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審決分類 審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  B44C
審判 全部申し立て 2項進歩性  B44C
管理番号 1388374
総通号数
発行国 JP 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2022-09-30 
種別 異議の決定 
異議申立日 2021-08-06 
確定日 2022-06-28 
異議申立件数
訂正明細書 true 
事件の表示 特許第6828553号発明「転写シート」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6828553号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1−4〕について訂正することを認める。 特許第6828553号の請求項1ないし4に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続等の経緯
特許第6828553号(以下「本件特許」という。)の請求項1〜4に係る特許についての出願(特願2017−63798号)は、平成29年3月28日の出願であって、令和3年1月25日にその特許権の設定登録がされ、令和3年2月10日に特許掲載公報が発行された。
本件特許について、特許掲載公報発行の日から6月以内である令和3年8月6日に特許異議申立人 坂本 雅美(以下「特許異議申立人」という。)から全請求項に対して特許異議の申立てがされた。その後の手続等の経緯の概要は、以下のとおりである。

令和3年 9月30日付け:取消理由通知書
令和3年11月26日付け:意見書(特許権者)
令和3年11月26日付け:訂正請求書
令和4年 1月12日付け:意見書(特許異議申立人)
令和4年 2月18日付け:取消理由通知書(決定の予告)
令和4年 3月15日付け:意見書(特許権者)
令和4年 3月15日付け:訂正請求書(この訂正請求書による訂正の請求 を、以下「本件訂正請求」という。)
令和4年 4月25日付け:意見書(特許異議申立人)

本件訂正請求により、令和3年11月26日付けの訂正請求書による訂正の請求は取り下げられたものとみなす(特許法第120条の5第7項)。


第2 本件訂正請求について
1 訂正の趣旨及び訂正の内容
(1)訂正の趣旨
本件訂正請求の趣旨は、特許第6828553号の特許請求の範囲を、本訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1〜4について訂正することを求める、というものである。

(2)訂正の内容
本件訂正請求において特許権者が求める訂正の内容は、以下のとおりである。
なお、下線は当合議体が付したものであり、訂正箇所を示す。

ア 訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1に
「印刷層と」と記載されているのを、
「印刷層(ゼログラフィ法により形成されるものを除く)と」に、訂正するとともに、
「含有する転写シート」と記載されているのを、
「含有する転写シートであって、
当該転写シートは、再着反射特性を有さず、かつ、成形同時絵付用ではない転写シート」に、訂正する(請求項1の記載を引用する請求項2〜4も同様に訂正する。)。

イ 訂正事項2
特許請求の範囲の請求項1に
「積層され、」と記載されているのを、
「積層され、
前記印刷層は、前記離型性支持体の側から順に、印刷絵柄層及び印刷コート層からなり、」に、訂正する(請求項1の記載を引用する請求項2〜4も同様に訂正する。)。

(3)本件訂正請求は、一群の請求項〔1〜4〕に対して請求されたものである。

2 訂正の適否
(1)訂正事項1について
訂正事項1による訂正は、特許請求の範囲の請求項1に記載された「印刷層」を「印刷層(ゼログラフィ法により形成されるものを除く)と」に訂正するとともに、特許請求の範囲の請求項1に記載された「転写シート」を「当該転写シートは、再着反射特性を有さず、かつ、成形同時絵付用ではない転写シート」に訂正するものであるから、発明特定事項を限定するものである。したがって、訂正事項1による訂正は、特許法120条の5第2項ただし書1号に掲げる事項(特許請求の範囲の減縮)を目的とする訂正に該当する。
また、本件明細書の【0043】には、「なお、印刷層30は、基材フィルム10側に張力を掛けた状態で形成される場合がある。」と記載があるが、印刷層の形成法自体について何ら記載はなく、形成法は任意であることが記載されているといえる。
したがって、「印刷層」について「ゼログラフィ法により形成されるものを除く」ことは、当業者によって、明細書、特許請求の範囲又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものである。
加えて、本件明細書の【0002】には、「従来、建築物の壁材、間仕切り等に使用される建材として、各種の図柄が印刷された転写シートを、被転写体となる石材、コンクリート、金属板等の基材に転写(貼付け)した化粧材が用いられている。例えば、天然の木材と同じ木目調の図柄が印刷された転写シートを、金属板に転写することにより、天然の木材と同じ意匠を有する金属製の化粧板を得る。」ことが記載され、【0007】に、「本発明の目的は、印刷層の経時による亀裂の発生を抑制できる転写シートを提供することである。」と記載されているように、転写シートの用途やその用途に求められる特性については、任意であることが記載されているといえる。
したがって、「転写シート」について、「再着反射特性を有さず、かつ、成形同時絵付用ではない」と特定することは、当業者によって、明細書、特許請求の範囲又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものである。
以上のことから、訂正事項1による訂正は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものである。
さらに、訂正事項1による訂正によって、訂正前の特許請求の範囲には含まれないこととされた発明が訂正後の特許請求の範囲に含まれることとならないことは明らかであるから、訂正事項1による訂正は、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更する訂正に該当しない。
請求項2〜4についてみても、同じである。

(2)訂正事項2について
訂正事項2による訂正は、特許請求の範囲の請求項1に記載された「印刷層」について、特許請求の範囲の請求項1に記載された「積層され」を「積層され、前記印刷層は、前記離型性支持体の側から順に、印刷絵柄層及び印刷コート層からなり、」という限定を付加する訂正である。したがって、訂正事項2による訂正は、特許法120条の5第2項ただし書1号に掲げる事項(特許請求の範囲の減縮)を目的とする訂正に該当する。
また、訂正事項2による訂正は、本件特許の願書に添付した明細書の【0016】、【0017】、【0021】及び【0022】並びに図1の記載に基づくものであるから、当業者によって、明細書、特許請求の範囲又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものである。したがって、訂正事項2による訂正は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものである。
さらに、訂正事項2による訂正によって、訂正前の特許請求の範囲には含まれないこととされた発明が訂正後の特許請求の範囲に含まれることとならないことは明らかであるから、訂正事項2による訂正は、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更する訂正に該当しない。
請求項2〜4についてみても、同じである。

(3)小括
以上のとおりであるから、本件訂正請求による訂正(訂正事項1及び2による訂正)は、特許法120条の5第2項ただし書、同法同条9項において準用する同法126条4項から6項までの規定に適合する。
よって、本件特許の特許請求の範囲を、訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1〜4〕について訂正することを認める。


第3 本件特許発明
上記「第2」のとおり、本件訂正請求による訂正は認められた。
したがって、本件特許の特許請求の範囲の請求項1〜4に係る発明(以下、それぞれ、項番に従って「本件特許発明1」などという。)は、本件訂正請求による訂正後の特許請求の範囲の請求項1〜4に記載された事項により特定される、次のものである。

「【請求項1】
離型性支持体と、印刷層(ゼログラフィ法により形成されるものを除く)と、接合層と、がこの順に積層され、
前記印刷層は、前記離型性支持体の側から順に、印刷絵柄層及び印刷コート層からなり、
前記接合層は、アジピン酸エステル系の可塑剤を含有する転写シートであって、
当該転写シートは、再着反射特性を有さず、かつ、成形同時絵付用ではない転写シート。
【請求項2】
請求項1に記載の転写シートであって、
前記接合層は、アクリル系粘着剤と、イソシアネート系硬化剤と、を含有する組成物の硬化物を含む粘着剤層であり、
前記可塑剤は、前記アクリル系粘着剤の固形分100質量部に対して、固形分換算で0.1質量部以上10質量部以下である転写シート。
【請求項3】
請求項1に記載の転写シートであって、
前記接合層は、アクリル系接着剤、エポキシ系接着剤、ウレタン系接着剤、シリコン系接着剤及び紫外線硬化型接着剤より選択される1種以上の接着剤の硬化物を含む接着剤層であり、
前記可塑剤は、前記接着剤の固形分100質量部に対して、固形分換算で0.1質量部以上10質量部以下である転写シート。
【請求項4】
請求項1に記載の転写シートであって、
前記接合層は、酢酸ビニル系ヒートシール剤又は塩酢ビニル系シートシール剤を含むヒートシール剤層であり、
前記可塑剤は、ヒートシール剤の固形分100質量部に対して、固形分換算で0.1質量部以上10質量部以下である転写シート。」


第4 取消しの理由の概要
1 令和3年9月30日付け取消理由通知書の概要
令和3年9月30日付け取消理由通知書により特許権者に通知した取消しの理由は、概略、以下のとおりである。
理由1:(新規性)本件特許の請求項1に係る発明は、本件特許の出願前に日本国内又は外国において頒布された刊行物である後記甲1又は甲2に記載された発明であるから、特許法29条1項3号に該当し、特許を受けることができない。

理由2:(進歩性)本件特許の請求項1〜4に係る発明は、本件特許の出願前に日本国内又は外国において頒布された刊行物である、後記甲1ないし甲4に記載された発明及び周知技術に基づいて、本件特許の出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

2 令和4年2月18日付け取消理由通知書の概要
令和4年2月18日付け取消理由通知書により特許権者に通知した取消しの理由は、概略、以下のとおりである。
理由:(進歩性)本件特許の請求項1〜4に係る発明は、本件特許の出願前に日本国内又は外国において頒布された刊行物である、後記甲2又は甲3に記載された発明及び周知技術に基づいて、本件特許の出願前に当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

3 特許異議申立人の提出した刊行物
甲第1号証:特開昭52−82509号公報(甲1)
甲第2号証:特表平11−512494号公報(甲2)
甲第3号証:特公平2−42080号公報(甲3)
甲第4号証:特開平7−1895号公報(甲4)
甲第5号証:特許第3372836号公報(甲5)
甲第6号証:特開2013−63631号公報(甲6)
甲第7号証:特開2014−164052号公報(甲7)
甲第8号証:特許第6506955号公報(甲8)
甲第9号証:特開平5−294078号公報(甲9)
甲第10号証:特開2009−154527号公報(甲10)


第5 当合議体の判断
1 甲号証及び甲号証に記載された発明
(1)甲1の記載及び甲1発明
ア 甲1の記載
令和3年9月30日付け取消理由に引用された甲1には、次の記載がある。なお、下線は当合議体が付した。

(ア)「 本発明はゼログラフィ複写、特に布地材料およびその他の重合体シートのごとき基材にゼログラフィ方式で複写された像を転写する方法に関するものである。」(第4頁左上欄第2行〜第5行)

(イ)「 第1図は本発明による転写要素を示している。基体12はシリコン樹脂またはその他のレリース物質の層13を支持している。下塗り層14は加熱および加圧下に布地へのトナーの定着を助け、また通常のゼログラフィ複写機で常温で操作しうる物質である。トナー15は呈色物質と樹脂よりなる。本発明で使用するに適したトナーは米国特許第3,804,619号に記載されており、この特許を引用して組み入れる。
第2図は本発明のもう1つの態様を示しており、転写を助け且つまたトナー像をかき乱す可能性を少なくして像形成されたシートを移動させるために、トナー像上に適用されている上塗り層を有するものである。この基体21はシリコンのごとき粘着物質から形成されたレリース層(releaselayer)22で被覆され、さらにその上に転写を助ける下塗り層14が被覆されている。トナー像25は可塑剤または樹脂組成物でさらに上塗り24されており、これらの物質は共に転写を助け且つまた像形成された転写要素の移動に関連して像を一層永久的なものにする。」(第5頁左下欄第8行〜右下欄第8行)

(ウ)「この上塗り物質は一般に透明であるが、或る場合には着色トナー像のために布地上に背景を形成する色を有していることが望ましいこともある。」(第8頁左下欄第12行〜第15行)

(エ)第1図



(オ)第2図


イ 甲1発明
上記ア(エ)の第2図について上記ア(イ)に記載されたトナー像がゼログラフィ方式で複写されたものであることは、明らかである。
そうしてみると、甲1には、上記ア(イ)に第2図の転写要素として記載された、次の「転写要素」の発明(以下「甲1発明」という。)が記載されている。

「 基体はシリコンのごとき粘着物質から形成されたレリース層で被覆され、さらにその上に転写を助ける下塗り層が被覆され、ゼログラフィ方式で複写されたトナー像上に、可塑剤または樹脂組成物でさらに上塗りされた上塗り層を有し、これらの物質は共に転写を助け且つまた像形成された転写要素の移動に関連して像を一層永久的なものにする、転写要素。」

(2)甲2の記載及び甲2発明
ア 甲2の記載
令和3年9月30日付け取消理由及び令和4年2月18日付け取消理由に引用された甲2には、次の記載がある。なお、下線は当合議体が付した。

(ア)「【発明の詳細な説明】
再帰反射性転写シートおよびアップリケ
本発明は、再帰反射性転写シートとそれから製造される画像、すなわちアップリケに関する。
Tシャツまたはジャケットなどの衣料品上の装飾的アップリケの人気が高まる一方で、このようなアップリケを再帰反射性にする方法への継続的な要求がある。再帰反射性アップリケは、入射光の相当部分を光源の方向に向けて反射する能力がある。このような再帰反射性アップリケは夜間着用する外衣上において、接近する運転者に明るい光の反射を提供することで、衣料品に安全特性を付加し装飾的魅力を向上させる。
再帰反射性アップリケは、典型的に光学レンズ要素層、ポリマー結合層、および正反射層を含む。光学レンズ要素は、通常、各微小球の相当部分がポリマー結合層から突出するように、ポリマー結合層内に部分的に包埋された透明微小球である。正反射層は、透明微小球のポリマー結合層内に包埋された部分上に配置され、典型的にアルミニウム、銀、または誘電体ミラーを含む。光は再帰反射性アップリケの前面に当たり、透明微小球を透過して、正反射層によって反射され、透明微小球を通過して戻り、光源方向に向かって帰る。」(第4頁第1行〜第17行)

(イ)「 本発明に従った再帰反射性転写シート10の実施例を図1に示す。代案の再帰反射性転写シート10'の実施例を図2に示す。これらの転写シート10および10'は、耐熱性裏打ち材13と熱軟化性層14とを含む担体12上に配置された微小球11の形態の光学レンズ要素層をそれぞれ含む。微小球11は、熱軟化性層14内に部分的に、剥離可能なように包埋される。ここで熱軟化性層14と微小球11の付いた裏打ち材13を「ベースシート材料」と称する。微小球11の付いたベースシート材料の側面には、プラスチゾルを有する転写接着剤層15がある。転写接着剤層15と微小球11の間には、結合樹脂層16が配置される。結合樹脂層16は、転写接着剤層15内の材料の微小球11に対する接着を改善する。
この再帰反射性転写シートは、転写接着剤層を基材に向けて基材上に載せ、加熱により転写接着剤層を基材に接着して、次に裏打ち材と熱軟化性層をはぎ取って使用される。これによって基材にラミネートされた再帰反射性アップリケが残る。これには、結合樹脂層内に部分的に包埋され、その前面(「前面」とは、基材の反対側のアップリケ側面を言う)から突出する光学レンズ要素層と、結合樹脂層裏面に配置された転写接着剤層とが含まれる。」(第15頁第4行〜第18行)

(ウ)「 再帰反射性アップリケが特定の画像形態である場合、結合樹脂層と転写接着剤層は、典型的に接着剤組成物を画像パターンで「印刷」(スクリーン印刷など)して形成される。したがって光学レンズ要素層の一部のみが、結合樹脂層と転写接着剤層で覆われる。」(第20頁第4行〜第7行)

(エ)「顔料または染料などの着色剤は、結着樹脂層及び転写接着材層、または双方にに含めることができる。」(第28頁第9行〜第10行)

(オ)図1


イ 甲2発明
甲2には、上記ア(イ)に記載された、図1に記載された再帰反射性転写シートの実施例であって、上記ア(ウ)に記載された、再帰反射性アップリケが特定の画像形態である場合の結合樹脂層と転写接着剤層が接着剤組成物を画像パターンで印刷して形成されたものである、次の「再帰反射性転写シート」の発明(以下「甲2発明」という。)が記載されている。なお、裏打ち材を耐熱性裏打ち材に、転写シートを再帰反射性転写シートに、それぞれ用語を統一した。

「 耐熱性裏打ち材と熱軟化性層とを含む担体上に配置された微小球の形態の光学レンズ要素層を含む、再帰反射性転写シートであって、
微小球は、熱軟化性層内に部分的に、剥離可能なように包埋され、
熱軟化性層と微小球の付いた耐熱性裏打ち材の側面には、プラスチゾルを有する転写接着剤層があり、
転写接着剤層と微小球の間には、結合樹脂層が配置され、結合樹脂層は、転写接着剤層内の材料の微小球に対する接着を改善し、
この再帰反射性転写シートは、転写接着剤層を基材に向けて基材上に載せ、加熱により転写接着剤層を基材に接着して、次に耐熱性裏打ち材と熱軟化性層をはぎ取って使用され、これによって基材にラミネートされた再帰反射性アップリケが残るものであって、
結合樹脂層と転写接着剤層は、接着剤組成物を画像パターンで印刷して形成され、光学レンズ要素層の一部のみが、結合樹脂層と転写接着剤層で覆われる、再帰反射性転写シート。」

(3)甲3の記載及び甲3発明
ア 甲3の記載
令和3年9月30日付け取消理由及び令和4年2月18日付け取消理由に引用された甲3には、次の記載がある。なお、下線は当合議体が付した。

(ア)「発明の詳細な説明
本発明は成形同時絵付用転写材に関するものであり、更に詳しくは成形同時絵付法、即ちプラスチツクス成形品の成形と同時に該成形品表面に図柄を転写絵付する方法において使用することを可能とした成形同時絵付用転写材に関するものである。
そして本発明の目的とするところは、プラスチツクス成形品の所定の位置へ正確に図柄を転写絵付することを可能とした成形同時絵付用転写材を提供せもんとすることにある。」(第1頁第1欄第22行〜第2欄第8行)

(イ)「本発明は、基体シート上に転写層を形成してなる成形同時絵付用転写材において、基体シートが、転写材製造工程における熱と張力に対しては伸縮性を示さず射出成形工程における溶融樹脂の熱量と射出圧力に対しては可塑性を示すプラスチツクスフイルムであることを特徴とする成形同時絵付用転写材である。
・・・省略・・・
本発明に係る転写材1は、基体シート2上に図柄層3、接着剤層4等の転写層5を形成してなるものである(第1図参照)。
本発明において使用する基体シート2は、転写材製造工程における熱と張力、及び射出成形工程における転写材1をセツトする際の張力に対しては伸縮性を示さず且つ射出成形工程における溶融樹脂の熱量と射出圧力に対しては可塑性を示すプラスチツクスフイルムである。・・・省略・・・このようなプラスチックフィルムとしては二軸延伸ポリエステルフィルム又は二軸延伸ナイロンフィルム、或いは二軸延伸ポリエステルフィルムと二軸延伸ナイロンフィルムとのラミネートフィルム等がある。(第2頁第4欄第14行〜第44行)

(ウ)「 本発明に係る成形同時絵付用転写材1において重要な点は、前記した基体シート2を使用することであるが、本発明の目的をより大きく達成するために、前記基体シート2上に、次に述べる融着防止層6を設けることができる。この融着防止層6は、前記基体シート2が射出成形時に可塑性を示し、引き延ばされる部分において該基体シート2と転写層5とが融着するのを防止するための層である。即ち、この融着防止層6は、これを設けない場合、射出成形時、凹凸の立ち上がり部やR部のように転写材1の伸びが強要される部分において基体シート2及び基体シート上に印刷された層は著しく伸びが生じせしめられ、新しく活性化された表面が現出することにより基体シート2と転写層5とが融着することがあり(第2−a図及び第2−b図参照)、このようなことを防止するために、本発明においては融着防子層6を形成するものである。」(第3頁第5欄第24行〜第41行)

(エ)「 以下、順次離型保護層7、図柄層3、接着剤層4について説明する。
先ず離型保護層7は射出成形工程後、基体シート2と転写層5とを容易に剥離させるためのものである。この離型保護層7に使用することができる材料としては熱可塑アクリル樹脂、繊維素系樹脂、塩化ビニル・酢酸ビニル共重合樹脂、熱可塑性ポリエステル樹脂、熱可塑ウレタン樹脂、塩化ゴム、塩素化ポリオレフイン系樹脂などの熱可塑性樹脂を主成分とし更に着色剤、可塑剤、皮膜強化剤、紫外線吸収剤等の配合剤を加えた組成物を使用することができる。
なお、前記離型保護層7は射出成形工程後、成形物の表面となるものであるから、耐摩耗性、耐キズ性、耐薬品性等の諸特性が要求されるものである。
次に図柄層3は前記離型保護層7上に、離型保護層7を設けない場合は前記融着防止層6上に設けられる。この図柄層3に使用する材料としては熱可塑性アクリル樹脂、繊維素系樹脂、塩化ビニル・酢酸ビニル共重合樹脂、熱可塑ウレタン樹脂、塩化ゴム、塩素化ポリオレフイン系樹脂、熱可塑性ポリエステル樹脂、ポリアミド系樹脂、石油樹脂、天然樹脂等の熱可塑性樹脂の1種または2種以上からなるバインダーと酸化チタン、カーボンブラツク、弁柄等の無機顔料及びフタロシアニン系、アゾ系、アントラキノン系、トリフエニルメタン系染顔料、キナクリドン系樹脂、ジオキサジン系顔料等の有機系色素と適宜これらに分散剤、消泡剤、可塑剤等の助剤を配合してなる組成物を使用することができる。
更に接着剤層4は前記図柄層3上に設けられる。この接着剤層4に使用する材料としては射出成形時に使用される成形用樹脂の溶融温度よりも軟化点が低く、成形用樹脂との相溶性もあり結果として成形用樹脂に対して熱接着可能なものであることが必要である。このようなものとしては例えばABS樹脂、スチロール樹脂、熱可塑アクリル樹脂、ポリカーボネート、繊維素系樹脂、塩化ビニル・酢酸ビニル共重合樹脂、ポリアミド系樹脂、ポリエステル樹脂、環化ゴム、塩素化ポリオレフイン、石油樹脂、天然樹脂等を主成分とし、必要に応じて前記図柄層3に使用するインキ組成物と同様に各種着色剤、助剤を配合してもよい。
本発明に係る成形同時絵付用転写材は以上の構成からなるものである。この転写材の使用に当たつては例えば先ず射出成形機に取りつけられた転写材送り装置に図柄を印刷した長尺の転写材を設置し、次に射出成形用金型の雄型・雌型の間に該転写材を接着剤層が金型のゲート部に向くように送り込み、各成形サイクル毎に成形品に対応する金型内のキヤビテイー部に対して正確に位置決めを行つた後該金型を閉じ、その後溶融した成形用樹脂をキヤビテイー部に射出し、冷却後該金型の型開き動作を利用して基体シートを剥離する。このようにすることによつて図柄が転写絵付された成形品を得ることができる。」(第3頁第6欄第35行〜第4頁第8欄第3行)

(オ)「<実施例 2>
コロナ放電処理されていない二軸延伸ポリエステルフイルム#25上に下記(5)の組成からなるインキを用い融着防止層を形成し、その上に下記(6)の組成からなるインキを用い図柄層を形成し、更にその上に下記(7)の組成からなるインキを用い接着剤層を形成した。
(5)尿素樹脂(尿素、ホルムアルデヒド縮合物) 60部
エポキシ樹脂 20部
CAB(セルロースアセテートブチレート) 20部
酸触媒(硬化剤) 5部
メタノール/MEK=4/1 200部
(6)塩化ビニル・酢酸ビニル・マレイン酸共重合樹脂 30部
熱可塑アクリル樹脂 70部
顔料 50部
アジピン酸エステル系可塑剤 10部
分散剤 0.3部
MIBK(メチルイソブチルケトン)/MEK=1/1 200部
(7)ABS樹脂 50部
石油樹脂 10部
顔料 20部
トルエン/酢酸エチル=3/7 200部
上記した構成からなる転写材を実施例1と同様に射出成形機にセツトした後位置決めを行い、その後金型を閉じ230℃に溶融したABS樹脂をキヤビテイー部に射出し冷却後金型を開け基体シートを剥離すると図柄が転写された成形品を得た。この成形品の表面は融着防止層が現れており、その形状は、樹脂の厚み2mm、平板状、パーテイングラインはトツプ面より1mm下、外周のR(半径)は0.5mm、開孔部分の角のRは0.1mm、パーテイングラインはトツプ面より0.5mm下であるようなパネルであり、実施例1と同様に位置精度を測定してみると、成形品の所定位置に対して±0.1mmの位置精度で転写されており、コーナ部、側面部、開孔部のコーナ部、側面部にも図柄が美麗に転写されたものであつた。」(第5頁第9欄第3行〜第10欄第1行)(当合議体注:上記(オ)において、(5)〜(7)は、○に数字を()に数字で代用した。)

(カ)第1図

イ 甲3発明
上記アより、甲3には、実施例2として記載された、次の「転写材」の発明(以下「甲3発明」という。)が記載されている。

「 コロナ放電処理されていない二軸延伸ポリエステルフイルム上に下記(5)の組成からなるインキを用い融着防止層を形成し、その上に下記(6)の組成からなるインキを用い図柄層を形成し、更にその上に下記(7)の組成からなるインキを用い接着剤層を形成した転写材。
(5)尿素樹脂(尿素、ホルムアルデヒド縮合物) 60部
エポキシ樹脂 20部
CAB(セルロースアセテートブチレート) 20部
酸触媒(硬化剤) 5部
メタノール/MEK=4/1 200部
(6)塩化ビニル・酢酸ビニル・マレイン酸共重合樹脂 30部
熱可塑アクリル樹脂 70部
顔料 50部
アジピン酸エステル系可塑剤 10部
分散剤 0.3部
MIBK(メチルイソブチルケトン)/MEK=1/1 200部
(7)ABS樹脂 50部
石油樹脂 10部
顔料 20部
トルエン/酢酸エチル=3/7 200部」

(4)甲4の記載及び甲4発明
ア 甲4の記載
令和3年9月30日付け取消理由に引用された甲4には、次の記載がある。なお、下線は当合議体が付した。

(ア)「【0001】
【産業上の利用分野】本発明は転写箔を用いて、プラスチック基材等へ絵柄等を転写す転写箔およびそれを用いた転写方法に関するものである。
・・・省略・・・
【0003】
【発明が解決しようとする課題】本発明は以上のような事情に鑑みなされたもので、被転写基材が熱に対して強度をもたない場合に、正常な転写を可能にする転写箔とそれを用いた転写方法を提供することを課題とする。
【0004】
【課題を解決するための手段】本発明は、少なくとも基材、剥離層、絵柄層、接着層からなる転写箔の接着層に、感熱ディレイドタック型粘着剤を使用した転写箔である。また、転写箔を用いて被転写基材に転写する方法において、上記転写箔を使用し、転写箔の接着剤面を転写前に加熱し、接着層を活性化し、その後被転写基材と常温低圧にて転写する転写方法である。
【0005】(詳細な説明)本発明を図1、2を用いて説明すれば、ベースフィルム(1)より剥離層(2)、絵柄層(3)、接着層(4)を順次形成し転写箔(5)とする。
・・・省略・・・
【0009】接着層(4)の基本的な組成は、高分子材料、粘着付与剤、固体可塑剤の3者より成る。常温では粘着性がないが加熱によって粘着性がでて、それが冷却後もかなりの時間持続する接着層である。ここで、高分子材料は接着力を与える成分であり、ポリ酢酸ビニル、コポリエチレン−酢酸ビニル、ポリアクリル酸エステル系、ポリ塩化ビニル系、天然ゴム、合成ゴム、コポリ酢酸ビニル−アクリル酸エステル、ポリエステル系、ポリウレタン系等の高分子化合物類である。粘着付与剤は加熱により活性化された際に粘着性を増強するための成分であり、ロジン誘導体、テルペン樹脂系、石油樹脂系、フェノール樹脂系、キシレン樹脂系等の樹脂類である。
【0010】固体可塑剤は、常温で固体であって、その融点以上に加熱させると溶解し、高分子材料や粘着付与剤を膨潤・溶解し、粘・接着性を発現させ、一旦溶解した後はなかなか結晶化しないで、熱活性化後の粘着保持時間を長くとることができる。フタル酸ジフェニル、フタル酸ジヘキシル、フタル酸ジシクロヘキシル、フタル酸ジヒドロアビエチル、イソフタル酸ジメチル、安息香酸スクロース、ジ安息香酸エチレングリコール、トリ安息香酸トリメチロールエタン、トリ安息香酸グリセリド、テトラ安息香酸ペンタエリエット、オクタ酢酸スクロース、クエン酸トリシクロヘキシル、N−シクロヘキシル−P−トルエンスルホンアミド等である。
・・・省略・・・」

(イ)図1


イ 甲4発明
上記アより、甲4には、次の「転写箔」の発明(以下「甲4発明」という。)が記載されている。

「 ベースフィルムより剥離層、絵柄層、接着層を順次形成した転写箔。」

2 本件特許発明1
(1)甲1発明を主引例とした場合
本件特許発明1と甲1発明とを対比する。
甲1発明における「レリース層で被覆され」た「基体」、「下塗り層」の上に形成される「トナー像」、「可塑剤または樹脂組成物」で上塗りされた「上塗り層」、及び、「転写要素」は、それぞれ、本件特許発明1の「離型性支持体」、「印刷層」、「接合層」、及び、「転写シート」に相当し、両者は、
「 離型性支持体と、印刷層と、接合層と、がこの順に積層された転写シートであって、
当該転写シートは、再帰反射特性を有さず、かつ、成形同時絵付け用ではない転写シート。」
である点で一致し、以下の点で相違する。

<相違点1>
「印刷層」が、本件特許発明1においては、「ゼログラフィ法により形成されるものを除く」ものであって、「前記離型性支持体の側から順に、印刷絵柄層及び印刷コート層からな」るのに対して、甲1発明においては、「下塗り層」の上に形成される「トナー像」であることにとどまり、「前記離型性支持体の側から順に、印刷絵柄層及び印刷コート層からな」る構成を有していない点。

<相違点2>
本件特許発明1における「接合層」は、「アジピン酸エステル系の可塑剤を含有する」のに対し、甲1発明における「上塗り層」中の「可塑剤」は、アジピン酸エステル系であることが明らかではない点。

事案に鑑み、上記相違点1について検討する。
本件特許発明1における印刷層は、「印刷絵柄層」と「印刷コート層」から構成されるものであって、印刷コート層は【0022】に「印刷コート層32は、転写シート1が転写される基材60(下地)を見えにくくするための遮蔽層である。」と記載されるように、「接合層」とは別に、形成されるものである。
他方、甲1発明において、「下塗り層」の上に形成される「トナー像」の上に、更に上塗りされる「上塗り層」は、「転写を助け且つまた像形成された転写要素の移動に関連して像を一層永久的なものにする」ために設けられるものであるから、あくまで、「ゼログラフィ方式で複写されたトナー像」を一層永久的なものにするための「接合層」に該当することは上記(1)で対比したとおりである。
ここで、甲1には、「この上塗り物質は一般に透明であるが、或る場合には着色トナー像のために布地上に背景を形成する色を有していることが望ましいこともある。」(第8頁左下欄第12行〜第15行)と記載されていることから、「上塗り層」を着色トナー像のために布地上に背景を形成する色とし得ることが読み取れる。しかしながら、甲1発明における「上塗り層」は、上述したとおり、あくまで「転写を助け且つまた像形成された転写要素の移動に関連して像を一層永久的なものにする」ために設けられた「接合層」であって、たとえ、甲1に、当該層を構成する「上塗り物質」が「背景を形成する色」を有し得る旨記載されているにしても、このことが、当該層に加えて、「背景を形成する色」を有する層を設けることを意味するとはいえないし、甲1には、他にこの点を窺わせる記載はない。
念のため付言すれば、甲1の実施例の「例12」の「上塗り層」については、「例8の像形成シートをトリエチレングリコール ジ(2−エチルへキソエート)の薄い被膜で上塗りする。」と記載されているのであるから、像形成シートを、例8に記載のアジピン酸ジイソオクチルの被膜に代えて、トリエチレングリコール ジ(2−エチルへキソエート)の薄い被膜をで上塗りすると解するのが自然であり、上塗り層を、アジピン酸ジイソオクチルの被膜とトリエチレングリコール ジ(2−エチルへキソエート)の薄い被膜の2層とするものではないし、まして、像形成シートの上に、「背景を形成する色」を有する層を形成し、その上に接合層を設けることを示すものではない。
そうすると、甲1発明において、「下塗り層」上に形成する「ゼログラフィ方式で複写されたトナー像」を、ゼログラフィ方式ではない方式で複写された「トナー像」に変更したうえで、接合層に加えて、「背景を形成する色」を有する層を形成すること、すなわち、印刷絵柄層上に印刷コート層を設けることは、当業者にとり動機づけられたものではない。
さらに、甲1発明において、上記相違点1に係る印刷層の構成とすることは、他の甲号証にも窺わせる記載はない。
そうしてみると、たとえ当業者であっても、甲1発明及びその他の甲号証に記載の技術的事項に基づいて上記相違点2に係る本件特許発明1の構成とすることは、容易に想到し得たとはいえない。
したがって、他の相違点について検討するまでもなく、本件特許発明1は、甲1に記載された発明とはいえず、また、甲1に記載された発明及び他の甲号証に記載された事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

(2)甲2発明を主引例とした場合
本件特許発明1と甲2発明とを対比する。
甲2発明における「耐熱性裏打ち材と熱軟化性層とを含む担体」、「画像パターンで印刷して形成される」「結合樹脂層」、「転写接着剤層」、及び、「再帰反射性転写シート」は、それぞれ、本件特許発明1における「離型性支持体」、「印刷層」、「接合層」、及び、「転写シート」に相当し、両者は、
「 離型性支持体と、印刷層(ゼログラフィ法により形成されるものを除く)と、接合層と、がこの順に積層される転写シートであって、
当該転写シートは、成形同時絵付用ではない転写シート。」
である点で一致し、以下の点で相違する。

<相違点1>
本件特許発明1においては、「前記印刷層は、前記離型性支持体の側から順に、印刷絵柄層及び印刷コート層からな」るのに対して、甲2発明においては、「結合樹脂層」が「画像パターンで印刷して形成される」ものであって、「前記印刷層は、前記離型性支持体の側から順に、印刷絵柄層及び印刷コート層からな」る構造を有していない点。

<相違点2>
本件特許発明1における「接合層」は、「アジピン酸エステル系の可塑剤を含有する」のに対し、甲2発明における「転写後接着材層」は、「プラスチゾルを有する」ことにとどまり、アジピン酸エステル系の可塑剤を含有することについては明らかでない点。

<相違点3>
本件特許発明1においては、「再帰反射特性を有さず」と特定されているのに対し、甲2発明は、「再帰反射性」である点。

事案に鑑み、上記相違点1について検討する。
甲2発明において、「画像パターンで印刷される」「結合樹脂層」の上に設けられるのは、接着性を向上させるための「転写接着剤層」であって、甲2には、画像パターンで印刷された「結合樹脂層」と「転写後接着剤層」との間に、別の層を設けることを窺わせる記載はない。
すなわち、甲2発明は、「この再帰反射性転写シートは、転写接着剤層を基材に向けて基材上に載せ、加熱により転写接着剤層を基材に接着して、次に耐熱性裏打ち材と熱軟化性層をはぎ取って使用され、これによって基材にラミネートされた再帰反射性アップリケが残るものであって」、「結合樹脂層と転写接着剤層は、接着剤組成物を画像パターンで印刷して形成され、光学レンズ要素層の一部のみが、結合樹脂層と転写接着剤層で覆われる」ものであるから、画像パターンが形成されるのは、「結合樹脂層」及び「転写接着剤層」であるところ、甲2発明における「印刷層」に相当する部分は、画像パターンで印刷された「結合樹脂層」である。この点、「結合樹脂層」について、甲2には、「再帰反射性アップリケが特定の画像形態である場合、結合樹脂層と転写接着剤層は、典型的に接着剤組成物を画像パターンで「印刷」(スクリーン印刷など)して形成される。したがって光学レンズ要素層の一部のみが、結合樹脂層と転写接着剤層で覆われる。「印刷」または「印刷された」と言う用語は、ここでは噴霧、印刷、石版、スクリーン印刷、手書き、またはその他の適当な適用方法を含めて、手で、機械で、または一般的な機械的または電気的方法で適用される様々な特定の画像形成方法を含めて使用される。接着剤組成物は、反射性層が付いたまたは付かない光学要素に対する接着剤組成物の接着を向上させる、結合樹脂層上に印刷される。」と記載されているとおりである。
そうすると、画像パターンで印刷された「結合樹脂層」が、「印刷絵柄層」に相当し得るにしても、その上に設けられる「転写接着剤層」は、接着性を向上させるための「接合層」であって、画像パターンで印刷された「結合樹脂層」と「転写後接着剤層」との間に、あえて、再帰反射アップリケが転写される衣服等の基材を見えにくくするための遮蔽層を「印刷コート層」として設けるという技術思想は窺えない。
ここで、甲2には、「顔料または染料などの着色剤は、転写接着材層、結着樹脂層、または双方に含めることができる。」(第23頁第9行〜第10行)と記載されている。
しかしながら、転写接着材層に着色剤を含有させ得るからといって、「転写後接着剤層」が「接合層」であることに変わりはなく、甲2には、「結合樹脂層」と「転写後接着剤層」との間に、着色剤を含有させた層を設けることなど記載されていないのであるから、甲2発明の「結合樹脂層」を上記相違点1に係る印刷絵柄層及び印刷コート層とすることには至らない。
なお、甲2発明においては、上述のとおり、画像パターンが形成されるのは、「結合樹脂層」及び「転写接着剤層」であって、「微小球の形態の光学レンズ要素層」ではなく、よって、「微小球の形態の光学レンズ要素層」は、上記相違点1に係る印刷絵柄層に相当するものではない。甲2に記載された「正反射材料」についても、「微小球の形態の光学レンズ要素層」と同様に、上記相違点1に係る印刷絵柄層に相当するとはいえない。したがって、これらの上に形成される「結合樹脂層」は「印刷コート層」に該当するものではない点を、付記しておく。
さらに、甲2発明において、上記相違点1に係る印刷層の構成とすることは、他の甲号証にも窺わせる記載はない。
そうしてみると、たとえ当業者であっても、甲2発明及び他の甲号証に記載された技術的事項に基づいて上記相違点1に係る本件特許発明1の構成とすることは、容易に想到し得たとはいえない。
したがって、他の相違点について検討するまでもなく、本件特許発明1は、甲2に記載された発明とはいえず、また、甲2に記載された発明及び他の甲号証に記載された事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

(3)甲3発明を主引例とした場合
ア 対比
本件特許発明1と甲3発明とを対比する。

(ア)離型性支持体、印刷層、接合層
甲3発明の「転写材」は、「コロナ放電処理されていない二軸延伸ポリエステルフイルム上に下記(5)の組成からなるインキを用い融着防止層を形成し、その上に下記(6)の組成からなるインキを用い図柄層を形成し、更にその上に下記(7)の組成からなるインキを用い接着剤層を形成した」ものである。
上記構成からみて、甲3発明の「二軸延伸ポリエステルフイルム」、「図柄層」、及び「接着剤層」は、それぞれ、本件特許発明1の「離型性支持体」、「印刷層」、及び「接合層」に相当する。
また、甲3発明の「図柄層」は、ゼログラフィ法により形成されるものでないことは明らかである。そうしてみると、甲3発明の「図柄層」は、本件特許発明1の「印刷層」の「ゼログラフィ法により形成されるものを除く」との要件を満たす。

(イ)転写シート
上記(ア)より、甲3発明の「転写材」は、本件特許発明1の「転写シート」に相当する。
また、上記(ア)より、甲3発明の「転写材」は、「二軸延伸ポリエステルフイルム」と、「図柄層」と、「接着剤層」と、がこの順に積層されている。さらに、甲3発明の「転写材」は、再帰反射特性を有していないことは明らかである。
そうしてみると、甲3発明の「転写材」は、本件特許発明1の「転写シート」の、「離型性支持体と、印刷層」「と、接合層と、がこの順に積層され」との要件、及び「再帰反射特性を有さず」との要件を満たす。

イ 一致点
上記アによると、本件特許発明1と甲3発明は次の点で一致する。

「 離型性支持体と、印刷層(ゼログラフィ法により形成されるものを除く)と、接合層と、がこの順に積層された転写シートであって、
当該転写シートは、再帰反射性特性を有さない転写シート。」

ウ 相違点
本件特許発明1と甲3発明は次の点で相違する。

<相違点1>
「印刷層」が、本件特許発明1は、「前記離型性支持体の側から順に、印刷絵柄層及び印刷コート層からな」るのに対して、甲3発明の「絵柄層」は、そのように特定されていない点。

<相違点2>
「接合層」が、本件特許発明1は、「アジピン酸エステル系の可塑剤を含有する」のに対して、甲3発明の「接着剤層」は、そのように特定されていない点。

<相違点3>
本件特許発明1は、「成形同時絵付用ではない」のに対して、甲3発明の「転写材」は、そのように特定されていない点。

エ 判断
事案に鑑み上記相違点2について検討する。
本件特許発明1において、「接合層」が「アジピン酸エステル系の可塑剤を含有する」構成とする目的は、本件明細書の【0042】に「一方、転写シート1が基材60に転写され、粘着層40が硬い基材60に貼り付けられると、粘着層40の流動性により生じる応力は、基材60側では緩和されなくなり、印刷層30に作用する。そのため、印刷層30(主に、印刷コート層32)は、粘着層40の流動性により生じる応力により形状を維持できなくなり、亀裂が生じる。」とあるように、転写シートを基材に転写した後、経時により印刷層に亀裂が生じる点に着目し、粘着層の流動性により生じる応力を緩和すべく、アジピン酸エステル系の可塑剤を含有せしめたものである。
他方、甲3発明は、「成形同時絵付け法、即ちプラスチックス成形品の成形と同時に該成形表面に図柄を転写絵付する方法」において、「凹凸段差の大きい立体形状の成形品に対する絵付」の際に、「凹凸の立ち上がり部やR部等の転写材の伸びが強要される部分において基材シートの伸びに追随できずクラックを発生する」という課題を解決するために、融着防止層を設けたものである。
確かに、甲3の第4頁第7欄第7行〜第34行には、「次に図柄層3は前記離型保護層7上に、離型保護層7を設けない場合は前記融着防止層6上に設けられる。この図柄層3に使用する材料としては・・・熱可塑性樹脂の1種または2種以上からなるバインダーと・・・分散剤、消泡剤、可塑剤等の助剤を配合してなる組成物を使用することができる。」、「更に接着剤層4は前記図柄層3上に設けられる。この接着剤層4に使用する材料としては射出成形時に使用される成形用樹脂の溶融温度よりも軟化点が低く、成形用樹脂との相溶性もあり結果として成形用樹脂に対して熱接着可能なものであることが必要である。・・・必要に応じて前記図柄層3に使用するインキ組成物と同様に各種着色剤、助剤を配合してもよい。」と記載され、甲3の実施例には、「図柄層」を形成するインキ組成物中に、アジピン酸エステル系可塑剤が使用された例が開示されている。
しかしながら、甲3の上記記載は、接着剤層に使用する助剤として、図柄層に使用する助剤を使用し得ることを示すにとどまり、図柄層に使用している助剤のうちどの助剤を使用するかについての具体的な記載はない。
そして、甲3においては、「プラスチック成形品の所定の位置へ正確に図柄を転写絵付することを可能とした成形同時絵付転写用転写材」(甲3の第1頁第2欄第5行〜第8行)に関し、「基体シートが、転写材製造工程における熱と張力に対しては伸縮性を示さず射出成形工程における溶融樹脂の熱量と射出圧力に対しては可塑性を示すプラスチツクスフイルム」(甲3の請求項1、第2頁第4欄第14行〜第19行)において、「可塑性を示すプラスチツクスフイルム・・・としては二軸延伸ポリエステルフィルム」(甲3の請求項2、第2頁第4欄第30行〜第41行))を用いるともに、「可塑性を示すプラスチックスフィルム上に、融着防止層を形成」(甲3の請求項3、4)したことを課題解決手段とするものであって、本件特許発明と、甲3発明とは、課題として認識する亀裂やクラックの発生機序も、その解決手段も別異の技術であるのだから、甲3の実施例の図柄層を形成するインキ組成物中に、たまたま、アジピン酸エステル系可塑剤を含有させた例が示されているからといって、それ自体可塑性を有する甲3発明の二軸延伸ポリエステルフィルムや図柄層上に設ける「接着層」に可塑剤を含有するものとし、かつ、数ある可塑剤のなかから、アジピン酸エステル系可塑剤を選択する動機付けは見いだせない。他の甲号証を参照しても同様である。
そうしてみると、たとえ当業者であっても、甲3発明及びその他の甲号証に記載の事項に基づいて上記相違点2に係る本件特許発明1の構成とすることは、容易に想到し得たとはいえない。

オ 効果
本件特許発明1は、上記構成を採用することにより、本件明細書の【0013】に記載の「本発明によれば、印刷層の経時による亀裂の発生を抑制できる転写シートを提供することができる。」という、当業者により予測し難い格別な効果を奏するものである。

カ まとめ
したがって、他の相違点について検討するまでもなく、本件特許発明1は、甲3に記載された発明及びその他の甲号証に記載された事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

(4)甲4発明を主引例とした場合
本件特許発明1と甲4発明とを対比する。
甲4発明における「ベースフィルム」、「絵柄層」、「接着層」、及び「転写箔」は、それぞれ、本件補正後発明1における「離型性支持体」、「印刷層」、「接合層」、及び「転写シート」に相当し、両者は、
「 離型性支持体と、印刷層(ゼログラフィ法により形成されるものを除く)と、接合層と、がこの順に積層された転写シートであって、
当該転写シートは、再帰反射性特性を有さず、かつ、成形同時絵付け用ではない転写シート。」
である点で一致し、以下の点で相違する。

<相違点1>
本件特許発明1においては、「前記印刷層は、前記離型性支持体の側から順に、印刷絵柄層及び印刷コート層からな」るのに対し、甲4発明においてはその明示がない点。

<相違点2>
前記接合層は、アジピン酸エステル系の可塑剤を含有する転写シートであって甲4発明の「接着層」は、「アクリル酸エステル共重合物10重量部、ロジンエステル10重量部及びフタル酸ジシクロヘキシル10重量部である」点。

事案に鑑み上記相違点2について検討する。
甲4発明は、【0012】に記載されるように、「被転写基材に高圧、高温をかけず転写をおこなえる」ように、「転写箔の接着層に感熱ディレイド型粘着剤を使用」した点に技術的意義を有するものであって、当該「感熱ディレイド型粘着剤」に関し、甲4の【0009】及び【0010】には、それぞれ、「接着層(4)の基本的な組成は、高分子材料、粘着付与剤、固体可塑剤の3者より成る。常温では粘着性がないが加熱によって粘着性がでて、それが冷却後もかなりの時間持続する接着層である。」及び「固体可塑剤は、常温で固体であって、その融点以上に加熱させると溶解し、高分子材料や粘着付与剤を膨潤・溶解し、粘・接着性を発現させ、一旦溶解した後はなかなか結晶化しないで、熱活性化後の粘着保持時間を長くとることができる。」と記載されている。したがって、甲4における接着層において、その組成物中に可塑剤を用いる場合には、当然に固体可塑剤を選択することを、その前提とするものである。
ここで、アジピン酸エステル系の可塑剤は、常温で液体であることは当業者にとり明らかであることから、たとえ、積層体の接着層にアジピン酸エステル系の可塑剤を含有させることが周知技術であったとしても、可塑剤として固体のものを用いることを前提とした甲4発明の「接着層」において、固体可塑剤に代えて、アジピン酸エステル系の可塑剤を含有させることに、阻害要因があるといえる。他の甲号証についてみても同様である。
そうしてみると、たとえ当業者であっても、甲4発明及び他の甲号証に記載された事項に基づいて上記相違点1に係る本件特許発明1の構成とすることは、容易に想到し得たとはいえない。
そして、効果についても、上記構成を採用することにより、本件明細書の【0013】に記載の「印刷層の経時による亀裂の発生を抑制できる転写シートを提供することができる。」という、当業者により予測し難い格別な効果を奏するものである。
したがって、本件特許発明1は、他の相違点について検討するまでもなく、甲4に記載された発明及び他の甲号証に記載された事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

(5)本件特許発明1についてのまとめ
以上のことから、本件特許発明1は、甲1又は甲2に記載された発明であるとはいえず、また、当業者であっても、甲1〜4に記載された発明及びその他の文献に基づいて容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

3 本件特許発明2〜4
本件特許発明2〜4は、本件特許発明1の構成を全て具備するものであるから、本件特許発明2〜4も、本件特許発明1と同じ理由により、当業者であっても、甲1〜4に記載された発明及びその他の文献に基づいて容易に発明をすることができたとはいえない。


第6 特許異議申立人の主張について
特許異議申立人は、令和4年4月25日付け意見書において、「「印刷層」が、「前記離型性支持体の側から順に、印刷絵柄層及び印刷コート層からな」るように構成することは周知技術の適用に過ぎず、このような構成によって、本件訂正発明1が進歩性を有するものとなることはないと思料致します。・・・本件訂正発明1は、甲1発明に基づいて、あるいは甲1発明及び周知技術に基づいて、当業者が容易に発明することができたものですから、進歩性を有しないと思料致します。」、「甲2の開示内容から、「印刷層」が「前記離型性支持体の側から順に、印刷絵柄層及び印刷コート層からな」る構成に、当業者が想到するのは極めて容易と思料致します。あるいは、「印刷層」を「前記離型性支持体の側から順に、印刷絵柄層及び印刷コート層からな」る構成とすることは、引用文献を示すまでもなく、周知技術の適用にほかならず、当業者にとって容易なことです。・・・本件訂正発明1は、甲2発明に基づいて、あるいは甲2発明及び周知技術に基づいて、当業者が容易に発明することができたものですから、進歩性を有しないと思料致します。」、「当業者であれば、甲3の上記記載及び周知技術から、甲3発明の接着剤層においてアジピン酸エステル系可塑剤を含有することに容易に想到できると思料致します。・・・本件訂正発明1は、甲3発明に基づいて、あるいは甲3発明及び周知技術に基づいて、当業者が容易に発明することができたものですから、進歩性を有しないと思料致します。」と主張している。なお、特許異議申立人は、令和3年9月30日付け意見書及び令和4年4月25日付け意見書のいずれにおいても、甲4発明については主張をしていない。
しかしながら、上記「第5」で述べたとおり、たとえ周知技術であったとしても、前提となる技術も、解決しようとする課題も異にする引用発明において、相違点に係る技術的事項を採用する動機付けはなく、特許異議申立人の上記主張は、いずれも採用できない。


第7 むすび
本件特許1〜4は、取消理由通知書に記載した取消しの理由及び特許異議申立書に記載された特許異議の申立ての理由によっては、取り消すことができない。
また、他に本件特許1〜4を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
離型性支持体と、印刷層(ゼログラフィ法により形成されるものを除く)と、接合層と、がこの順に積層され、
前記印刷層は、前記離型性支持体の側から順に、印刷絵柄層及び印刷コート層からなり、
前記接合層は、アジピン酸エステル系の可塑剤を含有する転写シートであって、
当該転写シートは、再帰反射特性を有さず、かつ、成形同時絵付用ではない転写シート。
【請求項2】
請求項1に記載の転写シートであって、
前記接合層は、アクリル系粘着剤と、イソシアネート系硬化剤と、を含有する組成物の硬化物を含む粘着剤層であり、
前記可塑剤は、前記アクリル系粘着剤の固形分100質量部に対して、固形分換算で0.1質量部以上10質量部以下である転写シート。
【請求項3】
請求項1に記載の転写シートであって、
前記接合層は、アクリル系接着剤、エポキシ系接着剤、ウレタン系接着剤、シリコン系接着剤及び紫外線硬化型接着剤より選択される1種以上の接着剤の硬化物を含む接着剤層であり、
前記可塑剤は、前記接着剤の固形分100質量部に対して、固形分換算で0.1質量部以上10質量部以下である転写シート。
【請求項4】
請求項1に記載の転写シートであって、
前記接合層は、酢酸ビニル系ヒートシール剤又は塩酢ビニル系シートシール剤を含むヒートシール剤層であり、
前記可塑剤は、ヒートシール剤の固形分100質量部に対して、固形分換算で0.1質量部以上10質量部以下である転写シート。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2022-06-16 
出願番号 P2017-063798
審決分類 P 1 651・ 113- YAA (B44C)
P 1 651・ 121- YAA (B44C)
最終処分 07   維持
特許庁審判長 松波 由美子
特許庁審判官 関根 洋之
井口 猶二
登録日 2021-01-25 
登録番号 6828553
権利者 大日本印刷株式会社
発明の名称 転写シート  
代理人 芝 哲央  
代理人 林 一好  
代理人 正林 真之  
代理人 芝 哲央  
代理人 正林 真之  
代理人 林 一好  

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