせない。Lin28について「再プログラム化の開始に必ずしも必要というわけではない」と記載されていることも、Lin28が霊長類の体細胞の再プログラム化に影響を及ぼすことを意味するわけではなく、「Oct-4、Sox2及びLin28」では「霊長類の体細胞」を再プログラム化できないことを推測させるものではない。むしろ、当該論文の図1Aは、本件の図7Bと同様に、ヒト類間葉細胞にM4(-)NANOGすなわち「Oct-4、Sox2及びLin28」を導入することでiPS細胞様コロニーが得られたことを示している。 (ウ) 以上のとおりであるから、本件特許は、「霊長類の体細胞」の点(異議1理由2、3ア及び異議2理由2、3イ)でサポート要件に違反するとも、実施可能要件に違反するとも認めることはできない。 イ 「ベクター」の点(異議1理由2、3イ及び異議2理由2、3ア)について 発明の詳細な説明には、潜在能力決定因子は、体細胞が多能性になることができるようにその潜在能力を高めるためのものであって、それをコードする遺伝子は細胞に一過性で存在しても維持されてもよいことが記載されている(段落【0005】)。そして、潜在能力決定因子をコードする遺伝子を細胞に導入するための「ベクター」については、組込み型ベクターでも非組込型ベクターでもよいこと(段落【0013】、【0014】)、ウイルス系ベクターは非分裂性細胞やトランスフェクションが困難な細胞をも含む多くの細胞への導入に利用できること(段落【0014】)、エプスタイン・バーウイルス(EBV)のような非組込み型ベクターは再プログラム化後に細胞から失われること(段落【0014】)、ベクターが有する潜在能力決定因子をコードする遺伝子は1つでも複数でもよいこと(段落【0014】)、1つの細胞に複数のベクターを導入してもよいこと(段落【0014】)、ベクターは潜在能力決定因子をコードする遺伝子の発現を調節する任意のプロモータを含むこと(段落【0011】、【0014】)が記載されている。 発明の詳細な説明の上記段落【0005】及び実施例の記載や、ベクターにより導入した遺伝子はそれがコードする発現産物であるタンパク質が機能を発揮するという技術常識に照らすと、潜在能力決定因子は霊長類の体細胞中にタンパク質として少なくとも一定期間一定量存在することで当該体細胞の再プログラム化に寄与することが理解できる。そして、細胞に導入した遺伝子の発現の量や持続期間は、細胞やベクターの種類、ベクターの構成や導入量、プロモーターの種類などに応じて異なることが技術常識であり、所望の発現量や持続性のために、それら各種条件を調整することは、当業者が通常行う試行錯誤の範囲内のことである。 したがって、当業者であれば、発明の詳細な説明の記載や技術常識に基づいて、実施例で用いられたレンチウイルスベクター以外であっても本件発明を実施できるものと認められるから、異議1甲16の実験成績証明書を考慮に入れても、本件特許は、「ベクター」の点(異議1理由2、3イ及び異議2理由2、3ア)でサポート要件に違反するとも、実施可能要件に違反するとも認めることはできない。 ウ 霊長類多能性細胞が集団に占める割合の点(異議1理由2、3ウ)について 本件発明11〜13は、それらが引用する本件発明9のとおり、「霊長類の体細胞を再プログラム化する工程」を「含む、霊長類の多能性細胞の濃縮集団の作製方法」であるから、「霊長類の体細胞を再プログラム化する工程」の後に多能性細胞を濃縮する工程を含んでもよいものである。そして、発明の詳細な説明には、多能性細胞を濃縮する方法として、多能性状態でのみ活性を示すプロモーターの制御下の選択性マーカー遺伝子を用いることや、特徴的なES細胞形態を有するコロニーを選別し、ES細胞維持培養条件下で維持することが記載されている(段落【0015】、【0016】)。 したがって、「Oct-4、Sox2及びLin28」を用いた再プログラム化工程直後の細胞集団中に占める多能性細胞の割合がどうであれ、当業者は、必要に応じて発明の詳細な説明に記載された上記濃縮方法などを用いることで本件発明11、12及び13を実施できることは明らかであり、本件特許が、霊長類多能性細胞が集団に占める割合の点(異議1理由2、3ウ)で実施可能要件に違反するとも、サポート要件に違反するとも認めることはできない。 エ 小括 以上のとおりであるから、異議1理由2、3及び異議2理由2、3は、理由がない。 第5 むすび 以上のとおり、異議申立人1が主張する異議1理由1〜3及び異議申立人2が主張する異議2理由1〜3によっては、請求項1〜13に係る特許を取り消すことはできない。また、他に請求項1〜13に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。 したがって、結論のとおり決定する。 |
異議決定日 | 2022-07-19 |
出願番号 | P2018-147683 |
審決分類 |
P
1
651・
536-
Y
(C12N)
P 1 651・ 537- Y (C12N) P 1 651・ 121- Y (C12N) |
最終処分 | 07 維持 |
特許庁審判長 |
福井 悟 |
特許庁審判官 |
伊藤 良子 長井 啓子 |
登録日 | 2021-08-04 |
登録番号 | 6924732 |
権利者 | ウィスコンシン アラムニ リサーチ ファンデーション |
発明の名称 | 体細胞の再プログラム化 |
代理人 | 市川 さつき |
代理人 | 松任谷 優子 |
代理人 | 須田 洋之 |
代理人 | 松田 七重 |
代理人 | 今野 智介 |
代理人 | 梅田 慎介 |
代理人 | 服部 博信 |
代理人 | 田中 伸一郎 |
代理人 | 星野 貴光 |
代理人 | 山崎 一夫 |