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審決分類 審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  C08J
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C08J
審判 全部申し立て 2項進歩性  C08J
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  C08J
管理番号 1387544
総通号数
発行国 JP 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2022-08-26 
種別 異議の決定 
異議申立日 2022-04-28 
確定日 2022-08-08 
異議申立件数
事件の表示 特許第6956274号発明「ポリアミド予備発泡粒子、並びにポリアミド発泡成形体及びその製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6956274号の請求項1ないし15に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6956274号(以下、「本件特許」という。)についての出願は、2019年(令和1年)7月31日(優先権主張 平成30年8月8日)を国際出願日とする出願であって、令和3年10月6日にその特許権の設定登録(請求項の数15)がされ、同年11月2日に特許掲載公報が発行されたところ、その特許に対し、令和4年4月28日に特許異議申立人 黒野 美穂(以下、「特許異議申立人」という。)より、特許異議の申立て(対象となる請求項:請求項1ないし15)がされたものである。

第2 本件特許発明
本件特許の請求項1ないし15に係る発明(以下、これらの発明を順に「本件特許発明1」、「本件特許発明2」などという場合があり、また、これらをまとめて「本件特許発明」という場合がある。)は、願書に添付された特許請求の範囲の請求項1ないし15に記載された事項により特定される次のとおりのものである。

「【請求項1】
示差走査熱量計を用いて、昇温速度10℃/分の条件下で30℃から280℃まで昇温した際に得られるDSC曲線において、最大吸熱ピークのピーク温度が150℃以上275℃以下であり、
前記最大吸熱ピークより高温側における融解終了後のDSC曲線を近似した直線をベースラインとし、前記最大吸熱ピークの低温側の変曲点における接線と前記ベースラインとの交点の温度である補外融解開始温度と、前記最大吸熱ピークの高温側の変曲点における接線と前記ベースラインとの交点の温度である補外融解終了温度との差に相当する前記最大吸熱ピークの幅が、30℃以上80℃以下であることを特徴とする、ポリアミド予備発泡粒子。
【請求項2】
粒子内に水を4.5質量%以上15質量%以下の割合で含有している、請求項1に記載のポリアミド予備発泡粒子。
【請求項3】
平均粒子径(D1)と独立気泡の平均径(D2)の比で表されるD1/D2が6.0以上である、請求項1または2に記載のポリアミド予備発泡粒子。
【請求項4】
前記ポリアミドがポリアミド6/66である、請求項1〜3のいずれか1項に記載のポリアミド予備発泡粒子。
【請求項5】
中空部または凹外形部を有する、請求項1〜4のいずれか1項に記載のポリアミド予備発泡粒子。
【請求項6】
表面付着水の量が14%以下である、請求項1〜5のいずれか1項に記載のポリアミド予備発泡粒子。
【請求項7】
表面付着水の量が、粒子内の含水量よりも少ない、請求項1〜6のいずれか1項に記載のポリアミド予備発泡粒子。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれか1項に記載のポリアミド予備発泡粒子が互いに融着していることを特徴とする、ポリアミド発泡成形体。
【請求項9】
請求項1〜7のいずれか1項に記載のポリアミド予備発泡粒子を加熱融着させることを特徴とする、ポリアミド発泡成形体の製造方法。
【請求項10】
請求項1〜7のいずれか1項に記載のポリアミド予備発泡粒子に水を3質量%以上15質量%以下の割合で含ませる含水処理を行った後、ポリアミド予備発泡粒子を加熱融着させることを特徴とする、ポリアミド発泡成形体の製造方法。
【請求項11】
前記含水処理が、40℃以上の温水に浸漬する工程である、請求項10に記載のポリアミド発泡成形体の製造方法。
【請求項12】
含水処理時間が30分以下である、請求項10または11に記載のポリアミド発泡成形体の製造方法。
【請求項13】
ポリアミド予備発泡粒子に含水処理を行った後、表面付着水量が14%以下となるように表面付着水を除去する工程を有する、請求項10〜12のいずれか1項に記載のポリアミド発泡成形体の製造方法。
【請求項14】
ポリアミド予備発泡粒子に含水処理を行った後、表面付着水量が含水量よりも少なくなるように表面付着水を除去する工程を有する、請求項13に記載のポリアミド発泡成形体の製造方法。
【請求項15】
請求項1〜7のいずれか1項に記載のポリアミド予備発泡粒子を、型内に充填し、成形温度を100℃以上として、前記成形温度−5℃以下の温度の飽和水蒸気によって1秒以上10秒以下加熱した後、前記成形温度の飽和水蒸気によって加熱融着させることを特徴とする、ポリアミド発泡成形体の製造方法。」

第3 特許異議申立理由の概要
特許異議申立人が申し立てた請求項1ないし15に係る特許に対する特許異議申立理由の概要(下記1ないし5)は次のとおりである。

1 申立理由1(新規性
本件特許の請求項1ないし3及び6ないし10に係る発明は、本件特許の優先日前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第1号証に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができないものであるから、それらの特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。

2 申立理由2(進歩性)
本件特許の請求項1ないし10に係る発明は、本件特許の優先日前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第1号証に記載された発明に基いて、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、それらの特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。

3 申立理由3(実施可能要件
本件特許の請求項1ないし3及び5ないし15に係る特許は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない出願に対してされたものであるから、それらの特許は、同法第113条第4号に該当し、取り消すべきものである。

なお、申立理由3の理由の概略は次のとおりである。

本件特許明細書の段落【0016】に列挙されたポリアミド樹脂は、そのポリマー鎖を構成する繰り返し単位の種類等により、例えばDSC曲線における最大吸熱ピーク温度及び最大ピークのピーク幅に関するパラメータの制御に影響する可能性のある吸水性や融点等の性質が全く異なるものである。そして、本件特許明細書には、実施例に記載された特定のポリアミド樹脂以外のポリアミド樹脂からなるポリアミド予備発泡粒子において、上記2種のパラメータをどのように制御するのかについては記載されていない。そのため、例えばPA11やPA12、およびこれらを構造中に含むポリアミド樹脂のような、PA6/66及びPA6とは異なる特性を有するポリアミド樹脂について上記パラメータを満足した発泡粒子を製造することは、当業者に期待しうる程度を越える試行錯誤や複雑高度な実験を行うことを要するものである。

4 申立理由4(サポート要件)
本件特許請求項1ないし15に係る特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない出願に対してされたものであるから、それらの特許は、同法第113条第4号に該当し、取り消すべきものである。

なお、申立理由4の理由の概略は次のとおりである。

(1) 申立理由4−1 本件特許発明1の範囲を実施例に記載されたポリアミド樹脂以外のポリアミド樹脂を使用した場合まで拡張ないし一般化することはできない点
本件特許発明1の解決しようとする課題は、「ポリアミド予備発泡粒子を型内発泡成形させる際の成形性を改良し、十分な強度を得ること、並びに十分な機械強度を示すポリアミド発泡粒子成形体およびその製造方法を提供すること」(【0009】)であり、かかる課題を解決するために、ポリアミド予備発泡粒子におけるDSC曲線における最大吸熱ピークのピーク温度及び最大ピークのピーク幅をそれぞれ特定の範囲とする技術手段を採用しているものの、「ポリアミド予備発泡粒子」を構成するポリアミド樹脂の種類は特定されていない。
この点について、本件特許明細書には、実施例に記載された特定のポリアミド樹脂(具体的には、PA6/66(DSM社製「2430A」)及びPA6(宇部興産製「1022B」))からなるポリアミド予備発泡粒子により前述した課題を解決した旨の記載があるものの、これら以外のポリアミド樹脂からなり、前述した2種のパラメータを満足するポリアミド予備発泡粒子が前述した課題を解決可能であることが、当業者が認識できる程度に記載されていない。
甲第3号証の記載からも理解できるように、ポリアミド樹脂の物性はポリマー鎖を構成する繰り返し単位の種類等に大きく依存することが技術常識であり、PA6/66及びPA6において示されたようなDSC曲線における最大吸熱ピークのピーク温度及びピーク幅の作用効果が、例えばPA11やPA12、及びこれらを構造中に含むポリアミド樹脂についても同様に発揮され、本件特許発明1の課題を解決できることを示す具体的な記載は一切ない。
以上のように、本件特許明細書には、実施例に記載された特定のポリアミド樹脂以外のポリアミド樹脂からなるポリアミド予備発泡粒子により前述した課題を解決可能であることとが、当業者が認識できる程度に記載されていない。また、本件特許発明1の出願時の技術常識に照らしても、本件特許発明1の範囲まで、発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できるものともいえない。
請求項1の記載を直接又は間接的に引用する本件特許発明2、3及び5ないし15についても同様である。

(2) 申立理由4−2 本件特許発明1の範囲を本件特許発明2において特定された含水率の範囲外まで拡張ないし一般化することはできない点
本件特許発明1の解決しようとする課題は、「ポリアミド予備発泡粒子を型内発泡成形させる際の成形性を改良し、十分な強度を得ること、並びに十分な機械強度を示すポリアミド発泡粒子成形体およびその製造方法を提供すること」(【0009】)であり、かかる課題を解決するために、ポリアミド予備発泡粒子におけるDSC曲線における最大吸熱ピークのピーク温度及び最大ピークのピーク幅をそれぞれ特定の範囲とする技術手段を採用している。
ここで、上記2種のパラメータを満たすための方法として、本件特許明細書には、「ポリアミド予備発泡粒子に用いられるポリアミド樹脂の種類を選定すること、また、下記に示すようにポリアミド予備発泡粒子の含水率を調整すること等が挙げられる」(【0035】)と形式的に記載されているものの、上記2種のパラメータの具体的な制御方法としては、特定のポリアミド樹脂を基材樹脂とするポリアミド予備発泡粒子に対して、含水処理による含水率の調整(実施例1〜11、実施例14)及び/又はエタノールによる溶媒処理(実施例12及び13)のみが開示されており、これ以外に上記2種のパラメータを制御する方法は一切記載されていない。
また、本件特許明細書の記載(【0010】、【0036】ないし【0038】)によれば、上記2種のパラメータを所望の範囲に制御して本件特許発明1の課題を解決するためには、ポリアミド樹脂組成物の粘度や膨張能等が影響し、それらを良好なものとするためにはポリアミド予備発泡粒子に含水処理及び/又は溶媒処理を施すことによって含水率を制御することが必要であると認められる。一方、前述した通り、含水処理及び/又は溶媒処理を施さず、含水率が所定の範囲内に制御されていない場合においても本件特許発明1の課題を解決できることを示す具体的な記載は一切ない。
以上のように、本件特許明細書には、含水処理及び/又は溶媒処理を施さず、含水率が所定の範囲内に制御されていないポリアミド予備発泡粒子により前述した課題を解決可能であることが、当業者が認識できる程度に記載されていない。また、本件特許発明1の出願時の技術常識に照らしても、本件特許発明1の範囲まで、発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できるものともいえない。
請求項1の記載を直接又は間接的に引用する本件特許発明3ないし9についても同様である。

5 申立理由5(明確性要件)
本件特許の請求項1ないし15に係る特許は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない出願に対してされたものであるから、それらの特許は、同法第113条第4号に該当し、取り消すべきものである。

なお、申立理由5の理由の概略は次のとおりである。
(1) 申立理由5−1 本件特許発明1における所望の最大吸熱ピークのピーク温度及びピーク幅を満たすべき時期が明確ではない点
本件特許発明1に係るポリアミド予備発泡粒子の含水率は、ポリアミド予備発泡粒子の製造からポリアミド発泡成形体を得るまでの間の各処理によって変化する。そのため、ポリアミド予備発泡粒子のDSC曲線における最大吸熱ピークのピーク温度及びピーク幅は、DSC曲線を取得した時点でのポリアミド予備発泡粒子の含水率に応じた、異なる値となる。しかし、本件特許発明1においては、ポリアミド予備発泡粒子がいつの時点で所望する最大吸熱ピークのピーク温度及びピーク幅を具備していればその作用効果を発揮し、本件特許発明1の課題を解決できるかが特定されておらず、明細書中において一切説明されていない。
以上のように、本件特許発明1はポリアミド予備発泡粒子がいつの時点で所望する最大吸熱ピークのピーク温度及びピーク幅を具備していればその作用効果を発揮し、本件特許発明1の課題を解決できるかが特定されていないから明確ではない。
請求項1の記載を直接あるいは間接的に引用する本件特許発明2ないし15も同様である。

(2) 申立理由5−2 本件特許発明1は、含水率が特定されていないため明確ではない点
本件特許明細書の実施例比較例において示されているように、ポリアミド予備発泡粒子の上記2種のパラメータは、ポリアミド予備発泡粒子の含水率によって値が変化する。すなわち、同一の原材料を使用し、同一の製造方法により製造された同一のポリアミド予備発泡粒子であっても、その含水率によって本件特許発明1の構成を満足するものか否かの判断が分かれる場合がある。してみると、ポリアミド予備発泡粒子の含水率について何ら特定されていない本件特許発明1は不明確と言わざるを得ない。
したがって、本件特許発明1は明確ではない。
請求項1の記載を直接あるいは間接的に引用する本件特許発明3ないし9も同様である。

6 証拠方法
・甲第1号証:特開昭61−268737号公報
・甲第2号証:ナイロンプラスチックの性質に関する研究(第1報)(ナイロンの吸水性および水分、結晶化度による誘電的性質の変化)、高柳 孟司、井上 正一、材料試験、第9巻76号(1960年)、第50頁−第56頁
・甲第3号証:プラスチック材料活用事典、産業調査会 事典出版センター、2001年、第199頁、第647頁
・甲第4号証:エンジニアリングプラスチック便覧、鈴木技術士事務所編、新技術開発センター、1985年、第7頁、第13頁
・甲第5号証:特開平7−137063号公報

なお、証拠の表記については、概ね特許異議申立書の記載にしたがった。

第4 特許異議申立理由についての判断

以下に述べるとおり、申立理由1ないし5はいずれも、その理由がないものと判断する。

1 申立理由1(新規性)及び申立理由2(進歩性)について
(1) 主な証拠の記載事項等
ア 甲第1号証の記載事項
甲第1号証には、「ポリアミド系予備発泡粒子及び発泡体並びにその製法」に関し、次の記載がある。

「密度1.05(g/cc)以上、熱変形温度(4.6kg/cm2)160℃以上、熱変形温度(18.6kg/cm2)60℃以上のポリアミド系樹脂よりなり、発泡体密度0.980〜0.01g/cc、平均気泡径20ミクロン〜1000ミクロン、独立気泡率50%以上を特徴とするポリアミド系予備発泡粒子及びそれらより成る発泡成形体。」(第1頁左下欄第6ないし12行)

「[産業上の利用分野]
本発明は、ポリアミド系予備発泡粒子及びそれらより成る発泡成形体及びその製法に関する。」(第1頁右下欄第16ないし18行)

「[問題点を解決するための手段及び作用]
本発明は、ポリアミド系予備発泡粒子及びそれ等より成る発泡成形体及びその製法を提供することを目的とするものであって、本発明者は、上記の点について鋭意研究した結果、耐熱性、耐油性、耐クリープ性、機械的強度等が優れたポリアミド系予備発泡粒子及びそれらより成る発泡成形体及びその製法の開発に成功し本発明を完成するに至った。」(第2頁左上欄第18行ないし同頁右上欄第6行)

「本発明のポリアミド系樹脂は通常の重合方法、即ち、原料モノマーを溶融加熱縮重合して得られる物であって、ポリカプラミド(ナイロン6)、ポリウンデカアミド(ナイロン12)、ポリヘキサメチレンアジパミド(ナイロン6,6)、ポリヘキサメチレンセパカミド(ナイロン6,10)、ポリへキサメチレンドデカミド(ナイロン6,12)等周知のポリアミドが最も本発明の発泡体を形成するのに適する。」(第2頁左下欄第16行ないし同頁右下欄第4行)

「[実施例]
以下、実施例および比較例を掲げて本発明を更に詳細に説明する。
実施例1〜8および比較例1〜13
第1表に示された比重、熱変形温度および融点を有するポリアミド系樹脂粒子100重量部、メチルアルコール40重量部、微粒状酸化アルミニウム0.9重量部、水400重量部をオートクレーブ内に入れ、攪拌下昇温して容器内の温度を100〜350℃、圧力を10〜100g/cm2(G)に保持しながら容器の一端を開放し、大気圧に放出して発泡させて第1表に示す種々の発泡体を得た。また比較例として低密度ポリエチレン(以下LDPEという)、ポリスチレン(以下PSという)、ポリプロピレン(以下PPという)、本発明範囲外のポリアミド系樹脂を用いて実施例と同様に行って第1表に併せて示す予備発泡粒子を得た。
得られた予備発泡粒子を常温、常圧下48時間放置した後、密閉容器内に充填し4.0g/cm2(G)、45℃の空気にて48時間熟成した。次いで予備発泡粒子を金型に充填し、各樹脂の熱変形温度以上の温度で1.1〜4.5g/cm2(G)水蒸気で加熱成形し、発泡体を得た。予備発泡粒子および得られた発泡成形体について種々の物性試験を行った。結果を第2表に示す。尚、平均気泡径の測定は切断面を電子顕微鏡にて観察することにより行った。」(第3頁右下欄第2行ないし第4頁左上欄末行)



」(第4頁下欄「第1表」)

イ 甲第1号証に記載された発明
上記アの記載、特に実施例1の記載を中心に整理すると、甲第1号証には、次の発明が記載されているものと認める。

「ナイロン6,6を基材樹脂とする予備発泡粒子であって、
基材樹脂粒子100重量部、メチルアルコール40重量部、微粒状酸化アルミニウム0.9重量部、水400重量部をオートクレーブ内に入れ、攪拌下昇温して容器内の温度を100〜350℃、圧力を10〜100g/cm2に保持しながら容器の一端を開放し、大気圧に放出して発泡させて得られた、
融点が260℃、予備発泡体密度0.1g/cc、平均気泡径300ミクロン、独立気泡率60%である、予備発泡粒子。」(以下、「甲1発明」という。)

(2) 対比・判断
ア 本件特許発明1について
本件特許発明1と甲1発明とを対比する。
甲1発明の「ナイロン6,6」は、本件特許発明1の「ポリアミド樹脂」に相当するから、甲1発明の「ナイロン6,6を基材樹脂とする予備発泡粒子」は、本件特許発明1の「ポリアミド予備発泡粒子」に相当する。
また、甲1発明の「融点」は、通常、本件特許発明1の「DSC曲線において、最大吸熱ピークのピーク温度」に相当すると解されるから、甲1発明の「融点が260℃」との事項は、本件特許発明1の「示差走査熱量計を用いて、昇温速度10℃/分の条件下で30℃から280℃まで昇温した際に得られるDSC曲線において、最大吸熱ピークのピーク温度が150℃以上275℃以下」との特定事項を満たすものといえる。
してみると、両者は、
「示差走査熱量計を用いて、昇温速度10℃/分の条件下で30℃から280℃まで昇温した際に得られるDSC曲線において、最大吸熱ピークのピーク温度が150℃以上275℃以下である、
ポリアミド予備発泡粒子。」
で一致し、次の点で相違する。

(相違点)
ポリアミド予備発泡粒子に関し、本件特許発明1は「前記最大吸熱ピークより高温側における融解終了後のDSC曲線を近似した直線をベースラインとし、前記最大吸熱ピークの低温側の変曲点における接線と前記ベースラインとの交点の温度である補外融解開始温度と、前記最大吸熱ピークの高温側の変曲点における接線と前記ベースラインとの交点の温度である補外融解終了温度との差に相当する前記最大吸熱ピークの幅が、30℃以上80℃以下である」と特定するのに対し、甲1発明にはそのような特定がない点。

上記相違点について検討する。
「最大吸熱ピークより高温側における融解終了後のDSC曲線を近似した直線をベースラインとし、前記最大吸熱ピークの低温側の変曲点における接線と前記ベースラインとの交点の温度である補外融解開始温度と、前記最大吸熱ピークの高温側の変曲点における接線と前記ベースラインとの交点の温度である補外融解終了温度との差に相当する前記最大吸熱ピークの幅」は、樹脂種や含水率等で調整されることが、本件特許の明細書の【0035】に記載されている。
そして、甲1発明の含水率は不明であるから、仮に樹脂そのものが同じであったとしても、直ちに、相違点に係る本件特許発明1の特定事項を満たすものとはいえない。
よって、上記相違点は実質的にも相違点である。
また、甲1発明において、DSC曲線における特定条件下での「最大吸熱ピークの幅」を調整する動機付けもない。
してみれば、甲1発明において、相違点に係る本件特許発明1の特定事項を満たすものとすることは、当業者が容易になし得たことではない。

この点について、特許異議申立人は、甲第2号証ないし甲第4号証を挙げつつ、甲1発明の予備発泡粒子は十分に含水するものであることからみて、相違点に係る本件特許発明1の特定事項を満たすものであるか、そうではないとしても近い値となるものである旨主張するが、甲1発明における「最大吸熱ピークの幅」が本件特許発明1の条件を満たしているという具体的な証拠は示されておらず、また、仮に含水率で推測できるものであるとしても、甲1発明における具体的な含水量自体も明らかではない以上、特許異議申立人の主張は採用できない。

以上のとおりであるから、本件特許発明1は甲1発明ではないし、また、甲1発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものでもない。

イ 本件特許発明2ないし7について
本件特許発明2ないし7は、請求項1を直接又は間接的に引用する発明であり、本件特許発明1の特定事項を全て有するものである。
そして、上記アのとおり、本件特許発明1は、甲1発明ではなく、また、甲1発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものでもないから、本件特許発明1の特定事項を全て含む発明である本件特許発明3、6及び7は甲1発明ではないし、また、本件特許発明2ないし7は甲1発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものでもない。

ウ 本件特許発明8について
本件特許発明8は「ポリアミド発泡成形体」に関するものであるが、請求項1を直接又は間接的に引用する発明であり、本件特許発明1の特定事項を全て有するものである。
そして、上記アのとおり、本件特許発明1は、甲1発明ではなく、また、甲1発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものでもないから、本件特許発明1の特定事項を全て含む発明である本件特許発明8は甲1発明ではないし、また、甲1発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものでもない。

エ 本件特許発明9及び10について
本件特許発明9及び10は「ポリアミド発泡成形体の製造方法」に関するものであるが、請求項1を直接又は間接的に引用する発明であり、本件特許発明1の特定事項を全て有するものである。
そして、上記アのとおり、本件特許発明1は、甲1発明ではなく、また、甲1発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものでもないから、本件特許発明1の特定事項を全て含む発明である本件特許発明9及び10は甲1発明ではないし、また、甲1発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものでもない。

(3) 申立理由1及び申立理由2についてのまとめ
上記(2)のとおりであるから、申立理由1及び申立理由2は、その理由がない。

2 申立理由3(実施可能要件)について
(1) 実施可能要件の判断基準
本件特許発明1ないし3及び5ないし8は「ポリアミド予備発泡粒子」、あるいは、「ポリアミド発泡成形体」という物の発明であるところ、物の発明について実施可能要件を充足するためには、発明の詳細な説明に、当業者が、発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識に基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、その物を生産し、使用することができる程度の記載があることを要する。
また、本件特許発明9ないし15は「ポリアミド発泡成形体の製造方法」という物を生産する方法の発明であるところ、物を生産する方法の発明について実施可能要件を充足するためには、発明の詳細な説明に、当業者が、発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識に基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、その方法を使用し、その方法により生産した物を使用することができる程度の記載があることを要する。

(2) 実施可能要件についての判断
本件特許の発明の詳細な説明には、「本発明が解決しようとする課題は、ポリアミド予備発泡粒子を型内発泡成型させる際の成型性を改良し、十分な機械強度を得ること、並びに十分な機械強度を示すポリアミド発泡成形体及びその製造方法を提供すること」(【0009】)であり、「示差走査熱量計を用いて、昇温速度10℃/分の条件下で30℃から280℃まで昇温した際に得られるDSC曲線において、特定の最大吸熱ピークを示すポリアミド樹脂予備発泡粒子とすることで、上記課題を解決しうることを見出し、本発明を完成させた」(【0010】)こと、「ポリアミド系樹脂としては、例えば、ポリアミド、ポリアミド共重合体、これらの混合物が挙げられる](【0016】)こと、「最大吸熱ピークのピーク温度を150℃以上275℃以下とし、上記最大吸熱ピークの幅を30℃以上80℃以下とするための方法としては、例えば、ポリアミド予備発泡粒子に用いられるポリアミド樹脂の種類を適宜選定すること、また、下記に示すようにポリアミド予備発泡粒子の含水率を調整すること等が挙げられる」(【0035】)ことが記載されるとともに、ポリアミド発泡成形体の製造方法に関する記載(【0053】ないし【0063】)があり、かつ、これらの条件を満たす具体的な実施例も記載されている。
これらの記載を総合すれば、当業者ならば、過度の試行錯誤を要することなく、本件特許発明1ないし3及び5ないし8を生産し、使用することができる程度に記載されているものといえるし、本件特許発明9ないし15の方法を使用し、その方法により生産した物を使用することができる程度に記載されているものともいえる。

(3) 特許異議申立人の主張について
特許異議申立人は、PA6/66及びPA6とは異なる特性を有するポリアミド樹脂について上記パラメータを満足した発泡粒子を製造することは、当業者に期待しうる程度を越える試行錯誤や複雑高度な実験を行うことを要するものである旨主張するが、上記(2)のとおり、用いうるポリアミド樹脂の種類(【0016】)、最大吸熱ピークのピーク温度を150℃以上275℃以下とし、上記最大吸熱ピークの幅を30℃以上80℃以下とするための調整方法(【0035】)が記載され、これに沿った具体的な実施例の記載もあることからすれば、当業者にとって、実施にあたり過度の試行錯誤を要するものであるとはいえない。
よって、特許異議申立人の上記主張は採用しない。

(4) 申立理由3についてのまとめ
上記(2)、(3)のとおりであるから、申立理由3は、その理由がない。

3 申立理由4(サポート要件)について
(1) サポート要件の判断基準
特許請求の範囲の記載が、サポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。

(2) 判断
本件特許発明の課題は、「ポリアミド予備発泡粒子を型内発泡成型させる際の成型性を改良し、十分な機械強度を得ること、並びに十分な機械強度を示すポリアミド発泡成形体及びその製造方法を提供すること」(【0009】)と認められるところ、本件特許の明細書には、「示差走査熱量計を用いて、昇温速度10℃/分の条件下で30℃から280℃まで昇温した際に得られるDSC曲線において、特定の最大吸熱ピークを示すポリアミド樹脂予備発泡粒子とすることで、上記課題を解決しうることを見出し、本発明を完成させた」(【0010】)こと、「本実施形態のポリアミド予備発泡粒子は、示差走査熱量計を用いて、昇温速度10℃/分の条件下で30℃から280℃まで昇温した際に得られるDSC曲線において、最大吸熱ピークのピーク温度が、150℃以上275℃以下である・・・最大吸熱ピークのピーク温度が上記範囲にあると、飽和蒸気を用いた発泡成形が容易となり、実用上好ましい傾向がある」(【0033】)こと、「本実施形態のポリアミド予備発泡粒子は、上記DSC曲線において、最大吸熱ピークより高温側における融解終了後のDSC曲線を近似した直線をベースラインとし、最大吸熱ピークの低温側の変曲点における接線とベースラインとの交点の温度である補外融解開始温度と、最大吸熱ピークの高温側の変曲点における接線とベースラインとの交点の温度である補外融解終了温度との差に相当する最大吸熱ピークの幅が、30℃以上80℃以下である・・・最大吸熱ピークの幅が上記範囲にあると、温度条件で発泡粒子間の融着力を強めつつ、発泡粒子の破泡による材料強度の低下を抑制でき、成形性が向上する傾向がある」(【0033】)ことが記載され、実施例・比較例を通じて、最大吸熱ピークのピーク温度と上記条件下における最大吸熱ピークの幅を満たす場合に所定の効果が奏されることも示されている。
してみると、当業者であれば、予備発泡体が「ポリアミド樹脂」であって、「差走査熱量計を用いて、昇温速度10℃/分の条件下で30℃から280℃まで昇温した際に得られるDSC曲線において、最大吸熱ピークのピーク温度が、150℃以上275℃以下」であるとともに、「DSC曲線において、最大吸熱ピークより高温側における融解終了後のDSC曲線を近似した直線をベースラインとし、最大吸熱ピークの低温側の変曲点における接線とベースラインとの交点の温度である補外融解開始温度と、最大吸熱ピークの高温側の変曲点における接線とベースラインとの交点の温度である補外融解終了温度との差に相当する最大吸熱ピークの幅が、30℃以上80℃以下である」との要件を満たすことにより、本件特許発明の課題を解決するものと認識する。
そして、本件特許発明1ないし15はいずれも、上記の課題を解決するものと認識することができる事項を発明特定事項として含むものである。
してみれば、本件特許発明1ないし15は、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるといえる。

(3) 特許異議申立人の主張について
特許異議申立人は、ポリアミド樹脂の種類や含水率に関する点を挙げつつ、特定のポリアミド樹脂を用いたものや特定の含水率に調整したもの以外の部分まで、拡張ないし一般化できない旨主張するが、上記(2)で検討したとおり、ポリアミド樹脂の種類や含水率にかかわらず、予備発泡体が「ポリアミド樹脂」であって、「示差走査熱量計を用いて、昇温速度10℃/分の条件下で30℃から280℃まで昇温した際に得られるDSC曲線において、最大吸熱ピークのピーク温度が、150℃以上275℃以下」であるとともに、「DSC曲線において、最大吸熱ピークより高温側における融解終了後のDSC曲線を近似した直線をベースラインとし、最大吸熱ピークの低温側の変曲点における接線とベースラインとの交点の温度である補外融解開始温度と、最大吸熱ピークの高温側の変曲点における接線とベースラインとの交点の温度である補外融解終了温度との差に相当する最大吸熱ピークの幅が、30℃以上80℃以下である」との要件を満たすことにより、本件特許発明の課題を解決するものと認識できるものである。
よって、特許異議申立人の主張は採用しない。

(4) 申立理由4についてのまとめ
上記(2)、(3)のとおりであるから、申立理由4は、その理由がない。

4 申立理由5(明確性要件)について
(1) 明確性要件の判断基準
特許を受けようとする発明が明確であるかは、特許請求の範囲の記載だけではなく、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し、また、当業者の出願時における技術常識を基礎として、特許請求の範囲の記載が、第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるか否かという観点から判断されるべきである。

(2) 判断
本件特許発明1は、「ポリアミド予備発泡粒子」であって、「示差走査熱量計を用いて、昇温速度10℃/分の条件下で30℃から280℃まで昇温した際に得られるDSC曲線において、最大吸熱ピークのピーク温度が150℃以上275℃以下であり」、「前記最大吸熱ピークより高温側における融解終了後のDSC曲線を近似した直線をベースラインとし、前記最大吸熱ピークの低温側の変曲点における接線と前記ベースラインとの交点の温度である補外融解開始温度と、前記最大吸熱ピークの高温側の変曲点における接線と前記ベースラインとの交点の温度である補外融解終了温度との差に相当する前記最大吸熱ピークの幅が、30℃以上80℃以下である」と特定するものであるから、「ポリアミド予備発泡粒子」の特定事項として明確である。

(3) 特許異議申立人の主張について
特許異議申立人は、測定時期や含水率の点を挙げ縷々主張するが、「ポリアミド予備発泡粒子」を測定し、条件を満たすものが本件特許発明1として特定されるものであることは明確であるから、特許異議申立人の主張は採用しない。

(4) 申立理由5についてのまとめ
上記(2)、(3)のとおりであるから、申立理由5は、その理由がない。

第5 結語
以上のとおりであるから、特許異議申立書に記載した特許異議申立理由によっては、本件特許の請求項1ないし15に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件特許の請求項1ないし15に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。

 
異議決定日 2022-07-29 
出願番号 P2020-535692
審決分類 P 1 651・ 113- Y (C08J)
P 1 651・ 537- Y (C08J)
P 1 651・ 536- Y (C08J)
P 1 651・ 121- Y (C08J)
最終処分 07   維持
特許庁審判長 大島 祥吾
特許庁審判官 植前 充司
奥田 雄介
登録日 2021-10-06 
登録番号 6956274
権利者 旭化成株式会社
発明の名称 ポリアミド予備発泡粒子、並びにポリアミド発泡成形体及びその製造方法  
代理人 杉村 憲司  
代理人 神 紘一郎  

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